2019.09.23 「本日休載」

 今日、9月23日(月、祝日) は 休載します。

    リベラル21編集委員会

2019.09.22 「本日休載」

 今日、9月22日(日) は 休載します。

    リベラル21編集委員会

2019.09.21 ■短信■
   くじらのような大きな船の音楽会
   ひびきあう第五福竜丸のしらべ

きれいな海にやってきたいっそうのマグロ漁船と、いっとうの大きなくじら。
漁師さんとくじらは、見たことのない大きな大きな太陽を見た……。
くじらは考えた。きれいな海を、大切ないのちを守るには……。
アメリカの水爆実験で被ばくした第五福竜丸とくじらの物語をピアノとチェロの演奏にのせて語ります。

日時:10月12日(土)。17:00 開演

会場:都立第五福竜丸展示館内特設ステージ
   東京都江東区夢の島2-1-1 夢の島公園内 電話03-3521-8494
JR京葉線、メトロ有楽町線、りんかい線の新木場駅から徒歩10分

前半:ピアノとチェロの美しい調べ
   崔善愛(チェ ソンエ)さんのピアノと三宅進さんのチェロ。曲目(予定)はサンサーンス「白鳥」、フォーレ「夢の中に」、林光「裸の島」、ショパン「革命のエチュード」「別れの曲」ほか

後半:音楽朗読劇「くじらのこえ なみのこえ」
   脚本/山谷典子 演出・出演/辻暉猛、斉藤とも子 ビアノ/崔善愛 チェロ/三宅進

入場料:子ども1500円(小学生~高校生。未就学児はご遠慮ください)
    大人3000円

ご予約:電話03-3521-8494 FAX03-3521-2900 Web http//d5f.org 
                                                        (岩)
 

                                                            
2019.09.20  中国の知識人は何を考えているか
  ――八ヶ岳山麓から(290)――

阿部治平(もと高校教師)

今年1月、元北京大学教授鄭也夫が「中国共産党は歴史の舞台から退場を」という趣旨の主張を公開したというニュースがあった(信濃毎日新聞2019・1・9)。習近平政権の思想統制のなか、リベラル派の投獄覚悟、捨身の訴えは1年に1,2回はある。まさに中国知識人の精神力の強さを感じさせるものだが、こうした散発的な抵抗はいったいどのくらい社会的影響力をもつのだろうか。
これを気にしていたところ、先日偶然にも新聞広告で張博樹著の邦訳『新全体主義の思想史――コロンビア大学現代中国講義』(白水社 2019・6)を発見した。
張氏は1955年北京生れ、20歳で工場労働者、1977年文革後初めての大学入試で中国人民大学に入り、のち中国社会科学院院生、そして研究員という出世コースを歩んだ。ところが1989年の天安門事件をきっかけに中国共産党を批判し始めたから、社会科学院では20年間干されっぱなしの目にあった。2008年3月アメリカ旅行中に起きたラサ事件ではチベット人の味方をするなど各地で中共批判やったから、2009年に「自宅待機」の行政処分を受け、2011年56歳の時アメリカに出国のやむなきに至った。現在アメリカに家族とともにいる。

邦訳書名から「新全体主義」の発展史かと思ったらそうではなかった。原著は『改変中国;六四以来的中国政治思潮』 香港・〇源書社 2015、〇はサンズイに朔)である。2016年1月に本欄で民主派の思想家馬立誠の『最近四十年中国社会思潮』(東方出版社2015)を紹介したことがあるが、『改変中国;六四以来的中国政治思潮』も馬氏の著作同様張博樹による現代政治・社会思潮分析の書であった(八ヶ岳山麓から(169)参照)。
張、馬両氏はともにリベラリストで人権・自由派だから、思想分類の方法は似ている。ただ張氏はアメリカにいるから歯切れのよい主張ができるが、馬氏は当局の検閲があるからそうはできないことがある。

張氏は、改革開放後の中国に現れた思想を説明するのに平面座標を用いた(図3参照)。横軸の中央すなわち原点に現在の党=国家イデオロギーを置く。原点の左に来るのはマルクス・レーニン主義、毛沢東思想による諸派、右に来るのは反体制諸派である。とはいえ原点に近いものほど現体制肯定的で、遠ざかるものほど反中共になる。縦軸は時間を反映するのに用いた。
張氏は党=国家イデオロギーを専制主義としたうえで、その歴史を以下のように説明する。
第一段階(1949~76)は毛沢東の全体主義とユートピアを構想した社会改造期であるが、これは最終的に完全破綻した。その後、短い過渡期(1976~78)を経て第二段階に入ったが、その前期は鄧小平執政、後期は江沢民と胡錦涛執政の権威主義段階(1978~2012)である。ちなみに馬氏は、鄧小平に思想があったとすれば、それは権威主義と実用主義の混合物だったという。
89年の天安門事件で党=国家統治者は統治の正統性の危機に陥ったが、民主化要求を押さえつけながら経済の市場化を図り、(深刻な環境破壊を無視して)30年にわたる高度経済成長を実現した。
第三段階は今日の習近平の専制であって、張氏はこれを「新全体主義」と呼ぶ。2012年の中共第18回大会を契機に始まり、権力集中をはかりつつ、党=国家の中興と紅色帝国の勃興を掲げて、極端なナショナリズムを内包しつつ、いま肥大化の途上にある。

       20190919abe.jpg

党=国家イデオロギーのすぐ右側は「新権威主義」である。遠い将来の民主改革を展望するものもあるが、当面は一党独裁のもとでの経済改革先行を説く。反体制的になるものも、当局のブレーンになるものもいる。私の考えでは、経済の市場化をめざして国家指導者らに政策を提供した新自由主義経済学者らもこのグループである。
その右に位置するのは「中共党内の民主派」で、党外リベラリストの同盟軍である。自由と民主を求めて革命に参加した古参党員中心の集団で、張氏は完全な民主派から半民主までをひとくくりにする。中共総書記を務めて失脚した胡耀邦と趙紫陽もここに属する。
さらに右は「憲政社会主義派」である。最近現れた思潮で、これは漸進的な政治改革を主張する。憲政も語るが、権力の制約を主張せず一党独裁制も否定するわけではない。習近平政権登場後その存在空間は縮小した。

張氏もいうように、リベラリズムは党=国家イデオロギーの最強の敵であり、社会変革の旗幟である。いわゆる西欧のデモクラシーを淵源とし中華民国時代にも存在した。今日では民主化を要求した「零八憲章」がその綱領である。人権派弁護士などもここに属する。
その温和派は民主化のコースとして人民代表大会を将来真の議会にするなど、現体制化の「合法的な改革」を主張する。これに対し急進派は急速な変革すなわち中共の一党独裁の転覆を目指す。いずれのリベラリストも発言の権利を奪われており、逮捕投獄されたものも多い。
この最右翼は中華民国への回帰を主張する少数派である。

党=国家イデオロギーのすぐ左側には「新左派」がいる。名前は似ているが、欧米のニューレフトとは全く異なる。貧困層の立場から新自由主義を攻撃し、ときに政府の政策を批判したが、体制改革に進むほどの気力はない。近年、一部の新左派たちは「主流をなすイ
デオロギー」への擦り寄りを加速し、他の一部は独裁体制のお先棒を担いでいる。
「毛左派」はさらにその左にある。毛左派は前述の馬立誠の著作では旧左派となっていた。馬氏は「旧左派はスターリン型の社会主義モデル、毛沢東晩年の極左思想を相続している」としたが、張氏もほぼ同じ認識である。天安門事件以後30年、富の格差と不公平が拡大し、社会に不満が充満している。これが毛左派が(人民公社時代を記憶する)中高齢の低所得層から支持される理由である。しかし張氏は文革が残した社会問題を「毛沢東のユートピア」によって解決しようとすることは、実現不可能であり非科学的であり愚昧であるという。
かつて毛左派はサイト「烏有之郷網」によって、現代中国の政治、社会の暗部に敢然と挑んで腐敗を暴露し、為政者の不当不正を批判していた。ところが、張氏によると2012年の習近平登場以来、この一部も変節して権力にすり寄り、新旧左派と党=国家イデオロギーとの「三左派合流」傾向が出現しつつあるという。
さらに「新儒家」がある。この派は反西欧文化の感情が強い。現状肯定的で、反体制的な言論はまるでない。
以上、字数制限の関係で大雑把な紹介になったが、張博樹はびっくりするほど多数の思想家の主張や著作をとり上げ、生き生きとした詳細な分析と批判をおこなっている。

リベラリストの主張は、中国国内では「中国選挙与治理網」のサイトや月刊誌「炎黄春秋」などに掲載されてきたが、「中国選挙与治理網」は毛左派の「烏有の郷網」と抱き合わせで閉鎖され、「炎黄春秋」は抵抗むなしく2016年7月廃刊となった。さらに週刊紙「南方周末」も幹部の更迭、社説書換え事件が起こるなど、習近平政権による言論界への統制は厳しくなる一方だ。
本書に見る張博樹は意気軒高だが、中国で共産党がソ連共産党のように支配力を喪失するまでには時間がかかるだろう。リベラル派の受難はまだまだ続くと見なければならない。

ところで、この2,3年、訪中するたびに感じるのは、宗教統制が強まっているにもかかわらず、仏教、イスラム教さらにはキリスト教などの信仰が民衆の中に熱を帯びて浸透していることだ。宗教は政治思想とはいえないかもしれないが、しかしこの傾向はチベット・モンゴル・ウイグル・カザフなどの少数民族だけでなく、漢人民衆にもみられる。弾圧にもかかわらず、漢人の中で著しいのは地下教会によるキリスト教の拡大である。
私はここに党=国家イデオロギーでは満たされない庶民の感情が現れていると思う。こうした庶民の動向は、政治思潮研究の対象にはならないのだろうか。これはいささか難解の日本語訳を読み終えて去来した私の感傷である。
2019.09.19 「8月ジャーナリズム」にみる日本人の戦争観
  ますます「被害者意識一辺倒」に

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 「8月ジャーナリズム」という言葉がある。真夏の8月を迎えると、新聞に戦争に関する記事があふれるからだ。いわば、新聞社にとっては恒例の報道活動だが、今夏は、例年になく、そうした記事が多かったように感じられた。そこでは、満州事変から太平洋戦争に至る「15年戦争」における日本国民の戦争体験がさまざまな面から詳細に紹介されていたが、それは、自らの戦争被害に言及し「悲惨な被害をもたらす戦争はもうこりごり」と回顧するものが大半で、日本が起こした戦争で多大な被害を与えたアジアの人びとに目を向けたものは極めて少なかった。
 
 戦後、新聞が「8月ジャーナリズム」と呼ばれるようになったのには、それなりの理由がある。6日の「広島原爆の日」、9日の「長崎原爆の日」、15日の「終戦の日」と、戦争がらみの記念日が続くところから、新聞各社としては、この期間、競って戦争と平和に関する報道に紙面を割いてきたわけである。そこから、 「8月ジャーナリズム」という言葉が生まれたわけだが、そこには、新聞が戦争と平和の問題に熱心になるのは8月の一カ月だけで、それが過ぎると途端にそうした問題にそっぽを向いてしまうではないかという揶揄も含まれていたと見ていいだろう。

 では、今夏はどんな紙面だったろうか。
 国会図書館では、全国の日刊紙53紙を閲覧できる。で、その全紙の8月紙面をひもといてみた。その結果、今夏は、近年ではとりわけ戦争に関する記事が多かったとの印象を受けた。53紙の77%にあたる41紙が、8月15日前後を中心に、戦争に関する企画記事を掲載していた。それは、続き物、特集といった形をとったものが多かった。企画記事のなかった12紙でも、戦争がからむ単発記事を掲載したところがあった。

 なぜ、今夏はこんなにも戦争に関する記事が多かったのだろうか。
 一つには、敗戦からすでに74年。戦争体験を語れる人が極めて少なくなってきたので、今こそ、数少ない戦争体験者にその体験を語ってもらわねばとの思いが新聞社側に強かったからではないかと思われる。
 それに、今年から「令和」になったことも影響していたと見ていいようだ。新聞としても「昭和時代の日本人の体験を新時代の令和に引き継がねば」というわけである。
 加えて、このところ、世界情勢が緊迫し、また戦争が起きるのではないか、日本もそれに巻き込まれるのでは、との不安が新聞関係者の間で高まり、「戦争だけは避けねば」との危機感が一部の新聞関係者をとらえていたようだ。

 さて、各新聞に載った戦争に関する続き物、特集、単発記事のすべてに目を通してみたら、戦争体験者にその体験を語らせたものが圧倒的に多かった。
 それらのタイトルの一部を紹介すると――北海道新聞「伝える 考える 戦後74年」、東奥日報「戦後74年 忘れない」、山形新聞「声 次代へ 戦後74年、昭和から令和」、河北新報「伝える戦禍 令和の夏に」、福島民報「74年目の記憶 令和 受け継ぐふくしまの戦争」、茨城新聞「語り継ぐ―あの夏 戦後74年」、千葉日報「令和につなぐ―戦争の記憶―」、新潟日報「にいがた 戦時の記憶」「薄れぬ思い 令和の世に」、信濃毎日新聞「戦後74年 今、語らねば」、読売新聞「戦後74年 令和に語り継ぐ」、北国新聞「令和に語り継ぐ戦争体験 石川の地から」、日本海新聞「伝える戦後74年目の証言」、佐賀新聞「失われゆく さが戦禍の証」宮崎日日新聞「戦争の影なお みやざき戦後74年」……といった具合である。

 次いで多かったのが、戦争遺跡・遺構の現状を紹介したもので、中日新聞、奈良新聞、西日本新聞、熊本日日新聞、大分合同新聞の5社がこれに挑戦していた。

 これらのテーマと違うテーマで「戦後74年」に迫った社もあった。神奈川新聞は「沖縄戦の記憶」と題する続き物を7回にわたって連載し、本土決戦のために多くの犠牲を強いられた沖縄県民の悲惨な体験を、沖縄戦の生き残りの証言をもとに報じた。
 静岡新聞は「悲しみのオリンピアン 戦場に散った県勢」と題する続き物で、ベルリン・オリンピックでメダリストになった競泳選手と、やはりベルリン・オリンピックで活躍したサッカー選手が、ともに太平洋戦争で戦死した事実を伝えた。来年の東京オリンピックにこと寄せたタイムリーな企画と言える。
 産経新聞は「眠れぬ墓標 令和の課題」と題する7回の続き物で、今なお海外に放置されている戦没者112万人の戦没者の遺骨収 集を訴えた。
 長崎新聞は「中国残留日本人は今」と題する続き物で、82歳の女性を取り上げた。

 ところで、圧倒的な分量の戦争体験者の証言に目を通していて、心にひっかかることがあった。それは、その大半が、専ら戦争被害者の立場からの証言であったことだ。
 続き物、特集に登場する戦争体験者は各紙ともほぼ共通していた。中国や東南アジア、太平洋で戦った陸海軍兵士、インパール作戦に動員された兵士、特攻隊員や飛行少年兵の生き残り、満州(中国東北部)からソ連に連行・抑留され兵士、満州から引き揚げてきた満蒙開拓団員とその家族、広島・長崎の原爆被爆者、米軍機の空襲に遭った民間人、米艦の艦砲射撃で被害を受けた民間人、戦争で父や兄弟を亡くした人たち……
 この人たちが語る戦争体験はまことに悲惨にして過酷で、戦争がもたらす苦しみ、悲しみが切々と伝わってきた。この人たちは口々に訴えていた。「戦争は嫌だ」「戦争は説対ダメ」と。

 だが、戦争で悲惨にして残酷な被害を被ったのは日本人ばかりではなかった。戦場となったアジア、太平洋地域の人たちもまた被害を受けた。なのに、今夏の紙面で見る限り、日本国民の多くは戦争を「被害者」の立場からのみとらえているように思えた。

少数だが「加害」にも目を向けた紙面も

 そうした傾向の中にあって、ごく少数だが、日本国民の「加害」にも触れた紙面があった。これは、戦争を「被害」と「加害」の両面から見ようという編集方針の表れだったのだろうか。いずれにせよ、それが一番目立ったのは東京新聞である。
 同紙は、この期間中、「つなぐ 戦後74年」というワッペンをつけて、多面的に戦争に関する記事を展開した。8月2日付紙面では、歴史教育者協議会委員長の山田朗・明治大教授に歴史認識のあり方について語らせている。「歴史認識とは国際理解でもある。同じ事象でも、立場によって伝えられ方は異なる。戦争で言えば、加害者側と被害側。八月十五日は日本人にとっては終戦の日だが、韓国人から見れば植民地支配からの解放の日という位置付けになる。どちらが正しいかでなく、他者の歴史認識を知ろうとしなければ、相互理解か進まず、対立が深まるだけだ」と、同教授。
 10日付紙面では、戦時中、瀬戸内海の大久野島にあった旧日本軍の毒ガス製造工場で働いていた男性(93歳)を登場させた。ここで造られたガスは日中戦争で多くの中国人を殺傷した。「私は被害者である前に加害者であり、犯罪者だった」と男性。11日付紙面では、中国戦線で、将校候補の見習士官が、捕虜の中国人を軍刀で処刑したのを目撃したとの元陸軍兵士(100歳)の証言を載せていた。

 朝日新聞は16日付紙面で、長野県在住の元満蒙開拓団員(84歳)の証言を掲載した。元団員は、戦後になってから、満州で自分たちが与えられた土地は、国が半ば強制的に中国人から買い上げたものだったと知った。「結果として中国の人々の土地を奪っていた。知らないうちに侵略に加担していたことがずっと苦しかった」

 埼玉新聞は、「語り継ぐ 戦争74年」と題する企画を6回にわたって連載したが、その中に、元特攻隊員(92歳)の証言があった。そこで、元特攻隊員は「中国やアジアの国々が日本に攻め込んだのではなく、日本の侵略戦争だった。大勢の命を日本軍が奪った」と話していた。日本の「加害」に言及した元特攻隊員の証言はこれだけで、強く印象に残った。

 私のこれまでの取材経験によると、日本における最大の社会運動である原水爆禁止運動は、当初は「被害者意識一辺倒」の運動だった。が、1990年代に入ると、原爆による被害は「被害」と「加害」の両面からとらえなくてはならないという見方が芽生え、それが次第に定着しつつある。
 しかし、今夏の「8月ジャーナリズム」で見る限り、戦争体験一般に関しては、大半の日本国民の視点は今なお「被害者意識一辺倒」だ。いや、私には、2013年ごろから、その傾向はかえって増しているように思えてならない。この年は、日本の首相が、終戦の日の全国戦没者追悼式で、アジア諸国への加害と反省に言及しなくなった年である。そんなことも戦争に関する国民意識に影響しているのだろうか。
2019.09.18 朝日社説「反感をあおる風潮を憂う」を支持、でも、腰が引けていないか

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

9月16日の朝日社説「嫌韓とメディア 反感あおる風潮を憂う」に同感し、支持する。でも、「風潮を憂う」の見出しは、なんか引退したジャーナリストが憂っているようで、戦う姿勢に欠けてはいないか?
同論説が取り上げている文春10月号の「憤激と裏切りの朝鮮半島/日韓断絶」、週刊ポスト「厄介な隣人なんて要らない」、週刊ポスト「怒りを抑えられない”韓国人という病理“」は、まるで右翼のフェイク宣伝よりもひどい、嫌韓を煽って大売り出しをする、悪質商法。こんなのに1円でも出さないように、駅の売店と本屋で、ページをめくって読んだ。
それらに対し朝日社説は、「最初から相手国への非難を意図するものでは、建設的な議論につながらない。」「韓国人というくくりで“病理”を論じるのは民族的差別というべきだ。」「もし出版物の販売促進や視聴率狙いで留飲を下げる論旨に走るのならば、『公器』としての矜持が疑われる。」と諭している。そのとおりだが、あまりにも穏やかな“諭し”ではないか。言葉を換えれば、戦う意思表示が弱くはないか。
現時点で、安倍政権と、反韓のサンケイ系メディア、一部週刊誌、さらにひどいフェイク情報をあの手この手で流す一部ネット・メディアの反韓国キャンペーンに、国民のかなりの部分が、影響されている。戦後の日韓関係のなかで、最も険悪な状況だ。一方,朝日新聞をはじめ毎日も東京新聞はじめ主要地方紙も、反韓、嫌韓キャンペーンに反感、危機感を持っているはずだ。協議、協調して反韓、嫌韓と戦うべき時ではないか。
16日の朝日社説の下段は、分かりやすい。そのまま、紹介したいー
「もし出版物の販売促進や視聴率狙いで留飲を下げる論旨に走るのならば、「公器」としての矜持が疑われる。
政治の責任もむろん重い。両政府とも相手を責めるのみで、問題があっても善隣関係をめざす原則は語らない。国内世論の歓心をかいたい政権とメディアの追随が、重奏音となって世論を駆り立てるのは危うい。
戦前戦中、朝日新聞はじめ各言論機関が国策に沿い、米英などへの敵対心と中国・朝鮮などへの蔑視を国民に植え付けた。その過ちを繰り返さないためにも、政権との距離感を保ち、冷静な外交論議を促す役割がメディアに求められている。
自国であれ他国であれ、政治や社会のうごきについて批判すべき点を批判するのは当然だ、ただ論議の際には、あらゆる差別を排し、健全な対外関係を築く視座をゆるがせてはなるまい」
(了)
2019.09.17 「安倍政権は原発推進や防衛力増強よりも防災に取り組め」
   東京で、さようなら原発全国集会

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 「政府は、防衛よりも防災を」。9月16日(月・休日) 午後、東京の代々木公園で「9・16さようなら原発全国集会」が開かれたが、9日に関東地方を縦断した台風15号がもたらした災害でいまだに千葉県で大規模な停電が続いているのに政府の対応が鈍いことを指摘する発言が目立ち、「安倍政権は、原発再稼働や防衛力増強に躍起だが、それよりも、まず自然災害から国民を守る対策に力を注げ」との声が相次いだ。

 集会を主催したのは、内橋克人(経済評論家)、大江健三郎(作家)、落合恵子(作家)、鎌田慧(ルポライター)、坂本龍一(音楽家)、澤地久枝(作家)、瀬戸内寂聴(作家)の各氏ら9人の呼びかけでつくられた「さようなら原発一千万署名市民の会」。
 市民の会は2011年の東京電力福島第1原子力発電所事故以来、毎年、3月と9月に脱原発を目指す全国集会を東京で開いているが、今年の9月集会には、連休中でしかも祝日にもかかわらず、関東を中心に、労組員、脱原発団体関係者、護憲団体関係者、生協組合員、一般市民ら約8000人(主催者発表)が集まった。昨年の9月集会も約8000人だった。
   20190916IMG1.jpg
             集会会場を埋めた参加者たち

 午後1時半から始まった集会で最初に登壇した呼びかけ人の落合さんは、まず「台風の影響で、千葉県ではいまだに大規模停電が続いている。全く信じがたいことです」と、政府の防災対策の遅れを指摘し、こう続けた。「その一方で、安倍政権は迎撃ミサイル、イージス・アショアの基地建設には熱心で、膨大な金を使ってアメリカから武器を買おうとしています。それも、アメリカの言い値で。今こそ、安倍政権に対し、防衛でなく防災を、と声を上げましょう」。
 落合さんは、また、「東電福島原発事故により今なお多くの人が避難生活を余儀なくされているのに、政府は復興オリンピックを名目に、もうフクシマは終わった、と言わんばかりの態度を見せている。福島はまだ決して復興していません。このことを広く訴えてゆきましょう」と訴えた。
 さらに、落合さんは、呼びかけ人の澤地さんが集会に寄せたメッセージを朗読したが、澤地さんはその中で「日本は世界に先駆けて原発をゼロにする義務があります。そのために働く政権をつくりましょう」と訴えていた。

 次いで、福島から集会に参加した人たちからの現地報告や、沖縄の米軍辺野古新基地建設反対運動への支援を訴える発言があった。
   20190916IMG2.jpg
            舞台から福島の被災地の現状を訴える人たち

 その後、「連帯あいさつ」に立った「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」の福山真劫・共同代表は、こう呼びかけた。
 「このたび発足した安倍改造内閣の閣僚を見ると、日本会議系の議員が多い。いわば、極右内閣だ。別な言い方をするならば、原発推進内閣、福島切り捨て内閣、辺野古基地推進内閣である。こんな内閣は許せないと、本気で声を挙げよう」
 最後に登壇した呼びかけ人の鎌田さんは「韓国、香港、台湾では大勢の人が参加する民主主義のための闘いが続いている。だが、私たちの運動は弱い。日本でも原発ゼロを目指して運動を盛り上げよう。高速増殖炉もんじゅは廃炉になった。青森県六カ所村の核燃料再処理工場はいまだに稼働できない。これは、私たちの運動の成果だ。原発ゼロは必ず実現できる」と訴えた。
            20190916IMG3.jpg
               市民団体が掲げていたプラカード

 集会後、参加者は2コースに分かれてデモ行進した。
2019.09.16 「本日休載」

 今日、9月16日(月、祝日) は 休載します。

    リベラル21編集委員会

2019.09.15 「本日休載」
 今日、9月15日(日) は 休載します。

    リベラル21編集委員会

2019.09.14 ■短信■
 四國五郎展
 創作の原動力は戦争への怒りと悲しみだった

近年、広島出身の画家、四國五郎(1924-2004)が注目を集めています。
彼は、3年間のシベリア抑留を経験しました。栄養失調と酷寒のなかでの重労働で体を壊しますが、療養中の病院で得意な絵が認められ、壁新聞や雑誌の表紙、挿絵に腕を振るいます。1948年に帰国後、広島に復員し弟の被爆死を知り、これをきっかけに、平和を望む創作活動が始まります。
 記憶が薄れないうちにと描いた1000ページにも及ぶ「わが青春の記録」。原爆詩人・峠三吉との共作「辻詩」。平和を祈念する数々の母子像。さらに、67歳にして参加したシベリアへの墓参・慰霊の旅を契機に描き始めたシベリア抑留の油彩や水彩などがあります。
四國五郎展では、これらの作品が展示されます。

会場:平和祈念展示資料館(総務省委託)
   新宿住友ビル33階(東京都新宿区西新宿2-6-1。℡ 03-5323-8709)
都営大江戸線都庁前駅から徒歩3分、東京メトロ丸ノ内線西新宿駅から徒歩7分
   JR線、小田急線、京王線の新宿駅西口から徒歩10分

日時:10月1日(火)~12月27日(金)。9:30~17:30 (入館は17:00まで)

休館日:毎週月曜日 (月曜日が祝日の場合は火曜日)

入館:無料

                                            (岩)