2020.01.06  記憶と反省と想像 (5)
   韓国通信NO625

小原 紘 (個人新聞「韓国通信」発行人)

「内憂外患」の連続だった韓国・朝鮮の歴史。中国に隣接する地理的な条件に加え、日本の存在が、外患、いつも「災いの元」だった。
日本からの解放後も棘の道を歩まなければならなかった。沖縄と北方領土いう例外はあるが、日本は分断を免れ、「タナボタ」という表現には異論があるかも知れないが、「民主化」を享受する道を歩んだ。戦後韓国が歩んだ道は、日本は関係がないように見えるが「災いの元」日本とは無縁ではなかった。
日本人は1945年以降の隣国に対して無関心であり続けた。日本人が韓国を「発見」したのは、「民主化宣言」(1987/6/29)の翌年の88年ソウルオリンピックだった。それまでの韓国は魅力が乏しく観光にでかける人は少なかった。ところが、夜間外出禁止令に象徴される韓国に劇的な変化が生まれた。私が初めて韓国を旅行したのも、「民主化宣言」直後の87年10月だった。「
民主化宣言」にいたる歴史を復修(さら)ってみた。

<済州島4.3事件から朝鮮戦争へ>
「済州島4.3事件」(1947)では島民8万人が虐殺された。占領軍でもない米軍政が韓国政治に公然と干渉し、政府軍と右翼に「済州島4.3事件」(1947)では島民8万人が虐殺された。占領軍でもない米軍政が韓国政治に公よる虐殺事件を起こした。未曽有の虐殺の真相と責任は闇に閉ざされたままだ。
同胞が血で血を洗う朝鮮戦争は明らかな米ソの代理戦争だった。国土は廃墟と化し、南北あわせ530万人という犠牲者は、実に総人口3,500万人の6分の1にあたる。離散家族は今でも1千万人といわれる。
二つの事件は韓国社会を決定づけた。極端な反共国家へ、軍事政権が生まれる素地となった。日本は戦争特需で経済復興を遂げた以外は無関心だった。
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<写真/避難民たち 東亜日報>

<4.19学生革命>
南朝鮮(韓国)の初代大統領李承晩は朝鮮独立運動の功労者だが、アメリカの傀儡でもあった。また「李承晩ライン」によって多くの日本の漁船が拿捕されたため、日本人の韓国に対する悪感情が生まれたことも否定できない。
李承晩の腐敗独裁政治に「ノー」を叩きつけた4.19学生革命は、日本の60年安保闘争と全く同じ時期に起きた。高校生によって始められた運動は全国に波及、流血の事態は186人を超す死者を生んだ。政府は戒厳令で対決したが、結局、李承晩はアメリカからも見放されアメリカに亡命。その後起きた朴正熙の軍事クーデターによって韓国社会は長い「冬の時代」に入る。
日本の新安保条約は自然承認となり、岸首相は退陣。政権は池田内閣に引き継がれ、日本は高度経済成長時代に突き進んだ。60年安保闘争は戦後最大の反政府運動と評価される一面、学生運動、労働運動の挫折の歴史として語られることが多く、いまや人々の記憶から消えようとしている。
韓国憲法の前文で、4.19学生革命は3.1独立運動とともに継承すべき輝かしい偉業として記されている。独裁政権と闘う民主化運動の精神的支柱として人々の心に生き続ける。

<アメリカが主導した日韓条約>
4.19学生革命、60年安保闘争から5年目に締結された日韓条約に日韓双方で反対運動が繰り広げられた。私が通っていた大学でも「日韓条約粉砕!」の立て看板が掲げられ、デモへの参加呼びかけが盛んに行われた。60年安保闘争に参加した私は日韓条約が新安保条約の延長上にあると理解したが、就職試験を前に反対運動に参加するゆとりはなかった。日本側は反米闘争、護憲の色彩が強く、韓国側は日本に対し植民地時代の清算と謝罪を強く求めた。同じ反対運動だったが、日韓での意識のずれは大きかった。また、韓国の反対運動は数倍も規模が大きく、先鋭化した。
日韓の国交正常化はアメリカの極東戦略の一環だった。ベトナム戦争の激化によって、韓国は派兵、日本は後方支援を米国から求められた。憲法の制約があって日本は派兵ができなかった。
無償3億ドル有償2億ドルという経済協力資金を得るために朴政権は反対勢力を力で押さえ込んで締結を強行した。朴大統領は金で韓国の心を売ったと批判された。日韓条約反対運動は4.19以後最大の反政府運動だった。
韓国政府は経済協力資金を利用して「漢江の奇跡」といわれる経済発展を遂げたが、経済協力資金は軍事政権維持のためにも使われた。日本が軍事政権を支えたといわれる所以だ。<次号「光州事件」へ続く>

NHKへモノ申し
「桜を見る会」問題で安倍内閣は窮地に追い込まれている。今年の桜が散る頃が見ものだ。

12月17日、大阪高裁が森友学園に対する国有財産払い下げ額を明らかにしなかった国に「有罪」判決という画期的なニュースが飛び込んできた。
「隠匿」「改ざん」を常習とする政府への痛打である。まっとうな判決に希望を感じながら、その日の夕方7時のNHKニュースがこれをどう伝えるか見守った。
その日のトップニュースは池江璃花子の退院のニュース(5分)、続いて共通試験での記述式国語と数学の見送り(5分)、聖火リレー関連(7分)、予算編成閣僚折衝(3分)、立憲・国民の合流(2分)と続き、最後まで大阪高裁の判決は報じられなかった。
「またやったかNHK! 」と憤慨、次のメッセージをNHKに送った。
「森友学園への国有地売却額を不開示にした政府に対して大阪高裁が不開示決定は違法とする判決を下した。政府にとっては厳しい判決で大打撃だったはず。しかし全く報道されなかった。安倍内閣に対する忖度もいい加減にして欲しい。ニュースの順番、時間についてチェックしている視聴者がいることを忘れないでほしい。最近のNHKのニュース選択は異常だ。反省を求めても無理なのかも知れないが、抗議だけはしておきたい。回答をいただけるならそれにこしたことはない」。今のところ回答はない。グチを言わずNHKを育てよう。

2020.01.05 「本日休載」
  今日、1月5日(日) は 休載します。

      リベラル21編集委員会
2020.01.04 サハロフ賞受賞、されど受賞者の消息は不明
――八ヶ岳山麓から(302)――

阿部治平(もと高校教師)

12月18日、欧州連合(EU)の欧州議会で、人権や民主主義を守る上で功績のあった人に贈る「サハロフ賞」の授賞式があった。今年の受賞者、ウイグル族の経済学者イリハム・トフティ氏(50)は、中国で国家分裂罪に問われて収監されており、米国在住の娘のジュハルさんが代わって出席した。ジュハルさんは「多くのウイグル族の人たちと同じように、父は、改めるべき思想を持った暴力的な過激主義者というレッテルを貼られた。中国政府は収容所に送ったウイグル族の人たちに改宗を強い、文化を捨てるよう迫り、拷問し、死ぬ人もいる」と話した。ジュハルさん家族がイリハム氏の消息を最後に聞いたのは2017年で、今はどこにいるのかも分からないという (朝日 2019・12・20)。

私にとって、イリハム・トフティ氏についてのニュースは、彼が2014年1月16日に無期懲役を言い渡されて以来のことだった。2017年以後彼の所在は家族にも不明とのことだが、私は虐待による獄死を恐れている。以下、以前ここに書いた記事のいくつかを要約して述べる。

1949年12月、中共軍第一野戦軍第一兵団が新疆に進駐したとき、司令王震は戒厳令を敷き、ウイグル語を禁止し、男子が街頭に3人以上集まれば銃殺し、中共支配に反抗的な集落とみれば、これを襲って機関銃で皆殺しにするなどの挙に出た。
文化大革命時代には、漢人の酷政にたまりかねたカザフ牧民が何度も大量にシベリアに逃亡した。1980年代、90年代に起きたパリン郷事件、ホータン事件、なかでも1997年のイリ(クルジャ)暴動は新疆の中共支配を揺るがした。テロをやったのは主に地下コーラン学校の「タリフ(学生)」である。
だが、テロの攻撃対象は警察や役所などの権力機関や民族の裏切者とされた人物であって、漢人一般に向けられてはいなかった。だから20世紀には、一般の漢とウイグルとの間は好かったとは言えないにしても、正月のあいさつ程度の付き合いはあった。
ところが、2009年のウルムチ大暴乱(漢・ウイグル両民族の相互襲撃事件)以降のテロ事件は、14年3月の昆明無差別殺傷事件(漢人など45人死亡)、4月ウルムチ駅前爆発事件(自爆2人を含む3人死亡、79人負傷)、市場爆発事件など、いずれも漢人に対する無差別テロとなった。

かつて中共内部には「経済を発展させることは、新疆問題を解決するカギである」という考えもあった。経済が発展し、生活水準が向上すれば、「国家分裂活動」は市場経済の中に消失するし、宗教の影響も世俗化が進んで消え、問題は自然に解決することができるという理屈だ。これはむなしい期待だった。
市場経済浸透のもとで格差は急速に開いた。すでに2008年新疆全体の年一人当たりGDPは1万9000元(2800ドル)に達したが、農村地域のそれは3800元(560ドル)、なかでもウイグルの多数が住むタリム盆地のオアシスの郷村では1500元(220ドル)前後にすぎなかったのである。いま格差はもっと開いているだろう。
漢人移民は、政府の政策に従って入植し、草原を開墾し、水を引き、石油・天然ガスなど資源を開発し、新疆の経済発展に貢献してきたと誇る。それに引き換え、ウイグルやカザフは勤勉ではないし、教養もない(=漢語ができない)のだから、漢人が彼らより金持になるのは当然だと考える。
だが、ウイグルやカザフら現地農牧民からすれば、漢人移民は災難そのものである。家畜放牧地を勝手に耕地にして、集落の水源から用水路を引き、塩類化が進んで作付けができなくなると、耕地を放棄し別な草原を開墾する。彼らのために砂漠が広がり、河川や湖の水が少なくなり、さらには石油試掘井の廃水が水源地と耕地と草原を汚染した。

新疆の中共当局は、チュルク系民族の民族運動の目的は、漢人を新疆から追い出し、東トルキスタン共和国をつくることだと宣伝している。漢人移民にしてみればウイグルやカザフの攻撃対象になるなど論外である。彼らがテロに走るなら、殺したところで何の差支えもないと考えるのがふつうである。
今や人口だけみても漢・回人口の合計はウイグル・カザフに匹敵する。しかも武装力は政府・漢人側にある。新疆の社会矛盾は、中共当局とウイグルやカザフをはじめとする先住ムスリム民族との対立ではなく、漢人と先住ムスリム民族の民族間の対立に変貌したことにある。

このような状態を憂えて、イリハム・トフティ氏は2009年11月中央民族大学で「中国の民族政策は再検討すべきときである」と題する記念すべき講演をおこなった。
この中で氏は、中国憲法と民族自治法の実施、就職や営業の機会平等、民族の言語、信仰、伝統、習慣の尊重などを求めたのである(この内容は「八ヶ岳山麓から(97)」を参照)。
トフティ氏は、新疆独立が問題解決の唯一の道だと考えるウイグル人はごく少数だという。多くのウイグル人は中国共産党の新疆に対する統治の現実を受け入れている。ただ本当の意味の自治を要求しているだけだと訴えた。そして「今日、新疆の民族政策を検討する必要がある」と問題を投げかけ、民族間対話の回路を作り、泥沼状態から新疆を救おうとしたのである。
かつての私の生活経験からしても、市場経済は現地少数民族に対して公正・平等ではない。新疆でもチベットでも内モンゴルでも、漢人はほとんどの行政と経済、知的資源を握っていて、どんな場合でも現地少数民族を飛び越して利益を獲得できる。たとえば漢語が公用語であることは当然だが、民族自治区のどこでも、漢語が卓越し少数民族語は片隅に追いやられている。漢語が堪能でないと少数民族の就職はほとんど不可能だが、漢語ができたとしても、雇う側が漢人か現地人かを選択するときは、間違いなく漢人を選ぶ。新疆各地を結ぶ飛行機の機内放送はウイグル語ではなく漢語と英語のうえ、機内食はムスリムではなく漢人の会社が作っている。
無神論を教育された漢人は、迷信と宗教との区別ができないし、信仰上のタブーも考慮しない。たとえばイスラム教徒は死者の骨灰を忌避するのに、「王胡子(ヒゲの王)」と嫌われた王震が死ぬとその骨灰を天山に撒いた。モスクも破壊したり商店にしたりしている。

習近平政権は力業に出た。中国の治安維持費は国防費を上回っている。2014年度の「内地」を含めた治安維持に使われる「公共安全」予算は、前年比6.1%増の2050億元(約3兆4000億円)を計上した。2018年には治安維持費が国防費を20%も上回っている。
豊富な治安維持費によって、この5年の間に当局は「暴力的なテロに絶えず打撃を加え、慈悲を見せない」方法でテロに報復し黙らせ、反テロを名目に見境なく大勢のムスリムを収容所に放り込んだ。都市村落を問わず監視カメラを設置し、いたるところに顔認証装置を置き、背筋が寒くなるような厳しい監視網を張り巡らして、新疆全体を先住ムスリム民族の監獄にしたのである。かくして今やウルムチは、中国で最も治安のよい街だと称されるに至った。
イリハム・トフティ氏の勇気ある発言は、ただ思想取締りの対象になったに過ぎなかった。彼は「東トルキスタン共和国」の独立を主張するのでもなく、中共の支配を肯定し、ただ憲法と民族自治法の実現を願うだけの人物である。この彼すら、「中華民族の興隆」をめざす当局にとっては邪魔者であり、その命は鴻毛より軽い存在となった。いまは氏が新疆の極寒の冬を、どうか無事に乗り越えてほしいと願うばかりである。

2020.01.03 スクープはないが特集に要注目記事あり
  ―2020年元旦の全国紙を読む

半澤健市(元金融機関勤務)

 読み比べは11回目である。朝日、毎日、読売、日経、産経、東京の6紙を読んだ。対象は、主に「社説」、「特集」、「個別記事」である。総体的な印象は、2020年の元旦各紙は、無気力で迫力に欠けるというものである。安倍政権に正面から退陣要求した新聞は一紙もない。

《社説のキーワードは「持続可能性」》
 東京社説は「年のはじめに考える 誰も置き去りにしない」と題する。
18歳の女性マララ・ユスフザイが、15年9月国連サミットで「世界のリーダーの皆さん、世界中の全ての子どもたちに世界の平和と繁栄を約束してください」と訴えた。この会議が採択したのは「持続可能な開発のための2030アジェンダ(政策課題)」である。貧困・教育・気候変動など17分野にわたる「開発目標(SDGs)」であった。
合言葉が二つ、「誰一人も置き去りにしない」「地球規模の協力態勢」である。社説は、日本で08年「年越し派遣村」を立ち上げた湯浅誠の先駆性を挙げる。彼は今、「子ども食堂」の運動に総力をあげている。本当の総力戦が必要だ。SDGs実現には公私の全部門での協力が必要である。政治の力が必要なのも当然である。もし政治が「置き去り」をつくるのであればそれを変えればよい。

 日経社説は「持続可能な国を引き継ごう」と題して具体的な三つの提言をする。
一つは企業変革、特に日本的雇用制度の改革である。二つは国による社会保障制度の全世代負担型への転換である。三つはエネルギー政策の見直しだ。原子力発電の構成比20~22%のロードマップの実現は厳しい。新しいイノーベーションが必要だ。新自由主義のイデオローグである日経は具体的かつ実践的である。

《毎日はポピュリズム批判》
 毎日社説は「あきらめない心が必要だ」と題する。内容はポピュリズム批判である。分断の推進と異論の排除を是とするポピュリストは、「温暖化や海洋汚染などの地球の生態系に関する問題や、核軍拡競争の懸念が増すなかでも/国際秩序に大きな価値を認めない。地球の持続可能性の危機さえ招来している」のであり、安倍政治もポピュリズムの潮流に従う。さらに展開して仏思想家ジャック・アタリや政治哲学者宇野時重規の危機感を援用して結論を結ぶ。

 朝日社説も、「SDGs」の掲げる目標が「人権」「人間の尊厳」「法の支配」「民主主義」という西洋近代の理念がそうであるように「普遍的」であることを確認する。しかし世界のポピュリズムは、といってプーチン・ロシア大統領の「リベラルの理念は時代遅れになった。それは圧倒的な多数の利益と対立している」という言葉を挙げる。国内でも、自民党が12年の野党時代に発表した改憲草案が、前文から「人類普遍の原理」という言葉を削除したことを普遍性排除の実例に挙げる。普遍性の要否についての綱引きが20年代を通して続くだろうとする。無論、その含意は普遍性の擁護である。

「持続可能性」という品のよい無機質な言葉をキーワードにした感覚に私は執筆者の葛藤を感じない。優等生の当たり障りのない流行語選択である。私の独断と偏見をいえば山本太郎やその応援演説をする前川喜平の1%の気迫も感じない。

《別路線をゆく読売と産経》
 読売と産経は前四者と異なる。日本へのチョー楽観論と伝統的な反共理論だ。
読売社説のタイトルは「平和と繁栄をどう引き継ぐか〈変革〉に挑む気概を失うまい」というもの。その現状認識は次の通りである。
「日本は今、長い歴史の中でみれば、まれにみる平和と繁栄を享受している。世界に大きな戦争の兆しはない。安倍首相の長期政権下で政治は安定している。諸外国が苦しむ政治、社会の深刻な分断やポピュリズムの蔓延もみられない。経済成長率は実質1%前後と低いが、景気は緩やかに拡大している。失業率は2%台で主要国の最低水準だ。健康、医療、衛生面の施設も整う。男女を合わせた平均寿命は84歳と世界のトップレベルにある」。
ここまで読んで本当に驚愕した。ネトウヨ的月刊誌を凌ぐ日本礼賛である。
このあと、そうはいっても問題はあるとして日米同盟の強化、イノーベーション促進や高齢化対策、企業内部留保の活用による経済の活性化を提案する。批判と悲観を排すのが狙いの文章である。

産経社説は正確には「年のはじめに」という。論説委員長乾正人の署名と「政権長きゆえに尊からず」というタイトルがある。そのサワリは次の二点である。
「先日、〈正論〉友の会の講演で広島を訪れた際、会場からこんなご意見をいただいた。憲法改正がいますぐに断行できない政治状況はよく分かります。習近平を国賓で招くのも経済重視で我慢しましょう。しかし、靖国神社参拝を6年もしないのは許せません。靖国参拝の上、習近平を国賓として迎えれば日中間の歴史問題は一気に片づくでしょう。それができなければ、総理を長くやる意味はない。私は黙って頷くしかなかった」。
また外務省のチャイナスクールを批判して「最もひどかったのは中江要介中国大使である。/彼は生前、こう書いている。〈天皇制を護ろうとした国体護持による敗戦が間違いであったのではないかと、私は思う。何が間違いかと言えば、天皇制を護持したために戦争責任があいまいになった、と私は思う〉(「日中外交の証言」)見事なまでの〈共産党〉の論理である」。

《日経の特集はなかなか鋭い》
 特集では日経の「逆境の資本主義」と東京の「民衆の叫び 世界を覆うデモ」が要注目だ。前者は、波乱の歴史を乗り越えてきた資本主義が現在の逆境にどう立ち向かうかというのがテーマである。なかなかの本格派である。日経の問題意識は、日本の経済ジャーナリズムの平均より一歩進んでいる。特集6頁に、アダム・スミスの時期から現在に至る簡潔な資本主義の歴史が置かれ、7頁ではニーアル・ファーガソン(歴史学者)、岩井克人(経済学者)、レオ・ダリオ(ヘッジファンド運用者)の三人に資本主義の現状と将来を語らせている。彼らの現状認識はヘタな社民主義者や財界のトップより数段深く鋭い。今年の元旦記事中、この特集が一番今後の期待を抱かせる。

毎日の「米中のはざまで 日米安保60年」も要注目である。第1回では米中の「宇宙戦略」の争いを取り上げた。米国からの「日米で月面着陸」提案に対して、日本は5月の首脳会談で検討すると表明した。「宇宙軍」を創設した米国への協力は、米中「宇宙圏」競争へのコスト負担につながるだろうという。

東京の「世界を覆うデモ」は7回の連載で各国のデモに迫る企画である。第1回は香港の若者を取材している。希望と絶望が錯綜した内面の心情を語る彼らの情念が切なく迫ってくる。

《5G利用に米製品を避けるという戦略》
 個別の記事では、「ハイテク技術採用時の基準」と「宇宙開発」に関するものが興味深い。読売は一面で「中国製器制限新法」と報じた。企業がハイテク技術の導入時に、安全保障面へ考慮して日欧機器を優先する法律を政府が意図しているというもの。中国製品導入への警戒感を示すもので「5G ファーウエイ念頭」の見出しもある。ただ記事内容を見ると、通信基地局の世界シェアは、中国ファーウェイなどで4割、北欧2社を入れて四強体制となっている。日本勢は富士通とNECで各1%に過ぎない。ただし記事には対中制限をかけては日本の業界自体の国際競争力が劣ることへの不安や対策には言及がない。
ファーウェイの業績が米国中国のなかで好調という記事を各紙が伝えるなかで、産経は同社CEOの「単独寄稿」を載せたのが面白い。同寄稿でファーウェイが日本企業の成功例に学んだことを強調しているので「日本素敵論」と感じたのかも知れぬ。

朝日の福岡伸一(生物学者)とブレイディみかこ(在英の保育士・ライター)の対談が面白い。社説の多様性排除批判への援護射撃である。
東京オリンピックには礼賛記事の花咲かりだが、只一つ朝日が「日の丸だけに価値を求める」風潮を批判する記事を載せた。映画監督新海誠のコメントでは「エンタメが権力に利用される」危険を述べている。
米テレビ局を始めとする五輪利権企業、IOCとJOCに巣くう五輪官僚、インバウンドに賭ける商人などの生態に迫る記事は一つもない。華やかなテレビ・ラジオ番組紹介、東京五輪の人気選手の紹介。これら「パンとサーカス」の世界への批判的な視点は、一切なし。勿論、見世物小屋のなかでも競争はある。芸人の人気記事も花盛りである。

《株価は27000円~19500円》
 定番では日経の大手企業経営者による景気予想、金融専門家による株価と為替の予想がある。因みに日経平均予想の最高は投票者の平均が高値25450円、安値21625円。予想された最高値は27000円、最安値は19500円である。
多和田葉子、柳家小三治らへの朝日賞(田沼武能には特別賞)と草笛光子、今野勉らへの毎日芸術賞などなど書き残したものが多い。しかし長くなりすぎた。今年の元旦紙読み比べここまでに。(2020/01/02)
2020.01.02 英語試験の外部委託は語学教育改革の放棄

盛田常夫(経済学者、在ハンガリー)

 大学入学共通テストの英語試験を民間に外部委託する方針は誰が推進したのだろうか。英語を社内共通言語にしている楽天会長・社長の声が大きかったようだが、それに賛同した政治家はいったい何を目的で賛同したのだろうか。試験を外部委託すれば、教育改革なしで語学力を高められるとでも考えているのだろうか。あまりに安直である。だから、利権の存在が疑われても仕方がない。

 英語の4技能習得というが、これは日常的に外国語を使うことがない人々が、頭で考えたことにすぎない。完全な観念論である。4技能をまんべんなくこなすことは不可能である。いかなる言語であれ、きちんとした文章を認めるのはきわめて難しい。日本語でも英語でも変わらない。日本語のできちんと文章を書けない人が、日本語以上の文書を外国語で書けるはずがない。ペラペラよくしゃべる人が良い文章を書けるわけではないし、講演がうまい人の書き起こし文章がそのまま使えることはない。
会話ができるから文章が書けるわけではない。どの言語でも文章能力のハードルが一番高く、一般常識、専門知識、文章読解力や訓練なしにまともな文章を書くことはできない。楽天が英語を共通言語にしているといっても、かなりの曖昧性を伴う日常会話が辛うじて成立しているだけで、正式な文書作成は英語を母語とするスタッフが行うか、既成の文書例をわずかな字句修正で使用しているだけだろう。民間の英語試験の点数がどれほど高くても、それは文章作成能力を証明するものではない。長期の留学と訓練なしに、文章能力を高めることはできない。

 外国語の論文や書籍を日本語に翻訳する時に必要になるのは、専門能力と日本語能力である。これだけで翻訳能力の7-8割を占める。語学力は2-3割でしかない。とくに論理性が重視される自然科学や工学、あるいは社会科学の場合には、そうである。文学作品は当該国に長期に生活した経験がなければ翻訳不可能である。
他方、日本語から外国語への翻訳は母語の専門家の手助けなしには不可能である。双方向の会話ができるバイリンガルと呼ばれる人でも、双方の言語で優れた文章を書ける人はほとんどいない。それぞれの社会の常識、語彙力、文章読解力をもち、文章訓練を積まなければ、どんな言語であれきちんとした文章を書くことはできない。
 これにたいして、会話(話す聞く)は一定の語彙力と経験があれば、それなりに成立する。会話には常に相当の曖昧性が伴うことも、日本語での会話と同じである。しかも、会話能力はスポーツと一緒で日常的に使う状況になければ、話す力も聞く力も衰える。日本のように、日常的に外人と会話する機会が少ない国では、話す力や聞く力を学ぶインセンティヴを維持するのが難しい。だから、英語より、国語の4技能の方がはるかに重要である。
 さらに、日本の周辺国は英語圏ではない。日本人にとって朝鮮語と中国語が一番身近な外国語である。中国や韓国に長期に滞在する人は、英語で生活するより、それぞれの言語を学ぶ方がはるかに現地でのコミュニケーションが容易になる。西欧に関心のある学生はドイツ語やフランス語あるいはスペイン語に関心があるはずだ。外国語の選択肢を広げる方が急務である。いかに対米従属国日本とはいえ、インターナショナルな時代に、英語だけを外国語と考える発想は時代遅れである。

 高校時代は何も英語だけ勉強しているわけではないし、誰もが国際的な環境の仕事に就きたいわけでもない。数学や物理学・化学・生物学、あるいは文学作品や歴史に没頭して、英語の勉強がおろそかになる学生もいる。英語以外の言語を学びたい学生もいるはずだ。そういう学生に、一律に英語の4技能を強制するのは馬鹿げている。英語の一律強制はそれぞれの個人の持つ可能性の開花を阻害する。言語学者になろうとする場合を除き、語学はあくまでも手段である。だから、必要になったときに、勉強することで十分に足りる。
 ハンガリーでは幼児教育から外国語を学ばせるところが多く、小学校や高等学校では複数の外国語の学習が可能である。大学の学位取得には外国語の国家試験で、中級以上の資格を取得することが要求されているが、もちろん英語だけに限定されておらず、あらゆる外国語が資格要件の選択肢に入っている。資格は何時取得しても構わない。高校時代に取得することも可能である。ハンガリーでは大学入試資格として、語学の中級(国家試験)資格の取得を検討していたが、政府は導入を断念した。語学だけに時間を集中させるのは多様な能力の発達を阻害するという判断である。大学卒業までに、最低一つの外国語の中級資格を取得すればよいというのが現在のハンガリーの状況である。ただ、大学に入学すると、語学にたいする関心が薄れ、語学の勉強が疎かになる。語学資格試験を避けたために、いつまで経っても学士号を取得できない学生も多い。

 学校における外国語教育改革を行うことなく、試験を外部委託して問題が解決されると考えるのはきわめて安直である。試験の外部委託ではなく、学校教育や大学教育における外国語教育の抜本的改革が急務である。大学入学用の試験は英語に限らず、言語の選択肢を広げ、かつ資格認定で済ませるのが良い。異なる民間試験の結果を比較するのは無駄である。まして、異なる言語の点数を比較することに意味はない。資格認定として民間試験を利用する場合には、一定以上の点数を合格(有資格認定)として、絶対点数を入学判定に使わないことだ。教育の機会均等を守るために、語学の国家資格試験を導入することも考えるべきだ。
大学入学前に必要なのは発音能力の習得である。これだけは、大人になってから学ぶのが難しい。今年の流行語大賞One Teamを「ワンチーム」などと発声している限り、いつまでたっても日本人の語学能力は進歩しない。teamを「チーム」と発声したのでは、理解されない。「ティーム」と発声しなければならない。「シートベルトをお掛けください」というアナウンスも、きわめて滑稽である。シートはsheet(紙)である。seat beltは「スィートベルト」である。こういう日本語化された英語発声を放置しながら、4技能を強調するのはとてもアンバランスである。インポッシブルではなく、インポッスィブルである。シンガポールではなく、スィンガポールである。発音・発生を重視せずに共通一次の英語から発音とアクセントの問題を外すというのは間違っている。もともと、日本の英語教育では発声や発音を厳しく教えることがない。しかし、日本語化された英語発声は外国で役に立たないことを知るべきだ。日本の語学教育の何が問題なのかを当事者たちが理解していない。

 大学における語学教育も問題が多い。専門分野によって、必要な語学能力要件は異なる。自然科学、工学、社会科学の場合には、論文の読解力・作成能力やプレゼン能力が必要とされる。論理的な文章の読解・作成訓練が必要である。ところが、日本には言語学部が少なく、言語教育の専門家は少ない。日本の大学で語学を教えている教員の多くは文学部出身の文学専攻者である。文学部出身の教員は文学作品を題材にして、授業し試験問題を作成する。しかし、感性的な文学作品を理解するのは非常に難しいし、専門論文やプレゼン能力の向上にほとんど役に立たない。語学を担当する文学部出身の先生の多くは、「言語の技術を教授するのが自分の仕事ではない。自分は言語学者ではなく、文学者である」と考えている。しかし、言語教育は文学教育ではない。言語授業と自らの専門研究は区別しなければならない。教員は学生が所属するそれぞれの専門分野に応じた語学能力の教授に努めるべきである。文学部出身であっても、それぞれが所属する専門学部で必要な言語能力の教授に努力すべきである。文学研究者の職の確保のために外国語教育が存在するのは本末転倒である。これは日本の大学が古くから抱える語学教育の根本問題である。
 いずれにしても、英語試験の民間への外部委託で、日本の外国語教育問題が解決されることはない。
2020.01.01  2020年の年頭にあたって
         まだすることがある
                       リベラル21運営委員会

題字下にあるように、われわれが「護憲、軍縮、共生を掲げてネット上に市民のメディア、リベラル21を創った」のは2007年の春であった。以来、13回目の新年を迎えたことになる。なにはともあれここまで続けられたことを同人各位とともに喜びたい。同時にわれわれの支えとなってくれている読者にこころから感謝申し上げる。
創刊時、わが国は前年秋に小泉内閣に代わって第1次安倍晋三内閣が発足して半年というところであったが、当時掲げたスローガン「護憲、軍縮、共生」が2020年の今日、いささかも古くなっていないことに驚く。古くなっていないどころか、「護憲」はまさに眼前の課題としてより差し迫ったものとなっているし、「軍縮」も「共生」も残念ながら色あせない。
われわれに先見の明があったと言いたいわけではない。課題のほうが解決に向かうどころか、深刻さを増していることに改めて感じ入っているのである。
第二次大戦後、世界は東西両陣営に分かれて対立し、時には第三次世界大戦が現実のものに見えた時期もあった。その冷戦は幸いなことに1989年末、地中海マルタ島での米ソ(ブッシュ・ゴルバチョフ)首脳会談で終わりを告げた。世界は大きな脅威から解放されたはずであった。
あれから30年、つい最近の12月27日、ロシア、中国、イラン3国がイラン近海のオマーン湾で初の合同軍事演習を始めた。イランへの制裁強化を主張するアメリカがホルムズ海峡、オマーン湾で有志連合による「番人(センチネル)作戦」を11月から展開していることに対してイランの友好国の中国、ロシアが牽制に出たと見られている。
東西冷戦の終結によって資本主義対社会主義というイデオロギー対立にも勝負がついたはずであったが、イデオロギーとは別にロシアも中国も独裁政権が民主化とは逆に強権性を着々と強め、それが第三国(イラン)をめぐる国際緊張に割って入ってきたのである。国際情勢を有利に動かすために中ロが手を組んで軍を動かしたのは、おそらく朝鮮戦争以来のことであるはずである。
しかもこの情勢にわが国も情報収集目的と言いながら、海上自衛隊をオマーン湾から西の海域に派遣することにした。緊張する海域にわが国が独自に海上自衛隊部隊を派遣するのも初めてではないか。それが大きな議論もなくおこなわれようとしている。「護憲」も「軍縮」もスローガンとしてこれまでになく現実味を増している。
こうした流れに抗するにはわれわれの力は小さい。しかし、ここまで十年以上、社会の片隅で声を上げ続けてきたからには、ここで口を閉ざすわけにはいかない。新しい形で軍事力に物を言わせようとする風潮に異議を唱え続けていく決意である。
翻って国内を眺める。安倍内閣はまさに十年一日のごとく「経済は緩やかに回復している」と言い続けているが、社会の停滞感は誰の目にも明らかであり、その原因もまた明らかである。国際あるいは国内の環境に恵まれて業績のいい企業では、内部留保はもとより役員から従業員(正規)までたっぷりとその恩恵に浴している。しかし、いまや全体の40%に近い非正規の勤労者は労働力の再生産さえおぼつかないレベルの収入に甘んじているからである。
社会を元気づかせるには、お金を使う必要のある人にお金を回すのが一番である。こんな分かり切ったことがなぜできないのか。確かに安倍首相は時に財界の首脳と言われる人たちに、「もっと賃金を上げてほしい」などと陳情めいたことを口にしているが、ただのアリバイつくりとしか見えない。本気でそう思うなら、労働分配率、特に低所得層の収入を上げることに精一杯力を入れるべきである。
もとより現状が都合のいい階層からは抵抗があるだろうが、それは当然のことであって、そこを突破するのが政治のはずである。
この点については野党もまったくだらしがない。富の分配率を動かすことに100%の賛成が得られるはずはないのだから、腹をくくって55%の賛成を獲得することに割り切った施策を打ち出してもらいたい。「共生」とは言葉はやさしいが、実現は非常に難しいスローガンである。われわれ自身の不勉強を認めたうえで、この分野への発言を強化することをわれわれ自身の課題としたい。
「共生」にはもっと大きな課題もある。今年はとりわけ災害が多く、かつひどかった。新聞報道によると、英ロンドンの国際援助団体「クリスチャン・エイド」が先月、発表したところでは、昨年、被害額10憶ドル(1100憶円)以上の災害が15件発生した。最大は昨年10~11月の米カリフォルニアの山火事で被害総額は250憶ドル。日本の台風19号の150憶ドル、15号の50~90憶ドルも15件の中に入っている(日本経済新聞12月30日)。
山火事も台風もまさに温暖化の直接の産物である。環境悪化を危惧する世界各国の学者・専門家が集まってローマクラブを作ったのが1969年。同クラブが『成長の限界』を発表して警鐘を鳴らしたのが1972年、48年前であった。温暖化防止京都会議(気候変動枠組条約第3回締約国会議)で各国がまがりなりにもそれぞれの目標を明らかにしたのが1997年、23年前であった。
昨年9月23日、ニューヨークの国連本部で開かれた「気候行動サミット」の開会式に出席したスウェーデンのグレタ・トゥンベリさん16歳はこう言った。「人類の滅亡が始まっているのに、あなた方はまだ経済成長を語っている」
この言葉の前では、80余年を生きてきたものとして返す言葉はない。と言って、目を背けることは後の世代のためにも許されない。これからでも勉強し、できる発言はしなければならない。
『リベラル21』にもまだ果たさなければならないことがあるーと信じて、今年もまた声を上げ続けていきたい。同人各位の健筆、読者諸氏のご支援をお願いする。
2019.12.31 ランニングブームにも変化の兆し
「人類の調和のとれた発展」への転機に

杜 海樹(フリーライター)

 現在、日本のランニング人口は1000万人余に達していると言われている。フルマラソン・42.195キロを完走する人は年間延べ40万人、東京マラソンのように参加者が3万人を超える大会も数大会ある状況となっている。ランニングブームに伴って、マラソン大会を開催すれれば人が集まり地域が活性化すると、近年、相当多数の都市がマラソン大会を新設し、地域経済活性化のリード役を果たしてもきた。全国ご当地マラソン協議会なども発足し「地域の特色を前面に出したおもてなし趣向」で新たな魅力を打ち出していくこと等も謳われてきた。マラソン大会では、地域の特産品や郷土料理等が振る舞われることもあり人気を得ているところでもあった。

 しかし、こうした流れにも東京オリンピックを前にして少し変化が出始めてきている。
 マラソン大会の募集を掛ければ数時間で定員オーバーとなった時代は過ぎ去り、今や締め切り日当日を迎えても定員に満たないまま受付を終了しなければならないマラソン大会も珍しくなくなってきた。東京オリンピックのマラソンコースも大会開催1年を切ってから右往左往する結果となり、交通渋滞や物流機能面など総合的に見るとオリンピックの印象も決して芳しいものではなくなってきている。

 そうした中、ある地方の老舗マラソン大会が、今秋、突如3年間の休止を発表した。あまりの突然の出来事であったため「いったいどうした?」という声も愛好家の間から聞かれたが、理由には自治体の財政面や高齢化の側面も含まれていた。少子高齢化に伴う問題がいよいよマラソン大会の運営にも波及してきたかという印象を受けた。

 現在おこなわれているマラソン大会の少なからずは、スポーツという側面に加えて経済の活性化という側面が加味されている場合が結構あった。マラソン大会に限らず、あらゆるお祭りやイベントは、開催すれば大勢の参加者や見学者等が詰めかけ経済効果が上がるのも事実であった。
 しかし、高齢化が進み人口が減少してくれば、来場者を迎えようにも迎える側の人出は不足せざるを得なくなってくる。国土交通省・国土交通政策研究所の政策課題勉強会内においては2040年に消滅可能性都市が896自治体(全国の自治体の約50%)に及ぶとの報告もされていた。各種のイベントにお客の立場で参加するという主催者側に一定の負担をお願いする参加スタイルは見直しの時機ということなのかもしれない。
 
 まもなく、オリンピックが開催されるが、そのオリンピック憲章の中には「オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである」という言葉がある。また、マラソンの故・小出義雄監督は「メダルのために人生があるのではない。あくまでも人生のためにメダルがある」といった言葉を残している。
 各種大会の運営が負担になってくるようであれば、やはり何らかの見直しが必要な時機ということであろう。

2019.12.30 記憶と反省と想像 (4)
韓国通信NO624 

小原 紘 (個人新聞「韓国通信」発行人)

3.1独立運動100周年
今年は3.1独立運動から100年目の節目の年だった。
韓国の憲法前文は、以下のように3.1独立運動とともに憲法の理念と目的が語られている。

「悠久なる歴史と伝統に輝く我ら大韓国民は、3.1運動によって建立された大韓民国臨時政府の法統と、不義に抗して立ち上がった4.19の民主理念を継承し…」
3.1独立運動は韓国人にとって建国の礎となる大切な記憶であり続ける。
日清、日露戦争をへて日韓併合に至る歴史は日本による「残酷」かつ「巧妙」な歴史だった。東学農民戦争での「皆殺し」作戦に続き、日露戦争のさなか、日本軍兵士と浪士が王宮に乱入し、皇后閔妃(みんぴ)を殺害(1895/10)するという世界史上稀に見る事件を日本はひき起こした。「日韓議定書」による保護国化。さらに外交権をはく奪した「乙巳保護条約」(1905)締結後、伊藤博文が初代「統監」に就任、5年後に大韓帝国併合に至る。乙巳保護条約は日本軍が包囲するなか、伊藤博文が直接閣議に乗り込み、恐喝して条約締結を承諾させたことが明らかになっている。
大韓帝国皇帝高宗は「保護条約」を認めず、オランダのハーグで開かれる万国平和会議へ密使を送り、国際世論に日本の非を訴えようとしたが果たせず、更迭された。最終の仕上げ「日韓併合条約」は、大韓帝国が自ら併合を申し出て、日本が「認める」という形式の条約だったが、現在でも日本は「保護条約」も「併合条約」も国際法上「有効」と主張する。これは明らかに「国際法違反」だった。こうした「強姦」に等しい植民地化に民衆は憤激し、当然ながら抗日運動は高まった。安重根による伊藤博文暗殺はそれを象徴する事件だった。彼は李舜臣、全琫準とならび韓国でもっとも敬愛されている人物のひとりだ。日韓併合に反対した高宗が死んだ(一説には「毒殺説」もある)。そして、国葬の準備のさなか3.1を迎える。

<1919年3月1日>
併合から9年、朝鮮総督府は、行政、治安、土地事業などで露骨な植民地政策をすすめ、土地を奪われた多くの農民は生活に窮した。憲兵政治、武断政治と呼ばれ、一切の市民的自由を奪われた人々が怒りを爆発させた。
1919年3月1日、ソウルのパゴダ公園(現タプコル公園)で独立宣言文が読み上げられると、瞬く間に独立運動が全国に広がった。
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<上写真「独立マンセー」を叫ぶ市民たち>
独立宣言文は格調高く、「暴動」と決めつけた日本側の理解をはるかに超えた高邁なものだった。
独立宣言文は冒頭で「我らはここに朝鮮が独立国であることと、朝鮮人が自主の民であることを宣言する。これを世界万邦に告げて、人類平等の大義を克(よ)く、明らかにし、それを子々孫々につげて 民族自存の正しい権利を永く保有せしめるものである」と高らかに宣言し、朝鮮の独立と東洋平和、世界平和、人類の幸福を求めた。宣言文には「共生」「尊厳」「良心」「正義」「平和」という言葉がちりばめられ、理想が語られていた。意外なのは日本から独立を求める宣言でありながら、日本を憎悪の対象とせず、むしろ「憐れみ」の対象として語られていることだ。宣言は「我らはここに奮起する。良心はわれわれとともに存し、真理はともに進むのだ。着手がすなわち成功である。ただ、前方の光明に向って邁進するのみ」と結ばれる。
宣言文に署名した33名の「民族代表」には、天道教(旧東学党)教主をはじめ、キリスト教、仏教関係者が名を連ねた。発表後、彼らは直ちに逮捕されたが、宣言文は「独立万才(マンンセー)の声とともに各地に伝えられた。運動が全国に広がると、日本は警察に加え軍隊が出動し、国旗の大極旗を振り、素手で行進する民衆に向って容赦なく軍刀で切りつけ、発砲した。
資料には全国1,500カ所の集会とデモ、200万人以上の参加、7500名の虐殺、4万6千名の検挙者が記録されている。その規模の大きさと犠牲者数に驚く。
朝鮮併合を「ちょうちん行列」で祝った日本人には、祖国の独立を求める朝鮮の人たちの気持ちは全く理解できなかった。

3.1独立運動で起きたさまざまな虐殺事件のなかで、教会ごと住民たちを丸焼きにした「堤岩里(チェアムリ)事件」は残虐な事件として記憶されている。
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柳寛順(ユ・グワンスン)(上写真)の献身的な活躍も特筆される。捕えられ西大門刑務所で獄死する日まで、「独立マンセー」を叫び続けた16才の女子学生の記憶は韓国人の心に今なお生き続けている。

日本社会に今も残る韓国軽視・蔑視、最近の「嫌韓」のルーツを求めて、東学農民戦争、3.1独立運動をあらためてスケッチしたが、それは韓国の民主化運動のルーツ、「ローソクデモ」の源流をたずねるものでもあった。
徴用工問題、従軍慰安婦問題は、日本の朝鮮植民地化とそれに続く侵略戦争の中で生まれた悲劇である。全てを奪いつくしてなお、「韓国の近代化に尽くした」と言い放った侵略者の後裔たち、それに追随する学者、マスコミもその歴史認識から一歩も抜け出ていない。
朝鮮併合を豊臣秀吉と重ねて、初代朝鮮総督寺内正毅は「小早川加藤小西が世にあらば 今宵の月をいかに見るらむ」と、日本の朝鮮支配の実現に胸を張った。
私たちが隣国と真摯に向かい合うなら、「地図の上 朝鮮国に黒々と墨を塗りつつ秋風を聴く」と詠んだ啄木。朝鮮侵略に公然と反対した幸徳秋水、吉野作造、柳宗悦から学ぶことは多い。彼らは日本と韓国・朝鮮とのあるべき将来の道しるべだ。
「3.1」から100周年を迎えた今年、韓国では国をあげて3.1独立運動を記念する行事が行われ、屈辱とたたかいの記憶を新たにしたはずだ。かつての「宗主国」日本から伝えられたのは、「すべて解決ずみ」、「国際法違反」という非難の嵐だけだった。そればかりでない。日本では2018年に日本政府によって明治維新150年の式典が行われ、日本の「成功」を祝ったのである。

2019.12.29 「本日休載」

今日 12月 29日(日)は休載します。

リベラル21編集委員会


2019.12.28 NHK会長5人連続財界人、みずほ銀から前田晃伸氏
不祥事多発したNHK歴代会長を採点する
                          
隅井孝雄 (ジャーナリスト)

 NHKの次期会長にみずほファイナンシャルグループの元会長前田晃伸氏が選任された。村上会長の続投も一時うわさされていた。しかし「クローズアップ現代」の保険不正販売追及番組に対する郵政グループの介入、干渉問題が大きく広がったことから、官邸の意向で急遽前田氏に白羽の矢が立ったとみられる。前田新会長は2020年1月25日に就任する。任期は3年間だが、2期務める可能性もある。
 ▼財界から天下り続く、陰で安倍首相、菅官房長官が糸?
 前田氏の会長就任で、財界出身者の会長は2008年以降五人連続となる。就任に先立って記者会見した前田氏は「放送機関から政権がチェックされるのは当たり前、きちっとした距離を保つ」と発言した(12/10)。しかし会見の席上、記者から問われ、安倍首相を取り巻く財界人グループ「四季の会」のメンバーであることを認めた。「四季の会」葛西敬之(JR東海副社長)、古森重隆(フジフィルム会長)の二人が中心メンバーだとして知られる存在で、安倍首相のブレインとして、政策助言にあたっていることで知られている。
 NHKの会長、専務理事、経営委員など主要人事の決定の際は、必ず葛西、古森両氏が動く。2005年会長福地茂雄氏は四季の会メンバー、2008年会長の松本正之氏は葛西氏の部下、2014年会長籾井勝人会長も「四季の会」が推挙だった。古森氏自身も2007年6月から2008年12月までNHK経営委員長を務めた。
 このような状態の下で、果たして「権力との距離」を保てるかどうかだ。大手各紙の報道を見る限り、上田会長の退任、前田次期会長の選任は安倍首相と菅官房長官が影響力を行使、「四季の会」が選任したとみていいだろう。
 ▼歴代会長―財界7, 官僚4、記者4、NHK出身6、
 NHKの初代会長の岩原謙二(1926年~36年)氏の前職は三井物産常務だった。
2代会長の小森七郎(1936年~43年)は郵政官僚が据えられた。ラジオ放送の威力がまし、政府がNHKを傘下に収めるためだった。その流れを汲んで第二次大戦末期(1943年~45年)には下村宏(情報局総裁)がNHKをがっちり握り、戦争遂行の番組一色になった。
 戦後一時期、郵政官僚である大橋八郎が会長の座に就いたが、まもなく戦後民主化の流れで放送委員会が誕生した。委員は岩波茂雄、馬場恒吾、宮本百合子、荒畑寒村、加藤静枝、土方與志、大村英之助ら、戦後文化人の結集体だったが、彼らが選んだ会長は高野岩三郎(1946)、統計学者であった。社会運動家としても、人格識見共に傑出した人物であり、戦後のNHK再出発を率いた。
 そののち、古垣鐵郎(朝日、1949)、野村秀雄(朝日、1958)、阿部真之助(東京日日、1960)、前田義徳(朝日、後NHK報道局長、1964 )ジャーナリスト出身者が続いた。間に実業家永田(1956)が入るが・・・。この間にNHKは公共的存在であり、ジャーナリズムと文化、娯楽の重要な機関であるとの認識を、市民の間に培ったと言えよう。9年という長期政権であった前田には後半権威主義的な傾向が見られた。
 ▼田中角栄側近不祥事後、一時期、内部昇格続く
 ところが1957年、田中角栄が郵政大臣となったことがNHKの方向を二転、三転させた。田中は放送行政に辣腕を振るい34社に及ぶテレビの大量免許を行うとともに、この免許で田中の右腕だった小野吉郎事務次官をNHKの専務理事として天下りさせ、興隆中のテレビ事業を掌中に収めた。小野は副会長を経て1973年NHK会長に昇格した。ところがロッキード事件で逮捕された田中を保釈中に小野会長が見舞い、世論の批判を浴びた、受信料不払いが激減ことから辞任を余儀なくされた。
 小野退陣の後、NHKの復活を任されたのは、「朝ドラ」の生みの親として知られる演出家坂本朝一であった(1976)、初の生え抜きとして、坂本は職員の受けもよく2期6年、引き継いだ川原正人会長(1982)は報道局長から専務理事経験者で、同じく2期6年を務めた。この12年がNHKのもっとも安定した時期であったといえよう。
 しかし1988年政権与党(自民)の画策の結果、三井物産の元会長であった池田芳蔵が送り込まれた。しかし高齢(77歳)の池田は、今でいう認知症で、言語不明瞭。国会答弁もままならず、7カ月でNHKを去った。
 後任は再びNHK内部から、報道局長経験者の島桂二が起用されたが(1989)、強引な人柄が反感を買い、不祥事も手伝って途中退任、大河ドラマなどのプロデユーサーであり、人望もあった川口幹夫が就任(1991年)、ハイビジョン、国際放送などを推進、多チャンネル時代の波を乗り切り、久しぶりに2期6年の任期を全うする会長とし、大型で見ごたえのある番組作りに貢献した。
 ▼海老沢後半、視聴者批判激化し、財界人起用の連鎖
 川口の後会長職を継いだのは副会長の海老沢勝二であった(1997)。海老沢は政治部記者出身だが、早くから管理職として階段を昇り、専務理事、副会長、そして会長に上り詰めた。しかし、早くから政権への迎合姿勢が顕著で、2001年にはETV特集「戦争をどう裁くか」の慰安婦問題で、政府の意向を受けて大幅な番組改変が行われた。その後2004年には紅白歌合戦のプロデユーサーによる不正支出が週刊誌に暴露され、海老沢体制に視聴者の批判が集中、受信料不払いが急増した。国会に喚問された海老沢が、テレビ中継を行わなかったことも重なり、視聴者の批判が増大、2005年1月、辞職に至った。辞職に際し、顧問に就任したこと、多額の退職金が用意されていることも伝えられ、視聴者のNHKへの批判は増大の一途をたどった。
 海老沢後のリリーフとし2008年1月以降は「四季の会」の取り仕切りで財界人に委ねられた。福地茂雄(アサヒビール、2008)、松本正之(JR東海、2011)、籾井勝人(三井物産、2014)、上田良一(三菱商事、2017)、前田晃伸(みずほファイナンシャル、2020)と続く。
 
 NHKには絶えて久しく、見識あり、放送文化を預かる人物を会長職に見ることが無い。政府、財界との癒着を断ち切り、公共放送文化を育成することに十分な理解を持ち、文化的にも造詣の深い物を見出すことができる環境を作ることが必要ではないか。
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写真、新会長、前田晃伸氏の就任を報じる「NHKニュース7」(12/9/2019)