2022.08.13 ウクライナ人従業員が語る ロシア軍が占領した原子力発電所
 
坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

 英BBC(英語版)は12日、ロシア軍に占領されたザポリズジアの原子力発電所の危険な現状について続報した。同発電所は6基の原子炉からなる世界最大級の原子力発電所。「リベラル21」では10日に第1報を報道したが、その続報を以下に紹介します。

 ロシア軍に占領されたウクライナのザポリズジア原子力発電所の職員は、ロシア軍は原発を軍事基地として使用し、職員は銃を突きつけられているとBBCに語った。

 侵略軍は3月初旬から、このヨーロッパ最大の原子力発電所を占拠している。しかし、発電所はまだウクライナの技術者により運営されている。
 ロシア軍は最近、自軍が原発から近隣に向けてロケット弾を発射している間、原発を「盾として」使用している。
 11日には、さらなる砲撃が報告され、国連の代表は、核施設付近での戦闘が「災害をもたらす」と新たな警告を発した。
 現在、2人の作業員がBBCに、毎日の誘拐の脅威と、「より広い地域の放射能汚染」、さらには核の大惨事への恐怖を語っている。

 ▽ウクライナの原子力発電所が再び砲撃され、国連が警鐘を鳴らす
 南部の都市ニコポルには、ウクライナで最も危険な見晴らしの良い場所がある。
 ドニプロ川のほとりで、ザポリズジア原子力発電所を対岸10マイルに見ることができる。
 ここ数週間、激しい砲撃が続いており、一晩で120発ものロケット弾が飛んできたという。
 ロケット弾は原発のあるエネルホダル市から飛んでくる。
 そのため、エネルホダルと発電所も激しい砲撃にさらされている。
 国連の核監視団は、戦闘が停止し、査察団の立ち入りが許可されない限り、「核災害の現実的なリスク」があると警告している。
 ウクライナとロシアは互いに非難し合っている。事態は不透明だが、リスクは明らかだ。

 ▽原発職員の嘆き
 「以前のように働けないわ」と長年、原発で働いてきた職員のスヴィトラーナさんは嘆く。「この1週間は職場に行くことさえできなかった。土曜日には、窒素・酸素ステーションが砲撃され、火災が発生しました。奇跡的に、そこで働いていた人たちは助かりました」
 また、周辺の住民によると、商店や薬局の価格は、ウクライナの支配地域よりも4倍も高く、医師も不足しているという。ATMもほとんど閉まっている。
 いま、毎日、原発の近くに砲弾が着弾しているという。
 「心理的な状況も大変です。兵隊はどこにでも武器を持って歩いているし、住民はみんな銃口を向けられているんです」
 ロシアはそこに約500人の兵士を駐留させているという。最近の映像では、軍用車両が内部を走っている。

 「毎日、軍用車両で行ったり来たりしている」と彼女は言う。
 「ウクライナ軍が攻撃できないように、駅舎のすぐそばに軍備を配置しているのです」。

 友人のミコラからメールが来た。「原発職員は今やロシア人の人質だ」「ロシア軍はインターネットを止め、固定電話だけを残した。食事はたった一つの食堂でしか食べられない」
 ウクライナは、ロシアが占領している地域を砲撃し始め、次のような偽りのシナリオを作ろうとしている。「ウクライナが攻撃している。だからロシアに加わるよう投票した方がいい。そうすれば、我々が根を下ろして君たちを守れる」という。
 「モスクワが支配したザポリジャー地域の政治家は、住民投票をすぐに実施するよう命令書に署名しました。ロシアは過去にも、2014年に併合したクリミアなどで、見せかけの投票を演出している」

 ミコラは続ける。「すべての屋上への立ち入りは禁止されており、彼らはそこに監視所を作りました。訓練棟は彼らの兵舎になった。」
 「今では、警備のゲートで勤務を終えたばかりの職員が誘拐されることが多くなった。
 なぜ誘拐されるのかは分からない。しかし、住民たちは、ロシア人が掟を守るために威嚇しているような絵を描いている」

 2022年3月、ウクライナ侵攻開始直後、ロシア軍は原発を占拠。ロシア国営原子力企業「ロスアトム」の所有となることを告げられた。ウクライナ人スタッフはロシアの支配下で原発の運営を継続している。
 7月 ロシア軍は原発にロケットランチャーを配備し、軍事基地と化した。
 8月3日 国際原子力機関(IAEA)は、原発は「完全に制御不能」であり、点検と修理が必要であると発表した。(了)

2022.08.12 ペロシ訪台―愚かな、あまりにも愚かな
――八ヶ岳山麓から(388)――

阿部治平(もと高校教師)

 ペロシ米下院議長の台湾訪問は、アメリカでも危ぶむ声があったが、彼女はおのれの政治信条にもとづいて強行した。かりに目的のひとつが半導体サプライチェーン確立のためだとしても別な方法はいくらでもある。
 この煽り行為の結果、東アジアが深刻な危機に陥っても、彼女は責任を取らない。じつに愚行以外のなにものでもない。

 4月にペロシ訪台が発表されてから、中国は7,8回内政干渉だとする抗議声明を発表していた。案の定、習近平指導部は、海上封鎖さながらの「重要軍事演習行動」を開始した。中国軍の演習区域は、台湾を取り囲む6カ所。うち2ヶ所で演習区域が日本のEEZ=排他的経済水域に引っかかった。
 アメリカ当局はペロシ訪台でうまれた危機に、軍事演習で中国に対抗するわけにいかないから、万が一のために空母をフィリピン海に置き、ICBMの発射実験を延長し、これ以上の危機拡大を防ぐ措置を取った。

 人民日報国際版の環球時報は、8月4日社説で次のように発言した。
 「8月4日から、中国人民解放軍は台湾島周辺の6つの地域で軍事演習を開始し、実弾射撃を組織した。 同日午後、東部の劇場で数百機の多型戦闘機が配備され、ロケット部隊は台湾島東部沖の予定海域に対して、多地域・多型通常誘導火力攻撃を実施し、ミサイルは全て標的に正確に命中した。
 台湾メディアは、台湾軍筋を引用して、11発の東風ミサイルが台湾島の北部、東部、南部の海域に着弾したと伝えた」
 4日中国軍の弾道ミサイル5発は「正確に」日本のEEZ内に着弾した。岸田首相は「我が国の安全保障および国民の安全に関わる重大な問題だ」として、中国に対し強く非難し抗議した。これに対する答えは、中国外務部・華春瑩報道局長の「両国は関連海域でまだ境界を画定していない。したがって日本のEEZの言い分は存在しない」という、すげないものであった。
 5日今回の軍事演習について、中国軍少将で国防大学教授の孟祥青氏は、6カ所の区域の「北のエリアは沖縄に近い」「演習は実戦的な色合いが強く、いつでも実戦に移行することができる」と発言した。
 演習区域を日本のEEZに引っかけ、この海域にミサイルを着弾させたのは、沖縄の在日米軍や日本政府の反応をみるためであったことがわかる。

 「環球時報」は軍事演習のさなかの5日社説で、岸田首相など日本高官の反応についてこう反論している。
 「日本には台湾について四の五のいう資格はまったくない。台湾問題では重大な歴史的責任を負い、台湾を長いあいだ植民統治しただけでなく、今日に至るもきちんと反省していない。 日本が台湾に関して、「カイロ宣言」「ポツダム宣言」の第8条および国連総会2758号決議にそむき、「日中共同声明」など4つの政治文書による中国側への厳粛な政治的承諾をかえりみないのは正義がない。 外交の自主性を放棄し、ひたすらワシントンの戦略につき従うのは見識がない。わが身を省み、歴史の教訓を汲取り、地域の国々の平和と安定への期待を無視するのは徳がない」
 これに続いて、7日、中国軍東部戦区は火力による地上への攻撃と遠距離からの空中への攻撃の訓練を同日に重点的に実施したと発表した。

 台湾海峡の緊張をこのように高めたのは、おもにペロシ氏と中国軍だが、それだけではない。
 わが岸田首相は、G7の中国批判に加わったほか、ペロシ氏をおおいに歓迎して習近平政権の感情を逆なでした。そのうえ5日ペロシ氏と朝食を共にした後、彼女との話の中身を「台湾海峡の平和と安定を維持するため、日米で緊密に連携していくことを確認した」とわざわざ披露した。 
 韓国大統領がペロシ氏との直接の面会を避け、テレビ会談でお茶を濁したのとは比べるまでもなく、岸田氏はアメリカにひたすら追随する姿勢を示したのである。ペロシ氏の強引な台湾訪問をたしなめ、中国をなだめて緊張緩和の重要な役割を果たせたのに。
 かくして中国は、日本の台湾領有の歴史までもちだして、内政干渉だと居丈高に日本政府をなじることとなり、日中関係はこれまでにないほど悪化した。

 ペロシ訪台でだれが一番得をしたかといえば、それは習近平政権である。台湾政府を思う存分いたぶっただけでなく、アメリカと日本を威嚇する口実を得た。中国軍には、やりたいと思っていた台湾制圧演習の絶好の機会がやってきた。
 皮肉なことに、日米側の軍事予算大幅拡大をねらう勢力も、大いに思いを遂げることができるだろう。
 もっともひどい目にあったのは、日常生活を脅かされている台湾人と蔡英文政権だ。蔡政権は現状を維持するために、台湾海峡の緊張を高めないよう極力忍耐してきた。かれらには、アメリカの下院議長の訪台によって来たるものは、台湾海峡の緊張激化だとわかっていた。だが、ペロシ訪台を内心迷惑に思っても嫌とはいえず、作り笑いでも歓迎しなくてはならなかった。台湾国防部は今回の軍事演習に直面しても、戦闘準備レベルを平時の水準に維持したままだという事実がそれをものがたる。
 
 台湾では、中国が台湾に武力侵攻した際には米軍が出動すると信じている人たちがいるが、これをあやぶむ人も増えている。ウクライナ戦争を見れば、アメリカは武器供給はするものの、軍は出さない可能性が十分にあるからだ。
 日本人で台湾有事の際、米軍出動が必ずあると信じる人がいたとしたら、それはまことに愚かである。バイデン米大統領は先の日米首脳会談の記者会見で台湾防衛を明言したが、アメリカ外交当局はあわてて、「あいまい政策」を維持すると強調したではないか。尖閣防衛についても、オバマ大統領時代に安保条約第5条の適用を承認したが、領有問題については態度をあきらかにしないままである。

 貿易ひとつとっても、中国経済は日本なしでもなんとかもつが、日本は中国なしではやっていけない。ペロシ訪台に端を発した軍事演習が収まったあと、日本が中国との外交交渉をあらためて始めなければならないが、それは一段と高いレベルの緊張状態すなわち中国優勢のもとで行われることになる。
 ところが、どういう内容か不明だが、自民党国会議員数人は台湾有事でシミュレーションをやったという。基地反撃能力を検討したとしたら、そんなことはまったく不可能だといいたい。故安倍晋三氏は「台湾有事は日本有事だ」と強調したが、台湾海峡で戦争が始ったら、日本も後方支援であれ何であれ参戦するという意味なら、危険極まりない思想である。

 中国には陸上発射型ミサイルだけでも40ヶ所近い基地があるといわれる。米海軍の行動を牽制する各種対艦ミサイルをとっても、どれほどの弾道ミサイルを持っているかわからない。日本がGDPの2%の軍事予算をもって全土をハリネズミのようにしても、中国の基地をすべて攻撃するだけのミサイルを持つことはできない。
 かりに米中の軍事衝突がはじまったとき、中国軍は、想定ずみの戦略をもって沖縄を中心とする在日米軍基地を攻撃してくるだろう。米中が戦えば、日本は経済ばかりでなく人命の損害も甚だしいものになる。
 中国軍は演習が終了した8日以後も、活発な軍事活動を展開している。秋の中国共産党大会を控えて、今後も今次演習の威嚇のレベルを維持し、台湾に日常的に経済封鎖や軍事的挑発を行うだろう。台湾人は中国の威嚇に慣れているとはいえ、中国が今日以上に日常生活に支障をきたすような圧力をかける可能性は否定できない。
(2022・08・09)

2022.08.11 8月3日 我孫子から
韓国通信NO702

小原 紘 (個人新聞「韓国通信」発行人)

 友人読者から「韓国通信」は「看板に偽りあり」と皮肉られた。韓国について考えることは山ほどあるのに、つい、日々起こる国内と世界情勢のほうに目が向いてしまう。
 2日、米国のペロシ下院議長が台湾を訪れ大騒ぎになった。激増するコロナ患者、長引くウクライナ戦争、国葬をめぐるニュースで私の小さな頭脳はパンクしそうだった。

 8月3日、モヤモヤした気分で駅前に出かけた。連日35度を超す猛暑である。熱中症を妻は心配したが水筒とタオルを持ってクソ暑いなか出かけた。
 ステッカーは「九条壊すな!」「戦争させない」にくわえて新作「国葬NO!」の3種。焼けつくような暑さを避けてバス停の屋根の下で立ち続けた。

 「私は国葬には絶対反対だね」と言いながら年配の女性が話しかけてきた。「安倍は悪い。そんな人のために何故税金を使うんだ」と語気を強めた。
 「国民の半分が反対しているのに政治に利用するために国葬をするのは死んだ人にも気の毒」と安倍に同情するようなことを言ったら、「気の毒なことはない。変な宗教からお金までもらって、自業自得だ。同情する必要はない」と、元気なおばさんに活を入れられてしまった。
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 写真を撮らせて欲しいと男性が声をかけてきた。「どうして?」と言ったら、「めずらしいから」と日本語がほとんどわからない中国人が翻訳機を持って話しかけてきた。

 「何故国葬に反対するのか」。翻訳されたスマホの画面を見て私が答えた。「国葬に値する政治家ではない」
 「何が問題なのか」と画面はたずねる。
 「一口では言えないけど安倍元首相は国政を私物化した挙句、嘘をついてごまかした」
 「選挙で彼を選んだのは国民ではないですか」。彼が画面に向かって話すと日本語画面が出てくる。同時通訳だ。
 「民主的に選ばれても、悪いことをしたら批判するのは当然」。彼はうなずく。
 「一人でこんなことをしても意味がないように見えるが」と厳しい質問がスマホの画面に映し出された。私は強気になって、「少数者が多数者になる可能性はある」
 彼はすかさずスマホに語りかけた。「日本の民主主義は素晴らしい。中国人として学びたい」
 「謝謝」。私が知っている唯一の中国語だ。
 「中国はどうしたら民主主義国家になれると思うか」。難しい質問には少しあわてた。
 「中国、韓国、アメリカの民主主義についてあまり関心はない。僕には日本の民主主義が大切。中国の政治については中国人が考えるべきだ」と突き放すと彼は深くうなずき、「日本に来たばかりなのに日本人とこんな話ができてとてもうれしい」

 日本語学校で勉強中という彼は別れ際に「あなたを尊敬する」とお世辞を画面に残して熱い握手をして改札ホームへ消えていった。
 基本的な疑問から始まり、運動論、民主主義にまで及んだ彼の質問に舌を巻いた。

 バス停でこちらを眺めていた小学生たちに写真を頼んだら、ワイワイガヤガヤと撮ってくれたのが上記の一枚だ。「国葬について知っている?」と聞かなかったことが悔やまれる。
 
 この日、駅頭で会ったもう一人の中国人留学生のことも触れておきたい。
 「先生何しているのですか」と声をかけてきた。戦争反対と憲法守れ、国葬反対のステッカーを説明した。彼は私がボランティアをしている日本語教室に通ってくる地元の大学に通う留学生だ。その彼から先月の初めにコロナに感染したらしいとSOSのメールが来た。紹介できる病院を探すのに苦労したが、結局救急車で病院に搬送され自宅療養をした。全快して久しぶりに駅頭で再会した。私のスタンディングに興味深げだった。

 国葬の話を聞いた時、わが国で国をあげて追悼する人物として真っ先に思い浮かんだのはアフガニスタンで凶弾に倒れたベシャワール会の中村哲医師だった。武力ではなく愛の力でアフガンのために尽くした日本人として世界に誇るべき人物だ。
 それに比べて評価が全く異なる人物、射殺した容疑者を通して明らかになってカルト宗教の広告塔になった故人を国葬することへの批判の声は日ごと高まっている。反社会的集団に汚染された多くの政治家が次々と明らかになり国葬どころではなくなった。「日本の民主主義は素晴らしい」。通行人の中国人がもらした感想が面映ゆく感じられた。

 <語り継がなければならないこと>
 NHKの連続ドラマ『ちむどんどん』のヒロインの母親役の仲間由紀恵は好きな女優さんだ。ドラマで沖縄戦の経験した親として子どもたちの幸せのために戦争の悲惨さを伝えるシーンの説得力に感動した。
 雑誌「通販生活」<2022盛夏号>で読者から寄せられた「語りつぐ戦争のはなし」を読んだ。五木寛之、草笛光子、八名信夫さんらの話も興味深い。
 戦争を体験した最後の世代生存者たちが語る空襲、疎開、引き上げの話は戦後77年、戦争体験のない世代に属する私にはいつもになく貴重に思えた。特集を組んだ作家森まゆみさんの仕事はとても貴重だ。「戦争を知らない」世代と言われ続けてきた私がいつの間にか先輩たちの経験を引き継ぎ、次の世代に伝える番になった。
 戦争を体験した人たちが次々と亡くなっていく。残された者に何が出来るのか。先月、はからずも80才を迎えた。まだ人生の賞味期限は切れていない。やるべきことは多い。

2022.08.10 ウクライナ戦争。IAEA、ザポリズジア原子力発電所を制御不能と発表
ロシア軍占領の世界最大級原発の危機

坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

 BBC英語版は7日、「IAEA(国際原子力機関)のトップ、グロッシ事務局長が、今回ロシア軍が占領したウクライナのザポリズジア原子力発電所が制御不能で、核事故発生のきわめて危険な状態にあると語った」と報じた。

 AP通信社によると、グロッシ氏はザポリズジア原発の点検と修理が必要であると語った。
 「どのような原子力施設でも決して起こってはならない危険な事態だ」と彼は語った。

 この、ウクライナ東南部にあるヨーロッパ最大の原子力発電所は、戦闘に近い危険な状態下にある。
 ブリンケン米国務長官は今週初め、ロシアが3月に制圧したこの原発を、ウクライナ軍への攻撃を開始するための軍事拠点として利用していると非難した。
 ウクライナ当局は、ロシアがウクライナ南部のドニプロ川にある発電所の敷地内に軍隊を駐留させ、軍用機器を保管していると述べている。

 一方、同地域に駐在するロシア人関係者は、ロイター通信に対し、ウクライナ軍はロシア軍が支配した発電所を攻撃するために西側から供給された武器を使っていると語った。
 同関係者は、グロッシ氏がIAEA(国際原子力機関)に、ウクライナ軍が核施設を攻撃しているとされるなか、ロシア軍がいかに核施設を警備しているかを示す用意があると述べた。
 ロシアがこの原発を占拠したとき、その建物への砲撃は国際的な反発を招いた。
 現在もロシア軍の支配下で、ウクライナ人スタッフを中心に原発は稼働している。

 ニューヨークの国連本部で行われた記者会見で、グロッシ氏は次のように述べた。「状況は非常に脆弱(ぜいじゃく)だ。原子力安全のあらゆる原則が一方的に破られ、それを続けることは許されない」。
 IAEA事務局長は、同原発を訪問する調査団をできるだけ早く結成しようとしていると語った。しかし、紛争地域を訪問するリスクを考えると、国連の承認だけでなく、ウクライナ側とロシア側の両方の承認が必要である。

 6月、ウクライナの国営原子力会社は、ウクライナはIAEAを招待しておらず、訪問すればロシアの存在を正当化することになると述べた。
 今週、グロッシ氏は、彼と彼のチームがザポリズジアに到着するには保護が必要であり、「そのためには、ロシアとウクライナ双方の協力が必要だ」と語っている。
 IAEAと原発職員との連絡は「行き当たりばったり」で、機器やスペアのサプライチェーンは寸断されていると、グロッシ氏はAP通信に説明した。また、検査が必要な核物質が大量にあることも付け加えた。
 さらに「この戦争が激化している間、無策は許されない。ザポリズジア原子力発電所で事故が起きたら、天災のせいにするのではなく、私たち自身のせいにするしかない。みんなの協力が必要だ」と述べた。

 ロシアが原発を「核の盾」として利用していると非難するブリンケン氏は、次のように述べた。「もちろん、原発の事故が起きないよう、ウクライナ側は反撃できない」

 ウクライナ北部は1986年、チェルノブイリ原発の原子炉が爆発し、世界最悪の原発事故が発生した場所である。

 ロシア軍は今年2月24日の侵攻後、すぐにチェルノブイリも占領したが、5週間後に撤退した。敷地内のコンピューターは略奪・破損されたが、廃炉になった原発の実際の設備に被害はなかった。(了)

(注:ザポリズジア原子力発電所)
所有国 ウクライナ
完成 1号発電棟 1985年12月
   2号発電棟 1986年2月
   3号発電棟 1987年3月
   4号発電棟 1888年4月
   5号発電棟 1989年10月
   6号発電棟 1996年9月

原子炉 加圧軽水炉 
発電所の規模は、欧州最大、世界でも10指に入る。

2022.08.09 広島市・平和団体と首相の間の深い溝明らかに
「8・6広島」 核禁条約を巡って

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 広島は8月6日、「被爆77年」を迎えた。核戦争が勃発するのではないかという危機感が世界に広がる中、広島市で、この日を中心に、市当局や平和団体よってさまざまな催しが行われたが、それらを通じて鮮明になったのは、広島市や平和団体がこぞって「核戦争を起こさせないためには核兵器を廃絶する以外にない。それには世界中の国々を核兵器禁止条約に参加させなくては」と声を挙げたのに対し、広島出身の岸田文雄首相がこの条約に全く言及しなかったことである。
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「被爆から77年の原爆ドーム。元広島県産業奨励館。広島の原爆被爆のシンボルとして世界遺産に登録されている」

 私は1960年代から、「広島原爆の日」の8月6日を中心とする諸団体の催しの取材を続けてきた。今年で51回目。4日から6日にかけて、市内で行われた催しの一部を見て回った。猛暑と新型コロナウイルスの感染拡大の最中の催しだったが、全国各地から「核なき世界」の実現を願う人々が集まった。

 高まる核戦争への恐怖とプーチン発言への抗議

 まず、強く印象に残ったのは、核戦争に対する不安、恐怖が各会場にただよっていたことである。1960年代から70年代にかけて毎夏、広島・長崎で開かれた平和団体の集会には、米国とソ連という二大超大国による激烈な核軍拡競争への不安、恐怖がただよっていたが、今回のそれは、その時以来と言ってよい。
 今回の不安、恐怖をもたらしたのが、2月24日にロシアによるウクライナへの軍事侵攻が開始されて以来の、プーチン大統領による核兵器の使用を示唆する度重なる発言であることはいうまでもない。
 それだけに、各団体の催しの会場では、プーチン発言への抗議の声が相次いだ。広島市主催の平和記念式典に初参加したグテーレス国連事務総長は、あいさつの中で「深刻な核の脅威が、中東から、朝鮮半島へ、そしてロシアによるウクライナ侵攻へと、世界各地で急速に広がっています」と警告した。
 平和記念式典で平和宣言を発した松井一實市長は、その中で「ロシアによるウクライナ侵攻で、核兵器による抑止力なくして平和は維持できないという考えが勢いをましています」と述べ、「他者を威嚇し、その存在をも否定するという行動をしてまで自分中心の考えを貫くことが許されてよいのでしょうか。私たちは、今改めて、『戦争と平和』で知られるロシアの文豪トルストイが残した<他人の不幸の上に自分の幸福を築いてはならない。他人の幸福の中にこそ、自分の幸福もあるのだ>という言葉をかみ締めるべきです」とロシアの指導者をいさめた。

 平和団体の集会でも、プーチン大統領への非難が噴出。6日に開かれた原水爆禁止日本協議会(原水協)の原水爆禁止2022年世界大会ヒロシマデー集会で採択された「広島宣言」は「人類はいま、新たな核使用の危険に直面している。プーチン大統領は、ウクライナ侵略を続けるなかで、核兵器による威嚇を繰り返している」として、「ロシアのウクライナ侵略は明白な国連憲章違反である。我々は、ロシア軍の撤退と原発への攻撃・占拠を含む一切の軍事行動をただちに停止するよう要求する」と述べていた。
 やはり6日に開かれた原水爆禁止日本国民会議(原水禁)の被爆77周年原水爆禁止世界大会・広島大会まとめ集会で採択された「ヒロシマ・アピール」は「(ロシアによるウクライナへの)侵攻により,多くの尊い命を犠牲なする状況が続いています。また、(プーチン大統領は)公然と核兵器使用をほのめかす発言をし、侵攻前には核兵器搭載可能な大陸間弾道ミサイルを使った軍事演習をするなど、核の脅威を繰り返してきました。国家主権と領土を武力で犯すことは、国連憲章に反する蛮行であり、断じて許されません。即時停戦の実現と国際社会の安定を求めていきます」としている。
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「コロナ禍で平和記念式典の参加者を制限したため、式典会場に入れなかった人たちが式典会場の際までつめかけた=8月6日朝、平和公園で」

 日本政府は核兵器禁止条約に参加すべし
 では、世界が核戦争の危機から脱するために日本はいかなる道を歩むべきか。
 広島市の「平和宣言」が以下のように述べて、日本が進むべき道を明確に示したのは注目に値する。
 「6月に開催された核兵器禁止条約の第1回締約国会議では、ロシアの侵攻がある中、核兵器の脅威を断固として拒否する宣言が行われました。また、核兵器に依存している国がオブザーバー参加する中で、核兵器禁止条約がNPT(核兵器不拡散条約)に貢献し、補完するものであることも強調されました。日本政府には、こうしたことを踏まえ、まずはNPT再検討会議での橋渡し役を果たすとともに、次回の締約国会議に是非とも参加し、一刻も早く締約国となり、核兵器廃絶に向けた動きを後押しすることを強く求めます」

 原水協ヒロシマデー集会の「ヒロシマ宣言」も「日本には唯一の戦争被爆国にふさわしい役割の発揮が強く求められている。しかし、日本政府はアメリカの『核の傘』への依存を深め、核兵器禁止条約に反対するなど、国民の願いにも、世界の流れにも背を向けている。……日本政府に対し『核抑止力』論から脱却し、核兵器禁止条約への支持、参加を表明することを要求する」と言い、原水禁まとめ集会の「ヒロシマ・アピール」も「日本政府は核兵器禁止条約の締約国会議にオブザーバー参加すら行わず、『条約に賛成することは、米国による核抑止の正当性を損なう』という主張を崩していません」として、「日本政府に核兵器禁止条約署名・批准を求める運動に総力をあげる」と述べていた。

 市民団体が開いた「8・6ヒロシマ平和へのつどい」が採択した「市民による平和宣言」は、今後取り組む活動に11項目を挙げているが、最初の項目は「日本政府に対し、核兵器禁止条約に署名・批准することを求め、米国の核抑止への依存政策から脱却し、朝鮮半島そして北東アジアの非核兵器地帯化を実現しよう」である。

 いわば、官民こぞっての「日本政府は核兵器禁止条約に参加せよ」の大合唱であった。これはもはや、日本の民意と言えるのではないか。

 首相のあいさつには核兵器禁止条約への言及なし
 これに対し、政府側はどう対応したか。
 平和記念式典に参列した岸田首相のあいさつのさわりは、以下の個所とみていいだろう。
 「77年前のあの日の惨禍を決して繰り返してはならない。これは、唯一の戦争被爆国である我が国の責務であり、被爆地広島出身の総理大臣としての私の誓いです。核兵器の使用すらも現実の問題として顕在化し、『核兵器のない世界』への機運が後退していると言われている今こそ、広島の地から、私は、『核兵器使用の惨禍を繰り返してならない』と、声を大にして、世界に訴えます。我が国は、いかに細く、険しく、難しかろうとも、『核兵器のない世界』への道のりを歩んでまいります」
 「来年は、この広島の地で、G7サミットを開催します。核兵器使用の惨禍を人類が二度と起こさないとの誓いを世界に示し、G7首脳と共に、平和のモニュメントの前で、平和と国際秩序、そして自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的な価値観を守るために結束していくことを確認したいと思います」

 首相あいさつが核兵器禁止条約に触れることはついになかった。そればかりでない。首相が描く「核兵器のない世界」へ至る道は極めて抽象的で、具体性に欠けていた。国の安全保障を米国の「核の傘」に依存している日本政府の長としては、口がさけても「核兵器禁止条約に賛成」とは言えぬ、ということであろうか。

 世界で唯一の戦争被爆国でありながら、政府と国民の間に横たわるこの底なしの深い溝。核兵器禁止条約を国連で成立させ核兵器完全禁止に向けて動き出した世界の人びとは、こうした日本の現実を知って何と思うだろうか。
 ちなみに、核兵器禁止条約は核兵器の開発、実験、製造、取得、保有、貯蔵、移譲、使用、使用の威嚇などを禁じる条約。2021年1月に発効、現在66カ国が批准している。条約締約国は、核保有国の「核の傘」に依存する国の政府のオブザーバー参加を歓迎している。

2022.08.08 選挙結果を素直に総括できない政党は真面な方針を出せない
日本共産党第6回中央委員会総会報告を読んで

広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

 8月2日の「しんぶん赤旗」を読んだ感想を述べたい。年老いた3人の酒飲み仲間が懇親会を兼ねて集まり、参院選の結果について忌憚のない意見交換をした。大手紙数紙も互いに持ち寄っての合同会議だから、多多ますます弁ずの次第と相成った。それぞれが思い思いの感想を述べ合ったが、その中の一番口の悪い奴の言いぐさが面白かった。

 ――いわく、議席減と得票減という現実を「二重の大逆流」といった屁理屈をこねて素直に認めず、これを「全党の大奮闘によって押し返す過程での一断面」だという論法は、まるで旧日本帝国陸軍の「敗戦を転戦」と呼ぶのとそっくりそのもの。どうやら志位委員長は、不勉強にも『失敗の本質、日本軍の組織論的研究』(ダイヤモンド社、1984年)を読んでいないらしい。
 ――いわく、自分の会社経験からすれば、業績不振の会社の社長が経営戦略の誤りを認めず、自らの責任を棚に上げて居座ったままでは、年老いた営業マンの尻をいくら叩いても業績は絶対に上がらない。これでは組織の疲弊と衰退が進むのが目に見えている。
 ――いわく、参院選投開票翌日の常幹声明は、「全党のみなさんの知恵と経験に学びたい」などとしおらしいことを言っていたが、その後の赤旗には「全党の知恵と経験」の話が全く出てこない。声を出しても編集部が取り上げようとしないからか、それとも声を出しても無駄だと党員や支持者が見限っているからか、そのどっちをとってみても末期症状というほかない......などなど。

 大手紙の論評でも政策上の問題はほとんど注目されず、関心はもっぱら組織問題に集中している。毎日新聞(8月2日)は、総会報告の内容よりも党内関係者の取材に力点を置き、「共産党、先細りの危機感」と題して次のような事態を明らかにしている(要約)。
 ――創立100年を迎えた共産党が、党勢維持に向け正念場を迎えている。7月の参院選で、改選6議席から2減になった。1日に党本部で開いた第6回中央委員会総会では、志位和夫委員長が参院選の総括を踏まえ、党勢回復に向けた「奮闘」を誓ったが、党関係者の高齢化などを抱える地方組織からは「このままではじり貧で、先細っていくだけだ」と悲痛な声が聞こえてくる。
 ――志位氏は再び共闘を目指し、自民など改憲勢力と対峙する姿勢を強調した。一方、党内では、組織の高齢化を前に「これまでのように指示を広げることができない」「活動を支えるメンバーは高齢者ばかり。世代交代ができていない」「党本部は、後援会員らが周囲に『折り入って作戦』を展開せよというが、個々の結びつき頼りでは世代が広がらない」との声が漏れる。
 ――党は、参院選投開票の翌日に公表した常任幹部会声明で、党員減少などを指摘し「自力をつける取り組みは、質量ともにその立ち遅れを打開できていません」と認めている。志位氏は6中総、23年に想定されていた党大会を、統一地方選前であることを理由に24年1月へ先送りすることを提案した。2日に了承されれば現在の党体制が当面維持されるとみられる。統一選を控える地方議員の一人は「党勢回復か没落か。まさに今が正念場だ」と語った。

 朝日新聞(8月4日)は、「議席減、志位氏への不満も」「共産党参院選総括、幹部人事1年先送り」との見出しにあるように、志位委員長の進退問題に焦点を当てて記事をまとめている。具体的にはこうだ。
 ――共産党は1、2両日、党本部で中央委員会総会を開き、議席を減らした参院選を総括した。党執行部は一定の責任を認めたものの、人事を決める党大会の1年先送りを決めた。地方からは不満の声も上がっている。
 ――16年、19年の参院選は成果を挙げた共闘だが、昨秋の衆院選以降は党勢拡大に結びつかず、委員長を20年以上務める志位氏には、地方から「異例」(党関係者)の不満も出ている。「『人心一新』し出直すため、党員による選挙をしたらどうでしょうか。誰も猫の首に鈴をつけたくないので、委員長自ら決断を」。党員でもある京都府商工団体連合会の久保田憲一会長は参院選後、SNSにこう投稿した。「周囲でも交代を求める声が多い。ちょっときついかなとも思ったが一石を投じた」と取材に語った。ただ、党幹部や関係者の間では「理論的な柱になってきたのは志位氏」との声が大勢を占める。
 ――共産は2~3年ごとに党大会を開いて幹部人事を決めるが、今回の総会では2023年1月とみられていた党大会を1年先延ばしにすると決めた。志位氏は「来春の統一地方選の重要性を考慮した」と説明。総会終了後の会見で、志位氏は強調した。「責任は党を強くすること、そして反転攻勢を直面する統一地方選で勝ち取ることで果たしていく」

 この記事の中で驚いたのは、京都の党関係者(それも幹部)が公然と党首選挙を呼び掛けたことだ。京都の共産党は中央に忠実なことで知られる。前の衆院選では「野党共闘の実を上げる」と称して京都3区に候補者を立てず、泉健太氏(立憲)の勝利に貢献した。政党リーダーとしての資質に欠ける泉氏が立憲代表に選ばれたのは、偏にこの京都での大勝のお陰だと言われている。京都の共産党は野党共闘の最大の妨害者となった泉氏を支援することで、自らの首を絞めたのだ。

 どこまで本気かどうか知らないが、とにもかくも志位氏のリーダーとしての正統性を問う声が公然と出てきたのは一歩前進だと言わなければならない。この動きが全国に広がり、党組織刷新の声が大きくなれば、さすがの志位氏も安閑としていられないだろう。統一地方選が大事だから党大会を先延ばしにするなんて口実は、もう誰もが「保身」のためのものだと見抜いている。無駄な時間稼ぎは党組織の疲弊と衰退を加速するだけだ。

 参院選に大勝し、「黄金の3年」を手に入れた岸田内閣にも最近暗雲が垂れ込めてきた。京都新聞(8月1日)は1面トップで、共同通信社が30、31両日に実施した全国電話世論調査の結果を「安倍氏国葬『反対』53%、国会審議『必要』6割超す」「国葬『反対』政権揺さぶる、旧統一教会問題、野党追及」「内閣支持率急落51%、内閣支持率12ポイント急落」と大々的に報じた。

 調査では、新型コロナウイルスの感染を抑えられない政府対応への不満が表れ、物価高対応への評価も低調だった。旧統一教会と国会議員のつながりの解明を求める声も大きい。自民党の閣僚経験者は支持率急落の要因を「旧統一教会を巡る問題に国葬も加わって、おどろおどろしい雰囲気を醸し出してしまっている」と分析した。毎日新聞(8月1日)も共同通信世論調査の結果について、「感染が急拡大している新型コロナへの対応、依然続く物価高への対策に加え、説明不足との批判がある政府の国葬実施決定が支持率急落につながった可能性がある」と、同様の見方をしている。

 今日4日から臨時国会が始まったというが、政府・自民党はとにかく議論封じに徹して3日間で会期を閉じたい意向だ。でも、岸田内閣の閣僚でも岸信夫防衛相が旧統一教会に所属する人物から選挙の際に手伝いを受けたと明かし、二之湯智国家公安委員長が関連団体が18年に開いたイベントで「実行委員長」を務めたと説明し、末松信介文部科学相もパーティー券を購入してもらったことを認め、磯崎仁彦福官房長官が関連団体が関わる行事に来賓として出席するなど、自民党国会議員と統一教会に近いと言われる反共産主義の政治団体「国際勝共連合」との深い関係が疑われている(日本経済新聞8月2日)。

 今後の世論状況や政局の変化は、これまでの予想を遥かに超えるものになるだろう。一切の既成概念や価値観にとらわれず、与野党の動向を客観的に見つめることが求められる。次の総選挙は案外早いのかもしれない。その時まで国民の誰もが目を凝らして事態の推移を見守るべきだ。(つづく)

2022.08.06 ロシアのウクライナ侵略以来、初の穀物輸出船出
 
坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

BBC英語版によると、現地時間1日、ウクライナのオデッサ港から、レバノン行きの2万6千トンのトウモロコシを積んだ貨物船「ラゾニ」が出港、3日未明にはボスボラス海峡に面したトルコ領の港に寄港した。
 
「ラゾニ」は、ロシアが黒海で海上封鎖を開始した2月以降、ウクライナの港から出港できた最初の貨物船である。

ウクライナ政府によると、2万6千トンの穀物を積んだ他の16隻の穀物船が、今後数週間のうちにオデッサ周辺の港から出港するのを待っている。

ロシアによる封鎖は、穀物価格の高騰と、世界の最貧国のいくつかでの不足を引き起こしている。

ウクライナ国内には、輸出用の穀物が約2,000万トン、滞留している。

ウクライナのゼレンスキー大統領は、今年の収穫後には、輸出用穀物7,500万トンに増加する可能性があると述べていた。

シンクタンク・チャタムハウスの食料安全保障の専門家であるローラ・ウェルスリーは、ウクライナが通常年産する8,600万トンの穀物のうち、30%が収穫されないだろうと述べている。
ウクライナ産小麦の主要輸入国は以下の通り(年間100万トン)
エジプト        3.62
インドネシア      3.22
バングラデシュ     2.3
トルコ         1,19
イエメン        1.06
フィリピン       1,02
モロッコ        0.88
チュニジア       0.76
リビア         0.76
エチオピア       0.68

▼穀物不足によるアフリカ・中東諸国への影響
ウクライナは、世界第4位の穀物輸出国だった。通常、世界のひまわり油の42%、トウモロコシの16%、小麦の9%も生産している。
また、世界最大の輸出国であるロシアからの小麦の輸出は減少している。
アフリカ開発銀行によると、ウクライナとロシアは通常、アフリカで消費している小麦の40%以上を供給してきたという。

しかし、今回の戦争によって、アフリカでは3000万トンの食糧が不足しているという。このため、アフリカ大陸の食料価格は40%上昇している。
ナイジェリアでは、パスタやパンなどの主食の価格が50%も上昇する要因となっている。
同様に、中東のイエメンは通常、ウクライナから年間100万トン以上の小麦を輸入している。1月から5月にかけての供給量の減少により、イエメンでは小麦粉の価格が42%、パンの価格が25%上昇したと国連は発表している。
ウクライナ産小麦のもう一つの輸入国である中東シリアでは、パンの価格が2倍になった。

ローラ・ウェルスリーによれば、ウクライナの穀物が大量に出荷されない限り、中東やアフリカの多くの国々が不足することになるという。
「そうなれば、それらの国々でパンの値段がさらに上がり、大きな社会不安を引き起こすでしょう」と彼女は言う。

今年2月以降、ロシア軍によるウクライナの港湾・海上封鎖により、各国の貨物船はウクライナから穀物を輸出できなくなった

ロシアとウクライナは、国連およびトルコの4か月にわたる仲介努力で「ミラー取引」を締結し、黒海の「海上回廊」を開放した。
関係者によると、これには以下のものが含まれる。
港からイスタンブール海峡まで、長さ310海里、幅3海里の回廊
ウクライナの船舶が機雷のある港の海域で穀物船の出入りを誘導する
ロシアは移動中の輸送船への休戦に同意する
トルコが船舶を検査し、ウクライナへの武器の密輸に対するロシアの懸念を払拭する
ロシアによる黒海経由の穀物・肥料の輸出が許可された
ロシアは、敷設したウクライナ沿岸と黒海の機雷地帯を示す海図を提示

―ウクライナは、ロシアが自国の港を利用して海上侵攻することを恐れて、港湾周辺の機雷を除去することに消極的だった。

▼海上輸送の保険
海上回廊を利用する貨物船には、誰が保険を掛けているのだろか?
Lloyds Market Associationのニール・ロバーツはオデッサを出港する際に既に保険に加入していたと述べている。

保険会社は、今後オデッサや他の港に入港して穀物を積み込む貨物船に対して、どの程度の保険料を課すかを決定する予定。

ロバーツは、「この契約は、すべてが計画通りに進むかどうかを確認するための試験的な航海として扱われる」と述べている。
ロシアがウクライナに侵攻した後、黒海に入る船舶の保険料が高騰した。
保険会社によっては、1回の航海で船価の5%や10%を請求してきた。
しかし、安全回廊の協定が結ばれた今、保険料は下がるだろう、とロバーツは言う。

「これは人道的な活動であり、営利目的ではないので、保険会社は保険料を手頃な価格に抑えるでしょう」とロバーツ氏は言う。

安全な海上輸送路ができる前は、穀物はどのように輸出されていたのだろうか?
戦争前、ウクライナは食料輸出の90%以上を海上輸送していた。
今回、港が封鎖されたため、トラックや列車など陸路で輸出できるものは陸路で輸出する努力が行われていた。(了)

2022.08.05 安倍外交の克服と岸田外交への期待
――八ヶ岳山麓から(387)――

阿部治平(もと高校教師)

 根性の座った外交官として知られる、元外務審議官田中均氏はこのほど毎日新聞政治プレミアに寄稿し、岸田内閣に独自外交を求め、日本は「外交の内政化」から脱却しなければ活路はない、近隣諸国との関係改善を急ぐべきだと主張した(2022・07・20)。
 その概略を私なりにまとめると以下の通りである。
 
 〇この10年、 日本外交を牽引したのは安倍元首相で、大きな功績をあげたが、今日それを見直す必要がうまれた。最も重要なのは、この10年間で悪化した中国や韓国との関係修復だ。
 〇問題は『外交の内政化』である。 これによって客観的に国益の見地から相手国を評価し、一定の戦略を立てて外交を進めることが難しくなった。これまでにもまして政治上位となり、官僚の人事があたかも当該幹部が政治権力に忠実かどうかを最大の評価基準として差配される結果、官僚は政治権力の意図を推し量ることが最重要となった。
 〇本来、民主主義国家では長期・短期の国益判断のうえで特定の政策を決め、それを国民に説明し支持を得るのが統治の手法だ。ところがこの10年、日本の政治は選挙に勝つため、ポピュリズムに傾倒し「国民受けの良い」発言と政策を軸にまわってきた。
 〇 米国との関係は外交の基軸ではあるが、……このところ「アメリカ第一」政策しか目につかない。だが、米中関係も対立一色ではないことを知るべきだ。(米中関係の)現状は軍事的対立、政治的競争、経済的相互依存、グローバル協力と、ベクトルが異なる関係の集大成だし、そうである以上突然米中関係が破綻することはない。
 〇韓国とは、親日傾向の新大統領が就任したのにもかかわらず、「共に関係改善に進もう」と踏み出せない。だがいま、もろもろの問題を一括解決し、日韓関係を未来志向の道筋に戻すべきである。
 〇対中国関係は(貿易一つ見ても)、元来日本の将来を左右する関係なのに、もはや関係改善をしようと発言する人もいなくなった。日本が十二分な抑止力を持つことは極めて重要だが、安保体制の強化も敵意をむき出しにして行うのはどうかと思う。
 クアッド(日米豪印)首脳会談の頻繁な開催やインド太平洋経済枠組み(IPEF)、主要7カ国(G7)の大型インフラ協力などでは中国を意識し、中国と対抗するイニシアチブの共同提案者といった観を呈している。
 〇日本は経済的相互依存を深化させ、気候変動、エネルギー、北朝鮮問題などにおける協力関係を深掘りすべきだ。中国もロシアと一体化してみられることは避けるべく、日本との協力関係の再構築に乗ってくるだろう。
 〇岸田政権は自前の議論を展開してほしい。党内の異論を恐れ、「世論」を恐れていては、外交はできない。外交は国内的に威勢の良いことを言うのではなく、日本の国益に沿う結果を作る作業である。相手国が悪いと切って捨てるのはいとも簡単だが、一方の理屈だけでは外交は成り立たない。

 7月27日、中国人民日報国際版の環球時報ネットに、この田中氏の提言に対応した論文が現れた。
 表題は「岸田外交はバランスの取れた合理性を取り戻す必要がある」。著者は項呉宇氏。 中国国際問題研究所アジア太平洋研究所特別研究員で中国シンクタンクの一員とみられる。

 項氏は、まず田中均氏の主張を「日本の世論に『親米、反露、憎中、嫌韓』という議論が氾濫するなか、田中氏の見解は、少なくとも日本の「戦略界」にはまだ冷静な声が残っていることを反映している」と高く評価する。
 項氏の岸田内閣登場後の分析は、以下の通りである。
 〇日本政府の対外戦略思考は保守的で硬直したままである。 岸田内閣が22日に採択した「防衛白書2022」は、中国の軍事力開発と北朝鮮の核ミサイルの脅威を誇大宣伝し、中露軍事協力と台湾問題に言及し、日韓の島嶼紛争をあおり、日本は「反撃能力」を開発すべしと唱えた。 これは、当然近隣諸国(すなわち中国・韓国)からの批判を引き起こした。
 〇日本国内では安倍元総理の「外交遺産」として、「日本の国際的影響力の高まり」に焦点が当てられている。だが、安倍外交の根底にある論理は、 「自虐的歴史観からの脱却」「正常な国家論」「政治大国の夢」などの右翼保守思想である。これは日本の政治思想や戦略的思考に深く浸透している。
 〇(参院選後)保守政党が日本の政治を席巻し、伝統的な中道左派は小さくなった。「強軍備戦」を誇示する強硬論が盛んになり、平和主義は後退した。
 〇安倍元総理が提唱した「自由で開かれたインド太平洋」構想の本質は、アメリカ式のイデオロギーの旗を掲げ、米国とその同盟体制の覇権を守る戦略手段であり、「インド太平洋」外交をとおして見えてくるものは、日本と中・露・北朝鮮・韓国4つの近隣諸国との関係の同時緊張状態である。
 〇岸田は自民党内のハト派「宏池会」の継承者であり、元来の思想は温和な保守であり、政策理念は「重経済、軽軍事」の「吉田茂主義」の傾向を引き継ぎ、安倍のような「政治的強者」ではないにもかかわらず、政権の座に登ってから、「軟弱」「親中」「親韓」などの批判を避けるために、ほとんど保守勢力の対外強硬路線に迎合し、当初の予期されたバランスと合理性を示してはいない。

 項氏は「岸田が長期安定政権を望むなら、外交上やるべきことがある」と、次の 3項目を挙げる。
 1)現在日本では、日米同盟基軸が依然「政治的に正しいもの」とされている。だが、親米と近隣諸国重視とは矛盾しない。 岸田は、宏池会前任者の池田勇人・大平正芳・宮沢喜一が首相であったとき、中国や韓国との関係改善に積極的であり、日本と近隣諸国との和解に貢献してきたことをよく知っているはずだ。
 2)岸田は、「平和ビジョン」を掲げ、来年広島でG7サミットでは、「核のない世界」の理念を推進する意向である。この「平和」の概念と憲法改正の強力な軍事路線の矛盾をいかに打破するかは説得力ある説明を必要とする。
 3)(安倍時代)日米は「インド太平洋」の概念を植え付け、イデオロギーと価値観の旗を掲げて陣営間の対立をあおり、アジア太平洋地域の協力関係に打撃を与えた。岸田の「インド太平洋」外交が、中国を抑制対象とし続けるならば、アジア諸国家に容認されることはないだろう。
 硬直した対外戦略思想を変えずに、岸田外交が政治大国の道を追い続けるならば、その行動には大きな疑問符を張り付けられるだろう。

 7月29日のバイデン・習近平の米中首脳会談では、対立点を鮮明にしながらも同意できるところは同意しようと努力している。田中氏の「米中関係も対立一色ではないことを知るべきだ」「(米中関係は)ベクトルが異なる関係の集大成だし、そうである以上突然米中関係が破綻することはない」という通りであった。
 もちろん日本の外交官と中国の研究者の間には立場からくる主張の違いがあるが、田中氏の「中韓両国との関係修復を急げ」という主張は、項氏の「日米同盟基軸であっても中国と友好関係は維持できる」「親米と近隣諸国重視とは矛盾しない」という主張と重なる。
 項氏だけでなく他の日本研究者も別な観点から日中関係を論じ、現状からの脱却を論じている(たとえば霍建崗論文 環球時報 2022・07・27)。

 わたしは外交問題にはまったくの素人だから、これ以上議論することはできない。だが、田中均氏の主張に項呉宇氏が同調した背景には、中国外交部首脳の日中関係好転への期待がある。そしてこれは岸田内閣へのシグナルだと思うが、読者の皆さまはどうお考えであろうか。                 (2022・07・30)

2022.08.04 旧統一教会に寄生する政治家の即退場を求める
安倍元首相銃撃死亡事件で世界平和七人委がアピール

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 世界平和アピール七人委員会は8月3日、「搾取・収奪常習を問われる集団に寄生する政治家の即退場を求める」と題するアピールを発表した。

  アピールはまず、7月に生じた、安倍晋三元首相が旧統一教会に恨みをもつ暴漢に銃撃されて死亡した事件によって、「80年代、90年代に悪名高い霊感商法で社会問題化した搾取・収奪常習の宗教集団、統一教会が、名称を変えて21世紀の日本で営々と生き延びていたこと、そして親の入信で苦難の人生を強いられた子どもたちの実態」が浮かび上がったとし、「世界平和アピール七人委員会は、旧統一教会(世界平和統一家庭連合)による欺瞞的な勧誘や高額の献金がかくも深刻な社会問題であったにもかかわらず、今日まで等閑にしてきたことに、日本国民として深く恥じ入る」と述べる。
  その上で、「安倍元首相の祖父である岸信介元首相にまで遡る政治家と旧統一教会の深すぎる関係にあらためて思いをはせ、安倍元首相の国葬を含めて強烈な違和感を新たにするものである」と続ける。

  アピールは、さらに「少なからぬ国民を脅し、騙し、強制し、多額の財産を奪い、家族を崩壊させてきた宗教団体の存在は間違いなく社会の治安をゆるがす問題であり、これを信教の自由で語ることはできない。そのような宗教団体である旧統一教会に、いま現在、元首相や現職閣僚を含む約100人の政治家が関わりをもち、選挙で多大な便宜を図ってもらっており、何が問題だと居直る者もいる」「選挙で勝つためには国民の苦難を顧みない政治、国民への加害をいとわぬ宗教団体に寄生する政治と言っても過言ではない」として、「旧統一教会に寄生する政治家の即退場を求める」と述べている。

  世界平和アピール七人委は、1955年、ノーベル賞を受賞した物理学者・湯川秀樹らにより、人道主義と平和主義に立つ不偏不党の知識人の集まりとして結成され、国際間の紛争は武力で解決してはならない、を原則に日本国憲法擁護、核兵器廃絶、世界平和実現などを目指して内外に向けアピールを発してきた。今回のアピールは154回目。
  現在の委員は大石芳野(写真家)、小沼通二(物理学者)、池内了(宇宙物理学者)、池辺晋一郎(作曲家)、髙村薫(作家)、島薗進(上智大学教授・宗教学)の6氏。

  アピールの全文は次の通り。

搾取・収奪常習を問われる集団に寄生する政治家の即退場を求める

世界平和アピール七人委員会

  去る7月8日、奈良市内で参院選の応援演説中だった安倍晋三元首相が旧統一教会に恨みをもつ暴漢に銃撃されて死亡した事件は、治安の良さを内外に誇ってきた日本国民に大きな衝撃を与えた。
  しかしながら凶行以上に国民を困惑させたのは、80年代、90年代に悪名高い霊感商法で社会問題化した搾取・収奪常習の宗教集団、統一教会が、名称を変えて21世紀の日本で営々と生き延びていたこと、そして親の入信で苦難の人生を強いられた子どもたちの実態が事件によって浮かび上がったことである。
  逮捕された容疑者は子ども時代に母親の入信で実家が破産して以降、社会の底辺で逼塞しながら旧統一教会への恨みを募らせ続けたとされている。搾取・収奪常習の教団の信者とその家族は、その特異な価値観のせいで一般社会に受け入れられることはない。そのため二世・三世は精神的・経済的に追い詰められていることが多い。
  私たち世界平和アピール七人委員会はまず、旧統一教会(世界平和統一家庭連合)による欺瞞的な勧誘や高額の献金がかくも深刻な社会問題であったにもかかわらず、今日まで等閑にしてきたことに、日本国民として深く恥じ入る。そしてさらに、安倍元首相の祖父である岸信介元首相にまで遡る政治家と旧統一教会の深すぎる関係にあらためて思いをはせ、安倍元首相の国葬を含めて強烈な違和感を新たにするものである。
  少なからぬ国民を脅し、騙し、強制し、多額の財産を奪い、家族を崩壊させてきた宗教団体の存在は間違いなく社会の治安をゆるがす問題であり、これを信教の自由で語ることはできない。そのような宗教団体である旧統一教会に、いま現在、元首相や現職閣僚を含む約100人の政治家が関わりをもち、選挙で多大な便宜を図ってもらっており、何が問題だと居直る者もいる。批判の的になっていた「統一協会(世界基督教統一神霊協会)」の名を隠すことになった名称変更が長年認められなかったのに、文化庁によって認められた2015年当時の文部科学大臣は、深い関係がこのたび明らかになった一人だった。選挙で勝つためには国民の苦難を顧みない政治、国民への加害をいとわぬ宗教団体に寄生する政治と言っても過言ではない。
  当然ながら、弱い立場に追い込まれる国民の幸せも、公共的な意思決定を目指す民主主義も彼らの目には入っていない。安倍元首相が晩節を汚した森友問題や桜を見る会の公私混同も、またあるいは困窮者の再起を阻む日本社会の冷たさも、公共の正義を等閑視する政治がもたらした帰結である。
  人間のあるべき道義として、旧統一教会に寄生する政治家の即退場を求める。

2022.08.03 「ヒロシマの痛みを再現したい」
原爆の絵を描き続ける元電器会社ドイツ駐在員

西村奈緒美 (朝日新聞記者)

 広島が8月6日に78回目の「原爆の日」を迎える中、「一人ひとりの不条理な死にこだわりたい」との思いで原爆の絵を描き続ける男性(93)がいる。きっかけになったのは、被爆者が描いた3千枚もの絵だった。
 
 その男性は奈良市に住む河勝重美さん。1929年に東京で生まれた。4人のきょうだいの三男。長男は学徒出陣し、戦病死した。両親は生きて帰ってほしいと百度参りを重ねたが、かなわなかった。
 自身は旧制中学を卒業後、上智大学で経済学を学んだ。ドイツの大学で博士号を取得後、松下電器産業(現在のパナソニック)に入社した。松下電器が欧州初の拠点をドイツに設けることになり、ドイツの駐在員を30年ほど勤めた。
 原爆に関心を寄せるようになったのは、17年前のある出来事がきっかけだった。旧制中学の級友だった岡田悌二(ていじ)さんから相談が舞い込んだ。国立広島原爆死没者追悼平和記念館が呼びかけている被爆の体験記に自身の体験談を送るので、独語の翻訳を受け持ってほしいという頼みだった。
河勝さん
左端に立つのが河勝重美さん。後景の絵は河勝さんが描いた原爆の絵(河勝さん提供)
 
 岡田さんとは長い付き合いだったが、原爆について詳しい話を聞くのは初めてだった。2005年は原爆投下から60年が経とうとしていた。半世紀以上の月日を経てようやく語ろうとする級友の姿に心を揺さぶられるとともに、原爆がもたらす終わりのない苦しみを知った。
 岡田さんは1945年4月、父親の転勤で広島に転校した。学徒動員のため、爆心地から3㌔ほど離れた工場で働いていた時に被爆。原爆が投下された午前8時15分は工場の外で作業をしていたといい、当時の様子をこう振り返った。
 
 「強烈な青白い光線と熱波、激しい爆発音と爆風とその揺り戻しを全身に感じた」
 自宅は全焼していたが、両親は無事だった。家族で避難すると、体調が悪化した。
 「両親は髪の毛が抜け、皮膚の毛細血管が破れ、全身にシミが出るようになった」
 「当時、原因がわからないままポックリと突然死する『ポックリ病』が言われていて、被爆で突然死するとわかった」
 生と死が隣り合わせの世界。
 「我々は幸い助かったものの、明日をも知れない心細い思いをした」
 岡田さんは原爆を「悪魔の兵器」と呼ぶ一方、こうも訴えた。
 「若い人たちは原爆の残虐性についてよく知らなければいけませんが、アメリカの非難のみに終わらず、世界全体が平和に生きていける体制を作ることが大事です。そのためには、世界の若者が交流して理解を深め、戦争や原爆について話し合えるようにすることが必要です」
 翻訳後、岡田さんの体験記を独語で読んだというドイツ人の知人から思わぬ反応があった。「原爆が広島と長崎に投下されたことは知っていたが、こんなにも残酷なものだとは知らなかった」
 
 原爆の実態を世界にもっと伝える必要があるのではないか。河勝さんは原爆について調べようと、広島平和記念資料館を訪ね、資料を集めることにした。
 資料館には被爆者が描いた絵3千枚が保存されていた。川に折り重なる無数の遺体の絵もあれば、手や足が焼けただれ、目玉が飛び出て垂れ下がる絵もある。寄せられる絵は今も増え続け、5千枚を超える。
 
 資料館に何度も通ううち、河勝さんは被爆者が描いた絵を見てもらうことが、原爆の惨状を訴えることになると考えるようになった。被爆者が描いた絵のデータのうち、2300点分を利用申請し、絵を整理していった。これらの絵をまとめた本を出版できないかとドイツの出版社に打診したところ、とんとん拍子で出版が決定。刊行を引き受けた出版社の社長は本を世に出す意義をこう語った。
 「被爆者が七転八倒して苦しんだ絵や文章を見て、何としてでも出版しなければという思いにとりつかれた。広島で何十万人が死んだというような数字の検証、記録、写真や軍(主に米軍)の報告書は、娘の焼死体の傍らで呆然と立ち尽くす両親の極限の悲しみの絵の前には何の説得力もない」
 
 2年後には日本語版を出版し、その後、英語版も出版。ロシア軍のウクライナ侵攻を受け、ロシア語版のデジタル書籍も予定している。
 本のタイトルは『原爆地獄』。編集には河勝さんと岡田さんに加え、旧制中学の級友だった工業デザイナーの栄久庵憲司(えくあん・けんじ)さんも加わった。栄久庵さんもまた、被爆によって父と妹を亡くしていた。栄久庵さんは本に収録された「私とヒロシマ―父と妹の死」の文章にこんな一文を寄せている。
 「十数万人が一度で命を失い、数十万人が被爆し、いまだその被害に苦しんでいる」
 岡田さんと、栄久庵さんはすでに他界している。
 
 被爆者が描いた絵と向き合ううちに、河勝さんは「広島の痛みを再現したい」と考えるようになった。「言葉よりも視覚に訴えた方が効果的ではないか」。そんな思いも募った。それで、自分も原爆の絵を描いてみようと思い立った。
 河勝さんの絵に登場するのは、無数の市民だ。「市民は歴史の中で埋もれてしまう存在」。河勝さんは原爆の惨劇を目の当たりにするにつれ、そんな思いを強くしていった。
 
 ある日、ドイツ軍の無差別爆撃を受けたスペインの都市、ゲルニカで自分の原爆の絵を展示したいと思いついた。1937年、自治政府が統治していたバスク地方の聖地ゲルニカを史上初の無差別爆撃とされる空爆が襲った。民衆を標的にした空からの無差別殺戮のさきがけとされ、パブロ・ピカソが怒りの絵筆をとって大作『ゲルニカ』を描き上げた。
 広島とゲルニカ市は同じ運命をたどった都市として、広島市長と広島平和記念資料館の館長が2018年にゲルニカ市を訪れ、原爆の焼土から芽を出した木の苗木を贈呈し、友好関係を結んでいた。
 資料館の関係者に相談したところ、シンポジウムで来日するゲルニカ市の実業家を紹介してくれた。原爆の絵をゲルニカ市の市民に見てほしいと伝えると、市の担当者に掛け合ってくれた。
 今年4月、ゲルニカへの空爆85周年の記念事業の一環としてゲルニカ市のカルチャーセンターで河勝さんの絵が展示された。炎に追われる人▽燃える原爆ドーム▽死傷者の顔など6点で、どれも見る者に原爆による苦しみを訴える。
 
 今年は原爆投下から77年を迎えるが、核軍縮を取り巻く環境は厳しい。
 2月に起きたロシアによるウクライナ侵攻では、プーチン大統領が演説で「ロシアは世界最強の核保有国の一つだ。我が国への攻撃は侵略者に悲惨な結果をもたらすのは誰も疑わない」と米欧に警告。戦略核の部隊を特別態勢にし、「核の脅し」を続けている。
 6月には核兵器禁止条約の第1回締約国会議がオーストリアで開かれ、日本からも被爆者や高校生の平和大使が参加したが、日本政府は核保有国が不参加であることを理由に参加しなかった。
 
 河勝さんは「『平和』という抽象的な概念には言葉のむなしさがある」と語る。個々の苦しみや痛みを引き受けようとするからこそ、戦争は絶対に繰り返してはいけないという怒りにも似た感情がわき上がってくるのだという。
 無差別攻撃を受けた一人ひとりの不条理な死を忘れない――。河勝さんはそんな思いを胸に、今度は長崎の絵を描こうと構想を練っている。

<西村奈緒美(にしむら・なおみ)>横浜国立大学大学院を修了後、時事通信社に入社。2013年に朝日新聞社に移り、奈良総局や東京本社社会部を経て、2021年から新潟総局。