2017.06.24 複合形容詞(compound adjective)
英語は複数の語をハイフンでつないで長い形容詞を作る

松野町夫 (翻訳家)

日本語では、形容詞は「深い・暑い・苦しい」などのように、すべて「い」で終わる。複数の語からなる長い形容詞(=複合形容詞)も、最後に来るのは常に形容詞なので、すべて「い」で終わる。

名詞+形容詞: 用心+深い → 用心深い
動詞+形容詞: 蒸す+暑い → 蒸し暑い
形容詞+形容詞: 重い+苦しい → 重苦しい
形容詞+名詞+形容詞: 薄い+気味+悪い → 薄気味悪い

英語では、複数の語をハイフンでつないで複合形容詞を作る。さまざまな語の組み合わせが考えられるが、基軸となるのは、英語でもやはり形容詞である。過去分詞(動詞+ed)や現在分詞(動詞+ing)は動詞から派生したものだが、形容詞の働きをするので形容詞とみてさしつかえない。

(単純)形容詞 = beautiful (美しい)
a beautiful woman(美しい女性)→ 限定用法(名詞に直接つけて用いる)
She is beautiful.(彼女は美しい。) → 叙述用法(動詞の補語として用いる)

複合形容詞 = once-beautiful (かつて美しかった)
a once-beautiful woman(かつて美しかった女性) → 限定用法
She was once beautiful.(彼女はかつて美人でした。) → 叙述用法

英語の形容詞には限定用法と叙述用法という 2 用法があるが、ここではハイフンを必要とする限定用法の複合形容詞に焦点を合わせ、その構成を品詞別に分類して以下に列挙する。

名詞+形容詞
a duty-free shop 免税店; sugar-free gum (= sugarless gum)  シュガーレスガム
a barrier-free entrance バリアフリーの入口; additive-free foods 無添加食品
an accident-prone area 事故の起きやすいエリア
an avalanche-prone slope 雪崩の起きやすい斜面

名詞+過去分詞(動詞+ed)
a gold-plated necklace 金めっきのネックレス; a silver-plated candlestick 銀めっきの燭台
solder-mounted はんだ付けされた; truck-mounted drill rig トラック搭載掘削装置
government-approved markets 政府認定の市場
custom-made shoes 注文靴; a custom-built kitchen 特注のキッチン
CAD (computer-aided design) キャド(コンピューターを使った設計)
a self-contained community (診療所・食堂・各種商店などが)すべて完備した共同体

名詞+現在分詞(動詞+ing)
LED (light-emitting diode) 発光ダイオード; an award-winning singer 受賞歌手
a self-standing structure 自立構造物; a time-consuming process 時間のかかるプロセス
water-containing plastic 含水プラスチック; an energy-consuming device エネルギー消費機器

名詞+and/or+名詞
the company's bread-and-butter products その会社の主力製品
an all-or-nothing bet いちかばちかの賭け; a life-and-death struggle 生死をかけた戦い
Avoid taking an all-or-nothing position. 妥協を許さない態度をとるのは避けなさい。

形容詞+and+形容詞
black-and-white television 白黒テレビ
The black-and-blue mark was clearly a bruise. その青黒い跡は明らかに痣であった。

形容詞+名詞
a first-class hotel (= a high-class hotel) 高級ホテル
low-level radioactive waste 低レベル放射性廃棄物
real-time control リアルタイム制御; a long-life battery 長寿命バッテリー
long-life milk ロングライフミルク(LL牛乳、常温でも1~2カ月保存可能)
an open-book examination 参考書・辞書類の持込みが自由な試験
open-book management オープンブック経営 
自社のあらゆる会計帳簿や経営指標をすべての従業員に開示し、経営の透明性を高めることによって、従業員の自律性や組織のモラルを最大限に高めようとする経営

形容詞+名詞ed
a good-hearted man心根の優しい男; a left-handed pitcher 左腕投手、サウスポー
a single-handed victory 1人で勝ち取った勝利; single-handed sailing 単独航海
empty-headed people 頭のからっぽな連中; quick-eared 早耳の; quick-eyed 目ざとい

形容詞+現在分詞(動詞+ing)
a good-looking woman 美人; a best-selling author ベストセラー作家
foul-smelling bugs 嫌なにおいのする虫; free-floating voters 無党派層の有権者
quick-freezing 急速冷凍した; a long-standing feud 積年の確執
a close-fitting dress 体にぴったり合ったドレス; loose-fitting clothes ゆったりとした服
a forward-looking vision 将来を見据えたビジョン; a slow-moving car のろのろ進む自動車

副詞+形容詞
a once-famous doctor かつて有名だった医者; a once-successful actor 往年の名優
a once-powerful man かつて権勢を振るった男; once-empty streets 以前は閑散とした通り
The once-elegant city was now a war zone. かつては優雅な都市が今や戦場と化した。

副詞+過去分詞
a well-known actor 名優; a well-known painting 名画; a well-known fact 周知の事実
a long-lived culture 長く続いた文化; a short-lived insect 短命の昆虫
a long-lived battery 長寿命バッテリー; long-lived waste 長寿命廃棄物

動詞+動詞
make-believe 見せかけの; a make-believe friend 架空の友だち
a make-believe world 虚構の世界; a make-believe sleep たぬき寝入り

句型
under-the-counter 不法な; an under-the-counter allowance ヤミ手当
under-the-counter payments (脱税目的などのための)内密の支払い
over-the-counter stocks 店頭売買の株券; the over-the-counter market 直接売買株式市場
over-the-counter drugs 市販薬(医師の処方箋なしで買える薬品。 略:OTC)
a behind-the-scenes investigation 内密の調査; a behind-the-scenes story 舞台裏の話
a middle-of-the-road candidate 中道派の候補者; middle-of-the-road politics 中道政治
an up-to-date style 最新のスタイル; an up-to-date dictionary  最新の(知識を盛った)辞書
a tongue-in-cheek cartoon ふざけた漫画; a tongue-in-cheek comment ふざけたコメント

文章型
a study-hard-son mother 教育ママ
She gave her son the I-am-very-disappointed-you-can-do-better-than-this speech. 彼女は息子に、お決まりの「ママ、がっかりだわ。頑張れば、もっといい成績がとれるのに」と話した。

2017.06.23  安倍内閣の支持率はなぜ高いのか(8)
          ―自民党リベラル・小磯国昭・セールスマンの夢―

半澤健市 (元金融機関勤務)

《自民党リベラル派の発言》
 ■安倍総理が言う,「憲法改正は自民党の結党以来の党是」といったことはまったくの間違いということも指摘しておきたいと思います。/自由民主党は1955年に自由党と日本民主党が合併してきた政党ですが、当時、自由党はどちらかといえば護憲が多数で、民主党は改憲派が多かったのです。自由民主党の結党時に出した五つの文書の中で、特に重要な「綱領」などの三つの文書の中には憲法に関する記述は何も入っていません。残る二つの文章の中の最後の項目に入っているだけです。
結党から二〇年目に作られた政策綱領改定委員会には私も入って議論しました。/私が自民党総裁だった結党四〇年目には、後藤田正晴さんが党基本問題調査会長をつとめられ、改憲に関しては党大会で採択された「新宣言」の中で「新しい時代の憲法のあり方について国民とともに論義を進めていく」という文言でまとめられました。ですから、自民党が一貫して改憲を党是としてきたというのは嘘なのです。/■

これは元自民党総裁河野洋平のインタビューにおける発言の一部である。(「東アジアの危機をどう克服するか」、月刊誌『世界』、2017年7月号)
緊迫した東アジアの危機に関して、40年前の「福田(赳夫)ドクトリン」にも言及して平和外交の重要性を力説している。まことにハト派の面目躍如たるものがある。

問題は自民党リベラルが『世界』でしか発言できない現状である。福田赳夫のライン上にある福田康夫、細川護煕、鳩山由紀夫ら元首相の発言力も同様である。安倍一族一強体制の原因は、小選挙区制と官邸主導の確立にあるという。世界を覆うポピュリズムを小泉純一郎に次いで先取りしたのだという。自民党リベラル派はどこへ消えたのか。もともとリベラル派は存在しなかったのか。

《小磯国昭の弁明的発言》
 ■・・あなたは一九三一年の三月事件に反対し、あなたはまた満州事件の勃発を阻止しようとし、またさらにあなたは中国における日本の冒険に反対し、さらにあなたは三国同盟にも反対し、またあなたは米国に対する戦争に突入せることに反対を表し、さらにあなたが首相であったときにシナ事件の解決に努めた。けれども・・すべてにおいてあなたの努力は見事に粉砕されて、かつあなたの思想及びあなたの希望が実現することをはばまれてしまったということを述べておりますけれども、もしあなたがほんとうに良心的にこれらの事件、これらの政策というものに不同意であり、そして実際にこれらに対して反対をしておったならば、なぜにあなたは次から次へと政府部内において重要な地位を占めることをあなた自身が受け入れ、そうして・・自分では一生懸命に反対したと言っておられるところの、これらの非常に重要な事項の指導者の一人とみずからなってしまったのでしょうか■

これは東京裁判で、小磯国昭被告の口述書について、フィクセル検察官がのべた言葉である。小磯は、1944年7月から1945年4月の間、大日本帝国の首相であった。これに対する小磯の答えは次の通りである。

■われわれ日本人の行き方として、自分の意見は意見、議論は議論といたしまして、国策がいやしくも決定せられました以上、われわれはその国策に従って努力するというのがわれわれに課せられた従来の習慣であり、また尊重せらるる行き方であります■

《自民リベラル派の転向=一億総転向》
 自民党リベラル派は、新自由主義の浸透とともに80年代から、次第に崩壊を始めて2017年の今日までの30年間で壊滅した。その過程で「自分の意見は意見、議論は議論」といいながら転向したのである。自覚なき転向である。
「新自由主義」という弱肉強食、「日米同盟深化」という対米隷従、「積極的平和主義」という大国主義・軍事ケインズ主義が、「いやしくも決定せられた国策」となった。小選挙区制や官邸主導や「共謀罪」は、トータルな「国策」の重要な戦術として成功しつつある。この国策生成過程の根っこには、国境を越えた既得権集団があり、国策はその新式のイデオロギーとなっている。弱体化した国民国家の名前において国策は実行されている。

自民党リベラルの「転向」を批判するのが私の主目的でない。事実としてこう認識するのが大事だというのである。「安倍政権の支持率はなぜ高いのか」を論ずると、必ず出てくる説明は「野党がだらしがないから」であり、「安倍よりマシなのがいないから」というものである。それは有権者の転向を反映している。自民党リベラルの転向は有権者の転向を反映している。それを客観的に証拠立てるのは難しいが、私的な経験と感想を述べて私の説明としたい。

職場時代の仲間との会話によく出るのは、「マイホーム+二千万円」死守と排外的ナショナリズムの論理である。自分も含めてなるべく客観的にしゃべっても、ローンを完済した「マイホーム」の価値は、例えば三千万円と考えている。「二千万円」を退職金額または、金融資産残高と考えている。勿論、所帯別の残高には大きな格差があるだろう。大企業退職者なら年金額が公的・私的を併せて月額50万円に近くなるケースもある。
かくして高度成長とバブル時代を駆け抜けた企業戦士は、おのれの一代限りの小市民生活を楽しんでいるのだと自認している。窮乏化と格差是正は否定しないし、現に自己破産した人間もいるが、総じていえば解決は次世代でやってくれとシレッとしている。日本に追いすがる新興成長国への抜きがたい蔑視と嫉視が存在するが、日本経済が再度高度軌道に乗れるとは考えていない。

《セールスマンの夢は覚めない》
 スキャンダルが発覚しても安倍内閣の支持率が依然高い。
それは元企業戦士が、仕組まれた「愚者の楽園」を生き延びようとしているからである。すでに「セールスマンの死」の時代は来ている。しかしウィーリー・ローマンの幻想は、我々の多くを捉えて離さず、自分の世代まではその夢を見続けられると考えているのである。世代エゴイズムは新たなポピュリズムの火種になるかも知れない。(2017/06/13)
2017.06.22  アフガニスタン 2001年以来最悪の危機(中)
          ―BBCが復活したタリバン支配地を初取材

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

 前稿で、米国の情勢評価では、昨年末現在、アフガン政府の支配地域は国土の57%に減少し、それ以外の地域の大部分は反政府武装勢力タリバンが支配していると書いた。
 そのタリバンの支配地域を、英公共放送BBCの取材チームが4日間取材し、6月8日の国際放送と電子版で報道した。人々で賑わう市場、小学校での女子生徒クラス、病院、子供たちが群がる民家の窓、タリバンの特別攻撃部隊など約3分間のTV放送。11枚の写真とタリバンの最高指導者アクンザダ首長以下の副首長、21人のシューラ(指導評議会)の説明図などを含めた電子版は15ページで、BBCの意気込みが満ちている。
アフガニスタン 2001年以来最悪の危機(中)
               小学校の教室。白い衣装をかぶっている女生徒もいる

アフガニスタン 2001年以来最悪の危機(中)
                    サンギンの市場

アフガニスタン 2001年以来最悪の危機(中)
                    市場の商人達

 世界のメディアが、急速に復活するタリバン支配地域をこれほどしっかりと現地取材し報道したことは、初めてだと思う。住民はどんな生活をしているのか、一般住民とタリバンとの関係は?女性の服装、権利や地位の低さなどがかつてのタリバン政権時代(1996~2001)となにが同じ、何が違うのか、カブールの現政権や他の政治勢力と協調して挙国政権に参加する可能性があるのか、などの疑問を記者はかなりぶつけている。
 BBCによると、タリバン側との交渉に何カ月もかかり、タリバンが受け入れ、BBCのオウリア・アトラフィ記者に4日間の現地取材への公式の招待状を出し、同記者がタリバン支配地域に入ったのは五月半ばだった。行き先は、タリバンが85%を支配しているといわれるアフガニスタン南西部ヘルマンド州の北部の町ムサ・カラとサンギン。首都カブールから南東部の都市カンダハルを経由して西部の都市ヘラートを結ぶ、ハイウエイのほぼ中間地点を少し北に入った山間部だ。ムサ・カラはタリバンの“首都”ともいわれている。おそらくヘラートから乗用車に乗った記者は、途中の政府軍基地のすぐそばからバイクに乗った迎えの若者に導かれ、まずサンギンに入った。
 そこではまず、タリバンの強力な特別攻撃部隊のムラ―・タキ司令官、タリバンのメディア担当責任者アサド・アフガン部長が出迎え、この二人がアトラフィ記者への主な説明役になった。
 まずアトラフィ記者は、世界のアヘンの90%を生産するといわれるアフガンスタンでも、生産地とされる当地について質問。アサド・アフガン部長は両手を記者の肩のおいて答えたー「アヘンは経済的に必要だ。だが私たちも、あなたたちと同様にアヘンを憎んでいる」。彼らは、武器を買い、戦いの資金を得るためにアヘンが必要なのだ。
 サンギンは10年間以上、タリバンと政府軍、米軍、英軍が戦い続けた激戦地。双方の兵士多数が戦死している。今年3月、最終的にタリバンが勝利、支配下に置いて以来、戦闘はなくなった。歴史ある大きなバザール(市場)も壊滅的に破壊されたが、たちまち復活して野菜や肉をはじめ様々な商品(周辺諸国からの商品も多い)が集まり、人でごったがえしていた。記者が入ったとき、大声で争いが起こった「俺は字が読めないんだ。どうしてビスケットが期限切れだとわかるんだ」とビスケットを売っていた商店主が叫んだ。相手はタリバン支配下のサンギン市長ヌール・モハンマド。食品と燃料の不良商品を取り締まっていた。大声で争った末、結局、市長は商店主に3日間の投獄と罰金を命じた。タリバンの行政は以前同様に厳しい。
 ムサ・カラは古くから、この地方の商業の中心地で、アヘン取引地としても有名だった。パキスタンからの輸入商品の主要ルートでもあり、両国から商売人が集まってくる。バザールでは、バイク、牛からアイスクリームまで、多様、大量の商品が売り買いされる。小銃の弾丸も大量に売っている。ロシア製自動小銃の弾丸価格はドル換算で1個40セントだったが、政府軍から多量に流出したため、今では15セントに値下がりした。
 タリバン支配下になっても学校と病院は、教員と医師・看護師の給与を含め国家予算で運営されている。ムサ・カラを担当するカブール政府の責任者アブドル・ラヒムは「政府は最近、当地の学校を査察した。タリバンによる運営は何の問題もなかった。政府のシラバス(指導要領)は実施されている」と記者に語った。困難は教科書不足。どの授業でも、生徒全員に同じ教科書が行き渡ることはない。生徒の年齢は、日本の小、中学を一緒にした範囲。女生徒が学校に来るのは12歳まで。これは、タリバンが決めたわけではなく、アフガン内でも保守的なこの地方では以前からのこと。タリバンは女子生徒を学校に入れる努力はしていないが、男子生徒を増やすのに努力し、成功している。
 12万人の住民が利用する地域病院は、医師、看護師らスタッフの給与をはじめ、政府の資金で運営されているが、幹部はタリバン。医師は男性ばかりで、女医はいない。医療設備は貧弱だ。胸部X線検査機器もない。タリバンは女性患者専用の食堂を、従来からある食堂の隣に別に作った。
 ムサ・カラでは、携帯電話とインターネットの使用、映像撮影と楽器演奏が厳しく制限されている。治安と宗教上の理由だという。
 アトラフィ記者は、この地域のタリバンの指導者ムサヴィル・サヒブと夕食をともにしながら、取材した。サヒブは背が低く、青い目、白いあごひげを長く伸ばしていた。彼はまず「我々の統治は聖典コーランに基づいている。それこそが、いかなる人間社会にとっても最良なのだ」といった。カブールの政権の支配下からタリバンの支配下になって、人々の生活が良くなったことを熱心に説明した。そして「アフガニスタン人は融通がきく人間だ。われわれがこの国を初めて支配したとき、国民はすぐわれわれと同じ服装をしはじめた。そしてアメリカ人が来ると、アメリカ人のような服を着だした。こんども、国民がわれわれのやり方に適応するのは確かだ」といった。
 取材を終え政府支配地域にもどったとき、アトラフィ記者は、タリバンの幹部たちの主張、説明が以前より硬直してなく、多くの矛盾を含んでいたことに気づいた。同記者は書くー「タリバンは顕著に変わった。同時に彼らは過去にとらわれていて、現代世界に適応しなければならないと感じながらも、彼らの統治が最良だと考えている」。(続く)
2017.06.21  6月抗争30周年で在寅大統領が語ったこと
           韓国通信NO526

小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)

軍事政権を打倒し、民主化を実現した「6月民主抗争」から30年を迎えた6月10日、就任後1カ月の文大統領が記念式で民主主義の発展と国民の団結を呼びかけた。
10日付「ハンギョレ新聞」の記事と当日の演説を拙訳で紹介したい。

タイトル― 文大統領「民主主義がご飯であり、ご飯が民主主義だ」
<記事本文>
文在寅大統領は10日、ソウル市庁前広場で開かれた6月民主抗争30周年記念式に出席、「私たちの課題は新たな民主主義であり、より深く、堅固な民主主義を築くことだ」と述べた。
文大統領は「6月抗争で到達した民主主義が具体的な生活に実を結ぶ時、6月抗争は生き続ける現在であり、未来だ」「制度としての民主主義が動揺し、後退することはない。憲法、選挙制度、大統領府、検察、国家情報院、放送等の制度と機関が国民の意思と意志を監視、歪曲、抑圧しないようにする」と述べた。さらに大統領は「経済民主主義」の重要性を繰りかえし強調して次のように述べた。「新たな挑戦は経済における民主主義だ。民主主義が、ご飯であり、ご飯が民主主義になるべきだ。著しい経済的不平等社会では民主主義は形だけのものにすぎない」。
経済民主主義に対する強調は、すべての経済主体の譲歩と配慮による「社会的大妥協」に対する要請に向けられた。大統領は「働き場があるということは経済の問題というより民主主義の問題」として「韓国社会が経済民主主義のために新しい価値観を共有すべき」「そのためには大企業と中小企業、労働者、市民社会が力を合わせるべきだ。6月抗争30周年をステップにして跳躍する未来は譲歩と課題の共有、格差を縮める社会的大妥協にある」と強調した。

以下は演説全文――
尊敬する国民のみなさん。
本日、みなさんと6.10民主抗争30周年のためにこの広場に立つことができ感慨ひとしおです。若者からお年寄りまで、済州からソウルまでの人たちがひとつになり、嶺南から湖南まで(注1) が声を一つにした「非民主的憲法撤廃、独裁打倒」の熱い叫びが今でも私の耳に鮮やかに聞こえてくるようです。
30年前の6月、私たちは偉大な国民でした。降りそそぐ催涙弾の前でもくじけなかった青年、学生たち。応援の立場から抗争の主役になったネクタイ部隊(筆者注・ネクタイをしめたサラリーマンのことか)。自動車のクラクションを鳴らし、ハンカチを振り、デモ隊にパンを与え、戦闘警察官の胸に平和の花をつけた市民たち。そのすべての人たちが歴史の主人公でした。
30年前の6月、私たちは国民が勝利した歴史を経験しました。苛酷な軍部独裁に立ち向かい、不義に対する怒りと民主主義に対する渇望が生んだ勝利でした。国民は時代の流れを独裁から民主へ変えたのです。大統領を自分たちの手で選ぶ権利。国民が自分たちの政府を選ぶ権利を取り戻しました。まるで岩に卵を投げるように勝ち目のない抗争が大きな流れとなった感動的な歴史でした。
大統領直選制だけではありませんでした。6月民主抗争は私たちに広場をもたらしました。報道規制が廃止され、報道機関と市民は発言の自由を獲得しました。多様な市民社会運動組織が生まれ、抑圧され閉塞されていた民主主義の空間を広げました。民主主義がなければ目覚ましい経済発展も社会各分野の多様性も文化と芸術も花咲くことはなかったはずです。
過去30年、私たち社会が築いてきたすべての発展と進歩は6月抗争から始まっています。
文在寅政府は国民が成し遂げたすべての成果を前提に出発しました。そのような理由から本日、私が6月抗争の主役である国民とともに記念式に参加できることは意義深く、光栄に思う次第です。今日の政府は6月民主抗争精神にもとづく政府です。任期中、私は大統領職を持つ国民のひとりとして、そのことを心に刻んでいくつもりです。
歴史を変えた二人の青年、釜山出身の朴鐘哲と光州の李韓烈を永久に忘れないでしょう
6月の民主化闘争を指導したリーダーたち、熱い喚声のなかでともに涙を流し、ともに歓呼したすべての人たちに感謝と敬意を申し上げたい。

尊敬する国民のみなさん。
私は世界が驚嘆するわが国の民主主義を国民がみずから築いてきたことを何よりも誇らしく思っています。歴史を振り返るなら、わが国の民主主義のはじまりは「解放」とともに外からもたらされたものです。しかし今日のように育てあげたのは国民でした。ここに至るまでは4.19学生革命(注2) があり、釜馬抗争 (注3) があり、5.18光州蜂起(注4) があり、1987年の6月抗争がありました。そしてそれは今年の冬のロウソク革命に続きました。ロウソクの灯は一世代をかけて成長した6月抗争が堂々と咲かせた花でした。私たちは6月民主抗争をつうじて主権者である国民の力を学びました。ロウソク革命をとおして民主共和国を実践的に経験しました。
6月の市民たちは独裁を葬り、ロウソク市民は、民主社会が進むべき方向と問題点を提示しました。ロウソクは未完だった6月抗争の完成を求める国民の声でした。

尊敬する国民のみなさん。
私たちの目前にある課題は、ふたたび民主主義です。「もっと広く、もっと深く、もっと強固な民主主義」を作らなければなりません。6月抗争で成就した民主主義がすべての国民の生活に根ざすよう努力しなければいけません。民主主義が具体的な生活の変化につながる時、6月抗争は生きた現在と未来です。民主主義は制度であり、実質的な内容であり、生活のかたちです。
私はこの席で約束し、提案します。制度としての民主主義が揺らぐことも後退することも今やありません。新政権の下で民主主義はさらに発展し、人権は拡大されるでしょう。すべての権力は国民のものです。憲法、選挙制度、大統領府、検察、情報院、放送、国民が委任した権限を運用する制度も同様てす。権力機関が国民の意思や意志を監視し歪曲して抑圧させたりしません。
私たちが当面する新たな挑戦は経済における民主主義です。民主主義が「ご飯」であり、「ご飯」が民主主義であるべきです。所得と富の激しい不平等がわが国の民主主義の脅威になっています。働きの問題が危機の根本原因です。私が「仕事の大統領」になりたいと繰り返し申し上げているのは、甚だしい経済不平等社会では民主主義が形だけのものになると考えるからです。仕事は単に経済の問題ではなく民主主義の問題です。しかし政府の意志だけでは実現は難しい。社会全体が一緒になって経済民主主義のために新しい基準を作って行かなければなりません。譲歩と妥協、忍耐と配慮、包容性のある民主主義が必要です。大企業と中小企業、労働者、市民社会全体が力をあわせなければなりません。
6月民主抗争30年を踏み台に私たちが跳躍する未来は、お互いの譲歩、負担を分かち合って、格差を少なくする社会的大妥協にあると確信します。これは決して簡単なことではありませんが、必ずやり遂げなければなりません。真剣な政労使の大妥協のためにすべての経済主体の参加をお願いしたいと思います。誰でもまじめに8時間働けば生活できる、心配のない社会にしなければなりません。このように社会的不平等を皆で解消するのが民主主義です。政治家の皆さんもともに力を合わせて欲しい。

敬愛する国民のみなさん。
ひとつどうしても憶えておいて欲しいことがあります。6月抗争の中心は特定の階層、特定の地域ではなかったこと。司祭、牧師、僧侶、女性、民主政治家、労働者、農民、都市貧民、文人、教育者、法曹人、文化芸術家、言論出版人、青年、学生などすべての人たちが「民主憲法実現のための国民本部」に集まったこと。全国22の地域で同時に開かれた6.10国民大会が6月26日、全国34の都市と170か所で同時に開かれ「民主憲法実現のための国民平和大行進」に拡がっていった。このように6月抗争は特定の階層も地域もなかった。だから勝利したのです。私もこの運動に釜山で参加して民主主義は水のように流れる時が一番力を持つことを学びました。
独裁に立ち向かった1987年の青年が2017年に父親となって広場を見守り、弁当を差し出した87年の女高生が2017年には子どもの母親となってロウソクを持ったように、人から人へ受け継がれる民主主義は決して動揺することはありません。政治と日常が、職場と家庭が民主主義でつながる時、私たちの生活と命は動揺することはありません。私たちの生活力、社会の民主主義の力量がさらに成熟するように努力しましょう。私たちの周辺に日常化されている非民主的な要素は私たちがともに助け合って変えて行きましょう。個々人が覚醒した民主的市民になるための努力をともにしてゆきましょう。民主主義が政治、社会、経済の制度として定着して私たちひとりひとりが民主主義の訓練を日常的に経験すれば、どのような暴風にも負けずへし折られることはありません。6月抗争の名とともに民主主義は永遠であり、広場、国民にいつも開かれているはずです。
ありがとうございます。                               2017年6月10日



(注1)嶺南から湖南まで/全羅道から慶尚道まで
(注2)1960年、腐敗選挙・腐敗政治のために李承晩大統領が辞任に追い込まれた。運動の担い手は主に学生たちだった。
(注3)朴正煕政権下で野党新民党の金泳三代表を議員から追放したために起きた釜山・馬山で起きた大規模デモ1979年
(注4)光州市事件 朴正煕大統領暗殺後「春」を迎えた韓国の光州で起きた人民虐殺事件 戒厳令下、空挺団による市民の犠牲者168人 行方不明者は406人 1980年5月

  <翻訳後記>
韓国の民主化運動は1987年6月29日の「民主化宣言」によって大きく前進した。
長く続いた軍事独裁崩壊後も古い体質は残った。今回の文在寅大統領の登場によってその古い体質の一掃が期待されている。新政権発足後1カ月にあたる6月10日に行われた大統領演説を急いで翻訳した。翻訳の間違い、格調ある演説を伝え切れていないかも知れないが、新大統領の考えが伝わる興味深い内容である。
大統領選前後、文在寅氏を日本の主要メディアは「容共派」「反日」などと紹介したが、新政権が目指すことについて報じてこなかった。安倍政権は韓国に対して無条件に「仲良く」する「親日」を期待しているようだが、これはトランプ米新大統領に対して無条件にご機嫌取りに走った安倍政権のアメリカ追随の「裏返し」、韓国を低く見る傲慢さの表れと言える。安倍がトランプ大統領のポチになったように韓国にそれを求めるのは非常識だ。演説を読めば文大統領と安倍首相のレベルはけた違いなのがおわかりいただけるはずだ。
演説は6月民主抗争の記念式典でもあり、国内向けのメッセージとなっているが、北朝鮮の問題について一言も触れられていないことが不思議だ。韓国でも北の核と戦争の問題は一大関心事のはずだが、日本では北朝鮮問題―それも改憲、共謀罪がらみ北の脅威が盛んに取り上げられるのに比較すると拍子抜けするくらいに韓国では北の問題より民主主義に関心のウェートが大きいように感じられる。

大統領が強調する「国民のための政治」は日本の政治状況を考えると衝撃的なくらいに新鮮である。日本の評論家たちは口をそろえて従軍慰安婦問題」にせよ「北朝鮮問題」にしても日本政府の立場を代弁して韓国の未熟さを心配するが、自国のことを棚に上げた未熟な議論だ。
演説で、検察や報道の改革について触れている。過剰な人権弾圧と大企業寄りの検察に対する警告と御用報道機関に対する批判を念頭にしたものだ。
大統領ひとりが頑張っている印象が強いが、大統領の期待に応えて労働運動も市民運動も政府が目指す社会づくりを活発化させている。KBS、MBC、公共放送の体質改善要求、脱原発の運動、民主労総の委員長の釈放要求、教職員組合の合法化の運動も注目される。

私たちは韓国を「うらやましい」などと言っていられない。「歴史が違う」などとも云っていられない。韓国人は大きな犠牲を払って歴史を作ってきた。わが国では、朴槿恵前大統が厳しく追及された「お友だち政治」「国政の私物化」を見逃し、治安維持法以上の悪法を東京オリンピックのために成立させた。トランプ大統領も弾劾目前だ。私たちが何をすべきか明らかだ。

6月3日、我孫子駅頭でこれまで一人デモを続けてきたメンバー三人が共謀して「共謀罪反対」「9条守れ」「あべ政権は許さない」「原発なくせ」のプラカードを掲げた。三倍になったことをともに喜び、私は韓国に負けられないという思いを深くした。
共謀しよう! 民主主義を守るために。
2017.06.20  安倍1強は「安倍私党独裁体制」にほかならない、「加計疑惑」隠しのために共謀罪強行採決に走った安倍政権は、国権の最高機関を蹂躙することで「安倍私党による究極の国政私物化」の姿を国民の前に曝した

広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)

 審議抜きの共謀罪強行採決で幕を閉じた今国会は、自公与党がもはや「首相官邸=安倍私党」の独裁下にある翼賛政党にすぎないことを赤裸々に示した。国政は「首相官邸=安倍私党」によって牛耳られ、自公与党はその手足となって意のままに動く存在になった。さしずめ、自民は「馬の脚」、公明は「馬の尻尾」、維新の会は馬の糞に群がる「ハエ」といったところか。

 首相官邸(安倍私党)による国政私物化は、まず官僚機構の私物化から始まった。内閣府(官邸の下部組織)による官僚人事権の掌握によって、官僚機構を意のままに動かす「忖度のシステム」が完成したのである。その典型的事例が、「森友疑惑」に関する財務省理財局長の徹底した事実隠蔽と「知らぬ存ぜぬ」の答弁だった。官僚の矜持を失った当の人物は、もはや壊れたテープレコーダーのような同じ答弁を繰り返すほかなく、(動揺を抑えるためか)その能面のような表情は見るも悲しく哀れだった。誇り高い財務官僚の権威は地に堕ち、国民全体の奉仕者は情けないことに「安倍私党の小間使い(バシリ)」となった。

 自民党幹部や安倍内閣の担当閣僚も「安倍私党の使用人」でしかない。閣僚は、「閣議決定」で答弁集を丸暗記させられ、自由な発言を封じられて同じことしか喋れない「マシーン」になった。松野文科相は、「総理のご意向」文書の有無を巡って「確認できない」との答弁をオウム返しに繰り返すだけだった。オウムは飼い主に覚えさせられた言葉を発するだけで、意味を理解することもできなければ応用することもできない。松野文科相はまさにそれにふさわしい「オウム閣僚」であり、首相官邸(安倍私党)の司令通りに動く典型マシーンだった。

 山本地方創生担当相に至っては、「オウム閣僚」の域を越えて飼い主に尻尾を振る「走狗」となった。「総理のご意向」文書に関して「知らぬ存ぜぬ」が通用しなくなり、文科省内から新たに発見された萩生田官房副長官の指示文書が焦点になるや否や、なんと「それは自分が書いたもの」だと名乗って出たのである。本人は飼い主のために身を投げ出す忠犬の役割を演じたつもりだろうが、閣僚が官房副長官の命令系統に従う「末端組織」であることを示した点で、安倍内閣の「私党」的性格がより一層鮮やかに浮かび上がることになった。

 自民党幹部も負けてはいない。二階幹事長は利権が集中する党内ポストを維持することしか眼中になく、「天下国家」のことなどには全く無関心だ。安倍私党に忠勤を励むことが「幹事長の役割」だと考え、国会討論など政党としての見解を述べる場にはもっぱら下村幹事長代行を差し向け、自分は安倍私党の番頭役に専従している。それでいて自民党の幹事長が務まるところに、「安倍1強=安倍私党独裁体制」の実態が余すところなく露呈されているというべきだ。

 高村副総裁に至っては、「森友疑惑」や「加計疑惑」に対する野党の追及を「ゲスの勘繰り」という有様だ。当人は公明との密室協議を担当する水面下の幹部だが、国民の前で安倍私党の不正を追及する野党質問が「ゲスの勘繰り」に見えるのだから、もともと表向きの議論が苦手なのだろう。この人物の身体には、かっての国対族の様に国会の舞台裏で実質的なことは全て決定し、国会を形式的な投票マシーンに貶めてきた自民の血筋が充満している。密室協議以外の公然とした議論での応酬は全て「ゲスの勘繰り」に映るーまるで政界の闇を体現しているフクロウ(フクロウには罪がないが)のような人物なのである。

 しかし、安倍私党にとっては「獅子身中の虫」ともいうべき官僚があらわれた。言うまでもなく、「国民全体の奉仕者=官僚の矜持」を忘れていなかった前川文科省前事務次官の存在である。前川発言によって安倍私党による国政私物化の一端が図らずも暴露されることになり、安倍私党とっては「蟻の一穴」に通じる大事件となった。事態が明らかになれば、安倍首相が「責任を取る」「総理を辞める」「議員を辞める」と思わず広言したことで、安倍私党は解体する以外に道は残されていないからだ。

 安倍私党の解体を阻止するには、国政私物化の実態や構図をあくまでも覆い隠さなければならない。そのためには「ゲスの勘繰り」が集中する国会の議論を封じるのが一番だ。こうして国会を閉会にして議論の場そのものを無くしてしまう策動が浮上し、委員会審議をすっ飛ばしていきなり本会議での強行採決に持ち込むシナリオが実行された。誰が考えたのか知らないが(公明だとも言われている)、とにかく国政私物化の象徴となった「森友疑惑」「加計疑惑」の幕引きのためには、国権の最高機関である国会の議論を蹂躙してまでも、安倍私党の存続を図るという前代未聞の事態が出現したのである。

 さすがに、この事態はマスメディアの大批判を招いた。安倍私党の御用新聞となった読売や「アベサマのNHK」は依然として表面的な報道に終始し、安倍政権をバックアップしているが、もはや国民の関心は安倍政権による「国政私物化」の解明に移っている。NHKニュースでは何もわからない事態の真相が、民放テレビの朝やお昼のワイドショーで次第に明らかになりつつある。国会での議論を無くしてしまえば、国民はすぐに忘れるといった愚民観・愚民視は、早晩自分自身の問題として跳ね返ってくるだろう。

 それが東京都議選で一挙に局面が変わるとは言えないまでも、安倍私党の解体は時間の問題だと言える。今国会の共謀罪強行採決による「森友疑惑」「加計疑惑」の幕引きが第1幕、東京都議選による自民・公明への批判票の動向が第2幕(公明の都民ファーストとの選挙協定によって事態は複雑であるが)、そして第3幕の都議選後の自公与党内の「ねじれ」などによって、安倍私党の「終わりの始まり」がようやく幕を切って落とされるのである。
2017.06.19  ポピュリズムとイデオロギー的同調性に依拠する安倍政権(下)
盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

憲法改正に隠された魂胆
 すべての民族に自衛権があることは議論の余地がない。憲法9条があろうがなかろうが、すべての民族が保有する固有の権利としての自衛権が存在することに変わりはない。
 日本が他国への戦争に加担することを禁じた憲法9条は、アメリカの事実上の軍事占領にあった日本が、アメリカが惹き起こす戦争へ直接参加するのを防いだ。第二次世界大戦後の冷戦時代に、日本がアメリカの侵略戦争に加担しなかったことは誇るべきことだ。
 アメリカ軍に国を守ってもらっている韓国は不正義のヴェトナム戦争に参加し、アメリカ軍にも勝るとも劣らない殺戮行為を行い、多くのヴェトナム人を殺害した。アメリカ軍も韓国軍も、村から都市へ逃げて、売春婦になるしかなかったヴェトナム婦人を慰安所に集めた。日本がこのような恥ずべき戦争行為に加担するのを免れたのは、憲法9条の存在があったからである。アメリカが主導する軍事的侵略に加担しなかったことに後ろめたさを感じる必要がないどころか、誇るべきことだ。
 今、安倍政権は、沖縄の美しい海に、占領軍基地を新設するという愚かな行為を強行している。真の民族主義者なら、このような反民族行為を容認するはずがない。アメリカへの軍事的従属に頭の天辺から浸かってしまっているアメリカのポチだからこそ、厚顔無恥に強行できるのだ。
 アメリカの軍事的従属下での憲法9条の骨抜きは、アメリカの侵略行為に軍事的に加担することを意味している。安倍晋三の憲法改正の狙いは、アメリカが惹き起こした戦争へ、日本の自衛隊を派遣することだ。憲法9条で自衛隊を認知するという名目でやろうとしているのはこういうことだ。アメリカへの従属を前提にした民族主義は、偽の民族主義=日和見民族主義であり、「属国民族主義」である。
 自衛隊認知を「出し」にして憲法改正を行う意図は、とにかく改正を実現させることを最優先したいからだろう。そこには崇高な憲法理念への矜持が見られないだけでなく、これまで自民党内で議論されてきた憲法草案の内容がまったく反映されていない。「とにかく改正」という日和見右翼の面目躍如である。
 ところが、安倍独裁の様相を呈している自民党内は、自らがまとめた憲法草案からほど遠い提案に異論を唱える者がほとんどいない。小泉進次郎すら、深く考えもせず、「賛成」という始末である。出る杭は打たれる、潰されるという恐怖心からだろう。ここで頑張る力がなくて、政治家としての将来があろうはずもない。
 他方、自民党の憲法草案のもう一つの重要な柱であったはずの「天皇を国家元首に」という項目にはまったく触れられていない。復古主義者平沼赳夫がいくら頑張っても、今さら、君主制国家に戻れるはずもない。今次の天皇退位特例法の議論の中で、自民党の議員の中には、「天皇は祈っていればよい」と放言した者がいたように、象徴天皇の形骸化を公然と唱える者もいる。「天皇陛下万歳」と叫んでおきながら、他方で「飾りで十分」であることを公言するのは矛盾しているが、君主制への郷愁と現実とのギャップの中で、混乱しているだけなのだろう。
 もっとも、長い歴史のなかで、王室は世俗権力が利用する儀礼的装飾でしかなかった。天皇が総帥権をもって侵略戦争を行ったのは、明治維新以後から第二次世界大戦終了までの80年ほどの時間にすぎない。日本の復古主義者自身、天皇制の復権にいったい何を求めているのかを明確に語ることなどできないだろう。だから、天皇制を抱く日本精神論だけが語られる。日和見右派の天皇制復権は、たんなる郷愁なのだ。
 菅野完氏によれば、保守の知識人の裏切り行為を見て、籠池学園新理事長の籠池町浪氏が、「愛国ってなんですかね?保守ってなんですかね?もうほんと、わからなくなりますね」と言っているという。愛国や民族主義を唱えながら、属国状態にズブズブに浸っている日和見右翼が、権力やそれに同調するイデオロギーに寄生して、自己保身の利益だけを求めているとしたら、「然(さ)もありなん」である。
 
経済政策イデオロギーに寄生する人々
 安倍晋三が自ら信奉する保守的理念(憲法改正)を実現する手段として重要視してきたのが、「アベノミクス」という経済政策イデオロギーである。国民に経済的な安心感を与えて、悲願の憲法改正に向かうための重要な手段である。しかし、すでに「アベノミクス」の化けの皮が剥がれてしまった。何のことはない、「大幅な金融緩和で、高度成長をもう一度」という時代遅れの経済イデオロギーに過ぎなかったことが明々白々になりつつある。大幅な金融緩和で利益を得たのは、不動産や金融資産を持っている金持ちと、円安差益で濡れ手に粟の一部の輸出企業にすぎない。こうやって大儲けをした少数の人々がいるのにたいし、大幅金融緩和の後始末は、これからの世代が背負っていかなければならない重い負の遺産として残されている。アベノミクス・イデオロギーを推進してきた政治家やアベノヨイショの罪は重い。
 アベノミクス・イデオロギーを一生懸命持ち上げてきた一群の人々(アベノヨイショ)がいる。官僚上がりの大学教授、政治家と親しくしてきた政治屋的な大学教授、在野のエコノミスト、ここで一発儲けようとした三文エコノミストなどがそれである。
 一貫してアベノミクスを擁護し、年金資産の株式投資比率の引き上げを主導し、日銀総裁の地位を得ようとして失敗した伊藤隆敏(現、イェール大学教授)、物価目標の2年以内の絶対実現を叫んであわよくば日銀総裁のポストを得ようとして叶わなかったが、めでたく副総裁のポストを得た岩田規久男(当時、学習院大学教授)、財務省官僚から早稲田に天下りして、アベノミクス礼賛でめでたく日銀金融政策委員のポストを得た原田泰(当時、早稲田大学教授)などを筆頭として、アベノミクスで立身出世を図ろうとしたアベノヨイショの御仁たちをけっして忘れてはならない。
 国の累積債務問題は「財務省のウソ」と公言して、財政赤字を増やしても成長政策を進めることを積極的に支持している御仁もいる。やはり財務省出身の大学教授、高橋洋一である。次から次へと本を出し、テレビにもたびたび顔を出して、「アベノミクス様様」の活躍ぶりだが、ほかのヨイショたちと違って政府の重要ポストを得ていない。それには理由がありそうだ。2009年に温泉施設で高額の腕時計を盗んで逮捕され、東洋大学を懲戒解雇された経歴をもつ。さらに、2016年に出版された『中国GDPの嘘』(講談社)に剽窃があると指摘され、高橋が所属する嘉悦大学が調査した事件がある。専門外の書物を多く出しているが、出版社の編集部が原稿を用意して、それなりに名前が売れている「高橋洋一」を使っているようだ。出版社が謝って一件落着となったようだが、これは出版社が謝って済まされる問題ではない。高橋洋一の研究者としての研究倫理や誠実性が不問に付されている。言論人の言動の信頼性にかかわる事柄であり、研究・言論の基本倫理を守れない人の言動など信頼できないと考えるのがふつうだろう。インパクトは弱いが、テレビに良く顔を出している森永卓郎も、「日本の財政は世界一健全」とヨイショする同じ系統である。
 他に有象無象のアベノヨイショがいる。「日本の財政は破綻などしない」と触れ回って講演料を稼いでいる三橋某、アベノミクスの化けの皮が剥がれた段になってもなお大幅金融緩和策を援護して日銀金融政策委員のポストを得た片岡剛士(三菱UFJリサーチ&コンサルティング)がいる。現在の金融政策委員会で大幅金融緩和政策に慎重姿勢をとっている2名の民間委員(木内登英、佐藤健裕)が7月に退任するのに伴い、2名のアベノヨイショが委員会に加わり、日銀金融政策委員会は大本営委員会に変わる。木内氏などは出身母体の野村證券の利益を代表することなく、大幅金融緩和策の弊害を訴え続けてきた。官邸が圧力をかける四面楚歌の状況で、長期的な視野から自分の意見を述べることができる委員は貴重な存在だった。金融政策委員会を一つのイデオロギーで染めてしまうのは、委員会の機能を殺すようなものだ。これも安倍支配の結末である。
 このように、安倍内閣のイデオロギー支配は経済政策にまで及んでいる。アベノヨイショの御仁たちが、この先、アベノミクスの負の遺産をどう説明するかは、見ものである。そのためにも、誰が何を主張していたのかを忘れてはならない。籠池学園の経済政策イデオロギー版を見る日はそう遠くないだろう。
2017.06.18  本日休載
   今日、6月18(日) は 休載します。

       リベラル21編集委員会

2017.06.17  ポピュリズムとイデオロギー的同調性に依拠する安倍政権(上)
盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

知性や知力に富んでいるとはとても言えない安倍政権が長期間にわたって高い支持率を保持してきたことに、首をかしげる人が多い。しかし、現代の政治は基本的にポピュリズムに支えられている。どの国の政治的指導者を見ても、権力を維持する権謀術数の政治力はあっても、社会を発展させることができる豊かな知性や知力を持ち合わせている政治家はきわめて少ない。逆に、知性や知力とは無縁だが、強引な政治力を発揮出来る政治家が、国民の人気を得て、独裁的な権力を維持できる事例の方がはるかに多い。安倍政治もこの例に漏れない。
北朝鮮の個人独裁社会の無残さを見聞きし、多くの人々は、「なぜ北朝鮮の人々が狂気の指導者に支配され続けているのか、なぜ反乱を起こさないのか、なぜ殺される前に幹部が独裁者と腹を刺し違えないのか」と疑問に感じているだろう。しかし、それこそ「他山の石」である。
豊かな知性があるわけでもなく、特段に賢明なわけでもなく、高潔な気概があるわけでもなく、確かな思想に裏打ちされた政治的信念があるわけでもない安倍晋三に、好き勝手なことをされても、なお安倍政権を支持する人が多いことをみれば、日本人に北朝鮮の支配を嘲笑する資格があるとは思われない。
今の政治家の知性は国民の平均的知性を超えていないだろう。政治家は大衆が容易に理解できる単純なスローガンで政権への支持をつなぎ留め、大衆は分かりやすい政治スローガンを簡単に受け入れる。国の将来を見据えた政策を展開するより、大衆の短期的な感情を操る権謀術数を凝らすことで、安定した権力を獲得できる。そのための政治的武器が、ポピュリズムであり、それにもとづくイデオロギー的同調性による支配である。しかし、このような政治は社会を歪め、将来社会に大きな負の重荷を残すだけだ。

独裁権力の構造
 イデオロギーの同調性にもとづく政治的支配は、20世紀をとおして、社会主義社会で一般的に観察できる現象だった。ソ連型社会主義イデオロギーに同調し、共産党幹部になれば、立身出世ができる社会が存続してきた。国によって程度の差はあるが、共産党支配を批判し反抗する者は冷や飯を食わされるか、最悪の場合は労働キャンプへ放逐された。戦争と平和が繰り返し生起した20世紀は戦争の時代であり、敵対心を煽るイデオロギー的高揚で社会を支配することが普遍的に見られた。西のヒットラーと東のスターリンが20世紀前半の時代を支配し、20世紀後半には世界覇権を争う冷戦のための米ソのイデオロギー闘争が世界の政治を支配してきた。
北朝鮮の現状は、前世紀の遺物であるイデオロギー的忠誠にもとづく個人独裁政治の破滅的な末路そのものであり、歴史博物館的存在になった20世紀型個人独裁社会の戯画的な状況を見せてくれる。
 しかし、程度の差こそあれ、21世紀になってもなお、世界の政治権力はイデオロギー的同調性をベースに権力支配を維持している。大衆の感情や大衆の直接的利益になりそうなものに訴えることで、大衆の支持を得て、権力を保持することができるからである。
 他方、権力が維持される背景には、権力者に無条件に従う官僚機構が存在し、権力に群がり、権力者をヨイショして自らの地位を獲得し、経済的な利益を得る一群の人々が存在する。官僚機構が政治指導者に忠誠を誓い、メディアや物書きが権力者を持ち上げ、それにたいして権力が褒美を与えることで、相互に依存し合う権力機構が持続する。いわば権力の座にある者とそれに群がって生きる者とは、持ちつ持たれつの関係にある。
 こういう相互扶助関係のなかで、権力者をヨイショする者は、犯罪すら免罪されることがある。社会主義社会で共産党幹部の犯罪が問われないのと同じである。独裁度が高まれば高まるほど、その度合いは露骨になる。安倍礼賛本の著者として知られ、官邸ともツーカーの山口敬之・元TBSワシントン支局長は、成田空港到着と同時に、準強姦罪容疑で逮捕される予定だった。ところが、逮捕直前にその中止命令が下された。命令を下したのは、菅官房長官の秘書官を務めた中村格警察庁刑事部長である。官房長官秘書官であれ官邸補佐官・秘書官であれ、あるいは現職であれ元職であれ、権力者に仕える官僚は、親分の虎の威を借りて、自らが権力の分身であるがごとく権力行使することに何のためらいもない。それは忖度というレベルを超えた、権力者の分身としての行動である。
加計学園であれ、山口逮捕阻止であれ、補佐官・秘書官がやったことは、権力者の意思にもとづく采配である。一昔前まで、地方都市では警察署長と懇意にしていれば、スピード違反などは簡単にもみ消してもらえたのと同じ構造だが、今回の事件はスピード違反とは比べものにならない犯罪である。どうでもよいタレントの不倫問題や電車の痴漢で大騒ぎする日本社会が、これほど重大な犯罪を免罪する権力者の行動にたいして、厳しい批判を加えないのは理解不能だ。
 政府の政策に賛同する新聞があっても不思議はないが、権力者と癒着して益を得ようとし、天下の日刊新聞が「安倍・菅新聞」に成り下がってしまえば、それこそ「社会的公器」の堕落である。それを恥じる意識すら失ってしまうほど癒着している新聞社の幹部は、権力者と「同じ穴の貉」と言われても仕方がない。

倫理性・社会的公正さを欠くイデオロギー支配
 権力者が唱えるイデオロギーに同調さえすれば、権力の庇護が得られるというのは、ソ連型社会主義と同じだ。そこには倫理性とか道義性とか社会的公正という観念が存在する余地がない。イデオロギー的同調性があれば、能力や適性とは無関係に無能な人物や政治家が要職に就いたり、各種の便宜を得られたりするのは、ソ連型社会主義社会と同じである。
 森友学園、加計学園、山口敬之事件のどれをとっても、それぞれの事件の主役たちや、そこに群がっていた人々が高い倫理性や社会的公正観念を持っているとは到底思えない。それどころか、ふつうにみても、きわめて胡散臭い人々であり、権力に寄り添うことによって実利を得ようとする俗物たちにしか見えない。にもかかわらず、彼らが権力者の庇護を受けた、あるいは受けるようになったのは、権力者とイデオロギーを同じくするからである。
 醜いことに、政治家だけでなく、籠池学園を支援し、何度も講演してきた右派の論客たちもまた、黙りを決め込むか、逃げ回っていることだ。菅野完氏の調査によれば、「曽野綾子、櫻井よしこ、村上和雄、渡部昇一、中西輝政、竹田恒泰、青山繁晴、高橋史朗、八木秀次各氏などなど、数多くの保守系文化人もあの幼稚園で講演している」(AERA dot.)という。しかも、櫻井氏などは講演料が80万円(通常の2割引き)いうから驚く。幼稚園での講演である。何のことはない、彼らもまた、イデオロギー的共有を錦の御旗に、籠池学園に寄生しただけなのだ。籠池学園の教育を絶賛していながら、世間の目が光り出すと、手のひらを返すように背を向けるのは、自らの思想やイデオロギーの時代遅れに後ろめたさを感じているからではないか。もし自らの思想の実現に命を賭けているなら、なぜ籠池学園の教育を擁護しないのか。それができない人々には、言論人としての矜持などないと断定して良いだろう。
 同じことは、安倍内閣の無能な大臣たちにも言える。彼らが大臣の職責を得たのは、ひとえに安倍晋三が信奉する単純なイデオロギーに恭順の意を示したか、積極的な同調者だったからである。そこには、人品・人柄や能力、適性という観点が完全に抜けている。たんに自分と意見を同じくする「お友達」だからである。本当に能力・知力のある人は、自分より能力のある人を要職に抜擢できる「目」をもっているが、安倍晋三には人を見る目がない。それは安倍晋三という人物の能力の限界を教えている。自分より能力が低い者を選択しているのではないかと思われるほど、人品・人柄に欠ける人物を庇護し便宜を与え、無能な政治家を要職につけている。
 しかも、安倍晋三にはそれぞれの事柄にたいする責任意識が完全に欠如している。今現在問題になっているどの事件も、昭恵夫人が善意で行ったという単純な話ではなく、すべて安倍晋三夫妻が絡んでいる。絡んでいるというより、完全に当事者である。しかし、「私や妻が関わっていれば首相も国会議員も辞める」と啖呵を切っておきながら、というより啖呵を切ってしまったために、逃げ回るよりほかに延命の方法がない。それどころか、こともあろうに、警察情報を利用して「安倍・菅新聞」に醜聞情報を流し、権力に歯向かう者を陥れる手回しだけはしっかりしている。まるでKGBが暗躍しているロシア並みの権謀術数である。高潔さや社会的公正さに欠ける安倍晋三に、国家・社会を語る資格があるだろうか。
 イデオロギー的同調性だけを基準に政治を行ってきた政治は、ソ連型社会主義のように、社会的倫理性や公正さを欠き、やがては行き詰ってしまうだろう。そのことを自民党だけでなく、野党も肝に銘じることだ。
2017.06.16  「共謀法」廃止のために内閣を変えよう
  
  安倍政権の暴挙に抗議する
                              リベラル21編集委員会

 自民、公明両党は6月15日早朝、参院本会議で組織犯罪処罰法改正案(「共謀罪」法案)の採決を強行し、成立させた。安倍政権の意向を受けたもので、日本の憲政史上稀にみる暴挙であった。成立した「共謀罪」法の内容も、参院の委員会での採決を省いて本会議採決に持ち込むという強行的な手段も、わが国の民主主義を根底からないがしろにするものであり、リベラル21編集委員会はこうした暴挙に強く抗議する。

 国会における議事運営では、上程された法案は衆院なり参院なりの委員会で審議して採決を行い、そこで賛成多数を得た法案が衆院本会議なり参院本会議に送られ、そこで採決が行われるというのが習わしである。ところが、今回は参院法務委員会での採決を省略し、参院本会議で法務委員会委員長による「中間報告」を行った後に法案について採決を行った。異常、異例、異様としか言いようがない。まさに議会制民主主義の破壊である。

 国会運営上の慣例から見て暴挙であるばかりでない。民意を無視したという点からみても、明らかに暴挙である。
 最新の新聞・テレビによる世論調査では、「共謀罪」法案反対、あるいは「慎重審議を」という意見が増えつつあった。さらに、全国の新聞の大半が、「徹底審議」あるいは「廃案」を主張していた。なのに、なぜ、法案の採決を急いだのか。政府・与党からは、国民が納得するような説明はついになかった。

 私たちは、今から57年前の1960年5月19日から20日にかけて国会で繰り広げられた光景を思い出す。この時、日米安保条約の改定案(新安保条約=現行の日米安保条約=案)が国会に上程され、国論は賛成・反対の両論があって揺れていたが、自民党は5月19日、衆院安保特別委員会で野党の反対を押し切って改定案を強行採決、続く衆院本会議でも自民党単独で討論なしで改案を可決。そして、6月19日に参院の議決を経ない自然承認という形で新安保条約を成立させた。
 こうした一連の強行採決を主導したのは、安倍首相が敬愛する祖父の岸信介・首相であった。「共謀罪」法の制定にあたって、安倍首相は祖父のやり方に学んだのだろうか。

 ところで、新安保条約の自然承認に先立つ60年6月15日には、新安保条約に反対する学生団体の全学連主流派の学生が国会南門から国会構内に突入、警官隊との衝突で東大生・樺美智子さんが死亡した。「共謀罪」法案について強行採決が行われた「6月15日」は、奇しくもそれからちょうど57年にあたった。果たして、偶然の一致であろうか。

 それにしても、私たちは、「共謀罪」法の中身に改めて強い懸念を表明する。
 この法律の本質は、犯罪の実行に着手する前の計画段階を処罰するというものである。にもかかわらず、国会における審議では、どんなことが「計画」や「準備行為」に当たるのか不明確のままだった。このため、準備行為が犯罪計画のために行われたかどうかということを確定するために個人の主観を捜査することになりかねず、場合によっては、心の中で考えたことが処罰の対象になりかねない。
 このため、法律家からは「一般人の日常的な行為をとらえて実行準備行為だと恣意的に認定するおそれがあり、冤罪を生みかねない」、市民の間からは「内心の自由が脅かされるおそれがあり、怖い」といった声があがっていた。

 日本国憲法第19条には「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」とある。また、同21条には「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」とある。
 こうした規定からすれば、「共謀罪」法は明らかに日本国憲法に抵触すると言っていいだろう。「共謀罪」法は廃止されるべきだと私たちは考える。
 
 「共謀罪」法が成立しても、絶望することはない。なぜなら、日本では、国民が主権者だからである。したがって、国民の多数が賛成できない法律は、国民の意思で廃止できるのだ。
 具体的には、次の総選挙や参院選挙で、国民が「共謀罪」法の廃止を提起し、これに賛成する候補者を国会に送り込もう。そうした候補者が衆参両院で多数を占めれば、政権も変えることができ、「共謀罪」法廃止は実現する。それに備えて、今回の「共謀罪」法案採決で賛成投票をした国会議員の名を覚えておきたい。

2017.06.15  北朝鮮制裁のゆきづまりと次に来るもの
    ――八ヶ岳山麓から(224)――

阿部治平(もと高校教師)


北朝鮮がミサイル発射実験を行うたびに、NHKをはじめテレビ各局は緊急速報を画面に流し、ニュースショーでは北の「挑発」を非難する。北朝鮮「専門家」も「挑発」とか「脅威」を声高に語る。
一例を引く。
北朝鮮による挑発行為を受けて、日本海に展開しているアメリカ海軍の空母2隻が、自衛隊の護衛艦や戦闘機と共同訓練を行った。
日本海の能登半島沖で行われた訓練には、アメリカ海軍の空母「カール・ビンソン」と、「ロナルド・レーガン」が、また海上自衛隊からは、護衛艦「ひゅうが」とイージス艦「あしがら」が参加し、日米の連携などを確認した。
さらに、空母に搭載されているF/A-18戦闘攻撃機と、航空自衛隊のF-15戦闘機も訓練を行った。
共同訓練に、アメリカから空母が2隻参加するのは極めて異例で、日米両政府は、強固な日米同盟をアピールすることで、ミサイル発射を繰り返す北朝鮮を強くけん制する狙いがある(Yahoo news6/2(金) 0:05配信)。

「挑発」とは、相手を刺激して事件・紛争を起すようにしむけることである。では北朝鮮が何を「挑発」しているのか。米朝戦争か?まさか。
上の記事では、北朝鮮が核やミサイルの実験をして、その能力を誇示するのは「挑発」で、日本海のアメリカ海軍空母が、自衛隊の艦船や戦闘機と共同訓練を行うのは「けん制」である。
さきの米韓合同軍事演習は「斬首作戦」だった。米軍の作戦概念「decapitation strike(strategy)」を翻訳したものだそうだが、人の首をはねる、つまり金正恩を殺害することである。これは「挑発」か「けん制」か、安倍晋三首相がこの頃連発する言葉を使えば、意図的な「印象操作」ではないか。
日本では拉致問題はあるし、金正恩が叔父や異母兄を殺しているから「北朝鮮は悪だ、悪だから潰してもよい」という論理が当り前のようになっている。だが北朝鮮はISではない。国連加盟国であり、160余の国と国交をもつ独立国である。メディアはもっと客観的視点をもってもらいたい。

以前に述べたことの繰返しになるが、北に対する国連決議がほとんど効目がないのはなぜか、この理由をもう一度振り返りたい。それは北朝鮮がアメリカの攻撃に対する「報復能力」を持つためである。北朝鮮の立場に立ってみれば、核・ミサイル開発は追詰められて選んだ政策だった。
北朝鮮の核開発を止めさせようとした1994年の「米朝枠組み合意」は、順調に実施されなかった。その後ブッシュ政権はイラン・イラク・北朝鮮を「悪の枢軸」に指定し、イラクを侵略してフセイン政権を倒し中東を殺人と破壊の混乱に陥れた。このとき北の指導者金正日は「つぎは我が身」を確信じたであろう。
通常兵器での戦争をしかけられたら勝ち目はない。そこで彼は核とミサイル開発を急いだ。さらに2011年、アメリカはリビアとエジプトの独裁政権を打倒した。同じ年、金正日は死に、金正恩は父親の核・ミサイル開発事業を継承した。
だから金正恩は、核とミサイルの性能が十分な対米攻撃能力を持つまでは、孤立を恐れず、核実験とミサイル発射をやり続ける。北朝鮮が国連の制裁決議など屁でもないのは、いまや誰でもわかるようになった。

中国は昔も今も北朝鮮の核・ミサイル保有の論理をよく承知している。中国は北朝鮮貿易の90%を占めていて、国連決議に従って対北朝鮮制裁をやろうとすれば徹底的にやれるはずだが、いままで本気で北に圧力をかけてはこなかった。
いま石炭輸入規制をやって、限度を年間4億ドル、750万tまでとしているが、これ以上の石油の供給を止めるなどの経済制裁をやる気はない。やるとしたらかなりの冒険だからだ。やれば北朝鮮経済は混乱する、脱北者は急増する。ながびけば朝鮮労働党の一党独裁は危機に陥るかもしれない。金王朝が危機に瀕するなら、中国は北朝鮮という緩衝国を失う危険がある。その衝撃は中国に跳ねかえり、中国共産党の一党支配を揺るがす事態を招きかねない。

中国共産党総書記習近平は、大統領に就任したばかりのトランプが朝鮮半島で戦争を始めるのを警戒していた。ところがフロリダの米中会談で、トランプはイデオロギーには関心がなく、独裁だからという理由で北朝鮮体制を転覆せず、核・ミサイル開発を放棄すればそれでよしとしていることがわかった。
心配が解けると、習近平はトランプの北朝鮮説得をまるごと請負った。そう出たのは、中国にはアメリカとは別に、北朝鮮に核を持たれては困る事情があるからだ。
これも繰り返しになるが、北によって核独占が崩されれば、中国の核保有大国ととしての地位が失われ、習近平の偉大な中華帝国興隆の夢が脅かされる。北の核が中国への脅威となる可能性がある。北の核実験場が国境に近く核汚染が危惧される。
もっといえば、北朝鮮の核武装は日本に核開発の口実を与えかねない。日本の核武装は中国にとっては悪夢である。日本がアメリカの核の傘に入っているほうがよほどましである。

ところが、まずいことに習近平はドジを踏んだ(と私は思う)。彼は北朝鮮に高圧的な態度で、核とミサイル開発の停止と放棄を迫った。とりわけ中共指導下のメディアは、あたかも宗主国の朝貢国に対するように、貧乏国北朝鮮は富強の中国に頼れといい、核を放棄せよ、そうすれば金王朝を守ってやるし、経済の面倒も見てやると書いた。
当然、北の自尊心はいたく傷ついた。もともとあった中国に対する不信感はたちまち激しい反感にかわった。外交交渉の裏はわからないが、表向きでは中国の説得はほとんど効目がなくなった。かくして史上最悪の国家関係のなか、中国にとって北朝鮮の核兵器は現実の脅威となった。

国際的な経済制裁が無力だとわかったいま、これに代わるものは武力行使だが、これは不可能だ。残るは米朝対話だが、アメリカは行きがかり上、簡単には米朝交渉には踏切れない。北朝鮮も反米感情が骨身にしみついている。アメリカがいくら北朝鮮体制への不干渉をいっても、対米不信はそう簡単に払拭はできない。
こういう難しい事情はあるが、オスロの米朝秘密会談を終えた北朝鮮外務省の崔善姫北米局長は、5月13日北京でトランプ政権と「条件が熟せば対話する」と語った。北もいちがいに対話を拒否しているわけではない。

そのなかで米中を中心とした制裁一辺倒の対北朝鮮政策を批判してきたのは、文在寅韓国大統領である。いままだ北朝鮮は韓国をアメリカの傀儡とみているが、文在寅は大統領に就任以来、断絶状態だった対北朝鮮関係を見なおし、接触を試みている。これから紆余曲折はあるだろうが、南北間の人的経済的交流を拡大し、さらに政治的・軍事的なレベルにまで進めば、朝鮮半島の核問題は解決の糸口を見出すことができる。
制裁政策ではにっちもさっちもゆかないいま、私は文在寅路線は現状打開策の有力候補と見るべきだと思う。日本の右派メディアはそれを親北外交と批判するだろうが、韓国が北に接近して何が悪いのだろう。同じ朝鮮(韓)民族ではないか。

安倍政権は、ひたすら北朝鮮の「挑発」を非難し「脅威」を叫んで、アメリカとともに中国に対して北朝鮮制裁強化を求めつづけている。ゆくゆく米中韓と北朝鮮が静かな対話をはじめたらどうするつもりだろうか。またアメリカに追随して「大変結構なこと」とかいうのだろうか。
(2017・06・5記)