2021.05.19 赤土に苦しむ大坂なおみ、サーヴが弱い錦織(テニス)
久保(建)、香川、富安(サッカー)らは?  世界の日本選手たちあれこれ
                      
盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

 マドリッドオープン2回戦(ベスト32)で、大坂なおみは難敵ムホヴァ(チェコ)に敗れた。2回戦でランキング20位のムホヴァと対戦するのは厳しいと思っていたが、赤土コートでの大坂の現状を知るうえで貴重なゲームになった。
 テニスに長い伝統のあるチェコの選手は大柄でサーヴが良い。サーヴ・アンド・ヴォレーに強いクヴィトヴァ(182cm、ランキング12位)、186㎝の長身でサーヴにもストロークにも威力のあるプリシュコヴァ(カロリナ・プリシュコヴァ、ランキング9位。なお、クリスティーナ・プリシュコヴァは双子の姉で左利き。ランキング87位)に次ぐチェコ選手が、ムホヴァである。一見して大きく見えないが、180cmの長身である。クヴィトヴァやプリシュコヴァに比べてパワーで見劣りするが、脚力やストローク力は2人より上である。今年の全豪オープンではランキング1位のバーティを破り、準決勝に進出した。油断できない相手である。
 チェコの選手はクレーコート上がりだからストロークに強い。それに加え、ムホヴァは左右のフットワークが良く、コートカヴァレッジが広い。大坂とほぼ同じ体格だが、この試合ではムホヴァの動きが大坂のそれを上回っていた。第2セット途中から、大坂の攻撃的なストロークが決まりだして、試合を振り出しに戻したが、後が続かなかった。ハードコートではストロークエースになるボールがことごとく返ってきた。こういう展開になると、赤土では脚力がある方に分がある。しかも、大坂は第1セットと第2セットのサーヴィスゲームをひとつずつ落とし、第3セットでは2つのサーヴィスゲームを落とした。サーヴで相手を崩し、ストロークで優位に立つという大坂の戦い方を貫くことができなかった。それにたいして、ムホヴァはサーヴも好調で、大坂の強烈ストロークを拾いまくった。この違いが試合を決した。大坂もこの結果を受け入れているはずだ。
 このトーナメントでもう1~2試合戦って、赤土に慣れたかった大坂だが、早期の敗退になった。けっして悪い出来ではなかったが、赤土のコートでの戦い方や弱点を知る上では良い経験になった。サーヴが悪くても、ストローク力で戦えるようにするためには、ムホヴァほどの脚力を持つことが必要だろう。ムホヴァから学ぶことも多かったはずだ。

土居美咲に見る日本の女子選手
 大坂と1回戦で戦った土居美咲は、2015年のルクセンブルグオープンでWTAツアー初優勝を飾り、2016年のウィンブルドンではベスト16まで勝ち進み、一時は世界ランキング30位前後まで上げたが、現在は80前後に低迷している。159cmと小柄だが、テニスはサーヴもストロークも、ラケットを大きく振り切る、力感のあるプレーを特徴とする。対大坂戦では土居の思い切りの良いプレーが光った。もう少し体に恵まれ、パワーがあれば、ランキング20位前後まで行けた選手である。
 大坂選手を除き、ほとんどの日本の女子プロ選手は160cm前後の小柄な体格である。現在のパワーテニスの世界で、小柄な選手はどうしても力負けしてしまう。ラケットを振り切る力が弱く、当てるだけのテニスになってしまう。その中で、土居美咲は力負けしないテニスを展開してきたが、それでもフィズィカルな弱さは否定できない。
 アメリカで育ち、日本国籍を取得して青山修子とダブルスを組む柴原瑛菜は175cmと大柄で有望株だが、シングルスでは予選を突破して本選にたどり着けない。ダブルスでコンビを組む青山修子は154cmである。この二人のデコボココンビがマイアミオープンで見事に優勝し、今年だけでツアー4勝目を飾った。今のところ、ダブルスの方が勝ち進める可能性が大きい。
 今の女子テニス界には180cmを超える大型選手が数多くいる。それに伍して戦うにはフィズィカルな強さがなければ叶わない。ただ、ランキングトップにいるバーティやランキング3位のハレップは170cmに満たない体格で、決して大柄ではない。にもかかわらず、力負けしないフィズィカルな強さがある。日本の女子選手は彼女たちのトレーニングや戦い方を学ぶべきだろう。

錦織圭の現状
 2014年、2015年と連覇を果たしたバルセロナオープンで、錦織は3回戦まで勝ち上がり、ナダルと対戦した。ビッグスリーと錦織との距離を測る興味深い対戦だった。
 第1セットは6-0のベーグルで相手にならなかった。第2セットから、往年のストローク力が冴えて、左右に深いボールが次々と入るようになり、ナダルを慌てさせた。ストロークが崩れず、第2セットを6-2で取る健闘となった。第3セットの最初のゲームでナダルからサーヴィスゲームを奪えるチャンスがあったが取り切れず、以後はずるずると後退して負けてしまった。第2セットがなければ、ぼろ負けというところだったが、何とか元チャンピオンのプライドだけは守られた試合になった。
 セットを取り切った第2セットだが、目を疑ったのは錦織のサーヴスピードである。ファーストサーヴのほとんどが160km/h台で、150km/h台のファーストサーヴィスもあった。セカンドサーヴは例外なく130km/h台だった。スピード計測器の故障かと思ったが、ナダルのサーヴスピードは180~190km/hと表示されていたから故障ではない。女子の中堅選手並みの遅いサーヴで今の男子テニス界を生き抜くのは不可能である。今の錦織は非力さを非凡なテニス感覚と技量で何とか凌いでいる。
 錦織のサーヴに対して、ナダルはエンドラインから3mも後方に構えてストローク戦に備えていたので、緩いセカンドサーヴでも叩かれる場面はなかった。なぜ、ナダルがそれほど後方に位置取りしたのか分からない。強烈なサーヴをもつ若手相手なら理解できるが、女子選手並みのサーヴにたいして、これほどまで後方に構えた理由が分からない。
 錦織は1、2回戦とも、南米のクレー巧者相手に勝利を収めたが、2試合とも2時間40分の長い試合だった。それもこれも、サーヴィスゲームをキープするのに苦労しているからである。サーヴが弱いために、簡単にゲームを取り切ることができない。ブレイクポイントを切り返すのに四苦八苦している。1回戦の対ペラ戦では16本のブレイクポイントを握られ、2回戦の対ガリン戦では13本のブレイクポイントを握られた。これが試合時間を長くしている。
 ナダルとの試合後、錦織は「どこが悪いのか分からない」というような感想を述べている。本人はサーヴ力の弱さを致命的なことだとは考えていないようだ。球速の遅いクレーコートではサーヴ力の格差は縮まるが、それでもサーヴ力がなければゲームを作るのに苦労する。コーチも錦織に遠慮して、サーヴ力の向上を強力に助言し、トレーニング指針を与えてこなかった。それがビッグツリーとの差につながった。

日本人選手のフィズィカル問題
 テニスに限らず、海外で活躍する日本人プロスポーツ選手が共通に抱えているのが、欧米人との体格差である。大リーグで活躍する大谷翔平選手は例外的な事例である。大谷選手ほどの体格とパワー、スピードがあれば、どんなスポーツの世界でも世界のトップ水準に立つことができる。
 今、男子テニス界では大谷選手並みの体格の選手が続出している。一人や二人ではなく、少なくともビッグスリーと戦える大型でスピードのある若手選手が10名はいる。皆、パワーだけではない。190cm前後の長身であるにもかかわらず、動きが俊敏で、ストローク力がある。これまでの大型テニス選手と言えば、2m10cm前後のカルロヴィッチ、イスナー、オペルカが代表的で、体が大きい分だけ動きが鈍い。ところが、最近の大型選手はみなパワーがあり、俊敏でストローク力がある。ビッグスリーと対等に戦える力を持っている。このなかで、非力な錦織選手や西岡選手が上位のランクを狙うのはほとんど不可能に近い。よほどの脚力やフィズィカルな強さがなければ、大谷選手並みの大型選手と互角に渡り合うことなどできない。稀に見る才能を持った錦織選手でも、今のフィズィカルの弱さでは、もう上位のランキングを望むことはできない。
 これを考えると、サッカーの久保建英を心配しないわけにはいかない。非凡な足技をもっているが、レアルマドリードのレンタル先で活躍の場が与えられない。ペナルティエリア付近での動きやボール捌きは一流なのだが、ペナルティエリアにいたるまでのドリブルスピードやドュエル(相手選手との対人防御力)が不安視されるから、なかなか先発で使ってもらえない。
 レアルマドリードに加入した頃の1部チームとの練習で、久保の技術が高く評価され、いずれレアルマドリードを担う人材だと評価されたが、ここ1年は評価が下がり続けている。トレーニングのミニマッチはペナルティエリア近辺を使う練習だから、久保の技術は活きる。しかし、試合はサッカーコート全面を使うゲームだから、ペナルティエリアに至るまでの動きが重要だ。あと身長が5cmほど伸び、体重で10kgほど増量してフィズィカルが強化されれば、評価も変わるだろうが、事はそう簡単ではない。
 この久保の状況に関連して思い出されるのが、同じような体格の香川真司である。2010-2011年、2011-2012年のドルトムンドのリーグ二連覇に貢献した香川の名前は、今でも中欧のサッカーファンの中では忘れられていない。前線を組んだレバンドフスキーがバイエルンミュンヘンへ移籍して、世界的なストライカーになったのにたいし、香川はギリシアのチームでくすんでいる。信じられないことだ。それもこれも、プレミアリーグへの移籍で成果を上げられなかったことが躓きの石となった。香川を招聘したマンチェスターユナイティッドのファーガソン監督が1年で引退したことが致命的だった。後釜に座ったモィーズ監督はサイド攻撃一本やりで、中央を主戦場とする香川を生かすことがなかった。他方、香川はプレミアリーグのフィズィカルコンタクトに対抗できるように、ウェイトトレーニングで上半身を鍛えた。上半身が一回り逞しくなった香川だが、その分持ち前の俊敏さが失われた。これで香川の良さが消えた。
 香川の事例があるので、久保がウェイトトレーニングで体を鍛え、ドュエル力を付ければ良くなるとは言い切れない。それより、サイドアタッカーとしてのスピードを上げることが優先されると思われる。久保の足は遅いとは言えないが、速いとも言えない。久保世代の若い選手がレアルマドリードやバルセロナでスタメン出場しているが、皆、縦のスピードが速い選手である。ゲンク(ベルギー1部)の伊東純也ほどのスピードがあれば、レアルマドリードでもヴィニシウスのようにスタメンで使ってもらえるはずだが、もう一つのプラスアルファが足りない。そこがレンタル先の監督の信頼を得られないところだ。
 久保選手の来期の所属先だが、そろそろレアルマドリードに拘るのを止めた方が良い。レンタルを続けるより、久保に合う戦術を持っているチームへ移り、そこで活躍の場を見つけるのが成功への道のような気がする。
 日本人選手でも富安健洋(ボローニア)のように、フィズィカルに強い大型選手が欧州で活躍しているが、非凡な才能をもった久保建英にはプラスアルファを付けて、活躍できるチームを見つけてほしいものだ。
2021.05.18 「ラッセル・アインシュタイン宣言」を新訳
日本パグウォッシュ会議が66年ぶりに

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 今から66年前の1955年7月9日に発表された「ラッセル・アインシュタイン宣言」の新訳が5月3日に日本パグウオッシュ会議から発表された。
 この宣言は、ビキニ被災事件をきっかけに生まれた。1954年3月1日に太平洋のビキニ環礁で行われた米国の水爆実験で、付近で操業中だった静岡県焼津港所属のまぐろ漁船・第五福竜丸の乗組員23人と、周辺の島々の住民が実験で生じた「死の灰」を浴び、急性放射能症になった事件である。乗組員の久保山愛吉山さんが死亡し、水爆実験による初めての犠牲者となった。
 この事件は全世界に衝撃を与えたが、人類の前途に危機感を抱いた哲学者バートランド・ラッセル(英国)、物理学者のアルバート・アインシュタイン(米国)、ジョリオ・キューリー(フランス)、湯川秀樹ら世界的に著名な11人が連名で、核戦争による人類絶滅の危機を警告し、戦争回避の必要性を訴えた宣言を発表した。これが「ラッセル・アインシュタイン宣言」である。
 この宣言を契機に、それまで政治的活動に無縁であった科学者の間で核軍縮をめざす動きが活発となり、1957年7月には世界の科学者がカナダのパグウオッシュに集まり、世界平和の実現のために努力することを明らかにした「パグウォッシュ会議を」発足させた。当時対立していた米ソ両国の科学者がこれに参加した。日本の科学者も参加し、以後、「日本パグウォッシュ会議」として核兵器廃絶・平和実現のために活動している。

21世紀で通用するような翻訳に
 日本パグウォッシュ会議は、今回の宣言新訳にあたって、次のような「新和訳主旨」を発表している。
 「『ラッセル・アインシュタイン宣言』は、戦争と核兵器の廃絶をヒューマニティの立場から訴え、世界の科学者の集うパグウォッシュ会議(1995年ノーベル平和賞受賞)発足の契機にもなりました。66年を経た現在においても核兵器は無くなっておらず、人類の生存を脅かすさまざまなリスクも現れている状況下、ラッセル・アインシュタイン宣言は新しい役割を果たすのではないか。このような考えの下、日本パグウォッシュ会議ではラッセル・アインシュタイン宣言を見直し、新たな和訳を公開することといたしました」
 同会議翻訳ワーキンググループの1人は「宣言見直しの狙いは、宣言をもっと読みやすくし、そして、21世紀で通用するような翻訳を、ということにあった」と語る。
 「新和訳主旨」にも「人類の生存を脅かすさまざまなリスクも現れている状況下」とあるように、世界はこのところ、核保有国の米露中による新たな核軍拡競争が始まっているところから、日本パグウォッシュ会議としては、世界は今こそ改めてラッセル・アインシュタイン宣言の精神に立ち戻るべきだと訴えたい、ということだろう。

紛争問題の解決のためには平和的な手段を
 ところで、ラッセル・アインシュタイン宣言を読んでいつも心引かれるのは、宣言の最後の部分である。いわば、宣言の核ともいえる部分で、宣言を発表した著名人11人の訴えがそこに集約されているように私は思ってきた。そうした思いは、新訳でも変わらない。で、新訳の最後の部分を紹介する。
 「私たちは、将来起こり得るいかなる世界戦争においても核兵器は必ず使用されるであろうという事実、そして、そのような兵器が人類の存続を脅かしているという事実に鑑み、世界の諸政府に対し、世界戦争によっては自分たちの目的を遂げることはできないと認識し、それを公に認めることを強く要請する。また、それゆえに私たちは、世界の諸政府に対し、彼らの間のあらゆる紛争問題の解決のために平和的な手段を見いだすことを強く要請する」

 ラッセル・アインシュタイン宣言の新訳は、ネットで「新和訳 ラッセル・アインシュタイン宣言」と検索すれば全文を読むことができる。

2021.05.17 「さざ波」転じて「大波」と化す
菅五輪丸の〝強行船出〟はコロナ禍の大波に吞みこまれるだろう
              
広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)

 内閣官房参与を務める高橋洋一・嘉悦大教授は5月9日、主要国の新規感染者数を比較するグラフを掲載した上で、「日本はこの程度の『さざ波』。これで五輪中止とかいうと笑笑」とツイッターに書き込んだ。「笑笑」という言葉は今まで見たことも聞いたこともないが、語感からして「大いに笑う」ということだろう。言い換えれば、「腹を抱える」「嘲笑する」ということだ。

 このツイッターが出る前日5月8日、つまり高橋参与の「さざ波」ツイートの判断基準になった新型コロナウイルスの1日新規感染者数は7241人、重症者数1131人、死者数86人、入院・療養者数6万4966人だった。それから4日後の5月12日現在、新規感染者数が7057人と横ばいになったにもかかわらず、重症者数1189人、死者数106人、入院・療養者数6万9255人とじりじり増え続けている。すでに感染者数累計は66万人を超え、死者数は1万1200人に達しているのである(NHK、以下同じ)。

 この事態を「この程度のさざ波」と感じる人物とはいったいどんな人間なのだろうか。私はこの話を聞いたとき、とっさに太平洋戦争の最大の失敗だったといわれる「インパール作戦」の悲劇を思い出した。日本の政治体制の本質が、この無謀な軍事作戦に象徴されていると考えるからだ。インパール作戦に関する文献や資料は数多いが、その中でも防衛大学校スタッフが中心となり、組織論研究者の野中郁次郎・一橋大学名誉教授が参加してまとめた、『失敗の本質~日本軍の組織論的研究~』(中公文庫1991年)は何度読み返しても尽きるところがない。

 インパール作戦は、太平洋戦争後期の1944年3月から7月までイギリス軍の拠点であるインド北東部の都市インパールを攻略するため、日本軍がおこなった無謀極まる軍事作戦である。日本軍はここを征服できれば敵の戦力を大幅に弱体化できると考えていた。しかし、兵站(物資補給など後方支援活動)を無視した精神論一点張りの強行作戦は、2000m級の険しい山岳地帯を転戦する過酷さに加え、食料不足による飢餓状態やマラリア・赤痢などの感染症の蔓延などにより、約10万人いた戦力のうち約3万人を戦闘で失い、戦病者約2万人、残存兵力5万人の大半が負傷者や病人が占めるという壊滅的な結果に終わった。『失敗の本質』はこう指摘する(要約)。
 「要するに、作戦計画が杜撰だった。その杜撰さを生んだ主な要因には、情報の貧困、敵戦力の過小評価、先入観の根強さ、学習の貧困ないし欠如であった。また、『必勝の信念』という非合理的心情も、積極性と攻撃を同一視しこれを過剰に強調することによって、杜撰な計画に対する疑念を抑圧した。そして、これは陸軍という組織に浸透したカルチュア(組織の文化)の一部でもあった」(「失敗の事例研究―インパール作戦」177頁)

 自民党政権の新型コロナウイルス対策は医学的な判断ではなく、時の政権の政治的思惑によって左右され、杜撰極まる対応を繰り返してきたことが特徴だ。第1波の際は、安倍政権が習近平中国国家主席の来日や東京五輪の開催を政治的に考慮し、水際対策が遅れたことが中国武漢からの観光客の大量入国となり、武漢株の感染拡大を招いた。その後、ヨーロッパからの帰国者や訪日客に対しても警戒を怠り、ヨーロッパ株による第2波の急拡大を許した。さらに第3波では、経済活動の抑制への配慮を優先してGoToキャンペーンを続け、専門家の指摘を無視したことが年明けの爆発的感染につながった。また今年1月から3月にかけての緊急事態宣言時は、延期した五輪の開催決定時期が迫って宣言解除に焦り、息つぐ間もなく第4派の爆発的感染に直面することになった。

 この状況は、インパール作戦の失敗原因をそのまま再現する事態の到来だと言わなければならない。これを現状に即して言い換えると次のようになる(パロディではない)。
 「要するに、政府の新型コロナウイルス対策が杜撰だった。その杜撰さを生んだ主な要因には、新型コロナウイルスに関する情報の貧困(世界の情報や先行事例に疎く関心が薄い)、ウイルス感染力の過小評価(専門家の意見に耳を傾けないで勝手に判断する)、先入観の根強さ(日本は別という根拠なき楽観論に依拠する)、学習の貧困ないし欠如(自民党議員・閣僚・首相に共通する著しい資質の劣化、それに基づく学問・知識への軽視など)であった。また、『必勝の信念』すなわち安倍前首相や菅首相が連呼してきた『新型コロナウイルスに打ち勝つ』という非合理的心情も、積極性と対策を同一視しこれを過剰に強調することによって、杜撰な計画に対する疑念を抑圧した。そして、これは自民党政権という組織に浸透したカルチュア(組織の文化)の一部でもあった」(「失敗の事例研究―安倍・菅政権の新型コロナウイルス対策」)

 高橋参与の「さざ波」ツイートを見て、一番激怒したのは大阪の医療従事者だ。私は大阪府立高校の出身なので、同級生には医者になった者が多い。すでに彼らのほとんどは引退しているか、後継者に職場を委ねているかのどちらかで、もう医療現場にはいない。それでも彼らから送られてくるメールを見ると、大阪の医療崩壊は「凄まじい」の一言に尽きる。彼らは患者のことはもとより、かっての後輩である医療従事者たちが過労のあまり「死んでしまわないか!」と心配しているほどなのである。

 大阪は「大阪維新」の本拠地だ。大阪市長も大阪府知事も大阪維新である。彼らの口癖である「府市連携」は、関西万博やカジノリゾートの誘致のような怪しげなプロジェクトではなく、今回のような新型コロナウイルス対策においてこそ発揮しなければならない。ところがどうだろう。大阪は日本の先頭に立って「医療崩壊」の道を突き進んでいるではないか。読売新聞5月8日は、「大阪、吉村知事3つの誤算」と題して大型解説記事を掲載している。以下はその要約である。
 
 ―大阪府は新型コロナウイルスの「第4波」で感染者数が高止まりし、患者が適切な医療を受けられない「医療崩壊」の危機に直面している。重症病床の使用率は100%を超え、救急車を呼んでも搬送先が見つからないケースも多発する。なぜこのような事態を招いたのか。府の医療行政を検証すると、三つの誤算が見えてきた。
  ―一つ目は、病床確保の見通しが甘かった。2度目の緊急事態宣言が2月末で解除されることが決まると、府は府内の医療機関にコロナ病床の縮小を要請し、重症病床を220床程度から3割減の150床程度まで減らした。しかし、すぐにコロナ病床に戻せるわけではない。スタッフの確保などで1~2週間はかかる。その後の感染急拡大に追い付かなくなった。
 ―二つ目は、想定を上回る変異ウイルスの広がりだ。大阪府では感染力が強いとされる「N501Y」変異の英国型が早くから拡大し、新規感染者数は人口が約1.5倍の東京都を超える状態が続く。重症者は第3波と比べて3倍のスピードで急増し、4月13日には実運用の重症病床(227床)を上回った。
 ―三つめは、新規感染者数を抑制する飲食店などへの対策強化も後手に回ったことだ。2度目の宣言が予定より1週間前倒しで解除されたのは、感染症対策と経済活動の両立を重視する吉村知事の強い意向だった。3月は社会の活動が活発になる年度替わりを控えた時期で、昨年も同時期に感染が拡大しており、より慎重さが必要だった。関西大学の高鳥毛敏雄教授(公衆衛生学)は「2月末の宣言解除は吉村知事の勇み足だった。『大阪は大丈夫』との誤ったメッセージが府民に伝わてしまった。こうした事態を招いたのは、知事の認識が甘かったためではないか」と指摘している。

 もう大阪維新も吉村知事も沢山だ―と友人たちは言う。テレビの前の宣伝口上ばかりでやるべき仕事は何もしていないとカンカンなのである。同じことは菅政権についても言えるのではないか。高橋参与の「さざ波」ツイートは決して「たわ言」でもなければ、形容不足でもない。菅政権の本音が彼の口を通して漏れただけの話なのである。口が滑るとつい本音が出るというのは、世の常というものだ。菅政権にとっては国民が何万人死んでも、それは「さざ波」程度しか響かないのだろう。彼の目の前にあるのは東京五輪の開催であり、それを通しての自らの政権維持への執念だけだ。

 だが、今朝5月13日の毎日新聞記事を見て驚いた。新型コロナウイルスの感染拡大で東京五輪の開催可否への関心が高まる中、自民党二階幹事長と東京都小池知事が5月11日に会談したというのである。自民党内では、7月の都議選を控えて「開催中止の相談をしたのでは?」との疑惑が広がっているという。都議選の直前に「五輪開催返上」をぶち上げて菅政権を窮地に陥れる。その隙に乗じて次期政権の搭乗切符を手に入れる――こんなシナリオが両氏の間で練られているというのだろうか。いずれにしても「政治は一寸先が闇」といわれ、二階・小池両氏は政界きっての「寝業師」らしいから、これからの政局には目を離せない。(つづく)


2021.05.15 「戦争特派員の墓場」―カンボジア戦争取材で
不明記者の妻が38年間の「捜索記」出版

金子敦郎(国際ジャーナリスト、元共同通信ワシントン支局長)

<著書紹介>
202105015金子原稿画像

『そして 待つことが 始まった―京都 横浜 カンボジア』
筆者: 石山 陽子
(養徳社刊、189頁、頒布価格1,500円)

 ジャーナリストの「権力の監視」には危険が伴うが、なかでも「戦争の監視」には命がかかってくる。カンボジア戦争は「戦争特派員の墓場」といわれ、5 年間で37人のジャーナリストが命を失った。その1人、石山幸基共同通信プノンペン支局長(当時)は1973年10 月、左派ゲリラ勢力クメール・ルージュの支配地域へ取材に入ったまま消息を絶った。石山記者と筆者・陽子夫人の結婚生活はわずか2 年余りだった。若い妻と幼い 2人の子どもを残してなぜ、そんな危険な取材を試みたのか。戦争特派員とは、そしてカンボジア戦争とは何なのか。それを追い求めた筆者の「長い旅」のルポと記録である。
 石山記者(30)は1973年10月プノンペン北、古都ウドン近くのクメール・ルージュ支配地域の村の人民委員会の招待を受けて取材に入ったまま戻らなかった。1 年半後の4 月クメール・ルージュが全土を制圧、 ひとつの戦争は終わった。だが、これは最高指導者ポル・ポトによる恐怖政治の始まりとなった。ポル・ポト政権は1979年1月ベトナムの支援を受けた親ベトナム勢力(現政権につながる)に主要都市部からは駆逐されて、西部ジャングルに立て籠る。米国と中国がこれを支援、親ベトナム勢力をソ連が支援、冷戦の代理戦争の長い内戦が始まった。

奇跡の出会い
 8年後の1981年夏、内戦激化の前の束の間の休息期に家族の陽子夫人、母親と兄を加えた共同通信調査団の現地調査が実現した。調査団は西部コンポンスプー州のポル・ポト派基地を訪問中に熱病(マラリアか)に倒れた石山記者を看病し、最後を看取った女性との奇跡的な出会いによって病死との確証を得た。しかし、内戦が続く中で石山記者の滞在地域や埋葬場所に近づくことはできなかった。

ジャングルの共同墓地
 それから7年後の2008年ようやく内戦がほぼ終息して現地調査を再開。翌2009年陽子夫人と長男、元共同通信の同僚らが、元ポル・ポト派ゲリラの案内でタイ国境に近いコンポンスプー州奥地のクチュオール山(表紙中央の山)ジャングルの埋葬場所に到達することができた。石山記者が消息を絶って以来38年目に入っていた。
 墓地確認を果たした翌2010年には、カンボジア戦争を取材した元戦争特派員ら数十人が米国、欧州、オーストラリアなどからプノンペンに集まり、取材先だった当時のカンボジア政府高官らも何人か亡命先から加わって再会、失った記者やカメラマンを追悼し、旧交を温めた。みんな歳は取ってもなお、意気盛んなジャーナリストたちだった。今も行方の分からない友人カメラマン2人の捜索を続けている者もいた。代理出席した陽子夫人を石山記者の顔なじみが取り囲んで石山記者の埋葬墓地を確認したことを喜び合い、カンボジア戦争取材の思い出話が行き交った。彼らの経験談を聞きながら、陽子夫人は彼らがそれぞれに「カンボジア戦争の記憶と痛みを引きずりながら今日まできた」と感じ取っている。
 カンボジア戦争は1970年 3月突然始まった。隣国ベトナムの戦争に巻き込まれまいとシアヌーク殿下(事実上の国王)は中立政策を掲げてきた。その殿下が外遊中に軍部右派ロン・ノル将軍が、米国の後押しでクーデターを起こして軍事政権を樹立、殿下を追放した。
 同時にベトナム派遣米軍は南ベトナム政府軍を率いて国境を越え、カンボジア領内に入り、ベトナム・ゲリラ掃討戦を開始した。これによってカンボジアではロン・ノル政権軍とクメール・ルージュとの内戦がはじまった。

ある「幕間」
 しかし、ロン・ノル政権にもクメール・ルージュにも、戦争の準備はなかった。隣国ベトナムから駆け付けたゲリラ戦争取材のプロ、国際報道陣にもカンボジア戦争の取材は勝手が違った。クメール・ルージュとは何者か。戦場はどこだ。ただ動き回る記者やカメラマンは銃撃にさらされ、捉えられるとすぐに処刑された。戦争勃発から9カ月の同年末までに26人の戦争特派員(記者、カメラマン、TVチーム・スタッフ)がこうして命を失った。
 米国はカンボジアに続いてラオスにも戦線を拡大、ベトナム・ゲリラが逃げ込む3 国国境地帯の「聖域」を破壊したとして、ベトナム戦争からの撤退のための秘密交渉を開始、米軍撤退に取り掛かった。1973年1 月には米国・南ベトナム政権と解放戦線・北ベトナムとの間でパリ和平協定が合意された。米国はベトナムから逃げ出すのに必要な一時的「戦闘抑制」つくりのために戦争を広げたのだ。このシナリオを描いたキッシンジャー米大統領補佐官は和平協定を「適当な幕間」と呼んでいた。

「愛された確信と誇り」
 石山記者はこの「幕間」の間にクメール・ルージュ支配の実相を取材にしようとしたのだ。他の犠牲者が戦闘に巻き込まれたり,拘束されて処刑されたりしたのと違って、石山記者はプノンペンへの帰還は許されなかったものの「客人」扱いされ、ある程度の取材も許されていうようだ。37人の犠牲者の中ではクメール・ルージュに殺害されなかった唯一のケースだった。筆者にとってこれは一つの救いではあった。
 しかし、この戦争は「カンボジア人のための戦争でもなく、カンボジアがよりより良くなるための戦争でもなかった」。不条理に満ちた戦争のために夫が逝ってしまったことに、筆者はやりきれない思いを抱いた。
 石山記者は手紙の中で、ここ(プノンペン)で西欧的すなわち植民地的スタイルにスポイルされて失敗した、やり直したいと夫人に訴えていた。その苦悩が危険な解放区取材へと駆り立てたのかもしれないと筆者は示唆している。
 心を揺さぶられる感動的な作品である。「本書を書き上げたのは、筆者の優れた表現力もさることながら、この「長い旅」を通して得た「私は1人の人に心から愛された」という「確信とほこり」だったと思った。
2021.05.14 バイデン政権下、ペルシャ湾に大きな変化(2)
サウジ皇太子、初めてイランに和解を呼びかけ

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

 サウジアラビアとイラン。厳しい対立を続けてきた、ペルシャ湾の2大国サウジアラビアとイランの関係に、画期的な変化が起き始めた。サウジアラビアがイランに対して初めて、和解と良好な関係を呼びかけたのだ。
 サウジアラビア政府の事実上の最高指導者、ムハンマド皇太子が、4月27日、初めて、国営TVのインタビューで、「サウジアラビアは、イランとの難しい関係を望んでいない」と明言、「イランは隣国であり、我々が望むのは、良好な関係にあることだ。」と続けた。
 「我々にとっての問題は、イランの核開発計画からこの地域の不法な武装勢力の支持に至る問題。そして弾道ミサイルの発射だ。我々は、これらの問題の解決を見出すため、この地域及び国際的パートナーと協力し、だれもが利益を得るよう努力している。」
 この発言は、数日前に、サウジアラビアとイランの当局者がイラクで。秘密の会合をした、という未確認情報や、サウジアラビアの当局者がイランを秘密訪問し、イラン当局と秘密会談をしている、という情報が、湾岸地域のアラブの国で流れたことを受けて、ムハンマド皇太子が国営TVでの確認発言となった。これらの情報について、サウジアラビア当局者は否定していたが、イラン当局者は確認も否定もせず、「対話は常に良いことだ」と発言していた。
 前回に書いたように、バイデン米新政権は、トランプ政権が18年5月に一方的に脱退した米、英、仏、ドイツ、ロシア、中国6か国のイラン核「合意」の完全復活に大きな努力を始めている。当初から核合意に協力し、IAEA(国際原子力機関・本部ウイーン)の「査察」受け入れてきたイランは、米国の脱退後、「査察」受け入れを事実上拒否し、「合意」で禁止されている、20%までのウラン濃縮を再開した。
 しかしイラン側は、4月以来すでに1か月になる、ウイーンでのゆっくりしたイラン「核合意」への完全復帰交渉で、容易には合意していない。
 今回のムハンマド皇太子の、初めての「良好な関係を望む」発言には、ウイーンでの交渉を応援する意図がみえる。
 トランプ前大統領が就任後初めて選んだ主要訪問国は、イスラム教スンニ派の大国サウジアラビアだった。ムハンマド皇太子が主役になったサウジアラビアは、巨額の兵器の輸入で歓迎した。以来サウジアラビアは、トランプが当初から示したイラン敵視に同調してきた。 
 イランは1978年の親米パーレビ王政を打倒したイラン革命以来、イスラム教シーア派の反米イスラム強国となった。革命の最中、反米派の学生たちが米大使館を約2年間占拠した。トランプの強固な反イラン姿勢は、このイラン革命への屈辱に根差していた。
 バイデン政権は、トランプ政権の反イラン姿勢から脱却していると、思うのだが。
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2021.05.13 STOP 改憲! 
 韓国通信NO668
        
小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)

 憲法制定から74年。憲法をめぐる動きが活発だ。
 平和主義、国民主権、基本的人権を定めたこの憲法のどこに問題があるのかさっぱりわからない。「新時代にふさわしい憲法を」という表現自体、陳腐でいかがわしい。犯罪常習者が自分の都合に合わせてルールを変えたいと言い出したのに似ている。
 アメリカの独立宣言(1776)の起草者トーマス・ジェファーソンは「権力を託さなければならない人々を制約的な憲法によって拘束するのは、信頼ではなく猜疑に由来する。それゆえ、人に対する信頼に耳を貸さず、憲法の鎖によって、非行を行わないように拘束する必要がある」(ケンタッキー州議会決議1798)と述べた。つまり、どんなに好ましい人間でも信頼するには値しない。だから疑ってかかれと。国会議員を始めとする公務員は必ず権力を濫用する。彼らは憲法にもとづき仕事をする主権者(国民)の公僕に過ぎない。わが国の憲法にも貫かれている立憲主義である。
 その召し使いたちが数を頼みに勝手に憲法を解釈した挙句、憲法まで変えようとしている。本末転倒というほかない。

 現憲法は戦争の反省に立って新しい日本が進むべき道として歓迎された。天皇主権から国民主権へ。平和と民主主義を基本とする憲法は水や空気のように当たり前のことになったが、戦争の反省も不十分な旧勢力が 息を吹き返し、憲法にいいがかりをつけ続けてきた。彼らは侵略から日本を守るために日米軍事同盟の強化をさかんに主張する一方で中國と北朝鮮の脅威を喧伝して改憲と軍事拡張に利用しようとしている。
 憲法が命じた使命をさぼり、公僕が都合のいい憲法を求めるとはクーデターみたいなもの。「変化が大きい時代だからこそ」と、3日付読売新聞の社説は、速やかな憲法改正の提案を立法府に求めた。時代の変化が大きいのは今に始まったことではない。へ理屈だ。

<私の憲法9条>
 私が小学5年生の時、教室で自衛隊が話題になった。出した結論は憲法違反だった。今どきの小学生も同じ結論を出すはず。憲法を読めば一目瞭然だからだ。私たちは半世紀にわたって自衛隊と憲法についてごまかしを続けてきた。憲法違反だから憲法を変えると言ったら子どもたちはびっくりするに違いない。それでいいのか。私たちは「正義」と「教育」について深刻な問題を抱えている。
 自衛隊のために改憲をすれば矛盾は解消されるように見えるが、その後の日本の姿は想像するに難くない。既に憲法違反の集団的自衛権の容認と安保法制によって戦争のできる準備はできている。改憲によってお墨付きを得た軍隊は、歯止めのかからない軍事予算を背景に堂々と世界に進出することになる。公然たるアメリカの傭兵化は目に見えている。
 最近「抑止力」という言葉を耳にすることがとても多くなった。敵に負けないために軍隊をいくら増やしてもきりがないのは小学生でもわかる。疑心暗鬼になれば、自衛のためには先制攻撃も必要となる。

 政府とメディアは軽々しく周辺国の脅威を語るが、戦争を甘く見てはいないか。一旦戦火を交えるなら全面戦争も覚悟しなければならない。近隣有事となれば沖縄どころか日本全土が戦場になる。こんなわかり切ったことを今さら書くのも話すのも情けない気がする。
 「二度と戦争はしてはいけない」。親や祖父母たち、教師たちが理屈ではなく経験から私たち子供に口癖のように語ったのを思い出す。戦争体験のない私たちは、聞かされた悲惨な戦争に対する思いを「体験」として次の世代に伝えていかなければならない。他国の脅威と憎悪を煽ることで戦争を正当化した歴史を学んだ私たちは政治家を信用しない。他国と仲良くするためには武器は持たないほうがいい。「ケンカハ ツマラナイカラ ヤメロ」。宮沢賢治が今ほど心に響く時はない。

<コロナと憲法>
 コロナ感染が止まらない。感染者は60万人、死者は1万人を越した。患者は溢れ治療もできない。戦時の野戦病院を思わせる。経済も科学技術も文化もスポーツも「一流」と思っていた先進国として考えられない事態だ。医療体制の不備を棚に上げて「自粛」と手洗いとマスク着用を求める政府。緊急事態宣言を出したり引っ込めたり、「マッチポンプ」のような政府の姿勢に不信と怒りが渦巻いている。オリンピック実施か中止かを巡り泥沼化。原子力緊急事態宣言とウイルス感染症緊急事態宣言のなかを走る聖火リレー。まるで悪夢を見ているようだ。

 国民の生命の尊重(13条、25条)義務をさぼる一方、憲法に「緊急事態条項」を加え国に国家緊急権を与える動きがある。不安のさなかのデジタル化とともに「火事場ドロボー」みたいなもの。国民は管理されるために存在しているのではない。ワクチンに期待を持たせたあげく、入手もままならず、接種率1%という現実は、政府の怠慢の動かぬ証拠だ。現行憲法が「不都合」などと政府に言わせてはならない。公僕にまず憲法を守らせることだ。

 5月2日  「憲法を考える市民の集い市民の集い」(我孫子市)主催の講演会に参加。水島朝穂氏の講演から刺激と元気をもらった。国の主人公は国民。憲法は国民が守るものではなく、権力者に守らせるもの。
 5月3日  我孫子駅前で3人の仲間とスタンディング。掲げたプラカードは「放射能汚染水で海を汚すな」「9条壊すな」「終わっていない福島原発事故」「安保法制反対」
2021.05.12 日本山妙法寺、世界平和のためのさらなる精進を誓う

藤井日達山主の37回忌法要で

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 世界各地で平和運動を展開していることで知られる日本山妙法寺(事務局=東京・渋谷)の藤井日達山主の37回忌法要が4月29日、千葉県鴨川市の同寺清澄山道場で行われた。「恩師行勝院日達聖人第三十七回忌追考報恩大法要」と題された法要には、豪雨が降り注ぐ中、同寺の僧侶、信徒をはじめ日蓮宗関係者、スリランカ、インドの両駐日大使館代表ら約120人が参列したが、参会者は口々に山主の業績をたたえ、「いまださまざまな世界の騒乱おさまらざれば、世界の人びとと共に、どこまでも不殺生・非暴力を掲げて、世界平和のために努力してまいりましょう」と誓い合った。
藤井日達法要5
「千葉県鴨川市の清澄山で開かれた日本山妙法寺・藤井日達山主の37回忌法要」


世界各地で平和運動を推進
 第2次世界大戦後が終わってまもなく76年になるが、この間、日本をはじめ世界各地で「反戦平和」「核兵器廃絶」を掲げる運動があるところでは、黄色の僧衣をまとって「南無妙法蓮華経」と唱えながら、うちわ太鼓をうち鳴らす僧侶の集団があった。日本山妙法寺の僧侶だ。
 この僧侶たちが参加した運動は、日本国内に限ってみても、東京・立川の米軍飛行場拡張反対、原水爆禁止、日米安保条約改定阻止、ベトナム反戦、沖縄返還、成田空港建設反対、イラク戦争反対……と数え切れない。最近では、平和行進、護憲運動、安保法制反対運動、脱原発運動などの現場で僧侶たちの姿を必ずみかける。
 もちろん、その活動は地球全域に及び、今でも、戦火が絶えないところ、紛争が続くところには、必ずといってよいほど日本山妙法寺の僧侶の姿がある。

 藤井日達山主は、その日本山妙法寺の開創者。1918年(大正7年)に日蓮宗の一宗派として最初の日本山妙法寺を中国・遼陽に開創。1924年(大正13年)には静岡県内に日本国内最初の妙法寺を建立、以後、日本と世界の各地に同様の寺を建立して布教を続けた。
 日達山主はその生涯を通じて膨大な法話を残しているが、その中で一貫して説いたのは、釈尊の教えの核心は「不殺生戒(ふせっしょうかい)」にあるという点だ。一言で要約すれば、「人を殺すな」ということだという。
 最大の殺生は人が人を殺す戦争である。そこから、日達山主は絶えず「世界平和」「核兵器廃絶」「軍備全廃」を訴え続けた。しかも、「絶えず行動を起こせ」と説き、自ら平和運動の先頭に立った。老齢で歩行が困難になると、車イスで平和行進の先頭を歩んだ。

 世界各国の平和団体、宗教団体、先住民団体との交流・連帯にも力を注いだ。
 1982年6月にはニューヨークの国連本部で国連主催の第2回国連軍縮特別総会が開かれたが、日達山主は、この総会に向けた、米国大陸を横断する平和行進「その時が来た」を提唱、日本山の僧や信徒が西海岸からニューヨークまで歩いた。車イスの山主はニューヨークで行進団を出迎え、さらにニューヨークのセントラルパークで開かれた国際NGO主催の100万人反核集会に参加し、演壇から核兵器廃絶を訴えた。この時、山主は96歳。

 日本山妙法寺の運動は「非暴力」を基本としているが、それは、徹底的な非暴力運動でインドを英国からの独立に導いたマハトマ・ガンジーから学んだ。日達山主は1933年にインドでガンジーと会見しており、山主自身、その著書『仏教と平和』の中で「ガンジーの非暴力に学んだ」と語っている。
 また、共通の目的を持つすべての人びとが手を取り合うことの大切さを説き続け、平和運動の大同団結のために奔走した。日本国内では、分裂していた原水爆禁止運動の統一のために尽力した。

 37回忌法要には、海外の宗教・平和運動関係者からメッセージが寄せられたが、山主と親交のあった英国のブルース・ケントCND(核軍縮運動)副会長は、メッセージの中でこう述べていた。「日達聖人がロンドンにいらした際、私はそのお言葉と生き方に感銘を受けました。ここロンドンとミルトンキーンズの仏舎利塔にとても良い種をまかれました。その後も日本山妙法寺の皆様が、常に世界の平和運動に素晴らしい貢献をされています。日本山妙法寺の皆様は、国際赤十字が1945年に次のように述べたことを体現されています。『戦争がこれほどまでに破壊的かつ徹底的な性質を帯びてきた以上、あらゆる思考、あらゆる努力が、何よりも戦争を不可能にすることを目的としなければならない』」

 日本政府は核兵器禁止条約に参加せよ
 法要では、今井行康・日本山妙法寺大僧伽首座代務者の「導師法話」があった。
 今井首座代務者はその中で、次のように述べた。
 
 「日本政府は唯一の戦争被爆国として核廃絶でも世界をリードしていると必死で印象づけようとしてきましたが、その内容は、一言で言えば、ゆくゆくは廃絶だが今はその時でない、むしろ核の抑止力は国際安全保障上必要というものです。廃絶に重心があるのでなく、必要とする主張をしてきました。核の先制攻撃も否定しない。“核の傘論”に立って、日本政府は相変わらず核抑止論に依存する姿勢をとり続けています」
 「核兵器は悪魔の兵器です。いかなる理由、いかなる場合でも『ヒロシマ・ナガサキ』を繰り返してはなりません」
「今日、世界的な貧困率が上昇する一方で、世界では2兆ドルが新たに核兵器開発を含む軍事に費やされています。私たちは、軍事力による国家安全保障から国民1人ひとりの命と安全、そして尊厳を最優先する政策への転換を強く求めます」
 「本年1月22日、ついに核兵器禁止条約が発効しました。唯一の戦争被爆国である日本政府の責任は重大です。日本政府が速やかに核兵器禁止条約に参加するとともに核兵器のない世界をめざす世界的流れの先頭に立つことを求めます」
 「また、アジアと世界の平和を求める流れに逆行する沖縄・辺野古の米軍基地建設や憲法違反の敵基地攻撃を想定するなど、日米軍事同盟のもとで日本を『戦争する国』にする動きに反対する運動を続けてまいります」

2021.05.11 EU内で瀬戸際外交政策を展開するハンガリー・オルバン政権 (2)

中国ワクチンをめぐる攻防強調文
            
盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

 中国から輸入した人工呼吸器の性能が問題になっている。多くの病院では人工呼吸器につながれた患者の9割が死亡していると囁かれていた。しかし、政府は一切、これにかんする情報を公開していない。
 ところが、4月26日、セーケシュフェヒールヴァール県の病院長(ブチ・ラースロー)が自らの病院のデータを公開した。それによれば、100名の人工呼吸器患者のうち、84名が死亡しているという。さらに、病院長はほかの病院では死亡率が90-95%になっているところもあると述べている。政府から具体的な数値を公表しないようにという要請があったようだが、それを排して、具体的な数値が公表された。
 国営テレビは、「野党の左翼はワクチン接種を妨害するキャンペーンを張っている。無責任な言動に迷わされないように」と連日報道している。「偽情報を暴き出す」というコーナーでは、野党=左翼の無責任言動を過去に遡って攻撃している。政権に都合の悪いニュースや情報はすべてフェイクニュースで、野党=左翼はワクチンを政治的に利用していると盛んに報道している。
 野党が問題にしているのは、EUの承認を受けていないワクチン接種である。ただ、EUへのワクチン納入が遅れに遅れ、ハンガリーのみならず、オーストリアでもドイツでも、ロシア製ワクチンの輸入が検討されている。ハンガリーは早くから、ロシア製と並んで、中国製ワクチンの輸入を推進してきた。表向きの理由は理解できるが、中国製ワクチン輸入は政治資金や政治家の資産を蓄えるチャンスだから、オルバン政権はEU指導部のワクチン計画を批判することで、中国製ワクチン輸入に道を付けたのである。
 中南米での中国製ワクチンの有効性が低いことが問題になっており、つい先日も、中国疾病対策予防センター(CCDC)所長の高福氏が、有効性の低さを認めたところである。ところが、ハンガリーではこのようなニュースは一切報道されない。このようなニュースが流れ、政府批判が強まるのを恐れて、政府は先週末、「ワクチン有効性比較表」を発表した。この表はハンガリーにおけるそれぞれのワクチン接種者の感染率と死亡率を比較したものだが、接種対象者、接種時期、接種母数を明記することなく、ファイザー製の効率が一番悪く、ロシア製の効率が一番良いという結果を出した。中国製はモデルナやファイザーよりも効率が良いという結果が提示された。何とも非科学的な比較表である。世界の経験とは大きく乖離する「ロシア・中国ヨイショ」のデータである。政治的な歪曲されたデータ操作である。
 これにたいして、mRDA開発者のカリコー・カタリンや感染医学研究者が即座に政府データ批判を展開したが、国営テレビはそのような批判を報道することはない。しかし、国営テレビしか見ない多くの地方の住民は政府を信じるしかない。翌週から中国製ワクチンに大量接種が始まったのは偶然ではない。中国製ワクチンへの警戒感を沈め、在庫を処理しなければならないからである。中国製ワクチン接種は登録すれば、すぐに接種可能というキャンペーンが張られている。
 ハンガリーではファイザー製とモデルナ製のワクチンは65歳以上の人々に接種された。安全性を考慮してのことである。とくに老人ホームなど、集団感染が起きた施設や起きそうな施設では、ファイザー製が接種された。そのために、接種効果がなかった事例が多数あったことは自然である。現在のところ、ハンガリーのコロナ死亡者は累積でおよそ28,000人だが、そのほとんどが75歳以上の基礎疾患を持った人々である。中国製ワクチンは基礎疾患を持った高齢者には接種されていない。また、妊婦にはやはりファイザー製とモデルナ製が使用され、中国製は使用されていない。不活性ウィルスの影響を推し量ることができないからである。接種の対象者が異なるので、単純な数値比較には意味がない。ブラジルやチリのように、無差別に大量に中国製ワクチンが接種されているところでこそ、真の効率性が算定できる。
 もっとも、国民もそれほど無知ではなく、政府が4月30日の1日だけ、16-18歳の若者にファイザー製のワクチン接種ができると公表した途端、大量の予約が殺到して受付サーヴァーが故障し、接種会場には若者の長蛇の列ができて大混乱になった。中国製ワクチンは地区のクリニックでいつでも接種を受けられる状態が続いている。
 このように、政府は政治的キャンペーンと実際の運用を分けている。しかし、一般国民は政府の思惑など知る由もない。まして、その背後に、巨額のお金が動いているなど誰が知ろうか。

復旦大学(上海)キャンパス開校
 昨年暮れ、ハンガリー政府は中国政府と復旦大学キャンパスをブダペストに開くことで、国家間協定を締結した。その全容は公表されていないが、反政府メディアが入手した情報によれば、以下のようなスキームになっている。
 1. 2024年に開校される大学は、Fudan Hungary Universityと呼称される。
 2. 学生数5~6000名、教員数500名を想定。
 3. キャンパス規模は52万㎡。建設予定地はブダペスト9区の大学街予定地。
 4. 建設は中国国営企業が行い、中国人労働者と中国の資材を可能な限り使用。建設に当たって、ハンガリー政府は特別法を制 定して公開入札を排し、中国建築(China State Construction Engineering Corporation, CSCEC)を指名。
 5. 建設費、敷地はハンガリー政府が提供し、大学運営費は中国政府が負担する。建設費はおよそ15億ユーロと見込まれ、ハンガリー政府は中国開発銀行から融資を受ける。周辺環境整備を含めると、この予算枠では収まらないと考えられる。
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ハンガリーの週刊経済誌HVG4月22日号
復旦大学ハンガリーキャンパスを推進する政治家
(オルバン首相、パルコヴィッチ技術革新大臣、スィーヤルトー外務大臣)

 いずれにしても、中国はEU内に大学を保持することになり、欧州への中国の橋頭保を構築することになる。学生や教職員の個人情報はすべて、中国政府に掌握されると考えて間違いない。中国が得るものにたいし、ハンガリーが得るものは何だろう。大学の誘致によって、ハンガリーの企業の研究開発力が高まるだろうか。それはないだろう。大方、この大学に入学するのはアフリカやアジアの留学生が中心で、その彼らは当該国へ戻り、中国企業の先導役になるだろう。また、欧州内で拠点を構えることにより、欧州の大学・研究機関へのアクセスが容易になるだろう。ハンガリーにとってブダペスト-ベオグラード鉄道建設のメリットが見えない状況のなかで、ハンガリーが建設費を負担して開校する復旦大学のメリットは見えない。確実に言えることは、欧州には中国への警戒感が高いから、EU内におけるハンガリーの立場は微妙なものになるだろう。
 4月末、ブダペスト市長カラチョニィは、政府に対して、大学構想の全容を公開するように要求しているが、政府は45日間の猶予を要請している。ブダペスト市長は政府が情報を公開しない限り、一切の協力はできないと主張している。また、建設予定地のブダペスト9区の区長は、政府がこのプロジェクトを強行する場合、区の住民投票を行うと宣言している。
 総選挙を来年に控えるハンガリーでは、今後、復旦大学キャンパス問題が大きな政治的争点になるだろう。中国一辺倒に陥っているFIDESZ政権と野党の攻防は、今後激しくなると予想される。
2021.05.10 EU内で瀬戸際外交政策を展開するハンガリー・オルバン政権 (1)
           
盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

 報道によれば、オルバン首相は中国習近平国家主席と電話会談を行い、習主席からの中国への招聘を受けたとされている。電話会談を通して、シノファーム製のワクチン輸入がさらに加速されることになった。
 中国からの借入と中国企業との共同で施行されるブダペスト-ベオグラード鉄道再建工事、マスク・人工呼吸器・ワクチンの輸入だけでなく、復旦大学(上海)キャンパス開校の国家協定を締結したハンガリーは、ますます中国への依存を高めている。中国にとって、EU内に大学キャンパスを開校できる、願ってもないチャンスが生まれた。セルビアとともに、欧州における中国の橋頭堡を提供してくれるオルバン首相は国を挙げて歓迎しなければならない政治家なのだ。

瀬戸際外交の出発点
 2015年の難民・移民流入問題発生以後、オルバン政権は東の大国へ擦り寄る姿勢を見せて、EUの大国を牽制してきた。中東欧の小国ハンガリーにとって、政策の正当性を訴える方法は限られている。2015年の膨大な難民・移民の流入に際して、EU大国の無条件受入れに徹底的に対抗して、難民・移民の強制割当を排除してきた。しかし、難民・移民受入れの圧力は依然として高い。それがトランプ大統領、エルドガン大統領、プーチン大統領等の専制的政治家を積極的に支持する外交政策を生み出した。「ハンガリーの意思を無視すれば、東の大国に頼る」という姿勢を見せることで、EU大国の圧力を交わす意味があった。
 しかし、いったん東の大国へ寄り添ってしまうと、中途半端で終わらせることができない。ロシア制裁に反対意見を述べ、中国の香港国家保安維持法やウィグル族抑圧を非難するEU声明に賛同せず、トルコのクルド民族への攻撃を支持する姿勢は、EUの理念と乖離していく。欧州議会の人民党グループの政党から、ハンガリーはEUから離脱すべきだという声を聞かれる。人民党グループで資格停止処分を受けていた政権党FIDESZ(フィデス=ハンガリー市民同盟)はこの4月、人民党グループから離脱して、右派政党が集まるグループに所属することになった。ただ、FIDESZ幹部はフランスのルペン勢力とは協調しないという。ハンガリーがEU懐疑論に取り込まれたくないからだという。EUから受ける特典だけは手離したくないということである。
 しかし、ハンガリーはEUの理念と東方政策とのバランスをとる難しい局面に立っている。

東方政策は実利を伴う
 ロシアや中国のような発展途上国との取引は巨額の裏金を作るチャンスを与えてくれる。シノファームとのワクチン購入契約(560億Ft=フォリント、およそ200億円)は、急造した商社(実際の所有者が不明)を通して行われた。その商社からハンガリー政府が買い上げるワクチン価格は西側のワクチンの2倍に設定された。中国が発展途上国へ輸出しているワクチンは西側のワクチンより低く価格設定されている。明らかに、仲介会社を経由した国家資金の詐取である。FIDESZは政権交代に備えて、各種の財団を設立して資金を貯め込んでいるが、そうした資金の創出だと考えられなくもない。あるいは、このスキームを考案した政治家と実業家が、利益を分け合っているとも考えられる。
 人工呼吸器の輸入でも、ほぼ同額のお金が動いている。実際の輸入情報は公開されていないが、1万台近くが倉庫に眠っており、倉庫の賃料が月額9000万Ftになるという週刊誌情報が流れている。このビジネスもきわめて不透明である。ワクチンと同様に、人工呼吸器輸入事業も国家資金詐取の道具にされている。
 実は、2013年にハンガリー政府が始めた「定住権付き国債」発行が、中国ビジネスの出発点である。このスキームは世界向けだと公表されたが、実際には9割方ロシアと中国の富裕層を相手にしたビジネスで、中国向けとロシア向けの仲介会社(タックスヘイブン地に登記)が大儲けした。この取引で発生した仲介利益は700億Ft~1200億Ft(およそ300億から500億円)に上るとされるが、この儲けがどこへ流されたのか不明である。もちろん、このようなお金はハンガリーではなく、タックスヘイブン地の銀行口座に振り込まれているはずである。
 これを発案したのはロガーン(現大臣官房長官)で、各種の黒いうわさが流れる中、羽振りの良い彼の生活はこうした裏金支えられている。巨額の富を稼いだロガーンは2人目の夫人に財産分与して、ミスコンテストに出場したこともある若い女性を3度目の結婚相手に選んだ。前妻や現在の妻の財産形成をめぐって、野党政治家が欧州不正監視局(OLAF)に告発している。
 ブダペスト-ベオグラード鉄道建設を一手に引き受けたハンガリー企業は、すべてメーサーロシュ企業集団に属する会社である。オルバン首相と同郷で、一介のガス配管工からハンガリーの億万長者番付トップに躍り出たメーサーロシュは、次から次へと公共事業と補助金を受け、数年間で長者番付トップになった人物である。彼はプライベートジェットを所有しており、FIDESZ政権幹部たちが共同で利用している。オルバン首相がワールドカップ観戦に出かけた時も、このジェットを使っている。最近、メーサーロシュは離婚し、TV司会者(Varkonyi Andrea・掲載写真)と交際していると報道されたが、プライベートジェットでドバイからブダペストの空港へ降り立ったところを写真撮影されている。
 メーサ―ロシュと同様に、公共事業で焼け太りしたスィリ・ラースローはモナコに豪華ヨットを保有しており、昨夏にスィーヤルトー外務大臣の家族がそのヨットで地中海クルーズを楽しんでいたことが報道された。当時、スィーヤルトー外務大臣はこの事実が漏れないように、ヨット滞在中の期間に、執務室で仕事をしている写真を添えたSNSを発信していた。なんとも姑息なことである。ハンガリーからモナコまでどのように移動したのか気になるが、まさか鉄道を使ってモナコまで行ったとは考えられない。共同使用のプライベートジェットを使ったのだろう。
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ハンガリーの週刊経済誌HVGの最新号(4月29日号)
ガス配管工から億万長者になったメーサ―ロシュとヴァルコーニィ・アンドレアのドゥバイ婚前旅行

 そういえば、オルバン首相と懇意になり、映画制作の政府委員を任命されたかつてのハリウッドのプロデューサーであるヴァイナ・アンドラーシュは映画を制作しただけでなく、カジノを所有し、ニューヨーク・NOBUレストランのハンガリー店を所有していた。2015年にヴァイナ・アンドラーシュと結婚したハンガリー人モデル嬢ヴァイナ・ティメアは、アンドラーシュが2019年に死去したために、巨額の遺産を相続することになった。その後、彼女はSNSで、飼い猫の治療のために、プライベートジェットでニューヨークに行ってきたことを報告している。彼らは皆同じ仲間である。
 オルバン首相の女婿(長女の夫)ティボルツ・イシュトヴァーンがEU補助金を使った事業を一手に引き受けて一躍巨額の富を稼いだが、欧州不正監視局から詐欺犯罪を指摘され、オルバン首相が慌てて補助金申請を引き下げ、ハンガリーの国家予算から女婿の事業収益が補填された。公共放送では一切報道されないこのニュースは、ELIOS事件としてよく知られている。ティボルツはこの種の補助金事業で稼いだお金で、ハンガリー各地の古い館やお城を買い漁っている。つい最近、彼が所有するキャッスル(古城)ホテルが営業していることが暴露された。1本60万円のシャンパンや高級ワインが用意されているという野党政治家の直撃レポートがネットに公開された。営業自粛期間にもかかわらずホテルを営業していると警察に通報され^たが、宿泊客はすべてビジネス客だから、違反はないということで一件落着した。このホテルでは主としてロシアの富豪を受け入れているようだ。事前に、「ビジネスのための宿泊」という既定の用紙を提出することで、アリバイを作っているという。古城ホテルに仕事で宿泊するビジネスマンなどいない。このロシアの富豪たちは、やはり「定住権付国債」販売のルートからコネをつけたものだろう。
 政権政党の一部政治家や、政治家とつるんだ一部実業家の強欲と贅沢三昧生活は社会党政権時代の政治家の生活をはるかに超えるものである。社会党政権の腐敗を批判して政権を奪ったFIDESZだが、「権力は腐敗する」という法則の貫徹から逃れることはできなかった。権力とお金が人を変えてしまう。何ともため息がでることだ。
2021.05.08 バイデン米政権下、ペルシャ湾に大きな変化(1)

イラン核合意の復活へ。サウジは初めてイランに和解をよびかけ

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

 バイデン米大統領の政権発足から3か月半。トランプ前政権下の米国とイスラエルがイランを敵視して、危なさが拡まっていた世界の石油の宝庫ペルシャ湾に、はやくも緊張緩和の兆しが見えてきた。4月上旬、春を待っていたかのように、バイデン政権は、トランプ政権が敵視してきたイランとの3年ぶりの和解交渉を、国際原子力機関(IAEA)本部があるウイーンで開始した。双方の代表はオバマ政権でイランとの核合意にかかわったマレーイラン担当特使、イランはアラグチ外務次官。以後、英国、フランス、ドイツ、ロシア、中国とIAEA本部の代表も必要に応じて加わり、トランプ政権が脱退し、イラン制裁を復活したため、弱体化した「イラン核合意」の復活を目指している。

 米国を含め6か国とイランは、2015年7月、イランの核開発の平和利用と国際協力を定めた「合意」文書に調印、10月に発効。国際原子力機関(IAEA)は16年1月、イランがウラン濃縮の停止をはじめ「合意」の実行をしていること確認。以後もIAEAは査察で、これを同様に確認してきた。
 ところが、トランプ前政権は2018年5月、このイランとの合意から一方的に離脱。以後、イランに対する制裁を原油、金融、海運、自動車部門での禁輸はじめ1,500件以上の禁輸で、イランを苦しめてきた。日本の場合、原油輸入国の順位では、イランは、2016年度4位、17年度は6位、19年は9位と低下している。
 イランはトランプ政権下の米国の制裁に抵抗して、2015年7月の米国を含めた「合意」事項に逸脱するとしながら、低濃縮ウラン貯蔵量上限300キロの制限を遵守しないと発表。さらに、「合意」で認められているウラン濃縮度上限3.67%をこえて約4.5%にしたと表明。9月には核関連研究開発の制限を全廃、新遠心分離機の稼働を発表。20年1月には中部ファルドの地下研究施設でのウラン濃縮を進めると発表した。
 さらに21年1月4日、イラン原子力庁は、ファルドの施設でウラン濃縮度を20%に引き上げたことを明らかにした。6か国「合意」の制限を大きくオーバーしている。同庁によると、同月中に濃縮度20%ウランの貯蔵量は50キロに達している。
 核弾頭として使用するためには、最低90%以上の濃縮度が必要だが、20%から90%台に濃縮度を上げるのは、容易だとする専門家も少なくない。
 イランは最近まで、IAEAの予告なし査察を受け入れてきたが、最近になって、予告なし査察を拒否すると通告。トランプ政権以来の米国の制裁が5月末までに解除されなければ、IAEAが設置した監視カメラの録画映像を削除すると通告したという。
 イランとしては、2015年の「合意」の完全復活を求めているが、米国の新政権を信頼しきれず、いわば交渉戦術で、前記のような「合意」に反する行動をやって見せているのではないか。
 主にウイーンで行われている、IAEA・6か国とイランの交渉が妥結して、「核合意」が復活すれば、ペルシャ湾とホルムズ海峡の緊張緩和に、大いに役立つに違いない。