2020.04.08 総選挙は間近か、緊急事態宣言と緊急経済対策の打ち出しで都知事選同時選挙の可能性高まる

広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

 安倍首相は4月6日、新型コロナウイルス対応の特別措置法に基づく緊急事態宣言を7日にも東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県に出す意向を明らかにした。期間は5月6日までの1カ月、7日に正式に決定する。特措法に基づく緊急事態宣言は今回が初めてで、感染拡大防止に必要な措置を実際に講じるのは対象区域の都道府県知事だ。住民への不要不急の外出の自粛要請や、学校や劇場、百貨店、体育館といった施設の使用停止、イベントの開催制限の要請・指示など私権の制限を伴う措置がとれる。

 「都市封鎖を行うことはない、する必要もない」と安倍首相が度々言明しているように、今回の緊急事態宣言が罰則を設けて外出制限などを行う海外の「ロックダウン」(都市封鎖)と異なるのであれば、首相はなぜ緊急事態宣言の発令にこだわるのか。公共交通機関の運行や食料品店の営業などの経済社会活動は可能な限り維持するというのだから、小池都知事や吉村府知事が外出自粛要請していることで十分ではないか。

 安倍首相はまた同日6日、新型コロナの感染拡大に伴う緊急経済対策の民間支出も含めた事業規模を総額108兆円にすると表明した。家計や中小企業などに総額約6兆円の現金給付を行うほか、法人税や社会保険料約26兆円の支払いを猶予するという。今年2~6月のいずれかの月に世帯主の収入が半分以下に減り、年収に換算した場合に住民税が非課税となる水準の2倍以下であれば30万円を給付することも強調した。今回の緊急経済対策の規模はGDPの約2割に当たり、これまで最大だったリーマン・ショック時の約56兆8千億円の2倍近い規模となる。政府は7日2020年度補正予算案とともに閣議決定する。

 私は安倍首相のこれらの発表を聞いて、総選挙が間近いことを直感した。緊急事態宣言発令で国民の心理を極度に委縮させて政府への依存心を高め、緊急経済対策でそれ相応の救済策を打ち出して利益供与の機会をつくるのだから、これほど大掛かりな総選挙の仕掛けはない。コロナ危機を最大限活用したショック・ドクトリン政策がいままさに展開されようとしているのである。

 加えて、共産党の小池書記局長が4月6日の記者会見で批判したように、与党が新型コロナウイルス感染拡大を受け、緊急事態下の国会の在り方を議論する衆院憲法審査会開催を提案したことも気にかかる。自民党は4月3日、2020年度予算の成立を受け、今国会初の憲法審を9日に開催するよう野党側に提案したのである(共同通信4月6日)。自民党は憲法改正案4項目で「緊急事態条項」の新設を掲げており、今回の緊急事態宣言を「前ならし」にして憲法改正の道筋を付けようとしているのだろう。

 小池都知事が再選を狙う東京都知事選挙は7月5日(日)が投開票日だ。小池氏が安倍首相と同種の人物であることはこれまでもよく知られている。小池氏が政府に緊急事態宣言発令を懇請し、安倍首相がそれに応えたことは、両者の思惑が一致していることを示している。小池都知事も安倍首相も緊急事態下の選挙が自分にとって最も有利であることを熟知しており、またそれだからこそ緊急事態宣言の発令にこだわったのである。

 アメリカ大統領の民主党予備選でも明らかなように、新型コロナウイルスの感染拡大につれて、サンダース候補の選挙運動がみるみるうちに失速した。若者たちの熱烈な運動に支えられて有権者に直接訴えかけるサンダース氏の選挙戦術は、自由な選挙集会や街頭演説が強力な武器であることは言うまでもない。新型コロナの感染拡大で選挙集会や街頭演説が封じられると、権力を持たない野党陣営は手足をもがれたのも同然の状態になる。最近「れいわ」の影が薄くなったと言われるのも、山本代表の街頭演説ができなくなったからだと聞いている。

 新型コロナウイルスの感染拡大は簡単に収まらない。人口も経済も東京一極集中している日本では、新型コロナも東京一極集中する可能性が高い。政府の緊急事態宣言は当面1カ月だというが、感染拡大が収まらなければ2カ月、3ヶ月と延長されることは否定できない。この間、選挙運動らしい運動ができなければ、現職が圧倒的に有利となり、野党候補は戦う術もなく出番を失うことにもなりかねない。

 このことは総選挙でも同じことだ。立憲民主党の枝野代表や国民民主党の玉木代表は、政府の緊急事態宣言の発令が遅すぎると批判しているようだが、発令後の事態がどのように展開するかについてはまったく予想していない。東京五輪開催が予定通り行われると観測されていた時期には、東京五輪後に総選挙があることも考えて野党間の話し合いも進めていたというが、最近ではそんな話も聞かなくなった。東京五輪延期のあおりを食って、総選挙も先延ばしになったと考えているのだろうが、それは大間違いだ。

 私は東京都知事選が行われる7月5日に総選挙も同時に行われると予想している。理由は、緊急事態宣言状態が続く中での都知事選と総選挙の同時選挙が圧倒的に与党有利だと安倍首相も小池都知事も考えているからだ。都議会と東京選挙区で自民党が圧勝すれば、憲法改正への道も開ける。安倍首相は次の総選挙の公約に憲法への「緊急事態条項」の導入を掲げるだろう。緊急事態宣言で委縮した国民心理がこの状況にどれだけ抵抗できるか、国民投票で果たして反対できるか、それを確信できる根拠が薄らいできているのである。

 新型コロナ対応を巡っては、野党は政府・与党と「連絡協議会」で意見交換を重ねてきた。それを野党が政権担当能力を示したとして評価する向きもあるが、こんな考え方は余りにも甘すぎると言わなければならない。野党にとっての緊急事態宣言の発令容認は、自らの存在を埋没させ、次の総選挙での安倍政権圧勝への贈り物になるかもしれない。野党はもう一度原点に返って情勢を見直してほしい。

2020.04.07 今問い直す ビキニの核被災
 「労災と認定を」元船員ら、高知で提訴

田中洋一 (ジャーナリスト)

 66年前に米国がミクロネシアのビキニ環礁一帯で行った水爆実験により死の灰を浴びたマグロ漁船や貨物船の元乗組員と遺族が3月30日、高知地裁に提訴した。被災を労働災害と認めて船員保険の適用を求めることにより、人としての尊厳を取り戻す闘いだ。

 第2次世界大戦後、米国はマーシャル諸島のビキニ環礁一帯を信託統治領とし、1946年に原爆実験をした。54年にさらに強力な水爆実験を行なう。3月1日の実験名ブラボーから5月14日のネクターまで計6回繰り返す。死の灰は、現在のマーシャル諸島共和国の島々や広い海域に降り注ぐ。そこに日本の遠洋マグロ漁船や貨物船が航行していた。マーシャル諸島での核実験は58年まで続く。
  
 ブラボーの爆心地から東に160km離れていた静岡県のマグロ漁船、第五福竜丸の冷凍士兼甲板員の大石又七さん(86)は振り返る。引用は岡村啓佐さんの写真集『NO NUKES ビキニの海は忘れない』(自費出版、2018年12月刊)から。
 「最後のはえ縄を行なっていた時の午前6時45分に起きた。私は仮眠しようとしていた時、光が空をサーッと流れて、黄色い光が徐々に空を覆い、そして赤色が加わり夕焼けのような光景になった。2~3分間は光が空を覆っていたと思う」
 半年後、第五福竜丸無線長の久保山愛吉さんが40歳で死去する。アサヒグラフ増刊「戦後20年・人と事件」(1965年7月20日号)には、魚市場にずらりと並ぶ原爆マグロに検査員が放射線量計を当てている大きな写真が載る。「恐るべき"死の灰"」のタイトルと共に、日本社会が受けた衝撃の大きさが見て取れる。
 第五福竜丸事件として矮小化されがちなビキニ水爆実験だが、被災したのは第五福竜丸だけではない。私自身その思いを強くしたのは、70年近く経つ中で声を上げている方々を知ったからだ。
  
 歴史を掘り起こしたのは高校生だ。高知県西部・幡多(はた)地域の幡多高校生ゼミナールがマグロ漁船員の聞き取り調査を始めたのが1985年4月。長崎で原爆に被爆し、ビキニ水爆実験にも遭遇した末に27歳で自死した藤井節弥さんの母親に出会う。
 水産高校3年でマグロ漁船に実習生として乗組み、ビキニ水爆実験に遭遇した谷脇正康さんの遺族にも話を聞く。谷脇さんは被曝の2カ月後に体調を崩して緊急入院する。担当医は再生不良性貧血と診断し、「原爆症の疑いが濃い」と語ったそうだ。入院から7カ月後に急死した。
 高校生たちとの活動から書き起こしたのが山下正寿さんの著作『核の海の証言』(新日本出版社、2012年刊)だ。高校教諭だった山下さんは今、被災したマグロ漁船員たちを支える太平洋核被災支援センター(高知県宿毛市)の事務局長を務める。
  
 被災して命を失い、健康を損なったのに、マグロ漁船員たちは何の補償も受けなかった。それを促す動きが社会にあったのだろうか。第五福竜丸の被災が大々的に報じられて日本国内の世論の悪化を憂慮した日米両国政府は早々と幕引きを図る。
 ビキニ核実験の翌1955年の1月、米国が法的責任を伴わない見舞金200万ドル(当時7億2千万円)を日本に支払うことで両国政府は政治決着させる。マグロなど廃棄した漁獲物の損害に加え、治療費や傷病手当金の項目もあるが、第五福竜丸以外の乗組員にはほとんど行き渡らなかったという。それどころか、見舞金は第五福竜丸乗組員へのやっかみを生み、社会的な差別意識を招いたようだ。
 再び大石又七さんの証言を岡村著から引く。「わずかばかりの見舞金をもらったことで一部の人から八つ当たりや、いやがらせを受け、2年後に東京に出てクリーニング屋をはじめた。それから約15年間、被爆者であることを隠しながら生きてきた」
  
 被災した高知県の元漁船員が被害を認めさせたいと立ち上がるには、高校生の調査活動からさらに30年かかる。他界する同僚が増え、国への不信感が募る中で、二つの動きが2016年に始まる。
 この年の2月、高知県と宮城県の元船員計11人が、労災に当たる船員保険を適用するよう全国健康保険協会に申請した。さらに5月には45人が国に損害賠償を求めて高知地裁に提訴する。
 そもそも、何隻がビキニ水爆実験に遭遇し、何人が被曝したのか。全体像ともいうべき資料を国がやっと開示したのは、被災から60年も経った2014年9月のことだ。その前年にNHK広島放送局が被曝した船の一覧、魚と船体が浴びた放射線量、船員の被曝線量の資料を米国立公文書館で探し出したので、第五福竜丸以外に被災は把握していないと言ってきた国は隠し通せなくなった事情がある。
 開示された資料によれば、一連の水爆実験で放射能に汚染された魚を廃棄した漁船は第五福竜丸以外に856隻(延べ992隻)ある。他に貨物船も航行していた。マグロ漁船の乗組員は1隻20人前後なので、「被災した乗組員は2万人近い」と岡村さんはみる。岡村さんは太平洋核被災支援センターの副共同代表を務める。
  
 国賠訴訟が高知で起こされたのは、被災者に高知県のマグロ漁船員が多いからだ。856隻のうち高知の漁船は117隻(延べ270隻)に上る。国は漁船員の被曝状況を調べていたのに資料を隠し続け、被災者の追跡調査や支援の施策を怠って被曝の事実を隠してきた。その結果、被災者は健康を守る権利を侵害され、苦難の人生を強いられた--と原告側は主張した。
 判決は国の資料隠しも、支援施策などの義務も認めず、原告の請求を棄却した。控訴審の高松高裁も同様に原告の主張を退け、敗訴が確定した。高裁は「健康被害を等閑視することなく、その救済が(原爆被爆者と)同様に図られるべきという主張は理解でき」るとして、漁船員の救済について「立法府及び行政府による一層の検討に期待するほかない」(判決骨子)と下駄を預けた。
  
 高松高裁の判決言い渡しは昨年12月12日だった。その1週間前に原告団長の増本和馬さんは胆管がんで83歳の生涯を閉じた。増本さんが昨年3月に提出した陳述書をかみ締めたい。
 「同じ海域で操業していた第五福竜丸では人的被害があったのですから、私たちマグロ漁船員は全員被災の可能性が高かったのです。しかも放射能汚染は、晩発性被害が考えられるのですから、国は、以後も定期的に健康診断をして、適切な対応をすべきであったのに、早々と被災調査を打ち切り、被災者を放置しました」
 3月30日に高知地裁に起こした裁判では、船員保険の適用を認めなかった全国健康保険協会の処分取り消しを求める。漁労中の被曝を労働災害と認めさせる狙いだ。さらに、日米両国政府による政治決着により米国に損害賠償を求める権利を失わせたとして日本国に補償を求めている。原告は増本さんの遺族をはじめ漁船と貨物船の元船員12人(うち生存者4人)と遺族。
 新たな提訴で救済の道を拓くことができるか、どうか。元船員と遺族の訴えに注目したい。

<田中洋一氏の略歴>1950年生まれ。メーカー勤務を経て2016年まで新聞記者。埼玉県在住

2020.04.06 現金や商品券の一律給付は行うべきではない

盛田常夫 (経済学者、在ハンガリー)

 コロナ禍を政治利用してはならない。一律に現金や商品券を給付する政策は、有権者の票買収以外の何物でもない。

 今次のコロナ禍による経済低迷は経済社会的行動の制限によるものである。これまでの経済恐慌とは違い、潜在的な有効需要は存在しているが、営業制限によって有効需要の発現が抑制されていることから種々の経済問題が生じている。したがって、営業制限が続いている限り、現金給付してもそれが有効需要にならず、貯蓄に回される可能性がきわめて高い。
 いま必要とされているのは、一律の現金給付ではなく、営業制限によって失業した人々や、顧客の激減によって倒産寸前になっている中小企業の救済である。国家資金はこれらの本当に救済を必要としている人に、重点的に行き渡るもものでなければ意味がない。
 
 東日本大震災時と同様に、不可効力な災禍が生じた時は社会が連帯して痛みを分かち合わなければならない。一律に現金や商品券を配るという発想は、ポピュリズム以外の何物でもない。巨額の国家資金が必要な時に減税を唱えるのではなく、逆に国の債務を野放図に増やさないために、救済資金を確保する特別税を導入し、負担できる法人や個人から徴税する仕組みを考えるべきだ。国民も「減税ならなんでもOK。国がくれるものはなんでも頂く」という姿勢ではなく、国の財政の行く末を考え、その使途を監視しなければならない。
 国が配る現金であれ商品券であれ、その原資は財政の前借(借金)である。国の借金は将来世代につけ回しされた負債である。アベノヨイショの「経済学者」が放言しているように、「国の借金などどうにでもなる」ことはない。「国の借金がいつの間にか消えてなくなる」ような手品はない。いつの日か、何らかの形で、必ず国民が負担することになる。それを忘れてはならない。
 もし日本の公的債務が小さく、国家財政に余裕があれば、大規模な救済政策がとれるはずだが、すでにGDPの200%を超える累積債務を抱え、日銀が株を買い支え、潜在的な債務超過になっている異常な状況では、政策発動に大きな制約が存在する。コロナ禍に加え、大地震や原発事故が重なれば、経済社会は致命的な打撃を受ける。それほどまでに日本の国家財政基盤は脆弱である。経済社会崩壊を避けるために、政治家だけでなく、国民が危機感を持つことが必要だ。
 10万円であれ20万円であれ、今の世代が取得する現金は、そのまま将来世代、つまり今の子供の世代に先送りされる付けである。このことを認識できなければ、春秋時代の警句になった「サル」と同じである。だから、支給された現金が貯蓄に回ることに、それなりの合理性がある。なぜなら、給付金を貯蓄に回すことによって、将来、子供や孫に伸しかかってくる負債と相殺できるからである。しかし、これでは緊急政策として意味も効果もなく、国の債務を増やすだけのことだ。

 もっとも、政府の「施し政策」によって、自民党政府にたいする有権者の支持が増えるという政治的効果が期待できる。だから、一律に現金や商品券を給付するといういかがわしい政策を容認してはならない。
 アメリカは貧富の格差が大きく、一般労働者は民間の医療保険に加入する経済的な余裕がない。アメリカのような市場原理主義的な社会保障後進国では、問題の根本解決にならないが、現金給付によって一時的に労働者層を救済できることはある。しかし、社会保険制度が異なる日本が、アメリカの政策の真似をする必要はない。

2020.04.05 「本日休載」

今日 4月 5日(日)は休載します。

リベラル21編集委員会


2020.04.04 私が出会った忘れ得ぬ人々(19)
木内幸男さん――「野放図なようで集中心が強い」

横田 喬 (作家)

 いま世間を騒がせている新型コロナウイルスのせいで、楽しみな春の選抜高校野球大会が中止になった。高校野球といえば、取手二高~常総学院のかつての名監督・木内幸男さんの面差しが想い浮かぶ。茨城出身の朴訥で飄々としている、御年八十八歳の御仁だ。

 もう三十六年も以前の一九八四(昭和五九)年十月の『朝日新聞』紙面に、私の記事がこうある。
 ――この夏、甲子園をわかせ、県民を歓喜させた取手二高球児たちの全国制覇。その伸び伸び野球を演出した前監督木内幸男(五三)は土浦市生まれ。同校監督として苦節二十八年、最後の夏を飾る劇的な栄光だった。決勝戦九回裏の窮地をしのいだ大胆的確な投手交代の采配は、「監督のプロ」の手練のほどを実証した。

 現役当時の巨人・長島の大きな写真を自宅に飾り、「野放図なようで集中心が強いところは私も同じ」。土浦市の新設私立高、常総学院に三顧の礼で迎えられ、今秋から新監督に。「五年以内にまた甲子園へ行きます」――
 実は、木内さんとは差しで二時間余もやりとりし、この分量の優に十倍は書ける中身の濃いお話を伺っている。ユーモアたっぷりで、こくがあり、当世の高校生論としても考えさせられる節が多々あった。企画上の制約に捉われず、なぜもっと突っ込んで書かなかったのか、と未だに悔やまれる。

 この折の取手二の優勝は、誰もが「まさか」と思うほど予想外で劇的だった。決勝戦の相手は、後に共にプロ入りする全国屈指の好投手・桑田真澄と強打の四番打者・清原和博のKKコンビを擁する強豪私立のPL学園。取手二は公立校のハンデもあり、とても敵いそうにない、というのが事前の大方の感触だった。
 が、いざ試合が始まってみると、名門PLの都会ふうで緻密な組織野球に対し、茨城の泥くさく野性的な球児たちは「のびのび野球」で善戦敢闘。なんと4対3と一点リードのまま、土壇場のPL九回裏の攻撃を迎える。

 取手二のエース石田は硬くなって腕が縮んだか、PLの先頭打者にいきなり本塁打を見舞われ、あっという間に4対4の同点。動揺するまま、石田は次打者に死球をぶつけてしまう。(こりゃまずい)。テレビの実況中継を見守る私は十中八九PLのサヨナラ勝ちだろう、と踏んだ。ここで木内監督が放った手練の勝負手が後に「木内マジック」と称えられる奇策である。

 うなだれる石田をライトへ下げ、控え投手の柏葉を急遽リリーフに送る。その柏葉が一死をとるや、一呼吸ついた石田を再びマウンドへ。気合のこもった投球で石田は四番・清原を三振に、五番・桑田を三塁ゴロに仕留め、同点のまま試合は延長戦へ。取手二は十回表に五番の捕手・中島の3ラン・ホーマーなどで8対4の劇的勝利を収め、甲子園球場をうずめた大観衆を沸かす。
 急場での控え投手起用は、今で言うワンポイント・リリーフ。当時はプロ野球でも珍しく、ましてや高校野球では見られぬ変則的な采配だった。が、木内監督の脳裏には石田や柏葉の正念場での心理状態や力量発揮に対する的確な見極めがちゃんとあり、成算が十分あっての一手だったのだ。

 木内さんは、こう振り返る。
 ――試合で勝つにはチームプレーが肝心。ランナーが出たら、打者は鋭くゴロを転がすのが鉄則で、大振りして凡フライでは駄目。が、いつ頃からか、言う通りせん子に「こら!」と叱っても一向に怖がらず、効き目がなくなった。何か手はないか、と頭をひねりました。

 で、一計を案じる。子供らは小遣い銭が減るのを何より嫌がる。監督の指示に違反したら罰金を取る仕組みとし、違反一回に付き罰金十円と取り決める。一回百円ではまずいが、十円なら許容範囲ではと考えてのこと。たかが十円と言うなかれ、少年たちは懐が寒くなるのを案じる。目の色が変わり、口で言い聞かすより、よっぽど効きめがあった。

 ――練習も、単純な反復ばかりでは飽きがくる。控え選手を含め二手に分け、実戦形式の紅白試合を数多くやらす。試合の運び方を考えさすため、全員に順番で主将役をやらせ、打順の編成や投手交代なんかも一切任す。こっちはネット裏で腕組みしとればいいんだから気楽やし、あははは。
 高校野球にありがちな、しごき抜く猛練習とは対極の行き方、とも言える。交代で主将役をやらせると、指揮ぶりから度胸の有無や勝負勘の良し悪しが知れる。ネット裏で観察を重ね、個々の性格の特徴を洗い出して全員の「査定表」をこしらえ、ここぞという場面での采配に存分に生かした。

 試合形式の紅白戦もマンネリ化してはだめ。勝負に真剣になるよう、褒美と罰則を用意。前述のミス一回に付き十円の罰金が「ちりも積もれば山」、一シーズンにン千円位はたまる。勝った方は各人ジュース一本をもらって喉を潤し、負けた側は全員何㌔かのランニングを課される決まりに。
 自主性といえば、木内監督は選手たちの男女交際を公認。彼らは好きな女の子の名前をバットに記し、そのご利益もあってかヒットを連発したという伝説も生んだ。木内野球は管理野球の真逆を行く「のびのび野球」だったのは確かなようだ。

 公立の取手二高での木内さんは教員身分でなく用務員扱いのため、月給は六万二千円という薄給。糟糠の妻・千代子さんは質屋通いや新聞配達をしたり、キリンビール取手工場へ働きに出て家計を支えた。暗い話を好まぬ木内さんはからりと明るく、こう笑い飛ばした。
 ――二十何年も監督をやれば、野球部の教え子たちが取手の街中にわんさといる。居酒屋で飲んでも、八百屋や魚屋で買い物をしても、「(懐の怪しい)監督から金が取れるかい」と全部ただ。だから、素寒貧でも何とかかんとか、やってこれたんですわい。

 郷里の土浦に誕生~開校三年目の私立高・常総学院から三顧の礼で迎えられ、取手二の全国優勝を置き土産に八四年秋、同学院野球部新監督へ。金銭には恬淡としていて、自伝によると学校側の「契約金二百万円、月給三十五万円」という条件を自身の申し出で「契約金百万円、月給二十五万円」に下げてもらった、という。「最初から沢山もらわん方が気が楽で、伸び伸びやれるから」。

 公約通り、就任三年目の八七年春の選抜で甲子園初出場を達成。同年夏の選手権大会で甲子園準優勝。以来、常総学院を甲子園常連の野球名門校として着実に定着させていく。七十代を迎えた今世紀に入り、二〇〇一年の選抜では強豪校を相手に次々と接戦をものにし、決勝で仙台育英を七対六で降し初の全国優勝。〇三年夏の大会決勝では現在米大リーグで活躍中のダルビッシュ投手を擁する東北高と対戦。バントを使わない強攻策で打ち崩し四対二で快勝し、見事優勝している。

 取手二高~常総学院と二十代から八十歳の高齢になるまで高校野球の監督一筋に五十一年間、まさしく空前絶後の野球人生と言っていい。甲子園出場は春七回で優勝・準優勝が各一回、夏十五回で優勝二回・準優勝一回。

 常総学院で教えを受けた仁志敏久氏(元巨人・現「侍ジャパン」コーチ)は言う。
 ――言動の一つ一つにちゃんと理由があった。選手自身がしっかりと自分の意見を持つ、そんな自主性のある野球を教えてもらった。黙ってついて来い式で選手を型にはめがちな日本の高校野球界では珍しいタイプの指導者です。
 プロ野球でも活躍した松沼兄弟(取手二高出身)や仁志氏ら数々の名選手をはじめ、教え子からは高校野球や社会人野球の監督が五人も誕生している。「木内野球」のDNAは着実に拡大再生産を遂げつつある。

2020.04.03 森友疑惑、財務省の担当者自殺の真相明らかに
「週刊文春」が遺書公開、遺族は1億1千万円の賠償を提訴
改ざん再調査を求める署名3日間で17万超


坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

 森友疑惑。直接の担当者、赤木俊夫・上席国有財産管理官(57歳)の自殺にもかかわらず、安倍首相・同夫人―麻生財務相―佐川元理財局長(当時、事件の全容を指揮)は国会での厳しい再調査要求を拒否し続けている。2年前の2018年3月7日に自殺した赤木氏はひそかに手記を記していたが、残された赤木夫人は、A4の用紙7ページに克明に記されていた遺書の公開を断り続けてきた。
 事件当時、NHK大阪報道部の記者、相沢冬樹さんは、司法キャップとして森友疑惑取材を指揮、森友事件をいち早く報道していた。赤木さんと親しかった相沢さんは、赤木さん自殺から半年余り後の18年11月、赤木さんの妻、昌子さんと初めて会い、故人が残した手記を見せられた。昌子さんは故人となった夫から、相沢さんのことを良く聞かされていた。
 相沢さんは、それ以前にNHK大阪報道局の記者を外され、NHKを辞め、大阪日日新聞に移っていた。そのことを知った赤木夫人から、相沢さんと会いたいとの連絡があったのだ。その席で、昌子さんは、夫が残した遺書を相沢さんに見せた。相沢さんは遺書をメディアで伝えたいと要望したが、昌子さんははっきりと拒否した。相沢さんによると昌子さんは、夫の後を追うつもりで、その際に公表するつもりだったという。それを察した相沢さんは、生き続けて亡き夫を死に追い込んだ安倍首相を頂点とする国と直接の指揮官である理財局長を提訴し、真相を明らかにするよう、昌子さんを必死に説得し、成功した。
 昌子さんは、国と佐川元局長が逃げられないよう、1億1千万円の賠償請求を大阪地裁に提訴した。おそらく相沢さんの発案で、週刊文春に独占取材を委ねた。週刊文春は3月26日号で遺書の全文「赤木俊夫氏が遺した『手記』」を3ページ、関連取材記事、解説を7ページ掲載した。同誌は一両日で売り切れてしまって店頭では入手できなくなった。
 NHKの関西NEWS WEBによると、亡くなった赤木俊夫さんの妻昌子さんは3月28日から、インターネットサイト「チェンジ・ドット・オーグ」(Change.org)で第三者委員会による再調査を求める署名活動を始めた。30日午前11時の時点で、17万7千人余の署名が集まっている。
 共同通信社が26~28日に全国で行った、財務省の公文書改ざん問題を再調査する必要性について尋ねた世論調査では「再調査が必要」の回答が73.4%、「必要ない」の回答が19.4%だった。安倍首相も麻生財務相も再調査を拒否し続けているが、それ自体、森友汚職を認めているようなものだ。(了)

2020.04.02 新型コロナウイルスの感染拡大を契機とする、安倍流ショックドクトリン政策は成功するか

広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)

 近畿財務局職員の遺書の公開、黒川東京高検検事長の定年延長をめぐる森雅子法相の支離滅裂答弁、河合夫妻の公職選挙法違反疑惑に関する秘書逮捕などなど、最近の安倍政権には内閣が幾つも吹っ飛んでおかしくないほどの不祥事が続出している。それでいて一旦下がった内閣支持率が再び回復するなど、良識ある国民には理解しがたい出来事が起こっている。いったいこの現象をどう見ればいいのか、見識ある政治評論家のコメントを聞きたいものだ。

 3月21、22両日に行われた産経新聞世論調査では、前回36.2%にまで下がった内閣支持率が41.3%に5.1ポイント上昇した。自民党支持率も31.5%から32.6%へ1.1ポイント回復している。これに対して立憲民主党、国民民主党、社民党など野党支持率は軒並み低下している。「いったいどうなってるの?」と言いたくなるぐらいの現象なのだ。

 産経新聞(3月24日)は、この結果を「野党 支持離れ鮮明、政権追及空回り」「新型コロナ 政府対応 野党支持層も評価」「『次も安倍首相』トップ」などと、全紙を使って大きく伝えている。結論は、「支持が広がらない背景には、イベント自粛要請や小中高校の一斉休校など、新型コロナウイルスの感染拡大阻止に向けた政府の対応が一定の評価を得ていることがある」というものだ。事実、肺炎を引き起こす新型コロナウイルスの感染拡大について、「政府の対応を評価するか」との質問に対しては、「評価する」が前回49.4%から51.2%へ上昇し、「評価しない」が45.3%から38.9%へ低下している。

 具体的には、(1)小中高校の一斉休校要請の判断が「適切だと思う」68.4%、「適切でないと思う」25.3%、(2)イベント自粛要請の判断が「適切だと思う」86.8%、「適切でないと思う」25.3%など、国民生活の一大事に関する安倍首相の思い付きと独断が「適切」だと圧倒的に支持されているのである。新型コロナウイルスへ恐怖感がそれほど大きく、安倍首相の思い付きや独断までが「果敢な行動」だと映るような社会心理状態が拡がっているのだろう。

 安倍政権は3月10日、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐためとして「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(2012年制定)の改正案を国会に提出し、立憲民主党などをも巻き込んで強引に成立させた。この特措法による「緊急事態宣言」は、住民への外出自粛要請や各種イベントの開催制限の要請・指示、医薬品などの売り渡し要請などができる。多数の者が利用する施設(学校や社会福祉施設など)の使用制限・停止要請では適用対象が拡大可能であり、ときの政権に批判的な市民集会とかが排除されるおそれがある。また、NHKや民放の「指定公共機関」に対しても「必要な指示をすることができる」とあり、憲法で定められた集会の自由や表現の自由を侵しかねない内容が含まれている。

 政府は3月26日、首都圏での新型コロナウイルスの感染拡大を受け、改正新型インフルエンザ対策特別措置法に基づく政府対策本部を設置した。これに伴い全都道府県も知事をトップとする対策本部を設け、感染症の専門家らによる諮問委員会が緊急事態宣言を出す要件を満たすと提言すれば、安倍首相が「緊急事態宣言」を出すことができる。首相は対策本部の初会合で「国難というべき事態を乗り越えるために国や地方公共団体、国民が一丸となって対策を進めていく」(日経3月27日)と述べた。

 安倍首相はこれまで幾度も「国難」を連発してきた。北朝鮮のミサイル発射に対しては「避難マニュアル」まで作らせ、児童や住民の避難訓練を実施させた。自分は友人たちとゴルフを楽しんでいる...と言うのにである。その一方、少子化と言う国難にはいっこうに立ち向かおうとしない。人口を回復させるという「希望出生率1.8」はそのまま棚ざらしになっている。自分のご都合で「国難」をでっちあげて一定の政治効果が上がったと見るや、次の「国難」を作っては強権政治への求心力を高める――こんなことの繰り返しをやってきただけなのだ。

 だが、新型コロナウイルスの感染拡大を契機とする今回の「緊急事態宣言」への準備は、今までのご都合主義とは異なる真剣味を帯びている。対策本部の設置後、安倍首相は東京都の小池知事と首相官邸で会談した。小池知事は「国の大きな力強い協力が必要だ」と要請し、首相は「収束に努力している都を一体的に支援する」と応じた。小池知事は会談後、緊急事態宣言について「これから検討されることを期待したい」と記者団に語ったという(日経3月27日)。

 安倍首相は「頭の片隅にもない」と言いながら、自民党総裁4選をいつも念頭に置いている。小池知事もまた7月に迫った都知事選で頭が一杯だ。全国民の関心が新型コロナウイルスの感染拡大の行方に集中しているとき、両者がこの事態を自分の権力拡大に利用しないわけがない。連日テレビ報道を一身に集めている現在は、安倍首相にとっても小池知事にとっても「果敢な決断」を示す絶好の機会なのである。国難を救う強力なリーダー像を演出する上で、これほどの機会はまたとやってこないからだ。

 「独裁と化した安倍政権に強大な権限を与えると、戒厳令に等しい状況をつくられてしまう危険性がある」と、日弁連は警鐘を鳴らしている。政変・戦争・災害などの危機的状態の下で、人々がショック状態や茫然自失状態から自分を取り戻せないときに、安倍首相が「国難というべき事態を乗り越えるために国や地方公共団体、国民が一丸となって対策を進めていく」と言うのは、まさにこのことなのである。

 安倍首相が「緊急事態宣言」の下で〝ショックドクトリン政策〟を実行に移すことを許してはならない。新型コロナウイルスの感染拡大防止という名目で〝恐怖政治〟を実質化することを許してはならない。今、野党は存在意義を懸けてそのことを国民に問う時なのである。

2020.04.01 『それでも 蟷螂(とうろう)の斧をふりあげて』
韓国通信NO632

小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)

<真相は究明されなければならない>

 『それでも 蟷螂(とうろう)の斧をふりあげて』。かつて『朝日ジャーナル』に掲載された同誌の懸賞論文入選作のタイトルである。筆者の大西公哉さんは職場の先輩であり労働組合の先輩だった。
 正副委員長の解雇、組合分裂攻撃と闘った数少ない中堅役付き社員のひとりとして、また、「わだつみの会」の活動などの平和活動、また社会派の歌人でもあった。
 昇格は遅れに遅れ、非組合員になったのは定年間際。自身の経験をもとに銀行の分裂攻撃の実態を明らかにし、それに抗った自身の心情を手記としてまとめた。自分を蟷螂(カマキリ)に喩えた悲痛な叫びは後輩の私の心に残った。
 海軍兵学校出身。世渡りが不器用な大西さんは、変わり身の早い同僚たちが次々と仲間を裏切り出世していく企業社会の醜さを世に問うた。
 以下の二首は平和万葉集慣行委員会遍『平和万葉集』(1986/8/15)に掲載された大西作品だ。

 覆轍(ふくてつ)に学ばざる政党は度し難し 国家機密法を議会に出す
 <過激派>が一転し<右翼>に転ずる日の 日本にはわが生くる余地なかるべし

 稀有な職場体験のみならず、戦中戦後を生き抜いた一市民として日本の行く末に一匹の蟷螂として斧をあげ続けた。治安維持法まがいの「国家機密法案」が提出されると警鐘を鳴らし、戦中派としてのやりきれなさを「生くる余地なし」と詠んだ。

<死者の魂が蟷螂の斧となって> 
 公務員は、「全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない<憲法15条2項>」。警察官、自衛官も地方公務員、国家公務員、検事、裁判官、議員は公務員だから当然「公僕」である。
 好き勝手な振る舞い、権力を笠に着た公僕の名に値しない公務員は罷免する他ない。罷免する権利は国民固有の権利として憲法で保障されている。
 国有地の払い下げ疑惑を追及された首相が、「事実なら首相も議員も辞める」と見えを切ったばかりに、直接改ざんにかかわった地方の財務局職員赤木俊夫さんが自殺に追い込まれた(2018/3)。
 公文書改ざんという前代未聞の国家的犯罪に財務省は身内で関係職員の処分をおこなっただけ。改ざんを指示した目的と理由については明らかにしなかった。自殺した職員に対して感想を求められた首相と財務大臣は「お気の毒」の一言で済ませた。
 大阪地検特捜部が告発を見送ったため、事件の真相は闇に葬られることになった。あろうことか、改ざんを指示した佐川理財局長は国税庁長官へ栄転、その片棒をかついだ中村稔氏もイギリス公使に栄転、森友問題が表面化した直後、安倍晋三首相の妻・昭恵氏付の職員谷査恵子氏もイタリア日本大使館の職員に栄転した。醜悪の極みである。浮かばれないのは自殺した赤城さん、主権者の私たちもすっかり虚仮(こけ)にされた。
 事件から2年後の今年、自殺した赤木さんの遺族が遺言とメモを発表し、無念の死を遂げた本人に代わって提訴したことが明らかとなった(3月18日)。手記と遺書には、改ざんを指示する佐川氏に対する疑問とその苦しみが綴られている。官僚組織、国家の壁。死なずに頑張って欲しかったという思いもわく。組織のために波風を立てたくない遺族の気持ち、二年間の苦しみが痛いほどに感じられる。私がその立場だったらどうしただろうかと自問した。
 とっさに「蟷螂の斧」という言葉が浮かんだ。弱い力であってもファイティングポーズを崩さないカマキリの必死な形相が浮かんだ。蟷螂の斧は遺族によって引き継がれた。
 事件が終わっていないのを実感する。佐川氏はすべてを語るべきだ。自殺に追い込んだ人間としての最低のモラルである。首相と副総理はただちに再調査の必要はないと反応したが、疑惑の当事者にそういう資格はない。
 真の公僕であろうとして苦悶した赤木氏の思いを私たちは引き継ぎたい。孤立した蟷螂の闘いにしてはいけない。

<首相、財務大臣を罷免すべし>
 遺族が求めているのは佐川局長の指示と自殺の関係を明らかにすることだ。佐川氏が理由もなく改ざんを指示したとは考え難い。事実関係が白日の下にさらされると安倍首相は総理どころか議員辞職もしなければならない。佐川氏を利用した安倍首相は佐川氏に生殺与奪の権利を握られた構図である。ただでさえ「桜を見る会」、検事長の定年延長問題で窮地に追い込まれている首相である。真相究明を求める提訴と世論の高まりは政権に追い打ちをかけるに違いない。
 窮地に立たされた安倍首相はオリンピック開催とコロナ対策で政権の延命をはかっているように見える。政府がコロナ対策に総力をあげて取り組むのは当然のことだが、自ら招いた国民の政治不信のなか、政府のコロナ対策には不信感がつきまとう。人類の危機に対して、余計なことを考えるから対策の足元が定まらない。不純な動機に不信感は高まるばかりだ。
 森友疑惑を追及しないことを決めたNHK(元NHK記者相澤冬樹著『安倍官邸vs NHK』に詳しい)は一体どこまで安倍政権と「伴走」を続けるつもりか。連日、オリンピックの盛り上げに狂奔する。安倍首相とともにNHKも思考停止のさなかにある。官営放送、アベチャンネルと揶揄されてきたNHKもそろそろ理性を取り戻す時期に来たように思えるのだが。
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2020.03.31 政府が石けんを「環境に有害な化学物質」に指定しようとするのは、なぜなのか?
シリーズ「香害」第13回
                  
岡田幹治(ジャーナリスト)

 政府が石けんを「環境に有害な化学物質」に指定したいと提案し、多くの研究者や消費者が猛反対している。石けんは人々が古くから使ってきた洗浄剤で、「香害」の被害者である化学物質過敏症(CS)の人たちも使えるものだ。それを政府が「有害化学物質」に指定しようとする背景には、どんな事情があるのだろうか。

◆自然の河川や海では無害
 有害の疑いがある化学物質を管理・監視するための法律が「PRTR法(ピーアールティーアール法=化学物質排出把握管理促進法=化管法)」だ。
 人の健康や生態系に有害な恐れがあって、環境中に広く存在している物質を「第一種指定化学物質」(以下、第一種物質)に指定し、政府が環境への排出量などを把握して監視している。
 第一種物質は約10年ごとに見直されており、2月25日に、現在の462物質から527物質に増やすという見直し案が発表され、3月18日まで意見の公募(パブリックコメント)が行われた。
 見直し案で多くの研究者や消費者が驚いたのは、「飽和・不飽和脂肪酸ナトリウム塩」と「飽和・不飽和脂肪酸カリウム塩」が候補物質に含まれていたことだ。
 これらは動植物の油脂からつくられる物質で、脂肪酸ナトリウム塩は固形石けん、脂肪酸カリウム塩は液体石けんとして広く使われている。
 それをなぜ第一種物質に指定するのか。政府の審議会(厚生労働省・経済産業省・環境省の審議会の合同会合)は、実験室での「生態毒性」試験で水生生物に悪影響が出ており、生態毒性が「クラス2とクラス1」(上から2番目と1番目に強い)であることを挙げている。
 これに対して多くの研究者は、実際の河川や海は実験室とは異なると指摘する。河川水や海水にはカルシウムなどが含まれているので、脂肪酸ナトリウム・カリウムは脂肪酸カルシウムに変化し、生態毒性は発現しない。
 第一種物質に指定されるには、①一定以上の生態毒性があることに加え、②分解されにくく、環境中に蓄積されやすい性質をもつ、という二つの要件が必要だ。
 しかし脂肪酸ナトリウム・カリウムは微生物で分解されやすい性質があり、下水処理場や河川でほぼ100%分解される。この物質が河川や海で検出されたことはなく、したがって指定要件を満たさない。
 そもそも脂肪酸は、人間を含む生物を構成している天然の有機化合物で、川や海の生物が食べれば栄養源になり、体内で油脂になる。つまり、脂肪酸ナトリウム・カリウムは自然界で循環している物資なのであり、自然界における生物と物質の循環システムの中で影響を考えるべき物質だと、吉野輝雄・国際基督教大学名誉教授は指摘する。
 言い換えれば、生態毒性試験の対象にするのも、PRTR法の対象にするのも不適切な物質なのだ。

◆背景に合成洗剤業界の思惑
 この問題は前回の見直し(2008年)で取り上げられ、政府は脂肪酸ナトリウム塩の一部(ステアリン酸ナトリウムとオレイン酸ナトリウム)を第一種物質の候補にした。これに対し研究者らが「環境中には存在しない」などの反対意見を提出した。
 これを受けて政府は「両物質は環境中では不溶性のカルシウム塩になるので、水に溶ける限度以下の濃度なら毒性の発現がないと考えられる」として、生態毒性を「クラス外」に修正し、候補から取り下げている。
 一度結論が出た問題を政府がまた取り上げるのはなぜか。
 洗剤・環境科学研究所の長谷川治代表は、合成洗剤業界と石けん普及をめざす市民運動との関係が背景にあるとみている。
 どういうことだろうか。
 同じ洗浄剤でも、石けんと合成洗剤では原料も製法も成分も異なる(注)。
 石けんは、天然の油脂や脂肪酸を原料にし、これに苛性ソーダか苛性カリを加えるという方法でつくる。成分は「石けん素地」(脂肪酸ナトリウム・カリウム)だ。
 これに対して合成洗剤は、石油や天然油を原料にし、自然界にはない「合成界面活性剤」をつくり、さらに安定剤などの「助剤」を添加してつくる。成分は「ポリオキシエチレンアルキルエーテル(AE)」「直鎖アルキルべンゼンスルホン酸ナトリウム(LAS)」「ポリオキシエチレンドデシルエーテル硫酸エステルナトリウム(AES)」といった合成界面活性剤だ。
 合成洗剤に使われる合成界面活性剤には健康や生態系に有害なものが多く、AE・LAS・AESなど9物質が、PRTR法の第一種物質に指定されている。
 環境省は毎年、家庭から排出される第一種物質の量を推定し発表しているが、それによると、AE・LAS・AESは多い方から1・3・4番目だ(2番目は衣類の防虫剤やトイレの防臭剤に使われるジクロロベンゼン)。
 つまり、家庭で合成洗剤と防虫剤の使用をやめれば、第一種物質の排出量はぐんと減るわけだ。
 石けん普及運動をしている人たちはこの点を指摘して合成洗剤の使用をやめるよう呼びかけているが、合成洗剤業界にとってはそれが目障りで仕方がない。その対抗策の一つが石けんも第一種物質に指定することであり、そうなれば石けん普及運動を牽制できる。
 そうした思惑が合成洗剤業界にはあると長谷川代表はみている。

◆合成洗剤は「香害」の原因の一つ
 いま日本の石けん生産量は年間約20万トン。これに対し合成洗剤は5倍以上の約110万トンも製造され、派手なCMで販売されている。
 合成洗剤の大量使用がもたらした弊害の一つが、「香害」の深刻化だ。香害とは、香りつき製品の成分が原因で健康被害を受け、化学物質過敏症(CS)などになる人が急増していることを指す造語である。
 消費者団体の日本消費者連盟が2017年に実施した「香害110番」で、被害者に体調を悪化させた原因を尋ねたところ、合成洗剤は柔軟仕上げ剤に次いで二番目に多かった。
 もし石けんが第一種物質に指定されれば、どんなことが起きるか。
 いま新型コロナウイルスの感染予防策として、石けんを使った丁寧な手洗いが奨励されているが、人々は本当に使っていいのか迷ってしまう。
 廃食油からリサイクルで石けんをつくっている団体や企業を環境省が表彰している制度なども廃止されてしまうかもしれない。
 そんなこんなで、いまでも少ない石けんの使用がさらに減り、合成洗剤の使用がさらに増えることも考えられる。
 香害で苦しむ人たちにとっては、ますます生きにくくなるわけだ。
 以上のような事情を背景に行なわれた今回の意見公募には、研究者に加え、非常にたくさんの消費者からの応募があったという。
 政府は寄せられた意見を真摯に受け止め、石けんを第一種物質の候補から取り下げるべきだ。

(注)石けんと合成洗剤の見分ける方法=洗濯用や台所用の洗浄剤の場合は、「洗濯用石けん」「洗濯用合成洗剤」などと表示されているので、区別できる。
 シャンプー・ボディソープ・ハンドソープなど化粧品系商品の場合は、石けんなら「無添加石けんシャンプー」と表示され、さらに成分欄に「カリ石けん」「石けん素地」などと表示される。「石けん」の文字がなければ合成洗剤だ。
2020.03.30 チベット高原の3月は……
         ――八ヶ岳山麓から(310)――   

阿部治平 (もと高校教師)

はじめに
地球規模で新型コロナウイルス感染が猖獗をきわめ、東京オリンピックが吹っ飛ぶかというこの時期に、チベットがどうだこうだというのはおかしいと思うものの、毎年3月が来るとどうしても何か一言いいたくなる。毎年3月にはチベット人地域に中共軍・武警・公安(特高)などが進駐して異様に緊張するからである。
60年前の1959年3月、「チベット叛乱」の末にチベット仏教至高の存在である十四世ダライ・ラマがインドに亡命した。また12年前の2008年3月には、北京オリンピックを控えて民族独立とダライ・ラマのラサ帰還を求めるチベット人1万余による「暴動」=「ラサ事件」が起きた。このため中国当局は事件を未然に防ごうとして、チベット高原に緊張状態を作り出すのである。
 注)中共軍:革命前の労農紅軍、革命後の人民解放軍はいずれも国家の軍隊ではなく、中
   国共産党の軍事部門なので、ここでは中共軍とする。

1959年と2008年
1956年毛沢東は民主改革と称して、チベット人地域の農牧民社会の階級区分と土地改革、仏教寺院の改革を命じた。これに対するチベット人地域各地の一揆的抵抗が「チベット叛乱」の始まりである。毛沢東は独特の階級闘争理論で、チベット人の抵抗を反動派の「反革命」と断定し、徹底殲滅を命令した。中共軍は「叛徒」はもちろん、巡礼や山野に逃げた農牧民も「反革命」「反動派」とみなして見境なく殺害した。
  注)チベット人地域:方言や習慣の違いにより三分される。ラサ政権が掌握していた
    ウ・ツァンと、今日の自治区チャムド地区に雲南省北部、四川省西部を合わせた
    カムと、青海省の大部分・甘粛省南部・四川省北部を合わせたアムドである。民
    主改革はラサ政権直轄地では行われなかった。
  
2008年のラサ事件は、1959年の「チベット叛乱」が統一指揮部をもたない自然発生的なものであったのとは全く異なり、民族独立運動の一環であり、計画的であった。インドの亡命チベット人青年組織は、8月の北京オリンピックを好機とみてラサで反中国のデモンストレーションをおこない、チベット問題を世界にアピールしようとしたのである。
ところがインドのチベット人亡命地の中国公安機関は、これをいちはやく察知していた。140人余の工作員がヒマラヤを越えてラサに入るという情報はただちに中共中央に届けられた。ところが中共中央は潜入した中核分子を捕らえて、暴乱を未然に防ごうとはしなかった。
この結果、3月10日には尼僧のデモがあり、やがてデプン寺などの僧侶が町に出た。17日にはこれに一般市民も加わり、「暴徒」の焼討ち打壊しがはじまった。だがここでも公安当局は大量の軍警・公安部隊と装甲車を並べただけで、目の前で暴行破壊が行われているのに、これを静観し、その一方で街頭に監視カメラを置いて暴乱の状況と暴徒の顔を撮影した。
やがて当局は、頃合いを見計らって断固たる反撃に転じ、4月9日までに逮捕したもの953人。最終的には数千人になっただろう(この項、本ブログの拙稿「チベット高原の一隅にて(17)」2008.05.27 参照)。

狙いは当たったか
治安当局は「暴乱」をやらせて、そのテレビ映像を公開して国内外に「蔵独(チベット独立派)」の「祖国分裂」行動の野蛮さを明らかにし、武力弾圧を正当なものと印象付けようとしたのである。
期待通り、テレビで「乱暴狼藉」の映像が流れると、中国国内では激しいチベット人非難の声が高まった。私が住んでいた青海省西寧市内ではチベット人にモノを売らない、タクシーに乗せないなどの嫌がらせがあった。一方チベット人は、破壊活動を見て地位のある人も農牧民も「これはやらせだ」とみな嘆いた。
だが同じ映像から、日韓欧米など国際世論は「暴乱」の実態を受け入れず、むしろ同情はチベット人に集まり、反中国デモが各地に起こり、オリンピックの聖火リレーはロンドン・パリ・サンフランシスコで妨害され、中国政府の面子は地に落ちた。
ラサ事件発生のニュースは、携帯電話によって1日もたたないうちにチベット人地域全体にひろがり、だれもが知るところになった。農村牧野の青年らもラサに呼応して町に出た。青海省では確認できただけでも10数の県政府所在地で、「独立」と「ダライ・ラマのラサ帰還」を叫ぶ大小のデモが起きた。西寧と蘭州、成都の大学、さらには北京の中央民族大学でもチベット人学生の座り込みとデモがあった。カムやアムドのチベット人はラサの事件に連帯を表明し、「民族独立」というスローガンを支持したのである。

チベット人地域に君臨する官僚群
ラサ事件当時、温家宝総理はメコン川流域開発会議に出席していたが、事件が起きると現地から「ダライ・ラマが彼の影響力を使ってチベット事件を納めてほしい」旨の声明を発した。チベット亡命政府は色めき立っただろうが、ダライ・ラマが介入する幕はなかった。
というのは、彼らの「やらせて打ち取る」方針は微動だにしなかったからである。チベット人地域各地の警備当局は温家宝総理の発言を無視して、「反分裂」のために断固たる武力鎮圧方針を貫きとおした。私は、最高指導者の一人である温家宝総理のダライ・ラマの出馬を求める発言には驚いたが、それが無視されたのは驚きよりも不可解が先に立った。
すでに、チベット人地域を支配する中共中央と民族委員会、軍、公安機関、自治区官僚、青海・四川など各省高官が形成する集団は、同盟を組み路線を定め、最高指導者の発言であっても、その方針と異なったものは、排除あるいは無視する仕組みができあがっていたのである(王力雄《西藏独立路线图》http://woeser.middle-way.net/)。

責任の行方
中国は1959年の「チベット叛乱」以来、毎年ブラックホールといわれるほど多額の予算と多くの行政要員をつぎ込んできた。しかも、チベットに君臨する官僚たちは、「チベットはいまや史上最高の繁栄に達した」と言いふらしていたのに、反中国の民衆運動が起き、国際世論が反中国に傾き、胡錦涛国家主席の顔に泥を塗る結果となったのである。
中国内地(漢民族地区)に毎年何万と起きる対政府抗議行動や暴動の際は、地方行政機関の一部門とか個人が責任を取らされるのが普通である。だから私のようなものにも、チベット関係の官僚は到底失脚を免れまいと思われた。
ところが意外にも、チベット自治区・各省の行政担当者はもちろん、中共中央や民族委員会のだれも失脚しなかった。チベットに君臨する官僚同盟は、互いにかばいあって、失政の責任を取ろうとしなかったのである。
そのかわり、彼らはラサ事件の全責任をダライ・ラマに押し付けることにした。そこで新華社をはじめ、中国のメディアはダライ・ラマを「中国を分裂させるもの」と激しく非難した。
だがダライ・ラマその人は、「高度自治を求め、独立を望まない」と公言して久しく、従来から暴力闘争を戒めていたのはよく知られていた。だからこのダライ・ラマ非難はあまりに奇抜で滑稽で、情報を制限されている中国国民ならばともかく、国際的には全く相手にされなかったのである。

終わりに
私は、いまも2008年ラサ事件は、急進青年組織の極左的冒険主義によって不必要な犠牲を出し、民族運動に大きな損害を与えたものと考えている。
だが、反体制派の論客王力雄氏は、「2008年のチベット事件はチベット独立か否かの分水嶺であった。……これ以後はチベット独立が現実的なレベルに浮上したのであり、視野の及ぶところとなった。この変化を生んだのは、ほかではなく、中国権力構造の中で『反分裂』を分担する官僚集団である」と言う(前掲論文)。
1959年以後の中共官僚集団によるチベット支配は、たしかにチベット人の民族意識を育て、連帯感を高めた。私も2008年のラサ事件はそれが確認される機会になったと考える。けれども、チベット人地域人民の意識が「独立が現実的なレベルに浮上した」というほどの高みに達したとは到底思えないのである。(2020・03・24)