2020.01.23 短信
日本大学経済学部 中国・アジア研究センター主催 国際シンポジウム
  ユーラシア新興市場国における国家と市場:中国,ロシア,中東欧諸国の比較研究

日時: 2020年1月25日(土曜日)
場所: 日本大学経済学部7号館 2階 講堂
   https://www.eco.nihon-u.ac.jp/access/
     
プログラム(使用言語:英語)

第1部 中東欧諸国における国家と市場
司会:池本修一(日本大学)
10:00 開会挨拶・趣旨説明 池本修一
10:05 盛田常夫(立山ハンガリー研究所)
“Whither Transformation? –Change and Legacy in the Socio-Economic System”
10:50 Peter Bod (Corvinus University of Budapest)
“From Command Economy to (Periphery) Capitalism-Lessons from 3 Decades
of Socio-Economic Transition of Hungary”
11:35 Martin Potůček (Charles University)
“The State and Market in the Post-Communist Czech Republic”
12:20 昼食休憩

第2部 ロシア・中国・中欧における国家主導型の経済発展
司会:井尻直彦(日本大学)
13:15 日臺健雄(和光大学)
“State Capitalism in Russia: Theoretical History and Current Situation”
13:45 渡邉真理子(学習院大学)
“State and Capital in China: Politics, Law and Corporate Strategy”
14:15 杉浦史和(帝京大学)
“The Transition to a Knowledge Economy and Russia's State Capitalism”
14:45 池本修一
“The Strategy of Catch-up Industrialization in CEE”
15:15 休憩

第3部 ミニシンポジウム「ロシア・中東欧における国家と市場の相克」
司会:井尻直彦
15:30 岩﨑一郎(一橋大学)
“Four Lessens from the Transition Studies”
16:00 溝端佐登史(京都大学)
“Corporate Structure and State-permeation in Russia”
16:30 コメント
     盛田常夫,Peter Bod,Martin Potůček
17:30 閉会の挨拶 池本修一
2020.01.23
  「香害」に苦しむ人たちに
         優しい大型公共施設や菓子工場ができた!

                       シリーズ「香害」第11回

岡田幹治(ジャーナリスト)

香りつき商品の成分で化学物質過敏症などを発症する「香害」が深刻になる中で、香害で苦しむ人たちに優しい大型公共施設と菓子工場が、相次いで完成した。
いずれも国内で初めての取り組みで、社会にあるバリア(障壁)をできるだけ取り除き、障害をもつ人たちがそうでない人たちと同じように生活できるようにしようという「障害者差別解消法」の趣旨に沿った動きだ。

◆熊本市に、化学物質過敏症患者に配慮した大型公共施設
化学物質過敏症(CS)を発症すると、香りつき柔軟剤・タバコ・新建材など身の回りにある多数のものから揮発される微量の化学物質に反応し、激しい頭痛・めまい・吐き気・目の痛みなどに襲われ、日常生活ができなくなる。
この人たちは学校や図書館などに入ることが難しくなり、災害時には一般の指定避難所はもちろん、高齢者や要介護者のための福祉避難所も利用できない。通勤も働くこともできなくなる。
こんな現状に風穴を開けようとする取り組みの一つが、熊本市の中心部に完成した大型公共施設「熊本城ホール」だ。
熊本城ホールは、熊本地震からの復興のシンボル的事業として整備された複合施設の一部。約2300席の「メインホール」や大規模な展示会が開催できる「展示ホール」、会議室などがあり、昨年12月に全面開業した。
この施設では、エレベーター・多機能トイレ・救護室・授乳室・会議室2室が、CS患者に配慮した内装になっている。たとえば会議室は、壁を無機質素材にした上に自然塗料で塗装し、床は自然素材で造ったリノリウムにしてある。接着剤もできるだけ安全なものを使った。
この取り組みは、地元の患者団体「くまもとCSの会」が2017年に提言書を提出して始まった。提言書は公共施設内の空気が清浄になれば、CS患者だけでなく利用者全体の健康にも役立つとし、具体的な内装素材などを提案。これを市と設計・施工業者が前向きに受け止め、協議してきた。
協議の過程で患者会は、会員がストレスなく入館できる施設と、新建材のニオイがきつく、会員が長時間は滞在できない施設の両方を関係者に体感してもらうなどして理解を求め、ほぼ提案通りの内装が実現した。
熊本城ホールにもなお課題は残っている。机やいすなどの備品やメンテナンス剤(ワックス)、清掃用洗剤、トイレの芳香剤から揮発する化学物質が、CS発症者を苦しめるからだ。患者会は今後、これらについて不使用や変更を提案していく。
さらに、市内の保育園や学校、図書館、病院などについても今回のような配慮を要望し、それを市内の公共施設の基本的な仕様にするよう働きかけていく考えだ。

◆宮城県名取市には、災害時の専用避難所
患者団体の働きかけは、宮城県名取市でも成果をもたらした。地震や台風などの災害時にCSの人が安心して避難できる専用の避難所ができることになったのだ。
地元の患者団体「みやぎ化学物質過敏症の会~ぴゅあい~」は、2018年度にNHK厚生福祉事業団の助成を受け、「シックシェルター」(空気清浄機つきテント)と「空気清浄機」2台と「汚水を飲用水に変えられる浄水器」を備えた。災害時にはこれで「きれいな空気と水」を確保し、食料や薬は患者が自分に合ったものを持ち込み、安全な避難生活を送る考えだ。
ただ、肝心の避難所は決まっていなかった。このため昨年10月の台風19号豪雨のときは、菊地忍・市議会議員(公明)を通じて市の災害対策本部に要望し、あちこち探してもらった末、ある公民館の会議室を借りることができた。
しかし避難所の決定までに何時間もかかり、場所を患者に伝えているうちに外出が危険な状況になって、利用できなかった。
このときの反省を踏まえ、菊地議員が昨年12月議会で「CS患者専用の避難所をあらかじめ指定しておくべきではないか」と質問し、山田司郎市長が検討を約束した。今後、市の防災安全課と社会福祉課が対象者は何人いるか、どこが専用避難所にふさわしいかなどを患者団体などと協議していく。
ぴゅあいの佐々木香織代表はこう話す。
――障害者差別解消法は、国・自治体や会社・商店などに対し、障害をもつ人からバリアを取り除くよう求められたときは、負担が重すぎない範囲で対応しなければならないと定めており(会社・商店は努力義務)、CSは障害の一つであると政府が認めている。でも声を上げなければ、だれも動いてくれない。名取市のケースを先例として各地で声を上げたらどうだろうか。
また、専用避難所を設置することについて一般市民の理解を得るには、普段から市民にCSという病気の特殊性を知ってもらっておくことが大切だ――。

◆北海道倶知安町のお菓子屋さんに「無香料の工場」
北海道倶知安町の老舗菓子店「お菓子のふじい」で、全国に例のない「無香料工場」が稼働し出して5か月になる。
夫の藤井隆良さんが製造担当、妻の千晶さんが経営担当の社長になり、数人のスタッフを雇って続けてきたこの店は5年前、厳しい状況に直面した。
隆良さんが周りの人たちの衣類から揮発する柔軟剤の成分が原因でCSになり、人の少ない早朝しか菓子づくりに集中できなくなったからだ。人々が動き出し、お客さんが増えてくると、立っていることさえできなくなる。
千晶さんは対策を模索する中で、苦しんでいるのは夫だけではないことを知り、「何とかしなければ」という思いから一昨年7月、CSという病気の存在を広く知らせ、CS発症者を支援する事業「カナリアップ」を始めた。
そしてCS発症者が安心して働ける新工場を店舗のすぐ近くに建設することを決意。資金の一部はクラウドファンディングで寄付を募り、施工はCSやアレルギーに詳しい地元の工務店に依頼した。
昨年8月に完成した新工場は、1階が菓子工場と事務所、2階が4人のスタッフが住む寮になっている。
建物は通気と断熱を重視する工法を採用し、壁は調湿・調温・防カビに優れた自然素材の壁材を用い、窓ガラスには太陽光エネルギーで化学物質などを分解する触媒を塗布してある。電磁波による健康被害にも配慮し、Wi-Fiは設置せず、すべての電源コンセントにアースをつけた。
隆良さんはいま、朝4時すぎから店舗裏の工場でケーキなどをつくり、8時ごろから新工場へ移って和菓子などをつくっている。清浄な空気の中で過ごす時間が増えて体調が良くなり、いらいらすることもなくなった。
お菓子のふじいで「カナリアさん」と呼ばれているCSスタッフの第一号が、葛島かよこさんだ。葛島さんは岐阜市で、無添加のお菓子の専門店を開いていたが、4年前に香害でCSを発症し、外出すらできなくなって昨年1月に店を閉じた。
「えっ――マスクが外せる――3年目くらいに日中、マスクが外せてる――深呼吸できるよ!!」。
千晶さんの誘いを受けて転職した葛島さんは昨年8月、無香料の工場に入ったとたん、こんな声をあげた。いま「めちゃくちゃ快適に仕事をさせてもらっています」という。
岐阜市で葛島さんは家に閉じこもりっぱなしだった。しかしここでは、職場の仲間との交流を通して、再び社会とのつながりができた。体調は少しずつ良くなっており、「店に貢献しながら、できること、行けるところを増やしていきたい」と話している。
この無香料工場には課題も少なくない。CSは個人差が大きく、この工場の空気質に合わない人もいるし、寮生活になじめず、長続きしない人もいる。このため、現在もCSスタッフは1人が欠員だ。設備投資を回収するため、売上げも増やさなければならない。
藤井千晶さんは「CSを発症したため働けなくなった人がたくさんいるが、この人たちは人手不足の中で貴重な働き手だ。ここを一つの参考例にして無香料の職場を増やしていってほしい」と全国の経営者に呼びかけている。

2012年に実施された大規模な疫学調査によれば、化学物質に対して「強い過敏症状」を示す人が成人全体の4.4%いた。人口に換算すれば約550万人になるこの人たちは、専門医の診断を受けていない人も含めて「CSである可能性が強い人たち」だ。
同じ調査によれば、「相当な過敏症状」を示す人が成人全体の7.7%もいた。人口換算で約970万人になるこの人たちは「香害で苦しめられている人たち」といえる。
こんなにも多くの人たちが香害で苦しんでいる現状を考えれば、こうした人たちに優しい公的施設や職場を増やすことは急務だろう。そうした対策は、普通の人たちの健康にも役立つのだ。
2020.01.22
   弁護士らを一斉摘発―くり返される「大一統」の呪縛
               ――八ヶ岳山麓から(303)――
           
阿部治平(もと高校教師)

中国各地で昨年12月下旬以降、人権派弁護士や活動家ら10人以上が公安当局に摘発されていたことがわかった。去る6日の『信濃毎日新聞』に載った共同電によると、拘束者の大半は同月開かれた国政を議論する集会に参加していた人たちで、拘束された弁護士らは12月13日に福建省アモイ(厦門)で開かれた集会に参加し、国内外の政治情勢について議論したのだという。中国当局はその集会を政権の転覆をはかる行為とみなし、同26日ごろから摘発に乗り出し、北京や福建、山東、浙江各省などで少なくとも13人を拘束した。
習近平政権は実に神経質に言論弾圧をおこなっている。
改革開放以後の胡耀邦・趙紫陽政権はもちろん、江沢民・胡錦涛政権と比較してもその程度は目立っている。国民党の蒋介石専制時代には茶館などに「国事を論ずる勿れ」という張り紙があったというが、習近平政権下の中国はそれとよく似た状況にある。
もちろん、上記の集会では香港民主化運動を議論したのだろうが、「全てを領導する」という習近平の方針には抵触するとしても、それを議論するくらいで一党支配の体制が揺らぐわけではない。
にもかかわらずこのたびの言論人逮捕は、2015年の人権派弁護士らの弾圧に次ぐ大量逮捕である。もちろん弾圧の直接の目的は、香港での抗議デモが本土に波及することを警戒したものだ。

なぜこうも神経質なのか。
中国史上ですぐ思いつくのは、明朝(1368~1644)の第三代皇帝永楽帝(在位1402~24)である。明朝の創始者は朱元璋すなわち洪武帝である。2代目として即位したのは早世した洪武帝の長男の子すなわち孫の建文帝である。このとき北平(北京)を守っていたのは洪武帝の4男燕王であったが、洪武帝の死後建文帝が燕王のとりつぶしを謀ったものだから、燕王が反撃して建文帝を亡き者にし、代わって皇帝になった。「靖難の役」である。
ところが漢民族国家には「大一統」の伝統がある。「大一統」は、天命を受けて国家の正統な統一支配を継承することを意味する。だから皇位に昇った燕王すなわち永楽帝は、儒教的秩序からすれば「皇位簒奪者」であった。
正統性の危ない王朝がやることは、政敵追放と正統性の神話づくり、業績をあげつらうことである。「簒奪者」の汚名弱点をそそぐために、彼は異様な執念を燃やした。建文帝の治政が存在しなかったことにし、苛烈な異論弾圧をつづけるとともに、モンゴル元朝の都であった北平に大宮殿を構築して南京から遷都し、宦官を起用したスパイ機関「東廠」による統制体制を敷いた。
その一方で、華夷秩序の頂点に立つべく冊封体制の構築に努力した。北元(モンゴル)や安南(ベトナム)への遠征をやり、鄭和の大航海によって南海諸国に朝貢を強制した。これもまた洪武帝の正統の後継者が自分であることを示すためだった。李氏朝鮮がすすんで明朝の冊封を受けいれ、日本からは足利義満が朝貢したのは幸いというべきであった。
清朝(1644~1912)も負けてはいなかった。
清朝は満州民族が建てた国家である。中国本土を征服したものの、漢民族の「中華思想」「大一統」の理念からすれば、清朝は「夷狄」の建てた国家である。「夷狄」のままでは漢民族を精神的に屈服させ、抵抗を抑えることはできない。
この難問を解決するために、清朝の歴代皇帝は、みずからが「中華思想」の体現者であり、儒学の伝統の継承者であり、よって正統な支配者であるとした。思想上の大冒険である。
そのため、漢民族知識人を動員して『古今図書集成』、『四庫全書』などを編纂させ、これを懐柔した。一方で、薙髪令(ちはつれい)を発して満洲民族の髪形である「辮髪」を強制し、「文字の獄」「禁書」をおこなって、満洲をはじめモンゴルなどの北方民族に対する漢民族の蔑視・誹謗を厳しく処罰した。この立役者として思い浮かぶのは雍正帝である。

胡錦涛政権の末期に、ライバルである重慶党書記薄熙来が摘発された。次いで中共中央政治局常務委員でエネルギー資源を支配し治安機関も抑えていた周永康が摘発され、上海閥の軍のトップ徐才厚や郭伯雄、共青団上がりの令計劃などがやり玉に挙がった。いずれも習近平総書記の権威を貶める恐れがあったからである。さらに省や部(日本の中央省庁)幹部200人余を捕まえた。2016年末までにこのキャンペーンの中で摘発された人数は100万人を優に超えた。
習近平にだって、胡耀邦や趙紫陽のように民主主義を展望する道はあった。だが敢えてそれを選択しなかった。彼がやったのは、「政治腐敗」反対を口実にした政敵の粛清と業績づくり、中華民族主義の宣揚、あきれるほどの権力の集中である。
2013年3月第12期全人代第1回会議の閉会式において、習近平は国家主席就任演説で、「中華民族の偉大なる復興」「中国の夢」を語った。さらに国内の過剰生産の解決策として「一帯一路」構想を打ち出し、南シナ海・東シナ海の領有を宣言し、南シナ海には軍事施設を構築した。これを国際司法裁判所が不法としたのを「紙くず」と一蹴した。
2017年10月の中共第9回大会では、「党政軍民学、東西南北中、党が全てを領導する」と中共の統制強化を強調し、また党規約に毛沢東思想、鄧小平理論に並べて、「習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想」を加えさせた。
2018年3月の全人代は、憲法を改定して国家主席と副主席の任期を2期10年とする制限を撤廃し、終身制への道を開き、さらに治安・ネット・経済改革・法治・などの分野に指導グループを設け、自分がそのすべての主任を兼務した。

70年間も一党独裁がつづく国家。軍事費を上回る治安関係予算をもって国民を抑えつける国家。このような国家は20世紀のソ連を除けば、中国・北朝鮮くらいのものである。
中国における中共の天下は、「一人一票」の普通選挙などで中国国民から信託されたものではない。国共内戦に勝利して国民党からもぎ取ったものである。
中共はこれまで、1945年まで続いた抗日戦争の唯一の担い手だったことを自身の正統性の根拠にしてきた。ところが最近、中国内でも国民党が抗日戦争の主役だったことが少しずつ明らかにされるようになり、中共による国家支配の正統性の是非が論じられるようになった。中共はこれを歴史ニヒリズムとして弾圧しているが、明清両朝に通じる支配の正統性の弱みがあからさまになりつつあるのである。

思えばわが高校教師時代、生徒たちは中国史を「同じことの繰り返し」といって、私にアメリカ南北戦争時の軍歌「リパブリック讃歌(オタマジャクシはカエルの子)」のメロディで王朝交代史の暗唱をしてみせた。それは「殷・周・秦・漢・三国・晋/南北朝・隋・唐・五代/宋・元・明・清・中華民国/中華人民共和国」というものであった。
漢民族国家の統治システムである『大一統』が、王朝交代を経ながらも繰り返されたことについての有力な学説は、すでに1979年に金観涛・劉青峰夫妻によって提起された(この簡約版日本語訳は『中国社会の超安定システム』研文出版1987)。ジャーナリストの山本英也氏はこれを「『ミニチュア国家』というべき家父長制が、社会の基本単位である家族、あるいはもう少し広げて、村落内の男系血族で構成される習俗単位で維持されていたためである」と要約している(『習近平と永楽帝』新潮新書 2017)。もちろん家父長制が直接に「繰り返し」に結び付くものではないが。

いま習近平は、毛沢東の正統な後継者としてその権威と専制支配を受け継ぐべく、悪戦苦闘中である。それを実現するもっとも確実な手は、彼のいう「中国の夢」を実現すること、すなわち台湾の武力制圧である。だがいまのところどんなに軍備を拡張しても先は見えない。
その焦燥感が思想取締りに現れているのである。
2020.01.21
     トランプの任期切れまであと1年(2)

        ―なぜこれほどイランへの憎悪、嫌悪が強いのか

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

トランプ米大統領の命令によって米国は2018年5月、オバマ前政権の尽力で実現したイランと主要6ヵ国(米、ロシア、中国、英国、フランス、ドイツ)との核合意(2015年10月発効)から一方的に脱退し、イランに対する厳しい経済制裁を復活した。核合意の実施を監視する国際原子力機関(IAEA)が、翌16年1月以来、イランが核合意を実行していることを確認してきたにもかかわらずだ。米ドルで支払われてきたイランの石油輸出代金の決済が困難になり、イラン経済が大きな打撃を受けることになった。以後、トランプ政権下の米国はさまざまな軍事的、経済的圧力を加えてきた。そして今年早々、国民の人気が最も高い軍事指導者、ソレイマニ革命防衛隊司令官を殺害した。イランに対する敵意が、なぜこれほど深く、執拗なのか。
その源は、1978-79年のイラン・イスラム革命にさかのぼる、イランから脱出した独裁者パーレビ国王は、強い親米王政で、米国の中東政策の有力な支持基盤だった。故ホメイニ師を最高指導者とする革命政権は、米国の支援で脱出し、保護下に入ったパーレビ国王の送還を米国に求めたがカーター米大統領は拒否。テヘランでは激高した学生たちが米大使館を占拠して館員ら52人を人質にして、パーレビの送還を米国に要求した。米軍の人質解放作戦は失敗。81年にアルジェリアの仲介で事件は解決したが、この事件を忘れずに、イランへの敵意を持ち続けている米国人の中でも、トランプはその筆頭格だ。
トランプの反イランを大歓迎している中東の国の筆頭はイスラエル。イランのイスラム政権は革命で発足以来、パレスチナ解放運動、その中核のパレスチナ解放機構(PLO)を一貫して支持、支援し続けてきたためだ。イスラエルのネタニヤフ政権は、トランプ政権に反イラン行動を求め続けてきた。
石油の宝庫、ペルシャ湾岸地域での反イランの巨頭は、湾岸アラブ諸国の盟主を自認する巨大産油国サウジアラビア王国。イスラム教の発祥の地。毎年聖地メッカ、メディナを世界中のイスラム教徒が礼拝する。
イスラム教徒は大別してスンニ派90%とシーア派10%に分かれる。サウジアラビアも3千4百万人口の9割がスンニ派で、王族の中心サウド家はもちろんスンニ派。一方イランは8千2百万人口の9割以上がシーア派だ。サウジアラビアでは、少数のシーア派への差別、圧迫がある。両国はイスラム国家としての協力以上に、湾岸地域での覇権争いを繰り広げた、現在もイエメンで政権勢力と反政府勢力に分かれて支援、悲惨な内戦が続いている。
トランプは、発足以来サウジアラビアとの関係を重視、2017年5月、就任以来初の外遊先としてサウジアラビアを選んだ。リヤドでのサルマン国王との首脳会談で戦略的パートナーシップ強化を宣言。米国からの巨額の兵器輸出を取り決めた。(続く)
2020.01.20
            京都市長選始まる(1)
       国政と地方政治は違うという〝オール与党〟の究極のご都合主義

広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

 新春早々、1月19日(日)から京都市長選が始まった。選挙期間は2週間の短期決戦、2月2日(日)が投開票日だ。選挙戦は、自民・公明・国民・立憲・社民5党が「オール与党=与野党相乗り」で推薦する現職候補・門川大作氏、共産・れいわが推薦し市民が支援する革新系候補・福山和夫氏、そして地域政党候補・村山祥栄氏の三つ巴合戦となった。このところ京都では、オール与党の非共産系候補と共産系候補が対決する「2極選挙」が続いてきたが、今回は地域政党候補が参入することで久しぶりに「3極選挙」となったのである。

市長選の告示日を1週間後に控えた1月12日(日)、国立京都国際会館のホールで門川氏の4期目当選を目指す「未来の京都をつくる会・総決起大会」が開かれ、壇上には西田自民党京都府連会長(参院議員)、竹内公明党京都府本部代表(衆院議員)、前原国民民主党京都府連会長(衆院議員)、福山立憲民主党幹事長(参院議員)、伊吹元衆院議長(衆院議員)などが勢揃いした(社民党は京都の国会議員がいない)。この5党と連合京都がオール与党体制を組み、財界や業界団体と結束して現職候補の必勝を期して決意表明したのである。

西田氏(自民)、竹内氏(公明)をはじめ、前原氏(国民)、福山氏(立憲)が異口同音に強調したのは、投票率の低下によって現職候補の票が減ることの危険性だった。門川氏が当選した過去3回の市長選は、オール与党会派の自民・公明・(旧)民主・社民4党(今回は民主が分裂したので5党)が、財界や業界団体、町内会団体などと共に「市役所ぐるみ」で選挙母体を組み、連合京都の組合員や創価学会会員などを総動員して戦われてきた。これだけの陣容で臨んでいるのに、彼らはなぜ投票率の低下を懸念するのか。

京都市の有権者数は、2019年12月現在117万2千人(男性54万7千人、女性62万5千人)、過去3回の門川氏の得票数・得票率は、2008年15万8472票(36.7%)、2012年18万9971票(45.3%)、2018年25万4545票(62.5%)と回を重ねるごとに票を伸ばしてきた。この調子だと今回も大丈夫だと考えても不思議ではないのに、「かってないほど厳しい!」と言うのである。その背景には、従来の「2極選挙」が今回は「3極選挙」に変化したことがある。門川氏が初出馬した2008年市長選は、門川(オール与党)、中村(共産+市民派)、村山(第3極)の三つ巴の戦いとなり、第3局の村山氏が8万4750票(得票率19.6%)を獲得した結果、門川氏15万8472票(同36.7%)、中村氏15万7521票(36.5%)とその差は僅か951票(同0.2%)に接近した。まさに〝薄氷の勝利〟だったのである。

西田自民京都府連会長は、この時の「951票」という数字を大声で連呼し、「投票率を上げなければ勝てない!」と会場の参加者に何度も檄を飛ばした。「40%台」に乗せれば勝てるが「30%台半ば」では危ないと言うのである(投票率35%で41万票、40%で46万9千票)。過去3回の市長選投票率はオール与党(彼らはこれを「オール京都」という)で臨んでいるのに、投票率は2008年37.8%、2012年36.7%、2016年35.8%とじりじりと下がってきたので、このままの調子で下がると革新票の比重が増し、現職候補が危ないと言うのである。

 竹内公明京都府本部代表は、オール与党で市長選を戦う理由を「地方分権の時代に中央のイデオロギー抗争を持ち込む方がおかしい。地方政治は住民の福祉向上のためにある」という(京都新聞1月13日)。しかし、現実はどうか。目下、国政の争点となっている原発再稼働、沖縄軍事基地拡充、社会保障制度再編などは、全てが安倍政権の中央イデオロギーがそのまま地方政治に持ち込まれた結果であり、自公連立政権が地方自治・地方分権を踏みにじっているのである。

 前原国民京都府連会長は別の理由を上げる。「門川市長に立候補を要請したのは旧民主党で、製造者責任がある。安定のため一部の党を除きオール与党化するのはどの自治体でもあり、批判には丁寧に説明していく。ポイントは多選の是非だが、党の市議の評価を尊重する」(同上1月12日)というものだ。だが、旧民主党が門川氏を推薦した本当の理由は、長年にわたって京都市政を蝕んできた同和行政をめぐる利権を維持するためだったのではないか。旧民主党や連合京都が部落解放同盟の要求実現団体として終始活動してきたことは紛れもない事実であり、そのことが国民民主党と立憲民主党に分裂したいまでも、彼らがオール与党の1員として動いている背景でもある。

一言で言えば、彼らがオール与党で市長選を戦うのは、現職候補が落選すれば「市役所利益共同体」が崩壊するためである。自民党はオール与党体制のもとでは市政のうまみを独占することができないので時折「多選の弊害」を口にするが、その他のオール与党にとっては「現職の多選」は利益確保のための不可欠の条件となっている。市役所利益共同体を維持するために「多選=従来体制の維持」にこだわり、勢揃いで選挙戦を戦うのはそのためだ。しかし、有権者を前にこんなことを有体に言うわけにはいかないので、表向きは上記のような各党各様の発言となる。

 問題は、立憲民主党幹事長である福山氏の動きだろう。「未来の京都をつくる会・総決起大会」から2日後に共産党第28回党大会が開かれ、大会第1目の様子を伝える「赤旗」には、野党各党代表の挨拶が大きく掲載されている。その中で私が注目したのは、国民民主党は平野幹事長、社民党は吉川幹事長が挨拶しているのに、立憲民主党はなぜか福山幹事長ではなく安住国対委員長が挨拶していることだ。

 それはそうだろう。福山幹事長はその2日前の京都市長選のオール与党決起集会に立憲民主党を代表して参加し、自民党国会議員と並んで現職候補に檄を飛ばしていたのである。立憲京都府連は昨年12月8日、国民京都府連に続いて現職候補の推薦を決めたが、福山氏は同日、立憲京都府連会長を辞任している。各紙は「党務に専念するため」とその理由を伝えているが、実のところは国政では野党共闘を進めているのに、京都では自公両党の推薦する現職候補を応援することへの支持者の反発が強いので(立憲市議の1人がすでに離党している)、京都から「逃げた」のではないかと言われている。

それでいて、福山氏は立憲民主党幹事長という党務に専念すべき要職にありながら、京都市長選のオール与党決起集会には「党務」を放棄して駆け付けているのだから、こちらの方の絆がよほど太いのだろう。権謀術数が渦巻く京都では、このように国政と地方政治の「ねじれ」が普通になっているが、これでは国政と地方政治の「ねじれ」のどちらが本筋なのか分からない。国政では自公与党と「対決」しながら、京都では自公両党と平気で手を組むような政党には信頼が置けないと誰もが思っている。この政党の立ち位置がいったいどこにあるのか、その正体がよく分からないからである。

 京都市長選の投票率低下の原因はもっと別の所にある――と私は考えている。「未来の京都をつくる会・総決起大会」の光景がその証明だ。2000人を超える参加者のほとんどが中高年男性で占められ(黒一色の光景!)、女性が1割にも満たなかった。有権者の過半数(京都市では53%)が女性なのに、それが1割にも満たない選挙集会なんて今まで見たことも聞いたこともない。考えられる理由は、1つは自民党の支持基盤である地域婦人連合会(現在は地域女性連合会)に若い女性たちが加入しなくなり、動員が利かなくなったこと。もう1つは、公明党選挙部隊の中核である創価学会婦人部の姿が見られなかったことだ。それに動員された連合系の組合員も男性がほとんどで、女性の姿はなかった。

 選挙集会に女性の姿が見られない、ということの意味は大きい。自公両党の支持基盤である地域婦人会会員や学会会員が高齢化し、選挙活動や投票動員が思うようにならなくなってきているという年齢要因もあるが、それ以上に市長選ごとに繰り返される「オール与党選挙」に対する政治不信が大きく、嫌気がさしてきているのである。これでは幾ら動員をかけても投票率は上がらないし、候補者に対する支持も広がらない。それでもオール与党候補の現職が勝つという現状をどう打破するのか、その回答が求められている。

 勝敗の帰趨は、やはり投票率の動向にあることは間違いない。だが、「投票率が上がれば現職候補が勝てる」という西田氏の情勢分析は誤りで、私は逆に「投票率が上がれば革新系候補が勝てる」と考えている。問題は投票率がどれだけ上がるかだろう。理由は、立憲支持者など革新系市民の中に「現職離れ」の兆候が見られることであり、これに無党派層の流れが加わると一挙に形勢が変わる可能性があるからだ。

この点で、「れいわ」が福山氏を推薦した影響が大きいと思う。れいわは山本代表が福山氏の応援演説に入り、大型宣伝車を走らせるなどすでに選挙活動を開始している。これに福山陣営の労組や団体の活動が本格化すると、思いがけない相乗効果を発揮することも考えられる。投票率が40%台に乗るようであれば、これは保守派の動員の影響によるというよりは、むしろ革新系の動きによるものと考えるべきだろう。どれだけ革新系市民の浮動票を掘り起こせるか、ここに福山氏の勝利が懸かっていると言っていい。(つづく)
2020.01.19 「本日休載」
  今日、1月19日(日)は 休載します。

      リベラル21編集委員会

2020.01.18
ほんとうに大丈夫なのか?オリンピック輸送問題

          ドライバーの労働環境は既に限界

杜 海樹(フリーライター)

 東京オリンピックを目前に控えても各種交通機関が滞りなく機能するかどうかの懸念が続いている。特に選手村などが設置される臨海部は公共交通機関自体がそもそも少ないところであり問題が指摘され続けて来てきたところであるが、今日に至っても問題が克服されたという話は耳にしていない。
 
国や東京都は、首都高速道路では1日あたり約7万台の交通増が見込まれるとして、関係各位に対してオリンピック期間中の交通量削減に向け協力を求める文書等を発出し、臨海部混雑マップなどを示してはいるが、お願いされただけで削減できるような余裕のある経営をしている企業がそうあるとも思えず、この先一体どうなるか非常に気になるところだ。何しろ、臨海部の交通が麻痺してしまえば、オリンピックの運営だけではなく、東京港からの食糧輸送、郵便配送や各種宅配配送、企業や工場への輸送等々に深刻な影響が出ざるを得ないからだ。
 
そもそも、臨海部の混雑は東京オリンピック時の混雑という問題以前に慢性的な渋滞問題として長い間黙認されてきた経緯の上にあるということは知っておきたいところだ。東京一極集中が進む中、東京港においても十分な待機スペースがあろうはずもなく、コンテナ船などの大型船が着岸すれば幹線道路もトレーラートラックで溢れかえり微動だにしない状況が長い間続いて来た。そして、大渋滞が発生する度、問題として取り上げられては来たものの、ピークが過ぎれば、喉元過ぎれば熱さを忘れるごとくに問題が先送りされ続けてきた経緯がある。
 2018年上半期の東京港のコンテナ取扱個数は244万TEU(TEUはコンテナを数える単位。1TEUは長さ20フィートのコンテナ1個分を指す。最近は長さ40フィートのコンテナが主流となっているため2TEUがコンテナ1個分である場合がほどんど)を数えており、これを1日分に換算すると概算で6777個のコンテナを東京港で取扱う計算となる。時間に換算すれば12.7秒に1個の割合でコンテナを運んでいかないと追いつかない計算となっている。さらには、都も施設容量の不足を認めているところであり、新たな車輌待機場の整備、ターミナルの整備、埠頭の再編等を推進するとはしているものの、現状に全く追いついていないのが実態となっている。
 
東京港臨海部で輸送に携わっているトレーラードライバーは渋滞で数時間待たされるのは常であり、長いときは7時間も8時間も路上で渋滞のまま待たされ、朝に並んで夜まで待たされるといった悲惨な状況にもおかれている。混雑時には主要道が完全に機能停止となってしまうのだ。そして、路上にはトイレも売店も何もないことから、ドライバーはペットボトルを尿瓶代わりに持参したり、オムツをして乗車するなどの状況に追い込まれてもいる。
 もちろんこうした状況が労働基準法を満たしている訳は全くなく、業界紙である物流ニッポンは、2017年実績で、トラック運送事業所の内の84%が労基法違反、69%が自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準告示)にも違反だと報じている。自動車運転者の労働時間等の改善のための基準は、1日の拘束時間は最大で16時間までが限度(一般のサラリーマンで例えれば9時に出勤して深夜1時まで拘束できるというような長時間拘束が認められる)、1年間の拘束時間は最大で3516時間が限度等々と極めて緩い基準となっているのだが、この緩い基準すらも守れていないのが実態となっているのだ。
 
2020年現在、厚生労働省内には委員会が設置され、過労死防止の観点から、自動車運転者の労働時間等の改善のための基準の見直し作業が始まっているが、まだまだ改善の道は遠いというのが実態となっている。
 こうした厳しいトラックの現実の中に東京オリンピックの輸送問題が割って入って来た訳なのだ。臨海部の渋滞問題は小手先の回避策では到底対応できるものではないであろう。臨海部周辺で働くドライバーは、既に労基法違反の長時間労働で首が回らない状況にある。オリンピックからパラリンピックまでを考えると約1ヶ月の期間があり、その間、通常の生活に必要な物流を止めることなく、オリンピックの輸送を本当に行えるのであろうか?
2020.01.17
         米中「第1段階協定」に署名
     ―「内弁慶」習近平の面目躍如


         国内の反米感情をどう抑えるかが見もの
                               
田畑光永 (ジャーナリスト)

 何度も「合意近し」「署名近し」といううわさが流れて、その都度、世界の株式相場を揺らしてきた米中貿易摩擦についての「第1段階協定」が15日、ようやくワシントンで署名された。
 国家間の約束事は通常、同格の代表どうしの間で行われるものだが、15日に協定に署名したのは、米側がトランプ大統領、対する中国側はこれまでの交渉代表、劉鶴副首相だった。なんともバランスが悪い。
 こういう場合、格上が出たほうが立場が弱いと見られるのが一般的だろうが、今回は明らかに反対で、勝った米側からは総大将が威風堂々と出てきたのに対して、立場の弱い中国側の総大将は姿を見せず、代わりに前線の部隊長が相手の総大将の前に引き出されて降伏文書にハンコをつかされた、という光景だった。
 なぜそう言えるのかはあとで説明することにして、まず交渉の経過をざっと振り返っておく。
何が交渉のキモとなったか
 米トランプ大統領が自国の貿易赤字を減らすために、つまり米国の労働者や農業者の仕事や稼ぎを増やすために、米国相手に稼いでいる国々に有無を言わせず貿易黒字を減らせと難癖をつけ始めたのは、自分の任期の半分が過ぎた一昨2018年の春であった。鉄鋼やアルミなどをネタに中国ばかりでなく、日本、EU、カナダ、メキシコなどにも請求書を突きつけたが、結局、稼ぎ頭の中国との取り組みがなんども水が入るもっとも長い交渉となった。
 それにしても、相手が自分にものを売りすぎるという非難はそもそも筋違いである。売り買いを最終的に決めるのは(希少商品など例外を除いて)一般的には買い手である。純粋に商売の話なら、買い手が買わなければ「売りすぎ」は発生しないはずだ。にもかかわらず、いろいろ難癖をつけて(守ってやっているのに物を買わないなど)、売り手に「売るな、もっと買え」と無理を通すのがトランプ流の手口である。
 だから、米中交渉は難航した。2018年夏以降、米側が中国からの輸入品に7月に第1次、8月に第2次、9月には第3次、あわせて2500憶ドル分(中国からの輸入額の半分弱)に25%の超過関税をかけた。その都度、中国側も報復措置(といっても中国の対米輸入額は2000憶ドル未満だから、金額は少ないが)に出た。
 米側はさらに大規模な第4次を発動しようとしたが、さすがにむやみな関税戦争には歯止めをかけようということになり、18年12月1日、G20首脳会議の後、アルゼンチンのブエノスアイレスでトランプ・習近平の首脳会談が開かれ、翌19年1月から仕切り直しの交渉が始まった。
 そして約3か月、4月なかばころからようやく交渉妥結という空気が流れ始め、5月上旬にもワシントンで協定調印という運びが既定の事実として報道されるようになった。
 ところがそこで形勢が逆転した。およそ150頁に上る協定案がまとまり、その署名のためにワシントンに現れたはずの中国側の劉鶴首席代表が、協定のおよそ50頁分の取り消しを求めたと伝えられた。
 その経緯について中国側は明らかにしていないが、当の劉鶴はワシントンで、「交渉は最後までなにが起こっても不思議はないのだ」とのべて、最終段階で中国側が態度を変えたことを暗に認めた。
 そして劉鶴はさらに中国人記者を相手に、「1、協定が署名されたら、米側は超過関税を撤回すること、2、農産品などの輸入額を増やすのは実需に基づくこと(政府が政治的に輸入増などを決めず、業者間の取引によること)、3、協定は互いの主権、名誉を傷つけないこと」の3項目を挙げ、これが米中交渉の基本原則であるとのべた。これがその後の交渉のキモとなったはずである。
 つまり、署名寸前までいったと伝えられた協定はこの3項目に悖るものであったがために、結局、中国の国内事情で署名することが認められず、決裂に至ったものと考えられる。
 こうして1月からの第2ラウンドも実らず、次は6月末の大阪での再度のトランプ・習近平首脳会談を経て第3ラウンドに持ち越された。これもまた途中、さまざまな小競り合い、中競り合いを重ねたが、その経過は煩雑になるから省略して、ようやく昨日、妙に不釣り合いな代表によるとはいえ、「第1段階協定」への署名が行われた
結果をどう見るか
 さて署名された協定をどう評価するか、基準は先の3項目である。伝えられた要旨から判断してみる。
 第1項目は関税撤回。伝えられる限りでは、米側はこれまで第1次から第3次までの総額2500憶ドル分に対する関税はそのまま残し、その後、第4次分の一部分として実施している約1200憶ドル分の関税率15%を半額の7.5%に引き下げるとしているだけである。明らかに不十分である。
 トランプ流の交渉はたとえば北朝鮮の非核化にしても、相手に先に何かをやらせて(核施設の破壊など)、自分はそれを見てからやっと行動する(制裁を解除する)、というやり方である。相手と同時に自分も何かするとは言わない。だから金正恩は怒っているのだが、トランプにとっては大国中国もその点では北朝鮮と同じ扱いである。中国側ではこの点について、「エスカレートする一方だった関税戦争の流れが逆転した」などと無理に成果扱いする論調もあるが、苦しい言い訳である。
 第2項目は、米からの輸入増は実需に基づくこと、である。中国は首脳の外国訪問などの折に、相手を喜ばせるために、特定の商品を大量に買い付ける約束をすることがよくある。米相手にそれをするな、というのが、この第2項目である。これが3項目の中に入った政治的背景は興味深いが、いまはそれには立ち入らない。とにかく、結果はどうか。
 伝えられる協定内容によれば、米からのモノとサービスの輸入を向こう2年間で2000憶ドル増やすことを中国側は約束した。「つかみ金」ならぬ「つかみ輸入」であって、実需に基づいているとは言えない。その品目別金額は工業品777憶ドル、LNGなどエネルギーが524憶ドルに対して、農産品は320憶ドルである。
 ただ事前の報道では、農産品の買い付け約束額は400憶ドルと推測されていたから、それよりは20%少ない。最後の交渉で減額させたのでろうか。いずれにしても、第2項目も守られなかった。
 第3項目は、協定は双方の主権、名誉を傷つけないことである。こんな言うまでもないことがなぜ交渉原則に入ったか。どうやら昨年5月に決裂した協定文では、国営企業に対する中央・地方の政府からの補助金などの輸入促進支援策などが米側の攻撃対象となり、それをやめることといった項目があったらしい。
 これが国内の各級政府から「内政干渉ではないか」といった反発を招いて、劉鶴らは身動きがとれなくなったらしい。真偽は私には確かめられないが、ありそうな話ではある。ただ今回はどうやらそういう難しい問題は回避して、とにかく合意を目指したらしい。「名誉だ」「主権だ」という危ないところには触らなかったようだから、これは評価の範囲外である。
 結論として、3項目のうち2つは守られたとは言えない。しかし、たとえば地方政府が地元企業に補助金を出そうとしたら、それが米の要求で止められるといった権力層の神経を逆なでするような問題を避けた点で、風当たりは強くあるまいというのが、交渉当事者および習近平の判断ではなかろうか。
米の反中攻勢をどうする?
 それにしても伝えられた限りではあるが、この内容で米との経済休戦に首を縦に振った習近平の内心はどういうものであったか、私には容易に推測できない。
 習近平に自分を置き換えて昨年を振り返ってみると、トランプ率いる米は「なんの恨みがあってこちらのいやがることばかりするのだ」と殴りつけてやりたい衝動に駆られているはずと思う。
 「香港の長い、激しいデモには本当に手を焼いたが、南の玄関口のことだから、手荒い真似もできずに困っていると、米はなにかとデモ隊を勇気づけた。香港人権・民主法案など、いったいあれはなんだ。他国を何だと思っているんだ。デモ隊が星条旗を振り回しているのを見た時の憤怒の感情は忘れられない」
 「台湾にしたってそうだ。なるべく話し合いで取り込もうと苦労しているのに、戦闘機だ、ミサイルだ、戦車だと、子供に欲しがるものを与えるようにトランプが気前よく渡すものだから、あれほど人気のなかった蔡英文が800万票も集めて、総統に再選となってしまった。手の打ちようがなくなってしまったではないか。いったい台湾をどうしようというのか」
 「そればかりではない。新疆ウイグルにまで去年はあれやこれやうるさかった。あんな遠いところの何百万かの人間に米がいったい何のかかわりがあるんだ。いい加減にしてもらいたい。香港につづいてこんどは『新疆ウイグル民主・人権法案』だと。オレたちが『アラスカ解放法案』だの、『フロリダ民主化法案』だのを全人代で立法したらお前さんはどんな顔をするんだい・・・・」
 とまあ、習近平は思っているに違いない!。
 しかし、問題はそれだけではない。同じことを国民の相当大きな部分が感じているだろうし、同じことを感じていなくても、習近平の無策をせせら笑っている人間もかなりいるだろう。その米の言いなりにものを買ったり、米の証券会社や銀行に儲けさせたりするのはどういう了見なんだとも。
 習近平はしばらく(いつまでかは分からない)夜も眠れないだろう。それについての情報があったら、次の機会に報告する。
                                                   (200116)
2020.01.16
      旧陸軍被服支廠を保存して

        広島の被爆建物解体の動きに反対の声

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 「原爆を浴びても生き残った被爆建物は歴史的にも文化的にも貴重な人類の遺産。決して解体してはならない」。そんな声が、広島と東京で高まりつつある。今年は広島・長崎の被爆から75年。この問題は、原爆被爆を日本人としてどう考えるかという問いかけを改めて私たちに突きつけていると言えるのではないか。

 問題になっているのは広島市南区にある旧陸軍被服支廠(ししょう) 。爆心地の南東2・7キロにある。1913年に完成した鉄筋コンクリート・れんが造りの3階建てで、戦前から戦争中にかけては軍服や軍靴を製造していた。
 もともとは13棟あったが、現存しているのは4棟で、1945年8月6日に広島に投下された原爆でも倒壊を免れた。1~3号棟を広島県、4号棟を国(中国財務局)が所有している。4棟の敷地は合わせて約1万7000平方メートル。現在、広島市が被爆建物として登録している建物は市内に86件あるが、その中でも最大級という。
 被爆後は広島高等師範学校、県立広島工業高校の校舎、日本通運の倉庫などに利用されてきたが、1995年以降は使われていない。

  ところが、昨年12月初め、広島県が、所有する3棟のうち爆心地に最も近い1号棟を改修・補修して保存し、他の2棟(2号棟と3号棟)を解体・撤去する方針を明らかにした。県によると、築100年を超えているので劣化が進み、地震による倒壊または崩壊の恐れがあるからだという。2、3号棟の解体・撤去に当たっては事前にバーチャルリアルティー(Vr)の技術を用いて現在の姿を精密にデジタル保存する、としている。
 一方、4号棟を所有する中国財務局は「解体を含め検討中」としている。

 こうした県の方針に対し、さっそく市民の間から「解体反対」の声が上がった。それは次のような主張に基づく。
 一つは、被爆直後にここが救護所となったため、多数の被爆者がここに逃れてきて、ここで亡くなった人もいたという事実を重視すべきだ、という主張だ。つまり、旧陸軍被服支廠はいわば「被爆の証人」と言える。だから、被爆者が年々減少し被爆体験をどう継承するかが問題となっている折から、「もの言わぬ被爆者」である旧陸軍被服支廠は何としても残すべきだ、というわけである。
 もう一つの主張は「旧陸軍被服支廠は国内最古の鉄筋コンクリートの建物で、建築学上も大きな価値をもつから、解体・撤去は避けるべきだ」いうものだ。

地元紙・中国新聞によれば、今月初め、全国の市民有志約200人でつくる「旧被服支廠の保全を願う懇談会」が、3棟を所有する県に「3棟を解体せずに最大限保存するよう要望する」文書を提出した。
 また、朝日新聞によれば、今月初め、原爆ドーム前で、旧陸軍被服支廠の保存を求める市民有志が署名活動を行い、「解体の危機にある赤れんが倉庫(旧陸軍被服支廠のこと)をあなたの手で支えてください」と、観光客らに呼びかけると、約1時間で100筆近くの署名が集まった。同紙はまた、広島市の市民が「長きにわたって歴史を物語ってきた建造物を後世に残してほしい」とインターネットによる署名を始めたところ、約一カ月で内外の約1万6000人から賛同を得たことや、広島県原爆被害者団体協議会(坪井直理事長)が4棟の保存を求める要望書を県に提出したことを伝えている。

 さらに、広島出身の被爆文学者の作品や資料の収集に当たっている「広島文学資料保全の会」は、1月26日(日)午後2時から、広島市中区袋町、ひとまちプラザ・北棟6Fで「赤れんが よみがえれ―保存・活用をめざして」と題する講演会を開く。講師は石丸紀興・元広島大学教授。講演会の狙いを「拙速に“広島の原風景”を消してはならぬ。旧被服支廠の保存・活用にむけて多くの県民・市民の意見を集約しよう」としている。

 東京でも、広島での動きに呼応する動き出始めた。3年前から、原爆や戦争の被害について理解を深めようと、東京で月に1~3回の「ヒロシマ連続講座」を主宰している元高校教師の竹内良男さん(東京都立川市)が、今月から来月にかけて3回にわたる「広島・旧陸軍被服支廠の保存を考える」と題する緊急講座を開く。
 第1回は1月19日(日)、第2回は同月26日(日)、第3回は2月11日(火・祝日)。いずれも午後1時30分から。場所はJR山手線駒込駅東口から徒歩7分の愛恵ビル3F(公益財団法人愛恵福祉支援財団)である。講師には、永田浩三・武蔵大学教授、栗原俊雄・毎日新聞学芸部記者らが予定されている。
参加には事前の申込みが必要で、竹内さんのアドレスはqq2g2vdd@vanilla.ocn.ne.jp

 今はユネスコの世界遺産に登録されている原爆ドームについても、広島市民の間で、保存か取り壊しかの論争があった。結局、1966年7月に広島市議会が永久保存を決議、これを機に保存工事のための募金が全国的な規模で行われ、1967年から広島市による保存工事が始まった、という経緯がある。これまでに3回にわたる保存工事が行われている。
 旧陸軍被服支廠については、どんな結末となるのだろうか。
2020.01.15  記憶と反省と想像(7) 最終章
     韓国通信 NO627

小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)

2019年12月24日、日韓首脳会談が1年3カ月ぶりに開かれた。
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文在寅政権発足から2年6ヶ月、どちらが避けてきたかなどと野暮な詮索はしないが、この間、両国首脳の話し合いはほとんどなかったに等しい。
すべて解決済みという日本側の頑なな姿勢ではまともな交渉にならなかったようだ。
文在寅大統領は法律家らしく、韓国大法院の判決が日韓条約と何ら抵触しないことを諄々と説明したと想像される。しかし安倍首相はハナから聞く耳を持たなかった。トランプ大統領には恥ずかしいほど卑屈な安倍首相が韓国に対しては強さを見せつけた。東学農民戦争、日韓併合、3.1独立運動で見た日本帝国の傲慢さを彷彿とさせる。戦後の日本の首相のなかで、特定の外国との交渉にこれほど不遜・傲慢な態度を見せた人物はいただろうか。
「圧迫と偏狭の除去」「他国と対等な関係」「諸国民の公正と信義に」にもとづく恒久世界平和を謳った憲法を持つ国の首相として資質が疑われる。忖度を続けるマスコミの責任は重い。

歴史に謙虚でありたい
徴用工問題をめぐって首相、閣僚から一斉に韓国批判の声があがった。自分の主張は強硬、相手の主張に聞く耳を持たない安倍政権の体質は何も韓国問題に限らない。美しい日本、日本を取り戻すことに執念を燃やす彼らは、これまで多数を恃(たの)み、憲法違反の数々の悪法を制定、自分たちの悪事が露見しても無視し続ける独裁政権となった。
閣僚のほとんどが属する日本会議は、都合の悪い過去は認めない特殊な右翼集団だ。侵略戦争を認めず、美化さえする歴史歪曲集団による政治の横行、あげく憲法まで変えようとしている。彼らが過去最大の被害国と謙虚に向き合わないのは当然かもしれない。
韓国についてレクチャーする機会が与えられ、あらためて日韓の近現代史を学び直した。気がついたことは自分を含めて私たちが歴史をあまりにも知らないことだった。学ばず、教えられてこなかった日本人が安易に嫌韓気分に陥り、いつの間にか「日本会議」化されている疑いを強く持った。
過去に目をふさぎ、反省しなければ同じことを繰り返す。歴史に謙虚であらねばという思いでシリーズ最終号を締めくくることにする。

関東大震災の朝鮮人虐殺はデマか
前回、光州事件までたどりついたところで、およそ100年前の1923年、関東大震災で起きた忌まわしい事件について触れていないことに気がついた。3.1独立運動から14年後に起きた虐殺事件は独立運動弾圧の余波を思わせる。違うのは舞台が日本、それも未曽有の大震災の中で軍と民間人が虐殺に加わった点が際立つ。ネットでは、「虐殺はなかった」「ウソ」という主張が平然と語られている。美しい日本を取り戻すために、ここまで歴史の改ざんが進んでいる。
朝鮮人が「井戸に毒を入れた」「暴動を起こした」というデマ情報によって、推定4千人から6千人もの朝鮮人が殺された。殺害の経緯、責任、殺害された人数さえ明らかになっていない。
「すべて解決ずみ」とは何か。徴用工問題と比較にならないほど理不尽な虐殺事件を私たち日本人は何と説明したらいいのか。韓国の人たちの心に虐殺の記憶が消えていないのは当然だ。立場を変えて虐殺の犠牲者が日本人だったら私たちは許せるのか。
小池東京都知事(この人も日本会議メンバーだ)は、関東大震災の犠牲者は朝鮮人だけではなかったという見解を明らかにした。安倍首相もその問題に触れるのは「自虐的」とでもいうのだろうか。

6月民主抗争後も民主化運動は続く
およそ30年前、韓国社会は民主化を実現した。東学農民戦争から始まった数々の苦難の歴史がたどりついた輝かしい到達点。私たち日本人には想像を絶する闘いの歴史、多くの血と命を犠牲にして市民自らが勝ち取った民主主義だ。
彼らの歴史と深くかかわりを持つ日本の一末裔としては彼らに対する敬意は強くなるばかりだ。
6月民主抗争のあらましをスケッチしておこう。
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           映画のポスター     友に支えられる李韓烈

光州事件を武力で抑えた全斗愌政権は1988年のソウルオリンピックを政権維持のために利用しようとしたが、目論見は破綻した。民衆デモの大きなうねりのなかで、学生の拷問死が発覚すると抗議運動は一層大規模な運動に発展した。
2017年に公開(日本は2019年)された映画『1987、ある闘いの真実』では、拷問で殺された朴鐘哲の死と「民主化宣言」に至る歴史が詳しく描かれ、改めて韓国社会に衝撃を与えた。
6月10日から始まった反政府運動は全国各地に広がり、連日数十万のデモ、27日の「平和大行進」には100万人が参加、ついに29日に「「民主化宣言」の発表、軍事政権は幕を下ろした。闘争の中で大学生李韓烈が催涙弾の直撃をうけ死亡した事件も民主化運動の記憶として多くの人に語り継がれている。
以降、盧泰愚、金泳三、金大中、廬武鉉、李明博、朴槿恵から文在寅まで、紆余曲折をへながらも韓国社会は進化し続けてきた。しかし統一問題、所得格差、人口減少、雇用問題など多くの課題を抱えたままだ。ローソク市民たちのエネルギーと期待を背に、公平な社会の実現、新自由主義の克服をめざす文在寅政権と市民たちの挑戦が続く。日本人として学ぶことは実に多い。


2020年、新年を迎え、わが国は天皇とオリンピックに染まりつつある。日本人がこれほどに天皇が好きで、スポーツ好きの民族とは知らなかった。個人の好みに干渉する気はないが、演出され、操作されたブームの後に何が起きるのかは容易に想像できる。万世一系は天皇だけではない。生きている私たち一人ひとりも万世一系である。メダルよりひとりひとりの生活が大切だ。