2016.12.10  中國紙「核兵器を増強する!」と威嚇、トランプ氏は習近平の「旧友」を大使に                                                      ・・・トランプ・蔡英文電話会談の余波続く
    新・管見中国(19)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 アメリカの次期大統領、ドナルド・トランプ氏が台湾の蔡英文総統と電話で会談し、あまつさえ蔡氏を「The president of Taiwan」(台湾総統)と呼んだということから、中國とトランプ氏がかなり本気でやり合うという事態になった。中国紙は「軍事費を大幅に増額して、核兵器を増やす」とまで書いている。このいさかいに弾みがついて武力衝突・・・などということはよもやないだろうが、かたや初めが肝心とベルトをしめるだろうし、もう一方もとりわけメンツにはこだわるタチだから、うかうかしてはいられない。
 事実経過をおさらいしておく。
 発端は12月2日の台湾時間の午後11時(米東部時間同日午前11時)、台湾の蔡英文総統がトランプ氏に当選祝いの電話をかけたのをトランプ氏が受けて、10分ほど話したことだ。その際、蔡氏が「Mr. Trump」と呼びかけたのに対して、トランプ氏は「台湾総統」と応じたという。言うまでもなく、台湾は不可分の自国領土と主張している中国にとって、そこのトップ(中国の言い方では「政治指導者」)がかけた電話をアメリカの時期大統領が受けること自体がけしからんのに、「総統」という、台湾がかってにつけている官職名で呼び返すなどとは言語道断ということになる。1979年に中国がアメリカと国交を結んで以来、こんなことはいまだかつて一度もなかった。

     蔡
                   12月3日『環球時報』電子版より

それから一週間がすぎようとしているが,激震の余波がなかなかおさまらない。もっとも、中国側は南シナ海での紛争についての国際仲裁裁判所の7月の判決に見られるように、強腰一点張りの外交がこのところ壁にぶつかっているためか、当初は王毅外交部長が3日、「台湾側の小細工にすぎない。“1つの中国”の原則は中米関係の健全な発展の基礎だ」と受け流す構えを見せ、外交部の耿爽副報道局長も「すでに米側に厳重な申し入れを行った」とのべて、あとは「世界に中国は1つであり、台湾は中国の不可分の一部である・・・」と公式の立場を繰り返しただけであった。
 ところがトランプ氏のコンウエイ報道官がCNNに「トランプ氏は米国の過去の中国政策を十分に理解している」と語ったことから、事情不案内のうっかりミスという逃げ道は双方ともに使えなくなり、トランプ氏はお得意のツイッターで「アメリカは台湾に数十億ドルも武器を売っているのに、お祝いの電話に私が出るべきでないというのは、なんともおかしなことだ」と確信犯であることを自ら明らかにした。
 こうなると中国も黙っているわけにはいかない。しかし、トランプ氏は今のところまだ一民間人である。そこで連日、『人民日報』系の国際情報紙『環球時報』が登場する。まず3日、「蔡英文・トランプの電話会談と“一つの中国”」というタイトルの社説を掲げた。
 「トランプ(呼び捨て!)が大統領就任前に蔡英文と電話で話したのは、就任後、中国とどう付き合うか、どうしてより多くの利益を得るかの方法を探るためであろう。・・・
 トランプが1つの中国の原則を突破するならば、それは中米関係を破壊し、両国の利益構造と現在の国際秩序をひっくり返す重大な行為である。・・・
 大陸の実力は高速度で増大しており、米国はすでに台湾海峡の主導的な勢力ではない。台湾への決定的な力は外国の支持ではなくて、大陸である。蔡英文がこの構造から出ようとすれば、大陸にはそれに懲罰を加える能力がある」
 蔡英文政権に対する露骨な威嚇である。
 同紙は4日にも「トランプとの対話では台湾当局に懲罰を」という社説を出し、まず「トランプの行動は一種の甘えで、ここで小さな得点を上げて、今後の中米関係でより大きな利益を得るための勢いをつけようとしているのだ」と、トランプ氏を牽制した後、台湾に向けてこう言う―
「中国大陸は台湾と“国交”を持つ国のいくつかを取り上げることができる。蔡英文がトランプと10分間話した代償として、また台湾の民進党当局がこのところ行っている“隠れ台湾独立”への警告として、である。大陸には力がある。この力がひとたび発動されれば、台湾の境遇に対する影響力はアメリカの政策よりもすでに大きい。・・・
情勢の発展によって、必要となれば、大陸は反国家分裂法にもとづいて“台湾独立運動”の軍事部署に打撃を加えることができる。・・・」
この表現が武力行使もいとわないという意味であれば、今世紀に入ってからは聞いたことのなかった強硬姿勢である。
するとトランプ氏はその4日、再びツイッターで南シナ海問題と経済問題を持ち出す。
「中国は南シナ海の真ん中で大規模な軍事複合施設を建設してもいいかとわれわれに了承を求めただろうか。私はそうは思わない。通貨価値を下げることや、中國に入るわれわれの製品に重い税金をかけることについて、われわれの了承を求めただろうか」
選挙中はふれたことのなかった問題をあえて持ち出したのはトランプ氏の意図は分からないが、いかにも中国を挑発しているように見える。
これに対して5日の『環球時報』社説、「トランプは中国という“うまい肉”を切り取ろうと思うな」は正面からアメリカに向かう。
「トランプの態度は、たんにカッとなったものか、それとも考えた上でのことかは、にわかに結論は出せないが、彼のカードの切り方は予測できなかったものだ。・・・
彼が大統領に就任すれば、これまでの何人かの大統領の就任直後に比べて、より突出した衝突が起こることは避けられそうにない。・・・」
米中関係全般の緊張さえ予想のうちと言い出した。
中国側にしてみれば、オバマ大統領は中国がもちかけた「新しい大国関係」という形で世界を分け合おうという提案を一貫して無視し、さらにアジア回帰政策のもと、南シナ海に勢力圏を広げようとする中国の動きに「航行の自由作戦」を掲げて、中国の主張する中国の領海に軍艦を航行させるなど中国の邪魔ばかりしてきた。
それに対して、トランプ氏はビジネスマンだからなにごとも取引(deal)で決着できるはずだし、選挙戦では日本や韓国の自主防衛努力が足りないと不満を漏らしていたから、中国にとっては「話の分かりやすい」相手と踏んでいたふしがある。だから選挙中にトランプ氏がメキシコと並んで中国を貿易上の標的として攻撃しても、さほど意に介せず、11月14日に習近平がトランプ氏と電話で話した際には、習が「協力が中米両国の唯一の正しい選択だ」と述べたのに対し、トランプ氏も米中両国はウインウインを実現できる」と応じ、早期に会談することで合意するなど、まずまずの滑り出しと見えた。
ところがその後、トランプ政権の随所に「ネオコン」と言われる右寄りの強硬派が地位を占めるにつれ、警戒心を高めていた矢先のトランプ・蔡英文電話会談だから、中國側とすれば裏切られたという思いであったろう。
情勢は5日までの『環球時報』社説3連発で一段落かと思われたが、8日、同紙は念を押すような社説「中国は米に対して強硬には強硬でぶつかり、友好には友好で迎える」を載せた。この社説はこれまでの中米関係で、中國は大量の米国産品を買いこむなど、譲歩してきたが、それは双方が相互尊重、意思疎通の基礎の上に実現したものである、と述べた後、「相手が態度を変えれば、こちらも同様の態度に出る」として、次のように述べる。
「中国は来年1月20日以降、米国に“貢ぐ”ことはしない。そんな金があれば、われわれは軍事費の増額にあて、新型核兵器の生産ラインを増やすべきである。2017年度の中国の軍事費は大幅に増額して、東風41の配備を加速し、戦略核兵器の数を大幅に増やすべきである。
われわれはさらに台湾海峡における軍事闘争の準備をより一層真剣に展開し、いつでも“台湾独立”に厳罰を与え、外部からの介入を阻止する能力を現実のものとすべきである。
このほか南シナ海においても、米国のさらなる挑発への備えに万全を期し、南シナ海の波がどれほど高くなろうとも、われわれの力が誰よりも上回る状態を確保しなければならない」
これはアジアにおいて中国が軍事的覇権を確立することを声高に宣言したものである。その中心は台湾の蔡英文政権に「中国は一つ」という原則を受け入れさせることで、もしアメリカがそれを邪魔するなら、真正面から全面的に対決するという宣言である。
一方、トランプ側はその間、6日にアイオア州のブランスタッド知事を中国大使にあてることを内定した。この人は1983年に36歳の最年少知事としてアイオア州知事となり、99まで16年間、その職にあった後、現在再び知事をつとめているが、その間、84年に友好州省関係にあった河北省を州代表団長として訪問、翌年、河北省の地方幹部だった習近平が省代表団を率いてアイオア州を訪問した時にはその接遇にあたり、関係を深めた。さらに2012年、習近平が国家副主席として米国を訪問、再度、アイオアに赴いたときに再会、「古い友人」になったという。

    習近平と
       2012年2月、習近平がアイオア州を再訪し、85年に泊まった家を
       訪ねた際の写真。習の向かって左側がテリー・ブランスタッド知事(新華社)

写真はその時、習近平が85年にホームステイした家を再訪した際のもので、画面で習の左側がブランスタッド知事である。興味深いのは新華社が8日になって、この人事を6枚もの写真を使って大きく伝えたことである。紹介した8日の『環球時報』社説も、その末尾でこの件に触れて、「中国は準備を整えて最悪事態に対応すると同時に、前向きな動きには開放、歓迎の態度でのぞむ。それが中国の長期的な“平常心”である」と述べている。とりあえずこの大使決定を好意てきにとらえているということであろう。
以上がトランプという「新事態」を迎えて、早くも火花を散らした中米関係の現状である。今年5月に発足した蔡英文の台湾に対して、習近平自身も、中国の軍部も、なんとかして「一つの中国」の旗の下に取り込むべく、状況を打破する糸口を探している。その標的にされた台湾は、5月以降、国際的な場面でことあるごとに中国のボイコット圧力を受けている。それは政治色のない国際民間航空協定(ICAO)や国際刑事警察機構(ICPO)、それに世界鉄鋼連盟の総会といったところにまで及んでいる。
これに対して、台湾の蔡英文総統は来年1月8日から約1週間、ニカラグアなど国交のある中米の3国を歴訪する予定を建て、その途中、アメリカを経由する際、大統領就任前のトランプ氏、それが叶わなければトランプ政権での要職予定者との会談の可能性を探っているといわれる。当然、中國側はそれを阻止するべくトランプ陣営と現米政権に強く働きかけるはずだから、そこが米中対決の次の山場となるであろう。
すべてが不透明な中で新しい年はスタートする。その中で台湾海峡がにわかに荒れ始めることのないよう祈るしかない。(161207)
2016.12.09  独立への実績を積み重ねるクルディスタン地域政府
坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

もう少し、クルド独立への展望について書こう。
2003年のイラク戦争で消滅したサダム・フセイン独裁政権は、イラク北東部、クルディスタンでの独立を目指すクルド人の町や村々を化学兵器で攻撃し、ハラブジャをはじめ、一か所で多い時には数千人の住民を殺害し、4,500の村を強制移住させて消し去った。同政権消滅6年後の2009年6月24日、クルディスタン地域議会が採択した「イラク・クルディスタン地域憲法案」は、前文をこの虐殺の歴史から記述している。イラクの連邦制を構成する地域政府としての地位とその自治を明記したイラク現行憲法に従い、「地域憲法案」としているが、「案」の文字と第1条の「イラク連邦国家内のクルディスタン地域」の「連邦国家内の」を外せば「イラク・クルディスタン憲法」あるいは単に「クルディスタン憲法」になる堂々たる内容だ。全文122条、
第1条では、国家の基本的な体制について、秘密投票による直接的、一般的、定期的な選挙による、議会制民主主義に基づく民主的共和国と規定している。
第2条では、実現するクルディスタン国家の領域として、ドフーク、キルクーク、スレイマニア、アルビル、ハラブジャ、ニネヴェ各県そのほかの「地理的、歴史的領域」を規定している。 
 このうち、首都であるアルビルほかスレイマニア、ドフーク、ハラブジャ各県はすでに地域政府の自治行政下にあるが、世界有数の油田地帯のキルクーク県は、2014年にモスルに続いてイスラム国(IS)が占領。翌年クルド民兵軍団ペシュメルガが奪還、以来クルド地域政府の支配下にある。しかし、イラク政府と議会が地域政府に移譲したわけではなく、IS追放後のイラク再建過程で、キルクークの帰属は最大争点になりかねない。
 第5条では、クルディスタン地域の構成民族としてクルド人、アラブ人、アッシリア人、アルメニア人そのほかの既存の住民を明記。
 第6条では宗教について、クルディスタン地域住民大多数のアイデンティティがイスラム教徒であることを「確認、尊重する」と同時に、キリスト教徒、ヤジディ教徒その他の宗教的権利を尊重し、擁護すると明記している。

▽クルド自治区の安定と繁栄
イラク・クルディスタン自治区は、2003年のイラク戦争でのフセイン独裁政権の崩壊、04年の占領統治と05年のイラク主権回復、新憲法制定後、正式に発足した。
イラクでは、フセイン勢力の残党、イスラム過激諸派の反米・反政府武装勢力と、米軍、政府軍との内戦状態がほぼ全土で続くが、クルド自治区だけは、ほぼその域外にあって、再建が進んだ。長年にわたって、クルド人内部で抗争を続けてきた武装政治勢力クルド民主党(KDP)とクルド愛国同盟(PUK)が歴史的な和解で合意。05年の自治区議会選挙にともに参加した。発足した地域(自治区)議会で、KDPのマスード・バルザーニ議長が地域政府の議長に選ばれ、就任。首相にはマスードの息子のナチルバン・バルザーニが就任して、自治区の実務を取り仕切った。
PUKのタラバーニ議長はイラク新政府の大統領に就任した。イラク政府の実権は首相が握り、大統領は名誉職で交代制。閣僚は原則として30人で、民族、宗派にほぼ人口比で分配され、クルド人は5人。
以後11年間、自治区はイラク本体とは違い、安定した地域政府、議会のもとで、住民の安全な生活が少しずつ向上、経済活動が活発化、ビルと住宅建設が拡大してきた。各国の石油関連企業をはじめ、イラクに進出する企業が、治安の悪い首都バグダッドを避けて自治区首都のアルビルに事務所を構え、同市はさらに活況になっている。治安の良さを支えているのが、クルド人の民兵軍団ペシュメルガ。兵力の正確な実数は不明だが、30万~35万人とみられる。武装は航空機や戦車はじめ重火器はほとんど無く、小火器,軽車両が主体で、一般兵士が持っているのは使い古しの兵器が多いと伝えられる。しかし、戦意の高さと戦闘経験は、今回の政府軍とのモスル解放作戦でも発揮され、米国中心の支援国から高く信頼されている。
このような、クルド人の地域(自治)政府の実力と実績が、独立国家実現への自信と国際的支持を強める力になるに違いない。

ネットでクルディスタン地域政府(Kurdistan Regional Government)のホームページを開いて見ると、その活動と国際的地位への自信が感じられる。アルビルを訪問した各国政府関係者や議会代表団とバルザーニ首相との会談、イスラム国(IS)との戦い、石油問題から女性の権利保障のための政策まで、首相や担当閣僚の発言と様々な動きが見えてくる。差し支えない範囲での内容が多いが、トルコでのクルド人弾圧に関して、クルディスタン地域政府の代表がアンカラを訪れて、エルドアン大統領に抗議し事態改善を求めたニュースもあった。政府広報として、なかなかスマートだ。
2016.12.08  期待するがゆえに現状を悲しむ――日本共産党第27回大会決議案を読んで

    ――八ヶ岳山麓から(206)――

阿部治平(もと高校教師)

先日、日本共産党(以下、日共)の次期衆院選の候補者という女性が村の党員と、林の中の小宅まで挨拶にみえた。私はおおいに恐縮して5000円をカンパした。
そのあと、来年開催という「日共第27回大会の決議案」(以下、「決議案」)を読んだ。ずいぶん長いもので視力の衰えたものには難儀だった。党員はこんな長いものを全部読まなければならないのか。
読み終わって私は、これでは5000円は無駄になると思った。だがそれでも、私は当面の期待をこの党に託す。ほかに左の政党がないのだから。

「決議案」が言及する問題は広範囲におよぶが、ここでは私が重要と考える問題だけを考える。まず経済政策の核心。
「決議案」は、「異常な財界中心」の政治を正すとして、大企業と中小企業、大都市と地方などの格差を是正する「産業構造の改革」をという。
――中小企業を「日本経済の根幹」に位置づけ、中小企業の商品開発、販路開拓、技術支援などの〝振興策〟と、大企業・大手金融機関の横暴から中小企業の経営を守る〝規制策〟を「車の両輪」としてすすめる。
――地域振興策を「呼び込み」型から、地域にある産業や企業など今ある地域の力を支援し、伸ばす、「内発」型に転換する。公共事業を大型開発から、地域循環・生活密着型に転換する。再生可能エネルギー開発に本格的に取り組む。

これでいいのかなあ、という不安がよぎった。
中小企業対策に力が入るのは好いが、日本経済の根幹は否が応でも大企業で、中小企業ではない。大企業は確かに横暴だが、大きな生産力と高い技術、研究機関と頭脳集団を持ち、その傘下にある関連企業、労働者は膨大である。
私はむしろ大企業のありかた対策が先ではないかとおもう。ひとつだけいう。大企業が勝手に国外に投資するのを制度で規制し、そのことで国内の雇用を確保して地域振興策に資することが必要である。
1990年代、大企業の活動が急速に海外に展開しだすと、わが諏訪地方の下請け・孫請け企業も海外に移転し、従業員の若者がそれについてフィリピンなど東南アジアに行った。行けないものは失業した。いわゆる地域産業の空洞化である。大企業の利益は国民の利益に合致しなかった。

アメリカ民主党の大統領候補争いのとき、社会民主主義者を自称するバーニー・サンダース議員は、雇用を海外に移出して利益を上げるのではなく、アメリカ国内で努力し投資し成長するような企業活動がアメリカにとって必要だ。労働者が雇用を失う一方で企業の利潤が拡大する、こんな政策は間違っていると主張し、若者の支持を大いに集めた。
大統領選でトランプがクリントンに勝利したのは、サンダースの指摘したアメリカ経済の苦境、失業問題をそれなりに受止めた宣伝をしたからである。伊藤忠商事の元トップで中国大使を務めた丹羽宇一郎はテレビで、「サンダースが大統領になるくらいならトランプのほうがいい」と発言した。私はこれが日本の大資本の本音だろうと思った。

さて、「決議案」は、中露両国の行動をまさに覇権主義だと非難している。
ロシア・プーチン政権に対する批判は、クリミア併合と、ウクライナ東部での分離独立派武装勢力への支援に向けられている。これを「スターリン時代の覇権主義の復活そのものである」という。
中国批判はまず核問題。中国は核保有5大国の一員として行動し、2015年~16年の国連総会では核兵器禁止条約に背を向けた。これに対して「決議案」は「中国はもはや平和・進歩勢力の側にあるとはいえず、『核兵器のない世界』を求める動きに対する妨害者として立ち現れている」という。
東シナ海と南シナ海問題では、「中国側にどんな言い分があろうと、他国が実効支配している地域に対して、力によって現状変更をせまることは、国連憲章および友好関係原則宣言などが定めた紛争の平和的解決の諸原則に反する」といい、「当然、仲裁裁判所の裁定を無視する態度は許されない」という。
いま日本で、中露両国をこのように批難することは誰でもできる。大事なのはロシアや中国がなぜこうした覇権主義的行動に走るかである。分析のない非難は悪罵にすぎない。

国内政治については、日共は野党勢力の統一政府を熱望している。
そこで「当面は日米安保論争は避ける」という方針だ。「決議案」は、安全保障政策として「急迫不正の主権侵害や大規模災害など、必要に迫られた場合には自衛隊を活用することも含めて、あらゆる手段を使って国民の命を守る」という。――じゃあ、日米安保体制下の自衛隊の尖閣防衛任務を認めるということですね。
これまで日共は、自衛隊を廃止するまでの段階区分をして、日米安保下で自衛隊が存在する段階、日米安保破棄後も自衛隊が存在する段階、国民的合意のもとで自衛隊が解消する段階の3つがあるとしていた。自衛隊の活用は安保破棄後に限るといっていたような気がするが、かなり現実的な考えになったわけだ。これなら保守第二党の民進党との統一政府は可能かもしれない。

以下幾つかの疑問。
①「決議案」では、安保条約の廃棄段階でも自衛隊はなくせない。自衛隊が廃止されるのは、「日本を取り巻く平和的環境が成熟し、国民の圧倒的多数が自衛隊がなくても安心だという段階」まで行かなくてはならないという。これだと「かなりの長期間」自衛隊は存続する。いいかえると違憲状態がいつ終わるかわからない。これを合理化する理論はどのようになるのか。
②目前の問題として、中国の攻勢によって尖閣諸島の実効支配は危うくなっている。しかも北朝鮮が核武装をして、日本海にミサイルを撃ち込むありさまだ。外交交渉の成果が期待できない今日、自衛隊はどの程度の編成と火力でこれと向き合うべきか。
③「まず海外派兵立法をやめ、軍縮の措置をとる」という。海外派兵反対はわかる。だが軍縮は現在即刻やるという意味か、それとも日米安保破棄後か、はては平和的環境ができあがってからか。
④沖縄をどう考えるのか。アメリカの世界戦略が変って沖縄の米軍が削減されたときでも、中国に対峙する自衛隊基地は維持されるだろう。これでは沖縄は永遠に軍事基地の島ということになってしまうが、それでいいのか。
第27回大会までにはあと数ヶ月あるから、それまでにはトランプの外交政策も明らかになるだろう。沖縄をどうするかについて、ぜひ見解を示してもらいたい。

最後に「決議案」が言及していない問題についてのべる。
村の日共の活動家のNが生前、「おれはそう間違ったことをやったつもりはないが、なぜかわが党は大きくならない」と、農家の間に党員が増えないことを嘆いたことがある。彼は60年近い党歴のある人物だった。その場に居合わせた先輩が、「まずは党名変更じゃないか?それに民主集中制をやめることだ」といった。私もこれに賛成である。

党内では「共産党」という党名を誇りとする人は多いだろう。だが党外では、左の人でも「共産党」とか「共産主義」ということばから、暗い冷たいものを感じる人が多い。そもそもこの私がそうだ。戦後を考えただけでも、ソ連ではスターリンの専制政治によって大量の犠牲者が生れ、東欧諸国には何度もの反ソ民衆蜂起があり、毛沢東の誤りで数千万の人が死んだ。
さらに日共は、中国やベトナムやキューバが「市場経済を通じて社会主義へ」進むと見ている。この見解は「日共2004年綱領」の中に示されて以来、一度も修正されていない。しかし、専制政治の国家が市場経済の路線を選択した以上、高度の民主主義が保証された「社会主義」へ進むことはありえない。それはサルがいくら進化してもヒトになれないのと同じである。このような根本にかかわる思想を改めないかぎり、新しい日共を人々に印象づけることはできないだろう。
日共はいまも、中央集権的組織原則を維持している。党内の議論は公開されないし、支部間の議論も禁止されているから、党員は新聞「赤旗」に書いてあることしかいわない。この秘密主義、統制主義には、無知の大衆を導くというエリート意識がいまもって生きているのを感じる。
私は日共が現実的政治勢力としてもっと大きくなるためには、党名を改め、党内での自由な討論だけでなく、党外からも批判や叡智を集められるような、たとえばネット上に広場をつくり、ときどきの問題について誰もが討論に参加できるような組織になるべきだと思う。

いいたいことはいっぱいあるが、今回はこれまで。
2016.12.07  言葉の詐術に要注意!   安倍首相の真珠湾訪問
    暴論珍説メモ(152)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 一昨5日、安倍首相は年末の26,27の両日、ハワイを訪れ、任期残りわずかとなったアメリカのオバマ大統領とともに真珠湾のアリゾナ記念館に赴いて、戦没者を慰霊すると発表した。
この人はまあよくもこう次から次へと耳目を引くイベントを考え付くものだと感心したが、真珠湾行き自体については結果を見なければ、なんとも言いようがない。というのも、昨年8月15日の敗戦70年にあたっての首相談話に見られるように、この人は官僚やら側近やらを動員して、見栄えのいい言葉、当たり障りのない表現を連ねさせ、大事な原則的問題をぼかしてしまい、それでいてなにかを言ったように取り繕う技術というか、詐術というか、に長けているからでる。
むし返すようで悪いが、思い出していただきたい。去年の首相談話にこういう一節があった。
「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としてはもう二度と用いてはならない。・・・先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました」
談話に「侵略」という言葉を明記するかどうかが注目されていたが、それに対する答えがこれであった。確かに言葉は入ったが、文脈的には日本が侵略したとは書かれていない。
こういう一節もある。
「我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明してきました。・・・こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります」
おわびの気持ちを表明したのは歴代内閣である。そして今後もそれは揺るがないというが、安倍内閣、安倍本人はどうなのか、そこは抜け落ちている。これは揚げ足取りではない。注意深くそういう論理にしているのである。そのことは、その後に出てくる以下の文章を見ればはっきりする。
「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」
この最後の一句は、そういう宿命を背負わせるのは「よくない」という価値判断を明確に打ち出している。「なりません」という断定が目立つ。談話ではこの後も「過去の歴史に真正面から向き合う」とか、「謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任」といった、フレーズが出てくるのだが、それらは「子どもらには謝罪させない。謝罪は終わり」をカムフラージュする煙幕としか見えない。
そういう安倍首相だからオバマ大統領と並んでアリゾナ記念館に立った時、その口から出てくる言葉は想像がつく。おそらく「75年前、太平洋戦争の発端となったこの戦場に、今、日米両国の首脳が並んで立っていることの歴史的意義」を精一杯大げさな表現で強調し、その和解をもたらした「自分をふくむ歴代両国首脳の指導力と努力」を天まで持ち上げることに終始するだろう。
 そしてそれは同時に「真珠湾の奇襲」という日本が抱えてきた歴史の負債をこれにて一件落着としようとする安倍首相の心情にマッチするものであるにちがいない。しかし、「真珠湾」は歴史の中に薄まればいいというものではない。むしろ、日本人が自らを考える上で真剣に向き合わなければならない重大な材料である。
 満州事変にしろ、盧溝橋事件にしろ、日本の戦争の始まりは、開戦への国家意思がきちんとした手続きに基づいて決定されたわけではない。この2つの場合は現地で始まった戦闘を東京の政府が追認するという形で、戦争になっていった。
 太平洋戦争の場合、日本の中国での軍事行動に米国が反対して、日本軍の中国からの撤兵を求め、両国間の緊張が高まって、日米交渉が行われるまでの経過は省略するが、交渉が難航して、1941(昭和16)年9月6日の御前会議で「10月中旬を目途に対米英蘭(オランダ)戦の準備を完了する」という「帝国国策遂行要領」を決定したのちも、政府部内の意思は統一されていなかった。簡単に言えば陸軍と海軍が対立していた。「ここで米の要求に屈服して、中國から撤兵すれば、開戦以来、大陸に血を流して犠牲となった将兵に申し訳が立たない」と強硬論を主張する東條英機陸相と「日本海軍は米と戦うようにはできていない」と対米開戦に反対する及川古志郎海相の間で、近衛文麿首相は内心では海軍の立場に傾きつつも、それを口に出せず、内閣を投げ出してしまう(10月16日)。
 後任首相を選ぶ重臣会議では、陸軍を抑えられるのは主戦論者の東條陸相しかいないといった、いわば無責任な理由から東條に組閣の大命が降下され(10月18日)、重臣たちの思惑とは逆に日本は開戦への道を進んでしまった。
 そこで考え出されたのが、現地時間12月7日にワシントンで米政府に開戦を通告してから1時間後にハワイの真珠湾を攻撃するという奇襲作戦であった。しかも、在米大使館の不手際により開戦通告が攻撃開始より遅れる結果となり、「通告もなしの不意打ち」という不名誉を日本は背負うことになった。
 この真珠湾に至る3か月ほどの経過をたどるとき、そこには陸・海軍の対立、要職にある人間たちの責任逃れ、怯懦といった、当時の日本の国家としての屋台骨のあやうさがくっきりと浮かび上がる。
 今、日本の首相が真珠湾を訪れるなら、現在にいたる両国間の和解の歴史を持ち上げる前に、不意打ちに至った日本という国家の危うさに思いをいたし、その上で米にきちんと謝罪すべきである。謝罪なしで真珠湾に行けることを、なんだか得をしたように計算し、一件落着とすればそれを功績とするような姑息な態度は見せて欲しくない。
 と言っても、安倍首相には通じないだろう。この人にとって歴史とは、自分が主役になって拍手喝さいの大団円を迎える安っぽい紙芝居の台本として利用するだけのものようであるのだから。
 それよりも、アリゾナ記念館でのオバマ・安倍の2ショットを目にしたアメリカ人たちがどういう反応を示すかが興味ぶかい。75年前の真珠湾奇襲は米国民を団結させ、戦争勝利へ結束させたといわれる。今、大統領選におけるトランプ勝利に見られるようにアメリカ国民は深い亀裂を抱えている。オバマ・安倍の2ショットが再びアメリカ人をもし「Remember Pearl Harbor」で団結させるようなことになったなら、生半可な謝罪より日本は感謝されることになるかもしれない。閑話休題。(161206)
2016.12.06  中国の不正追及・・・ハエの叩かれ方
    新・管見中国(18)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 2020年の東京オリンピック・パラリンピックのいくつかの競技の競技場をどこにするかがここへ来てややこしい問題となっている。それは時を追うごとに五輪開催費用が兆円単位で膨れ上がっていく裏にはおそらくスポーツ界のボスたちとゼネコンの利権が絡んでいるに違いないという庶民の感覚があり、それを目ざとくキャッチした小池新知事が競技場見直しを言い出したからである。
 しかし、不正追及となればここ数年は中国の習近平政権のそれがさすが大国というか、規模の大きさで群を抜いている。しかもそれは「虎もハエも叩く」という合言葉に現れているように、国・地方の最高級指導幹部から末端官僚まで幅広く摘発の手が及ぶために、副作用として官僚の間に「なまじ働いて、目立つより、何もしないほうが安全」という「不作為症候群」が生まれているとさえ言われている。
 虎のほうでは、2007年から12年まで国のトップ7人に入る共産党政治局常務委員として司法・公安関係を握っていた周永康、1級行政区である重慶市のトップだった薄熙来、胡錦濤総書記時代に共産党中央弁公庁主任という日本でいえば政権与党の幹事長か内閣官房長官とでもいうべき要職にあった令計画、軍の制服組のトップである中央軍事委員会の副主席2人、徐才厚、郭伯雄と、飛び切りの大ものが網にかかって、彼らの不正利得の大きさとともに国民を唖然とさせた。
 一方、ハエの方はどうか。勿論、地位は低くても収賄などの明確な犯罪もあるが、一番大勢がひっかかるのは「8項紀律・6条禁令」という犯罪以前の紀律規程である。これは習近平が共産党総書記に就任した直後の2012年12月に共産党の政治局会議で決定されたもので、その内容は8項規定では、調査研究を真面目にやれ、会議や文章は簡潔に、出張のお供は小人数に、ニュース報道では会議などは伝える価値があるかどうかを考えて簡潔に、勤倹節約を旨とし、住居、公用車は規定を厳格に守ること、個人で著作や講演を出版しないこと、といったものである。こちらは抽象的だからそれほど恐ろしくない。
 多くの中・下級役人がひっかかるのが6条禁令のほうで、次のような事例が厳禁事項として列挙されている。公費を使っての相互訪問、贈り物交換、基準を超えた接待、上級機関に地元の特産品などを送ること、下級機関からもらうこと、規定に違反して謝礼、有価証券、プリペイドカードなどをやり取りすること、冠婚葬祭に名を借りて金を集めること、行事の派手さを競って散財すること、年末に予算を使いきるために手当てを増発すること、買物ができるカードなどを印刷して配ること、公費で観光を組織すること、休日に公用車を使うこと、賭博をすること・・・
 いずれも確かに褒められたことではないが、われわれの常識ではまあ程度問題という感じもする。それを政治運動にして細かいところにまで目くじらを立てては、組織全体として委縮し、怯えてしまうだろう。不作為症候群もムべなるかなである。
 それではこれまでにどのくらいの数の人間がこれに引っかかったか。11月29日の『人民日報』が「紀律・禁令」決定以来の摘発人数を公表した。それによると、処分対象となった事例は13万9622件、何らかの処分を受けた人数は18万7409人、うち党政紀律違反に問われた数は9万1913人ということである。この数をどう見るか。日本の10倍の人口大国であることを考えても、一級行政区(省や直轄市)一つあたり3000人ほどになるから、少ないとはとても言えまい。
 昔、建国後の1950年代に行われた反右派闘争といった政治運動では、各部署とも1人2人の右派分子を摘発しないと、運動をさぼっていると見られるために、むりやり誰かを右派分子に仕立てたりして、たくさんの悲劇を生んだ(朱鎔基元首相が当時「右派分子」とされたことは有名)が、今も似たようなことが起きているかもしれない。
 紀律違反に問われた9万人強のうち、一級行政区や中央省庁の幹部は15人にすぎず、以下ランクが下がるごとに数が増えて、末端の地方の課長クラスが8万4000人余と圧倒的である。
 それでは「罪状」で多いのは何か。最多は公用車の不正使用で2万6000件余、以下規定違反の手当て支給が1万4000件弱、派手な冠婚葬祭が1万3000件弱、謝礼の金品を渡すが1万1000件余である。勿論、中には贈収賄や売官買官など悪質な罪を犯して、刑罰を受けるものも少なくないだろうが、多くの中・下級幹部が摘発に怯えているのはこの程度の不正である。
 そんな中で最近報道された事例で、私の目を引いたものを紹介したい。11月29日に北京市の呂錫文という女性の党委員会副書記が「牝虎」として報道された。党委書記なら各地のトップだが、副書記は通例数人いるから単純にナンバー2とは言えない。それにしても副書記となればかなりの幹部である。
 彼女はなにを問題にされたかというと、北京市の指導幹部となってから自分の周りに多くの「小さな(人間の)輪」をつくったというのである。彼女はテニスが好きなことから「テニスの輪」、漢方医療の健康法を好む「漢方の輪」、彼女の夫は紹興酒の商売をしていることから、家で定期的に紹興酒の品評会を開いて「品酒の輪」という具合である。
ここで「輪」と訳した中国語は「小圏子」という単語である。じつはこの「小圏子」は今、目の仇にされている。小さなグループの意味だが、党内に小圏子をつくるな、というのが、派閥をつくるなという意味の政治スローガンになっている。
それにしても呂さんのテニスや漢方の集まりが政治的な分派と見なされたのであろうか。報道ではそれ以外に罪状らしきものは挙げられていない。こんなことで公職追放の処分を受けたとすればはなはだお気の毒と言わざるを得ない。もっとも香港のネット・ニュースが伝えた中国のテレビ画面では、呂さんの写真の下に「住宅でかなり儲けた」というスーパーが見えているから(写真参照)、そちらの不正が罪状の本命かもしれない。
もしそうだとしても、テニスや漢方の「小圏子」まで問題にするあたり、習近平総書記は党の「核心」に持ち上げられても、なお党内の「小圏子」に戦々恐々としなければならない状況にいるのだろうか。(161204)
      田畑原稿用彩度

2016.12.05  全琫凖(チョンボンジュン)がやってきた
     韓国通信NO512

小原 紘 (個人新聞「韓国通信」発行人)

 朴槿恵大統領のお友だち「スキャンダル」が発端となった「退陣騒動」は本人の辞意表明にもかかわらず一向に収まる様子はない。国政を私物化した全貌を明らかにし、即時退陣を求める声が止まない。日本人からは、「そこまでするのか」と女性大統領に同情する声もあがるのかも知れない。

 民衆の力で政権を変えた体験がない日本人には「革命」は理解しがたいことかも知れないが、今回の政変は1960年に李承晩大統領を追放した4.19革命、1987年の6.29「民主化宣言」に続く「革命」と言ってよい。
 今年の9月、慶尚北道、全羅北道、南道をめぐり、1894年に起きた東学農民戦争の史跡を訪ねた。農民を率いた全琫準たちは農民の疲弊と地方官の横暴ぶりを直訴するためにソウルをめざし、さらに朝鮮侵略のために出兵した日本軍と戦った。政治の不正に対して平等思想を唱える東学農民たちは数十万人の犠牲者を出し朝鮮正規軍と日本軍に敗れたが、今でも誇り高い東学農民革命として記憶されていることを知った。
 光化門広場、世宗通りを埋め尽くすローソクデモを見ながら、これは東学農民革命ではないかと思った。120年以上前の東学農民がいるはずはないが、300万人以上の農民が素手同然で圧倒的な近代的武器に立ち向かった姿と重なって見えた。

<全琫準参上>
 ところが26日に開かれた大集会に全羅道、慶尚道の農民たちが2千台の農耕用トラクターで『全琫準闘争団』を結成して大挙集会に駆けつけたことを知った<『ハンギョレ新聞』11月25日>。
韓米FTA(自由貿易協定)締結以降、暮らしが成り立たなくなった農民たちが、デタラメな政治に怒り、東学農民の革命精神で参加したのだ。トラクターで何日も運転、立ち寄った各地で熱烈な支援を受けながら参加者を増やしていった。抗議集会には交通規制のため入場を阻まれたようだが、全琫準を掲げて上京した農民たちの出現に驚いた。
 南スーダンに自衛隊を派遣した安倍内閣は憲法で禁じられた「交戦」も厭わない。原発再稼働へまっしぐら。野放しの賄賂政治。年金改悪など露骨な弱者切り捨て。これほどデタラメが横行しても日本は静かだ。どこかに全琫準はいないのか。
2016.12.04  「本日休載」
 今日、12月4日(日) は 休載します。

    リベラル21編集委員会

2016.12.03  組織委員会は五輪経費の都民負担を明確にすべし
盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

大山鳴動してネズミ一匹
 小池東京都知事の奮戦も虚しく、大会会場の見直しは、若干の予算削減でお仕舞いのようだ。五輪の競技は種目ごとに競技期間は異なるが、ほとんどが1週間程度のものだ。一時的な競技会のために、巨額の費用をかけて、競技場を次から次へと新設すれば、いくらお金があっても足りない。ローマのように、世界の大都市ですら立候補を取りやめるのも当然のことだ。だから、IOCは可能な限り経費の規模を抑えて、合理的な範囲に経費が納まることを望んでいる。ところが、日本の政治家は発展途上国と同じ発想で、五輪を国威発揚の機会と捉え、可能な限り見栄えの良い施設を作ることを目指している。
高度成長時代の東京五輪と違い、日本はすでに成熟した経済社会に到達している。しかも、政府も自治体も、人口減が確実な将来に直面しながら、巨額の累積債務に苦しんでいる。ところが、国や自治体の政治家や官僚は、そんな将来危機には無頓着なように、債務を積み上げる無責任な計画を推し進めている。五輪なら債務が増えても納税者の理解が得られると考えているのだろうか。それなら、納税者に理解を求めるのが先ではないか。それを蔑ろにしていることは、財政危機の意識が欠如している証左だろう。巨大化された組織は当座の問題のみを扱い、地域社会全体に将来にわたる影響など考えもしないのだろう。政治家は政治家で、財政危機などは自分が生きている間は関係がないと考えている。だから、平気で政治資金で銀座のバーに通ったり、ホテルや料亭で飲み食いしたりするのだろう。
五輪経費の規模から考えれば、当該年の予算で賄えるものではないから、五輪後も長期間にわたって、都民が負担し続けなければならない。しかも、開催費用に加えて、五輪後は施設の維持管理費が経常的に必要になるから、施設建設費の負担だけでは済まない。いったい、政治家や官僚は建設の直接経費と五輪後の維持管理費の都民負担をどのように考えているのか、それともまったく考えていないのか。費用負担を他人事のように思っている国民や都民の意識の低さもまた、政治家や官僚の横暴を許している。
 個別の施設建設を議論する前に、東京五輪の経費は誰がどれだけ負担するのかを明確にすべきだ。経費負担に応じた発言権が保証されなければ、負担する者の声は届かない。五輪経費の7-8割方を負担する東京都の発言権を抑え込んだ4者協議会が設置された段階で、小池知事の劣勢は決まった。経費を負担しない政府、事実上政府が任命した会長が居座る組織委員会、組織委員会の計画を承認したIOCを相手に、4分の1の発言権しかない都知事が奮闘しても、一度決まった計画を覆すのは容易でない。それこそ、大幅な経費削減ができなければ、五輪返上もあり得るという強い態度で臨まなければ、旧来の思考にどっぷり浸かった政府代表や組織委員会代表を押し返すことはできない。
 これができなければ、まさに「大山鳴動してネズミ一匹」である。小池知事の奮闘の結末が、「有明アリーナか、横浜アリーナか」では情けない。しかも、森会長がすでに横浜市に手を回し、「競技連盟の意向を無視して決められない」と言わせている始末だ。

経費負担を都民に問え、そして組織と個人の責任を明確にせよ
 政府と東京都、そして五輪組織委員会は、五輪の開催費用のうち、都民が負担する金額を明示すべきである。都民が負担しても良いと考える金額が、五輪開催費用の上限であるべきだ。都民1人当たり10万円なのか、それとも20万円なのか。そして、その負担金をどのようにして徴収するのかも明確にすべきだ。もっとも、原発の事故処理と同じように、五輪後の施設の維持管理経費は不確定のままだ。削減された施設の工事費ですら、その予算枠が守られる保証はどこにもない。それを管理監督する組織がないのだから。政治家やスポーツ政治屋、政治家の腰巾着の官僚に任せるから、すべてがどんぶり勘定だ。
 川渕三郎氏のように、五輪後の施設利用から収益が上がるから、巨額の施設建設は無駄ではないと吹聴している人もいるが、それならそれができるという民間業者を募り、今から五輪後の施設売却や、維持管理に責任を負う業者の選定入札を行うべきだ。しかし、そのような業者などいないだろう。収益よりも、維持管理経費の方が大きくなるのは目に見えているからだ。それでも収益が上がると主張するなら、収益が上がらなかった場合の責任の取り方をはっきりさせてから、物を言うべきだ。
 しかし、2兆円とも3兆円とも言われる五輪経費だが、いったい何にこれだけのお金がかかるのか。話題になっている3つの施設の建設費は、経費総額の10分の1程度に過ぎない。組織委員会は、経費を負担する都民にたいして、経費総額の内訳を明示し、どこをどう削って節約するのかをはっきりさせるべきだ。そして、予算枠の厳守とそれが守られない場合の組織責任と個人責任を明確にすべきだ。事後的な出処進退では意味がない。五輪の仕事にかかわって得た報酬の返済を含めた責任の取り方を明確にすべきだ。
政治家の責任はもとより、組織委員会武藤敏郎事務総長の責任はきわめて重い。組織委員会の事務方を束ね、経費の削減と管理を至上命令にして組織を統率できなければ、森会長の腰巾着にすぎない。
2016.12.02   大賞に毎日新聞夕刊編集部の「夕刊・特集ワイド」
    2016年度の平和・協同ジャーナリスト基金賞

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 反核・平和、協同・連帯、人権擁護等を推進するための報道に寄与したジャーナリストらを顕彰する活動を続けている平和・協同ジャーナリスト基金(PCJF。代表委員、歴史学者・色川大吉、慶應義塾大学名誉教授・白井厚の両氏ら)は12月1日 、2016年度の第22回平和・協同ジャーナリスト基金賞の受賞者・受賞作品を発表した。
 基金賞の選考は、鎌倉悦男(プロデューサー・ディレクター)、佐藤博昭(日本大学芸術学部映画学科講師)、清水浩之(映画祭コーディネーター)、高原孝生(明治学院大学教授)、鶴文乃(フリーライター)、前田哲男(軍事ジャーナリスト)、森田邦彦(翻訳家)の7氏を審査員とする選考委員会によって行われ、候補作品69点(活字部門25点、映像部門41点、インターネット関係3点)の中から次の8点を選んだ。

◆基金賞(大賞)(1点)
 毎日新聞夕刊編集部の「夕刊『特集ワイド』における平和に関する一連の記事」
◆奨励賞(7点)
 ★ノンフィクション作家、大塚茂樹さんの「原爆にも部落差別にも負けなかった人びと」(かもがわ出版)
 ★原爆の図丸木美術館学芸員、岡村幸宣さんの「≪原爆の図≫全国巡回――占領下、100万人が観た!」(新宿書房)
 ★よしもと所属の夫婦漫才コンビ・DAYSJAPAN編集委員、おしどりマコ・ケンさんの原発問題での情報発信
 ★金澤敏子、向井嘉之、阿部不二子、瀬谷實さんの「米騒動とジャーナリズム」(梧桐書院)
 ★上丸洋一・朝日新聞記者の「新聞と憲法9条」(朝日新聞出版)
 ★瀬戸内海放送制作の「クワイ河に虹をかけた男」
 ★森永玲・長崎新聞編集局長の「反戦主義者なる事通告申上げます――消えた結核医 末永敏事――」(長崎新聞連載)

 選考委員会によると、今年度は、新聞社からの応募や推薦が少なかった。これについて、審査員の1人は「昨年は、戦後70年を機に戦後70年を総括する企画や、集団的自衛権問題、安保問題、憲法問題に取り組んだ新聞が多く、力作が目白押しだった。今年はその翌年とあって、全般的に低調。いわば“戦後70年疲れ”と いったところか」と述べた。そうした面があったものの、今年も、原爆、憲法、沖縄の基地問題、原発問題などを粘り強く追った力作が審査員の目を引いたという。 

 ■基金賞=大賞(1点)には、毎日新聞夕刊編集部の『夕刊「特集ワイド」における平和に関する一連の記事』が選ばれた。同紙の「夕刊 特集ワイド」は、夕刊二面の全面を使った大型紙面で、毎夕、さまざまな問題を取り上げている。2015年から16年にかけての紙面では、国民の関心が高い集団的自衛権、安保関連法、憲法、沖縄の基地問題、原発問題などを積極的に取り上げ、選考委では「ユニークな企画性が感じられ、現在のマスメディアの中では異彩を放つ意欲的な紙面」とされた。沖縄・高江の米軍ヘリパッド建設現場で機動隊員による「土人発言」問題が起きた時、これを直ちに紙面化した点も評価された。

 ■奨励賞には活字部門から6点、映像部門から1点、計7点が選ばれた。
 大塚茂樹さんの『原爆にも部落差別にも負けなかった人びと』は、広島市福島町を中心とした地域の戦後史を描いたノンフィクション。この地域はかつて被差別部落だったが、原爆で甚大な被害を受けた。いわば、この地域の人たちは二重の苦しみに見舞われたわけだが、本書はその苦しみがどんなに深いものであったかを克明に明らかにしており、選考委では「著者はこれをまとめるのに3年を費やし、インタビューした人は60人を超える。そうした取り組みに敬意を表したい」とされた。

 岡村幸宣さんの『≪原爆の図≫全国巡回――占領下、100万人が観た!』も原爆にからむノンフィクションである。丸木位里・俊夫妻が「原爆の図」を発表したのは米軍占領下の1950年。米軍が原爆に関する報道を禁止していたから、日本国民が原爆被害の実態を知るのは困難な時代だった。ところが、本書によれば、なんと「原爆の図」巡回展が全国各地で催され、大勢の入場者があったという。「日本国民の間で今なお反核意識が強いのは、こうしたことがあったからかも。これまで知られていなかった事実を丹念に掘り起こした努力は称賛に値する」と、全会一致で授賞が決まった。

 原発問題も引き続き重大な課題とあって、原発関係からもぜひと選ばれたのが、おしどりマコ・ケンさんの『原発問題での情報発信』だった。お二人は漫才コンビだが、市民の立場から、原発事故に関し本当に必要な情報が出てこない状況に疑問を抱き、東電や政府の記者会見に出席したり、福島にも通って原発事故に関する情報を執筆、動画、講演などで発し続けている。こうした活動が「市民運動の支えなっている」と評価された。

 金澤敏子、向井嘉之、阿部不二子、瀬谷實さん(いずれも細川嘉六ふるさと研究会のメンバー)の『米騒動とジャーナリズム』は、大正時代に富山県から全国に広がった米騒動の全容を新聞報道から検証した、4年がかりの労作。そこでは、初めは米騒動に無関心だった新聞が、政府から取材規制を受けながら次第に民衆の側に立ってゆく報道姿勢の変化が立証されている。選考委では「今のジャーナリズムも、今こそこうしたジャーナリズムの歴史に目を向けて原点に戻り、庶民の側に立った報道をしてほしいという著者たちの願いが伝わってくる」とされた。

 上丸洋一・朝日新聞記者の『新聞と憲法9条』は、憲法関係からもぜひ選ばねばという審査員の配慮から授賞作となった。審査員の1人は「憲法改定が現実味をおびてきた今、憲法の眼目ともいうべき9条の意義を歴史的に、しかも、分かりやすく解明した本書の今日的意義は大きい」と語った。

 「かつてこんな医者がいたとは」と審査員全員が驚きの声を上げたのが、森永玲・長崎新聞編集局長の『反戦主義者なる事通告申上げます――消えた結核医 末永敏事――』だった。戦前、米国に留学までしながら日中戦争下に軍部への協力を拒否したため投獄され、悲劇的な生涯を閉じた医師の空白部分に迫った連載記事(長崎新聞2016年6月~10月)である。選考委では、「単に1人の医師の悲劇を明らかにしただけでなく、医師の受難とからめて現行の特定秘密保護法や、政府が目論む共謀罪に警鐘を鳴らしていることを髙く評価したい」とされた。
 
 ■映像部門では、瀬戸内海放送の『クワイ河に虹をかけた男』(満田康弘監督)が奨励賞に選ばれた。
 太平洋戦争中、タイとビルマ(ミャンマー)を結ぶ「泰緬鉄道」の建設に陸軍通訳として関わった永瀬隆さんの、半世紀にわたる贖罪の足跡を追ったドキュメンタリーである。選考委は「妻の佳子さんと二人三脚でタイへの巡礼を続け、犠牲者の慰霊、連合国軍元捕虜たちとの和解、タイ人留学生の日本への受け入れなど、国がやろうとしない『戦後処理』を独力で行ってきた永瀬さんの執念に圧倒される。彼が謝罪した元捕虜たちの心の変化も捉えて、人は『戦争』にどう決着をつけるかを考えさせてくれる、深みのある作品になった」とした。
 
 ■そのほか、活字部門では、高知新聞取材班の『秋のしずく 敗戦70年のいま』、映像部門では、是枝裕和監督の『いしぶみ』(広島テレビ)、毎日放送の『テレビの中の橋下政治~“ことば”舞い散る8年~』、テレビ熊本『還らざる魂魄~シベリア・死者たちの声が聞こえる』、熊本県民テレビ『生きる伝える“水俣の子”の60年』、佐藤太監督の『太陽の蓋』、藤本幸久・影山あさ子監督の『圧殺の海第2章 辺野古』『高江 森が泣いている』が最終選考まで残った。
 荒井なみ子賞は該当作がなかった。

                              
 
 基金賞贈呈式は12月10日(土)午後1時から、東京・内幸町の日本プレスセンター9階、日本記者クラブ大会議室で開かれる。参加費は3000円。
2016.12.01  「キューバの皆さん、さあ・・・」
    暴論珍説メモ(151

田畑光永 (ジャーナリスト)

 キューバ革命の指導者、フィデル・カストロが亡くなったことについては、本ブログでも先月28日に岩垂弘氏があらためてその生涯を辿りつつ、業績をたたえる追悼文を書いている。氏と同じく、いわゆる戦後民主主義世代に属する私は氏の所論のほとんどに共感するのだが、「巨星の死去で1100万人の国・キューバは難しい局面を迎えるかもしれない」という最後の一行だけは次のように変えたい。
 「キューバの皆さん、さあ、心置きなく楽しい堕落の道を歩き始めてください」と。
 私は一昨年の春、ほかならぬ岩垂氏に引率されて、短期間だがキューバを訪れた。あえてその目的を言葉にすれば、「社会主義の最後を見届けたくて」ということになろうか。今や地球上から実体はもとより、言葉さえも消えつつある「社会主義」は、しかしわれわれにとっては特別の郷愁をかき立てる。
 1950年代から60年代にかけて社会に出たわれわれ世代は東西対立の中で、戦争と市場競争の資本主義がいいか、平和と計画経済の社会主義をとるか、という設問に、多くはためらいなく後者を選んだものであった。
 実際、第一次大戦のさなかにロシアで生まれた「ソ連」社会主義は、第二次大戦後、東欧諸国、朝鮮半島北部、中国大陸、モンゴル、インドシナ半島のベトナムへと広がって、その趨勢はまさに唯物史観の指し示すごとく、世界に広がるものと見えた。続いて1959年初頭、それを裏書きするように起きたのがアメリカの裏庭・カリブ海でのキューバ革命の成功であった。
 ところが、そこから先の社会主義の歴史はなんとも無残としか言いようがない。金儲けのためにものが生産される資本主義よりも、国民の必要なものを必要なだけ計画に基づいて生産する社会主義のほうがシステムとしては断然優れていたはずなのに、資本主義に追いつくどころか、いつまでたっても国民を満足させるだけの生活水準に到達することができず、1980年代末以降、「社会主義」の看板を残すか外すかの違いはあっても、ほとんどの社会主義国は市場経済の軍門に降ってしまった。
 なぜ社会主義は成功しなかったか。それをここで論じても詮方ない。ともかく「社会主義は資本主義から共産主義へいたる過渡期」という定義をもじって、「社会主義とは資本主義から資本主義へいたる過渡期」と反共主義者から揶揄される仕儀になったことは認めなければならない。
 その中で異彩を放ってきたのがキューバである。アメリカとの対決姿勢を緩めることなく、最大の同盟国かつ後ろ盾でもあった「ソ連」が消えて、「ロシア」に戻っても、独自の社会主義をこれまで続けてきた。
 そのキューバ社会主義はこれからも永続するのかどうか、それを考えるヒントでも得られれば、という思いでハバナに降り立った。
 全国民の生涯を手厚くカバーするキューバの医療体系はさすがであった。先年、アメリカのマイケル・ムーアがつくった映画「シッコ」でその一端は見ていたが、確かにそこには社会主義の思想が生きていた。とくに膨大な数の開発途上国からの留学生を受け入れている医科大学では、やがて世界の医学の標準語はスペイン語になるのではなかろうかという気にさえなった。
 しかし、「社会主義の弱点」にも事欠かなかった。早い話、我々が泊まったホテルは中級にも及ばないクラスであったのだが、5階建てなのにエレベーターは4階までしか行かない。それはいいとして、そのエレベーターがよく止まる、人が乗って動いている最中に。じつは私もそれに見舞われた。階の途中で止まってしまったのだ。同行者5人ほどが一緒だったが、こちらは扉を叩いて精いっぱい喚き続けるしか方法がない。やがて扉の隙間から人の指が一本現れて、とにかく救出作業が行われていることが分かったのだが、それまでにかかった20分ほどの時間は、今、思い出しても背中がむずむずする。
 ホテルのエレベーターや風呂、トイレの水回りの不具合はかつての社会主義国では日常茶飯であったが、その伝統がキューバでしっかり生きていた。問題は不具合が起こるというだけではない。その原因を突き止めてきちんと修理をしないのだ。どこかいじって動くようになると、そのまま動かす。だからすぐまた止まる。別の荷物用のエレベーターでは一人の仲間のスーツケースが壁との隙間に挟まって大破してしまった。
 国内事情の説明を受けてショックだったのは、食糧の自給ができていないということだった。国土面積は⒒万平方キロと日本の本州の半分ほどはある。そこに東京都より少ない1100万人の人口である。しかも位置は北回帰線のすぐ南側、熱帯に属して緑が豊かである。それで食糧の自給ができないとはどういうことなのだろうか。
 われわれのホテルの目の前が政府の農水省にあたる役所だった。大きな建物で霞が関の農水省にも劣らないくらい。しかももっと背が高かった。その巨大な役所にみな早く出勤してくる。見ていたら7時前から出勤が始まり、8時ごろがピークだった。こんなに真面目なお役人が大勢いて、農業政策を考えているはずなのに。
 かつて多くの社会主義国がそうであったように、キューバも経済が泣き所のようだ。聞けば2010年から経済改革がスタートし、ハバナ郊外の港近くには「マリエル開発特区」なるものが設けられ、外資企業の誘致に力を入れているということだし、今年1~3月には129万人の観光客を受け入れたとも伝えられる。
 遅まきながらキューバも社会主義お決まりのコース、つまり「改革の名による自由化」路線に踏み出したところのようであった。しかし、一昨年は武力革命のシンボル、フィデル・カストロが存命であったために、後継のラウル・カストロもいくら実弟といえども思い切った市場経済化に乗り出すことはためらっているような印象だった。
今、ようやくフィデルの時代は終わった。革命からすでに60年近い歳月が経っている。革命と建設は別である。背負ってきた革命の伝統をここらで卸してもフィデルも文句は言わないはずである。
 中国の毛沢東は生前、「おれが死んだら10年もたたないうちに修正主義が広まるだろう」と予言したが、10年どころか、鄧小平が改革・開放に踏み切ったのは毛の死後2年3か月後のことであった。革命から数えても29年後であった。
 ちょうどその頃、私は北京にいて、その大転換を目撃することができた。「銭儲けができるやつは先に金持ちになってかまわない」という鄧小平の「先富論」が人々を駆り立てた。農村に「万元戸」(1万元儲けた人間)が出現したと政府のマスコミも金儲けを奨励した。あっちで何かが足りないと見るや、別の町でそれを買いこんで売りに行って大儲けしたといった話がニュースになり、人々は嬉しそうだった。
 つい2,3年前まで、毛沢東思想万歳!と叫んで革命に明け暮れていた人々があっという間に上から下まで「堕落」した。しかし、堕落の味は密の味である。皆がそれで幸せな気分になれるなら、誰にもそれを止めることはできない。キューバの人々も今こそそれを味わうべきだ。自分で作って自分で売れるとなったら、あの豊かな土地があるのだから、きっと農作物などは輸入しなくても国中にあふれるのではないか、と門外漢の私などは想像してしまう。
 万事めでたし、だがそこで話は終わり、ということにはならない。その幸せにほどなく一党独裁官僚の手が伸びてくる。権力を金儲けに活用し始める。それを許すと、庶民は自由に堕落できなくなる。だからできるうちにしっかり堕落しておかなくては後で臍をかむ。
 一番いいのは、堕落の盛り上がりの勢いに乗じて、一党独裁を廃して民主化を一気に実現してしまうことだ。キューバ共産党官僚の力と知恵がどの程度のものか、私には分からないのだが、フィデル・カストロなき後の革命政党がキューバではいかなる道を進むか、これが次幕のヤマである。あの音楽好きで陽気なキューバの人々が目前の曲がり角をうまく曲がりきって欲しい、とはるかに祈っている。(161130)