2016.08.24  安倍首相の真意を問う、なぜ即座に賛成と言えないのか?
          ―オバマ大統領の核先制不使用宣言構想について
           暴論珍説メモ(149)


田畑光永 (ジャーナリスト)

 残り任期も少なくなった米オバマ大統領がいわば8年のオバマ政治の置き土産として、「核兵器の先制不使用」を宣言することを考えていると伝えられている。他国から核攻撃を受けない限り、自らは核兵器を使うことはしないと宣言することは、核兵器を通常の兵器とは次元の違うものと位置づけて、それを使用することを無条件に悪と考える立場に立つことを意味する。悪は悪に対する反撃の時にのみ使用を許されるという立場である。
 核兵器の廃絶が叫ばれて久しい。しかし、すでに手にしているものを手放すことは難しい。1960年代の部分的核実験停止条約(米英ソ)、核拡散防止条約から始まって、90年代以降の米ソ戦略核兵器制限条約(START Ⅰ~Ⅱ)、国連総会での包括的核実験禁止条約(CTBT)採択と、多くの努力が払われてはきた。しかし、今なお核実験は行われ、人類を何度絶滅しても使いきれないほどの核兵器が存在している。
 今月19日、ジュネーブの国連欧州本部で開かれた国連核軍縮作業部会は、核兵器禁止条約の交渉を「来年中」に開始するよう国連総会に「勧告」する多数派意見を盛り込んだ「報告書」を採択することで合意した、という。それも全会一致ではなく、豪をはじめ韓国やNATO諸国は反対票を投じ、我が国は棄権したという。核兵器廃絶へ至る道がこの先もいかに長いか、果たして人類はいつかはゴールに到達できるのか、と歎ぜざるをえない。
 そういう状況の中で核兵器をすでに持つ国が、核攻撃を受けた場合の反撃以外には核兵器は使わないと宣言することは、「核の脅威」を多少なりとも減らす効果がある。
 現在の核保有国のうち、それを宣言しているのは中国だけだが、もしすべての核保有国が先制不使用を宣言するならば、論理的には核兵器が使用されることはなくなる。もし自らの宣言に背いて、他国に先制核攻撃を加える国が現れた場合は、その国は世界の歴史において長く背信の国として名をとどめることになるから、国の指導者が核使用に踏み切ろうとする際に宣言は大きなブレーキとなるはずである。全核保有国でなくとも、比較多数の保有国がこの宣言をおこなえば、他の保有国が非宣言国にとどまることにもそれなりの圧力が加わるであろう。
 こう考えてくれば、現存する膨大な核兵器を物理的に消滅させる道はほとんど終着点が見えないにしても、先制不使用宣言を保有国に求めることは国際世論の力で実現できる有効な「核の脅威削減策」である。それを唯一の核使用国、そして今なお核超大国である米国の大統領がそれを行おうとしていることは大いに意義がある。
 オバマ大統領は就任間もない2009年4月5日、チェコのプラハにおける演説で、原爆投下の道義的責任に言及しつつ、核兵器のない世界の実現を目指すと明言した。この演説で(と言われているが)、この年のノーベル平和賞も受賞した。しかし、その後の8年の任期中に核廃絶に向けていかなる努力を傾け、何ほどの成果を上げたかとなると、本人としても心中忸怩たるを免れることはできまい。その思いが去る5月には彼を広島に向かわせ、任期終了前の核先制不使用宣言へと駆り立てているのであろう。8年の不作為はひとまず置いて、最後の努力の成功を祈りたい。
 しかし、こと軍備となると、いかなる程度のものであれ、作戦上の不利を招く可能性のある措置には軍そのものが反対するのが通例である。オバマ大統領の意思がすんなり通るとは思えない。報道によれば現に米国内には反対論が強く、ケリー国務長官ら現職閣僚からも反対の声が上がっているといわれる。また英・仏・韓などの同盟国も反対と伝えられている。
 その中で我々にとって見過ごせないのは、安倍首相が米太平洋軍のハリス司令官に「北朝鮮に対する抑止力が弱体化する」と宣言に反対の意向を伝えた、という米紙『ワシントン・ポスト』8月15日の報道である。もし事実なら、毎年8月に首相として広島、長崎の原爆式典に出席し、核廃絶を訴える姿勢は世を欺く擬態と受け取らざるをえない。
 唯一の被爆国として核廃絶を訴えながら、一方で米国と軍事同盟を結んで、その核の傘の下に身を置く日本の姿は客観的にはどう見ても矛盾している。国際政治においては理想と現実は別だという「現実論」がまかり通っているわけだが、そこでの理想と現実をつなぐ細い糸が「核抑止」という建前である。核兵器は存在するだけで、他国は核兵器による報復を恐れるから、その国に対して他国は核を使うことを思い止まる、という論理である。つまり、核兵器は使うためにあるわけではない。相手に核を使わせないためにある、というのである。
 とすれば、別に米国が核先制不使用を宣言したからといって、「核抑止」に関する限りはなんの支障もない。北朝鮮が日米に核を使えば、米はためらうことなく核で報復できるのだから。にもかかわらず、「北朝鮮に対する抑止力が弱体化する」から宣言に反対だ、という安倍発言はどういうことか。
 安倍首相の本意は「抑止力」と言いながら、じつは「攻撃力」なのである。北朝鮮がおかしな行動をとったら、それが核兵器使用よりはるか手前であっても米の核で叩き潰してもらいたいということなのだ。そうでなければこの発言は意味をなさない。首相の頭の中は、冷戦思考から一歩も出ていないのだ。
 と、思っていたところ、20日夜にいたって安倍首相は突如、ハリス長官への発言を次のように否定した。
 「ハリス長官との間において、アメリカの核の先制不使用についてのやり取りは全くなかった。どうしてこんな報道になるのか分からない。・・・先制不使用については、米側はまだ何の決定も行っていない。今後とも米政府と緊密に意思の疎通を図っていきたい」(21日・各紙)
 なんとも奇妙ではないだろうか。ハリス長官はさる7月26日午後、首相官邸で約25分間、首相と会談し、北朝鮮情勢をはじめとする地域情勢などについて意見交換をした。確かにその席で安倍首相が「核の先制不使用宣言に反対」と述べたという発表はなかった。そして、ワシントンン・ポストの報道は8月15日であった。それならなぜ即座に報道を否定しなかったのか。日本の安保政策の基本姿勢にかかわる問題で首相発言をねつ造されたのなら、すぐさま誤解を糺さねばならないではないか。1週間近くも経ってから否定の談話、それも抗議をするでもなく、「どうしてこんな報道になるのか分からない」などという曖昧な態度は不可思議である。
 以下は私の推測である。ハリス長官への安倍発言は間違いなく事実であろう。ただ短時間のおそらくは儀礼的な会談であったから、安倍首相側はその中身が表に出るとは予想していなかったと思われる。
 それが20日も経ってから報道されたので、驚いた官邸は慌ててワシントン・ポストに記事の取り消しを求めたが、相手は「発言は事実」と取り消しに応じない。そのやり取りに数日を費やして、結局、首相が「なんでこんな報道が行われたか分からない」と述べることにはワシントン・ポスト側も異議を申し立てない、ということで落着したのではないか。
 こう推測するのは、安倍首相が米紙の報道を否定しながら、「宣言」に賛成であるとは言わないからである。なにも難しい交渉事ではない。米の「核の傘」に頼っているのは、その「抑止力」に頼るのであって、日本政府は核兵器の使用には反対であると、説明すればいいだけの話である。意思の疎通が必要というほどの問題ではない。それを言わないところに本音が見え見えである。
 にも関わらず、メディアのこの件についての報道に熱意が感じられない。日本の政治全体に緊張感がないことの表れかとも思うが、きちんと事の次第を明らかにして欲しい。
2016.08.23  最悪の結末をかろうじて免れた錦織選手
盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

 リオ五輪テニスで錦織選手が銅メダルを獲得したことに、ほとんどすべてのメディアは、「96年振りのメダル。今後の活躍に大きな収穫」と賞賛しているだけでなく、テニスの専門家も一様に「偉業」を称えている。ゲームの流れが変わった中で勝ち切れたことは高く評価されるが、日本国内の評価はあまりに我田引水的で、プロテニス選手への言葉としてあまりに情緒的すぎる。日本代表を背負って頑張ってくれた錦織選手の戦いを称えるだけでなく、プロ選手として頂点を極めるための今後の課題を明確に指摘すべきだろう。植田日本代表監督は、「今後のテニス人生にすごく大きなものをもたらす」というが、数多くのスリリングな試合をこなし、確固とした地位を築いている選手への言葉としてはあまりに平凡だ。あたかも駆け出しの選手へのありきたりの言葉は、世界のトッププロへの言葉としてはいささかアマチュア的な印象を拭いきれない。「東京五輪への弾みになる」という馬鹿なコメントをしている人もいるが、プロの選手は五輪のために戦っているわけではない。
 そもそも、現在のテニス界のレベルの高さや競技の厳しさは、100年前の高等遊民のボール遊びとは比較できないし、五輪テニスの成績がプロテニストーナメントに影響することはない。そのことは錦織が一番よく分かっている。とりあえず、ナダルに負けなかったことは救いだが、逆にマレーに完敗した事実やデル・ポトルの復活は、これからのトーナメントの厳しさを感じさせるものになった。
 
 五輪はプロテニス選手にとって、息抜き的なエキジビション・マッチに過ぎない。ゴルフや野球と同様に、選手の真剣度はかなり劣る。それでも、プロテニスの世界ですべてのタイトルを獲得した選手にとって、4年に一度しかめぐってこない金メダルの称号は、最後に取るべきタイトルであることは間違いない。歴代最高の選手と評価されるフェデラーは、テニス五輪復活が全盛期とわずかに外れたことで、その獲得チャンスを失った。ともあれ、五輪金メダルはプロテニス選手としてすべてのことを成し遂げた後に得られる最後の称号なのである。
 今時のリオ五輪で、すでに北京五輪でシングルスの金メダルを獲得しているナダルは、故障明けにもかかわらずダブルスとミックスダブルス(棄権)にもエントリーし、五輪タイトルの勲章の総なめを狙った。ダブルスは見事優勝したが、シングルスは準決勝でデル・ポトル選手に負けてしまった。この試合を見る限り、ナダルの状態は全盛期の8割程度の出来だった。しかも、前日にはシングルスとダブルスの試合をそれぞれ2時間ずつ戦っていたからなおさらである。故障明けで状態が悪く、かつ試合の連続で疲労が溜まっているナダル相手なら、錦織がストレートで勝利して当然である。
 案の定、錦織はそれを達成する寸前だった。第1セットを6-2でとり、第2セットも2度のブレークで5―2とし、サーヴィスゲームを迎えた。ふつうなら、サーヴィスゲームをしっかりとものにし、6-2、6-2の完勝で終えるはずである。ところが、このゲームを取り切れず、さらに次のサーヴィスゲームも落とし、ゲームカウント5-5と並ばれただけでなく、次のナダルのサーヴィスゲームで逆に5-6とリードされ、ゲームの流れは完全にナダルに傾いてしまった。最終的に、錦織はこのセットのタイブレークを簡単に落としてしまい、嫌な流れになってしまった。というのは、今年、ナダルとの試合は3度目だが、前2試合とも、前半を圧倒しながら、後半に巻き返されて負けているからである。この試合に負けていれば、対ナダル戦の悪い流れを断ち切ることができず、何とも後味悪い五輪参加になっていた。
 幸い、ナダルの状態は良くなく、最終第3セットでは第2セットでみせた勢いが止まり、錦織が勝利した。錦織もこの勝利にホットしたことだろう。対ナダル戦の嫌な流れを断ち切ったことは大きい。しかし、2セットで完勝するはずが、自らのサーヴィスゲームで試合を決めきれなかったところに、現在の錦織選手の弱点が露呈されている。勝敗を左右するポイントで、自らのサーヴィスゲームを取りきれない弱点が克服されていないのだ。
 錦織選手とは対照的に、手首に故障を抱えているデル・ポトル選手が初戦で盤石のジョコヴィッチを倒し決勝まで進出したことは、大きなトーナメントでいかにパワーが必要かを教えている。このトーナメントでデル・ポトル選手は破壊的なフォアハンドと高速サーヴィスだけで勝負した。左手首の状態が良いのか、これまでよりは力を入れてバックハンドをスウィングしていたが、それでもバックハンドは球を繋ぐことだけに徹し、機を見て、バックサイドに来たボールを回り込んでフォアで打ち返して、ポイントを重ねていた。コートの半分以上ががら空きになるこの戦法は、ストローク1本でポイントを決めないと簡単に逆襲を食らってしまう。短期決戦でフォアハンドの調子が良ければこの戦術は生きるが、グランドスラム大会のようなタフなトーナメントでは、この戦法には限界がある。しかし、今大会、とにかくデル・ポトル選手の高速サーヴィスと破壊的なフォアハンドは有効で、ジョコヴィッチ、ナダルを破り、マレーにも肉薄した戦いは賞賛されるだろう。
 錦織選手の課題は一にも二にも、サーヴィスである。もちろん、錦織陣営はサーヴィス強化に取り組んでいて、ファーストサーヴィスはコーナーを付いてエースをとれるように、またセカンドサーヴィスは球の回転を変えて簡単にレシーヴエースを取られないように工夫している。しかし、如何せん、サーヴィススピードそのものが不足している。サーヴィススピードだけで見れば、女子のトップ選手のそれとほとんど変わらない。これを克服しない限り、グランドスラム大会はもちろん、マスターズ1000大会で優勝することは難しい。

 トップテンに入って2年を経過した錦織は、すでにテニス史に残る選手になっている。日本の中で見ると、彼の才能は50年に1人、選手何万人に1人に割の確率でしか現れないものだ。スポーツに限らず、音楽でもゴルフでも、年に数度のコンクールやトーナメントのどこかで優勝することは天才的な才能がなくても可能だが、年間を通してトーナメントが開催され、年間を通した成績で評価される競技で、常に世界の10指に入るというのは、とてつもない才能と能力を必要とする。たとえば、ピアノやヴァイオリンなど、何百何千万のアマチュアやプロの奏者のなかで、世界のトップテンの演奏者として評価されるためには、天賦の才能がなければ叶わない。現在の世界のテニス界の厳しさはまさにこれに匹敵する。一流のスポース選手や音楽家が皆、錦織選手を高く評価しているのは、世界で戦うことの凄さを体で感じ取ることができるからだ。
 しかし、その天才錦織にして、いまだ叶わぬものが、グランドスラム大会とマスターズ1000での優勝である。世界のテニス界は長らくフェデラー、ナダル、ジョコヴィッチ、マレーの4強に支配されてきた。2014年に錦織が全米決勝に進み、チリッチと戦った時には、4強時代から新たな若い世代への転機が語られ、錦織、チリッチ、ラオニッチ、ディミトロフが次の時代を切り開くと予想された。しかし、ディミトロフは恋物語の話題と比例して、ランキングも下がり続けている。チリッチとラオニッチも今一つコンスタントに力を発揮出来ず、錦織だけがトップテンに留まるも、4強の壁を破ることができないまま、ここまで来た。
 今、錦織-チリッチの世代は「谷間の世代」と呼ばれつつある。引退が囁かれ始めたフェデラーとは年齢的にも差があるから、これからは有利な戦いになるが、ジョコヴィッチやマレーとは年齢的に余り差がなく、錦織が27歳を迎える2016年になっても、このトップ2はますます強さを増しているように見える。
 上位に絶対王者が君臨し、他方で下位から次々と新星が現れている。すでに17歳~19歳の才能あるプレーヤーがトーナメントに登場し始め、20~22歳の新世代のプレーヤーが上位に進出し始めている。彼らはジョコヴィッチやマレーとは10歳ほどの年齢的な違いがあるから、いずれ彼らの中から新世代のトッププレーヤーが生まれることは確実である。この若い新世代とビッグフォーの旧世代とに挟まれた錦織世代が頂点に立てる時間は非常に限られている。ここ1~2年が世界の頂点に立てるかどうかの時間だ。手負いのナダルに勝利したことを喜んでいる暇はない。まして、「東京五輪の弾みになる」という脳天気に構えている時間などない。

 リオ五輪ではマレーに惨敗した錦織だが、本年初頭のデ杯対英国戦では、マレーと5時間近い接戦を繰り広げている。この時のプレーはYoutubeに30分ほどのダイジェスト版で見ることできるが、今年の最高ゲームの一つに評価されるほど、息詰まる熱戦だった。敵地で、しかも球速が早い室内コートでの試合である。敵地でも物怖じしない勝負度胸と速いサーフェイスでの適応能力を見せてくれたゲームである。このような戦いがコンスタントにできれば、念願のマスターズ1000だけでなく、グランドスラム大会での優勝が見えてくる。そのためには、もう1ランク、フィジカルな強さを上げる必要がある。
2016.08.22 抽象名詞は可算か不可算か
-ness, -tionで終わる英単語は抽象名詞

松野町夫 (翻訳家)

名詞は事物の名前を表す。「猫」「鉛筆」など形のあるものを表す名詞を具象名詞(concrete noun)、「美」「親切」など形のない抽象概念を表す名詞を抽象名詞(abstract noun)と呼ぶ。

抽象名詞は可算か不可算か?抽象名詞は不可算名詞(数えられない名詞)である。ちなみに、具象名詞は可算だが、物質名詞(water, milk)や一部の集合名詞(baggage, furniture)、固有名詞(John, Tokyo)は不可算名詞に属する。

抽象名詞は、具体的な形を持たない抽象概念(abstract concept)を表す。たとえば、
観念 → beauty, love, courage, justice(美、愛、勇気、正義)
感情 → joy, anger, sorrow, pleasure(喜怒哀楽)
状態 → peace, stability, confusion, hunger(平和、安定、混乱、空腹)
学問 → art, music, mathematics, science (芸術、音楽、数学、科学)

抽象名詞を主語にして一般論を述べるときは、以下のように無冠詞、単数形となる。
Beauty is in the eye of the beholder. 【諺】 美しさは見る人の目の中にある。
Hunger is the best sauce. 【諺】 空腹は最良のソースである。
Science is verified knowledge. 科学とは検証された知識をいう。

抽象名詞の作り方: 「形容詞」+ness
形容詞に接尾辞(ness)を付けると、「性質」「状態」などを表わす抽象名詞ができる。ためしにランダムハウス英語辞典で ness で終わる単語を後方検索したところ、7,139 words がヒットした。

good(良い) + ness = goodness(善)
bad(悪い) + ness = badness(悪)
There's more goodness than badness in him. 彼には悪いところもあるが、良いところがもっと多い。

happy(幸福な) + ness = happiness(幸福)
There are different ways to happiness. 幸福へ至る道はさまざまだ。

sad(悲しい) + ness = sadness(悲しみ)
He looked at me with sadness in his eyes. 彼は目に悲しみをたたえて私を見た。

polite(礼儀正しい)+ ness = politeness(礼儀正しさ)
We accepted the invitation out of politeness. 私たちは礼儀上その招待を受けた。

rude(失礼な) + ness = rudeness(無礼)
I cannot forgive his rudeness to my wife. 妻に対する彼の無作法は許せない。

hard(厳しい) + ness = hardness(厳しさ)
He often complained of the hardness of life. 彼はよく人生の厳しさをこぼしていた。

抽象名詞の作り方: 「動詞」+ion
また、ラテン系の動詞に接尾辞 -ion(-tion, -ation, -ition, -sion)を付けると、「動作」「状態」を表わす抽象名詞ができる。ためしにランダムハウス英語辞典で ion で終わる単語を後方検索したところ、7,951 words がヒットした。

tempt(誘惑する) + ation = temptation(誘惑)
He could not resist the temptation to steal. 彼は盗みたい誘惑に抗することができなかった。

suggest(提案する) + ion = suggestion(提案)
The party was given at my suggestion. そのパーティーは私が言い出して催された。

compete(競争する)+ tion = competition(競争)
The small merchant gets powerful competition from the chain stores.
小規模の商人はチェーンストアから激しい競争を仕掛けられる。

globalize(国際化する) + tion = globalization(国際化)
the globalization of world markets 世界市場のグローバリゼーション

recreate(気晴らしをする) + ion = recreation(レクリエーション)
What do you do for recreation? レクリエーションには何をしますか。

vacate(空にする) + ion = vacation(休暇=心を空にすること)
You aren't here on vacation. 休暇でここに来ているのではありませんよ。

抽象名詞の作り方: 「動詞」+ment
動詞に接尾辞 –ment を付けると、「動作」「状態」「結果」「手段」を表わす抽象名詞ができる。ためしにランダムハウス英語辞典で ment で終わる単語を後方検索したところ、1,568 words がヒットした。

move(動く)+ ment = movement(動き)
Loose clothing gives you greater freedom of movement. ゆったりした服装は動きやすい。

pay(支払う)+ ment = payment(支払)
We require payment in advance for all goods purchased. 商品のお支払はすべて前払いです。

attach(取り付ける)+ ment = attachment(取り付け)
Hooks on the ski boots make attachment easier. スキー靴の留め金で取り付けは簡単です。

develop(開発する)+ ment = development(開発) 
The land was sold for development. その土地は開発のために売られた。

抽象名詞が可算名詞に変身する
ここの例文で掲げた名詞はすべて抽象名詞(不可算)なので a/an を付けたり、複数形にはできない。しかし、こうした名詞がその抽象性を失って「具体的なもの」を意味するとき、具象名詞(可算)に変化する。その名詞はもはや抽象名詞ではなく具象名詞なのでa/an を付けたり、複数形にすることが可能となる。たとえば、beauty は「美しさ」を意味するときは抽象名詞だが、「美人」を意味するときは具象名詞になる。development は「開発」を意味するときは抽象名詞だが、「団地」を意味するときは具象名詞。

Everyone admired her beauty. 誰もが彼女の美しさを称賛した。 → 抽象名詞
A beauty is a beautiful woman. 美人は美しい女性である。 → 具象名詞

the application of science to industry 科学の産業への応用 → 抽象名詞
start an application アプリケーション(プログラム)を起動する → 具象名詞

It is still under development. それは今なお開発中だ。 → 抽象名詞
a new housing development 新興住宅団地 → 具象名詞

2016.08.21  「本日休載」
今日08月21日(日)は休載します。

リベラル21編集委員会

2016.08.20  大統領、巨大デモで死刑復活方針を表明
          ―トルコ・クーデター未遂事件から1か月

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

 わずか半日で壊滅された、7月15日のトルコでのクーデター未遂事件から1か月。8月8日の本欄で詳細に書いた通り、エルドアン大統領は、非常事態令を発令し、軍、警察、裁判所、検察はじめ官公庁、大学、新聞・テレビ通信社などメディアで職務についている多数の人々を素早く逮捕あるいは解雇、休職させた。すべて、3年前までは与党公正発展党(AKP)の最有力の同志だったギュレン師(米国滞在中)を支持する、とみなした人々ばかり。その後、トルコ国内の政情はどのような状態になっているのか。
 8月12日のユルドゥルム首相の談話によると、クーデター未遂の関連で約3千人の軍人を含む国家公務員4,897人が解雇され、76,597人が停職にされた。また、クーデター計画の連絡通信網には5万人がかかわっていたと、同首相は語った。一方、8月15日のBBC電子版によると、事件での死者は270人。トルコ軍・治安当局に逮捕された者は2万3千人以上。それ以外に、約8万2千人が解雇または停職にされた。逮捕、解雇、停職にされた人々には、将官以下の軍人のほかに、多くの警察官、裁判官、検察官、教育関係者その他の公務員が多数を占めている。
 これだけ多数の逮捕者を収容できる拘置施設はないため、相当に劣悪な施設に拘置されている者が多数いると人権団体は伝えている。トルコ政府は、17日、非常事態令に基づき、収監中の囚人のうち、3万8千人の仮釈放をできる政令を出した。政令では囚人の刑期を短縮して仮釈放を可能にする。テロ、殺人、性犯罪などの囚人は除外される。
 事件以後、トルコ国内から国外に伝えられる信頼できる情報が少なくなり、国内メディアは、エルドアン大統領の演説や、政府発表・情報と大統領支持の集会やデモのニュース、政敵ギュレン師(米国滞在中―事実上の亡命)とその支持勢力を攻撃する論評が占めている。しかし、ギュレン師が全面的に否定しているクーデター計画の全容どころか一部でさえも、これだけ多数のギュレン師支持者を逮捕しながら、1か月もたっているのに発表されていない。
 ▽「死刑は米国にも、日本にも、中国にもある。」
 エルドアン大統領は8月8日、イスタンブールで開かれた500万人を超える(ロイター通信が伝えた政府筋情報)大集会で、死刑制度を復活する方針を次のように演説したー
 「死刑について決定するのは、トルコ議会だ。わたしは、その手続きが進んでいると、断言する。わたしは議会の決定を承認する。」
 「EUには死刑は存在しないといわれる・・・だが、米国にある、日本にある、中国にある、世界の国のほとんどにある。それらの国々ではその死刑制度を持つことを許されているのだ。われわれも1984年までそれを持っていた。主権は国民に属し、国民がその決断をするならば、政党もそれに従うことを私は確信する。」
 エルドアン大統領は、今回のクーデター未遂事件を機に政敵ギュレン師と幅広いその支持者たちを一掃するために、トルコ政府の長年の願望だったEC加盟を放棄してまで、死刑復活を強行する決意を示したと国民多数に受け取られているようだ。
 トルコの死刑制度は、1923年の共和国建国以来、維持されてきた。しかしEU加盟を強く求めるトルコ政府に対し、EUが加盟条件の一つとして死刑廃止を要求し譲らなかったため、2002年の国会議決を経て法改正し、04年に死刑廃止を実施した。
 ▽非常事態令の悪用を厳しく批判―HRW
 クーデター未遂とその直後のギュレン師派大弾圧について、トルコ国内にも協力者が多く、国際的な信頼の高い人権団体ヒューマンライツ・ウオッチ(HRW=本部ニューヨーク)は、8月3日に発表した詳細な調査報告で、次のように厳しく批判しているー
 「4万人以上の人々が、そのポストから解職された。それには国中の大学の学長も含まれている。とくに司法機関は、裁判官と検察官のうち2,167人が拘引され、2,745人が解職されたため、大きな打撃を受けた。7月25日以降、約90人のジャーナリストに拘引状が出された。7月27日、通信社3社、テレビ16局、ラジオ23局、新聞45、雑誌15、出版・頒布会社29が閉鎖された。」
 「トルコ政府によるニュースメディアの閉鎖は、非常事態令が、今日の公的秩序を支える合法的な目的を超えて、言論の自由の権利を否定するために使われたことを示している。」
 「7月23日に発令された非常事態令第1号は、無制限に行動したい政府の野心を力づけた。政府は、法的手続きなしに数千の私立教育施設、病院、診療所、協会の閉鎖を命令した。同令によって政府は、いかなる再調査要求や法的対抗措置を受け付けないまま、裁判官、検察官、公務員を解雇できる。
 非常事態令第1号はまた、裁判官の許可なしに、警察が容疑者を30日間拘留することを認め、裁判前に拘留されている人々が弁護士と、秘密が保持されている連絡を取る権利を制限し、劣悪な留置が行われ、有効な弁護を得る権利が奪われる危険を増大している。」
 「すでに、クーデター未遂関連で逮捕された軍幹部その他の人々に対し、拷問と劣悪な留置が行われている証拠が明らかになっている。」
 ここで紹介したのは5ページわたるHRWの詳細な報告書の一部にしか過ぎない。これだけでも、エルドアン政権によるクーデター鎮圧事件の真相を示唆していると思う。エルドアン大統領はこの権力闘争の第1幕に勝利したのち、独裁的な権力をさらに強化し、トルコ国民をどのような国家へ導こうとしているのだろうか。
2016.08.19  女性週刊誌『女性自身』を買った
          韓国通信NO496

小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)

 8月23日30日の合併号で450円。今まで女性週刊誌を買ったことがなかったので、私には真夏の「変事」「珍事」といえる。表紙の一番上にある吉永小百合&姜尚中の対談記事が目にとまったからだ。

 <私は「サユリスト」>
 同世代の吉永小百合は私にはずっと気になる女優であり続けてきた。今や国民的大女優となった彼女は俳優の仕事の他、映画のプロデュース、さらにはJRのポスターで存在感を示す。また「原爆詩集」の朗読、東日本災害への支援などの社会的活動を知る人も多い。
 「サユリスト」を自認する私は彼女が世の中をどう見、どう考えているか興味があった。「オバカ芸能人」が多い中、吉永小百合が週刊誌で「思い」を語った。写真入り4頁に及んだ対談から彼女の発言を抜粋して以下に紹介する。

 〇若い頃、母に何故、戦争が起こったの。反対出来なかったの?と聞いたら「言えなかったのよ」。それが理解できるようになったのは最近のことだ。今の世の中は息苦しい。憲法9条の話を友人にしたら「よその国が攻めてきたらどうするのか」と反論されてしまった。最近は「反核や反戦という言葉を口にするのがためらわれる時代になった」と聞いてショックだった。

 〇「戦争だけはダメ」という思いの芸能人は多いが、「バッシング」もある。こんな時代だからこそ「思っていたら言わなきゃいけない」とあらためて思う。唯一の被爆国である日本政府が明確に核廃絶を主張しないのはおかしい。

 〇(沖縄に基地が必要なら)海兵隊を東京に持ってきたらどうかと思うくらい(沖縄の人に)申し訳ない気持ち。言葉では言い表せないほどつらい経験をしてきた沖縄の人たちに、もっと人間らしい対応をしてほしい。

 〇これまで「さよなら原発」集会に何回か参加している。一市民として参加した。集会もデモも暗い雰囲気でないのがいい。憲法9条への思いも、お祭りみたいにして表現できるといい。今年6月の参院選挙前に、関西の市民団体に「武器ではなく対話で平和な世界を作っていきたい」というメッセージを送ったが、「市民たちが声をあげることは素晴らしい。意見が違ってもつながって行動する力強さ」を感じた。

 〇「原爆の詩」の朗読を30年間続けている。原発事故以降「原発の詩」も朗読することになった。帰還困難区域の葛尾村に行ったことがある。今年の6月に避難指示が解除され、「どんどん帰りなさい」と云われても汚染が心配な子どもたちは戻っていない。原発事故は終わっていない。被災地の人たちを根本からサポートできないものか。被災者に「寄り添う」ことが大切。

 〇二度と戦争をしないという憲法9条を大切にして、戦後が80年、100年と続くよう、みんなの思いで平和をつなげていきたい。戦後71年の今年、ここからが大事!

 短く端折ってしまったが、特別ビックリする内容ではない。むしろきれいごとに過ぎないと感じる人もいるはずだ。しかし断定をしない静かな語り口は多くの女性読者に共感を与える内容だ。サユリストとしては喝采をあげたい。
 『女性自身』の今回号は皇室関連記事、イケメン男性の話題、健康問題、料理、漫画、さらに寂聴の「いきいき名言」など盛りだくさんの内容である。パラパラめくっていると憲法の特集記事が目に入った。第一面には、誰が守るもの?誰を守るもの?「改憲」を考える前に…。憲法学者南野森さんによる憲法の解説が7ページにわたりマンガ入りで載っていた。「立憲主義」を知らない首相に読ませたい好企画。憲法前文から始まり、9条、13条、14条、15条、21条、24条、25条、26条、29条、31条を毎日の生活と結び付けわかりやすく解説。勉強感覚ではなく料理のレシピ感覚で書かれているので気楽に読める。
 偶然買った女性週刊誌に圧倒された。婦人たちは美容室や病院の待合室でこんな記事を読んでいるのだ。何よりスゴイと思うのは販売部数に血道をあげている週刊誌が、女性読者に読んでもらえそうな記事として選んで掲載していることだ。啓蒙する気持ちなどはさらさらない。そんな記事なら読者から「ソッポ」を向かれてしまうはずだ。
 前ページで紹介した姜尚中と吉永小百合の対談で、大切なことが知らされていないことを心配するくだりがあるが、テレビや新聞が失ってしまったものが女性週刊誌に発見できたのは今年の夏の収穫だった。もっともそれに気がついた官房長官が「憲法を解説することは問題がある」と口ばしを入れる可能性もある。宣伝をするつもりはないが合併号なのでしばらくは書店・コンビニに置かれるはずだ。立ち読みも可能だが保存版として購読をおすすめしたい。

 もうひとつオススメの本 岩波新書『原発プロパガンダ』
 博報堂に勤務していた本間龍の最新作だ。電力会社とテレビ・新聞との関係を「金」をとおして明らかにした。原子力ムラが惹き起した原発事故の背景には天文学的な広告費(電気料金から支払われる)によって作られた安全神話があったことを実証してみせる。黎明期、発展期、完成期にわけて実態を明らかにし、事故後の現在、原発の「再生」に向けてどのような戦略が進行中なのかが語られる。「ウソ」でも金をかければ「真実」になる。原発の問題だけではない。あらゆる情報が金と権力によって歪められる構造まで見えてくる。企業現場にいた人が勇気を奮いおこして世に送り出した「警世」の書である。
2016.08.18  反習近平の策謀? 尖閣海域への公船・漁船大量侵入事件の裏を覗く
          新・管見中国(14)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 8月4日、5日ごろから尖閣諸島周辺の海域に海警など中国政府の公船と大量の中国漁船(報道では2~300隻)が集結し、領海に侵入したり、その外側の接続水域を航行したり、という行動を連日繰り広げた。
 領海侵入に対して日本の海上保安庁の巡視船が退去を求めても、中国側の公船は「中国の管轄海域でパトロールをしている。貴船は我が国の管轄海域に侵入した。我が国の法律を守ってください」と応じたという(『毎日』8月10日)。
 ところが11日午前、ギリシア船籍の大型貨物船と中国漁船が衝突し、漁船が沈没するという海難事故が発生し、その後、中国船の数が減り始め、中旬過ぎには下火になった。
 その間、12日までにのべ28隻の中国公船が領海に侵入し、その都度、日本政府は外交ルートで中国側に抗議し、9日にはそれまでの金杉アジア大洋州局長、杉山事務次官による抗議からクラスを上げて岸田外務大臣が、程永華駐日大使を外務省に呼んで、「一方的な現状変更の試みで日中関係は著しく悪化している」と直接、強く抗議した。
 もっとも中国漁船が尖閣諸島周辺の接続水域で操業すること自体は日中漁業協定で認められている。問題は日本の領海内で中国漁船を中国の公船が取り締まったり、指導したりという行為を行えば、この海域の実効支配を内外に示すことになりかねない点だ。現に程大使も外務省で記者団に囲まれた際に「釣魚諸島は中国の領土であるから、その海域で我が国の公船が自国の漁船を取り締まるのは当然のことだ」と中国の立場を述べている。
 勿論、これまでも中国公船による尖閣周辺の領海侵入は繰り返されてきた。とくに2012年9月、日本政府の同諸島買い上げに中国が反発して、大規模な反日運動が広がった後は、それに呼応して同海域にも中国公船が頻繁かつ多数押し寄せるようになった。2013年にもそれは尾を引いたが、2014年になると月に2回程度、2~3隻が2時間程度領海に入って出てゆくという形に定型化されていた。その定型を破ったわけだから、今回の行動には特定の意図があって仕組まれたものとなる。
 では中国側の意図とはいかなるものか?
 一般的には、フィリピンと中国との南シナ海における紛争について国際仲裁裁判所の判決が中国側の言い分を完全に否定したことを日本がことあるごとに持ち上げて、「法の支配の貫徹、一方的な現状変更反対」などと主張しているのに中国が反発して、尖閣諸島での緊張を高め、合わせて同諸島周辺での実効支配の実績づくりを狙ったものという解釈が多いようである。
 この見方は分かりやすいし、そうではないと否定する確たる根拠もないのだが、どうも私にはことはそう単純ではないという気がしてならない。
 なぜそう思うかと言えば、今、中国政府がそんなことをする必然性がないからである。
中国の外交はこのところ黒星続きである。米とは「新しい大国関係」という枠組みで太平
洋での勢力圏を分け合おうという戦略がオバマ政権の拒絶に会って、南シナ海での中国の
行動は米の「航行の自由作戦」で邪魔されている。
 歴史問題で日本に対して共同戦線を張ることで蜜月関係を築いた韓国とは、7月に韓国が米の要請を容れて、「サード」高高度ミサイル防衛網の韓国設置を決めたことに中国側が激怒し、中韓関係は一挙に悪化してしまった。
 仲裁裁判所の判決をアセアン外相会議が足並みをそろえて歓迎の態度をとることは、王毅外相の必死の説得と圧力でなんとか回避したものの、判決が中国の今後の対アセアン外交に重石となることは確かである。
 昨秋の習近平訪英で黄金時代を謳った中英関係も、その象徴的存在である英・ヒンクリーの原発建設に中国が協力する案件がメイ新首相のもとで見直し、再検討へと向かっている、などなど・・・。
 こうした四面楚歌の中で中国は9月初めに杭州でG20 首脳会議を議長国として主宰しなければならない。しかし、これは習近平にとっては大チャンスでもある。アジアでのこわもて外交の余波は極力鎮めて、経済を中心議題として会議を成功させることができれば、失点を挽回することができる。
 確かにこのところの日本政府の言動には習近平のはらわたは煮えくり返っているであろう。南シナ海問題では「局外者なのだからとやかく言わないでくれ」といくら言っても、日本はやれ「法の支配」だの、やれ「現状変更をやめろ」だの、と耳障りなことを言い続けているのだから。
 しかし、だからと言って、大量の漁船を動員して尖閣諸島を取り囲んだところで、事態が有利になるはずもない。むしろ日本の度重なる抗議を誘発することになり、仲裁裁判所の判決の影響を薄めたいという希望には逆効果である。
 それではあの騒ぎはなんだったのか? 結論をいえば、習近平政権を困らせてやろうという中国内の勢力の仕組んだもの、というのが、私の見方である。先にも言ったように確たる証拠はない。しかし、そう推論する理由はいくつかある。それを検討してみる。
 まず、この騒ぎには前例がある。今度のことでよく引き合いに出されたからご存じかもしれないが、そっくりのことが1978年4月末におこった。このときは日中平和友好条約交渉がたけなわの時期であった。
 じつは私は当時、北京に駐在していた。事件が起こった時は、たまたまそれまで外国人が立ち入れなかった四川省が「開放」されることになり、その第一陣として日本人記者団を含めて北京駐在の外国人記者団の大多数が外交部新聞局のアレンジで四川省を旅行していた。
 北は遼寧省船籍の船を含めて各地から三桁の数の漁船が尖閣諸島に押し掛けたのだが、北京にはほとんど外国人記者がいなかったし、旅行中のわれわれにはそれを知るすべもなかった。おかげで当時、特に日本人記者団は週刊誌などでいろいろ揶揄されたが、結局、この事件はうやむやのまま現在に至っている。
 しかし、わずかの手がかりがないでもない。事件の4か月後、同年8月に当時の園田直外相が北京にやってきて、鄧小平副首相と会談した。園田はこう回想している。
 「私は意を決して、尖閣諸島についての日本政府の立場を説明し、この間のような事件(漁船事件)がないようにしてもらいたいと申し入れた。それに対し、鄧小平副総理は、あの事件は偶発的なものであり、中国政府がこの問題で問題を起こすようなことはないと信じて欲しいと述べた。これで私は(条約交渉の)最後の関門をくぐり抜けた」
 園田直の回想録『世界 日本 愛』(第三政経研究会・1981年)の一節(ここでの引用は『記録と考証 日中国交正常化・日中平和友好条約交渉』岩波書店・2003年・180頁からの孫引き)である。
 ここでのキーワードは事件が「偶発的」であり、「中国政府がこの問題で問題を起こすようなことはない」という鄧小平の言葉である。特に後者は事件が中国政府の意図したものでない(つまり中央政府以外の誰かがやった)ことを認めている点で重要である。
 中国のような独裁国家の場合、なにかことが起こるとついなんでも政府がやっているように受け取りがちだが、必ずしもそうとは限らない。むしろ日常的に反対意見が制限されているからこそ、あたかも政府がやっているように見せかけて別人が陰謀をたくらむことがある。政権にとっては許しがたいことではあるが、表向き、あれは政府以外のものの仕業だとはいえないから、とりあえずうやむやにすることになる。
 そういう目で今度の事件を振り返ると、事態は4日ないし5日から始まったようだが、日本外務省の杉山外務次官が最初の抗議を行った5日には、金杉アジア太洋州局長と中国外務省の武大偉・朝鮮半島問題特別代表は北朝鮮のノドン発射問題に対する制裁について電話で協議し、安保理の制裁決議を厳格に履行することを確認している。つまり中国外務省には特に対日緊張を高めているような形跡は見られなかった。
 翌6日、日本側は金杉アジア大洋州局長が中国大使館の公使に抗議したのだが、中国外務省の報道官は記者会見で「現在、関連水域の事態を管理下に置く措置をとっているところである。日本側は冷静に対応して、情勢の緊張と複雑化を招くいかなる行為も取るべきでない」と述べている。もし、中国側に日本の南シナ海についての態度に報復してやるといった意図があってのことだったら、普段の例からすれば「緊張をあおっているのは日本側だ」くらいの言葉が出そうなところなのに、この報道官の発言は処置に困っているようなニュアンスである。
 さらに注目すべきは、中国のマスコミがこの件をさっぱり取り上げなかったことである。私はなるべく気を付けてインターネットのニュースを見ていたつもりだが、新華社とか『人民日報』はこの事件を取り上げなかったようである。私が目にしたのは9日の『人民日報海外版』が「望海楼」というコラムで「日本の抗議癖は何のためか」という文章くらいで、これは今度の事件に限らず最近の日本の外交を論じるものであった。
 しかし、東京で見ているわけだからあまり自信はなかったが、13日の『日経』にこの件で「中国、国内報道は抑制 ネットでは政府批判も」という北京特派員電が載ったから、やはり中国のマスコミはこの件の報道には消極的であったのは確かだろう。
 さて、それではこの事件を起こしたのは誰か、である。それがわかればいいのだが、正直なところ、さっぱり見当がつかない。ただ言えることは、国際仲裁裁判所の判決の影を薄めて、G20 を経済中心の議論で成功させようという習近平の意図を挫こう、習近平のメンツをつぶそう、と考えた勢力が、日本にもっと大騒ぎをさせようと意図して仕組んだものではないかということである。
 ここであえて「勢力」という言葉を使ったのは、これは小人数の反抗分子がこっそりやったというようなものではなく、政府内の海洋関係部署のかなりの部分が関わり、その権限の範囲内で起こしたのではないかというのが私の見方だからである。公船の行動はおそらくきちんとした命令によるものであったろうし、数百隻の漁船は広く地方幹部を動かして、それぞれの漁船には何日か分の報酬を払って動員したはずで、そうでなければあれほどの大規模な行動は不可能だろうと私は思う。
 いかにも統一が取れているかのように見える中国政府内部でそのようなことが起こるのは不思議と思われるかもしれないが、何事につけ民主的に賛成、反対が討論される習慣がないところだから、「上有政策、下有対策」(上に政策あれば、下に対策あり)という言葉のように、面従腹背で上の意図と違うことをするのは、政権内部でよくあることである。それが処分されたり、処罰されたりするかどうかは、内部の力関係による。
したがって今度のことも中央政府の方針や意向とは別に海洋関係部署が合法的に、かつ独断的に行動したというところではないだろうか。
 さらにうがった見方をすれば、⒒日午前、ギリシア船籍の大型貨物船が中国漁船と衝突した事件で、漁船の乗組員を救助したのが日本の海上保安庁の巡視船であったのは、中国の公船には救助活動に出にくい何らかの事情があったのではないかとも思われる。
 というのは、翌12日の人民日報系国際情報紙『環球時報』のネット版は普段は対日強硬論を売り物にしているのに、この日は海上に漂う漁船員をボートで救助する日本の巡視船員の姿を日本の複数のテレビ局のニュース画面を何枚も使って報じたからである。なんとなく、海警など海洋関係部署にあてつけるような伝え方であった。
 つまり、反習近平といっても「反乱」ではなく、政府内部で習近平に一泡吹かせてやろうという人々(反腐敗運動を嫌う勢力とか、次の権力を狙う人々とか、いろいろ考えられる)が海洋関係部署を動かして、習近平が困るような活動を仕組んだものではないか、それをこれからの秋の政局に有利に使おうとしたのではないかというのが、とりあえずの私の結論である。これが正しいか否か、いずれ分かるかもしれないし、結局分からないままかもしれない。一応、仮説を立てて、気長に待つしかない。
2016.08.17  書籍紹介・現代史を見直す視点
Timothy Snyder “BLOODLANDS: Between Hitler and Starlin,” Basic Books, 2010, New York. 邦訳、布施由紀子訳『ブラッドランド ヒトラーとスターリン大虐殺の真実』(上・下) 筑摩書房、2015年。                

小川 洋 (大学非常勤講師)

 本書はすでに主要な新聞の書評欄でも取り上げられており(注)、いまさら紹介でもないのだが、本書の価値はいくら強調しても足りないと考えるので、ここに改めて紹介する。

 さてソ連邦史を学んだ者は、スターリンによる農業集団化の歴史を知っている。「階級闘争」として、自営農などを大量にシベリアなどの強制収容所に移動させ、また集団化を通じて、穀物を強制的に供出させ農民を飢餓に追い込んだ。その主要な舞台が「ヨーロッパのパン篭」と呼ばれた肥沃な黒土の広がるウクライナであった。
 またヒットラーが独ソ不可侵条約を破って、電撃攻撃によってソ連邦を数週間で崩壊させるべく戦端を開いた際の主要な戦場の一つがウクライナであった。電撃作戦が当初の計画どおりに進まず、スターリングラードの戦いからソ連軍の反撃を受け、守勢に立たされることになったが。

 しかし本書は、1930年代から第二次大戦の終結までの間のウクライナで起きた餓死と虐殺による人的被害の詳細を、政治・軍事の動きと関連させながら、客観的なデータに基づいて丹念に追っている。例えば、スターリンの共産党組織と官僚組織がウクライナの農民たちから種籾まで奪い取り、大量の農民を餓死に追い込みカニバリズムが蔓延するまでの状態に追い込んだこと、そのウクライナを41年に占領したナチス軍は、集団化された農場からの食糧収奪が容易だと考えていたが、思うようには穀物を集められなかったばかりではなく、パルチザン活動に手を焼くことになったことである。スターリンの創出した制度は、大規模な抵抗にあうことなく餓死者を出すほどの過酷な収奪を可能とした一方で、言葉や文化の異なる征服者がその制度を利用することは難しかったことを指摘している。

 同じようにポーランドで起きたことも詳細に描き出す。第二次世界大戦の直前、独ソ不可侵条約締結の直後に独ソ間でポーランドが軍事的に分割されたが、ポーランドの東半分は、以降の6年足らずの間に、ソ連軍、ドイツ軍、ソ連軍と軍事占領が交互に行われた。ここがヨーロッパ最大のユダヤ人集住地帯でもあったことを指摘されれば、そのユダヤ人たちの身の上に起きた過酷な状況に思い至る。しかし、本書の示す詳細な経過は、我々が知っていたつもりの内容がいかに皮相なものであるかを教えるのである。

 例えば、アウシュビッツの位置づけについても本書は微妙な修正を求める。ナチスドイツは、強制収容所の工場と捕虜やユダヤ人殺害のためのガス室などを備えた殺人工場とは、もともと別々に設置して「稼働」させていた。ところが、43年以降のソ連軍の反攻のなかで、アウシュビッツではその両者が併設される例外的な形となった。アウシュビッツよりも東方に設置されていた数か所の殺人工場はドイツ軍撤退の際に破却されるなどしたが、アウシュビッツについては破却する余裕もなく撤退したため、その設備のほとんどが残された。またアウシュビッツの「特殊性」のために多くの生存者が証言することになったのである。
 アウシュビッツを解放したソ連は、戦争末期から戦後にかけてナチスドイツの蛮行の証拠とし、400万人がここで殺害されたと主張したため、アウシュビッツがナチス蛮行のシンボルとなった。しかし、旧ポーランドやベラルーシ領内に作られた殺人工場などの実態はいま一つ詳しく知られていない。

 その理由の一つが、ヤルタ・ポツダム会談で、ヒットラーとスターリンによって引かれた分割線が、ほぼそのまま戦後の国境線として継承されることが認められたことである。そのため旧ポーランド東部地域での残虐行為に関しては、ソ連の行為もドイツの行為も情報が表面化しにくかったのである。またスターリン晩年の「ユダヤ人医師たちの陰謀」事件で知られるように戦後のソ連では反ユダヤ主義が強まったこともあり、アウシュビッツ以外のナチスによるユダヤ人の迫害と虐殺の証拠などが積極的には紹介されなかったことも一因である。この地域に隣接するロシア領でポーランド人将校ら数千人が虐殺された「カチンの森」事件の真犯人がソビエト側であることをロシア政府が認めたのは、1990年ゴルバチョフ書記長(当時)が「スターリンの犯罪のひとつ」であるとしてポーランド側に資料を提供したのが初めであり、今でもすべての資料が公開されているわけではない。著者の指摘するウクライナ、ベラルーシ、ポーランド、バルト三国を中心とする地帯での加害・被害関係と被害規模について、必ずしも各国政府や国民の間で理解が一致しているわけではない。著者は、この地域での1930年から45年までの戦闘行為以外の死亡者が約1,400万人になることを明らかにしている。

 本書が現代の国際社会に発している警告は、この死者数と加害・被害関係の曖昧さを利用しつつ国家あるいは民族的な対立を煽る政治的動きである。例えば90年代のユーゴスラビアの紛争の原因の一つが、セルビア系住民たちの間に第二次大戦中の自民族の被害を実際よりもはるかに過大に考える歴史修正主義が広がり、民族対立が煽られたことにあると、著者は指摘している。
 また「被害」の主張が、冷戦期の米ソの思惑によって歪められてきたことも指摘している。ベルリン問題などで東西対立が激しかった時期の西ドイツの教科書では、ドイツの東部国境はモロトフ=リッペンドロップ線に引かれ、オーデル・ナイセ線の東側は「現在はポーランドの支配下に置かれている」との注意書きが書き込まれていたという。当時の西ドイツが、英米ソの間で了解されたはずの国境線を不当として、自国の「正当な領土」を奪われている被害者である、と主張できたのはソ連と事を構えていたアメリカのご都合主義の故である。

 ひるがえって日本と東アジアの状況を考えてみたい。国境について言えば、戦後のソ連の国境がヤルタ・ポツダムで了解されたものであることを確認すれば、ロシア側にすれば、日本との間に「領土問題」がないのは自明のことである。安倍政権はプーチン大統領との個人的信頼関係を構築することによって、交渉に進展があると考えているのだろうが、たとえ小さな島であろうと、ヤルタ・ポツダムで確定した国境線の一部でも変更を認めれば、ロシアは国境を接する多くの国から一斉に国境線の見直しを求められることになる。現在のロシアの領土は「大祖国戦争で大量の血を流して守った土地である」というのが基本的な姿勢である。ただし実は、その「大量の血」もベラルーシやウクライナなどの人々の割合が多かったのであるが。

 被害の数字の問題では南京事件だろう。1937年に南京に侵攻した日本軍は、大量の捕虜の扱いに困り、市民を含む大規模な虐殺を行った。連合国側は日本軍の蛮行の象徴として被害を30万人と推計した。30万が過大であることは多くの研究者が指摘していることではあるが、日本の保守政治家からは戦後一貫して事件そのものに否定的な主張がなされ、極端には虐殺そのものが捏造であると主張するものまでがいる。
 そのような議論がアメリカに許容されていたのは、冷戦下のアメリカが日本の保守政治家たちの利用価値を認めていたからであった。しかし、基本的にEUの構築などに示される、和解をベースとしたヨーロッパとは異なり、冷戦終結後の日本では逆に、日本の先の戦争そのものを肯定する時代錯誤的な議論が大手を振って歩く状況が生まれた。
 安倍政権に至っては、学校教科書の編集にまで介入し、南京事件を扱わせないように圧力をかけている。アメリカ政府は折に触れ、従軍慰安婦問題や靖国神社参拝問題などについては日本の政治家たちに釘を刺しているが、おそらくアメリカ政府にとって東アジアの国際政治では中国との関係の重要性がいっそう増しており、日本の政治家の妄言にいちいち反応する必要は感じていないのであろう。第三次安倍内閣では稲田朋美が防衛大臣に任命されたが、それは国際社会に対する挑発行為以外の何物でもない。今後ホワイトハウスがどう反応するか注視する必要があろう。

 靖国参拝問題などに見られる日本の劣化した政治家たちの言動が、国際社会から奇異に見られていることさえ自覚できない政治が蔓延するようであれば、日本は東アジア社会で孤立していくだけである。東アジアの戦争被害について本書のような研究が日本人研究者によって行われるならば、東アジア諸国からの日本の評価を高めることになるはずである。東アジアの安定のためにも、本書に等しい東アジアの第二次大戦史の研究成果が待たれるのである。

(注)朝日新聞2015年12月6日 吉岡恵子「戦闘によらぬ犠牲者約1400万人の声」
   読売新聞2015年12月7日 松本武彦「1400万人虐殺『合理』性を解く」
   東京新聞2015年12月13日 米田剛路「独ソの暴虐 重層的な実態」

2016.08.16  南シナ海紛争から思うこと
    ――八ヶ岳山麓から(194)――

阿部治平(もと高校教師)
         
7月12日中国政府は、南シナ海紛争でのフィリピン側主張を全面的に認めた仲裁裁判所の裁定に対し、激しい反感を表明した。南シナ海全域を領土とする中国の主張に根拠はないという内容だから、メンツは丸つぶれだ。おまけに中国政府は大国意識を煽って「南シナ海はわが領土」とやって来たのだから、国民に対しても引っ込みがつかない。
ところが、東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議は、7月25日の共同声明で裁定に触れることなく、南シナ海問題に「深刻な懸念」を示しただけだった。これに対して中国の王毅外交部長(外相)は、「一部に事態をかき乱そうとする者もいたが、中国とASEAN加盟国の協力で対話と協力の基調を維持した」と、ASEAN工作の成果を誇り満足の意を示した。
報道からすれば、安倍政権は(アメリカの意向を受けたつもりで)一連の国際会議で、南シナ海をめぐる中国の行動を名指しでとがめる声明を出すべく走り回った。王毅外相は、岸田文雄外相に対して、「これ以上介入を続ければ、別の意図があると証明することになる」などと、ケリー米国務長官との会談と比べて、ひときわ強い口調でなじった。
このやりとりは、中国がラオスやカンボジアだけでなく、ASEANのほかの国々にも強い影響力を行使できることを示した。同時に日本は、ASEAN諸国と密接な経済的関係を持つにもかかわらず、政治的・文化的に強力なパイプがないことを暴露したものである。
いったいアジアの中で、中国と日本とはどんな位置関係にあるのか。

7月1日共産党創建95周年祝賀大会の習近平中国共産党総書記の演説は、中共による改革・開放政策が「中国を豊かにし、国際的地位を向上させた」と中共支配の功績を誇るものであった。
「 60年余の歴史を持つ新中国の建設に世界の注目を集めるほどの成果を取得させた。中国、この世界最大な発展途上国はたった30年の短い時間で貧困から抜け出し、さらに世界第2位の経済体になり、人類社会の発展史における驚天動地の発展の奇跡を生み出したのだ」
日本では、テレビをはじめメディアが中国の内政や外交、軍事についてネガティブな報道をすることが多いから、習近平演説をいつもながらの自画自賛とうけとるのが普通かもしれない。だが、彼は真実を語っている。

周知のように中国のGDPは、2009年に日本を抜いてアメリカに次ぐ世界第二位である。関志雄の論文「中国の台頭で激変する世界経済の勢力図」によれば、それは2015年には日本の2.7倍になった。中国の一人当たりGDPも1980年から2015年にかけて、306.9ドルから7,989.7ドル(26.0倍)に上昇し、中所得国のレベルに達した(http://www.rieti.go.jp)。
これにひきかえ、日本の一人当りGDPは1996年には世界3位だったものの、21世紀に入ってからは下がりつづけ、2014年は20位になった。シンガポールにははるかに抜かれ、香港よりも低い位置にある。経済の主要7カ国でみても、イタリアをわずかに上回る6位だ。
東アジア(日本、NIEs、ASEAN4、中国)のGDPに占める日本のシェアは、ピークだった1987年の74.1%から2015年には21.2%に低下した。中国は1994年には8.3%しかなかったが、2015年には56.5%に上昇した。しかも中国の躍進により、東アジアのGDP規模は米国や欧州連合(EU)を上回るようになったのである(関志雄、前掲)。

いま中国は低成長期に入ったとはいえ、経済成長率は6%前後、貯蓄率は50%超である。このまま中産階層の肥大化がつづくとすれば、あと数年で中国はアジア最大の消費市場になる。そして政治的に不安定にならないかぎり、中国は10年後には名目GDPでアメリカを抜くのである。
中国の軍事力の拡大は経済成長以上にいちじるしい。核とミサイルを持ち、同じことだが宇宙開発と軍事ロケット技術が一流となり、200万以上の兵力と作戦機3000機があり、総合的な軍事力はアメリカ・ロシアに次ぐ軍事大国だ。
もちろん中国のGDP規模が米国を抜いて世界一になったときでも、中国の一人当たりGDPはアメリカの4分の1にも満たないだろう。だがあと数年後には、中国は経済力と軍事力で抜きんでた地位に座る。そうなれば東アジアの力関係は今日想像できないくらい大きく変わる。
それを感じさせるのは、最近の中国の対外進出意欲である。中国はいまアジア諸国に高速鉄道などの援助と投資を増強し、「一帯一路」構想を打ち上げ、アジアインフラ投資銀行(AIID)を設立するなど、力強い経済外交を展開している。AIIDには日本はアメリカに追随して不参加を決めたが、ヨーロッパ主要国を含む五大陸51の国と地域が参加したのは記憶に新しいところである。

習近平政権は外交は力づく、内政は専制的だが、欧米諸国にはそんなことにかまうゆとりはない。EUはアメリカとの関係を維持しつつ、生き残りをかけて東アジアという大消費市場に入り込み、影響力を増大させている。ドイツ・フランスの首脳はすでに何回か中国詣でをやり、イギリスは習近平を皇帝待遇でもてなした。
米中は、以前から互いに第二の貿易パートナーという間柄である。アメリカにとって中国は最大の輸入相手国である。そのうえ中国保有の米国債は世界一、1兆2500億ドルである。オバマ政権はアジア復帰といいながら、南シナ海の緊張を武力衝突にまでエスカレートするわけにはゆかない。
むしろアメリカは、自国の利益のためには日本の利益や面子など一顧だにせず、頭越しに中国とつよい協力関係を結ぶ可能性がある。これが信じられなかったら、1972年の米中国交回復当時を思い起こせばよい。目前のTPP交渉など、安倍政権が懸命に交渉を重ねたにもかかわらず、アメリカの大統領候補二人は、これをあっさり捨ててしまいかねないのだから。

いまや、衰弱しつつあるアメリカの「抑止力」をあてにして、冷戦思考そのままに、中国とヘゲモニー争いをしている時代ではない。日本はいそいで東アジアの国家・地域間と連携を模索する必要がある。今のままなら欧米ばかりにとくをされ、日本はその後塵を拝するだけだ。
中国が内政の矛盾を反日宣伝に向けようとも、また韓国人がどんなに激しく日本を憎悪しようとも、だからといって日本がこれらの国と従来の冷たい関係を続けるわけにはいかない。日本はそういう状態に置かれている。
歴史問題では、安倍晋三氏ら極右日本主義者とは逆に、和解の努力を急ぐべきである。完成までには悶着が起こるだろうが、その都度是々非々で進むほかはない。そのためには屈辱に耐える精神力も必要だ。
自分の頭でものを考える力があるならば、アメリカに追随するだけではなく、頭を切り替えることは可能である。自民党政権であろうがなかろうが、そうやらねばならぬときである。そしてEUを見習って日米関係の現状を維持しながら、相互利益・平等原則の上にASEAN+中国・韓国と連合体をつくることが望ましい。TPPのように日米2国がヘゲモニーをとるのでなく、「例外なき関税の撤廃」とか「非関税障壁の一律撤廃」に進むのでなく、それぞれの国の産業事情や文化・習慣による例外品目を認め、農業や医療、社会保障制度などが国情に応じて保護されるような連合である。
こういうと「アメリカを離れては日本の安全保障はない」とか「中国に尻尾を振るもの」という批判が必ず出てくる。それがまたかなりの共感を呼ぶのがメディアに煽られる日本の世論である。
だが、南シナ海問題にかえって、これを考えれば、「中国も、ASEANも」という外交上の選択をしていたら、争う一方から屈辱的な言辞を浴びせられることはなかったはずだ。双方に対してケンカや訴訟を止めろといい、関係諸国には領土問題を棚上げして共同開発をしようと呼びかける、そんな名誉ある仲介者になることができただろうに。まことに残念というほかない。

2016.08.15  天皇の「お気持ち」と天皇制のはざま
    暴論珍説メモ(148)               

田畑光永 (ジャーナリスト)

 天皇が「生前退位」を望んでいる、という報道を最初に目にした時の感想は「この人は偉いな」というものだった。ほとんど同世代の一員だから分かる、と言っては不遜に過ぎるかも知れないが、自分の高齢を理由にその職位や立場から自ら身を引くというのは、出来そうでいてなかなか出来ることではない。まして、だれもそろそろおやめくださいなどとは言っていないにも関わらず、である。
 天皇の公務という仕事が肉体的にどれほどの負担を伴うものなのかは想像がつかないが、
8日のビデオメッセージで天皇は「次第に進む身体の衰えを考慮する時、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています」と言われた。世の老人たちの多くが本音では、「まだまだ俺は(私は)なんでもできるのに、周りが寄ってたかって年寄り扱いする!」と不満を嵩じさせているのに比べて、なんとまあ潔いことか。
 しかもこの「お気持ち」には「天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えてきたことを話したいと思います」という前置きがついていた。これにはびっくりした。天皇本人が皇室制度のことを話すにあたっても「国政」について発言したと受け取られないようにしなければならないということに、だ。これについては後でまた触れるが、制約を押しての発言ということになる。
 だから私は、「お気持ち」を直接聞いた国民はもろ手を挙げて「どうもご苦労様でした、ゆっくり余生をお過ごしください」と拍手とともに天皇の「生前退位」を受け入れるだろうし、事態はそのように進むと思った。
 ところが報道を見ていると、そう簡単にはことは運ばないらしい。なぜか?
 その理由は憲法第4条に「天皇はこの憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する機能を有しない」とあり、その前の第2条に「皇位は世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」とあるから、かってに自分で退位することはできないということのようである。
 では皇室典範にはどう書かれているか。第4条に「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」とあるだけで、それ以外の形での皇位の継承は書かれていない。つまり、「崩じる」以外、天皇はやめようがないということなのだ。
 皇室典範がそう決めたころはそれで不自然でなかったかもしれない。しかし、高齢化が進んだ現代では、この規定は不合理である。現代の医療では病を得て意識を失ってからも長期間生存するという例はいくらもある。だったらこの機会に皇室典範を天皇の「お気持ち」を実現できる適当な形に変えればいい。
 簡単な問題だと私は考えている。
 ところが、見ていると、法律の規定もさることながら、ことを簡単に運びたくないという空気がなんとなく国会とか内閣とかの世界を覆っているようなのである。
 報道によれば、「お気持ち」の公表を受けて、政府は「有識者会議」なるものを設置して、検討作業を本格化する方針を固めた、という。なにを大げさな、という感じを否めないが、その「検討」にしても「結論をいそぐべきではない」という声が強いそうだし、また天皇の「お気持ち」を受けてすぐ有識者会議を設置するのは、天皇の発言が政治の動きに直結したような印象を与えるので、しばらく間を置いたほうがいいという議論さえあるという。
 これは「お気持ち」の前置がふれている「具体的に触れることを控える」こととつながる。
 さらには自民党・高村副総裁は「象徴天皇制がいかにあるべきかの制度設計の作業をしなければいけなくなるかもしれない」と発言したという(『日経』8月9日電子版)。象徴天皇制にはすでに70年近い実績がある。その間、その「制度設計」(意味がよくわからないが)を含めて、象徴天皇制が有識者会議で検討しなければならないほどの問題になったことがあっただろうか、私は寡聞にして記憶がない。
 とにかく、ことを急がないというムードが感じられる。なぜだろう?解せない。しいて言えば、天皇制というものはとにかく一点一画といえども簡単には動かせない神聖至高なものとして祭りあげておかなければならない、それは人権とか合理性とかを超越した特別なものであるという意識がこの国にはまだ残っているということではないだろうか。
 天皇は憲法によって「日本国民統合の象徴」とされているのであるから、日本国民の1人であるはずである。国民には職業選択の自由がある。もうやめたいという人間をやめさせないという法律は憲法違反ではないのか。
 また天皇は「国政に関する機能を有しない」のであるから、「天皇の公務」は国政に関するものではないはずである。その国政に関しない「公務」を務める人間を代えることについて本人が発言することや、その発言が議論をよぶきっかけになったとしても、それがなぜ「国政」に関わることになるのか。
 要するにあらゆるものを超越する存在が天皇であり、皇室であるという前提に立たなければ、今の議論は理解できない。その前提こそが戦前の日本を縛り、天皇自身をも縛っていたのではなかったか。
 昭和20年の敗戦後、昭和天皇は「人間宣言」を発して明治時代の「大日本帝国憲法」の呪縛から自らを解き放った。その後の現行「日本国憲法」は天皇制の在り方を大きく変えたはずなのだが、それを扱う人間たちの頭の中にはまだ昔の前提が残っていることがはっきりした。
 とすれば、今回の「お気持ち」は平成天皇の「人間宣言」と受け取るべきではないか。