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2017.06.13  明仁天皇の退位をめぐって

小川 洋(大学非常勤教師)

 6月9日、明仁天皇の生前退位を可能とする特例法が国会で成立した。天皇が退位の意向を示されたのは昨年8月であったが、皇室典範は生前退位を想定していなかったため、官邸や国会で議論が続けられてきた。この間、あまり表だって議論されることのなかった天皇のあり方をめぐって、さまざまな見解が表面化することになった。本稿では「生前退位」、「男系継承」、「天皇の役割」の三点について、歴史を振り返りながら論じたい。

生前退位
 結論から言えば、生前退位は歴史的に見て、皇室の伝統に近いものである。よく知られているように、平安後期には天皇は早くに子に譲位して退位し、院政を敷いて実権を握った。教科書的には院政時代と呼ばれるが、この形式は、断続的に江戸時代まで続く。江戸時代も5代にわたって院政が敷かれ、生前退位は繰り返された。

 ただ応仁の乱が始まった直後の1470年の後花園上皇の死去から1629年の後水尾天皇の院政開始までの150年間ほどは途絶えた。理由は簡単で、この時期には皇室が極端な窮乏に陥っていたからである。戦国大名が跋扈するなかで、天皇ばかりではなく公家の領地も在地勢力に奪われ年貢の納入も滞るようになる。

 皇室の財政窮乏がもっとも厳しかったのは、後柏原天皇(在位1500-1526)と、その後任の後奈良天皇(在位1526-1557)の時代である。後柏原天皇は、先帝の死後、即位の儀式を実施するまで、じつに21年間待たねばならなかった。室町幕府が経費の負担を嫌ったからである。時の管領が「大がかりな即位礼など無駄なことだ」と主張したと伝えられる。待ったなしの葬儀さえ滞り、後柏原天皇の先帝であった御土御門天皇の遺体は40日余りも放置されたという記録さえある。
 後奈良天皇も即位礼の実施まで10年かかっている。京都では後奈良天皇のアルバイトが微笑ましい話として言い伝えられている。裕福な市民が、多少の金銭を付けた短冊を御所の壁に掛けておくと、後日、短冊に天皇の和歌が認められて返されたという。今でも京都などの古書店で、その宸筆を見かけることがある。

 したがって、戦国期の混乱が収拾に向かうと皇室財政も一息つき、生前退位と院政が復活した。しかし幕府が初めに認めた皇室領は5万石程度と、中小大名並だったため、宮家は3家のみとなり、宮家に残った子女以外の多くは僧尼として京都などの寺院(門跡寺院)に入れられていた。皇位の安定的継続のために宮家の増設が必要と考えたのが、6,7代将軍の下で幕政を担当した新井白石である。朝廷の財政支援を拡大し、閑院宮家が成立した。

 本論の話題からは多少外れるが、この「対策」がその後、皇統断絶の危機を救うことになる。1779年に後桃園天皇が21歳の若さで急逝し、子どもは皇女一人のみという事態となった。そのため、崩御の事実をしばらく隠し、当時、宮家にあって唯一の男子であった閑院宮家の9歳だった師仁を天皇の養子として即位させた。光格天皇である。新参の分家からの即位だったためか、成人となった天皇は皇室の伝統の研究と行事の復活に熱心だった。御所の建物も、平安期の記録に基づいて幕府の資金で再現した(ただし現在の建造物は幕末のものである)。なお光格天皇の事績については藤田覚『幕末の天皇』(講談社)に詳しい。また光格天皇は院政を敷き、現時点では歴史上、最後の上皇となっている。

 では、なぜ明治憲法体制を整えた伊藤博文たちは、皇室の伝統ともいえる多くの前例を無視して生前退位を認めなかったのか。その理由は記録上も明らかである。生前の譲位を可能とすれば院政が復活し、天皇の政治的な「使い勝手が悪くなる」ということである。そもそも明治の元勲たちには、天皇を神格化して尊重する気持ちなどあまりなかったことは、よく知られている。したがって明治政府によって作り変えられた天皇制は「伝統」を無視したものと言える。

 戦後の憲法制定の際にも皇室典範を改正して生前退位を盛り込むことは可能だったはずである。しかし当時は、宮家に複数の男子がいて、皇室の断絶の可能性を危惧する声は少なく、典範の抜本的な改正の動きは鈍かった。また戦後の国家財政窮乏のなか、47年には11宮家が廃絶され皇籍を離脱している。
 生前退位の制度は、明治政府の政治的な理由によって否定された伝統の復活ともいえる。「伝統」を語ることの好きな「保守系」の人々の間には、生前退位に拒否反応を示す人もいるようだが、今一度、歴史を振り返って考え直すべきである。

男系の問題
 これも結論から言えば、男子による万世一系という物語は、古代国家形成過程に国史が編纂された際に「作られた」もので、日本の伝統とは言い難い。712年の古事記、720年の日本書紀編纂に際して、天皇の系図が示されたが、その際、モデルとした中国(唐)に倣って男系で示す必要があった。古代史の研究者の大半は天武天皇(在位673年-686年)より前の天皇の系図に信頼性があるとは考えていない。日本書紀にも推古天皇、皇極天皇と持統天皇の3名の女性天皇が記載されている。系図上では女系で皇位が継承されていないが、中国と異なって女系社会の要素の強かった日本の古代社会では、女系の継承があったと考える方が自然であろう。

 女性天皇を回避したがっている一部の保守派の態度の根には、『日本会議の研究』で知られるようになった菅野完が指摘しているように、女性蔑視の観念を強固に保持している中高年男性たちのメンタリティがある。子どもの頃から父権主義的な意識で生きて、高度経済成長期の成功体験をもつ中高年男性たちである。彼らにしてみれば、「女どもをのさばらせたくない」という感情が強い。理屈ではなく感情であるから、議論によって意見の相違を乗り越えることは難しい。理屈を言わせれば、「Y染色体を尊重してきたのだ」という、それこそ訳の分からない議論が出てくるのは、彼らの議論が感情に根差していることの証左といえよう。

 男系維持を主張する人たちが代替案として主張するのは、旧宮家の復活である。しかし、すでに廃絶からほぼ3世代目である。一般市民としての生活をしている家族である。朝のゴミ出しで挨拶していたような近所の人が突然に天皇家の後継ぎとなっても、逆に皇室の権威を傷つけるだけだろう。現皇室の若い女性たちは、明仁天皇を始めする皇族の薫陶を受けながら、皇室の伝統を体現する方々として成長されている。皇室の存続は絶対に必要だと考える国民は女性宮家の創設を支持するべきである。

天皇の役割
 5月21日の毎日新聞はトップ記事で、退位を検討する有識者会議のなかで「天皇は祈ってさえいればよい」と、陛下が国民の中に出てこられることに批判的な主張をする委員の発言があり、天皇がそのことに不快感を示されたと報じた。
 そのような「有識者」が、委員として選ばれたこと自体が驚きである。明治以降、いずれの天皇もその時々の政治的要請、あるいは自らの判断に基づいて、国内外を積極的に訪問されている。明治天皇も交通手段の不便な中、全国各地を訪問している。公家の中心人物程度にしか認識されていなかった天皇を国家元首として前面に押し出した明治政府の期待に応え、国民の前に姿を示したのである。また国内外からの戦争責任追及の動きがあるなかで昭和天皇が全国各地を隈なく回り、新しい「象徴」天皇の姿を模索したことはよく知られている。明仁天皇については言うまでもない。沖縄を始め東日本大震災後の東北地方、さらには旧南洋諸島の戦跡など、国民に寄り添う明仁天皇の姿勢は一貫している。

結論
 天皇の地位は「国民の総意」に基づく。いま、少子化による皇位継承の危機が国民に共有されている。後嗣が途絶えたところで天皇制度を廃止するという意見もありうるだろう。私個人としては愛子さまに皇位を継承していただきたい。憲法は男女平等を保障している。また現政権が「女性活躍」を謳っていることからも、今後の日本社会に良い刺激ともなるであろう。また愛子さまが国外の王族と国際結婚をされるようなことがあれば、グローバル社会への対応という意味でも今後の日本社会にとっては、プラスにこそなれマイナスにはならないだろうからである。
 女性天皇に否定的な人の中には、女性天皇が外国人と結婚すれば、日本の皇室ではなくなる、と心配する人がいる。日本の戸籍制度しか知らない頑迷で狭量な思考から、そのような議論が出る。仮に現実となっても、それは外交交渉により解決される問題である。

2017.06.04  「本日休載」

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2017.05.01 「北朝鮮の脅威」月間の差引勘定
金正恩は高笑い、トランプはまずまず、追い詰められたのは習近平!
新・管見中国(25)


田畑光永 (ジャーナリスト)

 北朝鮮の脅威!が世界中を駆け巡った4月が終わった。6日、7日はトランプ・習近平の米中首脳会談、15日は太陽節(故金日成の生誕記念日)でピョンヤンでは大規模軍事パレード、16日の北朝鮮によるミサイル打ち上げ失敗というご愛敬を挟んで、25日の北朝鮮軍建軍記念日には大規模砲撃演習という時代錯誤の茶番がトリをとった今年の「朝鮮月間」であった。
 「脅威!」と言われても、普通、大多数の人は「まさか」と聞き流すものだが、それでもどこかに「ひょっとすると」という疑心を生むのがこの「北朝鮮の脅威」の特徴で、それはその指揮棒を握っているのが金正恩という、どうにも常識が通じそうにない男だからであろう。
 今年はまたその対岸にトランプという、これまた「常識が・・」の役者が登場したから「ひょっとすると」が二乗になった。こちらは早速、空母カール・ビンソンとドナルド・レーガンを朝鮮半島へ向けて動かす、などという大見得を切った。このあたりはさすがの役者と思わせた。
 さて幕が下りたところで、この公演の主役たちの損得勘定をしてみたい。
 まずは金正恩―
この男にとっては、今年は大いに満足のいく結果であったろう。彼の戦略は、何事にせよ韓国に後れを取っている現状で、他人はどう思おうと唯一胸を張れるのが「核保有国」という看板であり、それを盾になんとか米と対等に向き合って「核保有国」と認めさせ、国際社会でそれなりの場所を得たいということである。
 しかし、いくら自分で「核保有国」と名乗りを上げても、これまではその実態を見透かされてなかなかまともに相手にしてもらえなかった。そこで国際的な非難に背を向けて、懸命に核実験、ミサイル発射実験を重ねてきた。ようやくその努力が実を結んで、米も「あんまり馬鹿にしてもいられないぞ」という顔つきになったのが今年である。
 もとより彼も強大な米の軍事力とまともに戦おうとは思っていない。その証拠に彼は決して自分の方から、現状を変更するために武力を使うとは言わない。相手が仕掛けてくれば、いくらでも受けて立つ、そして必ず勝つと繰り返しているだけである。ただその言葉遣いがはなはだ荒々しい。北朝鮮流レトリックというか、相手を怒らせるすべに長けている。怒らせて自分の方に振り向かせるのがそのねらいだからだ。
 果せるかな、今年の太陽節、建軍記念日には、北朝鮮は6度目の核実験を成功させるか、米の中枢にまで届く大陸間弾道ミサイルの実験をするのではないか、と世界が緊張した。そうなれば米も手をこまねいてはいられないだろうからである。
 そう世界に思わせたことは、金正恩にとっては大成功であった。そしてこの道を進むしかないという決意をいよいよ強くしたに違いない。
 後に述べるように、これから中国は本気で経済封鎖を試みるかもしれない。一番の切り札は年間50万トンほどの原油の供給をストップすることとされるが、果たしてそれで北朝鮮が音を上げて、核を捨てるなどということが起きるだろうか。早くもピョンヤンではガソリンが値上がりしているという報道があったが、あの国で、人口2000万強のうち、石油を使う生活をしている人間がどれほどいるだろうか。金正日時代には自ら「苦難の行進」と名付けるほどの困窮生活も経験した国である。普段石油をじゃぶじゃぶ使っている国で石油がなくなるのとはわけが違う。
 それに偶然かもしれないが、来月には長らく放置されていたあの万景峰号が清津―ウラジオストック間の定期航路に就航することになったという。ウクライナ、クリミアで西側諸国の経済制裁を受けているロシアが西側諸国と足並みをそろえて北朝鮮制裁に真剣に取り組むとも思えない。機を見るに敏なプーチンが万景峰号の就航を利用して、金正恩に手を差し伸べるのか、伸べないのか、これも未知数である。
 ともかく、今年の4月は金正恩にとっては世界の耳目を引き付けたという点で、大いに満足のいく日々であったであろう。
 次はトランプ―
 この男にとって北朝鮮とはいかなる存在か。判断材料はさっぱりないが、大統領選中に「金正恩とハンバーグでも食いながら話してもいい」と言ったという話が伝えられている。どういうやり取りでのことか分からないが、真剣な答えとは思えない。なんの材料もないので、とりあえずこう答えたというところではないか。
 また4月の習近平との会談では、「習近平から歴史の抗議を受けた」という。そこで習は「昔、朝鮮は中国の一部だった」と言ったらしい。また習は南京事件を取り上げて日本を批判しかけたが、トランプが南京事件そのものを知らなかったので、鼻白んでやめたという話も伝わっている。
 どれも真偽のほどは定かでないが、いずれもトランプがアジアについてはほとんど興味もなく、知るところもなく、これまで生きてきたことを裏書きしているように思える。そうだとすれば、役人からこれまでの米朝間のやり取りのレクチュアを受けても、なかなか頭に入らず、北朝鮮と金正恩はただ厄介なヤツというところではなかったろうか。
 そこへやってきたのが習近平であった。とりあえず習近平から北朝鮮に圧力をかけさせて、その手の内を見てから、俺は出て行こうと思いついたのではなかったか。中国とは貿易不均衡、南シナ海問題など懸案があり、相手は緊張しているはずだから、それらを棚上げにする条件で習に一汗かかせよう、とした。それをあっさり習近平が引き受けて、まずは中国が北朝鮮に核を捨てさせるべく圧力をかけることになった。たまたま米軍がシリアの政府軍基地にトマホークを撃ち込んだ日と重なって、習近平に米軍が北朝鮮にトマホークを撃ち込む情景を想像させたこともあって、習近平を取り込むことに成功したというのがあの会談ではなかったか。
 それにしても、米中が共同戦線を張って北朝鮮に向き合うという図はこれまでの常識では考えられない。米にとっては朝鮮問題における中国の位置はあくまで朝鮮の側の後見人、つまり相手側であった。後見人の手綱の締め具合が悪いというのが、これまでの米日韓の中国に対する不満であった。
 それに対して、中國側の釈明は「北朝鮮が俺の言うとおりにするとは限らない。影響力には限界がある」であった。核を捨てさせると言っても、なるべく北朝鮮の顔を立てる形で(話し合い重視)と、あくまで米日韓との間には一線があった。それが今度の合意の結果、これからは中国は米の先遣部隊となる。その背後には武力を含めて「すべての選択肢をテーブルに乗せて」米が待っているという構図である。
 この結果はトランプにとっては手を染めずにすんだわけで、予想外にうまくいったということではないか。ただうまくいったとはいえ、何事も失敗続きと見られているトランプにとっては、見逃しの四球よりも、ヒットが欲しかった。その点は差し引かねばならない。まずまずの結果、と見る所以である。
 さて習近平―
「中国と北朝鮮は米帝国主義との戦争で血を分けた兄弟」という定義は終わりにした、という発表はまだない。しかし、4月のフロリダでの米中首脳会談はまさにこの定義に終結を宣告した。それに踏み切ったのが習近平である。
 これは何を意味するか。中国にとってはかつての戦友との友誼よりも、既存の核保有国(あるいは5大核保有国)の1国として、新たに核を持とうとする国を押さえつけることの方が、昔の戦争(と言っても、まだ終わったわけではなく、たんに休戦状態が続いているだけ)での「血を分けた友誼」より大事になったということである。
 しかし、習近平本人にとってはこれは決断でもなんでもなく、国益に従ったまで、というところであろう。では、習にとって国益とはなにか。それは古い言葉だが「国威の発揚」である。
 習は毛沢東から数えて、華国鋒、鄧小平、江沢民、胡錦濤に続く6代目の統治権者(華国鋒を除いて5代目とする見方もある)である。しかし、そうはいっても国民の投票で選ばれたわけではなく、抗日戦と国共内戦に勝った中国共産党の内部の談合でその地位に就いたに過ぎない。しかし、共産党の勝利の物語はすでにはるかな昔話になり、党の威信もすっかり色あせてしまった現在、彼の威信は彼自身が作らねばならない。
 そのことは彼自身が一番強く感じているはずだ。昨年の共産党中央委員会で彼自身を党内で「核心」とするという、規約にもない奇妙な決議を行わせたのもそのためである。『人民日報』も『中央電視台』のニュースもほとんど毎日、トップは習近平である。毛沢東時代よりもひどいかもしれない。
 そんな習近平だから、トランプにご馳走になりながら、金正恩を何とかしてくれないかと言われた時に、「血を分けた友誼」は雲散霧消し、かねてからの夢である「米中2国で世界を取り仕切る新しい大国関係」が、向こうからやってきたと思ったのではなかったか。
 勿論、トランプに任せてトマホークを撃たせてはならないとも思ったろうし、弾みで金正恩が米につくような事態も防ぎたかったであろう。習自身の手で朝鮮に核とミサイルを捨てさせて、アジアの指導者と認めさせたいとも。
 ともかく、こうして習近平はトランプのお先棒を担ぐことになった。その意図はともかくとして、果たしてそれは成功するのだろうか。
私の見るところ、その確率は限りなく低い。フロリダ会談の後の習近平は金正恩にとってはトランプの代理人に過ぎない。まず北朝鮮の気位の高さから言って、代理人は相手にしないはずだ。その代理人が経済制裁を引っ提げて自分を押さえつけようとして来るのに対しては、あくまで抵抗するだろう。今、金正恩は「日本は百年の敵だが、中国は千年の敵だ」という、金正日が言ったとされる言葉をかみしめているのではないか。
 北風と太陽のたとえが北朝鮮に対してよく使われるが、今回の米との行きがかり上、中国も「太陽」路線は使えない。あくまで制裁強化の「北風」路線一本やりである。しかし、金正恩は現行路線を捨てるとは思えない。習の行く先は袋小路にしか見えない。
 となると、習近平の選択は北朝鮮をはっきり敵に回しただけで終わる可能性が高い。そればかりでなく、昨年來の米軍のサード(超高高度防衛ミサイル)の韓国配備をめぐって、習は配備を引き受けた韓国を痛めつけてきた。目をかけてやったのに裏切るとは何事だ、という意識であろう。一方、韓国にしてみれば、大元の米にはろくにものを言えずに、なんで自分たちだけを目の敵にするのだ、ということになる。
 つまり今や朝鮮半島の南北ともに中国に背を向けることになりそうな形勢である。国威の発揚を目指した賭けが裏目に出る図である。この秋の共産党大会を控えて、習近平は追い詰められてしまった、というのが私の見方である。

2017.04.30 「本日休載」
 
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