2024.01.29  習近平論 (6)
        習一強体制の苦境(6) ―反腐・恐怖・居座り・勲章・?

田畑光永 (ジャーナリスト)
   
 この文章の最初の部分で、私は毛沢東、鄧小平それぞれの治世の核とでもいうべき彼らの言葉として、毛の「階級闘争が要である」と、鄧の「発展こそが第一の道理」を挙げ、習近平については「2,3,4,5,」と書いた。ここでその理由と習近政治の特質を明らかにしたい。
 なんで数字を並べて、習近平の特質が論じられるのか奇妙だと思われるだろうが、習と毛沢東、鄧小平とは頭の出来が違うと言いたいのだ。
 毛にしろ、鄧にしろ、ものごとを動的というか、構造的にとらえて、それぞれ「階級対立」、「物質的豊かさ」をメイン・キーと考えたのだ。そこから世の中を動かそう、と。対照的に習近平の目にはメイン・キーが見えない。だから、あれもやれ、これも必要、といくつもの要素を並べることになる。
 例を挙げよう。「二つの確立」「二つの絶対不動」「三つの必ず」「四つの意識」「四つの自信」「四個全面戦略配置」「五位一体総体配置」「六穏」「六保」・・・まだまだあるが、ばかばかしいからやめる。
 いずれも習近平が発した「命令」というか「指示」というか、とにかくこれを守れという言葉である。不思議なことに、これだけは守れという「一個条」はない。すくなくとも「二つの・・」である。
 中でも冒頭の「二つの確立」は現在、もっともしばしば登場する標語だ。その意味は「(共産)党は習近平同志の党中央の核心、全党の核心としての地位を確立し、習近平新時代の中国の特色のある社会主義思想の指導的地位を確立する」というのだ。習近平を確立するにしても、党中央と党全体の核心としての習近平と、習の思想の指導的地位の両面から確立しなければ不安らしい。1人の人間を裏表か前後か、ともかく2倍確立しろという難しい要求なのである。
 次の「二つの絶対不動」は、ちょっと色合いが違って、中国における社会主義の基本としての公有制経済と同時に非公有制(私有制)経済の双方を発展させることは絶対動かさないものとする、という意味だ。
 「三つの必ず」は全党の同志は、初心を忘れず、使命、謙虚献身、刻苦奮闘に努め、・・・
 「四個全面配置」は全面建設小康社会、深化改革、依法治国、従厳治党の戦略配置・・・
 どれも大した内容でもないので、もうやめるが、経済関係の「六穏」と「六保」を紹介しておく。
 「六穏」=就業、金融、貿易、外資、投資、予期を「安定させよ」(穏)。
 「六保」=基本民生、市場主体、糧食・エネルギー・安全、産業チェーン、供給チェーン、基本流通を「確保」(保)せよ。
要するに、経済の動きすべてを安定(穏)させ、確保(保)せよというのだが、両方合わせて12項目もあれば、なにが重点かもはっきりしない。毛沢東の「階級闘争が要」、鄧小平の「発展こそが第一」、いずれも自分の目の前の中国という国をどこから動かせば動くのかを考えたうえで、2人それぞれが見定めたその時代の中国のメイン・キーである。
 しかし、習近平にはそういう発想がそもそもない。あれもうまくやれ、これもきちんとしろ、の羅列である。言っても、言わなくても同じではないかと思えるが、習近平としては、実際に効用があるかどうかより、どの項目も言い忘れては大変という方向に頭が働くのであろう。やはり臆病である。
 一つ、見逃せないのは「六穏」の最後の「予期」である。これは日本語で言えば「予測」だが、習はこれをスローガンか何かのように考えている。予測記事に暗い予想や悪い予測を書くな、とはなんとまた幼稚というか身勝手というか、一国の指導者とも思えない。
 現に最近の党中央経済会議の発表文に「中国経済の明るい面を強調せよ」という一節があることを紹介したが、政府内の文書で「いいところを宣伝しろ」というのは習近平の本音で、周囲が止めても本人は明るい記事が出れば経済自体も上向くと本気で思っているのであろう。
 そういえば昨年11月には全国報道記者職業資格試験なるものが実施され、習思想をしっかり身につけているかどうかが調べられたという。(23・11・19 共同電)
 いずれにしろ、結局、習近平長期政権の中心に現にあるのは「習の恐怖」である、と思う。

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 すこし長くなったので、結論を急ごう。
 習近平が中国社会に氾濫した腐敗の「トラもハエも退治しよう」と大勢の腐敗犯を摘発したのは、もとより間違いではなかったし、国民からかなりの支持も得た。しかし、その手法は腐敗の生ずるメカニズムにメスをいれることなしの、いわば手あたり次第の摘発であったために、それなりに量は増えても、一方では不公平も増幅した。
 不公平を恨む人数は計りようがないが、そこからどんな報復の矢が自分に向かって飛んでこないとも限らないと習が気付いたのは、政権が2期目に入り、退任後の日々を習が身近に感じるようになってのことであろう。国家主席の任期をなくすという常識では考えられない憲法改正を強行し、政権居座りへの道を開いた。
 次は政権居座りに成功しても、なんとか国民がそれを納得する分かりやすい勲章を身につけなければならない。それは台湾統一以外にない、と習近平は目標を明確にした。一昨年の8月、米ペロシ下院議長が台湾を訪問した時、中国軍は狂ったように台湾周辺にミサイルを撃ち込んで世界を驚かせたが、今、思えばあれが習の延命戦略の具体化の始まりではなかったか。
習近平は「台湾統一は歴史の必然である」と、統一を正当化する。しかし、中國にはまともな議会もなく、国家主席に任期の定めもない。言論・報道の自由もまったくない。一方、普通に選挙があり、大統領も交代するという体制をすでに30年近く経験している台湾の住民が、そんな息の詰まるような体制に「必然」の一言で入ろうとするはずはない。「専政から民主政へ」もまた歴史の必然であるはずなのだから。
 今、世界ではロシアのウクライナ侵攻が2年を越えようとし、イスラエルのハマスに対する超過大な反撃作戦は終わりが見えない。武器の使用に対する抵抗感が世界的に薄れていくようで恐ろしい。それに習近平の焦燥がどう反応するか、じつは今、大変な危機の瀬戸際にわれわれはいるのではないか、と怖れる。(完)
2024.01.17  今こそ腐敗政治と力依存の政策からの脱却を
世界平和七人委がアピール

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 世界平和アピール七人委員会は1月16日、「腐敗政治と力依存の政策からの脱却を」と題するアピールを発表した。

 アピールはまず、2012年以来の安倍政権によって引き起こされてきた政治腐敗を列挙する。自民党の派閥によって続けられてきた裏金作り、森友学園への格安の国有地売却や内閣総理大臣主催の桜を見る会における地元有権者の優遇、河井克行元法相夫妻の公職選挙法違反事件、自民党と旧統一教会との癒着やもたれ合いなどである。

 次いで、アピールは「このような腐敗が進む政権の下で、特定秘密保護法が制定され、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定が行われ、急速な軍備増強が行われ、沖縄県の軍事基地の増強や殺傷武器の輸出の容認が進められたりしてきている」と指摘し、「民主主義政治への信頼を掘り崩すような行為が進む事態と、力で異論を抑え込んだり、対外的な力の誇示に向かったりする政策の推進は無縁ではない。権力をもった者がほしいままに支配力を行使することを是とし、多様な立場の尊重と信頼関係に基づく合意形成を軽んじる姿勢が背後にある」と断定する。

 そして、アピールは、こうした力任せの政治は世界的にも広がっているとし、「市場経済の勝者がほしいままに富を蓄積し権力を行使するのをよしとする体制の下で、選挙による民意の反映というシステムが、力の支配を抑制する方向でではなく、排外主義と結びつく力の支配に屈するような方向で働くような事態が世界各国で見られる」とする。

 そうした視点から、アピールは「現代政治の危機を脱していくには何が必要なのだろうか。力任せの政治を許さない世論を形成し、選挙と立憲政治・議会政治に反映させていくことが求められる」と問いかけ、「国際社会でもそうした変化を進めることが必要であり、国連では人権を重視し、力任せの大国に対する批判の国際世論を反映させる傾向が強まっている。国連重視を掲げてきた日本はこの線に沿って外交を進めていくのでなければならない」と述べている。

 世界平和アピール七人委は、1955年、世界連邦建設同盟理事長・下中弥三郎、物理学者・湯川秀樹らにより、人道主義と平和主義に立つ不偏不党の知識人の集まりとして結成され、国際間の紛争は武力で解決してはならない、を原則に日本国憲法擁護、核兵器廃絶、世界平和実現などを目指して内外に向けアピールを発してきた。今回のアピールは159回目。
  現在の委員は大石芳野(写真家)、小沼通二(物理学者)、池内了(宇宙物理学者)、池辺晋一郎(作曲家)、髙村薫(作家)、島薗進(上智大学教授・宗教学)、酒井啓子(千葉大学教授)の7氏。

アピールの全文は次の通り。
腐敗政治と力依存の政策からの脱却を
世界平和アピール七人委員会

 自民党の派閥が政治資金パーティーの収入の一部を裏金化したとして、有力派閥の幹部議員の多くが政治資金規正法違反容疑で捜査を受け、逮捕される議員も出た。元首相の安倍晋三氏が長を務める派閥だったが、その安倍政権の下で、森友学園への格安の国有地売却や内閣総理大臣主催の桜を見る会における地元有権者の優遇など幾つもの疑いがかけられていたことが思い起こされる。違法行為が疑われても権力の座についていれば、処罰を免れることができると考える人も多かった。

 2012年以来の第2次安倍政権だが、立法機関である国会を軽視・無視するばかりか、その後半以後、河井克行元法相夫妻が公職選挙法違反に問われて法相辞任さらに国会議員を失職あるいは辞職に追い込まれるなど、与党政治家の腐敗摘発が後をたたない。また、旧統一教会と自民党との癒着やもたれ合いも注目を集め、あからさまな利用し合いの関係が露わになってきた。宗教を隠れ蓑に違法な活動を行ったり、信徒から途方もない金額の献金をむさぼり取るなどしてきた教団である。その教団が、政治家の政治活動や選挙運動で献身的な奉仕活動を行う見返りにそのお墨付きを得て、身を守り勢力を拡張することができたのだった。

 このような腐敗が進む政権の下で、特定秘密保護法が制定され、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定が行われ、急速な軍備増強が行われ、沖縄県の軍事基地の増強や殺傷武器の輸出の容認が進められたりしてきている。民主主義政治への信頼を掘り崩すような行為が進む事態と、力で異論を抑え込んだり、対外的な力の誇示に向かったりする政策の推進は無縁ではない。権力をもったものがほしいままに支配力を行使することを是とし、多様な立場の尊重と信頼関係に基づく合意形成を軽んじる姿勢が背後にある。

 このような力任せの政治は東アジアでは古来、覇道とよばれてきたものである。現代世界では、これは日本だけで目立っているわけではない。核兵器の使用をほのめかし他国を侵略するプーチン大統領のロシア、多数の子どもや女性がいる人口密集地域を攻撃するイスラエル、イスラエルの市民虐殺を支持する米国などにも同様の傾向が見られる。ソ連時代の独裁体制から脱したはずのロシアが新たな力の支配を代表する国になり、中東地域で民主主義体制を代表すると見られていたイスラエルや、世界の民主主義を牽引する国と見られてきた米国で、力任せの支配をよしとする姿勢が顕著である。プーチン、ネタニヤフ、トランプのような政治指導者は罪に問われる人物であり、その地位にふさわしくないと考える人々が国の内外にきわめて多いのに、その地位から退けることができない。

 これは市場経済による競争が社会の活力を高めるとして、格差是正や社会的公正を目指す政治を軽視する新自由主義と、それに対応する資本主義の負の側面の肥大化の弊害と関わりがある。市場経済の勝者がほしいままに富を蓄積し権力を行使するのをよしとする体制の下で、選挙による民意の反映というシステムが、力の支配を抑制する方向でではなく、排外主義と結びつく力の支配に屈するような方向で働くような事態が世界各国で見られる。

 民主主義が適切に機能していないということだが、このような現代政治の危機を脱していくには何が必要なのだろうか。力任せの政治を許さない世論を形成し、選挙と立憲政治・議会政治に反映させていくことが求められるが、これが現在容易でない。だが、国内でも国際社会でもそうした変化を進めることが必要であり、国連では人権を重視し、力任せの大国に対する批判の国際世論を反映させる傾向が強まっている。国連重視を掲げてきた日本はこの線に沿って外交を進めていくのでなければならない。国内では、速やかに腐敗した政治手法をなくしていくことが不可欠である。これは政治への信頼を取り戻すための第一歩になる。
グローバル化が進む現代世界では、国際政治と国内政治とが影響し合う傾向が増している。平和を目指す政治は、また信頼を尊ぶ政治でもある。
2024.01.01 2024年年頭にあたって

      目をこらして警戒しよう
                          リベラル21運営委員会

 
 17年前に書かれた、このブログの「発刊にあたって」という一文は「今日、世界は第二次大戦後かつてない混迷のただ中にあります」と書き始め、9・11テロ、アフガン戦争、パレスチナ紛争、北朝鮮の核実験、イランの核疑惑を挙げて、「いまだに世界の前途に明るい展望が見えてこないからです」と、われわれがささやかながら発言する理由を述べている。(右欄外の「リベラル21について」とあるボックスをクリックすれば出現)
 ここに例示されている出来事の多くはいまだに過去になり切っていないし、それどころか世界の現状は当時よりさらに混迷の度が深まっている。「発刊にあたって」は続けて、「日本政府(注:第一次安倍晋三内閣)はこうした世界情勢に適切に対応しないばかりか、戦後日本が歩んできた道を否定し戦前に回帰するかのような政策を次々と打ち出すに至っています」と、われわれが声をあげる理由をのべている。
 そこにはわれわれが当時、なお世界を見るにあたっては、東西対立、進歩と保守、右か左か、といった枠組みのなかにいた痕跡がくっきりと残っている。当時はそれでさほど見当違いではなかったかもしれない。
 しかし、一昨年2月、ロシアのプーチン大統領が「特別軍事作戦」と称して、「隣国」ウクライナの領土を白昼堂々略取に出たことをきっかけに世界の価値観は地滑り的変化を起こしたのではないか。従来の価値観、あるいは善悪観によれば、独立した他国に武力を行使して、領土に攻め込むことは侵略以外の何物でもなかったはずである。
 ウクライナは1991年のソ連邦解体から曲折はあったとはいえ、2004年の総選挙で独立派の大統領が当選して、独立国となった以上、いくら元は一体だったとはいえ、ロシアが武力を行使することは侵略以外の何物でもない。
 ところが、たとえば国連でのソ連非難決議案など数回の投票機会では、安保理常任理事国の中国をはじめかなりの国が棄権もしくは反対票を投じ、決議案が可決されても、ロシアの行動を縛るほどの国際的圧力とはならず、かえってプーチンの無謀を認めないまでも国際世論の無力をあからさまに示して、ウクライナの悲劇は2年に及ぼうとしている。
 昨秋以来、イスラエルで続くパレスチナ人の反イスラエル勢力「ハマス」とイスラエル政府軍との戦いはより悲劇的である。最初にガザからロケット弾をイスラエル側に撃ちこんで、700人余の命を奪ったハマスの行動も第三者の目から見れば非道であるが、それへの報復として連日連夜、ガザの人口密集地に砲弾の雨を降らせ、地上部隊も加わって、すでに2万人余の犠牲者を生んだイスラエルの行動は、この際、ガザを無人の地にして自らのものにという野望をたくましくしているのでは、と思わせる。
 ヒトラーによるジェノサイドの悲劇を味わった民族の後裔が歴史的な隣人にここまで憎悪を抱くことができるのかと、人間という動物に対する空恐ろしさを感じさせる出来事が続く。
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 さて、こうした非人間的行動が大手を振って日々のニュースを彩っている世界が眼前に広がる今、我々には何ができるかという問いには答えるすべがないにしても、せめて何を思えばいいのだろうか。かつて世界を二分した、東か西か、社会主義か資本主義か、などという設問はもはやばかげている。今や社会主義などというものは地球上に存在しない。
 しかし、ここからは全くの私見にすぎないのだが、社会主義、あるいはそれを騙っていた勢力の最後をきちんと見定め、それに引導を渡すことが、今、必要なのではないだろうか。
 妙な話と思われるかもしれないが、今、プーチンやネタニヤフがしていることは、個人的権威を高め独裁権力を永続させたい、その一心からである、と私は見ている。独裁的権力を手にするには独裁的に権力を振り回してライバルや反対派の息の根を止めなければならない。
 そして権力を手にしたら、それをより大きくしなければならない。民衆が自分に飽きるのに逆らって、地位を守るためにはそれしか方法はない。しかし、権力を獲得する過程で、すでに多くの敵を作った上に、さらにそれを維持するのは半端な方法では無理だ。
 それには自分が使えるうちに、国家の武力を使って、いちばん国民が喝さいする成果をあげるのが確実だ。多数決で戦争を決めるのはなかなか大変だが、独裁者にはそれができる。地球上の各所にいるそういう独裁者、あるいはその候補を今のうちに発見して、後ろ手に縛って、無茶を防がなければならない。アジアには行動に出る時期をさぐっている大物がいる。とりあえずは彼に目を凝らしていよう。
 2024年のわれわれの目標の一つを提案して、年頭の挨拶としたい。乞う、存分のご批判。
2023.12.30 「今だけ、金だけ、自分だけ」的生き方が頂点に
2023年の日本を顧みる         
            
岩垂 弘 (ジャーナリスト)
 
 今年、2023年も暮れる。1年を顧みてわが胸を満たす感慨は「敗戦からこれまで78年間を暮らしてみて、今年は最悪の1年だったな」というなんともやりきれない思いである。
 「日本は地に堕ちた」「腐敗・堕落の日本」「どうしょうもない日本」といったフレーズが次々と脳裏に沸いてきて、気がふさぐ。思えば、人間が「金(かね)・金・金」にダッシュする光景を見せつけられた1年だった。

安倍派の“独裁”政治を支えた裏金
 今年一番の明るいニュースは大谷翔平君の大活躍だったと言っていいだろう。それを暗く覆うように次々と派生したのが政界、経済界の不祥事である。
 まず、政界だが、朝日新聞が12月1日付の朝刊で放ったスクープは、世間に衝撃を与えた。自民党の最大派閥「清和政策研究会(安倍派)が政治資金パーティー収入の一部を裏金化していたとされる疑惑だったからである。
 その後、事件は急展開し、岸田内閣の安倍派の閣僚・副大臣らが解任されたり、辞職したりしたほか、東京地検特捜部が、安倍派幹部の松野博一・前官房長官、高木毅・前党国会対策委員長、世耕弘成・前党参院幹事長、塩谷立・元文部科学相、萩生田光一・政調会長らに対し任意の事情聴取を行う事態にまで発展した。
 12月27日には、特捜部が衆院第2議員会館にある、安倍派の池田佳隆・衆院議員の事務所を家宅捜索した。パーティー券収入のノルマ超過分を裏金化し、自身の政治団体の政治資金収支報告書に記載しなかったとする政治資金規正法違反(不記載・虚偽記)の疑いという。
 さらに、特捜部は同月28日、大野泰正・自民党参院議員の議員会館の事務所を家宅捜索した。池田佳隆議員と同じ容疑という。
 
 12月27日付の読売新聞によれば、安倍派の裏金作りは20年前から行われていたという。それに、裏金の一部は選挙のために使われたと話す関係者の証言を報道した新聞もある。これでは選挙の公正を犯すおそれがあり、民主主義への冒涜だ。こんなことが、政界を長年にわたって牛耳ってきた自民党最大派閥によって20年も続いていたなんて、何としても許しがたい、と私は思う。
 
 事件が今後どう展開するか予断を許さないが、要は検察がどこまでやるかだ。場合によっては、戦後最大の不祥事と言われるリクルート事件(1988年。リクルートコスモス社が未公開株を政・官・財界の広範なトップ層に譲渡した事件)を上回る規模の、前代未聞の不祥事になるかも知れない。

 
みっともない大企業
 一方、経済界では今年、信じがたいような不祥事が相次いだ。
 まず、中古車販売大手のビッグモーター。NHKの「クローズアップ現代」によれば、「損害保険会社は、事故に遭った契約者に車の修理工場としてビッグモーターを紹介。ビッグモーターは、その車を故意に傷つけたり不必要な部品交換をしたりするなどして、修理費用を水増し、保険金を不正に請求していた」という。

 次いで、トヨタの完全子会社のダイハツ工業である。同社は12月20日、車両の認証試験をめぐる不正で、新たに174の不正が行われていたと発表、国内外で手がける全ての車両の出荷停止に追い込まれた。不正は「試験テータの捏造や改ざん、車両や実験装置の不正な加工や調整など25項目に及ぶ」(12月21日付朝日新聞)。こうした不正が30年以上前から行われていたというから驚く。
 朝日新聞によれば、トヨタグループでは、昨年以降、日野自動車や豊田自動織機などでも不正が続いているという。トヨタ自動車といえば、新車販売台数で世界一である。これでは「世界一」の看板が泣く。

 まだ、ある。12月26日付読売新聞によると、金融庁は同日、損害保険大手4社が企業向けの保険契約をめぐり保険料を事前調整していたとして、保険業法に基づき、4社に業務改善命令を出した。
 処分を受けたのは東京海上自動火災保険、損害保険ジャパン、三井住友海上火災保険、あいおいニッセイ同和損害保険の4社。鈴木金融相は「独占禁止法の趣旨に照らして、広く不正が行われていたのは遺憾で、抜本的な禍以前対応を求める。悪質性は高いと考えている」と述べたという。一流の保険会社も不正か、との思いを禁じ得ない。

 ところで、こうした一連の政界・財界での不祥事に共通しているのは、「金」への執着ではないか、というのが私の見方である。「何としても金がほしい」「何とかして売上げを増やさねば」という政治家、企業家の執念だ。そうした執念が、やがて彼らをして「カネを得るためには少しぐらい法令に従わなくてもよい。要は、そうした不正が世間に漏洩しなければいいんだ」と思わせる方向に追いやっていったのではないか。

 私が幼いころの日本には、社会の一員として暮らしてゆくには、一定の規範があった。幼児期から小学生のころにかけて、私は母から何度も言い聞かされた。逆に言えば、母が私にしつけたのは、この一言だった。それは「他人から後ろ指を指されるような人間になるな」というものだった。具体的には「ウソをついてはいけない」「盗みをするな」「悪いことをするな」「他人の悪口を言ってはいけない」だった。
 一般人の間では、職業では、教員、市町村役場の職員、警察官に畏敬の念があった。この人たちは悪いことをしないだろう、と思われていた。それに比べて商人の地位は高くなかった。そこには、「カネ」よりも理念や公共を重んずる風潮があった。
 こうした生き方が、地方の庶民の生活面で常識として定着していたのは、決して戦前の修身教育の成果とは私は思わない。むしろ、それぞれの家庭で、親が子どもをしつける中で形成されていったしきたり、あるいはモラルだったと私は思う。

経済第一主義がもたらしたもの
 しかし、戦後の1960年の「所得倍増計画」を機とする経済の高度成長は日本と日本人を一変させた。
 日本の経済成長はすさまじく、1968年にはGDP(国内総生産)が米国に次ぐ世界第2位になった。1979年には米国の社会学者、エズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』が内外でベストセラーとなり、1989年には三菱地所がニューヨークのロック・フェラーセンターを買収し、世界の注目を集めた。
 世界でも稀に見る経済の高度成長で、貧しかった日本人は豊かになった。それはとても結構なことだったが、その一方で、貧富の差が拡大した。

 ともあれ、高度経済成長は、日本に功利主義、効率主義、自己中心主義、刹那主義をもたらした。人々はこの四つ渦巻きの中で翻弄されるほかなかった。その中で、生まれたのが、「今だけ、金だけ、自分だけ」という生き方、あるいは風習である。

 「今だけ、金だけ、自分だけ」というフレーズは、鈴木昌弘・東大教授が2012年に著した『食の戦争 米国の罠に落ちるな』(文春新書)で初めて使われた、とされている。私は現在の日本人の生き方、日本社会の風潮を表すのにぴったりの表現と思っている。2023年を送るに当たって心に浮かんできたのがこのフレーズだった。そして、つくづくこう思った。
 「日本は混迷している。これから先の進路を展望するには、まず、日本の過去へ目を向けねば」
「金が全ての世の中を少しでも変えてゆかねば」
「自己中心主義に陥らず、少なくとも若い人々との連携を深めなくては」

 新しい年が「最悪の年」でないことを願って。


2023.10.23  フランシーヌとの再会
        韓国通信NO729

小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)


 『フランシーヌの場合』という歌をおぼえていますか。1969年のフランスでベトナム戦争に抗議して若い女性が路上で焼身自殺をした。衝撃的な事件は日本にも伝えられこの反戦フォークが生まれた。歌手は新谷のり子さん(当時23才)だった。
<歌詞>
1 フランシーヌの 場合は     
あまりにも おばかさん
フランシーヌの 場合は
あまりにも さびしい
三月三十日の 日曜日
パリの朝に 燃えたいのちひとつ
フランシーヌ

2 ホントのことを 云ったら
おりこうに なれない
ホントのことを 云ったら
あまりにも 悲しい
三月三十日の 日曜日
パリの朝に 燃えたいのちひとつ
フランシーヌ    
 
          
R21小原韓国通信1
    <写真/左/新谷のり子/右/関谷興仁>       

<忘れられない特別な歌>          
 当時私は社会人になって3年目だった。職場と社会の変化に戸惑う日々のなかで聞いた印象深い歌である。銀行の鉄のトビラのなかに背広とネクタイ姿の自分が吸い込まれ、数字と伝票とお札と格闘する日々を送っていた。何よりも辛かったのは職場に吹き荒れた組合弾圧の嵐だった。フランシーヌのように精神的に追い詰められていた。
 1968年、長女が生まれた。組合を抜ければ過去は帳消しにするという屈辱的な会社の提案もあった。今も残る十二指腸潰瘍痕はその時の「勲章」である。体が通勤拒否を命じても会社勤めはやめなかった。翌年の組合の運動方針の見出しに「フランシーヌの場合」の歌詞があった。「戦争反対に命をかけたフランシーヌから何を学ぶべきか」という問いがまぶしかった。労働組合が何故「フランシーヌ」なのか。迷い続けていた人生にとって忘れられない特別の歌になった。
 振り返るとあの時期は自分にとってもまた国内外ともに激動、歴史の転換期だった。
 パリの学生・労働者のゼネスト(5月革命)。キング牧師の暗殺で全米に黒人差別反対運動とベトナム反戦運動が沸き上がった時期。わが国では日大・東大紛争が激しく闘われ、全国に若者たちの「反乱」が広がった。反公害闘争、沖縄返還闘争、成田三里塚闘争など社会は騒然とした雰囲気だった。やがてアメリカのベトナム戦争敗北に続き中国の国連復帰(1971)と時代は大きく変わろうとしていた。あれから何が変わり変わらなかったのか。

 益子の朝露館陶板美術館に新谷のり子さんがやってくる。あの歌手にどうしても会いたくなり自宅から車を走らせた。
 朝露館オープン以来からの会員である彼女には念願の益子行きだった。
 館主の関谷興仁さんと石川逸子さんの説明に熱心に耳を傾けていた。50年以上たっても新谷さんが現役の歌手というのもうれしい。そして今でも心も看板も反戦歌手である。

R21小原韓国通信2

 話と表情から彼女はまぎれもないあの「フランシーヌ」の歌手だった。
 「ホントのことを云ったらおりこうになれない」に始まる二番の歌詞が気にかかると言ったら、「ホントのことを云わない人が多くて心配だ」と彼女はいう。大切なことを心に刻み、「悼む」心を全身で受け止めようとする彼女は朝露館の心そのものに思えた。
 感動的なふたりの出会いを見て彼女のコンサートを朝露館で是非開きたいと思った。

<殺すな!>
 イスラエルによるジェノサイド(皆殺し)は絶対止めなければならない。
 ロシアとウクライナの戦争が泥沼化しているさなか、10月7日、ガザ地区を実効支配するイスラム勢力「ハマス」とイスラエルが戦争状態に入った。
 水も電気も止められ封鎖状態のガザが全面戦争に突入すれば、行き場を失った一般住民約200万人が虐殺される。
 ウクライナの戦争を単純にプーチンの野望と片付けたように、武装集団に対するイスラエルの「自衛戦争」もアメリカによって正当化されようとしている。部屋のラジオからムソルグスキーの『展覧会の絵』が不気味に鳴り響いている。私たちはいつから一方的な情報だけを信ずるようになったのか。アメリカの属国に慣れすぎた私たちに戦争の正体が見えなくなっている。日本を戦争に巻き込む「台湾有事」も待ちうけている。
 ホントのことを知らせない、ホントのことを知らないのはあまりにも悲しい。戦争に理由はいらない。戦争は絶対にさせないことだ。

2023.10.18  「報道離れ」が増えているそうな
        ―ホントか? 問題はどこだ

田畑光永 (ジャーナリスト)
                         

 今週月曜日(16日)、『日本経済新聞』朝刊の「オピニオン」という特集ぺージに驚かされた。英『フィナンシヤル・タイムス』紙の記事が転載されていて、タイトルは「『報道離れ』にデータの力」。本文冒頭に「2017年に報道を避けていた英国市民は24%だったが、最近では41%に増えた」とある。
 これは英オックスフォード大学ジャーナリズム研究所の報告を紹介したもので、「ここ数年の間に、今世紀初の世界的な感染症のパンデミック(世界的大流行)があり、欧州では第2次世界大戦後で最大の軍事侵攻が起きた。中東では衝突が再燃した。気候変動関連のニュースがあふれて人類が滅亡すると警鐘を鳴らしている。読めば気持が萎えてしまう」と、報道離れの理由が説明されている。
 一瞬、「なるほど」とも思ったが、すぐに「待てよ、おかしくないか」という揺り返しが来た。一般に流布している定説(?)では、戦争は人々の関心を引き付けるという点ではニュースの中でも横綱格であったはずだ。ところが引用された記事では、コロナ禍と気候変動と並んで、ウクライナとガザの戦争が「読めば気持が萎えてしまう」ために、報道離れを引き起こした犯人とされている。
 私の思い出話をさせていただくと、小さい頃、ある朝、目が覚めた途端に「田畑さん、がんばろう」という隣りのオーモリさんのおじさんの涙声が聞こえてきた。飛び出してみると、おじさんが私の父親の手を握って「がんばろう」を繰り返し、父親も「うん、がんばろう」と相槌を打っていた。
 後から知ったのだが、日付は昭和16年12月8日、日本軍がハワイの米軍基地に奇襲攻撃を加え、太平洋戦争が始まった朝であった。ラジオ放送でそれを知ったおじさんは興奮のあまり、隣家にとび込んできたものらしい。これは私の記憶に残る人生最初の場面で、6歳だった。
 長じてニュースの仕事をするようになってからも、戦争は人々を興奮させるものという通念で生きてきた。勿論、戦争による興奮には「肩入れする興奮」と「反対する興奮」があり、内容は正反対であるが、どちらも「目を離す」どころか、「目を離せない」興奮のはずであった。
 ところが、最近は「読めば気持が萎えてしまう」とすれば、それは引用のすぐ前の部分が言うように、「人類が滅亡する警鐘を鳴らしている」ためなのであろうか。もしそうだとすれば、種族の滅亡を察知した動物の群れが自ずと死地に向かうように(そういう動物が実在するかどうか、私は知らないのだが)、現実世界と向き合うことを人類も放棄し始めたということになるのであろうか。
 私はこの議論には賛同できない。この議論の前提となっているのは、視聴者の「報道離れ」であるが、その原因はメディアの多様化の結果として、報道量が急増し、同時に伝達手段の多様化、即時化によって、目をそむけたくなるような戦争の各場面までもがリアルの眼前に突きつけられることで、視聴量が相対的に減少したのであろうと考える。
 記事では、一方で自殺率や死亡率、貧困、識字率、その他各種のデータへの関心が高まり、「データリテラシーが向上した」とあるが、それと「報道離れ」を関連付けるのはいささか根拠が薄弱である。「データリテラシー」の向上も報道量の豊富化の一端と考えるべきではないのだろうか。
 ともあれ、この記事がいう「報道離れ」が現に起きているとは私には思えない。むしろ「報道慣れ」がニュースに対する反射神経を鈍麻することのほうが心配である。ウクライナ戦争が600日を越えてもなおプーチンの蛮行を止めるすべが見当たらないのがなんとももどかしい。一方、イスラエルのガザでは、どうにも収めようのない憎しみがぶつかり合って、信じられない数の生命が連日、失われて行く。知ることはすべての始まりではあるが、知る手段が進歩し、多様化するほどには、それを活用する知恵は進化しないのがなんとももどかしい。(231016)

2023.10.14  鬼の天使
        韓国通信NO728

小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)
            

 「鬼の天使」の添え書きのある一枚の絵。
韓国通信7281
 闘病生活の末に79才で亡くなった私の親友が描いた。死の直前に世話になった看護師を描いた。鬼という特別な言葉に込められた優しい人柄が際だつ。
 彼とは留学した高麗大学の下宿先で知り合った。AP通信のカメラマンとして世界を駆け廻り、定年後の留学先に韓国を選んだ。似たような境遇と韓国大好きという共通点から意気投合した。帰国後も昼酒を飲むという付き合いを続けた。
 前立腺がんで余命10年と嬉しそうに語ったのが忘れられない。そして「10年保証付き」の飲み会が続いた。避けたわけではないが癌の話をした記憶はない。宣告から奇しくも10年目のころ、「そろそろ終わり」と連絡が来た。訪れたホスピス病棟の病室は明るく、自分の誕生会の写真を嬉しそうに見せてくれた。

<あの人のように>
 彼は余命10年を心から楽しんでいるように見えた。電話口から聞こえる声はいつも朗らかだった。語学留学としては長い2年間の下宿生活がよほど楽しかったらしく、ある日、彼から下宿生の同窓会の知らせが来た。

韓国通信7282

 2008年10月、日本から8人の元留学生が集まり下宿のオバサンとオジサンを招待してパーティが開かれた(写真/前列右の二人が招待客/その隣、偉そうにしているのがボクの友人)。
 彼は理屈ではなく日本と韓国の普通の人が仲良く付き合うことの大切さを知っていた。下宿のオバサンはこんなに嬉しいことはないと終始涙ぐんでいた。同窓会が終わった翌日、彼は単身で巨済島に旅立った。
 口癖のように韓国語は発音も表記も難しいと嘆いていたが、韓国語の勉強は生涯続けていた。韓国語を学び続けるのは韓国を愛し続けることだった。

 これまで病気と縁のなかった私が3カ月の間に4回も入院をした。
 とても不安だった。消灯後の眠れない日々が辛かった。シャバではコロナは消えたはずなのに病院は面会禁止。暇つぶしに「鬼の天使」の物語を何人かの看護師に話してあげたら看護師冥利に尽きると喜んでいた。看護師への感謝をユーモラスな絵に残し、限りある生命を受け入れる「ゆとり」は何処から生まれたのか。病室の闇の中で不安にうろたえている自分が恥ずかしかった。彼のように生きたいと切に思う。

2023.10.06  ノーベル医学生理学賞受賞者 カリコー・カタリン女史のインタビュー

盛田常夫 (経済学者・在ハンガリー)
                              
 恒例の「ノーベル賞」発表週間が始まり、医学生理学賞をカリコー・カタリンが、物理学賞をクラウス・フェレンツが受賞しました。ともに外国での研究が認められましたが、大学・大学院教育をハンガリーで受けており、ともにハンガリー国籍を保持(二重国籍)しての受賞となりました。
 このうち21年3月にHPに掲載されたカリコー女史のインタヴュー記事をあらためて、共有したいと思います。
ところで、2日月曜日にウクライナの首都・キーウィで開催されたEU外相会合に、ハンガリーは外相を派遣せず、次官が代わりに出席しました。これまでハンガリー政府要人は徹底してキーウィ訪問を避けて、暗黙のウクライナ不支持を表明しています。カリコー女史もオルバン政権に批判的なため、ノーベル賞受賞についてもハンガリーの公共放送での扱いは慎ましいものです。
 オルバン政権では学問・文化もすべて、権力維持の観点から評価されます。独裁政権と呼ばれる所以です。政権支持の知識人ですら、最近のオルバン首相の大学(リスト音楽院学長選挙)や文化(オペラハウス支配人選出過程)への政治介入に呆れている始末です。
 スロヴァキアでもオルバン流の政治姿勢をとるフィツォが総選挙で第一党になりましたが、ハンガリーもスロヴァキアもウクライナ支援では無視できる程度のものです。

 カリコー・カタリンについて (2021年インタヴュー再掲)
略 歴
 ハンガリー南部のセゲド大学(生物学)を1978年に卒業し、1982年までセゲド生物学研究センターで研究を続け、1983年にPhDを取得した。すでにこの時期にRNA(遺伝子転写物質・メカニズム)の研究を始めた。主流のDNA(遺伝子)研究ではなく、傍流のRNA研究に取り組んだ成果が、25年の時間を経て、大きな成果となって結実した。
PhD取得後にアカデミーの奨学金を得て、セゲド生物学研究センターで研究を続けた。1985年に研究センターの人員整理が行われた際に、家族でアメリカに渡ることを決断し、フィアデルフィアのテンプル大学に職を得て、修飾ヌクレオチド(RNAを構成する物質の構造が変化したもの)の研究に従事した。
 3年後にワシントンに移り、分子生物学を研究し、その後再び、フィアデルフィアに戻り、2013年までペンシルヴェニア大学の医学部循環器科で分子生物学者として研究を進め、その後神経外科に移動した。フィアデルフィアに戻った当初から、mRNAをベースにした治療法を構想していたが、「治療法は有効でない」と研究費申請を拒否された。
 この治療法は遺伝子そのものを操作するのではなく、遺伝子の転写メカニズムに作用して、免疫の元となるたんぱく質の創出を促す治療法である。このメカニズムを操作することによって、従来の不活性化されたワクチン開発より、はるかに短い時間で体内に免疫を創り出すことが可能になり、かつウィルスの変異に迅速に対応することが可能になる。この点で画期的な科学的発見であり、ノーベル賞級の研究成果である。
 さて、神経外科に移動し、免疫学の同僚医師がこの治療法のアイディアに関心を示したことから、さらに研究を進めることになった。研究のポイントは、「合成mRNAが強い炎症反応を惹き起こす」ことであった。これを解決することが、カリコーの研究課題になった。
 フィアデルフィア大学でHIVワクチン開発を行っていたワイスマン(Drew Weissmann)はDNAを利用したワクチン開発を行っていたが、カリコーとともにmRNAをベースとするワクチン開発に方向転換した。ここで、修飾ヌクレオチドから出発し、炎症を抑えたmRNAを作ることに成功した。ペンシルヴェニア大学はKariko-Weissmanの名で知られる特許を取得し、その後、BioNTechやModeRNAが高額の特許使用料(ロイヤルティ)を払って製造を開始した。
R21盛田稿・カリコ(ノーベル賞)
            セゲド大学を訪問したカリコー・カタリン 
        (銅像はビタミンCの発見でノーベル賞を受賞したセント=ジョルジィ・アルベルト)

 当初、RNAを利用する治療法は無視されていたが、細胞情報を伝達するRNAを使えばどのような感染スィミュレーション(simulation)にも対応できるというアイディアは次第に多くの研究者の関心を得ることになり、ヴェンチャー企業であるModeRNAを2010年に創設したマサチューセッツ・ケンブリッジのデリック(Rossi Derrick)がカリコーを引き込もうとした。しかし、カリコーはドイツのヴェンチャー、BioNTech RNAと連携する道を選んだ。
 現在、カリコーはペンシルヴェニア大学の教授職を保持したまま、BioNTechの副社長を務めており、ドイツとアメリカを往復している。ハンガリーにも時々戻っている。カリコーはハンガリー国籍を保持しており、二つの国籍を持っている。なお、長女のジュジャンナは、Susan Franciaの名前で五輪の女子エイト競技(ボート)に参加し、二度金メダル(北京、ロンドン)に輝いている。ハンガリーはカヤック、カヌー競技に強いが、ジュジャンナがアメリカに渡ったのは3歳の時だから、ハンガリーで競技力をつけたのではない。
 1937年にビタミンCの発見でノーベル医学生理学賞を受賞したセントージョルジィは1931年に、セゲド大学に新設された生化学研究所に教授として赴任した。戦後の体制の中で優れた伝統は失われたが、しかしセゲド大学では生化学研究が細々と続けられている。ハンガリーの優秀な人材はハンガリーの教育を受けた後、西側の世界で世界的な成功を収めてきた。
 この辺りの事情は、マルクス・ジョルジュ著(盛田編訳)『異星人伝説-20世紀を創ったハンガリー人』(日本評論社、2001年)の「セント-ジョルジィ・アルバート」(198-206頁)を参照されたい。(盛田)

 カリコー女史への質疑応答(2021年インタヴュー再掲)
ワクチンの有効期間はどれほどか?
 カリコー:まだ確実なことは言えない。昨年4月と5月に試験的な接種を行ったが、現在、そのうちどれほどの人が感染したかを調べている。コロナに感染した人が、接種を受けていない場合、6ヵ月後に再感染することが分かっている。
 これにたいして、最初に接種を受けた人たちの感染はいまだ確認されていない。しかし、この点については、まだ状況を見る必要がある。
感染後、どれほどの時間経過の後に接種を受けることができるか?
 カリコー:1か月ほど前までは90日が目安だった。その後、この問題について研究が進められているが、まだ明確な結果が示されていない。この問題は、感染の重度に依る。
 無症状あるいは軽症の場合、抗体形成が進んでいないので、もっと早く接種を受けてもよいと考えられる。しかし、重度の症状があった人の場合は、ウィルスに対する強い反応が残っているので、接種は重度の副作用をもたらす可能性がある。
感染した人は1回目の接種と同様の効果をもっていると考えられるか?
 カリコー:はい、最近の研究では、感染が1回目の接種と考えてよいということが分かっている。
アナフィラクシー・ショックの確率はどの程度のものと考えられるか?
 カリコー:イスラエルの接種からPfizer/BioNTechに寄せられたデータによれば、470万人の接種で、158名の重度の副作用が見られた。47000名に1人の割合である。
 このワクチンの検証が終了した時点では、妊婦と16歳以下の人々への接種を避けるように提案したが、それは治験を行っていないからである。ワクチンへの反応が不明だからである。現在、妊婦および子供への治験が行われている。
 副作用のない薬剤は存在しない。しかし、感染によって、それより深刻な結果が生まれる可能性がある。したがって、心臓手術の後であっても、接種を勧めたい。
1回目と2回目の接種に3週間の期間が設定されている。ハンガリーではこれを35日に延長しているが、これは問題を惹き起こすか?
 カリコー:3週間という時間は治験で設定された時間で、それで認可を得ているからである。したがって、3週間が最適な時間であることを意味しない。3週間というのはもっとも短い期間で、それを過ぎれば再度接種が可能ということを意味する。
 現在、2か月間の間隔を空ける治験が行われている。今言えることは、接種の間隔について、正確・厳密に言えることはないということである。
接種が男性機能に影響することはあるか?
 カリコー:それはあり得ない。私が知る限り、接種が体の機能に影響を与えることはない。1回のワクチンには30ミクログラムのmRNAが含まれている。一粒のコメにはおよそ30mgである。この事例を使えば、一粒のコメ千粒ほど細かく砕いたほどの量のmRNAが、局所的に腕に入る。さらに、mRNAは不安定ですぐに破壊される物質で、2日経てば組織から消えてなくなる。mRNAによってコード化されたタンパク質が現れるが、これは数日間だけ体内に残るものである。短時間とはいえ、この時間は免疫反応を引き起こすのに十分な時間である。
自己免疫疾患をもつ患者は接種を受けることができるか?
 カリコー:これについては、CDC(アメリカ疾病予防センター)の指針がある。私が知る限り、mRNAベースのワクチンが自己免疫疾患者に問題を惹き起こした事例はない。他方、コロナは自己免疫疾患患者に大きなリスクを与えるので、接種が問題を起こす確率は極めて低いと思う。一般論として、接種可能と考える。
妊婦への接種は胎児を守ることになるか?
 カリコー:現在の医学界の見解は、イエスである。抗体が胎児に渡り、子供を守ることができる。これは授乳期の母親についても同様で、母乳を通して、抗体が引き渡される。
免疫抑制ケースにある患者に接種は可能か?
 カリコー:重篤の疾病患者の場合、免疫抑制状態にあるか、免疫反応を抑えるために免疫抑制剤が使われている。このような患者の場合、数か月にわたってコロナウィルスと戦うことはできず、ウィルスが体内で分離された時に、変異を生み出す。一人の人間の体内で、無数の変異種が発生する。一部の病原体は体内で無効化されるが、すべて無効化することはできない。
 したがって、このケースでも、接種は有効だと考える。なぜなら、これらの患者は他者に感染を惹き起こし、社会全体を大きなリスクに晒すからである。
Pfizer/BioNTechワクチンの冷凍問題で、改善が予想されるかどうか?
 カリコー:「なぜ零下70℃でなければならないのか」はよく受ける質問である。これも実験結果が決めている。3-4年70℃で冷凍保存したmRNAを取り出して使ったところ、完全な効能を示した。
 零下20度で保存した場合の実験を行っているが、この場合は6か月で有効性を失うことが分かっている。したがって、可能な限り、適切な冷凍庫を入手できるのが望ましい。
mRNAワクチンの製造能力を制限している要因は何か?
 カリコー:mRNAを大量に作ることは可能で、それを包む4種類の脂質のうち二つはどこでも入手可能だが、イオン化可能な脂質の合成が最大の問題である。このプロセスそのものがあまり効率的でなく、現在の技術は少量の生産に向いているが、単純に拡張することができない。
 誰にでも分かることだが、今まで二人の人に接種しなければならなかったのが、明日から急に200人に接種しなければならなくなった時のことを考えればよい。こうなると、それまでの製法を変える必要が出てくる。他の会社の助けを借りることもできる。たとえば、脂質合成はその例である。しかし、イオン化可能な脂質合成の増産は解決できていない。多くの製薬会社も少量生産しかできないからだ。
製薬会社は大きな利益を上げている。パンデミックの時も、利益が業務遂行を決める要因になっているのか?
 カリコー:今の状況下で皆が考えていることは、可能な限り速やかに、かつ効率的にワクチンを開発することだ。Pfizerはアメリカ政府の補助金を得るのではなく、20億ドルを出資してBioNTechの開発を支援してきた。これは失敗すれば、株主に弁済しなければならないお金である。そういうリスクをかけて開発している。
 これまで費やしたお金や努力に比べて、ワクチンの価格が高いとは思わない。会社の幹部も利益が一番重要な動機だとは思っていない。
ロシアや中国のワクチンをどのように評価しているか?
 カリコー:私自身は生化学者であり、ワクチンの専門家ではない。もちろん、科学雑誌で最新の研究情報を得ているが、ロシアや中国のワクチンについて意見表明することはできない。どのワクチンにも効果があり、それなりにウィルスから守ってくれるものだと思っている。
中国ワクチンを打った後、別のワクチンを接種することはできるのか?
 カリコー:たとえば、秋になってワクチンが十分に確保されている場合には、別種のワクチン接種を考えることは可能である。mRNAベースあるいは不活性なウィルスを含むワクチンを接種した場合、次回にどのようなワクチンをも選択できる。しかし、スプートニクVやAstraZenecaのように、アデノウィルスをベースにしたワクチンの場合、すでに体組織が所与のアデノウィルスヴェクター(この場合のヴェクターは、ウィルスの媒介者という意味)を認識しているとすれば、免疫システムが有効成分を目的箇所に運ぶことを拒否することが考えられる。
 たとえば、アフリカでエボラ熱にたいするチンパンジーアデノウイルスベクター・ワクチンを接種している場合、コロナにたいするアデノウィルスヴェクター・ワクチンを接種しない。体組織がそれに反応しないからである。
https://qubit.hu/2021/03/10/kariko-katalin-a-vakcinak-kifejezetten-olcsok-ahhoz-kepest-hogy-mennyi-munka-van-bennukより翻訳。

2023.09.21 私は人間であって、国家の付属物ではない
私と日本国家の関係

宮里政充 (元高校教師)
 
戦場における殺人は「手柄話」か
 私は1960年代のはじめに大学を卒業し、埼玉県北部の県立高校へ就職した。私は沖縄本島の北部に生まれ育っていたので、まわりののどかな環境にはすぐに慣れ、親しい同僚もたくさんできた。なり手の少ない山岳部の顧問にさせられて、いきなり北岳に登ったり、文学好きな仲間と同人誌を出したりもした。

 職場には朝鮮半島や中国大陸の戦場から帰還してきた同僚が数名いた。彼らは授業や部活動の指導や校務に熱心であり、また良き家庭人であった。私は彼らに親しみと尊敬の念を持っていた。だが、間もなく彼らのうちの何人かに強い抵抗感を持つようになった。その彼らは酒の席などでよく自らの戦闘体験を語ったが、その内容の多くは、銃剣で住民を刺殺した時の手応えや、女が転げまわるので強姦を遂げるのに苦労したなどの、いわば「手柄話」だったからである。彼らにとって戦場という非日常的な環境と戦後の平和な日常とが、何の違和感もなくつながっているように思われた。

 私は戦争中に東シナ海沿岸のガマ(洞穴。そこは風葬として使われており、人間の白骨が納められていた)で息をひそめ、目の前の川を海へ向かって流れていく日本兵の死体を眺め、照明弾の降る山中を逃げ回り、祖父が米兵に射殺され、捕虜収容所で祖母をマラリアでなくし…、などなどの体験は私の心に沁みついていた。「手柄話」は受け入れがたいものだった。
 パソコンで「ベトナム戦争・写真」を検索すると、おそらく韓国兵士と思われる若者たちが人間の生首をぶら下げて得意顔でカメラに向かっている姿が出てくる。この兵士たちは、戦争が終わって、家族のもとへ帰って、さて、どういう生活を送っているだろうか。やはり「手柄話」に花を咲かせているのだろうか。

「手柄話」にできない人たち
 私の親戚の男性は、中国大陸から帰還はしたものの働く意欲を失い、たまに日雇いの仕事をもらってその日暮らしをしていた。父はその彼を薪割りやサトウキビの収穫などで雇うことが多かった。私は一度だけその彼から戦地での体験を聞いたことがある。彼は松を切り倒し、枝を細かく切り落とした後で中休みをしていたとき、私と並んで座り、松林の向こうの東シナ海に目をやりながら絶え入りそうな声で言った。
 「上官の食器を洗いながら、飯盒にこびりついたご飯粒を食べるのが一番の希望だった…」
 私は彼がはるか向こうの大陸でどのような戦闘体験をしたかは知らない。彼はそれ以上は語らなかった。苦しそうな横顔だった。

 私の兄は鉄血勤皇隊の一員であった。鉄血勤皇隊とは沖縄戦で日本軍の正規部隊として併合された、14~16歳の少年兵隊のことで、その任務は実際に戦闘に参加する班と、村々を回って情報を日本軍に提供する班とに分かれていた。いわゆるスパイである。戦闘班は多くの戦死者を出したが、兄は後者に属していて命拾いをした。その兄から「生き残った者の負い目」を聞かされたのは、ごく最近のことである。

 『帰還兵はなぜ自殺するのか』(デイヴィッド・フィンケル著、古屋美登里訳、2015/02/10亜紀書房)は、イラン・イラク戦争(1980~1988)から帰還してきた元兵士たちの痛々しい姿を、ペンタゴン(米国防総省)の自殺防止会議の調査報告に沿いながら明らかにしているが、胸が詰まって先へ読み進めない箇所が何か所もあった。
 上野千鶴子氏の書評(毎日新聞夕刊(2016/03/15)の一部分を紹介したい。

 「フィンケルの「帰還兵はなぜ自殺するのか」によれば、アフガニスタンとイラクに派遣された兵士は約200万人、うち50万人がPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみ、毎年240人以上の帰還兵が自殺している。ある日戦地へ行った夫が帰ってくる。夫は抑鬱(よくうつ)と暴力とで、人が変わったようになっている。妻には、愛する夫の変貌がどうしても理解できない。夫は精神科に通い、苦しみ抜いて、その苦しみから解放されるために死を選ぶ。米陸軍には自殺防止会議がある。自殺対策は軍の重要課題なのだ。海の向こうの話ばかりではない。日本でもイラク派遣の自衛官のうちすでに29人が自殺している。
 国民の平均自殺率を超える異常な数字だ。戦死者は出さなかったのに、自殺者を出したのだ。」

「ボディカウント」

 『戦争とデータ—死者はいかに数値となったか』(五十嵐元道著、中公選書2023/07)によると、ベトナム戦争においてアメリカ軍の代表的作戦である「索敵殲滅作戦」(後に「掃討作戦」と呼び替えられた)は文字通りゲリラを片っ端から殺害しようという作戦であった。そこで敵や味方の遺体の数を数える「ボディカウント」が軍事作戦の重要な指標として利用された。「アメリカ軍にとって、ボディカウントは数少ない明確で利用可能な統計データ」(p129)となる。

 そういえば、ヒトラー配下にあって600万にも及ぶユダヤ人殺害に関わったアドルフ・アイヒマンにとっても、600万人のユダヤ人には人権も家族も友人も恋人も将来の夢も喜びも悲しみもない単なる数値でしかなかった。しかも彼はただ「ヒトラーの命令に従った」だけであった。したがって彼は死刑判決が下された後も無罪を主張し続けたのである。

私は「人間」でありたい
 殺戮し殺戮される戦場の情景は「人間」には耐えられない。だから戦闘のさなかであれ帰還後であれ、人間として狂うのは人間であることの証明なのだ。
 私はひとりの人間であって、日本国家の付属物ではない。したがって「ボディ」として「カウント」される存在にはなりたくない。「神国日本」の政治体制を整え、「八紘一宇」という「正義」を実現させるために「滅私奉公」を絶対的な倫理として国民に強要し、東南アジア、中国大陸そして沖縄などで累々と「ボディ」の山を積み上げてきたかつての日本の歴史を、そのまま受け入れることはできない。「そのまま」というのは、「国家権力と私とを同一化させたまま」という意味である。

 私は人間でありたいので、国家とは距離を保ちたい。国家権力者が保守的であれ革新的であれ関係なく。現在、目の前で派閥争いを繰り返している権力者たちのために自分や家族の命を捧げられるかどうか、冷静に考えたい。 (2023/09/15)


2023.08.29  海洋放出という悪夢
        韓国通信NO727

小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)

 ついに汚染水の海洋放出が始まった。廃炉作業が一向に進まないうえに12年間に溜まった134万トン余りの汚染水入りの貯蔵タンクの光景に心を痛めてきた人は多い。だが放出すれば廃炉が進む保証はない。海にまで放射能汚染が広がるだけではないのか。

 政府、東電と漁業者たちとの約束は完全に無視された。繰り返された約束はそんなに軽いものだったのか。金をいくら積んでも約束を破ってよい理由にはならない。誠実さが微塵も感じられない安易な強行決着だ。
 問題は福島の海だけではない。日本の周辺、世界の海の汚染にわが国は責任を持てるのか。将来予想される「偶発債務※」は日本全土を売却しても間に合いそうにない。まさに売国的判断と言える。※将来の発生を見込んだ補填義務を債務として計上する会計上の処理
 NHKを始めとする大半のメディアは「海水で薄めたから安全」「汚染水ではなく処理水」と主張する政府の見解を繰り返すばかりで、放出を疑問視する国内世論と中国、韓国をはじめとする国際世論を非科学的な過剰反応と決めつける。
 放流された汚染水が将来にわたり魚介類、海藻等に与える影響を心配する専門家の知見も無視された。安全とはその場限りの放言に過ぎない。数十年後、岸田首相も私たちもこの世にいない。東京電力もあるかどうか。最終的に一体誰が責任をとるのか。世界的規模の未来に対する壮大な「つけまわし」を怖れる。

「今だけ、金だけ、自分だけ」
 新自由主義的風潮に対する警句の対象が、今や個人レベルを超えて世界に、特に大国に広がっている。ロシアとウクライナの戦争に端的に表れている自国の利益優先主義。
 今回の海洋放出もその例にもれず、自国の利益を優先させる身勝手で横着なふるまいと言える。「自分(自国)の利益をはかって何故悪い」と言われては返す言葉はないが、放流にせよ、正義の戦争にせよ、抑止力強化にせよ、その先には世界の破滅が待ち受けているのを無視した暴言と言える。
 汚染水はこれから数十年にわたり放出され続ける。事実が風化するおそれもあるが、「持続可能な社会」「地球環境を守る」を掲げる世界の運動のなかで、放流ストップの声は止むことはないだろう。地球村の声に逆行する政治は厳しく糾弾されるに違いない。

 組踊『肝髙(きむたか)の阿麻和利(あまわり)』
あまわり浪漫の会
<写真/「あまわり浪漫の会」ホームページより。肝高の阿麻和利とは - 現代版組踊 肝高の阿麻和利 公式サイト (amawari.com)>

 8月21日、妻と娘の三人で沖縄の中高生たちの舞台を鑑賞した。10年ほど前に沖縄のホールで、4年前に東京国立劇場で見たので今回で3回目だ。コロナで中断していた東京公演は溢れんばかりの熱気に包まれた。
 15世紀、勝連城(かつれんじょう)の城主だった悲劇の阿麻和利を英雄として蘇らせたミュージカル。若者たちのエネルギーに圧倒された。「今だけ、金だけ、自分だけ」とは無縁な若者たちのひたむきな姿から大人たちはどう生きるべきかが問われたように感じられた。公式サイトの閲覧をおすすめしたい。

<アジア版NATO同盟>
 キャンプデービッドで開かれた韓米日首脳会談で中ロ北朝鮮対日米韓の対立構造が決定的となった。専守防衛をかなぐり捨てた日本が実質的な軍事同盟に突き進んだと言われている。わが国が掲げてきた平和主義からは信じがたい状況が生まれつつある。
 南北朝鮮はかつてない挑発行為を繰り返している。米中対立が生んだ「台湾有事」は、わが国を巻き込んだ戦争を予感させる。戦争のためには敵国に対する憎悪が欠かせないと言わんばかりに、最近は悪人としてプーチン、金正恩、習近平がしばしば登場する。かつての「鬼畜米英」のスローガンが思い出される。太平洋戦争が始まるころの社会状況もこんな風だったのではなかったのか。

<ウクライナは正義か?>
 去る6月に地元で開かれた講演会でのこと。
 講師のウクライナ人でアメリカの大学教授がウクライナとロシアの歴史を語った後、世界の民主主義を守るためにはウクライナは絶対に負けられないと熱弁をふるった。ウクライナ支援の募金活動をしている国際交流協会主催の講演会である。内容は予想されたものだったが、会場にいた長崎の被爆二世という女性が立ち上がった。
 「どんな理由があっても戦争はしてはいけないというのが私の信念。戦争に勝つという立場ではなく、どうしたら戦争をやめることができるのか研究して欲しい」。会場からは期せずして大きな拍手が起きた。講師に対する拍手より大きく感じられたほど、多くの人たちの共感の拍手だった。
 単純に善と悪に分けて戦争を軽々しく考える風潮の中で彼女の発言に異論はなかった。戦争をさせない、やめせる努力が今ほど求められている時はない。平和こそ正義。偶発的に発射ボタンを押して全面戦争になる可能性さえある。抑止力で平和を維持する発想は危険この上ない。憎悪が戦争を生む。憎悪は何のために誰が作り出すのか。そのことを子どもたちにきちんと教えてあげられる大人でありたい。