2021.05.06 減紙続く新聞

生き延びる方策は?  

隅井孝雄 (ジャーナリスト、京都在住)

 先日私の家に読売新聞がやってきて、「今日から一週間新聞を無料配達させていただきます、よろしければ購読をお願いします」と言ってきた。しばらくして再度やってきた読売の人が購読を勧めた。私は出身が日本テレビだし、心が動いたが、すでに3紙購読しているので丁重にお断りした。“販売の読売”と言われるが、購読すると答えたらどんな景品がつくのかを聞きたかった。

日本の新聞の発行部数減が止まらない。
 2020年10月の調査(新聞協会)によると、新聞の全国総発行部数は3509万1944万部だった。日本の新聞の最盛期は1990年、その時は5367万5000部を記録した。30年間に、1858万3056(34.6%)が消えうせたことになる。
 主要全国紙の21年1月度の発行部数は次の通り。読売7,310,734, 朝日4,818,332. 毎日2,025,962, 日経1,946,825, 産経1,223,328(日本新聞協会ABC部数)(注:ABCとは新聞雑誌の実売部数を調査する第三者機関)。昨年同期比でみても読売58万部、朝日43万部、毎日28万部を減らしている。 .
 日本で情報メディアの雄として君臨してきた新聞も、今や経営危機にあえぐまでに至った。朝日新聞の場合2020年9月期の中間決算で419億円の赤字を計上した(前年同期は14億円の黒字)。社員の希望退職者100人以上日の募集を始めた。朝日以外も産経新聞や毎日新聞が19年に希望退職を実施しているほか、共同通信でも20年に自然減や採用抑制で式社員を300人規模で減らす方針を明らかにしている(ダイアモンド誌3/27)。
テレビ、新聞、雑誌、ラジオの4媒体広告費もインターネットの流れが強まった。2020年度ではマスコミ4媒体広告費2兆2536億円に対して、インターネット広告費は2兆2290億円と迫り、逆転目前とみられる。
 しかし私は新聞が今の苦境から脱出するカギは必ずあると思う。

 見習いたいニューヨーク・タイムズの電子化
 アメリカを代表する新聞、ニューヨーク・タイムズは2020年12月、電子版の有料購読者が前年比48%増、509万人に達したと発表した。1年間で166万人増えたという。アプリや紙媒体を含めると総有料購読者は750万人をこえる。
 「新型コロナウイルスの感染拡大や米大統領選を通じて、米国民の間で信頼できる情報や質の高い報道への関心が高まったことが有料読者の拡大につながった」といわれる(2/5日経新聞)。またトランプ元大統領に対する批判の姿勢に揺るぎがみられなかったことも、信頼感の要因となったとみられる。
2104ニューヨークタイムズ
 ニューヨーク・タイムズ電子版、(読売新聞電子版より)
  私は1986年から1999年までニューヨークに滞在していたが、そのころのニューヨーク・タイムズは100万部前後を推移する“ニューヨーク地方紙”にすぎなかったことを考えると、隔世の感がある。今は全国紙というより、全世界紙といえるかもしれない。
 ニューヨーク・タイムズは2008年のリーマンショックの際、広告収入がガタ減りし、経営危機に陥った。その際本社ビルの一部を売却して凌いだ。そして2011年有料電子版の発刊をスタート、編集局の体制を、紙媒体の編集、印刷、発送、配達の体制から、電子版中心のデジタル体制に全面切り替えをしたことが今日の成功につながった。

 記者の数も、1,550人(2019年4月)から1,700人(2020年4月)に増強、また、2020年第2四半期には、電子版の売り上げ(購読料と広告収入)が紙媒体を初めて上回った。(2020.12.22文春オンライン)。編集面でも読者の知りたいこと、読者に知らせたいニュースを満載し、特ダネも相次いでいる。
 日本では日経新聞が電子版で最も成功しているといわれている。電子版読者数は76万244件と発表した(1/15 日経オンライン)。紙媒体との合計は275万3376件。朝日新聞も電子版拡大に力を入れているが有料読者は32万件にとどまっている。

世界ですすむIT企業の報道記事対価支払い
 オーストラリア議会は2月25日、米グーグルやフェイスブックなどIT大手に対し「ニュース記事使用の対価の支払いを求める法案」を採択した。
 グーグルやフェイスブックは当初反発していたが、法案の一部が修正されとことから妥協が成立した。グーグルはオーストラリアで発行しているニューズ・コーポレーションなど主要メディアと記事使用料の支払いを合意、フェイスブックも報道機関に対価を払う「フェイスブック・ニュース」を英、米で開始するとともに、オーストラリアでも一部メディアとの間で支払いを合意した(2/25時事通信)。
2104豪支払い系統図
オーストラリアの記事支払い料系統図、(毎日新聞3/26より)
 EU閣僚理事会では2019年の著作権改正案の採択の際、IT大手がニュース記事を掲載する場合、公平な使用料をメディアに支払うよう義務づけた。それに基づき、グーグルはフランスの報道各社と交渉し、メディアの発行部数と、サイトの月間閲覧数などを参考に支払金額を決定することで合意している(1/22日経新聞)。
 米国では「大手ITのような民間企業が国家に脅しをかけることは、独占企業のおごりにほかならない」(米エイミー・クロブシャー民主党上院議員)との声が上がった。米国議会では超党派の議員による「ジャーナリズム競争・保護法」が提出された(3/10)。報道機関に対し記事配信料に関する大手ITとの集団交渉を認める内容だ。IT大手マイクロソフトが同法案への支持を表明したことから、可決の機運が高まっている。英国やカナダも同様な法案を検討しているようだ(4/22毎日新聞)。

終わりに一言
 数多くの専門記者が日夜隈なく取材し、真実に迫り、豊富な情報を届けている報道機関は社会にとって欠かせない機能だ。
 海外では新聞を重要な基幹メディアとして守る動きが活発だ。新聞のオンライン化が急速の進み、しかもIT大手の広告収入を注入することで、新聞の機能を守っていこうという動きも見て取れる。
 日本でも新聞の衰退を黙って見過ごすのではなく、重要な社会機能の一環として見直すとともに、新聞企業自体も海外メディアにならい、電子化を一層進めることが求められる。

2021.04.30 自粛要請を拒否して外出しよう、大型連休を楽しもう
緊急事態宣言は問題だらけだ

岡田幹治(ジャーナリスト)

 新型コロナウイルス対策として3度目の緊急事態宣言が4月25日、東京都・大阪府など4都府県に発令された。政府と4都府県は5月11日までの17日間、住民に不要不急の外出自粛を要請するとともに、幅広い業種に休業を要請し、人出を抑えるという。
 しかしこの要請は、以下に列挙するように問題だらけだ。
1 3月下旬に始まった感染拡大(第4波と呼ばれているもの)は宣言が必要なほど大規模な流行ではなく、しかもすでにピークを越えつつある、
2 宣言に基づいて実施される措置に感染拡大を防ぐ効果はほとんどないと考えられる、
3 一部の都府県や日本医師会が医療逼迫を解消する努力をしないで、住民や事業者に我慢を強いるのは責任のすり替えだ、
4 住民の生活・健康・教育・経済・文化などに与える悪影響はきわめて大きい。
 このような問題を抱える要請に応じる必要はない。新緑が爽やかな季節に、小池百合子東京都知事が呼びかける「徹底したステイホーム」を実行して家に閉じこもっていれば、心身の健康を損なってしまう。
 要請は拒否し、積極的に外出して日光を浴びよう。大型連休を楽しもう。休業要請に応じず、平常通り営業する飲食店も出ている。

大阪府などの感染拡大は峠を越しつつある
 まず最近の感染拡大について説明しよう。
 長らく感染症を研究してきた川村孝・京都大学名誉教授(疫学)によれば、大阪府で感染者が急増したのは、冬の流行時に感染した人が比較的少なく、いま国内に広がりつつある変異株に感染する余地のある人(免疫が弱い人など)が比較的多かったためだ。その大阪府でも新規感染者は4月中旬にはほぼ天井に達しており、間もなく減少に転じるとみている。
 大阪府の場合、新規感染者(PCR検査の陽性者)が何度も過去最高を記録したが、これはPCR検査を受ける人が3月下旬から急増したことが影響している。
 PCR検査には、①咽頭などに新型コロナウイルスが存在しているだけで感染はしていない人も陽性になり、感染者と数えられる、②陽性者数は検査数に左右される、③検査から発表まで1週間以上かかるので、発表される陽性者数は1週間以上前の状況を示しているにすぎない、などの問題がある。
 このような問題を抱える感染者数(陽性者数)に振り回されているから、状況を正しく判断できないのだ。
 一方、東京都の感染状況について川村名誉教授は、そろそろ天井に達しそうな段階とみている。こちらは冬の流行時に多くの人が感染しており、その人たちは変異株に対しても免疫をもっているため、感染が大阪府のように拡大することはなさそうだ。
 今回の緊急事態宣言について小池知事らが強調したのは「変異型ウイルス(変異株)の脅威」だ。確かにいま国内では、従来のウイルス(欧州型と呼ばれるもの)から変異株(英国株、南アフリカ株、ブラジル株など)への置き換わりが急速に進んでいる。
 これらの変異株については、感染力や重症化率が従来株より高いのか、従来株でできた免疫をすり抜ける性質をもつか、従来株を標的につくられたワクチンは効くのかなどをきちんと調べる必要があるが、根拠もなく恐れるのは適切ではない。
 英国株についていえば、重症化率が従来株より高いという研究の一方で、重症化率も死亡率も従来株とほとんど同じという研究も4月12日の医学誌に発表されている。
 そもそも新型コロナで日本は、感染者数も死亡者数も人口比では欧米諸国より桁違いに少ない。このことは変異株についても変わらないはずだ。

実施される対策に感染抑止効果はあるのか
 そもそもロックダウン(都市封鎖)や緊急事態宣言のような社会的措置は、感染症の流行の拡大速度をいくらか抑えるだけで、流行の規模(感染者総数)を小さくすることはできないことが経験的にわかっている。
 そのことが新型コロナでも明らかになったという趣旨の記事を米紙ウオール・ストリート・ジャーナルが載せている(3月15日の「ロックダウンはそれだけの価値はなかった」)。
 新型コロナの感染拡大が始まって1年余り経った時点で検証すれば、厳しいロックダウンを実施した欧州連合(EU)の国々とロックダウンを実施しなかったスウェーデンとで、人口あたりの死亡率はほぼ同じだった。米国では、何の対策も取らなかったジョージア州の死亡率は、対策を取った他の州と実質的に同じだったと記事は伝えている。
 日本でも同様の結果になっている。たとえば今年1月からの2度目の緊急事態宣言では、宣言の対象になった「東京都・大阪府など11都府県」と「その他の道県」で新規感染者の減少ぶりがほとんど変わらなかった。
 人間が感染の拡大や縮小を制御できるという人間中心の考え方は、ウイルスの世界では通用しないことを知らなければならない。
 今回の緊急事態宣言は幅広い業種に休業を求めたのが特徴だ。酒類やカラオケを提供する飲食店だけでなく、デパートやショッピングセンターから映画館までが対象になった。スポーツなどのイベントも原則無観客にするよう求めている。こうして人出そのものを抑制するというのだが、それが本当に感染を抑制する効果をもつのか、科学的な根拠は示されていない。
 大阪府内で発生したクラスター(感染者集団)について感染者の割合をみると、圧倒的に多いのは「高齢者・障害者施設」(42%)と「医療機関」(34%)だ。以下「学校関連」(10%)、「企業・団体」(7%)が続き「会食カラオケ」は3%、「飲食業」は2%に過ぎない(3月31日公表資料)
 またデパートやショッピングセンターでも、プロ野球やJリーグの観戦でもクラスターが発生したという報告はない。
 このような事実を踏まえると、今回の対策に感染防止効果があるとは考えにくい。

医療逼迫の責任を国民にすり替えるな
 大阪府の吉村洋文知事や東京都の小池知事は医療の逼迫を理由に緊急事態宣言を政府に要請したが、これは自らなすべき努力をしないで住民に我慢をしいるものであり、責任のすり替えだ。
 内外の医療事情に詳しい森田洋之医師(南日本ヘルスリサーチラボ代表)によれば、大阪府などの医療逼迫は国内の医療資源を有効に活用すれば解消できるものだ。
 いま全国には約150万の病床があるが、そのうち新型コロナの患者を受け入れているのは6万床(4%)に過ぎない。重症患者に使われる人工呼吸器は全国に推計4万5000台あるが、そのうち4月18日時点で新型コロナに使われているのは414台(1%弱)、ECMO(エクモ、人工肺のようなもの)は2200台あるが、新型コロナに使われているのは44台(2%)に過ぎない。
 このような医療資源を状況に応じて新型コロナ患者に使うようにすれば、医療の逼迫は解消する。たとえばこんな具合だ。
 大阪府と兵庫県は4月14日時点で重症者向けに確保した病床の65~66%が埋まっていた。しかし、隣接する奈良、和歌山、岡山、鳥取など7県には合計287病床もありながら、重症者は4人にすぎなかった。大量の病床が未使用だったのだ。
 そういう状況なら、ヘリコプターで患者を隣県に運んでもいいし、医師や機材を一時的に応援してもらうこともできるはずだが、大阪府も兵庫県もそういう努力はしていない(「東洋経済オンライン」4月22日)。
 本稿の冒頭で挙げた四つ目の論点(対策によって生活や経済に大きな悪影響が出ること)については詳しく述べる必要もないだろう。
 大型連休がかき入れ時の飲食業や観光業は、2年連続で大きな打撃を受ける。「母の日商戦」でにぎわう時節でもあるデパートやショッピングセンターへの影響も深刻だ。
 影響は働く人たち、とりわけ非正規雇用の人たちに及んでくる。
 第一生命経済研究所の永浜利広・主席エコノミストが昨年4月の緊急事態宣言時の影響を当てはめて試算したところ、個人消費が5200億円程度失われ、国内総生産(GDP)が4400億円程度減少し、3か月後に失業者が約2万5000人増えるという結果になった。

要請に応じないで平常通り営業する飲食店
 スウェーデンで新型コロナ対策の指揮をとる疫学者アンデシュ・テグネル氏はロックダウンについて「壁にとまったハエをハンマーで叩いて殺そうとするようなもの」と語ったことがある。ロックダウンが感染防止にはそれほど役立たない一方、生活や経済には破壊的な影響を与えることを説明したものだ。
 その言い方を借りるなら、日本の政府と自治体は「ハエはそれほどいないのに、ハンマーで壁を叩き続けている」ということになる。
 そんな対策は不当で理不尽だと思いながらも「お上には逆らえない」と要請に応じる企業や事業主がほとんどの中で、要請に応じない飲食店もある。
 その一つ、首都圏を中心にイタリアンレストランなどを展開するグローバルダイニング(本社・東京都港区)は、感染防止対策をとった上で緊急事態宣言中も酒を出し、午後8時以降も営業を続ける方針だ。
 同社は1月に緊急事態宣言が発令されたときも、営業を平常通り続けた。その理由を当時、長谷川耕造社長は次のように説明している――。①「緊急事態」とは国民の生命・健康・財産・環境に甚大な被害が発生する事態だと認識しているが、現状が緊急事態だとは思えない、②ロックダウンを徹底している国々で感染が下火にならず、「営業時間の短縮」や「休業」が感染をコントロールする効果がないことは世界規模で証明されている、③医療崩壊が本当に起きているのか疑問だ、④現在の行政からの協力金では事業と雇用を維持していくのは無理だ。
 3カ月後のいまでも、ほぼそのまま通用する主張だ。同じような事業者が次々に出てくるとよいと思う。
なおグローバルダイニングは3月、同社が運営する26店に対して東京都が時短命令を出したことについて、「営業の自由を保障した憲法に違反する」などとして東京都を提訴し、裁判で争っている。
 不当で理不尽な外出自粛要請を拒否したいのは住民も同じだ。東京都に住む私は、宣言期間中も普段と変わらないように外出し、大型連休中に県境を越えた小旅行を計画している。

2021.04.28 コロナと渋沢栄一
韓国通信NO667

小原 紘 (個人新聞「韓国通信」発行人)

 NHKの大河ドラマ『晴天を衝け』の主人公、渋沢栄一が脚光を浴びている。
 幕末から明治大正にかけて活躍した豪農出身の実業家。「日本の資本主義の父」、新1万円札の肖像に採用されることもあって視聴率も結構高い。
 先日旅行した福島県白河の南湖公園には、渋沢がこの公園を築造した松平定信を尊敬していた縁なのだろう、渋沢の肖像を染め抜いたノボリが立っていた。翌日に立ち寄った那須では、別荘開拓にかかわった渋沢をちゃっかりと観光ポスターに取り込んでいた。彼が設立・育成した企業は500にのぼる。他に多くの教育・社会事業に関わったので全国各地で渋沢ブームが起きているのかも知れない。
 私が住む町でも6月に渋沢栄一をテーマに文化講演会が開かれる。
 朝鮮銀行の創設に関わった渋沢は日韓併合前に使用された第一銀行券に登場していた。左写真(紙幣には日銀券と交換可能と記されている)。
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 わが国の紙幣に登場した伊藤博文、福沢諭吉が朝鮮侵略との関係を指摘されるなか、貨幣発行権を握った第一銀行の頭取だった渋沢が福沢諭吉からバトンタッチして新一万円札に採用されることに韓国の人たちは反発する。
 「資本主義の父」と、もてはやされる渋沢は、琉球処分、日韓併合、日清戦争、日露戦争とともに歩んだ。彼が企業に道徳を、教育に人間性を説いたとしても虚しい。混乱と退廃の極みにあるわが国の惨状を見ればわかるだろう。そこへ新型コロナが襲った。果たしてドラマから学ぶものがあるのだろうか。
 「息ができなくて死にそうだ」。警官に殺されたジョージ・フロイドの叫びが日本中から聞こえてきそうだ。食事もなく、住む家もなく、仕事のない人々を前に大河ドラマは何を語ろうとするのか。コロナ対策に「命と経済のバランス」をとぬけぬけと言い放つ政治家に迎合してNHKは資本主義の夢を国民に見続けさせようとするのか。

<資本主義は地球を滅ぼす>
 21世紀の政治と経済の仕組みに正面から挑戦した斎藤幸平著「人新世の『資本論』」に勇気をもらった。共産主義の失敗、資本主義の一人勝ちが喧伝されてから久しい。マルクスも資本論も時代遅れと言われるなか、トマ・ピケティの『21世紀の資本論』が注目され、所得格差を資本論から読み解き話題になったのは記憶に新しい。斎藤は一歩進めて、地球環境と経済と政治の刷新を説く。利潤追求を至上とする資本主義が地球を滅亡させようとしている。経済成長を求める限り気候変動は止まらない。環境問題に対する世界の潮流、国連のSDGsの欺瞞性をマルクスの経済理論と哲学から論じた前半は説得力に溢れる。
 資本主義は先進国だけの問題ではない。グローバル・サウス(南)の資源と労働への視点が重要だという。国際連帯の視点である。資本主義は深刻な貧富の格差を生み、収奪される国に貧困をもたらした。ロシアや中国も経済成長を追い求める点で変わりはない。
 脱成長は人類の進歩に逆行するどころか、持続可能で公正な社会づくりを目指す。経済成長信仰に染まった人間には衝撃的である。
 人類に共通する目標は、信頼と相互扶助を基礎とした世界市民の下からの活動と、国家を巻き込むことによって実現される。決して夢物語、理想論ではない。手遅れになる前に世界市民が連帯を求めて一人ひとりが立ち上がること、小さな実践の積み重ねが不可欠だ。
 著者は世界が経済成長神話から抜けだすことに希望を託し、地球村を脱成長のコミュニズムに変えることを提唱する。<写真/表紙カバー集英社新書定価1020円+税>
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 やや難解な用語のため読むのに苦労したが、論旨は明快。
 人のいのちと経済成長を天秤にかける政治がはびこるわが国で、脱成長を主張するのは困難に見えるが、ひるんではいられない。新型コロナウイルスは破壊された環境、生態学的帝国主義から生まれた。スウェーデンのグレタ・トゥンベリの言葉を私たち大人は胸に刻みたい。資本主義と経済成長が根本から問われる時期に、NHKが渋沢栄一を登場させた目的と狙いは何だったのか。

<メディアが日本を亡ぼす>
 最近のメディアには一方的な報道が多すぎる。事実を知らせるのは基本だが、検証と公平さが必要だ。特に北朝鮮と韓国と中国関連とコロナ報道は要注意。
 「徴用工問題」「従軍慰安婦問題」「尖閣」の政府発表は視聴者に敵対感情を吹き込むだけだ。政府は「すべて解決済み」、「主権免除」、「固有の領土」を主張するが、あまりにも一方的だ。外交交渉もせず異常な対立状態が続く。聞きようによっては戦争も辞さない姿勢に映る。政府の主張に問題点はないのか。「主権免除」は国際常識であり、韓国の判決は非常識なのか。嫌韓、反中の潮流の中でメディアの果たす役割は大きい。メディアは冷静であるべきだ。

 話を振り出しに戻そう。日朝修好条規(1876)という不平等条約締結の2年後に釜山支店を開設した第一銀行は朝鮮内に次々に支店を開設して金融面での植民地化を進めた。第一銀行を引き継いだのが韓国銀行、後の朝鮮銀行だ。渋沢は植民地銀行の頭取就任を希望するほど朝鮮支配に深く関わった。その人物を紙幣の象徴でもある1万円札に起用する非常識さ、日本人の歴史認識があらためて問われはしないか心配だ。
 先ごろ発表された世界の報道自由ランキングは1位下げて67位だった。自由な議論もタブーとなった観もある。私たちは暗闇の時代に住んでいるようだ。

2021.04.14 原発汚染水の海洋放出は許さない
韓国通信NO666

小原 紘 (個人新聞「韓国通信」発行人)

 菅首相は福島原発の汚染水の海洋放出を13日に正式決定した。
 貯蔵が限界に達しているとの判断に加え、復興オリンピック、総選挙を控え、貯蔵タンクの存在が目障りになってきた。廃炉の見通しがないまま、東京電力の都合を優先させる。
 福島の漁業者たちが風評被害を心配して放出に反対するのは当然だ。NHKテレビは連日、既定事実のように政府の方針を伝えている。

<問題の本質は「風評被害」ではない>
 風評被害の懸念に対して海水で薄めれば安全という御用学者と、IAEA(国際原子力機関)のお墨付きで説得するのは乱暴すぎる。
 汚染水にはトリチウム、ストロンチウム、ヨウ素などの放射性核種などが含まれている。体内に取り込まれると遺伝子を傷つける恐れが無視されている。根も葉もない噂(風評)で、福島の水産業が損害を被るという簡単な話ではない。さらに世界の海洋環境汚染からも決して許されるものではない。
 史上最悪の原発事故の後始末である。経費も時間もかかるのを覚悟しなければならない。タンクの増設、長期貯蔵の後、地中への埋設を求めた漁業関係者の主張に政府は耳を貸す気はないのか。国も東電も安易で拙速な汚染水の海洋放出を断念すべきだ。

<高まる政治不信>
 今回の放出計画はあまりにも身勝手で無責任だ。長期政権を目指した安倍政権による五輪招致は、復興を演出するための政治利用だった。遅々として進まない復興の現実に新型コロナが追い打ちをかけ、野望は打ち砕かれようとしている。聖火は汚された。再び福島が切り捨てられようとしている。
 コロナ対策のやる気のなさと不手際を棚にあげておいて、政府は新型コロナワクチンの接種状況を把握するためにマイナンバーを活用しようとしている。まさに噴飯もの。コロナと政治不信が引き起こした不安と混乱。
 貧困層を直撃したコロナが映し出した社会は弱肉強食の世界だ。経済弱者を救済するどころか生活保護制度の改悪、年金の引き下げが行われ、消費税の引き上げさえ取りざたされる。「国民のいのちと生活を守る」菅政権の正体を見た。

 韓国の文政権が公約の実現を問われ、支持を下げた。来年の大統領選挙で守旧派が政権を奪還すれば日韓関係が改善すると喜ぶのは見当違いも甚だしい。誰が大統領になっても韓国は慰安婦問題、徴用工問題については世界の世論を背景に一層厳しい態度をとるに違いない。もちろん汚染水の海洋放出にも断固反対だ。
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<写真/国連の特別報告官の「海洋放出反対声明」の記事とともに市民団体のアピール行動「海に国境はない」が紹介された。ハンギョレ新聞3/12記事>
 隣国のことを心配するより、嘘と権力への忖度に溢れた日本社会こそ民意によって変える必要がある。わが国の若者たちの奮起に期待したい。

2021.03.29  「原発再稼働に固執する菅内閣を打倒しよう」
          福島原発事故10年、さようなら原発首都圏集会

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 東京電力福島第一原発の事故から10年を経た2021年3月27日(土)午後1時30分から、東京の日比谷公園大音楽堂で「3・27福島事故10年 さようなら原発首都圏集会」が開かれた。さようなら原発一千万署名市民の会の主催。集会では、事故から10年後の今も福島県ではなお多数の避難民が故郷に帰還できないでいる現状が報告され、「こうした悲惨な状況に目を向けずに原発再稼働を推進する菅内閣を許せない。市民の力で菅内閣を打倒しよう」の声が相次いだ。

 同市民の会は、東電福島第一原発の事故以来、毎年3月に東京で、さようなら原発全国集会を開いてきたが、昨年は新型コロナウイルス感染拡大のため中止せざるを得なかった。市民の会内には「今年も中止したら」という声があったが、「やはり、コロナ禍のもとでも脱原発の声を挙げねば」として、規模を縮小した「首都圏集会」を開いた。

 会場の日比谷公園大音楽堂は定員2600人。会場側から「コロナ対策上、密を避けるために入場は1300人に」と要請され、このため、市民の会は労働組合による組織的な動員を控え、市民の自主的な参加に委ねた。開会前から、一般市民、労組関係者、生協関係者らがつめかけ、会場の席はほぼ埋まり、入れなかった参加者が会場外に溢れた。市民の会発表の参加者数は約1500人。
「原発再稼働に固執する菅内閣を打倒しよう」
「会場は開会前から参加者で埋まった」

 まず、集会で主催者あいさつをした、市民の会呼びかけ人の1人でルポライターの鎌田慧さんは「原発事故によって畑や家や家畜を失い、逃げ惑った人が沢山いる。自殺した人もいる。そして、今なお避難先からふるさとに帰れない人たちが4万もいる。こうした悲惨な状況が未解決なのに、政府は反省しないどころか、原発をやめようとしない。原発問題はあらゆる面で行き詰まっており、原発はいらないという人は今や国民の80%に達する。いまこそ、一刻も早く原発をなくさなくてはいけない」と述べ、菅内閣の打倒を呼びかけた。
 さらに、先ごろ、国際社会で核兵器禁止条約が発効したことに触れ、次は原発を禁止する条約をつくらなければ、と述べた。

 杖を突きながら登壇した、呼びかけ人の1人で作家の澤地久枝さんは「わたしは昨年9月で90歳になった。命がある限り、反原発を人びとに訴えたい。とくに若い人たちに話しかけたい」と切り出し、「かつて、(ベ平連の)小田実は、何事も1人から始めよう、と言った。1人ひとりが運動を始めれば、人が人を呼び、やがて大きな運動になる、というのです。皆さん、まず、1人から始めましょう」と訴えた。
 さらに、「わたしは原発を推進する人に憎しみを持っている」「核兵器を禁止するには国際的な条約が必要だが、原発は、その国の首相が、原発をやめますと言えば、直ちにやめられます」と政府に決断を求めた。

 その後、脱原発運動を進めている団体の代表から発言があったが、福島原発刑事告訴団事務局長の地脇美和さんは、福島県では原発事故で避難させられた人たちが今なお厳しい生活を余儀なくされている実情を報告し、「福島は、とてもオリンピックどころではない」と訴えた。

 原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟会長・城南信用金庫名誉顧問の吉原毅さんこう述べた。
 「かつて、私は原発に賛成だった。政府も電力会社も大学の恩師も、原発はコストが安く、クリーンなエネルギーで、絶対安全だから、と言っていたから。でも、3・11の事故でこれがウソとわかり、反省した。で、原発はやめなくてはいけないと、元首相の小泉純一郎さん、細川護煕さんらと原自連をつくった。そして、野党に要請して原発ゼロ法案を国会に提出してもらった。原発をやめてクリーンエネルギーに転換すれば、かえって日本経済は発展する。なんとしても、この法案を通したい」
 「脱原発は、右も左も関係ない。今や、細川さん、村山富市さん、小泉さん、鳩山由紀夫さん、菅直人さんという5人の元首相も原発ゼロの立場だ」

 この後、菅直人・元首相が飛び入りで演壇に現れ、「人間がつくったものは、人間がやめさせることができる。原発ゼロ法案が通れば、原発はなくなる。来たる総選挙では、原発ゼロ法案に賛成する候補者に1票を」と訴えた。

「原発再稼働に固執する菅内閣を打倒しよう」
「会場演壇から、東海第二原発運転差し止め訴訟での勝訴を報告する原告団の人たち」

 今月18日に水戸地裁における東海第二原発運転差し止め訴訟で勝訴をかちとった訴訟原告団も登壇し、共同代表の大石光伸さんが「これは、社会の常識に基づく判決で、前田英子裁判長の英断によってもたらされた」と報告、「私たちの闘いが福島の人たちへの支援につながれば、と願っている」と述べた。

「原発再稼働に固執する菅内閣を打倒しよう」
「閉会直前、参加者たちは一斉にカードを掲げた」

 集会後、参加者は銀座をデモ行進した。
2021.03.26 桜の花見で思うこと
          見るべきは花だけなのか?

杜 海樹 (フリーライター)

 柿本人麻呂の歌集に「桜花 咲きかも散ると 見るまでに 誰れかもここに 見えて散り行く」という歌がある。およその意味としては、桜の花が散り始めると人々も散るように居なくなってしまうというものだ。この歌は、桜の花そのものではなく、花を見に来た花見客の様子に注目した歌として非常に興味深いものと受け止めている。
 
 美しい花が咲き誇れば、人間に限らず蜂や蝶といった虫たちもたくさん集まるであろうし、食べ物でもよい香りが漂えば人集りができるのは当然のことだ。よいものを目前にすればパッと集まり、用が無くなればパッといなくなるというのは世の常であろう。しかし、この桜花の歌が指し示したかったことは少し別のことだったのではないだろうか?と僭越ながら想像してしまうのは私だけであろうか?
 杜桜写真(1)

 確かに花が散ってしまえば花見も興醒めとなり人々は花弁が散るように家路へと散っていくのは当然のことであろう。しかし、裏を返せば、花が咲かなければ人々は桜の樹には集まってはこない、花が散れば人々は桜の樹には集まってはこない、花が咲かなければ桜の樹には価値はないのか?といった投げ掛けが歌から聞こえてはこないだろうか。
 
 桜の樹は当然のことだが、他の植物同様に根があり幹があり葉がある。花が咲くのは春先の一時だけであり他の時季に花が咲くことはない。しかし、花が咲かない時季だからといって桜が桜でなくなるということは決してない。むしろ、花の咲かないシーズンに光合成で養分を蓄え、根を張り、年輪を太くし樹木としての成長を遂げていく。そして、体力をつけた大きな樹木になってこそ見事な花を咲かせることができるのだと言えよう。
杜桜写真(3)

 桜の花というものは確かに美しいが、それは桜の樹が生み出した一つの結果に過ぎないのであって、桜の樹の本質は樹の根や幹にあるのであろう。それを花だけ見ては帰ってしまい肝心の樹の本質を見ようとしていないとしたら、それは非常に勿体ないことではないかという問いかけが聞こえてはこないだろうか。花が咲くという一つの結果にだけ目を奪われ、桜という存在そのものへの無関心が実は広まってはいないだろうか。
 杜桜写真

 桜は植物の中でもかなり変わった特徴をもっている。第一に多くの桜は葉が出るより先に花を咲かせるという目立ちかがり屋であること。第二に「クマリン酸」という甘い香りのする抗菌有毒成分を葉に含み、落葉とともに下草を生えさせないようにする生存戦略を持っていること。第三にソメイヨシノのように人間に接ぎ木をさせてクローンとして生き長らえ繁栄している樹があること、等々だ。こうした桜の生存戦略の謎に向き合うことにも意味はあると思う。
 
 桜花の歌は、桜を通して物事の表面上の華やかさだけに目を奪われることのないよう注意喚起しているのではないだろうか?そして、桜だけではなく、スポーツでも学問でも仕事でも何にでも当てはまることなのではないだろうかと。どんなスポーツとて五輪で金メダルを取らなければスポーツではないなどということは決してないし、学問とて大学教授にならなければできないなどということはない。為すべきこと、見るべきことは生活の中に常にあり続けているのではないだろうか。
杜桜写真(4)

2021.03.22 「生協、お前もか」。幹部が取引先からゴルフ接待
           コープこうべ、組合長と常務理事を解職
                  
岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 「生協、お前もか」。3月7日付の日本経済新聞朝刊社会面に載った2段の記事が目に入った時、私は心の中でそう叫ばずにはいられなかった。そこには、生活協同組合「コープこうべ」(神戸市)の組合長らが、取引先の企業から長期間にわたってゴルフ接待を受けていたため、内部規定違反として解職された、と報じられていたからである。コープこうべと言えば、戦前から約100年にわたって日本の生協運動をリードしてきたわが国きっての模範生協である。時あたかも、総務省の幹部官僚たちが通信・放送関係の企業から接待を受けたと追及されている真っ最中。「公正」を旗印とする生協運動に長いこと関心を持ってきた者としては、軽視できない不祥事だ。

 コープこうべは神戸市東灘区に本部を置く生協で、組合員は171万人。
 コープこうべが3月6日に発表した「組合長の解職についてのお知らせとお詫び」によると、同月5日に開いた理事会で、木田克也組合長と榎本裕一常務理事を5日付で解職したという。
 そのことについて、「お知らせとお詫び」は「木田氏と榎本氏は、当生協の常勤役員等服務内規ならびに接待に関する内規に反する行為があり、今後の業務執行に問題が生じると判断がいたしました」と述べ、内規違反の内容については「職員からの内部通報を受け……調査の結果、木田氏と榎本氏は2018年8月から2020年12月の間、20回以上にわたり取引先からゴルフの接待を受けているにもかかわらず、所定の手続きがなされていないことが判明しました。また、出張先にてゴルフの接待を受ける予定であることを隠匿し、虚偽の行程表を提出し常勤理事会の決済を受けていたことも判明しました」としている。

 日経の記事には「(コープこうべの)内規では、接待を受ける際は昼食代程度とし、事前と事後に申告するよう定めている」とある。また、3月7日付の毎日新聞電子版は「組合長は27回、常務理事は29回、組合が取引する約20事業者からゴルフに招かれ、業者がプレー代金を支払っていた。出張先の北海道や宮崎県など国内各地のほか、タイでプレーしたこともあった。代金は1回あたり『最低2万5000円くらい』(山口理事長)という」と報じている。

 経済取引にからんでのゴルフ接待。これが営利を目的とする株式会社同士のことなら誰も問題にしないだろう。しかし、今回のケースは、非営利を原則とする経済・社会団体の生協の役員が取引先からゴルフの接待を受けていたというものだから、メディアもこれは問題だとして取り上げたものと思われる。

 生協の基本は「公正」「正直」「誠実」
 協同組合の世界的な組織である国際協同組合同盟(ICA、本部・ジュネーブ)は1995年の第31回ICA100周年記念マンチェスター大会で「協同組合のアイデンティティに関するICA声明」を採択したが、そこには「協同組合は、自助、自己責任、民主主義、平等、公正、連帯という価値を基礎とする。協同組合の創設者たちの伝統を受け継ぎ、協同組合の組合員は、正直、公開、社会的責任、他人への配慮という倫理的価値を信条とする」とある。要するに、協同組合は「公正」や「正直」に徹すべし、というわけである。

 「ICA声明」が採択されるまで、ICAでは、協同組合のアイデンティティをどう規定するかをめぐり、長期間にわたって議論が交わされた。その過程で、私が最も印象に残っているのは、1988年の第29回ストックホルム大会で、当時のL・マルコスICA会長(スウェーデン)が提起した協同組合の基本的価値だった。マルコス会長は、協同組合の基本的価値として①参加②民主主義③誠実④他人への配慮、の4つを挙げていた。
 私は驚いた。協同組合の基本的価値の1つが「誠実」とは。経済的な活動する団体で活動のモットーとして「誠実」を掲げたところなんて、それまで出合ったことかなかったからである。私は、マルコス提案に大いに感激し、共感した。

 こうしたICAでの論議を見てきた私は、生協とは、「公正」や「正直」、そして「誠実」を基礎とし活動する市民組織なんだ、と思うようになった。そして、人びとが「健康で文化的な生活」を営むことができる社会を実現させるためには、こうした市民組織が増え、供給高が増すことが望ましいと考えるようになり、その発展を願うようになった。

 日本における生協組合員は3000万人近くになり、その70%以上が地域生協の組合員で、その世帯加盟率は38%に達する。今や、日本最大の消費者団体である。
 これも、日本の生協が「協同組合のアイデンティティに関するICA声明」にうたわれている、自助、自己責任、民主主義、平等、公正、連帯という価値を基礎とし、正直、公開、社会的責任、他人への配慮という倫理的価値を信条とする活動を続けてきたからではないかというのが、私の見方だ。それだけに、今回の、コープこうべの一部役員の不祥事は、生協への信頼を損ないかねない重大な事態と私に映ったわけである。

 しかも、不祥事を起こしたコープこうべが、日本ではもっとも由緒ある名門の生協だったことが、私のショックを倍加させた。
 コープこうべの前身は、1921年に発足した「神戸購買組合」である。設立で中心的役割を果たしたのは“生協の父”といわれるキリスト教社会運動家の賀川豊彦であった。その後、「神戸消費組合」と改称。戦後、生協法施行により「神戸生協」と改称するも、1961年に灘生協と合併して「灘神戸生協」となる。さらに、1989年に「コープこうべ」と改称した。今年は、発足から100周年にあたる。
 生協の全国組織は、1951年に結成された日本生活協同組合連合会だが、これまでに10人の会長を輩出している。うち7人が、コープこうべの出身者。現行の会長もコープこうべ出身者である。こうした一例からしても、コープこうべが、これまで日本の生協運動の中で占めてきた位置と役割が分かろうというものだ。つまり、日本の各生協は、コープこうべを模範と仰いで活動してきたと言っても過言でない。

 相次ぐ模範生協の不祥事に驚き
 それだけに、私が今回の不祥事から受けた衝撃は大きかったわけだが、私のショックを倍加させた要因は他にもあった。それは、最近の、もう一つの生協の不祥事である。
 それは、2019年11月初めのことで、東北の新聞各紙で報道された。その内容は、みやぎ生協(仙台市)の理事長が、私的な飲食費を、取引先との飲食などに使う「渉外費」として不適切に決済していたことへの責任をとり、理事会で辞任の意向を示した、というものだった。つまり、生協のトップが、取引先との関係で使う生協の予算を、私的な飲み食いに流用していたというのだ。
 内部通報で明らかになったというが、報道では、理事長1人、もしくは経理部長と2人での私的な飲食を「渉外費」として決済した事例が11件(37万円分)、常勤理事26人のうち16人の間でも不適切な決済が26件(69万円分)あったという(日経)。

 わが国では、生協への世帯加盟率が50%を超す道県が4つある。北海道、宮城県、兵庫県、福井県である。その宮城県での最大の生協が、みやき生協だ。そんなこともあって、みやぎ生協もまた、これまで模範生協と言われてきた。

 相次ぐ模範生協での不祥事。その原因はいったいどこにあるのだろうか。
 コープこうべの「組合長の解職についてのお知らせとお詫び」は「第三者を含めた検討組織を立ち上げ、組織統治のあり方を検証し、改革に取り組んでまいります。これらの進捗については、あらためてご報告します」としている。どんな報告がでてくるのか注目したい。


2021.03.16 原発はいらない
           韓国通信NO663
     
小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)

 NHKがドイツの首都ベルリンで開かれた3.6反原発のデモを報じた。

 コロナとオリンピックで一色に染まった各メディアが、3月に入り突然目を覚ましたように東日本大地震3.11関連のニュースを取り上げている。
 東北の復興を盛んに喧伝してきた政府が、最近また「復興」を言い出したのを聞いて耳を疑った。
 復興と言わなければ、さらに支持率が下がるのを心配した発言に聞こえた。原発事故の後始末の見通しは全く立っていない。
 10年たっても故郷に戻れない人は福島県民を中心に4万人以上、行方不明者は2500人を超える。
 「復興の姿を見てもらう」などとエラソーなことを言ってオリンピックを誘致したことも問題だったが、復興の道は遠く、原発事故に対する反省はいまだにない。3.11は過去とではない現実だ。

 ドイツからフクシマは世界の「現実」だという叫びが伝わってきた。
 最近のNHKテレビから、大宅壮一の「一憶総白痴化」を思い出す。見るほうのレベルが低いのか、作り手のレベルが低いのかよくわからないが、国会中継のかわりに料理番組やバラエティ番組。ニュース報道は相変わらず政権に大甘ぶり。見たいドキュメンタリーは何故か深夜の放映。国民に寄り添うと言わんばかりの「バカ笑い」番組の多さには正直、うんざり、辟易、うすら寒さを感じるほどだ。
 ニュースを見落とした方は下記httpsをご覧ください。
韓国通信663写真
<写真/ベルリンの反原発集会の横断幕>
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210307/k10012901971000.html 
 不思議に思うのは、反原発運動をはじめ、政府に抗議する集会やデモを無視し続けるNHKが、何故このようなニュースを報じることができたのか。あわせて考えて欲しい。

<以下 ニュース全文>
 東京電力福島第一原子力発電所の事故から10年になるのを前に、ドイツでは世界各国の原発に反対するデモが行われました。ベルリン在住の作家、多和田葉子さんも参加し、原発の停止を呼びかけました。
 福島第一原発の事故を受けドイツは脱原発の方針を決め、来年までに国内すべての原発の運転を停止することにしています。
 首都ベルリンでは6日、原発に反対する市民グループの呼びかけでデモが行われ、およそ200人が再生可能エネルギーへの転換のシンボルとして風車を手にし「福島を忘れるな」とか「ただちに脱原発を」などと書かれた横断幕を掲げて行進し、日本など世界各国の原発の廃止を訴えました。
 デモでは、ベルリン在住で、ドイツで最も権威のある文学賞の1つ「クライスト賞」も受賞している多和田葉子さんが壇上に立ち「原子力のシステムは人生の意義をいつでも破壊しうる。存在するだけで、私たちの心の中は絶えず汚染されてしまう」と、原発をただちに停止するようドイツ語で呼びかけました。
 スピーチのあと、多和田さんは「政治的にそれほど活動してこなかった普通の人間としてどういうふうに考え、なぜ絶対に原発をやめたほうがいいと思うのか伝えたいと思った」と話していました。
 参加した女性は「福島の事故は原発を安全に運転することはできないとはっきり示した。世界中の原発をただちに止めなければならない」と話していました。
 ドイツでは7日以降も原発反対のデモなどが各地で行われる予定です。
 東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けて、ドイツは2011年、国内に17基あった原発を段階的に廃止する脱原発の方針を決めました。
 現在稼働しているのは6基で、いずれも来年までに停止される予定です。
 代わりに風力や太陽光などの再生可能エネルギーを推進していて、去年、再生可能エネルギーが総発電量に占める割合は50%を超えました。
 一方、脱原発政策をめぐっては、政府の急な方針転換によって損害を受けたとして、原子力発電所を運転する電力会社による訴訟が相次いでいました。政府は5日、電力会社4社に対しておよそ24億ユーロ、日本円で3100億円余りを支払うことで合意したと発表しています。
                                      以上
 原発事故発生後から、放射能は安全、子どもの甲状腺がんは原発とは無関係、クリーンで経済的な原発、と「原子力ムラ」あげての原発推進の大合唱が続いてきた。
 敢えて言うならこの10年の歳月は決して無駄ではなかった。何故なら御用学者のウソが明らかになったからだ。しかし最近では「風化」「風評被害」という言葉をもてあそび、俳優の石坂浩二まで登場させて再稼働を画策する姑息な悪あがきが現在も続いている。
 ヒロシマ・ナガサキと福島の事故から私たちは何も学ばなかったのではないか。政府は核保有国アメリカに気兼ねして核兵器禁止条約に反対。脱原発という世界的の潮流のなかで日本だけが、原発は「決して悪いものじゃない」とうそぶいているように見える。コロナを克服したつもりになってオリンピックを強行するなら、日本人は人類史上類いまれな民族として歴史に記憶されるに違いない。命より金儲け、既得権益中心の時代は終わりにしたい。

2021.03.15 インフラの整備は進んだが暮らしは戻らず 
            福島原発事故から10年の現地を見る              
   
岩垂 弘 (ジャーナリスト)
   
 「インフラ(防潮堤、鉄道、道路、公営住宅など)の整備は進んだが、人びとの暮らしは戻っていない」。東日本大震災で東京電力福島第1原子力発電所が事故を起こしてから3月11日で10年。その前日の10日に被災地の一つ、福島県富岡町を訪れた印象を一言で言えばそのようなものだった。私は2015年以来、毎年、同町を訪れ、復興の模様を定点観測してきたが、今回の訪問は6回目。原発事故が住民にもたらした傷痕はあまりにも深く、真の復興にはなお長い年月と経費がかかりそうだ。

6年前の富岡町
 私の最初の富岡町訪問は2015年にNPO法人が企画した「原発問題肉迫ツアー」に参加することで実現したが、2回目以降は、生活協同組合パルシステム埼玉役員OB会が毎年実施する「福島ツアー」に加わることで続いてきた。が、そのツアーも2020年にはコロナ禍のため中止となった。そこで、今年は一人で出かけた。

 富岡町は東日本大震災で甚大な被害を受けた自治体の一つ。事故を起こした東電福島第1原発から南へ7キロから10キロのところに位置し、大震災では津波に襲われたうえ、原発爆発による放射性物質が降り注ぐというダブルパンチを被った。このため、「全町民避難」を余儀なくされ、町役場も郡山市へ退避せざるを得なかった。

 最初に同町を訪れた時(2015年)の衝撃はいまでも鮮烈で忘れ難い。津波に襲われたJR常磐線の富岡駅は影も形もなかった。駅舎はなく、そこが駅だったことを思わせるものといえば、コンクリートのプラットホームだけだった。文字通り、「消滅した駅跡」であった。プラットホームのわきには、フレコンバッグ(放射能に汚染された草や土などを詰めた黒い袋)が、万里の長城のようにうず高く積まれていた。
 駅前には、津波で壊され、崩れかかった商店や家屋が軒を連ねていた。

 同町内にあるもう一つの常磐線の駅、夜ノ森駅は駅舎の消失は免れたもの、荒れ果てた駅舎は雑木や枯れ草に埋もれていた。
 夜ノ森駅に近い夜の森地区は、見事なサクラ並木で知られる住宅地だが、一戸建て住宅やアパートに人が住んでいる気配はなく、鳥、犬、ネコなどにも会わなかった。まさに、無人、無音のゴーストタウンという感じだった。住宅の一部は、壁が落ちたり、窓枠が外れるなど、朽ち始めていた。

そして、富岡町は今―
 それから6年。富岡駅は新しく建てられた駅舎と陸橋をもつ新駅に変わっていた。ブラットホームのわきに摘まれていたフレコンパックも姿を消し、プラットホームからは、海岸線に沿って新たに建造された防潮堤が望まれた。
 新装なった富岡駅には、列車が発着していた。東京・上野駅と宮城県の仙台駅を結ぶ常磐線は大震災により各所で不通になったが、最も不通期間が長かったのは福島県内の富岡駅―浪江駅間。この区間の不通が解消して、常磐線が全線開通したのは2020年3月14日。この時から、富岡駅の営業が本格化したという。もっとも、駅は職員がいない無人駅であったが。乗降客がまだ少ないからだろう。
 駅前にあった建物の残骸はすっかり取り払われ、その跡でホテルやアパート、公営住宅の建設が進んでいた。ホテルやアパートは、復興工事で働くために町外の各地からやってきた人たちの宿所だという。

 もう一つの駅、あの雑草に埋もれていた夜ノ森駅は新装の白亜の駅に変わっていた。

 町の中心では、新しいスーバーマーケットが開業していた。病院や学校も復旧。郡山市に避難していた町役場も富岡町に戻り、業務を再開していた。
 原発事故で耕作が不能となり、雑草に覆われていた田んぼの一部は、見違えるほどの美田と化していた。放射能で汚染された土を入れ替えたからだった。こうした田んぼでは、いずれ稲作が再開される、と聞いた。また、雑草に覆われていた田んぼの一部は、太陽光発電所となっていた。
原発事故から10年写真(4)
雑草に埋もれていた夜ノ森駅は白亜の駅になっていた
原発事故から10年写真(1)
放射能に汚染され稲作が出来なくなった田んぼにはソーラーパネルが敷き詰められていた

 これらの見聞は、町外者に「富岡町も復興が進んでいるな」と思わせたが、町内を回ってみると、そうした「明」の部分とは対照的な「暗」の部分も目についた。
 町の一部は、まだ「帰還困難区域」だった。原発爆発による放射能の線量が高いため、いまなお立ち入りが禁止されている区域である。その区域のあちこちに鉄柵とコンクリートのバリケードが築かれていた。
 夜の森地区の住宅街は、朽ち始めていた住宅が取り壊され、その跡に、一戸建ての民家や集合住宅の建築が始まっていた。でも、それは、住宅街全体からみれば小規模で、大勢がそうだとは言えなかった。そして、なんとも不審だったのは、人の気配が感じられなかったことだ。家を立て替えて、そこで一家が暮らしている、という感じを受けなかった。避難先から、たまに自宅に帰るという生活をしている人が多いのだろうか。

 そして、目を見張ったのは、住宅街のわきに、大震災で閉店・退避を余儀なくされたスーパーマーケットやレストランが、みるからに痛々しい残骸をさらしていたことである。これらの建造物の周囲には枯れた雑草が生い茂り、あたりは深閑としていた。
 こうした光景の極めつけは、町を南北に貫く国道6号線沿線のそれであった。
 そこは大震災までは町最大の商店街で、2年半前にここを訪れた時は、6号線の道路沿いにスーパー、レストラン、寿司屋、パチンコ店、ケームセンター、ガソリンスタンドなどが並び立っていた。その多くは壁が剥がれたり、窓枠が壊れたり、雑草に覆われるなど荒廃が進んでいた。あまりの惨状に、息をのんだことを覚えている。
 そして、今。廃墟の多くは撤去されていたが、まだパチンコ店、スーパー、洋服店などの残骸が残っていて、私は思わず、こう思わずにはいられなかった。「ここは東京五輪の聖火リレーが通るところ。復興五輪といいながら、東京五輪までに商店街を復興することができなかったということか」と。
原発事故から10年写真(2)
まだ取り壊されず荒廃が進む無人の民家
原発事故から10年写真(3)
今も国道6号線わきで残骸をさらすパチンコ店

町に帰還した人は1割に満たず
 それにしても、インフラの整備がかなり進んでいるにもかかわらず、町民の姿が極めて少ないことが印象に残った。なぜだろう。そう思って、町役場の企画課に問い合わせると、こんな返事が返ってきた。「原発事故前の町の人口は1万6000人でした。この人たちが皆、原発事故で避難せざるを得なかったわけですが、これまでに町に戻ってきたのは1500人です。つまり、帰還した人は1割に満たないのです」

 なぜ、こうなのか。東日本大震災以来、避難した人たちへの支援活動をしている里見喜生さん(いわき市、温泉旅館経営)によれば、「故郷に戻りたいけれど、戻れない」からだという。
 「避難先で暮らす人たちは、初めは、早く我が家へ戻ろうと思っていた。が、戻っても、故郷は震災から復興していないから、以前のように買い物をしたり、病院に行くことが出来ない。なら、もう少しにここに居ようと。スーパーが営業を再開したり、病院が診療を再開したりすると、今度は別の事情で戻れなくなる。例えば、子どもたちが避難先の学校になじんでしまって、転校はいやだと言い出したりして」
 「政府の復興政策で一番遅れていたのは、避難した人たちの生活面への配慮でした。避難した人たちの暮らしへの支援をもっとスピードアップしていたら、避難者はもっと早く我が家へ帰れたと思います」

 里見さんは、さらに続けた。「原子力災害が起きた後も、政府は原発の稼働をやめませんでした。新しい政権も、脱炭素を打ち出して原発再稼働を推進しようとしている。そんな現状に見ると、この10年間はいったい何だったのか、と思わずにはいられません」

双葉町はまだ町民全員が避難
 富岡町での取材を終えた後、私は常磐線の富岡駅―原ノ町駅間を各駅停車列車で往復した。途中の双葉駅から、双葉町の町並みを一目見たかったからである。というのは、双葉町は事故を起こした福島第1原発が立地している町で、事故によって全町民約7000人が避難し、いまだに帰還を許されていない町だからだ。
 双葉駅の周辺には、無音の住宅街が広がっていた。そこには、人影が全くなく、開け放たれた窓は一つもなかった。それは、まさに異様な光景だった。富岡町夜の森地区で見たゴーストタウンよりは遥かにスケールの大きいゴーストタウンで、まるで地球とは別の異次元世界に出合ったように思えた。原発を廃止しない限り、こうした世界がこれからもまた出現するリスクを私たちは背負うことになる、と思いながら双葉駅を離れた。
2021.03.13 社会科教科書の領土問題記述
             安倍政権の教科書介入の足跡
  
小川 洋 (大学非常勤講師)

 第一次安倍政権は、強行採決によって教育基本法を書き替え、第二次政権でも「道徳」の教科化など、教育にさまざまな圧力を掛けてきた。とくに教育基本法に「愛国心の涵養」が教育目標としてあげられたとして、社会科の教科書に多くの注文を付け、文科省は教科書検定などを通じて政権の意向に沿った施策を進めてきた。
 また90年代に活動を始めた「新しい歴史教科書をつくる会」(以下、「つくる会」)は、安倍晋三前首相とその周辺の政治家たちの応援を陰に陽に受けながら、独自の教科書を出版し、各地の教育委員会にその採択を働きかけてきた。現在は、「つくる会」が内部分裂して育鵬社と自由社の2社から内容の似た公民分野と歴史分野の教科書が出版されている。本稿では、第二次安倍政権で行われた領土問題に関する教科書記述への干渉について紹介したい。

教科書検定の強化
 文科省は2014年、「教科用図書検定規則実施細則の改正」を通知し、そのなかで社会科教科書への検定基準の見直しを示した。教科書は学習指導要領改訂の際に全面的に書き直される。その後は、4年毎に編集し直す機会があり、社会科では統計データの差し替えなど、マイナーな編集が行われ、検定も行われる。当時の教科書は12年度から使用されていたものだから、通常は大幅な変更のない16年度の検定に向け、教科書会社に圧力をかけたのである。

変更点のうち重要な2点をあげる。(下線は筆者)
 〇近現代の歴史的事象のうち、通説的な見解がない数字などの事項について記述する場合
  には、通説的な見解がないことが明示され、児童生徒が誤解しないようにすることを定
  める。
 〇閣議決定その他の方法により示された政府の統一的な見解や最高裁判所の判例がある場
  合には、それらに基づいた記述がされていることを定める。

 歴史に関する項目は、南京虐殺や関東大震災時の朝鮮人虐殺の被害を極力小さく評価したい、あるいは事件そのものがなかったとしたい「つくる会」などの歴史修正主義の立場を後押しするものである。2番目の項目は、領土問題などが想定されるが、教科書を政府広報誌とすることを意味する。反知性主義的な安倍政権らしい姿勢だったといえる。
 領土問題については、17年に告示された新学習指導要領によって、政府の統一的見解にしたがい以下のような「解説」が加えられており、14年の検定はそれを先取りするものであった。

 竹島や北方領土が我が国の固有の領土であることなど,我が国の領域をめぐる問題も取り上げるようにすること。竹島や北方領土(歯舞群島,色丹島,国後島,択捉島)について,それぞれの位置と範囲を確認するとともに,我が国の固有の領土であるが,それぞれ現在韓国とロシア連邦によって不法に占拠されている…(中略),竹島については韓国に対して累次にわたり抗議を行っていること,北方領土についてはロシア連邦にその返還を求めていること,これらの領土問題における我が国の立場が歴史的にも国際法上も正当であることなどについて的確に扱い,我が国の領土・領域について理解を深めることも必要である。また(学習指導要領には)、「尖閣諸島については,我が国の固有の領土であり,領土問題は存在しないことも扱うこと」とあることから,現に我が国がこれを有効に支配しており,解決すべき領有権の問題は存在していないこと,我が国の立場が歴史的にも国際法上も正当であることを,その位置や範囲とともに理解することが必要である。

記述の変化
 検定を通じて教科書がどのように変わったのか。まず北方領土について、検定以前、ロシア連邦の「不法占拠」という語を使っていたのは、公民教科書7社中、育鵬社と自由社、東京書籍の3社で、他の4社は使っていなかった。また「つくる会」系は出版していない地理教科書4社中で「不法占拠」の語を使っていたのは2社であった。
 尖閣諸島に関しては、検定前は公民教科書7社中、育鵬社・自由社が「固有の領土」だとし、中国は不当な主張しているとする記述となっていたが、その他の教科書では、「中国も領有権を主張しています」という客観的な記述のある抑制的なものであった。2番目に採択率の高かった帝国書院の教科書では、領土問題の有無について、まったく言及されていなかった。
 検定後は、各社とも記述を大幅に増やし、いずれの社も学習指導要領の「解説」に準じた記述をし、また公民・地理とも、ほとんどの教科書で、本文記述に加え、地図や写真を使ったコラムを付け加えている。コラムのなかでも、北方領土・竹島・尖閣諸島を「日本固有の領土」とし、北方領土と竹島は、それぞれ「ロシア連邦による」・「韓国による」、「不法占拠」という記述を加えるなど、検定基準に忠実に従っている。例として、全国44%強の占有率をもつ東京書籍の地理教科書の記述を紹介しておく(下線は筆者)。

 北海道の東にある北方領土は、歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島から成り立っています。北方領土は、かつては多くの日本人が暮らしていた日本固有の領土です。しかし、第二次世界大戦の終結の直後にソ連が占領し、ソ連解体後もロシア連邦が引き続き不法に占拠しています。現在、日本とロシア連邦との間では、石油などの資源開発に関する話し合いも進んでいますが、北方領土の返還はいまだに実現されていません。
 また、日本海上の竹島も日本固有の領土ですが、韓国が不法に占拠しています。日本はこれに抗議する一方で、国際機関を利用した解決を呼びかけるなど、外交的な努力を続けています。東シナ海上の尖閣諸島は、日本が固有の領土として実効的な支配をつづけています。中国がその領有権を主張していますが、広く国際社会からも日本の領土として認められています。

用済みとなった「つくる会」
 「つくる会」系の教科書は、安倍政権下で政治的な応援を受けて採択を増やし、16年度には育鵬社と自由社を合わせて、全国で歴史6.4%、公民5.8%のシェアをもつまでとなった。しかし文科省の検定強化によって、すべての社の教科書記述がほとんど「つくる会」系の記述と変わらないものになった。20年度の採択では、「つくる会」系の2社を合わせて、歴史が1.1%、公民が0.4%程度へと激減した。検定による教科書への干渉が完了し、「つくる会」は用済みとなったという訳である。「狡兎 (こうと)」は片付き、「走狗(そうく)」が煮られたのである。
 じつは「つくる会」系の教科書は、採択されていた地区でも学校現場では非常に不評だった。その極端なイデオロギー色が嫌われたこともあるが、決定的な理由は、高校入試に役立たないどころか不利だからである。とくに歴史教科書では、偏った史観に基づいた記述が多く、受験に不都合なのである。例えば、他の教科書では扱われていない神武天皇や二宮尊徳などの人物を好んで取り上げるなどである。実在性が強く疑われる神武天皇など、これらの人物を取り上げるのは趣味の世界の話であって、歴史学習において重要度は低い。教える側にしてみれば、余計な記述が多すぎるのである。

 第二次安倍政権は、領土問題に関して歴史的経過や各国の主張などの情報を無視する、一方的な記述をした教科書を全国の教員・生徒に押し付けた。領土問題は、偏狭なナショナリズムを刺激する可能性もあり、もっとも慎重に扱わねばならないテーマである。学校現場での冷静な対応が求められている。