2017.09.27  「満洲事変」を忘れるな
 ――八ヶ岳山麓から(236)――

阿部治平(もと高校教師)

また9月18日がやってきた。この日を迎えるたび、何かをいわずにはいられない気持ちでいっぱいになる。

「国民政府軍と中国共産党=紅軍との対決が激烈になりつつあった1931年9月18日夜半、瀋陽城北の南満洲鉄道(通称、満鉄)柳条溝付近の線路を爆破したのをきっかけに、関東軍はいっせいに北大営その他の東北辺防軍(通称、東北軍)への攻撃を開始した(姫田ほか『中国近現代史』東京大学出版会1982年)」

若い人で日本近代史を学ばなかったら、上記に現れる満洲が中国東北部の黒竜江・吉林・遼寧の3省を指すことや、これが「満洲事変」と呼ばれる宣戦布告なき日中15年戦争の始まりであり、関東軍とは日露戦争後に満鉄と「関東州」防衛のために中国に駐屯した日本軍であり、東北辺防軍とは中華民国の軍隊を指すとはわからないかもしれない。また爆破事件の発生地点は、いまでは「柳条溝」ではなく「柳条湖」が正確だとされている。
第二次世界大戦敗戦に至るまで、日本では満鉄爆破は東北軍の犯行だと信じられていたが、事実は関東軍の謀略によるものであった。事件首謀者は関東軍高級参謀の板垣征四郎大佐、作戦主任参謀の石原莞爾中佐である。
爆破と同時に関東軍は攻勢に出た。中国側は撤退した。翌32年1月には関東軍は錦州を落し、わずか5か月で満洲全土を占領した。

当時、「東三省(と中国では呼ぶ)」すなわち満洲防衛の任にあったのは東北辺防軍司令長官の張学良だった。彼は関東軍の動きをある程度は知っていたが、抵抗しなかった。蒋介石率いる国民政府の無抵抗方針に従ったからである。
のちに張学良はこれを後悔して、「日本には武士道というものがあるのだから、あのように残酷な行為をくりかえすとは思わなかった」と語っている。
関東軍はこうして満洲を確保したが、列強の手前、満洲を独立国にする必要があった。そこで1932年3月、清朝ラスト・エンペラー愛新覚羅溥儀を担ぎ出して満洲国執政とし、翌年には彼を皇帝とする「満洲帝国」をつくりあげた。だがその国務総理は日本人の総務庁長官に実権を握られていた。安倍晋三総理の祖父岸信介はその次長であった。

関東軍は満洲を支配するにあたって、日本人の農業移民を計画した。36年の「二・二六事件」後、軍部は日本の政治決定権をほぼ完全に掌握し、これによって37年からは本格的に農民を大量に満洲へ送り出した。満蒙農業開拓団である。
1937年7月7日、北京(当時、北平)近郊の盧溝橋で発砲事件が発生すると、日本陸軍は約10万の兵を北京など華北に派遣すると決定した。
大量の兵員が大陸へ動員されるようになると、満洲への農業移民を確保できなくなった。このため近衛内閣は、1937年11月末「満蒙開拓青少年義勇軍」を派遣することにした。小学校卒で、数え年16歳から19歳までの身体強健な男子で、父母の承諾を得さえすればば誰でもよいとされた(「満洲青年移民実施要項」)。自由応募がたてまえだったが、実際には道府県に割当てがあり、道府県は各学校へ割当てた。青少年義勇軍は1938年から1945年の敗戦までに8万6000人に達し、満蒙開拓民全体の30%を占めた。
開拓団も青少年義勇軍も長野県が全国最多だった。その数年前長野県では教師が共産思想に染まっているという「教員赤化事件」があった。捏造事件であるが、県指導者と「信濃教育会」は、「天皇陛下に対して申し訳ない」と農業移民と義勇軍の動員をかけたのである。

私の従兄2人ハジメ、マスオ、のちに従姉の夫になったマサトもこれに参加した。
開拓団や青少年義勇軍が敗戦によって壊滅した悲劇は、同情をもって語られる。だが実態はきれいごとではすまなかった。内部ではいじめもあり暴力沙汰もあった。墾屯病と呼ばれた鬱症状になるものもあった。私の従兄は一時帰国の時、義勇軍同士のけんかを語り、「おらぁこれで度胸がついた」と血染めのシャツを見せた。彼らの労働も食生活も苦しかったようだ。その分現地の漢人への迫害もあった。殺人もあったし強姦事件もあった。
生きて帰った者がこんな話をした。
「満洲へ行けば農地20町歩をもらえるという学校の先生の話におとっさまがつられた。おれが二男だったから」
「内原訓練所から満洲へ送られた。向こうでは天地権現造りという名の掘立小屋に住んだ。地面を掘り下げて床に枯草をしき、そのうえに地面からヤンソー(羊草)で葺いた屋根をおいただけ」
「たしかに土地は広かった。ひとうね端から端まで除草するのに半日はかかった」
「開拓団といったって、全部が全部開墾をしたわけじゃない。満人(漢人をこう呼んだ)の畑や家を無理やり二束三文で買取って自分らの土地にしたところもある。土地をとられた満人が開拓団の小作になったところもある」

1945年ソ連が対日戦に参戦し、まもなく日本は降伏した。敗戦が知れ渡ると、まず「満洲帝国軍」が反乱を起した。もともと指揮官は日本人、兵士は中国人という日本の傀儡軍であった。満人は開拓集落を襲撃した。土地と家を取り返すために、抵抗する開拓民を殺し、長年の恨みを晴らした。老婆までが鎌をもって襲ってきたところもある。
従兄らは行方不明になった。敗戦の翌年、祖父の葬儀のとき、父など親戚が従兄らの写真の上でボタンに糸をつけてたらし、「ボタンが回りだせば生きているはずだ」と占いをした。
ハジメは義勇軍宿舎に来た反乱兵に射殺された。それがわかったのは、生き残りの仲間がわざわざ従兄の家まで来て話してくれたからである。マスオは中華民国軍に抑留され2年後に帰国したが、すでに肺結核に侵されていた。彼は数年の闘病生活をしいられ、貧窮の中で死んだ。
マサトは「満洲に赤紙が来て(兵隊にとられて)、本土決戦のために千葉で塹壕掘りをしているうちに無条件降伏になった」
彼は「考えてみれば、よその国へ出かけて人の土地を開墾して無事でいられると思うのがおかしい」と語った。

私が1988~89年に派遣教師として中国で生活していたとき、竹下内閣のある閣僚が、「日中戦争は侵略戦争ではない」と発言して辞任に追い込まれたことがあった。このとき若い副校長が「日本も1億の人口があるから、バカがいてもおかしくはありません。しかしそれが大臣とは……」といった。彼は80年代半ば日本に留学したことのある「日本通」であった。
9月18日がくると学校では、柳条湖事件を記念する「九一八を忘れるな」という講話があった。私の日本語学生は「先生、今日はジューイーパー(「九一八」の漢語読み)ですよ。日本でも何かあるでしょう?」といって私をからかった。彼らは日本人が侵略の歴史を消したがっていることをよく知っていたのである。
金さんという友人がいた。私より10歳ほど上で元満人であった。「満洲帝国には身分制度がありまして、一番上等が日本人、次いで朝鮮人、蒙古人、一番下が満人だったですよ」と、漢人の進学が差別によって妨げられた話をした。彼は私に対して親しみをもって接しているようだったが、中国人同士の話のときは私を「那個鬼子(あの畜生)」と呼んでいた。

「未来志向」ということばがある。常識的には未来に目標を定めてこれに向かって努力するということだ。だが安倍政権が東南アジアや中国や韓国との関係で「未来志向」を口にするとき、侵略と植民地化の過去を無視しようとする意図がありありとしている。
そして、わが民族の負の歴史を語るのを「自虐史観」だという。私の高校教師時代、すでに教室で侵略の事実を語るのは勇気がいるようになっていた。だが、韓国の慰安婦問題、徴用工問題を見ればわかるように、やられた方は決して忘れることはない。

我々は侵略の歴史を忘れてはならない。忘れることは日本民族の恥である。(2017・09・21記)
2017.09.25  ありがとう 金正恩様
  韓国通信NO535

小原 紘 (個人新聞「韓国通信」発行人)

北朝鮮の核実験と相つぐミサイル発射で安倍内閣の支持率が「回復」した。国民を不安にさせ、落ち目の人気が回復するなんて安倍晋三は運のいい人だと思う。こんな感想は不謹慎かと思っていたら、9月11日付ハンギョレ新聞の見出し「아베 ‘아리가토 김정은’…‘북풍’에 지지율 살아나」(安倍「ありがとう金正恩」…「北風」に支持率が上がって)の記事に驚いた。私の感想がズバリ、記事になっていた。「金正恩のおかげで支持率回復」を指摘したわが国のマスコミ報道はあっただろうか。
「敵」のおかげで今や首相には「こわいもの」がなくなったように見える。
わが国を守ってくれるアメリカと一緒に戦争をするのは当然だ。平和憲法はいらない。原発再稼働や辺野古基地問題、まして「森友学園」「加計学園」の問題などは取るに足らない小さな問題と言わんばかり。

 責任は「あなた」にある
2002年の平壌宣言以降、「拉致問題」を奇貨として北朝鮮を嫌悪し続け、首相の地位まで登りつめた安倍首相に北朝鮮を非難する資格はない。「過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明」し、「核問題の解決と国交正常化」を約束した平壌宣言が実行されていれば、今日のような事態はなかったはず。2002年以降、「拉致」に対する怒りで国が一色に染まった。すさまじい反北朝鮮キャンペーンに乗った国民にも責任の一端はあるとしても、やはり「あなた」の責任はあまりにも大きい。

共謀罪の廃止を求める大集会(9/15)
戦前の治安維持法の復活、共謀罪法が施行されてから2カ月たった。安倍政権は「秘密保護法」「戦争法」「共謀罪」と立て続けに憲法をないがしろにする悪法を次々に成立させた。最終ゴールは「憲法改悪」。この流れを断ち切り、悪法の廃止をめざす市民たちが集会を開いた。成立すれば「諦める」はずと政府はタカをくくっている。
実は私も低調な集会を予想してでかけたが、主催者も参加者もビックリするほどの人が集まった。日比谷野外音楽堂は3千人を超す市民たちの熱気で溢れた。
主催はアムネスティ・インターナショナル日本の他、わが国を代表する人権団体が名を連ねた。最近、アトラクションばかり目立つ集会が多いが、この日は違っていた。政党代表と各団体の挨拶だけでたっぷり2時間、参加者たちは熱心に耳を傾けていた。落ち目とはいえ、息を吹き返した安倍政権を追い詰める絶好の時期に民進党の元気がないのが不安材料だが、ここで市民が踏ん張らなければという思いが会場から伝わってきた。
共謀罪との関係は不明だが、抗議行動、集会への警察の介入が多発しているという報告があって共謀罪に負けない運動の大切さが確認された。
そういえば集会所周辺には公安関係らしい目つきの悪い集団が目についた。入り口で<保存・携帯用>「警察対応について」と書かれた小パンフが配布された。職務質問を受けた時の対応の仕方から弁護士への連絡方法までが詳しく説明されていた。治安維持法のあった戦前にタイムスリップしたような気分だ。公安は集会やデモ参加者の写真をとりまくっては威嚇する。参加したら顔写真くらいは覚悟しなければならなくなった。スノーデンのいう監視社会が確実に広がっている。写真から運転免許証、パスポートの写真と照合すれば住所と氏名くらいは割り出しが可能なはずだ。皆で「安倍政権打倒!」と声をあげれば、共謀者と見なされかねない。私からメールを受け取っても「共謀」になるかも。集会の模様をテレビや新聞でジャンジャン取り上げてくれると運動も盛り上がる気もするが、頼りにならないものをいつまでも頼りにしてはだめだ。

この集会があったこと、ご存知でしたか? 新聞が報じない当日の宣言を紹介する。
―――集会宣言――
 今年6月15日、共謀罪法が国会で強行採決され、異例の早さで7月11日に施行されました。国会提出から3カ月足らず、実際に議論が始まってから僅か2カ月たらず、審議すればするほど多くの疑問が湧く中、国会法の趣旨を踏みにじる乱暴な手続きでの成立でした。
 政府は、共謀罪を「テロ等準備罪」と言いつのりましたが、テロ集団の定義もありませんでした。刑罰法規の明確性の原則に照らして問題あり、とする国連特別報告者の指摘にも耳を貸しませんでした。共謀罪法なしでも「国際組織犯罪防止条約」を締結できる、とする専門家の意見も無視されました。
 近年、特定秘密保護法により知る権利が狭められ、通信傍受法の大幅「改正」で通信の秘密も危うくなっています。さらに共謀罪法の施行により、言論・表現の自由に対する規制が急速に進んでいます。
このままでは、民主主義のプロセス自体が破壊されてしまいます。
こうした認識を共有する私たちは、本日ここ日比谷野音に集まり、共謀罪廃止に向けた第一歩を踏み出しました。私たちの共謀罪廃止の闘いは、その実現まで決して終わることはありません。
以上、宣言します。  共謀罪は廃止できる! 9.15大集会参加者一同
身近にあった朝鮮人虐殺
 「あったことをなかったことにする」のが、美しい日本を取り戻す人たちによる歴史改ざんの手口だが、小池都知事が関東大震災朝鮮人虐殺事件にソッポを向いて無視を決め込んだ。
わが町我孫子市では震災直後の9月4日、三人の朝鮮人が撲殺された。最近、『我孫子市史』を図書館で読んで知った。市史は「政府は、偏見と誤情報がもたらした大混乱と恐怖の要因を問うこともなく、9月20日頃から、朝鮮人殺害にかかわった自警団関係者等の検挙をはじめた」と記し、最後に「我孫子の暗い闇として、人々の記憶に濃いよどみを残したまま、時の忘却にまかされていく」としめくくっている。知らなかった地元の恥部悲劇を『市史』によって知りえたこと、また自警団を殺人に駆り立てた政府の責任を問う市の姿勢に救われた思いがした。
2017.09.19  安倍政権は火事場ドロボウ
  森友・加計疑惑からの逃走と原発再稼働許さず

岩垂 弘(ジャーナリスト)

 台風一過で日本列島が快晴となった9月18日、東京・代々木公園B地区で「ともに生きる未来を!さようなら原発さようなら戦争全国集会」が開かれた。脱原発を掲げる「『さようなら原発』一千万署名市民の会」の主催で、旧総評系の労組員、平和団体関係者、生協関係者ら約9500人(主催者発表)が集まったが、安倍首相が9月28日開会の臨時国会の冒頭での解散を考えていると報じられた直後の集会となっただけに、会場では「臨時国会冒頭での解散は、森友・加計学園疑惑と相次ぐ原発再稼働に対する野党からの追及を逃れようとするこそくな手段であり、われわれとしては、野党共闘を発展させて安倍政権の再来を阻止しなくては」との発言が相次いだ。

 首都圏は18日未明まで台風18号による暴風雨に襲われ、集会の開会が危ぶまれたが、朝からは快晴に恵まれ、会場には、開会前から団体旗やのぼりをもった参加者がつめかけた。労組の旗やのぼりからみて、すでに台風が通過した四国、中国、近畿からの参加者はあったが、台風が通過中の北陸、東北、北海道からの参加者は見られなかった。
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       「会場を埋めた労働組合旗」
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                「長野県上田市から参加した人が 掲げていたのぼり」
 
 集会第2部は、午後1時30分に野外ステージで開会。
 開会あいさつに立った作家の落合恵子さんは「安倍首相は臨時国会の冒頭に衆院を解散し、10月22日に総選挙を行うという。このところ、内閣支持率がアップしているので、選挙をやれば勝つかもしれないと、考えたのだろう。その狙いは、私たちに森友・加計学園問題を忘れさせることにある。ならば、私たちとしては、決して忘れない、という答えを出そうではありませんか」と述べた。そして、こう続けた。
 「これまで、これほどやりたい放題のことをした内閣はあったでしょうか。これほど傲慢な内閣はあったでしょうか。福島原発事故では、汚染水問題が未解決なのに、汚染水はアンダーコントロールされていると言ってオリンピックを招致した。森友・加計学園問題では、『記憶にありません』を連発して民意をあざむいた。そのうえ、北朝鮮のミサイル発射問題を機に、その脅威をあおりにあおって防衛費を過去最大にするなど、戦争をするための準備を進めている。そろそろ、こうしたことを終わりにさせなくてはいけない。あんな人たちに勝たせないよう、みんなに呼びかけましょう」

 福島県から参加した福島原発刑事訴訟支援団団長の佐藤和良さんは「東京電力の福島第1原発の事故が甚大な被害をもたらし、今なお多くの人が避難生活を強いられているのに、今なお事故の責任をとった人が1人もいない。こんなことが法治国家として許されるだろうか。私たちは東電幹部の刑事責任を求めて裁判で闘っているので、支援をいただきたい」と述べた。
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       「野外ステージから原発の被害を訴える福島代表団」
 
 閉会あいさつで、ルポライターの鎌田慧さんは、こう訴えた。
 「安倍政権は、北朝鮮のミサイル発射問題で恐怖をあおり、居直ろうとしている。うそで固めた謀略政治を進め、防衛費を増やそうとしている。まるで、火事に乗じて焼け太る火事場ドロボウだ。それに、憲法9条に自衛隊の存在を明記すると言っている。9条の規定は、武力を持たない、交戦権も持たないということだ。そこに自衛隊を追加するなんて、ペテンもいいとこで、まさにペテン政権だ。こうした安倍政権を許してきた一因は、われわれの弱さにある。次の選挙では、われわれが野党共闘をつくりださねば。あきらめてはいけない。戦争を阻止し、原発をなくす闘いは長期にわたる持久戦となるだろう」

 集会後、参加者は原宿コース、原宿コースに分かれてデモ行進した。
2017.09.14  「香害」が深刻になっています
  シリーズ「香害」 第1回
 
岡田幹治(ジャーナリスト)

身の回りに「香りつき商品」があふれるようになり、そこから放散される微量の化学物資によって深刻な健康被害を受ける人が急増しています。「公害」ならぬ「香害」です。
最近ようやく新聞やテレビが取り上げるようになったこの問題を、筆者は他に先駆けて正面から取り上げ、『香害 そのニオイから身を守るには』(金曜日)を今年4月に上梓しました。引き続き「『香害』最前線」と題する不定期の連載を『週刊金曜日』で続けています。
それらの取材で得た「香害」をめぐる最新情報をシリーズとしてお伝えしていきます。
第1回は、深刻化する「香害」の実態です。
(このシリーズでは、良いにおいを「匂い」、悪いにおいを「ニオイ」、どちらでもないときは「におい」と表記する)

◆消費者の8割が使用
まず、シャボン玉石けん(株)が7月に実施したウェブ調査(20~60歳代の男女598人が対象)の結果をみてみましょう(注1)。
それによれば、回答者の約8割が「香りつきの商品」を日常的に使用しています。具体的には柔軟剤・洗剤(衣類)、シャンプー(髪)、制汗剤が上位を占めています。使用目的は「衣類に防臭・消臭効果をもたせるため」や「嫌なニオイを抑えるため」が多く、「自分で香りを楽しみたいから」や「他人にいい香りと思って欲しいから」がそれらに次ぎます。
その結果、どんなことが起きているでしょうか。「他人のニオイを不快に思ったことがある」と回答した人が79%。「人工的な香りをかいで、頭痛・めまい・吐き気などの体調不良になったことがある」と回答した人が51%もいました。しかし、「人工的な香りによる被害が『香害』と呼ばれていること」を知らなかった人が61もいました。
対象者が600人ほどの調査ですが、多くの人がニオイに非常に敏感になり、ニオイを覆い隠すために香り商品を多用している実態、それによって健康被害が増えている実態が示されているように思います。

◆香りブームが加速
この国で「香りブーム」が加速されたのは5年前(2012年)のことです。独特の香りをつけた米国プロクター&ギャンブル社(P&G社)製の柔軟仕上げ剤(ダウニー)が08年に人気を集め、国内の大手3社(P&Gジャパン、花王、ライオン)が追随。消臭・除菌スプレーや衣類の洗剤にも香り成分を配合するようになりました。
これに加えてP&Gジャパンが12年に、衣服への香りつけだけを目的にした商品「レノアハピネス アロマジェル」を発売し、売り上げを伸ばしました。この結果、「香りつけ専用商品」が急増。「消費者が自身の好みに合わせて香りをブレンドする時代の始まり」などといわれました。拡散機(噴霧器、ディフューザー)を使って香りをホテルやショールームなどで流す企業が増え出したのもこのころです。
それから5年。いまでは文房具や洋服にまで香りつき商品が販売されるようになりました。購買層は女性だけでなく、成年男性や中高校生にも広がっています。ティーン向け雑誌には、整髪料・制汗剤や芳香・消臭スプレーの広告が満載。香り商品を使わないのは非常識といった雰囲気になっているようです。

◆健康被害の広がり
しかし香りへの感受性は個人差が大きく、使う人には良い香りでも、不快に感じる人もいます。何より問題なのは、香り商品がアレルギーの発作や喘息の悪化を含め、さまざまな健康被害をもたらすことです。
香り商品には香料をはじめ、いくつもの揮発性の化学物質が含まれており、これが化学物質に敏感な人たちを直撃します。
最も深刻な被害者が、化学物質過敏症(ケミカル・センシビリティ=CS)の人たちです。CSは(多数の人が何も感じないような)ごく微量の化学物質に体が反応し、さまざまな症状が出る病気で、だれがいつ発症してもおかしくありません。
CSの人たちが訴えるのが「脳への影響」です。香り成分を吸い込むと、身体が動かなくなり、頭がぼんやりして何も考えられなくなり、声や言葉も出にくくなる。まるで認知症になったように感じる人もいれば、気力が衰え、生きているのが面倒になる人もいます。そして空気の清浄なところに身を置いていると、症状は薄れていくのです。

◆「きれいな空気」が吸えない
20年以上にわたり、1000人を超すCS患者を診察してきた渡辺一彦医師(札幌市の渡辺一彦小児科医院院長)は「発症のきっかけは以前は新築やリフォームが多かったが、近年は何といっても香料(柔軟剤・香水など)だ」といいます。
香りブームの結果、CSの人たちは「きれいな空気を吸う」という当たり前のことがきわめて困難になりました。職場でも学校でも、通勤通学や散歩の途中でも、周囲の人から流れてくる化学物質に反応し、発作を起こすことがあります。自宅では隣家からのニオイや配達員のニオイに追われ、介護の現場でも病院に行っても、ニオイに悩まされるのです。化学物質による環境汚染はいまや、公害の一つになったといえるのではないでしょうか(注2)。
被害者からの相談急増を受けて国民生活センターは2013年9月、「柔軟仕上げ剤のにおいに関する情報提供」を発表し、利用者に「自分にとって快適なにおいでも、他人は不快に感じることもあることを認識しよう」と呼びかけました。同時に業界と輸入業者には「においが与える周囲への影響について配慮を促す取り組みを行なうよう」要望しました(注3)。
これを受けて、日本石鹸洗剤工業会は「柔軟仕上げ剤を選ぶ・使うときは、周囲にもご配慮ください」などとウェブサイト(ホームページ)に記載。大手メーカーもサイトで周囲の方への配慮と適量使用を促す啓発をするようになりました。テレビCM・雑誌などの広告・製品の裏面表示でも、(注意してみないと気づかないほど小さな文字の場合が多いが)周囲への配慮を促す文言を入れるようになっています。
しかし、この程度の対策で事態が改善することはありませんでした。むしろ、香りを使い続けていると感じにくくなるため、香りがより濃厚で長続きする商品が増えているように見えます。

◆被害者の要望は無視
「ある商品が原因になって一定の人たちが健康被害を受けることが確実なとき、その商品はたとえ大多数の人たちにとって有益だとしても、欠陥商品だ。そのような商品を開発・販売することは、企業倫理として許されるのだろうか」(渡辺一彦医師)という指摘もありますが、メーカーは倫理より商売です。香りつき商品を低成長時代の数少ない売れ筋商品と位置づけ、競うように宣伝・販売に努めています。
(筆者は日本香料工業会・高砂香料工業・日本石鹸洗剤工業会・P&Gジャパン・花王・ライオンに取材を申し込んだが、すべて断られた)
こうした実態にたまりかね、被害者と支援者が結成した「香料自粛を求める会」など4団体は2013年12月、文部科学省に対し、教職員や児童生徒に強い香りの着香製品は自粛するよう呼びかけてほしいと要望しました(注4)。
続いて翌年1月には厚生労働省に対し、①香料の健康影響を広く知らせるとともに、規制に必要な調査・研究を始める、②保育園・病院・福祉施設の職員・利用者・来訪者に強い香りの着香製品の自粛を呼びかける、などの要望をしました(注5)。
関西では、日本消費者連盟関西グループが13年に被害者、14年には大阪府内の消費者センターと府内市町村の教育委員会にアンケートをし、その結果を踏まえて香料による健康被害をなくすための具体的な提案をしています(注6)。

◆公的規制が必要だ
しかしこれまでのところ、政府・自治体とも実効ある対策を打ち出していません。
少数の自治体が、「化学物質過敏症への理解とご協力をお願いいたします」とサイトに掲載したり(大阪府和泉市など)、「香料自粛のお願い」のポスターを作製・掲示したり(岐阜市、埼玉県など)している程度です。
その一方で、「大変心苦しいのですが、法的に規制がない状況のもとでは、県として香料の使用・利用の自粛を呼びかけるのは困難」(佐賀県)とする自治体もあります(注7)。
やはり何らかの公的規制が必要なのです。たとえば以下のような対策が考えられます。
▽政府・都道府県・市町村は、香料による健康被害の実態を調査し、被害が頻発・拡大していることを広く知らせる。
▽同時に、公共施設では香料を使用しないよう指導し、とくに子どもを香料被害から守るよう教職員などを指導する。
▽政府は、商品に含まれる香料の成分名を具体的に表示するよう義務づける。少なくとも、アレルゲン(アレルギーの原因物質)となる香料成分の表示を義務づけた欧州連合(EU)並みの対策を実施すべきだ(EUの対策については後の回で説明する予定)。
▽香り商品にはタバコと同じように「香料によって健康被害を受けることがある」という趣旨の表示を義務づけ、テレビ・雑誌などの宣伝・広告は自粛させる。

注1 シャボン玉石けん・ニュースリリーズ(2017年8月16日)
注2 環境基本法によれば、公害とは、事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる大気の汚染・水質の汚濁(中略)・悪臭によって、人の健康または生活環境に係る被害が生ずることである。
注3 国民生活センター「柔軟仕上げ剤のにおいに関する情報提供」
注4 香料自粛を求める会など「学校等における香料自粛に関する要望」
注5 同「香料の健康影響に関する調査および病院・保育園等における香料自粛に関する要望」
注6 日本消費者連盟関西グループ「香りが苦しい」「同PartⅡ」
注7 佐賀県民の「香料被害のポスター掲示のお願い」に対する同県の回答

*本稿は「ひろがる『香害』」(『週刊金曜日』2016年6月3日号)に最新の情報を追加し、書き改めたものです。
          20170914香害チラシの縮小

2017.09.13  原発にも戦争にもさようなら
  脱原発団体が反転攻勢へ

岩垂 弘(ジャーナリスト)

 脱原発を掲げる「『さようなら原発』一千万署名市民の会」が、「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会の協力を得て、9月18日(月、敬老の日)、東京・代々木公園B地区で「ともに生きる未来を!さようなら原発さようなら戦争全国集会」を開く。同会が全国規模の集会を開くのは今年の3月20日以来で、6カ月ぶり。

 「『さようなら原発』一千万署名市民の会」は、経済評論家の内橋克人、作家の大江健三郎、落合恵子、澤地久枝、瀬戸内寂聴、ルポライターの鎌田慧、音楽家の坂本龍一各氏らの呼びかけで2011年3月の東京電力福島第1原発事故直後にスタートした、原発廃止を求める署名運動団体。すでに870万を超す署名を集めている。

 同会はこれまで何回も全国集会を開いてきたが、この時期にそれを開くことにしたのは、まず、「2011年3月の福島原発事故から6年を迎えたいまも、8万人近い人々が苦しい避難生活を余儀なくされ、補償の打ち切り、帰還の強制など、被災者の切り捨てともいえる『棄民化』が押し進められている」(全国集会参加を呼びかける同会のチラシから)のに加えて、安倍政権と電力業界が原発再稼働をいっそう推進しようとしているからだ。
 現在稼働中の原発は、九州電力の川内原発1号機、同2号機(鹿児島県)、四国電力の伊方原発3号機(愛媛県)、関西電力の高浜原発3号機、同4号機(福井県)の5基だが、九州電力が来年1月に玄海原発3号機(佐賀県)を、関西電力が来年の1月に大飯原発3号機、3月に同原発4号機(いずれも福井県)を、それぞれ再稼働させる予定だ。
 加えて、原子力規制委員会が9月6日、東京電力が再稼働を目指す柏崎刈羽原発6、7号機(新潟県)について、新規制基準に適合したとする技術的な審査結果と、同社の適格性を判断した文書を近くまとめる方針を決めた。
 こうした情勢に、脱原発運動関係者は危機感を深めており、原発廃炉と核燃料サイクルの中止を求める運動を再び盛り上げようというわけである。

 それに、改憲を悲願とする安倍首相が今年5月に「2020年までに、憲法9条3項に自衛隊を明記したい」と提起したことだ。同会は「安倍政権の暴走が止まりません。秘密保護法、戦争法、共謀罪の新設に続き、憲法9条の改悪を打ち出しています。私たちを戦争の泥沼に引きずり込もうとする動きで、決して許すことはできません」(全国集会参加を呼びかける同会のチラシから)として、「暴走政権に『NO!』の声をあげましょう」と呼びかけている。

 同会は、これまで、集会の中心スローガンには専ら「脱原発」を前面に掲げてきた。ところが、今回の全国集会のスローガンは「さようなら原発さようなら戦争」で、「脱原発」と「反戦」を同列に置いた。これは初めてのことで、脱原発団体としても日本の軍事化に突き進む安倍政権に対し強い警戒心を表明したものと言える。
 主催者は、1万人以上は集めたい、としている。

 同会によると、全国集会のタイムスケジュールは以下の通り。

11:30 出店ブース開店
12:30~13:30 けやき並木ステージ
     福島からの報告
     憲法課題:古今亭菊千代さん(落語家)
     憲法課題:清水雅彦さん(日本体育大学教授)
     沖縄から:山城博治さん(沖縄平和運動センター議長)

12:30 開会 野外ステージ
     うた:松崎ナオさん
    
13:30 発言 司会:木内みどりさん(俳優)
     鎌田慧さん、落合恵子さん、澤地久枝さん
     福島から:佐藤知良さん(ひだんれん幹事)
     自主避難者から:森松明希子さん(原発賠償関西訴訟原告団代表)
玄海原発から:徳光清孝さん(原水爆禁止佐賀県協議会会長)
     沖縄から:山城博治さん(沖縄平和運動センター議長)
     総がかり行動から:福山真劫さん(総がかり行動共同代表)
    うた:趙博(チョウ・パギ)さん

15:00 デモ出発
渋谷コース:会場→渋谷駅前→明治通り→神宮通公園解散
原宿コース:会場→原宿駅→表参道→外苑前駅周辺解散

連絡先:さようなら原発1000万人アクション事務局
     東京都千代田区神田駿河台3-2-11 連合会館1F 原水禁気付。TEL:03-5289-8224
2017.09.08 「平和の鐘 一振り」10年、60数カ所に
   長崎原爆の惨禍を忘れまい

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 8月は、日本人が戦争と平和ついて考えたり、行動する月である。広島原爆の日(8月6日)、長崎原爆の日(8月9日)、終戦記念日(8月15日)など戦争と平和にからむ事跡がこの月に集中しているからだ。今年もこれらの事跡にちなむ催しが展開されたが、その一つを紹介したい。「平和の鐘 一振り」運動が今夏で10年を迎えたことである。

 今夏も8月9日、長崎で原爆が炸裂した午前11時2分に、国内外の寺や教会で「長崎を最後の核兵器使用の地とし、これからは核のない世界を築こう」との祈りを込めた鐘が鳴り渡った。長崎出身の作家で被爆者の鶴文乃さん(茨城県つくば市)が提唱した「平和の鐘 一振り運動」に寺や教会側が応えたものだ。

 長崎に原爆が投下された時、当時4歳だった鶴さんは爆心地から約4キロの山奥に母といて被爆。父と兄は長崎市内に出かけていて被爆、数日後に亡くなった。それだけに原爆へのこだわりが強く、これまで長崎原爆をテーマとした小説やノンフィクションを書いてきた。
 
 執筆活動のかたわら、2006年に次のようなニュースレターを内外の友人・知人へ英文と和文で送った。
 「うち鳴らそう、世界中の鐘を! それもたった一振りの鐘でいいから、毎年8月9日AM11:02(日本時間)に!
 1945年8月9日11時2分にアメリカによって、長崎の浦上に投下されてから61年になりました。当時3、4発しかなかったとされる原爆(核兵器)は、今や3万発を超えていると言われます。幾度となく完全に地球を破壊するのに十分な数です。
 数限りなく生命を育んでいる地球を、人間の勝手で破壊していいわけありません。そこで、最後の被爆地、長崎の悲劇を忘れず、これから核なき平和な地球を祈願して、全世界の平和の鐘(教会、諸施設など)を、毎年8月9日11時2分(日本時間)に合わせて、一斉に鳴らせましょう! たった10秒間で約7万の犠牲者を出した、その一瞬を実感するために、たった一振りの鐘で結構です。
 犠牲者を多く出した浦上地区はカトリック信者の町でした。どうか全世界の教会がリードして、この『平和の鐘 一振り運動』が広がりますように。このニュースレターを受け取ったあなた、あなたの町の教会やお寺に働きかけてください。世界では真夜中に鐘が鳴る地域も出てくるでしょう。うるさいと怒らず平和のために祈ってください。日本も戦争ができる国になろうとしています。平和を願う人々が連帯することが、最後の希望になると信じます」

 ニュースレターを出すまでには、鶴さんに二つの思いがあった。それまで海外で生活する機会があったが、そこで痛感したのは、アメリカによる宣伝が行き渡っていて、原爆の使用により戦争の犠牲者が少なくてすみよかったと信じている人が多かったことだった。「このままでは、核兵器を使用してもいいということになりかねない」と思ったという。
 もう一つは、日本国内でも、年を経るにつれて、8月9日に長崎で何が起きたかを知らない人たちが増えてきたことだった。

 どうすれば長崎で起きたことを知ってもらえるだろうか。そして、どうすれば核兵器の怖さを知ってもらえるだろうか。そう悩んでいた時、たまたま目に止まったのがNHKテレビのドキュメンタリー『原爆投下・10秒の衝撃』だった。それは、原爆が広島の街を壊滅させるのに10秒しかかからなかった、と伝えていた。「そうだ。この10秒間の恐ろしさを世界の至るところで、体感することはできないものだろうか」。そこで思いついたのが「平和の鐘 一振り運動」だった。

 寺、神社、教会、公の施設などにお願いして、あの瞬間に、鐘や鈴、サイレンを鳴らしてもらうという運動だ。これを耳にした人たちは、「いったい何だろうと」と思案するにちがいない。運動の趣旨を説明すれば、それが、核兵器がもつ非人道的な残虐さを伝える警鐘であり、原爆の犠牲者への鎮魂と「核なき社会」実現への祈りを込めた響きであることを理解してくれるのではないか、と考えたわけである。

 運動を広げたい。が、一人では限界がある。そこで、運動の趣旨に賛成する人を増やし、その人たちが自ら近くの寺、神社、教会、公の施設などに足を運んで「平和の鐘 一振り」を頼む、というやり方はどうか、と考えた。そこには「そうすれば、ヒロシマ・ナガサキを被爆者だけの問題に終わらせず、市民の1人ひとりが自らの問題としてとらえることができるはず」「平和運動は特定の人たちに委ねるのでなく、市民のだれもが無理せずかかわれるものでなくてはならない」との鶴さんの思いが秘められている。

 その運動が、今夏で10年になった。「一振り」に参加しているところを正確には把握できていないが、日本では東京、茨城、千葉、神奈川、静岡、滋賀、長崎、宮﨑の8都県で計約60カ所ではないかと鶴さんは推計している。寺、キリスト教の教会、天理教の教会、幼稚園などだ。鶴さんからの要請に応えたところが大半だが、鶴さんの友人の要請で「一振り」に参加したところもある。
 寺では、東京・大塚の護国寺、浅草の長昌寺、大田区の池上本門寺、調布の深大寺、横浜の総持寺、滋賀県大津市の延暦寺も「一振り」に参加しているという。教会では、自由ヶ丘めぐみ教会(つくば市)、カトリック沼津教会、福音ルーテル沼津教会など。
 海外でも数カ所で、8月9日に一斉に鐘が鳴らされる。フランス、ベルギー、ドイツ、オーストラリア、アメリカなどで、教会によって行われているという。

 日本におけるこれまでの平和運動は、団体や組織の主導で行われることが多かった。鶴さんの試みは、やろうと思えば1人でも可能であることを示している。
2017.09.06  安倍9条改憲を許さず
 護憲派が大同団結して新組織結成

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 安倍首相が「憲法9条改定」に突っ走る中、それの阻止を目指す護憲派が大同団結して新しい護憲組織を結成した。「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」といい、9月8日(金)午後6時30分から、東京・中野区の「なかのZERO」大ホールでキック・オフ(発足)集会を開く。今後、3000万人を目標に「9条改憲に反対する署名運動」を全国で展開する。

 「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」の結成は、その発起人らが9月4日に衆院第1議員会館で記者会見して発表した。
 それによると、「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」は、発起人19人の呼びかけに応えた団体・個人が参加して8月31日に結成され、実行委員会が発足した。

 発起人19人は、有馬頼底(臨済宗相国寺派管長)、内田樹(神戸女学院大学名誉教授)、梅原猛(哲学者)、落合恵子(作家)、鎌田慧(ルポライター)、鎌田實(諏訪中央病院名誉院長)、香山リカ(精神科医)、佐高信(ジャーナリスト)、澤地久枝(作家)、杉原泰雄(一橋大学名誉教授)、瀬戸内寂聴(作家)、田中優子(法政大学教授)、田原総一朗(ジャーナリスト)、暉峻淑子(埼玉大学名誉教授)、なかにし礼(作家・作詞家)、浜矩子(同志社大学教授)、樋口陽一(東北大学・東京大学名誉教授)、益川敏英(京都大学名誉教授)、森村誠一(作家)の各氏。
 実行委員会には、総がかり行動実行委員会(正式名称は「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」)に加わる19団体のほか、九条の会、それに立憲デモクラシーの会、安全保障関連法制に反対する学者の会、安保関連法制に反対するママの会の有志が参加している。九条の会が他団体と共闘するのは初めてという。 

 発起人の1人によると、今回の「全国市民アクション」結成のイニシアチブをとったのは総がかり行動実行委員会という。安倍政権が成立を図った、集団的自衛権の行使を可能にするための安保関連法案を阻止するためにつくられた組織で、その中核をなすのは旧総評系の「戦争をさせない1000人委員会」、共産党系団体が中心の「戦争する国づくりストップ!憲法をまもり・いかす共同センター」、市民団体の「解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会」の3団体である。そして、同実行委はこれまで、安保関連法に反対して国会周辺で大規模な集会・デモを繰り返し展開したほか、毎年5月3日の憲法記念日には、横浜や東京で大規模な護憲集会を開いてきた。

 発起人の1人が続ける。「安倍政権がいよいよ9条改憲に乗り出してきたので、総がかり行動実行委としては、安倍政権の攻勢に対抗するためには運動の幅をもっと拡大しなくては、と考えたのではないか。九条の会などが加わるとなると、運動の幅はこれまでよりさらに広くなるので歓迎したい」

 総がかり行動実行委が安保関連法案廃止を目指して全国で展開している署名の目標は2000万筆だ。これに対し、これまでに集めた署名は1580万筆。こんどの全国市民アクションの「9条改憲に反対する署名」の目標は3000万筆。果たして、達成できるかどうか。
 全国市民アクションは、署名運動のほかに、11月3日などに大集会も予定している。全国各地で学習会も開催するという。
2017.08.30 東海原発再稼働を許すな!! 子どものために! 未来のために!
韓国通信NO534

小原 紘 (個人新聞「韓国通信」発行人)

 天候不順だった今年の夏もおしまい。茨城県東海村の老朽化した、日本原電の東海第2原発が再稼働しそうだ。「8.26原発いらない茨城アクション実行委員会」主催の集会にでかけた。
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 集会は8月26日、東海第2原発に近い公園で開かれた。雨と猛暑が予想されるなか、近県から千人を超す市民たちが集まった。日本の原発の「発祥地」といわれる東海村で日本原子力開発史上初の死者を出した事故(民間ウラン加工施設JCO東海事業所での臨界事故、1999年)があったことは記憶に新しい。その上、2011年3.11の東京電力福島第1原発の事故が今なお収束していないのに、耐用年数40年を超える東海第2原発を再稼働するとは信じがたい。
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 原発のある鹿児島や愛媛、福井に出かけるには時間があっても経済的負担が大きい。隣県の原発なら地元の人たちと一緒に汗をかくのも悪くない。なにしろ自宅から直線距離にして100キロもないところだ。
 そんなところに出かけて行っても「あまり意味がないんじゃない? 」といわれそうだが、本人も自信はない。
東京電力福島第1原発の事故以来、自分の気持ちを体と声で確かめている。他にやれる能力がないのでこれが精一杯。集会の後、原発を包囲するために一時間程行進して汗を流した。<写真・上は集会の模様、下はデモ行進>

<スポーツクラブで>
メタボと高血圧対策にスポーツクラブに通い始めてから十数年になる。運動もひとりでは長続きしそうもないので、お金を払って健康を買っている。
先日、そのクラブの女性インストラクターが、私を含めて30人の生徒の前で福島県浪江町に家族旅行をしたことを話した。死んだような町を見て「原発の恐ろしさを実感した」と話すと、会場がシーとなった。深刻に受け止められて、話した本人はびっくりしたようだ。
我孫子市は4億円に近い損害賠償を東京電力に請求した(8月21日)。市の請求には住民1人ひとりの被害は含まれていない。子どもたちの健康についても不安を残したままだ。市議会は「再稼働反対」の意見書を2年前に採択した。「風化」したように見えて市民は原発の恐ろしさを忘れてはいない。

<常磐線イマダニ復旧セズ>
東京と仙台をつなぐ常磐線は、福島第1原発の事故から6年たっても不通のままだ。津波の被害と原発の被害が重なった。山手線が10分遅れても駅の電光掲示板に表示されるのに、常磐線の不通は知らされない。原発事故を忘れさせたい政府に鉄道各社が「忖度」しているように見える。

2017.08.25 クルド人国家独立への住民投票迫る(下)
自治区首都アルビルで交渉つづく

坂井定雄(龍谷大学名誉教授)


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クルディスタン(クルド人の主な居住地域―英語版ウイキペディアから)

イラクのクルド人自治区政府が9月25日に予定している、独立の可否を問うクルド人住民投票についてのイラク政府・与党と自治区政府代表団の交渉は、14日から20日まで1週間、首都バグダッドで行われ、さらに2週間以内に、自治区の首都アルビルで再開することになった。
クルド代表団側は、イラク政府・与党が求める住民投票延期の可否についての最終的決定は、あくまで9月25日実施を主張しているバルザーニ議長(大統領)の下、アルビルで行わなければならないと主張。政府・与党側も同意したという。クルド代表団のシャゥエイス代表は20日、双方の立場はこれまで以上に近づいたと記者団に語った。
一方、イラク政府与党・代表団のクザイ代表は、「双方の立場は近寄りつつあるが、これ以上の交渉はアルビルで行わなければ進まないだろう」と語った。
クルド代表団に近いロイター通信は、クルド代表団の発言として、「相手側は、独立投票の延期をあくまで求め、その代わりに政治的、経済的譲歩を行うと主張している」と伝えている。
政治的譲歩とは、すでにクルド自治政府が独立国並みに得ている行政的、軍事的決定権さらに周辺諸国や国連機関との交渉権限を拡大することであり、経済的譲歩とは国家予算の配分の確定と石油輸出の問題など。石油については、世界的な油田地域キルクークからトルコのジェイハン港に輸出する原油収入の取り分の確定とその実行問題だ。何度も書いたが、イラク国家の1州であるキルクークをモスルに続いてIS(イスラム国)が占領し、クルド人武装勢力がすぐに取り戻し、そのまま自治区が編入した既成事実をどうするか。自治区政府は、来るべき独立住民投票にキルクークを含めているが、イラク政府はとうてい認められないだろう。今回のバグダッドでの交渉でも、キルクーク問題が協議された形跡はなく、棚上げされたままなのかもしれない。
 (主なクルド人居住地域クルディスタン)イラク、トルコ、シリア、イランにまたがる山地がクルド人の歴史的居住地域。面積は日本の1.5倍の約50万平方キロ。
クルディスタンのクルド人の正確な人口は不明だが、英語判ウイキペディアによるCIA(米中央情報局)の最近の国別推定人口はー
トルコ 1,450万人
イラン   600万人
イラク   500~600万人
シリア   200万人以下
計2,800万人に近い。どの国も、イラクでのクルド国家独立に反対している。
他に国外移住者が150万人うち半数はドイツ。ロシア、コーカサス・中央アジア諸国に40万人。

2017.08.24 安倍政権の危うい大学入試「改革」
-センター試験後の大学入試-

小川 洋 (大学非常勤講師)

はじめに
 第2次安倍政権下の大学入試改革は、13年秋の教育再生実行会議の提言から始まった。その後、元慶応大学塾長の安西祐一郎氏を長とする中央教育審議会(中教審)に移され、一年余りの審議を経て14年末に最終答申が出された。その答申は部会長自身が「今後の検討に期待する」と言い放ったほど雑なものであり、各方面から具体化の可能性を危惧する声が上がった。
答申を受けた文科省はワーキンググループ(WG)を設置し、この7月、最終的な「実施方針などの策定」が発表され、センター試験の名称も「大学入学共通テスト」と変え、4年後に全面実施されることとなった。今後は、この方針にそって実施に向けて準備が進められていくことになる。しかし、結論から言えば、最初のボタンの掛け違いが最後まで尾を引き、作業は遅れ、示された「策定」さえも、実施までには多くの困難を抱えたものとなっている。

安西中教審の答申の骨子は、以下のようなものだった。

(1) 思考力・判断力・表現力を中心とした評価
(2) 教科別試験に加えて総合型の導入
(3) 記述式の導入
(4) 年複数回実施
(5) 段階別表示(一点刻みの排除)
(6) 英語の四技能(読む、聞く、書く、話す)の評価と民間の資格・検定試験の活用

(1)は問うべき学力観を示し、(2)~(6)がその具体策である。現状の入試が、記憶力を測ることに偏り、高校以下の教育が「知識注入型」になっている、という見方が根本にある。現状のままでは、グローバル化が進展する新しい時代に求められる人材を育てられないとして、センター試験を全否定するかのように、その廃止も明言してしまった。しかし現状のセンター試験が万全ではないとしても、よく工夫された良質なものであることは、多くの教育関係者が認めるところである。誤った現状認識をもつ人物が部会長に就いたことが、そもそもの間違いだったと言わざるをえない。具体策を一つずつ点検していこう。

総合型テスト
高度な理解力や判断力を判定するには、教科単位ではない総合型のテストが有効ではないかというのだが、素人考えというしかない。テストとしては意味がないどころか、関係者を混乱させるだけである。例えば国語(日本語)や英語を交えながら社会科の内容を問うテストを考えてみよう。受験生の得点は、日本語能力、英語力と社会科の学力のいずれを反映しているのか不明である。数学と物理を組み合わせでも、最終的な得点が示すものが、数学の知識や技術のレベルなのか物理の知識や技術レベルなのか判然としない。物理の知識を確かめたい学部・学科は、個別の問の正答率を確認する作業が必要になるだろう。それなら、初めから物理の試験を課せばよい。中教審答申では、「当面は教科型と総合型を並行させ、将来的には総合型に一本化」としていたが、WGの作業過程において、この方向性は完全に否定され、教科型に落ち着いた。

記述式について
字数をめぐる議論の果てに、国語と数学で80~120字程度書かせることになった。この字数で「表現力」を測れると考える人は皆無だろう。ある程度の文章を書く経験をしている者には自明のことであるが、論理的な文章(散文)の表現力を確かめるには、原稿用紙3枚(1200字)程度以上の分量を書かせる必要があろう。実際に地方公務員試験や教員採用試験では最低でも800字程度以上は書かせる。しかし、そのためには相当な試験時間を割く必要があるうえ、50万人以上の採点には、膨大な人員と大規模な施設・設備の確保が必要となる。

このわずか百字前後の記述式回答も、その採点は民間業者へ委託する方針が示されている。想定されている民間業者とは、小学6年と中学3年を対象に実施している全国学力調査の採点を引き受けているベネッセなどを念頭に入れているのであろう。しかし実際の採点作業は、一定以上の学力をもつ大量の非正規雇用の労働者を動員して行われているものである。政府はこのため、数十億円の予算を毎年のように支出しているが、大学入試の場合は、「受益者負担」として、受験料の引き上げ要因となるだろう。

複数回実施
年数回行われているアメリカの進学適性検査(SAT)をイメージしているのであろう。「一発試験」の重圧を経験してきた多くの国民にとっても響きのいいアイデアである。しかし臨教審でも取り上げられ、その困難さが指摘されて消えてきた経緯もある。フランスやドイツなども受験機会は基本的に一回である。

アメリカは何が違うのか。アメリカの初等・中等教育は植民地時代から地域に委ねられてきた。開拓民たちが自前で積み重ねてきた学校教育が前提にある。したがって、中等教育の内容に統一基準を示すことは不可能であり、大学入学希望者の教科知識の習得レベルを高校修了時に問うのは不可能だ。その代替として、潜在的な学習能力を測る検査が発達してきた。

 日本では教育内容は学習指導要領に詳細に指定されている。ただし各教科・科目を何年生に置くか、また採択する教科書も学校の裁量に委ねられている。例えば物理や化学を1,2年生で終わらせる学校もあれば、2,3年で履修させる学校もある。教科書によって単元の並べ方も異なる。3年生の年度途中に全国一斉テストをすることは不可能である。教育研究者や文科省のスタッフの助言を聞いていれば、このような無意味な提案は避けられたはずだ。これもWGの作業のなかで早い段階で否定され、現状の入試センター試験とほぼ同時期の一回の実施という結論となった。

段階評価について
「一点刻み」の否定は俗受けしやすいだろう。しかし一点刻みがなぜ発生するのか考えれば、理由は定員制に行き当たる。大学側に受け入れ人数に関する裁量が認められていれば、一点刻みは発生しない。各大学が教員数や施設・設備の条件の範囲内で合格者数を決められれば、学力水準(段階)で合格者を決定できるのである。

ところが現在の国立大学では、それは許されない。定員以上の応募者があっても、大学・学部の教育に耐えると判断できる応募者が少ないために定員を下回る合格者数とすれば、大学はペナルティを課される。私立大学であれば経営上の理由から許されない。答申では段階評価とすることを提案したが、定員制度のもとでは「最後の一人」を判定するためには、いずれかの資料の「点差」によるしかない。例えば地元優先を選抜方針に掲げる公立大学が段階評価で一塊になったグループから、最後の一人を選ぶとすれば、大学からの距離(1メートル刻み)で決定することになるだろうか。「策定」でも、採点は一点刻みとする結論になった。

民間検定の活用(英語)
 具体的に指摘されているのはTOEICと英語検定である。TOEICは基本的にビジネス・英語の運用能力試験である。990点満点の5点刻みで結果が示されるが、現状のTOEICが大学教育を受けるに必要な英語力を測るのに相応しいと考えるものは少ないだろう。また英検では5級から1級までの7段階(準1、準2がある)しか示されない。大学側としては選抜資料としての利用するうえで不便を強いられることになる。「策定」では、当面、センター試験と外部資格試験を併用するとしている。

結論
以上のように安西氏の掲げた新たな大学入試の構想は、その具体化策のほとんどが否定され破綻している。「策定」公表後、文科省の担当者(7月段階では大学入試センター副所長)は「一歩一歩着実に進んでいる」(「月刊高校教育」8月号)としているが、なにか自嘲的な響きさえ感じさせるのである。

当の安西氏が何を考えているのか知りたいところだが、「策定」の公表の直前に発足した竹中平蔵氏が代表を務める「教育改革推進協議会」の発会式に名前を連ねている。竹中氏といえば、小泉政権下で派遣労働の規制緩和する法制整備の中心にいて、その後、自ら労働者派遣企業の顧問に納まり、多額の報酬を得ていることが知られている。発会式には教育情報企業も参加している。大学入試の一部が「民間」に委ねられることになる。彼らのビジネスチャンスということだろう。大学入試改革も、国家を私物化し、国家解体を進める安倍政権の姿勢をよく示している。