2019.03.22 原発推進の安倍政権を打倒しよう
   事故から8年、今年も「さようなら原発全国集会」
                                   
岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 東京電力福島第1原子力発電所の事故から8年周年を記念して、「3・21さようなら原発全国集会」と銘打った集会が祝日の3月21日午後1時30分から、東京の代々木公園で開かれた。福島第1原発の事故後、毎年この時期に催されている集会で、全国各地から、労組員、生協組合員、護憲団体関係者、一般市民ら約1万人(主催者発表)が集まった。原発推進政策が行き詰まっているにもかかわらず原発の再稼働を進めたり、沖縄・辺野古で米軍新基地建設を強行する安倍政権への反発は強く、同政権の退陣を求める声が相次いだ。
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会場に林立する組合旗

 集会を主催したのは、内橋克人(経済評論家)、大江健三郎(作家)、落合恵子(作家)、鎌田慧(ルポライター)、坂本龍一(音楽家)、澤地久枝(作家)、瀬戸内寂聴(作家)の各氏ら9人の呼びかけでつくられた「さようなら原発一千万署名市民の会」。
 昨年の全国集会はみぞれが降り注ぐ中での集会だったが、今年は晴天に恵まれた。それでも、時折、強風が吹きつけ、会場は砂塵に包まれた。参加者は首都圏からやってきた人たちが多かったが、組合旗、団体旗から見て、北海道、岩手、山形、宮城、福島、新潟、山梨、群馬、栃木、静岡、大阪、香川などの道府県からの参加者もあった。
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東海第2原発の再稼働反対を訴えるのぼり。上部は手作りカッパの頭。茨城県牛久市からきた女性たちで、牛久にはカッパ伝説があるという

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脱原発を訴えるプラカード。中央の絵はストップを意味するドイツの交通信号だという

 集会では、まず、呼びかけ人の鎌田氏が主催者あいさつをしたが、同氏はその中で、まず「悲しいお知らせをしなくてはなりません。福島の原発事故以来、経産省前にテントを建て脱原発運動の先頭で頑張ってきた淵上太郎さんが昨日亡くなった。78歳。私たちは彼から廃炉を託された。原発のない社会を1日も早く実現しよう」と述べ、さらに、こう続けた。
 「原発事故以後、小泉、鳩山、菅、野田と歴代の首相は皆、今や原発はだめだと言っている。なのに、安倍首相は2030年には、電力の20%を原発でまかなうと言っている。原発は技術的にも道義的にももう破たんしているのに、安倍政権はなお原発再稼働に必死で、まさに自分たちだけがもうければいいという政権だ。こんな無責任な政権には辞めてもらわねば」
 「沖縄で米軍基地の辺野古移設をめぐって県民投票が行われ、県民の70%が辺野古基地はいらないと言っている。基地を作らせないために、そして、沖縄の自然を守るために頑張ろう」

 福島から参加した人見やよいさん(福島原発告訴団・フリーライター)は「事故から8年という言い方はおかしい。火事だって、火が消えない限り鎮火とは言わない。福島では、いまだに放射能がぼこぼこ出ていて、原発事故は進行中なんです。復興していないんです。どうか、こうした現状を知ってほしい」と訴えた。

 呼びかけ人の1人として登壇した落合さんは「安倍首相の4選が話題になっている。でも、安倍首相の時代がこれからさらに続くなんてもういやですね。もうそうさせないようにしましょう」「安倍首相の大好きな言葉は『寄り添う』です。寄り添うとは、痛みを共有することです。でも、首相がやっていることは逆。沖縄でも、福島でも。こんな政権は、私たちの手で変えましょう」と話した。

 原子力規制委が再稼働を認めた、日本原電の東海第2原発(茨城県東海村)の再稼働反対を呼びかける訴えもあった。
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原発反対、安倍政治反対のスローガンを書き込んだ傘をさして参加した女性

 集会は「東海第2原発の再稼働反対」「廃炉」「核燃料サイクルの見直し」「野党提出の原発ゼロ基本法案の審議開始」などを盛り込んだアピールを採択、その後、参加者は2コースに分かれてデモ行進した。
さよなら原発2019写真(2)訂正分
デモ行進に出発する集会参加者
2019.03.16 問題が多い中休勤務と勤務間インターバル
休憩時間は単にあれば良いというものではない

杜海樹 (フリーライター)

  一般には知られていないが運輸業界に特有な勤務体系、特に路線バスや電車の勤務体系として「中休(ちゅうきゅう)勤務」というものがある。どういうものかと言うと、路線バスの運転手などの場合では、朝夕の通勤時間帯が繁忙時間帯であり猫の手も借りたい忙しさとなるが、日中などは乗客が少なくなり人手が余ってしまう。そこで、勤務としては、例えば午前5時に出勤して午前9時で一旦退社、午前9時から午後3時までは中休、午後3時から午後7時まで再出勤、午後7時から午後8時まで1時間残業して1日の業務を終了し帰宅するというような勤務体系のことだ。
 1日をトータルにすると午前に4時間、午後に4時間で合わせると8時間労働、残業時間を1時間とすると1日の総労働時間は9時間ということになる。こうした働き方は統計上でも残業込みで9時間分の労働として取り扱われ、何の問題もない働き方として処理されてきた働き方なのだ。だが、この働き方を細かく見てみると、実はかなり問題のある働き方なのだ。

 先ほど述べた時間配分例をモデルとし、通勤という観点から改めて見てみたい。まず、出勤は午前と午後で1日に2回あることになる。家に戻ろうとすれば通勤時間は当然のことながら2倍になる。仮に通勤時間を都市部で一般的な片道1時間とすれば、2往復すると4時間必要ということになる。従って、昼間の中休時間が午前9時から午後3時まで6時間分あったとしても通勤の行き戻りで2時間が消えてしまい休み分は4時間しかないことになる。
 また、朝に出勤してすぐ帰宅し再び出勤するというのも面倒な話であり、家に帰らないケースもあるであろう。もちろん休み中とはいえアルコール等も飲むこともできないし次の勤務に支障を来すようなことも一切できない。結局、休みがあっても名ばかりとなりがちで、実態は限りなく待機に近いものとしてあり、朝5時から夜8時までの15時間拘束されているのと大差がない働き方としてある。

 次に、睡眠という観点から見てみると、仮に1日の仕事が午後8時にすべて完了したとしても、翌朝5時に出勤するとなれば、夜間休息のトータルは9時間しかないことになる。通常のサラリーマンが午前9時に出勤し午後5時に退社するとすれば、残業がなければ夜間休息のトータル時間は連続して16時間ある訳で、比較して見ても著しく短いことがうかがえる。そして、トータルで9時間しかない夜間休息から通勤時間2時間分と食事時間として1時間分を引けば残りは6時間となる。さらに、入浴等の最低限の生活時間を差し引けば睡眠時間の確保はトータルで4~5時間程度しかないという計算になる。もちろん、残業が増えれば、睡眠時間は限りなくゼロに近づいていくことになる。

 1日の休み時間をトータルすると昼間に6時間、夜間に9時間で合計では15時間分あるわけだが、休み時間が連続ではなく分断されており、十分な睡眠時間が確保できるとは言い難い状況と言えよう。昼間の中休時間にも寝ようと思えば全く寝られないわけではないだろうが、明るい日中であり、仕事の緊張感もありで、仮に寝られたとしても1~2時間程度の浅い睡眠にしかならないであろう。人間は生物としてのヒトとして、連続して7時間から9時間程度の睡眠をとることは必要とされており、細切れでは疲労は蓄積し病気の誘発も避けられないというものであろう。
 近年、バスや電車の運転手に居眠りが目立つ等の報道がされるが、実態として寝不足にならざるを得ない勤務形態があるということも知っていただければと思う。

 さて、こうした夜間休息時間の短さに対し、睡眠時間が確保できるよう、勤務明けから次の勤務開始までは最低でも11時間空けるようにとの要求が労働組合等からも強く主張されるようになってきた。連続して11時間という長さはEU労働時間指令(EUが加盟国に対し労働時間についての国内法整備を課している)において24時間につき最低でも連続11時間の休息が必要と謳われていることが根拠となっている。こうした流れを受け、働き方改革の一環として、勤務間インターバル制度の導入が検討され、このほどようやく努力義務として加えられることになった。だが、その内容はまだまだ不十分なもので、「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」という厚生労働省の告示においても1日の休息期間は継続8時間以上あればよいことになっており、運転手の拘束時間は16時間まで可能となったままであり、運転手が安心して眠れる環境が整うまでには、まだまだ道が遠いと言えよう。

 さらにもう1点、仮に勤務間インターバル制度の充実により11時間の休息が確保できるようになったとしても問題はなくならないということも付け加えておきたい。なぜなら、労働時間を考える上での前提となっている“1日とは何か?”という最も根本的な問題が実は手つかずという問題があり、労基法上の定めもなく(「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」の中に限っては、1日とは「始業時から起算して24時間をいいます」との記述があるが)、就労上の1日と暦上の1日が必ずしも一致する必要はないということがあるからなのだ。そして、勤務間インターバルにおいては、休息時間確保のためなら翌日の始業時間を繰り下げてもよいとされており、インターバルとしての最低時間さえ確保されていれば、昼夜関係なく始業時間も変動するなかでの就労を強いられることにもなりかねないからなのだ。
 
 人間の体は長い月日をかけ、太陽が昇る時に目覚め、沈む時に眠るようにできている。この自然のリズムに逆らえば、海外に出かけなくても時差ぼけが発生し、健康や安全が担保される保障もないと言えよう。
2019.03.07 深刻化する「子どもの貧困」
日本生協連の調査でも明らかに

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 安倍政権は「アベノミクス」の成果を盛んに強調するが、アベノミクスが「子どもの貧困」を加速させていることが明らかになった。日本生活協同組合連合会(324生協加盟、全国の組合員数は2873万人)が昨年暮れに発表した「子どもの貧困支援に取り組む生協」についての調査結果だ。

 子どもの貧困への社会的関心が高まる中、日本生協連はこの問題を地域の問題としてとらえ、2015年度から、貧困に直面している子どもたちを支援する活動を続けている。具体的には「フードバンクまたはフードドライブ」、「子ども食堂」、「学習支援」といった活動だ。

「フードバンク」とは、食品を取り扱う企業から、製造・流通過程などで出る余剰食品や規格外商品、店舗で売れ残った賞味期限・消費期限内の食品などの寄付を受け、無償で必要な人や団体に提供する活動である。「フードドライブ」とは、家庭で余っている食品を持ち寄り、福祉団体や施設、フードバンクなどに提供する活動のこと。「子ども食堂」とは空腹であったり、1人で食事をしている子どもたちに、無料または低額で食事を提供する取り組みをいう。「学習支援」は、貧困家庭の子どもたちの勉強を支援する活動だ。
 日本生協連によれば、生協によるこうした活動は生協単独で行うというよりは他の団体、例えばNPO法人やJA(農業協同組合)と連携して行う事例が多いという。

 日本生協連が昨年実施した「子どもの貧困支援に取り組む生協」についての調査は、日本生協連が約130の地域生協に対し2017年度の取り組みについて聞き取りをするという形で行われた。90の地域生協から回答があり、うち54生協が具体的な取り組みを挙げた。
 その内訳は「フードバンクまたはフードドライブ」44生協、「子ども食堂」30生協、「学習支援」14生協だった。合計が54を上回ったのは複数回答があったためだ。

 調査結果は、この3年間の変化も紹介している。それによると、これらの活動に取り組む生協が以下のように年々増加しているという。
◆フードバンクまたはフードドライブ=15(2015年度)→35(2016年度)→44(2017年度)
◆子ども食堂=12(2015年度)→26(2016年度)→30(2017年度)
◆学習支援=5(2015年度)→13(2016年度)→14(2017年度)

 子どもの貧困支援活動に取り組む地域生協が年々増えている。ということは、地域で貧困家庭の子どもが年々増えているということに他ならない。
 この原因について日本生協連の調査はコメントしていないが、原因はもはや明らかだ。つまり、アベノミクスは富裕層を生み出したが、その一方で、国民の間に経済的格差をもたらした。とりわけ、非正規労働者の増加は、低所得世帯の増加をもたらし、中でも母子家庭を苦境に追い込んだ。フードバンクや子ども食堂が支援の手を差し伸べなければならない子どもたちが増えてきたのも当然と言っていいだろう。



2019.02.23  現代版ジキルとハイド?
       素直に喜べない有給休暇

杜海樹 (フリーライター)

 国主導の働き方改革により労働基準法が改正され、2019年4月から有給休暇の取得が一部義務化されることとなった。有休休暇の権利を行使できる人のうち、年10日以上の有給休暇の権利を得ている労働者に対しては、そのうちの5日分の有給休暇取得が義務となった。違反すると30万円以下の罰金が課せられる。この事態を受け、関係各所は対応に追われているという。

 近年、日本の有給休暇の取得率は主要先進国の中では最低レベルが続いてきており、働き過ぎとの批判が続いてきた。日本の労働界、勤労者の間からも有給休暇の取得増は求められ続けてきた。そうした中、国主導とは言え、有給休暇の取得強化が図られたのであるから曲がりなりにも歓迎の声が聞こえてきても然るべきと思うところだ。しかし、実際には有給休暇の一部義務化で「嬉しい!」という声は全くと言っていいほど聞かれないのが現実だ。有給取得当事者の勤労者の側からも・・・だ。一体なぜであろうか?

 そこで、独立行政法人労働政策研究・研修機構が実施している「年次有給休暇の取得に関する調査」の結果を見て見たい。この調査によると、直近の日本の有給休暇の取得率は51.6%、取得日数は8.1日となっている。日本の有給休暇が年間最大で20日まで取得できる(1年繰り越し分を含めれば年間最大40日まで取得できる)ことや、フランスやドイツなどが完全有給取得(30日)となっている実態を踏まえるとかなり低いことが見て取れる。そして、注目すべきは、有給休暇を取り残す理由として「病気や急な用事のために残しておく必要がある」が64.6%、「休むと職場の他の人の迷惑になる」が60.2%、「仕事量が多すぎて休んでいる余裕がない」が52.7%を占めたという結果が示されている点であろう。

 昨今、過労死や長時間労働問題が喫緊の課題となり、製造業はもちろん、医療、介護、教育、運輸・・・とあらゆる業界で事態の改善が求められている。だが、日本の企業は99%が中小零細企業で占められており、企業体力にも一定の限界がある。そうした状況下で有給休暇が一部とは言え義務化されれば、どうなるかは結果を見るまでもない話なのかも知れない。
 例えば、看護師が1名しかいない小さな病院で有給休暇が義務化されたら、その日の看護を誰がおこなうのか。例えば、ドライバーが5名しかいない運送会社でドライバーが1名欠けたら、その日の配送を誰がするのか?例えば、災害等で早期対応が求められているところが有給休暇など取得などできるか?等々となろう。

 そうした時、会社等に余裕があれば、代わりの人間が勤める、臨時雇用で対処する等々の対応でやり繰りもできたであろう。事実、バブル時代の頃までは会社にはフリーで対応できる予備の人間が1人や2人いたものであった。しかし、今や余裕の余の字もない有様であり、仮に人手不足で求人したところで応募者もなく、やっと応募者が来ても免許も何もない・・・では休みなど取得できる訳もない。もはや日本社会全体が、倒れたら終わりの自転車操業状態なのであろう。そうした状況で有給休暇をあてがわれても、休んだ日の仕事は翌日にそっくり残されるだけであり、有給休暇の本来の狙いであるリフレッシュにはほど遠いと言わざるを得ないであろう。それどころか、休暇を取ってしまえば本人にとっても更なる労働強化が待ち受ける結果となり、恨みを買うだけといった惨状が待ち受けることにもなってしまうのであろうから。

 また、有給休暇の一部義務化の少し前の時点でも実は同類の話があったのをご存じであろうか。それは、2017年に経済産業省などが主導して始まったプレミアムフライデーというキャンペーンだ。このキャンペーンは月末の金曜日くらいは余暇で寛ぎ個人消費の拡大に繋げてほしいと国から15時の退社が推奨されたものであったが、結果は笛吹けど全く踊らずというものであった。今でもキャンペーンとしては存続しているらしいが、数パーセントの限られた会社以外は見向きもしていないため何の話題にもなっていない。

 話を少し戻すが、日本では「年次有給休暇の取得に関する調査」からも分かるように有給休暇が病欠のために使われることが非常に多かった。だが、有給休暇は本来は本人がリフレッシュするためのものであり、国際基準では有給を病欠にあてがうことは禁止されているのだ。日本はILO条約第132号「年次有給休暇に関する条約」を批准していないが、132号条約の第6条2項においては「疾病又は傷害に起因する労働不能の期間は、各国の権限のある機関により又は適当な機関を通じて決定される条件の下で、第三条3に定める最低年次有給休暇の一部として数えてはならない」と規定されており、病欠は有給休暇に使用してはならないのだ。病気を心配して有給休暇を取得できないというのは制度の主旨からして本末転倒の話なのだ。

 日本はもはや国民自らの権利行使も喜べない社会に変質してしまっていると言わざるを得なくなってきているのかも知れない。厚生労働省は、医療現場の特例としながらも過労死ラインを遙かに超える年間2000時間までの残業時間を認めようと検討をはじめており、一方で有給休暇の一部義務化を推進すると言いながら、その一方で2000時間もの残業を公認しようとしている。これでは、まるで勤労者にジキル博士とハイド氏両方の役割を演じるよう強いるものではないか。日本は大変な時代に突入してしまったようだ。

<杜 海樹氏の経歴>もり・みき。栃木県出身、東京都在住。文学士(社会学専攻)。生活協同組合、運輸会社、研究機関などを経て現在は労働組合で機関紙の編集等に携わる。世界一周を経てフリーで文筆活動もおこなう。フルマラソンの選手でもありランナーズマイスター。その他、ダンス、温泉、食生活などの分野にも明るい。
2019.02.06  安倍首相、「辺野古サンゴ移した」と印象操作
 
隅井孝雄 (ジャーナリスト、京都在住)

 NHK批判なしで安倍フェイク発言を放送
 安倍晋三首相がNHKの番組「日曜討論」(1月6日放送)で名護市辺野古の埋め立てに土砂を投入していることを問われた際、「土砂投入に際してはあそこのサンゴは移している」と答えた。この発言がフェイク(うそ)の発言だとする琉球新報、沖縄タイムス、朝日、毎日、東京などが一斉に批判を展開している。
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NHK日曜討論、1/6/19

 首相は同じ番組で「砂浜の絶滅危惧種も砂ごと移す努力を続けている」とも述べた
 放送の翌日沖縄県の玉城デニー知事は「現実にはそうなっておりません」とツイッターで移植を否定した。
 琉球新報によると、「埋め立て海域全体で約7万4千群体の移植が必要で、終わっているのは別の区域の希少オキナワハマサンゴ9群体のみだ。砂ごと生物を移す事業も実施されていない」(1/9)。首相は漠然とした「あそこ」という表現をしたが、実際に埋め立て海域のサンゴには手が付けられていない。
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土砂投入 報道特集 12/15/18

 沖縄県内ではNHKのこの放送について「埋め立てを強行で、全国的に反発がある。工事をいかにも慎重に進めているような印象操作としてサンゴの話を持ち出したのだろう」(沖縄タイムス)という見方が一般的だ。端的に言って事実にもとるフェイク発言だ。

政治家に批判、反論はしないのか
 問題の番組は「事前収録」であったことから、放送したNHKにも批判が向けられた。
 琉球新報は社説(1/9)で「(NHK)は、事前収録であるにもかかわらず、間違いであるとの批判もせずに公共の電波でそのまま流された。いったん放送されると、訂正や取り消しをしても影響は残る。放送前に事実を確認して適切に対応すべきではなかったか」と疑問を投げかけた。記者会見(1/10)でNHKは「自主的な編集判断に基づいて放送している。番組内で行った政治家の発言についてNHKとしてはお答えする立場にありません」(山内昌彦編成局計画管理部長)と繰り返すのみで、他メディアの質問には全く答えなかった。

世界のメディアのファクトチェックを学べ
 最近では世界各国の新聞、放送などのメディアは政治家の発言を「ファクトチェック」し、事実と異なる場合は紙面や番組で正確な事実を伝えることが常識だ。
 2017年6月にニューヨーク・タイムズ紙の「トランプのウソ」という記事を掲載、就任以来ツイッターなどでの大統領の事実にもとる発言を全て洗い出し、その対極にある事実を2ページにわたり明らかにした。ウソは100本にも上り、紙面を埋めた。
 NHKは番組の中でどこのサンゴをどこへ移したのか、などについて首相に問いただすべきであった。しかしこのままでは収まりがつかないと思ったのか5日後、1/11日の「ニュース・ウォッチ9」の中で、日曜討論の画面を出し「サンゴ移植が進んでいないので、沖縄県との調整を急ぐ」というコメントを放送した。しかし、土砂投入された海面下のサンゴはすでにつぶされたままだ。またサンゴ救出の具体案も聞こえてはこない。
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投入されたコンクリートブロックの下にサンゴが踏みにじられている、琉球新報 17年5月

 NHKは安倍首相のサンゴ発言を検証もせずに流すことによって、辺野古基地建設を擁護しているのではないか。

沖縄のサンゴ、世界でも貴重
 サンゴ礁は世界的に減少傾向にある。群生するサンゴは過去20年の間に40%以上も消えた。海の汚染に加え二酸化炭素の増大により水温が上がったことも原因している。アメリカでは、海に潜り、サンゴの苗を植え、育てて移植するボランティアが数多くいる。
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アメリカフロリダ沖でサンゴの稚魚を養殖するNPOダイバー アメリカ公共放送(PBS)より

 青く透き通った沖縄の海は世界でも有数なサンゴの天国だ。そのサンゴを踏みつぶし、土砂で埋め立てる行為はとても認められない。基地建設そのものを中止するか、サンゴを安全な場所に移植することが必要ではないか。
2019.02.01  政府を信じるな
          韓国通信NO587

小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)

政府を信じるな
「サヨナラ原発」集会で買ったバッジ(写真)が気に入って襟に付けている。それを見たフランス人青年(彼は日本語教室の生徒)から「イイデスネ! 僕モ欲シイ」と言われた。フランスでは毎週のようにマクロン政権に対する抗議デモが続いている。世界中で政府に対する不信が渦巻いているさなか、カラフルで可愛らしいバッジを付けている日本人を見て彼は共感したようだ。手に入ったらプレゼントすると約束した。

<ボクの叔母さん>
1月20日、仙台で一人暮らしをしている叔母の家へ新年の挨拶に出かけた。
92才になる叔母は結婚をしなかったので子供はいない。地域の人たちに支えられて暮らしている。定年まで電信電話公社(現NTT)に勤めた。母親(私にとって祖母)の介護と看病、仕事を両立させ、自分の山ほどの病気とケガを乗り越え、現在、年金生活を続けている。戦時中の「徴用」と仙台空襲。1978年の宮城県沖大地震、2011年の東日本大地震を生きた。105歳まで生きた母親の娘である叔母は、読書好きで進化の途上にある。
叔母は年齢と体調を忘れる「夢多き人」。歩行補助器を使う不自由な体にもかかわらず、「そうだ沖縄に行こう」、「韓国に連れてって」などと口走る。最近では世界一周クルーズの誘いがあったばかりだ。

チャレンジ精神が豊富で、最近、携帯電話をスマホに切り替えた。多趣味で謡を学び、鼓も打つ。囲碁は私の父が舌を巻くほど強い。「五目並べ」しか出来ない私にボケ防止にと盛んに囲碁を勧める。昔の記憶は鮮明だが直近の出来事を忘れるのは、おおかたの年寄りと共通だが、社会に対する関心が強く、かつその鋭さにはいつも驚かされる。専門家や学者からすれば年寄りの「たわ言」かもしれないが、「安倍と昭和天皇はダメ」、「今の天皇は及第点」といった具合だ。その理由も理路整然として、話しだしたらとまらない。文在寅大統領の顔は優しそうで立派だと言う。彼は民主化運動を支え、人権派弁護士として獄中にも入ったことのある苦労人という私の説明に頷いていた。

隣県福島の人たちへの思いは強く、2011年以降、断固「原発反対」である。宮城県の女川原発再稼働の動きを心配して東北電力に抗議の電話をかけた。また頑固なほどの死刑廃止論者でもある。益子の朝露館の会員募集を見て会員になった。仙台から新幹線で宇都宮、さらに益子までどうやって連れて行ったらいいのか、朝露館の急階段を考えただけで案内する自信が持てないでいる。彼女の見学の希望は実現できていない。
人々を不幸にした戦争は二度とあってはいけない。そんな思いから、従兄が書き残した戦争体験記録を『孫たちに伝える私の軍隊生活』として自費出版して親戚や地域の知り合いに配った(2013)。普段、食事作りに苦労している叔母のために今回は食材の買い出しと食事作りに精をだした。彼女を見ていると、こちらも負けられない気持ちになる。「長生きしてね」が二人の別れの挨拶だった。

<二つの韓国ドラマ>
韓国の連続ドラマ『シグナル』と『洪(ホン)吉(ギル)童(ドン)』を見た人は多い。『シグナル』は20年をタイムスリップさせながら、過去と現在の刑事が「巨悪」を暴くというストーリー。最終回の「諦めなければ、希望はある」というテロップにすごい説得力を感じた。主役の女性刑事役の女優金憓秀(キム・ヘス)の演技力が光った。後者は朝鮮時代の小説『洪吉童』を原作とした時代劇ドラマだが、怪盗、義賊と受け止められてきた洪吉童がリメイクされ生き返った。身分制度、貧富の格差に抗して国王、両班階級と壮絶な闘いを繰り広げる。最終回では、「社会の不正が続く限り、『洪吉童』は不滅」と宣言して終わる。白土三平の『カムイ伝』を彷彿とさせる。二つのドラマ作品は韓国社会の腐敗に立ち向かう点で共通している。不正は絶対に許さないという強い意志。韓国の民衆蜂起「ローソクデモ」の熱気がドラマから伝わった。
私たちは今どのような時代に生きているのか。安易に信じないところから「希望」は生まれる。

<落胆から未来を語る人たち>
仙台で、私が住む我孫子市の市長選挙の結果を知った。
現職(自民、公明推薦)に挑んだ新人候補(立民、国民、共産、自由、社民、市民ネットワーク千葉県推薦)が敗北した。有権者数110,456人、投票率40・86%(前回32・52%)。 現市長の得票は26,082票。新人候補は18,663票だった。
「自然エネルギー推進」という脱原発を掲げた新人候補を応援したが残念な結果だった。
立憲民主党の枝野代表、共産党の小池書記局長、社民党の福島瑞穂氏らが応援にかけつけ、国政選挙並みの盛り上がり。当選を期待したが、現実は甘くはなかった。以下私の反省を含めた敗因分析だ。

投票率は前回比8%上がった。現職の得票数は前回とほぼ同じというのが注目点。当選者の獲得投票数26,082票は有権者の23%に過ぎない。この得票で当選出来るなら、投票率が10%アップすれば逆転は十分可能だった。6割の有権者が棄権したために現職が当選するという結末だった。現職側は組織と人脈、市議会で多数派を占める与党議員の力で四選を果たした。
身近な今回の選挙から学んだこと。選挙に行かなければ何も変わらないのは当然だが、人脈、地縁、組織とはあまり関係のない新住民、若者・青年が棄権したため「守旧勢力」に塩を送る結果となった。市政であれ国政であれ、市民が不断に政治と真面目に向き合い、率直に話し合う必要を痛感した。「次回は絶対に当選よね」と明るく語りかけてきた女性がいた。「諦めなければ希望はある」。五輪担当大臣桜田義孝氏の支持母体は再選された市長の支持母体でもある。次回衆院選挙では「落選運動」にチャレンジするか。

<雪国の山形を旅して>
仙台からの帰り、気分転換に仙山線に乗った。作並温泉あたりから車窓は劇的に一面の雪景色になった。遠くの山々は白く霞み、森の木々が倒れんばかりの雪をのせているさまは幻想的な墨絵の世界だった。
駅で観光地図をもらってタクシーに乗りこんだ。広大な霞城(かじょう)公園(旧山形城祉)を見学した。公園は戦前、歩兵連隊の駐屯地だったが、戦後、野球場など運動施設として利用され、現在は城の復元工事中だ。11代城主最上義光は関ヶ原の戦いで東軍に加わり、外様としては異例の57万石、実質で仙台の伊達藩60万石を凌いだという。運転手のガイドは米沢藩の上杉鷹山の話、戊辰戦争時の奥州列藩同盟にまで及んだ。これまで山形を知らずにきた。山形と言えば―「そりゃあサクランボと蕎麦、歴史遺産でしょうね」と運転手。旧山形県庁舎の瀟洒な威容も彼の自慢のようだった。蕎麦のおいしい店を紹介してもらい短い市内観光を終えた。

山形県は東日本大震災後の一時期、1万3千人以上の避難者を受け入れた。隣接県だから当然としても都道府県のなかでも最大の受け入れ規模だ。山形県の輪郭が人間の顔に似ているので、人にやさしい「ヒューマンな県」と語ってくれた人がいる。今、被災者たちは住宅補助の打ち切りで、新たな生活の困難に直面している。山形新幹線は福島で東北新幹線に乗り入れる。戊辰戦争の後遺症が東北には今でも残っているように感じられた。東北にルーツを持つ私の僻みなのだろうか。

<作られた最悪の日韓関係>
再び、「政府を信じるな」の話に戻す。
従軍慰安婦問題、元徴用工に対する韓国最高裁判決、さらに新たに飛び出した韓国海軍照射事件によって、日韓関係は最悪になったと言われる。この背景には両国の歴史認識の違いから生まれた積年の不信感と、日本の政治の行き詰まりがあることを気づく人はあまりいない。多数の議席と40%の支持率で安倍政権はやりたい放題をしてきた。宿願の「憲法改正」に近づくためには外交の成果は欠かせない。「外交の安倍」とお太鼓持ちはもちあげる。本人もその気になってロシアには二島返還、韓国には強腰外交で国民にアピールを狙う。しかし偶然、日ロ交渉も日韓の摩擦も歴史認識問題で行き詰まっている。経済をチラつかせれば日本の思うようになるいう傲慢ぶり。安倍政権の体質なのか外務官僚の入れ知恵なのかはわからない。日韓問題でいうなら、「すべて解決ずみ」の日本と、何も「解決していない」とする韓国では議論すら成立しない。「照射事件」に至ってはまるで子供のケンカ、水掛け論の形相で、見ていて恥ずかしいくらいだ。
江戸時代の儒学者雨森芳洲の「互に欺かず争わず、真実を以て交わる」という言葉が思いだされる。政府発表に追随するばかりのマスコミの責任は大きいが、植民地支配で受けた屈辱についてこれまで日本人は被害者側の立場と心情を考えたことはなかった。金科玉条のようにわが国は「日韓条約」(1965)ですべて解決したと主張するが、当時の韓国政府は国民の反対を抑えるために軍事戒厳令を敷いてまで締結した。その理由は何だったのか。賠償金ではなく経済協力金となった理由は何か。経緯を知れば「すべて解決済み」では済まなくなる。

国益を前面に押し出して愛国心に訴える世界的な風潮。排外的一国主義の口火を切ったのはアメリカのトランプ政権だが、富の集中に対する貧困層の不満のはけ口を諸外国との対決に求めた。これは、国際社会が理念として掲げてきた協調による平和、貧困の撲滅、人権の向上を否定するものだ。世界に冠たる平和憲法を持つわが国までが平和主義をかなぐり捨て、戦争のできる「普通の国」になろうとしている。嘘で固めた政治、アメリカ追随「ファースト」の政府に、正義や道理を語る資格があるとは到底思えない。「他の内閣より良さそう」なんて、本当に笑わせる。
2019.01.23  りそな、核兵器製造企業への融資禁止へ
  大手銀行で初の宣言

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 新年もはや1月下旬、これまでにさまざまなニュースが報じられたが、私にとって最も印象に残ったニュースは、1月6日付の毎日新聞朝刊に載った記事だった。「これは極めて注目すべきニュースだ」と、その時、私は思ったのだが、私が調べた限りでは、他の一般紙は今に至るも後追いせず、1月8日付の「しんぶん赤旗」が同様のことを報じたに過ぎない。それだけに、もっと多くの人たちにこのニュースを知っていただきたく、毎日新聞の記事を紹介する。

 毎日新聞が報じたニュースは、朝刊の1面と4面を使って展開されていた。筆者は竹下理子記者。1面の記事は三段扱いで、見出しは「核製造企業への融資禁止」「りそな、大手銀初の宣言」の2本。4面の記事はトップ扱いで、見出しは「『核』」への投融資 厳しい目」と「禁止判断 金融機関、世論に配慮」の2本。いわば、1面記事を受けた解説的な記事と言ってよかった。
 同紙は、さらに1月15日付の社説で、この問題を論じている。タイトルは「核製造企業への融資禁止 廃絶に向け民間も責任を」。この問題に対する同紙の意気込みがうかがえる。

 読者諸氏は、ここまで読んで記事の内容がどんなものであったか大方理解されたと思うが、記事の内容をより深く理解していただくために、1面の記事の最初の部分を以下に掲げる。
 
 「りそなホールディングス(HD)は、核兵器を開発・製造・所持する企業に対して融資を行わない方針を定め、公表した。核兵器製造を使途とする融資を禁止する例はあるが、それ以外の目的であっても該当企業には一切の融資を行わないと宣言したもので、こうした取り組みは国内の大手銀行では初めて。2017年7月に核兵器禁止条約が国連で採択され、欧州を中心に投融資を禁止する銀行や機関投資家が広がっており、国内でも同様な動きが出てくるか注目される」

 この記事によれば、こうした方針は、りそなHDが昨年11月に公表した「社会的責任投融資に向けた取り組み」と題する文書に書き込まれていたという。具体的には、核兵器・化学兵器・生物兵器や対人地雷・クラスター弾などの製造企業▽人身売買や児童労働、強制労働への関与が認められる企業▽環境に重大な負の影響を及ぼすおそれのある開発プロジェクト――などへの融資を行わない、と明記されているとのことだ。
 こうした方針を明文化したことについて、りそなHDは「持続可能な社会に向け、資金を提供する側の働きかけは重要と考えた」と説明しているという。

 核兵器禁止条約では、核兵器の開発、実験、生産、製造、取得、保有、貯蔵、移転、使用、使用するという威嚇、配備などが禁止されているほか、条約締結国に禁止されているこれらの行為を援助することも禁止されている。毎日の4面記事は、銀行による核兵器製造企業への投融資は、禁止項目に含まれる「援助」にあたる可能性がある、との専門家の見方を伝えている。
 
 ともあれ、りそなHDは、日本では、三大メガバンク(三菱UFJ、三井住友、みずほ)に次ぐ規模の金融グループである。そこが、こうした方針を打ち出し、公表したことの意義は、やはり小さくないと見ていいのではないか。

 1月6日付の毎日新聞朝刊に載った記事を、私がとっさに「これは極めて注目すべきニュース」と思ったのには、実は“伏線”というか、こんなことがあったからである。 

 2017年8月5日、広島市で開かれた原水爆禁止日本国民会議主催の「被爆72周年原水爆禁止世界大会・広島大会」の分科会。講師の1人が秋葉忠利・元広島市長。秋葉さんは、分科会の直前に国連の会議で採択された核兵器禁止条約の意義について説明したが、会場でそれを取材していて強く心に残った言葉があった。
 それは、「これまで、核兵器に関する世界の世論は、一言で言えば、核兵器の使用は人道に反するから、これに反対しなければ、というものでした。しかし、これからは違う。核兵器禁止条約が発効すれば、これは法律と同じ効力をもつわけだから、核兵器を作ったり、使用することは違法となる。これは、まさに画期的なことです」というものだった。

 昨年の8月5日、やはり広島市で「被爆73周年原水爆禁止世界大会・広島大会」の分科会が開かれたが、講師は、核兵器禁止条約の成立に貢献したとしてノーベル平和賞を受賞した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)国際運営委員の川崎哲さん。
 「核兵器禁止条約を生かすために」と題して話した川崎さんは、その中で、「今後の課題」として「企業・金融機関への働きかけ」をあげ、「核兵器製造企業への融資は条約で非合法化された。つまり、銀行が核兵器製造企業に金を貸すことは法律違反になるんです。私たちは、消費者として、このことを銀行に働きかけてゆかねば」と述べた。
 
 こんな見聞があったものだから、私としては毎日新聞の記事にひときわ引きつけられたわけである。

 ところで、核兵器禁止条約にはこれまでに69カ国・地域が署名し、うち19カ国・地域が批准した。批准国が50カ国・地域に達すると、90日後に発効する。この分だと、発効までには、まだ時間がかかりそうである。日本国民としては、1日も早い発効が望まれるというものだ。と同時に、りそなHDに続く金融機関が現れることを大いに期待したいものだ。
2019.01.15  安倍政権への不信感強まる
  2019年の年賀状にみる市民意識

岩垂 弘(ジャーナリスト)

 今年も友人、知人から、たくさんの年賀状を受け取った。それらの一枚一枚を手にして強く印象に残ったのは、市民の間で安倍首相とその政権に対する不信感が前年に比べて一段と深まっていることだった。

 私はこれまで毎年、多くの友人、知人と年賀状の交換をしてきたが、これまでの年賀状の文面といえば、「明けましておめでとうございます」とか「初春のお慶びを申し上げます」とか、あるいは「謹賀新年」とか「賀正」といった、いわば新年を言寿ぐ決まり文言や、旧年中の厚誼に対する謝意と自分や家族の近況・消息を伝える文面が大半であった。
 が、ここ数年、世界や日本の政治・社会状況に対する感想、それに自らの政治的主張や決意を表明した年賀状が増えてきたように思う。以前は、年賀状では政治的なことへの発言は控えるというのが一般的な慣習だったが、年賀状でも政治的なことに意見を述べる人が増えてきたということだろう。

 今年は、安倍政権が昨年中に次々と強行した政策に言及した文面が目立った。その強行ぶりは、一部の有権者をして「安倍政権のやりたい放題に腹立たしいことの多い一年でした」(東京都中野区・元生協職員)、「腹の立つことばかり。数え上げるときりがありません」(東京都品川区・元政党書記)と言わしめたほどだった。
 中でも、まず、安倍首相と自民党が、暮れの臨時国会で改憲案を憲法審査会に提示しようとしたことが有権者の反発を招いたようだ。例えば――

 「安倍極右政権は昨年、平和憲法の改悪案を国会に提起できませんでした。……平和を守る日本国民の闘いは今年もたゆみなく続きます。孫子の代にまで平和国家日本を引き継ぎましょうぞ」(東京都練馬区・元新聞記者)
「多くの人びとの幸せといのちを脅かす政治の暴走をなお止められずにいます。しかし、安倍首相が昨年中に何としてもやりたかった改憲発議=9条に自衛隊を書き込み、アメリカの戦争に加担させる=は阻んでいます。そこに希望があります」(東京都杉並区・元労組書記)
 
 そのほかにも、自民党による改憲を拒否する文言が多々あった
 「憲法や民意無視の政治、格差・貧困の拡大など心配事が多いです」(東京都小平市・元生協役員)
 「日本人民の57%が憲法を改める必要なし、と思っているようです」(千葉市・元会社員)
「『戦争のない世界』の実現をひたすら祈念します。安倍政権の憲法いじりは断固反対です」(埼玉県上尾市・元新聞記者)
 「平和憲法の遺伝子組み換えを狙う改憲勢力と四つに組んで戦争への道を封じましょう」(長野県諏訪市・大工)
「安倍改憲。ぜひともSTOP!」(東京都国分寺市・弁護士)
 「民主主義無視、ウソとごまかしのアベ政治を許さない。日本国憲法の正念場です。民主主義の正念場です」(東京都千代田区・出版社代表)
 「九条改憲論外、安全保障は軍事でなく徹底した平和外交で向き合ってほしい」(東京都昭島市・元会社員、元教員)

 安倍政権が、米軍基地建設のために沖縄県名護市の辺野古沿岸部に土砂を投入したことに衝撃を受けた人も多かったようだ。
 「昨年、私が最も強く衝撃を受けたのは安倍政権による沖縄・辺野古への土砂投入です。本土でいえば松島湾を埋め立てて米軍基地をつくるという話です。知事選挙に示された県民の意思は完全に無視されました」(東京都杉並区・男性)
 「旧冬ついに沖縄では本島辺野古浜に米軍新基地建設工事の土砂投入が始まりました。あの美しい海を埋め立て自然を破壊し、沖縄人の自治と民主政を抑圧し戦争体制を築こうとする時勢に対して、些かでも抵抗したいと念願します」山梨市・団体役員)
 「昨年3月、沖縄の普天間や辺野古に出かけ、辺野古の埋め立てに対し、カヌーに乗って抗議する人びとをまのあたりにして強い印象を受けました」(埼玉県所沢市・大学教授)
 「辺野古への土砂投入は、『地方自治への蹂躙』であるとして、地元浦安で同志の人々とともにデモを行いました」(千葉県浦安市・文芸評論家)
 「沖縄の心に寄りそう→踏みにじる/安保法(戦争法)→平和安全法/武器輸出→防衛装備移転/ウミを出し切るという舌先三寸―朝日・素粒子― 腸が煮えくりかえる言葉のごまかし……」(東京都中野区・元区議会議員)
 「周辺諸国との緊張を緩和するために、軍拡は不要、米海兵隊は帰って貰い普天間は閉鎖、辺野古新基地は中止」(東京都昭島市・元会社員、元教員)

 加えて、安倍政権が「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画」の閣議決定にあたって大規模な軍拡を打ち出したことも、有権者に憂慮をもたらしたようだ。年賀状にこう書いてきた人がいた。
 「米ロとも使える核兵器を目指しており、1987年のIMF条約(中距離核ミサイル廃棄)さえも、無きものにされかねません。日本でも安倍政権は27兆円もの防衛費をつぎこんで、トランプの危険な軍事政策につき従っています」(広島県府中町・研究者)
 「防衛大綱で歴代政府が憲法違反と判断してきた攻撃型空母の保有に乗り出すなど専守防衛から逸脱するなど、安倍首相の独裁者ぶりが止まりません」(神奈川県伊勢原市・元高校教員)
 「戦争NO! アベ軍拡路線許さじ」(東京都世田谷区・民宿経営)
 
 こうした「安倍政治」に愛想を尽かした人は、ついにこんな声をあげている。
「『アベ政治を許さない』今年もこれを掲げて」(長野県下諏訪町・医師)
「トランプと安倍がひっくり返るまでは死ぬに死ねない!!」(東京都世田谷区・元新聞記者)
 「『安倍政権は終わり』にしたいですね。みんなで力を合わせましょう 」(さいたま市・女性)
2018.12.15 「通信費を節約し、貯蓄で将来に備えたい」
生協組合員の意識調査まとまる

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 第2次安倍内閣が発足してから、今月26日で満6年を迎える。その安倍内閣は発足以来、「アベノミクスでデフレからの脱却を図る」と声高に叫び、首相自身も「5年前に日本を覆っていた重く暗い空気はアベノミクスによって完全に一掃することができた」(今年8月12日の山口県下関市での講演)と、アベノミクスの成果を強調するが、果たして実態はどうなのか。このほど、日本生活協同組合連合会から発表された「2018年度全国生協組合員意識調査」を見ると、アベノミクス下の国民の生活実態は首相のお見立てとはかなりかけ離れたもののようだ。

 日本生協連によれば、現在、地域購買生協の組合員は2187万人で世帯加入率は37%。加入率の高さからみて、生協組合員の生活意識は国民のそれを示していると見ていいだろう。
 
 日本生協連の「全国生協組合員意識調査」は、組合員の、暮らしや購買に関する意識・行動などの実情を明らかにする目的で、1994年から3年おきに実施している。今回の2018年度調査は9回目。
 今回の調査は、日本生協連加盟の地域購買生協のうち組合員数上位30位までの生協の組合員が対象。組合員6000人に調査票を郵送したが、回答を寄せた組合員は3653人で、回収率は61.4%。

 調査項目は多岐にわたるが、その中で、昨年と比べて、商品・サービスの購入に積極的になったかどうかを聞いた。それに対する回答は――
 「どちらかといえば積極的になったと思う」が8・1 %。「ほとんど変化はないと思う」が56・1 %。「どちらかといえば消極的になったと思う」が22・8%。
 消極的になった人にその理由を聞いた。すると、消費増税後の2015年調査では「物価が上がったから」が第1位だったのに対し、今回は「収入が増えない(減った)から」の53・6%が最も多かった。

 調査では、組合員に対し、今後節約したいこと、お金をかけたいことを聞いた。その結果は――「節約したいもの」「やや節約したいもの」の第1位は通信費(51・9%)、第2位は葬儀(36・3%)。
 「お金をかけたいもの」「ややお金をかけたいもの」の第1位は「貯蓄など将来への備え」50・3(%)だった。

 これらの調査結果から浮かび上がってくるのは、異次元の金融緩和政策を軸とするアベノミクスの恩恵を受ける富裕層とは対照的に、アベノミクスにより生活費を節約せざるを得ない上に不安が募る将来に向けて貯蓄に走らざるを得ない一般市民の姿ではなかろうか。

2018.12.10 わが集落の70周年記念集会で話したこと
――八ヶ岳山麓から(271)――

阿部治平(もと高校教師)

私の住む集落は、先日入植70周年の記念式典と宴会を開いた。
私がいるのは長野県の八ヶ岳西麓の山間集落であるが、歴史は短い。敗戦直後の1948(昭和23)年、古くからの集落すなわち親部落の次三男や満蒙開拓団の引揚組18軒ほどが、海抜1200mの共同入会地オオバタケに入植したのが始まりである。

当時のオオバタケはバラの仲間とススキに覆われた石だらけの土地で、高木といえばズミくらいしかなく、ところどころに松の幼木が入り込む荒地であった。ここは親部落にとってはまぐさ場であり、炭焼場であり、カヤ場でもあった。
敗戦後国は植林を進めたから私たち子供も動員され、中学2年生のときにはオオバタケにカラマツを植えに行った。65年後の今日、カラマツは20メートル余りに延び、24号台風ではばたばた倒れて電線を切断し、80数時間の停電を引き起こした。
当時は農業といえば稲作を意味したが、開拓農家には水田がなかったから、食料米は親部落の親兄弟に頼らざるを得なかった。現金収入の道は種ジャガイモやキャベツなどの栽培と酪農であったが、たいして金にならなかった。農閑期にはたいてい出稼ぎをしていた。その後は高原野菜のセロリー・ブロッコリー、それに花卉に特化した農業を行うようになっている。

時代を戻すと、1960年代末には別荘地建設が始まった。三井だのなんだのという開発会社が親集落の土地を買ったり借りたりして開発に励んだ。別荘を建てた人々のかなりの人が退職するとここに居着いてここをついの棲家とした。私も80年代に親部落から分家してオオバタケの住人になった。
バブル経済に入るころにはペンション団地なるものができた。「脱サラ」の人々がこれにとびついたが、バブルの崩壊と運命を共にした。いまも営業しているペンションはあるけれども、これを続けようとする人は少ない。
21世紀に入ると、にわかに県外からの非農家移住者が増えた。2018年のいま、住民登録をしている人は130世帯300人あまりである。だが農家は10軒余りで、集落(行政的には区)に正式加入しているのは70軒のみ。ほかは集落にかかわろうとしない人たちである。
以上が簡単なわが集落の歴史である。


さて70周年式典だが、この日は新旧世代をあわせ100人ほどが集まった。笑い声があちこちで起き、和気あいあいの雰囲気だった。まず93歳の最長老が電気を引いたときの苦労話をし、両親が移住組の中学生がオオバタケを故里とほめたたえ、最近移住した女性が野菜栽培の失敗談をした。
式典の数日前、私にも主催者から「何か面白い話をしてくれ」という依頼があった。私はひそかに喜んだ。というのは、いつか話したいと考えていたことがあったからである。
もともと親部落のものは、共同入会地オオバタケで自由にキノコや薬草を取っていた。お盆が近づくと子供たちは「盆花」を取りにでかけた。この習慣のため、いまでもキノコを採りながら別荘地へ入り込んだり、クロスズメバチを追って他人の玄関先を走り抜けたりするのである。
ところが新築の家が建つたびに、レンゲツツジ、キキョウ、ユリなどはなくなった。サクラソウやザゼンソウの群生地もほとんど消えた。かわってカラマツ林のなかのしゃれた家の周りに「私有地につき立入禁止」「野草やキノコの採取禁止」の看板が立つようになった。なかには川で魚を釣るこどもを「勝手に庭先に入った」と怒る人もいる。
私はこうしたことが不満だったので、これを話そうと思った。だが直接話しては座がしらける。そこで開墾以前のオオバタケの「先住民」センジュウの話をした。

蛇取りセンジュウさは、村に家がなく嫁もおらず、村人からは少し頭が弱いと思われていた。ススキで屋根を葺いた縄文式住居のような小屋に住んでいて、誰かにもらった着物を着てふんごみ(もんぺ)をはき、風呂に入らないから顔は黒くて、着物のえりはあかでぴかぴかしていた。腕にはマムシに噛まれたとき、毒を吸い出した切傷がいくつかあった。
彼はおもにマムシやシマヘビを取ったり、キキョウ・リンドウなどの薬草の根を掘ったりして村人に売り、それで生計を立てていた。子供からは敬称で呼ばれ、「センジュウさの足音を聞くとヘビが逃げる」と信じられていた。センジュウさは頼まれると繭袋に蛇を入れて村に下りてきて注文に応じた。といっても現金とは限らず、シマヘビ1匹米1升といった物々交換が主であった。だが、村人がしょっちゅう蛇を食うわけではなかったから、子供心にもセンジュウさが蛇取りだけでどうやって食っているのか不思議だった。

私たちはマムシは生きたまま焼酎に漬けて、風邪などひいたときの飲薬とし、切傷や打身には塗薬にした。彼はシマヘビの頭を口にくわえ、上手に皮をむいた。村人は、シマヘビは田植や収穫などの疲れたとき薬として食った。皮をむきS字状にして串にさし、これを焼くか、自在鉤の上に刺して燻製にした。八ヶ岳山麓には昆虫食の伝統があったから、私たちはヘビを食うことに抵抗はなかった。私も食べたことがあるが、硬くてそううまいものではない。
子供にとってオオバタケは家から遠いために、親部落から行くのはちょっとした冒険だったから、たいていは集団で出かけた。敗戦直後とはいえ、軍国少年のガキ大将は、年少のものに「ルーズベルトのベルトが切れて、チャーチルチルチール空回り空回り」と歌わせたり、「腹減った兵隊さんがペコペコ跳んでくー」と進軍ラッパを怒鳴らせたりした。

私たちが行くとセンジュウさは喜んで、貴重なクロスズメバチの巣や、アナグマの巣穴の場所を教えてくれた。お盆の花取りに行くとキキョウやオミナエシ、ユリなどのあるところを教えてくれた。私はサルナシやアケビ、マタタビなどのありかもセンジュウさから教わった。
私たちと話すとき、彼は東京のことばを使ったので子供心にも不思議に思った。彼は冬になるとオオバタケからいなくなった。当時はマイナス20℃になる日も普通にあったから掘立小屋ではしのぎ切れず、避寒のために甲州や東京など暖かい地方に行ったのかもしれない。そうだとすれば、そのとき東京言葉をおぼえたに違いない。
中学生のころ、彼の姿がなくなった。だれも彼がいつ死んだか知らない。戸籍がわが村にあったのかも知らない。
私は、「先住民」センジュウの話をここで終りにした。

本当はもう一言いいたかった
蛇取りセンジュウのいた当時はみんな貧しく、やたらに働き、けちけち暮らしていた。どろぼうもいた。しかし、村人は誰が盗んだかわかっても、あからさまには咎めなかった。だからセンジュウのような人でもオオバタケで生きてゆけたのだ。
だから新来の方々も「私有地につき立入禁止」といった看板など立てないでほしい、誰かが自分の家の庭先でキノコを採っていても、おっかない顔で見ないでいただきたいといいたかった。
しかし「先住民」センジュウの話では、私の言いたいことが分かった人はいなかっただろう。これがこの70年間の世の中の移り変わりというものかもしれない。だが、私には悲しい変化である。