2020.07.09 コロナとテレビニュース 

       20%越え リモートドラマも登場

隅井孝雄 (ジャーナリスト、京都在住)

 コロナロックダウンで、多くの国で人々は自宅にこもり情報を求めた。そのためテレビ報道は視聴率が上がったが、テレビスタッフ自体がコロナに感染する事例が出たため、番組編成、演出手法にも大きく変化した。

テレビが実践するソーシャルディスタンス
 3月25日、東京都内の新規感染者がハネ上がり「感染爆発の危険」が指摘されたあと、真っ先にスタジオでソーシャルディスタンスを実践して見せたのは「真相バンキシャ」だった(3/29,日本テレビ)。そして報道番組はもとより視聴者参加番組、芸人大量参加バラエティなど多くの番組に多大な影響をもたらした。
コロナとTV(1)
広いセットにゲストのパネル、立て看板のように林立。視聴率は20.9%を記録。サンデーモーニング5/31より

 例えばTBS「サンデーモーニング」では、広いスタジオ、長いテーブルに司会の関口宏以外のほとんどは自宅からのリモート出演となり立看板が並んだような画面となった。ほとんどのニュース番組で司会のアナと出演者の間隔が2メートル以上となり、中には透明なアクリル板の衝立で仕切られた番組もあった。TBS「News23」はメインキャスターの小川彩佳自体が自宅からのリモート出演となった。妊娠中初期であることが理由だった

 バラエティでもタレントが大勢ひな壇に並ぶことはなくなった。多くのドラマはスタジオ収録もロケが出来なくなり、NHKの大河ドラマ「麒麟がくる」は6月7日放送のあと「戦国大河ドラマ名場面集」など再編集番組でしのぐことになった。NHKは6月30日スタジオ収録を再開する、と発表し「22回以降の放送を楽しみにしてほしい」とのべている。

テレビスタッフもコロナ感染直撃受ける
 コロナ感染はテレビ局自体も直撃した。毎日放送で、感染が確認されて入院中の制作担当取締役の60歳男性の死亡が4月7日確認されたのに続き、4月12日にはテレビ朝日が「報道ステーション」富川悠太キャスターの感染と番組のチーフプロデユーサーら複数スタッフの感染を明らかにした。テレビ朝日では、その後打ち合わせはすべてテレビ会議に切り替え、出演者とスタッフは接触することなく放送にのぞんでいる。
 富川キャスターの相方である徳永有美キャスターは、2週間の自宅待機の後、リモート出演で復帰、また富川キャスターは6月4日の放送から「報道ステーション」に復帰した。

新趣向リモートドラマ
コロナとテレビニュース
リーモートドラマに力入れるNHK、5/30,6/6放送の坂本裕二脚本「リビング」は水準の高いドラマだった。

 リモート出演は時に映像の乱れ、音声の途切れなどトラブルが多発したが、放送を重ねることで画質、音声など質が向上した。そしてドラマをリモート画面で制作する「リモートドラマ」、あるいは「ソーシャルディスタンスドラマ」を名乗る新しい手法が生まれた。
「今だから新作ドラマを作ってみました」(NHK5/4,5/5,5/8)「Living」(NHK5/30,6/6)、「世界は3で出来ている」(フジテレビ6/11)などだ。「宇宙同窓会」(日テレ系ネット6/6,7)。いずれの作品もリモートで作ることを前提にしたシナリオもとにしている。例えばNHKの「今だから・・・・」の第一話は海外で挙式の思いがなわなかった遠距離夫婦とその友人らが、互いにパソコンの会議システムにつながりストーリーが展開、出演者は全員自宅にいて自撮り出演する。また第二話は熟年夫婦の妻が死後の世界から地上の夫とリモートで会話する。第三話では出演俳優のキャラクターが入れ替わるという設定だった。「世界は・・・」は一卵性三つ子の役を林遣都が一人3役で熱演、脚本は「スカーレット」の水橋美江。「宇宙同窓会」は中止になったため急遽オンラインで開かれることになった元天文部の男女5人のリモート同窓会を描く。日テレ系のライブスマホアプリ(LIVEPARK)で無料配信された。

テレビ報道、番組の視聴率上がる
 緊急事態宣言は7都府県では4月7日から発令され、4月16日は全国に拡大された。多くの人々は外出せず、自宅にこもった。
 テレビの出番だ。ニュース、報道番組で人々はコロナをめぐる状況を熱心に探る。2月下旬以降NHKニュース7は21.3%、報道ステーションは20.0%と20%を超えるようになったが、これは序の口。各地で外出自粛要請が出されとことと志村けんさんの死亡(3/29)のニュースが重なった3月下旬~4月下旬には多くの報道番組が20%台を経験した。 
 7都道府県に緊急事態宣言が出た4/7日のNHKニュース7は26.8%を記録した。エンタメ番組、バラエティ、ドラマなども、画質が悪かろうが、演出に不具合があろうが、再放送物が多かろうが、視聴率は普段より高く出たことは言うまでもない。中でも人気を集めたのは「テレビ小説エール」(NHK)、「わらってこらえてSP」(よみうりTV)、「ぽつんと一軒家」(ABC)などであった

アメリカの3大ネット、視聴者倍増
 こうした傾向は海外のテレビ報道でも同じだった。「ニューズウイーク」誌(6,23)の報道によれば昨年同期と比べて、ABCニュース48%増、NBCにユース37%増、CBSニュース24%であった。興味深いことには一連のコロナ報道に対し、民主党支持者の75%、共和党支持者の61%が、客観的でわかりやすいと評価していることだ。共和党支持者はABC, NBC,CBSなどのネットワークニュースを毛嫌いして、トランプ支持のFoxニュースだけを信頼する傾向があったが、三大ネットワークの、客観的、多面的なコロナ報道を認めざるをえなかったといえるだろう。
 日本では視聴率が高いNHKニュース7、NHKニュースウオッチ9には、安部内閣の初動のもたつき、突然発表された休校措置、PCR検査の足りなさにたいし判的報道を一切しない、という報道姿勢に不満が集中した。その一方政府のコロナ対策に鋭い批判を浴びせた、「羽鳥慎一モーニングショー」(テレ朝)、「ニュース23」(TBS)、「報道1930」(BSTBS)などに「よく報道してくれた」との称賛の声が集中した。

新しい制作手法開発
 緊急事態の解除後、6月に入ってテレビも徐々に従来の姿を取り戻しつつある。番組によって差はあるが、スタジオに出演者が少しずつ戻ってきたし、ドラマのロケも、スタジオ収録も感染を避けながら再開され始めた。しか依然としてリモートでゲスト出演に頼っている番組も多い。
 2月以降5月にかけて、テレビ局では、リモート出演の簡便さに慣れ親しんで、すっかり定着したというべきだろう。リモートドラマという新しいジャンルが開発され、視聴者から好感を持って迎え入れられた。
 報道番組ではコロナ取材に困難は伴うのを乗り越え、取材、制作スタッフの感染を避けるノウハウも確立した感がある。新型コロナの政府の政策の批判しながら、刻々変化する状況をあらゆる角度からとらえ、視聴者に伝える番組も多かった。ニュース報道に対する信頼感も広がったといえる。

テレビ公共CM激増
 テレビ広告では自動車、電化商品など耐久消費財関連のCMが減り、またイベント、映画、演劇、コンサートなどが消えた。その穴埋めにACジャパンの公共CMが3月から5月にかけて大幅に増えた。「手を洗ってくれてありがとう、家にいてくれてありがとう。あなたのコロナ対策がみんなを救う」など直接コロナ対策を訴える15秒CMなどだ。一日当たり100回放送されるという記録を作った。
 一般商品のCMで目立ったのは、健康飲料「ポカリ」だった。汐谷夕希ら多数の中高生が自撮り画面でCMソングを歌いつなぐ。まさにコロナ禍の真っただ中でのCM表現だった。

新たな歩みを期待
 2次感染の予測が絶えない中で7月を迎える。テレビは市民視聴者の新しい信頼を獲得しつつある。重要なメディアとしての新たな再生の歩みをどのように切り開くのか、見守りたい。
2020.07.01  在日の追悼は民族名で
          大阪空襲の聞き取り進める

田中洋一 (ジャーナリスト)

 いつ来るとも知れぬ空襲に怯えながら、75年前の今ごろ人々は生きていた。B29による主要都市の爆弾や焼夷弾の爆撃に加え、戦闘機は地方の町にも突然現われて機銃掃射を浴びせた。

 大阪は1944年12月19日から、日本がポツダム宣言を受諾した45年8月14日まで50回を超す空襲にさらされた。死者・行方不明者は1万5千人以上とみられる。その中には在日朝鮮人も多数いたはずなのに、氏名はもちろん人数さえほとんど把握されていない。
 朝鮮人犠牲者の追悼集会を催す運動が大阪で進んでいる。本来の民族名で追悼することにより、空襲で朝鮮人が受けた被害の実態を明らかにし、尊厳の回復を図ろうとしている。

 私は、関東大震災の混乱で殺された朝鮮人への東京都政の差別的な姿勢や、在日コリアンをめぐるヘイト言動を考える中で、この運動を市民団体の機関誌で知った。気にかかり、関係者にさっそく連絡を取る。
 大阪空襲による朝鮮人犠牲者の追悼集会を計画している実行委員会の呼びかけ人に横山篤夫さん(79歳)がいる。横山さんは「大阪空襲被災者運動資料研究会」の代表を務めている。高校の日本史教員OBで、地域の近現代史を掘り下げてきた。

 空襲資料研究会は4年前に発足した。先輩世代の「大阪大空襲の体験を語る会」が集めた約450編の体験手記を整理する中で、朝鮮人のものは皆無と気がついた。これを契機に大阪の在日朝鮮人からの聞き取りを手掛ける。これまでに7人から話を聴いた。
 聞き取った内容は、第1次大空襲の3月13日に合わせた今年の追悼集会で資料として配る予定だった。だが、新型コロナ禍は収まらず、第3次大空襲の6月7日にいったん延期された追悼集会は、来年に再び持ち越された。
 
 ここではまず、聞き取りの内容にざっと目を通しておこう。

 1941年に国民学校に入学した辛基一さん(男、85歳)は「地主の田んぼの小作と荒地の開墾をしているところで物心がつき育ちました。家と言ってもトタン屋根のバラックで……板張りにゴザを敷き、壁も板張り、割れた窓ガラスは紙でつぎはぎだらけ、冬の隙間風が寒かった……ここで弟が二人生まれました。……電灯はありましたが水道は無く、井戸からつるべで水をくむ生活でした」と振り返る。
 4年生で空襲に遭う。「軍国主義教育に染まって、日本は決して負けないと思い込んでいました。……戦争末期には私は予科練に憧れて、志願したいと思って」と教育の恐ろしさをかみしめる。

 4歳で被災した金由光さん(男、80歳)は「町内会の防空壕でも危ないと感じ、子どもの足で駆け足でも20分位かかる淀川の堤防迄逃げました。……家のすぐ横の電柱の所に焼夷弾の火に焼かれて倒れている人を見ました。……梅田界隈はほとんど丸焼けでした」。

 近現代史家の小山仁示(故人)は『改訂 大阪大空襲』(東方出版刊)で空襲の全体像を示している。その中で、「六月は空襲がことのほか激しかった」と強調する。6月7日の第3次大空襲で劉載鳳さん(女、85歳)の姉と妹は長柄橋の川原に避難したが、焼夷弾を受けた。
 「(妹は)焼夷弾の破片が頭に直撃して亡くなりました。駆けつけたオモニに、『痛い、痛い、オモニ、オモニ』と言ったのが最後のことばだったそうです」。姉は背中に大火傷を負った。
 妹を亡くしたことで、「オモニは『長柄橋に逃げろ』とどうして言ったのかと……自分を責めました。家にいればよかった、と。なぜ2人を長柄橋まで送り出したのか、取り返しがつかないことをしてしまった」と悔やんでいた。

 同じ6月7日の空襲で金禎文さん(男、81歳)は祖父を亡くした。埋葬した寺の過去帳を調べた大阪府朝鮮人強制連行真相調査団の記録から、日本人風に改められた祖父の名前「金谷富彦」を見つける。年齢もぴったり合う。
 大阪城公園の一角にある大阪国際平和センター(ピースおおさか)は大阪空襲を語り継ぐ平和博物館だ。そこに、判明している9千人近い空襲犠牲者が公的に記録されている。名前は<刻(とき)の庭>のモニュメント銅板に刻まれている。金さんは祖父について「(創氏改名後の名前ではなく)本名『金麗濬』に改めて欲しい」と望む。さらに、「周りにもたくさんの朝鮮人が住んでいたので、犠牲者もたくさんいた」。

 子ども心に警報の不気味なスピーカーの音を覚えているという呉時宗さん(男、79歳)も、戦災で命を絶たれた朝鮮人犠牲者を追悼する意義を訴える。「幸いなことに私の家族や親戚で、空襲で死んだ人はいませんでした。……しかし確かに在日朝鮮人が大阪にはたくさんいたのですから空襲で犠牲者も大勢いたに違いない」

 では、ピースおおさかに名前が刻まれた約9千人の中に朝鮮人は何人いるのか。「多分そうなのは金姓9人と朴姓4人の13人だが、そんなはずはない」と横山篤夫さん。1万5千人以上とされる大阪の犠牲者の中に1200人はいるはずだ、とみる。敗戦直後の公文書から、戦災に遭った朝鮮人は大阪府民の被災者のうち8.2%と読み取れる。同じ割合を犠牲者にあてはめれば1200人となるからだ。

 前に触れた「大阪大空襲の体験を語る会」は犠牲者の二十七回忌に当たる1971年に結成された。前年には「東京空襲を記録する会」が発足し、戦災を伝える気運が各地で盛り上がっていた。最近では、戦災による朝鮮人犠牲者の追悼のニュースは、ネット情報に限るが、東京大空襲しか見当たらない。
 語る会のきっかけは、軍需工場に動員されていた6月1日に第2次大空襲に遭遇した金野紀世子(故人)の新聞投稿だ。1971年3月9日付け朝日新聞で「あの空襲にあわれた方で、なにか資料をお持ちの方はいらっしゃいませんか。……悲惨さにおいて見逃すことのできない大阪大空襲をぜひ私たちの手で正確に記録にとどめようではありませんか」と呼びかけた。

 体験記は続々と集まる。収録した冊子は40年以上にわたって9集まで出た。手記だけでなく、体験画も描いた。だが、集まった約450編の体験記の中に、朝鮮人のものは1編もなかったのだ。その訳を横山さんはこう考える。
 「戦災・空襲は在日朝鮮人にも過酷な体験だった。だが朝鮮人の場合は、社会の厳しい仕打ちや、必死に生きた生活苦、さらに敗戦後は民族差別や祖国の分断が加わり、過酷さの土俵が日本人よりはるかに大きかった」。だから、「日本人の体験文集活動に共感できなかったのではないか」。

 『創氏改名』(岩波新書)の著作がある水野直樹・京大名誉教授(朝鮮近代史)は、創氏改名の政策で名前を変えざるを得なかったという問題だけでなく、差別を受けることを恐れて日本人風の通称名で生きてきた在日朝鮮人も大勢いる、と指摘する。その上で語る。「大阪空襲の朝鮮人犠牲者を本名で追悼すれば、創氏改名を含む日本の植民地支配が朝鮮人にどんな被害をもたらしたのかを明らかにすることにつながり、一つの清算になる」

【注】朝鮮人の名前の読みは、聞き書きを進める空襲資料研究会が公表していない。

2020.06.27  「護郷隊」とはだれのことか
          ――八ヶ岳山麓から(315)――

阿部治平 (もと高校教師)

このほど、長野県駒ケ根市の旧赤穂町・旧中沢村で太平洋戦争の末期、日本軍が住民の思想傾向を探っていた文書が見つかった。同市博物館の専門研究員小木曽真一さん(71)の調査によるものだ。
発見された文書は、1945(昭和20)年6月29日付で陸軍大尉から各町村長あてて、「問題ヲ生ズル場合ハ細大漏ラサズ当部隊当通報」を指示し、「一般民衆ニシテ思想的ニ動向不穏ト認ル者アリタル場合」「部隊、工場等勤務者ニシテ其ノ町村ニ悪影響ヲ及ボス言動アリタル場合」などを例示し、学校長や在郷軍人とも連絡をとりあい、指示を徹底するよう求めていた。
6月2日付の信濃毎日新聞の記事はこれにつづいて「当時、諜報・謀略などの研究をしていた陸軍登戸研究所が45年4月ごろから、同地域に疎開し、学校、神社を軍需工場や倉庫にし、住民に爆弾作りなどをさせていた。疎開は本土決戦準備の一環とされ、住民を巻き込んだゲリラ戦を想定していたとみられている」と記している。

私は驚いた。というのは、つい数日前読んだ三上智恵著『沖縄スパイ戦史』(集英社新書、2020・02・22)に、こう記されていたからである。
「終戦間際、沖縄だけではなく全国に地域の住民で組織するゲリラ兵部隊が作られていた(召集されたのは14~40歳で、ゲリラ訓練は主に少年が対象だった)。このことはまだ知られていないが、地域の住民でゲリラ戦をするという無茶な考えは決して沖縄だけに限られたものではなく、ましてや沖縄県民だから軽視され、少年たちが消費されたという問題でもない……」

太平洋戦争の末期、1945年3月26日から沖縄戦が始まった。その3か月後6月23日牛島満司令官が自決し第32軍は崩壊した。しかし、日本はまだ降伏していない。沖縄本島北部では米軍に対するゲリラ戦が続いていた。
これよりさき、1945年1月大本営は本土決戦の準備を進め、男子の根こそぎ動員をはかった。沖縄の旧制中学生が動員された鉄血勤皇隊の名前は私も知っている。沖縄本島では、陸軍中野学校で訓練を受けた青年将校が14歳以上の少年たちを「護郷隊」という名のゲリラ兵として組織、訓練し、山岳戦に兵士として投入した。
彼らは、日本兵が敗残兵となって略奪殺人を働くなか、圧倒的な戦力をもつ米軍を相手に橋や道路の爆破、戦車の破壊、偵察斥候にかりたてられ多数が戦死した。今でいえば中学2年生くらいから高校生の年代である。

『沖縄スパイ戦史』の著者三上さんらは上記の本に先立って映画を作った。著作と映画の関係についてこう述べている。
「本書は平成30(2018)年夏に公開したドキュメンタリー映画で、2019年度文化庁映画賞文化記録映画部門優秀賞や第92回キネマ旬報文化映画部門ベストワンほかに選ばれた『沖縄スパイ戦史』(三上智恵・大矢英代共同監督作品)の取材をもとに、映画の中には登場していない方々を含む元少年兵20人あまりの証言に始まり、『秘密戦』を遂行した陸軍中野学校出身の隊長らの生涯や、日本軍によるスパイ虐殺の被害者側、加害者側双方の証言や資料調査などを、映画が完成してからさらに取材を重ね、1年半かけてまとめたものである」

三上さんは映画『沖縄スパイ戦史』に、あえて沖縄の少年兵のゲリラ戦の事例を提示した。こうすれば「他府県でも地域に根差したジャーナリストたちが必ず埋もれた少年兵部隊の存在を掘り起こすだろう」と期待したのである。
はたせるかな、岐阜県で、陸軍中野学校でゲリラ戦を学び、岐阜県の少年を訓練した人が健在であることがわかった。この本にはその聞き取りが収録されている。
そしてこのたび長野県駒ケ根市で篤実な研究者によってほとんど同じ内容の文書が発見された。敗戦直後、米占領軍への警戒感から多くの公文書が焼かれたが、戦争の一端を物語る貴重な文書がたまたま生き残っていたのである。

本土決戦つまり国内を戦場として戦うとなれば、住民を軍に動員し協力させ、さらに動揺を抑えないわけにはいかない。沖縄では、先の見通しの得られない極限状態で、疑心暗鬼になったのは兵隊だけではない。総動員体制の下での住民は相互監視のなか、密告しあう事態が生まれた。ときには通敵行動の疑いだけで惨殺したのだから、戦後生残った人々の間では語るのは躊躇される事態が数多く生まれた。
三上さんはこれを取り上げ、体験者にリアルに語らせ、自身このように語る。
「ここでかたる『スパイ』という言葉の意味は、陸軍中野学校の工作員たちが敵を欺いて情報をとるというだけでも、少年や住民を使って、スパイ戦やゲリラ戦を展開したことだけでもない。軍が住民を欺き『始末のつく』状態にすること、また軍がスパイ容疑で住民を手にかけたり、住民同士がスパイの疑いをかけあうなど、秘密戦の枠の中で『スパイ』という概念は、相互に悲劇を生む多義的な忌まわしい言葉であることも理解してもらえればと思う」

三上さんは「しかし護郷隊を知ることによって、私は初めて率直に戦う兵隊側の気持ちになってみることができた。……沖縄戦の兵士の立場を考えることが可能になった。さらに中野学校の卒業生が課せられた秘密戦の全貌が理解できるようになってくると、正規軍の武力衝突と並行して行われる裏の戦争の輪郭がようやく見えてきた。なぜ軍隊は住民を守るどころか利用し、かつ見捨てるような結果になったのかも、秘密戦の構造を知れば謎が解けた」
「戦争マラリアも強制集団死も住民虐殺も、全部起こるべくして起きたことだとわかった」という。

私は三上さんらが作った映画を見たことはなかった。
この本をかつての教え子が「惜しむらくは、著者が随所で反自衛隊・基地反対的な話を証言者に向ける点です」といいながら、三上さんの本を紹介してくれたので、読む機会が得られた。この生徒は「日本政府は靖国神社で会おうといって死んだ護郷隊員や生残った少年らに表彰と恩給を与えるべきだった」とメールをよこした。
私はこの本を読んで、あれもこれも含めて沖縄戦について認識がまた一歩進んだと感じた。もう何十年も前、沖縄出身の畏友宮里政充が「一家に死者がいなかったのは、我家だけだった」と故郷の沖縄戦を語ったとき、非常な衝撃を味わったが、この本を読んでそれ以来の感動を受けた。不覚にも満州で死んだ少年義勇隊の従兄たちを思って私は涙を流した。(2020・06・03)
2020.06.20  新型コロナで消えゆく老舗
          何らかの形で再出発できないものか

杜 海樹 (フリーライター)

 帝国データバンクが新型コロナウイルス関連倒産件数の公表をおこなっている。それによると2020年5月末までの段階で212件倒産があり、業種別ではホテル・旅館業が最も多くなっているという。新型コロナの発生によりインバウンドが途絶え、国内においても外出自粛の徹底が図られたことから観光産業への打撃は想像以上に深刻なものとなっている。
 本来であれば観光産業の主軸であったはずの老舗温泉旅館なども経営難に直面しており、江戸時代から332年間続いて来た宮城県鎌先温泉の「木村屋」、90年続いて来た兵庫県湯村温泉の「とみや」、77年続いて来た東京都鴎外温泉の「水月ホテル鴎外荘」等々も惜しまれつつ長い歴史の幕を閉じている。
 
 そんな状況下ではあったが、東京の水月ホテル鴎外荘を5月31日に訪れ、77年の最後の1日を共にさせていただいた。
 鴎外荘は1943年(昭和18年)創業の台東区上野にある旅館・ホテル。すぐ近くには上野東照宮があり、都心とは思えない静寂さの中に佇んでいる。鴎外荘という名は、文豪・森鴎外氏がドイツ留学を終えて帰国した後「舞姫」「於母影」などを執筆した居所に因んで名付けられたもので、同旅館が森鴎外氏の旧邸を所有し今日まで会食の場などとして活かしながら保存して来たものだ。森鴎外氏の旧邸は第二次世界大戦の戦火も逃れているとのことで、家屋や庭も鴎外氏生存当時の面影を残した貴重なものであり、庭には縁起物の樹齢250年というクロガネモチの木等が今でも自生しており、室内から縁側越しに見る緑の光景は美術品かと見紛うほどの考えられた構図を呈していた。
 
 鴎外荘にはもう一つ特筆的なものがあった。それは東京都温泉第一号に登録されていた鴎外温泉だ。温泉と言っても泉温は19度ほどの冷泉であり加温しなければ温まれないのだが、泉質はメタケイ酸、重炭酸ソーダ(炭酸水素)を含んだ良質のもので一般に美人の湯とも称されている湯だ。また、東京湾周辺の地層中には古代の植物が変化してできた有機物(フミン酸)を含んだモール泉と言われるものが所々に存在しており、鴎外温泉も薄い茶褐色のモール泉であった。鴎外荘ではその温泉を樹齢2000年の古代檜でつくられた浴槽で味わうことができ、しかも、温泉宿では非常に珍しい湯揉み付きとあり、都心で味わえる身近な温泉場として長い間人気を博して来ていた。美肌効果も期待できることから女性ファンの間では常に評判が高かった。
 
 しかし、冒頭に述べたとおり、今回の新型コロナ感染症問題を機に宿が閉じられることとなり残念でならない。5月31日はそれぞれの思いを記憶に残そうと次々と人々が訪れ、旧邸の光景を瞳に焼き付け、持ち帰れない思い出を温泉の湯水に流して別れを惜しんでいた。
 現在では樹齢2000年の檜風呂などは滅多にお目にかかれない代物だが、浴槽に使用されている檜が樹齢2000年であるならば、キリストの誕生から古代ローマのテルマエ(浴場)の成立、ローマ帝国の栄枯盛衰をも風の便りで体感したであろうから、歴史の重みを夢想するには十二分というものだ。
 
 2020年の今、全世界は新型コロナ感染症一色だが、これまでも何度も何度も感染症や他の病で命を失う歴史は繰り返されてきており、テルマエの盛んであったローマ帝国を天然痘が衰退に追いやったとの説もある。歴史的建造物は私たちの想像を時空を越えて押し拡げ、過去の記憶をも甦らせてくれる。古い書物を紐解けば、かつての感染症対策がどのような経緯を辿ったかも分かるであろうし、解決策とまではいかなくても何らかのヒント位は発見することができるのかも知れない。
 
 文化財等は有形無形にかかわらず先人の血と汗の積み重ねの上に成り立っているものであり、文化や文化財等の喪失は歴史の断絶にも繋がり兼ねず、先人の知恵の損失にもなりかねない。どういう形があるかは分からないが、何らかの形で再出発できるようにはならないものであろうか。暗闇は復活の契機にもなり得るのであるから。
2020.06.10  「3密の場所に行くのを控えた」が9割超
          新型コロナで緊急事態下の生協組合員

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 日本最大の消費者組織、日本生活協同組合連合会(319生協加入・組合員2924万人)は6月4日、新型コロナウイルス感染症についてのアンケート調査結果を発表した。
 このアンケート調査は新型コロナウイルス感染症の流行による暮らしや購買への影響を明らかにすることを目的に、日本生協連に加盟する全国10の生協・生協事業連合に加入する組合員を対象に、5月21日から27日にかけて行ったもので、有効回答数は6179人。調査はインターネットで行い、複数回答形式だった。

 不要不急の外出も控える
 アンケート調査結果によると、組合員に緊急事態宣言発令中、新型コロナウイルスへの対策・予防のために自身が控えたことを聞いたところ、「3密(密集、密室、密接)の場所に行く」95.3%、「不要不急の外出」94.1%、「友人・知人と会う」89.3%、「外食(飲食店・居酒屋など)」88.2%だった。総じて人との接触を避ける傾向がみられた。

 困ったことは運動不足
 新型コロナウイルス流行により自身が自宅ですることで増えたことを聞いたところ、「手洗い、手指の消毒」67.3%、「食事作り」62.3%だった。ついでに、自身や家族が自宅で過ごす時間が増えたことで自身が困ったこと、大変だったことを聞いたところ、「運動不足」50.8%、「食事の献立を考えること」43.5%、「食費が増えた」42.5%という結果になった。

 これからも手洗いを続けたい
 さらに、新型コロナウイルスの流行が収束した後でも、自身が継続して実施してゆきたいことを聞いたところ、「感染症予防に気をつける(手洗い、うがい、マスクなど)」87.6%、「食品の衛生管理に気をつける(調理前によく手を洗う、十分加熱するなど)」75.6%、「衛生品(マスク、消毒液など)を備蓄する(ローリングストック=普段の食品や家庭用品をある程度多めに確保し、古いものから消費すると同時に新しいものを補充していくこと=を含む)」69.5%だった。

 新型コロナが収まったら交際費を増やしたい
 この質問に関連して、新型コロナの流行が収まったとして、緊急事態宣言発令中と比べ、支出金額をどのように変化させたいかを聞いたところ、支出を増やしたいものとしては「交際費(友人・知人・親戚との交流など)」が40.8%で第1位、「食費(外食費)」37.7%、「教養・娯楽費(本、音楽、スポーツ、レジャー、旅行など)」36.1%と続いたという。

 日本生協連によれば、地域生協への世帯加入率は40%近い。したがって、このアンケート調査結果は、新型コロナウイリス問題に対する日本国民の意識や行動をほぼ正確に反映しているとみていいのではないか。
2020.05.18  日本メーデー100周年
      1世紀以上前の労働者像に逆戻りの様相

杜 海樹(フリーライター)

5月1日と言えば労働者の祭典・メーデーであり、今年は日本でメーデーが開催されてから100周年という記念すべき年であった。本来であれば大々的に集会が開かれ、1世紀を掛けて獲得してきた成果を再認識し、未来に向けて更なる発展を誓うところであった。しかし、新型コロナウイルス感染症の深刻な影響でほとんどの労働組合はメーデーの開催を断念、連合や全労連も各種ソーシャルネットワーク上での映像開催となった。小規模でのメーデー開催を実施した組合も幾つかはあったが、新聞報道等されることもほとんどなく、大局的にはメーデーの開催が見えなくなってしまった。
 
メーデーの起源はと言えば、1886年5月1日、アメリカ・シカゴ周辺の工場労働者が、劣悪な長時間労働に抗議し8時間労働制を求めてストライキをおこなったことだとされている。そして、ストライキの後には労働者が射殺されるという事件が起き、労働者への弾圧は次第に熾烈さを極めていったという。
日本での最初のメーデーと言えば、1920年5月2日の上野公園でのメーデーとされている。アメリカ同様に8時間労働制を掲げ、数千人の労働者が上野公園を埋めつくしたとされている。
しかし、その前日の5月1日に横浜でメーデーがおこなわれたという記録が残っているのをご存じであろうか。横浜では1920年5月1日に横浜仲仕同盟会設立大会が開かれ(仲仕とは港湾で荷を運ぶ労働者)、横浜仲仕同盟会の労働者たちがこの設立大会にあわせてメーデーを行った旨の記録がある。

日本列島は島国であり、100年前の海外への窓口といえば空ではなく港(海)を通してであり、港から様々なもの、食料、肥料、原材料はもちろん各種技術や制度も港を介して入って来ている。メーデーもその例外ではなく、その内の1つだったのだ。
しかし、歴史の巡り合わせというものは何とも不思議なもので、日本最初のメーデーから丁度100年後の今年、新型ウイルスが大型客船に乗って横浜港にやって来た訳だ。そして、このウイルス感染症拡大を契機に、労働者の雇用・労働条件は一気に100年以上前に逆戻りし始めている。

新型コロナウイルスは瞬く間に世界中に拡散した。日本においても緊急事態宣言が出されて多くの事業がストップ、各種労働相談の窓口には途切れなく悲鳴同様の相談が寄せられるようになり「解雇された、契約解除された、住居(寮等)を失った、休業補償がない、賃金補償がない、内定が取り消された、所持金が底をついた…」と、また、企業側の方も「事業収入がなくなった、資金繰りがつかない、顧客がいなくなった、倒産した…」と散々な事態となってしまっている。

国際労働機関(ILO)本部は、4月29日、「雇用喪失が拡大する中、世界の就業者の半数近くが瀕している生計手段を失う危険」を公表、世界で3億人分相当の労働時間が失われる危機に直面する旨の警鐘を鳴らした。アメリカでは数千万人の失業が懸念されており、日本でも今後どれほどの失業者が出るか全く分からない事態となっている。政府は雇用調整助成金や特別給付金の支給などで対応しようとはしているが、危機的状況の進行に全く追いついていない。街の商店街を見渡せば、休業の張り紙が廃業の張り紙に徐々に変わりつつある。ホームレスの方々も日増しに増えて来ている。外出自粛をと叫びながら、その一方で帰るべき住居を失わせてどうするというのであろうか。

21世紀に入ってからの日本は、新自由主義だグローバリゼーションだと声高に叫びつつ、アルバイトや派遣労働者への転換を推進し正規雇用を減少させてきた。その結果、大半の職場はギリギリの人数での自転車操業常態化となり、風邪で40度の高熱が出たとしても「這ってでも出て来て仕事をしろ・・・」といった様な惨状にあった。こうした事態に追い込んで来たのは一体どこのどなただったであろうか?昨年来、医師の残業時間が年間最長3000時間にものぼると言われながらも黙認して来たのは一体どこのどなただったか?介護の現場が低賃金で人が次々に止めていくと言われながらも黙認し続けて来たのは一体どこのどなただったか?今更人がいるわけがないであろう。

ところで、今や全世界はコロナショックで保守化を通り越し、空港からは人の姿が消え、鎖国化の懸念すら感じられる事態となってきている。アメリカはトランプ大統領が登場した頃からアメリカ第1主義を強く唱え保守化を加速させてきたが、コロナショックで益々保守化が強まることは十分に予想される。アメリカ以外の農産物輸出国でも自国優先傾向が強くなることは避けられないと思われる。そうなれば、食糧を輸入に頼り、労働力を海外に求め、産業をインバウンドに期待して来た日本は大打撃を被ることとなり、本当にただ事では済まない緊急事態ということになり兼ねない。
今後、日本がどういう方向で舵取りをしていくのか現段階では全く分からないが、何にしても相当の覚悟を持って臨まなければならなくなってしまったことだけは確かだ。労働現場への皺寄せが放置されて来た代償は余りにも大きい。
2020.04.25 「健康で文化的最低限の生活」と山鉾巡行の中止
欧米では文化助成実行

隅井孝雄 (ジャーナリスト)

祇園祭
 (昨年の祇園祭山鉾巡行)

 日本国憲法は「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利がある。国は、すべての生活部門について、社会保障および公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」という条文がある(25条)。
 今日はこの条文の下、新型コロナウイルスと文化芸術にについて考えたい。政治家は全力を挙げてこの条文に沿った行動をしてほしい。今の日本の政権ではすべてが後手後手になっている。PCR検査を怠っている。緊急事態宣言は4月7日発令されたが4月16日に全国が対象に切り替えられた。京都では、芸術文化施設を全面閉鎖し(4/4)、市長が緊急事態を京都にも適用してほしいと国に要望した(4月10日)。100万人当たりの感染者数が全国都道府県で5位であるなど、感染拡大が続く。
 ▼文化施設軒並み閉館
 ところで健康で文化的な生活が今は不可能。私が通っていたスポーツジムも閉鎖された、「文化博物館」も閉鎖された。祇園祭特別展「町衆の情熱」で懸想(山鉾を飾る美術垂れ幕)が見られる、金具飾りが見られると、見に行ったが文博は閉鎖されていた。国立博物館も、新装のローム博物館(元府立博物館)もロームシアターも全部閉鎖されている。
大量感染の元となったことから祇園のライブハウスは軒並み閉鎖、京都コンサートホールの演奏会にも中止だ。
 ▼祇園祭、巡行中止
 例年7月1日から一か月間行われる祇園祭の鉾立て7/10、巡行7/17,7/24の是非が問われていた。山鉾を立てれば人が集まる、山鉾巡行では引手が連なり、周囲約2.5キロに観客が密集する、とあって、今年は巡行を中止することが決められた(4/20発表)、おそらく鉾立てもできないのではないか。
 平安時代初期863年(貞観5年)に当時蔓延した疫病(当時わらわやみ、おこりなどと言われたがマラリヤかと思われる)で多くの死者が出たことを悼み、悪霊を退散させるための行事が始まりだったといわれる。やがて豪華絢爛の伝統文化として1000年以上続いてきた、それが中止になるというのは歴史上の大きなアイロニーではないか。
 ▼SaveOurSoaceハッシュタグ署名
 ライブハウスの出演者が先頭に立って進めていた、文化助成を求める署名♯SaveOurSpaceがツイッターであっという間に賛同者30万人をこえたと聞いた。各種のライブ公演、音楽会、演劇文化公演から歌舞伎至るまで舞台が開けられない。博物館、映画館まで閉まった。
映画、演劇の世界では、俳優、音楽家はもとより音響、照明などなど、フリーで働く人々も無収入になる。人々は音楽や演劇を楽しむ機会を失われている。休業資金を出し、歌手、アーティスト、文化関係施設に給付し、生活を保障して、コロナ明けに備えることが重要だ。
 休業したお店には200万円、減収世帯に最低10万円~60万円、などの給付がかろうじて決められたが、音楽、映画、ライブハウスなど文化関係への保障は決まっていない。
 宮田亮平文化庁長官がメッセージを出した(3/28)だけで、文化、芸術の助成についてついての具体策がない。
 ▼素早い欧米の文化・芸術助成策、英、仏、伊、米
 ヨーロッパでは真っ先に音楽関係、映画、俳優、などへの手厚い保護策がとられたことを紹介したい。
 イギリスではすでに2000万ポンド(27億円)ガアート・カウンシルから支出されることが決まっており、その中には芸術文化関連フリーランス、一人当たり2500ポンド、34万円が支給される。いずれも面倒な手続きがなく、即時に振り込まれる。
 フランス文化省の緊急支援策は、音楽家、俳優、フリーの文化関連労働者などの収入の穴埋めに10億ユーロ(1200億円)を投じる。文化芸術関係の小規模組織、個人事業者に1500ユーロ~3500ユーロ(18万円~42万円)を支給した。封鎖期間中はこの手当を打ち切らず延長するという。
 イタリア政府、では財政困難の中にも関わらす、舞台芸術、映画企業、芸術家、実演家、緊急基金1億3000万ユーロ(156億円)が支出された。文化関係従事者の所得補償もある。
 アメリカではブロードウェイが閉まり、ジャズクラブ、レストラン、リンカンセンターも閉鎖だが、芸術団体、仕事のなくなった音楽家、オペラ歌手、ジャズ歌手など休業した文化関係者の休業補償にとりあえず500万ドル(86億円)が用意された。
アメリカの特徴は、大手IT企業、銀行など大手企業の支援です。例えばナイキ。財団や幹部が即座に文化関係、アスリートなどに対し1500万ドル(16億6000万円)を寄付した。

 コロナの中にあっても文化、芸術を保護し、終息すればすぐ再開できるようにとの配慮がひつようだ。一日も早く、健康で文化的な生活にもどり、音楽を聞き、演劇を鑑賞し、映画を楽しみ、カラオケも歌える、山鉾巡行も楽しめる日常に戻ることを願うばかりだ。

2020.04.22 平和運動、脱原発運動の集会が軒並み中止に
コロナウイルス禍の余波で

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、反核平和、護憲、脱原発を掲げる集会・デモが軒並み中止に追い込まれている。これらの社会運動に関わる団体にとって、集会・デモは自らの理念を市民に訴えるための最大の示威行為であるだけに、コロナウイルス禍のためにそれを中止せざるを得ないという事態は大変な打撃で、各団体は集会・デモに代わる運動形態の模索に苦慮している。

 例年、3月から5月にかけての時期は、社会運動団体にとって、最も運動に力を入れるシーズンだ。なぜなら、3月は東日本大震災に伴って東京電力福島第1原子力発電所が世界最悪レベルの事故を起こした月であり、5月には日本国憲法(平和憲法)の制定を記念する「憲法記念日」があるからである。それだけに、社会運動団体は毎年、これらの点を踏まえて、それぞれ運動を盛り上げるための集会やデモに力を注いできた。加えて、今年は広島・長崎に原爆が投下されてから75年になるため、「被爆75年」を機に原水爆禁止運動を再び盛り上げようと、関係団体はさまざまな企画を計画していた。

 しかし、3月に入ると、日本でも新型コロナウイルスに感染する人たちが増え始めた。このため、人が大勢集まる集会やイベントは集団感染の場となるのでは、との見方が社会運動団体の間で急速に広がり、感染者を出すまいとの決断から主要な集会やイベントを相次いで中止する事態となった。

 反核平和・護憲・脱原発関係で、まず中止になったのは、3月21日に東京・亀戸中央公園で開く予定だった「さようなら原発全国集会」である。主催は「さようなら原発一千万署名市民の会」。同会は福島第1原発事故(2011年3月11日)の直後に脱原発の実現を目指してスタートした市民団体で、以来、毎年3月に東京都内で「全国集会」を開いてきたが、今年はやむなく中止せざるをえなかった。
 同会は、来年に10万人規模の「全国集会」を計画している。というのは、来年が福島第1原発の事故から10周年に当たるからである。そこで、今年の集会をその“前哨戦”と位置づけていた。それだけに、中止を決めた3月9日に発表された、同会呼びかけ人・鎌田慧さん(ルポライター)の声明は「安倍政権が原発の再稼働を狙っている折り、コロナウイリス問題で集会を中止するのは痛恨の思い」と述べていた。

 コロナウイリス禍は国際政治にも打撃を与えた。その一つが、4月27日から5月22日までニューヨークの国連本部で開かれる予定だった核不拡散条約(NPT)再検討会議が延期を余儀なくされたことである。NPT再検討会議は5年ごとに開かれることになっているだけに、今回会議の延期は核軍縮問題の進展に影響が出そうだ。

 NPT再検討会議の延期は、内外の原水爆禁止関係団体にも影響を及ぼした。なぜなら、日本の原水爆禁止関係団体と国際NGOが、NPT再検討会議に連動して4月24、25の両日、ニューヨークで「原水爆禁止世界大会ニューヨーク」を開こうとしていたからである。
 これには、日本の原水爆禁止日本協議会(原水協)、原水爆禁止日本国民会議(原水禁)、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)が代表団を派遣することになっていた。日本生活協同組合連合会(日本生協連)もニューヨークで被爆の証言活動を予定していた被団協代表団をサポートするため生協組合員の代表団を派遣することにしていた。
 が、これらの計画も、NPT再検討会議が延期になったことで、水泡に帰した。「原水爆禁止世界大会ニューヨーク」は中止となり、各団体も代表団の派遣を取りやめた。
 その代わりに、世界大会実行委員会は4月25日、インターネット上で「オンライン世界大会」を開催する。

 極めつけは、来たる5月3日(祝日)に東京・江東区有明の東京臨海広域防災公園での開催が予定されていた「平和といのちと人権を!5・3憲法集会」が中止になったことだ。
 これは護憲関係団体が憲法記念日に統一して開く恒例の集会で、今年は6回目。第1回は2015年に横浜市の臨海パークで開かれ、約3万人が集まったが、翌2016年から会場を東京臨海広域防災公園に移した。以来、参加者が年々増え、昨年(2019年)は6万5000人にのぼった。
 護憲関係団体は今年2月から「安倍9条改憲NO!改憲発議に反対する全国緊急署名」を開始しており。関係者は、5・3憲法集会を署名運動に弾みをつけるイベントにしたいと考えていた。それだけに、関係者は「まことに残念」と語る。
 集会中止に伴い、集会実行委員会は、3日午後1時から、国会正門前での各界代表のスピーチをインターネットで中継する。

 今夏の反核平和運動もコロナウイルス禍で様変わりしそうだ。
 例えば、原水協は、8月に開く予定の2020年原水禁止世界大会について、従来通りではない形での開催を検討することになった。従来通りの開催形態とは、内外の大勢の参加者による集会だ。ところが、今年はコロナウイルス禍で参加者が一同に会せなくなるおそれがあるうえ、海外代表も日本への入国が出来ない可能性があり、これまでと同じやり方では世界大会を開けない場合を想定しなければ、と判断したという。いまのところ、世界大会をオンライン化することも考えられているようだ。

2020.04.16 感染者は増え続ける
韓国通信NO634

小原 紘 (個人新聞「韓国通信」発行人)

日本の感染者5千人超 死者119人(4月9日現在) 
世界の感染者156万人 死者9万3千人 (4月10日 AFP集計)


7日、安倍首相が「緊急事態」を宣言。とたんに歩く人は激減、マスク姿の街の光景は異様だ。
「ハーメルンの笛吹き男」を思いだす。13世紀のドイツ、ハーメルンで起きた実話。男の笛の音につられて、町中の子どもたちが帰って来なかったという怖い話。<左下写真/残存する最古の「笛吹き男」ステンドグラス絵>
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私たちはこれから何処へ行くのか。ハーメルンの子どもたちのように笛吹き男について行くのか。
正体不明の感染病に私たちは無力だ。イタリア、フランス、スペイン、アメリカだけで死者は既に6万人を越えた。聞こえるのは不安の声ばかり。人間はいずれ死ぬと言ってしまえば話が先に進まないが、気になって日本人の死因について調べてみた。厚労省の人口動態統計月報年計(概数)の概況から。

<2018年に死んだ人たち>
まず、出生が約92万人対して死者は136万人差し引き44万人の人口の減少がわかる。
死亡者の死因で一番多いのが癌で、37.4万人、全体の27.4%。次いで心疾患が20.8万人15.3%、老衰10.9万人8%、脳血管疾患10.8万人7.9%、肺炎9.4万人6.9%、不慮の事故4.1万人3%、誤嚥性肺炎3.8万人2.8%、腎不全2.6万人1.9%、血管性等の認知症2万人1.5%、自殺2万人1.5%と続く。(%は死者の中に占める割合)
これまでインフルエンザによる死亡者は、毎年1万人(世界では25万人から50万人)と推定されている。コロナ感染者の死亡率が感染者の2~3%とすると、仮に感染者が百万人なら2~3万人が肺炎死亡者に上乗せされ、肺炎による死亡者は11万~12万人程度で心疾患の死者に次ぐという計算になる。インフルエンザは伝染するので怖れられるが死の原因としては癌の足元にも及ばない。コロナに怯えて右往左往することはない。百万人が感染しても死者はこの程度とは乱暴な話かも知れないが、コロナウィルスにもっと冷静になっていい。いたずらな恐怖感、切迫感から解放される。

<コロナ騒ぎから見えること>
今回のコロナ禍は「想定外」のことなのだろうか。知性に欠ける政治家や財界人は想定外という言葉でよく言い逃れをする。私なら「知らなかった」と不明を恥じるだろう。
人類とウィルスとのたたかいを政治家に負わせるのは酷という見方もある。しかし、戦争のできる国、憲法を変えて海外派兵を目論み、こりもせず原発を動かそうとする政治家の頭には国民の健康といのちは想定外だったはず。ゴマカシ、嘘とカネで買ったオリンピックでさらにひと儲け、政権の維持まで図ろうとする政治家にウィルス対策を語る資格はない。国民の理解と協力を得て難局を乗り越えようとするなら生命を尊ぶ信頼できる指導者でなければならない。
緊急事態を宣言するなら、こちらはレッドカードで対抗したい。小池都知事と首相が繰り広げる目立ちたがり競争。無能な知事までが頭を突っ込む議論もおそまつ。昨年の台風15号で職務放棄をしたことが発覚した森田千葉県知事までが、いのちと健康と自粛を言いだすおぞましさ。
感染が広がる前から「医療崩壊」を心配するとは、これまでの怠慢を白状しているようなもの。ベッド数が足りない、医師・看護師不足をコロナのせいにするな。国民のせいにするな。
首相は思い切った財政出動と胸を張るが、マスクの全戸配布に象徴されるように巷では嘲笑が溢れるばかりだ。一時金の給付、雇用維持、無利子のつなぎ融資など焼け石に水。本気度が感じられない。バブル経済の破たんも目前だ。実態のない不動産と株の高騰は安倍政権の走狗と化した日銀の金融政策と金持ち優遇策によってもたらされた。特に株高はアベノミクスの最後の看板である。暴落を日銀と年金資金が買い支えている。資金は国民の金だからあきれる。コロナ対策などはどこ吹く風。年金の資金が吹き飛ぶ株の暴落も目前だ。

<日本は もたないかも…>
コロナが直撃する貧困層。貯金ゼロ所帯の急増。160万を越す生活保護世帯から悲鳴が上がる。大盤振る舞いに見えて1回限り30万円の給付金で何カ月暮らせるのか。つなぎ資金を借りても返済の見通しはない。学校に行けない子どもたち。失業者の大量発生も目前だ。
病院が足りない、医師、看護師が足りないなら、トランプ大統領と約束したF35戦闘機、イージスアショアの購入をやめればすむこと。肺炎による死者も心配だが自殺者の急増がもっと心配だ。ああイライラが爆発しそうだ。PCR検査をさぼり、感染者を野放図にしてきたツケも厳しく問わなければならない。オリンピックのために当初感染者は過少に、延期が決まると恐怖を煽るというのも意図的過ぎる。国民をばかにしすぎていないか。隠す、ごまかす、居直る政権の体質を今こそ正す時だ。退陣どころか逮捕されてもおかしくない首相がコロナで延命を図っていることを忘れはしまい。
緊急事態宣言発表の記者会見の場。「安倍政権に対する不信感が高まっているので政府の指示に国民が素直に従うとは到底思えません。どう思いますか」くらいの質問をする記者がいてもよかった。NHKの岩田記者の首相バックアップ解説は諦めるほかないが、緊沖縄へ 急事態宣言によって政府批判が自粛されて、美談ばかりが報道される可能性も強い。これにも要注意だ。

ふるさと納税
話題は変わる。確定申告で還付された3万円を名護市にふるさと納税した。実質負担は2千円だが、新基地を押し付けられた名護市民を応援するつもりで5年前から始めた。昨年は全国から1740人が34百万円余りを寄付した。基地建設反対の稲嶺前市長が落選したため寄付は減少したが、愚直にも続けている。
ふるさと納税といえば返礼品の話題がつきものだが、名護市は誇り高く一切の返礼をしないのが魅力だった。新市長になってから返礼品がつくようになった。「返礼品を目的に寄付をしているわけではない」と市の職員に告げた。寄付者名は一般公開されコメントとともに公開されている。「名護が大好き。だから辺野古基地はイラナイ」とHPで公表されている。
私が千葉県我孫子市議会に提出する請願書(政府に対し、辺野古問題について沖縄県と真摯に話し合うよう求める意見書を市議会で採択してほしいという請願)への賛同署名が約500名集まった。ご協力ありがとうございました。5月中旬まで署名集めをして6月議会に提出します。これも沖縄に対するささやかな応援。みなさんの声援を背に採択に向けて頑張ります。
2020.04.11 あなたにとって3月は…
韓国通信NO633

小原 紘 (個人新聞「韓国通信」発行人)

 「3月はいろんなことが起きる月ですね」。スポーツジムの浴場で顔見知りが話しかけてきた。「東京大空襲の翌日11日に東日本大震災。それにこのコロナ騒ぎ」。「1日は第五福竜丸が死の灰を浴びたビキニデー」と相槌を打ったが、朝鮮独立3.1運動は言いそびれてしまった。新型コロナ騒ぎで、彼も私も3月が特別の月に思われ感慨にふけった。
 3月としては珍しく雪が降った。一緒に桜の花が舞い散った。雪も桜も形がコロナに似ている。
 突然の学校閉鎖、外出・イベントの自粛要請。オリンピックの延期。都市の封鎖、緊急事態宣言も現実味を帯びだした。世界規模の出入国禁止、WHOのパンデミック宣言。イタリア、スペインの惨状が刻々と伝えられ、世界がまるで違って見える。
 中世ヨーロッパで1億人が死んだペストと近世のコレラの流行は文学作品で知っていたが、それらと現実が重なる。私たちにとって東日本大震災、福島原発事故とともに忘れられない3月になることだろう。

<人間社会が生み出したウイルス>
 ウイルスは人間による自然破壊から生まれた。地球温暖化と密接な関係があるという科学者の指摘は説得力を持つ。人類が滅亡の瀬戸際にあるのが伝わってきた。最近見たNHKのドキュメンタリーである。

<日本が危ない>
 「桜を見る会」で世間を騒がせ、森友学園の名誉校長として疑惑の渦中にある首相夫人がケロッとしてオトモダチとお花見をした。自殺に追い込まれた財務省職員の遺族の求めを首相はコロナ騒ぎでそれどころではないといわんばかりに一蹴。独善とモラルの欠如にやり切れなさが募る。わが国のコロナ対策はまず政治に対する不信感を取り除くこと、理解を越えた「異星人」たちの追放しかない。緊急事態宣言によって「安倍ヤメロ」のデモも禁止される。人々を不安に陥れて好き勝手なことをするのは独裁者の古典的な手口だ。冷静さと理性、寛容を欠いたトランプ・ウイルスが世界に感染! 安倍首相も感染した。新型コロナの感染拡大とともに心配だ。

<コロナは人類へ警告する>
 世界が奈落に落ちてゆく予感。この期に及んで金儲けに血眼な人たちが大勢いる。原発推進のコマーシャルが流れ、「末世」感が濃厚だが、あきらめるわけにはいかない。
 失業者続出、中小零細企業者の倒産も始まった。世界規模のカタストロフィ(破局)の始まり。コロナウイルスによって、国境を越えた金儲け主義、新自由主義が産み落とした絶望的な貧富の差が可視化された。生命の危機に瀕する人たちの存在が見え始めた。
 世界の飢餓人口8億2100万人(国連年次報告)は気候変動と紛争、収奪がもたらす絶対的貧困から生まれた。その大半を占める子どもたちが毎日飢餓で死んでいく。グローバル化社会でコロナを理由に自国だけが救われることはあり得ない。地球上の9人に1人が餓死に直面している現実を無視したコロナ対策は考え難い。コロナは資源をめぐる大国が引き起こしたあらゆる紛争の停止、貧困の絶滅と世界規模の医療の充実を求めている。飢餓の進行とコロナの沈静化は相いれない。来年はオリンピックとは到底考えられない。