2017.11.10 NHKの「クローズアップ現代+」に「香害」被害者たちが憤っています
        シリーズ「香害」 第3回
                      
岡田幹治 (フリーライター)

10月25日に放送されたNHK「クローズアップ現代+(プラス)」の「気にしすぎ!? 相次ぐにおいトラブル」に対し、「香害」被害者たち(香りつき商品の成分で様々な健康被害を受けた人たち)から「ひどい内容だ。番組のせいで私たちはさらに肩身が狭くなり、健康被害を受けても我慢を強いられてしまう」など、憤りの声が上がっています。
なぜなのでしょうか。番組にはどんな問題があるのでしょうか。

◆体臭に過敏になった日本社会
25分間の番組は次のような内容でした。
まず、日本人が最近、体臭に過敏になっており、それを覆い隠すために消臭スプレーの噴霧などが日常的に行われている、異常とも思える実態を、いくつかのエピソードで伝えます。
そして、坂井信之・東北大学脳科学センター教授が、においを嗅いで心地よくなるか不快になるかは、におい発生源の見た目や人間関係などによって左右されることを明らかにします。体臭を気にして専門クリニックを訪れる人が増えているが、その7割は体臭がとくに強いわけではないとも指摘されます。
続いて番組は、ニオイ対策用の香りつき商品(消臭スプレーや柔軟剤)をめぐる様々なトラブルに焦点を移し、その一つとして、商品に含まれている化学物質がもたらす体調不良を取り上げます。
香りつき商品が原因で「化学物質過敏症(MCS)」になった女性が登場し、ここ数年で症状が悪化し、ニオイを嗅ぐとめまいがしてずっと寝ているようになって、今年6月に10年務めた仕事を辞めざるを得なかったと訴えます。
番組のまとめ部分では、坂井教授とともに、坂部貢・東海大学医学部教授(医師)が出演し、「MCS患者の約8割はニオイにも過敏に反応するが、空気中の化学物質は無数にあるので、なぜ症状が出るのかというメカニズムは分かっていないところが多い。環境省と厚生労働省が研究班などをつくって研究しているが、問題が複雑で、アウトカム(成果)まで達していない」と述べます。
どう対応したらよいか、というキャスターの問いに対し、坂部教授は「ニオイに対して感受性が高くて症状が出る方もいることにわれわれは配慮すること、そしてメーカーは消費者に注意を喚起することが必要」と述べ、坂井教授は「体臭に寛容になるためには、人間関係も寛容になる必要がある」と述べます。

◆まるで消臭スプレーのCMこの番組の第一の問題点は、消臭スプレーなどを販売する業界の立場に立っていることです。
たとえば、人々の意識や行動を探るためのアンケートです。番組は、化粧品会社マンダムが実施した「職場のニオイに関する意識調査2017②」を取り上げ、「職場で『嫌だ』と感じるニオイ」は1位が体臭、2位が口臭、3位がタバコのニオイだとしています(注1)。
しかし、別のアンケートもあります。シャボン玉石けんのアンケートでは、回答者の8割が「香りつき商品を日常的に使用」しており、79%が「他人のニオイ(香水・柔軟剤・シャンプーなど)で不快に感じたことがあり」、51%が「人工的な香りを嗅いで、頭痛・めまい・吐き気などの体調不良になったことがある」と回答しているのですが(注2)、こちらは取り上げられませんでした。
最近の体臭過敏の風潮には、テレビCMなどを通じた業界のあおりによってつくられた面がありますが、それは報じられません。
ニオイ対策にしても、体は入浴やシャワーで清潔にする、衣類は洗濯し、スーツ類は風に当てるといった、当たり前の方法は全く示されません。消臭スプレーや汗拭きシートの使用しか方法はないかのようです。
番組には消臭スプレーを体に噴霧する場面が何度も登場し、まるで「体臭を気にする人は消臭スプレーを使いましょう」というCMを見ているようです(注3)。残念なことに、スプレーが有害な成分を周りにまき散らし、周辺の空気質を悪化させていることは語られません。

◆香害被害者の悲鳴や怒り
番組の最大の問題点は、「ニオイの感じ方という快・不快の問題」と「香り商品に含まれる成分がもたらす健康被害の問題」が、きちんと区別されずに議論されていることです。
これらは「香り(ニオイ)に関する認知・心理的な問題」と「香りつき商品の成分がもたらす身体的生理的影響の問題」であり、両者は全く異なるものです。ところが、番組のまとめの場面では二人の識者がそれぞれ自説を述べるので、よほど注意深く聴かないと正確に理解できない。
なにより結びが問題です。坂井教授が「体臭に寛容になるためには、人間関係も寛容になる必要がある」と述べたのを受けて、キャスターが「なかなか難しい問題ですが、互いに配慮しあうことから始めるしかなさそうです」と締めくくるため、香害の被害者は「精神的に軟弱で、寛容度が低い人間」であるように受け取られてしまいます(注4)。
被害者たちから悲鳴や怒りが噴出するのは当然でしょう――。
「体調を崩しても、体臭予防の香りには寛容になれ、と周囲から言われかねない」、「人間関係が悪い人物と認識される可能性があるので、病名を打ち明けにくくなる」、「体調が悪化しても我慢を強いられ、社会復帰が遠ざかる」「香り商品の影響で喘息などが起きても『気のせいだ』と言われるのであれば、どう生きていけばいいのか」などなど。
「香害被害者たちは愚弄された」という声も聞かれました。

◆使用量の問題ではない!
番組では、以下のような日本石鹸洗剤工業会の見解が示されました。
「香りに関する問題について、因果関係は不明ですが、困っている人のいることを真摯にとらえ、対応をはかっています。実態調査の結果、2割の人が2倍の量の柔軟剤を使っていることがわかったので、目安通りの使用と周囲への配慮を呼びかけています」
この見解は番組での坂部教授の発言内容とほぼ同じです(注5)。坂部教授は環境省の「環境中の微量な化学物質による健康影響に関する調査研究」の総括研究者や、厚生労働省の「シックハウス問題に関する検討会」の中心的メンバーを長らく務めていますから、政府の考えでもあるのでしょう。
この見解は重大な問題を含んでいます。一つは、香り商品は目安通りに使用したからといって無害になるわけではないのに、目安通りに使用すれば健康に悪影響はないという誤解を与えることです。
もう一つの問題は、現段階で政府や業界が対策を取らないのは当然だという認識が広がることです。多数の被害者が出ている以上、メカニズムや因果関係が明確でなくとも、最新の知見に基づいて、被害を広げないように政府・業界は手を打つべきだと私は考えます。
水俣病をはじめとする過去の公害事件では、被害者が多数出て、その原因が絞られてくると、決まって「因果関係がはっきりしない」と国・業界・御用学者が言い出し、有効な対策が実行されませんでした。因果関係が明らかになって対策が取られるときには、被害の規模が途方もなく膨らんでいるのが常でした。
一種の「公害」になった「香害」についてもまた、同じ道を歩みつつあることが、工業会の見解や坂部教授の発言からうかがえます。
今回のクローズアップ現代+は、そうした動きを後押しする番組だったと思います。

注1 マンダムの意識調査は今年5月、東京・大阪の25~49歳の働く男女1028人を対象にインターネットで実施された。
注2 シャボン玉石けんのアンケートは今年7月、20~50歳代の男女598人を対象にインターネットで実施された。
注3 NHKでは10月18日放送のガッテン「なぜ出るホコリ! 原因はソコだった!?」でも、柔軟剤をしみ込ませた「除電ぞうきん」で床・壁・棚などを拭く方法を推奨している。
注4 番組には気になる場面が数多くあった。たとえば、埼玉県熊谷市が市役所の入り口にミントの香りを漂わせる機器を設置したところ、香りが苦手という意見が相次ぎ、撤去を余儀なくされたが、担当職員は「よかれと思ってやったのに、不快に思われた方がいたことは大変残念」と述べていた。なぜ香りはすべての人に心地よいと判断したのだろうか。
あるいは、体臭を気にして頻繁にスプレーする夫と止めてほしい妻の間でケンカが続く夫婦。夫が帰宅すると、妻が「舌がしびれる」ほど健康に影響が出ているのに、なぜ夫は使用を止めないのだろうか。
注5 坂部教授は番組で「メカニズムが明らかでない」ことを強調していた。このため一部の香害被害者からは「味方と思っていたMCSの専門医に、後ろから撃たれた思いだ」との声が出た。

◆岡田の11月の講演予定
▽香害~そのニオイが体をむしばむ?!
  11月21日(火)午後6時30分~8時30分
  札幌エルプラザ 大研修室4F(札幌市北区北8条西3丁目)
  問い合わせ:生活クラブ・多田(011-665-1717)
▽香害~そのニオイが体をむしばむ?!
  11月22日(水)午前10時~12時
  札幌市教育文化会館 講堂4F(札幌市中央区北1条西13丁目)
  問い合わせ:生活クラブ・多田(011-665-1717)
▽広がる香害~あなたは大丈夫?
  11月29日(水)午前10時30分~12時30分
  生活クラブ館(小田急線経堂駅 徒歩3分)
  問い合わせ:コミュニティスクール・まちデザイン(03-5426-5212)
2017.11.08 若者に支持されない政党には未来がない、体質改善できない政党は生物学的法則で淘汰される
広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)

            
 前回、共産党の得票率低下(京都選挙区)の原因は支持者の高齢化による活動力の低下にあると書いた。なぜ、共産の支持者がかくも中高年層に偏っているのか。その理由として、民主集中制に象徴されるような共産の「組織文化」に若者たちが馴染めないからだとも書いた。街頭宣伝している人もビラ配りをしている人もそのほとんどが中高年層で、とにかく若者の姿が見えないのだ。大都市部ではともかく郡部に行くともはや機関紙の配り手がなく、郵送に切り替えているところも出てきているのだという。これは京都だけの現象ではなく、全国に共通するというのだから事態は重大だろう。未来を担う若者たちにソッポ向かれては、政党のこれからの展望が開けないからだ。

 今回の衆院選は、選挙権年齢が「18歳以上」に引き下げられてから初めて実施された総選挙だった。私が各紙の出口調査のなかでとりわけ注目していたのは年代別の政党支持率だ。日経新聞はこの点、選挙前から若者層の投票行動の特徴を「保守」「低投票」とズバリ指摘していた。投票当日の出口調査の結果はまさにその通りになった。

 「若年層の特徴の一つが、安倍内閣の支持率が比較的高い点だ。日経が10~11日に実施した衆院選の序盤情勢調査で、18~19歳の内閣支持率は52%と不支持率の32%を上回った。不支持率(48%)が支持率(37%)より高い全体平均とは逆の結果となり、支持率が3割台だった40歳代以上の世代と比べて『保守的』だ。(略)低投票意欲も特徴の一つ。日経調査では、今回の衆院選の投票に『行く』と答えたのは18~19歳で79%。年代別で最も低かった。明るい選挙推進協会が昨年の参院選で実施した調査によると、18~20歳代の若年層が投票を棄権した理由として最も多く挙げたのが『あまり関心がなかったから』の40.3%。『仕事があったから』などを挙げる人が多かった中高年と比べると政治への関心の低さが鮮明となった」(日経2017年10月19日)

 「出口調査で18~19歳の有権者にどの政党を支持するか聞くと、39.9%が自民党と答えた。希望の党が10.7%で続いた。(略)若年層の多くが自民を支持する傾向が浮き彫りになった。年代別に自民の支持率をみると、20代が40.6%と最高だった。次に70歳以上が40.2%と高く、18~19歳が続いた。40~60代はいずれも30%台前半だった。立憲民主は60代の17.8%が支持するなど高齢層の支持率が高かった。最も高かったのは60代。70歳以上が16.7%とそれに次いで高かった。10~30代ではいずれも10%を下回り、高齢層ほど支持を集める傾向が強かった。共産も高齢層のほうが若年層より支持率が高かった」(日経2017年10月22日電子版)

 ちなみに全年代を合わせた政党支持は、自民36.0%(18歳・19歳39.9%、以下同じ)、立憲民主14.0%(7.0%)、希望11.8%(10.7%)、公明5.4%(6.5%)、共産5.3%(3.3%)、維新3.8%(3.9%)、支持政党なし18.8%(24.1%)というもので、もはや若者の保守傾向は明白だろう(同上)。

 この傾向は、18歳選挙権を国政選挙で初めて導入した昨年の2016年参院選ですでに明らかだった。共同通信の出口調査に基づいて若者層の政党別投票先を分析した日経新聞は、この段階で若者層の保守化を次のように明確に指摘していた。
 
 「国政選挙で18~19歳が初めて投票した昨年の参院選では、18~19歳に比例代表の投票先を聞くと、自民40.0%、民進19.2%、公明10.6%、おおさか維新7.4%、共産7.2%、その他15.3%で、若年層が自民を選ぶ傾向が浮かんだ。自民への投票を年代別に見ると、20歳代43.2%、30歳代40.9%、18、19歳40.0%の順で高く、40歳代以上の各年代はいずれも4割未満だった」(日経2016年7月11日電子版)

 この状況をして「この頃の若いものは!」と言って嘆くことは簡単だ。しかし、戦後の革新運動を担ってきた中高年層の視点から、一方的に若者層を批判することは的外れだろう。長年、学生たちと接してきた私の実感から言えば、現代の若者層の感覚や感性は「限定的指向性」「選択的自発性」とも言える際立った特徴を有している。「限定的指向性」とは特定の社会事象に興味を示す傾向のことであり、「選択的自発性」とは特定の分野で自発性を発揮する傾向のことだ。

 私たちの世代が理想としてきた人間像は、「全面的に発達した社会人」だった。社会のあらゆる事象に関心を持ち、新聞を隈なく読み、政治問題や社会問題をわがことのように考え、自分の意思を集団的(組織的)に表現して社会を動かすことを使命と感じるような人物像が理想とされてきたのである。当時の学生運動のリーダーたちの姿を思い浮かべれば、そのキャラクターはほぼ想像がつく。

 昔人間と比べて、現代の若者が社会的関心や情熱を決して失っているわけではない。災害時のボランティア活動一つを取って見ても、彼・彼女らがどれほど献身的に行動するかは周知の事実だ。ともすれば見落としがちな社会的弱者や少数派の問題に対しても、若者たちのアンテナは鋭くて見逃しはしない。ただ、社会が多様化し複雑化するにつれて問題構造が巨大になり、その全容を把握することが困難になっているだけだ。若者たちは「時と場所」を得れば驚くような主体性と自発性を発揮する。問題は、現在の政党活動がこのような若者たちを引き付ける感性と魅力を失っていることだ。若者の「保守」「低投票」はその証なのである。若者たちは興味と関心があれば投票にも行くし、政治活動にも参加する。そんな機会と場所を政党が提供できていないだけなのである。

 今回の衆院選の結果を共産がどのように考えているか、まだ正式の総括は出されていない。だが、志位委員長が11月1日、特別国会開会にあたって党国会議員団総会で行った挨拶の中にはその趣旨が明確に見てとれる。以下はその一節である(赤旗2017年11月2日)。

 「市民と野党の共闘を前進させながら、いかにして日本共産党の躍進を勝ち取るか。これは、新しい努力と探求が求められる課題であります。総選挙の結果を受けての常任幹部会の声明では、二つの内容での努力と探求を呼びかけました。第一は、日本共産党の綱領、理念、歴史を丸ごと理解していただき、共産党を丸ごと支持してもらえる方を広げる活動を日常的に抜本的に強めることであります。第二は、日本共産党の自力を強めること、すなわち、党員拡大を根幹にした党勢拡大を前進させることであります」

 この挨拶は、共産を「丸ごと」受けてくれるような支持者を増やすこと、党員を拡大することに尽きている。要するに、党の体質改善には触れることなく今まで通りの方針を貫徹することを求めたものだ。だが、共産を「丸ごと」受け入れてくれる若者がどれだけいるだろうか。そのことは、かって隆盛を誇った共産の青年下部組織が壊滅状態に陥っていること一つを取ってみでも明らかではないか。

 それともこの挨拶は、民主集中制に象徴される「組織文化」の問題点に言及することもなく、党幹部の定年制もない前近代的組織のままで自力強化が可能とでも考えているのだろうか。なにしろ、中国共産党でさえが70歳定年制を守っているこの時世に、80歳を超える幹部が日本ではいまだ多大な影響力を行使しているのである。
 
 だが、いかに科学的社会主義を唱える政党でも「高齢化」という生物学的法則を避けるわけにはいかない。高齢化はいわば「自然科学法則」として組織全体に呵責のない勢いで浸透していくのであり、いかなる科学的社会主義を以てしてもこの自然科学法則を否定することはできない。人口学の推計手法を適用すれば、現在の組織年齢構成が将来どのような結果を引き起こすかは余りも明白だ。生物学的消滅を避けようとすれば、若者を引き付けるような開かれた組織に向かって抜本的改革に踏み切るほかはないのである。(つづく)

2017.10.17  原発事故から6年半の福島を見る                            
    インフラ整備は進むが、被災住民は戻らず                    
 
岩垂 弘 (ジャーナリスト)
     
 東京電力福島第1原子力発電所が東日本大震災で事故を起こしてから6年半たったのを機会に10月5日、原発事故被災地の福島県を訪れた。原発事故被災地・福島の現地見学は2015年2月、同年10月、2016年10月に次いで今回が4回目。被災地のごく一部を垣間見たに過ぎなかったが、その印象を一言で言えば、「鉄道などのインフラ整備は進みつつあるが、被災住民はふるさとに戻っていない。とても順調な復興とは言えない」というものだ。

 最初の現地見学は、被災地への支援を続けているNPO法人が企画した「原発問題肉迫ツアー」に参加することで実現したが、2回目以降は、埼玉ぱるとも会(生活協同組合パルシステム埼玉役員OB会)が毎年実施している「福島ツアー」に加わっての現地訪問である。
 今回の福島ツアー「福島のいまを見て、感じよう・2017」の参加者は生協の元役員、組合員ら総勢26人。バスでさいたま市――福島県いわき市――広野町――楢葉町――富岡町――いわき市――さいたま市のコースをたどった。

 いわき市の四倉海岸で、市内で旅館を経営するかたわら「NPOふよう土2100」の理事長として大震災復興支援事業に携わる里見喜生さん、生活協同組合パルシステム福島理事長の高野祐子さんと合流、お二人の案内で被災地を見て回った。
 里見さんによると、2016年12月現在で、福島県における津波や福島第1原発の事故で避難を余儀なくされている人は8万2547人。内訳は県内避難4万2488人、県外避難4万0059人。ピーク時は16万4865人(いずれも福島県・復興庁調べ)だったというから、震災から6年余を経てもなおピーク時の避難者の半数が、いまだに我が家があったところに戻れないでいるということになる。
 里見さんが住むいわき市のただ今の人口は約34万9000人だが、うち約2万4000人が福島第1原発に近く被害が甚大だった双葉郡(大熊町、双葉町、富岡町、楢葉町、広野町など)から避難してきた人たち。このため、同市では住宅不足、地価上昇といった問題が深刻化しているという。
 
 景勝地として知られる四倉海岸では、防潮堤の建設が完成に近づいていた。高さ7メートル。海岸に立っても、海を眺めることができない。案内の高野さんが言った。「景観が一変してしまいました。これでは、沖から津波がやってきても、陸からそれが見えないし、美しい海が見えなくなって、とても寂しい、という声が聞かれます」
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                        「四倉海岸に築かれた防潮堤」
 そこから、バスは、いわき市久之浜地区へ。いわき市の太平洋沿岸も大震災の津波に襲われたが、この地区では住民60人が津波にのみ込まれて死亡し、火災も発生。家屋586棟が全半壊し、商店街の38軒も全滅した。
 それから6年半。原野のように平らになってしまった海岸べりのあちこちに、住宅や、菓子屋、八百屋などがポツリ、ポツリと建ち始めていた。数軒の商店が平屋建ての長屋一棟に入居した「浜風商店街」も営業を始めていた。でも、人影はまばら。

 ここから国道6号を北上する。広野町を過ぎ、楢葉町に入る。国道わきに楢葉町役場があり、その周辺に住宅が展開する。が、あたり一帯は静かで、人々のざわめきが感じられない。
 同町は、福島第1原発から南へ20~12キロ。このため、原発事故後、同町の大半は、立ち入り禁止の「警戒区域」に指定され、住民は避難を強いられたが、2015年9月、避難指示が解除された。里見さんによると、この2年で避難先から町に戻ったのは約1900人。原発事故以前の町の人口は7500人だったから、帰還者は約25%。
 里見さんが続ける。「帰還者が1900人になったと言っても、そのうちの600人は第1原発の作業員なんです。町民が帰還に二の足を踏んでいるのは、まず、子どもへの影響を懸念しているからですね。残留放射能が子どもの健康に影響するのではと。それに、病院、美容院、スーパーなどが不足しているからです」
 
 ここから、さらに北上すると、道路の両側に田んぼが広がる。この一帯は、秋ともなれば、黄金の穂波が風にゆれる美田であったが、今は雑草に覆われ、まるで原野のよう。原発事故による放射能汚染で、稲作が不可能となったのだ。
 そんな田んぼのあちこちに、ブルーシートに被われた低い小山のような塊があった。ブルーシートの下は、放射能に汚染された草など詰めた黒い袋、フレコンバッグだ。放射能に汚染された廃棄物は、無害化することができない。ただ移動させることができるだけだ。 このあたりは、かつて福島県でも有数の米作地帯だった。あまりにも変わり果てた光景に心が痛んだ。

 さらに北上すると、富岡町である。福島第1原発から約10キロ。大震災では津波に襲われたうえ、原発爆発による放射性物質が降り注くというダブルパンチを被った。このため、「全町民避難」という事態に追い込まれ、町民約1万5000人が町を脱出し、町役場も郡山市へ退避せざるを得なかった。同町にあった双葉警察署も楢葉町に移った。
 それから6年たった今年の4月1日、同町は一部の地域(帰還困難区域)を除き避難指示が解除された。町役場庁舎、双葉警察署も町に戻った。「町民はもう戻っているだろうか」と思いながら、バス・ツアーを続ける。
 
 バスが向かった先は、まずJR常磐線の富岡駅。「ここが富岡駅です」と言われて、思わず目を見張った。なんと、眼前に、白い瀟洒な駅舎が秋の日差しを浴びて輝いていたからである。1年前もここを訪れたが、その時は津波に襲われた旧駅舎は取り壊され、白っぽいプラットフォームだけが、かつての駅の面影を残していた。ところが、そこに新しい駅舎が完成していたのである。開業は10月21日とのことだった。JR常磐線は竜田駅-浪江駅間がいまだに不通だが、富岡駅が営業を再開すると、不通区間は富岡駅-浪江駅間となる。
 駅の近くでは、古い住宅の取り壊しと、新しい住宅の建設が始まっていた。でも、私たちが駅周辺に滞在中は全く人影を見なかった。
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                          「復旧された常磐線富岡駅」
 富岡駅から、夜の森地区へ。ここも昨年訪れたところ。道路の両側に桜並木が続き、それを挟んで住宅街が広がる。住宅街は分断されていて、一方は今年の3月まで「居住制限地域」だったところで、4月1日に避難指示が解除された。そのせいだろうか、一部で朽ちた住宅の取り壊しが始まっていた。分断されたもう一方の住宅街は、まだ「帰還困難区域」で、その境には、バリケードが設けられていた。
 「帰還困難区域」に人影がないのは当然だが、避難指示が解かれた住宅街も無人で、過去3回のツアーの際にこの地区で得た「まるでゴーストタウン」という印象は今回も変わらなかった。
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         「帰還困難地区(先方)と避難指示解除地区(手前)の間には
         バリケードがあった=富岡町夜の森地区で」
 住宅街近くの常磐線夜ノ森駅では、昨年まで駅舎や線路をジャングルのように被っていた雑草や雑木は取り払われ、放射能に汚染された構内の土砂をはいでフレコンバッグに詰める作業が行われていた。おそらく、常磐線を全面開通させるための除染作業なのだろう。
 駅の近くで、里見さん持参の線量計は毎時0.40マイクロシーベルトを示していた。環境省が定めた除染が必要な放射線量が毎時0.23マイクロシーベルト以上であることを考えると、この地区の線量は非常に高い。
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  「常磐線夜の森駅構内では汚染土砂をフレコンバッグに詰める作業が行われていた」

 里見さんによれば、避難指示解除後、これまでに避難先から富岡町に帰還した人は200人足らずという。避難前の町人口のなんと0.01%だ。町民の多くが町に戻るのは果たして何時になるのだろうか。
 
 帰途、バスの中で、里見さんが示した数字は衝撃的だった。それは、地元紙「福島民報」が毎日掲載している「県内死者」という欄の数字だ。東日本大震災発生以来の福島県の死者数で、10月2日付の同欄によると、「直接死」1604人、「関連死」2175人。
 「直接死は津波に襲われて死亡した人の数。関連死とは避難の途中に亡くなったり、震災後に災害が原因の病気で亡くなったり、自殺した人などで、その多くは原発事故にからむ死亡です。今や、関連死が直接死を上回っていることに関心をもって欲しい。なぜなら、このことは、原発事故による被害が今も継続していることを如実に示していると思うからです」と里見さん。そして、こう続けた。「福島の原子力災害が忘れ去られつつある。そのせいでしょうか、今や、国会議員や自治体の議員さんは被災地に来てくれません」

 バス・ツアーが終わりに近づいた時、参加者の1人がもらした一言も心に残った。それは「福島第1原発の事故がまだ収束していないのに、東電と政府は新潟県の柏崎刈羽原発を再稼働しようとしている。とんでもない話だ」というものだった。
 そういえば、この日の新聞各紙朝刊は、一面トップ扱いで「原子力規制委員会が、柏崎刈羽原発の安全対策が新規制基準に適合すると認めた」と伝えていた。
2017.09.29  FM放送で「香害110番」について話しました
  シリーズ「香害」 第2回

岡田幹治(ジャーナリスト)

9月13日の朝、FM放送「J-WAVE」の「STEP ONE」という番組に出演し、「香害110番」について話してきました。
東京都港区の「六本木ヒルズタワー」33階にあるスタジオに出向き、ナビゲーターのサッシャさんとアシスタントの寺岡歩美さんの問いに私が答えるという約10分間の番組です。
頭の回転が鈍く、口のよく回らない私は、お二人のようにテンポよく話すことはできません。たどたどしく「香害」問題の基本を説明してきました。
シリーズ「香害」の第2回は、そのやりとりを紹介します。放送されたそのままではなく、一部を省略したり補ったりして私の考えを理解しやすくしてあります。

◆「香害」とはどんなものか
サッシャ 気になるニュースの裏側から光を当てる「BEHIND THE SCENE」。今朝は、香水や柔軟剤、シャンプーなど、人工的な香りによって健康被害や不快な思いを感じる「香害(香りの害)」にフォーカスします。
寺岡 日本消費者連盟は、人工の香料が原因で体調を崩す人が増えていることから、7月と8月の2日間、相談窓口「香害110」を開設したところ、200件を超える相談が寄せられたそうです。
サッシャ 実際にどんな相談が寄せられたのか? どんな対処法があるのか? 香害問題に詳しいジャーナリストで、『香害 そのニオイから身を守るには』という著書も出版されています、岡田幹治(おかだ・もとはる)さんに、お越しいただきました。岡田さん、おはようございます。
岡田 おはようございます。
サッシャ まずは「香害」とはどんなものか教えてください。
岡田 文字通り、香りによる害のことです。最近、あらゆる商品に香りがつけられるようになった結果、その香りで不快になる人や、その商品から放散される香料などの化学物質を吸い込んで健康を害する人が急増しています。
ニオイに対する感受性は個人差が大きいのですが、敏感な人は香料などの化学物質をごく微量でも体内に取り込むと、頭痛をはじめとする多様な症状に悩まされます。
頭がぼんやりして何も考えられなくなり、声や言葉も出にくくなります。吐き気・のどの腫れ・発熱などの症状が出る人もいます。
これが悪化すると、「化学物質過敏症」という病気になります。
サッシャ ちょっとアレルギーと似ていますね。
岡田 重なるところが多いです。
寺岡 ちゃんと病名がついているのですか。
岡田 8年前の2009年に「化学物質過敏症」として病名登録されました。

◆強くて長持ちするようになった香り
サッシャ 「香害」という言葉は以前からあったのですか?
岡田 比較的最近の言葉です。5年前に大手洗剤メーカーが一斉に「香りつき柔軟仕上げ剤」を発売し、「香りブーム」になったころから、各地の消費生活センターに被害を訴える相談や苦情が急増しました。
そのころから一部の人たちが「これは『香害』と呼ぶべきではないか」と言っていましたが、私が昨年6月、『週刊金曜日』という週刊誌に「ひろがる『香害』」という特集記事を書いてから、世の中に広がり出したと思います。
サッシャ じゃー、岡田さんが広めた?
岡田 うーん。広めるのに一役かったとはいえます。
サッシャ 日本はもともと無臭で、香りは海外の方が強い。海外の人には香りに対する耐性が強いというような、体質的なものがあるのでしょうか。
岡田 それもあるかもしれませんが、かつての香水と最近の柔軟剤とは香りの質と量がまるで違うことが大きいと思います。技術の発達によって香りがより強く、より長持ちするようになったうえ、使用量がケタ違いに増えています。
サッシャ より人工的になった?
岡田 そうです。そして、非常に多くの人が使うようになった。
サッシャ ヨーロッパで育ったせいもあり、ぼくはどちらかというと強い香りが好きなのですが、それが他人に迷惑をかけているとは知りませんでした。

◆隣人の柔軟剤による被害
サッシャ ところで、日本消費者連盟が7月と8月に行なった「香害110番」では、どんな相談が寄せられたのですか?
岡田 最も多かったのは、近隣の洗濯物の柔軟剤による被害だったそうです。たとえば「マンションで隣に住む人が干す洗濯物の柔軟剤で苦しんでいる。管理人を通してやめてもらうよう頼んだが、らちがあかない」という訴えです。
また「他人の柔軟剤の香りで息ができなくなり、吐き気もある。耳鼻科に行ったが治療できないと言われ、精神科に行きなさいと言われた」と訴えた人もありました。
共通するのは3点です。一つ目が、頭痛をはじめとする健康被害が続き、普通の生活が困難になったこと。二つ目が、ニオイに神経質な特殊な人物だと周囲から見られ、苦しさが理解されず、孤立しがちであること。そして三つ目が、決して個人の問題ではなく、だれでも被害を受ける可能性のある、一種の「公害問題」だと広く知らせてほしいということです。
サッシャ 確かに化学物質に敏感でない人には想像がつきません。ぼくも洗濯物を干したとき、ニオイが隣にまで行くとは知りませんでした。
岡田 同じ家に住んでいる家族にさえ理解されないことも少なくありません。被害者たちが訴えるのは「好き嫌いの問題ではない。健康が損なわれることをわかってほしい」ということです。
寺岡 過敏症のご本人も病気だとわからず自分だけで悩み、精神的に孤立してしまうかもしれませんね。
サッシャ 「気にし過ぎだよ」とか言われて。
岡田 中には、体調が悪くなったのに柔軟剤などを使い続けている人もいます。原因が何かわかっていないのです。

◆公共の場では香料の自粛を
サッシャ 実際に香害で悩まされている方は、どうすれば良いのでしょうか。
寺岡 何科を受診するとか。
岡田 生活が困難になるほど重症の方は、専門のクリニックを受診してください。専門のクリニックは国内にはわずかしかありませんが、「化学物質過敏症支援センター」という支援組織や各地の患者会に相談すると、教えてくれます。
そこで化学物質過敏症と診断されれば、治療が始まります。治療といっても薬や手術では治りません。体内に取り込んだ化学物質を排出し、新たに化学物質を取り込まないようにして症状を少しずつ改善していくのです。
ところが、いまの時代、「化学物質を取り込まない」を実行するのは容易なことではありません。生活をすっかり変える必要があるからです。ですから、普通の生活ができる程度にまで回復する人は多くはありません(注1)。
サッシャ 一方で、ぼくなんかもそうですが、香りを楽しんでいる人もいます。香りがリラックス効果をもたらし、それで元気になる人もいます。この問題にどう向き合っていけばいいのでしょうか。
岡田 香害はタバコの害に似た面があります。喫煙者にリラックス効果をもたらすタバコはかつて、ごく普通の生活習慣であり、文化でもありました。しかし、健康への影響が明らかになり、禁煙する個人が増え、社会では「分煙」から「受動喫煙の防止」へと進んいます。
香りについても、個人で楽しむのは自由ですが、少数とはいえ被害を受ける人がいる以上、だれもが出入りできる場所での利用は自粛する、とくに濃厚な香りは自粛するようにしたいものです。
カナダやアメリカでは、無香料や香料自粛を求める自治体・職場・病院・学校などが少しずつ増えています。
サッシャ アメリカはむしろ柔軟剤などの香りの強い国なのに?
岡田 それだけ被害を受ける人も多いということなのでしょう。
サッシャ 香害はどこまで影響が及ぶか目に見えないものです。それだけにわれわれも、想像力を広げていくしかない。そしてニオイで苦しむ人たちが遠慮なく、そのことを言える社会にしたいと思います。岡田さん、今日はどうもありがとうございました。
岡田 ありがとうございました(注2)。

◆「香害110番」のその後
「香害110番」は日本消費者連盟(日消連)洗剤部会の3人の女性が中心になって企画・実行したものです。その結果、番組でお話ししたような相談が寄せられました。
これを受けて日消連、化学物質過敏症支援センター、ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議など8団体は、政府や業界に働きかけていくことを決め、まず消費者庁・国民生活センターに要望書を提出し、8月28日に懇談会を開きました。
要望は▽国民生活センターが「香害110番」を開設して実態を把握する、▽「香害」で苦しむ人がいることを周知徹底し、使用者に自粛を求める啓発をする、▽柔軟剤などを家庭用品品質表示法の対象品目に指定する――など5項目です。
懇談会に出席した官庁側の担当者8人はほぼ全員が柔軟剤を使用しており、「香害」について何も知りませんでした。要望への対応は消極的で、団体側は文書での回答を求めましたが、9月4日に電話で次のような回答があっただけでした。
「専用窓口は設けないが、実態の把握は検討する」「啓発については考えないでもない」「対象品目指定は、業界などの意見を聞き、必要と判断すれば、(法律をともに所管している)経済産業省と協議する」
8団体は「香害」被害をなくすため、さらに運動を続けることにしています。

注1 まだ軽症の人は、化学物質を放散させる日用品(柔軟剤・合成洗剤、シャンプー、制汗剤、消臭スプレーなど)や家具などを身の回りからなくすとともに、隣人などに「使用をやめてほしい」ときちんとお願いすることを勧める。近隣の十分な理解が得られず、引っ越した人もいる。
注2 生放送を聴いたある患者からは「香りにマイナスのイメージを持っていないナビゲーターが、うまく誘導し、自分の考える方向へもっていった印象を受けた」との感想が寄せられた。
   20170922岡田香害2写真       「番組終了後、サッシャさん(右)、寺岡さんと」  
               (J-WAVE提供)

◆岡田の10月の講演予定
▽香害~そのニオイが体を蝕む
  10月9日(月・祝)午後1時30分~4時
  連合会館501会議室(東京都千代田区神田駿河台3-2-11)
  問い合わせ:日本消費者連盟(03-5155-4765)
▽香害~そのニオイから身を守るには
10月15日(日)午前10時30分~12時30分
多摩きた生活クラブ生協・デポー国分寺2階集会室(国分寺市西恋が窪3-16-14)
問い合わせ:生活クラブ生協・小平センター(042-451-8834)
▽香害~そのニオイから身を守るには
  10月28日(土)午後2時~4時
  あんさんぶる荻窪4階第2教室(東京都杉並区荻窪5-15-13)
  問い合わせ:消費者グループ連絡会・田中(080-3256-8299)
2017.09.27  「満洲事変」を忘れるな
 ――八ヶ岳山麓から(236)――

阿部治平(もと高校教師)

また9月18日がやってきた。この日を迎えるたび、何かをいわずにはいられない気持ちでいっぱいになる。

「国民政府軍と中国共産党=紅軍との対決が激烈になりつつあった1931年9月18日夜半、瀋陽城北の南満洲鉄道(通称、満鉄)柳条溝付近の線路を爆破したのをきっかけに、関東軍はいっせいに北大営その他の東北辺防軍(通称、東北軍)への攻撃を開始した(姫田ほか『中国近現代史』東京大学出版会1982年)」

若い人で日本近代史を学ばなかったら、上記に現れる満洲が中国東北部の黒竜江・吉林・遼寧の3省を指すことや、これが「満洲事変」と呼ばれる宣戦布告なき日中15年戦争の始まりであり、関東軍とは日露戦争後に満鉄と「関東州」防衛のために中国に駐屯した日本軍であり、東北辺防軍とは中華民国の軍隊を指すとはわからないかもしれない。また爆破事件の発生地点は、いまでは「柳条溝」ではなく「柳条湖」が正確だとされている。
第二次世界大戦敗戦に至るまで、日本では満鉄爆破は東北軍の犯行だと信じられていたが、事実は関東軍の謀略によるものであった。事件首謀者は関東軍高級参謀の板垣征四郎大佐、作戦主任参謀の石原莞爾中佐である。
爆破と同時に関東軍は攻勢に出た。中国側は撤退した。翌32年1月には関東軍は錦州を落し、わずか5か月で満洲全土を占領した。

当時、「東三省(と中国では呼ぶ)」すなわち満洲防衛の任にあったのは東北辺防軍司令長官の張学良だった。彼は関東軍の動きをある程度は知っていたが、抵抗しなかった。蒋介石率いる国民政府の無抵抗方針に従ったからである。
のちに張学良はこれを後悔して、「日本には武士道というものがあるのだから、あのように残酷な行為をくりかえすとは思わなかった」と語っている。
関東軍はこうして満洲を確保したが、列強の手前、満洲を独立国にする必要があった。そこで1932年3月、清朝ラスト・エンペラー愛新覚羅溥儀を担ぎ出して満洲国執政とし、翌年には彼を皇帝とする「満洲帝国」をつくりあげた。だがその国務総理は日本人の総務庁長官に実権を握られていた。安倍晋三総理の祖父岸信介はその次長であった。

関東軍は満洲を支配するにあたって、日本人の農業移民を計画した。36年の「二・二六事件」後、軍部は日本の政治決定権をほぼ完全に掌握し、これによって37年からは本格的に農民を大量に満洲へ送り出した。満蒙農業開拓団である。
1937年7月7日、北京(当時、北平)近郊の盧溝橋で発砲事件が発生すると、日本陸軍は約10万の兵を北京など華北に派遣すると決定した。
大量の兵員が大陸へ動員されるようになると、満洲への農業移民を確保できなくなった。このため近衛内閣は、1937年11月末「満蒙開拓青少年義勇軍」を派遣することにした。小学校卒で、数え年16歳から19歳までの身体強健な男子で、父母の承諾を得さえすればば誰でもよいとされた(「満洲青年移民実施要項」)。自由応募がたてまえだったが、実際には道府県に割当てがあり、道府県は各学校へ割当てた。青少年義勇軍は1938年から1945年の敗戦までに8万6000人に達し、満蒙開拓民全体の30%を占めた。
開拓団も青少年義勇軍も長野県が全国最多だった。その数年前長野県では教師が共産思想に染まっているという「教員赤化事件」があった。捏造事件であるが、県指導者と「信濃教育会」は、「天皇陛下に対して申し訳ない」と農業移民と義勇軍の動員をかけたのである。

私の従兄2人ハジメ、マスオ、のちに従姉の夫になったマサトもこれに参加した。
開拓団や青少年義勇軍が敗戦によって壊滅した悲劇は、同情をもって語られる。だが実態はきれいごとではすまなかった。内部ではいじめもあり暴力沙汰もあった。墾屯病と呼ばれた鬱症状になるものもあった。私の従兄は一時帰国の時、義勇軍同士のけんかを語り、「おらぁこれで度胸がついた」と血染めのシャツを見せた。彼らの労働も食生活も苦しかったようだ。その分現地の漢人への迫害もあった。殺人もあったし強姦事件もあった。
生きて帰った者がこんな話をした。
「満洲へ行けば農地20町歩をもらえるという学校の先生の話におとっさまがつられた。おれが二男だったから」
「内原訓練所から満洲へ送られた。向こうでは天地権現造りという名の掘立小屋に住んだ。地面を掘り下げて床に枯草をしき、そのうえに地面からヤンソー(羊草)で葺いた屋根をおいただけ」
「たしかに土地は広かった。ひとうね端から端まで除草するのに半日はかかった」
「開拓団といったって、全部が全部開墾をしたわけじゃない。満人(漢人をこう呼んだ)の畑や家を無理やり二束三文で買取って自分らの土地にしたところもある。土地をとられた満人が開拓団の小作になったところもある」

1945年ソ連が対日戦に参戦し、まもなく日本は降伏した。敗戦が知れ渡ると、まず「満洲帝国軍」が反乱を起した。もともと指揮官は日本人、兵士は中国人という日本の傀儡軍であった。満人は開拓集落を襲撃した。土地と家を取り返すために、抵抗する開拓民を殺し、長年の恨みを晴らした。老婆までが鎌をもって襲ってきたところもある。
従兄らは行方不明になった。敗戦の翌年、祖父の葬儀のとき、父など親戚が従兄らの写真の上でボタンに糸をつけてたらし、「ボタンが回りだせば生きているはずだ」と占いをした。
ハジメは義勇軍宿舎に来た反乱兵に射殺された。それがわかったのは、生き残りの仲間がわざわざ従兄の家まで来て話してくれたからである。マスオは中華民国軍に抑留され2年後に帰国したが、すでに肺結核に侵されていた。彼は数年の闘病生活をしいられ、貧窮の中で死んだ。
マサトは「満洲に赤紙が来て(兵隊にとられて)、本土決戦のために千葉で塹壕掘りをしているうちに無条件降伏になった」
彼は「考えてみれば、よその国へ出かけて人の土地を開墾して無事でいられると思うのがおかしい」と語った。

私が1988~89年に派遣教師として中国で生活していたとき、竹下内閣のある閣僚が、「日中戦争は侵略戦争ではない」と発言して辞任に追い込まれたことがあった。このとき若い副校長が「日本も1億の人口があるから、バカがいてもおかしくはありません。しかしそれが大臣とは……」といった。彼は80年代半ば日本に留学したことのある「日本通」であった。
9月18日がくると学校では、柳条湖事件を記念する「九一八を忘れるな」という講話があった。私の日本語学生は「先生、今日はジューイーパー(「九一八」の漢語読み)ですよ。日本でも何かあるでしょう?」といって私をからかった。彼らは日本人が侵略の歴史を消したがっていることをよく知っていたのである。
金さんという友人がいた。私より10歳ほど上で元満人であった。「満洲帝国には身分制度がありまして、一番上等が日本人、次いで朝鮮人、蒙古人、一番下が満人だったですよ」と、漢人の進学が差別によって妨げられた話をした。彼は私に対して親しみをもって接しているようだったが、中国人同士の話のときは私を「那個鬼子(あの畜生)」と呼んでいた。

「未来志向」ということばがある。常識的には未来に目標を定めてこれに向かって努力するということだ。だが安倍政権が東南アジアや中国や韓国との関係で「未来志向」を口にするとき、侵略と植民地化の過去を無視しようとする意図がありありとしている。
そして、わが民族の負の歴史を語るのを「自虐史観」だという。私の高校教師時代、すでに教室で侵略の事実を語るのは勇気がいるようになっていた。だが、韓国の慰安婦問題、徴用工問題を見ればわかるように、やられた方は決して忘れることはない。

我々は侵略の歴史を忘れてはならない。忘れることは日本民族の恥である。(2017・09・21記)
2017.09.25  ありがとう 金正恩様
  韓国通信NO535

小原 紘 (個人新聞「韓国通信」発行人)

北朝鮮の核実験と相つぐミサイル発射で安倍内閣の支持率が「回復」した。国民を不安にさせ、落ち目の人気が回復するなんて安倍晋三は運のいい人だと思う。こんな感想は不謹慎かと思っていたら、9月11日付ハンギョレ新聞の見出し「아베 ‘아리가토 김정은’…‘북풍’에 지지율 살아나」(安倍「ありがとう金正恩」…「北風」に支持率が上がって)の記事に驚いた。私の感想がズバリ、記事になっていた。「金正恩のおかげで支持率回復」を指摘したわが国のマスコミ報道はあっただろうか。
「敵」のおかげで今や首相には「こわいもの」がなくなったように見える。
わが国を守ってくれるアメリカと一緒に戦争をするのは当然だ。平和憲法はいらない。原発再稼働や辺野古基地問題、まして「森友学園」「加計学園」の問題などは取るに足らない小さな問題と言わんばかり。

 責任は「あなた」にある
2002年の平壌宣言以降、「拉致問題」を奇貨として北朝鮮を嫌悪し続け、首相の地位まで登りつめた安倍首相に北朝鮮を非難する資格はない。「過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明」し、「核問題の解決と国交正常化」を約束した平壌宣言が実行されていれば、今日のような事態はなかったはず。2002年以降、「拉致」に対する怒りで国が一色に染まった。すさまじい反北朝鮮キャンペーンに乗った国民にも責任の一端はあるとしても、やはり「あなた」の責任はあまりにも大きい。

共謀罪の廃止を求める大集会(9/15)
戦前の治安維持法の復活、共謀罪法が施行されてから2カ月たった。安倍政権は「秘密保護法」「戦争法」「共謀罪」と立て続けに憲法をないがしろにする悪法を次々に成立させた。最終ゴールは「憲法改悪」。この流れを断ち切り、悪法の廃止をめざす市民たちが集会を開いた。成立すれば「諦める」はずと政府はタカをくくっている。
実は私も低調な集会を予想してでかけたが、主催者も参加者もビックリするほどの人が集まった。日比谷野外音楽堂は3千人を超す市民たちの熱気で溢れた。
主催はアムネスティ・インターナショナル日本の他、わが国を代表する人権団体が名を連ねた。最近、アトラクションばかり目立つ集会が多いが、この日は違っていた。政党代表と各団体の挨拶だけでたっぷり2時間、参加者たちは熱心に耳を傾けていた。落ち目とはいえ、息を吹き返した安倍政権を追い詰める絶好の時期に民進党の元気がないのが不安材料だが、ここで市民が踏ん張らなければという思いが会場から伝わってきた。
共謀罪との関係は不明だが、抗議行動、集会への警察の介入が多発しているという報告があって共謀罪に負けない運動の大切さが確認された。
そういえば集会所周辺には公安関係らしい目つきの悪い集団が目についた。入り口で<保存・携帯用>「警察対応について」と書かれた小パンフが配布された。職務質問を受けた時の対応の仕方から弁護士への連絡方法までが詳しく説明されていた。治安維持法のあった戦前にタイムスリップしたような気分だ。公安は集会やデモ参加者の写真をとりまくっては威嚇する。参加したら顔写真くらいは覚悟しなければならなくなった。スノーデンのいう監視社会が確実に広がっている。写真から運転免許証、パスポートの写真と照合すれば住所と氏名くらいは割り出しが可能なはずだ。皆で「安倍政権打倒!」と声をあげれば、共謀者と見なされかねない。私からメールを受け取っても「共謀」になるかも。集会の模様をテレビや新聞でジャンジャン取り上げてくれると運動も盛り上がる気もするが、頼りにならないものをいつまでも頼りにしてはだめだ。

この集会があったこと、ご存知でしたか? 新聞が報じない当日の宣言を紹介する。
―――集会宣言――
 今年6月15日、共謀罪法が国会で強行採決され、異例の早さで7月11日に施行されました。国会提出から3カ月足らず、実際に議論が始まってから僅か2カ月たらず、審議すればするほど多くの疑問が湧く中、国会法の趣旨を踏みにじる乱暴な手続きでの成立でした。
 政府は、共謀罪を「テロ等準備罪」と言いつのりましたが、テロ集団の定義もありませんでした。刑罰法規の明確性の原則に照らして問題あり、とする国連特別報告者の指摘にも耳を貸しませんでした。共謀罪法なしでも「国際組織犯罪防止条約」を締結できる、とする専門家の意見も無視されました。
 近年、特定秘密保護法により知る権利が狭められ、通信傍受法の大幅「改正」で通信の秘密も危うくなっています。さらに共謀罪法の施行により、言論・表現の自由に対する規制が急速に進んでいます。
このままでは、民主主義のプロセス自体が破壊されてしまいます。
こうした認識を共有する私たちは、本日ここ日比谷野音に集まり、共謀罪廃止に向けた第一歩を踏み出しました。私たちの共謀罪廃止の闘いは、その実現まで決して終わることはありません。
以上、宣言します。  共謀罪は廃止できる! 9.15大集会参加者一同
身近にあった朝鮮人虐殺
 「あったことをなかったことにする」のが、美しい日本を取り戻す人たちによる歴史改ざんの手口だが、小池都知事が関東大震災朝鮮人虐殺事件にソッポを向いて無視を決め込んだ。
わが町我孫子市では震災直後の9月4日、三人の朝鮮人が撲殺された。最近、『我孫子市史』を図書館で読んで知った。市史は「政府は、偏見と誤情報がもたらした大混乱と恐怖の要因を問うこともなく、9月20日頃から、朝鮮人殺害にかかわった自警団関係者等の検挙をはじめた」と記し、最後に「我孫子の暗い闇として、人々の記憶に濃いよどみを残したまま、時の忘却にまかされていく」としめくくっている。知らなかった地元の恥部悲劇を『市史』によって知りえたこと、また自警団を殺人に駆り立てた政府の責任を問う市の姿勢に救われた思いがした。
2017.09.19  安倍政権は火事場ドロボウ
  森友・加計疑惑からの逃走と原発再稼働許さず

岩垂 弘(ジャーナリスト)

 台風一過で日本列島が快晴となった9月18日、東京・代々木公園B地区で「ともに生きる未来を!さようなら原発さようなら戦争全国集会」が開かれた。脱原発を掲げる「『さようなら原発』一千万署名市民の会」の主催で、旧総評系の労組員、平和団体関係者、生協関係者ら約9500人(主催者発表)が集まったが、安倍首相が9月28日開会の臨時国会の冒頭での解散を考えていると報じられた直後の集会となっただけに、会場では「臨時国会冒頭での解散は、森友・加計学園疑惑と相次ぐ原発再稼働に対する野党からの追及を逃れようとするこそくな手段であり、われわれとしては、野党共闘を発展させて安倍政権の再来を阻止しなくては」との発言が相次いだ。

 首都圏は18日未明まで台風18号による暴風雨に襲われ、集会の開会が危ぶまれたが、朝からは快晴に恵まれ、会場には、開会前から団体旗やのぼりをもった参加者がつめかけた。労組の旗やのぼりからみて、すでに台風が通過した四国、中国、近畿からの参加者はあったが、台風が通過中の北陸、東北、北海道からの参加者は見られなかった。
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       「会場を埋めた労働組合旗」
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                「長野県上田市から参加した人が 掲げていたのぼり」
 
 集会第2部は、午後1時30分に野外ステージで開会。
 開会あいさつに立った作家の落合恵子さんは「安倍首相は臨時国会の冒頭に衆院を解散し、10月22日に総選挙を行うという。このところ、内閣支持率がアップしているので、選挙をやれば勝つかもしれないと、考えたのだろう。その狙いは、私たちに森友・加計学園問題を忘れさせることにある。ならば、私たちとしては、決して忘れない、という答えを出そうではありませんか」と述べた。そして、こう続けた。
 「これまで、これほどやりたい放題のことをした内閣はあったでしょうか。これほど傲慢な内閣はあったでしょうか。福島原発事故では、汚染水問題が未解決なのに、汚染水はアンダーコントロールされていると言ってオリンピックを招致した。森友・加計学園問題では、『記憶にありません』を連発して民意をあざむいた。そのうえ、北朝鮮のミサイル発射問題を機に、その脅威をあおりにあおって防衛費を過去最大にするなど、戦争をするための準備を進めている。そろそろ、こうしたことを終わりにさせなくてはいけない。あんな人たちに勝たせないよう、みんなに呼びかけましょう」

 福島県から参加した福島原発刑事訴訟支援団団長の佐藤和良さんは「東京電力の福島第1原発の事故が甚大な被害をもたらし、今なお多くの人が避難生活を強いられているのに、今なお事故の責任をとった人が1人もいない。こんなことが法治国家として許されるだろうか。私たちは東電幹部の刑事責任を求めて裁判で闘っているので、支援をいただきたい」と述べた。
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       「野外ステージから原発の被害を訴える福島代表団」
 
 閉会あいさつで、ルポライターの鎌田慧さんは、こう訴えた。
 「安倍政権は、北朝鮮のミサイル発射問題で恐怖をあおり、居直ろうとしている。うそで固めた謀略政治を進め、防衛費を増やそうとしている。まるで、火事に乗じて焼け太る火事場ドロボウだ。それに、憲法9条に自衛隊の存在を明記すると言っている。9条の規定は、武力を持たない、交戦権も持たないということだ。そこに自衛隊を追加するなんて、ペテンもいいとこで、まさにペテン政権だ。こうした安倍政権を許してきた一因は、われわれの弱さにある。次の選挙では、われわれが野党共闘をつくりださねば。あきらめてはいけない。戦争を阻止し、原発をなくす闘いは長期にわたる持久戦となるだろう」

 集会後、参加者は原宿コース、原宿コースに分かれてデモ行進した。
2017.09.14  「香害」が深刻になっています
  シリーズ「香害」 第1回
 
岡田幹治(ジャーナリスト)

身の回りに「香りつき商品」があふれるようになり、そこから放散される微量の化学物資によって深刻な健康被害を受ける人が急増しています。「公害」ならぬ「香害」です。
最近ようやく新聞やテレビが取り上げるようになったこの問題を、筆者は他に先駆けて正面から取り上げ、『香害 そのニオイから身を守るには』(金曜日)を今年4月に上梓しました。引き続き「『香害』最前線」と題する不定期の連載を『週刊金曜日』で続けています。
それらの取材で得た「香害」をめぐる最新情報をシリーズとしてお伝えしていきます。
第1回は、深刻化する「香害」の実態です。
(このシリーズでは、良いにおいを「匂い」、悪いにおいを「ニオイ」、どちらでもないときは「におい」と表記する)

◆消費者の8割が使用
まず、シャボン玉石けん(株)が7月に実施したウェブ調査(20~60歳代の男女598人が対象)の結果をみてみましょう(注1)。
それによれば、回答者の約8割が「香りつきの商品」を日常的に使用しています。具体的には柔軟剤・洗剤(衣類)、シャンプー(髪)、制汗剤が上位を占めています。使用目的は「衣類に防臭・消臭効果をもたせるため」や「嫌なニオイを抑えるため」が多く、「自分で香りを楽しみたいから」や「他人にいい香りと思って欲しいから」がそれらに次ぎます。
その結果、どんなことが起きているでしょうか。「他人のニオイを不快に思ったことがある」と回答した人が79%。「人工的な香りをかいで、頭痛・めまい・吐き気などの体調不良になったことがある」と回答した人が51%もいました。しかし、「人工的な香りによる被害が『香害』と呼ばれていること」を知らなかった人が61もいました。
対象者が600人ほどの調査ですが、多くの人がニオイに非常に敏感になり、ニオイを覆い隠すために香り商品を多用している実態、それによって健康被害が増えている実態が示されているように思います。

◆香りブームが加速
この国で「香りブーム」が加速されたのは5年前(2012年)のことです。独特の香りをつけた米国プロクター&ギャンブル社(P&G社)製の柔軟仕上げ剤(ダウニー)が08年に人気を集め、国内の大手3社(P&Gジャパン、花王、ライオン)が追随。消臭・除菌スプレーや衣類の洗剤にも香り成分を配合するようになりました。
これに加えてP&Gジャパンが12年に、衣服への香りつけだけを目的にした商品「レノアハピネス アロマジェル」を発売し、売り上げを伸ばしました。この結果、「香りつけ専用商品」が急増。「消費者が自身の好みに合わせて香りをブレンドする時代の始まり」などといわれました。拡散機(噴霧器、ディフューザー)を使って香りをホテルやショールームなどで流す企業が増え出したのもこのころです。
それから5年。いまでは文房具や洋服にまで香りつき商品が販売されるようになりました。購買層は女性だけでなく、成年男性や中高校生にも広がっています。ティーン向け雑誌には、整髪料・制汗剤や芳香・消臭スプレーの広告が満載。香り商品を使わないのは非常識といった雰囲気になっているようです。

◆健康被害の広がり
しかし香りへの感受性は個人差が大きく、使う人には良い香りでも、不快に感じる人もいます。何より問題なのは、香り商品がアレルギーの発作や喘息の悪化を含め、さまざまな健康被害をもたらすことです。
香り商品には香料をはじめ、いくつもの揮発性の化学物質が含まれており、これが化学物質に敏感な人たちを直撃します。
最も深刻な被害者が、化学物質過敏症(ケミカル・センシビリティ=CS)の人たちです。CSは(多数の人が何も感じないような)ごく微量の化学物質に体が反応し、さまざまな症状が出る病気で、だれがいつ発症してもおかしくありません。
CSの人たちが訴えるのが「脳への影響」です。香り成分を吸い込むと、身体が動かなくなり、頭がぼんやりして何も考えられなくなり、声や言葉も出にくくなる。まるで認知症になったように感じる人もいれば、気力が衰え、生きているのが面倒になる人もいます。そして空気の清浄なところに身を置いていると、症状は薄れていくのです。

◆「きれいな空気」が吸えない
20年以上にわたり、1000人を超すCS患者を診察してきた渡辺一彦医師(札幌市の渡辺一彦小児科医院院長)は「発症のきっかけは以前は新築やリフォームが多かったが、近年は何といっても香料(柔軟剤・香水など)だ」といいます。
香りブームの結果、CSの人たちは「きれいな空気を吸う」という当たり前のことがきわめて困難になりました。職場でも学校でも、通勤通学や散歩の途中でも、周囲の人から流れてくる化学物質に反応し、発作を起こすことがあります。自宅では隣家からのニオイや配達員のニオイに追われ、介護の現場でも病院に行っても、ニオイに悩まされるのです。化学物質による環境汚染はいまや、公害の一つになったといえるのではないでしょうか(注2)。
被害者からの相談急増を受けて国民生活センターは2013年9月、「柔軟仕上げ剤のにおいに関する情報提供」を発表し、利用者に「自分にとって快適なにおいでも、他人は不快に感じることもあることを認識しよう」と呼びかけました。同時に業界と輸入業者には「においが与える周囲への影響について配慮を促す取り組みを行なうよう」要望しました(注3)。
これを受けて、日本石鹸洗剤工業会は「柔軟仕上げ剤を選ぶ・使うときは、周囲にもご配慮ください」などとウェブサイト(ホームページ)に記載。大手メーカーもサイトで周囲の方への配慮と適量使用を促す啓発をするようになりました。テレビCM・雑誌などの広告・製品の裏面表示でも、(注意してみないと気づかないほど小さな文字の場合が多いが)周囲への配慮を促す文言を入れるようになっています。
しかし、この程度の対策で事態が改善することはありませんでした。むしろ、香りを使い続けていると感じにくくなるため、香りがより濃厚で長続きする商品が増えているように見えます。

◆被害者の要望は無視
「ある商品が原因になって一定の人たちが健康被害を受けることが確実なとき、その商品はたとえ大多数の人たちにとって有益だとしても、欠陥商品だ。そのような商品を開発・販売することは、企業倫理として許されるのだろうか」(渡辺一彦医師)という指摘もありますが、メーカーは倫理より商売です。香りつき商品を低成長時代の数少ない売れ筋商品と位置づけ、競うように宣伝・販売に努めています。
(筆者は日本香料工業会・高砂香料工業・日本石鹸洗剤工業会・P&Gジャパン・花王・ライオンに取材を申し込んだが、すべて断られた)
こうした実態にたまりかね、被害者と支援者が結成した「香料自粛を求める会」など4団体は2013年12月、文部科学省に対し、教職員や児童生徒に強い香りの着香製品は自粛するよう呼びかけてほしいと要望しました(注4)。
続いて翌年1月には厚生労働省に対し、①香料の健康影響を広く知らせるとともに、規制に必要な調査・研究を始める、②保育園・病院・福祉施設の職員・利用者・来訪者に強い香りの着香製品の自粛を呼びかける、などの要望をしました(注5)。
関西では、日本消費者連盟関西グループが13年に被害者、14年には大阪府内の消費者センターと府内市町村の教育委員会にアンケートをし、その結果を踏まえて香料による健康被害をなくすための具体的な提案をしています(注6)。

◆公的規制が必要だ
しかしこれまでのところ、政府・自治体とも実効ある対策を打ち出していません。
少数の自治体が、「化学物質過敏症への理解とご協力をお願いいたします」とサイトに掲載したり(大阪府和泉市など)、「香料自粛のお願い」のポスターを作製・掲示したり(岐阜市、埼玉県など)している程度です。
その一方で、「大変心苦しいのですが、法的に規制がない状況のもとでは、県として香料の使用・利用の自粛を呼びかけるのは困難」(佐賀県)とする自治体もあります(注7)。
やはり何らかの公的規制が必要なのです。たとえば以下のような対策が考えられます。
▽政府・都道府県・市町村は、香料による健康被害の実態を調査し、被害が頻発・拡大していることを広く知らせる。
▽同時に、公共施設では香料を使用しないよう指導し、とくに子どもを香料被害から守るよう教職員などを指導する。
▽政府は、商品に含まれる香料の成分名を具体的に表示するよう義務づける。少なくとも、アレルゲン(アレルギーの原因物質)となる香料成分の表示を義務づけた欧州連合(EU)並みの対策を実施すべきだ(EUの対策については後の回で説明する予定)。
▽香り商品にはタバコと同じように「香料によって健康被害を受けることがある」という趣旨の表示を義務づけ、テレビ・雑誌などの宣伝・広告は自粛させる。

注1 シャボン玉石けん・ニュースリリーズ(2017年8月16日)
注2 環境基本法によれば、公害とは、事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる大気の汚染・水質の汚濁(中略)・悪臭によって、人の健康または生活環境に係る被害が生ずることである。
注3 国民生活センター「柔軟仕上げ剤のにおいに関する情報提供」
注4 香料自粛を求める会など「学校等における香料自粛に関する要望」
注5 同「香料の健康影響に関する調査および病院・保育園等における香料自粛に関する要望」
注6 日本消費者連盟関西グループ「香りが苦しい」「同PartⅡ」
注7 佐賀県民の「香料被害のポスター掲示のお願い」に対する同県の回答

*本稿は「ひろがる『香害』」(『週刊金曜日』2016年6月3日号)に最新の情報を追加し、書き改めたものです。
          20170914香害チラシの縮小

2017.09.13  原発にも戦争にもさようなら
  脱原発団体が反転攻勢へ

岩垂 弘(ジャーナリスト)

 脱原発を掲げる「『さようなら原発』一千万署名市民の会」が、「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会の協力を得て、9月18日(月、敬老の日)、東京・代々木公園B地区で「ともに生きる未来を!さようなら原発さようなら戦争全国集会」を開く。同会が全国規模の集会を開くのは今年の3月20日以来で、6カ月ぶり。

 「『さようなら原発』一千万署名市民の会」は、経済評論家の内橋克人、作家の大江健三郎、落合恵子、澤地久枝、瀬戸内寂聴、ルポライターの鎌田慧、音楽家の坂本龍一各氏らの呼びかけで2011年3月の東京電力福島第1原発事故直後にスタートした、原発廃止を求める署名運動団体。すでに870万を超す署名を集めている。

 同会はこれまで何回も全国集会を開いてきたが、この時期にそれを開くことにしたのは、まず、「2011年3月の福島原発事故から6年を迎えたいまも、8万人近い人々が苦しい避難生活を余儀なくされ、補償の打ち切り、帰還の強制など、被災者の切り捨てともいえる『棄民化』が押し進められている」(全国集会参加を呼びかける同会のチラシから)のに加えて、安倍政権と電力業界が原発再稼働をいっそう推進しようとしているからだ。
 現在稼働中の原発は、九州電力の川内原発1号機、同2号機(鹿児島県)、四国電力の伊方原発3号機(愛媛県)、関西電力の高浜原発3号機、同4号機(福井県)の5基だが、九州電力が来年1月に玄海原発3号機(佐賀県)を、関西電力が来年の1月に大飯原発3号機、3月に同原発4号機(いずれも福井県)を、それぞれ再稼働させる予定だ。
 加えて、原子力規制委員会が9月6日、東京電力が再稼働を目指す柏崎刈羽原発6、7号機(新潟県)について、新規制基準に適合したとする技術的な審査結果と、同社の適格性を判断した文書を近くまとめる方針を決めた。
 こうした情勢に、脱原発運動関係者は危機感を深めており、原発廃炉と核燃料サイクルの中止を求める運動を再び盛り上げようというわけである。

 それに、改憲を悲願とする安倍首相が今年5月に「2020年までに、憲法9条3項に自衛隊を明記したい」と提起したことだ。同会は「安倍政権の暴走が止まりません。秘密保護法、戦争法、共謀罪の新設に続き、憲法9条の改悪を打ち出しています。私たちを戦争の泥沼に引きずり込もうとする動きで、決して許すことはできません」(全国集会参加を呼びかける同会のチラシから)として、「暴走政権に『NO!』の声をあげましょう」と呼びかけている。

 同会は、これまで、集会の中心スローガンには専ら「脱原発」を前面に掲げてきた。ところが、今回の全国集会のスローガンは「さようなら原発さようなら戦争」で、「脱原発」と「反戦」を同列に置いた。これは初めてのことで、脱原発団体としても日本の軍事化に突き進む安倍政権に対し強い警戒心を表明したものと言える。
 主催者は、1万人以上は集めたい、としている。

 同会によると、全国集会のタイムスケジュールは以下の通り。

11:30 出店ブース開店
12:30~13:30 けやき並木ステージ
     福島からの報告
     憲法課題:古今亭菊千代さん(落語家)
     憲法課題:清水雅彦さん(日本体育大学教授)
     沖縄から:山城博治さん(沖縄平和運動センター議長)

12:30 開会 野外ステージ
     うた:松崎ナオさん
    
13:30 発言 司会:木内みどりさん(俳優)
     鎌田慧さん、落合恵子さん、澤地久枝さん
     福島から:佐藤知良さん(ひだんれん幹事)
     自主避難者から:森松明希子さん(原発賠償関西訴訟原告団代表)
玄海原発から:徳光清孝さん(原水爆禁止佐賀県協議会会長)
     沖縄から:山城博治さん(沖縄平和運動センター議長)
     総がかり行動から:福山真劫さん(総がかり行動共同代表)
    うた:趙博(チョウ・パギ)さん

15:00 デモ出発
渋谷コース:会場→渋谷駅前→明治通り→神宮通公園解散
原宿コース:会場→原宿駅→表参道→外苑前駅周辺解散

連絡先:さようなら原発1000万人アクション事務局
     東京都千代田区神田駿河台3-2-11 連合会館1F 原水禁気付。TEL:03-5289-8224
2017.09.08 「平和の鐘 一振り」10年、60数カ所に
   長崎原爆の惨禍を忘れまい

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 8月は、日本人が戦争と平和ついて考えたり、行動する月である。広島原爆の日(8月6日)、長崎原爆の日(8月9日)、終戦記念日(8月15日)など戦争と平和にからむ事跡がこの月に集中しているからだ。今年もこれらの事跡にちなむ催しが展開されたが、その一つを紹介したい。「平和の鐘 一振り」運動が今夏で10年を迎えたことである。

 今夏も8月9日、長崎で原爆が炸裂した午前11時2分に、国内外の寺や教会で「長崎を最後の核兵器使用の地とし、これからは核のない世界を築こう」との祈りを込めた鐘が鳴り渡った。長崎出身の作家で被爆者の鶴文乃さん(茨城県つくば市)が提唱した「平和の鐘 一振り運動」に寺や教会側が応えたものだ。

 長崎に原爆が投下された時、当時4歳だった鶴さんは爆心地から約4キロの山奥に母といて被爆。父と兄は長崎市内に出かけていて被爆、数日後に亡くなった。それだけに原爆へのこだわりが強く、これまで長崎原爆をテーマとした小説やノンフィクションを書いてきた。
 
 執筆活動のかたわら、2006年に次のようなニュースレターを内外の友人・知人へ英文と和文で送った。
 「うち鳴らそう、世界中の鐘を! それもたった一振りの鐘でいいから、毎年8月9日AM11:02(日本時間)に!
 1945年8月9日11時2分にアメリカによって、長崎の浦上に投下されてから61年になりました。当時3、4発しかなかったとされる原爆(核兵器)は、今や3万発を超えていると言われます。幾度となく完全に地球を破壊するのに十分な数です。
 数限りなく生命を育んでいる地球を、人間の勝手で破壊していいわけありません。そこで、最後の被爆地、長崎の悲劇を忘れず、これから核なき平和な地球を祈願して、全世界の平和の鐘(教会、諸施設など)を、毎年8月9日11時2分(日本時間)に合わせて、一斉に鳴らせましょう! たった10秒間で約7万の犠牲者を出した、その一瞬を実感するために、たった一振りの鐘で結構です。
 犠牲者を多く出した浦上地区はカトリック信者の町でした。どうか全世界の教会がリードして、この『平和の鐘 一振り運動』が広がりますように。このニュースレターを受け取ったあなた、あなたの町の教会やお寺に働きかけてください。世界では真夜中に鐘が鳴る地域も出てくるでしょう。うるさいと怒らず平和のために祈ってください。日本も戦争ができる国になろうとしています。平和を願う人々が連帯することが、最後の希望になると信じます」

 ニュースレターを出すまでには、鶴さんに二つの思いがあった。それまで海外で生活する機会があったが、そこで痛感したのは、アメリカによる宣伝が行き渡っていて、原爆の使用により戦争の犠牲者が少なくてすみよかったと信じている人が多かったことだった。「このままでは、核兵器を使用してもいいということになりかねない」と思ったという。
 もう一つは、日本国内でも、年を経るにつれて、8月9日に長崎で何が起きたかを知らない人たちが増えてきたことだった。

 どうすれば長崎で起きたことを知ってもらえるだろうか。そして、どうすれば核兵器の怖さを知ってもらえるだろうか。そう悩んでいた時、たまたま目に止まったのがNHKテレビのドキュメンタリー『原爆投下・10秒の衝撃』だった。それは、原爆が広島の街を壊滅させるのに10秒しかかからなかった、と伝えていた。「そうだ。この10秒間の恐ろしさを世界の至るところで、体感することはできないものだろうか」。そこで思いついたのが「平和の鐘 一振り運動」だった。

 寺、神社、教会、公の施設などにお願いして、あの瞬間に、鐘や鈴、サイレンを鳴らしてもらうという運動だ。これを耳にした人たちは、「いったい何だろうと」と思案するにちがいない。運動の趣旨を説明すれば、それが、核兵器がもつ非人道的な残虐さを伝える警鐘であり、原爆の犠牲者への鎮魂と「核なき社会」実現への祈りを込めた響きであることを理解してくれるのではないか、と考えたわけである。

 運動を広げたい。が、一人では限界がある。そこで、運動の趣旨に賛成する人を増やし、その人たちが自ら近くの寺、神社、教会、公の施設などに足を運んで「平和の鐘 一振り」を頼む、というやり方はどうか、と考えた。そこには「そうすれば、ヒロシマ・ナガサキを被爆者だけの問題に終わらせず、市民の1人ひとりが自らの問題としてとらえることができるはず」「平和運動は特定の人たちに委ねるのでなく、市民のだれもが無理せずかかわれるものでなくてはならない」との鶴さんの思いが秘められている。

 その運動が、今夏で10年になった。「一振り」に参加しているところを正確には把握できていないが、日本では東京、茨城、千葉、神奈川、静岡、滋賀、長崎、宮﨑の8都県で計約60カ所ではないかと鶴さんは推計している。寺、キリスト教の教会、天理教の教会、幼稚園などだ。鶴さんからの要請に応えたところが大半だが、鶴さんの友人の要請で「一振り」に参加したところもある。
 寺では、東京・大塚の護国寺、浅草の長昌寺、大田区の池上本門寺、調布の深大寺、横浜の総持寺、滋賀県大津市の延暦寺も「一振り」に参加しているという。教会では、自由ヶ丘めぐみ教会(つくば市)、カトリック沼津教会、福音ルーテル沼津教会など。
 海外でも数カ所で、8月9日に一斉に鐘が鳴らされる。フランス、ベルギー、ドイツ、オーストラリア、アメリカなどで、教会によって行われているという。

 日本におけるこれまでの平和運動は、団体や組織の主導で行われることが多かった。鶴さんの試みは、やろうと思えば1人でも可能であることを示している。