2018.11.01  「社会運動情報センター」の設立を
運動を広げ、力強くするために

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 「社会運動の情報センターみたようなものが必要ではないか」。以前からからそう思ってきたが、そうした思いを一層強くする機会が先ごろあった。9月17日(月・祝日)に東京・代々木公園で開かれた「いのちをつなぎ くらしを守れ フクシマと共に 9・17さようなら原発全国集会」での見聞である。

 私は、「さようなら原発全国集会」が代々木公園で開かれるたびに、そこへ出かけてゆく。取材のためだ。
 会場に行くルートも決まっている。JR山手線の原宿駅で降りると、前方に五輪橋が見える。それを右に渡ると、真っ直ぐの歩道が伸びる。それを進み、2つ目の信号のところで道路を渡ると、公園の入り口だ。遠方に野外ステージが見えてくる。集会は野外ステージ前の広場で行われる。

 いつもそうだが、五輪橋の手前あたりから、2つ目の信号までの歩道の両側、それに公園の入り口付近に、チラシや機関紙を抱えた人たちが立っていて、集会会場に向かう人たちをつかまえる。手渡されたチラシや機関紙を受け取る人もおれば、受け取らない人もいる。
 私は、出されたチラシや機関紙をすべて受け取ることにしている。もっとも、今回は左手で手提げ袋を下げていたので、右手のみでそれらを受け取らざるを得なかった。しかも、なにしろおびただしい数なので、右手でつかめきれなかったチラシや機関紙があった。
 家に帰ってそれらを数えてみたら32枚あった。現場で受け取れなかったものがあり、それに私が通ったコースと別な場所でも配っていたから、この日、会場周辺で配られたチラシや機関紙は膨大な数だったろう。

 ところで、私が手にした32枚のチラシや機関紙の内訳は、反原発・脱原発関係11、改憲・安保関連法反対関係5、沖縄・辺野古新基地関係2、三里塚の農地強制収用関係2、共謀罪関係1、武器輸出関係1、731部隊関係1、慰安婦関係1、ベトナム反戦運動関係1、社会主義関連1、冤罪関係1、政治団体・宗教団体の機関紙5。政治団体・宗教団体の機関紙を除けば、大半が集会、講演会、映画の上映会などの開催を知らせるチラシであった。

 とりわけ印象に残ったのは、ほとんどのチラシが、全国レベルの大組織がつくったものでなく、市町村レベル、あるいは地域の小さな団体が作成したものだったことである。これらの団体には宣伝力がない。そこで、「さようなら原発全国集会」には大勢の人がやって来るに違いないと、チラシを抱えて集まってきたのだろう、と私は思った。

 正直言って、私は驚いた。地域にはこんなにも多彩な政治的課題を掲げた小さな運動団体・グループが多数存在していることに、である。その人たちが、自らチラシを配る。その熱意に心打たれた。と同時に、これまで半世紀以上にわたって社会運動(大衆運動)を見てきた私には、以前から気になっていたことが甦ってきたのである。「気になっていたこと」とは、日本の社会運動が1980年代以降、大同団結に向かうよりは、むしろ、細分化への道をたどってきたことだ。
 
 社会運動とは、自立した個人、個人が共通の目標に向かって行動を共にすることである。しかし、その共同行動が少人数にとどまっていては、運動は力を持ち得ない。つまり、多数の人びとが参加する運動になって初めて世論を動かすことができるのだ。それゆえ、個人の自主性を尊重しながらも小異を捨てて大同団結することが社会運動に求められる原則なのだ。その場合、まず、求められるのは、それぞれの組織を解体して新しい組織をつくるという組織的統一ではなく、それぞれの組織を維持しながら、共通の課題で統一行動を推進することだと言ってよいだろう。

 しかるに、1980年代以降続いてきたのは、分裂と細分化であった。これには、1980年代半ばに起きた原水爆禁止運動の再分裂が濃い影を落としている。
 もっとも、近年、安倍政権があまりにも性急に軍事化を進めたため、関係団体間に危機感が高まり、集団的自衛権行使容認の閣議決定、安保関連法、共謀罪に反対する運動や改憲阻止運動では、全国レベルでの団体共闘が成立した。脱原発運動の面でも団体間共闘が行われるようになった。が、草の根レベルでの団体共闘も進んではいるものの、まだ全国化していない。

 だから、32枚のチラシや機関紙を目の前にして、私は改めてこう思ったのである。
 「多種多様な社会運動団体が発する情報を集め、それらを全国に発信することができれば、個々の運動団体が発する情報が多くの市民に届き、多くの市民がそれらの情報を共有することができるはず。そうなれば、各種の運動がもっと拡大し、大きな流れをつくることができるのではないか。そうなれば、政治への影響力も増す」
 「そのためには、各社会運動団体が発する情報を集め、発信するセンターが必要だ。世はインターネット全盛時代。それを駆使すれば、そうカネをかけなくてもセンター設立は可能ではないか。要はインターネット練達の士の協力を得られるかどうかだ」
 センターの名称は「社会運動情報センター」としたらどうか。
2018.10.17  40周年を迎えた読書サークル
    哲学者・古在由重の理念を実践し続けて

岩垂 弘 (ジャーナリスト)
  
 一般市民を会員とする読書サークルが、スタートから40周年を迎えた。どんな活動であっても、中断することことなく、ずっと40年も継続してきたというケースはまれ、と言っていいだろう。こうした長期にわたる活動を可能にした理由には様々な要因が考えられるが、決定的な要因は、この読書サークルの主宰者であった老哲学者の理念がサークル参加者の心を強くとらえ、老哲学者が亡くなった後も、参加者全員がその理念を引き継ぎ、実践してきたからだと思われる。

 9月8日、東京・内幸町の日本記者クラブ会議室で「版の会40周年を祝う集い」と称する会があった。主催は版(ばん)の会。同会の会員、会員OBら20数人が集まった。
   
 版の会とは、真下信一(1906年~1985年) が1977年に東京都内で始めた、一般市民を対象にした読書サークルである。真下は哲学者で、当時は名古屋大学名誉教授、多摩美術大学学長。読書会の会場が東京・四ツ谷駅近くの喫茶店「版」であったところから、サークル名を「版の会」とした。

 ところが、例会を数回行ったところで真下が病気になり、出席できなくなった。その時、真下に頼まれてサークルの主宰者を引き受けたのが、真下の親友の古在由重だった。1978年2月のことである。当時、76歳。
 古在はマルクス主義哲学を確立した哲学者と知られ、戦争中は治安維持法違反で逮捕され、拘禁された。戦後は、東京工業大学講師、専修大学教授、名古屋大学教授を務め、1965年に名古屋大学を定年退官した後は、ベトナム反戦運動や原水爆禁止運動などの大衆運動に積極的に加わった。そのかたわら、若い人たちを集めて「哲学サークル」や「古在ゼミ」を続けるなど、若い人たちを念頭に置いた教育に力を注いだ。
 
 真下から版の会を引き継いだ古在は、版の会を「哲学塾」と呼び、独自のやり方を発揮する。それがどんなものであったかは、版の会8周年を記念して刊行された版の会編の『コーヒータイムの哲学塾』(同時代社、1987年)をひもとくと、よく分かる。古在は同書の「まえがき」を書き、エッセイを寄せているが、それらの中でこう述べている。

 「人生とはなにか? 世間や社会や自然といわれているものはなにか? それらのうちにいきる人間の本質とはなにか? 歴史とはなにか? これらについては、たとえぼんやりしたものであっても、人はなんらかの観念あるいは疑問をもっているにちがいない」
 「人はいかに生くべきか? いまこの時代にあって、なにをなすべきか? はたらく者たちは、どんな階級的な哲学を身につけるべきか?」
 「この『哲学塾』はそのような展望のもとに成立した三〇人ほどの集まりにほかならない、しかもそれはコーヒーをのみながらの気楽な勉強会である」(以上、「まえがき」から)

 「喫茶店のあつまりでは、毎回なにかの古典をテクストとして、これを中心にみんなで話題をすすめてゆく。もちろん、わたし自身がしゃべる時間がながくなるけれど、なるべく参加者たちが意見や感想をのべる時間をのこしておく。(テクストを)えらぶのは参加者たちの運営にあたる人たちであり、それらのテクストはわたしの話のなかにでてきたもの、またはいま世間の話題になっているものがおおい」
 「『塾』の参加者は二〇人か三〇人にかぎることにしている」(以上、エッセイから) 

 当時の参加者によると、塾は月1回。塾の参加者は10代から70代までで、職業は中・高校生、大学生、サラリーマン、主婦、教員などだったという。『コーヒータイムの哲学塾』の巻末には、哲学塾で取り上げたテキスト一覧が掲載されているが、そこには、E・ノーマン、中江兆民、幸徳秋水、宮本百合子、福沢諭吉、カント、ルソー、トルストイ、ベルグソン、芥川龍之介、石川啄木、戸坂潤、丸山真男、三木清、加藤周一、小林多喜二、マルクス、エンゲルスらの作品が並ぶ。

 古在の、こうした哲学塾に対する理念と運営方針は、塾参加者たちの心をつかみ、塾参加者に受け入れられた。そして、塾参加者たちの間では、古在に対する信奉が高まった。とともに、塾参加者たちの読書熱は高まり、同時に人生や社会、世界や政治に対する考察も深まった。『コーヒータイムの哲学塾』には、塾参加者たちが、塾で取り上げた作品中の心に残った言葉をいくつか挙げ、それに対する感想やコメントを記しているが、それを読むと、それぞれが、読書という行為から何を学び、何を得たかが分かって興味深い。   
 ところが、古在は1990年3月に死去する。88歳だった。古在は12年間にわたって、版の会の主宰者を務めたことになる。
 これを機に「古在さんがいない読書会なんて意味がない」と、版の会を去った人も少なくなかった。が、残りの会員は会の続行を決め、以後、古在のやり方を踏襲しながら、例会を1度も中断することなく、ずっと続けてきた。会場は喫茶店が閉店したのであちこち転々としたが、昨年秋からは、東京・大塚の生協東京高齢協の会議室を借りている。
 現在の会員(参加者) は十数人である。テキストは、古典を取り上げることはまれで、憲法、経済、エネルギー、環境、国際、現代史などの分野のタイムリーな課題に迫った著書を取り上げることが多い。

 「版の会40周年を祝う集い」では、出席者全員が「版の会と私」というテーマでスピーチをした。
 ある男性OB会員は「当時、高校の教員をやっていたので、版の会で得た知識がとても役に立った。ベルグソンというフランスの哲学者を知ったのも版の会だった。それまでは、全く知らない人物だったから、すごく新鮮だった」と語った。
 女性のOB会員は「古在先生には実に多くのことを教えていただいたが、一番印象に残っているのは、先生が『民主主義とは、いちばん分かりやすく簡潔に言えば、人をばかにしないことだ』とおっしやったことです。この言葉は忘れられません」と話した。
 現役の女性会員も「古在さんには、世相の見方を教えてもらった」と語った。
 古在死去の後に会員になった元教員の女性は、こう話した。
 「会にはいろいろな考え方の人がいて、とても勉強になる。テキストにいろいろな本が取り上げられるので、それを読むと自身の人間の幅が広がるような気がする」

 世は、電子メディア全盛で、活字文化は衰退する一方だ。が、息の長い「版の会」の活動は、やりようによってはまだまだ活字文化も捨てたものではないと感じさせてくれるというものだ。

2018.09.24  イデオロギーよりアイデンティティだ
    韓国通信NO571

小原 紘 (個人新聞「韓国通信」発行人)

翁長氏急逝に伴う沖縄県知事選は氏の遺志を受け継ぐ玉城デニー氏と佐喜眞淳氏による事実上の一騎打ちとなった。
翁長氏が辺野古基地に反対し続けた理由は基地を当然のように押し付け、基地公害を放置する政府に対する怒りからだった。かつて「捨て石」にされた沖縄が本土復帰後も戦前と同様に差別され続けてきたことへの怒り。彼はすべてのウチナンチュー(琉球人)にこの不条理を訴え続けた。「オール沖縄」の主張は保守政治家の翁長氏だから強い説得力を持ちえた。

翁長氏の「イデオロギーよりアイデンティティ」という訴えは、貶められている差別にかかわらず、沖縄が不毛な議論を続けることへの危機感から生まれた。
 かつて私が勤めた職場は「差別のデパート」と言われた銀行だった。仕事は二の次にして、会社は労働組合と組合員いじめに狂奔した。結果、金融再編の荒波に呑みこまれ、職場は藻屑と消えた。差別される側もする側も不幸になることを身に染みて学んだ。
今年の6月23日沖縄慰霊の日、翁長知事は朝鮮半島非核化に触れて、基地政策の変更を求めた。国際情勢の変化にもかかわらず、アメリカ従属のイデオロギーにしがみ続けるわが国の姿から、かつて私の職場が消えたのと同じ危うさを感じる。

イデオロギーよりアイデンティティ(その2)
福島原発事故で私たちは多くのことを学んだ。避難地区を次々に解除して高濃度の放射能汚染地区に帰郷を勧め、戻らない人たちを「自主避難者」として支援から切り捨てる。責任逃れとオリンピックのための「偽装」がますます露骨になっている。これを容認するイデオロギーはありえない。

17日、東京・代々木公園で開かれた「さよなら原発」集会の参加者は少なかった<主催者発表8千人>。再稼働運転中の原発は既に9基(内2基は点検中)、再稼働申請中は東海第二を含めて17基という事態をどう考えたらいいのか。
原発ゼロ・脱原発の可能性として原自連(原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟)の運動に注目したい。小泉元首相が実質の言い出しっぺである。彼は大学の恩師、故加藤寛氏の「遺言」で「開眼」、脱原発論者になった。都知事選で脱原発を掲げた細川元首相を担いで惨敗したことは記憶に新しいが、その後も脱原発の講演行脚を続け、脱原発には「右も左もない」と愛国的心情を吐露しながら独自の運動をすすめてきた。その活動が中核となり昨年結成された原自連には既存の多くの団体・個人が参加し、今や脱原発運動の中心になりつつある。原自連の「原発ゼロ」の主張は立憲民主、共産党、社民、自由各党に支持され、今年「原発ゼロ基本法案」が国会に提出された。

なかでも原自連の会長に就任した前城南信金理事長の吉原毅氏の活動は目を見張るものがある。講演活動を中心とする小泉氏とは対照的に市民運動との連携、反原発の集会に欠かせない存在となった。とかく「反体制」「左翼」と見られがちな反原発運動に「脱イデオロギー」、「右も左もない」立場から有言実行する姿はこれまでにない運動の可能性を感じさせる。11日の経産省前の抗議集会)、15日の我孫子の講演会、17日の「さよなら原発」集会と一週間のうちに彼の話を3回も聞く機会を得た。

講演会に参加した高校生たち
15日、我孫子市の市民団体が主催した吉原氏の講演会に約120名の聴衆が集まった。金融マンがあれほど「おしゃべり」なのは意外だった。そういう私に「あなたも相当おしゃべり」と言われてしまった。確かに預金を集め、融資する仕事は口が達者でなければできない。私は社長にならなかったが。
2時間に及んだ講演会は、自然エネルギーが経済的にも安全性からも断然有利なことを中心にわかりやすく、とても好評だった。
主催者を喜ばせたのは当日参加した三人の高校生たちが感想を寄せてきたこと。全文を紹介できないのが残念だが、あらましを紹介したい。


「これまで、原発について深く考えたことはなかったが、話がスッと頭に入ってきてとても楽しく学ぶことができました」「『原発問題に右も左もない』という吉原先生の言葉を強く受け止めました」
「東日本大震災の原発は不幸中の幸いで何とか日本壊滅を免れたことを聞いて、今度こんなことが起きたら間違いなく日本は壊滅してしまうのに、国で働いている大人たちが対策を練ろうとしないのだろうか、原発をやめようとしないのかと思いました」
「お堅いイメージがあるように見えたのですが、とてもわかりやすくまとめられていて経済や歴史など幅広く触れながらテンポよく話してくれるので気軽に参加しやすいし、話の幅も広く、様々な考えを聞けて飽きない時間でした。


素直で素晴らしい感想だ。吉原氏の話が高校生たちの胸にしっかり届いたようだ。

「とめよう!東海第二原発首都圏連合会」が取り組んでいる自治体への請願活動が急速な広がりを見せている。この活動が注目されるのは、地域の地道な署名活動によって改めて原発への関心を呼び起こしている点だ。草の根運動によってすそ野が広がり新たな展望を拓きつつある。<次回号へ続く>
2018.09.18 「首都圏を壊滅させる東海第二原発の再稼働を許すな」
  さようなら原発全国集会が気勢

岩垂 弘(ジャーナリスト)

 「首都圏を壊滅させる東海第二原発の再稼働を許すな」。9月17日(月・休日) 午後、東京の代々木公園で「いのちをつなぎ くらしを守れ フクシマと共に 9・17さようなら原発全国集会」が開かれたが、日本原子力発電の東海第二原子力発電所(茨城県東海村、出力110万キロワット) の再稼働に対する国の原子力規制委員会の判断がこの11月に出ると予想されるところから、集会で登壇した各界代表は口をそろえて「再稼働反対」を唱え、原発の再稼働と輸出を推進する安倍政権の打倒を訴えた。

 集会を主催したのは、内橋克人(経済評論家)、大江健三郎(作家)、落合恵子(作家)、鎌田慧(ルポライター)、坂本龍一(音楽家)、澤地久枝(作家)、瀬戸内寂聴(作家)の各氏ら9人の呼びかけでつくられた「さようなら原発一千万署名市民の会」。
 市民の会は毎年、3月と9月に脱原発を目指す全国集会を東京で開いているが、今年の9月集会には三連休中にもかかわらず、北海道と沖縄を含む全国各地から、労組員、護憲団体関係者、生協組合員ら約8000人(主催者発表)が集まった。
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                会場を埋めた参加者

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              会場に林立する組合旗やのぼり

 午後1時半から始まった集会で最初に登壇した鎌田氏は、まず「原発はイヤだという声が日本中に広がりつつある。しかも、東京電力福島第一原発事故で避難した人たちは、元の生活に戻ることができず、逆に追い詰められている。なのに、電力会社と安倍政権はさらに原発を推進しようとしている」と切り出し、こう続けた。
 「東海第二原発は東京から110キロのところにある首都圏唯一の原発だ。人口が過密の首都圏に原発をつくらせてしまったのは、我々の運動が弱かったためだ。原発の運転期間は30年と言われてきたが、東海第二原発はこの11月で稼働開始から40年を迎える。なのに、原子力規制委はさらに20年の運転を認めようとしている。人道的にも道徳的にも許されることではない。人を犠牲にして金儲けをしようという原発の稼働はもうやめるべきだ」

 次いで登壇した澤地さんは「福島のことは何も解決していない。にもかかわらず、政府は福島の人たちを切り捨てた。そして、原発を再稼働させ、原発を外国へ輸出しようとしている。日本はお金が支配するいやな国になってしまった。原発問題にそのことが一番よく表れている。私たちは原発を絶対に認めないということをここで再確認しましょう」と訴えた。

 東海第二原発訴訟原告団の大石光伸氏は「東海第二原発は、ここから110キロしか離れていない。そして、その30キロ圏には96万人が住んでいる。そればかりでない。首都圏には3000万人が暮らしている。もし、事故が起きれば、首都圏はとんでもないことになる。再稼働は国にとってもリスクが高いはずだ」「なのに、原子力規制委は、東海第二原発を突破口にして、40年を過ぎた原発をさらに20年間次々と再稼働させようとしている。そうであれば、我々としては、東海第二原発の再稼働を阻止し、これを突破口に原発の全廃を実現しようではないか」と話した。

 「戦争させない9条壊すな!総がかり行動実行委員会」の福山真劫・共同代表は、安倍政権が行っている政策で許せないものが3つあると指摘、第1に憲法改悪を進めていること、第2に沖縄の辺野古に新しい米軍基地の建設を進めていること、第3に米朝首脳会談を機に東アジアに平和を確立させる機運が高まっているのに北朝鮮の脅威ばかりを強調していること、を挙げ、「私たちの力で安倍内閣を打倒しよう」と呼びかけた。
  
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             大きなプラカードを持った参加者

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         沖縄の辺野古新基地建設に反対するプラカードも

2018.09.13   後藤新平の自治三訣に感銘
   「人の世話をせよ、そして、むくいを求めるな」

岩垂 弘(ジャーナリスト)

 「LGBT(性的少数者)は子どもをつくらない、つまり生産性がない」。自民党議員による暴言、失言が後を絶たない。全部の議員とは言わないが、国会議員の質的な劣化が進んでいるように思えてならない。そんなことを考えていたら、明治・大正期の政治家、後藤新平の言葉に出合って感銘を受けた。戦前には、こんな政治家もいたんだな、と改めて思い知らされた。

 7月末に藤原書店から内山章子著『看取りの人生――後藤新平の「自治三訣」を生きて』が刊行された。
 著者の内山章子(うちやま・あやこ)さんは、当年90歳。民法学者で法政大学教授、札幌大学学長などを歴任し2002年に亡くなった内山尚三氏の夫人だが、明治・大正期の政治家であった後藤新平(1857~1929年)の孫である。

 朝日新聞社編の『日本歴史人物辞典』によれば、後藤新平は岩手県水沢市の出身。医学で身を立て、内務省衛生局に勤務するが、その後、台湾総督府民政長官、貴族院勅撰議員、南満州鉄道初代総裁、外務大臣、東京市長、内務大臣などを歴任する。「大風呂敷」とあだ名されるほどアイデア溢れる施策で新分野の開拓に貢献。政治家としては本流からはずれた政界の惑星的存在であったが、大隈重信と並び国民に訴えかける政治家として人気を持っていたという。

 後藤の長女・愛子と衆院議員・著述家の鶴見祐輔(戦後、第1次鳩山内閣の厚生大臣に就任)が結婚したのが1911年(大正元年)で、2男・2女が生まれる。長女が後の社会学者・上智大学名誉教授の鶴見和子、長男が後の哲学者・評論家の鶴見俊輔、次女が章子さんだった。
 
 章子さんによれば、これまでの人生の大半は、高齢になってから病に倒れ、長期の療養生活を余儀なくされた母・愛子、父・祐輔、姉・和子の看護に費やされた日々だったという。このため、大学進学の夢を絶たれた章子さんは、和子を看護中の2004年に大学入学資格検定試験に挑戦、合格すると京都造形芸術大学を受験し入学する。そこを8年かけて卒業する。その時、84歳になっていた。
 
 『看取りの人生――後藤新平の「自治三訣」を生きて』は、60余年にわたって両親、姉を看護し、看取った経験を書きつづった記録である。日本における希有な一族の歴史を、その1員、いわば「黒子」として内側から見続けてきた回想録だけに、まことに興味深い。

 本書の中でとりわけ印象に残ったのは、章子さんが母からことあるごとにたたき込まれたという「後藤新平の自治三訣」である。
 章子さんによれば、それは「人のお世話にならぬよう 人のお世話をするよう そしてむくいを求めぬよう」というものだったという。これは、人間は自立して生きよ、社会奉仕をせよ、その際、報いを求めるなということだろう。おそらく、後藤の日常生活でのモットーであり、座右の銘であったと思われる。
 私がこの言葉に感銘したのは、今日の日本人に自立意識が乏しく、あまりにも「大勢順応」の気風が強い上に、今の日本社会を支配しているのが『今だけ カネだけ 自分だけ』という刹那的な私益追求第一主義の風潮だからである。

 私は、後藤新平という政治家がいたことは知っていた。が、どんな人物なのか、どんなことをしたのか知らなかった。これまで耳にしたことと言えば、東京市長として関東大震災後の東京の復興に尽力したということぐらいだった。これを機に彼について勉強してみたい、と思うこのごろである。
2018.09.08 東海第二原発は廃炉にするしかない!~水戸集会に参加して~
   韓国通信NO570

小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)

9月1日、茨城県水戸市で開かれた、東海第二原発(茨城県東海村)の再稼働に反対する集会には同県県民を中心に近県から約千人が参加、会場は終始熱気で溢れた。
主催者を代表して挨拶に立った小川仙月さんは、原発と関わりある地域として、原発が立地する「立地地元」、原発によって被害を受ける「被害地元」、原発でつくられた電力を消費する「消費地元」を挙げた。集会にはこの三つの地元を代表する人たちが集まった。原発から45キロの栃木県益子町から多数の人たちが集会に駆けつけたことが報告された。

◇「原子力明るい未来のエネルギー」は福島県双葉町に設置されていた標語である。立地地元の双葉町は経済的に潤ったが、明るい未来はなかった。少年時代にその標語を作った大沼雄二さんは「騙されていた」と集会の壇上で怒りの声を震わせた。
◇桜井前福島県南相馬市長は津波と原発事故で孤立した南相馬が、政府とマスコミによって切り棄てられたと、被害地元となった当時を振り返った。宇宙飛行士は南相馬の子どもたちに「宇宙から見た都会は光り輝いていたが、南相馬周辺は暗かった」と語った。消費地元の東京を福島が支えてきた理不尽さ。「トリチウムを放出するなら、いっそのこと東京湾に放出しろ!」と、桜井前市長は被害地元の怒りを露わにした。
私は以前取材したことのある井戸川前双葉町長を思いだした。彼は政府の責任をトコトン追及して辞任に追いこまれた。桜井氏も前回選挙で落選。二人に共通するのは、正論を述べたために「潰された」ことだ。
◇原中勝征元日本医師会会長(元茨城県医師会会長)は子どもの甲状腺ガンが他県に比べて70倍も多い福島の実態に触れ、「因果関係はない」という政府の無責任ぶりを指摘した。
◇常陸農協の秋山組合長は「農民は保守的と言われるが、首都圏に食糧を供給する立場から原発の再稼働に反対するのは農業者として当然」と言い切った。
◇原自連(原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟)の河合弘之弁護士は「今、国が亡びるかどうかの瀬戸際に立っている」と述べ、「万が一にも事故はあってはならない」「最も危険な東海第二は首都圏を壊滅させる」と警告した。
◇立地地元の村上・元東海村村長は原子力研究所誘致の顛末、軟弱地盤に原発を含め原子力関連施設が続々と建設され、東海村と茨城県が日本でも最も危険な地域になったことを紹介、国に騙されてきた無念を語った。
この他、東海村で福祉法人を経営している伏屋淑子さん、中島栄美浦村長、茨城県生協連会長の佐藤洋一さんらの挨拶は2時間に及び、集会参加者に感銘と勇気を与えた。

当日の模様は下記ユーチューブで見ることができる。
https://www.youtube.com/watch?v=BJ-o53wlPAM
 小川仙月さんが挙げた三つの「地元」は、地域によって異なる原発との関わりを表現したものだが、このような「区分け」に異議を唱えたい。多額の助成金が落ちる「立地地元」、30キロ圏内は避難が必要という「被害地元」、電力の受益者である「消費地元」という区分けは、福島第一原発事故が明らかにしたそれぞれの地域の実態を明らかにはしたが、将来のことを考えるとこうした区分はあまり意味はない。東海第二原発を例にとるなら、事故が起きたら、関東・中部・東北のすべてが「被害地元」になるのは明らかだ。
原発の立地自治体に対して「命より金」を選んだなどと非難しても始まらない。同じように、地方の犠牲で都会が繁栄しているという見方も捨てた方がいい。
デモ行進中、二人の茨城県の人と話した。彼らは一様に県民の「保守性」を嘆き、他県の「無関心」に展望を失っているように感じられた。千葉から参加した私に「ごくろうさま」と言う必要はない。茨城県だけが「地元」ではない。首都圏すべてが「地元」という理解が必要だ。それは国内すべての原発についても言える。
土曜日の午後、千人を超すデモは水戸っ子たちを驚かせた。11月の再稼働期限まであとわずか。30キロ圏内の五市一村の同意がなければ再稼働できないところまで市民は追いつめた。周辺自治体の反対決議が相つぎ、東海第二原発は市民たちによって包囲された。

      20180906小原紘


<我孫子の朝鮮人虐殺事件の続き>
前回、関東大震災時に千葉県我孫子で遭難した朝鮮人のことを紹介したら反響があった。「知らなかった」と衝撃を語ってくれた我孫子市民祖母から聞いて知っていた人。事実を記録として残した『我孫子市史』を評価する感想もあった。市の歴史編纂に関わっている方からは「関係者の縁者が現存しているため」「事実関係のみを記述することになった」と市史編纂の苦労を聞くことができた。
自分の町の恥ずかしい事件を「通信」で取り上げたのは、知らなかった事実を知った衝撃を伝えたかったからだ。「通信」には書かなかったが、「市史」を読みながら関東一帯で繰り広げられた「朝鮮人狩り」全体を思い浮かべた。
何故、市民たちがあのような集団殺人に走ったのか。時代背景とそこから生まれた時代の空気のなかで、「自分だったらどうしただろうか」と自問した。歴史は自分と無関係ではない。客観性と科学性が求められるのは当然だが、現在と自分とのつながりの中で歴史を考える。単純に過去を称賛、断罪してすむことではない。

9月3日、我孫子駅頭でのスタンディングを終えた仲間と事件現場の八坂神社に立ち寄り、我孫子で虐殺された朝鮮人の慰霊をした。95年前の3日に事件は起きた。
私には狭い境内から悲鳴と喧騒が聞こえたように感じられた。
2018.08.30 東海第二原発の再稼働を許すな
脱原発団体が取り組み強化へ

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 首都圏にある唯一の原子力発電所である日本原子力発電の東海第二原子力発電所(茨城県東海村) が再稼働するかどうかが決まる時期(今年11月) が迫ってきた。このため、再稼働に反対する脱原発団体は危機感を深め、9月1日から連続して反対集会を開く。

 東海第二原発は沸騰水型で出力110万キロワット。ここでつくられた電力は東京電力、東北電力を通じて関東、東北に供給されてきた。ところが、2011年3月の東日本大震災で外部電源を喪失し、津波の影響で非常発電機3台のうち1台が停止するなどの被害を受けた。このため、運転を停止し、それが現在も続いている。

 日本原電は同原発を再稼働させるため国の原子力規制委員会へ再稼働を申請していたが、規制委は去る7月4日、同社が提出していた安全対策の基本方針が、東日本大震災後の新しい規制基準を満たしていると認めた。

 日本の原発は、元々30年運転を前提に設計されたといわれる。が、運転期間についての明確な規定がなく、いわば、制限がなかった。だが、東日本大震災に伴う東京電力福島第一原発の事故後、原子炉等規制法が改正され、原発の運転期間は40年となった。ただし、安全対策が新しい規制基準をクリアーすれば、20年に限って、運転延長が認められることになった。

 東海第二原発の運転開始は1978年11月28日。したがって、今年11月27日で40年を迎えることになる。日本原電はその再稼働を実現するため、運転の延長を規制委に申請しており、これが認められれば、20年間の再稼働が可能になる。
 安倍政権は原発の再稼働の推進に躍起で、規制委も同原発の延長運転を認めるのではないか、との危機感が脱原発運動関係者の間に高まっている。

 脱原発団体によれば、東海第二原発は稼働40年を目前としたオンボロ老朽炉で、そのうえ東日本大震災で被災した危険な原発だという。だから、安全性に強い不安があるというのだ。
 それと、周囲に多数の人々が居住している点も不安材料だという。「東京の端までたった100キロしかなく、しかも周囲に人口が密集している。30キロ圏内に96万人が住んでおり、いったん事故が起きれば大変なことになる。首都壊滅も考えられる。東海第二原発は絶対に再稼働させてはいけない」と、脱原発運動関係者は口をそろえる。

 そして、脱原発運動関係者が懸念しているのは、東海第二原発の20年延長運転が認められれば、今後、運転期間40年を過ぎた古い原発が次々と再稼働するのではないかということだ。なぜなら、もし、東海第二原発の年延長運転が認められれば、それは、運転期間40年を過ぎた古い原発では初めてのケースとなるからである。

 脱原発団体の今後の取り組みの一部を紹介しよう。
 まず、9月1日(土)午後1時30分から、水戸市の駿優教育会館8階音楽ホールで「東海第二原発再稼働STOP!!茨城県大集会」が開かれる。大集会実行委員会の主催。だれでも参加できる。桜井勝延・前南相馬市長、河合弘之弁護士(脱原発全国弁護団)らのあいさつが予定されており、午後3時30分からデモ行進。

 9月15日(土)午後2時から、千葉県我孫子市の、けやきプラザ9F(我孫子南近隣センター)ホールで、吉原毅さん(城南信用金庫顧問、原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟会長)の講演会がある。演題は「原発を即時ゼロにすれば日本経済は大発展する」。主催は「さようなら原発」あびこ。協力券500円。 

 9月17日(月・休日) には、「さようなら原発」一千万署名市民の会が東京・代々木公園で「いのちをつなぎ くらしを守れ フクシマと共に 9・17さようなら原発全国集会」を開く。午後0時30分開会、午後3時10分にデモ行進出発。

 そして、10月20日(土)午後6時30分から、とめよう! 東海第二原発首都圏連絡会が東京・神田の日本教育会館3階ホールで「東海第二原発運転延長STOP!《首都圏大集会》」を開く。ルポライター・鎌田慧、吉原毅、前東海村村長・村上達也さんらの講演、夫婦漫才コンビのおしどりマコ・ケンさんの出演が予定されている。参加費は500円。

2018.08.08 「日本政府は核禁条約に署名・批准せよ」
「8・6広島」で安倍政権批判の声相次ぐ

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 「日本政府は核兵器禁止条約(核禁条約)に署名・批准せよ」。8月6日は、米軍機によって広島に原爆が投下されてから73年。この日を中心に、今年も広島で原爆の犠牲となった人々を悼む慰霊の行事や、核兵器廃絶を求める大会・集会が繰り広げられたが、核兵器廃絶を求める大会・集会では、昨年7月に国連の会議で採択された核禁条約に参加しない日本政府に対し怒りの声が相次いだ。

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【8月6日朝の原爆ドーム】

 核禁条約は、122カ国(国連加盟国の6割)の賛成により採択された。その内容は「条約締結国は、いかなる場合も、核兵器の開発、実験、生産、製造、取得、保有、貯蔵のほか、核兵器やその管理の移譲、核兵器の使用、使用するとの威嚇、核兵器を自国内に配置、設置、配備することを行わない」とするもので、核兵器を全面的かつ厳密に禁止する画期的、歴史的な条約とされている。
 条約を採択した会議を主導したのは非核保有国や非同盟諸国で、米、露、中、英、仏のほか、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮などの核保有国と、米国の核抑止力に自国の安全保障を委ねる日本やNATO(北大西洋条約機構)加盟国は会議に参加しなかった。発効には50カ国・地域の批准が必要で、これまでに14カ国が批准している。

 「8・6」を中心とする広島におけるさまざまの催しや大会・集会では、どこでも、この条約をめぐる論議があった。この条約が、今夏の「8・6」の最大の話題であったと言っていいだろう。
 
 6日に平和記念公園で開かれた広島市主催の平和記念式典には、強烈な夏の日差しが照りつける炎暑の中、被爆者、85カ国の代表、各都道府県別の遺族代表、一般市民ら約5万人(広島市発表)が参列した。参列者数は前年と同じだったが、連日の酷暑と、西日本豪雨が広島県下に甚大な被害をもたらし、今なお復興に追われている人たちが多いことを考えれば、今年の参列者数は、被爆から70余年たってもなお市民の間で原爆投下に対する抗議と犠牲者への慰霊の気持ちが衰えていないことを示しているといえるのではないか。参列者は今年も式典会場からあふれ、平和記念公園を埋め尽くした。

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【平和記念式典の会場に入れなかった人たちは、平和記念公園内のあちこちに
設けられたモニターテレビの前に集まり、式典を見続けた】
 
 松井一実・広島市長は「平和宣言」の中で核兵器禁止条約に言及し、「核抑止や核の傘という考え方は、核兵器の破壊力を誇示し、相手国に恐怖を与えることによって世界の秩序を維持しようとするものであり、長期にわたる世界の安全を保障するには、極めて危険極まりないものです。為政者は、このことを心に刻んだ上で、NPT(核不拡散条約)に義務づけられた核軍縮を誠実に履行し、さらに、核兵器禁止条約を核兵器のない世界への一里塚とするための取組を進めていただきたい」と訴え、日本政府には「核兵器禁止条約の発効に向けた流れの中で、日本国憲法が掲げる崇高な平和主義を体現するためにも、国際社会が核兵器のない世界の実現に向けた対話と協調を進めるよう、その役割を果たしていただきたい」と求めた。
 そこには、各国の政治指導者への訴えはあったものの、核禁条約に参加しない日本政府への批判はなかった。自民・公明の推薦で市長に当選した松井氏としては、安倍政権や政権与党に弓を引くことはできないということだろう。

 しかし、原水爆禁止団体や市民団体の大会や集会では、核禁条約に参加しない安倍政権への批判が噴出した。

 4日開かれた原水爆禁止日本国民会議(原水禁)の被爆73周年原水爆禁止世界大会・広島大会開会総会(2200人参加)で、あいさつに立った佐古正明副議長は、冒頭で核禁条約問題に触れ、「この条約は被爆者の皆さんや多くの人たちの努力によって成立したものだ。なのに、唯一の戦争被爆国である日本が参加せず、被爆者の皆さんを落胆、失望させている。アメリカとの軍事同盟によって得られる『核の傘』で平和を保ちたいというのが安倍政権の方針だが、真の平和は核兵器では実現しない。日本政府は直ちに条約に参加し、各国政府に対し参加するよう説得すべきだ」と述べた。

 同大会の分科会で講師を務めた川崎哲・核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)国際運営委員(ピースボート共同代表)は、核禁条約の成立を「世界にとって大きな歴史的転換点」ととらえ、その内容を詳説したが、その中で、「条約は核兵器の開発、実験、生産、製造、取得、保有、貯蔵のほか、核兵器やその管理の移譲、核兵器の使用、使用するとの威嚇などを禁止しているが、これらの行為をいかなる形でも援助、奨励、勧誘することも禁じている。日本がアメリカの核の傘に頼るということは、日本のために核兵器を使ってくれ、と米国に頼むいうことだ。つまり、他国に核兵器使用を頼むということだ。そんなことは人道上許されることではない」と述べ、日本政府は条約への参加を急ぐべきだと強調した。
 
 6日に開かれた原水爆禁止日本協議会(原水協)の原水爆禁止2018年世界大会広島閉会総会(6000人参加)は「広島からのよびかけ」を採択したが、そこには、こうあった。
 「6月の米朝首脳会談によって、朝鮮半島の非核化と北東アジアの平和体制の確立にむけた歴史的な一歩も踏みだされました。しかし、アメリカの『核の傘』に深く依存する安倍政権は、核兵器禁止条約に背をむけるばかりか、『戦争する国』づくりに執念を燃やしています」「アメリカの『核の傘』からの離脱と核兵器禁止条約への参加を日本政府に強く求めましょう」

 生協の全国組織である日本生活協同組合連合会は5日、「2018ヒロシマ虹のひろば」を開催したが、主催者あいさつで登壇した本田英一会長は核禁条約に言及し「日本政府は、米国の核抑止力の中で日本の平和と安全を保障するとして、この条約に参加しないのはまことに残念である。被爆国の政府としてぜひこの条約に参加するよう求めたい」と述べた。
 
 こうした動き対して安倍首相はどう対応したか。
 首相は広島市主催の平和記念式典であいさつしたが、その中では「近年、核軍縮の進め方について、各国の考え方の違いが顕在化しています。真に『核兵器のない世界』を実現するためには、被爆の悲惨な実相の正確な理解を出発点として、核兵器国と非核兵器国双方の協力を得ることが必要です。我が国は非核三原則を堅持しつつ、粘り強く双方の橋渡しに努め、国際社会の取り組みを主導していく決意です」と述べるにとどまり、核禁条約には触れなかった。
 式典後の記者会見でも「核禁条約は我が国の考え方とアプローチを異にしているものだから、我が国として参加しないとの立場には変わりがない」と語り、これまでの方針を変えないことを明らかにした。

 日本の核兵器廃絶運動は、果たして日本政府の核政策・安全保障政策を変えることができるか、どうか。今年の「8・6」は、運動側にに根源的な課題を突きつけたように思えた。

2018.07.23 原自連VS産経新聞
韓国通信NO564

小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)

 「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟」(略称原自連)が「原発ゼロ・自然エネルギー基本法案」を発表した(1月10日)。半年前のことである。
 この法案に対して産経新聞は社説で「亡国基本法案」と決めつけ、厳しい批判をくわえ、原発不要論に対する、これまで政府や推進派の学者たちが繰り返してきた「原発必要論」を展開した。
 批判された側は反論を産経新聞に掲載することを求めたが拒否された。「夢想の虚論」とまで批判しながら反論も認めないようでは既に「勝負あり」という気もするが、両者の主張をあらためて紹介した。
 原自連の吉原毅氏の反論は具体的な事実にもとづき大変説得力がある。さらに「美しき国土、国家を守る」という「保守」の立場から「原発即時ゼロ」を主張すべきと諭されては産経の面子は丸つぶれに等しい。「原発推進」か「ゼロ」の論争は実質的に終止符が打たれた。原発推進の主張は完全に破綻している。それでも再稼働に執着するのは正気の沙汰ではない。少し長文だが、産経の「社説」も吉原氏の「反論」どちらも読み応えがある。


 原発ゼロ法案 これでは国が立ちゆかぬ  産経新聞1月14日(日)社説
 「亡国基本法案」と呼ぶしかないだろう。
 小泉純一郎、細川護煕両元首相が加わる民間団体が発表した「原発ゼロ・自然エネルギー基本法案」にはそうした印象を受ける。直ちに全原発を廃止して、2050年までに太陽光や風力などの再生可能エネルギーに全面転換することを柱としている。そんなことが可能だろうか。万歩譲って実行できたとしても、現出する社会は、この基本法案が目指す「平和と安全」から、ほど遠いものになるだろう。
 電力を生み出すエネルギー源には、中長期の需給や時々刻々の発電量調整の必要上、多様性が求められる。ベストミックスとして、原子力発電から各種の火力発電、水力発電などまでが組み合わされているのはそのためだ。
  ゼロ原発・オール再生可能エネルギーは、夢想の虚論である。小泉氏らの法案は、原発を「極めて危険かつ高コストで、国民に過大な負担を負わせる」負の存在と非難している。一方、太陽光や風力発電の高い電気代が年々、家計に重くのしかかっている事実には触れていない。多くの原発の停止で、年間3.6兆~1.3兆円もの国富流出が止まらない。こうした不都合な現実からは目をそらすのか。
 高度技術化社会で最も便利なエネルギーは電力だ。安価で安定した電力の確保は、国と文明の維持・発展に不可欠の条件である。日本が先の不幸な大戦を避けられなかった理由が、海外からの石油の封鎖にあったことを思い出すべきだろう。
 途上国を中心に世界の人口は、これから増大の一途をたどる。生活水準の向上と人口増は、エネルギー需要の増加を意味する。小泉氏らは、日本が資源に乏しい島国であることを完全に無視している。ドイツが脱原発を標榜(ひょうぼう)できるのは、隣国のフランスから原発による電気の購入が可能であるからに他ならない。
 日本の原子力発電は、各原発の立地地域をはじめ再処理工場を抱える青森県の理解と、米国や英仏の協力の上に成立している。原発の全面廃止や核燃料サイクル政策からの一方的な撤退は、築き上げた信頼関係を土足で踏みにじる行為に等しい。人々を安易な脱原発論に巻き込む法案は、国民の絆にも水を差す。

 「原発即時ゼロでなければ国が立ちゆかぬ」
 産経新聞1月14日(日)社説「これでは国が立ちゆかぬ」への反論
                 原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟 会長 吉原 毅
◎ 産経新聞社様におかれては、14日付社説において、私どもが10日に発表した「原発ゼロ・自然エネルギー推進基本法案」は「亡国基本法案」という印象をうけるものであり、「これでは国が立ちゆかぬ」と論評されています。
 さっそく論評をいただいたことに対しては、心より感謝申し上げる次第です。私どもの法案発表を契機として、今後、国民各位や国会の場で、原発ゼロの具体的な進め方について、活発な議論が行われることが、私どもの最も望むところであるからです。
◎ その上で、社説の論点を拝見すると、まず事実認識が正しくないことが多々あり、この機会に、御社においては、是非正しい情報をお調べになり、認識を改めていただければと願う次第です。
 まず「電力を生み出すエネルギー源は、中長期の需給や時々刻々の発電量調整の必要上、多様性が認められる。ベストミックスとして、原子力発電から各種の火力発電、水力発電などまでが組み合わされているのはそのためだ」ということです。もちろんベストミックスの考え方はわかりますが、私どもは「事故が起きれば国土消滅の危険がある、とてつもなく危険な発電装置であり、またコストが極めて高い原子力発電は、電力のベストミックスの中には入れるべきではない」
と考えます。
 御社は「太陽光や風力発電の高い電気代が年々、家計に重くのしかかっている」ことを「原発が必要であること」の根拠としていますが、これは御社が「自然エネルギーの世界情勢」を全くご存知ないための誤解だと思います。ぜひ私どもが世界を取材して制作したドキュメント映画「日本と再生」をご覧いただければと存じます。
 今や世界では、「太陽光や風力発電のコストは、化石燃料を大きく下回る、極めてコストの安いエネルギーである」ということが常識です。太陽光のコストは1kw時2円を割り込み、風力も数円にすぎません。経済専門誌である日経新聞(11月19日朝刊)などでも、世界のエネルギー調査機関の資料を掲載していますが、原発や化石燃料を大幅に下回っていることを示しています。
 こうした事実を反映して、今や、世界のエネルギーの主役は、太陽光や風力という自然エネルギーになっており、ここ数年加速度的に急増しています。
 例えば、太陽光は昨年100ギガワット純増し、380ギガワットを超えました。風力も600ギガワットを超えており、両者の合計は、今や1000ギガワットつまり原発1000基分に達しています。これに対して、原発は380ギガワットにすぎず、10年余り横ばいであり、稼働率も低く、完全に過去の遺物になっています。
 それでは、なぜ日本だけが自然エネルギーのコストが高いかというと、それは、政府の政策が不適切であるからです。日本の太陽光パネルや工事費は世界の数倍です。これはカルテル状態を放置し、競争が働かない状態にあるためです。また風力の場合は、環境アセスメントに多大な期間とコストを義務付けていることが大きいと日経新聞などが指摘しています。さらに、実際には8割が空いているのに、送電線の容量が一杯だとして接続を拒否したり、送電線の増強の費用として不当に高い接続コストを要求されていることが原因です。これらにより、我が国の自然エネルギーの価格は世界に比べて異常に高いのです。しかし、これらは政府の間違った政策のためであり、すぐに是正できます。
◎ 「日本が資源に乏しい島国」であると述べておられますが、アメリカの自然エネルギー学者であるエイモリー・ロビンズ博士は「日本はドイツの9倍の豊かなエネルギー資源がある。それは太陽光、風力、バイオマス、地熱、潮力、海流などである」と述べています。
 一例をあげれば、日本の農地460万ヘクタールを利用して「ソーラーシェアリング(営農発電:農作物をつくりながら空中で発電を行う)」を行えば、日本の電力需要の10倍の1840ギガワットの発電が可能です。これに風力や地熱、潮力、海流などを加えれば「日本はエネルギー資源の宝庫」です。そして、ドイツやデンマークなどを見ても、自然エネルギーは、地方経済・社会の飛躍的な発展をもたらす「地方再生の切り札」です。
◎ また「ドイツが脱原発を標榜できるのは、隣国のフランスから原発による電気購入が可能であるからだ」ということは、残念ながら全くの事実誤認です。事実は、2013年の段階で、ドイツはフランスに15テラワット時の電気を輸出し、フランスからは5テラワット時の電気を輸入しています。結果、10テラワット時の輸出超過であり、しかも、その傾向は年々ますます拡大しており、ドイツはフランスの原発の電気がなくても、全く問題ありません。
 実際にドイツ政府や電力会社の関係者に質問しても、「日本人はまだそんなデマを信じているのか」と呆れた顔をして、上記の回答が返ってきます。どうかこうした事実をご自分でお確かめくださればと思います。
◎ 最後に、「日本の原子力発電は、各原発の立地地域をはじめ再処理工場を抱える青森県の理解と、米国や英仏の協力の上に成立している。原発の全面廃止や核燃料サイクル政策からの一方的な撤退は、築き上げた信頼関係を土足で踏みにじる行為に等しい。人々を安易な脱原発論に巻き込む法案は、国民の絆にも水を差す」とありますが、これは「各原発の立地地域、青森県、米国や英仏との関係を維持する」ために「国土消滅というとてつもなく危険がある原発、コストが天文学的に高い原発を稼働せよ」という「倒錯した論理」そのものです。
 言うまでもなく「エネルギーは安全でコストの安い潤沢なもの」を選択すべきであり、「信頼関係や協力=過去のしがらみ」で選択すべきものではありません。「過去のしがらみ」を理由として「国土消滅というとてつもなく危険がある原発、コストが天文学的に高い原発を稼働せよ」という御社の主張こそ、まさに「亡国の主張」そのものです。

 中国も、欧州も、米国も、今、世界は、安全で、コストの極めて低い自然エネルギーの開発に全力をあげています。この「エネルギー革命」により、近い将来、外国は「コストゼロ」の潤沢なエネルギーを確保し、経済競争の面で、日本よりも圧倒的に有利な地位を手に入れます。日本がこの「エネルギー革命」に踏み切れないのは、ひとえに政府が「原子力ムラ」という利権集団に配慮して、「即時原発ゼロ」に踏み切れないためです。
◎ 2013年1月に逝去された加藤寛慶応義塾大学名誉教授の遺作は「日本再生最終勧告―原発即時ゼロで未来を拓く」でした。加藤先生は保守論壇の重鎮であり、御社も加藤先生には「正論」の執筆を依頼する等、その主張には大きな信頼を置いておられたと思いますが、加藤先生は「原発即時ゼロにすれば日本経済は大きく発展する」と主張されました。
◎ 原発ゼロ・自然エネルギーに転換すれば、テロやミサイル攻撃などの安全保障の面でも、エネルギー安全保障の面でも大きなメリットがあります。つまり「我が国の美しき国土、国家を守る」という「保守」の立場こそ、「原発即時ゼロ」を主張すべきなのです。その意味で、保守のオピニオンリーダーとしてご活躍されている御社にこそ、「利権にまみれ、富を誇れども社稷を思う心なき、原子力ムラ」を指弾し、「原発即時ゼロでなければ国は立ち行かぬ」という正論を主張していただきたいと強く願っております。
 以上の論点を述べた映画「日本と原発 4年後」と「日本と再生 光と風のギガワット作戦」は幹事長河合弘之が製作したものです。DVDを差し上げますので、是非ご覧いただいて、認識を改めていただきたいと思います。
 (全くの余談ですが、保守の一部には、将来の核武装のために、原発維持を主張する方々もいますが、実は核開発のために原発維持は全く必要ありません。原発はいかなる意味でも不要なのです。)


<韓国の脱原発>
 韓国が目ざす「脱原発」は「板門店宣言」で約束された朝鮮半島の「非核化」と一体のものだ。文大統領と金委員長の握手を快く思わない韓国の野党も保守系メディアも、そろって脱原発、非核化に懐疑的だ。

<吉原毅氏の講演会>
主催 「さよなら原発」あびこ
日時 2018年9月15日 14時~16時
会場 JR我孫子駅前 けやきプラザ9F   協力券500円



2018.07.20 協同組合が大同団結して連携機構を設立
   協同を通じて持続可能な社会の実現へ
        
岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 東京・有楽町朝日ホールで、7月10日、「協同を通じた持続可能な社会へ」のスローガンを掲げた第96回国際協同組合デー記念中央集会が開かれた。国際協同組合デーとは、世界の協同組合組織である国際協同組合同盟(ICA)が協同組合運動を発展・普及するために設けたもので、7月の第一土曜日と決められており、毎年この日を中心に各国で記念の集会が開かれる。日本での今年の記念集会を主催したのは一般社団法人日本協同組合連携機構(JCA)だったが、これは今年4月1日に誕生したばかりの組織で、記念集会はいわばJCAのお披露目とも言える催しだった。

 JCAに加わっているのは、全国農業協同中央会(JA全中)、日本生活協同組合連合会(日本生協連)、全国漁業協同組合連合会(JF全漁連)、全国森林組合連合会(JForest全森連)、日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会(日本労協連)、全国労働者共済生活協同組合連合会(全労済)、全国労働金庫協会、全国農業協同組合連合会(JA全農)、全国共済農業協同組合連合会(JA共済連)、農林中央金庫、家の光協会、日本農業新聞、農協観光、全国農林漁業団体共済会、全国大学生活協同組合連合会(全国大学生協連)、日本医療福祉生活協同組合連合会(医療福祉生協連)、日本コープ共済生活協同組合連合会(コープ共済連)の18団体。会長は中家徹・JA全中会長。これは、日本の協同組合の連合会のほとんどを網羅したもので、日本の協同組合史上画期的なことである。 まさに、協同組合の大同団結が実現したといってよい。

 もっとも、これまで協同組合同士が協力し合う組織がなかったわけではない。これら18団体のほとんどの団体が参加する「日本協同組合連絡協議会(JJC)」という組織があった。参加団体はいずれもICAの加盟団体だが、1956年に、国内の協同組合間の連携と、世界の協同組合との連携強化を図るためにつくられた協議体で、いわば、ゆるやかな連携を前提とする任意団体であった。ゆるやかな連携にならざるを得なかったのは、日本では協同組合がよって立つ法律が各協同組合で違い、所管の官庁もバラバラ、事業の面でも場合によっては利害が対立する、といった事情があったからである。
 そのJJCが発展的に解消し、衣替えして発足したのがJCAだった。発足にあたっては、一般社団法人という法人格を備えたから、参加団体間の結束はより強化されたものとなった。  

 JCAによれば、JCAの目的は協同組合の健全な発展と地域のよりよいくらし・仕事づくりへの貢献だという。そのために、JCAは①協同組合間連携②政策提言・広報③教育・研究の3つの機能を備え、地域・都道府県・全国の各段階におけるさまざまな協同組合の間の連携を支援・拡大し、協同組合の力を結集して地域の課題の解決を目指すという。

 何が協同組合の大同団結を促したのか。それは、地域、とくに地方の農山村が、少子高齢化、経済格差の拡大などにより崩壊しつつあるという協同組合関係者の危機感だった。農山村の衰退により限界集落が増え、そこで暮らす人たちが生活を維持するのが困難になりつつあるという現実が、協同組合関係者を突き動かしたのである。第96回国際協同組合デー記念中央集会の冒頭に登壇した中家徹JCA会長は、あいさつの中で「地域が直面するさまざまな課題を解決するために協同組合が今こそ連携を強めなくてはいけない。そのためにJCAが設立された」と述べた。
 こうした経緯があったから、第96回国際協同組合デー記念中央集会は「協同を通じた持続可能な社会へ」というスローガンを掲げたわけである。

 中央集会では、JA全中、日本生協連、日本労協連、全国労働金庫協会、JCAの各役員によるパネルデイスカッション(テーマは「協同組合間連携を通じて持続可能な社会へ」)が行われたが、その中で、JCAの設立には別な動機もあったことが明らかにされた。 
 
 1つは、安倍政権による「農協改革」に対する協同組合陣営からの強い懸念である。
 政府の規制改革推進会議は2016年11月に「農協改革」を提言した。そこでは、JA全農の事業制限など農協の事業の根幹にかかわる方向が打ち出されていた。これに対し、農協陣営は「農協改革は農協自身によってなされるべきだ」と反発、JJCも「協同組合は『自治と自立』を原則の1つに掲げており、規制改革の名の下に協同組合の自主性、主体性が制限されることがあってはならない」という共同声明を出したほどだった。こうした政府による農協への“圧力”が協同組合陣営を結束させたようだ。

 もう一つは、世界の協同組合の動きから刺激を受けたことだ。
 協同組合運動が盛んな国の1つであるイタリアで2017年、3つの協同組合連合会が統合し、法人格をもったイタリア協同組合同盟(ACI)になった。JJCは代表団をイタリアに派遣してその経緯を視察し、協同組合がイデオロギーの違いを超えて統合し組織をより強固にしてゆくことが、協同組合の社会的存在感を高めることを学んだ。これが、JCAの設立につながった。

 中央集会は、協同を通じた持続可能な社会の実現を目指して力を合わせるをことを確認した。具体的には、国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)の実現をはかるとしている。その目標は17項目にのぼる。つまり「貧困をなくそう」「飢餓をゼロに」「すべての人に健康と福祉を」「質の高い教育をみんなに」「ジェンダー平等を実現しよう」「安全な水とトイレを世界中に」「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」「働きがいも経済成長も」「産業と技術革新の基盤をつくろう」「人や国の不平等をなくそう」「住み続けられるまちづくりを」「つくる責任 使う責任」「気候変動に具体的な対策を」「海の豊かさを守ろう」「陸の豊かさも守ろう」「平和と公正をすべての人に」「パートナーシップで目標を達成しよう」である。