2019.05.15  シリコーンガスでスバル車に不具合
  香りブームで急増か 人体への影響は?

鶴田由紀(フリーライター)

 今年2月28日、自動車メーカーのスバルは、ブレーキランプ(制動灯)スイッチの不具合のため、日本国内で約30万台のリコールを国土交通大臣に届け出た。アメリカなど海外も併せると、リコール台数は最大で230万ほどになる。
 リコール届出書によれば、「制動灯スイッチにおいて、車内清掃用品や化粧品類などから揮発するシリコーンガスの影響で接点部に絶縁被膜が生成され導通不良となることがある。そのため、制動灯が点灯しなくなり、横滑り防止装置の警告灯点灯やエンジン始動不良になるおそれがある」とのことだ。
 リコール届出書に添付されている参考資料には、「シリコーンガス発生要因となる製品:洗濯柔軟剤、ウェットティッシュ、除菌シート、制汗剤、ヘアスプレー、ハンドクリーム、日焼け止め、静電気防止スプレー、化粧品全般、内装つや出し剤、潤滑剤など」とある。

 シリコーンとは、シャンプー・コンディショナー・制汗剤などのパーソナルケア用品、洗剤・柔軟剤などの家庭用品、化粧品、食品添加物、ドライクリーニング、エレクトロニクス分野など幅広く使用される化学物質だ。洗剤や柔軟剤には、泡調整剤などとして用いられるほか、昨今の香りの強い製品の香料を包むマイクロカプセルにも使われる場合がある。揮発しやすく、たとえばシリコーン化合物の一つでパーソナルケア用品によく使われるデカメチルシクロペンタシロキサン(D5とも呼ばれる)の場合、約9割が空気中へ揮発すると言われている。シリコーンガスは機械類の導通部位(電気が通っているところ)に付着し、ガラスのような物質になるため電気を通しにくくする。
 シリコーンは耐熱・耐寒性、電気絶縁性、化学的安定性、撥水性にすぐれ、無色無臭であるため、その利便性から生産量を増加させている。長い間、人体にも環境にも安全と考えられてきたが、ここ数年、有害性についての研究が行なわれるようになった。それに伴って、シリコーンの難分解性、環境残留性、生物蓄積性などが明らかになった。さらに実験動物に生殖毒性や発がん性がある他、内分泌攪乱物質である可能性もあることなどが示されている。
 シリコーンはさまざまな経路をたどって大気・水・土壌といった環境中に移行する。特に今、世界的に注目されているのは河川や海洋への移行で、研究も比較的多い。そうした研究の結果を受けて、カナダでは2012年、オクタメチルシクロテトラシロキサン(D4)に関して排水濃度規制が行なわれた。また欧州委員会は2018年1月、D4とD5に関し、いずれかを重量比0.1%以上含む洗い落とす化粧品・パーソナルケア用品(シャンプーなど)の流通販売を2020年1月31日以降禁止する委員会規則を公示した。いずれの規制も、シリコーンが及ぼす水生生物への影響を懸念しての措置である。D4とD5が規制対象となるのは、どちらも幅広い用途に使用されるシリコーン化合物で、大量に使用されており、他のシリコーンに比べて有害性データが多いからだ。
 ちなみに日本では、2018年4月にD4とドデカメチルシクロヘキサシロキサン(D6)が化学物質審査規制法に基づいて監視化学物質に指定されているが、事業者に製造・輸入の届出義務を課しているだけで、特に何の規制も行なわれていない。

 シリコーンの大気への移行については、日本では埼玉県環境科学国際センターの堀井勇一らが、2018年に国内初の調査を発表している *1。揮発性のシリコーンの大気中濃度は年間で63~1150ng/㎥の間で変動した(ngはナノグラム。1ngは1gの十億分の一)。堀井らによれば、この数値は他の研究者によって欧米で行なわれた都市大気におけるシリコーン濃度と同程度だったということだ。
 今回のスバルのリコールは、乗用車の車内という閉鎖空間でブレーキランプのスイッチに不具合が起きるほど、家庭用品などからシリコーンガスが発生することをはからずも一般市民に教えてくれた。乗用車の車内が汚染されているなら、当然、一般家庭や学校や病院などの室内空気も、気体となったシリコーンで汚染されていることは想像に難くない。しかし室内空気のシリコーン汚染については、研究が極めて少ないのが現状だ。
 2013年に、アメリカとイタリアで行なわれた一般家庭の室内空気におけるシリコーンガス濃度の調査結果が報告された。部屋によって汚染度が大きく異なり、最も高かったのは大人の寝室(イタリア)940μg/㎥と浴室(アメリカ)820μg/㎥だった*2 (μgはマイクログラム。1μgは1gの百万分の一)。この濃度のシリコーンが人間の健康に影響するのか、素人には残念ながら判断できない。だが先述の日本での大気中濃度と比較すると、文字どおりケタ違いの量だということだけはわかる。
 こうしたシリコーンは人体に入りこんでいるのだろうか。2005年に発表されたスウェーデンにおける人間の母乳の調査では、39人中11人から少なくとも一種類のシリコーンが検出されている*3 。また1982年にアメリカで発表された人間の脂肪細胞に関する調査では、46人中21人からD4、28人からD5 が検出されている*4
 先に述べたように、シリコーンで実験動物にさまざまな異常が現われることはわかっている。そして人間の居住空間は戸外よりはるかに汚染され、体内からもシリコーンが見つかった。だが人間に対して有害であるかという議論には、まだ決着がついていない。実験動物は人間に比べて体が小さい上に、現実にはありえない高濃度で実験が行われているからだ。しかしながら、シリコーンの高い残留性や蓄積性を考えれば、実験動物と同様に人間にも有害であると考えるべきではないのだろうか。


*1 堀井勇一ら「大気中揮発性メチルシロキサン類分析法の開発と環境モニタリングへの適用」『分析化学』Vol.67, No.6, 2018.
*2 Pieri, F. et al., “Occurrence of linear and cyclic volatile methyl siloxanes in indoor air samples (UK and Italy) and their isotopic characterization.”, Environment International, Vol.59,2013
*3 IVS, Results from Swedish national screening program 2004. Subreport 4: Siloxanes, Swedish Environmental Research Institute, October, 2005.
*4
US-EPA, “Thirtieth report of the interagency testing committee to the administrator, receipt and request for moment regarding priority testing list of chemicals”. Federal Register, Vol.57, No.132, 1992,


 リコール届出書によれば、対象となった車種は、2008年(平成20年)から2016年(平成28年)までに製造されたインプレッサ、フォレスターなどで、不具合が最初に報告されたのは2013年だった。不具合の発生が、日本でパーソナルケア製品や家庭用品に強い香りをつけることがブームになったタイミングと一致しているのは偶然か。不具合の報告があったのは国内では1399件だったのに対し、スバルの販売台数の60%を占めるアメリカでは、33件だった。これらの事実は何を物語っているのだろうか。
シリコーンは気づかないうちに生活の隅々に浸透してしまった。人間への健康被害を早急に調査し、何らかの手を打たなければ手遅れになるのではないか。

<鶴田由紀さんの略歴>
専門は環境問題、エネルギー問題。1963年 横浜市生まれ、1986年 青山学院大学経済学部卒業、1988年 青山学院大学大学院経済学研究科修士課程修了。著書に『ストップ!風力発電―巨大風車が環境を破壊する』(アットワークス 2009年)、『巨大風車はいらない原発もいらない-もうエネルギー政策にダマされないで!』(アットワークス 2013年)、訳書にヴァンダナ・シヴァ著『生物多様性の危機―精神のモノカルチャー』(共訳 明石書店 2003年)など。
2019.04.18 農業の崩壊、それとどう闘うか
――八ヶ岳山麓から(280)――
                           
阿部治平(もと高校教師)

2017年夏、わが村の野菜栽培を揺るがすニュースが流れた。一部の畑でブロッコリーが黄色くなって枯れ、商品として市場に出せなくなったのである。原因は作物に寄生するテンサイ・シスト線虫である。
さらに2018年夏、標高のやや低い畑のセロリーやブロッコリーが発育不全のため、商品にならなくなったことが問題となった。この原因は夏の高温障害と見られた。
私の村は、水田と畑が相半ばする。農業総生産額は41.9億円だが、野菜が29.4億円で70%をしめ、花卉5.3億円がこれに次ぎ、かつて生産額のほとんどを占めたコメは5億円である。野菜の中心は夏場の生産全国一のセロリー、さらにブロッコリー、ホウレンソウである。というわけだから野菜栽培が農家経済を左右する。

まず線虫の話から
土壌にはさまざまな線虫が棲息する。ジャガイモの根に寄生し、生育不良を起こすものがジャガイモシスト線虫である。戦後北海道の一部地域がこれに汚染されていることがわかった。もともとアンデス山脈地域が「原産地」で、それがオランダ・フランスの一部に伝染したのだが、北海道への伝染ルートはわからない。雄雌別体で、メスが死んでも卵は丸い包嚢つまりシスト(cyst)に包まれて長年生き、それが孵化するとまたジャガイモの根に寄生する。包嚢状態では駆除が難しい。
わが村では、一部の畑でブロッコリーのできが悪いのが2,3年続いた。途中経過は省略するが、2017年9月最終的に植物検疫官が現地調査をし、日本では未発生のテンサイシスト線虫(Heterodera schachtii)であることを確認した。キャベツ・レタス・ブロッコリー・カリフラワーなどのアブラナ属、テンサイ(甜菜)などのフダンソウ属が宿主である。昨年末にはトマト(ナス属)も宿主植物とされた
http://www.maff.go.jp/pps/j/information/kinkyuboujo/hs.html)。
いま畑34ヘクタールがこのシスト線虫に汚染されている。どういう経路でいつ入ってきたのかわからない。これは耕土について移動するから、汚染畑に人や農機を入れることはできない。
2018年の1年間、私は現役の農家ではないものだから、シスト線虫発生のニュースを聞いても、ただただ県や国当局の対策を見ていただけだった。村当局も長野県と農水省の専門家を頼りにした。農水省が県当局と協力してとった蔓延防止策は、土壌の移動防止措置の実施・発生畑における宿主植物の植栽の自粛・土壌消毒の実施などだった。
海外ではシスト線虫退治には農薬が用いられているが、日本ではこれがまだ厚労省に認可されていないから使えない。対抗作物として野生トマトの一種が有効らしいが、まだ導入されていない。とりあえずは土壌燻蒸剤 のDD剤を使用して除去しているが、完全に駆除できるわけではない。だが、完全でなくても線虫の生育密度が減少すれば、その害も減少するから作物ができないわけではない。
昨年末、専門家が生育密度を検査した結果、基準値以上の9ヶ所の畑は2019年度も防除を継続することとし、そのほかの基準値以下の畑は、耕土の洗浄を続けながら、アブラナ属など宿主植物の作付けも可能となった。もちろん以前の生産を取りもどすことはできない。
この災難は、本当は個人の問題ではないが、個人情報保護という理由で汚染畑は公表されていない。農家としても自分の畑にわけのわからない疫病神が住み着いたなんて、誰にも知られたくはない。当局からの情報も該当農家に通知されるだけである。
村の中には、まだ汚染が拡大していない耕地のサンプリング調査をした方がよいとの意見もあったが、昨年村当局は作物に異常があったときは「役場に連絡をください」というにとどめた。今まで農家から連絡があったとは聞いていない。

高温障害について
長野県でセロリーの主産地は、松本平と諏訪地方の高冷地である。諏訪ではわが村を中心とした八ヶ岳西麓の標高1000m前後の耕地である。わが村の気候は、最寒月の1月の平均気温は氷点下3.2℃、最暖月の8月の平均気温は21.6℃、年降水量1284mmだから亜寒帯湿潤気候といえよう。
セロリーは「諏訪3号」と呼ばれる白い部分の多い、冷涼を好む品種である。寒冷期産地静岡県とのリレー栽培の協定が結ばれ、これによって季節的出荷量のバランスをとり、価格の安定につなげている。
従来からセロリーやブロッコリー栽培地は、温暖化のために少しずつ標高の高い畑へ移動していた。ところが2018年は7月中旬から8月上旬まで最高気温が30℃を超す日が続いたため、セロリーは標高1000m以下の大面積にわたる畑で商品にならなくなった。ブロッコリーも数年前から標高の低い他地区では、生育不全のために畑でひき潰したり、刈取ったりすることがあったが、昨年はわが村でも標高1000m以下では同様の災害が生まれた。
温暖化効果ガスは増加の一途をたどっている。今後も高温障害は避けられないものと考えなければならない。このままでは、夏場の他の作物にも被害が及ぶ危険がある。
考えられる対策は、より冷涼な高地へ耕地を移すか、新品種を導入するか、作物を花卉などに転換するかである。開墾するとすれば、対象は非農業振興地域の山林だからカネと時間がかかる。
新品種については全然見通しがないわけではない。今年になって長野県野菜花卉試験場(塩尻市)が、既存品種より2割ほど収穫量の増加が期待できるセロリーの新品種を開発したと伝えられた(信濃毎日新聞2019・03・14)。これが比較的温暖な気候でも栽培できるのを期待している。とはいえ、実際に商品生産をするまでには、農家が新品種の特徴を知り、栽培技術を習得しなければならないから、2年や3年はかかる。作物転換も新品種の導入と同様の時間とカネがかかる。

迫りくる破局、それとどう戦うか
今年はセロリーもブロッコリーも標高の比較的低い畑では、栽培をあきらめるしかない。現状は破局とは言えないまでも、それが迫っていることは確実である。
私は、以上の災害情報を主に農家2人から得た。その1人はシスト線虫の被害を受けた畑の持主だったが、事実を躊躇することなく語った。私はこの危機的状況を聞きながら、60数年前の桑畑から西洋野菜への転換を思い出した。
明治時代から続いたわが国の養蚕・生糸生産は、1957年ピークを迎えたものの、翌58年には繭値の暴落があって徐々に減少し、69年には中国に追い越された。わが村では60年前後から繭の安値に悩まされた農家が桑畑の桑の根を引抜いて、大根・キャベツ・セロリー・レタスなどの野菜栽培と乳牛飼育に転換した。70年代に牛乳がだめになると、野菜栽培は村全体に拡大した。当時、新作物の導入を主導したのは農協で、現場では県当局と農協の若い技術者が頑張って栽培技術を普及した。
いま、わが村は60数年前と似た状況に直面している。
かつてはコメに頼りながら、養蚕に代わる新しい農作物を導入した。現在は農業以外の収入の方が多い第二種兼業が多くなっているから、養蚕の崩壊期ほどの全面的な農家経済の危機とはなっていない。だが、シスト線虫は駆除方法がかなりわかっているのに対して、温暖化対策は見通しが立ちにくい。障害が続けば野菜栽培をやめるものも出る。
農業で生きてきた村である。生業の荒廃は精神の荒廃に通じるかもしれない。線虫と高温障害のほかにも、後継者問題や小規模耕地・遊休農地の整備、さらには外国人労働者の導入など、課題は山積している。これを何とかしなくてはならないと思うが、自分がすでに年を取り過ぎたのが残念である。

2019.03.12 「脱・香害」めざす動きが各地で始まっている
シリーズ「香害」第9回

岡田幹治 (フリーライター)

 「香害」が依然として深刻な一方で、「脱・香害」をめざす動きが、少しずつだが始まっている。きれいな空気の大切さを説く絵本を学校に贈った労働組合、公共施設の一部を被害者に配慮したものにする熊本市などだ。各地で始まった動きを報告しよう。
 「香害」は、香りつき商品の成分で健康被害を受ける人たちが急増している「新しい公害」のこと。これに対して、被害者を助けたり、減らしたりするのが「脱・香害」だ。

◆職員組合が絵本を小中学校に贈った
 今年1月、札幌市のいくつかの小学校や児童館で、『みんなでつくろう空気のきれいな教室を』という絵本の読み聞かせが行われた。
 絵本はこんなストーリーだ。化学物質過敏症(CS)の友だちが登校できなくなり、その原因が「いい香りの柔軟剤やシャンプー」であることを学んだ同級生たちが、相談して使用をやめた。その結果、教室の空気がきれいになり、CSの友だちは安心して登校でき、みんなの頭もスッキリするようになった。
 読み聞かせた後、先生が「いろんな障害を持つ子がいるんだよ」と話すと、うなずく子どもたち。香りつき文房具が大好きな子は「好きなものを学校に持っていくと、困る子がいるんだね」と親に話したという。
 この絵本を企画・製作し、札幌市内のすべての小中学校と児童館・図書館に贈ったのは、自治労札幌市役所職員組合だ。CS患者で2児の母でもある組合員が執筆し、同僚が絵を描いた。
 同職員組合(注1)に申し込めば、1冊700円+送料で送ってくれる。
 CS関連の絵本では、『転校生は“かがくぶっしつかびんしょう”』が今年1月、「絵本ひろば」という無料のサイトで公開された(4月ごろ出版されることになり、いまは無料サイトでは見られない)。
 描いたのは「文:たけなみ、絵:よしの」という創作ユニット「松岡おまかせ」(ペンネーム)だ。たけなみさんは一昨年、職場の同僚たちのタバコや柔軟剤が原因でCSになり、休職から退職に追い込まれた。よしのさんとのコンビで以前からコミックなどを描いており、退職後、CSについての作品を発表している。
 昨年10月に出版したブックレット『ある日とつぜん化学物質過敏症』は、自身の発症までの経過をコミカルに描いたもの。NPO法人CS支援センターの広田しのぶ代表理事が「深刻なはずなのに、ユーモアがある。CS発症者が自分のことを身近な人たちに打ち明け、対応を求めるのはなかなか難しいが、そのツールになる」と判断し、同センターが委託販売を引き受けた。同センターに申し込めば1冊300円で販売してくれる(注2)。
 愛知県の患者団体・化学物質過敏症あいちReの会の藤井淑枝代表は「堅苦しい文章やスローガンでは、子ども・学生・子育て世代などに届かない。多くの人に関心をもってもらうには、さまざまな表現や発信方法を用いるのが有効だ」という。
 クラウドファンディングで資金を集めて絵本を買い上げ、各地の学校に贈ってはどうだろうか。
注1 FAX=011-251-3395、
メール=kikakuアットマークsapporocity-union.org
注2 FAX 045-222-0686

◆被害者に配慮した公共施設を建設
 熊本地震からの復興機運を高める事業の一つとして、熊本市中心部で建設が進む「桜町再開発ビル」。その一角にできる「熊本城ホール」という公共施設の一部がCS発症者に配慮したものになる。
 きっかけは、熊本県の患者団体「くまもとCSの会」が一昨年、他の団体と連名で「公共施設における空気の質への提案」を提出し、健康に影響のある成分を放出する建材はできるだけ使用しないよう要望したこと。これを熊本市などが前向きに受け止め、多機能トイレ・授乳室・会議室一室などの内装材を自然素材などにすることになった。
 くまもとCSの会は「床のビニールクロス張りを改めてほしい」「接着剤は有害化学物質の放散量ができるだけ少ないものに」などと具体的な注文を出した。
 9月に完成すれば、おそらく全国で初めての「CS発症者に配慮した公共施設」になる。
 4月で施行から3年になる「障害者差別解消法」は、国・自治体や会社・商店に対し、障害のある人(CS発症者も含まれる)から、社会的なバリアを取り除くよう求められたときは、負担が重すぎない範囲で対応しなければならないと定めている(会社・商店は努力義務)。「合理的配慮」と呼ばれるものだ。
 「熊本城ホール」は公共施設の建設にその考えを取り入れた例だが、合理的配慮を徹底した集会も開かれるようになった。
 たとえば、東京都小金井市の市民がつくる自主講座「香害 そのニオイから身を守るには」だ。この講座は「CSのことを多くの市民に知ってほしい」という市内の発症者の思いを受けて、田頭祐子市議会議員らが企画した。
 「香害って何?」(講師・岡田幹治)、「相談現場の声」(講師・広田しのぶCS支援センター代表理事)、「私も困ってます」(講師・高柳久子せっけんビレッジ代表)という3週連続の講座だ。
 CSの人たちも安心して参加できる会場にしたいと選んだのが、公民館緑分館の家事実習室だ。岡田が講師を務めた1月31日は寒さの厳しい朝だったが、会場は換気扇がフル稼働し、窓は開け放たれた。参加者はコートを着たまま2時間、解説に聴き入り、話し合った。

◆日本医師会が香害を認知
 昨年10月、日本医師会は日医ニュース「健康プラザ」で「香料による新しい健康被害」を取り上げた。「健康プラザ」は会員向けの情報紙であり、ポスターとして病院やクリニックに掲示されることが多いから、目にした方もいるに違いない。
 今回のプラザは、CSに詳しい渡辺一彦医師(札幌市の渡辺一彦小児科医院院長)の指導で作成された。柔軟剤などの「香りつき製品」が大量に使われ、その成分によってCSなどを発症する人が増えていることなどが説明されている。
 全国の医師の7割が加入する団体が「香害」を認知したわけだ。
 国内の多くの医師はCSに無理解・無関心だ。CSの疑いが濃い人が受診しても「当科の扱う病気ではない」として、精神科の受診などを勧める医師が少なくない。「今回の掲載を機に、全国の医師や通院する一般の患者に、正しい理解が広まってほしい」と渡辺医師は言っている。
 強い香りを医療施設からなくそうとする動きも出てきた。たとえば東京女子医科大学八千代医療センター(千葉県八千代市)のエレベーターには、「ご面会される方へのお願い」として次のような掲示が張られている。
 「診察上、支障をきたす場合がありますので、香水や芳香剤入り柔軟剤など香りの強いものの使用はお控えください」。
 CSに苦しむ大学生が、CSをテーマに書いた卒業論文も生まれている。宇都宮大学国際学部国際社会学科の佐藤春菜さんの『現代の生活環境病を取り巻く社会認識と課題~化学物質過敏症を事例に~』である。
 佐藤さんは大学在学中にCSを発症し、家族と大学の協力を得て学業を続けてきた。その病に正面から向き合ったのだ。
 論文は、A4版144ページ、約14万字の力作。前半で関係文献を読み解き、後半では発症者や支援者からの聞き取りとアンケートで、現代社会では見えにくい発症者の苦しみなどを詳述した。聞き手が当事者だったからこそ、聞くことができた内容もあるのではないかという。
 終章で佐藤さんは、発症者のために行なう合理的配慮は、発症者だけでなく、健康を求めるすべての人にとっても有意義なものだと述べている。
 彼女の問題提起に基づき、宇都宮大学は1月21日に公開シンポジウム「環境化学物質のリスクに向き合う~医学的見地からの提言を受けて」を開いた。参加したCS患者からは「勇気づけられた」などの言葉が寄せられたという。
 各地で始まった動きが積み重なり、社会が「脱・香害」へ向かっていく。
2019.02.07  アンテナを条例で規制する動きも
          懸念される第5世代移動通信(5G)のリスクとは 2

加藤やすこ (環境ジャーナリスト、いのち環境ネットワーク代表)

(1)5Gのしくみ
私たちは携帯電話やスマートフォン、スマートメーター、Wi-Fiなど、さまざまな無線周波数電磁波を使っているが、国際がん研究機関(IARC)はこの周波数帯を「発がん性の可能性がある」と認めている。その他にも、不妊や流産、発達障害、睡眠障害、電磁波過敏症などさまざまな健康問題を起こすと指摘する論文が増え続けている。
今年から始まる第5世代移動通信システム(5G)では、広いエリアをカバーする「マクロセル」には既存の第4世代移動通信システム(4G)を利用し、超高速通信を行う「スモールセル」には周波数4.9GHz(ギガヘルツ)以下の帯域や28GHz帯を使う計画だ。
無線周波数電磁波のうち30〜300GHzをミリ波、20〜30GHzを準ミリ波とも呼び、28GHzは準ミリ波にあたる。周波数が高くなるほどエネルギーが強くなる性質があり、米軍は95GHzのミリ波を暴徒鎮圧用の兵器「アクティブ・デナイアル・システム」に利用している。
ミリ波を使った動物実験では白内障などの目の異常が、ヒトの細胞を使った実験では遺伝子発現の変化、細胞膜機能の変化などが確認され、とくに子どもへの悪影響が懸念されている。

5Gでは、同時に複数のユーザーが超高速で通信できるようにするため、多数のアンテナの強さやタイミングを調整して、指向性のある電波を作り出す「ビームフォーミング」を行う。送信側も受信側もアンテナを1本ずつで通信するよりも、アンテナの数を増やせば、通信速度を早くすることができるが、5Gでは100本以上のアンテナを組み込んだ超多素子アンテナ「マッシブMIMO(マイモ)」の利用も計画されている。

なお、5Gでは多くの端末と同時に接続できるので、5Gを利用した防犯・監視システムの実証実験も計画されている。通信会社などが設立した第5世代モバイル推進フォーラムによると、イベント会場や空港などの広域監視カメラや警備員のウェアラブルカメラ(体に装着してハンズフリーで撮影できる小型カメラ)などの映像を集約して、群衆行動の監視や顔認証などを実施し、リアルタイムで安全管理を行うとされている。しかし、これは社会的な監視の強化につながる可能性がある。

(2)5G導入を巡りアメリカでも賛否
アメリカのミシガン州議会では、5Gのスモールセル導入を促進するために都市開発を規制する条例改正などを求める法案が2018年3月に提案された。支柱を新設するには自治体への申請が必要だが、認可に係る経費を1000ドル(約11万円)以下とすることや、事業者の連絡先をアンテナの支柱に表示することも提案されていた。10月4日には、エネルギー政策委員会で公聴会が開かれ、2人の専門家が意見を述べた。

その一人は医師のシャロン・ゴールドバーグ博士だ。無線周波数電磁波が生物学的な影響を持っていることは、多くの医学文献で示されており、その影響は植物や動物、昆虫、微生物などあらゆる生命体で見られ、DNA損傷や心筋症、神経精神医学的な証拠があると訴えた。「5G導入は、有害性がわかっている技術を検査せずに利用することだ」と批判した。
カナダ、マックギル大学のポール・ハーロウ博士は、ロイズ保険組合などの再保険会社は、無線周波数電磁波の健康リスクは非常に大きく、人々を被曝させる事業者は集団訴訟で完敗するだろうと考えていることを指摘し、5Gやレーダーを搭載した自動運転車に対する集団訴訟が起きる可能性があると警告した。「無線周波数電磁波を家庭に導入するのは間違った考えだ。全家庭に光ファイバーが必要だ」と証言した。

アメリカ小児科学会をはじめ約190人の医師や研究者も「5Gの電磁波の健康影響は重大で、数千件に及ぶ論文で立証されている」として5G導入に反対する声明を委員会に送ったが、ミシガン州議会は11月に5Gを促進するための法案を可決し、12月には発行している。
一方、カリフォルニア州のフェアファックス町議会は、スモールセル・アンテナを住宅地に導入するのを禁止する条例を採択している。同州のサン・アンセルモ議会は、スモールセル・アンテナの設置計画を90m以内の住民に知らせるよう求める条例を採択した。また、約100mごとにスモールセル・アンテナが設置されることから、景観悪化を理由に反対している住民もいる。

(3)日本の携帯電話基地局規制条例
日本でも90年代以降、携帯電話基地局の設置をめぐって健康被害を懸念する住民の反対運動や訴訟が各地で起きている。そのため、携帯電話基地局の設置を規制する条例を制定する自治体も現れた。
例えば、神奈川県鎌倉市では携帯電話等中継基地局の設置等に関する条例が2010年に制定されている。基地局を設置する際は、基地局の高さの2倍の範囲内の住民や自治会に説明することを求めている。
また宮崎県小林市では、携帯電話基地局に近い保育園で園児が鼻血を出すなどの体調不良が頻発したことから住民運動が起き、携帯電話等中継基地局の設置又は改造に係る紛争の予防と調整に関する条例が2015年に制定されている。鎌倉市と同様に、基地局の高さの2倍の範囲の住民に説明を行うことや、着工の7日前までに計画概要を記した標識を立てることなどを求めている。

しかし、5Gのスモールセル・アンテナは街灯やバス停、電柱などに設置されるので、支柱の高さは2〜3m程度しかない。つまり、高さの2倍の範囲といっても6m程度に限定される。また、マンホール型基地局のように地下に設置される場合も、従来の基地局規制条例では規制できないことになる。とくに電磁波の影響を受けやすい胎児や子ども、電磁波過敏症発症者を守るために、せめて住民への事前説明と合意が必要だろう。
日本弁護士連合会も2012年に、電磁波問題に関する意見書を政府に提出し、基地局を新設する場合には住民との協議を行う制度を設けること、基地局の位置情報などを知るための情報公開制度、基地局や高圧送電線周辺で住民の健康調査を実施すること、電磁波過敏症発症者のために人権保障の観点から、公共交通機関に携帯電話の電源を切らなくてはいけない「電源オフエリア」を設けることなどを求めている。

スモールセル・アンテナに関する規制がなければ、自宅や学校、病院の周辺、子どもたちの通学路や通勤で使う道路に、知らない間に設置されて被曝することになる。アンテナ周辺の住民に健康被害が発生するほか、道路を通行中に体調不良が起きる可能性もある。人体や生態系に悪影響を及ぼすことが指摘されている5Gを、推進する必要はあるのだろうか。少なくとも安全性が確立されるまでは導入を一時停止すべきではないか。
なお、学校にも超高速無線LANが導入されるなど、子どもの被曝は増える一方だ(拙著『シックスクール問題と対策』で詳述)。
家庭にはスマートメーターが設置されているが、このメーターは無線周波数電磁波を使って電力使用量を電力会社に送信する。日本だけでなく世界各国で頭痛や不眠、耳鳴りなど、電磁波過敏症によく似た健康被害が発生している。電力使用量を電気検針員が確認に来る従来のアナログメーターに変更したり、家庭や学校の無線LANを有線に切り替えたりするなど、無線周波数電磁波を避けて少しでも被曝量を減らすことが、健康を守る上でますます重要になってくるだろう。
2019.01.22  2019年、電磁波の被害が急増するおそれ 
  懸念される第5世代移動通信(5G)のリスクとは 1

加藤やすこ(環境ジャーナリスト、
いのち環境ネットワーク代表)

(1)便利になるが健康被害も増加?
2019年夏以降、携帯電話会社は第5世代移動通信システム(5G)の運用を開始し、現在の第4世代移動通信システム(4G)よりも、さらに短時間で大容量のデータを送受信できるようになる。例えば、5Gでは2時間の映画を3秒でダウンロードできるという。
タイムラグが非常に少ないので、離れた場所にある工事車両の遠隔操作や、車の自動運転に利用できるなど、利便性がアピールされているが、問題もある。
今までに使われてこなかった28GHz(ギガヘルツ)帯という非常に高い周波数帯を使うことや、通信方式の変化によって被曝量が劇的に増加し、環境や人体に深刻な影響を与えると懸念されている。

日本ではほとんど報道されていないが、2000年代に入ってから携帯電話基地局周辺では、不眠や頭痛、耳鳴り、めまい、吐き気などの体調不良を訴える人が有意に多いことが、フランス、ドイツ、スペイン、ポーランド、イラン、エジプトなど各国の疫学調査で報告されてきた。
ベルギーの自然・森林調査研究所は2006年、住宅地でイエスズメの生息調査を行い、電磁波の強い地域ではイエスズメの生息数が減ったと報告している。電力密度が0.004μW/㎠(マイクロワット/平方センチメートル)の住宅地では平均で1.9羽だったが、携帯電話基地局に近い住宅地では0.016μW/㎠と、電力密度が4倍高く、イエスズメは平均0.8羽しかいなかった。
世界保健機関(WHO)でさまざまな物質の発がん性を調べる国際がん研究機関( IARC)は、2011年、無線周波数電磁場(携帯電話、スマートフォン、Wi-Fi、スマートメーター 、テレビ、ラジオ、レーダーなどに使われる帯域の電磁場)を「発がん性の可能性がある」と認めている。

このように、すでに人間や動物への影響が報告されているわけだが、5Gでは携帯電話基地局の数が大幅に増加し通信方式も変わる。5Gでは28GHz帯も使うが、電磁波は周波数が高くなるほど波長が短くなり、建物などの障害物の影響を受けやすくなるため、到達範囲が狭くなる。そのため5Gでは、「マクロセル」と呼ばれる広い範囲の通信には従来の4Gを使い、高い周波数帯を利用する「スモールセル」では約100mごとに基地局を設置することになる。海外では街灯やバスシェルター(屋根付きのバス停)に基地局が設置されており、日本でも街灯と一体になった基地局が開発されている。NTTドコモが開発したマンホール型基地局は、道路の地下70cmに基地局を埋設し、樹脂製のマンホール蓋で覆うもので、アンテナから地表までの距離は10cmしかない。

5Gが始まれば、歩行者や周辺住民は街灯やバスシェルター、マンホールなどから発生する電磁波に近距離で被曝することになる。そのため、2017年には108か国、270人の科学者が「無線周波数電磁波は人類や環境にとって有害なことが証明されている」として、5Gの安全性が確認されるまで導入しないよう欧州連合(EU)に求めている。とくに子どもや妊婦(胎児)、高齢者への影響が懸念されており、無線の代わりに有線デジタル通信を行うことなども要望された。

(2)電磁波の健康影響とは
これらの電磁波に被曝すると、酸化ストレス、DNA損傷、免疫異常、自律神経系の異常、ホルモンの異常、心臓血管系の障害、認識機能の異常などが発生し、神経側索硬化症(ALS)などの神経変性疾患や、脳腫瘍などのがん、流産の増加、精子数の減少など生殖機能障害につながると指摘されている。
近年は発達障害との関連性を指摘する研究も増えている。デンマークの妊婦と子どもを対象にした追跡調査では、妊娠中と出産後に母親が携帯電を使うと、子どもが7歳になった時点で発達障害を発症するリスクが1.5倍高いと報告されている。また妊娠中に携帯電話を1日に7回以上使うと、将来、子どもが偏頭痛になるリスクは1.89倍高くなるという研究もある。

電磁波過敏症という新しい病気も、携帯電話の普及とともに世界的に増えている。家電製品や送電線、Wi-Fiや携帯電話などの電磁波に被曝すると、頭痛や極度の疲労感、めまい、目が焼けるような感覚、血圧の異常、耳鳴り、耳への圧迫感、動悸(どうき)、吐き気、集中困難、記憶力の低下、多動、イライラ、不安感などさまざまな症状が起きる。電磁波発生源から離れれば症状は収まるが、近づくと再発するという特徴がある。

現代社会では、学校や職場、スーパーや病院、交通機関などいたるところにWi-Fiが設置されているので、一度発症すると日常生活にも支障が出て、退職や退学を余儀なくされる人も少なくない。電磁波過敏症発症者にとって、電磁波は社会参加を阻むバリア(社会的な障壁)になっているのだ。
ドイツやスウェーデンでは人口の約9%、イギリスでは約11%、台湾とオーストリアでは13.3%が電磁波過敏症を発症していると報告されている。早稲田応用脳科学研究所の招聘研究員、北條祥子博士の調査によると、日本の有病率は3.0〜5.7%で、電磁波過敏症発症者の約80%は化学物質過敏症も併発している。

オーストリア医師会は、電磁波による健康問題に対応するため、最新の知見に基づく診断と治療に関するガイドラインを2012年に策定した。血圧や心拍率の測定、血液検査や尿検査の項目などを具体的に示し、電磁波と体調不良の関係を調べるための問診票も開発している。この問診票では家庭や職場での携帯電話やWi-Fi、コードレス電話の使用時間や、周辺に携帯電話基地局があるかどうかを尋ね、必要に応じて電磁波測定を行うこと、電磁波被曝量を減らす電磁波対策を具体的に示している(コラム参照)。
20190121加藤コラム

(3)諸外国よりはるかに緩い日本の規制
2011年、欧州評議会(CoE)は、電磁波過敏症を障害として扱うよう加盟47か国に勧告し、環境因子の影響を受けやすい人や子どもを守るために、被曝基準値を引き下げるよう求めている。総務省の電波防護指針では、WiーFiなどで利用されている2GHz帯に対し、電力密度を1000μW/㎠まで認めているが、CoEは当面の目標として0.1μW/㎠を、将来的にはさらに引き下げて0.01μW/㎠にするよう求めている(表1)。

20190121加藤グラフ

一方、オーストリア医師会のガイドラインでは、「正常範囲内」を0. 0001μW/㎠以下とし、0.1μW/㎠以上だと「正常よりはるかに高い」と分類している。総務省の指針値(2GHz帯について定められた1000μW/㎠)と比べると、オーストリア医師会の正常範囲内とされた値は1千万分の1にあたる。
オーストリア医師会に確認したところ、このガイドライン値は「1日に4時間以上過ごす場所での、電磁波の総量に対する指針値」ということだった。私たちの周りにはさまざまな周波数帯の無線周波数電磁波が溢れているが、日本では総量に対する規制は存在しない。

ちなみにスウェーデンのオレブロ大学の研究者らは、2015年にストックホルム中央鉄道駅で無線周波数電磁波を測定し、駅構内の携帯電話基地局の周辺で9.5μW/㎠あったと報告している。
私たちの生活環境は、すでにさまざまな無線周波数電磁波が溢れ、気づかないうちに影響を受けている。環境因子の影響を受けやすい子どもたちを守るためにも、より安全な通信方法を選びたいものだ。

<加藤やすこさんの略歴>1966年生まれ、藤女子短期大学国文学科卒。北海道札幌市在住。自然環境に関わる問題について記事を書いていたが、1999年に化学物質過敏症を、2002年に電磁波過敏症を発症し、携帯電話基地局やスマートメーターによる健康被害など電磁波問題を中心に執筆するようになる。
2019.01.08 「脱・香害」めざし、意見書を政府に提出する市議会が相次いでいる
 シリーズ「香害」第8回 

岡田幹治(ジャーナリスト)

「香害」が新年早々から、被害者を悩ませている。初詣の参拝者でにぎわう神社周辺が、衣服から放出される柔軟剤臭で覆われていたからだ。ある被害者は息を止め、参拝もそこそこに立ち去ったという。
そうした中で、市民や自治体による「脱・香害」へ向けた取り組みが始まっている。その一つが、各地の市議会による「政府や国会に香害対策を求める意見書」の提出だ。

(注)「香害」とは、柔軟剤など香りつき商品の成分で健康被害を受ける人たちが急増している現象を指し、「脱・香害」とは、香害から抜け出すこと、つまり香害の被害者が減り、新しい被害者が出なくなるような状態を指す。

「香料」の成分表示の義務づけなどを求める
先陣を切ったのは、埼玉県所沢市議会だ。昨年10月4日に「柔軟仕上げ剤など家庭用品に含まれる香料の成分表示等を求める意見書」を議決し、首相・文部科学相・厚生労働相・経済産業相・内閣府特命担当相(消費者・食品安全担当)に提出した。こんな内容だ――。
柔軟剤仕上げ剤などに含まれる香料によって、健康被害を受ける人が増えており、中には学校や職場に行けなくなるなど深刻な状況の人もいる。政府は香料成分の表示など、香料の安全性に対して実効性のある法的規制を行うべきである。具体的には次の4対策を求める。
▽「香害」で苦しむ人がいることを周知徹底し、ポスターなどで香料自粛に向けた啓発をすること。
▽柔軟仕上げ剤や消臭剤などを「家庭用品品質表示法」の指定品目にすること。
▽香料の成分表示を義務づけること。
▽国民生活センターに香害専用窓口を設置するとともに、都道府県に香害の相談窓口を設置すること。
これに続いて埼玉県吉川市議会(12月14日議決)とさいたま市議会(12月21日議決)が同じ表題の意見書を議決した(さいたま市議会意見書の宛先は首相、衆参両院議長、厚労相、経産相、環境相)。
一方、宮城県名取市議会は12月17日、「香料の健康被害に関する調査・研究や香料自粛に関する意見書」を議決し、関係大臣に提出している。
この意見書は、日本には香料に関する法的規制がなく、被害者の多くが問題の解決に困難を感じていると指摘し、香害の周知徹底と国民生活センターの専用窓口設置に加え、次の二つを求めている。
▽香料の健康被害に関する調査・研究を行い、法的規制について検討すること。
▽学校を含む公共施設等に芳香剤や消臭剤を置かないことを徹底すること。

背景に香料の安全性への不安
 四つの市議会とも、香害の深刻さを知った議員が提案者となり、他の議員を説得して議決にこぎつけている。多くの議員が賛同したのは次のような事情があったからだと考えられる。
 一つは、深刻な被害が広がっていることだ。これについては本連載で報告してきた。
 二つは、香りつき商品に欠かせない「香料」の安全性に対する不安だ。
香料と一口にいうが、実は3000種類以上の物質(成分)あり、柔軟剤などのメーカーはそれらから複数(数種~百数十種)の成分を選んでブレンドし「調合香料」として使っている。しかし、商品には「香料」として表示されるだけだ。
また成分の安全性は、世界の香料業界の団体(国際香粧品香料協会=IFRA=イフラ)の自主規制に委ねられているが、この「お手盛り」の規制は欠陥が多く、健康に有害な成分を排除しきれていないと、アメリカのNGOなどが指摘している。
柔軟剤などに使用されている香料の中には、「喘息を発症・悪化させる成分」「皮膚アレルギーを発症・悪化させる成分」「発がん性のある成分」「ホルモン攪乱作用がある成分」などが含まれている可能性があるのだ。
しかし、「香料」としか表示されないから、そうした成分を避けたくても避けようがない。

対策に消極的な中央省庁
意見書が多くの議員の賛成を得た三つ目の事情は、中央省庁の消極的な姿勢だ。
香害がこれだけ深刻になっているのに、関係する4省庁(文科・厚労・経産各省と消費者庁)は動こうとしない。ポスター作製などによる啓発も、香害被害の実態調査や原因究明も、香料の規制や成分開示も、国民生活センターの専門窓口設置も、すべて拒否している。
その理由として4省庁は「科学的知見の不足」を挙げる。香料と健康被害との因果関係が明らかでなく、とくに香害被害で最も深刻な「化学物質過敏症」については、病名は登録されているものの、発症のメカニズムには未解明なところがあり、診断基準も確立されていない。だから、当面は研究の進展を見守るという。
被害者が増えている以上、入手し得る最新の知見に基づき、実態調査や原因究明を始めるのが政府の務めだと思うが、霞が関の官僚たちはそうは考えないらしい。
4省庁の挙げる唯一の対策が、日本石鹸洗剤工業会による「衣料用柔軟仕上げ剤の品質表示自主基準」の改定だ。
この自主基準は、工業会加盟メーカーが柔軟剤の容器包装につける表示について定めたもので、昨年7月までは「品名」「成分」「使用量の目安」など8項目だった。
そこに「香りに関する注意喚起」という1項目を加え、「香りの感じ方には個人差があるので、周囲への配慮と、適正使用量を守る旨を表示すること(「無香料」と表示される製品は除く)」を追加したというのである。
しかし、この改定にはほとんど意味がない。化学物質に敏感な被害者は、過剰使用の柔軟剤だけでなく、目安量通りに使用された場合でも反応し、頭痛・吐き気など多様な症状に悩まされるからだ。
以上の事情を背景に議決された市議会の意見書だが、当面は大きな効果を期待できない。都道府県や区市町村の議会の意見書は、地方自治法99条に定められた権限に基づき、国と対等の立場にある地方自治体の議会が国会や政府に提出するものだが、それを受け取った国会や政府に検討したり、回答したりする義務は定められていないからだ。
だが、4市の人口は7万~130万人。市民の代理人である議員たちが議決した意見書は、それなりの重みをもつ。国会議員も官僚もむげにはできないはずだ。
4市に続き、各地で住民が議員に働きかけ、意見書を政府と国会に提出したらどうだろうか。

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2018.06.14  「香害」被害の子どもたちの学習環境を改善する試みが始まっています
          シリーズ「香害」第7回

岡田幹治 (ジャーナリスト)

 香りつき商品で化学物質過敏症(以下、過敏症)などになった子どもたちが、登校できなくなったり、校庭の片隅で個別指導を受けたりしている実態を第5回(3月10日)と第6回(3月16日)で報告しましたが、こうした子どもたちの学習環境を改善する動きが始まっています。

◆市議が答弁を引き出し、空き教室を活用
 全国いくつかの学校で実施されているのが、空き教室を活用し、過敏症の児童のための「病弱・身体虚弱の特別支援学級」(以下、病・虚弱支援学級)を設置する方法です。
 たとえば札幌市の小学4年生マモル君(9歳)は、4歳のとき過敏症を発症しました。小学校に入学したところ、床のワックスに曝露して症状が悪化。徐々に回復していましたが、2年の夏休みに参加した行事でさらに悪化し、登校できなくなりました。
実情を知った石川佐和子市議(市民ネットワーク北海道)が、担当者から教育委員会の考えを内々に聞き出したうえで、昨年3月の市議会で質問。学校教育部長から「児童・生徒の症状などにより特別支援学級への入級が必要な場合には、本人や保護者の意向なども十分に踏まえながら検討する」との言質を得ました。
 これを受けて母ルミ子さんが市教委に申請。定められた審査を経て、入級が必要と判断されました。
 小学校では、空いていた多目的室の一部を病・虚弱支援学級の教室に充てることにし、合板のベニヤ板で仕切ってペンキを塗りました。換気扇で24時間換気を続けた結果、マモル君が入室できる状態になったので、新学期から通学しています。
 理解ある担任の指導を受けており、マモル君は体調が良いと週に4日間も通学できるようになりました。

◆教室の改修とともに、理解ある担任が必要
 症状の重い子どもだと、教室の改装が必要になります。
 関西地方の市立中学3年の哲人くん(仮名、14歳)は1歳のとき、母の恵子さん(仮名)ともども農薬の空中散布などが原因で過敏症になりました。
 症状が悪化したのは4歳のとき。発育相談に訪れた市の福祉センターで殺虫剤にさらされ、全身に湿疹が出て発熱、嘔吐を繰り返しました(恵子さんは一か月も食事ができなくなって車椅子生活を強いられた)。
 市の福祉課に事情を知らせてあったのですが、相談日の3日前に害虫駆除のための消毒(有機リン系農薬などの散布)を実施していたのです。
 恵子さんは哲人くんの入学1年前から準備を始め、病・虚弱支援学級への入級を申請するとともに市教委・学校と相談を繰り返しました。幸い教頭が事情をよく理解し、教室の改修(床のワックスの変更や空気清浄機の設置)から教科書やチョークの変更まで実施してくれました。
 入学式の前後には父と母が同級生や保護者に事情を説明する機会も与えらました。
 入学後、哲人くんは体調のよいときは普通学級でみんなと一緒に学び、体調が悪化すると専用の教室に移って担任の個別指導を受けたり、持ち込んだ布団で休んだり、さらに悪化すれば早退したり、といった学校生活を送りました。
 病状を的確に理解した担任は、体調に応じたきめ細かい指導をしてくれますが、理解が乏しい担任になると、そうはいきません。体調不良となまけの見分けがつかず、体調を無視して学習を強いたり、叱ったりします。また病気療養中の児童が病・虚弱支援学級に加わったため、哲人くんへの配慮が不十分になった時期もありました。
 必要な支援が得られないと症状は悪化するが、理解ある担任に変わると、とたんに回復したといいます。
 過敏症の子どもが学習を続けるには、揮発性化学物質が少ない教室とともに、理解ある教師が必要なのです。
 中学でも小学校とほぼ同じ体制をとってくれましたが、大きな違いは科目ごとに担当教師が変わることです。このため先生との情報共有が難しくなります。
 哲人くんの体力は徐々につき、中1の2学期からは卓球部に入って部活動も始めました。練習は体調が許す限り他の部員と同じことをし、できないときは部員と相談して別メニューをこなし、特別支援学級生の卓球大会で入賞するまでになりました。

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2018.06.01  BBC「日本の捕鯨者たちが122頭の妊娠ミンククジラを殺した」

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

英国の国際的公共放送BBCはアジア版で31日、上記のタイトルのニュースを報じた。
捕鯨に対するBBCの立場は、従来から基本的には反捕鯨でも、オーストラリアや米国の過激な反捕鯨団体とは一線を画して、穏やかだと思っていたが、写真3枚付きのこの日の報道は、かなり強烈だ。あまり省かないで紹介しよう。


日本の捕鯨者たちは、南極夏の“現地調査”で122頭の妊娠したミンククジラを捕らえ、殺した。

国際捕鯨委員会(IWC)に送付された報告書は、日本の捕鯨者たちが合計333頭のミンククジラを捕獲したことを明記している。
この捕鯨チームは2017年11月に日本を出港、2018年3月に帰国した。
2014年に国連が「致死的調査」に反対を決議し、非難が広がったにもかかわらず。日本はその捕鯨が科学的調査目的であると述べている。

国連の承認後に公表された新調査計画で、動物を収集し分析することは南極のエコシステムを理解するために「科学的に避けられない」と日本は述べている。

日本は何頭のクジラを捕獲したか
IWCに報告された同国の「南極海における新科学的クジラ研究計画」(NEWREP-A)によると、この海域で今期、オス152頭、メス181頭、計333頭のミンククジラを捕獲した。
日本はその新計画で、捕獲数を減らし、毎年約330頭を捕獲する計画。
2017年から18年にかけての捕獲データによると、メスのうち122頭が妊娠しており、雄61頭、雌53頭は未成年だった。調査は帰国まで12週間行われ、その間にすべての捕鯨が行われた。
捕獲したクジラの肉は食用に販売された。

日本以外に捕鯨国はあるか
IWCは1985年以来、例外をのぞき、商業捕鯨の自主規制で合意してきた。
ノルウエーとアイスランドは食肉用に捕鯨を続けており、モラトリアム(自主的期間停止)についてはノルウエーが拒否し、アイスランドは一部受け入れている。
「アボリジニ生存捕鯨」といわれる限定地域住民の捕鯨は、グリーンランド、ロシア、米国、サンビンセント、グレナディンが続けている。
しかし日本だけが、科学研究のための例外だとして、捕鯨のために船舶を派遣している。

捕鯨で南極からクジラはいなくなるのか?
日本は、南極海のクジラ生育数は健全で、継続的な漁業が可能であることを示すため調査研究を続けている、といっている。
国際自然保護連合(IUCN)は、南極海ミンククジラの存在が脅かされていることを決定づけるデータは不十分だと述べている。
一方、ミンククジラの総数は数十万頭で、過去50年間の減少を調査中。その減少傾向によって、低度減少危惧種あるいは減少危惧種に指定されることになる。
2017.04.22 飼育動物による人身事故
信州ツキノワグマ通信
Newsletter of Shinshu’s Black Bear, No.72, 2017.3.23

林 秀剛 (信州ツキノワグマ研究会)

 偶数年は大量出没? などとうわさされた昨年(2016)、旧牛舎に出没した最後のクマ。8月末日のことです。秋田の重大な人身事故などもあり、監視を続けたのですが、さほど頻繁には現れませんでした。出没情報は、住民の方にも逐次お知らせし、無事に一年を過ごすことができました。(撮影・文 : 林 秀剛)

 昨年夏ごろから、飼育動物による人身事故が多発している。<2016年8月16日>群馬県富岡市の群馬サファリで、巡回中の職員がクマに襲われ死亡、<10月15日>長野県安曇野市豊科で、男性が飼育しているクマにかまれ死亡。クマを檻に戻そうとした男性も軽傷を負う。そして、年を越し<2017年1月23日>千葉県成田市の動物プロダクションで、ライオンの身体を洗う作業中に襲われて、男女2人が重傷、<2月26日>長野県小諸市動物園では、檻の中でライオンに噛まれた飼育員が重傷。<3月13日>和歌山県白浜町のレジャー施設でゾウにより飼育員が死亡。被害者の多くは、ベテランの飼育員や飼育者。なぜ?と思う。慣れ過ぎての過失だろうか?それとも??

kumanohigai.jpg

 安曇野市の事故については、県の飼育許可はとっており、檻の安全性には問題ないと報じられた。クマ研にも問い合わせがあり、濱口さんが対応。クマの健康面の問題点などについてのコメントが放映に使われていたが、「きちんと検証しなくては・・・」という重要なセリフは無視。「マスコミ対応は難しいですね」が彼女の感想。
 飼育グマについては、「通信」No.24(2004年4月27日)にクマ研スタート時の経験についての記事を掲載した。その中の事例として挙げたクマを思い出した。 2004年12月、四賀村(現在は、松本市)のMさんの飼育許可申請に関連して、現場に立ち会った。前年(2003年)春、子グマを拾い、飼育を始めたが、大きくなり山に返そうと試みたが、懐きすぎて離れてくれない! ということで、県林務課に相談があり、飼育許可申請となった次第。檻の設置などを条件として、許可が出た。 

 今回の、人身事故多発で、13年振りに、四賀のクマ・ぺぺに会いに行ってきた。だいぶん道に迷ったが、何とかたどり着いた。飼い主のMさんにはお会いできなかったが、ぺぺには会えた。穏やかな顔をみて、可愛がられていると感じ一安心。体重は100㎏ほどありそうだが、肥満ではなく、健康そう。なにより、毛並みはよく、きれい。檻に近づいても、臭気は感じられず、非常に清潔。Mさんが一生懸命面倒を見ていることが感じられた。

koguma.jpg
冬眠明けごろの子グマ(ペペではありません)。
たまらなく愛らしい!

 松本保健所にも寄り、最近の状況をうかがったところ、管内の飼育グマは、現在、ペペと安曇野市で人身事故を起こした2頭だけとのこと。担当者はこまめに巡回して、状況を把握している。詳細な資料で説明してくださった。人身事故の原因については現時点ではよくわからないとのこと。また、飼育に関する条例などについてもうかがったが、基本的にはペペの許可申請の時と変わっておらず、環境省告示の「特定飼養施設の構造及び規模に関する基準の細目」に従い、第一に危険防止、加えて、動物の福祉にも配慮することが必要とのこと。
 クマの場合、飼育のきっかけは、主に狩猟の際の母グマの捕殺と推定される。子グマは本当に愛らしいので、連れて帰ってしまうのだろうか。狩猟の重要性は重々評価しなくてはならないと思うが、母のいない子グマをつくりださない技術の完成を切望する。

2017.03.15 やめられないとまらない――チベット・モンゴル高原の環境汚染(2)
       ――八ヶ岳山麓から(214)――
                 
阿部治平 (もと高校教師)
 
だが中国は違う。羊八井発電では利用済み廃水をなんら処理することなく、直接堆龍河に流し込む。羊八井の地下水の砒素含有量は1ℓ当り5.7㎎、中国の汚水排出基準は、全砒素量の最高濃度が1ℓあたり0.5mgである。羊八井発電所の廃水は11倍余になる勘定である。
羊八井発電所の廃水は毎年2000万tに達し、発電所下流の26ヶ村の人畜の生活水は直接の危害を受けている。堆龍河はラサ川の支流である。その水はヤルザンボ川に入る。ラサ川にせよヤルザンボ川にせよ現地住民の生活水である。チベット高原の大湖ヤムジョユムツォの流域住民の生活水にも、基準量を越えるセレンやアルミニウム・硝酸塩が含まれている。だが、自治区政府はこれをまったく問題にしていない。
水汚染の最大の原因は、鉱産資源の大規模な略奪的開発であり、いかなる保護措置もとられないことにある。そのためチベット全体の表流水のカドミウムは基準値をはるかに超えている
(王维洛論文http://woeser.middle-way.net/2017・02・17)。

中国では、ことはチベット自治区に限ったことではない。チベット高原東北の青海省にも内モンゴル草原にも深刻な汚染がある。チベットや内モンゴルだけではない。中国では環境汚染はすでに水も土も健康と生命の危険のレベルに達している(高橋五郎『農民も土も水も悲惨な中国農業』2009朝日新聞出版)。
毎年1200万tの食料が重金属に汚染されている。いわゆるカドミウム米問題である。その損害額は毎年200億元に達するとしている(「環境観察」2016・12・07)。
これは中国の牧畜地帯に限らない。モンゴル国(外モンゴル)でも鉱山開発による自然破壊が進んでいる。チベット高原・モンゴル高原から中央アジアのステップにいたる広大な内陸アジアは、伝統的には牧畜地帯であった。草原は入植者によって開墾されるようになると、砂漠化が進んだ。1980年代に入ってからは砂漠化どころではない、牧民の健康と生命を直接脅かす変化が生まれている。石油・石炭・天然ガスなどのエネルギー資源、鉄鉱やボーキサイト鉱、貴金属、希土類元素を求めて、急速で大規模な開発が進み、それが重金属汚染を進めているからである。しかも、住民はその恐ろしさを知らされていないことがほとんどだ。

すでに柳瀬滋郎・島村一平編著の『草原と鉱石――モンゴル・チベットにおける資源開発と環境問題』(2015明石書店)は、ソ連時代からの内陸アジアのステップにおける、鉱山開発と環境破壊の実態を明らかにした。「序文にかえて」はこういう。
「2012年のデータによると、モンゴル国において鉱業がGDPに占める割合はすでに21.4%に達し、農牧業の14.8%を凌駕している……(モンゴル国は)もはや『遊牧の国』ではなく『地下資源の国』なのである。そうした中、モンゴルでは首都を中心に大気汚染や水質汚染といった環境汚染が懸念されている。また、地方の小規模金鉱においては水銀を用いる違法な精錬が行われており、現地メディアにおいても問題視されている」
同書ではモンゴル国におけるソ連時代からの地下資源開発の歴史と社会変貌、地下資源開発による環境破壊の現状、また中国の内モンゴルと青海チベットの地下資源開発の危険性が指摘されている。そして鉱山開発とそれに伴う環境破壊は、否応なしに民族問題となって現れる現実を記している。

ここでただちに思い至るのは、2014年 11月アジア太平洋経済協力首脳会議で明らかにされた、習近平中国共産党総書記の「一帯一路」という経済圏構想である。「一帯一路」は、世界の人口の6割を占める65カ国でインフラ整備を進め、貿易を拡大する構想だ。中国主導のグローバリズムである。ロシアのプーチン大統領もこれを支持している。すでに中国からイギリスまでの長距離鉄道が動き始めている。
当然東トルキスタン(新疆)・モンゴル国から西アジアの資源開発は投資の焦点になる。中央アジアの低開発で資源の豊富な国々はこれに飛びつく。中国やロシアの今日の開発方式を進めれば、企業は莫大な利益を上げるだろうが、環境の汚染はとめどがなくなる。
内陸アジアのステップの自然環境は、21世紀に大きく変貌するだろう。それも悪いほうへ。