2020.06.22  「香りつき柔軟剤の販売を後押ししている」と批判を浴びる『朝日』の「香害」記事
          シリーズ「香害」第15回

岡田幹治 (フリーライター)

 5月9日の『朝日新聞』(東京本社版)に「ブームの柔軟剤 漂う匂いは『香害』?」という記事が掲載されて1か月余り。「香害や化学物質過敏症(CS)のことを理解せず、香りつき柔軟剤の販売を後押しする記事だ」という批判がくすぶり続けている。なぜなのだろうか。

◆「好きな香りでリラックスを」と呼びかけ
 柔軟仕上げ剤は、合成洗剤で洗濯すると衣類がゴワゴワしたり、静電気をもったりするのを防ぐために開発されたものだが、10年ほど前から「香りつき」が人気になり、近年は強い香りが長続きする「高残香性」商品が多数発売されている。
 この種の柔軟剤で洗濯した衣類からは成分が揮発し、これを吸い込むと、体調が悪化したり、CSになったりする人が少なくない。日本消費者連盟の「香害110番」では柔軟剤が原因のトップだった。
 このため国民生活センターは今年4月、「柔軟仕上げ剤のにおいに関する情報提供(2020)」を公開し、「使用量の目安を参考に、過度な使用は避けましょう」などを消費者に呼びかけた。

 こうした状況の中でこの記事は掲載された。こんな内容だった――。
 「柔軟剤の香りが気になるという相談が国民生活センターに相次いでいる」と始まり、香りを重視した柔軟剤が増えており、販売量は10年前の1.5倍にまで伸びたと指摘した後、「(柔軟剤によって空気中に放たれる化学物質の)体への影響はわかっていない。ただ、化学物質は空気中の汚れ。なるべく出さないほうがよい」というセンター担当者の発言を引用する。
 併せて、メーカーは香りの強さを容器に表示し、まわりに配慮するよう注意喚起もしていると紹介する。
 記事は次いで、札幌市の渡辺一彦小児科医院には、「匂いでCSになった患者」が昨年だけで83人訪れたことを記し、「香りを求める商品開発競争がアクセルを踏んでいる」「『香害』は深刻だ」という渡辺医師の発言を引用する。
 記事はその後、「なぜ、人は香りを求めるのか」に話を転じ、「霊長類は優れた視覚と聴覚を得たので、嗅覚は生死を決める重要な感覚から、生活を彩る感覚へと変わった」という平山令明・東海大学先進生命科学研究所長の見解を紹介し、こう締めくくる。
 「ラベンダーなどの香りには心を安らかにする効果もある。ストレスがたまりやすいこのごろ、使いすぎに注意しながら、自分の好きな香りで少しでもリラックスを」

◆「香害」とは何かを知らぬ記者
 江戸川夏樹記者によるこの記事でまず指摘できるのは、誤った記述が少なくないことだ。たとえば記事は「匂いでCSになった患者」と書いているが、においでCSになることはありえない。
 柔軟剤をはじめとする香りつき商品(制汗剤や消臭剤など)はいくつもの有害成分(化学物質)を含んでいる。それらの成分が揮発したのを吸い込んで体内に取り込み、その影響で体調が悪化したり、喘息などの病気になったりするのが「香害」であり、そのうち最も深刻な病気がCSなのだが、そうした事情を記者は理解していないようだ。

 香りつき商品にはどんな成分が含まれているだろうか。ライオン(株)の「ソフラン プレミアム消臭 ホワイトハーブアロマの香り」を例にとると、この柔軟剤には①エステル型ジアルキルアンモニウム塩と②ポリオキシエチレンアルキルエーテルと6種類の化学物質および「香料」が含まれている。
 このうち①は「陽イオン型合成界面活性剤」で、皮膚刺激性や眼刺激性が強い。②は「非イオン型合成界面活性剤」で、強い眼刺激性と弱い皮膚刺激性を持つ。
 香料はこの商品では36成分が混合されており、この中にはベンジルアルコールやゲラニオールなど、欧州連合(EU)が皮膚アレルギーを起こすと認めた化学物質が含まれている。これらは飲み込んでも吸入しても有害だ。
 柔軟剤のにおいを嗅ぐということは、以上のような有害な物質を体内に取り込むことなのだ。

 記事はまた「嗅覚は生活を彩る感覚へと変わった」と書いているが、嗅覚はいまでも「生死を決める重要な感覚」である。
 嗅覚が正常なら、たとえば食べものが腐っているかどうかをニオイで判断できるし、都市ガスが漏れればニオイですぐに気づく。ところが、香りつき商品を長年使い続けていると、嗅覚がマヒする可能性が大きい。香りつき商品の氾濫にはそうした弊害もある。

◆目安量通りの使用でも無害ではない
 記事の結びは、使いすぎに注意しながら、好きな香りでリラックスしようという呼びかけだ。この呼びかけは、香りつき柔軟剤はメーカーが表示する目安量通りに使用すれば、周囲の人の迷惑にはならない、という前提に立っている。
 しかし、香りの強い柔軟剤は目安量通り使用したからといって無害になるわけではない。目安通りの使用でも、その成分を吸い込んで体調が悪化する人たちは少なくないのだ。
 なぜそうなるのか。その理由が、国民生活センターが実施し、「柔軟仕上げ剤のにおいに関する情報提供(2020)」で公開した「柔軟剤に関するテスト」に示されている。
 このテストは、市販されている①洗濯用合成洗剤、②無香性の柔軟剤、③微香タイプの柔軟剤、④香りの強いタイプの柔軟剤を使って衣類を洗濯し、9畳ほどの広さの室内に干して、1時間後の空気中の揮発性有機化合物(VOC)の総量(TVOC)を測定した。VOCは香害の原因物質を多く含んでいる。

 測定の結果、①②③は室内のTVOC濃度が1立方メートル当たり40マイクログラム(㎍=100万分の1グラム)程度の上昇にとどまった。
 これに対し④は、表示された目安量通り使用した場合は80㎍程度上昇し、表示の目安量の2倍を使用した場合は230㎍程度も上昇した。香りの強い柔軟剤を使うと、目安通りであっても、TVOCの濃度が合成洗剤だけの場合の2倍にも上昇するのであり、目安量の2倍を使用すれば5倍以上にもなるわけだ。

 こうした事実を無視し、「使いすぎに注意しながら、自分の好きな香りで少しでもリラックスを」と呼びかける記者は、他人の吸うたば こで被害を受ける人のことを考えず、喫煙者に「吸い過ぎに注意しながら、たばこでリラックスを」と呼びかけているようなものだ。
 以上のように問題だらけの記事だが、柔軟剤メーカーからみれば、こんなありがたい記事はないだろう。
 『朝日』の記者は、だれの立場に立って記事を書いているのだろうか。
2020.06.01  「シックハウス被害」が深刻になる季節、コロナ禍の今年はとくに注意が必要だ
          シリーズ「香害」第14回

岡田幹治 (フリーライター)

 新築やリフォームしたばかりの一戸建て住宅やマンションに入居したら、激しい頭痛や疲れやすいなどの症状が出る「シックハウス(病気にする家)による健康被害」は、気温が上がり、湿度も高くなるこれからが深刻になる季節だ。「今年は新型コロナウイルス対策で、子どもも大人も自宅で過ごす時間が増えるので、十分注意してほしい」と専門家は言っている。

◆入居して数日で体調不良に
 40歳代の元看護師Aさんは2年前に埼玉県内で、内装を新築同然にリフォームしたマンションをパートナーと購入した。真夏の8月に入居して数日のうちに、せき・目のチカチカ・頭痛などに悩まされるようになった。
 自宅にいるとしんどいが、自宅を出ると楽になるので、看護師の仕事を続けていたが、だんだん自宅以外でも体調が悪化するようになった。職場でミスが続き、勤務先の医師に「シックハウス症候群(SHS)ではないか」と言われ、購入したマンションが原因と気づいた。
 SHSは、建物内に揮発(放散)された汚染物質を吸い込み、体調が悪化する病気だ。症状は、めまい、吐き気、手足の冷え、疲れやすい、うつ、頭痛、記憶力や意欲の低下、関節痛、目・鼻・のどの粘膜がチクチクするなど多岐にわたる。
 症状が一つだけの人もいるし、いくつもの症状が同時に出る人もいる。また個人差が大きく、同じ住まいに暮らしても何の症状も出ない人もいる。Aさんのパートナーは、入居直後は激しく咳き込むなどの症状が出ていたが、やがて支障なく暮らせるようになった。
 SHSの人は原因となる建物を離れると症状が和らぐが、進行すると、場所に関係なくどこでも、ごく微量な成分を吸い込むだけで症状が出るようになる。これが化学物質過敏症(CS)だ。重症のCSになると、普通の生活も仕事もできなくなり、子どもたちは学校へ通えなくなる。
 Aさんは昨年6月に専門医を受診し、SHSからCSに移行したとの診断を受けた。
 保健所からホルムアルデヒド(SHSの原因物質の一つ)の検出試験紙(ドクターシックハウス)を送ってもらい、リビングルーム・寝室・和室とベランダで測定したところ、ベランダでは濃度が「ゼロ」だったのに対し、三つの部屋では「10ppm」(ppmは100万分の1)を示した。
 厚生労働省が定めたホルムアルデヒドの室内濃度指針値(0.08ppm)の100倍以上だ。
 そこで仲介業者と売主の不動産業者に対応を求めたが、「換気したらどうか」「住宅に問題はない。あなたがCSになりやすい体質なのではないか」などと言うだけで、取り合ってくれない。
 その後、仕事を続けられなくなり、昨年2月から休職し、休職期間が切れた8月に退職、岩手県の実家に避難した。
実家のクローゼットを改装してもらい、なんとか暮らしているが、実家周辺は野焼きがあったり、畑に除草剤を散布したりで、化学物質が絶えず、体調は回復しない。虫歯が痛むが、麻酔ができず、治療もできない。
 最近はコロナ対策で実施される消毒に悩まされている。先日、通院のため盛岡市までバスで往復したら、車内に消毒液の揮発成分が立ち込めていて、体調がさらに悪化した。
 パートナーが住み続けているマンションは、Aさんの名義で住宅ローンを借りてあり、パートナーと折半で35年で返済の予定だ。でも、仕事に復帰できなければ返済も難しくなる。
 この先どうなるのか、Aさんは不安でたまらない。

◆ほとんどが「シックハウス(病気にする家)」
 「最近の住宅は一戸建てもマンションもアパートも、ほとんどが『シックハウス』だ」と、CSの発症者でもある建築家の足立和郎・パハロカンパーナ自然住宅研究所(京都市)代表は言う。
 柱・梁・壁・床などは集成材や合板でできており、接着剤・防腐剤・塗料などが大量に使われているから、その成分が常にわずかずつだが揮発している。
 揮発量は新築やリフォームから1年くらいがとくに多く、設置が義務づけられている機械式換気装置を動かしただけでは室内の空気は清浄にならない。
 また高温多湿の季節になると揮発は活発になるが、エアコンで冷房し、窓を閉め切るようになる。機械式換気装置を止める人も少なくない。
 こうして室内にたまった有害化学物質を吸い込み、SHSになるわけだ。
 室内の汚染物質はアレルギー疾患の原因にもなる。新築やリフォームしたばかりの住宅やマンションに転居して間もなく花粉症(アレルギー性鼻炎・結膜炎)やアトピー性皮膚炎、喘息になったときは、室内の汚染物質がアレルゲン(アレルギーの原因物質)である可能性が大きい。
 SHSやアレルギー疾患を発症させる誘因物質は、次の5種類に整理できる。
 1 建物の建材に使用されている接着剤・防腐剤など。壁や天井、床に多用されている塩化ビニールクロス(塩ビクロス)には有害な添加剤も使われている。
 2 木造住宅では、床下や床板に使われるシロアリ駆除剤。最近はジノテフランなどのネオニコチノイド系農薬がよく使われている。「5年保証」とある場合、農薬成分が10年以上、高濃度で放散され続ける可能性が大きい。
 3 家具・カーペット・カーテンなどに使われている接着剤・塗料・難燃剤など。輸入家具には、有害なホルマリン系接着剤が大量に使われていることが多い。家中のカーペットを取り替えたことが原因でSHSを発症した例もある。
 4 建物内で芳香消臭スプレーや殺虫剤・防虫剤を使ったり喫煙したりすれば、汚染物質が放散される。人が生活することで発生するハウスダスト(ホコリ・人の髪の毛やペットの毛・カビの胞子・ダニの糞など)もSHSの原因になる。冷暖房が普及し、密閉性が高まった現代の住環境はダニとカビの温床なのだ。
 5 外気が含む有害物質。交通量が多い道路沿いだと、排ガスなどで汚染されている。マンションや住宅地では、近隣の人が使う柔軟剤などで汚染されている場合がある。
 シックハウス被害は1990年代に大きな問題になり、厚労省や国土交通省が2003年までに対策を実施した。そのうち法的拘束力があるのは、シロアリ駆除剤として使用されていたクロルピリホスの使用禁止と、接着剤として大量に使用されていたホルムアルデヒドの使用制限などを内容とする建築基準法改正だ。
 しかし、ホルムアルデヒドは使用が制限されているだけで、放散量が少ない「F☆☆☆☆」(エフ・フォースター)」の建材ならいくらでも使える。
 厚労省はSHSの原因になる13物質について、業界に自主規制を求める「室内濃度指針値」を定めたが、業界はすぐに、それらに代わる代替物質を見つけ出した。
 またSHSの原因物質が多い揮発性有機化合物(VOC)の総量(TVOC)について、室内空気質の目安として「暫定目標値」を定めたが、「新築の住宅やマンションでは上回っているのは当たり前」(柳沢幸雄・東京大学名誉教授)だ。
 このような実態だったところへ近年、省エネのために建物の密閉化・断熱化が一段と進み、シックハウス被害が再び増えてきたと足立さんはみている。

◆被害防止にはまず換気
 どうしたらシックハウス被害を避けることができるだろうか。
 足立さんが勧めるのは、新築やリフォーム後の住まいを買った場合、数か月間は入居せず、24時間窓を開けて換気に努めることだ。
 そんな余裕がなく入居した場合は、数か月間は換気を頻繁に行うとよい。部屋の対角線にあるドアや窓を開け、空気が流れやすくするのがコツだ。
 もし室内で変なニオイがしたり、家族の体調がおかしくなったりしたときは、24時間の開窓を長期間続けるとともに、生活を見直すことが必要だと、CS発症者の藤井淑枝・化学物質過敏症あいちReの会代表は言う。
 消臭スプレーや消臭剤・防虫剤を使っていたり、喫煙したりしていれば、やめる。室内の家具などをできるだけ減らす。そして徹底的な掃除でハウスダストを減らすことだ。
 具体的には、部屋のすみずみまで掃除機をかけた後、天井・壁・排気口・家具の裏・カーテンレール・窓周り・網戸・ベランダ・玄関のドアやたたきまで、洗剤などを使わない水で拭き掃除をすると効果があるという。
 もし住まいや勤め先が新築・リフォームされた後に、家族の体調が悪化し、原因がはっきりしないときはSHSを疑い、専門医を受診するとよい。子どもは自分の症状をうまく表現できないので、すぐ切れる・根気がない・イライラする・粗暴になるといった行動の変化として表れることもある。
 体調がおかしくなったとき、多くの人は風邪やインフルエンザに罹ったと思ったり、更年期障害を疑って婦人科を受診したり、うつになって心療内科や精神科を受診したりするが、実はSHSやCSである場合が少なくない。
 建物内の環境が原因でSHSを発症したと診断されたときは、どうするか。
 CSに詳しい水城まさみ・国立病院機構盛岡医療センター医師(化学物質過敏症・環境アレルギー外来など担当)は、室内空気をガスクロマトフィで分析してもらい、濃度の高い汚染物質を確定することを勧める。
 その物質が揮発しないよう、CSに詳しい工務店に工事してもらうと、体調が回復した例が多いと書いている(水城まさみ「電磁波、シックハウス、化学物質・・・過敏症はみなつながっている」=『建築ジャーナル』2017年5月号)。

2020.03.31 政府が石けんを「環境に有害な化学物質」に指定しようとするのは、なぜなのか?
シリーズ「香害」第13回
                  
岡田幹治(ジャーナリスト)

 政府が石けんを「環境に有害な化学物質」に指定したいと提案し、多くの研究者や消費者が猛反対している。石けんは人々が古くから使ってきた洗浄剤で、「香害」の被害者である化学物質過敏症(CS)の人たちも使えるものだ。それを政府が「有害化学物質」に指定しようとする背景には、どんな事情があるのだろうか。

◆自然の河川や海では無害
 有害の疑いがある化学物質を管理・監視するための法律が「PRTR法(ピーアールティーアール法=化学物質排出把握管理促進法=化管法)」だ。
 人の健康や生態系に有害な恐れがあって、環境中に広く存在している物質を「第一種指定化学物質」(以下、第一種物質)に指定し、政府が環境への排出量などを把握して監視している。
 第一種物質は約10年ごとに見直されており、2月25日に、現在の462物質から527物質に増やすという見直し案が発表され、3月18日まで意見の公募(パブリックコメント)が行われた。
 見直し案で多くの研究者や消費者が驚いたのは、「飽和・不飽和脂肪酸ナトリウム塩」と「飽和・不飽和脂肪酸カリウム塩」が候補物質に含まれていたことだ。
 これらは動植物の油脂からつくられる物質で、脂肪酸ナトリウム塩は固形石けん、脂肪酸カリウム塩は液体石けんとして広く使われている。
 それをなぜ第一種物質に指定するのか。政府の審議会(厚生労働省・経済産業省・環境省の審議会の合同会合)は、実験室での「生態毒性」試験で水生生物に悪影響が出ており、生態毒性が「クラス2とクラス1」(上から2番目と1番目に強い)であることを挙げている。
 これに対して多くの研究者は、実際の河川や海は実験室とは異なると指摘する。河川水や海水にはカルシウムなどが含まれているので、脂肪酸ナトリウム・カリウムは脂肪酸カルシウムに変化し、生態毒性は発現しない。
 第一種物質に指定されるには、①一定以上の生態毒性があることに加え、②分解されにくく、環境中に蓄積されやすい性質をもつ、という二つの要件が必要だ。
 しかし脂肪酸ナトリウム・カリウムは微生物で分解されやすい性質があり、下水処理場や河川でほぼ100%分解される。この物質が河川や海で検出されたことはなく、したがって指定要件を満たさない。
 そもそも脂肪酸は、人間を含む生物を構成している天然の有機化合物で、川や海の生物が食べれば栄養源になり、体内で油脂になる。つまり、脂肪酸ナトリウム・カリウムは自然界で循環している物資なのであり、自然界における生物と物質の循環システムの中で影響を考えるべき物質だと、吉野輝雄・国際基督教大学名誉教授は指摘する。
 言い換えれば、生態毒性試験の対象にするのも、PRTR法の対象にするのも不適切な物質なのだ。

◆背景に合成洗剤業界の思惑
 この問題は前回の見直し(2008年)で取り上げられ、政府は脂肪酸ナトリウム塩の一部(ステアリン酸ナトリウムとオレイン酸ナトリウム)を第一種物質の候補にした。これに対し研究者らが「環境中には存在しない」などの反対意見を提出した。
 これを受けて政府は「両物質は環境中では不溶性のカルシウム塩になるので、水に溶ける限度以下の濃度なら毒性の発現がないと考えられる」として、生態毒性を「クラス外」に修正し、候補から取り下げている。
 一度結論が出た問題を政府がまた取り上げるのはなぜか。
 洗剤・環境科学研究所の長谷川治代表は、合成洗剤業界と石けん普及をめざす市民運動との関係が背景にあるとみている。
 どういうことだろうか。
 同じ洗浄剤でも、石けんと合成洗剤では原料も製法も成分も異なる(注)。
 石けんは、天然の油脂や脂肪酸を原料にし、これに苛性ソーダか苛性カリを加えるという方法でつくる。成分は「石けん素地」(脂肪酸ナトリウム・カリウム)だ。
 これに対して合成洗剤は、石油や天然油を原料にし、自然界にはない「合成界面活性剤」をつくり、さらに安定剤などの「助剤」を添加してつくる。成分は「ポリオキシエチレンアルキルエーテル(AE)」「直鎖アルキルべンゼンスルホン酸ナトリウム(LAS)」「ポリオキシエチレンドデシルエーテル硫酸エステルナトリウム(AES)」といった合成界面活性剤だ。
 合成洗剤に使われる合成界面活性剤には健康や生態系に有害なものが多く、AE・LAS・AESなど9物質が、PRTR法の第一種物質に指定されている。
 環境省は毎年、家庭から排出される第一種物質の量を推定し発表しているが、それによると、AE・LAS・AESは多い方から1・3・4番目だ(2番目は衣類の防虫剤やトイレの防臭剤に使われるジクロロベンゼン)。
 つまり、家庭で合成洗剤と防虫剤の使用をやめれば、第一種物質の排出量はぐんと減るわけだ。
 石けん普及運動をしている人たちはこの点を指摘して合成洗剤の使用をやめるよう呼びかけているが、合成洗剤業界にとってはそれが目障りで仕方がない。その対抗策の一つが石けんも第一種物質に指定することであり、そうなれば石けん普及運動を牽制できる。
 そうした思惑が合成洗剤業界にはあると長谷川代表はみている。

◆合成洗剤は「香害」の原因の一つ
 いま日本の石けん生産量は年間約20万トン。これに対し合成洗剤は5倍以上の約110万トンも製造され、派手なCMで販売されている。
 合成洗剤の大量使用がもたらした弊害の一つが、「香害」の深刻化だ。香害とは、香りつき製品の成分が原因で健康被害を受け、化学物質過敏症(CS)などになる人が急増していることを指す造語である。
 消費者団体の日本消費者連盟が2017年に実施した「香害110番」で、被害者に体調を悪化させた原因を尋ねたところ、合成洗剤は柔軟仕上げ剤に次いで二番目に多かった。
 もし石けんが第一種物質に指定されれば、どんなことが起きるか。
 いま新型コロナウイルスの感染予防策として、石けんを使った丁寧な手洗いが奨励されているが、人々は本当に使っていいのか迷ってしまう。
 廃食油からリサイクルで石けんをつくっている団体や企業を環境省が表彰している制度なども廃止されてしまうかもしれない。
 そんなこんなで、いまでも少ない石けんの使用がさらに減り、合成洗剤の使用がさらに増えることも考えられる。
 香害で苦しむ人たちにとっては、ますます生きにくくなるわけだ。
 以上のような事情を背景に行なわれた今回の意見公募には、研究者に加え、非常にたくさんの消費者からの応募があったという。
 政府は寄せられた意見を真摯に受け止め、石けんを第一種物質の候補から取り下げるべきだ。

(注)石けんと合成洗剤の見分ける方法=洗濯用や台所用の洗浄剤の場合は、「洗濯用石けん」「洗濯用合成洗剤」などと表示されているので、区別できる。
 シャンプー・ボディソープ・ハンドソープなど化粧品系商品の場合は、石けんなら「無添加石けんシャンプー」と表示され、さらに成分欄に「カリ石けん」「石けん素地」などと表示される。「石けん」の文字がなければ合成洗剤だ。
2020.03.11 「3・11原発事故で日本は致命傷を負った」

小倉志郎 (元原発技術者)

 2011年3月11日に東京電力福島第一原発が事故を起こしてから、今月の11日で丸9年になる。しかし、同事故は未だに終息していない。しかも、いつ終息するかの見通しも立っていない。環境に撒き散らされた放射性物質によって、人々の「被ばく」という被害は時間の経過に伴い、今も増え続けているからだ。
 
 国際放射線防護委員会(ICRP)も被ばくによる被害はどんなに低レベルの放射線による被ばくでも被ばく量に比例する被害があることを認めている。すなわち、「被ばく」には「これ以下なら安全」という数値はない。
 福島県ではその面積の約7割が森林山岳地帯であり、その地域は除染の対象外になっている。したがって、居住地域を除染しても風雨によって森林山岳地帯に残る放射性物質が居住地域に拡散して来る。
 強制的避難地域が除染によって、1年間の被ばく量が「20mSv」未満になったから帰還してよいと政府が決定しても、浜通り地方では戻ってきたのは元の住民の1割前後であり、かつ、そのほとんどが高齢者で若い人々はほとんど戻ってこない。これでは、地域の人口は減る一方である。高齢者が寿命で亡くなるのに、この地域で赤ん坊を産む人々が減るのだから、他の地域に比べて人口が加速度的に減ることになる。すなわち、この地域の人口はゆっくりとゼロに近づくだろう。
 
 この原発事故によって、日本は福島県に限らず、放射能汚染によって広大な肥沃の土地を失ったと言えるだろう。放射能汚染の程度に濃淡があるが、その濃淡は連続的に変化するから、その失われた土地の範囲を一本の境界線によって示すことは不可能だ。
 原発の内部では、汚染区域から放射性物質が区域外に広がらないように、その境界に設けたチェックポイントで、作業員が外に出る際は、汚染区域内で使った作業衣、マスク、手袋、靴など身に着けていた衣服・装備を全て区域外用のものと取り替えている。

 しかし、福島県をはじめとして、周辺の県の汚染区域でそのような放射能汚染拡大を防ぐ対策はまったく行われていない。要するに、汚染濃度の高い区域から汚染濃度の低い地域の間で着替えもせずに行き来しているか、汚染濃度の高い地域から汚染濃度の低い地域への放射性物質の拡散が進んでいる。自動車も電車も福島県と県外とをなんのチェックもせずに出入りしている。人の衣服やタイヤに付着して放射性物質がどんどん福島県外に拡散してゆくだろう。自動車のエンジンの吸気フィルターには放射性物質が大量に溜まったまま、最後は廃棄物としてそのまま捨てられるのだろう。さらに、放射能で汚染された廃棄物や土壌を再利用して、放射能汚染物の保管量を減らそうとしているが、これも放射能汚染範囲を広げる結果になるだろう。放射能汚染物に対してこんな扱い方をしていれば、いずれ、日本中が低レベル放射能汚染地域になってしまうだろう。
 
 その結果、先祖代々引き継いできた故郷のきれいな生活環境は今後どう変わってしまうだろうか? たしかにそれは「ただちに目に見える」形で現れてはこないだろう。しかし、数十年、数百年、あるいは数千年というタイムスパンで展望すれば、日本の国土がゆっくりと人が安心して暮らせなくなる方向へ向かわざるをえない。
 汚染した地域に残るお墓にお参りする人がいなくなる。神社やお寺を中心にしたお祭りや芸能など伝統文化は継承する人がいなくなり、伝統文化はやがて廃れてしまうだろう。
 
 もっと恐るべきことは、日本中に広がった低レベル放射能汚染環境の中で、若い男女が結婚して妊娠した場合、昔なら「おめでた」として親類縁者から祝ってもらえたが、今後は両親の「内部被ばく」による影響で先天的障碍を持った赤ん坊が生まれはしないかという「心配の種」になってしまうことだ。その心配から出産前の胎児に対する精密診断の要望が増え、出産前の胎児という命の選別につながるかもしれない。
 現にベトナムでは、ベトナム戦争末期に米軍が散布した枯葉剤による先天的障害児が多数生まれて、出産前の胎児の検査が行われ、障碍の程度によって出産するか否かを選択する場合も出ている。日本は枯葉剤の代わりに放射能汚染によって同様の運命を背負ってしまった。

 3・11福島原発事故は日本がいずれそのような恐ろしい状況になる可能性をつくり出してしまった。しかも、その可能性をなくす手段を、私たちは持っていない。どんなにお金や時間をかけても原発事故が起きる前のきれいな国土に戻ることはないのだ。なにしろ、半減期が千年とか万年というオーダーの放射性物質が環境に撒き散らされてしまったのだから。3・11原発事故を「致命傷」と呼んでもあながち的外れではないだろう。どうすれば良いのだろうか? それには、日本に今生きている私たち一人ひとりが「致命傷」を直視し、考えるしかない。その答えは多分一つだけではないだろう。(了)
2020.02.28  2人の子をもつ母が、全国初の化学物質過敏症患者が駆け込める「オーガニック宿&カフェ」をつくったわけ
シリーズ「香害」第12回

岡田幹治(ジャーナリスト)

 化学物質過敏症(CS)の人が滞在して養生につとめたり、訪れて安全な食事を楽しんだりできる「オーガニック宿&カフェ めぐまこの家」が昨年10月、本格的に動き出した。開業したのは、アレルギーとCSの二人の子を育てた看護師・保健師の小竹好美さんだ。いったいなぜ、小竹さんはこのような宿&カフェを開いたのだろうか。

◆人が本来もつ力を取り戻す「環境と食」を提供 
 ごく微量の有害化学物質を吸い込むだけで、めまい・発汗・頭 痛・思考力の低下・筋肉痛など多様な症状が出るCSは治らない、と考えている人が少なくないが、そんなことはない。
空気が清浄な空間で過ごし、無農薬・無添加の食事をとる生活を続け、化学物質を取り込まないようにすれば、体内にたまった有害物質が少しずつ排出され(「解毒=デトックス」が進み)、多くの人は日常生活ができる程度には回復する。
掃除・洗濯や畑・庭の手入れ、散歩などで体を動かしたり、入浴で発汗を活発にしたりすることも有効だ。
 このような「環境と食」を提供するのが、石川県宝達志水町(ほうだつしみずちょう)にある「めぐまこの家」だ。
築11年、広さ約200㎡の日本家屋を床下から全面的に改装した。床は杉の無垢材を使用し、壁の一部は石膏ボードに生石灰クリームを塗った塗り壁にし、天井の一部も無垢材にしてあるから、化学物質はほとんど出ない。
 寝具やパジャマは安全性の高いものにしてあり、電磁波被害を少なくするため、Wi-Fiは設置せず、すべてのコンセントにアース線をつけてある。
 客室2室(2人用と3人用)、食事や学習ができる広間2室、共用の浴室・トイレ、台所などがある。
 提供する食事は、3大アレルゲン(卵・乳・小麦)を使わず、無農薬の玄米や野菜、日本海でとれた天然の魚介、抗生物質不使用の肉などを素材にしている。
 こうした「環境と食」によって人は本来もつ力を取り戻していく。

◆きっかけは長男のアレルギー
 小竹さんが自然にそった生活を考えるようになったきっかけは、いま中2の長男・信(まこと)君のアレルギーだ。生まれて間もなく 乳児湿疹になり、離乳食が始まると卵アレルギーになり、保育園では問題行動が多く、広汎性発達障害と判定された。後にCSと診断され、多動などはCSのせいであることがわかった。
 彼のアレルギーやCSを治すにはどうしたらよいか。試行錯誤の末、食事を無農薬・無添加にし、化学物質の少ない住環境にしたところ、症状はみるみる改善した。
 いま小6の長女・恵(めぐみ)さんは、乳アレルギーでCSだ。小竹さん自身も、生理痛・肩こり・下痢などに苦しんでいた。しかし、長男と同じ食事をし、同じ環境で生活していたら、二人とも症状が出なくなった。
 子育てに苦労する中で出会ったのが、故・梁瀬義亮(やなせぎりょう)医師の著書『生命の医と生命の農をめざして』だ。涙をぽろぽろこぼしながら読んだ。
 奈良県五條市で診療所を開いていた梁瀬医師は、1962年に「農薬の害について」という小冊子を出版して農薬の危険性を警告した。アメリカのレイチェル・カーソンが農薬をはじめとする合成化学物質の危険性を警告した『沈黙の春』を出版したのと同じ年だ。
 梁瀬医師はまた、多くの病気の原因は「誤った生活」にあるとして、食生活の改善と有機農業に取り組み、仲間をつくって直営の農場と直営の販売所をつくり上げた。
 小竹さんは、無農薬・無肥料で有機肥料さえ使わない「自然栽培」に注目し、石川県羽咋市とJAはくいが開いた「木村秋則自然栽培実践塾」で学んだ。その後、自然栽培による野菜づくりを小さな畑で続けている。

◆町の補助金を受けて改装、民泊を開業
 以上のような体験を通じて小竹さんは、「食と環境」を整える方法によってCSやアレルギーの人たちを支援したいと考えるようになり、2015年、富山県小矢部市で借家の自宅を開放して体調不良の人にボランティアで支援を始めた。二人の子の名をとった「めぐまこの家」の始まりだ。
 18年、隣県の宝達志水町に格好の空き家を見つけて購入し、同町の企業・創業支援事業補助金を受けて改装。同年9月に石川県の許可を得て民泊(住宅宿泊施設)を開業し、昨年10月にカフェと学習支援・病児保育を始めた。
 めぐまこの家は、宝達志水町杉野屋ム35にあり、電話0767-35-0045。
 民泊は1室1名の場合、一泊2食で8500円(税別、以下同じ)。長期滞在などには割引がある。誰でも利用できるが、合成香料や抗菌消臭剤などを使っていず、喫煙もしていないことが条件だ。
 デトックスフルコースを選べば、筋肉を刺激する体操の指導を受け、発汗が多くなる「野草風呂」などを体験できる。一泊二食で1万2000円。
 カフェは10~18時(平日は要予約)、土曜定休。1500円の日替わりランチ(2種類)に加え、水出しコーヒー・チャイなどの飲み物、みそ蒸しケーキ・チョコかぼちゃケーキなどのスイーツも用意している。スイーツも卵・乳・小麦を使っていない。
 学習支援・病児保育は、体調の整わない小中学生と乳幼児に安全な居場所を提供し、学習などの手助けする(有料)。
 オーガニック食品(調味料・乾物・菓子・飲料)と安全な食器の割引販売を常時しているほか、無農薬・無肥料の農法や野草、育児などに関連する体験講座も開いている。
 宿の開業から1年半、CSで苦しむ人を何人も支援してきた。たとえば、昨年末に遠く福島県から軽自動車を飛ばして駆け込んできたCSの女性は、約2か月の養生で健康を回復し、新しい住まいも見つかり、2月末に退去する。
 だが。養生を開始するとしばらくは症状がさらに悪化する「離脱症状」に陥る人が多いが、それに耐えかね、養生をやめてしまった人もいる。めぐまこの家の周辺には農薬・除草剤・柔軟剤・洗剤などの成分がただよっていることが多いため、それを嫌って退去した人もいる。
 予想外の問題も起きた。CSの人が長期滞在すると、解毒作用で大量の有害物質が排出されて屋内に流出し、CSのスタッフと長女が体調を崩してしまうのだ。汚染された寝具は処分し、部屋は手入れをしなければならないから費用がかさむ。
 対策として、母屋とは別棟の60㎡ほどの離れを改装し、CSの長期滞在者専用の部屋にすることを検討している。

2020.01.23 「香害」に苦しむ人たちに
  「香害」に苦しむ人たちに
         優しい大型公共施設や菓子工場ができた!

                       シリーズ「香害」第11回

岡田幹治(ジャーナリスト)

香りつき商品の成分で化学物質過敏症などを発症する「香害」が深刻になる中で、香害で苦しむ人たちに優しい大型公共施設と菓子工場が、相次いで完成した。
いずれも国内で初めての取り組みで、社会にあるバリア(障壁)をできるだけ取り除き、障害をもつ人たちがそうでない人たちと同じように生活できるようにしようという「障害者差別解消法」の趣旨に沿った動きだ。

◆熊本市に、化学物質過敏症患者に配慮した大型公共施設
化学物質過敏症(CS)を発症すると、香りつき柔軟剤・タバコ・新建材など身の回りにある多数のものから揮発される微量の化学物質に反応し、激しい頭痛・めまい・吐き気・目の痛みなどに襲われ、日常生活ができなくなる。
この人たちは学校や図書館などに入ることが難しくなり、災害時には一般の指定避難所はもちろん、高齢者や要介護者のための福祉避難所も利用できない。通勤も働くこともできなくなる。
こんな現状に風穴を開けようとする取り組みの一つが、熊本市の中心部に完成した大型公共施設「熊本城ホール」だ。
熊本城ホールは、熊本地震からの復興のシンボル的事業として整備された複合施設の一部。約2300席の「メインホール」や大規模な展示会が開催できる「展示ホール」、会議室などがあり、昨年12月に全面開業した。
この施設では、エレベーター・多機能トイレ・救護室・授乳室・会議室2室が、CS患者に配慮した内装になっている。たとえば会議室は、壁を無機質素材にした上に自然塗料で塗装し、床は自然素材で造ったリノリウムにしてある。接着剤もできるだけ安全なものを使った。
この取り組みは、地元の患者団体「くまもとCSの会」が2017年に提言書を提出して始まった。提言書は公共施設内の空気が清浄になれば、CS患者だけでなく利用者全体の健康にも役立つとし、具体的な内装素材などを提案。これを市と設計・施工業者が前向きに受け止め、協議してきた。
協議の過程で患者会は、会員がストレスなく入館できる施設と、新建材のニオイがきつく、会員が長時間は滞在できない施設の両方を関係者に体感してもらうなどして理解を求め、ほぼ提案通りの内装が実現した。
熊本城ホールにもなお課題は残っている。机やいすなどの備品やメンテナンス剤(ワックス)、清掃用洗剤、トイレの芳香剤から揮発する化学物質が、CS発症者を苦しめるからだ。患者会は今後、これらについて不使用や変更を提案していく。
さらに、市内の保育園や学校、図書館、病院などについても今回のような配慮を要望し、それを市内の公共施設の基本的な仕様にするよう働きかけていく考えだ。

◆宮城県名取市には、災害時の専用避難所
患者団体の働きかけは、宮城県名取市でも成果をもたらした。地震や台風などの災害時にCSの人が安心して避難できる専用の避難所ができることになったのだ。
地元の患者団体「みやぎ化学物質過敏症の会~ぴゅあい~」は、2018年度にNHK厚生福祉事業団の助成を受け、「シックシェルター」(空気清浄機つきテント)と「空気清浄機」2台と「汚水を飲用水に変えられる浄水器」を備えた。災害時にはこれで「きれいな空気と水」を確保し、食料や薬は患者が自分に合ったものを持ち込み、安全な避難生活を送る考えだ。
ただ、肝心の避難所は決まっていなかった。このため昨年10月の台風19号豪雨のときは、菊地忍・市議会議員(公明)を通じて市の災害対策本部に要望し、あちこち探してもらった末、ある公民館の会議室を借りることができた。
しかし避難所の決定までに何時間もかかり、場所を患者に伝えているうちに外出が危険な状況になって、利用できなかった。
このときの反省を踏まえ、菊地議員が昨年12月議会で「CS患者専用の避難所をあらかじめ指定しておくべきではないか」と質問し、山田司郎市長が検討を約束した。今後、市の防災安全課と社会福祉課が対象者は何人いるか、どこが専用避難所にふさわしいかなどを患者団体などと協議していく。
ぴゅあいの佐々木香織代表はこう話す。
――障害者差別解消法は、国・自治体や会社・商店などに対し、障害をもつ人からバリアを取り除くよう求められたときは、負担が重すぎない範囲で対応しなければならないと定めており(会社・商店は努力義務)、CSは障害の一つであると政府が認めている。でも声を上げなければ、だれも動いてくれない。名取市のケースを先例として各地で声を上げたらどうだろうか。
また、専用避難所を設置することについて一般市民の理解を得るには、普段から市民にCSという病気の特殊性を知ってもらっておくことが大切だ――。

◆北海道倶知安町のお菓子屋さんに「無香料の工場」
北海道倶知安町の老舗菓子店「お菓子のふじい」で、全国に例のない「無香料工場」が稼働し出して5か月になる。
夫の藤井隆良さんが製造担当、妻の千晶さんが経営担当の社長になり、数人のスタッフを雇って続けてきたこの店は5年前、厳しい状況に直面した。
隆良さんが周りの人たちの衣類から揮発する柔軟剤の成分が原因でCSになり、人の少ない早朝しか菓子づくりに集中できなくなったからだ。人々が動き出し、お客さんが増えてくると、立っていることさえできなくなる。
千晶さんは対策を模索する中で、苦しんでいるのは夫だけではないことを知り、「何とかしなければ」という思いから一昨年7月、CSという病気の存在を広く知らせ、CS発症者を支援する事業「カナリアップ」を始めた。
そしてCS発症者が安心して働ける新工場を店舗のすぐ近くに建設することを決意。資金の一部はクラウドファンディングで寄付を募り、施工はCSやアレルギーに詳しい地元の工務店に依頼した。
昨年8月に完成した新工場は、1階が菓子工場と事務所、2階が4人のスタッフが住む寮になっている。
建物は通気と断熱を重視する工法を採用し、壁は調湿・調温・防カビに優れた自然素材の壁材を用い、窓ガラスには太陽光エネルギーで化学物質などを分解する触媒を塗布してある。電磁波による健康被害にも配慮し、Wi-Fiは設置せず、すべての電源コンセントにアースをつけた。
隆良さんはいま、朝4時すぎから店舗裏の工場でケーキなどをつくり、8時ごろから新工場へ移って和菓子などをつくっている。清浄な空気の中で過ごす時間が増えて体調が良くなり、いらいらすることもなくなった。
お菓子のふじいで「カナリアさん」と呼ばれているCSスタッフの第一号が、葛島かよこさんだ。葛島さんは岐阜市で、無添加のお菓子の専門店を開いていたが、4年前に香害でCSを発症し、外出すらできなくなって昨年1月に店を閉じた。
「えっ――マスクが外せる――3年目くらいに日中、マスクが外せてる――深呼吸できるよ!!」。
千晶さんの誘いを受けて転職した葛島さんは昨年8月、無香料の工場に入ったとたん、こんな声をあげた。いま「めちゃくちゃ快適に仕事をさせてもらっています」という。
岐阜市で葛島さんは家に閉じこもりっぱなしだった。しかしここでは、職場の仲間との交流を通して、再び社会とのつながりができた。体調は少しずつ良くなっており、「店に貢献しながら、できること、行けるところを増やしていきたい」と話している。
この無香料工場には課題も少なくない。CSは個人差が大きく、この工場の空気質に合わない人もいるし、寮生活になじめず、長続きしない人もいる。このため、現在もCSスタッフは1人が欠員だ。設備投資を回収するため、売上げも増やさなければならない。
藤井千晶さんは「CSを発症したため働けなくなった人がたくさんいるが、この人たちは人手不足の中で貴重な働き手だ。ここを一つの参考例にして無香料の職場を増やしていってほしい」と全国の経営者に呼びかけている。

2012年に実施された大規模な疫学調査によれば、化学物質に対して「強い過敏症状」を示す人が成人全体の4.4%いた。人口に換算すれば約550万人になるこの人たちは、専門医の診断を受けていない人も含めて「CSである可能性が強い人たち」だ。
同じ調査によれば、「相当な過敏症状」を示す人が成人全体の7.7%もいた。人口換算で約970万人になるこの人たちは「香害で苦しめられている人たち」といえる。
こんなにも多くの人たちが香害で苦しんでいる現状を考えれば、こうした人たちに優しい公的施設や職場を増やすことは急務だろう。そうした対策は、普通の人たちの健康にも役立つのだ。
2019.10.21  地球温暖化を憂う
       東京の平均気温は確実に上昇中

杜 海樹 (フリーライター)

 環境問題、地球温暖化問題の議論が白熱しつつあるが、9月23日、国連の気候行動サミットにおいて16歳のグレタ・トゥーンベリさんが演説し「お金のことと経済発展がいつまでも続くというおとぎ話ばかり。恥ずかしくないんでしょうか」と大人達の行動を批判、世界中で話題となった。

 地球温暖化問題については、近年、多くの国際会議で取り上げられてきており、京都議定書やパリ協定において温室効果ガスである二酸化炭素等の削減が謳われては来たが、笛吹けども踊らずといった感が拭えない状況が続いていた。国連気候変動に関する政府間パネルが、地球温暖化が進めば2030年には世界の平均気温が産業革命前より1.5度上昇すると発表しても、日本の受け止め方は極めて冷ややかといった感が続いて来た。
 それどころか1.5度上昇という数字に対して「大したことはない」といった議論も根強くあり、更なる競争力強化で経済発展をとの掛け声も消えることがない状況が続いている。こうした事態に、市民の間からは何が本当なのか分からない…と戸惑いの声もあがり、混沌とした状態に陥ってしまってもいる。

 だが、この地球温暖化問題、気象庁のこれまでの観測データを見れば、結果がどうなるかは十二分に察しがつくと思われるので少し紹介してみたい。
東京都のこれまでの気温の変化を見てみたい。気象庁のデータによれば、東京の1900年当時の年間平均気温は13.6度であり、1月の平均気温は1.6度、8月の平均気温は26.1度であった。それが、1950年になると年間平均気温が15.1度となり、1月の平均気温は5.0度、8月の平均気温は26.2度となる。そして2000年になると年間平均気温が16.9度となり、1月の平均気温は7.6度、8月の平均気温は28.3度となっている。100年の間に東京の年間平均気温は3.3度も上昇していたのだ。もちろん、年々によって平均気温に若干の幅は見られるのだが、1900年前後年の平均気温は概ね13度程度であり、1950年前後年は15度程度であり、2000年前後年は17度程度であるので、平均気温は確実に50年間に2度程のペースで上昇してきたことが見てとれる。産業革命以降、まだ世界の平均気温としては1.5度上昇していない現段階で、東京では3度以上も上昇していたことが見て取れるのだ。

 また、近年、異常気象といった言葉が度々使われるようになり、例年にない猛暑、例年にない寒波などと言われ、さぞかし他の年とは気温が大きく異なり飛び抜けた数値が記録されているとお思いの方が多いのでは?と想像するのだが、平均値で見ると実は大きな差違にはなっていないのだ。
 例えば、記録的な猛暑だと言われた2018年夏の東京の気温を平均で見てみても、8月は28.1度であり、前年の2017年8月の26.4度と比べても1.7度しか違っていないのだ。年間で見れば2018年は平均気温が16.8度であり、2017年は15.8度であったので1度しか上がっていない。年間平均で1度変わっただけで大騒ぎをしていたという訳なのだ。
 1993年には平成の米騒動と言われた冷害騒ぎがあり、日本は米の収量が確保できないとして、緊急に東南アジアの国々から「タイ米」を大量に輸入した訳だが、この年の気温を夏だけではなく年間平均気温として見てみると15.5度であり前年の平均気温16.0度から0.5度しか下がっていないのだ。年平均で0.5度下がっただけで空前の大騒動となっていた訳なのだ。

 こうして見ると分かると思うが、気温の変化というものは平均値には中々現れ難いものであり、反対に平均値が少しでも変わるときは、その部分部分には大きな気温の振れ幅が潜んでいて、人間はその振れ幅の大きさには対応できていない、あるいはできないということが見て取れるのだ。そして、平均気温が少しずつ上がるにつれ、部分部分の振れ幅が大きさを増してきている。気温は一定の振れ幅を持って上下しながら、しかし、全体としては着実に上昇の方向に向かって来ていると言えよう。平均で1度変わるということは、振れ幅を含めて考えると相当恐ろしいことと受け止められる。

 現在の日本の最高気温は41度となっているが、このまま温暖化が続けば50度を記録する日もそう遠くはないであろう。現にインドでもアメリカでも既に50度超えが観測されている。
 ちなみに気温が50度を超えてくると、空気密度が薄くなることから現状の飛行機は離発着できなくなり、鉄道のレールも伸びて走れなくなってくる。海面が上昇すれば港も使用できなくなり、海外からの輸入に頼っている日本は完全に食糧調達ルートを失ってしまうと思われる。平均気温が上昇すれば雪も減るであろうし、やがては雪解け水もなくなり、田畑は荒れ、米も野菜も栽培できなくなると危惧する。稲は比較的高温には強い植物だが40度を超える環境では育ち難い植物であることは言うまでもない。食糧自給率の低い日本において地球温暖化は致命傷なのではないだろうか。

2019.09.27 国内で手軽に使われている除草剤が、外国では発がん性などで大問題になっている
  「シリーズ香害」番外編
      
岡田幹治(ジャーナリスト)

 「根まで枯らす除草剤」「うすめて使う即効除草剤」などの商品名で販売され、多くの人が手軽に使っている除草剤の成分「グリホサート」について、外国では発がん性などが大問題になっているのをご存じだろうか。米国では、グリホサートの使用でがんになったと訴えた被害者に巨額の損害賠償を認める判決が3件続き、欧米やアジアではグリホサートの禁止や規制が広がり、さらに今年7月末には、産婦人科の国際組織が「グリホサートの世界規模での段階的禁止を求める」声明を発表している。

世界で最も売れた除草剤
グリホサートは、散布した植物をすべて枯らす強力な除草剤だ。米国の巨大種子・農薬企業のモンサントが開発し、植物に付着しやくする補助剤を加えた「ラウンドアップ」(製剤の商品名)として1974年に売り出し、遺伝子組み換え(GM)作物の種子とのセット販売で売り上げを伸ばした。
いまでは160カ国以上で販売され、世界で最も大量に使われている除草剤だ。
2000年に特許が切れた後は、同じ成分や類似成分を使った後発品(ジェネリック)を多数の企業が販売している。
日本では108製剤が農薬・除草剤として認可(登録)されており、2017年度にはグリホサート系4成分で約5670トン(前年度比4.2%増)も出荷されている。殺虫剤や殺菌剤を含めた農薬の成分としては最大の量だ。
グリホサートは登録農薬のほかに、無認可で価格が安い「非植栽用」としても多数の商品が販売されている。非植栽用の用途は道路・運動場・駐車場・線路など植物が栽培されていないところ(雑草のみのところ)に限られ、農作物のほか庭園樹・盆栽・街路樹・ゴルフ場の芝や山林樹木などを含む「農作物等」には使用できないと農薬取締法で決まっているのだが、ほとんど守られていない。
登録除草剤や非植栽用のグリホサートは「土壌に成分が残留せず、環境にやさしい安心安全な除草剤です」(「根まで枯らす除草剤」)などの説明つきで販売されている。

メーカーに損害賠償命じる判決が3件も
グリホサートの有害性については、さまざまな物質の発がん性をランクづけしている国際がん研究機関(IARC、世界保健機関=WHO=の専門組織)が2015年にグリホサートを「グループ2A」(人に対する発がん性がおそらくある)」に位置づけて論議になった。2Aは危険性が高い方から2番目のランクだ。
これに対しては欧州食品安全機関(EFSA)や米国の環境保護局(EPA)が発がん性を否定。日本の内閣府・食品安全委員会も2016年に「食品を通じて人の健康に悪影響を生じるおそれはない」と結論づけている。その理由として食品安全委は「IARCは科学的に価値が低い、問題がある論文まで取り上げて結論を出している」ことなどを挙げた。
しかしグリホサートの発がん性に対する懸念はなくならず、米国カリフォルニア州政府は2017年にグリホサートを州の「発がん性物質リスト」に掲載し、商品には「発がん性」と表示することを義務づけた。
これを受けて同州のいくつもの郡や市が、公園・学校など自治体が所有する場所でのグリホサートの使用を禁止する条例を制定。同じ動きはニューヨーク州やフロリダ州などにも広がっている。
こうした中で、ラウンドアップの使用でがんになったとしてモンサント社(昨年6月にドイツの総合化学会社バイエルが合併)に損害賠償を求める訴訟が多数起こされ、原告が勝訴する判決が昨年8月から今年5月までに3件続いた。
最初の判決はカリフォルニア州上位裁判所(1審)の陪審が下した。同州内で校庭管理人を務めていた46歳の男性が、グリホサートを主成分とする除草剤を年に20~30回ほど使用し続けた結果、2014年に「非ホジキンリンパ腫」というがんを発症したとして、損害賠償を求めた。
これについて陪審は男性の訴えを認め、総額2億8900万ドル(約320億円)の賠償をバイエル社に命じた。賠償額には、モンサント社がグリホサートの危険性を知りながら使用者に十分に伝えていなかったことに対する懲罰的損害賠償が含まれていた(2審では損害賠償額が約8000万ドルに減額された)。
1審判決が出ると、米国では同様の訴訟が急増し、最近では1万8000件を超したとバイエル社が認めている。同社の株価はモンサント社を合併した昨年6月から4割も下落している。

オーストリアでは下院が全面禁止を可決
一方、欧州連合(EU)では、農薬としての使用が認可されているため、いくつかの加盟国が公園・学校・家庭などでの使用を規制する方向へ動き出した。たとえばベルギーはグリホサートの一般市民向けの販売を禁止している。
そうした中でオーストリアの国民議会(下院)は今年7月、グリホサートの使用を全面禁止する法案を可決した。連邦議会(上院)やEU委員会が異議を唱えなければ、2020年1月から施行される(有機農業ニュースクリップ2019年7月21日)。
全面禁止を訴えてきた社会民主党の党首は「グリホサートの発がん性を裏づける科学的証拠は増えており、この毒物を身の回りから追放することは我々の責務だ」と述べている。
グリホサート追放の動きは欧米にとどまらない。ベトナム農業農村開発省は今年4月、グリホサートの使用と輸入を禁止すると発表した。同省は2016年にグリホサートを主成分とする農薬の新規登録を禁止し、人の健康や自然環境に与える影響を精査してきた。
グリホサート追放の動きは世界の小売店にも広がりつつある。
米国では、ワシントン州のスーパーがラウンドアップと他のグリホサート除草剤を店頭から外すと発表。イギリスでは、全英に約600店を展開するDIYチェーンがグリホサートを店頭から撤去している。
日本では、「小樽・子どもの環境を考える親の会」(北海道小樽市)が2万2000筆余りの署名ととともに小売業者4社にグリホサートなどの販売中止を要望したのに対し、100円ショップ最大手の大創産業(広島県東広島市)が「在庫がなくなり次第、グリホサートの販売をやめる」と回答し、実行している(注1)。

(注1)大創産業はグリホサートに代え、「グルホシネート」除草剤と「お酢」の除草剤を販売し始めている。このうちグルホシネートは生殖毒性などが疑われており、国内では農薬としての使用が認可されているが、フランスは2017年に販売許可を取り消し、EUでは翌年、農薬登録が失効している。

国際婦人科連合が世界的な禁止を求める声明
多くの国とは逆に日本では、農林水産省がグリホサートを主成分とする除草剤を次々に認可(登録)し、厚生労働省はグリホサートの農作物への残留基準(これ以下なら農薬が残留していても安全とされる値)を大幅に緩和してきた。
非農耕地用のグリホサートは、スーパー・ホームセンター・100円ショップなどのほか、ネット通販でも大々的に売られている。
そうした中で今年7月31日、産婦人科医の国際組織である国際婦人科連合(FIGO)がグリホサートの禁止を求める声明を発表した。
同連合の「生殖と発達環境衛生に関する委員会」が作成した声明は、今年発表された二つの研究から、「非ホジキンリンパ腫の増加とグリホサート曝露の間には密接な関係があること」と「グリホサートに曝露したラットでは、世代を超えた健康影響が見られること」が明らかになったとする(注2)。
そして、人に対するきわめて深刻な健康影響の可能性が明らかになった以上、グリホサートについては「予防原則」(人の健康や環境に重大な影響を及ぼす恐れがある場合、因果関係が科学的に十分に証明されていなくとも、予防措置を取ること)を適用すべきだとし、グリホサートを世界から段階的に排除することを求めている。
生殖と発達にかかわる医療に日々向き合っている医師たちの提言を、世界の関係者は重く受け止めるべきだ。

(注2)一つ目の研究は、Zang L(米カリフォルニア大学バークレー校)らが実施したメタ分析(複数の究結果を総合し、より高い見地から分析したもの)。
二つ目の研究は、米ワシントン州立大学のスキナーらが実施した。親世代と第1世代(子)に影響は出なかったが、第2世代(孫)では肥満に加え精巣・卵巣・乳腺の疾患が著しく増加した。第3世代(ひ孫)ではオスに前立腺の疾患、メスに腎臓の疾患が増えていた。2代目の母親の3分の1が妊娠せず、3代目はオスメス合わせ4割が肥満だった(天笠啓祐「グリホサート、安全神話の終焉 人体への健康被害が明らかになる」=『週刊金曜日』2019年6月14日号)
2019.06.25  消費者団体などがG20に向けて「緊急提言」、その効果は?
    シリーズ「香害」第10回
 
岡田幹治(フリージャーナリスト)

 消費者団体の日本消費者連盟(日消連)など6団体が5月10日、「G20に向け家庭用品へのマイクロカプセルの使用禁止を求める緊急提言」を、世耕弘成経済産業相ら関係3大臣に提出した。英語版も作成し、6月28日から大阪で開かれるG20サミット(主要20カ国・地域首脳会議)に来日する外国の政府関係者や報道関係者に送って訴える考えだ。緊急提言は狙い通りの成果を得られるだろうか。

◆香害を拡大した「香りマイクロカプセル」
 日消連やダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議など6団体は、香りつき商品の成分で頭痛・めまいなどの健康被害を受ける人が急増している「香害」対策に取り組んでいる。その中で近年、「香りマイクロカプセル」が香害の被害を拡大し深刻にした原因として浮かび上がってきた。
 マイクロカプセルは、特定の成分を薄い膜で覆った超微小なカプセル。便利な機能を持つため、柔軟剤・合成洗剤はじめ化粧品・医薬品・食品原料・肥料・農薬・塗料・インクなどきわめて多くの用途に用いられている。
香料の場合は、3000種類以上ある香り成分から複数の成分を選んでブレンドした「調合香料」が封入される。膜物質(壁材)には「メラミン樹脂」や「ウレタン樹脂」といったプラスチック(合成樹脂)が使用される。
 これを柔軟剤や合成洗剤に使えば、衣類の洗濯のさい繊維に付着して簡単には取れなくなる。衣類を着用して体を動かすたびにカプセルが破れ、中身の香料が放出され香りが漂う。強い香りを長続きさせるには実に便利な技術だが、弊害も大きい。
まず、香りマイクロカプセルは直径が数十~数μm(マイクロメートル、μは100万分の1)と超微小だから、人が吸い込めば肺の奥深くまで入り込み、そこでカプセルが破れて調合香料の成分が体内に取り込まれる。このため、気体の合成香料を鼻から吸い込んだ場合より健康への影響が大きくなる可能性がある。
 次に、破裂した膜物質の材料が健康被害を与える可能性がある。とくにウレタン樹脂の材料の「イソシアネート」は、建材・接着剤・寝具など多くの製品に使われているが、気体状のものをごく微量を吸い込んだだけで喘息などを引きおこす、きわめて毒性の強い物質だ。細胞レベルで各種がんを誘発するという研究論文も発表されている。
 香りマイクロカプセルの第三の弊害は、空気などの流れに乗って人(衣類・皮膚・毛髪)から人へと移動し、長期にわたって存在し続けることだ。このため、さまざまな個所に付着し、放散されるので、香害が広範囲に拡散される原因になる。
 こうした事情を背景に、家庭用品へのマイクロカプセルの使用を禁止または規制すべきという主張が出てきた。

◆「プラごみ削減」がG20サミットの重要テーマ
 一方、今月末のG20サミットでは、プラスチックごみ(プラごみ=使用済みプラスチック)の削減が重要テーマの一つになる見通しだ。背景には二つの事情がある。
 一つは「マイクロプラスチック」による海洋汚染の深刻化だ。マイクロプラスチックは、レジ袋やペットボトルなどのプラごみが風雨にさらされるなどして破片や粒子になり、環境中に拡散したもの。直径が約5mm(ミリメートル、ミリは1000分の1)以下のものをいうので、マイクロカプセルも含まれる。
 これが海洋に流れでて海の生態系に大きな影響を与える。いまの調子で増え続ければ、2050年には海洋中のプラスチック量(重量)が魚の量を上回ってしまうとの試算もあるほどだ。マイクロプラスチックは有害物質を吸着する性質があり、それを取り込んだ魚介類を人が食べることによる健康影響も懸念されている(注)。
 プラごみの削減が急務となっているもう一つの理由は、プラごみが行き場を失っていることだ。先進国のプラごみのかなりの部分はこれまで、中国などの新興国へリサイクル(再利用)用として輸出されてきた。ところが、これらの国々で環境汚染を引き起こしたため、まず中国が2017年末に輸入を禁止した。そのあおりで輸入が急増した東南アジアの国々も輸入禁止や輸入制限に動き出している。
 日本は「一人当たりの使い捨てプラスチック量」がアメリカに次いで世界2位の国だ。2017年には147万トンのプラごみのうち52%までを中国に輸出していたが、翌年からはそれが不可能になった。香港やベトナムへの輸出を増やしたが、追いつかず、国内のごみ保管所はプラごみであふれかえっている。
 プラごみに関して政府には苦い経験がある。昨年のG7サミット(主要7カ国首脳会議)で、海洋プラごみ削減の具体策を各国に促す「海洋プラスチック憲章」への署名を求められたとき、安倍晋三首相はトランプ米大統領とともに署名を拒否し、国際的に厳しい批判を浴びた。
 この汚名を返上するためにも、安倍首相は大阪でのG20で、意欲的なプラごみ削減策を示し、議論をリードしたいところだ。
 そのために考えられたのが、プラごみの削減目標などを明示する「プラスチック資源循環戦略」の策定だ。首相の諮問機関の中央環境審議会の小委員会が昨年11月に中間整理をし、意見を公募したうえで、今年3月、審議会が「案」を答申していた。

◆政府の政策には反映されない「緊急提言」
 そこに目を付けたのが日消連ら6団体だ。この機会に香りマイクロカプセルの危険性を訴え、政府に対策を求めようと、緊急提言をまとめた。
 3大臣に提出された「緊急提言」は、柔軟剤などに使用される香りマイクロカプセルが健康被害をもたらすと同時に、飛散したプラスチック破片が土壌や海洋を汚染する原因になっているとし、政府に対し、世界に先駆けてマイクロカプセルの規制に踏み出すよう求めている。
 具体的には、「柔軟仕上げ剤などの家庭用品へのマイクロカプセルの使用を禁止する(医薬品などやむを得ない場合を除く)」「マイクロカプセルの削減計画を、策定中の『プラスチック資源循環戦略』に盛り込む」などを求めている。
 ただ、緊急提言はいまのところ、政府の姿勢には反映されていない。政府は5月31日に「プラスチック資源循環戦略」を「案」通り決定したが、そこには緊急提言の趣旨は盛り込まれなかった。なぜだろうか。
 まず手続き的な理由が考えられる。循環戦略は中間整理段階での意見募集が昨年12月28日に締め切られており、今年5月10日の提言では遅かったわけだ。
 加えて、「緊急提言」には次のような疑問が出されていたことも関係していると考えられる。
▽家庭用品へのマイクロカプセルの使用禁止を求めているが、どんな根拠で、どのような法制に基づいて禁止するのか、明らかにされていない。
▽香害防止がねらいの「マイクロカプセル削減計画」を、プラごみ削減が目的の「プラスチック資源循環戦略」に盛り込むことは適切なのか。
▽「カプセル壁材のプラスチック破片など有害物質が空気中に飛散し、それを吸い込み健康被害を訴える人が続出しています」とあるが、その根拠となる研究結果や論文は示されていない。
▽「飛散したプラスチック破片は、土壌や海洋プラスチック汚染の原因となっています」とあるが、その根拠となる研究結果や論文は示されていない。
 6団体の緊急提言が海外の政府関係者や報道関係者にどう受け止められるか。答えは間もなく出る。

注 マイクロプラスチックには、人工的に造られた「マイクロビーズ」も含まれる。このように粒子として製造されたものは「一次的マイクロプラスチック」と呼ばれ、プラごみなどは「二次的マイクロプラスチック」と呼ばれる。
 マイクロビーズは、直径が0.5mm以下のプラスチック粒子で、肌の古くなった角質や汚れを除去する作用があるため、洗顔料・歯みがき剤・化粧品などに用いられてきた。
 しかし、2012年ごろ海洋汚染の原因になることがわかり、製造・販売を禁止する国や自社製品には使用しないと宣言するメーカーが増えている。
 政府の「プラスチック資源循環戦略」には、海洋プラスチック対策の一つとして「2020年までに洗い流しのスクラブ製品に含まれるマイクロビーズの削減を徹底する」と記されている。

2019.05.15  シリコーンガスでスバル車に不具合
  香りブームで急増か 人体への影響は?

鶴田由紀(フリーライター)

 今年2月28日、自動車メーカーのスバルは、ブレーキランプ(制動灯)スイッチの不具合のため、日本国内で約30万台のリコールを国土交通大臣に届け出た。アメリカなど海外も併せると、リコール台数は最大で230万ほどになる。
 リコール届出書によれば、「制動灯スイッチにおいて、車内清掃用品や化粧品類などから揮発するシリコーンガスの影響で接点部に絶縁被膜が生成され導通不良となることがある。そのため、制動灯が点灯しなくなり、横滑り防止装置の警告灯点灯やエンジン始動不良になるおそれがある」とのことだ。
 リコール届出書に添付されている参考資料には、「シリコーンガス発生要因となる製品:洗濯柔軟剤、ウェットティッシュ、除菌シート、制汗剤、ヘアスプレー、ハンドクリーム、日焼け止め、静電気防止スプレー、化粧品全般、内装つや出し剤、潤滑剤など」とある。

 シリコーンとは、シャンプー・コンディショナー・制汗剤などのパーソナルケア用品、洗剤・柔軟剤などの家庭用品、化粧品、食品添加物、ドライクリーニング、エレクトロニクス分野など幅広く使用される化学物質だ。洗剤や柔軟剤には、泡調整剤などとして用いられるほか、昨今の香りの強い製品の香料を包むマイクロカプセルにも使われる場合がある。揮発しやすく、たとえばシリコーン化合物の一つでパーソナルケア用品によく使われるデカメチルシクロペンタシロキサン(D5とも呼ばれる)の場合、約9割が空気中へ揮発すると言われている。シリコーンガスは機械類の導通部位(電気が通っているところ)に付着し、ガラスのような物質になるため電気を通しにくくする。
 シリコーンは耐熱・耐寒性、電気絶縁性、化学的安定性、撥水性にすぐれ、無色無臭であるため、その利便性から生産量を増加させている。長い間、人体にも環境にも安全と考えられてきたが、ここ数年、有害性についての研究が行なわれるようになった。それに伴って、シリコーンの難分解性、環境残留性、生物蓄積性などが明らかになった。さらに実験動物に生殖毒性や発がん性がある他、内分泌攪乱物質である可能性もあることなどが示されている。
 シリコーンはさまざまな経路をたどって大気・水・土壌といった環境中に移行する。特に今、世界的に注目されているのは河川や海洋への移行で、研究も比較的多い。そうした研究の結果を受けて、カナダでは2012年、オクタメチルシクロテトラシロキサン(D4)に関して排水濃度規制が行なわれた。また欧州委員会は2018年1月、D4とD5に関し、いずれかを重量比0.1%以上含む洗い落とす化粧品・パーソナルケア用品(シャンプーなど)の流通販売を2020年1月31日以降禁止する委員会規則を公示した。いずれの規制も、シリコーンが及ぼす水生生物への影響を懸念しての措置である。D4とD5が規制対象となるのは、どちらも幅広い用途に使用されるシリコーン化合物で、大量に使用されており、他のシリコーンに比べて有害性データが多いからだ。
 ちなみに日本では、2018年4月にD4とドデカメチルシクロヘキサシロキサン(D6)が化学物質審査規制法に基づいて監視化学物質に指定されているが、事業者に製造・輸入の届出義務を課しているだけで、特に何の規制も行なわれていない。

 シリコーンの大気への移行については、日本では埼玉県環境科学国際センターの堀井勇一らが、2018年に国内初の調査を発表している *1。揮発性のシリコーンの大気中濃度は年間で63~1150ng/㎥の間で変動した(ngはナノグラム。1ngは1gの十億分の一)。堀井らによれば、この数値は他の研究者によって欧米で行なわれた都市大気におけるシリコーン濃度と同程度だったということだ。
 今回のスバルのリコールは、乗用車の車内という閉鎖空間でブレーキランプのスイッチに不具合が起きるほど、家庭用品などからシリコーンガスが発生することをはからずも一般市民に教えてくれた。乗用車の車内が汚染されているなら、当然、一般家庭や学校や病院などの室内空気も、気体となったシリコーンで汚染されていることは想像に難くない。しかし室内空気のシリコーン汚染については、研究が極めて少ないのが現状だ。
 2013年に、アメリカとイタリアで行なわれた一般家庭の室内空気におけるシリコーンガス濃度の調査結果が報告された。部屋によって汚染度が大きく異なり、最も高かったのは大人の寝室(イタリア)940μg/㎥と浴室(アメリカ)820μg/㎥だった*2 (μgはマイクログラム。1μgは1gの百万分の一)。この濃度のシリコーンが人間の健康に影響するのか、素人には残念ながら判断できない。だが先述の日本での大気中濃度と比較すると、文字どおりケタ違いの量だということだけはわかる。
 こうしたシリコーンは人体に入りこんでいるのだろうか。2005年に発表されたスウェーデンにおける人間の母乳の調査では、39人中11人から少なくとも一種類のシリコーンが検出されている*3 。また1982年にアメリカで発表された人間の脂肪細胞に関する調査では、46人中21人からD4、28人からD5 が検出されている*4
 先に述べたように、シリコーンで実験動物にさまざまな異常が現われることはわかっている。そして人間の居住空間は戸外よりはるかに汚染され、体内からもシリコーンが見つかった。だが人間に対して有害であるかという議論には、まだ決着がついていない。実験動物は人間に比べて体が小さい上に、現実にはありえない高濃度で実験が行われているからだ。しかしながら、シリコーンの高い残留性や蓄積性を考えれば、実験動物と同様に人間にも有害であると考えるべきではないのだろうか。


*1 堀井勇一ら「大気中揮発性メチルシロキサン類分析法の開発と環境モニタリングへの適用」『分析化学』Vol.67, No.6, 2018.
*2 Pieri, F. et al., “Occurrence of linear and cyclic volatile methyl siloxanes in indoor air samples (UK and Italy) and their isotopic characterization.”, Environment International, Vol.59,2013
*3 IVS, Results from Swedish national screening program 2004. Subreport 4: Siloxanes, Swedish Environmental Research Institute, October, 2005.
*4
US-EPA, “Thirtieth report of the interagency testing committee to the administrator, receipt and request for moment regarding priority testing list of chemicals”. Federal Register, Vol.57, No.132, 1992,


 リコール届出書によれば、対象となった車種は、2008年(平成20年)から2016年(平成28年)までに製造されたインプレッサ、フォレスターなどで、不具合が最初に報告されたのは2013年だった。不具合の発生が、日本でパーソナルケア製品や家庭用品に強い香りをつけることがブームになったタイミングと一致しているのは偶然か。不具合の報告があったのは国内では1399件だったのに対し、スバルの販売台数の60%を占めるアメリカでは、33件だった。これらの事実は何を物語っているのだろうか。
シリコーンは気づかないうちに生活の隅々に浸透してしまった。人間への健康被害を早急に調査し、何らかの手を打たなければ手遅れになるのではないか。

<鶴田由紀さんの略歴>
専門は環境問題、エネルギー問題。1963年 横浜市生まれ、1986年 青山学院大学経済学部卒業、1988年 青山学院大学大学院経済学研究科修士課程修了。著書に『ストップ!風力発電―巨大風車が環境を破壊する』(アットワークス 2009年)、『巨大風車はいらない原発もいらない-もうエネルギー政策にダマされないで!』(アットワークス 2013年)、訳書にヴァンダナ・シヴァ著『生物多様性の危機―精神のモノカルチャー』(共訳 明石書店 2003年)など。