2015.10.01 障害者は生きて行けない
――重度の知的障害を持つ娘の親から

舩橋春子 (介護福祉士)

安保関連法案で揺れた第189回通常国会で、この法案の影に隠れる様に厚生労働省が10個もの法案を提出していたのをご存じの方はそう多くはなかろうと思います。その中の一つがいわゆる内部留保(法案では社会福祉充実残額)のある社会福祉法人には、地域貢献などを盛り込んだ社会福祉充実計画の策定と実施を17年度から義務付けるという内容を含んだ「社会福祉法改正案(社会福祉法等の一部を改正する法律案)」です。この法案は、障害当事者、その家族、支援者にとっては、生存権という基本的人権を保障する憲法25条との整合性を問わざるをえない深刻な内容を含んでいた法案でした。

法案は7月31日に衆議院本会議で可決、参議院に送られました。直前まで反対と思われていた民主党が賛成に回り、前日まで、衆議院各議員部屋を回って議員要請行動を続けてきた関係者は大いに落胆したものです。私も7月の酷暑の中、作業所の職員さんや利用者のお母さんたちと一緒に自民党、公明党、民主党、維新の会を回ってお願いに行きました。私達は議員秘書にしかお会いできなかったのですが、お会いしたさる民主党の秘書は「問題のある法案だと思っている。」と仰っていたし、自民党のある秘書も地元の支持者に社会福祉法人関係の方がいるらしく、4月から法案に問題があるというFaxが支持者から届いていると仰っていました。でも、結局反対してくれたのは共産党と社民党だけでした。当日傍聴に駆け付けた、娘と同じ作業所に通うお母さんは、民主党が賛成に回った時には「みんななんか、ええ(裏切られた!)・・・・って感じでどよめいたんだよ」と報告してくれました。

市や県に色々な事をお願いする私達なのですが、何回も何年も交渉を重ねて「大丈夫ですよ」とか、「やれますよ」なんて内々のお約束を取り付けたのに土壇場で「ええええ?」という思いをしたり、約束を頂いた次の年度でいきなり担当者が異動しているからできませんとかいうことは少なくないのです。だから願いを裏切られる経験の一つと言えば言えないこともないのですが、それにしてもこの法案の影響は大きすぎるのです。なぜか。

その前に自己紹介です。私には21歳になる知的障害を伴う自閉症という障害を持った娘がおります。娘は特別支援学校の高等部を卒業して、30年ほど前に当時の卒業生6名と支援者が立ち上げた地元の作業所で生活介護という支援を受けながら働いています。無認可から始まった作業所はやがて「社会福祉法人」という法人格を取り、現在、作業所以外にも入所施設やグループホーム、相談支援センターを併せ持ち、施設利用者も200名近い大所帯となっています。私は利用者の親として、施設の福祉事業活動をささえる資金作りのための活動に日常生活のかなりの時間を割いています。親たちは担当を決めて地元の保育園、小中高等学校や企業に学期ごと、あるいは文化祭などのイベントの際に授産品を売りに行ったり、お中元、お歳暮の企画販売、チャリティコンサートの企画チケット販売、地域の企業や家庭を回って不用品を頂いてそれを売る為のバザー、寄附金、賛助会員を集めたり、地域のお祭りに出店して、焼きそばやフランクフルト、かき氷なんぞを売ったりもしています。要するに、私達はひたすら資金調達のための活動をしています。

私達の施設は200人弱の利用者のうち、療育手帳という知的障害の重さの指標になる手帳の等級の4段階の上の段階の○A(最重度)、A(重度、娘はここに該当します。)が6割を越しており、他の施設で手に負えないと見なされて追い出された人、特別支援学校新卒の段階でここ以外の受け入れの無かった人、ようするに「手のかかる」人たちの最後の砦となる施設だからです。施設の二階の窓から飛び降りてしまったりしていたため、結局そこを追い出されて、我が施設以外に行き場を失い、仲間となった「猛者」もいます。

このような重い知的障害や行動障害を持つ人にとっての視覚障害者の白い杖や身体障害者の車椅子に該当する物は、「人」そのものです。その「人」は本人の障害を理解し、見守り、手を添え、意思を代弁する専門性を持った「人」でなければなりません。それゆえ法人の人件費比率は7割を超えます。ちなみに二階から飛び降りた彼をクビにした施設は、公開された収支決算表では5割5分の人件費比率でした。

人件費比率が高いからといって、一人当たりの職員さんの給料が高いわけではありません。職員さんの給料は同年齢の一般職より9万円位低いそうです。一人一人障害の重さや抱えている問題の異なる利用者の支援や授産活動や親の会の活動の手伝いと昼夜問わず親たちと一緒に働いてくれる優秀な頼もしい職員さんたちなのですが。そんな訳で、今年は職員の募集をかけても、九月現在未だ応募者が0の状態です。そりゃそうだろうとも思います。給料は低い、退職金も今まで国が負担していた共済掛金3分の1を負担しなくなるそうで先行き不明です。国が負担をやめた分は、結局法人が負担することになるでしょう。経営悪化を防ぐために、親がこれまで以上に活動を頑張れるかというと…無理です。

親の高齢化も進みました。親の会で「若い」と言うのは50代、普通が60代、70代超えてやっとベテランかもねという感じです。古くからの会員さんのお葬式のお知らせも年に何回か回るようになりました。親亡き後を迎える利用者はこれから増えて行くでしょう。このような状態の我が法人に、この「社会福祉法改正案」ではこんな条項を突き付けているのです。

「社会福祉法人は、社会福祉事業及び第二十六条第一項に規定する公益事業を行うに当たっては、日常生活又は社会生活上の支援を必要とする者に対して、無料又は低額な料金で、福祉サービスを積極的に提供するよう努めなければならない。」
ここでいう「日常生活又は社会生活上の支援」を必要する者とはどんな人たちなのでしょうか?いわゆる生活困窮者ですが、本来この人達の支援は国が請け負うべきではないでしょうか?これを国は一円も出さずに社会福祉法人に職員と資金を出して行えと言っているわけです。

但し「社会福祉充実残高(いわゆる内部留保)」に見合う形で行えばよく、儲かっていない法人は大丈夫ということらしいのですが、この社会福祉充実残高というのが未だに定義が定まっておらず、かつ実際どれだけの法人が社会福祉残高を持っているかなどの公的調査や実態把握は行われていないのです。そして、仮にそんな「残高」があるなら本来業務の質や量の拡充や職員さんの処遇改善に使って欲しいと思います。

入所施設やグループホーム(民間のアパートを借り上げる等して、4~5人の障害者が世話人の支援を受けながら共同生活をする場所です。)を持つわが法人でも、未だ親許から作業所に通う利用者が半数以上で「親亡き後」の生活の場作りは急務です。法人内アンケートでは、六割の親が自身の健康状態と家庭での介護に不安を感じています。また、特別支援学校からは毎年卒業生が送り出されるのですが、日中活動の場も実は定員を超えている状態です。今ある施設も老朽化しており改修の必要があります。「社会福祉残高」があるなら、この施設の本来対象とする利用者の為に使って欲しいと思うのは、そんなにわがままなことでしょうか?本来業務こそが「公益」ではないかと、毎日楽しげに作業所に通う、未だ「言語能力2歳半、要24時間見守り介助」の娘の笑顔を見ながら思うのです。

「社会福祉法改正案」より先に審議された「派遣法改正案」はこの国会で可決成立してしまいました。この結果正規職員が減り生涯派遣社員のままという低所得者が増えて行き、結果彼らは社会保障や社会保険の担い手にはなりきれず、むしろ高齢者になったり病気になったり障害を負った時点で「日常生活又は社会生活上の支援」を必要とする人となるでしょう。そして、このような国の政策によって生まれた生活困窮者の支援を社会福祉法人にやらせようする意図を持って提出されたのが「社会福祉法改正案」ではないかと思っています。

この法案は結局、参議院では時間切れ審議未了で継続審議となりました。私達は自分の子供の働く場、暮しの場を守るために、また国会に足を運ぶ事になるでしょう。そして、それは私達の子供達のためだけではない広がりを持たせなければならないものなのかもしれないと思う今日この頃です。

私は厚労省の提出した法案を含めて「戦争法案」だと思っています。社会保障や福祉にお金を出さないという方法で緩慢に政権にとっての「価値の無い命」を殺していくという訳で、それはファシズムが始まった事を意味しているのではないかと思います。ドイツではユダヤ人虐殺の前に、合法的に障害者が殺されました。その数は30万人に上ると言われています。そして、貧困に追いやられた健康な若者は経済的徴兵に応じざるを得なくなるでしょう。

9月半ばに厚労省に生活の場に関しての交渉に行きました。社会保障審議会の議事録などを読んだうえで幾つかの質問をしてきました。全国から集まった親たちから切々と、時には怒りを込めて実情を訴えられていた厚労省の若い官僚はしどろもどろになりながら、時にはうつむきながら、最終的には 「予算が無い」「方針は変えられない」という事を答えていました。結果から言えば無駄足なのかもしれませんが、それでも日々の仕事の合間に、障害 を持った子どもの親として、11月末にも再びこの若い官僚たちに窮状を訴えに行きます。こんなふうに「自分の持ち場」を守る事が情勢に抗う事にも繋がっていると信じたい気持ちで日々の忙しさに追われる生活をしています。
                       (2015年9月29日)
2011.05.29 高齢者フォーラム2011東京
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リベラル21の愛読者のみなさまは高齢者協同組合というのをご存知でしょうか。
15年後には全人口の3分の1が後期高齢者になる日本社会。「支えられる存在から、社会を支える存在に」と全国に高齢者協同組合が設立されました。その連合会が発足して10年になります。
10回総会に際して高齢者フォーラム2011が、6月4日に東京で開催されることになりました。
入場無料、どなたでも参加できます。

 ●日時 2011年6月4日(土)
 ●場所 秋葉原UDX 6Fカンファレンス

 詳細はチラシをご覧ください。チラシAちらしB


メインステージ【13:00~14:30】
 講演 東京大学教授 秋山弘子「長寿社会に生きる」

分科会【14:45~17:15】
 1 子どもとお年寄りのいる風景
  (パネリスト)
   また明日デイホーム 森田和道   ルピナスときわ台 玉手千尋
   生活クラブ生協 奥田雅子     岡山高齢協 藤原佐起子
   デイホーム池尻 近藤みつる
 2 専門家が提供する生活支援技術
  (講師) 対人援助スキルアップ研究所 佐藤 ちよみ
 3 新しい公共の未来
  (講師) 東京自治センター 伊藤久雄
  (パネリスト)
   泉中央老人福祉センター 長尾智美   長野高齢協 新井厚美
   信濃町シニア活動館 伊藤登美子    センター事業団 成田誠
   八広はなみずき児童館 山田恭平
 4 家族にとっての介護
  (講師) 立教大学教授 服部 万里子
  (パネリスト)
   認知症介護者のおしゃべり会 西沢恵  東京ほくと医療生協 西村裕子
   池尻介護保険サービス 古閑仁美    東京都生協連 森 芙紗子

参加ご希望の方、お申し込みを承っております。氏名、連絡先住所電話番号、希望分科会をお知らせください。
電話 03-5978-2186 fax 03-5940-0732 メール
2009.03.17 「迎撃」で「報復戦」を挑発した麻生首相
メディアまで「北」バッシングの危険性

坂井定雄 (中東ジャーナリスト)

遅ればせながら、原寿雄さんの「ジャーナリズムの可能性」(岩波新書)をしっかり読んだ。2008年の出来事まで取り上げている新しさだが、原さんのライフワークの精粋。内容のすべてにわたって、同意し、共感し、改めて学んだ。まだの人はぜひ読んでください。

北朝鮮は12日、「人工衛星『光明星2号』を運搬するロケット『銀河2号』」の打ち上げ、期間、日本上空を超える飛行コース、1,2段目ロケットの落下海域などを、国際海事機関(IMO)に通告した。これに先だつ2日、麻生首相は、人工衛星の打ち上げ目的であっても迎撃対象になるとの認識を示した。これに対して北朝鮮人民軍総参謀部は9日、「平和的な衛星に対する迎撃は戦争を意味する。われわれは迎撃手段だけでなく、本拠地に対する報復戦を始める」と声明した。浜田防衛相は11日の参院予算委で「自衛隊法で定義される破壊対象には、弾道ミサイルのみならず、事故などで制御を失った我が国に落下する可能性のある人工衛星も含まれる」と発言した。なんとも、危険極まる言葉の応酬である。
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2008.10.30 チェルノブイリ原発事故による障害は今も
バルト3国の被曝者代表が来日
岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 バルト3国のチェルノブイリ被曝者団体の代表4人が来日し、東京、広島、長崎で日本の原爆被爆者やチェルノブイリ被曝者支援グループのメンバーと交流を続けている。行く先々で4人が最も関心を示すのは日本における被爆者の後障害と被爆者援護の現状で、チェルノブイリ原発事故から22年を経た今も、これら3国で被曝者たちの「傷」が癒えていないどころか、なお被曝による障害が進行中であることをうかがわせる。

 来日したのはラトビア・チェルノブイリ協会会長のアーノルズ・ヴェルゼムニエクス、同副会長のマリス・ソップス、リトアニア・チェルノブイリ運動議長のゲディミナス・ヤンチャウスカス、エストニア・チェルノブイリ協会理事のヤーン・クリナルの4氏。いずれも男性で、11月2日まで滞在する。
 4人を招いたのはエストニア・チェルノブイリ・ヒバクシャ基金(スタッフ代表・吉田嘉清さん、連絡先=東京都杉並区西荻南1-19-2)。
 
 1986年4月26日、旧ソ連のウクライナ(現ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所で炉心が溶融して爆発、放射性降下物が広範な地域に降り注いだ。原発の運転員・消防士ら31人が死亡したほか、ロシア、ウクライナ、ベラルーシで住民数百万人が被曝したとされる。 
 そのほかにも、事故直後、放射能除去作業のためにソ連全土から約60万人が事故現場に動員されたため、この人たちも作業を通じて被曝したとされている。
 エストニア・チェルノブイリ・ヒバクシャ基金によると、この時、バルト3国の人たちも放射能除去作業に動員されたため、多数の被曝者を出したという。同基金によると、リトアニアで9000人、ラトビアで7000人、エストニアで5000人、計2万1000人にのぼる。
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2008.08.27 宇宙基本法は宇宙軍拡への道
あくまでも「非軍事」で、七人委が再び訴え

 世界平和アピール七人委員会は8月26日、東京・神田の学士会館で記者会見し、「『宇宙基本法の監視を』――国民に訴える」と題するアピールを発表した。
 記者会見したのは小沼通二(慶應義塾大学名誉教授)、池田香代子(作家・翻訳家)の両委員。
 同委員会によると、日本における宇宙の開発と利用は、1969年に衆参両院で採択された全会一致の決議で、平和目的(非軍事)に限るとされてきた。ところが、昨年国会に提出された宇宙基本法の自民・公明案は、「非軍事」をやめて、宇宙を軍事の場とする道を拓く第一歩となる内容を含んでいた。そこで、同委員会としては、こうした内容の法案に危惧を抱き、昨年11月、衆参両院の決議に即した宇宙基本法の制定を目指すべきだとする「宇宙基本法案の再検討を求めるアピール」を発表した。
 しかし、その後、自民・公明案に代わる自民・公明・民主の三党案が提出され、今年5月21日に国会で可決された。同委員会によると、成立した宇宙基本法は、これまで専ら平和利用に徹して「非軍事」を掲げてきた日本の宇宙開発を、軍事利用を目的としたものに衣替えしようという狙いが明白という。このため、同委員会としては、この法律の今後の運用について危惧の念を消すことができず、改めて国民に同法の運用への監視を呼びかけるアピールを発したという。
 アピールは「(法律の目的は「非侵略」とされているが)防衛目的と攻撃目的は分けられるものでなく、防衛力強化は、攻撃力強化を誘発することは歴史が示しています。宇宙軍拡への道なのです」「国民が……基本法の運用方針をよく検証し、あくまで宇宙利用が平和憲法の原則から名実ともに外れることがないよう厳しく監視していくよう訴えます」としている。
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2008.08.17 いいぞ!麻生幹事長
暴論珍説メモ(41) 日本は階級社会なのだ
田畑光永 (ジャーナリスト)

 先月の内閣改造を受けて、今月初めマスコミ各社は福田内閣の支持率を調査したが、その中で目を引いたのが、『読売』と『日経』で改造後に支持率が目立って上がったことだった。
『読売』ではなんと41.3%、『日経』が38%と他社の軒並み20%台と比べると際立って高い。
 奇妙なこともあるものだと思っていたが、ふと気がついた。これは内閣支持率というより麻生人気ではないのか、と。では麻生人気だとして、『読売』と『日経』ではだいぶ読者層も違うだろうに、なぜ共通して麻生人気なのだ?
 そうだ!『読売』では氏のマンガオタクが受けたに違いない。麻生氏は「次の総理にふさわしい人は?」といったアンケートで結構ポイントを稼ぐが、それには漫画好きというだけで、氏を押す若者がかなりいることが効いているらしい。面白いことに、『読売』にはもう一つ数字がある。8月初めの電話調査の後、同紙は面接による調査を再度実施したそうで、その結果は41.3%からガクッと落ちて内閣支持率は28.3%だったという(同紙12日付け)。改造直後の電話調査の結果はいかにも発作的な反応であったことがうかがわれる。
 それでは『日経』の数字はどう見たらいいのか? ひとまず答えは保留しよう。
 幹事長就任以来、麻生氏は「政府与党はオレがしきる」とばかりに、持ち前の独善ぶりを発揮して福田首相の鼻面を引き回している。その麻生氏が当面の景気対策として、真っ先に持ち出してきたのが、配当所得300万円までを非課税にするという案だ。「これは是非やってもらわなければならない」と、政府や党の税制調査会など眼中にない勢いだ。当の福田首相は「やれるならやったらいい」と、麻生氏の勢いに押されている。
 しかし、おのおの方、ここは頭を冷やすところだ。この案について、麻生氏は「これによって、貯蓄から株へという資金の流れを誘導して、株価を上げる」と、その効能を説明している。その限りではそういう効果はあるかもしれないが、ここでは考えるべきことが沢山ある。
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2008.07.13 伝統文化を大切にした鎌倉武士
〔書評〕尾崎左永子著「鎌倉百人一首」を歩く』(集英社、¥1050)

雨宮由希夫 (書評家)


古都・鎌倉には、何時訪れても常に立ち去りがたい独特の時間が流れている。
ある年の早春のころ、北鎌倉の駅を降り、建長寺の方丈庭園の裏手の小道より、天園(てんえん)ハイキングコースに分け入ったことがあった。淡い緑の雑木林のしげみが突如開け、きらめく七里ガ浜の金波銀波と若宮大路が眺められたときの驚き、暮れなずむ空からちらほらと雪が舞い降りる中、山道をひとりさまよい、瑞泉寺の梅をみて、やっと人家が近いと安堵したことなどをつい昨日の出来事のように思い出す。
「花の季(とき)」。四季折々、風情豊なたたずまいを見せる「寺」と「花」。鎌倉は四季、花の街でもある。東京よりわずか1時間の地に、かくも手ごろな古都があり、いつでも小さな旅を愉しむことができるとは、われわれ東京人はなんと贅沢な幸せを享受していることか。
本書は、古代から現代まで、故人のものという基準の下に、古くから鎌倉を詠んで来た先人たちの短歌を、鎌倉に集った第2次「鎌倉ペンクラブ」や「鎌倉歌壇」の文化人や歌人たちが選んだ百首の内から、その選者の1人でもある歌人・尾崎左永子(さえこ)の「心にとくに響いてきた約五十首」についてのエッセイ集である。

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2008.07.11 当事者能力欠如を露呈したG8サミット
原油高騰に無策とは
伊藤力司 (ジャーナリスト)

鳴り物入りで開かれた北海道洞爺湖サミットだが、終わってみれば何と空しい会議だったことか。トラック運転手、漁民、農民をはじめ世界中の勤労者にとって喫緊の問題である石油価格高騰に何ら具体的な解決策を示すことができなかった。穀物高騰をはじめとする食料危機についても具体策はなく、英各紙に「夫人を含む首脳たちが豪華ディナーを食べながら食料危機を語るのは偽善的」と批判されたのもむべなるかな。最大の焦点とされた地球温暖化対策でも、「2050年までに温室効果ガス排出量を半減する」という、歯切れの良い目標を宣言することができず、この目標を「すべての国が共有することを求める」という希望の表明で終わった。

サミット議長を務めた福田首相は総括記者会見で「多くの成果があった」と強調した。しかし具体的な内容については「時には厳しい口調を交えて幅広い議論が展開された」とか「新興国を含めてこれだけ多くの首脳の間で危機感を共有できた」と答えた程度である。確かに現在の世界が抱えている問題は複雑多岐にわたり、即効的な解決策を打ち出すことは容易ではない。しかし世界経済を引っ張る先進国、世界の民主主義をリードするG8のサミット(頂上)を自称するなら、世界中の人々が苦しんでいる石油・食料価格問題打開策の方向性くらいは示せないのか。日本政府はサミット開催に600億円の予算を組んだというが、巨額のの血税を使ってこの程度の成果ではわれわれ納税者は納得できない。
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2008.07.09 公的年金運用の問題点は何か
―誤解を招く「運用損報道」を考える―
半澤健市 (元金融機関勤務)

《運用損報道の概要》
 政府運用の公的年金で大損が出たという報道がメディアを賑わせている。
公的年金は「掛け金」(入口)が集まらず、「支払い」(出口)では不祥事続出だから、「運用」(途中)でも「大損害」発生とくれば、疑惑と批判が集中するのは無理もない。しかし、企業在籍中に年金を含む資産運用経験をもつ私は、これらの報道は表面的過ぎると思うのでその理由を述べる。
まず報道の要点は次の通りである。(『朝日新聞』、08年7月4日の記事による)

・07年度の「厚生年金と国民年金」の運用損は5.8兆円(利回りマイナス6.4%)
 で過去最悪
・利回りは02年度のマイナス8.46%に次ぐ低水準であり損害金額は02年の2.6兆円を
大幅に上 回る
・01年から本格運用が始まったが、07年度の運用総額は約91.3兆円であった(積立金総額
は約150兆円)
・運用資産の金額内訳は
 国内債券 56.9兆円(以下同じ)
 国内株式 13.8
 外国債券  9.7
 外国株式 10.9 
・民間企業年金の利回りはマイナス9.7%、大手生保の団体年金はマイナス13%~16%
(国の運用はそれよりは良いという意味であろう)
・運用実績不振の理由はサブプライム問題に発する世界同時株安の影響を受けたため
・累積収益は7.4兆円のプラスを維持しており01年以降の運用利回りは2.66%で目標1.1%
 を上回っている
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2007.08.28  いよよ華やぐ 84歳のファッションモデル
田尻孝二 (生協役員)


 守田美津子さんは84歳、ある新聞社が主催したニューエルダーシチズン大賞で見事新聞社賞に輝きました。彼女は高齢者の文化サークル、「いよよ華やぐ倶楽部」で、モデルとして活躍しています。

 ピアノが奏でるジャズのスタンダードに合わせ、モデルはひとりひとりライトの中に歩んで行きます。ここは舞台の袖、だれもが真剣に目はじっと前の進行を追っています。出を待つ出演者に快い緊張が走る一瞬です。
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