2011.10.15 日本語、こんな言い方・書き方ってあるのかな?
―日ごろ見聞するあれこれから(8)―                         

丹藤佳紀 (ジャーナリスト)


≪お訴え≫
原文:「何人もの議員が自分のブログで平然と使っているので仰天した。それも(中略)『させて頂く』と併用して『お訴え(を)させて頂く』などとしているのだから、あいた口がふさがらない」(『読売新聞』10月7日)
説明:これは河合祥一郎・東大教授が「いやはや語辞典」というコラムに書いた文章である。不敏なことに、これを読むまで「お訴え」などという言い方があるとは知らなかった。あるどころか、河合教授によると、どうやら一部では、大手を振ってまかり通っているらしい。そもそも誰が言い出したのだろうか。
この手の言い方には、テレビに出てくる“芸NO人”によるものが少なくない。しかし、これは「訴え」という硬派の単語を使ったものだから、口先でだけは「有権者は神様」という議員諸公あたりが出所なのだろう。自分のブログでこんな人をバカにした“日本語もどき”を平然と使っている議員は、それで有権者を丁寧に扱っていると思っているのか知らん。

≪アディショナル・タイム≫
原文:「前半のアディショナル・タイムは2分です」(『テレビ朝日』、10月7日)
説明:サッカー用語だが、以前は「ロス・タイム」という和製英語を使っていた。通常、試合時間は前半・後半45分ずつの90分。選手が負傷したりした場合、ゲームを中断して手当てしたり、搬送したりする。そのために失われた時間(ロス・タイム)を前半・後半の最後に追加して埋め合わせる。この時間を「アディショナル・タイム」(ADDITIONAL TIME)といっている。なかみがわかればカタカナ語でもいいようなものだが、何も長ったらしい単語を使わなくても「補充時間」「追加時間」で済ませられないか。
カタカナ語と漢字語の関係で、カタカナ語になった逆の例。以前、自陣で相手ボールを処理し損ね、ゴールに入れてしまうことを「自殺点」といった。好ましい言い方でないとしてサッカー用語の「オウン・ゴール」(OWN GOAL)使用が奨励された。1994年、サッカー・ワールドカップで、「自殺点」を入れてしまったコロンビアの選手が帰国後、熱狂的なファンに射殺される事件が起きた。この事件以後、日本で「オウン・ゴール」が完全に定着し、現在に至っている。
2011.10.14  クジナ・タンポポ・フンゴミ・パンツ
    ――八ヶ岳山麓から(6)――

阿部治平 (もと高校教師)


故郷の農村風景は1970年代から急速に変わったのだが、帰郷して腰を落ち着けてみるとあらためてその変わりかたに驚く。
以前は八ヶ岳西麓の森林原野が終わるあたりから、西にゆるくかたむく耕地の間にいく筋もの細長い松や雑木の林が並行していた。台風や北西の季節風から耕地を守る「カザキリ(風切)」である。この特徴ある地理的景観は構造改善事業と耕地整理によってほとんど消えてしまった。「カザキリ」は伐採・開墾され、まがった田んぼの土手や農道が直線になり、耕地は碁盤目状に変わった。役場の農業担当の職員に「カザキリ」といってもわからないことがあった。

1960年代以後、農薬と耕耘機がどんどん村に入ったが、80年代以後は大規模のビニールハウスと中型農業機械が登場した。稲作はもっとも人手のかからないものになり、畑の主役は大根やジャガイモからセロリーやブロッコリー、各種の花になった。
森林原野にはペンションと別荘が立ち並び、川の水はよごれてのめなくなった。センギ(灌漑用水路)はコンクリートで固められヤマベとキセキレイがいなくなった。
だが「カザキリ」がなくなっても何も不満をいうすじあいはない。耕地が規則的に拡がって機械化が進み百姓仕事はかなり楽になった。そのぶんだけ老人が機械を操作できる。80過ぎのばあさんが農用トラックを運転しているのなど普通の風景だ。野良に青年・中年が現れるのは週末に限られる。たいていは第二種兼業になったのである。
だが、なつかしい風景がきえたのよりも何よりも、ことばの変わりようが一番すさまじい。

私が急性肝炎で10日ばかり入院したとき、少し年配の看護婦が親切にもベッドに来て自己紹介した。
「○○といいます。この第三病棟のシチョウです。何かあったら遠慮なくいってください」といった。「シチョウ」と聞いて私はわからなかった。
私のところへ遊びに来ていた留学生が、急な入院に付き合わされてベッドのそばにいた。私がとまどっているのを察して「解放軍の師長(シチャン=師団長)じゃありませんよ」と笑った。彼は大学で健康診断をしたから看護師ということばを知っていて、「婦長」ではなく当然「師長」なのだといった。
2011.07.12 男ことば・女ことば
「あら、どうしたのかしら?」は女ことば

松野町夫 (翻訳家)


英語では船や車、国を女性に見立てて代名詞 “she” で表現する場合がある。たとえば、車をガソリンで満タンにする場合、車を女性に見立てて、

Fill her up! → 満タンにしてよ!(直訳すると、「彼女を満タンにしてよ」)

もちろん、これは ”it” で表現できる。
Fill it up, please. → 満タンにしてください。

英語には「名詞の性」はあまりないと思う。しかし英語はヨーロッパ語族のなかでどうも例外的な存在のようだ。若いころ、ドイツ語やフランス語の入門書を少しかじったことがあるが、ドイツ語やフランス語の名詞はすべて性を持ち、「男性名詞」「女性名詞」「中性名詞」に分類できるというのには驚いた。わあー、これはたいへんだ!以前、クウェートに1年ほど滞在したが、アラビア語もそうだった。

日本語や韓国語には「名詞の性」はない。しかし、日本語や韓国語には、男ことばと女ことばがある。英語にも “I’d like to do” を女性は “I’d love to do” と話すように多少はあるが、日本語や韓国語ほどではない。

吾平中学校1年の英語の試験で What is the matter? を訳す問題が出されたとき、当時、反抗期だった私は答案用紙に、「あら、どうしたのかしら?(ただし女性の場合)」とふざけて書いて出したところ、英語担当の上篭(うわごもり)先生はマルをくれて、「男性の場合は?」とわざわざ添え書きされていた。これが、よほどうれしかったのか、50年も前のことなのに今でも覚えている。

一般に、標準語は男性も女性も使うことができ、また誰に使っても失礼にならない。標準語の「どうしたのですか?」から、男ことば・女ことばを取り出して整理してみる。

男性語: 「どうした?」「どうしたのだ?」「どうしたのか?」 → 男らしいぶっきらぼうな表現
中性語: 「どうしたの?」 → 友人または目下に使う。目上に使うと失礼になる。
女性語: 「どうしたのかしら?」 → 女性らしい ていねいな表現

上記6種類の表現にはすべて「どうした」という語が含まれている。逆に言うと、基本語「どうした」に「のだ」「のか」「の」「のですか」「のかしら」など、さまざまな付属語が付いているということ。「どうした」が意味を表し、付属語がそれぞれ微妙な色合いを付け加える、という構図だ。このように考えると、男性語の「どうした?」だけで意味は完全に伝わることになる。「どうした?」には付属語がないので微妙な色合いはなく、ストレートに表現していることになり、その分、ていねいさに欠け、ぶっきらぼうだ。まさに男性語にふさわしい。