2019.11.04 安倍政権による改憲を阻止しよう
    憲法公布記念日に1万人が国会正門前で気勢
      
岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 「戦争反対、9条守れ」「改憲発議、必ず止めよう」。三連休の中日の11月3日(文化の日)午後、1万人のコールが国会議事堂周辺に響き渡った。この日が日本国憲法公布から満73年にあたるところから、護憲派の「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」と「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」が、国会正門前で「11・3憲法集会」を開いたもので、そこでは「安倍政権を退陣に追い込もう」との発言が噴出した。

国会1 再縮小

 「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」と「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」が共催して11月3日に国会前で集会を開いたのは、2年ぶり2回目。
 この集会に先立ち、改憲を目指す自民党は「改憲集会の全国開催」という方針を打ち出し、まず手始めに10月18日、二階俊博幹事長も列席して和歌山市で「憲法を考える県民集会」を開いた。「11・3憲法集会」は、いわばこれに対抗して開かれた形となり、護憲・改憲をめぐる大衆運動は「草の根の対決」の様相をみせてきた。

 11・3憲法集会のスローガンは「安倍改憲発議阻止!」「辺野古新基地建設やめろ!」「東北アジアに平和と友好!」の3本。参加者は関東一円から集まった労組員や護憲団体「九条の会」の関係者、一般市民ら。
 集会は午後2時から始まったが、主催者あいさつで登壇した小田川義和・総がかり行動実行委員会共同代表は「自民党は4項目の改憲案を、臨時国会中に衆参両院の憲法審査会に提出しようとしている。改憲を阻止するためには、なんとしてもまず、これを押しとどめなくてはならない。事態は緊迫している」と訴えた。

国会前2 縮小版

 その後、社民、共産、立憲民主各党の代表のあいさつがあり、続いて各界の人がスピーチをおこなった。
 山本隆司・オール沖縄会議事務局長は「米軍辺野古新基地は、地形的にも工法的にも建設不可能で、工事はまだ5%しか進んでいない。建設費は2300億円と言われているが、沖縄県の見積もりでは、工事は10年かかり、建設費は2・5兆円になるという。沖縄はこれまで74年間、日米両国と非暴力で戦ってきた。力を合わせてトランプ政権と安倍政権を打倒しよう」と訴えた。
 
 安保法制違憲訴訟に関わる杉浦ひとみ弁護士は「安倍政権が成立させた安保法制、いわゆる戦争法によって、自衛隊は制限付きながら集団的自衛権をもつに至った。それまで、政府も国会も、自衛隊は集団的自衛権をもたないということでやってきた。なのに、安倍政権は集団的自衛権をもつと変更してしまい、自衛隊が戦争に巻き込まれる恐れが出てきた。なぜ、そんなことができたのか。それは法制局長官のクビをすげかえたからだ。私たちは、全国で安保法制は違憲との訴訟を起こしている。その判決が近く出る。皆さん、裁判の傍聴に来てください。それが、私たちの力になる」と訴えた。

 千葉真・国際基督教大学特任教授は「安倍政権がやってきたのは軍拡だ。いまや防衛費は6兆円にのぼり、世界で8番目だ。安倍政権は、自衛隊は戦力でない、実力だなどと言っているが、世界からは軍隊とみられている」と切り出し、さらに、こう述べた。「中期防衛力整備計画によると、防衛費が5年後に10兆円になる。今こそ、軍縮して災害救助隊の完備や教育支援の充実に予算を回す時ではないか。日本は世界に優れた文化を発信する平和国家となるべきだ」

 韓国で民主化運動を進めている団体の代表2人も登壇し、「日本政府は、徴用工に関する韓国大法院の判決を尊重し、韓国に対する貿易規制を撤回せよ」「朝鮮の非核化を目指す運動と平和憲法を守る闘いが連動することによって、東アジアの平和を実現させよう」などと述べた。

 集会の始まりと終わりには、演壇上の女性の主導による、参加者全員によるコールがあった。あまりにもたくさんで数え切れなかったが、中にはこんなのがあった。
 
戦争反対
改憲反対
自衛隊を戦地に送るな
中東派兵絶対反対
原発反対
再稼働反対
辺野古を土砂で埋めるな
民意を無視する政府は許さん
日韓友好
嫌韓あおるな
表現の自由侵害するな
検閲反対
萩生田大臣即刻やめろ
女性差別反対
安倍政権をみんなで倒そう
市民と野党は共闘するぞ
みんなの力で政治を変えよう

 集会にやってきた人たちがどんなことに関心を持ち、何を望んでいるかが、分かろうというものだ。憲法問題はもちろんだが、日韓関係、原発問題、あいちトリエンナーレ問題、大学入試への英語民間試験導入問題などにも関心を寄せていると見てよさそうだ。

国会3 再再縮小


国会 4 再縮小
2019.10.10  「新しい共闘の時代」に後退を続ける背景と原因、「比例を軸に」との選挙戦術は間違っていないのか、
         程遠い野党連合政権への道(4)

広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

 それからもう一つ、志位委員長の挨拶で気になったことがある。党勢拡大大運動の困難さにたじろぐ党内の空気を払拭するためか、1980年衆参ダブル選挙時の参院選全国区得票数407万票(7.3%)と2019年参院選比例得票数448万票(8.9%)を比較して、日曜版1人当たりの得票が80年1.65票から19年5.49票に増加していることを挙げ、「新しい共闘の時代」が始まったので共産党を包囲する「壁」がなくなったと強調していることだ。つまり、党勢は後退しているものの共産党の政治的影響力は大きくなり、党勢拡大の巨大な客観的条件が存在しているというのである。

 しかし、「新しい共闘の時代」における党勢拡大の可能性を検証するのであれば、わざわざ40年前の古い数字などを持ち出さなくとも、野党共闘が始まった2016年参院選以降の最新の党勢推移と得票数の結果を見ればいいだけのことだ。まず、党勢についてはどうか。総会決議によると、前回参院選から今回参院選までの3年間に党勢は依然として後退を続けており、党員▲6%、日刊紙▲11%、日曜版▲13%の減少をみたという。

 次いで、2016年参院選以降の2回の国政選挙の比例代表得票数はどうか。得票数は2016年参院選602万票(10.7%)に対して、2017年衆院選は440万票(7.9%)、2019年参院選448万票(8.9%)と大きく減少している。16年と19年の参院選の比較では、▲154万票もの大量票(4分の1)を失うという惨憺たる結果だ。つまり「新しい共闘の時代」が始まっても党勢は依然として(さらに)後退を続けており、その上2017年衆院選においても2019年参院選においても、党勢の後退をはるかに上回る得票数の減少が生じているのである。

 このことは、2つのことを示唆している。第1は、もはや党員数や機関紙読者数の消長に関わりなく共産党の政治的影響力が低下して得票数の減少が生じていることであり、第2は「比例を軸に」する選挙戦術がその傾向を助長しているのではないかということである。もう少し詳しく説明しよう。党勢拡大期には「日曜版1人当たり」といった言葉があるように、機関紙読者数と得票数は強い相関関係を示していた。機関紙読者数が伸びれば伸びるほど得票数が伸びる、得票数が伸びれば機関紙読者数が増えるという好循環関係が機能していたのである。

 だが、この相関関係は直線的な関係ではなく、その背後には共産党への期待感が高まり、政党支持率が上昇しているという革新的な世論の高揚、すなわち「追い風」が吹いていたことを忘れるわけにはいかない。直截的に言えば、期待感と支持率の高まりが〝総体として〟党勢拡大と得票数増加をもたらしたのであり、機関紙読者数を増やせば得票数が増えるといった単純な関係ではなかったのである。したがって野党への期待と支持率が低迷し、「逆風」が吹いている現在のような後退期には機関紙読者数の減少以上に得票数が減ることになり、それが最も典型的にあらわれたのが2017年衆院選と19年参院選だったのである。

 共産党の得票数の減少に輪をかけたのが「比例を軸に」とする選挙戦術だろう。総会決議の中にも「比例代表選挙が『自らの選挙』にならず、地方選挙よりも活動が弱まった」「地方選挙が終わったあと、地区や自治体・行政区の臨戦態勢が事実上解除された」「比例の得票目標を本気でやりぬく構えがつくれなかった」などの声が各県から上がっている。政党名を表に出してたたかう比例代表選挙は候補者の顔が見えなくなり、支持者の間では力が入らないことが多い。また「政党への好き嫌い」は別にして「この候補者だから入れる」という個人票を逃してしまう場合も多い。

 「比例を軸に」という選挙戦術には、候補者や支持者を「政党の集票マシーン」とみる官僚的選挙観があらわれている。言い換えれば、選挙運動における「人=候補者」の要素を軽視する思想が顕わなのだ。選挙はもともと「選良」や「代議士」という名にもみられるように、有権者が自分たちの代表を選ぶ政治行動である。地方選挙であれ国政選挙であれ候補者は選挙区の問題を掘り起こし、問題解決の方策を示し、そのために支持を訴えるという構図は変わらない。だが「比例を軸に」ということになると、候補者は宙に浮いた存在になり有権者の気持ちや感情から離れてしまう。選挙運動が「票読み」一色となり、地域の問題や政策はどこかへ吹っ飛んでしまうのだ。その(最悪の)典型例が大阪選挙区だった。

 大阪はもともと大都市部であるにもかかわらず共産支持率が低く、比例得票数が少ない選挙区だ。しかも最近では「改革政党」のお株をすっかり大阪維新に奪われて、「共産党=批判政党=批判ばかりで役に立たない政党」とのイメージが定着している。2019年参院選直前の衆院大阪12区補選では、現職の宮本衆院議員が無所属で立候補するという離れ業で世間を驚かせたが、「野党共闘で安倍政権を倒す」という宙に浮いたスローガンが地域の問題を重視する大阪では全く通用しなかった。「一点の曇りもなく共闘の大義を掲げた」(宮本候補敗戦の弁)にもかかわらず(それゆえに)、宮本候補の得票数は僅か1万4千票(8.9%)に止まり、共産は最下位で供託金を没収されるという屈辱的な惨敗を喫したのである。

 衆院大阪補選は、有権者が期待する具体的な政策を打ち出せず、野党共闘を連呼するだけでは票が取れないことを完膚なきまでに示した。にもかかわらず、本番の参院選においてもまたもや同じ誤りが繰り返された。大阪の党組織は「比例代表を軸に」という上部通達を忠実に守り、「安倍政権を倒し、維新政治を転換する上で、市民と野党の共闘にこそ展望があり、共闘の要の位置と役割を共産党が担う」(府常任委員会声明)とのスローガンを掲げてたたかったのである。結果は、2013年参院選と比べて比例代表得票数は42万2千票(11.3%)から33万4千票(9.6%)へ▲8万7千票(5分の1)の減少となり、選挙区得票数は45万5千票(12.1%)から38万2千票(10.9%)へ▲7万3千票(6分の1)の減少となった。

 落選した辰巳候補は、各党の中でも数少ない優れた政治的資質を持った候補者だ。若くて機知に富み弁舌も爽やかで、国会での鋭いモリカケ疑惑の追及は多くの国民を魅了した。維新旋風が吹き荒れる大阪で選挙戦をたたかうには、庶民に人気のある辰巳候補を前面に押し出し、個人票を獲得する以外に勝つ術がなかった。ところが、大阪の党組織は「比例を軸に」の選挙方針を金科玉条化して(不人気な)党宣伝を全面展開する戦術をとり、辰巳候補の個人的魅力や能力をアピールする方法を選択しなかった。「維新よりも仕事のできる若手政治家!」といった気の利いたキャッチフレーズを考えるスタッフは、大阪には誰一人いなかった。(つづく)

2019.10.09 「野党共闘から野党連合政権へ」を掲げる共産の内部事情、党勢後退の危機をどう乗り越えるのか、
          程遠い野党連合政権への道(3)

広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

 次期総選挙が近いのか、このところ共産が急な動きを見せている。志位委員長が〝本気の野党共闘〟の実現をめざして「野党共闘から野党連合政権へ」を打ち出したかと思うと(8月27日)、れいわ山本代表との初めての党首会談で消費税を将来廃止する方向で合意し(9月12日)、今度は「消費税廃止をめざし緊急に5%減税を」の呼びかけを発表する(9月30日)というスピード展開だ。

 ところが、強気一方の志位委員長の記者会見の翌々日(8月29日)、「しんぶん赤旗と党の財政を守るために」との財務・業務責任者の悲痛な訴えが掲載された。「日刊紙・日曜版の読者が8月1日の申請で100万を割るという重大な事態に直面し、この後退がしんぶん赤旗発行の危機を招いている」というのである。訴えはこうも続けられている。「しんぶん赤旗の事業は党の財政収入の9割を占めるという決定的な役割を担っています。しんぶん赤旗の危機は、党財政の困難の増大そのものです。しんぶん赤旗の後退は、中央も地方党機関も財政の弱体化に直結します。党の役割が大きくなり、党活動の強化が求められているそのときに支えとなる財政が足りない―これほど悔しいことはありません」。

 この事態は「悔しい」といった個人の感情レベルのものではなく、疑いもなく党財政が存亡の危機に直面しているということではないか。政党交付金を拒否して党運営を続けてきた共産にとっては未曽有の財政危機であり、この危機を乗り切れるかどうかが、今後の党の命運を左右するといっても過言ではない。折しも第7回中央委員会総会が9月15日に開かれ、総会決議が翌16日の赤旗紙上に掲載された。主たる内容は、来年1月の第28回党大会開催の決定、及びそれに向けた〝党勢拡大大運動〟の提起である。志位委員長は、冒頭のあいさつで「党勢という面でも、世代的継承という面でも、現状は率直に言って危機的であります」と述べている。党勢面での危機とは、党員数と機関紙読者数が恐ろしい勢いで減っていること、世代的継承の危機とは若手党員が極端に少ないことを指しているのだろう。

 総会決議は、1980年以降、党勢が後退を続けている主たる原因を「社公合意」(1980年)による共産排除の「壁」に求め、そのことによって職場の党組織、若い世代の中での党建設が極度の困難にさらされたことを挙げている。確かに社公合意が社共共闘・革新統一路線を崩壊させ、革新陣営に大きな打撃を与えたことは間違いない。しかし、1990年代後半の「自公連立政権」の成立によって社公合意は崩壊し、その後「自社さ政権」への参加によって社会党が党是を棄てたことから社会党そのものが消滅した。社公合意はすでに過去のものとなっており、その否定的影響はせいぜい20世紀止まりである。だから、21世紀に入ってから現在に至る(20年近い)党勢後退の原因を、外部要因である40年前の「社公合意」に求めるのはいささか筋違いというものだろう。この論法は、内部矛盾を外部要因にすり替えるようなもので恐ろしく説得力がない。

 総会決議では危機的状況を脱するために、「党員拡大でも赤旗読者拡大でも前大会時(2017年1月)の回復・突破」という〝党勢拡大大運動〟が提起された。この方針は率直に言って老体にカンフル注射を打つようなもので、本格的な回復には結び付くとは思えない。なぜなら、20年以上も続いてきた構造的な後退傾向を、僅か4カ月の「大運動=突撃」で克服できるなどとはとても考えられないからだ。2年半前に開かれた第27回党大会時の党勢は、党員30万人、機関紙読者110万部というものだった。それが現時点では党員28万人、機関紙読者100万部割れというのだから、党員数は2年半で2万人(8千人/年)、機関紙読者数は10万部以上(4万部以上/年)減ったことになる。注目さ、れるのは、毎年8千人もの党員が減っていく中に少なくない離党者が含まれていることだ。

 赤旗紙上では「離党者」と言う言葉は滅多にお目にかかれないし、「離党者数」が公表されたこともない。しかし、民主的な政治組織の構成員には参加・脱退の自由が保障されている以上、離党者が出ることは避けられないし、またそれは組織が健全に機能していることを示す証拠でもある。政党は堂々と離党者数を公表すべきだと思うが、公表がためらわれるのは、離党者数が多くなると組織体質に問題があるのではないかと疑われてマイナスイメージを与えるからであろう。

 とはいえ、「危機的状況」と叫ぶだけでその実情を伝える努力をしなければ、組織全体が危機意識を共有できないし、克服するためのエネルギーも湧いてこない。民間企業でも、幹部が売上高減少の原因を示さず、社員にノルマを課して叱咤激励するだけでは誰も付いてこない。原因の所在について、製品に問題があるのか、営業方針や人事管理の方法が間違っているのかなど、具体的な指摘をしなければ手の打ちようがないのである。総会決議では、党員と機関紙読者数の減少数という「結果」だけが示され、それを4カ月で回復(突破)するという「目標」が課されただけで、その「中身」はまったく示されていない。党員数の増減に関して言えば、死亡者数と離党者数の合計が新入党員数を上回れば減少し、下回れば増加するのだから、「中身」は死亡者数、離党者数、新入党員数の3つを明らかにするだけでいいのである。それが示されていないので、総会決議の中の断片的事実を繋ぎ合わせて試算してみよう。

 まず、新入党員数は「第27回党大会以降、新しい党員を迎えた支部は34%」とあるので、支部数を2万とすると、2年半で6800人(2万支部×0.34)、2720人/年増えたことになる。複数の新入党員を迎えた支部もあるだろうから、ここでは3000人/年(2720人×1.1倍)としよう。次に推定死亡者数/年は、30万人(現勢・母数)に死亡率を乗じて得られる。死亡率は年齢構成によって違うが、年齢構成が公表されていないので(実態は65歳以上比率が40%近くに達していると伝えられている)、国立社会保障・人口問題研究所の人口統計資料集、『人口の動向、日本と世界』(厚生労働統計協会、2019)から、3つのケースを想定して試算してみる。3つのケースとは日本人口が2025年、2045年、2065年に到達したときの65歳以上人口比率に基づくものである。(1)65歳以上比率30.0%、死亡率12.4‰、推定死亡者数3720人(30万人×12.4‰)の場合、(2)同36.8%、15.5‰、4650人(30万人×15.5‰)の場合、(3)同38.4%、17.7‰、5310人(30万人×17.7‰)の場合である。

 計算式は「党員減少数/年=新入党員数/年-推定死亡者数/年-離党者数/年」という簡単なもので、結果は以下のようになる。(1)▲8000人=3000人-3720人-7280人、(2)▲8000人=3000人-4650人-6350人、(3)▲8000人=3000人-5310人-5690人。離党者数が余りにも大きいので計算をやり直してみたが、簡単な足し算と引き算なのでまず間違いないものと思われる。つまり、党員減少数8000人/年の内訳は、3000人/年の新入党員を迎えているにもかかわらず、それをはるかに上回る死亡者数(3720~5310人/年)と離党者数(5690~7280人/年)によって生じているのである。

 生物である人間には命に限りがあるので、共産の党組織が超高齢化している以上、死亡者数が当分増え続けることは如何ともしがたい。問題は離党者数が死亡者数を上回るレベルに達していることであり、この問題に一言も触れないで〝党勢拡大大運動〟の号令がかけ続けられていることだ。笊(ざる)に幾ら水を注いでも水は溜まらないのだから、まず水漏れを防ぐことが先決ではないか。それが組織活動の原則でもあるからだ。(つづく)

2019.10.07  空振りに終わるかもしれない立憲民主の政権構想、言葉は勇ましいが中身がない、
          程遠い野党連合政権への道(2)

広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)
 
 一般的に言って政権交代が現実味を帯びるのは、政権与党に対する世論の批判が極度に高まり、野党第1党あるいは野党各党の支持率が与党を上回るような状況が生じたとき、あるいは無党派層が雪崩を打って野党側の支持に回ったときだとされている。2009年8月の衆院選で民主が自民から政権を奪取した時は、それ以前の段階で世論に大きな変化が生じていた。共同通信の世論調査によれば、2009年6月の麻生内閣支持率は17%、政党支持率は自民19.8%、民主38.5%、衆院選比例区の投票先は自民18.7%、民主47.7%だった。

 これに対して、現在の世論動向はどうか。直近の19年9月調査によれば、安倍内閣支持率は各社ほとんどが50%を超え(カッコ内は前回調査)、政党支持率でも自民は断トツ1位(3~4割台)、野党は各党全て合わせてもその半分にも満たない(1~2割弱)。これではどう足掻いても政権交代など「夢のまた夢」としか言いようがない。

内閣支持率与党支持率野党支持率
  自民公明維新立民国民共産れいわ無党派
共同55.447.73.32.853.8101.53.13.41823.9
 (50.3)(40.9)(5.1)(3.8)(49.8)(10.0)(1.4)(4.3)(4.3)(20.0)(26.6)
朝日4837334371321335
 (42)(34)(5)(4)(43)(10)(1)(4)(1)(16)(30)
読売5338524551411139
 (58)(41)(4)(3)(48)(7)(1)(2)(0)(10)(37)
産経51.739.53.52.745.78.61.42.72.214.932.9
 (46.6)(37.4)(4.6)(3.4)(45.4)(8.7)(2.0)(3.4)(1.6)(15.7)(31.9)
毎日5034554481221336

 加えて、3分の1前後を占める無党派層が必ずしも野党寄りとは限らない。2019年参院選の出口調査(共同通信)によると、全投票者数に占める無党派層の割合は20%で6割弱しか投票に行かず、しかも投票先は与党側が自民24%、公明7%、維新12%で計43%、野党側は立民21%、国民7%、共産11%、社民3%、れいわ10%、計52%とそれほど違わなかった。

 NHK世論調査(19年8月)は、今回参院選における野党の選挙協力を踏まえて次期衆院選での野党協力を進めるべきかどうかについて尋ねている。回答は「野党4党の連携を次の衆院選挙でも続けた方がよい」27%、「続けない方がよい」19%、「どちらともいえない」44%というもので、多くの有権者は判断に迷っている状況がうかがえる。有権者は野党共闘が掲げる政策に賛同しても、与野党間の余りも大きい力関係の差からして、それがどれだけ現実性があるかを疑っているのである。

 こんな折しも折、9月30日に立憲民主の党大会が開かれ、10月3日の結党2年を前に次期衆院選への活動方針が採択された。枝野代表は、冒頭のあいさつで「次の総選挙での政権交代を実現すべく、全ての活動を進めていく。問われているのは野党の本気度、野党第1党たる立憲の本気度だ」と決意表明した。活動方針には、統一会派結成を政権交代への第一歩と位置づけ、臨時国会がその試金石になると明記された(毎日10月1日)。

 だが、各紙の扱いが挙って小さかったように、枝野代表の決意表明は言葉は勇ましいものの、肝心の政権構想がほとんど明らかにされていない点が気になる。活動方針には、政権構想を練る「代表直属チーム」の設置が盛り込まれただけで、すべては「これから」で内容(意味)不明だ。これでは、小泉環境相の国連発言と同じく「威勢は良いが中身がない」印象を与えるだけで、立憲民主はもとより野党共闘がどんな方向に進んでいくかわからない。

 問題は、消費税に対する各党のスタンスの違いが極めて大きいことだ。毎日新聞(9月17日)はこの点を手際よく解説している。れいわの山本代表は、9月12日の志位共産党委員長との共同記者会見で「消費税5%への引き下げ」を野党共闘の前提条件にすることを強調した。しかし、立憲民主は「まずは8%に凍結すべき」とする方針でそれ以上一歩も踏み込んでいない。消費税減税に対する最も強硬な反対意見は野田社保代表からのもので、「(増税)凍結とかいい。ただ、減税、廃止までするとベクトルが違う」と断言している。消費税増税方針を自民・公明と3党合意した張本人の野田前首相が、そんな「減税、廃止」と言った話に乗れるはずがないからだ。

 加えて10月1日からは消費税10%が実施され、今後は日に日に既成事実化していく。一旦動き始めた10%税制を8%、5%に戻すのは容易なことでない。立憲民主、国民民主、社保の3党会派による統一会派結成は、消費税10%は「織り込み済み」と考えるのが自然だろう。まして、立憲民主、国民民主を組織的に支援する連合が、10%実施を求めてきたのは周知の事実なのである。

 志位委員長は8月27日の記者会見で、「政権をともにする政治的合意、政権が実行する政策的合意、選挙協力の合意の3点がそろえば、野党共闘が本当に力あるものになる。国民のみなさんに『野党は本気だ』『本気でいまの政権を変えて新しい政権をつくろうとしている』と〝本気度〟が伝わって、選挙で勝つことができると考えている」と訴えた。枝野代表も9月30日の党大会で「選挙での政権交代を実現すべく全ての活動を進めていく。問われているのは野党の本気度、野党第1党たる立憲の本気度だ」と応えた。これだけみると、〝本気度〟の共演が始まったかのような印象を受ける。

 ところが、志位委員長は9月30日、「消費税廃止をめざし、緊急に5%に減税を」とする各党への呼びかけを突如発表し(赤旗10月1日)、消費税減税に向けた新たな野党協議と共闘を呼びかけた。この方針転換は、れいわの山本代表との共同記者会見を踏まえてのものであろうが、野党統一会派(立憲民主、国民民主、社保+社民)が到底呑めそうにもない新たな政策を野党共闘の条件に提起したのである。その意図はいったいどこにあるかまだ分からないが、この提案はこれからの野党共闘の行方を考える上で重大な分岐点になるような気がする。

 方針転換の背景には、消費税10%実施後の景気後退が世論変化の切っ掛けとなり、自民1強体制を切り崩す絶好の機会になるとの情勢判断があるのだろう。総選挙はいずれ行われるが、その場合、野党全体で政策が共有されなくても共産とれいわが「5%減税」の旗印を掲げれば、安倍政権に一矢を報えると考えているのではないか。この新たな提案は、従来の野党間の政策協定の域を超えるものであるだけに、場合によっては野党共闘フレーム全体の再編に及ぶこともあり得る。有体に言えば、野党共闘体制から共産が離れてれいわと共同戦線を組み、野党が統一会派と共産・れいわに二分されるというものだ。

 この方針転換は、このところ党勢後退が著しい共産にとっては野党共闘に埋没するリスクを回避し、党勢の回復を図るための「秘策」なのかもしれない。そのとき、これまで野党共闘を支えてきた市民グループがどう動くか、それが衆院選小選挙区の候補者調整にどう影響するか、これからの情勢は極めて流動的だ。(つづく)
2019.10.04  立憲民主、国民民主、社保の野党3党統一会派結成が市民と野党共闘体制の崩壊につながる恐れはないか、
          程遠い野党連合政権への道(1)

広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)

  2009年8月、民主は衆院選で308議席を獲得して大勝し、自民から政権を奪取した。だが、野田内閣による消費税増税(当面8%、数年後10%)実施を巡って党内が分裂した結果、12年12月衆院選では自民294議席に対してわずか57議席と惨敗し、政権を失った。それ以降も離合集散を繰り返し、16年に民主と旧維新の合流で民進党が生まれたかと思いきや、翌17年には希望の党をめぐって再び分裂するという有様で、これでは国民に信頼されるわけがない。

 それからというものは、政党支持率では立憲民主は10%に届かず、国民民主に至っては泡沫政党レベル(1%)でしかない。当然のこととして、2019年参院選では17年衆院選に比較して立憲民主は1108万票(比例代表得票数、以下同じ)から792万票へ▲316万票、国民民主は968万票(希望の党)から348万票へ▲620万票の大量票を失うという無残な結果となった。

 17年衆院選の瞬間風速的な「立憲ブーム」がその後も続くと錯覚したのか、枝野代表は「永田町の数合わせにはくみしない」と立民主導のスタンスを崩さず、野党共闘には極めて消極的だった。だが、19年参院選の結果には衝撃を受けたようで、19年8月には立憲民主と国民民主が衆参両院で「会派をともにする」との合意文書を交わすことになった。立憲民主単独では、国会運営で野党第1党のリーダーシップをとることが難しいと判断したからだろう。

 しかし、枝野代表の突然の心変わりがいかにも不自然だと映ったのか、有権者の多くが両党の合意には納得していない。共同通信が8月17、18両日に実施した全国緊急電話世論調査によると、事実、以下のような結果が出ている。
 【問】立憲民主党は、国民民主党などに対し一つの衆院会派で活動するよう要請しました。あなたはこの立憲民主党の動きを評価しますか、評価しませんか。
 【回答】「評価する」30.2%、「評価しない」50.3%、「分からない・無回答」19.5%
 この数字は、民進党時代に大分裂した立憲民主と国民民主が、具体的政策への言及もなく、ただ「大きい塊をつくる」という理由だけで合流することへの不信感が依然として根強いことを示している。それはまた、国民の期待を裏切った民主党政権への失望と落胆があまりにも大きく、小手先細工では修復不可能であることを示している。

 もう一つの問いは、野党協力・連携のあり方を全体として問うもので、いわば「野党共闘のフレーム」に関する質問である。
 【問】あなたは、野党の協力に仕方についてどう思いますか。
 【回答】「できるだけ多くの野党が一緒になり、政権交代を目指す政党をつくる」21.0%、「野党はそれぞれの党を維持した上で、国会や選挙で協力して与党に対抗する」36.7%、「野党は政策課題ごとに与党に是々非々で対抗する」32.9%、「分からない・無回答」9.4%
 結果は「野党連合政権」2割、「野党共闘」4割弱、「各党独自路線」3割強というもので、全体としては「野党共闘+α」が多数を占めると言ったところだ。要するに、政権交代とまでにはいかないが、自公政権の腐敗や専横ぶりをチエックする野党勢力の強化が必要であり、そのためには国会や選挙での野党共闘が必要だというものだ。

 立憲民主と国民民主との間で「会派をともにする」合意が成立した後、会派名や人事をめぐっての交渉が難航して妥協に妥協を重ねた挙句、漸く統一会派が結成されたのは1カ月後のことである。それも立憲民主と国民民主だけではなく、野田前首相の率いる「社会保障を立て直す国民会議」(社保)を含めた3党派による統一会派の結成だ。何のことはない。旧民進党から分裂した野党3党派が再び野党統一会派を結成するだけの話ではないか。9月19日午後、国会で記者会見に応じた3党会派代表の写真をみたが、まるで野田内閣の亡霊をみるようでやりきれない気持ちになった。私の友人などは「見たくないものを見てしまった」と話していたが、多くの人たちが多分そう感じたのではないか。

 おまけに、これまで旧民進とは一線を画してきた社民までが方針転換して統一会派に参加するのだという。自民とほとんど体質の変わらない野田氏が一角を占める統一会派に、社民までが加わっていったいどんな野党勢力をつくるというのか、まったく見当がつかない。統一会派結成を契機に立憲民主に入党した安住元財務相は統一会派の国対委員長に就任し、「2大政党勢力で政権を争う体制を作らないといけない」と語ったという(朝日19年9月20日)。立憲民主が旧民主・民進の復活によって自民との「2大政党制」を目指すのであれば、これは旧民主党時代の姿と寸分も変わらない。それはまた、市民と野党共闘の間で結ばれた政策協定の趣旨にも反することになり、共闘体制の崩壊にもつながる恐れがある。

 これに対して、これまで野党共闘に取り組んできた共産はどのような態度を表明しているのであろうか。赤旗(19年8月28日)の「野党連合政権構想について、志位委員長会見 一問一答から」によれば、3党派の統一会派結成(の可能性)といった複雑な情勢には全く触れず、〝野党共闘一直線〟ともいうべき戦略と方針が提起されている。要点は、次期総選挙において国会で多数を占める野党連合政権を実現するためには、(1)政権をともにつくるという野党間の確かな政治的合意が必要であること、(2)政策については、政策的一致点を確認して魅力あるものに充実させるとともに、不一致点については政権運営の障害にならないようにきちんと処理して政策合意をすること、(3)総選挙での選挙協力とりわけ小選挙区における候補者調整は、政権合意を基礎に進めたいこと―の3点である。

 この呼びかけは、過去3回の国政選挙(2016年参院選、17年衆院選、19年参院選)における野党共闘が一定の成果を挙げたものの、政権合意を抜きにした選挙協力であったために、結果は共産の一方的サービス(候補者降ろし)に終わり、共産自体は党勢の後退を余儀なくされるという苦い経験と反省に基づくものだろう。参院選1人区32選挙区での候補者調整だけでも大変な犠牲を強いられたのに、衆院選小選挙区は全国で289もあるのだから、きちんとした政権合意のない候補者調整には応じられないとの意思表明でもある。

 共産からすれば大義のある呼びかけのつもりだろうが、3党派の統一会派結成に見られるように「2大政党制」の復活を企む潮流が再び浮上するといった複雑な政治情勢の下では、このような呼びかけが各党に素直に受け止められるとは到底考えられない。結局のところ、「本気の野党共闘」は選挙協力しなければ野党各党の命運が尽きる、あるいは命運が尽きる恐れがあるギリギリのところまで行かなければ実現しないのではないか。(つづく)
2019.09.24  敗北を「勝利」と思い込む革新派
         ――八ヶ岳山麓から(291)――

阿部治平(もと高校教師)

7月の参院選から3ヶ月たった。第4次安倍内閣の改造も終わった。いまさら参院選について何か言うことは気が引けるが、私は野党連合・国民民主党の羽田雄一郎氏当選のために、乏しい年金の中から(ほかに革新政党がないから)村の共産党に1万円を寄付した。だが、投資効果の少なさのために「ソンした」という気持を抑えきれないので、この際あえて発言する。

本ブログには8月14日から3回広原盛明氏の詳細な参院選総括が掲載された。氏は「(参院選の)注目点は、第1が投票率が50%を割ったこと、第2が護憲勢力が相対的に後退し、なかでも左派勢力の中心である共産と社民が大量票を失ったこと、第3が1人区において野党統一候補が善戦し改憲勢力3分の2を阻止したものの野党勢力の伸長には繋がっていないことである」といっている。

投票率が低かったのは、無党派層のかなりが、どうせ野党勝利はないと見たからだと私は思う。「選挙なんか行かない」という親戚にわけを聞いたら、「自民党は嫌だが、野党は勝てない。世の中は変らない」といった。
参院選直前、安倍晋三氏が衆参同時選挙に言及したときに、立憲民主党の枝野代表は「衆院解散なら受けて立つ」と応じた。枝野氏には同時選挙の準備がないのだから空威張りである。別な友人はこれを「強がりをいってらあ」と笑った。
安倍晋三首相は森友・加計問題では国会審議を逃げ回っていたのに、いけしゃあしゃあと「憲法改正を議論する政党を選ぶのか、それとも議論しようとしない政党を選ぶのか」と野党を挑発した。枝野代表の答えは「国民に必要な改正なら議論する」というものだった。なぜ「森友・加計問題を議論する党を選ぶのか、逃げ回っている党を選ぶのか」と応戦しなかったのか。
日本では、首相は自分に有利な時、いつでも衆議院を解散できるという憲法7条の解釈がまかり通っている。なぜ枝野氏は「改憲をいうなら、まず7条解釈を変えるべきだ」と反論しなかったか。選挙論争で腰が引けていては困る。

私が接触した人々の間には、民主党政権失政の記憶が強く残っていた。野党が伸びなかった理由のひとつである。枝野氏は3・11東電原発事故の際内閣官房長官で、放射線量について毎日「直ちには健康に影響ありません」と非科学的なことを言い続けた人物である。あの失政の影響を払拭するためには、立憲民主党は立党の功労者であっても、ゆくゆくは代表を変えたほうがよい。
さらに野党共闘は、参院選に臨んで憲法・原発・日米関係など基本路線がまるで違う政党が連立内閣を作ったとき、どのような姿になるのか、それを示さず、共闘によって議席を増やすことだけを考えていた。これでは万が一勝利しても、民主党政権と同じような混乱がおきると人は見るだろう。

先月、本ブログで岩垂弘氏の紹介による「護憲団体が参院選を総括」(8月5日)を読んだ時にはためいきが出た。
「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合(市民連合)」の総括は前半で、この選挙では、多くの地域で市民と野党の共闘が実現し、32の1人区で10議席を獲得でき、改憲勢力の3分の2を打破することができた。自民党が現有議席を確保できず、参議院における単独過半数を失った、憲法改正を訴えた安倍晋三首相の路線が否定された、と述べている。
岩垂氏はこれを「まさに、“勝利宣言”とみて差し支えないだろう」と判断している(氏がこれに同意しているわけではない)。「九条の会」の総括も「市民連合」と同じ趣旨である。
選挙後の記者会見では枝野氏も共産党の志位氏も、野党共闘の成果を強調した。だが立憲民主党の議席は増えたが、国民民主党と共産党は減った。野党間で議席のやり取りをしたに過ぎない。
自民党は前回参院選のできがよすぎたから、議席の若干の減少は織り込み済みだった。むしろ他党派が改憲に賛同したほうが国民の支持を得やすい。改憲まであと4議席あれば足りる。——ほら、国民民主党の改憲派がすぐそばにいるではないか。

8月末に国民民主党は参院選総括の中間報告を出し、あれこれの理由を挙げて敗北を認めた。
だが立憲民主党は総括をいまだやっていない。党内事情はわからないが、選挙をやったら結果を分析し教訓とするという、政党としての最低の手続きがなぜできないか。この党は国会議員のおしゃべりクラブにすぎないのか。
とはいえ、安倍政治を終わらせようとすれば、われわれには立憲民主党を大きくする以外に方法がない。朝日新聞の世論調査では、過去3年の安倍内閣の世代別の支持率は、18~29歳の男性は57・5%、30代男性は52・8%。男女の全体は42・5%だった。不祥事が起きても、この世代の支持率は一時下がってすぐに回復するという。党勢拡大を図るなら、若者を引き付け、将来への夢を与える政策と活動が必須であることがわかる。
国会では野党議員が安倍内閣閣僚の食言を金切り声で糾弾し、揚足取りをするが、われわれはもうあきあきしている。そういう時代はすでに終ったのだ。糾弾一辺倒は、対案を提起する能力のなさの裏返しである。

新しい路線は、新自由主義・アベノミクスの手直しではなく、これを画期的に転換する経済・社会政策でなければならない。またそれを一口で表現できる政治スローガンが必要である。
それは経済の低成長のもと、1000兆円を超す財政赤字対策、食料とエネルギー自給率の向上、年金を含めた高度の社会福祉という、解法の困難な多元方程式の解を求めることにならざるを得ない。いま立憲民主党はこの課題に急いで取りくんでほしい。
さらに政治路線やスローガンを決めるときは議員だけでなく、一般有権者が参加する開かれた討論をやって支持を広げてほしい。そのためには都道府県レベルで地方活動家を養成し、市町村に支部組織を作らなければならない。そうしてこそ右翼的労組に気兼ねをしない、真の国民政党へ脱皮できると思う。

広原氏が「左派勢力の中心である共産と社民が大量票を失った」と指摘したことについて、私もひとこと言いたい。
社民党は、もはや風前の灯火である。かつてソ連や中国を礼賛して人望を失い、選挙では労組に頼りすぎたために、いま支持基盤をほとんど失っている。
共産党は、参院選の得票が2016年よりも150万票の減少、大阪では衆院補選と参院選で惨敗を重ねたというのに、その総括を避けて「健闘した」とごまかし、志位委員長ら指導者は敗北の責任をとろうとしていない。共産党幹部は堕落している。
小池書記局長の7月の党会議への報告では、2017年総選挙時30万いた党員は現在7300人減、「赤旗」読者1万5000人減、同紙日曜版7万7000人減だという。これは1960年代、70年代入党者の高齢化と自然死がつづき、若者の入党が極端に少ないのだから当然の結果である。
共産党に対する国民の支持が限られたものである最大の理由は、ソ連の崩壊と中国共産党の専制政治を目の前に見て、社会主義・共産主義に何の魅力がなくなったこと、さらに私の経験からいえば、今どきの若者は閉ざされた組織体質を好まない。
党員は党の決定と異なる意見を公表してはならないとか、下級は上級に従うべしとか、異なる支部間の意見交換は許さないとか、さらに機関紙の拡大などで党員が上からしょっちゅう尻を叩かれているのをみれば、たいがいは尻込みする。
もし共産党が社民党の運命を避けたければ、いまや賞味期限の来た党名と政治路線、組織原則をみなおすべきだと思う。
60年ほどむかし、社共両党の連合政府をゆめみたものとしては、両党の衰弱はじつに残念だ。いまこそ自らのおかれた位置をよく見て、迫りくる破局と戦うべく、体制を刷新してもらいたい。そうすれば私は生活費を削ってでも、また村の共産党に1万円を寄付するつもりである。
2019.09.12  どこまで続く「こざかしい見栄っ張り」政治―安倍改造内閣を見て思う

田畑光永 (ジャーナリスト)

 第4次安倍内閣第2次改造内閣と称する内閣が発足した。第4次というのは安倍晋三氏が衆議院の首班指名選挙で首班(つまり首相)に4回目の指名を受けて作った内閣であり、第2次改造というのは改造2度目という意味である。そうか「安倍晋三君を内閣総理大臣に指名するに決しました」という衆院議長の声をわれわれは4回も聞かされたわけなのだ。
 最初は2006年9月だった。小泉(純一郎)内閣(2001~06)の後を受けて発足した第1次安倍内閣は翌7年7月の参院選で惨敗。安倍は9月、首相在任1年で退任した。これで終わっていればよかった。ご記憶にあると思うが「三角大福中」と言われた田中角栄、三木武夫、福田赳夫、大平正芳、(鈴木善幸)、中曽根康弘の時代もそうだったが、わが国はその後、より短命政権の時代となった。
 中曽根から安倍の前任の小泉まで、歴代総理の名前を書きだしてみると、竹下登、宇野宗佑、海部俊樹、宮沢喜一、細川護熙、羽田孜、村山富市、橋本竜太郎、小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎である。その在任期間は、中曽根と小泉の5年5か月が例外的な長さであって、ほかに2年を越えたのは橋本の2年6か月と海部の2年2か月の2人だけ。あとは全員2年未満、短いほうの筆頭は宇野と羽田の2か月である。
 安倍もこの短命の列に収まったのなら文句はない。ところがどうした風の吹き回しか、民主党政権時代の3年をはさんで、その安倍が復活して、今や歴代在任日数で2800数十日、第2位に上り詰めている。このまま無事に月日が過ぎれば、あと2か月余で桂太郎を抜いて憲政史上最長政権の記録を塗り替えるというのだから、国民としてはなんともいえない焦慮に駆られるではないか。
 なぜこの内閣が長続きするのか。さまざまな説があろう。基本的には90年代から実施された小選挙区制がそれなりに定着して、自民党内の権力の一極集中化が進み、党内野党が存在しにくくなったこと。また時代の変化が速いために、多少なりとも「変革」を掲げなければならない野党がきちんとした立ち位置を確保できず、保守の唱える「安定」が有権者の逃げ込み場所となっていること。そして残念ながら民主党時代の3年間、与党内でぶざまな党内抗争が続き、政治に対するアパシーを助長してしまったことも否定できまい。
 それに国民も健忘症にすぎる。モリカケにはっきり見て取れた安倍政権の権力私物化が、ほんのわずかな時間しか経っていないのに、すでにはるか忘却の彼方へ遠ざかり、史上空前の財務省内の大量公文書偽造さえもはや存在しなかったごとくである。
 どうすればいいか、直截な方法はない。政権の所業を睨みつけているしかない。
********
 安倍という人は知らない。報道で見るだけである。私にはこざかしい見栄っ張りとしか見えない。かれの口癖、「戦後○十年、未解決のこの問題を私たちの(つまり私の手で)世代で解決したい」は、かれの名誉欲の発露に他ならない。教育基本法の改正しかり、北方4島の問題しかり、慰安婦問題をはじめ戦争責任に関することどもしかり、そしてもっとも重視する憲法9条の改訂しかり、である。
 どれも大事な問題である。だから手を出すなとは言わない。しかし、かれの手法は真正面から議論を戦わせようというのではい。「子供に自衛隊は憲法違反なの?と聞かれる自衛隊員の苦しみをほっておいていいのか」といったたぐいの形式論理で議論を避け、あとは議会で数を恃んで目的を達しようとする。率直に言って、こういう人物に大事なことは任せられない。
 11日の改造内閣の顔ぶれは、私には再来年9月に待っている自民党総裁としての任期切れにさらに連投をねらう布陣としか見えない。
 11日夕の記者会見で首相が真っ先に口にしたのは、新内閣には13人の初入閣者がいるということであった。首相と公明党枠1人を除くと18人だから新顔が多いとはいえる。政治家にとって閣僚に登用されることは大きな目標だから、いつその順番が回ってくるかは死活的な問題である。
 では、今回の改造でのその13人の内訳を見よう。まず目につくのは話題の38歳、小泉進次郎環境相とスケートの橋本聖子五輪担当相だが、この2人と公明党枠の赤羽一嘉国土交通相は普通の自民党内の大臣競争では別格だからひとまず除いて残りの10人を並べてみると、すぐに気づくことは首相官邸で直接、安倍に仕えた人物が5人もいることだ。河合克行(党総裁外交特別補佐→法務相)、萩生田光一(官房副長官→文科相)、江藤拓(首相補佐官→農林水産相)、衛藤晟一(首相補佐官→一億総活躍・少子化担当相)、西村康稔(官房副長官→経済財政・経済再生担当相)の各氏である。このほかにも経済産業相となった菅原一秀氏は菅官房長官に近い人間として知られている。
 となると、大臣競争の中から選ばれたいわゆる入閣待機組からは4人しか大臣になれなかったわけである。そこで官邸組6人(菅原氏を含む)と待機組4人の平均年齢を計算してみたところ、官邸組は57.1歳、待機組は65.2歳だった。この結果は安倍官邸に取り立てられることが、どれほど今の政界での出世に有利かを如実に示している。何事にせよ、党内から安倍に反対する声はますます出にくくなることは間違いない。
内閣改造では派閥の割り振りが注目される。今回もそれぞれに出入りはあるが、なんといっても、安倍のライバルと見られる石破茂支持勢力からは1人の入閣者もいないことが見逃せない。いや、この言い方は間違っている。石破は「1人も入閣者なし」どころではない痛手を被ったはずだ。
 それは先ほど触れた小泉進次郎環境大臣だ。小泉はこれまでの総裁選では石破支持を公言していた。権力のない石破にとっては、人気の小泉の支持は大きな励ましとなったろう。しかし、その小泉も入閣すれば、抜擢に安倍の恩を感じないわけにはいくまいし、何より大臣在職中に総裁選となったら、反安倍は口にしずらい。安倍は石破を徹底的に踏みつけたのだ。
 というわけで、今回の内閣改造を見ると、安倍はこれからいろんな人間の名前を出しながら、最後は「やっぱり安倍」という流れを作ろうとしているとしか見えない。桂太郎を抜くどころの話ではない。圧倒的な長期政権記録をあの男が作るとしたら・・・想像するだに気持ちが暗くなる。それを阻む道はどこにあるのだろうか。
2019.08.30 「NHKから国民を守る党」の怪しい正体
改憲派の仲間入りか?

隅井孝雄 (ジャーナリスト)

参院選で「NHKから国民を守る党」(N国党)が比例で当選したことが話題となった。ほかならぬNHK政見放送で「NHKをぶっ壊せ」と叫んだことから、市民の好奇心を煽り、ユーチューブで300万回も視聴された(7/25朝日新聞)。

立花孝志氏とは何者?
「NHKをぶっ壊す」と叫んで国政に進出した立花孝志氏は、元NHK職員だ。不正経理に絡んで懲戒処分、2005年に退職、一時期「みんなの党」に出入りしていた。
2013年「NHKから国民を守る党」を結成、その後大阪や東京で地方議会選に立候補、落選を繰り返した後、2015年船橋市議会議員に。しかし任期半ばで辞任、2016年以降都知事選、堺市長選などで落選を重ねる一方、地方議員に候補をたて、一部で当選者を出すようになった。19年4月の統一地方選で地方議会に26人が当選、余勢を駆って参院選に挑戦することとなった。立花氏の得票は99万票、1.97%だが、全国各地のN国候補の合計得票率が3.02%と政党要件2%を上回ったことから比例当選を果たした。

物珍しさ消え、右寄り傾向見せる
当選直後、「北方領土を戦争で取り返す」と発言し糾弾決議を受けた丸山穂高衆院議員を入党させ、更に参院渡辺喜美参院議員と統一会派を組み「みんなの党」を名乗ることになる。
しかし「みんなの党」が表立ち、N国党がかすむという自己矛盾となる。「物珍しさ」はすっかり消えた。不祥事に関連した元自民議員などの加入を呼びかける一方、「NHKのスクランブル化(NHKを見ない人は払わなくていい)を首相が認めれば、憲法改正に賛成する」(7/30時事通信)という発言や、ネトウヨ的言動に批判が高まっている。新たな右翼グループの誕生で、改憲2/3にあと一歩との見方も一部でささやかれている。
8月10日N国は臨時総会を開いた。ジャーナリストの上杉隆氏を幹事長に起用、政党の体制を一応整ようとした。来年の都知事選、次期衆院選に挑むというが、右寄り傾向という正体を見せたことで、政党としての発展は危うくなったと私はみる。

NHKの在り方を問う市民運動とは無縁
2014年以降3年間はNHK会長籾井勝人(当時)の「政府が右と言えば左と言えない」と発言、受信料不払いを宣言する人が多数出た。NHKに対する不信感は今も続く。しかし2017年12月、最高裁が受信料の支払い義務は合憲だと判断を示した。そのため、番組に対する不満から不払いする視聴者の「権利」は成り立たず、受信料裁判は視聴者の敗訴が続いている。
NHKは8月9日から3日間、「受信料をお支払いください」という異例の3分番組を放送した(松原洋一理事の出演)。続いて政府が「NHKと契約したものは受信料の支払い義務がある」との答弁書を閣議決定した。議員会館室にテレビがあるが、立花氏は「NHKと契約するが受信料は踏み倒す」と公然と発言したからだ。
しかしそのNHKにも矛盾がある。NHKは近々総合とETVのすべての番組をインターネットで同時配信する準備中だ。受信料を払っていない人がネットで流れる番組をパソコンやケータイで視聴しようとすると、「受信料を支払ってください」というスクランブル画面が出る仕組みになるとみられる。ネットでは立花氏の言い分が通るということにならないか。
私自身京都で「NHKを憂うる会」(現「NHK・メディアの会京都」)で、かつて籾井会長の辞任を求める運動を行ってきたが、同時にNHKの安倍政権寄りの報道姿勢を正そうとする運動に参加してきた。そのため“「N国党」とは関係あるのか”と参院選中よく聞かれた。“「まともな公共放送を取り戻そう」という市民運動とは全く異なる”が私の答えだ。
NHKが政権寄りの報道をやめ、本来の公共放送に立ち返るためには、7,122億円の受信
料(2018年)でNHKを支える市民、視聴者の力強い働きかけ以外にはない。
最近NHKの報道の政権寄りを批判する市民組織の数が増え、全国的になっているのは
心強い動きだ。独立した公共放送としての使命を取り戻せ、政府寄りの人事を撤回せよなどの申し入れが「NHKを考える会」など、全国20団体の連名で行われた。(6/26)。NHK批判の市民の動きは全国各地に広がりを見せている。

2019.08.28 日本政府は韓国政府との間で対話・議論を開始せよ
学者らの声明に賛同署名8千400余

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 韓国人元徴用工の訴訟問題などに端を発した日韓関係の深刻な悪化を憂慮する学者、弁護士、文化人、メディア関係者らが、日本政府による韓国政府との冷静な対話・議論を求めた声明「韓国は『敵』なのか」への賛同署名が、8月15日までに8404人になった。声明の世話人は「賛同署名は8月31日まで継続する」と述べており、賛同署名が最終的にどのくらいになるか、関心を集めている。

 「韓国は『敵』なのか」と題する声明は、7月25日に発信された。それには、呼びかけ人として75人が名を連ねている。大学教授、研究者、弁護士、精神科医、作家、詩人、哲学者、評論家、翻訳家、メディア関係者、元政府代表、元外務省職員らで、石坂浩一(立教大学教員)、内海愛子(恵泉女学園大学名誉教授)、内田雅敏(弁護士)、岡田充(共同通信客員論説委員)、岡本厚(元「世界」編集長)、田中宏(一橋大学名誉教授)、和田春樹(東京大学名誉教授)の7氏が世話人を務める。
呼びかけ人は、インターネットを通じて市民に声明への賛同署名を求めている。

 声明はかなり長文だが、要点は次の通り。

「私たちは、7月初め、日本政府が表明した、韓国に対する輸出規制に反対し、即時撤回を求めるものです。半導体製造が韓国経済にとってもつ重要な意義を思えば、この措置が韓国経済に致命的な打撃をあたえかねない、敵対的な行為であることは明らかです」。

「国と国のあいだには衝突もおこるし、不利益措置がとられることがあります。しかし、相手国のとった措置が気にいらないからといって、対抗措置をとれば、相手を刺激して、逆効果になる場合があります。特別な歴史的過去をもつ日本と韓国の場合は、対立するにしても、特別慎重な配慮が必要になります。それは、かつて日本がこの国を侵略し、植民地支配をした歴史があるからです。日本の圧力に『屈した』と見られれば、いかなる政権も、国民から見放されます。日本の報復が韓国の報復を招けば、その連鎖反応の結果は、泥沼です。両国のナショナリズムは、しばらくの間、収拾がつかなくなる可能性があります。このような事態に陥ることは、絶対に避けなければなりません」

 「すでに多くの指摘があるように、このたびの措置自身、日本が多大な恩恵を受けてきた自由貿易の原則に反するものですし、日本経済にも大きなマイナスになるものです。しかも来年は『東京オリンピック・パラリンピック』の年です。普通なら、周辺でごたごたが起きてほしくないと考えるのが主催国でしょう。それが、主催国自身が周辺と摩擦を引き起こしてどうするのでしょうか。今回の措置で、両国関係はこじれるだけで、日本にとって得るものはまったくないという結果に終わるでしょう。問題の解決には、感情的でなく、冷静で合理的な対話以外にありえないのです」

 「元徴用工問題について、安倍政権は国際法、国際約束に違反していると繰り返し、述べています。それは1965年に締結された『日韓基本条約』とそれに基づいた『日韓請求権協定』のことを指しています。
 日韓基本条約の第2条は、1910年の韓国併合条約の無効を宣言していますが、韓国と日本ではこの第2条の解釈が対立したままです。というのは、韓国側の解釈では、併合条約は本来無効であり、日本の植民地支配は韓国の同意に基づくものでなく、韓国民に強制されたものであったとなりますが、日本側の解釈では、併合条約は1948年の大韓民国の建国時までは有効であり、両国の合意により日本は韓国を併合したので、植民地支配に対する反省も、謝罪もおこなうつもりがない、ということになっているのです。
 しかし、それから半世紀以上が経ち、日本政府も国民も、変わっていきました。植民地支配が韓国人に損害と苦痛をあたえたことを認め、それは謝罪し、反省すべきことだというのが、大方の日本国民の共通認識になりました。1995年の村山富市首相談話の歴史認識は、1998年の『日韓パートナーシップ宣言』、そして2002年の『日朝平壌宣言』の基礎になっています。この認識を基礎にして、2010年、韓国併合100年の菅直人首相談話をもとりいれて、日本政府が韓国と向き合うならば、現れてくる問題を協力して解決していくことができるはずです」

 「元徴用工たちの訴訟は民事訴訟であり、被告は日本企業です。まずは被告企業が判決に対して、どう対応するかが問われるはずなのに、はじめから日本政府が飛び出してきたことで、事態を混乱させ、国対国の争いになってしまいました。元徴用工問題と同様な中国人強制連行・強制労働問題では1972年の日中共同声明による中国政府の戦争賠償の放棄後も、2000年花岡(鹿島建設和解)、2009年西松建設和解、2016年三菱マテリアル和解がなされていますが、その際、日本政府は、民間同士のことだからとして、一切口を挟みませんでした」

 「日韓基本条約・日韓請求権協定は両国関係の基礎として、存在していますから、尊重されるべきです。しかし、安倍政権が常套句のように繰り返す『解決済み』では決してないのです。日本政府自身、一貫して個人による補償請求の権利を否定していません。この半世紀の間、サハリンの残留韓国人の帰国支援、被爆した韓国人への支援など、植民地支配に起因する個人の被害に対して、日本政府は、工夫しながら補償に代わる措置も行ってきましたし、安倍政権が朴槿恵政権と2015年末に合意した『日韓慰安婦合意』(この評価は様々であり、また、すでに財団は解散していますが)も、韓国側の財団を通じて、日本政府が被害者個人に国費10億円を差し出した事例に他なりません。一方、韓国も、盧武鉉政権時代、植民地被害者に対し法律を制定して個人への補償を行っています。こうした事例を踏まえるならば、議論し、双方が納得する妥協点を見出すことは可能だと思います」

 「私たちは、日本政府が韓国に対する輸出規制をただちに撤回し、韓国政府との間で、冷静な対話・議論を開始することを求めるものです」
 「いまや1998年の『日韓パートナーシップ宣言』がひらいた日韓の文化交流、市民交流は途方もない規模で展開しています。300万人が日本から韓国に旅行して、700万人が韓国から日本を訪問しています。ネトウヨやヘイトスピーチ派がどんなに叫ぼうと、日本と韓国は大切な隣国同士であり、韓国と日本を切り離すことはできないのです」
「安倍首相は、日本国民と韓国国民の仲を裂き、両国民を対立反目させるようなことはやめてください。意見が違えば、手を握ったまま、討論をつづければいいではないですか」

————————————————————————————————————————
賛同署名記入は、https://forms.gle/4Naxt9Aw4WfS1VK39
からできる。
————————————————————————————————————————
 「韓国は「敵」なのか」声明の会は、8月31日(土)14時から、韓国YMCAスペースY(東京のJR水道橋駅東口から徒歩7分、都営三田線水道橋駅A1から徒歩7分)で緊急集会「韓国は『敵』なのか」を開く。内田雅敏、和田春樹さんらが発言。参加費500円。

2019.08.16 共産は第2ステージの野党共闘に対応できるか
2019年参院選を顧みて(3)
                
広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)
          
問題は、野党共闘が第2ステージに入るこれからの局面において、共産が果たしてこの事態に対応できるかどうかということだ。志位委員長は「れいわ」に対して積極的協力の姿勢を打ち出しているが、その場合に立民を含む野党共闘がどのような形になるか、目下のところ「想定外」でしかない。共産を取り巻く懸念材料には事欠かないが、官僚的組織運営と指導方針の硬直化がますます進み、組織の高齢化が相まって「基礎体力=党勢」が目に見えて落ちてきていることは誰の眼にも明らかになっている。にもかかわらず、今回の参院選総括においてもこのような深刻な事態を直視することなく、従来からの硬直した「党勢拡大一本やり」の運動方針から未だ離れることができないのは悲惨と言うほかない。

事実経過を追うと、投開票日の翌日7月22日には下部組織の討議を一切抜きにした「参議院選挙の結果について」(常幹声明)が出されて23日の赤旗に掲載され、25日には「『常幹声明』を直ちに討議し、公約実現のたたかい、党員拡大を根幹にすえた党勢拡大にふみだそう」(書記局)と問答無用の檄が飛ばされるという有様だ。しかも、常幹声明の中身が不可思議極まりない代物なのである。
「比例代表選挙で、わが党が改選5議席から4議席に後退したことは残念です。同時に私たちは、今回の参院選の比例代表得で獲得した得票数・得票率をこの間の国政選挙の流れの中でとらえることが大切です。わが党は、今度の参議院選挙で2017年総選挙の比例代表で得た『440万票、7.90%』を出発点にし、『850万票、15%以上』の目標に向けてどれだけのばせるかのたたかいとして奮闘してきました。この基準にてらして、比例代表で低投票率のもと448万票の得票、8.95%の得票率を獲得し、17年総選挙と比較してそれぞれを前進させたことは、次の総選挙で躍進をかちとるうえで、重要な足がかりになると確信するものです」
 
この常幹声明に対して感じる疑問は、第1は手の届きそうにない「850万票、15%以上」を依然として党勢拡大目標に掲げていること。第2は2017年衆院選の比例代表得票数440万票(7.9%)を今回参院選の比較基準にしていること。第3は今回参院選の低投票率を根拠として448万票(9.0%)の得票を「前進」だと総括していることの3点である。

「参院選850万票、15%以上」という数値目標は、2016年参院選を翌年に控えた2015年1月、志位委員長が第3回中央委員会総会において提起したものだ。志位委員長はこう発言している(カッコ内は筆者注)。
「次期国政選挙の目標について。総選挙の結果と教訓を踏まえ(2014年衆院選、比例代表得票数606万票、得票率11.4%)、次期国政選挙(2016年参院選)の目標を比例代表選挙で『850万票、得票率15%以上』とし、これに正面から挑むことを提案します。この目標は、国政選挙における過去最高の峰―1998年の参議院選挙での819万票、14.6%を上回り、新たな峰をめざそうというものです。また、この目標は、綱領実現をめざす『成長・発展目標』の達成を現実的視野にとらえる目標となります」

2015年と言えば、共産が比例代表得票数で過去最高を記録した1996年衆院選726万票(13.1%)、1998年参院選819万票(14.6%)から既に20年近くも経過している。現在の選挙制度に変わってからの国政選挙の結果を見ると、参院選、衆院選ともに上記選挙(※)がいずれも例外的に「突出」した事例だったことがよくわかる。全体を通してみれば、参院選13回のうち300万票台4回、400万票台5回、500万票台3回と400万票台が最大多数であり、800万票台は1回のみで得票率が2ケタになったのは2回にすぎない。

衆院選では8回のうち300万票台1回、400万票台4回、600万票台2回、700万票台1回であり、これも400万票台が最大多数であることに変わりない。なのに、1回しか得票したことのない819万票(14.6%)を超える「850万票、15%以上」が、どうして「綱領実現をめざす『成長・発展目標』の達成を現実的視野にとらえる目標」になるのであろうか。

【現在選挙制度に基づく共産比例代表得票数・得票率の推移、参院選、衆院選】
         参院選           衆院選
1980年代   1983年416万票(9.0%) 
1986年543万票(9.5%) 
   1989年395万票(7.0%) 
1990年代  1992年353万票(7.9%) 
1995年387万票(9.5%)  ※1996年726万票(13.1%)
   ※1998年819万票(14.6%) 
2000年代  2001年432万票(7.9%)  2000年671万票(11.2%)
2004年436万票(7.8%)   2003年458万票(7.8%)
   2007年440万票(7.5%)  2005年491万票(7.3%)
2009年494万票(7.0%)
2010年代  2010年356万票(9.0%)  2012年368万票(6.1%)
2013年515万票(9.7%)  2014年606万票(11.4%)
   2016年601万票(10.7%)  2017年440万票(7.9%)
2019年448万票(9.0%) 

おそらくその背景には、2010年代に入って300万票台に落ち込んでいた国政選挙の比例代表得票数が、2013年参院選では500万票台、2014年衆院選では600万票台に乗り、党勢が上向いたとの判断があったのだろう。しかし、「850万票、15%以上」という目標は、2013年参院選515万票の1.7倍、2014年衆院選606万票の1.4倍に当たり、これを達成するのが容易でないことは誰の眼にも明らかだ。最大の理由は、1960年代から倍々ゲームで躍進してきた党勢(党員数、機関紙読者数)が見る影もなく落ち込んでいるからである。

京都新聞(2017年1月19日)によると、2017年当初の党勢は「党員数は約30万人でこの20年間に約7万人減少。収入の柱である機関紙『赤旗』の発行部数(日刊紙と日曜版の合計)も20年前と比べると半減した」とある。20年前と言えば、1960年代に入党した若者の多くが壮年期に達した頃であり、活動エネルギーも最高潮の時期だった。それから20年、多くは高齢者となって活動量は目に見えて落ちてきており、その上党員数の減少にも歯止めが掛からない。実質的な活動量は20年前から半減していると見なければならない。質量ともに低下の一途を辿っている組織に対して、「850万票、15%以上」という途方もない大きな目標を押し付けることはできないし、押し付けたとしても〝虚構の目標〟になることは目に見えている。

第2の疑問は、「850万票、15%以上」が提起されたときの基準は2014年衆院選の606万票(11.4%)だったのに、それが常幹声明ではなぜ2017年衆院選の440万票(7.9%)になったかについてである。2013年参院選以降、国政選挙では2度の参院選と衆院選が行われているが、2017年衆院選は共産の比例代表得票数が440万票(7.9%)の最低レベルに落ち込んだ選挙だった。最低レベルの選挙を「基準」にすれば、今回参院選の448万票(9.0%)も「前進」と言えないこともないが、そんな詭弁は余りも悲しいではないか。

 第3の疑問は、常幹声明が「この基準にてらして、比例代表で低投票率のもと448万票の得票、8.95%の得票率を獲得し、17年総選挙と比較してそれぞれを前進させたことは、次の総選挙で躍進をかちとるうえで重要な足がかりになると確信するものです」と言っていることだ。このことは、今回参院選は48.6%の低投票率であるにもかかわらず、投票率53.7%の2017年衆院選を上回る得票だったことを評価していることを意味する。

しかし、衆院選と参院選における投票率と共産の比例代表得票数の関係は、参院選では相対的な関係が認められるものの、衆院選ではほとんど関係が見られないのでこの論法は成立しない。言い換えれば、投票率の高低を基準にして衆院選と参院選の得票数を比較することはできないし、しても無意味だということなのである。こんな現象が起るのは、衆院選が政権選挙である以上その都度予期しない「想定外」の政変が引き起こされて投票率は上がるものの、事態に対応できない政党が振り落とされて得票数を減らすためである。共産が大量の票を失った2012年衆院選(投票率59.3%)は「第3極」の躍進が起り、2017年衆院選(投票率53.7%)は民進党分裂に伴う「枝野立民」の旗揚げがブームを呼んだ選挙だった。こんな事情を無視して、2019年参院選は投票率が下がったにもかかわらず2014年衆院選よりも「前進」したなどと総括することにどれだけの意味があるというのだろうか。

【2010年代の衆院選、参院選の投票率と共産得票数・投票率の関係】
衆院選         2012年      2014年      2017年
得票数、得票率  369万票(6.1%)  606万票(11.4%) 440万票(7.9%)
投票率        59.3%       52.7%      53.7%

参院選         2013年      2016年      2019年
得票数、得票率  515万票(9.7%)  602万票(10.7%) 448万票(9.0%)
投票率        52.6%       54.7%      48.6%

 このように性格の異なる衆院選と参院選をごちゃ混ぜにして、2017年衆院選得票数を「基準」に今回参院選の結果を論じようとすることなど、まともな政党のすることではあるまい。衆院選は衆院選で、参院選は参院選で、それぞれ時系列的な客観分析が求められることは自明の理なのであり、2016年参院選の602万票(10.7%)が2019年参院選では448万票(9.0%)に落ち込み、▲154万票(▲25.4%)になった現実を直視しなければ、今回参院選の総括は始まらないというべきだ。

問題が深刻なのは、「850万票、15%以上」という目標がもはや〝虚構の数字〟であるにもかかわらず、共産が依然としてこの目標にしがみついていることだ。現状に苛立った志位委員長は、2019年参院選の前年、2018年6月の第4回中央委員会総会で次のように発言している。
「『特別月間』のこの目標は、参院選躍進にむけた中間目標であって、党勢拡大の流れをさらに加速させて、来年の参議院選挙は党員も読者も『前回比3割増以上』の党勢でたたかうという目標に挑戦することに『決議案』が呼びかけていることです。この目標の提起は新しい提起であります。『前回比3割増以上』という目標は、党員でも読者でも現勢の1.4倍以上をめざすという目標になります。どんな複雑な情勢が展開したとしても、参院選で『850万票、15%以上』という比例目標をやりきる、その保障をつくるということを考えたら、これはどうしても必要な目標です。2010年代に『成長・発展目標』を達成するという大志とロマンある目標との関係でも、『前回比3割増以上』に正面から挑戦しようではありませんか」
「わが党の歴史をふりかえれば、前回選挙時比で130%以上の党勢を築いて、次の選挙戦で勝利をめざすというのは、1960年代から70年代の時期には、全党が当たり前のように追求してきた選挙戦の鉄則でした。党綱領路線確定後の「第1躍進の時期」―1969年の総選挙、72年の総選挙などでは、いずれも前回比130%の党勢を築いて選挙を戦い、連続躍進を勝ち取っています。(略)来年の参議院選挙・統一地方選挙をそのような党勢拡大と選挙躍進の本格的な好循環をつくる選挙にしていこうではありませんか」

だが、それとは逆に浮かび上がってきた現実は、ごく最近になって公表された「2017年衆院選比で党員7300人減、日刊紙1万5千人減、日曜版7万7千人減」(赤旗2019年7月30日)という最近の党勢衰退を示す冷厳な事実だった。2017年当初の党勢が「党員数は約30万人でこの20年間に約7万人減少。収入の柱である機関紙『赤旗』の発行部数(日刊紙と日曜版の合計)も20年前と比べると半減した」との京都新聞記事と照合すると、これまでの20年間の年平均減少数は党員3500人減、機関紙読者5万人減となり、この2年間の年平均減少数(党員3650人減、年間読者4万6千人減)とほぼ合致する。20世紀末から21世紀にかけて共産の党勢が確実に衰退し続けているというリアリズムに立脚すれば、「革命的ロマン主義」を掲げて〝虚構の目標〟を追求することの弊害は大きい。それが「空想的ロマン主義」に陥り、実態を覆い隠す観念主義に転化するからである。

この事態は、日本帝国陸軍の『失敗の本質』を想起させる。過去の(一時的な)成功体験を絶対化・普遍化して基本方針を定立し、その後の情勢変化や敵味方の戦力の変化を一切考慮することなく、ただひたすらに「進軍」「突撃」を命じ続けたのが日本帝国陸軍の体質であり伝統であった。この軍事組織の欠陥を鋭く分析したのが、防衛大学校の戦史研究グループを中心に編纂された『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』(中公文庫、1991年)である。

不遜な比喩かも知れないが、私にはこの日本帝国陸軍の体質と伝統が現在の共産にも流れている(受け継がれている)ような気がしてならない。共産主義が「戦時共産主義」として生まれ、革命を遂行するためには軍隊に比すべき上意下達システムが貫徹され、それが党内民主主義の成長を妨げてきたことは歴史の教えるところだからである。ソ連をはじめ各国の共産政権が連鎖的に崩壊したのも、また現在の中国政府の強権的体質が批判されているのも全てはこの点に関わっている。そんな思いで本書を読み直してみたのだが、多くの兵隊の命を奪った作戦の失敗が日本帝国陸軍の欠陥に直結していることを改めて痛感した(ちなみに、私は戦前の満洲生まれの帰国者である)。以下、幾つかの抜粋を紹介して本稿を終わりたい。

「日本軍の戦略策定は一定の原理や論理に基づくというよりは、多分に情緒や空気が支配する傾向があった。これはおそらく科学的思考が組織の思考のクセとして共有されるまでに至っていなかったことと関係があるのだろう。(略)第15軍がビルマでインパール作戦を策定したときにも、牟田口中将の『必勝の信念』に対し、補佐すべき幕僚はもはや何を言っても無理だというムード(空気)に包まれてしまった。この無謀な作戦を変更ないし中止させるべき上級司令部も次々に組織内の融和と調和を優先させ、軍事的合理性をこれに従属させた」(283~284頁)

「およそ日本軍には、失敗の蓄積・伝播を組織的に行うリーダーシップもシステムも欠如していたというべきである。ノモンハンでソ連軍に敗北を喫したときは、近代陸戦の性格について学習すべきチャンスであった。ここでは戦車や銃砲が決定的な威力を発揮したが、陸軍は装備の近代化を進める代わりに、兵力量の増加に重点を置く方向で対処した。装備の不足を補うのに兵員を増加させ、その精神力の優位性を強調したのである。こうした精神主義は二つの点で日本軍の組織的な学習を妨げる結果になった。一つは敵戦力の過小評価である。(略)もう一つの問題点は、自己の戦力を過大評価することである。(略)ガダルカナル島での正面からの一斉突撃という日露戦争以来の戦法は、功を奏さなかったにもかかわらず何度も繰り返し行われた。そればかりか、その後の戦場でもこの教条的戦法は墨守された。失敗した戦法、戦術、戦略を分析し、その改善策を探求し、それを組織の他の部分へ伝播していくということはおどろくほど実行されなかった」(325~326頁)

「それでは、なぜ日本軍は組織としての環境適応に失敗したのか。逆説的ではあるが、その原因の一つは過去の成功への「過剰適応」が挙げられる。過剰適応は適応能力を締め出すのである。(略)組織が継続的に環境に適応いくためには、組織は主体的にその戦略と組織を革新していかなければならない。このような自己革新組織の本質は、自己と世界に関する新たな認識的枠組みを作り出すこと、すなわち概念の創造にある。しかしながら、既成の秩序を組み換えたりして新たな概念を創り出すことは、われわれの最も苦手とするところであった。日本軍のエリートには、狭義の現場主義を超えた形而上的思考が脆弱で、普遍的な概念の創造とその操作化ができる者は殆どいなかったと言われる所以がここにある」(410頁)