2021.05.07 交戦権放棄の“平和憲法”を礎に

いまこそ新思考の日本外交を

 伊藤三郎((ジャーナリスト)


 先日ワシントンでの日米首脳会談でバイデン米大統領との初顔合わせを済ませた菅首相は「台湾海峡の平和と安定」に日米連携を、という極めて重い課題を背負って帰国した。ただ、帰国後は新型コロナ感染対策と「無理筋」の東京五輪・パラリンピック対応に追われ、日米同盟の重要課題に取り組む余裕などとてもなさそうに見える。
 そこで、本格化するバイデン外交に対し、日本がとるべき「新思考外交」(以下「新外交」)を提案する。ポスト・コロナの世界に向けたそれは、ずばり「平和憲法」を礎とした「不戦の誓い」と「世界連邦」を視野に入れた国連の大改革である。
 私がこの時期にあえて「新外交」を提案するのは、先の太平洋戦争敗戦直後から70年余の間、しっかり維持された「平和憲法」、なかんずく一国の主権の重要な柱である「交戦権」の放棄をうたった「憲法9条」こそ、この国の民意と受け止めるからである。

 そこで先ずは、「新外交」の原点となる「平和憲法」制定(1946年11月)当時の記録「(昭和)天皇・マッカーサー(元帥)会見公式記録」から。その存在は記者仲間だった時事通信社OBの故・長沼節夫氏に知らされ、東京・永田町の国立国会図書館でマイクロフィルムから書き写した。長沼氏によると、哲学者・鶴見俊輔がこの文書を「50年後も価値を失わぬ」と語ったという。その原資料は現在の「平和憲法」が成立(1946年11月3日)する直前、米国大使館での「天皇・マッカーサー」会見に随行した寺崎英成・御用掛が記録したものだ(原文のまま)。

 元帥 非常に良い憲法が成立致しました。その基本的な部分は世界的に良いものだと考えます。(中略)
 陛下 今回憲法が成立し民主的新日本建設の基礎が確立せられた事は、喜びに堪へない所であります。この憲法成立に際し、貴将軍に於て一方ならぬ御指導を与えられた事に感謝いたします。
 元帥 陛下の御蔭にて憲法は出来上がったのであります。(微笑しながら)陛下なくんば憲法も無かったでありましょう。
 陛下 戦争放棄の大理想を掲げた新憲法に日本は何処迄も忠実でありましょう。
 世界の国際情勢を注視しますと、この理想よりは未だに遠い様であります。その国際情勢の下に、戦争放棄を決意実行する日本が危険にさらされる事のないような世界の到来を一日も早く見られる様に念願せずに居れません。
 元帥 最も驚く可きことは世界の人々が戦争は世界を破滅に導くといふ事を十分認識して居らぬことであります。戦争は最早不可能であります。戦争を無くするには戦争を放棄する以外には方法はありませぬ。それを日本が実行されました。五十年後に於て、私は予言致します。日本が道徳的に勇敢且賢明であった事が立証されましょう。百年後に日本は世界の道徳的指導者となった事が悟られるでありましょう。(略)

 この会見が行われた敗戦翌年の1946年はマッカーサーの大改革が始まったばかり。やがてマッカーサーが去り(1951年)、朝鮮戦争(1950~53年)を境に米ソの冷戦が深刻化。米国の対日戦略も「安保条約」をテコに「非武装・中立」から「再軍備」要求へと大きく転回し、自民党は党是の「憲法改正」の実現、交戦権放棄を宣言した「憲法9条」の骨抜き政策を着々進めてきたが、それでも「平和憲法」は今日までの70年間余を生き続けた。この事実を日本国民の「民意」と受け止めての「新外交」提案である。

 「君、世界連邦って、何か知ってるかい?」「ああ知ってるよ、夢みたいな話だろう」
 これは笠信太郎(1967年死去)が朝日新聞の論説主幹時代の1963年11月に行った講演の冒頭に披露されたもの。軽い冗談のようで、実は、きわめて真面目な話である。これに続く「憲法9条」をこれからの日本外交の基本に、という笠の訴えは、歴史の大きな転換期の今こそ新鮮に響く。笠の著作からその主張を読み解くと――

 「憲法(9条)が放棄している戦争とは、第1に『国権の発動たる』戦争、第2にこうした戦争とか、武力による威嚇とか、武力の行使とかを『国際紛争を解決する手段としては』これをやらない、というのでありますから、この戦争には二重の条件が付いております。(略)それでもまだ、この放棄という言葉ではっきりしないところを、憲法第9条は、その最後に『国の交戦権は、これを認めない』という一句ではっきりさせている(略)」
 「この交戦権を自ら否認するという前代未聞の憲法が、まごう方なき現実の日本国民の憲法であります。(略)しかし、それを遵守するにつきましては、一つの重要な前提があります。それは(略)憲法9条の冒頭に書かれている一句(略)『日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求する』ということ。それを前提として戦争を放棄し、交戦権を自ら否認しているのであります」

 笠はさらに、この前提を詳しくした以下の「憲法全体の前文」を指摘する。
 「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」
 このように組み立てられた「交戦権の放棄」について、笠はさらに念を押す。
 「(交戦権の放棄は)日本がその重要なるその主権の一部を、すでに世界に向かって提出したということを意味いたします。言いかえると、もし将来、世界連邦が実現するならば、その世界連邦政府に向かって当然提供しなければならぬところの主権の一部(交戦権)を、日本は前もって(略)手放しているということであります。これは日本の立場から世界連邦をというものを考える場合に、きわめて重要な一点であります。そしてそれは、日本が、世界に向かって世界連邦を主張しうる最も有力な、筋の通った根拠である……」
(「」内はいずれも「笠信太郎全集」<1>『世界と日本』 文芸春秋社 1963年刊から)
 
 一方、米ソ両超大国が核兵器と大陸間弾道ミサイル(ICBM)を軸とした際限ない軍拡競争を続ける中の1961年、若きケネディ米大統領が颯爽と登場、その就任演説で「次の仕事にとりかかろう」と呼びかけた。笠はこの演説に注目し、次のように解説する。
 「(ケネディは)こう言っています――もし協調の橋頭堡を、疑惑のジャングルの一角に築くことができたら、こんどは次の仕事にとりかかろう。それは、新しい力の均衡ではなく、新しい法の世界の創造という事業だ、と。これは、平和は、軍備によって保てるのではなく、(略)主権の寄り合いという無政府の状況を法秩序をもって覆うてしまうことが次の仕事(略)、それには各国の主権のうち世界の問題にかかわる部分だけを、部分的に世界権威に移譲すること以外には達成の道はないのでありますから、ケネディが次の仕事と言ったのは、世界連邦ないしは世界権威のごときものをめざしていたのだ(略)と思います」(同)
 
 米ソ冷戦の深刻化する中で朝日新聞の論説主幹だった笠は、ケネディという若き政治家の出現によって、世界連邦がいよいよ現実の国際政治のテーマとして浮上か、と期待。明るい空気で迎えた1962年の元旦に「世界法の支配する世界へ」と題する社説でこう書いた。
 「ケネディ大統領自身がいうように『戦争のための兵器は、それがわれわれを滅ぼしてしまわないうちに、われわれがこれを滅ぼしてしまわなくてはならない』とすれば、道はやはりただ一つで、(略)そこに、さんとして陽のかがやく青空に出る道があるならば、われわれ日本国民の進路も、もうあれこれと迷うことは許されまい。すでに、ここ数年の間、われわれが掲げてきた理想として世界連邦への脱出以外に、この恐るべき危機を抜け出る道はあるまい。(略)一途に己の道を行こうではないか」(同全集<7> 『朝日新聞社説十五年』)
 
 だが、その年10月、ケネディ大統領がキューバにソ連ミサイル基地建設中と発表し、キューバ海上封鎖を発表(「キューバ危機」)。ケネディ・フルシチョフ双方の妥協で、ウ・タント国連事務総長の調停案を米ソが受け入れたことで、世界中を震撼させた核戦争危機が回避される。が、それから1年1カ月後、「ケネディ暗殺」(1963年11月22日)と歴史は暗転したのだった。

 冒頭の「天皇・マッカーサー」会見記録に戻ると、鶴見が言及した「50年後」を超えて、70年後の今日もこの記録は一定の「価値を失」っていない、と私は思う。「戦争放棄の大理想を掲げた新憲法に日本はどこまでも忠実でありましょう」と天皇が語った通り、現在もその基本は守られているし、天皇曰くの「戦争放棄を決意実行する日本が危険にさらされることのないような世界」と、笠が掲げる「世界連邦」とは軌を一にする。
 また、同盟相手の米国で、「民主主義の立て直し」に着手したバイデン政権の本格始動は、ソ連との冷戦終結を目指したケネディ大統領の登場に通ずるものを感じる。

 そんな今こそ、戦争放棄の「憲法9条」を礎とした「新外交」に打って出るチャンスではないか。気候変動問題はすでに国連の主導のもとに着実な前進を見せ、バイデン登場と同時に米国は国連が勧進元を努める「パリ協定」(2015年)に復帰、という流れは、世界連邦実現への着実な一歩と受け止めたい。問題が「人類の危機」ともなれば国民国家同士が意地を張り合う時間的余裕などないはずだから。

 それに続けて、懸案の国連安保理の改革。具体的には常任理事国(戦勝5カ国)の拒否権剥奪。次に、より重要な核保有国に対する「軍縮の促進」と、本年1月に発効した核兵器の保有や使用を全面禁止する核兵器禁止条約への日本の加盟。「広島・長崎」での核兵器による悲惨な被爆体験を持つ日本は、核禁条約グループ50余の国々の先頭に立って核保有5カ国に対し核軍縮を迫り、それを「新外交」の一歩にすればいい。米国の「核の傘」に頼る国であっても同条約に参加できない理由はない。世界各国に対してこうした日本の「新外交」の立場を丁寧に説明すれば、米国との対立で神経質な中国だって日本の立場に理解を示すはずである。

 これから先どんな政権が生まれるようと上記「新外交」を粛々と進めれば、米国の力の外交政策の下働きをするために「憲法改正」に貴重な時間を浪費する時代遅れの政党など自然消滅するはずである。(歴史上の人物は敬称略)



2021.05.01 憲法破壊にまっしぐらの菅政権
5月3日は75回目の憲法記念日

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 5月3日は75回目の憲法記念日。安倍晋三内閣の時代は、毎年、この日が近づくと必ず、安倍首相が改憲への強い決意を表明したものだが、安倍政権を引き継いだ菅義偉首相はこれまでのところ、そのような決意表明はしていない。が、その一方で、菅政権は日本国憲法の肝ともいうべき重要な規定を骨抜きにする、いわば実質的な改憲とも言える施策を次々と進めている。

 まず、国民の生存権への挑戦である。
日本国憲法第25条には「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」とある。つまり、国民は国によって生存権を保障されており、それゆえに国は国民の生活条件の向上に努めなければならない、というのだ。

 ところが、私たちの多くが生命の危機を感じている新型コロナウイルスの広がりに対する菅政権の無策ぶりは目に余る。昨年来、多くの専門家によって「もっと増やすべきだ」と強調されてきたPCR検査は今に至るも不十分なままだ。緊急事態宣言を発令しても、その中身は飲食店への営業時間短縮・酒類販売自粛要請が中心で、感染拡大を抑え込む決定打を欠く。
 頼みの綱のワクチンの確保も大幅に遅れている。首相官邸によると、4月21日時点で少なくとも1回接種した人は約152万人で、全人口に対する接種率は1・2%と先進国では極端に低い水準である。日本のワクチン接種率は、先進国の集まりである経済協力開発機構(OECD)加盟37カ国の中で最下位、世界182カ国中131位という報道もある。
 菅首相は昨年9月の就任時に、2021年6月までには全国民にワクチンを接種すると約束した。ところが、最近は「今年9月までに供給されるめどがついた」と言い出している。いったいどうなっているのか。
 とにかく、菅政権の新型コロナウイルス対策への国民の不満は強い。4月25日に行われた衆院北海道2区、参院長野選挙区の両補欠選挙と参院広島選挙区再選挙で自民党が全敗したが、これも菅政権の新型コロナウイルス対策への不満の表れとみる向きが強い。

 第2は、憲法で保障されている「学問の自由」への侵害である。
憲法第23条には「学問の自由は、これを保障する」とある。戦前は、政府から一方的に「危険思想の持ち主」と決めつけられた学者や研究者が政府から弾圧された。そうしたことは決して繰り返してはならないとの願いから設けられたのがこの条項だ。
 なのに、菅首相は就任するやいなや、日本学術会議が第25期会員として推薦した新会員105人の会員候補のうち6人について任命を拒否。学術会議からの度重なる要請にもかかわらず、いまもって任命拒否の具体的理由を明らかにしていない。
 過去の国会答弁では、学術会議が推薦した会員候補を政府が自動的に任命することが約策されている。首相には拒否権限がないにもかかわらず、菅氏はこうした慣例を破って6人の任命拒否をおこなった。そこには、学問・研究の方向を政府の意のままにしたいという意図がすけてみえる。

 政府にとってどんなに耳の痛い意見であっても、それに耳を傾けるのが民主主義を標ぼうする国家というものである。気に入らないから排除するなんてことはあってはならない。

 第3は、国会の軽視である。
憲法41条には「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である」とある。すなわち、国会は、行政府より上の機関と位置付けられているのだ。それは、憲法第67条に「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する」と規定されていることからも明らかだろう。
 なのに、菅政権は、政権の目玉政策と位置付ける、デジタル庁創設などを盛り込んだデジタル関連法案を、衆院ではたったの27時間審議しただけ。63本もの関連法案を束ねて採決に持ち込むというやり方は、事実上の審議封じと言ってもいいだろう。15カ国による地域な包括的経済連携協定(RCEP)についても、数時間の審議で衆院を通過させてしまった。まさに国会軽視だ。

 国会軽視といえば、安倍政権の方が上手だったと言えるかもしれない。「モリ・カケ・サクラ」の疑惑に関する国会審議で、安倍首相は野党の質問に、真正面から答えようとせず、はぐらかしや虚偽の答弁を続けた。菅政権もこうした前首相の国会軽視の姿勢を受け継いだかのようにみえる。

 第4は、憲法第9条の事実上の改変への着手である。
よく知られるように、第9条は「戦争の放棄」「陸海空軍などの戦力不保持」「交戦権の否認」をうたっている。アジア太平洋戦争でおびただしい犠牲者を出したことへの深い反省から生まれた誓いだ。
 ただし、戦後の歴代政府はこうした規定があっても必要最小限の自衛力保持は憲法上可能として、「自衛隊」を合憲としてきた。つまり、「専守防衛」を堅持してきたわけである。

 ところが、菅政権は2021年度政府予算に長距離巡航ミサイルや同ミサイルを搭載する戦闘機の開発・取得費を盛り込んだ。東京新聞は「2021年度政府予算の防衛費には敵基地攻撃能力の将来的な保有につながる項目が多く盛り込まれた」と書いた。
 こうした措置は、明らかに「専守防衛からの逸脱」とみて差し支えない。9条は新たな危機を迎えていると言ってよい。

 もう一つ、菅政権の憲法改定に向けた動きを伝えておきたい。自民党が、衆院憲法審査会で国民投票法改正案を一刻も早く採決したいと、しゃかりきになっていることである。同党としては、この法案を成立させることが憲法改定への第一歩と位置付けているので、なんとしても早急に成立させたいのだ。立憲民主党と共産党がこれに反対しているが、公明党、日本維新の会、国民民主党は採決に賛成しているので、予断をゆるさない情勢である。

2021.04.27 バッハIOC会長はオリンピック・マフィアなのか
日本国民の支持が得られない東京五輪は開催できない

広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

 政府は4月23日、新型コロナウイルスの感染再拡大が続く東京、大阪、京都、兵庫の4都府県を対象に、特別措置法に基づく緊急事態宣言を発令した。4都府県では酒類やカラオケを提供する飲食店に休業要請したほか、床面積が1千平方メートルを超える商業施設や遊興施設に休業を要請した。

 注目されるのは、緊急事態宣言の期間が4月25日から5月11日までの17日間ときわめて短いことだ。4月22日に開催された東京都モニタリング会議では、新型コロナウィルス(第4波)の感染予測が行なわれ、都内のウイルスが全て変異株に置き換わったと仮定した場合、1日の新規陽性者が700人で増加比が1・7倍となり、2週間後の感染者数は2000人を超え、入院患者は6000人を超えることになるという結果が出た。こんな状況下で緊急事態宣言を予定通り解除することになれば、事態はさらに「火に油を注ぐ」ことにもなりかねない。政府はいったい何を考えているのだろうか。

 各紙が伝えるところによると、バッハIOC会長が5月17、18両日に日本を訪れ、17日には被爆地・広島市で聖火リレーの関連式典に出席し、18日には都内で菅首相らと会談する予定になっているそうである。そうなると、緊急事態宣言下でのIOCトップの訪日は世論の反発を招きかねないので、バッハ訪日の前に緊急事態宣言をなんとか終わらなければならない。そこで、緊急事態宣言の期間を5月11日までにすることが決まったというのである。

 果たせるかな、菅首相は4月20日夜、新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言を東京都に発令した場合、東京オリンピックの開催判断に影響するかどうかを問われ、「オリンピック(への影響)はないと思っている。安全・安心な大会になるように政府として全力を挙げていきたい」と、首相官邸で記者団に答えた(毎日4月20日電子版)。バッハIOC会長もまた4月21日、菅首相と口裏を合わせるかのように理事会後のオンライン会見の冒頭で、日本政府が東京都内などに再び緊急事態宣言を発出する方向であることについて、「ゴールデンウィークを控え、感染の拡大を防ぐために日本政府が講じる予防的措置と理解している」「五輪とは関係ない」と述べ、東京五輪開催への影響はないとの認識を示した(朝日4月22日)。

 この発言に対して、朝日新聞(4月23日)は、「緊急事態 五輪と関係ない」「IOCバッハ会長発言 波紋」「都民『影響ないわけけない』」との見出しで次のように報じた(要約)。
 ―「緊急事態宣言は五輪と関係ない」「選手には毎日検査」。新型コロナウイルスの感染拡大が続くなか、東京五輪開催を推し進める大会幹部の発言に波紋が広がった。医師は異論を唱え、都民からは批判の声も上がった。大会組織委員会のある幹部は「都民や国民が不自由な生活を強いられる中で、『五輪は特別なのか』という不満が高まる」とため息をつく。大会期間中、競技場周辺の救護体制を担う東京都医師会の尾崎治夫会長は、「人と人との接触を減らして感染を抑えられるかどうかが、五輪だけでなく、日本にとっての正念場。もし本当に五輪を開きたいのなら、『このままでは開催が厳しい。感染の拡大を徹底的に抑えて』と訴えるべきだった」と指摘した―

 毎日新聞(同)も「バッハ会長『緊急事態 五輪と無関係』」「IOC 世論軽視、開催懐疑論との溝拡大」との見出しで批判する(要約)。
  ―バッハ氏は「関係がない」とする理由について「ゴールデンウイークに向けて感染者を増やさないための限定的な対策だ」と説明したが、「五輪は関係ない」とする姿勢に大会関係者は頭を抱えた。「大事なのは国内世論で、発言は逆効果でしかない。緊急事態宣言を軽く受け止めているように映る」と声をひそめる。IOCと国内世論のずれは、会見の冒頭発言にも見てとれる。東京は変わらず開催都市の優等生であり、今夏の五輪開催に影響がないことを強調するのが狙いだった。IOCと歩調を合わせる菅首相も20日、五輪への影響について「ないと思っている」と否定したばかりだ。だが、日本のワクチン接種率は先進国どころか、世界平均を大きく下回る。バッハ氏の発言がインターネット上を駆け巡ると、ワクチン接種の遅れにいらだつ国民からは批判的な意見が相次いだ―

 そうでなくとも、バッハ会長は〝商業五輪〟を遮二無二推し進めようとする「オリンピック・マフィア」だと見られている。アメリカのマスメディアからの巨額の放映権料を受け取り、NBCとは5千億円近い契約を結んでいる。もし、東京五輪が開催中止になればIOCは致命的な打撃を受け、商業五輪を今後続けることは不可能になるかもしれない。バッハ会長自らも責任を問われ、再任されたばかりの会長職を失う可能性もある。菅首相も同様だ。今年9月までの総選挙を控えて、東京五輪の開催中止は「菅降ろし」の狼煙となり、号砲となる。バッハ会長と菅首相は一蓮托生の間柄なのだ。

 今から思い返してみると、自民党の二階幹事長が4月15日、菅首相の訪米直前に新型コロナウイルスの感染状況次第で東京五輪の開催中止が選択肢になるとの考えを示したことは、重要な意味を持つ。海外の主要メディアも、「オリンピック中止は選択肢だと日本の与党幹部が発言」などと報道。二階氏による「これ以上とても無理だということだったら、これはもうスパッとやめなきゃいけない」との発言を共同通信を引用して報じた。二階氏については「直接的な物言いで知られ、多くの与党議員が激論を招きかねない中止の可能性への言及を避ける中でコメントした」と伝えた(ロイター通信4月15日)。

 フランスのAFP通信や米ブルームバーグ通信なども、二階氏の発言を報道している。AFPは「日本国内で新型コロナの感染者急増に対する懸念が高まる最中のことだ」と伝え、大阪では聖火リレーが公道で中止になったことにも触れた。米ワシントンポスト電子版は東京発の記事を掲載した。日本について「(感染拡大の)第4波を抑え込もうと苦闘している」と指摘し、特に大阪と東京で伝染性の高い変異種の感染が広がっていることも伝えた。二階氏の発言に関する報道は、中国やロシア、ドイツ、オーストラリア、南アジア、中東など世界各地のメディアが行っており、東京五輪が予定通り開催されるのか、国際的な関心が異常に高まってきている(毎日4月15日)。

 私は、二階幹事長が菅首相の訪米直前にこのような発言をしたことは、自民党からのバイデン大統領への事実上のメッセージだと考えている。菅首相のアメリカに対する五輪開催への要請に対して、「そのまま支持することは危険だ」と伝えるメッセージである。菅首相は、日本時間4月17日に開かれた日米首脳会談後の共同会見で、「バイデン氏から五輪開催の支持を得た」と述べたが、バイデン氏は今年2月のインタビューで大会開催については「科学に基づいて判断すべき」と発言しており、慎重姿勢を崩していない。今回の会談の共同声明でも「努力を支持」の文言はあったものの「開催支持」との文言はない。会見でも、バイデン氏は五輪開催に触れていない。米国の政府高官は現状について「判断するには少し早すぎる」と説明しており、むしろ両国の温度差が増している。

 4月23日の朝日新聞社説は、「五輪とコロナ、これで開催できるか」との主張を掲げた(要約)。
 ―東京都に3度目の緊急事態宣言が発出されることになった。2度目の宣言の解除からわずか1カ月余。新型コロナの猛威は収まる気配がない。こんな状態で五輪を開催できるのか。強行したら国内外にさらなる災禍をもたらすことになるのではないか。それが多くの人が抱く率直な思いだろう。朝日新聞の社説は繰り返し、その説明と国民が判断するための必要な情報の開示、現実を踏まえたオープンな議論を求めてきた。しかし聞こえてくるのは「安全で安心できる大会を実現する」「宣言の影響はない」といった根拠不明の強気の発言ばかりだ。菅首相以下、リーダーに期待される使命を果たしているとは到底いえない。開催の可否や開く場合の態様を、誰が、いつまでに、どんな権限と責任をもって決定するのかも判然としない。速やかに明らかにすべきだ。中ぶらりんでは不信が高まるだけだ―

 菅首相は国民世論にいかに応えるのか。東京五輪があと3カ月に迫ったいま、菅政権に残された時間はそれほど長くない。(つづく)

2021.04.16 吉村大阪府知事は「政治=広報」と勘違いしているのではないか
政策を持たない政治家は間もなく消えるだろう

広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

 大阪の1日当たり新型コロナ感染者数が4月13日、遂に1000人を超えた(1099人)。大阪を中心に廻っている関西経済は大打撃を受け、その他の活動も軒並み大きくダウンしている。学会活動も研究会もまたもや「オンライン」時代に逆戻りだ。大学の講義も「リモートワーク」でやってほしいと言われている。しかし、私のような時代遅れの人間は、「ズーム会議」とやらには付いていけない。第一、パソコンにカメラが付いていないのだからどうしようもないのである。

 それにしても、連日テレビに出ずっぱりの吉村知事には呆れてものが言えない。毎日のニュース番組には必ず登場して、急増する感染者数を挙げて「自粛をお願いします」というだけなのである。出る方も出る方だが、出す方も出す方だろう。感染者数を挙げてその理由も説明することもせず、ただ「お願いします」というだけの人物をいったい何時まで使い続けるつもりなのか。吉村氏もマスメディアも「政治=広報」だと勘違いしているようだ。というよりは、政治を意図的に広報活動に矮小化し、「政策不在の政治」を国民に見えないようにしているのである。

 だが、こんな小手先の「騙しのテクニック」はいつまでも通用しない。メディアに対しては抗議が殺到しているというし、第一、若者の「テレビ離れ」がどんどん進んでいる。変異ウイルスが主流となり、若者の感染者数が増えてくるようになると、吉村式広報は破綻せざるを得ない。見てもくれもしないテレビニュースで幾ら宣伝しても、彼・彼女らの目や耳に届かなければ「自粛効果」は上がらないからである。

 それに我々世代の「テレビ人間」からしても、4月13日の関西方面のニュースは傑作だった。吉村知事が自粛を呼びかけるニュースに引き続き、誰もいない万博記念公園での東京五輪聖火リレーの様子が映し出されたのである。有名な上方の噺家や歌舞伎役者が満面の笑顔を振りまいて走っていたが(というよりは、歩いていたが)、その様子は誰が見ても寒々としたものだった。変異ウイルスによる感染症の第4波が襲来している最中での聖火リレーなど、まさに「パロディ」そのものではないか。

 すでに、大阪維新のお家芸である「騙しのテクニック」は破綻している。大阪を〝バクチの街〟にするカジノリゾートを誘致するための「関西万博」は、新型コロナパンデミックによるカジノ産業の破産によって実現が難しくなった。大阪府と大阪市の二重行政を解消すると称してぶち上げた「大阪都構想」は、住民投票で否決された。そしていま、新型コロナ対策に対して本気で取り組まず、その場凌ぎの「自粛要請」と「緊急事態宣言解除」を繰り返してきたツケが、大阪維新の足元を掘り崩そうとしているのである。

 同じことは、菅政権についても言えるのではないか。菅首相は4月12日、高齢者向けの新型コロナウイルスワクチン接種が始まったのを受け、「ワクチンは発症や重症化(の予防)に対し、まさに切り札だ」と、東京都八王子市の接種会場で強調した。だが、鳴り物入りの「高齢者向けワクチン接種」は本数が余りにも少ないため、「予約が取れない」との不満が沸き起こっている。30分もすれば「予約完了」となり、大多数の高齢者は不安と焦燥の中に置き去りにされる状況が全国各地で起こっているのである。

 八王子の接種会場での医師の話が象徴的だった。本来、ワクチン接種は医療従事者を先行させ、その後に高齢者に接種するはずだった。にもかかわらず、接種を担当する肝心の医師本人がまだ接種を受けていないというのである。これでは自分も感染する恐れがあり、また高齢者に感染させる恐れもあるという医師の話が、菅政権のワクチン接種の内実を暴露している。ワクチンの本数が余りにも少ないため、医療従事者の接種が終わるのを待っているといつ高齢者接種が始まるかわからない。これでは、菅政権が国民に約束した4月12日接種スタートがウソになる。テレビニュース向けの場面を演出するため、ごく少数のワクチン接種をとりあえず始めたというのが真相なのだ。

 新型コロナ対策を巡っては4月12日、新たに東京、京都、沖縄の3都府県に「まん延防止等重点措置」が適用された。だが、飲食店などの営業時間短縮要請といった既存の対策は十分な効果が見通せないことは百も承知だ。日本のワクチン接種状況は1%足らず、すでに国民の多くが2回接種を終えている先進諸国に比べて余りにも少ない。歴代の自民党政権がワクチンの国内製造を怠ってきたツケで外国薬品メーカーに頼らざるを得なくなり、菅政権がワクチンの必要量の確保に各国の後れを取り失敗してきたからである。
 
 ワクチン接種に対しては国民の期待も大きい。それだけに接種が円滑に進まなければ政権批判が噴出することは避けられない。直近の世論調査の内閣支持率は、朝日、共同通信ともにそれほどの大きな動きはない。支持率と不支持率が拮抗している状態には変わりないから、もしワクチン接種が遅れるようになると、国民の不満は爆発する。河野ワクチン担当相は、自治体はワクチン接種に対して「フルスウィング」で臨んでもらいたいと胸を張ったが、これが「フルスウィングの空振り」になると、事態はただでは収まらなくなる。菅政権は「ワクチン接種」という〝薄氷〟の上を歩いている。(つづく)

2021.04.07 願わくは、野党議員が一人でも増えることを(続)
――八ヶ岳山麓から(333)――

阿部治平(もと高校教師)

 参議院議員長野県区補欠選挙は明日(8日)告示される。長野県の地方紙「信濃毎日新聞」「長野日報」は、いずれも事実上の一騎打ちと伝えた。
 信濃毎日新聞(信毎)は3月31日、「羽田氏先行、追う小松氏」という見出しで選挙情勢を解説した。立憲民主党公認の羽田次郎氏(51)は、自民党新人の小松裕氏(59)にかなりの差をつけて優勢と読み取れる内容である。羽田氏は兄雄一郎氏が新型コロナ感染によって急死した経験から検査体制の充実を主張、立憲民主党支持者のほか、羽田氏を推薦する共産党・社民党支持者の9割をあつめ、無党派層も引き付けている(2012・03・31)。また長野日報は羽田氏優勢を断定しないが、懸念材料として、国民民主党が野党共闘の協定内容を問題視していること、羽田氏が父に元首相、兄に元国土交通相をもつため世襲批判があることをあげている(2012・04・01)。
 対する小松氏は衆議院議員2期の経験から、医療と政治の結合、コロナ禍の征服と経済対策を訴え、自民党支持者の7割、推薦を受けた公明党の7割に浸透している(信毎 2021・03・31)。自民党県連は市町村支部や職域支部を中心に小松氏の浸透を図っているが、コロナ禍で集会が開きにくいため、街頭演説の数をこなすなどの対応をしている。小松氏自身は医師として地域医療とコロナ禍に力を発揮すると強調、医療関係の支持団体を中心に支持拡大を図っているが、ただ与党で不祥事がつづく逆風が懸念材料という(長野日報2021・04・01)。

 信毎は羽田氏の優勢を大きく報道したが、これは3月30日にまとめた「電話世論調査(RDD法で2533人を対象にした)」によるものと思われる。同紙が参院補選とは別に、10月21日の衆議院議員の任期満了までに行われる衆院選について投票先をきいたところ、県内小選挙区では「野党系の候補」と答えた人が48%に上り、「与党系の候補」の30%を大きく上回った。長野県内の5小選挙区の現有議席は、自民党が3、立憲民主党が2だが、次期衆院選ではこれが逆転する可能性がある。
  また比例代表の投票先は、立憲民主党が34%で、自民党の29% を5ポイント上回った。ついで共産党が10%、公明党5%、日本維新の会4%、社民党2%、その他の2党は1%ずつとなった。ところが「日頃の支持政党」は、「支持政党なし」が39%と最多。自民支持は23%、立民18%、共産8%、公明3%、日本維新2%、社民1%で、自民支持が断然多数である。もっとも、これを与野党で見れば、支持政党は二分されている。
 なお告示前情勢調査では、有権者の参院補選への関心が「ある」と答えたものは65%、「ない」13%、「何とも言えない」22%である。重視する政策や課題は、「景気・雇用などの経済対策」が24%、「新型コロナ対策」が23%と多く、「医療・福祉・介護」がこれに次ぐ。これを年代別に見ると、「働き盛りの30~50代は『経済政策』が最多となり、60代以上は『新型コロナ対策』がトップ。10代~20代を含めいずれの年代も経済対策と新型コロナ対策を重視している」 という。
 政党別支持者の傾向をみると、自民党は経済対策が32%で最多。立憲民主党は新型コロナ対策が最多の26%だった。公明党は経済対策(28%)、共産党は医療・福祉・介護(27%)が最多、日本維新の会は新型コロナ対策(23%)、国民民主党は経済対策(35%)、社民党は「憲法改正の姿勢」(25%)を最も重視した。
 この結果をふまえて、信毎は、有権者はコロナ禍収束後の展望を求めているとし、「感染対策・経済両立へ論戦を」と呼びかけている。信州人の県民性からして、現実的な政策を提示し論旨明確なものに支持が集まる。すぐれた論争が行われるよう期待したい。

 さて、秋までには行われる衆院総選挙をひかえて立憲民主党幹部に対しては意見がある。
 案の定、連合と国民民主党は、長野県の立憲民主党・共産党・社民党と市民団体が結んだ政策協定に、「日米同盟中心の外交から東アジア諸国との関係改善へ」「原発ゼロ社会めざし、再稼働は認めない」などが入っていることに難色を示し、羽田次郎氏の推薦はできないと不満を言った。
 これに対して立憲民主党代表板野幸男氏は、連合に「(立憲民主党の)長野県連に軽率な行動があり、連合に迷惑をかけた」と詫びを入れた。それで連合は羽田氏支持することになったが、国民民主党は推薦を取消すという。

 思うに、立憲民主党長野県連がやったことは決して「軽率」ではなかった。「軽率」であったのは、あわてて連合に陳謝した枝野代表である。立憲民主党の綱領には「原子力エネルギーに依存しない社会をつくる」という趣旨がある。しかも協定書を二心なく読めば「日米安保をただちに解消せよ」といっているわけではない。「自主的外交」を強調しているにすぎない。
 連合傘下の労働組合員は、立憲民主党にとってどの程度あてになる存在だろうか。かりに幾分かあてになるにしても、政党にも労組にも独自の役割があり、互いに独立した存在であるべきである。われわれは社会党衰退が総評の消滅に連動した苦い経験を深刻に受け止めなければならない。立憲民主党が自主独立の政党であるためには、労働団体に気を使うのではなく、自民党同様日本中の市町村と職域に支部を作る地道な努力をするべきである。

 見たところ、北海道衆院2区補選は自民党が不戦敗としたから、長野と広島の補選で勝てば、立憲民主党は優勢のまま衆院総選挙になだれ込み、自民党政権に大打撃を与えることができる。ところが幹部が動揺したために、はしごを外された形の長野県連は、予定候補者のポスター貼りなど立上がりがおくれ、危機感をもって補選に臨む自民党に後れを取った。
 だがこの参院補選は、羽田次郎氏の父羽田孜、兄雄一郎の比較的固い支持層があり、野党支持の世論があり、共闘優先戦術をとり足のある共産党長野県委が控えている。毅然とした態度で戦う条件は十分だ。
 この見通しを持てば、綱領を曲げてまで卑屈な態度をとる必要はなかった。こんな構え方で立憲民主党は、自民党に代る枝野幸男政権を打ち立てることができると考えているのだろうか。心配である。(2021・04・03)

2021.04.05 野党3党は内閣不信任決議案を突き付けるというが、その先はどうなる?
 
広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

 新型コロナ再拡大と国会での与野党対決の激化が同時進行している。関西では大阪と兵庫で新規感染者数が激増し、京都にもいよいよ影響が及んできた。2月末に緊急事態宣言が解除されてからというもの、関西では花見シーズンとあって人出が尋常ではない。伏見稲荷大社からそれほど遠くない場所に住む私の周辺でも、最近は目に見えて人が増えてきている。テレビニュースで見たが、桜満開の大阪城公園などは物凄い人出でごった返しの状態だった。先日も自分の目で確かめてみたいと思って、男山八幡宮の近くの木津川、宇治川、桂川が合流する花の名所(淀川背割堤の桜)に行ってみたが、結構な人出で驚いた。飲食禁止、一方通行などの掲示が至る所に貼られ、誘導員も多数配置されていたが、それでも何となく不安を感じるような有様だったのである。

 3月30日に発表された大阪府の新規感染者数432人は衝撃的だった。この日364人だった東京都を3月28日に続いて大きく上回り、全国最多となった。大阪府内で1日あたりの新規感染者が400人を超えるのは、緊急事態宣言が発令されていた1月24日(421人)以来のこと、前週火曜日(3月23日)の183人に比べて倍以上の増え方だ。吉村大阪府知事は、緊急事態宣言の「前倒し解除」を強引に推進したことなど棚に上げ、自らの失策は絶対に語らない。次から次へと施策を小出しにして「やった感」を演出することで点数を稼ぐのが得意だ。今回も「まん延防止等重点措置」を連呼すればその場をしのげるとでも思っているらしい。(言うだけの)大阪維新代表の面目躍如というところだろう。

 それにしても、会食時の飛沫を防ぐと称して「マスク会食」を義務づけることが「まん延防止等重点措置」の対策というのだから、呆れてものが言えない。「マスク会食」は菅首相の〝専売特許〟ではないか。菅首相が発言した瞬間から国民の不評を買い、早々に引っ込めた世紀の愚策を周回遅れで持ち出すなど、吉村知事も万策尽きたようだ。こんな人物に大阪を任せていたらとんでもない所に連れていかれる。大阪維新に酔いしれてきた大阪府民もそろそろ目を覚ますときではないか。

 一方、国会では立憲民主党など野党3党の国対委員長が3月30日会談し、菅政権の新型コロナ対策の責任を追及するとして、内閣不信任決議案の提出準備に入ることで一致したという。安住氏は、記者団に「第4波を防げなかったり、ワクチン接種がうまくいかなかったりした場合は内閣総辞職に値する。そのために取り得る行動は躊躇(ちゅうちょ)なく取っていく」と述べた。これに対して、自民党の二階幹事長も3月30日の記者会見で「大いに結構だ。受けて立つ」と述べ、野党が不信任案を提出した場合、政権側が衆院解散に打って出る姿勢を示した(各紙3月31日)。

 これだけ見ていると、野党3党の姿勢はいかにも勇ましいが、問題は「それから先はどうなる?」かだ。単なる不信任決議案の提出なら、否決されるだけで終わってしまう。それを次の総選挙に向けての野党共闘のバネにしなければ、不信任決議案の意味がない。ところが、こちらの野党共闘の方はいっこうに進展を見せないのである。むしろその機運は遠のいていくような感じさえする。それを象徴するのが、4月25日投開票の参院長野補選を巡る一連の騒動だ。

 立憲民主党新人候補の羽田次郎氏は今年2月、共産党長野県委員会や市民団体と「原発ゼロ」や「日米同盟に頼る外交姿勢の是正」を明記した政策協定を結んだ。ところが、これに反発した民間産業別労働組合(産別)の意を受け、(というよりは先頭に立って)神津連合会長が「協定潰し」に動いたのである。言うまでもなく、神津連合会長は「共産党との共闘はあり得ない」とする根絡みの反共主義者(労働貴族)である。神津氏はまた、旧民主党代表の前原氏や小池都知事と組んで「希望の党」を立ち上げ、民主党を分裂させた張本人でもある。彼らに「排除」された枝野氏らが立憲民主党に活路を見いだし、辛うじて政治生命を保ったことは記憶に新しい。

 ところが、こともあろうに枝野立憲民主代表は3月17日、神津会長と連合本部で会談し、立民新人の羽田次郎氏が共産党などの県組織と結んだ政策協定について「(立憲)長野県連で軽率な行動があり、連合に迷惑をかけた」と謝罪したのである。いまや世界の常識になっている「原発ゼロ」の政策を棚に上げ、連合長野と羽田氏が交わした確認書で以て、共産などとの協定を「上書き」して「原発ゼロ」の政策を消したのである。「節操のない人物」とは、枝野氏のような人間のことをいうのではないか。票欲しさに立憲民主党の基本政策を曲げてまで労働右翼にひれ伏す―、これではとても野党第一党の党首とは言えないだろう。

 菅政権は、身内の接待問題といい、総務省閣僚や幹部の腐敗といい、新型コロナ対策の失敗といい、今や満身創痍だ。また、それを支えている自民党は、二階幹事長に代表されるような腐臭漂う利権集団の塊だ。それでいて、菅政権の内閣支持率は40%台で下げ止まり、立憲支持率は数パーセントのレベルで低迷している。理由は明らかだろう。立憲民主党が連合や国民民主党に引きずられ、国民が期待する政策を打ち出せず、国会でもあいまいな妥協を繰り返しているからである。

 それどころか、こんな記事が大手紙の政治欄に載る始末だ(毎日新聞3月30日)。まるで、立憲民主党に民主党時代への先祖帰りを促しているようではないか。
―国民に議員を輩出する民間労組には、「立憲の政策はリベラルに寄りすぎだ」との不信感がある。立憲は次期衆院選で国民や共産を含めた野党共闘を目指すが、国民幹部は「共産、民間労組の双方にいい顔する立憲の『曖昧路線』は限界だ。『共産離れ』をしないと、民間労組は立憲を支援しづらい」と指摘する。立憲の泉健太政調会長は3月中旬、旧国民時代に同僚だった議員に「スタンスを変えずに一緒にやっていこう」と連携を呼びかけ、共闘に腐心している―

京都は国民民主党の牙城だった。それが立憲民主党との合流をめぐって前原グループと泉グループに分かれた。それでも両氏らの行動にはさほどの違いは見られない。名前を変えただけで「中身は同じ」なのだ。こんな人物が立憲民主党の政策責任者になっているのだから、国民民主党の政策と一体どこが違うのか見分けることが難しい。

一方、共産党の機関紙「あかはたしんぶん」には、立憲民主党や枝野批判の記事は滅多に載らない。「自共対決」一点張りだったのが、こんどは「野党共闘」一点張りに豹変したからだ。私の周辺では、「共産党は立憲民主党の〝下駄の雪〟になった」との噂が飛び交っている。公明党が自民党の「下駄の雪」から「下駄そのもの」に変質してからもう大分経つが、このままで行くと、今度は「共産党よ、おまえもか!」ということになりかねない。どこかで立ち止まらないと、野党共闘はなし崩しで消えてしまう―、こんな心配をオールドリベラリストの面々は心配している。

2021.04.02 新型コロナ再拡大で東京五輪はどうなる?
総選挙はどうなる? 

広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

 2021年3月30日、各紙朝刊は、全国で新型コロナ再拡大の傾向が鮮明になりつつあると報じた。今年1月8日から始まった緊急事態宣言が、大阪府、兵庫県、京都府で2月28日に解除されたのに引き続き、3月21日には首都圏など全国で全面解除になった。全国の感染者数(1週間平均)は3月9日の679人まで減少したが、それ以降は再び増加に転じ、3月28日時点では1713人に達している。注目されるのは、感染者数が34都府県で前週よりも増加しているように、これまで緊急事態宣言の対象地域だった大都市部だけでなく、地方でも急増していることだ。なかでも、直近1週間(3月22日~28日)の10万人あたりの新規感染者数は、宮城県38人、沖縄県31人と大阪府20人、東京都18人を大きく上回っている。

 大阪府の吉村知事は、これまで感染防止対策よりも経済活動を重視する姿勢で知られる。今回の緊急事態宣言に関しても「前倒し解除」に最も積極的だったのが吉村知事であり、兵庫県、京都府の両知事が(情けないことに)それに引っ張られる形で解除した。ところが、新規感染者数の前週比は、大阪府2.11、兵庫県1.62と急上昇し、このままでは「倍々ゲーム」のように感染者数が急増する事態に直面することになったのである。一方、これまで感染者が少なかった東北や四国でも急速な増加がみられる。宮城県では、村井知事が2月23日から「GoToイート」キャンペーンを再開したことをきっかけに、感染者数(1週間平均)は3月28日時点で134人へと爆発的に増加した。その影響はお隣の山形県にも波及し、3月に入ってからの感染者数累計は320人を超えている。

 「マッチポンプ」という言葉がある。マッチポンプとは、自らマッチで火をつけておいて、それを自らポンプで水を掛けて消すと言う意味で、偽善的な自作自演の手法や行為のことを指している。菅政権も「GoToトラベル」キャンペーンの推進で新型コロナ感染の火を着け(マッチ)、それが手に負えなくなると今度は緊急事態宣言を発出して水を掛ける(ポンプ)という行為を繰り返してきた。だが、問題は大元の火が消えていないことだ。火が完全に消えるまで水を掛けないで緊急事態宣言を解除するものだから、解除した瞬間から燻っていた火元が再び燃え上がり、リバウンドが広がることになる。吉村知事や村井知事などは、菅政権の手法を小出しに繰り返しているというわけだ。

 こうなると、新型コロナウイルスワクチンに期待するほかないが、この点でも菅政権は決定的に出遅れている。厚生労働省のまとめによると、3月23日時点での接種実績は全国で僅か69万9千回。政府が先行接種する医療従事者は約485万人、続く65歳以上の高齢者は約3600万人、基礎疾患のある人は約820万人、高齢者施設などの職員は約200万人というのだから、接種予定者5100万人のうち1.4%しか接種が行われていないことになる。ワクチン接種は2回行われることになっているので、接種は国民の間で僅か0.7%しか行き渡っていないことになる。政府は6月末までにこれらの接種を終え、夏以降から16歳以上の成人を対象に接種を始めるというが、ワクチン供給が世界的に逼迫している中で、果たして予定通り進むかどうか疑わしい。

 3月25日から東京オリンピック聖火リレーがスタートした。私のように1964年東京オリンピックの華々しい聖火リレーを知っている者には、その淋しい光景に愕然とするほかない。テレビ報道などもその日だけで、その後はほとんど画面に登場しない。聖火リレーが今どこを走っているのか、どこまで来たのか、次はどこかなどもわからないし、国民の関心もそれどころではないのである。毎日毎日、新型コロナウイルスの感染状況に国民が気を奪われているような状況の下では、東京五輪に対する関心が日々薄れていくような気がする。

 東京オリンピック2020は、2021年7月23日から8月8日まで開催されることになっている。パラリンピックは、8月24日から9月5日の予定だ。しかし、ワクチン接種が高齢者だけでも6月末に終わらず、7月にずれ込むようなことになると、オリンピック開催時までに果たして新型コロナ感染を抑え込めるかどうかが危うくなってくる。しかも、今後は変異ウイルスが主流になるというのだから、それまでにワクチン接種の対象にならない子供や若年層への感染が懸念される。

 国際的にも懸念が広がっている。公益財団法人「新聞通信調査会」が3月20日に発表したところによると、新型コロナウイルス感染症が世界的に収束していない中での東京五輪・パラリンピック開催の是非を海外5カ国で尋ねた世論調査結果(2020年12月~2021年1月に面接か電話で調査、各国約千人ずつ回答)は、「中止すべきだ」「延期すべきだ」との回答の合計が全ての国で70%を超え、特にタイでは95.6%、韓国で94.7%に達した。このほか、中国は82.1%、米国は74.4%、フランスは70.6%の順だった(共同通信2021年3月21日)。

 こうしたなかで、立憲民主党の枝野代表は、党の役員会で「東京は完全に感染のリバウンドに入り、一足早く緊急事態宣言を解除した大阪は第4波と認めざるをえない。検査拡大や補償もなく国民にただお願いするだけでは、暮らしも経済もめちゃくちゃになってしまう。対策を変えない政府や地域は、やはり政治そのものを変えるしかなく、国会の内外で戦っていきたい」と述べた。また、安住国対委員長も菅内閣に対する不信任決議案の提出を検討する考えを重ねて示し、新型コロナウイルス感染の第4波を防げなかった場合を挙げ、「内閣総辞職に値する。そのために取り得る行動はちゅうちょなく取る」と記者団に述べた。安住氏は、ワクチン接種の遅れが生じても「政治責任を問う行動を取らなければならない」と強調した(各紙3月30日)。このような野党の動きに対して、自民党二階俊博幹事長は「不信任案なら解散」と早期解散をぶち上げ、3月29日の記者会見では、「私は解散権を持っていないが、野党が不信任案を出してきた場合、直ちに解散で立ち向かうべきだと菅首相に進言したい」と明言した(同上)。

 自民党内からは「選挙は早い方がいい」「5月が菅政権のピークだ」の声も上がっているというが、5月頃にはゴールデンウイークの影響で新型コロナウイルスの第4波が猛威を振るっている可能性が高い。ワクチンの本格接種も始まっていない中で総選挙に踏み切れば、国民の批判は菅政権に集中する。また、東京五輪開催も危うくなる。さて、菅政権はどうする、立憲民主党はどうする―、次回はそこに焦点を当てて考えてみたい。(つづく)

2021.03.23 菅政権は「ババ抜きゲーム」で自滅する、菅首相は所詮〝捨て駒〟にすぎなかった
広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)

 今日3月16日は、菅政権が発足してから半年になるのだと言う。半年と言えばあっという間の時間のようにも感じられるが、菅政権の半年間は随分長いような気がする。政権を取り巻く情勢が厳しく、政策展開が思うように進まず、何をやってもうまく行かないからだ。国民感情もじりじりしていて、爆発寸前というところまで来ているのではないか。

 それにしても、このところ菅政権を取り巻く情勢は出口のない迷路のような様相を呈している。何しろ「新型コロナ危機」という未曽有の危機的状況の中にあって、なすこと全てが後手後手となっているからだ。安倍前首相が政権を投げ出したのは健康問題でも何でもなく、要するにこれからの事態が自分の手に負えないと思ったからにほかならない。長期政権末期に新型コロナ・パンデミックという世界史的危機に遭遇し、もはや自分もこれまでと思ったからではないか。

 そうとは知らず、利権と権力の裏世界に生きてきた二階幹事長と菅官房長官が「棚からぼたもち」とばかりにタッグを組み、安倍政権の後継者として名乗りを上げ、首尾よく政権の座をもぎ取った。その時は「してやったり!」ということだったのだろうが、問題はそれからだ。「携帯電話の値下げ」や「GoToトラベル」といった目先の政策では対応できない嵐に巻き込まれ、右往左往する有様は見苦しいことこのうえない。

 おまけに、長年培ってきた政治手法がすべて裏目に出ている。人事支配を通して睨みを利かせてきた官僚統制が組織の劣化を招き、上目遣いの忖度行政となって国民受けのする政策一つ出せない。極め付きは、菅首相の「天領」と言われる総務省の接待漬け問題だ。放送・通信行政の許認可権を一手に握る総務官僚がことあるごとに業者の接待漬けに遭い、勤労者世帯1か月分の食糧費に相当する高額接待を満喫する――こんな情景がごく普通のこととしてまかり通ってきたのである。

 ハイライトは、菅首相の長男が総務官僚の「接待要員」として東北新社に雇われていたことだろう。彼は「令和おじさん」の物真似が得意で座を沸かせ、やんややんやの喝采を浴びていたという。官僚たちはその陰に本物の「令和おじさん」の姿を重ねていたのか、いつも上から威圧されている鬱憤を晴らし、溜飲を下げていたに違いない。最高権力者の長男から土下座せんばかりの下にも置かぬもてなしを受け、手土産とタクシーチケットを持たされて見送られれば、誰も悪い気はしない。「お返し」をしなければ――と思うのが人情というものだ。

 
 官僚だけではない。歴代の総務大臣も通信業界最大手のNTTから「専用施設」で大盤振る舞いを受けていたことが(NTT関係者の内部通報によって)判明した。高級料亭やレストラン、クラブなどはとかく目につきやすい。NTT専用の会員クラブなら出入りは限られているので秘密が守れると安心していたのが、裏目に出たというわけだ。それに会員企業には高額会費に見合うだけの特別割引があるので、表向きの接待費用も低く抑えられる。1本10万円近いシャンパンを開けても問題ないということだったらしい。

 NTTからは、菅首相お気に入りの高市早苗氏、二階幹事長お抱えの野田聖子氏など歴代の総務大臣が軒並み接待を受けており、武田総務大臣も接待を否定していない。「国民の疑念を招くような接待は受けていない」というのだから、「疑惑を招かないような接待」は受けていたということだ。しかも、疑惑を招くかどうかは自分で判断すると言うのだから、これでは幾ら接待を受けても「疑惑を招かないような接待」になる。それに、彼・彼女らは揃いも揃って「放送行政に関する話は出なかった」と口裏を合わせているが、録音音声がないので幾らでもウソは付ける。底なしの腐敗とはこのことだろう。

 それでは菅首相本人はどうか。国会参考人として出てきたNTT社長は、例の如く「個別の会食については答弁を差し控える」として、本当のことを決して明かさない。菅首相も全く同じ答弁をしているので、こちらの方も厳重な下打ち合わせが行われているのだろう。参考人ではなく証人喚問するほかないが、こちらの方は自公両党が守ってくれると言うので安心しているのである。

 だが、こんなウソはいつまでも通用するとは限らない。「菅降ろし」が本格化する時が来ると、必ず内部通者があらわれる。こういう内部通報を「決め打ち」というが、これまでの虚偽答弁が一挙に覆される瞬間が必ずやってくる。すでにその時は刻々と近づいてきている。首都圏の緊急事態宣言の解除が目下の話題であるが、この程度で問題が終わらないことは誰もが知っている。ヨーロッパで猛威を振るっている変異ウイルスがすでに「市中感染」のレベルに達しており、日本国中に広がりつつあるからだ。

 3月25日から東京五輪の聖火リレーが始まると言うが、これとて日本一周するまでにいつ中止に追い込まれるとも限らない。東京五輪が中止になれば、コロナパンデミックの危険を無視して遮二無二準備を強行してきた菅政権は厳しく責任を追求される。また、例え無観客の東京五輪を開催しても開催中に感染が拡大すれば、取り返しのつかない失態として責任を問われる。いずれにしても、菅政権の未来は限りなく暗い。

 結局、菅首相は「ババ抜きゲーム」の「ババ」を引いたということだ。それを知っていた有力政治家たちが、菅首相を〝捨て駒〟として利用したということだろう。こんな前代未聞の非常事態には誰が政治をやってもうまく行かない、ならば菅でもやらせるか――と言ったところが本音ではないか。所詮、「令和おじさん」は元号が代わるまでの存在だった。それが令和になってからも表舞台に立ち続けようとしたことが、ボタンのかけ違いだった。

 問題は、それに代わる野党共闘の代表がいっこうに表舞台に登場しないことだ。主役抜きの田舎芝居がいつまで続くのか、もう国民は飽き飽きしながら次の幕開けを待っている。(つづく)

2021.03.20 願わくは、野党議員が一人でも増えることを
            ――八ヶ岳山麓から(332)――
                         
阿部治平 (もと高校教師)

 まもなく4月8日告示、25日投開票の国政選挙が戦われる。現時点で選挙が行われるのは、収賄事件により吉川貴盛氏が議員辞職した衆議院北海道2区、新型コロナで羽田雄一郎氏が死去した参議院長野選挙区、買収選挙により河井案里氏が当選無効となった参議院広島選挙区、の3つである。
 このうち北海道2区は自民党が候補者擁立を見送って「不戦敗」を選んだから、菅内閣にとって発足後初の国政選挙となるのは長野と広島である。この参院選は、新型コロナ禍の抑制と、その中で強行されるオリンピックの成否とともに、10月の衆議院議員任期満了までに行われる総選挙の行方を占う鍵になると思う。
 私は日本の諸悪の根源は自民党が国会の3分の2を占めていることにあると考えるので、たとえ一人でも革新・リベラル派の野党議員が増えることを願っている。長野県区は私の居住区なので、特にその思いが強い。

 参院長野選挙区はNHK党からの出馬もあるが、2019年に続いて、この度も与野党一騎打ちになると見られている。地元紙報道によると、それぞれの陣営は次のようである。
 まず自民党。元衆院議員小松裕氏(59)の公認を決定した。本人による立候補表明は2月1日である。
 小松裕氏は地元の諏訪清陵高校・信州大学出身の内科医。会見では医師や医療従事者の確保など新型コロナウイルス感染症対策の充実を掲げ、「政治と医療をつなぐ役割を担わなければならない」と訴えた。
 小松氏は2012年に自民党の公募に応じて衆議院選挙に初出馬、小選挙区では敗れたが比例ブロックでの当選を果たした。2014年衆院総選挙では同じく比例区で復活。2017年衆院選には無所属で挑んだが落選した。のち参院選に転じたが、2019年選で国民民主党の故羽田雄一郎(長野区)に14万5千票の大差で敗れた、という経歴を持つ。
 自民党衆議院議員で党県連会長の後藤茂之氏は、1月23日長野市内で開いた会合で、「現政権にとって最初の国政選挙になる。この1年で必ずある解散総選挙の前哨戦という覚悟で戦わないといけない」「県内の保守グループをまとめ、再結成をしっかりすすめて選挙に臨む」と語ったということだ。氏自身が衆院総選挙をひかえているので、強い危機意識をもって背水の陣を敷いたとみられる。
 小松氏はスポーツ医として過去5回のオリンピックに帯同したが、今までオリンピックへの言及を避けている。また陣営にとって総務省接待問題などが逆風になっているが、党県連はネット選挙に詳しい大学教授の助言を得てSNSで支持拡大を訴える専門チームを立ち上げる予定だという(信濃毎日新聞 2021・03・07)。

 対する野党側は故羽田雄一郎氏の実弟羽田次郎氏(51)の擁立を決めたが、これは自民党よりやや遅れた。はじめに後援会「千曲会」が次郎氏の擁立に動き、1月下旬、信州において平和と人権を守る市民ネットワークという市民団体「信州市民アクション」主催の会合が開かれ、これに立憲民主党、共産党、社民党の代表が参加して、立憲公認の羽田次郎氏を推薦する方向を確認した。次郎氏本人の立候補表明は2月7日である。さらに2月27日、市民団体「信州市民アクション」と野党3党は、正式に羽田氏を野党統一候補とすると同時に、共同政策の協定書を締結した。
 羽田次郎氏は、故羽田孜元首相の次男である。フランスのアルザス成城学園高校卒、米ウェイクフォレスト大中退、孜元首相の秘書などを務めた。2017年の衆院選では旧「希望の党」から立候補し、比例代表東京ブロックに登録されたが落選。現在はコンサルティング会社社長とのことである。

 野党側支持者の間では、羽田雄一郎氏の弔い合戦ということもあり、また前回参院選で大勝したこともあって楽観視する人もいるが、小松裕氏は地元出身であり、羽田次郎氏はむしろ東京の人であってなじみが少ない。しかも自民党は必死の覚悟で臨んでいる。その布石のしかたを見ると油断はならないと思う。
 野党共闘が成立したとしても、実際の支持拡大にあたっては、共産党の足に頼ることが大きいであろう。その共産党は、羽田雄一郎氏急逝後の後継候補を選ぶにあたり、「自党の候補に固執しない。政党公認ではだめだとか無所属にすべきだとかいうつもりもない。立憲民主党が候補者を立てることが筋がとおっている」と、あくまでも野党共闘を優先する声明を発表している。とはいえ共産党の泣き所は、活動家が前回選挙よりはまた一段と老いていることである。

 私が心配になったのは、むしろ野党の「共同政策」である。
 それは、①新型コロナ収束へ国民の命、暮らし最優先の対策、②憲法9条改定反対、③新自由主義から転換し格差是正と貧困対策強化、④東京一極集中から地方分権へ、⑤ジェンダー平等、性的少数者(LGBTs)などすべての差別の解消、⑥日米同盟中心の外交から東アジア諸国との関係改善へ、⑦防災、減災、治水対策の強化など7項目である。
 このなかには「消費税5%へ軽減」「原発ゼロ社会めざし、再稼働は認めない」「核兵器禁止条約の批准」なども盛り込まれ、日本の抱える課題がほとんど書かれている。私からすれば、ごもっともというほかない。
 一方、「信州市民アクション」は羽田次郎氏との意見交換会で、護憲や集団的自衛権、靖国参拝などの問題について、同意を確認したとのことである。これは兄雄一郎氏が国会議員の「靖国神社に参拝する会」に属したこと、また野党系無所属から衆院議員に当選した井手庸生(長野3区)氏が2019年年末に自民党に入党したというにがい思いがあって、これに懲りたためと思われる。

 おもえば故羽田雄一郎氏の2019年の大勝は、保守派のリベラル傾向の人々を含む広大な無党派支持層があったからである。この人々にとっては、「共同政策」の項目の中にはなじめないものがあるだろう。立憲民主党の篠原孝(長野1区)は、「信州の野党共闘は成功しており、方針は変えない」というが、国民民主党や連合本部は「日米同盟に頼る外交の是正」や「原発ゼロ」の実現などが盛り込まれたことに対して野党統一候補への不満を表明し、あつれきが生まれた。

 読売新聞によると、立憲民主党の枝野代表は、連合会長に共産党と政策協定を結んだことを陳謝した。また羽田氏と立民県連などは、新しく連合の政策を入れた協定を結び、連合本部は羽田氏支持を枝野氏に伝えたという(読売2021・03・18)。
 一方信濃毎日新聞は、3月17日に羽田次郎氏と立民県連は、旧民進党系の県議会内の政治団体「新政信州」と「政治合意文書」を交わしたと伝えた。また羽田氏は連合長野の執行委員会であつれきが生じたことをわび、「確認書」にも署名した。連合長野は本部に羽田氏推薦を維持するよう要請したとのことである(信濃毎日2021・03・18)。
 共産党長野県委員会に問い合わせたところ、読売の伝えるところが事実であっても、それに煩わせられることなく、2月に野党3党と市民団体が結んだ「政策協定」の路線で選挙活動をやるとのことであった。

 現在まで自民党が準備を進め、候補者ポスターを張っているのに、野党連合はそれに追いついていない。地元民とすれば、合意によって早く遅れを取り戻してほしい。
 思うに、正しいことでも言いすぎると間違いになることがある。野党連合は、異論が出そうなところは削って「野菜・果物の供給価格を安定させる」とか「非正規雇用を減らす」といった、県民多数が一致できるところで共闘するのがよいと思う。かつて小泉純一郎氏は「自民党をぶっ壊す」と「郵政民営化」で勝負に出て勝利したではないか。革新・リベラル派はこれに学ぶべきである。
                                              (2021・03・18)



2021.03.04 「反省」だけならサルでもできる、だが「サル芝居」は3日間しか続かなかった、
        山田真貴子内閣広報官の辞職が意味するもの
               
広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)

 2月25日、7万円接待問題に関する国会予算委員会での山田真貴子内閣広報官の答弁を聞いて、瞬間「反省だけなら猿でもできる」というCMを思い出した。猿の調教師が「反省!」と言ったら、猿が目の前の机に片手を付いて首を垂れると言うあのユーモラスなポーズだ。それが如何にもしおらしげに反省しているように見えて、拍手大喝采だった。ゼミの学生たちにも大うけで時々その仕草を真似ていたことを覚えている。それを「猿真似(さるまね)」というのかどうかは知らないが、山田氏の答弁の雰囲気はそれにそっくりだったのである。

 菅首相長男らから超多額の接待を受けていた山田内閣広報官は、野党議員の追及に対して「国家公務員倫理規程に反した行為でした」「深く反省しています」「心の緩みがありました」などと神妙に繰り返したものの、「責任を取ります」「辞任します」とは絶対に言わなかった。きっと調教師である菅首相から「反省だけ!」と命令され、その通りの「ポーズ」を取っただけのことだろう。山田氏が辞めると自らの任命責任を問われることになるので、菅首相としては辞めさせるわけにはいかなかったのである。

 菅首相は2月24日、山田広報官が「真摯(しんし)に反省しているので、今後とも女性広報官として職務の中で頑張ってほしい」と語り、すでに続投させる考えを示している。これを受けて加藤官房長官は2月25日、記者会見で山田氏が1カ月分給与の10分の6(約70万円)を自主返納し、東北新社へは飲食代の返金を申し出たことを明らかにした。加藤氏は、これらの行為を以て「本人は今回のことを深く反省し、職責の重さを十分に踏まえた対応」と受け止め、山田氏には「高い倫理観をもって公正に職務を遂行するよう、いっそう精励してもらいたい」と伝えたという。「反省」して給与の一部を自主返納すれば、処分もなくこれまで通り内閣広報官の仕事を続けさせるというのだから、これで「一件落着」として処理するつもりだったのだろう。

 山田内閣広報官は、我々研究者仲間ではつとに有名な人物だ。菅首相が就任直後、学術会議会員候補者6名の任命を拒否し、その後出演したNHK「ニュースウオッチ9」でキャスターからその経緯を問い質された際、「説明できることと説明できないことがある」と言いよどんだ場面があった。要するに、任命拒否の理由は「説明できない」ような理不尽なことだと、自分で認めてしまったのである。

 予定にない突然の質問に激怒した菅首相の意を受け、山田氏が放送翌日にNHKに抗議電話を入れたとするニュースが駆け巡った。当該キャスターは今年3月で番組から降板させられることが決定したこともあって、その信ぴょう性がますます高まっていたのである。ところが、山田氏は2月25日、野党議員の質問に対して「番組出演後に電話を行ったことはございません」と明確に否定した。

 ここでまた思い出すのが、加藤厚労相時代に有名になった「ご飯論法」のことだ。「ご飯を食べたか」という質問に対して、パンは食べているのに「ご飯は食べていない」と答える本質を紛らわせる答弁技術のことだ。山田氏の場合は「抗議をしたかどうか」がNHK介入の本質であって、「電話をしたかどうか」は伝達手段の話にすぎない。「電話をしたことはなかった」としても、別の方法で抗議した可能性までを否定しているわけではないのである。

 ことごとさように、首相官邸による情報操作は極めて巧妙に仕組まれている。しかし、このような目先のテクニックで国民をだませると思ったら大間違いだ。高齢者世帯の1カ月分食事代にも匹敵する高額な接待を、赤坂のホテル内にあるフランス料理店で受けた山田氏が、首相長男を含めてのたった5人の会食で、「長男の顔をよく覚えていない」だとか、「長男に会ったことはそれほど大事なこととは思っていない」だとか、「大した話はしなかった」とか...、そんな噓八百が通じるはずがないのである。

 だが、事態は翌日から急転する。総務省幹部を連続接待した東北新社が2月26日、菅首相長男を統括部長から解任・更迭して人事部付にすることを発表した。長男はまた、子会社の「囲碁将棋チャンネル」取締役も辞任した。会食に長男と度々同席しながら監督責任を果たせなかったとして、二宮社長も同日付で辞任した。こうして接待側の責任者たちが次々と辞任するに及んで、接待された側の山田氏に対しても「辞任すべき」との声が日増しに高まり、包囲網は刻々と狭まっていったのである。

 加えて菅首相が同日、6府県を対象とする新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言先行解除に際し、通例となっている記者会見を突如中止したことも国民の不信に輪をかけた。山田広報官が記者団の集中砲火を浴びることを懸念したのか、それとも首相自身が山田氏の任命責任を問われることを避けたかったのか、あるいはその両方だったのか、いずれにしてもさしたる理由のないままに2月26日夕刻、「ぶら下がり会見」に急きょ切り替えたのである。

 ところが、この「ぶら下がり会見」が裏目に出た。日頃はほとんどモノを言わない番記者たちが、ここぞとばかりに記者会見を中止した理由を追及した。6府県の緊急事態宣言先行解除に関する首相説明などはどこかへ吹っ飛んでしまい、広報官が仕切らない本来の記者会見が実現したのである。「山田広報官のことは全く関係ない!」と弁明する首相の表情が大写しで同時中継され、否定すれば否定するほど「山田隠し」の構図が浮かび上がる結果となった。

 山田氏の広報官としての強権ぶりは有名だったらしい。会見に参加する記者たちから事前に事細かに質問内容を聞き出し、それをもとに官僚が「答弁書」を作り、菅首相はお得意のペーパー読みで回答をするだけだ。山田氏は政権の意に沿わない質問をする記者は徹底的に無視し、いくら手を挙げても指名しない。首相の答えに納得せずに食い下がる記者に対しては、制止することも厭わない。挙句の果ては「このあと次の日程があります」と質問を途中で打ち切り、首相を窮地から救い出すレスキュー隊の役割も引き受けていた。

 情けないのは、山田氏にかくの如くいい様に牛耳られている記者クラブの方だろう。首相会見は記者クラブの主催なのだから、司会は当然記者クラブが引き受けて然るべきなのに、唯々諾々と官邸側の差配に従っている始末、これでは真面な記者会見など出来るわけがない。背後にはNHKから民放、衛星放送まですべての許認可権を独占している総務省の睨みがあるからだというが、その頂点に立つのが山田内閣広報官だったというわけだ。

 だが、山田氏は記者クラブを牛耳っても利害関係のない国民全体を支配することはできない。記者会見の仕切りは広報官の仕事の一部にすぎず、本来の仕事は国民に対して政府見解を伝える「政府窓口」であり、国民に信頼されなければ政府方針は伝わらない。スポークスパーソンは、国民の信頼に足る人物でなければ務まらない職責であり、政治家と同じく「信なくば立たず」の世界に生きているからだ。その職責にある山田氏が、利害関係者の菅首相長男から7万円余の接待を受けながら、「顔を覚えていない」「話もしなかった」などと噓八百を並べた瞬間に、彼女の「サル芝居」は事実上終わったのである。2月25日に「反省!」のポーズをとってから僅か3日、2月28日に山田氏は辞表を提出し、「急病入院」を口実に官邸を去ることになった。まるで、ドラマを見ているような3日間だった。

 この頃、菅首相は週末になると表情が暗く、口数が少なくなるという。世論調査がある度に支持率が低下し、最近では大半の世論調査で「不支持」が「支持」を上回るようになった。いつ不時着するかもしれない〝超低空飛行〟が続いている上に、「コロナ対応の失敗」「東京五輪開催をめぐる森元首相の女性蔑視発言」「同じく後任をめぐる失態」「総務省や農水省の接待問題」が相次ぎ、とりわけ菅首相の抜擢人事だった山田内閣広報官の接待ダメージがボディブローのように利いてきている。

 菅首相は目下、言を左右にして山田広報官の任命責任を回避しようとしているが、いずれは責任を取らざるを得なくなる。まして、自分の長男が当事者であるだけに、如何なる口実をでっち上げても責任を免れることはできない。最近「モリカケに今度は菅の親子丼」という川柳が大手紙に載り、永田町でも話題となっているという。菅首相が苛立つ身内の不祥事であるだけに、コロナ禍のなかで国民の不満がさらに拡大すれば、間近に迫る衆院選をにらんでの自民党内の菅降ろしに火が付かないとも限らない。国民の信頼を失った政治家は、国民の信託に応えることができず、政界を去るほかはない。菅首相をめぐる政官界の暗闇は、河井夫妻の分かりやすい選挙買収事件よりもはるかに深く、それを垣間見せたのが山田広報官に演じさせた今回の「サル芝居」だったのである。