2017.11.23 日本政治の劣化と退廃を象徴する出来事(事件)だった、小池都知事の希望の党代表辞任が物語るもの
                 
広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)
                  

 小池東京都知事が希望の党代表を突如辞任した翌日、一連の「小池騒動」を報じた11月15日の各紙朝刊には、「投げ出し」「丸投げ」「風頼み」「身勝手」「無責任」「不信」「分裂」「瓦解」など、最大級の侮蔑を意味する言葉が紙面に躍った。小池氏が臨時記者会見を開いて希望の党結成宣言と自らの代表就任を表明したのはついこの間の9月25日のこと、それから僅か50日で小池氏は代表辞任の理由を何一つ語ることなく国政の舞台から突然消えた(身を隠したのである)。

 一方の主役(あるいは脇役)だった前原民進党前代表もそれ以降、ぱったりと姿を見せなくなった。地元の京都ではいまや居酒屋でしか話題にならないような存在となり、「馬鹿な奴!」との巷の声も最近はだんだん聞かれなくなってきている。前原氏はもはや京都市民にとっては「過去の人」となり、誰も関心を持たなくなった。唯一張り切っているのは、希望の党共同代表選に手を挙げ、国対委員長に就任した泉氏ぐらいのものだ。もっともこちらの方は、この前の衆院補選で「野党統一候補」と勝手に思い込み、泉氏に投票した革新系有権者の方が臍(ほぞ)をかんでいる。でも今さら悔やんでも遅い。

 余談はさておき、小池氏の電撃辞任から数日経った現在、朝日新聞などでは「小池騒動=民進分裂劇」の検証が始まっている。目下連載中なので結論がどう落ち着くかは分からないが、少なくとも出だし部分はこれまでの予想とそれほど違わない。要するに、全ては前原氏が民進党代表に選出された9月1日から始まり、小池新党立ち上げの匂いを嗅ぎ取った前原氏が「民進党解体シナリオ」を描いたときから事態は動き始めたのである。

 「民進党を解党したい。民進の衆院議員は希望の党に公認申請させます」(前原)、「それでいきましょう」(小池)...。朝日新聞19日朝刊の紙面に掲載されたドキュメント記事は余りに生々しい。9月26日深夜、帝国ホテルで持たれた密室会談では、前原民進党代表と小池都知事が神津連合会長(立会人)らの前で密約をかわした。それも、前原氏が民進の100億円超の政治資金(国民の税金である政党助成金)と党職員を提供し、連合は総選挙で「ヒトもカネ」も出すという好条件付きだ。

 おそらくこの時点では、前原氏は人気のない民進に「小池新党」というヴェールをかぶせて党勢を拡大し、実質的には「前原一派=民進右派=連合支持勢力」が党運営を仕切ることで、やがては自らが新党党首としてデビューするという「甘い夢」を描いていたのだろう。だが、こちらの方は小池氏の方が1枚も2枚も上だった。民進や連合の「ヒトとカネ」は欲しいが、リベラル系まで来てもらっては困る、彼らを排除するなら受け入れもいいという条件を出したのだ。

 前原氏はここで第2の決断に踏み切る。「リベラル系排除」という条件を曖昧にしたままで民進両議員総会に臨み、総選挙直前という引き返せない状況の中で、小池条件を口実にして「リベラル系排除」を実行に移す道を選んだのである。それが小池氏の「排除宣言」となり、公認申請時の安保法制容認・憲法改正賛成の「誓約書」提出となった。ここまでは何もかも前原・小池シナリオで事が進んでいた。

 だが、余りにも露骨な「誓約書=踏み絵」に反発した枝野氏らが立憲民主党結成に踏み切り、「排除リスト」が流出するなかで世論の流れが変わって希望の党は急速に失速した。選挙結果はもう繰り返さない。呆れるほどの自民圧勝となり、改憲勢力は自公与党だけで3分の2を超える始末。いったい日本の政治はどうなっているんだと(少数派となった)心ある有権者は嘆いている。

 私は、小池氏の希望の党代表辞任に至る一連の騒動を最近の日本政治の劣化と退廃を象徴する出来事(事件)だと考えている。第1に、それは前原氏と小池氏という政治家の「首相になりたい」という個人的野望のために引き起こされた騒動、すなわち「究極の国政私物化」のあらわれだと言うことだ。井戸塀政治家などは望むべくないにしても、国民と政党を自らの野望のためには容赦なく足蹴にしても構わないという政治リーダーが今や堂々と登場する時代になったのである。それをポピュリスト政党というかどうかは別にして、前原・小池両氏がその象徴的存在であることは間違いない。

 第2は、そんな人物をリーダーとする希望の党に1000万人近い有権者が投票したことだ。政党としての理念も理想もなく、政策も綱領も定かでない即席政党に対して1千万票近い大量投票が流れる事態など想像もつかない。だが、それが現実の投票行動としてあらわれるところに、国民の果てしない政治意識の劣化が見てとれると思うのは決してひとり私だけではあるまい。

 第3は、前原・小池両氏の策謀に踊らされた(乗った)民進党国会議員の愚かさだ。自らが所属する政党の解党提案に対してほとんど議論らしい議論もなく了承し(枝野氏らも同じ)、事態が明るみに出るにつれて右往左往する有様は、これが野党第1党の姿かと目を疑わせる。加えて、小池氏らの「誓約書」に署名して希望の党衆院議員に当選したにもかかわらず、その直後から安保法制は容認できないとか、憲法改正には反対だなどと言い出す人たちにも呆れる。要するに、当選するためにはどこの政党に乗り換えても構わないと考える「渡り鳥議員」がそこにいるだけで、そのことを実践してきた小池氏と体質は寸分も変わらないのである。

 こうした「風見鶏議員」「渡り鳥議員」が様子を見て次々と前言を翻し、民進党が分裂に次ぐ分裂を重ねているところをみると、今後の政局がどうなるかは「一寸先が闇」としか言い様がない。枝野氏ら立憲民主党が軽々に野党再編に組みしない、野党共闘に乗らないと言っているのは、民進党が犯した過ちの大きさを痛感しているからではないか。いずれにしても、これからの日本の政治は当分闇夜の中を歩き続けるしかないと私は絶望している。

2017.11.21 護憲の中身を決めるときがきた
                ――八ヶ岳山麓から(241)――
                 
阿部治平 (もと高校教師)

2017年衆院選では、急ごしらえの立憲民主党が気を吐いたけれども、護憲・リベラルとでもいうべき「立憲民主党+共産党+社民党と市民連合」は3分の1に至らず惨敗となった。今後、安倍晋三氏率いる改憲・加憲派はいよいよ攻勢に出る。これに倣って産経・読売系メディアは、テレビ・新聞・インターネット上でいままで以上に強力なキャンペーンを打つことは確実だ。

9条改憲に反対する議論には、おおまかにつぎの四つの流れがあるとおもう。
①改憲せず、日米安保条約は将来破棄する。9条を文字通りに理解して、一切の「戦力の不保持」「交戦権の否認」をつらぬく。急迫不正の主権侵害にはもてる限りの手段をもって抵抗する。
②改憲せず、将来日米安保条約を破棄するのは①と同じ。ただし現行憲法の下でも個別的自衛権があるものとし、急迫不正の主権侵害には自衛隊をもって対抗する。
③日米安保体制を認め、防衛力増強もはかり、将来の改憲を視野に入れる。ただし、新安保法制下の(あるいは安倍政権下の)集団的自衛権・海外派兵を容認するような憲法9条の改定には反対する。
④改憲し、個別的自衛権・専守防衛に厳格に限定した自衛権を憲法に書き込む。すなわち②と同じ論理を改憲によって実現しようとするものだが、憲法9条改定に及ぶので、①②の護憲派にはなかなか受け入れられない。

以上四つの間にはさまざまなバリエーションがあるし、議論も錯綜している。
そこでさきにあげた3党について日米安保体制および自衛隊を含む防衛問題にたいする姿勢を見ると、次のようになる。

立憲民主党は、民進党綱領を引継いで「私たちは、専守防衛を前提に外交安全保障における現実主義を貫く。我が国周辺の安全保障環境を直視し、自衛力を着実に整備して国民の生命・財産、領土・領海・領空を守る。日米同盟を深化させ、アジアや太平洋地域との共生を実現する(立憲民主党綱領2017年10月2日)」という。同党は年内には新綱領をつくるらしいが、これと大きな違いが生まれるとは思えない。
というのは、憲法9条については党代表の枝野幸男氏は、10月9日のBuzzFeed NEWSのインタビュー記事で、「私は護憲派ではない」「いまの日本国憲法が持っている価値観を発展させるなら、改憲は大いにあり」と明言する。同時に「そのことといま憲法9条を変えるべきかどうかは、切り離して考えるべきだ」ともいっている。
結局、さきの衆院選での立憲民主党の公約は下記のようになった。
「専守防衛を逸脱し、立憲主義を破壊する、安保法制を前提とした憲法9条の改悪に反対。領海警備法の制定と憲法の枠内での周辺事態法強化で専守防衛を軸とする現実的な安全保障政策を推進する(10月7日、福山・長妻両氏による)」
立憲民主党は、冒頭の③の路線と見ることができよう。国会を中心にみるかぎり、立憲民主党が改憲反対運動を主導せざるを得ない。枝野幸男代表に揺らぐことなきを祈るのみ。

これと対照的なのは旧社会党である。①で述べたように旧社会党は憲法9条を文字通りに理解し、「非武装・中立」をとなえた。中立とは、米ソ冷戦時代は日米安保体制からの脱却を意味した。急迫不正の主権侵害に対しては、警察力やストライキでこれを排除し国民の安全を図るとした(それでもなおやられたら「降伏」という選択肢もあるといった社会党幹部もいた)。
当時は自衛隊は違憲という主張だったが、委員長村山富市氏が首班となった内閣では「合憲」とした。内閣としては、自衛隊を現下の防衛力とするかぎり、違憲とするわけにはいかないからだろう。
社民党に看板を変えても、政策の大筋は変らなかった。2006年の「社民党宣言」では、違憲状態にある自衛隊は縮小を図り、国境警備・災害救助・国際協力などの任務別組織に改編・解消して非武装の日本を目指す。また日米安全保障条約は、最終的に平和友好条約へと転換させ、在日米軍基地の整理・縮小・撤去を進めるとした。

共産党は1960年代後半から90年代前半くらいまでは、「中立・自衛」を提唱した。自衛とは他国からの侵略から国民の生命と生活を守るという意味である。だから共産党が目指す安保条約廃棄の民主連合政府は、国民の多数の意見の同意があれば自衛隊を解散し、その後改憲して自衛力を再建するとした。
ところが1994年党大会で「中立・自衛」の解釈を変え、社民党と同じく、憲法9条に「先駆的な意義」みとめ、軍隊をもたなくても主権は保てるといいだした。
さらに2015年9月新安保法制が国会を通過したとき、志位委員長は臨時的政府を提案して、日米安保条約は「凍結」、新安保法制は廃止、日本に対する急迫不正の主権侵害に対しては、自衛隊は新安保法以前の自衛隊法で行動すると発言した。当時の山下書記局長も、政党としては自衛隊違憲論は変えないが、反安保連合政府としては合憲という立場で臨むとした。
いまのところ、地方レベルの改憲反対運動の足になるのは共産党である。だが日本には共産主義に対するアレルギーがあるから、これが出過ぎたとき、支持者が減る危険がある。

憲法9条と自衛という二者対立的な論理を統一しようとすれば、社民党以外は複雑でわかりにくい政策にならざるを得ない。この点は、自民党だって同じことだ。敗戦直後の憲法制定議会では吉田茂氏は自衛権を否定したが、やがて警察予備隊をつくり、保安隊に至って「戦力なき軍隊」といい、自衛隊になってからは専守防衛・個別的自衛権を主張した。
安倍晋三政権に至って、「非戦闘地域」とか「駆けつけ警護」とか「後方支援」といった屁理屈をこね、ついには閣議による解釈改憲という奇手を使って自衛隊の海外派遣を正当化した。だがいま安倍晋三氏の願う国家実現のためには、現行憲法の解釈改憲ではもはや限界、改憲は必至という段階に至った。

ところで、従来の改憲反対論には国際的観点が少しばかり欠けていたように感じる。安倍内閣が掲げる新安保法制や集団的自衛権、さらには憲法9条改定などの震源地は間違いなくアメリカである。護憲派は将来アメリカとの関係をどうするか。これを議論しなければならない。
今次総選挙では、安倍政権は国際情勢を上手に利用した。トランプの北朝鮮に対する威嚇と悪罵に同調して対北朝鮮の日米軍事演習をやり、Jアラートを鳴らして作為的に緊張を煽り、北朝鮮の「挑発」と「国難」を宣伝した。
だが「北」が日韓に先制攻撃をかけたら「北」は壊滅する。このことは金正恩委員長は百も承知している。彼の気が触れでもしないかぎり、「北」には攻撃意思はないと見るのが自然である。当の韓国では人々が冷静だというのに、日本では安倍政権ばかりかメディアも、いまだ「挑発」を連発し危機を煽っている。だいたい日本海沿岸に原発をぞろぞろ並べておいて北朝鮮の脅威もないものだ。
中国の習近平政権は、今後もナショナリズムを煽りつつ、軍事力に経済力を加えて勢力を拡大し続ける。国内矛盾が高まれば当然のように尖閣問題も過熱させるだろう。タイミングよくこれがおきれば、安倍政権にとっては願ってもないことである。我々はこれも警戒しなければならない。

今日、改憲・加憲勢力の間に意見の相違がある如く、護憲・リベラルを掲げる人々にもそれぞれ異なった見解がある。なにがなんでも9条を守り戦力は保持しないとするか、自衛隊は合憲だが憲法にはその存在を書きこませないとするか、日米安保を認めるが、安倍政権のもとでは改憲には反対だとするか、それともアメリカから自立した専守防衛の自衛権を憲法に書き込めというか。
もし希望の党の改憲慎重・新安保法制反対の人々までも含めた野党共闘をはかろうとするなら、どのような意見をひっこめ、どこで妥協するか、互いに身を切る努力が必要である。

日本人は、現状が気に染まなくても仕方がないとあきらめがちだ。改憲に反対という人でもかなりが「自衛隊はなくては困るが、憲法9条の改定まではどうかとおもう」という漠然とした気分である。これは韓国の「ローソク革命」に現れた主権者意識とは著しく異なる。我々は運動の中で、この長いものには巻かれる気分をどうしても克服しなければならない。
これに成功するか否かで日本の歴史的方向が決まる。

2017.11.20 タケシ風パロディ:町人国家日本の卑屈な接待外交
盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

 微に入り細にわたる日本の「おもてなし」は世界に稀にみる美徳だけどさ、これに政治的な魂胆が絡んでくると意味が変わるんだな。政治の世界じゃ、いくら接待にお金をかけたって、外交方針が変わることなんてないんでさ。大げさな接待を準備すれば、逆にその魂胆を勘ぐられるんでね、だからプーチンなんかは、当て付けがましい接待を知っていたから、わざと何時間も遅れて到着したもんね。
 いくら日本食が世界に誇ることができる食文化だと言ってもさ、それを本当に賞味できる外国人なんて、そんなに数がいるわけないんでさ。アングロサクソン系なんぞは、日本人のように、食べることに拘りなんてないんでね、名人シェフが料理したってその価値が分かる人なんて少ないんだよ。文化的素養に欠ける知性のない政治家には「猫に小判」、欧米風に言えば「豚に真珠」ってとこだな。「これだけ接待してんだから、良いことしてくれるよね」というのは日本人にだけ通用する「常識」だね。もっとも、今回は生食を好まないトランプ一家のために、今回は牛肉のオンパレードだったようだがね。

 もっともさ、アメリカに諂(へつら)うだけの外交なら、襟を正して正面から議論する話もないんでさ、せめて日本のおもてなしをたっぷり楽しんでもらって、機嫌を取ろうってことだな。沖縄の基地をどうするのか、日米地位協定をどうするのかって話を正面から切り出す熱い思いなど一欠けらもないから、一国の首相がアメリカの大統領と何を話し合ったのかなんてほとんど話題にならないってわけさ。ゴルフや「銀ぶら」の話、どこのレストランでどんな料理を食べたかって話だけだもんな。公式晩餐会に「ピコ太郎」を招待するなんて、あまりにトランプ一家のご機嫌取りの卑屈な外交で、とても独立国の外交とは言えないね。
 もっとも、安倍さんの頭には独立や自立という観念そのものがないんだよな。単純に、仲良くしていれば、「同盟」だと思ってんだろうね。根っからの属国政治家だから、自立とか独立という観念も概念もないってことさ。まさに属国政治家の面族躍如だよ。「週刊新潮」の「米中韓のメディアが冷笑! 『安倍総理』は『トランプ父娘』の靴を舐めたか」は正論だね。こういう外交を可笑しいとも思わないマスコミも国民も世界の田舎モンだな。欧州の政治じゃ、絶対にあり得ない卑屈な接待外交だよ。だから、トランプも、好き放題に振舞って気持ち良く気軽に観光気分で日本に来れるってわけさ。「なぁ、それでいいだろう、Shinzo」ってことさ。政府の累積赤字が積もりに積もっているのに、公金を垂れ流して、トランプ一家を接待しなけりゃならない義理がどこにあるのさ。

 それにしても、ゴルフ外交って言うけどさ、ありゃ一体なんなのさ。トランプがラウンドしたかったのは松山選手で、下手くそな安倍首相じゃないってことが明々白々だったね。だってさ、1番ホールで安倍さんがまだバンカーから抜け出だしたところなのに、トランプと松山選手は次のホールに向かってさっさと歩いているもんね。だからホールアウトもしていない安倍さんは慌ててしまって、追いつこうとバンカーの一番高い壁を駆け上ったのは良いが、エッジに足をかけた途端に、バランスを崩してひっくり返ってバンカーに逆戻りだもんね。「体調が悪いのか」なんて報道があってけど、置いてきぼりになって慌てただけのことさ。
 このずっこけ動画がネットの世界に広まって、首相官邸も慌てたようだな。「ゴルフ談義をやっていたのはトランプ大統領と松山選手で、安倍首相はあっちこっちと球を追いかけていただけ」という真実を知られたくないということさ。ゴルフの後で、安倍さんは「難しい話もできました」なんて言ってたけどさ、簡単な話すらできる余裕もなかったというのが真相なんでね、格好をつけただけだよ。そうでも言わないと、「どうして一国の首相が、トランプと松山選手のゴルフ遊びの接待役になる必要があるのか」ってことになるんでね。要するに、芸者の代わりにゴルフ選手を当てがって、ご機嫌を取ったってことさ。このゴルフ接待のために、警備費を含めて、いったいどれだけの経費がかかったのか知りたいね。

 そもそも、「主権国」を公式訪問するのに、大統領専用機が日本の軍事占領基地であるアメリカ軍横田基地に到着するなんて、日本も舐められたもんだな。要するに、占領基地から日本の地へ足を踏み入れたってことだよ。だってトランプが叫んだって言うじゃない、「世界を支配しているのはアメリカだ」、って。日本は未だにアメリカの占領国だという感覚なんだよな。繰り返しトランプに恭順の意を表し続けるShinzoの日本は、最初から見下されてるってことだよ。日本は対米主権国ではなく、対米従属国だということを今更ながらに知らされたね。しかも、最初の行き先がゴルフ場だなんて、馬鹿にするのもほどほどにして欲しいね。「Shinzoが来てくれっていうから、来てやったんだ」ということなんじゃないの。だから、日本はアメリカの占領国家で、アメリカの庇護の許に日本は育ったってことを態度で示したんでね、こういう好き勝手な振る舞いに、政府・外務省は何も言えないしできないのが真実さ。何が日米同盟かね。戦後70年たってもアメリカへの従属関係が継続していることだよ。
 こういうことを理解できる日本人はもう一握りなんだろうな。ネットじゃ、「アメリカ大統領とゴルフができる安倍首相の外交力はすごい」っていうバカな奴が多いけど、あまりにアメリカべったりなんで、何が独立国として基本的な振る舞いなのかってことさえ、分からなくなってんだよな、政治家も国民も。「屈辱」という言葉も忘れてしまっているじゃないかと思うね。韓国や北朝鮮を批判する時だけは、やけにプライドが高いんだけどね、アメリカになると平身低頭だよ。「なぁ、Shinzo、そうだろう」、「へい、仰せの通りでございます」。卑しいね、日本の外交は。
 屈辱から始まってゴルフ接待で嬉々としている安倍外交なんて、朝貢外交というより、町人国家の卑屈な属国外交だよ。日本人の外交音痴が世界の嘲笑の的になっているの分からないんだよな。政治家も国民も。悲しいね、おしまい。
2017.11.17  たかが選挙されど選挙-我孫子市の選挙結果から見えてきたこと
           韓国通信NO540

小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)

2017衆院選挙で安倍首相の悲願がまた一歩、現実味を帯びてきた。比例区得票率33.3%の自民党が61%に相当する284議席を獲得したとはあきれる。イカサマ選挙というほかない。
二十歳になり、初めての選挙で社会党の木村禧八郎さんに投票した。半世紀以上の昔のこと。インフレーションの研究で有名な経済学者だった。
今回、小選挙区は共産党、比例区は立憲民主党に投票した。選挙だけで世の中が変わるとは思っていないが、世の中を変える有力な手段のひとつと思いこれまで投票所には皆勤である。前回の参院選挙では「選挙に行こう!原発なくせ」の名刺を作って若者たちに配った。

<I am not ABE>
特定の政党や個人への投票を依頼する選挙運動はしたことがないが、自分の気持だけは伝えたい。「アベ政治を許さない」のプラカードを駅頭で掲げるのはそのためだ。
通っているスポーツジムで「I am not ABE」とプリントしたスポーツウェアを着て「選挙運動」をした。それを見て「何?」と聞いてくる人、気がつかない人には「ちよっと見てよ」と話しかけた。私が何故「安部ではないのか」そのわけを話した。週2回のジム通いで多くの人と話をした。もちろん「安倍首相が好き」という人にも出会った。17才の高校3年生にも声をかけた。誰に投票したらいいか相談をもちかけられた。「安倍首相は好きか」「嫌い」と即座に返事がかえってきた。希望の党は「自民と変わらないね」というと「そうね」。「残るのは共産党しかない」。
選挙が終わりエアロビクスのスタジオで会った。
候補者は自民と希望と共産の3名だけ。共産党に生まれて初めて投票したと語ってくれた。

<「小選挙区は共産党へ 比例は立憲」>
千葉8区(柏・我孫子)では現職の自民党候補桜田が当選した。日本会議所属で文科副大臣を務めたバリバリの極右議員である。「従軍慰安婦はデッチあげ」と安倍首相の持論と同じ発言を展開して副大臣をクビになった。太田は民主党から生活の党、維新の党と渡り歩き、今回は希望の党から立候補した。共産党からは小野里が急遽立候補した。
得票数では自民桜田が圧勝。しかし二人の非自民候補の得票が自民を上回り、比例の得票数では希望の得票をいれなくても立憲、共産、社民で自民を上回った。
人口約13万人、有権者数111千人(投票率55.47%)の我孫子市を含む8区で野党統一候補が出馬したら当選は間違いなかった。全国64の選挙区で野党が一本化したら自民が敗北したといわれる(産経新聞デジタル)。千葉8区もそのわかりやすい例である。平和、護憲の勢力の結集に教訓を残したが、今回の自民圧勝は選挙民の意思からかけ離れた空中の楼閣、虚構だったことがわかる。「I am not Sakurada」。安倍首相のオトモダチ桜田の落城も目前だ。

<仲間を捨てて 街に出よう>
11日、埼玉県大宮市で開かれた会合で韓国のローソクデモの話をした。元国鉄の労働者で組合活動の中心になって活躍してきた人ばかり30名ほどが集まった。
昔、藤田省三さんと酒を飲んだ時のこと。酔いが回るうちに「銀行の組合なんか御用組合に決まっている」と藤田さんが断言したことに私が腹を立て大喧嘩になった。私が銀行の組合の組合員だったからである。「学者は本ばかり読んで現実を知らなすぎる」と、私も一歩も譲らなかった。でも、労働運動の現状を見ると、組合に期待をしないと「暴言」を吐いた藤田さんは真理の一面を突いていたことになる。
私がいた組合は会社とともに消滅した。今では組合運動のことを考えることはあまりない。かつて情熱を注いだ組合運動を「卒業」してもなお、仲間と定例的に学習会を開いている今回のグループの存在に正直驚いた。彼らは今でもさまざまな政治集会に出かけ、最近は福島の被災地に出かけたりもしている。
労働運動のOBとして運動を模索するひとたち。ローソクデモと市民運動についての話を聞きたいという手ごわい聞き手を前に緊張した。一市民としてどう生きるか、何が出来るかが、その日のテーマだった。私に答えを出せるはずはなく、知りえたローソクデモと私の体験談を話した。
日本と共通する問題を抱えながら何故韓国で延べ1700万人、毎週100万人もの市民が集まったのか。その背景にある民主化運動の歴史と、韓国社会に積もりに積もった不満の数々。民主化闘争から生まれた『朝露』や『君のための行進曲』を熱唱して過去の運動の記憶を現在に蘇らせる人々。市民運動から生まれた自立した市民たちの存在。組織に依存しない確立された個。同じ儒教社会ながら、「一君万民」は万民のための君主と理解する韓国と、君主のための万民と考える日本との違い。韓国人の、倫理観にもとづく自己主張の激しさなど、思いつくままに話した。
韓国の社会運動では「希望」が語られ、日本では「挫折」が語られる。孤立した運動は社会を動かす力に乏しい。それに比べネットワーク化が進み社会的影響力を持つ韓国の市民運動(後に紹介する丸山茂樹氏の評価も引用した)。脱原発に突き進み、貧困問題への具体的着手も始まった。
参加者の顔を見ながら、「わが国にあって韓国にないもの。それは、社会運動の経験を豊富に持つ高齢者たちの存在」と気づいた。高齢者が元気な日本社会の可能性を韓国の友人から指摘されたことを思いだした。
仲間内で「愚痴」を言うより少しでも若者と付き合おう。一人でもやれることはいっぱいある。「ひとりデモ」「東京電力から電気を買わない」「I am not ABE」「NHKとのバトル」「家族との話し合い」といったことの大切さを述べ締めくくった。
懇親会に参加した。「あなたを見習って一人で駅頭に立ちますよ」と声をかけてくれた人がいた。労働運動の仲間と話をするのは久しぶりだった。古巣に帰ったようで気分が高揚した。銀行の合併を世に問うた『三菱銀行の野望』を二十冊贈呈した。銀行も組合も認めなかった有志個人発行。処分覚悟の抵抗の「書」である。
 

『共生と共歓の世界を創る-グルーバルな社会連帯経済をめざして』

尊敬する先輩丸山茂樹さんが本を出版した。グラムシ、ポランニー、さらにブラヴォイの思想を紹介しながら共生社会の実現を社会的連帯経済に求めるという意欲的な内容。朴元淳ソウル市長の提言と協同組合づくりの実践、日本の重茂漁協などが紹介されている。著者は長年にわたる生協活動の実践と理論研究をとおして人間と仕事、社会のあり方に提言をおこなってきた。「持続する社会」とは? 示唆と刺激に溢れる好著として一読をお薦めしたい。
                      社会評論社発行 本体2200円+税




2017.11.16 選挙総括は双方向でなければ機能しない、上からの「常幹声明」の徹底討議だけでは一方通行になる
              
広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)
                 
 トランプ旋風が東南アジア一帯に吹き荒れる中、もう総選挙のことなど何処かへ吹き飛んでしまったような気がする今日この頃だ。それほど昨今の情勢の移り変わりは早いので今さらとは思うが、それでも周回遅れの話をするのも無駄ではないと思い直して書くことにした。それは共産党の選挙総括のやり方についてである。

 10月22日の投開票が終わって選挙結果が判明した翌日の23日、「総選挙の結果について」と題する共産党中央委員会常任幹部会声明が出された。政党として選挙結果についての声明を出すことは党支持者に対する責務であり、有権者の関心に応えるうえでも必要不可欠な行動だといえる。

 私の周辺でも、民進が選挙直前に希望の党へ合流するという逆流のもとで共産が市民と野党の共闘をぶれずに追求し、共闘勢力の一本化のために全国67の小選挙区で予定候補者を降ろすなどして共闘勢力(特に立憲民主)の議席獲得に貢献したことは高く評価されている。小選挙区で候補者を立てないことは比例区の得票減につながることを百も承知の上で敢えて決断したのだから、共産の行動は大いに称賛されていい。支援を受けた立憲民主からは感謝の言葉があまり聞こえてこないが、これなどは政党間の信義にもとる態度といってもよく、今後の野党共闘の在り方に影を投げかけるものだ。

 とはいえ、共産にとって比例代表選挙で前回606万票(11・4%)から440万票(7・9%)へ後退したことは痛恨の極みだったに違いない。もともと850万票を目指していたのだから、目標の約半分という結果は言葉を失うほどのショックだったのではないか。常幹声明はその原因を「党の力不足」に求め、「総選挙の教訓と総括は、党内外のみなさんのご意見に真摯に耳を傾け、次の中央委員会総会で行います」と述べている。選挙総括についての本格的な討議はこれから始まるのだろう。

 だが私としては、これに続く11月4日の赤旗主張として出された「『常幹声明』を討議・具体化し、草の根から『集い』を開いて広範な国民と日本の未来を語り合い、強く大きな党づくりへ、11月から前進しよう」との檄文の内容が気になった。檄文の前半は、逆流の中で共産が奮闘したことに確信を持ち、市民と野党の共闘のさらなる発展を呼びかけるもの。後半は、そのための具体的な行動として「共産党をまるごと支持してもらえる人を広げていくための集いを開く」「機関誌拡大を通して党勢拡大を追求する」「世代的継承のため青年、学生、労働者へ働きかける」ことが提起されている。

 この内容は政党としては当然の行動提起であろうが、檄文は組織を元気づけるための「チラシ」のようなもので「選挙総括」とは到底言えない。ところが、檄文の中には「『常幹声明』の討議を通じて、選挙戦の特徴と結果の見方、党が果たした役割などへの理解を深め、次のたたかいへ立ち上がりましょう」といった趣旨のことが繰り返し強調されているので、それがあたかも「選挙総括まがい」のような印象を与えてしまうのだ。

 上部組織が出した「選挙戦の特徴と見方」を下部組織や末端組織が討議(学習)するだけでは、選挙総括としては不十分なのではないか(成立しない)。民主集中制という組織原則は、「民主」が前提にならなければ機能しないものだ。選挙総括は、全国津々浦々で選挙戦をたたかった支持者や地方組織など党内外の声をまず取り上げ、そこでの様々な意見や討論を積み重ねながらでなければ「本音の総括」にはならないだろう。「党内外のみなさんの真摯なご意見」に耳を傾ける前に「常幹声明」を徹底討議してしまっては、個人や地方組織の本音は消えてしまう(消されてしまう)。これでは「民主なき集中」になってしまうのである。
 
 常幹声明のいう「党の力不足」とは、この檄文を読む限り目に見える(物理的な)党勢後退と機関紙数の減少を意味しているようだ。なにしろ選挙戦最中の10月に「赤旗読者は全都道府県が日刊紙、日曜版ともに後退しました」とあるのだから、事態が重大な局面にあることは想像できる。しかし本当に重要なのは、政党への幅広い共感と信頼を呼び起こすような「力=政治力」の涵養であって、機関紙拡大はその一面にすぎない。そして本物の政治力の涵養は、自由で闊達な選挙総括の中から生まれるのであって、「常幹声明」を討議するだけの上意下達的な一方通行からは生まれない。

 地元の新聞販売店の店主から聞いた話では、最近引っ越してきた新しいマンションの住民たちはそのほとんどが新聞の定期購読をしないのだという。つい最近も知人の店主が「30戸もあるマンションで新聞を取ってくれたのはたった4軒でっせ!」と嘆いていた。学生たちが新聞を読まなくなったのはかなり以前からだが、最近は大人も読まなくなってきたのだろう。こんなご時世に「1カ月でも3カ月でもいいから置いてください」というだけでは先が見えている。本当の「力=政治力」を付ける方法を真剣に考えるときがやってきたのである。
2017.11.15 安倍内閣の支持率はなぜ高いのか(10)
―「死の商人」を歓迎する日本は嘲笑の的なのに―

半澤健市 (元金融機関勤務)

 ドナルド・トランプ米大統領は訪亜外交の途次にある(2017/11/12現在)。
大統領選挙以来、トランプは商売人で、政治も「ディール(取引)」だと考えていると報
道されてきた。その通りだった。

《死の商人としてのトランプ「外交」》
 日本と韓国に対しては、北の「ならずもの国家」を材料に、商品の売込に専念し成功し
た。彼のトランクには何のカタログが入っていたのか。「防衛装備」のそれである。
「防衛装備」とはなにか。「武器、つまり人殺しの道具」のことである。
トランプ政権の主要閣僚は、金融企業家と軍人である。その後ろに金融資本と軍需産業が
ある。彼の成功は、それらの産業の繁栄に寄与する。米国軍需株は平均株価以上に上がっ
た。今回、トランプは「死の商人」として外交しているのである。
トランプ外交の成功は、論理的には「アジア人同士の戦い」へとつながる。勃発せずとも
アジアでの緊張の高まりには確実につながる。トランプは、(戦争は米国ではなく)「あっ
ち」で起こると言った。「あっち」とはアジアのことである。

《アメリカ人よりアメリカ人な人物》
 米国内でトランプ政権への支持率は30%台、不支持が50%を超えている。トランプ
留守中に行われた米二州知事選とNY市長選で国政野党の民主党が勝利した。NYタイム
ズは「有権者は、移民と犯罪を結び付ける挑発的な訴えを拒絶した」と報じている。
安倍晋三首相はトランプを100%支持している。日本の首相はアメリカ人よりもアメリ
カ人である。
トランプは、治外法権の横田基地に降りたち横田基地から飛び立った。ゴルフと食事
を接待してくれた上、シンゾーは「人殺しの道具」を積極的に買ってくれる。二人でみん
なの前でそう発表した。この同盟国なら国会議員への演説は不要だ。
「おもてなし」を好きな日本メディアは、ゴルフとキャップ交換と四回の会食メニューと
メラニアの服装だけを報道し、安倍外交は成功したといっている。英米の有力紙は安倍の
隷従振りを嘲笑している。

《「パールハーバーを忘れるな」へ一矢》
 トランプ発言に一矢を報いた一人の日本人がいた。
女優吉永小百合である。吉永は、11月5日の「第五福竜丸建造七〇周年記念特別展」の
会場で、同日のトランプ来日に関して問われ、次のように話した。

■「パールハーバーを忘れるな」とおっしゃったみたいですけど、私たちは、やっぱり広
島、長崎、第五福竜丸のこと、(11年の東日本大震災によって福島第1原発事故が発生
した)福島のことを忘れないでいましょうって、今日は言いたいですね。(『日刊スポー
ツ』紙、2017年11月05日)

私は山田洋次・吉永小百合の優等生コンビを揶揄したこともある。
しかし歓迎ムード一色のなか、この吉永発言を評価したい。そして安倍内閣の支持率はま
だまだ高い。(2017/11/12)

2017.11.14 自公政権「圧勝」の先にあるもの
         
小川 洋 (大学非常勤講師)

 「若い根っこの会」という組織をご存知だろうか。1959年に発足して最盛期には3万人以上の会員を抱えて活発に活動をしていた。しかし現在では高齢者の間でも、「そう言えば」程度でしか記憶されていない。50年代後半から60年代にかけての時期、集団就職などで単身、大都市に出てきた若年層を積極的に組織したのが、若い根っこの会と創価学会だった。

 若い根っこの会は日曜日のピクニック開催など、会員の交流機会を作る活動を中心としていた。対象の世代が結婚するなどして離れていき、現在は埼玉県の川越市に小さな本部が残っているだけである。一方の創価学会は、同じ層を対象に生活上の要求を実現するために政治に進出した。55年には首都圏の地方選挙で公明党として政界進出を果たした。以後、創価学会は公明党を通じて、不安定な職場、劣悪な居住環境など、大都市で恵まれない境遇に置かれていた若年層に交流の場を提供するとともに福利向上のため、行政への働きかけを行っていく。この点で、民主青年同盟(日本共産党)と競合する性格ももった。今でも公明党と日本共産党が不俱戴天の仇の関係にあるひとつの理由である。もっとも若年層の組織化という点では、支持者を動員の対象としてしか見なかった共産党は伸び悩んだ。

 創価学会が池田大作氏のもとで政治活動をいっそう積極的に展開するようになると、信者たちの選挙運動への関わりは熱を帯びるようになる。戦前・戦後を通じて選挙権の行使にもっとも手ごたえを感じる人々だったであろう。69年の都議選では投票所で会員が職員に暴行をはたらく事件を起こしている。創価学会は、自民党議員の後援会や労働組合と並ぶ選挙マシーンとなった。

 筆者は70年代から30年ほど、大都市圏近郊の複数の公立高校教員として働いた。生徒の家庭の宗教・宗派を知る機会は少なかったが、多少の例外があった。そのひとつが創価学会だった。進学校では、担任が個別に生徒の進学希望の内容を聞く。その際に生徒の口から創価大学の名前が出てくることがあった。互いに多少、気まずい雰囲気となり会話はそこで終わってしまう。また放課後、部活動に参加せずに急いで帰宅する生徒の中には、保護者が創価学会の熱心な活動家で、夕方からの信者組織の会合などに子どもを頻繁に同道さていたケースもあった。創価学会は現在でも信者数を個人ではなく世帯数で示している。教義上の理由もあるようだが、信者の多くが組織的な政治活動を通じ、社会の下層から家族単位で這い上がってきた事情を反映している。

 自民党と公明党の両者に共通する強みは、ともに支持者の要望に応えて日常的に行政へ働きかけをすることである。自民党は後援会を通じて、国政から支援者の個人的な世話までする。公明党は初めのうちは公営住宅への入居など、生活に密着した家族単位の要望の実現に働いたと言われるが、現在では企業経営者となっている会員もいるから、自民党と似た構造となっていると思われる。公明党の「平和の党」や「福祉の党」という看板も、行政への働きかけと選挙運動が政治活動のほとんど唯一の実態と化す過程で、すっかり色褪せた。

 90年代以降、自民党は何回か政権から転落し、その度に官僚たちから冷たく扱われた。公明党は長い経験から、行政への効果的な働きかけには与党でいる必要を学んだ。両者は99年に国政レベルで連立政権を組んだ。地方によってはそれぞれの支持者が対立関係にある場合も多かったはずだが、民主党政権下の3年間も連携は崩れなかった。それほどまでに一体化したということであろう。
 自民党と公明党は選挙区の区割りを厳密に行い、かつ創価学会の会員が集票行動の手足となって、両党による国政や地方議会での支配を維持してきた。自公協力後の05年、公明党の総選挙比例区の総獲得票数は898万に達し、以前の500万票あまりから、400万票近くが上積みされた。公明党は多くの議員を国会に送るようになり、自民党も小選挙区での当選を確実なものにできるようになったのである。

 今回の総選挙結果も与党の圧勝であったはずだが、関係者たちは、いまひとつ浮かない表情をしている。いくつかの不安材料が表面化してきたのだ。第一に、公明党の比例区得票数が698万票にとどまり数名の落選者も出したことである。わずか10年余りで、公明党は選挙協力で積み上げた票をほぼ半減させた。創価学会員たちの熱心な選挙運動と投票行動から考えれば深刻な数字のはずである。

 第二に今回、公明党が候補を立てた小選挙区では無効票が10%前後に達するという異例な事態が生じたことである。全国平均は3.31%である。創価学会員は投票所に行くことを強く求められるが、共謀罪法案や安保法制などへの公明党の姿勢に不満を抱く会員が増えているとする情報を考えると、一定数の会員が無言の抵抗として、投票所には行くが無効票を投じたと考えられる。野党が統一候補を立てていれば逆転につながった可能性もある。

 ここから見えるのは、支持者たちの高齢化が確実に両政党の体力を蝕み始めていることである。例えば私が教師として関わった生徒の保護者たちの創価学会員は、すでに60代後半から70代である。彼らの子どもたちの多くは、それなりの学歴を得て、自力で生活するようになり、創価学会の政治力に依存する必要性は低くなっている。また高齢者ほど、公明党に求めるのは生活権の保障であり、治安法制のような法案成立に協力する公明党の動きには強い違和感をもつだろう。また、自民党の後援会も、地方では少子化によって後継者難も深刻化し、活動が低調になりつつあり、選挙運動でも創価学会の力を借りざるをえない。自公協力による集票力には明らかに陰りが見えつつある。

 つまり二つの組織は、極端な言い方をすれば老々介護に近い状態の協力関係になりつつあり、長い目で見れば共倒れに向かって進んでいるようにみえる。投票率が5割程度に低迷していることによって、かろうじて選挙に「勝利」しているに過ぎないとも言える。

 行政への影響力を最大の強みとして支持者に支えられてきた自公政権が続いた結果、とくにこの数年間の安倍政権のもとで、彼のパーソナリティも手伝って、国政の私物化が進められた。政治の質はひたすら低下してきた。安倍首相と特別な関係にあった森友学園、加計学園に、前例のない行政上の便宜が図られたのは象徴的な事件であった。しかし、それらの問題が表面化しても、政権批判の投票行動が拡大するどころか、政治的組織に関わりの少ない国民は、ますます投票所に足を運ばなくなってしまった。

 労働組合は連合成立以降、また農協もTPP問題などで自民党の攻撃を受け、以前ほどの集票力は期待できなくなっている。さらに高齢化という点では、組織の強みを生かして選挙に取り組んできた日本共産党にも同じことはいえるのである。

 政党の基盤が脆弱化していくのと反比例して、組織力を発揮するようになるのは官僚組織であろう。昭和恐慌による社会混乱は、官僚組織と結びついた軍部の冒険的な対外軍事行動の拡大による国家の破滅という結末に行きついた。安倍政権にはすでに、それを繰り返す徴候を見てとることができる。
 安保法制は外務官僚と防衛官僚、共謀罪法案は警察官僚によって、それぞれ用意された。いずれも日本の国際的立場や国民生活を脅かす可能性の高い法案である。そして審議の過程では、首相をはじめ関係閣僚ともにまともな説明能力がないことも明らかになっている。今回の自公政権の圧勝の裏側をこのように見てくれば、我が国の政治状況は容易ならざる段階に至っていると考えざるをえないのである。
2017.11.06  「ああ、民主主義よ」おまえの名を呼ぶ
          韓国通信NO539

小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)

 選挙は予想どおり自民党の圧勝に終わった。投票率の低さ、選挙制度、希望の党の旗揚げ騒動などあらためて話する気になれない。
 巧妙な小池の「反安倍」の口車に乗り、「踏み絵」までさせられた民進党議員の姿は哀れだった。わが国の民主主義はこの程度のものだったのか。喜劇的悲劇、悪夢を見た思いだ。
 民進党の解体騒ぎをよそに安倍首相らは「愛国者」のように振る舞い支持を訴えた。テレビは連日、北朝鮮のミサイル発射の映像を繰り返し見せつけて争点隠しの安倍を援護射撃した。

<北朝鮮は本当に脅威なのか>
 「脅威」を叫び続けた首相の底意は見えみえだった。
 「秘密保護法」「戦争法(安保法制)」「共謀罪」など憲法を蹂躙した悪法の山。国会軽視。辺野古に執念を燃やす露骨な対米従属。森友・加計問題でわかった国政の私物化。安倍首相は北朝鮮の脅威、国民感情を煽ってすべての問題を棚に上げた。北朝鮮の政治利用はこれにとどまらない。自衛隊が心おきなく戦えるように9条改憲まで言いだした。「金正恩サマサマ」と麻生副総理が本当のことを語った。
 「国難」という言葉に込めた首相の狙いは、ズバリ、国家の存亡の時期には民主主義、平和憲法など「くそくらえ」ということだ。安倍政権のファシズム体質丸出しの選挙だった。
 選挙が終わり、選挙期間中繰り返し聞かされた「脅威」は聞かれなくなったが、問題は何も解決していない。煽るだけ煽って解決の糸口は見いだせないままだ。
 一体あの騒ぎは何だったのだ。

<安倍首相、アナタこそ「国難」だ>
 問題の本質は北朝鮮とアメリカとの争いに日本が当事者になりたがっていることだ。ここに至る経緯はきりがないのでやめておくが、ともかく「平壌宣言」は日朝両国政府が現在も「有効」と認めている。将来友好国となることを誓ったわが国は、アメリカと北朝鮮の間に入って、「仲良くしろ」「トバッチリはご免」と両国に言える立ち位置にある。口先だけの仲裁役は中立でなければ信用されないのは当然だ。中立国としては米軍基地の使用を断わればすむという単純明快な話である。アメリカと一緒になって戦う姿勢を見せる安倍首相が「国難」を呼び込んだ。まさに「自作自演の国難」である。朝鮮半島と日本で何が起ころうと所詮アメリカにとってはFar East(極東)の出来事に過ぎない。アメリカまかせにしない独自の「平和攻勢」は可能だ。このような議論ができないのか、しようとしないのか不思議だ。
 政府は国連安保理が制裁決議を全会一致で可決されたため、「制裁」こそが唯一の解決策と考えているようだ。しかし「制裁」は北朝鮮の核実験に対する非難と制裁であり、あくまでも平和的解決を求めるものだ。トランプ大統領の好戦的姿勢とそれに同調する安倍首相は世界の常識、趨勢からあまりにもかけ離れている。国際平和と安全を求める国連に対する両首脳の理解不足が際立つ。対決一辺倒では戦争になることをどの国も知っている。選挙に使った「目くらまし」。安倍首相が盛んに叫んだ北朝鮮の「脅威」とは一体何だったのか。脅威解消のために具体的に何をしようとしているのか。説得力のある策は何も示されていない。わかっているのは「トランプ大統領と一体」という、危険であなたまかせの方針だけ。トランプの言動の「怪しさ」は全世界が認めるところ。大統領の「お友だち」を自慢する安倍首相は、国際的に見ると、悪友と付き合って自国民を戦争に巻き込む愚か者に見えるはずだ。
 来月に予定されるトランプ訪日で「対北作戦会議」にあわせてゴルフが予定されている。米韓による空と海の封鎖に自衛隊が加わり一触即発の事態がと報じられるが、ゴルフをするゆとりはあるらしい。これだけ国内外に不安をまき散らしながら何とも人を喰った話ではないか、トランプ、安倍の真意がどこにあるのか疑う人も多い。世界は戦争を望まない。そして安倍もトランプも同じことを言うに違いない。二人の「ウソ」を冷静に見抜くことが私たちに求められている。
 アメリカの「核」の傘を理由にわが国は核兵器禁止条約に「反対」した。わが国は北朝鮮の核保有を非難する資格があるのか。よい核兵器と悪い核兵器なんてあり得ない。わが国がすべきことは条約に加入すること。北朝鮮を始めすべての核保有国に核廃絶を求めるべきではないか。
 「国民の財産といのち」を守ると訴えながら福島原発被災者は切り捨て。原発の輸出。原発再稼働。わかりやすい安倍首相の「ウソ」にこれ以上付き合ってはいられない。

<双葉町民の選択と苦悩>
 福島県の双葉町から届いたメールマガジンに驚いた。双葉町は原発事故で町民全員が避難している(2016年2月現在もほぼ全域が「帰還困難区域」)。町民は故郷を失ってなお復興を願う「流浪の民」の苦しさのなかにある。震災後の一時期、町役場ごと埼玉県加須市にある廃校(旧埼玉県立騎西高等学校)に多くの住民が避難した。学校の教室や体育館に仕切りをつくって不便な暮らしを余儀くされている町民と話をする機会があった。口々に生活の苦しさを語り、井戸川町長(当時)の政府と東電に騙されたという天を衝くばかりの怒りが今も忘れられない。
 登録人口6千人ばかり。町役場が発表した選挙結果は以下のとおりである。 2500人余りの有権者たちは双葉町の復興を願って投票したはずだが、原発事故を起こした自民党に期待を寄せていることがわかる内容だ。原発事故被災者の切り捨て、再稼働をすすめる自民党に寄せる期待とは何か。事故から7年目を迎える双葉町町民の複雑な思いと困難さを私たちは理解できているのか。それを考える資料として紹介する。

 平成29年10月22日執行の衆議院議員総選挙の双葉町選挙区における投票及び開票の結果をお知らせします。

選挙当日の有権者数

 

合計

 当日有権者数

2,498

2,745

5,243


 
投票結果 

 

合計

 当日投票者数

253

246

499

 期日前投票者数

799

837

1,636

 不在者投票者数

175

209

384

 投票者総数

1,227

1,292

2,519

 最終投票率

49.12

47.07

48.05

 (前回投票率)

(46.12)

(44.55)

(45.30)

 ※最高裁判所裁判官国民審査投票率:47.87%(前回42.73%) 開票結果


[衆議院福島県小選挙区選出議員選挙]

候補者氏名(届出順)

候補者届出政党等の名称

得票数

1

 吉野 まさよし

 自由民主党

1,566

2

 吉田 泉

 希望の党

621

3

 くまがい 智

 日本共産党

116

4

 えんどう 陽子

 社会民主党

164

 小計 (有効投票数)

2,467

 無効

52

 計 (投票総数)

2,519

 持帰り

0

 合計 (投票者総数)

2,519


 
[衆議院東北選挙区比例代表選出議員選挙]

政党名(届出順)

得票数

1

 公明党(公明)

264

2

 日本維新の会(維新)

50

3

 日本のこころ(日本)

20

4

 社会民主党(社民党)

71

5

 日本共産党(共産党)

106

6

 幸福実現党(幸福)

14

7

 自由民主党(自民党)

897

8

 希望の党(希望)

551

9

 立憲民主党(民主党)

478

 小計 (有効投票数)

2,451

 無効

68

 計 (投票総数)

2,519

 持帰り

0

 合計 (投票者総数)

2,519


2017.11.04 安倍首相による9条改憲を許さない
          市民ら4万人が国会を包囲
      
岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 「改憲したがる総理はいらない」「戦争したがる総理はいらない」。日本国憲法公布から満71年にあたる11月3日、市民ら4万人のコールが国会周辺にこだました。「安倍9条改憲NO!全国市民アクション11・3国会包囲大行動」で、参加者たちは安倍首相が推進する「憲法9条に自衛隊を明記する」という企てに反対の声をあげた。

 この行動は、この9月に結成された新しい護憲組織「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」と、安保法制の廃止運動を続けている「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」の共催。10月22日の総選挙で改憲を目指す勢力が衆院議席の約8割を占めるという憲法をめぐる新たな情勢が生まれてからは、護憲勢力による初めての国会包囲行動だった。護憲勢力としては、新しい情勢に危機感を深め、改憲反対運動を一層強化するためのスターとしたいという思いがあったと思われる。

 参加者は主催者発表で4万人にのぼったが、「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」が安保法の廃案を求めて2015年9月14日夜におこなった国会包囲行動には4万5000人が集まったから、今回の国会包囲行動は、それとほぼ同規模の盛り上がりと言える。

 行動は午後1時から始まったが、開会前から国会周辺を歩いて見た。参加者は関東一円からの参加が大半だったが、新潟や静岡からの参加者もいた。印象的だったのは、労組の旗やのぼりをもった人たちの参加が意外と少なく、いわゆる一般市民と思われる人たちの参加が多かったことだ。とくに地域名を明記した「9条の会」ののぼりをかかげた人たちが目立った。それに、明らかに一人でやってきたと分かる市民が少なくなかったことも目についた。
 国会周辺のあちこちに立ち尽くし、身じろぎもせず国会正門前ステージから流れる野党代表らのスピーチに耳を傾ける市民たちの表情は真剣そのもので、そこには、安倍首相が「9条に自衛隊を明記する」と公言したことに対する危機感が感じられた。

 国会正門前ステージでは、各界の代表がスピーチをしたが、開会あいさつをした「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」の高田建・共同代表は「総選挙で与党が3分の2を獲得したが、恐れることはない。ある通信社の世論調査によれば、9条に自衛隊を明記するとの安倍提案には、反対52・6%、賛成38・3%だった。これは、戦後70年の間に憲法の平和主義、民主主義、基本的人権の尊重が市民の中に根付いたことを示している。私たちはこのことに自信をもち、安倍自民党に国会での改憲発議をやめさせるための闘いを進めよう」と訴えた。
 立憲民主党の枝野幸男・代表は「安倍政権は選挙で勝ったが、われわれは安倍政権に白紙委任をしたわけではない。まして、9条改定を白紙委任したわけではない。国の政治は政府と民意を車の両輪として運営されねばならない。われわれはこれまで永田町の内側ばかりに気をとられ、外側の動きに気付かなかった。これからは、皆さんと一緒に頑張ってゆく」と決意を述べた。
 共産党の志位和夫・委員長は「安倍首相は、9条に自衛隊を明記すると言っている。自衛隊は、安保法により集団的自衛権を付与されたから、もしそんなことになると、海外での武力行使が無制限に拡大されてゆくだろう。憲法を守らない首相に憲法を変える資格はない」と述べた。

 今年度のノーベル平和賞を受賞した「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」の川崎哲・国際運営委員も登壇し、「国連加盟国の3分の2の賛成で成立した核兵器禁止条約に安倍政権は賛成しなかった。このことは、国際社会から批判を浴びている。そのうえ、憲法9条を壊そうとしている。このことも世界中から心配されている」と述べ、さらに「北朝鮮に核開発を止めさせたいというなら、日本政府は自ら核兵器禁止条約に署名し、北朝鮮に核兵器の廃止を迫るべきではないか」と続けた。

 韓国・ソウルからの参加者もあった。この春、朴槿恵大統領を罷免に追い込んだ市民運動のリーダーの一人で、スピーチを求められた彼は「9条改定問題は日本国内の問題ではなく、世界的な問題だ。日本国憲法の9条は戦前の歴史の締めくくりとして形成されたもので、その存在は戦後の国際社会を安心させてきた。9条はアジアに平和をもたらした宝であり、世界平和体制の柱だ。9条がなくなれば、日本は普通の国家になるのか。戦前のようなファシズムの国家になる恐れが強い。もし9条が改正されれば周辺国は軍拡を迫られることになるだろう。9条問題は世界にとって重要な問題なのだ」と訴え、参加者から拍手を浴びた。
「国会を包囲した参加者たち。国会図書館前で」
「国会を包囲した参加者たち。国会図書館前で」 
「コールに合わせてプラカードを掲げる参加者たち」
「コールに合わせてプラカードを掲げる参加者たち」
「参加者の掲げる横断幕」
「参加者の掲げる横断幕」
「自らの主張を掲げる参加者も」a>
「自らの主張を掲げる参加者も」
2017.11.03  北朝鮮を最大限に選挙利用した安倍政権
          ―核兵器禁止条約は不参加、日本提案の核廃絶決議案は後退

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

 唯一の戦争被爆国である日本政府、具体的には安倍政権と外務省の核兵器廃絶をめざす国際的努力は、際立って後退した。日本政府は米国はじめ核保有国に対しては抑止力として核戦力を認め、北朝鮮の核開発を最大限に非難しながら、実際には米国に対する抑止力としての口実を与え、応援しているのだ。麻生太郎副総理兼財務相は、自民党が選挙で勝利した理由について「北朝鮮のおかげ」と発言したが、事実、安倍政権は選挙中、北朝鮮の脅威を激しく非難し「自民党は国民を守る」と選挙演説の冒頭に掲げて、北朝鮮を最大限に利用した。
 ヒロシマとナガサキでの原爆投下で、20万人を超える即死者と現在に至る莫大な原爆症被害者を出した日本は、世界のどの国よりも、米国をはじめとする核保有国の巨大な核戦力の廃絶を目指し、縮小を求める権利と義務を持っている。にもかかわらず、核兵器の禁止を目指して9月、国連加盟国(193か国)の多数(122か国)が賛成して採択され、来年には国際条約として発効する見込みの国連核兵器禁止条約交渉には参加もしなかった。同条約の成立に対して今年度ノーベル平和賞授賞が決まった。しかし、日本政府は同条約交渉には米国はじめ核保有国が参加していないことなどを条約不参加の理由とし、日本は米国の“核抑止力”によって守られているという立場を崩さなかった。
 だが、日本が米国の核抑止力に依存しているのなら、北朝鮮が核開発を進め、核抑止力を持つことを、どう非難できるのか。それとも、中国あるいはロシアと同盟し、核の傘に入れてもらえというのか。
 日本が米国の核抑止力に依存しており、米国が国連核兵器禁止条約に反対し、無視しているとしても、唯一の戦争核被爆国日本が同条約に参加することまで、トランプ政権が阻止することはできないだろう。不参加は、安倍政権と外務省の卑屈な対米姿勢のせいだと思う。
 同条約とは別に、日本が24年連続して国連第一委員会(軍縮・安全保障)に提案し可決されてきた核兵器廃絶決議案の案文が今年、大幅に後退した。すでに条約として成立に向かっている核兵器禁止条約は無視し、昨年まであった「核兵器の完全な廃絶を達成」から「を達成」が削られ、「核兵器のあらゆる使用による壊滅的な人道的結末についての深い懸念」から「あらゆる」が削除された。「あらゆる」の削除は、北朝鮮への核攻撃の可能性を考慮しているためではないか、とも見られた。このため、オーストリア、ニュージーランド、ブラジルなど27か国が棄権し、決議に賛成投票した国は昨年より23か国減って、144か国になった。この経過については、日本のメディアは詳しく報道した。政府側の説明は粗末な言い訳に終始した。唯一の戦争被爆国の権利と責任の放棄だ。(了)