2024.02.20 表紙は変わっても中身が変わらない〝志位体制〟の抜き差しならない矛盾、「政治路線も組織路線も間違っていない」の言明にもかかわらず、「長期にわたる党勢後退」を克服できないのはなぜか、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その16)
  
広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)
                 
 歴史的な京都市長選が終わった翌々日(2月6日)、日本共産党の全国都道府県委員長会議が開かれた。その模様は、しんぶん赤旗(2月7~9日)で詳しく報道されている。驚いたのは、田村委員長の「問題提起」が前座として取り扱われ、志位議長の「中間発言」が本番に位置づけられていたことだ。率直に言って、田村委員長の「問題提起」は大会決議の党勢拡大方針の単なる解説に過ぎず、全ての内容は志位議長の「中間発言」に委ねられていたのである。

 志位委員長時代の赤旗紙面は、重要会議は悉く「志位発言」で埋め尽くされていた。ところが、田村委員長になって初めての今回の全国都道府県委員長会議では、田村発言は脇役に追いやられ、質量ともに志位議長の「中間発言」がど真ん中に位置しているではないか(紙面の分量でも田村発言は志位発言の6割にすぎない)。志位議長の発言は、「中間発言」と言いながらも事実上の「最終発言」であり、大会決議の実行を全国都道府県委員長に指示する「結語」として位置づけられているのである。

 志位議長は「党建設の歴史的教訓と大局的展望」に関する発言のなかで、「『なぜ長期にわたって党勢の後退が続いてきたのか』『なぜ私たちはこの問題でこれだけ苦労しているのか』『現状を打開する展望はどこにあるのか』――これは全党のみなさんが答えを求めていた問いだったと思います」と前口上を述べ、「実は、私自身もこの問題については十分な回答を持てないでいた問題でした」と思わせぶりな言い回しをしている。そして、その原因を「私たちはこれまで党員の現状をみる際に主に党員の現勢がどう推移したかで見ていくという傾向がありました」と述べ、「しかし、その角度からだけでは問題点がはっきりと見えてきません。角度を変えて、その年に新しい党員を何人増やしたかという目で見てみると、はっきりと弱点が浮かび上がってきました」というのである。

 しかしながら、志位議長が「長期にわたる党勢後退」の原因を、新入党者の動向に注目することなく、党員現勢(総数)の推移だけに気を取られていたためだと説明した「薄っぺらな理由」は、会場の都道府県委員長たちをしてさぞかし仰天させたに違いない。会場の面々は、赤旗が毎月初めに前月分の入党者数、赤旗読者増減数を掲載していることを百も承知しており、そのために四苦八苦してきた人たちばかりだからである。考えてもみたい。党組織運営の原則からして、党員の「フロー(出入り)」と「ストック(現勢)」の両方を知らなければ、その現状を正確に把握することはできない。こんな組織運営のイロハを志位氏が知らなかったというのでは、もうそれだけで「一発アウト!」だと言われても仕方がないだろう。

 とはいえ、志位議長が党組織の現状を党員現勢の推移(だけ)で見てきたと説明したのは、それなりの原因と背景があるのだろう。そこには党指導部にとって党員の「フロー(出入り)」を公表できない事情、すなわち〝離党者〟が余りも多いという現実が横たわっているからである。言うまでもなく、党員の「フロー(出入り)」を正確に把握しようとすれば、入党者のみならず離党者と死亡者の実数を合わせて公表しなければならない。しかし、死亡者数は辛うじて党大会ごとにまとめて公表されるようになったが(年単位では未公表)、離党者数はこれまで公表されたことがない。離党は党規約で認められているのだから公表されて当然の数字だが、現実には統計として公表されたことがないのである。

 党員拡大を持続的に追求しようとすれば、その前提として入党者と離党者の実態を正確に把握しなければならない。入党者の動機や背景を知ることはもちろん重要だが、それにも増して離党者がなぜ出るのか、その原因と背景を明らかにしなければ「長期にわたる党勢後退」を止めることはできない。民間企業においても、社員がどんどん辞めていくような会社は慢性的な「人手不足」に陥り、優れた新入社員を迎えるのが難しいのと同じ理由である。

 不破委員長時代に定式化された党勢拡大方針は、第19回党大会(1990年7月)で書記局長に抜擢された志位氏に引き継がれ、現在までの30年有余一貫して踏襲されてきた(これからも踏襲されようとしている)。この間、「数の拡大」を至上目的とする大運動によって「実態のない党員」が大量に生み出され、それら党員が離党処分の対象になって大量の離党者が発生したことは周知の事実である。具体的に言えば、第19回党大会から第20回党大会までの4年間に実に党員48万人の4分の1に当たる12万人が整理され(党員現勢が36万人に激減)、第25回党大会(2010年1月)から第26回党大会までの4年間に同じく党員40万6千人の3割に当たる12万人が整理された(党員現勢が30万5千人に激減)。逆説的に言えば、「長期にわたる党勢後退」の原因は「数の拡大」を至上目的とする党勢拡大方針が生み出したと言えなくもない。しかし、上記のいずれの場合も離党者の大量発生の原因について本格的な討論もなければ、党としての総活が行われたこともなかった。大会決議にも正式の議題として取り上げられたことがなかったのである。

 それでも、志位議長はへこたれずに自画自賛している。「私は、1990年の第19回党大会以降、数えて見ましたら11回の党大会の決議案の作成にかかわってきました。そういう経験に照らしても、私は、今回の党大会決定ほど多面的で豊かで充実した決定はそうない、と言っても過言ではないと思います」――。志位氏が書記局長・委員長在任中に11回の大会決議案の作成に関わったことは事実だが、そこで発生した党組織の存亡に関わる大量の「実態のない党員」問題すなわち離党者問題を真正面から取り上げたことはなかった。それでいて「長期にわたる党勢後退」の最大原因である離党者問題を意図的にスルーした大会決議案・大会決定を、「非常に内容の充実したまさに歴史的決定であり、綱領路線をふまえ、それを発展させた社会科学の文献」と天まで持ち上げるのだから、志位氏の理論水準がどの程度か分かるというものである。

 「失敗は成功の母」というが、「失敗=大量の離党者」の原因を究明し、これまでの拡大方針を総括しなければ、「成功=党勢の持続的発展」は得られない。党勢の持続的発展(サステイナブル・デベロップメント)とは、「数の拡大」を至上目的とする拡大運動により疲弊した党員が党を離れていくような事態を避け、党員数の大小にかかわらず政策の影響力が大きく、国民に信頼される「数にこだわらない」党勢の発展のことである。だから「数の拡大」に失敗した志位氏は、委員長退任と同時に最高権力者の座から退くべきだったのだが、「政治路線も組織路線も間違っていない」と公言する志位議長は、こんな自明の理を無視して依然として「数の拡大」を目指して号令をかけ続けるのである。
 ――残念ながら、現勢では後退が続いている。つまり党建設の根幹が後退していることが、読者拡大も含めてすべての党活動の隘路となり、制約になっている。これが私たちの運動の現状であります。ここを私たちは直視し、ここをこの2月からどうしても突破しよう、これが今度の方針です。党員拡大で現勢を前進に転ずるには、全国で少なくとも1万人以上に働きかけ、1000人以上の新入党者を迎える必要がある。規模でいえば1月の運動の規模の約3~4倍の規模のとりくみをやろう、というのが今度の提起であります。

 それでは、今後の見通しはどうか。第29回党大会を目指しての拡大大運動の最後の月は2024年1月だったが、結果は入党者447人、日刊紙1605人減、日曜版5381人減、電子版94人増である(赤旗2月2日)。赤旗掲載死亡者数は183人、掲載率を38%とすると推計死亡者数481人(183人×100/38)、党員増減数は34人減となる。党大会終了を以て大量の減紙が発生するのはいつものことであるが、今回もまたその例に漏れず赤旗読者数は7000人近く減っている。これでは、志位議長が幾ら大号令を掛けても、「第30回党大会までに、第28回党大会現勢――27万人の党員・100万人の赤旗読者を必ず回復・突破する。党員と赤旗読者の第28回党大会時比『3割増』――35万人の党員、130万の「赤旗」読者の実現を、2028年末までに達成する」への道は程遠いと言わなければならない。

 もうそろそろ方針転換の時期ではないか。「数の拡大」を至上目的とする党勢拡大方針から、「数にこだわらない」党勢の発展を目指すべき時がやってきているのである。マルクス主義の経済思想を研究する斎藤幸平東大准教授は、毎日新聞の論点「複合危機への処方箋、2024年にのぞんで」(2024年2月9日)の中で〝脱成長コミュニズムを実現し価値観転換を〟を唱えている。斎藤氏は共産党のことを直接に論じているわけではないが、この言葉は「数にこだわらない」党勢の発展にも通じるものがある。
 ――強いリーダーが社会を変えていく20世紀型のトップダウン的運動ではトップダウン的社会しかつくれません。そうでない社会を目指すには、そうでない社会の萌芽を自分たちの運動のなかで示していく必要があります。リーダーを固定するのではなく、いろいろな人がそれぞれの専門や能力をその時々で発揮する「リーダーフル」な運動のあり方を模索していますし、提唱したいのです。

 「民主集中制」の組織原則のもとで党中央の下に一糸乱れることなく団結し、社会革命を実現するといった「20世紀社会」はもはや終わったのではないか。同時に、20世紀型の強いリーダーの下でのトップダウン的運動も歴史的終焉の時を迎えている。党首公選制一つですら実現できないような「20世紀型政党」が21世紀にも生き残れるとは思えない。今からでも遅くない。志位議長は辞任して若い世代に座を譲るべきではないか。「表紙」だけでなく「中身」を変えるためにも。(つづく)
2024.02.14 杉田水脈とはなんだったのか?
安倍晋三政権のプロパガンダ装置

小川 洋 (教育研究者)

行政と司法から人権侵犯を認定された国会議員
 その差別的言動でよく知られている杉田水脈衆議院議員が最高裁まで争っていた訴訟の敗訴が確定した。安倍晋三元首相と親しかったジャーナリストから性被害を受けた伊藤詩織氏を中傷するX(旧・ツイッター)上の投稿に「いいね」を20数回押したことにより名誉感情を傷つけられたとして、杉田氏は伊藤氏から賠償を請求されていた。今回その違法性が認定され、杉田氏に賠償金の支払いが命じられたのである。

  昨年には彼女が、民族衣装を着たアイヌや在日コリアンの人々をブログで、「同じ空気を吸っているだけでも気持ち悪くなる」などと投稿したことについて、大阪と札幌の各法務局から人権侵犯と認められて反省を促されている。しかしその後も、アイヌ団体が正規の手続きにより受けた補助金に対して「公金チューチュー」と投稿して団体を中傷している。ところが自民党の裏金問題が表面化すると、杉田氏自身も1560万円という大金を受け取っていたことが発覚し、ネット上では「杉田の裏金チューチュー」と揶揄されている。

 杉田氏は司法と行政から人権侵害を認定されたことになるが、彼女は立法府に議席を持つ。安倍元首相が自民党総裁として、彼女を比例代表(中国)に選んだからである。彼女の名前を投票用紙に書いた有権者は一人もなく、彼女に議席を与えた全責任は故安倍晋三氏にある。議員としての品位を著しく損ねる杉田氏に対して国会も何らかのアクションをとるべきではないか。

杉田水脈氏の論法
 筆者が彼女をじっくりと観察する機会があったのは、映画『主戦場』(2019年7月公開)のなかであった。映画は従軍慰安婦問題などをめぐる論争の当事者たちへのインタビューで構成したものである。彼女はその中で何回も登場してインタビューに応えている。
 その印象を一言でいえば、「無邪気さ」である。映画の中での彼女は、ひたすら「慰安婦という人たちの証言が首尾一貫しないから、信用できない」と主張する。英語の字幕では「inconsistent」であった。映画のなかで繰り返し登場するのだが、その都度、子どもっぽささえ感じさせる表情で同じ主張を繰り返すのであった。

彼女の論法は、ナチスのホロコースト否定論者の手法と同工異曲である。
 映画『否定と肯定』(原題:“Denial”、2017年12月公開)でも取り上げられた否定論者のイギリス歴史家デイヴィッド・アーヴィングの手法と似ている。アーヴィングは、アウシュビッツなどの生存者に対し、収容所施設の構造、例えばドアの位置などについて質問する。その記憶の間違いを取り上げ、証言者たちが収容所の生存者であることを全否定する。
 映画では、収容所体験者の腕に残る刺青の収容者番号を示しながら、「あなたはこれで、どれほど稼いできた?」と、侮辱する場面もある。
 アーヴィングは、アメリカのホロコースト研究者デボラ・E・リップシュタットに対し、自分の著作について名誉を棄損されたとして、イギリスの裁判所に訴えたが、敗訴して訴訟費用の負担から破産宣告を受けている。さらにホロコースト否定の言動に対して刑事罰を規定しているオーストリアに入国した際に逮捕され、有罪判決を受けて3年間服役している。
 特定の人々への杉田氏の執拗な攻撃は、刑事事件として扱うべきレベルに達しているといわざるをえない。

政権浮揚・維持策としての出版利用か
 ところで最近、自民党の裏金問題が表面化し、その使途として二階堂元幹事長らの「書籍代」の多さが注目を集めている。飲食代などの遊興費に充てていたことを隠すための説明とみる向きもあるようだが、出版関係に多額の費用を支出した証拠や証言も出始めており、以下のような仮説が現実味を帯びてきた。つまり、安倍政権では、表面化しない政治資金を使って政権を称賛する書籍を出版させ、政権浮揚の雰囲気を醸成していたのではないかというわけである。
 今から考えれば、安倍政権時代には出版界に不思議な現象が見られた。ほとんど無名であったり、カルト的あるいは極右的とみられていた人物たちの書籍が多く出され、なぜかそれなりに売れたのである。例えば、ほとんど無名の作家であった小川榮太郎氏の『徹底検証「森友・加計事件」朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪』(2017年、飛鳥新社)は、発売10日で5万部以上を売上げたそうである。発売直後に毎日5千部が全国の書店やネット販売サイトから売れた計算だ。資金力のある何者かによる操作なしにはあり得ない動きである。
 安倍政権時代に出版された安倍礼賛本としては、百田尚樹著『日本よ、咲き誇れ』(2013年、WAC)がある。16.5万部も売れてたという。著者本人によれば、2019年には氏の書籍の総部数は2000万部を突破したとしている。現在の日本の世帯数は約5000万であるから、2.5世帯に一冊は彼の本があるということになる。

 安倍政権による出版の利用は、ネット上に物証も挙げられている。安倍氏本人の選挙区である「自民党山口県第四選挙区支部」宛ての紀伊国屋書店の領収書である。小川榮太郎著『約束の日』(2013年、幻冬舎)という安倍氏礼賛本の領収書であり、2000部の売り上げ、300万円余りの領収となっている。日付は出版とほぼ同時の2013年1月14日。領収書は見る限りは本物のようであり、発行元の紀伊国屋書店には控えがあるはずだから、その真実性の確認は容易であろう。
 一般的に書籍の出版には数百万円が必要となる。さらに出版された書籍を数万部単位で購入すれば、億に近い出費となる。同じような企画で10冊の書籍を出せば10億円近くの負担となるが、これまでに明らかになっている裏金の額からすれば、十分賄える支出である。

杉田氏の役割―プロパガンダ装置として
 政権礼賛本を「売れている書籍」という権威付けによって政権浮揚の空気を作ることに味を占めた安倍政権は、慰安婦問題などで歴史修正主義的言辞を振りまいていた杉田水脈氏に「国会議員」という権威を与えた。彼女は2012年、日本維新の会から衆議院選に立候補し、比例復活で当選したものの、14年の選挙では候補者中最下位で落選、浪人中に慰安婦問題などを攻撃する政治活動を行っていた。安倍元総裁は、その彼女をプロパガンダ装置として陣営に組み込んだのである。
 彼女は国会議員として、日本軍の侵略による朝鮮や中国の被害者らだけではなく、少数民族や性的マイノリティらへの攻撃を繰り返してきた。安倍氏の期待に応え続けた結果、杉田氏は司法と行政から、常習的人権侵害者として認定されたのである。

 本論の表題を「だったのか」と過去形にしたのは、彼女がすでに半ば過去の人になりつつあるからだ。安倍元首相が死去し、杉田氏をはじめ小川榮太郎氏、百田尚樹氏も表舞台から去りつつあるが、今後の政治を展望するためにも安倍政権時代の虚飾を剥ぎ取る作業が必要である。
2024.02.10 「支援」と「推薦」はどう違うか、市民派首長選挙における政党の立ち位置に共産は失敗した、2024年京都市長選から感じたこと(2=完)

広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)
                
 前回に引き続き、もう少し有権者の投票行動に関する分析を見よう。朝日新聞の出口調査は、「門川市政の評価」および「候補者を応援する政党や議員、団体」との関係から誰に投票したかを尋ねている(朝日新聞2月6日)。総じて、門川市政に肯定的な人は松井氏に、否定的な人は福山氏にと投票先がはっきりと分かれている。また、候補者の政治的背後関係を重視した人が3分の2、そうでない人が3分の1と、多くの人が候補者をよく理解して投票している。投票率は全体として40%余りと低かったが、浮動票的な投票は少なく、よく考えた投票が多かったと言える。
 
 (1)門川市長の4期16年間の市政に対しては「評価する」(「ある程度」と「大いに」を合わせて)52%、「評価しない」(「あまり」と「全く」を合わせて)47%だった。「評価する」と回答した人の47%が松井氏に、28%が福山氏に投票した。「評価しない」と回答した人の43%が福山氏、24%が松井氏だった。

 (2)投票の際、候補者を応援する政党や議員、団体などをどの程度重視したかについては、「重視した」(「ある程度」と「大いに」を合わせて)64%、「重視しなかった」(「あまり」と「全く」を合わせて)34%だった。「重視した」人の39%が松井氏に、37%が福山氏に投票した。「重視しなかった」人の32%が福山氏、30%が松井氏だった。

 (3)世代別では、松井氏が80歳代以上で49%の支持を集めた一方、30代では23%だった。福山氏は40代が27%だったほかは、各年代で3割以上の支持を集め、70代では40%が支持した。

 毎日新聞は2月4日、投票を終えた有権者を対象にインターネット調査を実施し、投票行動を分析した(毎日新聞2月6日)。松井氏は自民・公明支持層を固め、立憲・国民支持層の半分近くを獲得したが、「政治とカネ」の問題および「門川市政の評価」の関係からすると、福山氏が松井氏を凌駕して批判票の受け皿になった。

 (1)「政治とカネ」の問題については、投票者の64%が「考慮した」と回答し、うち41%が福山氏に、32%が松井氏に投票した。「考慮しなかった」人の55%は松井氏を選んだ。

 (2)門川市政の評価に関しては、6割が「評価しない」(「あまり」と「全く」を合わせて)、4割が「評価する」(「ある程度」と「大いに」を合わせて)だった。「評価しない」と答えた層の4割が福山氏を選んだ。

 (3)政党支持者別にみると、松井氏は自民支持層の7割、公明支持層の9割を固めたが、立憲支持層は4割、国民支持層は5割、無党派層は3割だった。福山氏は共産支持層の9割、立憲支持層の4割、無党派層の4割を獲得した。

 投票率は41.7%と前回40.7%から僅かに上がったが、有権者の5割に届かず依然として非常に低い。しかし行政区別に投票率をみると、松井・福山両氏の得票数が投票率と密接に関係していることがよくわかる。行政区別投票率と得票数を掲載している朝日新聞(2月6日)によると、投票率が高い北区(45.9%)、上京区(46.6%)、左京区(48.9%)、中京区(46.1%)では、中京区を除いていずれも福山氏がトップになり、それ以外の投票率が低い行政区では全て松井氏が第1位となっている。とりわけ投票率の低い南区(35.8%)、山科区(37.8%)、伏見区(36.2%)では福山票と松井票の差が大きく、投票率が勝敗を分けるカギになったことをうかがわせる。

 それからもう一つ選挙戦の勝敗を分けたのは、松井陣営と福山陣営における政党の立ち位置だった。松井陣営は自民・立憲・公明・国民の4党推薦で「非共産=与野党相乗り」連合艦隊を組んだが、福山陣営は候補者本人が「市民派」を標榜し、「政党の推薦は受けない」と宣言したことから、共産は後方からの「支援」政党となった。ところが、選挙戦が加熱してデッドヒート状態になってくると、この構図に大きな変化が生じたのである。毎日新聞(2月6日)は、終盤戦の状況を次のように伝えている。

 ――今回の選挙は日本維新の会などが村山氏の推薦を決め、35年ぶりに主要政党レベルでは3極の戦いになるとみられた。だが、村山氏側の政治資金問題で告示直前に推薦が取り消され、長年続く「共産対非共産」の構図が軸になった。福山氏の激しい追い上げに、松井陣営は演説や新聞広告などで「市役所に赤旗が立っていいのか」「時計の針を戻してはならない」とネガティブキャンペーンを張り、他陣営から「品格を欠く」との批判もあった。

 松井陣営のネガティブキャンペーンに激しく反応したのは、「支援政党」の立場にある(はずの)共産だった。終盤戦には田村委員長をはじめ党幹部が総出で街頭演説に立ち、しんぶん赤旗は「反共攻撃打破!」一色になった。
 〇「福山氏激しく競り合う」「反共攻撃打破し必勝を」、渡辺党府委員長の情勢報告(赤旗1月30日)
 〇「京都市長選 市民と共産党が手つなぎ自民党政治と対決、三つの争点、田村委員長の訴え」(赤旗1月31日)
 〇「反共攻撃振り払い勝利へ」、共産党府委員長が会見(赤旗2月1日)など

 京都市長選に2度目の挑戦を決意した福山氏が「一人街宣」を始めたのは、昨年9月のことだった。そのキャッチフレーズは「〝ええもん〟は継承し〝あかんもん〟は変える」、所信は「1.忘れ物を取りに行く~暮らしとなりわいを全力応援する市政に」「そろそろ京都をリニューアル」「おもろい街京都」といった全ての市民にアピールする穏やかものだった(京都民報2023年9月17日)。また、記者会見での一問一答では次のように答えている(抜粋)。

 ――門川市政の評価は、「門川さんは大学の先輩で、あんまり悪くは言いたくはないです。京都みたいな難しい土地で、4期もよく頑張らはったと思います。ただ、生活に苦しんでいる市民に対し、『社会的な役割を行政が果たすのはもう終わり』というような言い方で、コロナ禍で一番しんどい時に、福祉のカットを『ショックドクトリン』的にやりました。そういう痛みに向き合わなかった点が残念です」

 ――前回選の教訓は、「勝つつもりでしたが、結果は結構、票差がありました。僕自身は市民にとってええものはええと政策本位でやろうと言うてきました。保守層の中には恐れや不安を持っている人がいたと思います。そういう人たちに、きちんと届く政策や訴えができたのか、その点では少し反省があります。京都独特の『共産対非共産』という対立構図に、飲み込まれてしまった部分があると思います。市民の懸念や不安を受け止めながら前に進めれば、前回とは違う景色が見える可能性があるんじゃないかと思います」

 福山氏はこのように、保守層も含めて「門川市政」に疑問を感じる広範な市民が支持できる市長選挙をやろうと考えていた。その政治姿勢に共感する多彩な市民が福山陣営に集まり、支持の輪が次第に広がっていった。「共産対非共産」でもなく「保守対革新」でもない、京都ではかってない新しい選挙構図が生まれつつあったのである。共産も中盤戦ころまでは自制的に振舞い、このまま行けば勝利する展望が広がりつつあった。ところが、この情勢に危機を感じた松井陣営が最後に打った手が「反共キャンペーン」だった。そして、この「反共キャンペーン」の〝挑発〟にまんまと乗せられたのが共産だったのである。

 京都の事情を何も知らない田村委員長がある日突然やって来て、「京都市長選は自民党政治と対決だ」とぶった瞬間から、京都の空気が変わった。「支援政党」であるはずの共産が前面に立ち、市長選の終盤を「反共攻撃打破!」一色で染めた瞬間から、市民派選挙は「政党選挙」へと変貌したのである。だが、今回の京都市長選は貴重な教訓を残した。民意が多様化し、政党も多党化している現在、首長選挙を「政党選挙」として展開することはもはや不可能になったということではないか。これからは「支援」の在り方が首長選挙のカギになる。この情勢の変化を理解できず、複雑な選挙情勢を「反共攻撃」としか受け止められないような政党は消えていくしかない。

 福山氏は実に立派な候補者だった。40歳で司法試験に通った苦労人弁護士は、穏やかな風貌と飾り気ない語り口で多くの有権者の心を掴んだ。こんな素晴らしい候補者は、やはり「政争の都・京都」でしか生まれない。30年余に及ぶ「共産対非共産」の不毛な政治的対立から抜け出て、「市民の市民による市民のための市政」を実現するのは容易なことではないからだ。でも、その可能性を見せてくれたのが福山氏だった。福山氏にはぜひ「三度目の正直」に臨んでもらいたい。私の周辺の老いぼれたちは、みんな「生きてその日を迎えよう」と決意している。

2024.02.08 超高齢化した党組織は2050年で〝自然死状態〟(生物学的生存危機)に直面するかもしれない、若者世代を迎えて党勢を立て直すには「開かれた組織」になるしかない、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その15)
              
広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)
               
 党員現勢は、人数(量)と年齢構成(質)が公開されて初めて正確な実態を知ることができる。毎年3月に発行される国立社会保障・人口問題研究所編集の人口統計資料集『人口の動向、日本と世界』(以下、社人研資料という)は、目次が「Ⅰ 人口および人口増加率」「Ⅱ 年齢別人口」から始まっているのはそのためである。前回の拙ブログでは、入党者数と死亡者数から離党者数を割り出し、志位委員長在任中(23年2カ月)の党勢現勢の推移を算出した。しかし、年齢構成についてはこれまで一切公表されていないので、取り付きようがなかったのである。

 ところが今回、不十分ながらも党員の党歴構成が志位委員長の「開会あいさつ」で明らかになった。内容からして中央委員会報告として正式に公開すべきだと思うが、2024年1月現在の党歴構成は「10年未満」17.7%、「10~19年」14.0%、「20~29年」11.0%、「30~39年」8.0%、「40~49年」19.5%、「50年以上」29.8%というものである。党歴20年未満が3割、20~30年未満が2割、40年以上が5割という数字が示すものは、高齢者党員に著しく偏った「逆三角形」の人口構造そのものである。志位氏は、この状態を「60代以上が多数、50代以下がガクンと落ち込んでいる」と説明しているが、年齢構成については依然として曖昧なままにしている。年齢構成を明らかにすれば、党組織が〝超高齢化〟している深刻な実態が浮かび上がり、全党に動揺が広がることを恐れているからだろう。

 限られた資料から年齢構成を知るにはどうすればいいか。党規約上の入党資格は「18歳以上」だが、党員の入党年齢は個々バラバラで党歴構成から年齢構成を割り出すことが難しい。そこで平均入党年齢を暫定的に「25歳」と仮定して、年齢構成を割り出すことにした。「25歳」という平均入党年齢は、多くの関係者の意見を聴いて設定したもので、それほど間違っていないと思う。結果は「35歳未満」17.7%、「35~44歳」14.0%、「45~54歳」11.0%、「55~64歳」8.0%、「65~74歳」19.5%、「75歳以上」29.8%となり、前期高齢者党員2割、後期高齢者党員3割、合わせて高齢者党員5割という結果になった。

 とはいえ、「党歴10年未満」の党員が必ずしも若い世代とは限らない。最近は拡大運動の行き詰まりから党員の近親者(親世代)を入党させる傾向が強まっていて、65歳以上の高齢者入党(とりわけ75歳以上)が増えているからである(末尾の備考欄参照)。こうしたことを勘案すると、党組織の高齢化はもっと進んでいて後期高齢者党員が4割に達し、全体として6割が高齢者党員という比率になっているかもしれない。

 志位委員長在任中の死亡者数(性別死亡者数は公表されていない)の推移を概観しよう。1990年代後半から党大会間の死亡者数が「開会のあいさつ」で公表されるようになった。第22回(2000年11月)から第25回(2010年1月)までは3万3442人(9年2カ月、年平均3648人)、第25回から第28回(2020年1月)までは4万5539人(10年、年平均4554人)、第28回から第29回(2024年1月)までは1万9814人(4年、年平均4954人)である。年平均死亡者数は、2000年代3648人、2010年代4554人、2020年代4954人と着実に増加してきている。

 党員数が減少しているにもかかわらず死亡者数が増えているのは、年齢構成が高齢化して死亡率(死亡者数/党員現勢)が上昇しているためである。男女合わせての党員死亡率は、2000年代0.94%、2010年代1.12%、2020年代(2024年1月現在)1.83%と急上昇しており、2020年代後半に2%を超えることはほぼ確実と思われる。社人研資料「年齢(5歳階級)別死亡率」によると、死亡率2%は「男70~74歳人口」と「女80~84歳人口」の中間に位置するので、この死亡率から類推すると、遠からず党組織全体が「70代半ばの超高齢者集団」に移行していくことになる。同じく社人研資料「年齢(5歳階級)別平均余命」によれば、65歳人口の平均余命は男20.0年、女24.9年なので、現在の党員現勢25万人の5~6割を占める高齢者党員(10数万人)は、2050年までに全員亡くなることになる。換言すれば、党組織が人口学的に若返ることなくこのまま推移すれば、21世紀半ばには〝自然死状態〟(生物学的生存危機)に直面するかもしれないということだ。以下は、志位委員長在任中の死亡者数および死亡率の推移である。

2000年11月~2003年12月(3年2カ月)、死亡者数9699人、年平均死亡者数3069人、第23回党大会(以下同じ)
2004年1月~2005年12月(2年)、7396人、3698人、第24回党大会
2006年1月~2009年12月(4年)、1万6347人、4086人、第25回党大会
2010年1月~2013年12月(4年)、1万8593人、4648人、第26回党大会
2014年1月~2016年12月(3年)、1万3123人、4374人、第27回党大会
2017年1月~2019年12月(3年)、1万3823人、4607人、第28回党大会
2020年1月~2023年12月(4年)、1万9814人、4954人、第29回党大会
2000年代(9年2カ月)、死亡者数3万3442人、年平均死亡者数3648人、死亡率0.94%(3648人/38万6517人)
2010年代(10年)、死亡者数4万5539人、年平均死亡者数4554人、死亡率1.12%(4554人/40万6千人)
2020年代(4年)、死亡者数1万9814人、年平均死亡者数4954人、死亡率1.83%(4954人/27万人)

 今大会の特徴は、党の「生存危機」にかかわる議論がまったく見られなかったことだ。田村副委員長の中央委員会報告「『大運動』と前大会以降の党づくり到達点と教訓」「党勢拡大の新しい目標と方針について」(赤旗1月17日)は、当面の拡大目標の提起に終始し、人口学的視点からの党組織の長期的動向や課題設定に関しては何一つ触れず、無関心そのものだった。党組織存続の危機が四半世紀後に迫っているにもかかわらず、不破・志位体制以来の拡大方針が「百年一日」の如く繰り返され、それ以外の選択肢はまったく示されなかった。以下は、田村報告の抜粋である。

 ――前大会以降、「130%」を一貫して掲げて党づくりに奮闘したことは、大きな意義をもつものでした。この目標を機関でも支部でも真剣に討議し、挑むなかで、「130%」を達成した支部も全国に数多く生まれています。目標に正面から挑んだからこそ、前回党大会時の党勢を回復・突破してこの大会を迎えた党組織も次々と生まれました。この流れをさらに生かすことが大切です。同時に、党の現状からみて、党勢を着実に維持・前進させること自体が、大奮闘を要する大仕事であることも明らかになりました。こうした到達点をふまえて、新たな大会期の目標を次のように提案します。

 ――第30回党大会までに、第28回党大会現勢――27万人の党員・100万人の「しんぶん赤旗」読者を必ず回復・突破する。党員と「しんぶん赤旗」読者の第28回党大会時比「3割増」――35万人の党員、130万の「赤旗」読者の実現を、2028年末までに達成する。第28回党大会で掲げた青年・学生、労働者、30代~50代の党勢の倍化――この世代で10万の党をつくることを、党建設の中軸にすえ、2028年までに達成する。1万人の青年・学生党員、数万の民青の建設を、2028年までに実現する。そのためにすべての都道府県・地区・支部が、世代的継承の「5カ年計画」と第30回党大会までの目標を決め、やりとげる。

 党勢拡大の「目標」や「計画」は、紙の上では幾らでもつくることができる。問題はそれを実行できるかどうか、そのための条件が備わっているかどうかである。田村副委員長は、この点で矛盾に満ちた報告をしていることに気付いていない。拡大の実態は「極めて厳しい」の一言に尽きるのに、その一方で国際情勢の変化や自民党政治のゆきづまりを強調して「為せば成る!」と断言しているのである。この論法は、超高齢化していると党組織の現実を見ないで「野党外交」や「未来社会論」の展望を熱く語る志位委員長の論法とよく似ている。将来の夢を語るのは結構なことだが、目の前の現実に真正面から向き合わないことは、政党活動のリアリズムからも逸脱していると言わなければならないだろう。

 ――私たちの運動は大きな課題を残しています。それは党建設・党勢拡大が、一部の支部と党員によって担われているということです。入党の働きかけを行っている支部は毎月2割弱、読者を増やしている支部は毎月3割前後にとどまっています。現状では、大会決定・中央委員会総会報告の決定を読了する党員が3~4割、党費の納入が6割台、日刊紙を購読する党員が6割となっており、抜本的打開が求められています。(略)同時に、客観的条件という点でも、主体的条件という点でも、いま私たちが「党勢を長期の後退から前進に転じる歴史的チャンスの時期を迎えている」ことが全面的に明らかにされました。

 言うまでもないことだが、政治情勢の変化に応じて「変革の波」を引き起こすためには、それに見合うだけの体力がなければならない。しかし党員が高齢化の一途をたどり、党員現勢が最盛期の2分の1、赤旗読者が4分の1に後退している現在、直面する情勢から直ちに政治方針を導き、それに見合う党勢拡大方針を提起し、拡大運動に党員や支持者を総動員するといったやり方は、いわば「高度成長時代の残像」ともいうべきものであってリアリティがあるとは思えない。こんな時に、志位委員長や田村副委員長がいくら檄を飛ばしても「大言壮語」としか響かないし、党員や支持者の行動を促す力にもならないのではないか。


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2024.02.06 「裏金政党」自民と手を組む立憲民主(京都)に明日はない、2024年京都市長選から感じたこと(1)

広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)
               
 事前に「横一線」と伝えられていた2024年京都市長選は、松井孝治候補(自民・立憲民主・公明・国民民主推薦)が福山和夫候補(市民派・共産支援)に1万6千票の僅差で競り勝った。自民党派閥の裏金疑惑が渦巻く中での市長選だったが、長年続いてきた「非共産対共産」の政治構図の下で、「非共産=オール与党体制」候補が辛くも勝利を手にしたのである。当選確実が決まった2月4日深夜、松井氏は周囲が万歳三唱するなかで頭を下げ続け、「厳しい選挙だった」と繰り返していた。

 私は地元テレビ・KBS京都の実況中継を見ていたが、会場となったホテルの壇上には西脇知事、門川市長、伊吹元衆院議長、西田自民党府連会長などがズラリと居並び、末席には福山哲郎立憲民主府連会長の姿もあった。彼は出番もなくただ座っているだけだったが、所在無さげにスマホをいじっていた姿はなぜか哀れだった。「裏金政党」自民と臆面もなく手を組み、連合京都とともに「国政と地方政治は別」「府市協調がなによりも大切」「共産に市長を渡すわけにはいかない」などとぶって回っていた福山府連会長は、選挙期間中からも立憲支持者から厳しい批判を浴びせられていたからである。

 朝日新聞が投票当日に実施した出口調査によると、立憲支持層の47%が松井候補に投票しただけで、35%は福山候補に流れている。連合京都とともに立憲京都府連が総力を挙げて応援したにもかかわらず、立憲支持層の多くは松井候補に投票せずに「NO!」を突きつけた。また、無党派層の35%が福山候補に投票しているのに対して、松井候補は27%に止まっている。立憲支持層の過半数が「裏金政党」自民と手を組む立憲京都府連に反旗を翻し、無党派層も含めてその多くが市民派候補の福山和夫氏の支援に回ったのは明らかだろう。朝日記事は、この結果を「自民支持層は前回市長選の出口調査結果よりも細っており、その分を前回よりも厚みを増した維新支持層のからの30%や、前回と同程度の厚みの立憲支持層の47%の指示で埋め合わせ、接戦を制したとみられる」と分析している(朝日新聞2月5日)。事実、松井候補に投票したのは自民支持層の63%にすぎず、14%は福山候補に流れている。「裏金政党」自民への批判が自民支持層の中にも渦巻いていることを示したのが、今回の京都市長選の特徴だと言っていいだろう。

 今回の京都市長選挙は、当初は維新の会と前原新党が仕掛けた「3極選挙」になるはずだった。両党が結託して地域政党・京都党の村山候補を担ぎ出し、長年続いてきた「非共産対共産」の政治構図に代わる新しい潮流をつくる算段だった。維新の会は、前原新党と組んで京都市長選の勝利で弾みをつけ、次期総選挙で一気に「野党第1党」に伸し上がろうと目論んでいたのである。ところが「政治は一寸先が闇」というが、告示日が目前に迫った1月12日、維新の会が村山候補の推薦を突如取り消し、前原新党も推薦を撤回した。村山氏の政治資金管理団体が8回もの「パーティー」を開いて会費を集めながら、実際のパーティーには来場者がなく、会場代を除いた収入の大部分が資金管理団体の収益になるという「架空パーティー疑惑」が発覚したからである。

 それでも村山氏は、「市民の選択肢を狭めたくない」との口実で立候補を断念しなかった。「オール与党体制」を維持するため「身を切る改革」を断行しようとしない自民への不満を維新がすくいあげ、「3極選挙」を展開しようと考えていたのである。だが、村山候補は「裏金疑惑」が致命傷となり、前回市長選での得票に遠く及ばなかった。毎日新聞は、「2008年と20年に続いて挑んだ市長選。この間、地域政党・京都党を創設し、市議として実績も重ねた。だが、自らの政治資金パーティーを巡る疑惑が浮上し、告示直前に異例の推薦取り消しに。『政治とカネ』の疑惑が致命傷となった」と評している(2月5日)。

 それからもう一つ、2月4日の投票日が直前に迫った1月31日、第2の「政治の闇」が明るみに出た。自民党派閥の政治資金パーティー問題が国政上の大問題になり、安倍派が政治資金収支報告書の訂正を迫られて6億円を超える巨額の「裏金」が明るみに出たのを機に、安倍派に属する自民党府連会長の西田昌司参院議員が1月31日、安倍派から過去に411万円の還流を受けていたことが発覚したのである。西田氏は、自民単独では京都市長選に勝利できないことを自覚していたのか、伊吹元衆院議長とともに立憲民主や国民民主を巻き込んで松井氏を「オール与党体制」候補に祭り上げた張本人であり、選挙戦の「司令塔」だった。それだけにその影響は大きく、松井陣営はかってない危機感に見舞われた。

 一方、福山和夫候補はよく頑張った。共産陣営が党組織の高齢化と除名問題の影響で後退一途にあったことから、「市民派」としての旗色を鮮明に打ち出し、政党支持にはこだわらない選挙戦を展開した。親しみのある穏やかな風貌と人柄が人気を呼び、保守層の中にも支持が広がった。自民支持層の中からも1割を超える投票が福山候補に寄せられたことは、かってないことだと言わなければならない。またNHKの出口調査では、福山候補が松井候補をリードしていると伝えられたことも期待を大きくした。最後は松井候補に勝利を許したが、これまでの政党中心の選挙戦術を大きく変える成果を挙げたと言える。

 立憲民主党は京都市長選当日の2月4日、東京都内で党大会を開き、次期衆院選で「自民党を超える第1党となる」と掲げた2024年度活動計画を決めた。泉代表は「自民党を政権から外し、新たな政権を発足させ、政治改革、子ども若者支援、教育無償化などを実現しよう」と声を張り上げたという(朝日2月5日)。だが、立憲民主党が自民と一体で市長選を展開している京都では、泉代表と長年行動をともにしてきた福山府連会長が「反自民」の「は」も言わず、自民党と同じ壇上で万歳をしているのである。こんな「鵺(ぬえ)」のような得体のしれない政党は類を見ないのではないか。

 2月5日の日本経済新聞オピニオン欄「核心」に、芹川論説フェローが「自民党の明日はない、平成改革世代なぜ立たぬ」と題する主張を書いている。「政治とカネ」にまつわるスキャンダルが自民党内に吹き荒れているというのに、若手世代がなぜ改革に立ち上がらないのかとの叱咤激励である。骨子は「政党のダイナミズムを感じさせる侃々諤々(かんかんがくがく)の保守政党はどこへ行ったのだろうか。それが失われているとすれば自民党に明日はない」というものだ。だが、自民と立憲が馴れ合う京都では、「自民も立憲も明日はない」という言葉が当てはまる。次期衆院選では、泉代表(京都3区)は激しい選挙戦に曝されるだろうし、次期参院選(京都選挙区)では同じく福山府連会長も当落のかかった選挙戦に直面するだろう。「裏金政党」自民と手を組む京都の立憲民主党に「明日はない」のである。(つづく)

2024.02.02 共産党の党員除名に対する批判と反批判をめぐって
――八ヶ岳山麓から(459)――
                 
阿部治平 (もと高校教師)

はじめに
 この1月15~18日第29回共産党大会が開かれた。党大会のテーマのひとつは、「かもがわ出版」編集主幹松竹伸幸氏の復党問題であった。
 松竹氏は、全党員の直接選挙による「党首公選論」と「核抑止抜きの専守防衛論」を主な内容とする『シン・共産党宣言』(文春新書 2023・01)を出版した。共産党は、これを綱領・規約に反する行動として松竹氏を除名し、氏は党大会に対して除名の再審査請求をおこなった。
 これは共産党の近未来を占ううえでかなり重要な事件だとおもう。

党大会会場での除名批判
 29回党大会では、松竹除名に反対した人が一人いた。横浜港北区選出の県議3期という大山奈々子氏である。彼女の発言は、「しんぶん赤旗」の見出しでは「問題は出版より除名処分/共産党『怖い』と思われる」となっている。
 大山氏は、松竹氏の著作は読んでいないという。だが、除名については何人もの人から「やっぱり共産党は怖い」「除名はだめだ」「将来共産党が政権を取ったら、国民をこんなふうに統制すると思えてしまう」といわれた、と述べたのち、概略次のように発言した。

 異論を唱えたから除名したのではないと、(赤旗で)わが党の見解が報じられているが、同時に松竹氏の議論(への批判)が熱心に展開されているから、やはり「異論だから排除された」と思われてしまう。そうでないならば、わが党が民主的である証左として、松竹氏による除名再審査請求を適切に受け止めるよう要望する。
 除名は対話の拒否にほかならない。排除の論理ではなく包摂の論理を尊重することは、政党運営にも求められている。(「赤旗」2024・01・18)
 
批判への反論
 党大会では、大山氏の主張に対して2人の反論があったが、さらに田村智子副委員長(当時)は、翌日の大会結語において、おおむね以下のように大山氏を批判した。
 
 この発言者の発言内容は極めて重大だ。私は、発言者の姿勢に根本的な問題があることを厳しく指摘する。党内外の人が言っていることのみをもって、「処分が問題」と断じるのは、あまりにも党員としての主体性を欠き、誠実さを欠く発言だ。
 発言者は、「希望の党」の小池百合子代表の「排除」発言をもちだして、「あのとき国民が感じた失意が、いま私たち共産党に向けられていると認識すべき」とまで発言した。反共分裂主義によって野党共闘を破壊した大逆流と並べて、党の対応を批判するというのは、まったく節度を欠いた乱暴な発言というほかない。
 発言者は、「除名というのは対話の拒否だ」「包摂の論理を尊重することは、政党運営にも求められている」と述べたが、除名された元党員は、党外からいきなり党攻撃を開始したものである。批判の矛先を百八十度間違えている。
 党を除名された元党員の問題は、支配勢力の攻撃にのみ込まれ、射落とされ、屈服したところに政治的本質がある。この本質をまったく理解していないことに、発言者の大きな問題がある(「赤旗」2023・01・19)。

 語るに落ちるとはこのことである。田村氏の発言はおおかた幹部会で決めたものだろうが、「共産党は異論を許さない」という世間の批判を地でいってしまった。私の周辺でも、発言者への敬意を持たない頭ごなしの反論は、新しい委員長田村智子の権威を傷つけるものだという批判があった。
 大山氏は、満場の代議員の前で、わが身への非難をどんな思いで受け止めたであろうか。これについては、朝日や毎日だけでなく、信濃毎日新聞も1月25日の社説でとりあげ、「共産党は『民主集中制』を採用するが、これまでの集権的な仕組みで幅広い支持が得られるか」としたのち、「除名に異論を唱えた出席者の意見を田村氏が指弾する場面があり、党所属の地方議員から疑問視する声が出ていた」と指摘した。

『意見集』の除名批判
 このやりとりが交わされた党大会の20日前、共産党から340人近い党員が寄せた『大会決議案への感想・意見・提案集(全3冊)』(以下『意見集』)が刊行された。論点は党勢拡大から人類生存の危機に至るまで多岐にわたり、賛否両論いずれも非常に真剣で、しかも興味深い内容だった。

 松竹除名を支持する意見は、ほとんどが規約の「党の決定に反する意見を勝手に発表することはしない」という条項に違反したというものであった。除名反対あるいは留保の意見は多様である。以下に私なりにまとめてみた。

松竹氏の著作は党攻撃だというが、「専守防衛」とか「党首公選」は党攻撃に値しない。党首公選制は時代の変化に合っている。これは全党で議論すべきだ。

除名処分は理不尽で、党に甚大な打撃を与えている。知識人党員のこれ以上の離反を防ぎ、新規に青年層を獲得するためには、処分撤回を抜きにしては不可能だ。彼の除名処分についての審査請求には誠意ある対応をすべきだ。

松竹氏は、誰もが知っている「党の安保政策の歴史的事実および現在の組織運営の事実」からの主張をしており、国民、党員が自由に批判や意見を主張できる性格のものである。

党規約にしたがうと「異論」を(全国の党員に)広く知らせる手段がない。「異論」には重要な示唆がある場合がある。松竹氏によって、わたしははじめて党内に「党首公選」を求める意見があることを知った。

松竹氏と鈴木氏はルール違反だが、党の地方選後退の大きな原因は、松竹・鈴木の除名処分にある。党勢後退の原因を「政治対決の弁証法」とか、「反共攻撃」のためとかというのはまともな分析・総括ではない。
注)鈴木元氏は元共産党京都府委員会常任委員。共産党を批判する『志位和夫氏への手紙』(かもがわ出版 2023・01)を出版したこと、松竹氏と出版時期について打ち合わせたことを規約違反として除名された。

決議案に「民主集中制をよわめる議論がある」と記されているが、松竹氏はそういう主張はしていない。(批判するなら)誰がと名指ししてほしい。

「党首公選制」は「すべての指導機関は選挙によってつくられる」という規約の条文にかなったものである。規約には「分派形成につながるから党首公選制を採用しない」などという規定はない。

29回大会では、「分派」「内部問題」「反共攻撃」など組織運営の根幹にかかわる「用語」に、具体的かつ公正な解釈を可能にする「定義」を与えるべきである。

 批判意見は『意見集』では目立つが、これは少数者の意見だと思う。そして田村智子氏の大会結語に従えば、これら批判意見は「誠実さを欠き、節度を欠き、批判の矛先を180度間違えたもの」となるであろう。

おわりに
 党外から見ると、松竹氏の「党首公選論」は常識の範囲だし、「核抑止抜きの専守防衛論」は共産党トップ志位和夫氏の安保防衛論とさほど異なるものではない。
 だが、共産党は少しでも党を変革しようとする者に対しては身構える。幹部らが自己を党と同一視し、指導体制維持を自己目的としているからである。選挙に連敗しても志位氏が「路線が正しいのだから辞任はしない」と言ったのはそれである。
しかも党員の多くは、党中央のイデオロギーと方針に強く縛られ、長期の党勢拡大運動が無残な結果に終わっても、なおその是非を問わずに既定の路線に従う。
 共産党が「保守的」といわれる所以である。共産党は日本の他の政党とは比べものにならないほど、強い「慣性の法則」に支配されているのである。(2024・01・29)
2024.01.30  『日本共産党の百年』が語らない〝長期にわたる党勢後退〟の原因、数の拡大を至上目的とする拡大運動が多数の離党者を生み出し、硬直的な組織体質が若者を遠ざけて党組織の高齢化を引き起こした、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その14)

広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)

 『日本共産党の百年』の「むすび――党創立百周年を迎えて」は、それ以前の五十年史や八十年史には見られなかった悲壮な言葉で綴られている。とはいえ、党の危機を訴える一方、なぜ〝長期にわたる党勢後退〟が継続しているかについては十分な説明がされていない。
 ――全国各地で奮闘が続けられてきたものの、党はなお長期にわたる党勢の後退から前進に転ずることに成功していません。ここに党の最大の弱点があり、党の現状は、いま抜本的な前進に転じなければ情勢が求める任務を果たせなくなる危機に直面しています。いま党は、この弱点を根本的に打開し、強く大きな党をつくる事業、とりわけ世代的継承――党の事業を若い世代に継承する取り組みに新たな決意で取り組んでいます。

 そこには、支配勢力の反共攻撃や反動的政界再編などの外部要因は数々挙げられているものの、党自体が抱えている内部要因についてはほとんど説明らしい説明がない。拙ブログではこの内部要因として、第1に「数の拡大」を至上目的とする拡大運動が多数の離党者を生み出したこと、第2に党の硬直的な体質が若者を遠ざけて党組織の著しい「高齢化」を招いたことを挙げたい。

 日本共産党の1960年代から80年代初頭にかけての20年余の党勢拡大方針を概観すると、第8回党大会(1961年7月)が当面の課題として提起した「数十万の大衆的前衛党」の建設が大きな成果を挙げたことから、70年代後半には「百万の党」の建設を展望しつつ、当面「五十万の党、四百万の読者」を実現する――との壮大な展望が語られるようになった。そのことを象徴するのが、第15回党大会(1980年2月)における不破書記局長の結語である。不破氏は、第11回党大会(1970年7月)で書記局長(40歳)に抜擢され、第16回党大会(1982年7月)で委員長に就任している。

 不破書記局長は、拡大運動の絶頂期において「百万の党」の拡大方針を次のように提起した。
 ――60年代初頭の4万2千余の党員、10万余の機関紙読者から、60年代を通じて28万余の党員、180万の読者へ(70年代初頭)、さらに70年代を通じて今日の44万の党員、355万を超える読者へ、これがこの20年来の党勢拡大の大まかな足取りであります。第14回大会決定(1977年10月)は「百万の党」の建設を展望しつつ、当面「五十万の党、四百万の読者」の実現という課題を提起しました。80年代には、わが党が戦後、党の再建以来目標としてきた「百万の党」の建設を必ずやりとげなければなりません。「百万の党」とは決して手の届かない、遠い目標ではありません。日本の人口は1億1千万、「百万の党」といえば、人口比で1%弱の党員であります。私たちは、大都市はもちろん遅れたといわれる農村でも、少なくとも人口の1%を超える党組織をもち、こうして全国に「百万の党」をつくりあげることは、必ずできる目標だということに深い確信をもつわけであります。

 不破書記局長によって定式化された拡大方針は、委員長就任後はさらに精緻化され、第19回党大会(1990年7月)で書記局長に抜擢された志位氏(35歳)に引き継がれた。だが志位氏は、書記局長就任直後から「実態のない党員」問題に直面しなければならなかった。「数の拡大」を至上目的とする拡大運動が数合わせのための「実態のない党員」を大量に生み出し、もはや放置できなくなっていたからである。

 この事態は、不破委員長のもとで推進されてきた拡大方針に重大な誤りがあり、「実態のない党員」を大量に生み出す原因になっていることが明らかだった。だが、第20回党大会(1994年7月)は、事態の原因を究明することもなければ、本格的な討論を行うこともなかった。志位書記局長は、「実態のない党員」を整理したことは「前衛党らしい党の質的水準を高めるうえでの重要な前進だ」との詭弁で、事態の幕引きを図ったのである。以下は、志位書記局長の発言である。
 ――まず党勢の現状です。1990年11月の第2回中央委員会総会で、「実態のない党員」の問題の正しい解決に勇気をもってあたるという問題を提起しました。その結果、現在の党員数は約36万人となっています。「実態のない党員」の問題の解決が基本的に図られたことは、前衛党らしい党の質的水準を高めるうえで重要な前進でありました。同時にソ連・東欧の崩壊などの情勢の急激な変化を、科学的につかみきれずに落後していった者が一部に生まれました。いかなる情勢でも揺るがない思想建設の重要性、同志愛あふれる党づくりの重要性を痛切な教訓として汲み取らなければなりません。

 信じられないことだが、「実態のない党員」問題が提起された2中総(1990年11月)の僅か4カ月前の第19回党大会の冒頭発言で、不破委員長はこのような深刻な問題には全く触れずに、拡大運動の楽天的な見通しを強調していた。不破氏がこの時点で膨大な「実態のない党員」の存在を知らなかったはずがない。それでいながら「50万近い党」を誇示し、拡大方針の正しさを強調したのである。
 ――わが党は綱領が確定した第8回党大会以来、歴史的に大きく前進いたしました。党員は8万8千人から50万近い党へ、「赤旗」読者が34万余から300万、国会議員が6名から30名、地方議員が818名から3954名へと前進しております。これは綱領の方向で党組織と多くの支持者が奮闘された結果であります。

 それからの4年間で党員48万人の4分の1に当たる12万人が「離党者」として整理され、党員現勢が36万人に激減するという事態が起こった。このことは、不破発言の虚構を白日のもとに曝すものであり、党組織の根幹を揺るがす大問題に発展してもおかしくなかった。しかし、志位書記局長は「こうした現状をふまえて、いまこそ党員拡大を本格的前進の軌道にのせていく必要があります」と、まるで何事もなかったかのようにこれまで通り拡大運動を続けていく方針を強調したのである。このことは、「民主集中制」の組織原則の下では、下位の書記局長が上位の委員長に対して異を唱えられない党組織の硬直性をまざまざと示すものであった。

 もう少し説明を加えよう。志位氏は上記の報告で「実態のない党員」問題に対しては「正しい解決に勇気をもってあたる」と発言している。このことは、彼がこの問題を「正しくない」と認識し、「勇気をもって」当たらなければ解決できない大問題だと考えていたことを示している。そうしなければ、「実態のない党員」を大量に生み出す拡大運動の誤りを是正できないし、持続的な拡大方針を提起することもできない。にもかかわらず志位氏は、そのことが不破委員長に対する批判に波及することを忖度して「臭い物にフタをする」道を選んだのである。

 それ以降、第22回党大会(2000年11月)で委員長に就任した志位氏のもとで、以前にも勝る勢いで拡大運動が展開されるようになった。とりわけ党大会直前の期間は「特別拡大月間」が設けられ、それまでの遅れを取り戻すためとして党中央から地方機関に大号令が下されて「拡大競争」が大々的に組織されるようになった。赤旗で連日報道される「拡大実績」を目の前に突きつけられた地方機関は、遮二無二拡大運動に追い立てられた。こうした中で、数合わせのための「実態のない党員」が大量に生み出される素地が再び形づくられていったのである。

 その結果、20年前と同じことが第26回党大会(2014年1月)で起こった。志位委員長は、「実態のない党員」問題が発生したこの間の党建設の取り組みを(淡々と)報告している。
 ――私たちはこの4年間、第25回党大会決定にもとづき、また2010年の参院選を総括した同年9月の2中総決定で、「党の自力の問題」にこそ、わが党の最大の弱点があることを深く明らかにし、強く大きな党づくりに一貫して力を注いできました(略)。党員については拡大のための努力が重ねられてきましたが、2中総決定が呼びかけた「実態のない党員」問題の解決に取り組んだ結果、1月1日の党員現勢は、約30万5千人となっています。「実態のない党員」問題を解決したことは、全党員が参加する党をつくろうという新たな意欲と機運を呼び起こしています。

 志位氏は、「実態のない党員」の規模があまりにも大きかった所為か、正確な数字を公表していない(大会決議にもない)。ただ90年代後半から党大会間の死亡者数が公表されるようになったので、「前党大会党員現勢+入党者-死亡者-離党者=今党大会党員現勢」の計算式で、離党者数を算出することができる。この計算式で算出すると、20年前と同じく12万人もの大量の「実態のない党員」が整理されたことになる。
 〇40万6千人(2010年1月現勢)+入党者3万7千人-死亡者1万8593人-離党者=30万5千人(2014年1月現勢)、離党者11万9407人(約12万人)

 20年前には、党員現勢48万人の4分の1に当たる12万人もの大量の離党者が生まれた。この時に「数の拡大」を至上目的とする拡大方針の誤りが是正され、持続的拡大を目指す新たな方針が提起されていれば、党の発展は別の道をたどったかもしれない。  しかし、今回も40万6千人の3割に当たる12万人が離党者として整理されるということが再び起こった。そして今回も志位氏は、「『実態のない党員』問題を解決したことは、全党員が参加する党をつくろうという新たな意欲と機運を呼び起こしています」と強弁したのである。これでは、前衛党としての質的水準を上げ、全党員が参加する党をつくろうと思えば、「離党者が増えるほどいい」といった荒唐無稽な理屈になりかねない。だが、さすがの志位氏も「これだけでは拙い」と思ったのか、以下のコメントを付け加えた。
 ――「実態のない党員」を生み出した原因は、十数年に及ぶ「二大政党づくり」など日本共産党抑え込みという客観的条件の困難だけに解消できるものではありません。それは「支部を主役」に全ての党員が参加し成長する党づくりに弱点があることを示すものと言わねばなりません。「二度と『実態のない党員』をつくらない」決意で、革命政党らしい支部づくり、〝温かい党〟づくりへの努力を訴えるものであります。

 志位委員長は、上記の発言からもわかるように、依然として「数の拡大」を至上目的とする党中央主導の方針の誤りを認めていない。逆にその責任を支部活動に転化し、支部活動が活発になれば「実態のない党員」は生まれないとして、離党者が発生する原因を末端組織に押し付けている。「民主集中制」を基本とする党活動は、上級の指示に下級が従うことが組織原則である以上、この組織原則を是正することなく「実態のない党員」問題の責任を支部に押し付けることは、本末転倒の議論だと言わなければならない。しかも、それが「大会決議」として正当化されるのだからなおさらのことである。

 念のため、志位委員長の在任期間(2000年11月~2023年12月)の入党者数、死亡者数、離党者数と年平均(いずれも筆者算出)を挙げておこう。本来ならば、この種の資料は党自身が公表して然るべきものであるが、都合の悪い数字は曖昧にされるという長年の慣行のため、そのまま利用できる確たる資料がない。拙ブログの計算式に基づく算出は、老眼を酷使したために誤りがあるかもしれないが、それでも大まかな傾向はつかめるので参考にしてほしい。

 第22回党大会(2000年11月)から第29回党大会(2024年1月)までの23年2カ月間の党員現勢の変化は、38万6517人(2000年11月現勢)+入党者18万3895人-死亡者9万8989人-離党者22万1602人=24万9821人(2024年1月現勢)であり、第29回党大会で公表された党員現勢25万人とほぼ一致している。驚くのは、離党者22万1千人が入党者18万4千人を大きく上回っていることであり、死亡者が10万人近く(9万9千人)に達していることである。以下、党大会ごとの計算式を示そう。

 〇第23回大会(2004年1月)
  38万6517人(2000年11月現勢)+入党者4万3千人-死亡者9699人-離党者=40万3793人(2004年1月現勢)、離党者1万6025人
 〇第24回党大会(2006年1月)
  40万3793人(2004年1月現勢)+入党者9655人-死亡者7396人-離党者=40万4299人(2006年1月現勢)、離党者数1753人
 〇第25回党大会(2010年1月)
  40万4298人(2006年1月現勢)+入党者3万4千人-死亡者1万6347人-離党者=40万6千人(2010年1月現勢)、離党者1万5951人
 〇第26回党大会(2014年1月)
  40万6千人(2010年1月現勢)+入党者3万7千人-死亡者1万8593人-離党者=30万5千人(2014年1月現勢)、離党者11万9407人
 〇第27回党大会(2017年1月)
  30万5千人(2014年1月現勢)+入党者2万3千人-死亡者1万3132人-離党者=30万人(2017年現勢)、離党者1万4868人
 〇第28回党大会(2020年1月)
  30万人(2017年1月現勢)+入党者(無記載、暫定2万1240人)-死亡者1万3828人-離党者=27万人(2020年1月現勢)、離党者3万7412人
 党大会記録に入党者数が記載されていないので、2017年1月から2019年12月までの赤旗(各月党勢報告)を調べたところ、3年(36カ月)のうち入党者数が掲載されていたのは26カ月、計1万5354人、月平均590人だったので、590人×36カ月=2万1240人を暫定値として離党者3万7412人を算出した。
 〇第29回党大会(2024年1月)
  27万人(2020年1月現勢)+入党者1万6千人-死亡者1万9814人-離党者=25万人(2024年1月現勢)、離党者1万6186人

 2000年11月~2023年12月(23年2カ月)の合計は、入党者18万3895人(年平均7937人)、死亡者9万8809人(同4264人)、離党者22万1602人(同9564人)であり、党員数は13万6517人減(同5892人減)となった。次回は、若者離れがもたらした「超高齢化」の実態を分析する。(つづく)
2024.01.22  多数者革命は「強く大きな党」ではなく「信頼と共感の党」でなければ実現できない、130%の党づくりは〝永遠の目標〟に終わるだろう、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その13)
               
広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)
             
 日本共産党の第29回党大会(2024年1月15~18日)が終わった。党大会は目玉とされた女性初の田村智子新委員長を選出して「刷新」のイメージを演出したが、志位委員長が空席の議長に就任し、常任幹部会委員を兼務することが判明してその期待は一気にしぼんだ。志位氏が不破氏と同じく93歳まで常任幹部会委員を務めるとすれば、この先23年間も「志位院政」が延々と続くことになる。拙ブログで「『表紙=女性委員長』だけを換えても『中身=志位体制』が変わらなければ意味がない」と書いたのは、そのことである。

 党大会翌日19日の朝日、毎日両紙は、奇しくも同じ趣旨の社説を掲げた。朝日は「共産党新体制、党を開く変革伴わねば」、毎日は「共産新委員長に田村氏、開かれた党へ体質刷新を」というもの。朝日はさらに踏み込んで「時々刻々」で全頁の解説記事を掲載し、「低迷の共産 刷新を演出」「歴代最長 増幅した不満」「議長に残る志位氏『院政』の見方」との見出しで、その内情を詳しく伝えた。一言で言えば、田村氏へのバトンタッチに関しては「志位氏の影響を大きく受ける」「実際には何も変わらない」との声が根強いというものだ。

 大会の模様は赤旗で連日報道され、全体を貫くキーワードは「強く大きな党をつくる」ことだった。「多数者革命を推進する強く大きな党を」と題する田村副委員長の中央委員会報告は、次のような論旨で組み立てられている(赤旗1月17日)。
 (1)多数者革命を進める主体は主権者である国民であり、国民の一人ひとりが政治や社会を自ら変えようとしてこそ社会の変革は成し遂げられる。多数者革命には「国民の自覚と成長」が不可欠である。
 (2)しかし、「国民の自覚と成長」は支配勢力の攻撃と妨害によって自然に進まないので、支配勢力の側の主張を打ち破る理論と運動が必要になる。
 (3)「国民の自覚と成長」を推進するには、そのための理論と運動を担い、不屈性と先見性を発揮する党の存在が不可欠である。政治変革の必要性が国民の認識になり、革命の事業に広範な国民の支持を集め、統一戦線に国民多数の結集を進めていくことに共産党の役割がある。
 (4)民主集中制の組織原則は、多数者革命を推進するという党の役割から必然的に導かれる。民主集中制の見直しを求める意見に共通しているのは〝革命抜きの組織論〟になっていることである。革命の事業は、支配勢力による熾烈な攻撃や妨害を打ち破ってこそ前途を開くことができる。この攻撃を打ち破って社会変革を成し遂げるためには、民主集中制の組織原則はいよいよ重要性と必要性を増している。
 (5)党指導部の選出方法は民主集中制の組織原則と一体不可分である。党指導部を党員による直接投票で選ぶことになれば、候補者は自分を支持する多数派をつくるために活動することになり、必然的にポスト争いのための派閥・分派がつくられていく。党の中で誰を支持するのかという議論が行われ、対立が生じ、主張や行動がバラバラになっては国民に対する責任が果たせない。とりわけ支配勢力の攻撃を打ち破って、多数者革命を推進する日本共産党にとっては、派閥や分派をつくらないことが死活的に重要である。

 ここにはかなり思い込みの激しい(手前勝手な)理屈が並んでいる。第1は国民の自覚と成長は支配勢力の攻撃と妨害によってなかなか進まないという国民に対する根強い「愚民観」の存在、第2は共産党(だけ)が支配勢力の主張を打ち破る理論と運動を担えるという独善的な「前衛党」の意識、第3は革命の事業を推進するには党の統一と団結を支える組織原則が不可欠という「民主集中制」の絶対化、第4は党指導部を党員の直接投票で選ぶことは派閥・分派の発生につながるという「統制的思考」など、そこには驚くべき権威主義的体質が露呈している。

 少数の革命集団が武力闘争によって権力を奪取するという「戦時共産主義」の時代ならともかく、国民主体の「多数者革命」を議会制民主主義に基づいて実現しようとするのであれば、何よりも国民の自覚と成長に信頼を置き、協力協同の関係を築くことが党の基本方針でならなければならないだろう。現に政党や労働組合、学生団体が国民の政治・社会運動を指導した時代は遠く去り、いまや自らの意思と行動で政治・社会運動に関わろうとする多様な市民組織、市民運動が随所で展開されている。これらの動きを積極的に評価できず、国民の自覚と成長が支配勢力の攻撃と妨害によって自然成長では進まないと断定することは、多数者革命の可能性そのものを否定することにもなりかねない。党首公選制などを否定する根拠として「派閥・分派」の発生を持ち出すと言った議論は、党員間の民主的討論を恐れ、党員に信頼を置けない党指導部の自信の無さを示すだけだ。

 党勢拡大運動の後退の原因をもっぱら支配勢力の攻撃の所為にする「たたかいの弁証法」も、党の体質や運営の欠陥を本質的に分析できない共産党の自浄能力の欠如を示している。田村報告の「『大運動』と前大会以降の党づくりの到達点と教訓」は、党大会直前(半年分)の僅かな成果をことさらに強調しているが、そのための党大会であるにもかかわらず4年間にわたる深刻な長期後退の実態分析を避けている。また「130%の党づくり」目標を5年先に先延ばしして実現するとして、あくまでも党勢拡大運動の破綻を認めていない。以下はその要旨である。
 (1)昨年6月末の8中総で「第29回党大会成功・総選挙躍進を目指す党勢拡大・世代的継承の大運動」を呼びかけ、半年で4126人の党員を迎えた。日刊紙650人増、日曜版2456人増、電子版307人増となった。
 (2)前大会からの4年間で新たに1万6千人の党員を迎えたが、現勢は25万人(27万人から2万人減)、赤旗読者は日刊紙、日曜版、電子版遇わせて85万人(100万人から15万人減)となって、長期後退から脱していない。
 (3)第30回党大会(2年後)までに、第28回党大会現勢――27万人の党員、100万人の赤旗読者を必ず回復・突破し、第28回党大会時比「3割増」――35万人の党員、130万人の赤旗読者の実現を2028年末(5年後)までに達成する。

 志位委員長は「開会のあいさつ」で、前大会から現在までの4年間の党員死亡者数は1万9814人(2万人)だと報告した(赤旗1月16日)。この間の入党者数は1万6千人だから、2024年1月現在の党員現勢は、27万人(2020年1月現勢)-2万人(死亡者数)-1万6千人(離党者数)+1万6千人(入党者数)=25万人(2024年1月現勢)となる。つまり、この4年間に入党者数と同数の離党者数が発生し、これに死亡者数を加えると入党者数の倍以上(2.25倍)に当たる党員が消えたことになる。下部組織には連日党勢拡大運動の大号令をかけながら、その一方離党者数の規模や実態については一切「説明責任」を果たさない党指導部の責任は極めて重い。まるで「底の抜けたバケツ」か「ざる籠」のように、いくら水を注いでも水位が低下する党勢後退をいったいどのようにして止めるのか。この「長期後退=構造的衰退」の原因を本質的に解明し、党勢拡大運動に替わる運動方針を打ち出すことがなければ、共産党は生き残れない。

 結論は明白だろう。「強く大きな党」の構築が幻想に終わった今、それに替わる党づくりは「信頼と共感の党」以外にあり得ない。国民の価値観が多様化し、それにともなって政治や社会との関わり方も多様化している現在、それに対応できるソフトで開かれた体質の党づくりが求められている。そのためには「民主集中制」の組織原則の廃棄と党首公選制の実現が第一歩となる。田村新委員長がどこまで主体性を発揮し、独自性を貫けるか。志位院政の単なる「表紙」にならないよう新委員長の健闘を祈りたい。(つづく)
2024.01.16  しっかりしてくれ、共産党!!
        ――八ヶ岳山麓から(458)――

阿部治平(もと高校教師)

 
 元旦の共産党の機関紙「しんぶん赤旗」の1面に、志位和夫委員長の12月末東南アジア3ヶ国訪問記事が登場した。全5ページにわたる「東アジアの平和構築へ/東南アジア3カ国/発見と感動の9日間」(志位委員長の新春緊急報告)というものである。

 自民党の裏金問題は「しんぶん赤旗」のスクープから始まった。赤旗日曜版は、自民党安倍派の裏金問題を発掘し、これが神戸学院大学上脇博之教授の刑事告発につながった。さらに、公表された資料から政治資金報告書のでたらめさ加減を発見して報道した。このときの赤旗の報道は、他のメディアをいちじるしく抜いていた。
 東京地検特捜部は安倍派事務所・二階派事務所の強制捜査をおこない、自民党は追い詰められた。
 志位氏が先頭に立って「政治に弱い検察」の尻を叩いて巨悪を摘発せよと呼びかけるべきときが招来していたのだ。続けて「自民党政治を終わらせ、くらしに希望を」とキャンペーンを打てば、有権者の気持をさらに揺さぶることができたし、悪戦苦闘中の党勢拡大にも好ましい条件が生まれたはずである。

 にもかかわらず共産党は、昨年末9日間も志位氏を団長とし田村智子副委員長・緒方靖夫国際担当副委員長ら5人の代表団をインドネシア・ラオス・ベトナムへ送った。でも、最高幹部があえて年末に9日間も外遊するほどの緊急性が果たしてあったのかどうか、疑問に思う。
 元旦の志位委員長の「新春緊急報告」で志位氏は次のようにいう。
  
 東南アジア諸国連合(ASEAN)は、粘り強い対話の努力を続け、この地域を平和の共同体に変え、その流れを域外に広げて東アジアサミット(EAS)という枠組みを発展させ、さらに2019年の首脳会議ではASEANインド太平洋構想(AOIP)を採択し、東アジア全体を戦争の心配のない平和な地域にするための動きを発展させています。(AOIP =ASEAN Outlook on the Indo-Pacific)

 志位氏はこうしたASEANの「外交ビジョン」をさらに豊かなものにしたい、さらに日本でのたたかいに役立つ知見を得、可能な協力を探求したいという目的で訪問したとのことである。
 インドネシアではアダム・トゥギオ外務大臣特別補佐官、ハッサン・ウィラユダ元外相と会談した。そこではASEANにおける「対話の習慣」が強調された。ASEAN本部ではラオス人の事務局次長と会談した。そこでは「一方の側に立たず自主独立を貫く」、「アウトワード・ルッキング」が話題になった。
 ラオスでは人民革命党トンルン・シリット書記長・国家主席、トンファン外務副大臣と会談。不発弾問題やASEANの「平等と相互尊重の精神」が話題となった。
 ベトナムでの訪問記事が一番長い。志位氏はベトナム外交学院で講演し、共産党の「日中関係の前向きの打開のための提言」を紹介し、朝鮮半島問題の外交的解決、歴史問題の理性的解決を説いて好評を得た。
 また、労働党のグエン・フー・チョン書記長など最高幹部と意見交換をした。ここでは東アジアの平和構築のための日本共産党の「模索と探求」を率直に伝えたこと、AOIP成功のために取組むことで合意した。

 もともとAOIPは、対立渦巻くアジアを何とかしたいと、インドネシアを先頭にASEAN諸国が中国を入れた枠組みを作った結果である。2019年6月に発表されたAOIPは、内政不干渉、開放性、包摂性、国際法の尊重、競争よりも対話の重視、海洋協力・連結性強化・SDGs(持続可能な開発目標)・そのほかの経済協力の推進、EAS(東アジア首脳会議)に代表されるASEAN主導の枠組みでの協力推進を掲げた(鈴木早苗、日本国際問題研究所)

 志位氏の「報告」は、手放しでASEANを「正義」、日米を「悪」と断定するかのようだが、これはソ連・中国が「善」、アメリカは「悪」とした冷戦時代をおもわせる。じつは、AOIPにはASEAN10ヶ国のほか、ほかならぬ中国、ロシア、アメリカも加わっている。ネットで検索すればわかるが、日本政府やアメリカもAOIPの枠内で一定の外交努力をし、対話もかなりやっているのである。

 志位氏は、ASEANと違い、東アジアには「対話の習慣」がないことをあげ、その理由として、日米・日韓という軍事同盟、米軍基地が存在していること。米中の覇権争いの最前線に立たされていること、朝鮮半島の戦争状態が集結していないことをあげる。さらに日本政府は軍事同盟・軍事基地・武力の行使・威嚇の四つのイエスーー専守防衛の原則を投げ捨てた大軍拡をやっているという。
 もっともな言い分だが、これは今まで通りの主張である。ASEANを買いかぶりすぎてはいないか。少なくとも東南アジア3国訪問で得た知見ではない。
 去年の日米韓首脳会談は、あらためて3国の防衛協力を確認するものだった。オーストラリアとの連携を加えれば、東アジアに対中国の日米韓豪4ヶ国の安全保障体制が形成されたも同然だと思う。
 一方、 ASEAN諸国も対話外交だけが平和への決め手としているわけではない。ベトナムが中国と妥協しながら、他方でイスラエルと技術提携して軍備の更新をはかり、フィリピンが米軍の基地利用を認め、米・豪軍と共同演習をやっているように、それぞれ軍備の増強を図っている。ASEANも一筋縄ではいかないのだ。
 それはほかでもない、共産党がいう覇権主義の中国による軍事的圧力に対抗するためである。その中国も負けてはいない。続々と軍備を増強し、南シナ海を中心に覇権行動を強化している。

 話をもとへ戻そう。
 今回の東南アジア3国訪問を「東アジアの平和構築へ/東南アジア3カ国/発見と感動の9日間」というならば、志位氏は、日本は軍備保持と平和への外交努力とをどうバランスさせるべきか、専守防衛の自衛隊の戦力はどうあるべきかを発見し、「報告」で示さなければならなかった。だが、それはできなかった。
 結論をいえば、志位氏の「新春緊急報告」からは、政治情勢が緊迫した年末の時期に、東南アジア3国をあえて訪問しなければならない理由を見出すことはできない。中身は半年先でもよい内容だった。
 もし、昨年年末に立憲民主党や国民民主党、あるいは維新の会のトップが、既定の企画だからといって外遊したら非難にさらされたことは疑いない。志位氏らの東南アジア訪問に対してメディアからの批判が出なかったのは、共産党の政治的影響力が微小であるからである。

 社会党が消えて久しい。左翼政党は共産党一党だけになった。この党がまともな政治感覚を身に着けて党勢を挽回するのはいつのことだろうか。              (2024・01・10)
2023.12.27 前原新党」は政界再編の波に乗れるか藻屑と消えるか、2024年京都市長選挙にみる政治構造の変化(下)、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その12)
 
広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)
               
 岸田首相の「安倍派一掃人事」後、各紙の紙面には岸田政権への「ダメ出し」が目立つ。手元にある新聞スクラップ(12月分)の見出しを拾ってみても、容赦ない言葉が並ぶ。
 〇「首相火だるま、見限る自民」(朝日新聞、14日)
 〇「裏金疑惑と岸田首相、これでは国政任せられぬ」(毎日社説、同)
 〇「安倍派の4閣僚交代、小手先では不信拭えない」(毎日社説、15日)
 〇「岸田政権と政治の危機、進退かけ信頼回復を果たせ」(朝日社説、同)
 〇「岸田首相『3年目の蹉跌』」(日経新聞、18日)
 〇「『危険水域』首相焦り、裏金疑惑直撃 打開策なく」(京都新聞、同)
 〇「裏金不信 首相へ 自民へ、支持下落底なし 焦る議員」(朝日新聞、19日)
 〇「裏金解明へ本丸捜索、検察『派閥システムを摘発する』」(朝日新聞、20日)
 〇「派閥事務所を捜索、『裏金システム』の解明を」(毎日社説、20日)などなど。

 それもそのはず、各紙調査はいずれも記録的な「内閣支持率の下落」と「不支持率の上昇」を叩き出している。東京地検特捜部の捜索が始まる前の段階でこれだけ世論が沸騰するのは、安倍元首相による政治私物化(森友学園・加計学園問題、桜を見る会など)に対する国民の怒りが溜まりに溜まっているからだ。それが今回の政治資金の裏金疑惑と重なって爆発し、もはや「手の付けられない」状態になっているのである。先日も京都の口さがない連中が集まって放談会を開いたが、この騒動は「火元が焼け尽きるまで収まらないだろう」というのが皆の一致した意見だった。

 「火元が焼け尽きる」とはどういうことか。「政治とカネ」に絡まる裏金疑惑が安倍派はもとより自民党そのものの金権体質に根ざしている以上、そこへのメスが入らない限り事態は収まらないということだ。自民党自身による自浄作用が期待できないもとでは、〝政治資金透明化〟を争点とする総選挙によって政権交代を実現し、新政権の下で新しいシステムを構築する以外に方法がない。野党各党はこの1点で団結して自公政権を打倒する方策を見つけ出さなければならないし、そうしなければ国民の政治不信が頂点に達し、トランプのようなポピュリスト政治家が出てこないとも限らない。
 前稿でも言及したように、今回の世論調査の顕著な特徴は、内閣支持率と自民支持率がリンクして共に急落していることだ。各社の調査結果は実施時期によって若干の違いはあるが、1カ月前と比べて(読売新聞を除き)自民支持率が大きく低下している点ではいずれも共通している。その結果、自民支持率は時事通信と毎日新聞では1割台、日経新聞(3割)を除く各社では全て2割台に落ち込んでいる。このまま自民党が手をこまねいていると、来年1月時点ではさらなる低下を免れず、軒並み1割台に転落する可能性も否定できない。以下は、各社の12月調査の結果である(カッコ内は11月調査との差)。
 〇NHK(8~10日)29.5%(-8.2)〇産経新聞(9~10日)27.3%(-1.7)
 〇時事通信(8~11日)18.3%(-0.8)〇日経新聞(15~16日)30%(-4)
 〇読売新聞(15~17日)28%(±0)〇毎日新聞(16~17日)17%(-7)
 〇共同通信(16~17日)26.0%(-8.1)〇朝日新聞(16~17日)23%(-4)

 問題は野党支持率の低迷だ。「野党」と言えるかどうかは別にして、維新は万博費用の果てしない膨張で国民の顰蹙(ひんしゅく)を買い、かってのような勢いがなくなってきている(維新王国の大阪でもその声が次第に大きくなりつつある)。立憲民主は野党第1党でありながら、泉代表の行き当たりばったりの迷走でいっこうに人気が出ない。これをカバーするには明確な争点を掲げた「野党共闘」しかないが、政治資金透明化を軸とする〝選挙管理内閣〟でも立ち上げない限り、この難関を突破する道は見えてこないだろう。

 野党共闘不発の震源地は〝京都〟にある。前原氏が掲げる「非自民・非共産」の旗印は、京都では「(非)非自民・非共産」だと受け取られている。立憲民主党代表の泉健太氏、元立憲民主党幹事長の福山哲郎氏、前国民民主党代表代行の前原誠司氏はいずれも名だたる「非共産」の闘士であり、国政では名ばかりの野党共闘は否定しないが、京都では共産と絶対に手を組もうとしない。京都府政・京都市政の与党でいることが彼らの至上命題である以上、自民・公明と手を組む「非共産・オール与党体制」は必要不可欠の条件であり、そのためには如何なる妥協も厭わないことが行動原理になっているからである。

 そんな政治風土の中で育ってきた前原氏が、なぜいま「前原新党」を立ち上げるのか。前原氏の政治プライドはきわめて高く、「トップでいなければ我慢できない人物」と言われている。かって民進党代表に選ばれたときは、神津連合会長の采配で小池東京都知事と結託して「希望の党」を立ち上げ、自公政権に代わる「第2保守党」の樹立を目指した。それが惨めな失敗に終わって後は、国民民主党代表の座を玉木雄一郎氏に奪われ、現在まで悶々とした日々を過ごしてきたが、いつかどこかで国政政党の党首に返り咲きたいという野望を捨てることはなかった。

 その野望が、今年4月の統一地方選での維新の躍進を目の当たりにして「火が着いた」というわけだ。前原氏は、京都市議会(67議席)で第1会派の自民党(19議席)に次ぐ第2会派の維新・国民民主・地域政党「京都党」の3党による合同会派(18議席)を立ち上げ、京都市長選での候補者擁立に向けて着々と準備を整えてきた。そして11月28日には、京都党元党首の村山祥栄氏(45)を統一候補に担いて「オール与党体制」から離脱し「3極対決」に持ち込んだのである。また、自らは国民民主党代表代行および京都府連会長の要職にありながら、2日後の11月30日には「前原新党」(教育無償化を実現する会)の結成を突如表明するという行動に出た。いずれは維新との合流を予定しての旗揚げであろうが、その変幻自在の「変わり身」の速さには驚くほかない。

 これまで京都府知事選・京都市長選はすべて「非共産対共産」の2極対決だった。共産は府議会・市議会で自民に次ぐ第2会派の勢力を占め、保守陣営が確実に勝利を手にするためには立憲民主や国民民主を巻き込まなければならない手強い相手だった。しかし、共産が党勢の衰えから2021年総選挙、22年参院選、23年統一地方選で後退を重ねるに及んで「非共産対共産」の構図が崩れ、前原氏が策動するスペースが生まれたのである。これまで共産は「2極対決」の中では苦戦を強いられてきたものの、「オール与党体制」に反発する広範な批判票を獲得することができた。それが圧倒的な基礎体力の差がありながら、共産が善戦してきた背景となっている。ところが「3極対決」となると「オール与党体制」に対する批判票が分散するため、前原氏の動きは非共産陣営だけではなく、共産陣営にとっても大きな影響を与えることになる。次期京都市長選をめぐる新しい政治構図はこれまでにない変化をもたらすだろうし、それがまた中央政界に跳ね返って「前原新党」の行方にも大きな影響を与えることが予想される。

 こうした複雑な政治構図の中で、2018年知事選、2020年京都市長選に共産陣営から連続して立候補した福山和人氏(弁護士)は、次期京都市長選の立候補記者会見(9月8日)で意外な行動に出た。翌日の京都新聞は「共産色薄め 候補者主導」との見出しで、この模様を以下のように伝えている(要約)。
 ――弁護士の福山和人氏(62)が9月8日、2020年の前回選に引き続き京都市長選への挑戦を表明した。2018年の京都府知事選を含め、首長選への立候補は3度目となる。知事選、市長選では共産党推薦で戦ったが、今回は「『非共産対共産』の不毛な構図に終止符を打ちたい」と述べ、共産色を薄める狙いが垣間見える。両選挙とも接戦に持ち込めず敗北を喫し、「候補者主導」に寄り舵を切った形だ。

 ――「来るもの拒まず。幅広い政党や団体、個人から支援を呼びかけたい」。共産党関係者を含む支援者に囲まれてマイクを握った4年前の出馬会見から一転、この日の会見は福山氏一人で応じた。支援者は「候補者が先頭に立つことで、共産や一部の支援者が候補者決めているというイメージを払拭したい」と狙いを語る。背景には、前回市長選では「政策論争ではなく、京都独特の政党間対立の構図にのみこまれた」との反省がある。そこで今回は「福山個人」を徹底的に前面に出す戦略に切り替えた。支援者の一人は「共産推薦を強調すると投票しない人もいる。推薦ではない形での支援の在り方も模索してほしい」と望む。

 10月31日、福山氏の京都市長選挙確認団体である「つなぐ京都2024」が発足し、選挙戦の火蓋が切られた。福山氏は、政治は市民がつくるものだとして「無所属市民派として政党の推薦を受けずにたたかう」と表明。同時に「政党の党員や支持者の方々が市民として応援していただくことは大歓迎だし、応援していただけるものと信頼している」と述べた。これを受けて共産党渡辺府委員長は11月1日、「『つなぐ京都2024』発足と福山和人氏の会見を受けて」との声明を発表した(赤旗、11月2,3日、要約)。

 ――前回京都市長選挙以来、政党支持の違いを超えて多くの市民のみなさんが「つなぐ京都交流ひろば」に集い、市政を巡るさまざまな議論や交流を重ね、運動に取り組んでこられた。昨日の会見で、福山和人氏は「①市長は政党ではなく、市民の代表。市民が政治をつくる。②市長は全ての市民の代表である」との見地で、今回は政党推薦を受けずに無所属・市民派としてたたかうとの「京都市長選に臨む基本的立場」表明された。さらに「現市政のすべてを否定する立場ではない」としつつも、「特に問題なのは、子育ての貧困さ」と指摘し、「行財政改革」と称して強行した数々の施策の見直しを市民目線でおこなうと表明された。福山氏の掲げる政策は、日本共産党がこれまで広い市民のみなさんとともに運動に取り組み、実現をめざしてきたものと多くの点で一致する。日本共産党は、福山氏の決意と政策を支持し、表明された「基本的立場」を尊重して、今回は党としての「推薦」の機関決定を行わずに選挙戦に臨むことを決定した。
 
 ――渡辺府委員長の記者会見では、記者団から「これまでの選挙戦とどう変わるのか、後ろに引くのか」といった質問が出た。これに対して渡辺氏は、日本共産党も加わる「民主市政の会」がすでに福山氏の推薦を決定していることを挙げ、「自民党が割れるなどオール与党体制が崩壊したもとでの選挙であり、幅広い市民と力を合わせて勝利へ頑張りたい」と述べた。

 福山氏が共産の推薦を受けずに「市民派候補」「候補者主導」の立場を強調したのは、その背景に共産を取り巻く市民の目が一段と厳しくなってきていることがある。2021年総選挙では(京都1区での票欲しさに)政策協定も選挙協定も結ばないまま泉健太氏が立候補する京都3区で独自候補を降ろし、党員や支持者に泉氏への投票を呼び掛けた。結果は、泉氏は楽勝したものの「野党共闘」には見向きもせず、立憲民主の「共産離れ」を加速しただけだった。

 もう一つは、言わずと知れた志位委員長の党運営に異議を唱えた京都ゆかりの党員2人に対する除名処分の影響である。京都ではこの除名処分の強行によって多くの支持者が共産を離れ、23年統一地方選敗北の原因になったと言われている。ましてや、党派選挙ではない首長選挙においては無党派層の投票行動が勝敗を左右する以上、「共産推薦」はマイナス要因でしかない。渡辺府委員長は全力を挙げて福山氏を応援すると表明しているが、組織的に機関決定を見送ったのはそのためである。

 松井氏の選挙母体である「オール与党体制」にもひび割れが生じている。非共産陣営の主軸となる自民党の中から若手府議が出馬表明(9月7日)し、自民を離党して独自で市長選をたたかうことを表明した(10月30日)。これには数人の自民府議が行動をともにし、関係する元国会議員も離党届(11月9日)を出すなど、波紋が広がっている。影響は府議会だけではなく、元自民党市議団長を務めた重鎮の京都市議が離党届(11月17日)を出すなど、市議会にも広がってきている(京都民報、12月3日)。政党間の合従連合による「非共産対共産」の仕組みが制度疲労を見せ、両陣営ともに「市民派・市民主導」を表看板にした新しい動きが胎動しているのである。

 通常なら、従来からの「オール与党体制」をバックにした松井陣営の優勢は動かない。しかし、今回の京都市長選が注目されるのは、中央政界での自民党派閥の裏金疑惑の広がりが岸田政権を直撃し、野党各党の行動如何では政界再編につながる事態に発展することも十分に予想されるからである。このとき「与野党相乗り」の松井陣営はまた裂き状態に陥り、とりわけ立憲民主党が批判の矢面に曝されることは間違いない。立憲民主代表の泉健太氏をはじめ府連会長の福山哲郎氏など党幹部は、いったい如何なる口実でこの事態を切り抜けようとするのであろうか。

 「オール与党体制」が崩壊し立憲民主に批判が集まると、「前原新党」の前途は開けるであろうか。これは維新がどのような立ち位置を取るかで決まるが、「維新の喉に刺さった骨」といわれる万博費用の膨張が維新の「命取り」になる可能性も否定できない。政府は19日、2025年大阪・関西万博関連の全体費用を公表したが、万博に直接かかる費用は国費だけで1647億円。これに会場整備以外の「会場周辺のインフラ整備」810億円と「会場へのアクセス向上」7580億円を加えると、国費は計8390億円に膨張することがわかった(毎日新聞、12月20日)。また、16,17日実施の毎日世論調査では、「大阪・関西万博の入場チケットの販売が始まりました。チケットを購入したいと思いますか」との質問に対して、「購入したいと思う」10%、「購入したいと思わない」79%だった。維新支持層も7割強が「購入したいと思わない」と回答している。

 おそらく日が経つにつれて、万博費用の底抜けの膨張は大阪府政・大阪市政の財政を苦しめる元凶となり、「身を切る改革」の維新の喉元を脅かす存在になっていくだろう。急成長した政党は没落も早い。すでに維新支持率はピークを過ぎて下降傾向を示しており、「大阪万博とともに去りぬ」といったことにもなりかねない。各社の12月世論調査における立憲支持率と維新支持率の数字を前月比で示そう。カッコ内数字は11月調査との差である。
 〇NHK、立憲7.4%(+2.7)、維新4.0%(±0)
 〇産経新聞、立憲7.6%(+1.3)、維新7.9%(+1.3)
 〇時事通信、立憲4.4%(+1.7)、維新3.2%(-1.4)
 〇日経新聞、立憲8.0%、 維新8.0%(ー1.3%)
    〇読売新聞、立件5%(±0)、維新5%(-2)
   〇毎日新聞、立憲14%(+5)、維新13%(-1)
 〇共同通信、立憲9.3%(±0)、維新12.0%(+2.7)
 〇朝日新聞、立憲5%(±0)、維新4%(-1)

 最後に、京都市長選における福山和人氏の基本的立場と共産の多数者革命論の関係を見よう。これまで京都では「非共産対共産」の政治構図の中で共産の立場は比較的明確だった。「どんな困難にも負けない不屈性、科学の力で先ざきを明らかにする先見性を発揮して、国民の自覚と成長を推進し、支配勢力の妨害や抵抗とたたかい、革命の事業に多数者を結集する」(赤旗、12月10日、「志位委員長大いに語る」、若者ミーティング)というものである。しかし、福山氏は、政治は市民がつくるものだとして「無所属市民派として政党の推薦を受けずにたたかう」と表明し、「政党の党員や支持者の方々が市民として応援していただく」と言明している。このとき、政党と市民はいったいどのような位置関係に立つのだろうか。市民に「民主集中制」を押し付けることはできない以上、党員が「市民」として行動するのであれば、多様な議論の存在を容認し、意見の一致点を粘り強く追求する以外に方法がない。京都市長選は、共産党の「民主集中制」の存在意義を問うものとなり、やがてはそれを克服していく第一歩となるだろう。(つづく)

 みなさま、今年も押し詰まりました。良いお年をお迎えください。広原 拝