2018.05.21  護憲、わが悩み知りたもう?
  ――八ヶ岳山麓から(258)――

阿部治平(もと高校教師)

カラマツ林の中で一人暮しをしているから、たまには人さまの意見を聞かなければなるまいと思って、憲法9条擁護の集会に出た。憲法の学習会、座談会にも出た。村の人とも話合った。ここ1、2週間の間の経験を順不同で書く。

どの話し合いでも、次のような「正論」が開陳された。
自衛隊の憲法違反は明白だ。9条に自衛隊を明記すれば安保法制があるから海外での武力行使にみちをひらく。安倍政権下であろうがなかろうが憲法改悪はゆるさない。安保法制を廃止すべきだ。さらには9条があったから自衛隊で戦死した人はいない。――みんなごもっともとだ思ったが、日米安保廃棄論は出なかった。
聞いているうちに私は不安になった。確信的改憲の人の人はもちろん、「9条の会」を共産党と混同している人や、迷っている人を説得するには足らないのではないか。議論は、護憲派の仲間内で共感しあっているだけだ、これでは敗北すると思ったのである。

安倍晋三氏は、「多くの憲法学者が自衛隊は憲法違反だというが、このまま日陰者にしていてよいか」という論理で改憲を説得する。これに対しては、我々もまた9条を維持するとき、自衛隊をどのような存在にするのか、このままでいくのがよいのか、これを明らかにしなければならない。森友・加計問題で安倍内閣を打倒せよというのはいいけれども、その後何が来るのかいわないのでは無責任だ。それと同じことのように思う。

我家近くの農家で元自衛隊員の人は、「尖閣周辺海域、空域には中国の艦船や戦闘機がしょっちゅう入ってくる。これを(海上保安庁というより)自衛隊が守っている。そうしなかったら今頃尖閣は、中国が実効支配している」
だから自衛権を憲法に書き込まなければならないといった。
教え子に防衛関係の仕事に就いているものもおり、潜水艦に乗った経験があるのもいる。彼らはアメリカの戦争で死ぬのは嫌だというが、国を守っているという誇りをもっている。かれらも9条改定を主張する。
私自身は、日頃護憲のために力を尽くしているとはいえないから気が引ける。そのうえ、もともと日米安保と地位協定の破棄、非同盟、武装中立という考えなので、座談会で発言の順番が回って来たとき、かなりためらったが思い切っていってみた。
9条を改正して個別的自衛権を保持し、集団的自衛権を厳密に排除するような表現に変えるのはどうか。いいかえれば、自衛隊はアメリカの戦争に加担することなく、また他の理由でも海外派兵をすることなく、長距離ミサイルや空母をもたず、専守防衛に徹する存在とする――「独りよがりの思いつきだから、どうか批判をしてほしい」といったところ、私と同じような意見の人が一人だけいた。

反論は、「自衛隊だけが仕事に誇りをもっているのではない。たとえば市役所の職員だって誇りをもっている。頑固な改憲派は25%いる、これに対する護憲派も25%いる。頑固派を説得する必要はない。中間の人を説得するのに、個別的自衛権に限定した改憲案を出す意味はない」というものだった。
そうかもしれない。しかし頑固な改憲派を論破できなければ、中間の人、わからないという人を説得することはできないと思う。

時事通信の2月の世論調査では、憲法9条の「2項を維持した上で、自衛隊の存在を明記すべきだ」という安倍晋三流が35.2%で、「9条を改正する必要はない」が28.1%、「2項を削除し、自衛隊の目的・性格をより明確化すべし」が24.6%だったという。
毎日新聞の3月の調査では、「憲法9条の1項と2項はそのままにして自衛隊に関する条項を追加する」が38%で、「憲法9条の2項を削除して自衛隊を戦力と位置付ける」の12%を上回った。「自衛隊を憲法に明記する必要はない」は18%、「わからない」は19%。
共同通信4月の調査では、9条改正は必要ない46%、必要44%であった。安倍晋三首相の下での改憲に61%が反対し、賛成は38%だった。
最近の読売新聞の世論調査だと、憲法改正賛成51%、自衛隊合憲76%である。内閣府の3月の調査では、自衛隊への好感度90%強である。
各機関の調査は質問の仕方がまちまち、項目も統一しているわけではないから、大体のことしかわからないが、このままでは勝敗の行方はわからない。繰返しになるが、この状況を護憲派が変えようとするなら、9条下での自衛隊の位置づけを明確にすることだと思う。

どの座談会でも、朝鮮半島が平和の方向に向きつつあることは、みなさん同じ楽観的な見方のようだった。私は米朝会談の結果次第だと思っている。米大統領はトランプという明日何を言い出すかわからない人なので、そう楽観的ではない。米朝会談の成功度が低ければ情勢は逆戻り、緊張は高まる危険がある。そのとき、世論は改憲支持にむかうだろう。
また、日中関係はいま緊張緩和傾向だが、これは一時的なものである。習近平氏への嫌気が高まったり、政府への不満が暴動化したりして国内情勢が揺れ動くようだと、中国政府は関心を外にそらすために、台湾統一ないしは反日ナショナリズムを煽り、軍事的プレゼンスをいま以上に強化する。そうすると、安倍晋三流の改憲派は、あのJアラートのように、大いにこれを利用するはずだ。護憲運動の敗北は目に見えている。
日本の護憲派は朝鮮情勢や中国の外交攻勢に影響力を行使することはできない。それはそうだとしても、東アジア情勢の変化に対応する理論と方法を考えておかなくてはならない。
こういうことを本気で議論してほしかったが、座談会はいつも時間切れだった。残念だった。
2018.05.17  安倍内閣支持率膠着の背景を分析する、究極の内政失敗を外交政策でカバーすることはできない

広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

 共同通信社が5月12、13の両日に実施した全国世論調査では、安倍内閣の不支持率は50・3%(前回から-2・3ポイント)と高いものの、支持率は38・9%(同+1・9ポイント)に踏みとどまり、依然として40%前後の支持率を維持していることが判明した。底なしのモリカケ疑惑や麻生セクハラ擁護発言など、安倍政権下でこれだけの不祥事が続出しているというのになぜ支持率が下がらないのか、誰もが不思議に思うだろう。

 私の地元の京都新聞は5月14日、共同通信調査との関連で「全国世論調査、支持率膠着 耐える首相、外交が下支え 新党低迷」という長文の解説記事を掲載した。見出しからもわかるように、安倍内閣支持率が40%を挟んで膠着状態にあるのは、(1)外交成果へのアピールが功を奏して下支えしていること、(2)新党「国民民主党」の旗揚げにもかかわらず期待が集まらず、野党の支持率がいっこうに上らないこと、がその背景にあるからだと分析している。事実、自民党支持率は37・1%で立民13・3%や共産4・5%を大きく離しており、新党の国民民主党に至っては1・1%と泡沫政党並みの支持率でしかない。

 公明党山口代表も安倍外交への好評価が支持率下落を防いだと分析しており、約2年半ぶりになる5月9日の日中韓首脳会議が安倍首相の議長の下に開催されたことが評価され、これからも今月下旬のロシア訪問、6月上旬のG7サミットへの参加など、重要な外交日程がめじろ押しに並んでいることを支持率維持の理由に挙げている。外交成果がどれほど上がったかと言うよりも、各国首脳と肩を並べて連日テレビで放映されることが、どれほど支持率の下支えになっているかを熟知しているからだ。

 だが、ひとたび内政に関する調査項目に目を移すと、「加計学園獣医学部新設への首相の関与を否定する柳瀬氏の説明に納得できない」75・5%、「政府の獣医学部認可手続きは適切だったと思わない」69・9%、「働き方改革法案を今の国会で成立させる必要はない」68・4%、「財務省前次官のセクハラ問題に関して麻生氏は辞任すべきだ」49・1%、「安倍首相の下での憲法改正に反対」57・6%など、安倍政権が推進する全ての重要政策は国民から総スカンを喰い、「ノー」を突き付けられていることが明らかだ。

 にもかかわらず、安倍首相がかくも強気姿勢で国会運営に臨んでいるのは、依然として内政の失敗を外交政策でカバーできると考えているからに違いない。なかでもその焦点になっているのが米朝首脳会談であり、関連して日本の懸案である拉致問題解決の糸口が見つかれば、支持率は一挙に回復できると踏んでいるからだろう。今回の世論調査でも、「トランプ米大統領と金北朝鮮委員長の米朝首脳会談に期待する」が58・0%に達しているのは、国民世論がそこに一縷の望みを託しているからにほかならない。

 だが結論から言えば、交渉相手のある外交政策で実のある成果を挙げることが極めて困難である以上、内政の失敗を外交政策でカバーすることは難しいと思う。安倍首相が米朝首脳会談に期待をかけ、「一発逆転」を狙う政治背景や意図は分からないでもないが、「蚊帳の外」に置かれてきた日本がいったいどのような手立てで米朝首脳会談に便乗するのか、その戦略がいっこうに見えてこないからだ。

 先日もフジテレビのトーク番組に生出演した安倍首相は、日朝首脳会談は拉致問題の解決に結びつかない限り開いても意味がないし、その場合の拉致問題の解決とは「拉致被害者の全員帰国」だと断言した。言い換えれば、この条件に見合うことがなければ「首脳会談はやらない」との強硬姿勢の表明であり、この姿勢は「森友疑惑に自分や妻が関与していれば、総理も国会議員も辞める」と断言したときの状況とよく似ている。トップが退路を断って戦場に臨めば、作戦が硬直化して変更が難しくなるし、部下の多くは討死する以外に逃げ道が無くなるにもかかわらずだ(森友問題ではすでに佐川氏が討死している)。

 安倍首相のこのような圧力一辺倒の強硬姿勢は、おそらく日本会議など国内極右勢力の主張を反映してのものであろうが、すでに北朝鮮からは「日本は1億年経っても北朝鮮の土を踏むことができない」とか、核実験場の廃棄に際しては日本のメディアを外すとか、さまざまな拒否反応が出てきている。これまで事あるごとに北朝鮮の脅威を吹聴し、それを100パーセント利用して自らの政治基盤の強化につなげてきた安倍首相が、今度ばかりは「振り上げた拳を降ろせなくなる」事態に追い込まれたのである。

 アメリカのトランプ大統領側からは、「米朝首脳会談の成功間違いなし」との威勢のいいメッセージが連日聞こえてくる。拘留されていた韓国系アメリカ人3人の帰国交渉に成功したこともそのあらわれであろうし、ひょっとするとその先にはもっと大きな「サプライズ」が用意されているかもしれない。

だが、16日朝のAFP=時事通信が伝えるところによると、北朝鮮は米韓合同軍事演習を理由に、同日予定されていた南北高官級会談を中止したという。北朝鮮国営の朝鮮中央通信(KCNA)は、米韓空軍の合同演習は北朝鮮の侵攻を想定したもので、南北関係が改善しようとする中での挑発行為だと非難した。そして、米国は「この挑発的な軍事騒動を踏まえ、予定されている朝米首脳会談の運命について熟慮しなければならないだろう」と警告し、予定されている北朝鮮の金正恩委員長とトランプ米大統領との首脳会談を中止する可能性があると警告した。ただ米政府は引き続き、来月12日にシンガポールで予定されている首脳会談に向けた準備を継続する方針であり、ヘザー国務省報道官は記者団に対し、北朝鮮から政策転換の「通知はない」と述べている。

情勢はまさに予断を許さない状況で変化している。「薄氷を踏む」と言っても過言ではないほどの緊張関係にある世界情勢の下で、アメリカ頼みの米朝交渉ひいては日朝交渉に期待をかけることの危険さは安倍首相ならずともわかるはずだ。それでも内政の失敗には顧みることなく、ただひたすら外交政策に窮地脱出の望みを託すのは、安倍政権がもはや国内政治の統治能力を完全に失っていることの裏返しでもある。

米朝首脳会談がたとえ成功したとしても日朝首脳会談が早々に実現するとは思えない。また、実現したとしても日朝の交渉過程は長期にわたる困難な道程になるだろう。内政の失敗を外交政策でカバーすることはできない。日々解決を迫られる内政問題は喫緊の課題であり、長期にわたる外交政策は戦略的課題なのである。
2018.05.14 愛媛・今治(頭)隠して加計(尻)隠さず、柳瀬前総理秘書官の参考人答弁を聞いて思うこと

広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

昨日5月10日、全国注視の的の柳瀬前総理秘書官国会答弁をテレビ中継で見た。午前は衆院、午後は参院での国会参考人としての答弁だ。短い時間での応答だったが、柳瀬氏の言う「個別案件への答弁」ではなく、「(疑惑の)全体像」を浮かび上がらせる貴重な場となった。以下、柳瀬氏の答弁要旨とその感想を記そう。
 
(1)「加計学園の事務局の方から面会の申し入れがあり、(2015年)4月2日だったと思うが面会した」と、柳瀬氏は加計学園関係者との面会を最初からあっさりと認めた。そればかりではない。2月から6月ごろにかけて加計学園関係者と首相官邸で3回も会ったことを認めた。疑惑の核心である加計学園との面会を認める「正面突破作戦=お尻丸出し」の答弁だ。

(2)一方、愛媛県や今治市職員との面会については、これまで「お会いした記憶はございません」とひた隠しをしてきたが、今回もまた「(手元に)名刺はない」「10人近くの同席者の中に愛媛県や今治市の方たちがいらっしゃったのかもしれない」と言葉を濁した。加計学園との関係を隠すために、その糸口になる愛媛・今治との面会をひたすら「頭隠し」してきたので、いまさら答弁を覆すことができなかったのだろう。

(3)その上で、「なぜもっと(加計学園との面会について)早く答弁しなかったのか」と問われると、「ご質問いただいたことに一つ一つお答えしてきた結果、全体像が見えなくなり、国民の皆様に大変分かりづらくなった」「国会審議に大変なご迷惑をおかけし誠に申し訳ない」と訳の分からない謝罪をした。安倍首相の疑惑を隠すためには、「全体像を明らかにするわけにはいかなかった」と素直に言えばよかったのだ。

(4)愛媛県職員が作成した文書に柳瀬氏が「首相案件」との発言をしたとの記述があることについては、事実そのものを否定することは難しいと考えたのか、そのことの意味は、安倍首相が国家戦略特区の推進に熱意を示していたことを踏まえての一般的な趣旨説明にすぎず、今治市などの特定プロジェクトに関するものではないとかわした。苦しい言い訳だった。

(5)加計学園関係者との面会が「特別扱いではないか」との追及に対しては、「政府の外の方からのアポイントには時間が許す限り会うよう心がけていた。秘書官時代に断ったことはない」と、多忙極める総理秘書官が誰にでも気軽に会って話を聞くような(あり得ない)答弁を繰り返した。総理秘書官が誰と会ったかを示す「官邸入廷記録がなぜないのかは知らない」「自分も側近スタッフもメモを取っていない」とガードを張った上の強弁だった。そのくせ「国家戦略特区の関係で会った民間の方は加計学園だけ」と認めたのは、語るに落ちるというものだろう。

(6)最大のポイントである加計学園関係者との面会についての安倍首相への報告に関しては、安倍首相と加計学園理事長が「友人関係とは認識していた」としながらも、面会の事実について一切報告していなかったと何度質問されても首相の関与は認めなかった。野党議員からは「ありえない」「首相秘書官失格だ」などと厳しいヤジを浴びながらの苦し紛れの答弁だった。

 柳瀬氏の一連の答弁を聞いていて一番印象に残った場面は、柳瀬氏が「記憶を調整して国会答弁に臨んでいる」との報道記事に関する感想を聞かれたときのことだ。柳瀬氏は、色をなして「そんなことはしていない」と反論し、「自分は一貫して同じことを述べてきた」と主張した。政府与党が念入りに調整して柳瀬氏の参考人招致に臨んだことは周知の事実であるにもかかわらず、柳瀬氏がなぜかくもこのことに強く反応したのか。

それは、「記憶にございません」という虚構答弁の本質を「記憶を調整する」という報道記事が余すところなく暴いていたからだ。証人喚問や参考人招致で常套手段となっている「記憶にございません」のフレーズは、もはや国民の誰もが虚構答弁の方便だと知っている。それでも答弁する本人は、あくまでも白を切り通すことで自己主張の一貫性を維持していると思うことができる。しかし今回は、その自己主張の元になる「記憶を調整」しなければならない究極の事態に追い込まれたのである。

あの記事が報道されて以来、柳瀬氏に対しては「記憶が戻ってきたか」「記憶を取り戻せたか」「どんな記憶を思い出してどんな記憶を忘れたか」などなど、揶揄の対象にされることが多くなった。このことは官僚の端くれとしても我慢がならなかったのであろう。そこを衝かれたので柳瀬氏はいきり立ったのだ。それにしても、柳瀬氏の記憶を調整して加計学園との面会を認めるという正面突破作戦はどんな政局判断から打ち出されたのだろうか。

ひとつは、もはや柳瀬氏がウソをついていることが愛媛県職員の面会録で白日の下にさらされ、虚構答弁の一貫性を維持できなくなったこと。もうひとつは、柳瀬氏が記憶を調整しなければ国会運営が暗礁に乗り上げ、働き方改革法案をはじめ重要法案の審議が捗らなくなったからだ。いわば財務省の佐川氏と同じく、経産省の柳瀬氏も「トカゲの尻尾切り」よろしく切り捨て、「トカゲの本体」である安倍首相を守り切って次の政局への転換を図るという苦肉の策が講じられたのだろう。

だが、最大の難関は「加計学園との面会を首相に一度も報告しなかった」という柳瀬氏の主張(記憶)が果たして国民に通じるかと言うことだ。すでに、愛媛県知事からは「なぜ正直に言わないのか」との反論が出てきているし、与党内部や政府部局からも「秘書官が首相に全く報告をしないとは考えにくい。国民が納得できるとは到底思えない」と批判が起こっている。再び柳瀬氏が記憶を調整する日が来るかもしれない。しかしその時は、安倍政権が崩壊する日であり、安倍首相が「記憶と共に去る日」なのである。
2018.05.10  No Pasaran(ノー・パサラン)! 奴らを通すな!
   韓国通信NO556

小原 紘 (個人新聞「韓国通信」発行人)

スペイン内戦(1936年7月~39年3月)でフランコ軍と戦った人民戦線政府のスローガンNo Pasaran。 40年くらい前、この言葉を口にした記憶がある。チリのアジェンデ政権をクーデターで倒したピノチエット政権に危機感を募らせた時だったような気がする。

5月3日、我孫子の駅前で「アベ政治を許さない」のプラカードを掲げていたら、多くの人から前文部次官前川喜平さんの講演会場の場所を尋ねられた。前川さん本人もプラカードに気づいて会釈をして通りすぎて行った。
「前川さん、講演料はとらないそうですよ。立派ですねェ」と、一緒にプラカードを掲げた相棒が言うので、「僕たちだって金を貰わずにこうして立っているのだから、別に偉いとは思わないけど」と冷たく突き放した。講演が始まる直前に会場にでかけ、入場を申し込んだが「定員オーバー」と断られた。仕方なく駅前に戻り、相棒と「いくら講演を聴いても、行動がともなわなければダメだ」などとグチをこぼしあった。この日は憲法記念日なので特別に2時間、終わってから近くのスポーツクラブに立ち寄った。

「大型連休なのにスポーツクラブしか来るところはないのか」と顔見知りを冷やかしたら、「お互いさま」と言われてしまった。参加した「ZUMBA(ズンバ)」はラテン音楽中心の自由ダンスで、インストラクターを見ながら腰を動かしたり、絶叫したり。50分で12曲ぐらい、水分を補給する時間以外は踊りっぱなしなので汗も結構出るし、ストレス解消になる。週に2回、始めてからもう8年になる。踊った曲に「No Pasaran 」があった。自由を求める民衆の歌だ。インストラクターがせめて「ファシズムはダメ。自由がいい」くらいの説明をしてくれたら最高の憲法記念日になったはずだ。

<「理想主義」を笑うな>
 駅前でプラカードを掲げていると、そこにある銅板レリーフの白樺派の文人たちに励まされている気持ちになる。「理想主義」「人道主義」は私のような貧乏人には、青春のある時期を除いて無縁であり続けた。我孫子に住むようになって彼らの存在が気になり始め、小説を読み直したり、柳宗悦の民藝運動にも関心を持つようになった。
なかでも小林多喜二と志賀直哉の交流、「種まく人」のプロレタリアート作家金子洋文と武者小路実篤の交流から白樺派の「理想主義」「人道主義」がプロレタリア作家にとても近い存在だったことに気づいた。彼らが生きていたら、「どぶ」のように汚れ、放射能に汚染された手賀沼を何と言うだろうか。明治時代のような「富国強兵」を叫ぶ政治家たちが「美しい日本」を主張する政治状況、物が溢れていても幸福感の薄い社会を彼らは何と思うのだろうか。

「理想的な生き方とは? 理想的な社会とは?」。駅頭に立つ短い時間、いつもそのことを考える。
「森友」「加計」問題、公文書の「改ざん」、セクハラ問題が続き、「アウト」と思っていた安倍政権は根強い3割の支持で粘り腰を見せている。3割支持のトランプ大統領とそっくりだ。北朝鮮との戦争まで匂わせたトランプと一体感を印象付けた安倍首相だが、米朝首脳会談が実現しそうになって梯子を外された。望みの綱は米朝会議の「不調」だが、会議の場所の設定にまで話が進むに至って、突如、金正恩委員長との会談を言いだした。バスに乗り遅れたくない焦りだろうか、これまで、拉致問題だけにこだわり続けてきた政府の方針転換である。文在寅大統領を介して日朝会談の可能性が伝えられると、晴天の霹靂、安倍首相が「平壌宣言」(2002)を持ち出したことに耳を疑った。

<「平壌宣言」で墓穴を掘る?>
小泉元首相の随行員として平壌に出かけた安倍晋三官房副長官(当時)は、拉致問題を理由に、平壌宣言の実行どころか北朝鮮敵視を15年間も続け、政治家として成功を収め首相にまでなった。この宣言は当時、日本でもまた韓国でも驚きをもって迎えられた画期的な内容だった。
今でも「宣言」は有効と安倍首相は主張するが、彼が内容を理解しているのか疑問に思える。改めて「宣言」を読み直した。

前文で「日朝間の不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、実りある政治、経済、文化的関係を樹立」を謳い―
1項で「信頼関係に基づく早期の国交正常化交渉」の再開と決意を表明。
2項で日本は、「過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明、無償資金、長期借款の供与と人道支援を約束」。国家賠償でなく「資金援助・協力」という点は日韓条約と同じだが、植民地統治時代の反省とお詫びは日韓条約にはない。安倍首相の口が裂けても出てこない歴史認識だ。さらに「在日朝鮮人の地位問題、文化財の問題の解決」が盛り込まれた。
3項は拉致問題に関わるもの。「日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題については、朝鮮民主主義人民共和国側は、日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾な問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとること」を確認。拉致問題は先延ばしされたが、正常化後、拉致の真相と実態が解明されることが期待された。事実、正常化交渉前に一部の人が帰国を果たした。
4項では「朝鮮半島の核問題の包括的な解決のため、関連するすべての国際的合意を遵守」と「核問題及びミサイル問題を含む安全保障上の諸問題に関し、関係諸国間の対話を促進する」必要性と「ミサイル発射のモラトリアム延長」を表明。
 
 全文が外務省のホームページに掲載されているので一読をお勧めしたい。「平壌宣言」を意図的に無視し続けため、今日の深刻な日朝間の緊張関係と核問題が生まれたのは明かだ。その責任はひとえに安倍首相にある。「拉致の解決抜きに国交正常化はない」と、目的と前提を逆転させ、拉致被害者家族と日本国民と北朝鮮を騙し続けてきた。
 ここにきて「平壌宣言」を持ち出した唐突さに驚くが、遅きに失したとしても原点に戻って国交正常化するとなら歓迎すべきことかも知れない。
しかし、「北朝鮮憎し」で固まってきた安倍首相と側近たちが対北朝鮮政策を180度転換するのは考え難い。日本だけが乗り遅れそうになって慌てて「平壌宣言」を引っ張り出した首相のなりふり構わない自己正当化ぶりがまたもや明らかになった。北朝鮮の「脅威」をひたすら煽り続けた「失われた15年」。 国民を騙し続けた安倍首相は速やかに退場すべきだ。No Pasaran!
2018.05.09  映画『ウィンストン・チャーチル』から安倍政権を考える
  対米隷属の根底にあるもの

小川 洋(大学非常勤教師)

 映画『ウィンストン・チャーチル』を見た。原題は“Darkest Hour”である。1940年5月10日の首相就任から6月4日の下院での、ナチスドイツに対する徹底抗戦の意思を表明するまでの約一カ月のチャーチルを描いている。チャーチル内閣には前首相のチェンバレンが加わり、外務大臣のハリファックスは対ナチス宥和派である。国王ジョージ5世からの信頼も薄く、政治基盤に不安を抱えての内閣発足であった。
 しかも5月10日には、ドイツ軍がオランダとベルギーに侵攻し、6日後にはフランス首相から「フランス軍は敗北した」という報告をチャーチルは受ける。連合国軍の約35万の兵士はダンケルクに追い込まれて身動きができない状況に置かれた。さすがのチャーチルも弱気の虫にとりつかれ、イタリアの仲介による講和の可能性を探る。しかし彼は最終決断の直前、地下鉄で乗り合わせた庶民の声を聴く。そしてイギリスを守る決断をする。映画は、この濃密な時間を丁寧に描いている。

 この間、繰り返される演説(この映画では、口述を秘書がタイプして清書する場面も含めて演説の場面が多くある)のなかで、クライマックスは下院での演説の予行ともなった議会ロビーでの非公式の演説である(映画はこの場面で終わる)。しかし私にとって最も印象的な演説は、宥和策を否定する理由をあげた以下の個所であった。
「対独講和をした場合、一部の者は豊かになるかもしれない。しかし我が国土の至るところにハーケンクロイツがはためき、その下で、多くのイギリス国民は貧しい暮らしを余儀なくされるだろう」

 この個所で、日本の自称「愛国者」たちが政権批判をする者に対し、「反日分子」呼ばわりし、しばしば日の丸とともに星条旗を打ち振る姿の意味するものに思い当たったのである。なるほど、彼らは「星条旗のお蔭で自分たちは豊かな生活を享受している」と考えているのだ。そうでなければ、「愛国者」が何の衒いもなく、外国の国旗を振り回せるはずがないではないか。

 1945年8月、時の日本政府は徹底抗戦をせずに降伏を選んだ。軍部を除いて旧支配層のほとんどは無傷で残った。それどころか東西冷戦が深刻化するにつれて、中国大陸情報に詳しいA級戦犯容疑者さえもが政治家として復活した。彼らにとって、星条旗の下で再び権力と富を追求できる条件を得たのである。イギリスではチャーチルによって、その芽を摘まれたような勢力が、皮肉なことに敗戦国である戦後の日本に出現したのだ。

 さらに「ハーケンクロイツの下で貧しい生活を強いられるイギリス国民」と違って、戦後の日本は、朝鮮戦争とベトナム戦争とアメリカの中国封じ込め策という特殊な国際環境のもとで、ドイツと並ぶ「戦後の奇跡」と呼ばれる経済成長を遂げた。国民の多くは星条旗(アメリカ文化)のもとで、豊かな生活を享受することになったのである。しかし、それはあくまでも東西冷戦とアジアでの熱戦という、アメリカの世界戦略のおこぼれに与るという位置に日本があったということである。しかし、東西冷戦と局地的な戦争という環境が失われた90年代以降も、保守政治家たちと官僚機構は、アメリカへの隷従以外の選択肢を考えられないまま、ここまで来てしまった。

現政権の中枢の人々は、その必要性も怪しいアメリカ軍の基地建設のために沖縄のサンゴの海に土砂を投入するなど、アメリカへの隷従によって国土をどれほど棄損しようと、気に留める風もない。そもそも2002年段階で、在日米軍の駐留経費の75%を日本政府が負担し、経済的にはアメリカ軍は日本の傭兵に成り下がっている。しかしそのアメリカ兵やアメリカ軍用機が国民の安全を脅かしている状態も放置している。そのことに主権国家の政権担当者として恥じる気持ちもみとめられない。

一昨年末、安倍首相は大統領選に勝ったばかりのトランプの私邸を訪れてゴルフクラブをプレゼントした。その姿を見て筆者が感じたのは、ただ「恥ずかしさ」だった。まるで雑踏のなかで母親を見失い、動転し泣き叫んだ末に、母親に再会し、固く手を握って安堵の様子を見せる子どものような、といえば良いか。子どもなら「微笑ましい」で済むが、いい歳をした大人の見せる姿ではない。
当時、世界の指導者たちは、思わぬ選挙結果に戸惑い、イスラム圏に対する排外主義的な言動など、国際社会に背を向ける姿勢を示し続けてきた候補者が当選し、この人物とどのような距離をとればよいか慎重に計算している最中だった。しかし、他国の首脳に先駆けて挨拶に行ったことを、「さすが外交の安倍」と褒める論調がテレビや新聞にあった。まともな知性をもつ者であれば、到底、口にできないような言辞が、今日の日本では電波や活字として流されているのである。今の日本に必要なことは、アメリカが後退していく東アジアで、どのような立ち位置を選択するかの議論であるはずだ。しかし、政権の頭からマスメディアまで、今後の日本の針路を構想できる状態でないことだけは確かだ。

しかしつい先日、朝鮮半島の南北首脳が38°線上で会談をもち、朝鮮戦争を完全に終結させることが確認された。アメリカが極東で軍事的なプレゼンスを続ける理由は消滅していく。ソビエト連邦の崩壊やベルリンの壁の崩壊など、第二次大戦後の国際秩序の大きな変動過程を思い起こせば、いったん始まった政治的モメンタムは、勢いを増すことはあっても、停滞することは考えにくい。この事態に際し、「北朝鮮に対して対話は成り立たない。圧力を強める以外の選択肢はない」と言っていた我が国の首相は、日朝国交正常化を言い出した。「錯乱」という言葉以外の語を思いつかない。

 さて天皇とアメリカの関係である。昭和天皇が講和後のアメリカ軍の駐留継続と沖縄の半永久的なアメリカへの提供に積極的に動いたことは、アメリカで公開された史料などに基づく豊下楢彦らの研究から明らかにされている。昭和天皇は、共産主義の影に怯え、共産主義革命によって自分の代で皇統が絶えるよりは、アメリカの庇護のもとで皇統が続くことを選んだと推測される。アメリカにとっても占領を容易にするうえで、天皇を利用することは初期の段階から基本方針とされていたから、天皇の姿勢は歓迎すべきものだった。

明仁陛下は皇太子時代から繰り返し沖縄の戦跡や慰霊碑を訪問し、さらには太平洋戦争において民間人も多く犠牲になった南太平洋の島々にも慰霊の旅に出られてきた。立場上、その意図するところを積極的に説明することは避けられているが、昭和天皇の果たすべきだった課題に取り組んでこられたものと推察される。そして、美智子皇后ともども、現憲法の遵守の姿勢を繰り返し強調されているのは、戦後の天皇の地位が現憲法と抱き合わせのものとして創出され、憲法の変更はどの個所であれ、天皇の地位を動揺させる可能性があることを危惧されているからだろう。現在、「星条旗のもとで権力と富を手に入れた」者たちが、無分別にも憲法に手を加えようとしている。今上天皇と現政権の間の緊張関係が顕現しつつある理由である。

 なお本稿執筆の直前、白井聡の新著『国体論―菊と星条旗』を読んだ。第2次安倍政権の対米隷属姿勢について「国体」という概念を使い、戦前と戦後の国体の変遷パターンの類似性を指摘しながら、現政権の歴史的位置を的確に分析している。本稿が白井氏の著書からの間接的な示唆を受けたものであることも付け加えたい。
2018.05.04  「安倍内閣を倒せ、9条を絶対に守ろう」
  東京で憲法施行71年を記念する大集会

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 日本国憲法施行71年にあたる5月3日(祝日)、東京・江東区有明の東京臨海広域防災公園で、「9条改憲NO!平和といのちと人権を―5・3憲法集会」が開かれた。主催者発表で6万人が集まったが、森友学園にからむ公文書改ざん問題、加計学園獣医学新設問題、自衛隊の「日報」隠し問題などがいずれも未解決なのに、安倍首相が9条改憲に強い意欲を示していることから、会場では、「安倍内閣打倒」「9条改憲を絶対に許さない」の声が噴出した。

 集会を主催したのは「5・3憲法集会実行委員会」。実行委を構成するのは、戦争をさせない1000人委員会、憲法9条を壊すな!実行委員会、戦争する国づくりストップ!憲法をまもり・いかす共同センター、九条の会などで、いわば、護憲を目指すほとんど全ての潮流による統一集会となった。
 昨年も5月3日に同じ会場でやはり統一集会の「5・3憲法集会」が開かれたが、参加者は5万5000人で、今年はそれを上回った。2018憲法大集会01
                  「会場を埋めた参加者」
 集会は午後1時から始まったが、開会前から、りんかい線国際展示場駅、ゆりかもめ有明駅から降りたおびただしい参加者が会場につめかけた。会場は海浜にあるため、海からの風が会場を吹き渡り、色鮮やかな組合旗や団体旗、のぼりがはためいた。
 旗やのぼりから見て、労組、脱原発団体、平和団体、宗教団体、女性団体などから参加があったことが分かる。が、圧倒的に多かったのは、何も持たず、ゼッケンも着けない、いわゆる一般市民とみられる人たちだった。一人や、夫婦連れ、友人同士で参加した人が多く、家族連れや子ども連れもみられた。

 開会のあいさつをした総がかり行動実行委員会共同代表の高田健さんは「安倍政権はいまや崩壊寸前である。しかも、朝日新聞の世論調査では、58%の人が安倍政権下の改憲に反対している。なのに、内閣支持率はまだ30%もある。政権は自然に倒れることはない。私たちの手で倒そう」と呼びかけた。
        2018憲法大集会02
                「大きな看板も登場した」
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           「モリ・カケ問題の真相究明を訴える人たちも

 トークで登壇した作家・落合恵子さんは「安倍内閣はウソつき内閣。ウソにウソを重ねている。しかも、福島の人たちを苦しめ、福祉といのちをないがしろにし、戦争大好きの内閣である。(退陣は)そこまで来ている。あと一押しだ」と訴えた。
 
 山内敏弘・一橋大学名誉教授は専ら改憲問題について語り、その中でこう述べた。
 「憲法が施行されて71年になるが、第9条が改定されないできたから、日本は戦争に巻き込まれることなく、私たちは曲がりなりにも平和に生きてこられた。今こそ、9条が果たしてきた役割を積極的に評価すべきだ」
 「安倍首相は、ウソをついている。9条に自衛隊を明記しても何も変わらないと言っているが、これはとんでもないウソだ。安倍内閣が制定した安保法制は自衛隊の限定的な集団的自衛権を容認しているではないか。まさに国民をあざむくものだ」
 「先日、板門店で南北首脳会談があり、朝鮮半島の非核化、終戦、南北融和で合意した。素晴らしい内容だと思う。日本政府もこれを支持し、その実現に協力すべきだ。それには、まず、日本も非核とならなくてはいけない。つまり、米国の核の傘から脱却し、核兵器禁止条約に参加すべきだ」

 閉会あいさつに立った総がかり行動実行委員会共同代表の福山真劫さんは「今日は、たくさんの人がいろいろなことを述べた。それらを集約すると、2点に絞られる。つまり、『安倍を倒せ』と『9条を絶対に守ろう』だ。これからも、この2点に向けて頑張ろう」と呼びかけた。会場は万雷のような拍手に包まれた。
 なお、会場では、昨年から進めている「改憲反対3000万署名」が1350万筆を超えたと発表された。

 集会後、参加者は2コースに分かれてデモ行進した。
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        「会場で参加者に配られたプラカードにはこんな文言が」
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              「デモ行進のスタートを待つ参加者」




2018.04.27  「下司(ゲス)」が「下種(ゲス)」を庇う安倍政権の惨状
安倍内閣は「下衆(ゲス)」の集団と化した

広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

安倍内閣は4月24日、テレビ朝日女性記者へのセクハラ行為を重ねてきた福田財務次官に対し、処分保留のまま辞任を認めた。福田次官が辞任を申し出た理由は「職責を果たすのが困難」というもの、100パーセント(2万パーセントと言ってもいい)意味不明だ。財務省幹部も同様の態度で一貫している。野党6党のヒアリング調査で退職金の額を聞かれた某幹部は、「自己都合で辞めるのであれば単純に計算できる」と回答し、即座に5千万円余の金額を挙げた。彼らの発言の中には「セクハラ」の「セ」の字も出てこない。要するに、福田次官は「自己都合」で辞めたというのである。

聞くも恥ずかしい下劣な言葉が音声データとして明るみに出ているにもかかわらず、驚くのは福田氏自身が、この期に及んでなお「自分の声かどうか確認できない」「あんなひどい会話をした記憶はない」「全体をみれば、セクハラに該当しないのは分かるはず」など、セクハラ行為そのものを否定していることだ。その上、セクハラ行為を暴露した週刊誌に対して「(名誉棄損で)訴訟を起こす」とまで広言するのだから、これでは何とか「猛々しい」としか言いようがない。

さらに仰天するのは、麻生財務相が福田次官を一貫して庇い続けてきたことだ。セクハラ行為が発覚して以降の発言を辿ってみると、「(福田次官の処分は)訓戒で十分」「(セクハラの被害受けた)本人が申し出てこなければどうしようもない」「(加害者と言われている)福田の人権はなしっていうわけですか」「(セクハラが嫌なら)次官担当を男性記者に代えればいい」「(テレ朝からの抗議文は)もう少し大きな字で書いてもらった方が見やすいな」「週刊誌の報道だけでセクハラがあったと認定し、それで退職金を減額というのはいかがなものか。はめられて訴えられているのではないかといったいろいろなご意見もある」「本人が裁判で争うならば処分を判断するのは難しい」などなど、一貫して福田次官を擁護しているのだ。

そして、その極め付きが4月24日の閣議決定だった。安倍首相は福田次官のセクハラ行為に関する野党の調査要求や罷免要求を一切無視し、処分を保留したまま福田次官の辞任を承認したのである。閣議決定は閣僚の全員一致を原則とする。つまり、安倍内閣の閣僚全員が(処分抜きの)福田次官の辞任を承認したのであり、閣議決定に署名した閣僚の中にはこれまで麻生財務相の対応に「違和感」を表明していた野田総務相も含まれる。女性の人権を踏みにじった閣議決定に署名した野田総務相(女性活躍担当相兼任)はこれからいったいどんな施策を推進するのだろう。女性の人権を守れない「女性活躍担当相」など、もうそれだけで「資格なし」と見放されるのではないか。

しかしながら、「女性総活躍社会」「女性が輝く社会」を掲げる安倍内閣が、政府高官のセクハラ行為一つすら処分しないまま事態の隠蔽と収束を図る――、こんな欺瞞に満ちた行為が世に許されるはずがない。安倍首相はことあるごとに「全力を挙げて膿を出し切る。行政の信頼回復に取り組む」などと強調するが、こんな三百代言をいったい誰が信じるというのか。言えば言うほど、国民の不信感と嫌悪感が高まるだけだ。

「ゲス」という言葉がある。通常は「ゲスの勘ぐり」とかいった意味で使われるが、念のため広辞苑で調べてみた。すると、そこには「下司」「下種」「下衆」の3種類の意味があることがわかった。言い得て妙な言葉ではないか。この3種の言葉を適用すると、安倍政権の本質はさしずめ次のように表現できるだろう。
―「下司(ゲス)」と化した麻生財務相が「下種(ゲス)」そのものの福田次官を庇う。そして、安倍内閣はこの事態を閣議決定で追認することによって文字通りの「下衆(ゲス)」の集団と化したのである―

安倍政権の窮状は、さすがの読売新聞も看過できないらしい。4月20~22日に実施した読売世論調査では、内閣支持率がついに30%台に割り込み、支持率下落に歯止めがかからない状態に陥ったことを伝えている。一方、不支持率は前回3月調査から50%台に乗り、今回は53%に達した。読売紙が憂慮するのは、「男性の安倍離れ」なかでも「若年層の安倍離れ」だ。次のように言う(4月23日朝刊)。
「昨年8月以降、男性の支持はおおむね5割以上を保ってきたが、今回調査では44%となり、前回から7ポイント低下。男性の不支持率は第2次内閣以降で最高の50%(前回44%)に上昇し逆転した。男性の不支持が支持を上回ったケースの中では、今回の6ポイント差が最も大きい」
「年代別にみると、これまでは安倍内閣に批判的な人が多い高齢層で支持が低く、若年層で高い傾向が見られた。前回調査で40歳代と50歳代で不支持が支持を上回ったのに続き、今回は30歳代でも不支持が5割強、支持が4割弱と逆転した」
「昨年10月の衆院選以降、内閣支持率は自民支持率よりおおむね10%以上高い傾向が続いていたが、今回は内閣支持率39%、自民支持率37%で、その差は2ポイントまで縮まった」

読売新聞は、内閣支持続落の原因を「外交で浮揚 不発」に求めている。相次ぐ内政の失態で外交の成果が帳消しになったというのである。その根拠として読売紙は、安倍内閣が外交成果によってこれまで内閣支持率アップに成功してきたことを挙げている。2016年12月、安倍首相がオバマ大統領と真珠湾を訪問した時は支持率63%(+4)、17年2月にトランプ大統領と初の首脳会談を行った時は支持率66%(+5)だった。だが、柳の下にはいつまでもドジョウはいない。今回18年4月のトランプ大統領との首脳会談では支持率39%(-3)となり、これまでの経験則が通じなくなった。これも安倍政権が直面する新しい政治局面だろう。「下司(ゲス)」が「下種(ゲス)」を庇い、それを追認する「下衆(ゲス)」の集団は消えるしかない―、おそらくお天道様はそう引導を言い渡されるのではないか。

2018.04.25 2018沖縄県知事選はどうなる?

宮里政充 (もと高校教員)

翁長知事の苦境――「オール沖縄会議」の退潮と健康不安
翁長県政実現の原動力となった「オール沖縄会議」のホームページには、「辺野古への新基地建設を止めたい―。オスプレイの配備撤回、普天間基地の閉鎖撤去、県内移設断念を求めた『建白書』の精神を実現させるため、2015年12月14日、『オール沖縄会議』は結成されました。『オール沖縄会議』は多くの市民団体や政党、労働組合や経済界、個人に支えられています」とある。今、この「オール沖縄会議」に退潮の兆しが見え始めている。

その要因の1つ目は今年2月に行われた名護市長選で支援した稲嶺氏が敗れたことである。この敗北は「辺野古移設反対という民意」を背景に政府と闘ってきた翁長県政に大きな打撃を与えた。尤も県政与党が推す市長候補が敗れる傾向は昨年の宮古島(1月)、浦添市(2月)、うるま市(4月)と続いており、名護市長選のあとの石垣市(3月)でもその流れは止まらなかった。県政与党支援の候補が当選したのは南城市(1月)だけである。そして現在のところ、沖縄県内11市のうち、9市の保守系市長が「チーム沖縄」としてまとまり、「辺野古容認」、「基地より経済」などの政策を打ち出している。

2つ目は、「オール沖縄会議」の共同代表呉屋守将氏(金秀グループ会長。金秀グループは建設・鉄鋼業・商事会社・ガソリンスタンド・健康食品・ゴルフ場など幅広い分野におよぶ企業グループである)と、當山智士氏(大手ホテルグループ「かりゆし」社長)が相次いで脱会したことである。呉屋氏の場合は名護市長選の敗北の責任をとった形だが、その理由のほかに「オール沖縄会議」が辺野古基地建設の是非を問う県民投票の実施に消極的だということがある。その点は當山氏も同じである。両氏とも翁長知事の支持は続けると言っているが、今後の「オール沖縄会議」内の力関係の変化、たとえば政党色や革新色が表面化してくれば両氏のスタンスが変わることも考えられる。

3つ目は翁長知事の健康問題である。4月10日、知事は浦添市の総合病院で記者会見し、精密検査の結果、膵臓に腫瘍が見つかり今月中に手術を行うことを公表した。会見によれば、手術によって根治すると医師から言われているので手術後早期に復帰したい意向だが、秋の知事選に立候補するかどうかについては明言を避けた(4月11日・琉球新報)。沖縄自民党県連は知事選の日程が早まることも念頭に入れ、候補者選びを急いでいる。

アイデンティティーの闘い
2018年11月に予定されている沖縄県知事選は未確定要素が多い。今後本土政府は「チーム沖縄」にこれまでにないテコ入れをしてくるだろうし、「基地より経済」のスローガンは基地反対運動の展望が見えにくい現状ではかなりの程度県民に浸透していくものと思われる。
ただ、沖縄における米軍基地の問題は辺野古移設だけにとどまるものではない。米軍基地の過重な負担を強いられている現状は、戦後70余年にわたる沖縄全体の安全保障の問題であるだけでなく、沖縄に住む人々の歴史的・文化的アイデンティティーに関わる問題でもあるからだ。
1609年の島津の侵攻、明治の琉球処分、悲惨を極めた地上戦、米軍支配、本土復帰という歴史の流れの中で、米軍基地の存在は沖縄人(ウチナーンチュ)というアイデンティティーを阻害する大きな要素である。つまり、「基地の島沖縄」を自分のよって立つべき根拠として生きたいと思っているウチナーンチュはほとんどいない。名護市の渡具知新市長は「私は辺野古容認派ではない」と明言したが(2月7日、沖縄タイムス)、選挙期間中は辺野古移設に関わることには一切触れなかった。その傾向は他の首長選挙にもみられる戦術の特徴であるが、それは「米軍基地容認」を前面に出しては勝てないことを知っているからである。おそらく渡具知新市長は今後、市の財政が多少潤って福祉政策に予算が回せるようになった半面、辺野古新基地がもたらすさまざまな問題に直面せざるを得ないだろう。そしてその対応の仕方によっては名護市民や県民の信を失い、市長の地位を追われることも十分にありうるのである。

知事選へ向けて―県民投票への動き
辺野古移設工事に伴い、防衛省による無許可の岩礁破砕は違法として、県が国を相手に岩礁破砕の差し止めを求めた裁判で、沖縄那覇地裁の森健一裁判長は「県の訴えは裁判の対象にならない」として門前払いした(2018.3.13)。沖縄県は同月23日に控訴した。翁長知事に残されている次の手は辺野古埋め立ての「撤回」である。専門家の間では、埋め立て承認後でも、国の公益よりも県の公益の方が大きいと判断されるような出来事が生じたと認められる場合には「撤回」できるとの見方がある。翁長知事は2016年4月5日、毎日新聞のインタビューに応じて「撤回も視野に入れる」という考えを明らかにしている(2016.4.6)。名護市長選で辺野古問題については「県と国との行方を注視する」として態度を明らかにしなかった渡具知氏は、3月13日「県は判決に従うべき」という考えを明らかにした(3.3琉球新報電子版)。
 
 さて、ここへ来て「『辺野古』県民投票の会」という市民組織が動き始めた。 米軍普天間飛行場の移設に伴う沖縄県名護市辺野古の新基地建設問題で、建設の是非を問う県民投票を研究してきた学者や学生でつくるグループが「『辺野古』県民投票の会」を組織し、投票条例制定の請求に必要な署名集めを5月から始めることを表明した。請求代表者には呉屋守將金秀グループ会長、新垣弁護士、仲里利信前衆議院議員らが名を連ね、早ければ9月の統一地方選、遅くとも秋の県知事選と同日の投票実施を目指す。
会の代表に就いた一橋大大学院生の元山仁士郎さんは「条例制定による住民投票には確かに法的拘束力はないが、知事の行政権限である撤回と結びつくことで、法的拘束力を持ち得るものになると考える。」(4月18日 琉球新報)と意欲を示した。
県民投票には条例の制定が必要で、県議会へ提案するには有権者の50分の1の署名が必要である(地方自治法)。会としては10分の1(約115、000筆)の署名を目指している。署名期間は開始から2か月間である。「オール沖縄会議」の中には県民投票は翁長知事がリードすべきだという意見、県民を分裂させるので投票そのものをやめるべきだなどの意見があり、まとまっていない。

この秋の沖縄知事選はこれまで見てきたように波乱含みであるが、さらに特に米朝関係に歴史的な変化が生じた場合、知事選はどのような影響を受けるであろうか。(2018.4.21)

2018.04.23 権力は腐敗する、安倍1強政治は絶対に腐敗する
安倍首相の日米首脳会談の目的はトランプ大統領との「私的取引」(ディール)にある

広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

 このところ、聞くに堪えない、見るに堪えない「底なし」の腐敗現象が目の前に広がっている。モリカケ問題に象徴される安倍首相(夫妻)の国政私物化の事実を隠すため、国会では閣僚や官僚の虚偽答弁が相次ぎ、さらには答弁との矛盾がないように大規模な公文書の改ざんまでが行われる始末。ウソを隠すためにウソを積み重ねるという「底なし」の絶対的腐敗現象が、国家統治機構全体に広がっているのである。

 加えて、「ノーパンしゃぶしゃぶ」以来といわれる財務官僚の退廃ぶりが赤裸々に暴露され、安倍1強政権の奉仕者となった官僚機構の腐敗現象がトップにまで及んでいる醜悪な事態が明らかになった。女性記者の人権を「言葉遊び」など称して散々蹂躙してきた福田財務次官が遂に辞職(更迭)に追い込まれ、福田次官の「人権擁護」を口実に真相の解明を妨害してきた麻生財務相も、漸くその政治責任・任命責任から逃れられない破目に陥ったのである。

 こんな折も折、安倍首相は内政の矛盾を外交で逸らすためか、トランプ大統領とのトップ会談に臨んでいる。しかも、疑惑渦中の昭恵夫人や柳瀬審議官(元首相秘書官)を引き連れての外交日程だ。米朝首脳会談直前の緊張した国際情勢の下で、ゴルフや宴会に同席する(だけの)昭恵夫人を同行させる必要がどれだけあるのか、国民の財産である国有地をタダ同然で払い下げる切っ掛けを作った昭恵夫人を国民の税金で外遊させることが果たして許されるのか――、こんな国民の疑惑や不信感を一切無視しての訪米だ。

 おそらく帰途の機中では、福田財務次官更迭後の政界対応や柳瀬審議官の国会喚問などへの対策をめぐって関係者の間での「鳩首協議」が行われるのだろう。安倍政権にとって未曽有の難局となったこの事態をどう乗り切るか、頂点に達している国民の不信感をどうやわらげるか、低下一方の内閣支持率をどう回復させるか、そのための起死回生の一打はあるかなどなど、関係者の間で集中協議が行われるのであろう。

 そう考えると今回の日米首脳会談の目的は、日米外交交渉などといった表向きの体裁はともかく、安倍首相の政権危機を乗り切るためのトランプ大統領との「私的取引」(ディール)になる公算が大きい。今回の安倍首相の最大の訪米目的は、おそらくはトランプ大統領から「拉致問題」解決のための約束を取り付けること、そのことを梃子にして国民の目を内政問題から逸らして世論の支持を回復させることにあるのだろう。だから、政権の危機を脱するためには国益などはお構いなしにトランプ大統領との「私的取引」に応じる可能性が高いということだ。

安倍首相は、かねがね北朝鮮の核・ミサイル開発の脅威を「国難」と喧伝することで自らの政権基盤を強化してきた。先の総選挙では選挙戦略として「北朝鮮問題」を取り上げ、その脅威を振りまくことで国民の不安を煽り(ミサイルからの避難訓練まで実施させた)、右派勢力を結集させた。また、1基1千億円ともいわれる「陸上型イージス」(ミサイル防衛システム)をアメリカから導入することについても早速予算化させた。いわば、安倍首相にとっての北朝鮮問題は「虎の子」なのであり、その時々の政治情勢に応じて自由に利用できる効果満点のカードなのである。

しかし、安倍首相にとっても泣き所はある。言うまでもなく、拉致問題の解決が遅々として進まないことだ。圧力一辺倒の安倍首相の方針に北朝鮮が応じるはずもなく、そのことが拉致家族や国民世論の厳しい批判を招き、新たな打開策が求められていた。進退窮まっていた安倍首相に対して、その窮状を打開する「千載一遇の機会」「最初で最後のチャンス」を与えたのが、今回の米朝首脳会談ではなかったか。

安倍首相は、自らが招いた国政私物化による政治危機を回避するために、そして懸案の拉致問題を解決するため、今回の日米首脳会談をフルに利用しようとするだろう。そのためには、トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」の一方的要求に応じることも厭わないだろう。それが日米貿易の2国間交渉であろうと、TTPへの譲歩であろうと、アメリカからの武器輸入であろうと、如何なる代償を払ってでも自らの政治危機を乗り切るためにはトランプ大統領の要求を呑むのではないか。

安倍政権の危機は、モリカケ問題に象徴される国政私物化から生じた。その危機を脱するために、安倍首相は「拉致問題カード」をトランプ大統領との「私的取引」(ディール)に利用しようとしている。自らの私益のためには国益も顧みない――、ここに究極の安倍政権による国政私物化の姿があらわれている。

2018.04.21 韓国のローソクデモがわが国に与えた影響
韓国通信NO553

小原 紘 (個人新聞「韓国通信」発行人)

2012年12月に行われた選挙で52%を獲得して大統領になった朴槿恵は任期を一年を残し、国民から弾劾され、逮捕された。政権末期の支持率はたったの4%。女性大統領としてもてはやされた一時期もあったが、末路はあまりにも惨めだった。選んだ側にも責任があるのではないかと冷やかしたくもなるが、市民が下したのは不正は絶対に認めないという冷酷なまでの厳しい判断だった。
「お友だち」の便宜をはかり、法を曲げた点では安倍首相も朴槿恵もそっくりだが、4%の支持率と安倍首相の最新の支持率30%台では雲泥の差である。
昨年の総選挙で「圧勝」した自民党は有権者の25%の得票で284議席を占めた。上げ底第一党の総裁が首相になるという仕組みに首をかしげたくなるが、ここに至ってなお30%の支持率の背景には日韓両国の政治(倫理)に対する考え方の違いがあるように思える。
平和主義、基本的人権を謳った日本国憲法を否定する潮流。私たちはこれまで一体何を学んで来たのだろうか。明治維新から150年間の日本人の生き方、自分自身の生き方まで問われるようで空しくなる。

<救いが無いわけではない>
最近、国会周辺を始めとする各地で「異議申し立て」の行動が広がりを見せている。これまでにない新しい大衆の政治参加だ。原発事故以来、毎週金曜日に官邸前で繰り広げられてきた抗議デモが発端となったのは間違いない。
自然発生的、自発的な個人の活動のせいか「烏合の衆」と疑問視されたこともあったが、今では既存の団体や政党も無視できないほど運動の中心に成長した。怒りを声に出す人たちが着実に増え続けている。参加者に悲壮感はなく無理をしていないのもいい。「安倍的」な傲慢な政治とそれを支持する30%を打ち破る可能性が生まれつつある。選挙で世の中を変えることも可能だが、選挙だけでは変わらない限界を越えようとする新たな動きだ。

<日本と韓国の違い>
韓国のローソクデモがわが国に与えた影響は少なくない。集会では「韓国のローソクデモのように闘おう」という声がたびたび聞かれる。怒りをもって集まる人たちの心には忘れ難い事件として今でも生き続けている。
韓国のみならず日本の一部で文在寅新政権を「容共」「社会主義」政権と非難する主張がある。「大企業優先から人間優先社会」「貧富の格差是正」「何よりも平和」を掲げればそういう批判が出るのは当然だ。文在寅大統領が本当に社会主義者だという話は聞いたことがない。「原発をなくしたら経済競争に負ける」「最低賃金引き上げは中小零細企業に打撃だ」「北朝鮮の会話路線に騙されるな」、より民主的な憲法改正提案には「人気取り政策」などとい批判が続いている。公然と噂されていた李明博元大統領の露骨な金権ぶりと不法選挙は朴槿恵政権下では覆い隠されていたが、新政権の下で明らかになり逮捕された。「政治的報復」という非難もあるが「正常化」されたに過ぎない。
2007年に起きた巨大スーパーマーケットの大量解雇事件(映画『明日へ』で紹介され、感動を呼んだ。2014 年作品)は全面解決。KTX女性乗務員解雇事件も解決の見通しが立つなど多くの労働弾圧、政治弾圧事件で朗報が続く。ローソクの力が過去の歪みを正しているのがうかがえる。旧勢力にとって文政権は「恐怖政治」なのだろう。
Super.jpg
【スーパー店舗内で籠城を続けたパート社員たちが機動隊に包囲され、「カート」を押し出して店外に飛び出す感動的な映画最終場面】
「国家機密法」「安保法制(戦争法)」「共謀罪」など、憲法を無視した政権が、国有財産の不当払い下げ、脱法的な獣医学部の新設、さらに公文書の「改ざん」、「隠蔽」などで反国民的な性格を露わにした。麻生財務相、安倍首相の退陣ぐらいで済ましていいのか。朴槿恵には懲役24年の判決が下った。

<違いのルートをたどる新たな旅へ>
去年から韓国社会と日本社会に起きたさまざまな現象を見ながら考えてきた。この違いはどこから来るのか。韓国の風土と歴史に育まれた思考と行動。日本人として学ぶことが多いはずだ。もっと掘り下げて理解したいという思いが日増しに強まっている。
一昨年、大邱(テグ)を振り出しに全羅北道・南道を旅して「全琫準(チョンボンジュン)を追いかけて」という紀行文を韓国通信に連載した(NO499~505)ことがある。日清戦争前後、朝鮮半島全土で繰り広げられた東学農民戦争の足跡を訪ねた。
その後、ローソクデモに南部の農民たちが大挙してトラクターに乗りソウルの集会に「東学農民・全琫準」の旗を掲げて参加したことを知った。平等を求める東学の革命精神が今でも脈々と韓国社会に生きていることを知った。土着の思想や風俗、宗教、李朝時代の儒教思想についても知りたい。日本植民地時代の反日独立運動、済州島4.3事件、光州事件、民主化運動から今日のローソク革命に至る韓国人の歴史をあらためて学ぶつもりだ。私の韓国とのかかわりも新しい段階を迎えようとしている。全羅道の山と田園を訪ね歩く旅もしたい。旅先であいた口が塞がらないほど無残な日本について考えてみたい。