2017.02.25   大学・研究機関等の軍事化に反対する
     世界平和アピール七人委が訴え

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 世界平和アピール七人委員会は2月24日、「大学・研究機関等の軍事化の危険性を、国民、科学者・技術者、大学研究機関等、ならびに日本学術会議に訴える」と題するアピールを発表した。
  同七人委は、1955年、世界連邦建設同盟理事長で平凡社社長の下中弥三郎の提唱により、人道主義と平和主義に立つ不偏不党の知識人有志の集まりとして結成され、国際間の紛争は武力で解決してはならないを原則に、日本国憲法の擁護、核兵器禁止、世界平和などについて内外に向けアピールを発表してきた。今回のアピールは123回目。
 現在の委員は、武者小路公秀(国際政治学者)、土山秀夫(元長崎大学学長)、大石芳野(写真家)、小沼通二(慶應義塾大学名誉教授)、池内了(総合研究大学院大学名誉教授)、池辺晋一郎(作曲家)、髙村薫(作家)の7氏。

 アピールは、まず、安倍内閣によって「学術を軍事研究に積極的に動員する動きが公然と進められている」とし、これは、安倍内閣が「平和主義・民主主義・基本的人権尊重など日本国憲法に則った精神を踏みにじり、国の将来を危機に陥れかねない法律制定や閣議決定をかさね、軍国主義への道をひた走っている動きの一環である」としている。
 こうした現状認識に立ち、アピールは国民に対し「これが戦争を放棄した憲法の下での日本の姿であってよいのか」と問い、「国民一人一人が判断し声をあげよう」と訴える。
 さらに、科学者・技術者には「制約や秘密を伴う研究はいかなるものであっても受けるべきでない」、大学・研究機関等には「毅然たる規定を作り、内外の軍機関からの資金は受け入れないように」、学術団体、学協会には「国内外を問わず、軍隊、自衛隊からの援助を受けず、その他一切の協力関係を持たないでいただきたい」と訴える。
 日本学術会議とその会員には「これまでの『軍事研究をしない』などの声明を継承すべきだ」と訴えている。
 アピールの全文は次の通り。

大学・研究機関等の軍事化の危険性を、
国民、科学者・技術者、大学研究機関等、ならびに日本学術会議に訴える

             世界平和アピール七人委員会
 内閣府が“専門家”による国家安全保障と科学技術の検討会を発足させることにしたと、報じられている。国の科学技術政策を決めて予算に反映させる総合科学技術・イノベーション会議(議長:安倍首相)における軍民両用技術の研究推進政策の具体化に向けて、早急に作業するというのである。
 これは2012年の第二次安倍内閣の発足以来、特定秘密保護法成立と防衛大綱・中期防衛力整備計画の閣議決定、「防衛装備移転3原則」の閣議決定による武器輸出の解禁、「防衛生産・技術基盤戦略」の公表、集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法の成立、共謀罪の企みなど、平和主義・民主主義・基本的人権尊重など日本国憲法に則った精神を踏みにじり、国の将来を危機に陥れかねない法律制定や閣議決定をかさね、軍国主義への道をひた走っている動きの一環である。
 この動きの中に、2016年1月に閣議決定された第5期科学技術基本計画に記載された「国家安全保障上の諸課題への対応」があり、学術を軍事研究に積極的に動員する動きが公然と進められている。
 安全保障関連法の成立によって発足した防衛省の防衛装備庁は、重要課題の第1に「諸外国との防衛装備・技術協力の強化」、第2に「厳しさを増す安全保障環境を踏まえた技術的優位の確保」を挙げている。そして「装備品の構想から研究・開発、量産取得、運用・維持整備、廃棄といったライフサイクルの各段階を通じた、一元的かつ一貫した管理が必要」なので、プロジェクト管理部に、文官、自衛官を配置し、プロジェクトマネージャーの下、性能やコスト、期間といった要素を把握して、効果的かつ効率的に行っていくための方針や、計画を作成し、必要な調整を行うと述べている。
 この方式は、米国国防総省の国防高等研究開発局(DARPA)方式の踏襲であって、自由な研究の成果が民生にも軍事にも利用できるというデュアルユースではなく、目標を決め、そのために事前に何をしなければならないかを選定し、これを繰り返して最初に手をつけなければならない課題を選び出す。最初の課題だけを見れば、民生にも軍事にも応用できるテーマに見えるが、上で見たように“防衛装備”という「武器あるいは武器に関する技術」の開発の第1段階であって、軍事に支障のない範囲だけが民生用に提供されることになる。

 このような情勢の下で、2004年に開始された防衛省と大学・研究機関を含む民間との共同研究協定が2014年度から急増し、2015年度からは「安全保障技術研究推進制度」による大学・研究機関等への委託研究費が、年3億円、6億円、110億円と拡大されている。
 さらに米国の軍機関から日本の大学・研究機関等に長年にわたり研究資金が提供されてきたことも、報道機関の調査によって2017年2月に明らかにされた。

 私たち世界平和アピール七人委員会は、国民一人一人が判断し声をあげるよう訴える:日本の科学・技術の成果が、武器あるいはその部品として諸外国に輸出され、米国やイスラエルなど海外との武器の共同開発によって実際に戦闘に使われ、殺戮に手を貸すことになってよいのか。諸外国より優れた“防衛装備”の開発を公然と唱えることによって世界の軍拡を促しているのではないか。「敵基地攻撃の装備を持つ方がよいという議論がある」と政権党の副総裁がいう。これが戦争を放棄した憲法の下での日本の姿であってよいのか。

 科学者・技術者に訴える:全体像が隠されて、最初の基礎や萌芽的な段階だけを見せられて、平和にも役立つといった素朴な感覚で防衛省の予算を受け、海外の軍資金を受けてよいのか。私たちは、制約や秘密を伴う研究はいかなるものであっても受けるべきでないと考える。

 大学・研究機関等に訴える:軍機関からの資金導入の場合の注意などといった生ぬるい感覚でよいのか。私たちは、構成員の間で広く議論を重ね、毅然たる規定を作り、内外の軍機関からの資金は受け入れず、大学・研究機関等の内部では企業との間でも、制約や秘密を伴う研究は避けることを求める。そのためにも一定規模以上のすべての外部資金の実態が公開されることを求める。

 学術団体、学協会に訴える:軍資金であっても直接の兵器開発研究でなければ問題ないといった感覚は支持できない。国内外を問わず、軍隊、自衛隊からの援助を受けず、その他一切の協力関係を持たないでいただきたい。

 日本学術会議とその会員に訴える:2016年6月以来、毎月公開で議論を重ねてきた「安全保障と学術に関する検討委員会」は2017年2月の委員会で「中間とりまとめ」を確認した。多様な意見が存在する組織の共通の見解として、理想的でないにしても、委員会の努力を評価したい。ただ3月の最終回委員会でさらに詰めるべき点が残されているし、幹事会、4月総会でどのように扱われるか、状況は予断を許さない。
 政府が判断を誤り、情報操作によって国民に真実を知らせない中で、戦争に全面的に協力した科学者の反省から、第2次世界大戦終結から3年半後の日本学術会議第1回総会で行った「日本学術会議の発足にあたって科学者としての決意表明」、翌1950年4月の声明「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明」、1967年5月の会長見解と10月の「軍事目的の科学研究を行わない声明」を名目だけでなく継承し、総会が国民の信頼を損なうことのない判断をされることを期待する。さらに、風化・空洞化を防ぐために繰り返し広く科学者の中での討議を重ねていくことを期待する。
2017.02.14  日米同盟は戦争へ向かうのか
          ―共同声明に「安保第五条」を入れる愚行―

半澤健市 (元金融機関勤務)

 2017年2月10日に行われた安倍首相・トランプ米大統領会談について、すかさず多くの同人が、適切な論評を続けている。
私も、念のため、日米合意にある「尖閣条項」の読み方をファクトに基づき書いておく。結論から言うと、共同声明に「尖閣列島は安保第五条の対象」と書くのは、愚かしく、日米同盟の不安定化の表現だということである。

《二つの重要なファクト》
 主な事実として次の二つを読んでほしい。
■日米安保条約の第五条
各条約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処することを宣言する。(以下略)
■日米防衛協力のためのガイドライン(2015年4月日米で合意)の一節
 ・陸上攻撃に対処するための作戦
自衛隊及び米軍は、日本に対する陸上攻撃に対処するため、陸、海、空又は水陸両用部隊を用いて、共同作戦を実施する。
自衛隊は、島嶼に対するものを含む陸上攻撃を阻止し、排除するための作戦を主体的に実施する。必要が生じた場合、自衛隊は島嶼を奪回するための作戦を実施する。(中略)
米軍は、自衛隊の作戦を支援し及び補完するための作戦を実施する。

《この文章を読み解くと》
 二つの小難しい文章を読み解こう。
「安保第五条」は、米軍が当然に日本を守るとは書いてない。「自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処する」と書いてある。米国では、戦争を始めるには連邦議会の議決が必要だ。日中両国が、無人の岩石「尖閣諸島」を巡って戦闘を開始したとしよう。米国が、自国の若者の命を犠牲にする参戦をするだろうか。しない。議会は否決するだろう。

 「ガイドライン」には、自衛隊と米軍は「共同作戦を実施する」と書いてあるが、同時に「自衛隊は作戦を主体的に実施する」、「米軍は、自衛隊の作戦を支援し及び補完するための作戦を実施する」と書いてあるのだ。
「主体的」部分の英文は、The Self-Defense Forces will have primary responsibility for conducting operations to prevent and repel ground attacks, including those against islands.である。
primary responsibility は、主語「自衛隊」の動詞は「作戦を主体的に実施する」のではない。「第一の責任を有する」のである。「自衛隊が全部やるべし」と訳してもいいくらいだ。米軍の役目は自衛隊への「支援と補完」に過ぎない。

《専門家が批判してきたテキスト誤読》
 この読み解きは私のものではない。専門家の解釈である。
「第五条」については元外交官の孫崎享氏(まごさき・うける)が、「ガイドライン」については軍事評論家の田岡俊次氏(たおか・しゅんじ)が、繰り返し主張していることである。しかしこれらの辛口コメントは、大手メディアに載ることが少なく、人々の共通認識になっていない。

 日米首脳会談を報ずる政府もメディアも、共同声明を「大成功」いっている。五条確認を共同宣言に載せるのが何が成功なのか。成功どころではない。日米同盟関係は、戦争への道に向かって、大きく揺らいでいる証拠である。一市井人のこの結論は、ファクトと専門家の説得力から、導き出したものである。(2017/02/12)
2017.02.12  日米首脳会談、世界に見せた大統領と安倍首相との“いちゃつき”

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

 トランプ大統領と安倍首相の日米首脳会談が終わった。会談は約1時間、半分は通訳が約30分だから、二人の実質的な会談は約30分。会談後、二人の記者会見とおそらく日本側の高官たちの説明によると、実質的な合意内容は(1)安全保障関係では、双方が同盟関係の強化に努力。尖閣諸島は安保条約第5条の適用範囲と確認。沖縄普天間基地の辺野古へ移転を確認(2)自動車や為替など経済関係はすべてペンス副大統領と麻生副総理の会談で協議するーなどだった。

 閣については、オバマ前政権下でも「日本の施政権下のすべての場所に」安保条約は適用されるという表現だったから、実質的には同じことだが、今回、日本側は「尖閣」の固有名詞を入れることに強くこだわり、「尖閣に安保」を会談前から会談後の共同声明にいたるまで、繰り返し記者団に強調した。いうまでもなく、日本国民へのPRだ。
 国家間の首脳会談は短時間で、実質的な重要協議は、政府間の事前事後の協議で、同行する大臣や局長間で行われることに不思議はない。しかし、今回のように、難しい外交、経済問題が山積しており、日本国内では政府側の発言やリーク(意図的な情報漏出)でメディアの報道がやかましかったのに、首脳会談が短時間で終わった例は少ないかもしれない。そして、会談、記者会見の後、すぐ両首脳は大統領専用機でフロリダのトランプの別荘に飛び、夕食2回とゴルフを楽しみながら、親しく話し合うと首相は誇った。

 もかく、今回の日米首脳会談が全く異例だったのは、二人が恥ずかしげもなく見せた、ベタベタとしか言いようのない親しさだ。見せたというより、本心からと言うべきかもしれない。トランプは、中東・アフリカ七か国のパスポート保持者入国拒否(一時的停止というが実際には無期限)の大統領令を出し、即時実施した。しかし世界各国からも、米国民からも強く反対され、州政府から人種差別を禁止した憲法違反として提訴された。裁判は地裁が違憲として大統領令の執行停止を命令、7か国パスポート保持者の入国が再開。控訴裁でも政権側が敗訴した。米国でも前例が稀な事例。それ以外でも、米日主導で実施寸前だったTPPから脱退し、TPP交渉そのものが崩壊。総工費総額216億ドルと推計されるメキシコ国境の壁を大統領令で建設しようとして、メキシコ大統領から費用分担を拒絶され、首脳会談そのものがつぶれた。最初の首脳会談となった英国のメイ首相も、会談そのものは友好的におわったが、メイ首相は帰国後、トランプ政権の7か国民入国拒否を差別として厳しく批判する始末だった。

 のように、新任大統領として最悪の醜態を米国民と世界に見せ続けた時点での、日米首脳会談だった。各国首脳のなかで、就任前に渡米して、“ごますり”に精を出した安倍首相にトランプは、異常ともいえる親近感を見せたのだろう。首相の方も、都知事選での敗北、TPPの破たん、国会での大臣たちの答弁ミスが重なるなど、過半数与党らしくないごたごたが続いていたなかでの訪米だった。こちらも、大げさな、おそらく本心からの親近感を見せた。双方とも満面に笑顔で、肩を抱き合い、手をにぎり続け、「気が合う」とメディアに漏らした。
 だが、大統領にも、首相にも見逃してはならない事態が起こっている。米下院でジェロルド・ネイドラー議員(民主党)が、トランプ大統領の利権関係の憲法違反すべてにわたり、関係当局に捜査を求める決議案を提出したのだ。下院ですぐ決議案が可決されることはないだろうが、アメリカの信頼できる電子ニュース「Common Dreams」は10日の報道で「弾劾へのステップ・ワンか?」の見出しで報じている。
 トランプ弾劾の可能性については、来年の上下両院選挙の前にすべきだという主張、動きがすでに始まっている。議会への決議案はこのネイドラー決議案が初めてだ。(了)
2017.02.10  韓国を信頼できない78%
          韓国通信NO216

小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)

産経新聞とFNN(フジニュースネットワーク)が先月28、29日に実施した世論調査によると「韓国を信頼できない」という回答が77.9%に達したという。韓国の政治空白がもたらした釜山の慰安婦像設置や竹島問題が影響を及ぼしたという。さらに一昨年12月の日韓合意については86.4%が韓国側は守らないのではないかと懸念を示し、大使等を帰国させた日本政府の対抗措置については8割が理解を示したという。
微妙な時期の微妙な世論調査だが、「好きか嫌いか」ではなく「信頼できるかできないか」という設問は意味ありげである。反韓・嫌韓気分に外交問題が上乗せされた格好だ。竹島(独島)の問題は別にして、気になるのは、一昨年末の従軍慰安婦問題の「政府間決着」と平和の少女像をめぐって新たな軋轢が生まれていることだ。

電撃的な決着と思われたが、1年経過した今、この問題で日韓関係はむしろ悪化した。韓国内では6割以上の人が「再交渉」「破棄」を求め、わが国でも産経の世論調査に表れたように8割近い人が韓国側に不信感を抱いている。もっとも日本人の印象としては「解決した」と思っていたのに裏切られたということかも知れないが。
この食い違いはどこから生じたのか。振り返ってみたい。

当日発表された両国外相の共同声明から検証したい。以下、外務省のホームページの概略である。
岸田外務大臣は「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、かかる観点から、日本政府は責任を痛感している」と述べ、安倍首相の言葉として「安倍内閣総理大臣は、日本国の内閣総理大臣として改めて、慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを表明した」と発表した。さらに後段では「この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認した」とも述べている。
一方、尹(ユン)外交部長官は両国の合意を受けて、この問題が「最終的かつ不可逆的に解決されることを確認し、日本大使館前の少女像に対し、公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し、韓国政府としても、可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて、適切に解決されるよう努力する」と述べた。

安倍首相のもとでは解決は絶望視されていたが、韓国側が合意したのは、大幅な譲歩を日本側から引き出したと判断したこと、さらに両国の背景に北朝鮮包囲を急ぐアメリカの積極的な要請があったとされる。従軍慰安婦の存在さえ認めなかった首相が「軍の関与の下に多数の慰安婦の方の『名誉と尊厳』を傷つけことに心からの「おわびと反省」を述べたことは確かに画期的ではあった。

 「和解合意」が生んだ深い対立
解決したかに見えた従軍慰安婦問題だが、最近の日本では韓国政府の約束「不履行」を「振り込め詐欺」、韓国は「10億円を返すべき」という声まであがっている。
一体何が問題だったのか。
まず確認しておきたいのことは、被害者が元従軍慰安婦のハルモニ(おばあさん)であり、加害者は日本だということである。見た通り、12.23の共同記者会見で日本政府自らが認めたことだ。

問題点を探ってみた。
1) 政府間の外交交渉であっても当事者を抜きにした解決には無理があったこと。
2) 「謝罪」「反省」の気持ちを手紙をとおして被害者に表明することについて安倍首相がそのつもりは「毛頭ない」と一蹴した(衆議院予算委員会2016/10/3)ことが話をこじらせる原因となった。これでは共同会見は単なる「リップサービス」であり、真意ではないと韓国側では受け止められた。本当に解決する気ならば韓国に出かけて直接謝罪してもいいくらいだが、文書ひとつ渡せないと頑張る首相の態度は理解できない。
3) 「癒し」事業に使う10億円は慰謝料でも損害賠償でもないというのが日本政府の立場だ。「おわび」とは無縁な金は受け取れないと主張する被害者の気持ちを日本政府は理解すべきだった。
4) 10億円を払えば平和の少女像は撤去されると多くの日本人が理解したようだが、共同会見ではそのような約束はしていない。「解決に努力する約束」はしたが、政府が勝手に撤去ができない以上当然だ。
「平和の少女像」は、戦争が惹き起した少女たちの苦しみを二度と繰り返してはならないという平和への祈りを込めて市民たちが建てた。毎水曜日に大使館前で開かれる集会に出かけてみたらよい。屈辱的な解決に走った朴槿恵大統領と不誠実な安倍首相への糾弾の声は聞かれても決して「反日」ではない。日本が再び戦争をする国になることを心配するハルモニたちのスピーチに感動するはずだ。日本が撤去にこだわれば市民たちの平和への思いを逆なですることになりかねない。「反核平和の折り鶴」を原爆を落としたアメリカからやめて欲しいと言われるようなものだ。
5) 金ですべて解決できると考えた日本政府は不遜である。「最終的不可逆的に解決した」という文言にもよく現れている。日韓両政府が急いだばかりに、それそれの国が抱えてきた問題が一挙に表面化したように見える。被害者をかかえる韓国政府の見通しの甘さは明らかだ。次期大統領候補には日韓合意を引き継ぐ人はいない。新大統領が誰になっても合意は撤回、または再交渉は確実だ。

日本は韓国政府を批判する立場かも知れないが、振り出しに戻ることになれば日韓関係を悪化させた政治責任は免れない。破棄・再交渉となれば10億円はどうなるのか。返してもらうとしても前代未聞の大失態である。
韓国政府の「不履行」に抗議して日本は大使と領事を引き揚げ、日韓スワップ協定協議の中断を決めた。韓国へ強い姿勢を示すことで安倍内閣が支持率が上がった。韓国のマスコミもそのような指摘をしている。「信頼できない8割」の分析は簡単ではないが、隣国ヘイトをにじませた日本側の対応を8割近い人が支持したとも読める。北朝鮮に小泉首相とともに平壌にでかけ平壌宣言の実績をあげ、拉致問題が明らかになると北朝鮮敵視政策によって首相にのぼりつめた安倍首相。彼はトランプ米国大統領顔負けの「自国ファースト」主義者である。ただスケールが違う。アメリカに従属しながら、アジアで「エラソウ」にしている「小トランプ」である。

春だ 出かけよう
 立春といっても寒い日が続きます。家に引き籠もっていては免疫力が落ちるばかり。
 去る3日、全国各地一斉行動日に駅頭でアピール行動。バス待ちの中学生二人から話しかけられた。「何をしてるんですか」「憲法を変えて戦争するアベに抗議してるんだ」「アベって安倍晋三?」「そう」「僕たちもがんばります」。彼らは高校入試の願書受付に来たらしい。「受験生ガンバレ!!」
 元気が出たついでに国会前の反原発デモに参加。少なくなりました。700人くらいでした。「韓国通信NO497」で取り上げた90才を越えた元都立戸山高校の先生だった武藤徹さんに会った。耳が遠いようなので耳元で「風邪ひかないでね」と挨拶したら、うれしそうに頷いてくれた。節分の夜。会場では豆まきをした。「原発アウト!安倍アウト!」

 福島原発事故から6年目。さまざまな行動が予定されている。寒さを吹き飛ばそう。春は近い。
   2月19日 貧困格差にNO! 2.19総がかり行動        1時半~日比谷野音
   3月11日 柏崎刈羽原発再稼働許すな東電本社包囲   2時~4時まで東電本社前
   3月18日 福島県民集会  郡山開成山陸上競技場    13時10分開会
   3月20日 フマシマ忘れない さよなら原発全国集会    1時半~ 代々木公園
2017.02.09  アベノミクスと属国民族主義
盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

 世界の先進諸国で、ポピュリズム(大衆迎合主義)と民族主義が幅を利かせるようになっている。西欧のポピュリズムやトランプ政権を批判する前に、日本のポピュリズムと民族主義を問題にすべきだろう。なぜなら、日本の安倍政権こそ、典型的なポピュリズムと偏頗な民族主義を二本柱にする政権だからだ。

アベノミクスは典型的なポピュリズム
 「灯台下暗し」で、日本国民は安倍政権がポピュリズムと民族主義を二本柱にしていることを意識できない。まさに、無意識のうちに嵌ることこそが、大衆迎合のポピュリズムと民族主義の社会現象である。トランプ政権の民族主義的政策を心配する前に、日本の行く末を心配したほうが良い。
 アベノミクスとは、「高度成長をもう一度」という根拠のない経済スローガン=経済イデオロギーにすぎない。景気が悪いより景気が良いほうがいいに決まっているから、右も左も、景気刺激政策に正面切って反対できない。「大胆な金融緩和政策で景気が良くなります」と言われ、株式相場が上昇し、円安が進行して一部の輸出産業が大儲けすると、なんとなく、アベノミクスは正しいと思ってしまう。
日銀が資金を垂れ流して円安を誘導し、株や債券購入を行って相場を支え、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)も国民資産を株式に投資して相場を上げる官製相場は、いずれ将来、日本社会に大きな災禍をもたらす。しかし、少し遠い将来のことに政治家も国民も無関心だ。国民は一時的な株式相場の上昇に一喜一憂して、将来のことなど考えない。まさに、国民大衆の短期的な損得を考える思考に迎合した政策が、アベノミクスなのだ。政治家も国民も、目先の短期的な利益だけに目が奪われている。大衆迎合主義が蔓延(はびこ)る温床だ。
官製相場が崩れた時の責任追及など、後の祭りだ。誰も責任を取らないし、取れない。一時的な「目くらまし」にあって、政治家にだまされた国民が馬鹿だったということにしかならない。政治家の詐欺に引っかかったようなものだが、それがポピュリズム政策の結末だ。

日本は属国民族主義
 安倍政権が巧妙なのは、アノベミクスの成果が見えなくなると、今度は中国や韓国にたいする偏狭な民族主義を鼓舞して、国民の目を隣国との対立に向けさせ、自らの政権基盤を崩さないようにしていることだ。国民はそういう政策にも、すぐに引っかかってしまう。
 尖閣・竹島にしても慰安婦問題にしても、昨日今日の問題ではなく、関係諸国との長い歴史のなかの問題だ。しかし、政治家は歴史認識の問題を隠して、隣国の不寛容さや偏屈さを批判すれば国民の支持が得られる。近代の歴史において、日本は朝鮮や中国を侵略した歴史はあっても、中国や朝鮮が日本を侵略した歴史はない。多くの国民は100年以上にわたる問題の歴史的経緯に関心などなく、たんに日本の国益が隣国によって阻害されているという単純な感情でこの問題を受け止める。政治家にとって、これほど安上がりな政権安定化の政策はない。隣国に対して強い態度で対処しておけば、政権基盤が崩れることはないのだから。
 興味深いのは、ここ最近の日本における民族主義は、きわめて偏頗(へんぱ)で片端(かたわ)な民族主義であることだ。隣国の中国や朝鮮にたいして強い態度をとるのに、アメリカにたいしてはそれができない。戦前から日本社会の底流に流れている中国や朝鮮への蔑視が今も根強く残っていて、それが時として、隣国への高圧的な態度や反発となって現れている。ところが、政治家も国民も、アメリカにたいしては日本の軍事的外交的な自立と独立を主張することができない。なぜなら、政治家も国民も、日本が軍事的外交的にアメリカに従属している属国的な立場にあることすら意識できないほど、アメリカの支配の術中に嵌っているからだ。それこそ、軍事占領から始まった70年にわたるアメリカの長期的軍事支配によってもたらされた換骨奪胎の結末である。
70年も軍事的な支配が続いていると「支配されている」という意識すらなくなり、防衛庁長官を経験した石破茂でさえ、「沖縄で騒いでいる奴らの後ろに誰かがいる」というバカな言動しかできなくなる。戦後一貫して、アメリカは日本の軍事基地をアジアおよび中東世界の軍事戦略基地として機能させてきた。日本を守るというのは付随的な役割に過ぎない。日本防衛という口実で軍事占領が続く沖縄の現状を固定化し、あまつさえ新しい基地を作ってアメリカの軍事政策に奉仕することが、民族主義にも劣ることだということが分からない。軍事占領の延長を容認する民族主義などありえない。偽の民族主義だ。
白井聡氏は日本を「属国民主主義」(白井聡・内田樹『属国民主主義論』東洋経済新報社、2016年)と性格付けしているが、属国民主主義というより「属国民族主義」と性格付けした方がより適切だ。旧植民地国への侮蔑を込めた偏狭な民族主義と大国アメリカへの卑屈な従属的民族主義という二つの矛盾した民族主義が併存しているところに、今日の日本の偏頗な民族主義がある。それが属国民族主義だ。だから、「虎の威」を借りて、アメリカに「尖閣の安全保障を担保してもらえば、他の件では譲歩します」という朝貢外交が生まれる。そのために、国民の年金資産をアメリカのインフラ投資に利用する案すら用意されている。アメリカの原発関連企業に騙され、倒産寸前になっている東芝を見るが良い。トランプにとって、安倍ほど利用しやすい政治家はいない。日本から搾り取れるだけ絞り取る。そんな魂胆も分からず、一緒にゴルフできることに喜喜としている馬鹿な宰相をいただくと、国が滅びてしまう。世界の笑いものだ。これこそ典型的な売国政治家ではないか。
2017.02.03  いいところもあるのだが――日本共産党第27回大会決定についての感想
          ――八ヶ岳山麓から(211)――

阿部治平 (もと高校教師)

はじめに
共産党は、私がただひとつ応援している政党である。今は亡き親友のKは生涯をこの党のためにささげた。だから私はどうか頑張ってほしい、という思いで第27回党大会決定を読んだ。
だしぬけで申し訳ないが、共産党のいう社会主義とはどんなものか、私にはよくわからない。1990年前後、ソ連・東欧が崩壊した。それまでソ連を社会主義だといってきたのに、ときの指導者宮本顕治氏は「ソ連崩壊は大歓迎」といい、その後共産党は、「ソ連は社会主義ではなかった」といいだした。じゃ、以前社会主義だといったのはどういう理由なのか?説明もなければ反省もない。
わたしが「共産党のいう社会主義は計画経済か、プロレタリア独裁はやらないのか」などと問うと、Kは「我々は未来社会のこまかな青写真は描かない」と150年ほど前マルクスがいったようなことをいった。
私はKに、生産手段の社会化だの、中国やベトナムやキューバは市場経済を通して社会主義に進むなど、わかりにくいことをいわないで、「北欧型をモデルにして、それよりもっと高度の福祉国家が社会主義だ」としたらどうかといった。それなら誰でもわかりやすいから、国民の支持も得られて、国会で多数をとることができる。共産党のいう民主改革の道も開ける。
彼は「それじゃ資本主義じゃないか。共産党を名乗る意味がない」といった。我々の知識ではこれ以上のことは議論できなかった。――社会主義とは何かについて共産党にご教示を乞う。

経済政策は観念的で空想的である
共産党は、資本のグローバリズムに抵抗しようとしていない。
大会決定は「いま問われているのは、『自由貿易か、保護主義か』ではない。『自由貿易』の名で多国籍企業の利潤を最大化するためのルールをつくるのか、各国国民の暮らし、経済主権を互いに尊重する公正・平等な貿易と投資のルールをつくるのかである」という。
自由貿易とはグローバル資本が国際的に自由に貿易をやることである。だからグローバル資本はトランプの言動に保護主義を見出して右往左往するし、中国の習近平だって中国資本を代弁して自由貿易をとなえるのである。
ところが共産党は、強者の論理である資本のグローバリズムを問題にしない。アメリカ民主党の大統領候補選挙で健闘したサンダース議員はグローバル資本の海外移転を抑制する法制定を主張し、「海外移転の時代は終わり、代わりに国内で良質な雇用を復活させるときだ」といって労働者・若者の支持を得た。トランプ氏はこれを彼なりに捉えて、目立つことばで宣伝を展開し大統領になった(サンダースがクリントンに勝利した州では、本選挙のときトランプが勝利している)。
また「大企業と中小企業、大都市と地方などの格差を是正」する。そのために、中小企業を「日本経済の根幹」に位置づける。そして「中小企業の商品開発、販路開拓、技術支援などの『振興策』と、大企業・大手金融機関の横暴から中小企業の経営を守る『規制策』を『車の両輪』としてすすめる」という。
また「地域振興策を『呼び込み』型から、地域にある産業や企業など今ある地域の力を支援し、伸ばす、『内発』型に転換する」という。
饅頭の皮は左派だが、あんこがない。日本の産業の中心である大企業を無視して、どうやって中小企業の振興をはかるのか、どうやって地域格差をなくすのか、どうやって大資本と中小企業の格差を是正するのか。
大資本は中小資本を引き連れて、海外に低賃金労働力をもとめて移転していった。その結果、各地に「産業の空洞化」が起き、90年代からは不安定雇用の増大、労働条件の悪化、年金・医療・生活保護の増大による福祉制度の危機などが現れた。
地域産業を「内発」型にするといっても、そもそも肝心の企業が減少衰弱していては話にならない。それが地方の貧困の原因だ。わが故郷を豊かにするためには、やはり高い技術と生産力を持った、かなりの規模の企業が複数なければならない。
――共産党にはまともな経済理論家はいないのか。

人事には驚いた
27回大会の決定では、委員長志位和夫、書記局長小池晃は動かなかった。ところが最高指導部の常任幹部会25人に、不破哲三(86歳)と浜野忠夫(84歳)が入っている。私の村の村長は心身ともに健康だったが、もう80歳近いからと辞めたのだが。
1997年21回大会で宮本顕治氏(89歳)が議長から退くとき、高齢を理由に引退をすすめたのは不破氏である。宮本氏は94年に脳梗塞を患い、その後言動に退行現象がみられたという。その不破氏が86歳のいま、常任幹部会にとどまった理由は何か。
不破氏は、「画期的」理論をもって現在の綱領を定めた党内最高の理論家である。彼が常任幹部会に居座ったのは、同僚たちが情勢の変化とともに動揺し、現行綱領を書換えたり、「あやまった方向」に行くのを防ぐ目付け役になるためではないか。
だが時は残酷だ。老衰は共産党幹部といえども避けてはくれない。不破氏が高く評価している中国共産党は、俗に「七上八下」といって、最高層幹部の任期を67歳までとし、68歳は退任することになっている。このあたりで共産党も中共並みの定年制を決めてはどうか。それとも認知症になってから退職するのか?

中国はとっくに「社会主義への道」から外れている
大会決議案に対して、党内からも中国は「社会主義をめざす国」といえるのか、という疑問が寄せられたという。当然の質問だが、志位氏の答えは「このまま大国主義・覇権主義が今後も続くならば『社会主義への道』から決定的に踏み外す危険がある」というものであった。「長い目で今後を見ていきたい」ともいった。
――まったくノーテンキだ。
中国はすでに「道を踏み外し」て久しい。それは中共党員の構成にも表れている。かつての農民と官僚と軍人の党は、いま官僚、企業管理・経営者層が3分の1を占めるようになった。党員の40%を越える大卒のなかのエリートが国家と党と軍と大企業の中枢を占めている。中共は労農人民の党ではない、高級官僚と大資本家と高級将校の党である。
党員構成の変化は、上層幹部が国有資産を私物化し、不完全ながら民営化が進み、国営資本が成立し、腐敗が桁外れに深化した過程と並行している。かくして中華帝国主義国家ができあがったのである。
これでわからなかったら、極めつきを紹介する。
このほど最高人民法院の周強院長は、中国憲法にも民主と人権が規定されているにもかかわらず、「憲政民主や三権分立、司法の独立などという西側の誤った思想を断固阻止する」「敵対勢力による革命のたくらみや政権転覆の扇動、スパイ活動は厳しく処罰する」などと発言した(信濃毎日・共同、2017・01・17)。これでもなお「中国は社会主義を目指す国(日本共産党綱領)」だと言えるのか。

領土問題解決の方向は疑わしい
志位報告に曰く、「日ロ領土問題の解決は、『領土不拡大』という第2次世界大戦の戦後処理の大原則に背いた不公正を正面から是正することを中心に据え、全千島返還を堂々と求める交渉でこそ道は開けることを、私は、訴えたいと思うのであります。(拍手)」
――これは空想である。
たしかに1875(明治8)年樺太千島交換条約が成立した。だが今日の日本を取り巻く国際関係は、ヤルタ会談とポツダム宣言とサンフランシスコ条約で規定されたものである。
共産党の意見は、サンフランシスコ条約の一部を破棄して千島全島を奪還しようとするものだ。だが、敗戦日本の領土を150年前に戻すために、条約の領土条項だけを破棄することなど不可能だ。サンフランシスコ条約に署名したかどうかにかかわらず、どの国がこの提案に賛成するか考えてもご覧なさい。クリミア併合を見るまでもなく、ロシアからは、「もう一回戦争をやって日本が勝ったら交渉に応じよう」という声が聞こえてきそうだ。
第二次大戦後のソ連やポーランドやドイツなどヨーロッパ諸国の領土の変遷をみれば、共産党がいう「領土不拡大」の原則がどのように守られたか、守られなかったかわかる。
安倍晋三氏がどんなにプーチン氏に援助を約束しても、現実には択捉・国後は還ってこない。歯舞・色丹が取戻せれば上々だ。
志位氏のいうように、正しく筋が通る主張で交渉すれば道が開けるなら、ことは簡単容易だ。国際関係は、いまだ力の論理、優勝劣敗の法律が支配している現実を直視すべきである。非現実的な正論をいいつづけても何もならないのだ。

共産党の大会決定にはいいところもあったが、どうしても同意できないところがあった。以上、私のもっとも気になった項目を申し上げた。反論を期待する。
2017.01.10 今こそ大衆運動の再構築を
改憲に抗う人たちを結集するために

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 新しい年がスタートしたが、安倍政権と自民党は早々と今後の政治方針を打ち出した。明文改憲と「共謀罪」の制定である。「安倍一強」「一強多弱」といわれる政治状況の中で、改憲や「共謀罪」に反対する陣営はどう立ち向かったらいいのか。国会内の与野党の議席数に圧倒的な差がある以上、当面は圧倒的な大衆運動で改憲や「共謀罪」に反対する世論を盛り上げ、安倍政権と自民党を包囲する以外にない。

 安倍首相は1月5日、自民党本部で行われた仕事始めであいさつし、その中で「新しい時代にふさわしい憲法はどんな憲法か。今年はいよいよ議論を深め、私たちが形作っていく年にしていきたい」と述べた(1月6日付読売新聞)。この発言について、同紙は「(首相が)衆参両院の憲法審議会での改憲論議の加速化に意欲を示した」ものと書いた。
 共産党機関紙「しんぶん赤旗」は、この首相発言に強い関心を示し、1月6日付の紙面で「首相、明文改憲に執念」と報じた。
 これを追いかけるように、1月6日には自民党の二階幹事長がBSフジの番組で「憲法問題もいよいよ総理が年頭に口火を切った。これからこれ(改憲論議)を詰めていくことを、自民党は今年中の最大の課題の一つとして考えなければならない」と述べた(1月7日付朝日新聞)。
 
 安倍首相(自民党総裁)は、総裁任期中(自民党総裁の任期は連続2期6年なので安倍氏の任期は2018年9月までだが、3月の自民党大会で連続3期9年に延長されるため、2021年9月まで総裁の座に居続けることが可能となる)に改憲を成し遂げることを悲願としているとされる。
 年頭の首相発言、それを受けた二階幹事長発言で、安倍政権と自民党による改憲作業がいよいよ具体化するということだろう。

 「共謀罪」の制定も首相の強い意欲を反映したものと見ていいようだ。1月6日付の毎日新聞は「首相は5日の自民党役員会で、『共謀罪』の成立要件を絞り込んだ『テロ等組織犯罪準備罪』を新設する組織犯罪処罰法改正に関し、20日召集の通常国会での提出・成立を目指す意欲を示した」と報じている。
 1月6日付の日刊ゲンダイDIGITALが「実際に犯罪を犯していなくても相談しただけで罰せられてしまう。極論すれば、サラリーマンが居酒屋談議で『うるさい上司を殺してやろう』と話しただけで、しょっぴかれる可能性がある。権力側が市民の監視や思想の取り締まりに都合よく運用する恐れもあり、03、04、05年に関連法案が国会に提出されたものの、3度とも廃案に追い込まれた」と書く、曰く付きの法案である。
 これを、なんとしても成立させたいというのだ。

 今の安倍政権にとっては、やりたいことは何でも可能だ。つまり、万能である。なぜなら、政府与党と政府与党に協力的な政党で衆参両院とも3分の2の議席を占めているからだ。昨年の臨時国会では、国民の半数以上が反対する法案を次々と成立させてしまった。TPP(環太平洋経済連携協定)承認案とその関連法案、年金制度改革法案、「カジノ解禁法案」などだ。
 そればかりでない。安倍政権は昨年11月、南スーダンのPKOに派遣する陸上自衛隊に安保関連法に基づく「駆けつけ警護」の新任務を付与することを閣議決定した。国民の半数以上が反対していたにもかかわらず、である。
 そのうえ、安倍政権は原発の再稼働に熱心で、2015年に川内原発1・2号機(鹿児島県)を再稼働させたのに続き、昨年は伊方原発3号機(愛媛県)を再稼働させた。原発の再稼働には国民の約6割が反対しているにもかかわらず、である。

 こうした強行ぶりに、国民の間から「暴走だ」との声も上がったが、安倍政権と政府与党の高姿勢ぶりには変化がみられない。安倍政権への支持率が依然高いことが、こうした高姿勢を支えているのだろう。

 となると、安倍首相と自民党は、明文改憲と「共謀罪」の制定に一気に走り出すことが予想されるというものだ。としたら、改憲や「共謀罪」に反対する陣営としては、今後、どんな戦略戦術でこうした政治的局面に立ち向かうのか。頼みとする野党が国会内で少数派とあっては、自ら大衆運動を盛り上げて世論で国会を包囲する以外にない、と思われる。これまで脱原発運動と安保関連法廃止運動の先頭に立ってきた人の1人、鎌田慧氏(ルポライター)は「大衆運動をいかに盛り上げていくか。それに尽きる」と語る。

 大衆運動とは、集会やデモを指す。世間には、「集会やデモなんかやっても世の中変わらない」と冷ややかに見る人が少なくない。しかし、大衆運動をバカにしてはいけない。直接民主主義の一形態であり、戦後の日本では、大規模な大衆運動が展開された時期がいくつもあり、政治と社会にインパクトを与え、少なからぬ影響を与えてきたからだ。

 例えば、1950年代から60年代にかけての原水爆禁止運動。これは、文字通り国民的な広がりをもつ運動となり、その影響は今日にまで及んでいる。まず、日本がこれまで核武装をしないでこられたのも原水爆禁止運動があったからだとの見方が強い。この運動が日本人の間に「原爆許すまじ」の意識を植え付け、これが日本の核武装を阻止してきたというのだ。確かに、政府関係者さえも「わが国は非核三原則を堅持する」と言わざるを得ない時期があった。被爆者援護を目的とする原爆医療法と原爆特別措置法の制定もこの運動の成果の一つと言える。

 1859年から60年にかけては、日米安保条約改定阻止運動が日本社会を震撼させた。「戦後最大」とまで言われた運動は結局、条約改定阻止は果たせなかったが、条約改定推進の岸信介・自民党内閣が招請したアイゼンハワー米大統領の来日を阻止し、岸内閣を退陣に追い込んだ。

 1967年から70年にかけては、3つの課題が一体となった運動が展開された。3つの課題とは「ベトナム反戦」「沖縄の即時無条件全面返還」「日米安保条約破棄」。結局、運動総体としては「ベトナム反戦」では成果を上げたものの、「沖縄」と「安保」では“敗北”に終わった。
 また、70年代は全国各地で公害が続発し、自然環境と住民の健康破壊が社会問題化した。これに対し公害反対運動が起こり、公害規制と 被災住民の救済に大きな役割を果たした。

 1970年代後半から80年代にかけては、3回にわたる国連軍縮特別総会に「核兵器完全禁止」と「軍縮」を要請する運動が全国で高揚する。中でも、82年の第2回国連軍縮特別総会に向けた反核署名は総計で8000万筆に達し、国際的にも注目を集めた。特別総会そのものは、米ソの対立から成果を上げることができなかったが、3回にわたる国連の会議は、世界のNGOが核軍縮に積極的に取り組むきっかけとなった。その潮流はその後、勢いを増し、国際司法裁判所をして「核兵器の使用・威嚇は一般的には国際法、人道法の原則に反する」とする国連への勧告的意見を出させるまでになった。

 その後、日本の大衆運動は4半世紀の長きにわたる沈滞期が続くが、2011年によみがえる。きっかけは東日本大震災に伴う東京電力福島第1原発の事故である。これを機に脱原発運動が高揚する。この運動は、2013年9月から2年間にわたって全ての原発を停止させたほか、大津地裁に高浜原発(福井県)の運転差し止めの仮処分決定を出させたり、新潟県で原発再稼働に慎重な知事を誕生させるなどの成果を上げてきた。

 改憲を目指す安倍政権が2014年に集団的自衛権行使容認の閣議決定をし、これを具体化するために安保関連法の制定を図ると、これに反対する大衆運動が起こった。国会で成立した安保関連法が2016年3月に施行さると、運動はその廃止を求める運動に変わった。

 ところで、これまでの安保関連法反対の運動は、別な言い方をするなら、即護憲運動であった。「安保関連法は憲法9条に反する」というのが運動団体の主張であり、集会・デモでも「9条を守れ」のコールが叫ばれてきた。
 安倍政権と自民党が明文改憲と「共謀罪」制定を打ち出してきたことは、安倍政権と自民党が最終目標に向けて新たな攻勢に出たことを意味する。それだけに、安保関連法反対運動を続けてきた陣営側としても新たな対応を迫られよう。

 安保関連法反対運動で中心的な役割をはたしてきたのは「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」だ。これは、自治労や日教組など旧総評系労組が参加している「戦争をさせない1000人委員会」、全労連などでつくる「戦争する国づくりストップ!憲法を守り・いかす共同センター」、市民団体の「解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会」の3団体で構成されている。実行委が、安倍政権と自民党による新たな攻勢にどんな動きをみせるか注目したい。

2016.12.27  ぼんぼん宰相の行き当たりばったり外交
盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

白けた「トランプ詣で」からほどなくして「裏地ー見る」の罠にはまり、オスプレイ飛行再開を「理解」して、オバマの顔を立てるハワイ巡礼の旅に向かう無定見な放浪外交

慌てる乞食は貰いが少ない
 トランプが大統領選に当選して慌てた首相官邸の拙速外交は、後代にまで語り継がれる笑い話になるだろう。外務省の予想と異なる結果に驚き、首相官邸が慌てた様子は容易に想像できる。ボンボン宰相の驚きと焦りに、官邸秘書官たちは慌て、予想を外した外務省を無視して、必死に別のコネクションを探す。こういうときの秘書官たちの傲慢さと強引さは目に余る。首相の威を借りて、外務省の無能さを批判し、次官や担当大使・公使を怒鳴りつけることも稀ではない。今回は経済産業省のトップ官僚に、トランプタワーに入居している日本企業を使って、なんとかコネをつけろと命令した。
 逆転一発で、先進国の中で一番初めにトランプに面会できる政府首脳となり、首相官邸は沸いたことだろう。アメリカ政府からの警告で個人面談だと釘を刺されても、死に体のオバマに何の遠慮が要ろうか。ところが、アメリカからアルゼンチンに渡り、意気揚々と臨んだAPEC首脳会議の直後に、トランプがTPPからの離脱を表明して、「アベノ・トランプ詣で」は白けたものになってしまった。「何だ、ゴルフや四方山(よもやま)話だけだったのか」、と。
50万円の金色ゴルフクラブを手土産にするというセンスも理解できないが、相手も同程度の俗物だから良いとして、トランプがこの程度の代物を有難がるわけがない。純金製の黄金クラブならどこかに飾っておくだろうが、「ポチがもってきたメッキもの」と下駄箱に仕舞われているか、誰かがお下がりを受けるのが関の山だろう。ゴルフクラブの買い出しに外務省の職員を使ったようだが、こういう無駄な仕事が結構多いのが外務省なのだ。官邸秘書官から言われれば、外務省も趣味が悪いと思っても断れない。
ネットでは、「50万円でトランプに会えるなら安い」という阿呆なコメントが多く見られたが、国際政治の世界では「日本のおもてなし」や「土産の心遣い」など何の威力もない。少しは効果があるのではないかと考えるのは日本人だけだ。井の中の蛙だから、世界を知らない。西欧の首脳たちは、日本の首相は政治的センスがあって、硬質な論理と高尚な趣味を持ち、立ち振る舞いも素晴らしいなどとは露も思っていない。金箔趣味の秀吉に詣でる田舎大名程度の認識だ。安倍マリオも金色クラブも、国内向けの話題作り以上のものではない。世界を知らない日本人には、到底理解できないだろうが。
 ともかく、「トランプ詣で」は、堅固なディフェンスを忘れ、前掛かりになりすぎて失点する素人外交だ。

「裏地ー見る」とは何だ
 欧州では日本のテレビの衛星放送が見られる。安倍―プーチンの共同記者会見はライブで放映された。ボンボン宰相の喋りはいつも舌足らずで、語尾が不明瞭だ。短く区切って話す時ですら、早口になると、最初の音と最後の音を何と発声しているのか分からない。
 ボンボン宰相が何度も繰り返した「裏地ー見る」と聞こえた音が、「ヴラジーミル」だと分かるまで時間がかかった。「ウラジーミル」と発声したつもりのようだ。たぶん、プーチン本人も、最初は何を言っているのか分からなかったはずだ。何度も繰り返すから、自分の名を呼んでいるようだと分ったとは思うが。
 ロシア語綴りのBは英語のVと同じ発音だから、歯で下唇を噛む発声になる。日本語にない発声だから難しいが、ぼんぼん宰相はアメリカで2年も語学を勉強し、その後も会社員時代にアメリカ勤務があった。発音の基本を学ばなかったはずがない。FとH、BとVの違いは嫌というほど叩き込まれたはずだが、そういう勉強はしなかったようだ。
 もっとも、ぼんぼん宰相の面目のため言えば、今回の「裏地ー見る」は首相が考えついたものではなく、外務省の指南である。ロシア語のVの音は日本語の「ウ」のように聞こえるから、外務省も「ウラジーミル」と表記を使っているようだ。
 「ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチン(H.E. Mr. Putin, Vladimir Vladimirovich)」
 上の外務省標記では、ミドルネイムのvichのvには「ヴ」を当てていながら、先頭に来るVは「ウ」を当てている。先頭に来るVは無声化してFになりやすいから、Uと発声しても良いと考えたのだろうが、日本語のU(ウ)と発音してしまうと、破擦音にならないから間違った発声になる。日本語にVの音がないから比較は難しいが、例えて言えば、「ブラジャー」と「フラジャー」と発声するようなもので、急に「フラジャー」と言われたら、まず英語が母語の人は何を言っているのか理解できない。昔はPhotoを「ホト」と表記していたが、今では「フォト」と発声に近い表記をとっているのと同じである。逆に、今の若い人には「ホト」を理解できないだろう。
 外人の名前を呼ぶときは、正しい発音にもとづく発声に努力しないと、礼に失する。自分の名前が間違って発声されて、気持ちが良い人はいない。「晋三」を「シュンゾウ」や「チンゾウ」と何度も呼ばれれば、良い気持ちはしないだろう。日本人はこういうところはきわめて鈍感だ。
 プーチンは温泉に入らなかったようだが、それは予想できたことだ。客人をもてなすのは日本の良い習慣だとは思うが、誰もが魚料理や寿司が好きなわけではないし、温泉が好きなわけでもない。よほどの日本通でない限り、欧米の政治家で日本の食文化や生活文化に拘りのある人は多くない。そもそも、欧米の政治家は、日本の政治家のように、公金を使って頻繁に5つ星のホテルやレストランで食事しない。また、ヨーロッパの温泉はほとんどが38℃止まりだから、日本の温泉は熱くて入れない。欧米ではぬるま湯に1時間ほど浸かるのが温泉浴である。だから、欧米の政治家に「おもてなし」の粋を極めた接待を行っても、日本人が考えるような有り難みを感じることなど期待できないし、それで交渉ごとがうまくいくことはない。そう考えるのは日本の宴会政治の発想でしかない。それが日本の政治家には理解できない。首脳会議や国際会議があるごとに、日本では討議の内容より、食事などの接待内容が大きな話題になるが、まったく公金の無駄遣いだ。

飛行停止を要求できない日本政府
 プーチンに北方領土返還と日米安保との矛盾を突きつけられたボンボン宰相だが、その意味をどこまで分かっているのだろうか。事あるごとに、「日米同盟関係」という枕詞を使っているが、日本とアメリカとの間に軍事的な意味での対等な同盟関係は存在しない。日本は軍事的主権をアメリカに握られており、日本が自立的に軍事上の判断を下す権限をもっていない。そのような現状で、北方領土が返還されたらどうなるのかとプーチンは問うている。それにたいして、日本政府は何も答えていない。答えられないのだ。
 図らずも、オスプレイの墜落後の政府の対応で、アメリカにたいする日本の軍事的従属関係が明々白々に露呈されてしまった。何とも間の悪いことだ。日本政府は、「事故原因が明確になるまで、飛行停止」を「お願いする」ことはできても、それを最後まで貫き通すことができない。アメリカ軍が飛行再開の意向を示せば、それを「理解する」ことしかできない。何とも情けない限りだ。
オスプレイの2件の事故から1週間も経たないのに、菅官房長官も稲田防衛大臣も、「米側の説明は防衛省、自衛隊の専門的知見に照らし合理性が認められ.......オスプレイの空中給油以外の飛行を再開することは、理解できる」と、防衛省幹部が用意した文面を読むだけである。この文言には、日本政府の主体的な判断は何一つ示されていない。「アメリカが言っていることは理解できる」と言っているだけである。これが日本におけるアメリカとの軍事関係の現状だ。日本は軍事主権を持たないから、日本駐留のアメリカ軍にたいして、自らの主張を通すことができない。アメリカ軍の言い分をただオウム返しする以上の知恵をもたない。日米安保は戦後占領の継続だから、軍事的に対等な同盟関係など存在していない。軍事的に日本は主権国家ではないのだ。
 アメリカへの軍事的従属関係を前提にしたままで、北方領土問題は解決しない。だから、一方的な経済的貢献だけに終わることは目に見えている。「従属同盟」を「対等同盟」であるかのように思い込んでいるボンボン宰相には、日米安保を維持したままでは北方領土返還実現が不可能なことを理解できないだろう。

過去の歴史を不問にする相互訪問
 オバマ大統領の広島訪問の返礼や、「トランプ詣で」で怒りを買ったことへの謝罪を兼ねて、ボンボン宰相は真珠湾を訪問する。どの民族にとっても、過去の歴史を直視し、そこから学ぶとことほど難しいものはない。
 オバマ大統領は非戦闘員である市民を大量殺戮した原爆投下について、間違いを認めることはなかった。オバマ大統領のみならず、戦後のアメリカの歴代大統領は、「日本への原爆投下を戦争終結のための不可欠な戦闘行為だった」という以上の説明を行っていない。このアメリカの姿勢こそ、戦後の世界各地におけるアメリカ軍による大量虐殺を正当化させている出発点である。自らが正しいと考えれば、「大量の市民が犠牲になっても止むを得ない」という正当化こそ、帝国主義的発想である。その出発点は原爆投下にある。
 戦後の世界で、もっとも大量の殺人を行ってきたのはアメリカである。ヴェトナムでの大量殺戮は、まさに広島の原爆投下の延長線上にある。ヴェトナムや中東でアメリカが惹き起こした戦争のために、どれほどの命が犠牲になったか。そういう反省ができるまで、アメリカは原爆投下について、間違いだったことを認めることはないだろう。
 アメリカが誤りを認めないのだから、日本も真珠湾攻撃を謝罪する必要はないのだろうか。ボンボン宰相にとって、オバマ大統領が原爆投下を謝罪しなかったことが、真珠湾訪問を決める救いになっている。オバマ大統領と同様に、犠牲者を慰霊するが、謝罪はしない。日本帝国主義の侵略戦争を認めたくないボンボン宰相にとって、これほど都合の良いバーター取引はない。
 アメリカが帝国主義的な戦争を止めない限り、原爆投下への反省は不可能だろう。だから、ボンボン宰相も、過去の日本帝国主義への反省を口にする必要はないと考えているのだろう。なんとも虚しい相互訪問である。
2016.12.24  安倍とオバマの「真珠湾」
   ―2016年の「敗戦」に思うこと―
 
半澤健市 (元金融機関勤務)

 2016年5月の、原爆投下への謝罪なきバラク・オバマ米大統領の広島訪問。それへの答礼たる、安倍晋三首相の同年12月の真珠湾訪問。この首脳外交は、戦後の日米関係=日本の対米隷従を、見事に表現する事件である。いまから数日後に、安倍とオバマは、真珠湾に浮かぶ米戦艦の戦争記念館で「慰霊」「和解」「平和」「同盟」という美辞麗句のエールを交換するであろう。

 私は、なぜ、安倍の真珠湾訪問が対米隷従を表現しているというのか。
結論からいうと、安倍の行為は、「真珠湾の騙し討ちVS犠牲者を極小化する原爆投下」という、米国が発明した「対称性」のプロパガンダを、受け入れることになるからである。

 その容認はなぜいけないのか。その理由を述べる。
細かいことを言うが「大東亜戦争」は、帝国海軍の真珠湾攻撃で始まったのではない。
第一次攻撃隊が真珠湾から「トラトラトラ(我奇襲ニ成功セリ)」を打電する約1時間50分前に、帝国陸軍は英領マレー半島のコタバルへの強行上陸を開始していた。

 なるほど、対米開戦の最後通告は、日本側の事情―その内容にも諸説あるが―によって米政府への手交は遅れた。しかし、当時のワシントンDCでの日米交渉の緊迫度、米国による日本側暗号の解読などを考慮すれば、日本軍の事前通告なき奇襲に100%の責任を求めるのは、軍事・外交のリアリズムからみて公平でない。米国側の防衛体制の欠落も十分な指摘に値する。現に現地防衛軍の上層部は責任をとらされた。

その上、原爆投下との対照でいえば、真珠湾での攻撃目標は軍事施設に限定されていた。原爆は多数の無辜の民を残忍な手段で死傷させた。「東京裁判」では、「真珠湾攻撃」は戦争犯罪と認定されていない。原爆投下の犯罪性については、本欄にこの夏に書いたから繰り返さない。日本政府は原爆投下に対して直後に強い抗議を米国に発している。
広島におけるオバマ演説は、原爆投下の主体を米国とせず人類とした欺瞞であった。オバマが凡庸な政治家というつもりはない。しかし、結局は米国の帝国主義的な政策を、弁護士的饒舌で正当化する政治家である。これが私の判断である。

 オバマ訪広への「返礼」としての、安倍晋三の真珠湾訪問と犠牲者慰霊は、米国による「真珠湾VS原爆投下」を等価とする図式を受容するものである。相互慰霊でその等価は帳消しにされる。安倍政権は、米国のプロパガンダに乗ぜられたのである。

「戦後レジームからの脱却」によって「美しい日本」、「強い日本」をつくるという安倍晋三の目論見は、米国発明の「対称図式」を認めることで、出口なき「戦後レジームの完成」に帰結することになった。「戦後レジーム」は、何より1960年以降、日米地位協定(当時は行政協定)に指一本手がつけられない関係に端的に表れている。墜落したオスプレイに触れることもできない。日本政府は駐留米軍の発表をそのまま受け入れるだけで抗議すらできない。メディアには墜落を不時着と言わせている。大本営発表と同じである。
属国、植民地とどこが違うか。

しかし安倍の真珠湾外交は、再び政権と自民党の支持率を上昇させるかも知れない。
2012年に発足した第二次安倍内閣の政策は、失敗したアベノミクス、制御不能な福島第一原発、集団的自衛権行使容認を含む好戦法案、その実践である南スーダンでの駆け付け警護、武器輸出の解禁、原発の途上国への輸出、思考停止的なTPPへの突進、カジノ亡国法案、天皇譲位の限定的立法、大統領に手玉に取られた対露外交、防諜法の再提出意向、と続いている。政策の失敗、悪法の量産、戦争の道への急速な傾斜、が切れ目なく続いている。

 これだけ悪法と戦争へのカーペットを敷いている政権を、去勢されたメディアを信用し、鬱屈した情念を仮想敵国への嫌悪に変えて、人々は安倍政権を支持している。逆さのベクトルに気がつかない、多くの優しい日本人は、お笑い芸人とズワイ蟹のテレビ番組を見ながら越年するのであろう。この国は、なかなかに難しい環境下で、年を越そうとしている。(2016/12/20)
2016.12.19  安倍の功名心外交をやめさせよう―後戻りした北方4島問題
    暴論珍説メモ(154)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 今度こそ目に見える成果がありそう、と安倍政権が鳴り物入りで期待を盛り上げたプーチン訪日。さすがに直前になって安倍首相本人も目論見外れに気が付いて、国民の熱をさまそうとはしたが、終わってみればこれほどまでにむなしい結果になろうとは!
安倍首相の胸の内を推し量って、先回りして首相のために地ならしをすることを責務としている自民党の二階幹事長でさえもが「国民の大半はがっかりしているということを胸に刻んでおく必要がある」(16日、党本部で記者団に)と言わざるをえなかったところに、今回のプーチン騒ぎの実態は明らかである。
 このことはすでに数多くの論評が指摘しているので、われわれがあえて屋上屋を重ねる必要はないのだが、事後になっての安倍首相の発言にどうしても見逃せないものがあるので、あえて遅まきながら一言述べておきたい。
 今回の安倍・プーチン会談の後に発表された「プレス向け声明」には「領土」とか「国境画定」といった言葉は全く登場しない。「択捉島、国後島、色丹島および歯舞群島」の文字は一回だけ現れるが、それはそこにおいて共同経済活動を実施するための協議を行うという文脈においてであって、声明には「日露間には領土問題は存在しない」というロシア側の立場が完璧に貫かれている。
 安倍首相は、日露の共同経済活動は「特別な制度」のもとで行われると、得意顔で強調し、あたかもロシアのみならず日本の法制度もそこではある程度は機能することが合意されたかのように語っていたが、「声明」では「その実施のためのしかるべき法的基盤の諸問題が検討される」とあるだけで、「特別な制度」を裏付ける言葉はない。「しかるべき」という形容詞は、日本語ではどちらかと言えば「特別な」というより、「当然の」を意味するものとして使われることが多い。私はロシア語を解さないので、ここの「しかるべき」にあたるロシア語がどういうニュアンスかはわからないが、おそらくストレートに「特別な」とは解されないのではあるまいか。
 とすれば、安倍首相が強調する「特別な制度」は本人の独りよがりと言わざるを得ない。それは今後行われる双方の専門家による協議で明らかになるであろう。
 同時に声明から「領土」「国境画定」といった言葉が消えたことは、これまで歴代の首相がそれこそ岩盤をえぐるようにして勝ち取ってきた、ソ連時代を含めたロシア首脳の諸発言―
「戦後の未解決の諸問題に北方4島の問題が含まれる」(ブレジネフ書記長の口頭確認・1973年)
「歯舞、色丹、国後、択捉の帰属について双方の立場を考慮しつつ領土確定を話し合った」
(ゴルバチョフ大統領の訪日についての日ソ共同声明・1991年)
「択捉、国後、色丹、歯舞の帰属に関する問題」(エリツィン大統領訪日の際の「東京宣言」・
1993年)
「東京宣言に基づき、4島の帰属問題を解決して平和条約を締結する」方針を確認(プーチン・森会談「イルクーツク声明」・2001年)
 これらの言明が今回の安倍・プーチン「プレス向け声明」できれいに消去されたことで、結果として「日露間に領土問題なし」が裏付けられることになってしまった。大後退と言わざるを得ない。
 それだけではない。じつはもっと大きなマイナスが残った。それは日ソ共同宣言にある「平和条約の締結後、歯舞・色丹を日本に引き渡す」について、プーチン大統領の身勝手な解釈に市民権を持たせてしまったことだ。
 プーチン大統領はこれまでも折に触れて、「『日ソ共同宣言には2島を引き渡す』とあるだけで、その条件が書いてない」と発言してきた。それは「主権まで引き渡すとは限らない」という意味と解釈されてきた。それをプーチン大統領は16日・東京での記者会見でも繰り返した。
じつはこの会見のテレビ中継を私も見ていたが、このあたりの通訳が悪く、ほとんど意味が分からなかった。新聞報道でも「宣言には2島を引き渡すと書いてあるが、その条件が分からない」(17日・『日経』)とある程度だったが、なんと安倍首相自身が17日の日本テレビの番組でこれについて「『主権を返すとは書いていない』というのがプーチン氏の理解で日本側と齟齬がある」と語ったのだ。
これには驚いた。「日本側と齟齬がある」という程度の問題だろうか。
共同宣言のその部分を読み直してみよう。宣言の最終第9項である。その全文―
「日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は、両国間に正常な外交関係が回復された後、平和条約の締結に関する交渉を継続することに同意する。
ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし、これらの諸島は、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に引き渡されるものとする」
一読明白なように2島の引き渡しに平和条約締結後という条件を付けている。ということは、条件はそれだけと解するのが普通だ。書いてない条件があるとか、書いてないことは後から条件が付けられるとかの解釈は不自然である。もしそんなことが通用するなら、書いてないことは後からなんとでもなることになり、文書自体が無意味になってしまう。
こんな勝手な解釈を聞かされて、安倍首相はなんと応じたのであろうか。「日本側と齟齬がある」という言い方には、相手の無法を批判する姿勢が感じられない。相手の立場は立場として認めるというニュアンスである。
安倍首相は今回を含めて16回もプーチン大統領と会談を重ねている。今年は特に5月にロシア南部のソチで、9月にウラジオストックで、そして11月にペルーで、と今回までに3回も話している。それでいて相手の狙いを読み切れず、また誰が見てもおかしな条文解釈を聞かされて、それを改めさせることもできなかったとは情けないとし言いようがない。
会談の度に「通訳だけを介した2人だけの話し合い」を重ね、今回の長門でもその時間は95分に及んだとされている。いったい何を話したのだろうか。国民としては狐につままれたような気分である。
2島は引き渡しても、主権は引き渡さないなどという、重大かつ身勝手なことを相手が言い出したなら、それこそひざを交えて改めさせなければならないし、それができないうちは次の話には取り合わないという強い姿勢が必要ではないか。
 にもかかわらず、相手の新しい言い分を自ら自国民に説明したということは、それを両国間の新しい課題として公認したことになる。プーチンとしては「安倍組し易し」と笑いが止まらないであろう。
 なぜこんなことになったのか。結局、安倍の地球儀外交なるものは、自らの功名心に駆られてのものだからである。かれの口癖である「我々の世代で解決しなければ」は「私の名前で解決したい」と同義である。だからとにかく物事を動かすことに前のめりになり、大局が目に入らないのであろう。
 今回、実施が決まった「共同経済活動」なるものがこれからの専門家の検討でどう落ち着くか、勿論、まだ見えないが「成果」を急ぐ安倍の功名心に動かされて、とんだばかを見ることがないよう、国民は見張っていなければならない。(161218)