2021.09.08 モティヴェーションを失った大坂なおみ、全米の敗戦

盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

 テニス全米オープン3回戦の大阪なおみ(女子)とツィツィパス(男子)は、勝ち試合をみすみす逃し敗退した。ともに、新鋭の勢いのある選手が相手だったが、一瞬の気の緩みが敗戦をもたらした。

大坂なおみの戦い
 大坂は連勝が止まった春から試合数をこなしていない。全仏は早々と棄権し、ウィンブルドン(全英)ではプレーしなかった。全米オープンの前哨戦には参戦したが、ここも早々と敗退したために、ゲーム感覚が研ぎ澄まされないまま全米オープンに入った。
全米のドロー(組み合わせ)は3回戦まで、ランキング50位以下の下位選手との対戦で、徐々に調子を上げていくには願ってもない状況だった。1回戦の対ボウズコヴァ戦は決して悪いスタートではなかった。ところが、2回戦が不戦勝になって、3回戦で18歳のフェルナンデスとの対戦となった。実戦を積み重ねると言う意味では、大坂にとって不戦勝は必ずしもプラスには働かない。その不安がフェルナンデス戦で露呈された。
 失う物が何もないフェルナンデスは全力で向かってきたが、大阪は第1セット、5-5からのフェルナンデスのサーヴィスをラブゲームで取り、自らのサーヴィスゲームで決着をつけた。貫禄の横綱相撲であった。第2セットもまったく同じ展開で、5-5から大坂がフェルナンデスのサーヴィスを破り、次の自らのサーヴィスゲームで、1時間強の試合を終わらせるところまできた。ところがここで大坂はやや集中力を切らした。それまで決まっていたファーストサーヴィスが決まらず、あっという間にブレイクバックを許した。気落ちした大坂はタイブレイクを簡単に落としてしまった。大坂が感情を露わにして、ボールをスタンドに打ちこみ、ラケットを叩きつけたのはこのタイブレイク戦である。
 大坂のサーヴィスで始まる第3セットだったが、先にブレイクを許したのは大坂だった。フェルナンデスは、気落ちした大坂のサーヴィスゲームのブレイクチャンスを逃さず序盤にブレイクして、そのままセットを取りきった。第1セットと第2セットに一つずつ相手のサーヴィスゲームをブレイクした大坂だが、第3セットはとくにパワーがあるわけでもないフェルナンデスのサーヴィスを最後までブレイクすることができなかった。
 試合を通して、大坂は15本ものサーヴィスエースを打っている。サーヴの調子が悪かったわけではない。しかし、勝負どころでサーヴィスがブレイクされ、勝負が決まった。

大坂の現状
 18歳にしてはなかなかのテクニシャンであるフェルナンデスだが、小柄で、パワーがあるわけではない。しかし、コーナーに打ち分けるフェルナンデスのサーヴィスを、大坂はなかなかブレイクすることができなかった。試合後のインタヴューでもなぜブレイクできなかったのか分からないと話している。確かに2019年の全豪で、大坂はフェルナンデスよりはるかにパワーとスピードのある左利きのクヴィトヴァと準決勝を戦い、左利き特有の難しいサーヴィスを切り返して勝利している。しかし、東京五輪以後、3名の左利き選手に連続して負けを喫した。全豪で優勝した時のようなリターンが見られず、サーヴィスのリターンミスが続いたことが、試合を難しくした。
 明らかに、実戦感覚が鈍っている。それだけではない。今大会の腹だしコスチュームから見えたように、お腹が出っ張っている。
 体重が増えて腹筋が緩んでいるのは確かだ。全米、全豪を連続して勝った時の体型から明らかに変化している。体が絞り切れていないのは、トレーニング量が不足しているからだろう。
 もともと、大坂はフットワークがそれほど良い選手ではない。連勝がストップした試合からここまで、明らかに相手の方がフットワークで大坂の動きを上回っている。前後左右のスプリントや足の運びのトレーニングが十分にできていないように思う。だから、パワーがない相手のサーヴィスでも、コーナーに決められると体がついていかない。若手が次々と台頭しているテニス界で、走力とフットワークの向上なしに、上位ランクを維持することは難しい。
 大坂選手の魅力は何と言ってもそのパワーにある。そのパワーがうまく発揮できれば敵なしだが、パワーに頼るあまり、「受け」が悪くなるリスクがある。大坂選手はサーヴ・レスィーヴもストローク(フォア・バックともに)もドライヴで強打し、スライスやフラット返球を使うことはほとんどない。この試合でも、ウィナーが37本、アンフォーストエラーが36本である。これだけミスショットが多いと、相手が誰だろうと、簡単には勝てない。サーヴ・レスィーヴや逃げのショットにスライスやフラットの打ち返しができれば、戦法の幅が広がる。ここがバーディとの大きな違いで、ランキング1位のバーディにはバックを両手打ちでも片手のスライスでも打てる器用さがある。最近のバーディはバックハンドにスライスを使い、フォアの強打でチャンスボールを決めるスタイルをとっている。これがバーディの安定した戦いを生んでいる。
 もともと、スライスとドライヴを織り交ぜ得るような器用さは大坂にはない。パワーで押し切るというテニスに器用さを求めると、テニスの型が崩れる。そこがコーチングの難しいところだが、もう少しストロークの幅を広げないと、ストロークの安定性が得られないことは確かである。
 問題はこれらの弱点を克服して、再び世界の頂点に立ちたいというモティヴェーションがあるかどうかだ。若くして世界の頂点に立ってしまうと、トレーニングのインセンティヴを失ってしまう。果たして、大坂なおみはこれから何を達成したいのか。目標と気持ちの強さガなければ、ハードトレーニングに耐えることができないだろう。

中途でつまずくツィツィパス
 常に優勝候補に上げられながら、途中でつまずいてしまったのがツィツィパスである。3回戦の相手はナダルの後継者として将来を嘱望されるスペインの新星、18歳のアルカラスである。ツィツィパスは第1セットを失ったが、第2セットを取り切り、第3セットもダブルブレイクで5-2とリードして、自らのサーヴィスゲームでセットを終わらせるところまできた。しかし、大坂と同様に、自らのサーヴィスゲームを続けて落とし、タイブレイクに持ち込まれてしまった。アラカラスの健闘を称えるべきか、ツィツィパスのふがいなさを嘆くべきか、難しいところだが、このセットを落としたことが、大きく響いた。
 第4セットはツィツィパスが簡単に取って、最終セットも押し切るかと思われたが、ここでも大坂と同様に、先にサーヴィスゲームを落としたのがツィツィパスである。試合を通してサーヴィスエースを15本も打ったツィツィパスだが、肝心の最終セットで相手より先にサーヴィスブレイクを許してしまった。大坂の試合とほとんど同じ展開である。サーヴィスの不安定さが最後の最後に勝負を決めた。
 これにたいして、アルカラスのスタミナは凄い。フォアのストロークのパワーはツィツィパスを上回っていた。テニス界には次から次へと新星が現れてくる。まだ大坂と同じく23歳でビッグスリーに代わる新世代のホープと見なされているツィツィパスですら、すでに下からの突き上げにあっている。男子も女子も、世界の頂点を争う戦いは厳しい。そのなかで、戦うインセンティヴをもち、厳しいトレーニングを続けられる者だけが、世界の頂点に立てる。凡人には計り知れない厳しい世界である。

2021.08.24 歴史を作る大谷翔平
落ち着きを取り戻した大坂なおみ

盛田常夫 (経済学者、在ハンガリー)

 100年以上の歴史を誇るアメリカ大リーグで、大谷翔平がベーブ・ルースを超える歴史を作っている。徹底した分業が確立している現代の大リーグで、大谷は二刀流を貫き、ここまで8勝40本という驚異的な記録を達成しているだけでなく、100奪三振、100安打、87打点、18盗塁の信じられない記録を達成している。走攻守3拍子揃った、獅子奮迅の活躍を見せている。
 日本ではスラッガーだった筒香が苦しんでいるのを見れば、大谷が達成していることの凄さが分かる。大谷の強い打球を警戒して、野手が深く守っているとは言え、ふつうの1塁ゴロや2塁ゴロが内野安打になるほど、大谷は足が速い。大リーグでは1本のホームランを打つのも、1勝を挙げることも、1個の盗塁を達成することも難しい。40本の本塁打を打っているスラッガーが、少なくとも日本人投手のなかで最高の成績(勝ち星も防御率も)を上げている。信じられないことが進行している。8月19日の大リーグのHP(mlb.com)は、8月18日の大谷の活躍をThe greatest Sho on earthと伝えている。Shoはもちろん、Shoheiとshowの掛詞である。
 このまま怪我で今シーズンを終えても、リーグMVPが獲得できるほどの素晴らしい成績である。もしも今シーズン、10勝(あと2勝)、50本(あと10本)、100奪三振(すでに達成)、100打点(あと13点)、100安打(すでに達成)、20盗塁(あと2個)を達成すれば、以後100年はこの記録が破られることはないだろう。大谷はそれほど凄いことをやっている。ベース・ルースを超えて、大谷翔平が21世紀大リーグのレジェンドになる日は近い。
 嬉しいのは、大リーグの多くの選手が大谷の活躍に羨望と驚異の目を向け、大谷選手をリスペクトしていることである。アウェイの球場でも、大谷の人気は凄い。大リーグファンが皆、大リーグの新しいヒーローとして、大谷の活躍を楽しみにしている。きわめて希有な光景である。アメリカの軍事外交政策には賛同できなくても、敵味方を問わず、能力のある者を素直にリスペクトする点は、アメリカ社会の良いところだ。もちろん、嫉妬する者もいるだろうが、大リーグもファンも新しいヒーローとして大谷選手の活躍を見守っている。
 
 野球のような集団スポーツと違い、個人競技のテニスは格闘技に近い感覚がある。時には激しい感情の戦いがある。昨年9月の全仏オープンの女子シングルス2回戦で、ベルテンス(オランダ)とエラニ(イタリア)が激闘を繰り広げ、ベルテンスが辛うじて勝利したが、複数箇所の痙攣に苦しみ、車椅子で退場した。対戦相手のエラニは、ベルテンスが仮病を使って、神経戦を行っていると激しく抗議し、ベルテンスが車椅子で運ばれても、「演技している」と怒りを隠さなかった。しかし、ベルテンスは以後の試合を棄権し、今年に入ってから、今シーズンで引退することを表明した。何とも後味の悪い試合だった。
 同じようなことが、今年のウィンブルドン女子シングルス(3回戦)でも起きた。オスタペンコ(ラトヴィア)とトムヤノヴィッチ(オーストラリア)の試合はもつれたが、その最終セット、トムヤノヴィッチが4-0とリードしたところでオスタペンコがMTO(medical time-out・治療時間)を取った。時には、ゲームの流れを変えるために、選手がMTOを利用することがある。もちろん、それはルール違反だが、本当に怪我しているかどうかは本人にしか分からない。トムヤノヴィッチは、「(相手は)これまで怪我のそぶりを見せていなかったのに、この段階でMTOを要求するのは、ゲームの流れを変えようとする仮病だ」と激しく主審に詰め寄った。トムヤノヴィッチがこの試合を押し切ったが、ゲーム終了後の両選手の握手もなく、これも後味の悪い試合になった。
 
 8月18日、全米オープンの前哨戦、WTA1000Cincinati大会に大坂なおみが登場した。8月16日のリモート記者会見で、「(自分が主張するときには)メディアを利用しているのに、メディアとのコミュニケーションを拒否している」という意地悪な質問に涙し、いったん会見が中断した。その影響が心配されたが、2回戦から出場した大坂は落ち着いた試合運びで、難敵ガウフを退けた。
 この試合前半の流れは悪い予感を抱かせるものだった。大坂のサーヴィスは良かったが、ストロークの調子が悪く、もどかしいゲームが続いた。ここに来て調子を取り戻しているガウフはファーストサーヴが入らなくても、コントロールが効いた良いセカンドサーヴィスを打ち、大坂のブレイクを許さなかった。こういう流れだと、先にサーヴィスゲームを落とした方が負ける。案の定、第1セットは大坂が先にブレイクされ、そのままセットを失った。
 天才少女ガウフとの対戦はこれが3度目。最初の対戦は2019年の全米オープン。この時は大坂が6-3、6-0と完膚なきまでにガウフを打ち負かし、試合後にガウフが涙を流した。大坂はガウフに駆けより、一緒にコートインタヴューを受けようと誘い、両選手に拍手が送られた。2度目は2020年全豪オープン。ここでは逆に6-3、6-4でガウフが雪辱した。この試合、ガウフのサーヴィスが絶好調で、190km/hのスピードあるサーヴィスを次々と決め、大坂を押し切った。大坂の状態が悪かったわけではないが、ガウフは最高の状態にあった。これだけサーヴィスが決まると、大坂も100%近い状態でなければ勝てない。ゲームオーヴァーの後、大坂は憮然としてコートを去って行った。まだ相手を褒めるだけの精神的な余裕がなかった。
 さて、昨日の試合に戻るが、第2セットも早々とガウフが先に大阪のサーヴィスゲームをブレイクして、優位にたった。ここでずるずると負けてしまうと、今年の悪い流れが断ち切れない。ところが、ブレイクされてから大坂のストロークが決まりだし、他方でガウフのサーヴィスが不安定になった。この隙を突いて、第3セットは大坂が取り切った。こういうゲーム展開は、良い時の大坂の流れである。負けそうになってから、相手を圧倒して勝ちきるというパターンである。
 ガウフは大坂とほぼ同じスピードのファーストサーヴィスを打つ。しかし、サーヴィスの確率が低く、ダブルフォールトに悩まされてきた。この試合でも9本のダブルフォールトを記録している。大坂のそれは3本である。強いサーヴを持つ選手の宿命だが、最近のガウフはファーストサーヴィスの速度を落としてコントロールを重視する術を体得しつつある。また、セカンドサーヴィスを簡単に叩けないような工夫もしている。にもかかわらず、ゲームが競ってくると、ついつい力んでしまう。最終第3セットで3本のダブルフォールトを犯し、肝心なところでサーヴィスブレイクを許してしまった。大坂のサーヴィスが良くなったので、負けじと力を入れた結果である。最終セットは6-4と競ったように見えるが、ポイントは大坂31ポイントにたいし、ガウフは22ポイントで、大坂が圧倒した。とくに、第3セットのサーヴィスエースは大坂5本(ダブルフォールトゼロ)にたいし、ガウフは3本のサーヴィスエースにたいし、ダブルフォールトも3本だった。
 試合後、互いにハグし、ガウフが最初に語りかけ、続いて大坂が笑顔で応えていた。大坂は何か吹っ切れたような表情だった。相手と互いにリスペクトし合える状態に戻っただけでも、収穫のある試合だった。
 この試合で大坂は1試合の勝利以上のものを手にした。因縁のある対決で難敵を下すことができただけでなく、リードされた劣勢から体勢を建て直し、逆に相手を押し切るという、大坂らしい試合運びができた。大坂に今一番必要なのは、こういう試合をこなすことだ。大会で優勝を目指す必要はないが、試合不足が続く中で、より多くの試合をこなして全米への準備を整えたい。もちろん、優勝できて、大会賞金をハイチ支援に贈ることができれば言うことはないが。
2021.06.26  ジュールス・ボイコフ×宇都宮健児 『犠牲の祭典―オリンピックの真実』の動画をみました 

米田佐代子(作家)

 「オリンピック狂騒曲」は、開幕一か月前の今からもう頂点に達しています。「無観客が望ましい」という尾身さんたちの「提言」は無視されて、観客は上限1万人、開会式はそれに加えてかの悪名高きバッハIOC会長以下「五輪貴族とそのファミリー」や「スポンサー枠の関係者」のためにもう1万人を入れるというのですから、それはもう「コロナさん、どうぞきてください」というようなものではないか。菅首相は「ワクチンさえ打てば安全」と思い込んでいる(フリ?)らしいが、その接種率だって「2回済み」のひとはまだ1割にも満たない。おまけに来日したウガンダのオリンピック選手団は「ワクチン2回接種」してきたのに陽性者が発生。これはある意味当然で、ワクチンは絶対にコロナにかからない「お守り札」ではありません。いや感染しても無症状で、かえってひとにうつす心配もあるとか。ワクチン打ったら「もう何をしてもだいじょうぶ」などということもあり得ない。大会組織委員会は「会期中に緊急事態宣言になったら無観客も」といったそうですが、大体緊急事態宣言を出す立場の政府が「何が何でも有人でやる」方針なのだから、宣言なんて出すわけないじゃん。

 この「何が何でもオリンピック」暴走を、勝算もないまま無謀な「玉砕」作戦をすすめ、敗戦を目前にしながら「国体護持」のため沖縄地上戦に突入した戦時下の「大日本帝国」になぞらえる指摘があり、あのときウソ八百の「戦果」を宣伝した「大本営」そっくりだという方もいます。わたしのみるところ今の政府・組織委員会は「ウソ」さえつかず、上限1万人の観客に加えて「IOCやスポンサー企業の要求を断われないから」と1万人入れるというのだから、「東京(日本)はIOCの植民地になった」と言われても反論できない。じゃあ、なぜこういう事態になったのか。「コロナ」のせいでこうなったのでしょうか。コロナがなければオリンピックは「正義と平和の祭典」として世界的にも日本国内でも熱狂的に歓迎されるはずだったのでしょうか。

 そう思うこと自体がオリンピックに対する幻想であり、「虚構」に過ぎないという批判がやっと日本にも広がってきたことを、先日このブログで書きました。わたし自身オリンピックが毎回わいろで誘致され(今回の東京オリンピックにたいしてもJOCの前竹田会長が巨額な買収資金を動かした疑いをもたれています)、電通をはじめとする巨大企業の食い物になっていることは以前から知っていました。それは、オリンピック発祥の時からついて回った構造であることを、図書館の順番待ちで借りた3冊の本で勉強したのです。その3冊と言うのは、ジュールス・ボイコフ『オリンピック秘史』と『オリンピックに反対する側の論理』、ヘレン・ジェファーソン・レンスキー『オリンピックという名の虚構―政治・教育・ジェンダーの視点から』です。

 そして6月13日に行われたボイコフ氏と、ネットで「オリンピック中止署名」をよびかけ43万という署名を集めた宇都宮健児氏による『犠牲の祭典―オリンピックの真実』という動画をやっと今日、それも2時間もかかるのでお二人の話の部分だけですが視聴しました。すごく説得力がありました。特にボイコフ氏は2019年に来日して福島を訪問、「東京オリンピック誘致の当時の安倍首相は福島原発事故は<アンダーコントロールされている>と言って支持を獲得し、<東日本大震災と原発事故からの復興>というスローガンを掲げたが、それは現実と大きく乖離している」ことを指摘され、さらにコロナがもたらした世界的な貧困と格差の拡大にオリンピックが拍車をかけているという現実を直視すべきだと明快に発言されました。それは彼の著書によれば「オリンピック反対は資本主義の構造そのものへの批判にならざるを得ない」のだと言うのです。動画の中で宇都宮さんが「そこまで考えていなかった」と反省の弁を述べておられましたが、日本国内でもコロナがなければオリンピックをほめたたえていたかもしれないという感情は根強くあると思います。

 レンスキー氏の著書は『ジェンダーの視点から』とあるように、オリンピックが女性を排除したところから出発し、ようやく与えられた役割が「女性は(競技者ではなく)応援者」という位置づけであった歴史から説き起こし、さらに「植民地化ツール」としてのオリンピックの役割にも説き及んでいます。だからボイコフ氏は「オリンピックは今や政治的争点だ」と言うのです。彼がもとサッカーのオリンピック代表だったことは知られていますが、その経験を論理として提起したことはすごい、と思いました。

 オリンピックで活躍するアスリートたちには激励を送りたい。しかし、オリンピックを頂点とする(と思われている)スポーツの世界でこれまで繰り返されてきたセクハラやパワハラ、出身校による差別等々をみれば、「純粋なスポーツマンシップ(これも男性名詞だよね?)」の虚像はもはや存在しない。今回のオリンピック開催問題でも、本来なら生命の危険を感じているはずの現役アスリートたちからの発言が殆ど出ないということは、尾身さんのような専門家でさえ政府の方針に反する発言をすればどうなるかを見せつけられたらものが言えるわけないでしょ、と思ってしまう。「五輪ファシズム」「オリンピック産業」と呼ばれるこの世界的プロジェクトを「コロナがなければ歓迎したのに」と言えるだろうか?

 かくて6月6日に「ワクチン2回接種済み」でそろそろ抗体ができるはずという「恵まれた条件」のわたしも、7月23日以降東京の街なかには絶対出て行かない、オリンピックもテレビででも見ないゾ(もともとテレビのスポーツ番組はほとんど見ない)、と「はかない抵抗」をしようと思っています。せめて7月4日の都議選では、「オリンピック中止」を公約する候補者を探そう。
2021.06.18  2021年全仏オープンテニス観戦記

盛田常夫 (経済学者・在ハンガリー)

 大坂なおみの記者会見拒否に続く棄権、女子ランキング1位バーティの故障棄権、クヴィトバの怪我棄権、フェデラーの4回戦棄権など、今年の全仏テニスはあまり楽しくない話題が多かった。女子はトップシードが軒並み棄権や敗退で、ベストフォアに残ったのが第17シードのサッカリ(ギリシア、3月末のマイアミ・オープンで大坂に圧勝して連勝記録を阻止)、すでにヴェテランの領域に入った第31シードのパヴュルチェンコヴァ(ロシア)、ダブルスの巧者だがノーシードでランキング33位のクライチコヴァ(チェコ)、ランキング85位のズィダンシェク(スロヴェニア)という顔ぶれになった。
 準決勝でクライチコヴァとパヴュルチェンコヴァが勝ち、予想外の決勝戦になった。近年の赤土のチャンピオンは「年替わり」の様相を呈しており、今年は若い選手ではなく、中堅選手同士の決勝となった。結果はクライチコヴァの粘り勝ち。パヴュルチェンコヴァにとって、選手生命最後のチャンスだった。ダブルスで何度も決勝を戦ったクライチコヴァが、僅かな経験の差で勝った。しかし、トップシード選手がいない今年の準決勝戦も決勝戦も、インテンスィティ(戦いの強度)の低い戦いだった。

ブレイクしたサッカリ
 女子準決勝に残った選手のうちで特筆されるのがサッカリである。172cmと小柄ながら、力強いテニスをする。サーヴは特別速いわけではないが、それでもファースト・サーヴィスの平均速度が160km/h後半、セカンド・サーヴィスのそれは140km/h出せる力をもっている。ほぼ錦織選手並みである。逆に言えば、錦織選手のサーヴスピードがいかに遅いかが分かる。サッカリはストロークでも強いボールを打てる。3月末のマイアミ・オープンで大坂選手を破った時には大坂のセカンド・サーヴィスを22本も打ち抜いた。明らかにコーチが与えた戦術である。大坂の緩いセカンドサーヴを切り返す練習を繰り返して試合に臨んだのだろう。そうでなければ、これほどうまくセカンド・サーヴィスが叩かれることはない。コーチの戦術とそれを実行する選手の力がうまくはまった結果である。大坂なおみの不調の波はこのサッカリ戦の敗退から始まったことを考えると、サッカリのコーチの有能さを称えないわけにはいかない。
 サッカリが今大会の準々決勝で優勝候補ナンバーワンと目されたシフォンテック(ポーランド)をストレートで破ったのも、シフォンテックのフォアハンドを徹底して攻めるという戦術である。左右のライン際にボールを落とすのがうまいシフォンテックに、球を散らさせない戦術だった。これがシフォンテックのストロークミスを誘った。このゲームのファースト・サーヴィスの平均スピードはサッカリが167km/h、シフォンテックのそれは158km/h、セカンド・サーヴィスの平均スピードはサッカリが145km/h、シフォンテックのそれは116km/hだった。シフォンテックの緩いセカンド・サーヴィスもサッカリの餌食になった。
 サッカリのコーチはイギリス人のトム・ヒルである。内田暁氏のレポートによれば、テニス選手として大学で経営学を学びながら、下部リーグに参戦していたが、卒業後の進路で迷っていたところ、フロリダのIMGアカデミー(錦織選手が所属していたスポーツ選手を育てるフロリダのクラブ)からシャラポワのヒッティングパートナーの話が舞い込み、そこからコーチングの世界に入ることになった人物である。まだ若い26歳である。
 サッカリvs.クライチコヴァの準決勝は双方とも慣れない大舞台で、思い切った戦いができなかった。お互いにマッチポイントを迎えながら、思い切ったショットを打てない消極性が、試合を無駄に長引かせてしまった。スリリングではあったが、試合内容としては凡戦に近い。サッカリ有利とみられたこの試合、サッカリがマッチポイントを迎えても、積極的に攻めることができなかった。お互いに慎重になり、相手のミスを待つ消極性が試合のインテンスィティを低めた。ダブルスの名手で球を置くのがうまいクライチコヴァに軍配があがった。
 ここが大坂なおみなどのグランドスラム大会の決勝舞台を経験している選手との違いである。大坂は大舞台に強い。試合を重ねるごとに集中力を高め、ゲームのレベルを上げることができる。強敵相手に、しかもゲームを決めるポイントにリスクをかけて打ち込める集中力がある。ここがトップ選手と20番台前後の選手で決定的に違う。サッカリは一発勝負に強く、強敵を打ち負かす力を持つが、その力をさらにアップしてトーナメントを勝ちきることができない。逆に、頂点が近づくにつれ、手が縮んでしまう。それが現在のランキングに現れている。準決勝の舞台を経験してさらに強くなれるのか、今後の戦いが注目される。

フェデラーにはつらい赤土
 フェデラーがナダルになかなか勝てないのは、片手のバックハンドに跳ねるボールを集められるからである。高くバウンドするボールを叩くのは誰にも難しいが、フェデラーの場合は弱点である片手のバックハンドが狙われる。ハードコートの場合には弾みが押さえられるのでバックハンドの処理は赤土ほど難しくない。それでも、ほとんどの選手はフェデラー攻略の的をバックサイドに狙いを定めている。だから、フェデラーは長いラリーに持ち込まないように、ハードコートではサーヴ・アンド・ヴォレーの速い攻めを心がけている。その鍵になるのは制球力が高いサーヴィスである。球速が特別に速いわけではないが、190km/h台のサーヴをコーナーに決めることで、速い勝負を仕掛ける。これがフェデラーの戦い方である。ところが、このサーヴィスが入らないと、苦しいゲームを強いられる。すでに全盛期を過ぎ、脚力が衰えているので、走り回ってボールを拾うことはない。
 早めの勝負を仕掛けるもう一つの武器は、ライジング処理である。相手に充分に打球態勢を取らせないように、ボールが落ちる前に叩くというのがフェデラーのスタイルである。しかし、赤土では球が跳ねるので、ライジング打法はミスを生みやすい。フェデラーが赤土で苦戦する理由である。
 3回戦の対キュファー(ドイツ、ランキング59位)戦で苦戦したのはファースト・サーヴィスの確率が低く先手を取る戦いができなかったこと、クレー・スペシャリストのキュファーが跳ねるボールをフェデラーのバックサイドに集中する作戦を徹底していたからである。最初の3セットはすべてタイブレイクまでもつれ、第4セットは辛うじて7-5と取り切り、3時間35分の試合を終えた。深夜に及んだ試合は40歳の誕生日を迎えるフェデラーには大きなストレスと疲労を与えただろう。4回戦棄権の判断は妥当なところである。

力負けする錦織
 1、2回戦をフルセット4時間の試合を行った錦織は「死闘」と伝えられたが、緒戦から「死闘」では先が思いやられる。それもこれもすべて、威力に欠けるサーヴィスが原因である。ストローク戦になれば、赤土ではまだ戦える力を持っているが、それでも強豪相手には1セットを競るのがやっとである。体力が続かないし、脚力も衰えている。パワーも体力も脚力もなくなった錦織が、これからランキングを上げていくのは簡単ではない。これだけランキングが下がると、グランドスラム大会の早い段階でトップシードと当たる可能性が高くなり、ポイントを稼ぐことができない。
 相手の棄権でラッキーな3回戦になったが、4回戦はズヴェレフになった。ズヴェレフは体格・パワーとも、まさにテニス界の大谷翔平である。この試合、ファースト・サーヴィスの速度の違いは40-50km/hもあった。ズヴェレフが210km/hのファースト・サーヴィスを連発するのにたいし、錦織のそれは170km/hを下回るのがほとんどで、セカンド・サーヴィスの多くが130km/hを下回った。ズヴェレフのセカンド・サーヴィスは錦織のファースト・サーヴィスより速い。これでは試合にならない。
 ファースト・サーヴィスの速度にこれだけの違いがあっても、バウンドしたボールが急激に減速する赤土ではまだ試合の格好がつく。しかし、球速が衰えないハードコートでは試合にならないだろう。残念ながら、錦織時代はすでに終焉した。しかし、錦織選手の後を継ぐ日本人選手がいない。西岡選手は小柄ながら非常にうまい選手だが、錦織選手以上に非力である。2019年ウィンブルドン・ジュニア(シングルス)で優勝した望月慎太郎(18歳)は有望株だが、錦織並みの体格である。190cm90kg前後の巨漢選手が210-220km/hのサーヴを放ち、縦横無尽にコートを走り回る時代である。小柄な日本人選手が上位につけいる隙はない。テニス界の大谷選手の登場が待たれる。
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2021.06.04   大坂なおみ選手のこと
 
盛田常夫 (経済学者・在ハンガリー)
 
 プロスポーツの世界では若い選手が世界の頂点に立つことがある。もちろん、並外れの才能あってのことだが、肉体的な強靭さは必ずしも精神的な強靭さを伴わない。戦う上での精神的な強靭さと社会生活上の精神的な強靭さはまったく別物だ。とくに十代や二十代そこそこの若者は、競技上の高い評価と社会生活者としての未熟さとのギャップに戸惑い、そこから生活が乱れることが良くある。だから、若い選手への精神的なケアはきわめて重要である。大坂選手だけでなく、現在の女子テニス界には若手の有望選手が多い。たとえば、17歳の天才少女ガウフは社会生活者としてはまだ子供である。しかし、プロの世界は子供であっても、大人の振る舞いを要求する。それが大きな精神的不安や負担になることが多い。14歳で全仏ベストフォーに進み、天才少女と騒がれたジェニファー・カプリアティはマリファナに手を出し、テニスから遠ざかった。テニス界の「カプリアティ症候群」である。

 20歳の若さでグランドスラム大会に優勝した大坂選手だが、2018年の全米オープン優勝は精神的に非常に苦しいものだった。セリーナ・ウィリアムズ選手の振る舞いによって、2万人近いニューヨークの観客は大坂選手にブーイングを浴びせた。まるで勝利してはいけないような雰囲気の中でウィリアムズ選手に完勝したが、喜びより罪悪感をもたされるような精神状態に陥れられた。何の非もないのに、20歳の一人の若者が2万人の観客を敵に回すという異様な状況が、大坂選手に与えた心理的精神的な影響は計り知れない。
 競技の中で見せた勝負強さは動物的本能のようなものだが、それが社会生活上の精神的な強さを保障するものではない。大坂選手のプロスポーツ選手としての成功と、日常生活上の精神状態には大きな乖離が存在する。それは人だれにも見られることだ。社会経験を積む以外にこの乖離を克服する手立てはない。だから、「大金をもらっているのだが、大人の振る舞いをせよ」というのは暴論である。

 大坂選手は2018年の全米に続き、2019年の全豪を制した。準決勝、決勝はともにチェコのプリシュコヴァとクヴィトヴァである。とくにクヴィトヴァ戦では、第1セットを取り、第2セットもそのまま押し切れるはずが、急に流れが変わってクヴィトヴァが取った。嫌な流れになったが、最終セットの接戦を物にして勝負強いところを見せた。手に汗を握る戦いだった。これほどの勝負強さがあるから、精神的にも強靭なのだろうと考えがちだが、勝負の世界と社会生活の精神状態はまったく違うものなのだ。
 スポーツでの勝負強さは動物的で本能的なものである。大坂選手がラケットを破壊し、イライラすることを咎める人は多いが、本能的な戦いに社会生活上の行儀良さを求めるのは間違っている。肉体的な動きで勝負が決まるスポーツは感情的にも激しい動揺が伴う。行儀のよさが勝負を決めるのではない。だから、激しい感情が噴出することは避けられない。もっとも、感情の露出が自分にとって精神的な落ち着きを与えることになるのか、それとも相手に心理を読み取られて不利になるかは簡単に言えないが、数多くの戦いを制して頂点に立つ選手は皆激しい感情を肉体的な力に変えているはずである。だから、経験を積んで激しい感情をうまくコントロールして、勝負の流れを掴む知恵を蓄えることは大切だ。
 Eurosportsで全仏のリポーターになっているミシャ・ズヴェレフ(スヴェレフ兄)は当初、大坂の行動を批判していたが、翌日の番組では「グランドスラム大会の大舞台に立った経験がないので、どれほどの精神的な重圧があるのか分からない」と話すに留めた。われわれには20歳そこそこで世界の頂点の戦い立つ緊張や精神的な重圧を実感することができないが、その重圧を無用に高める愚は避けなければならない。

 さて、話題になっている記者会見だが、大きな大会ではセンターコートの試合の勝者に、コート上でインタヴューするのが慣例になっている。これまでも大坂選手のオンコート・インタヴューに応えてきた。今年の全仏1回戦の後も、インタヴューに応えている。これに加えて、トップシード選手には勝ち負けにかかわらず、試合終了後30分以内にプレス会見出席が規定されている。問題はこれである。
 勝者のばあいには気分的に難しくないが、敗者として記者会見に臨むことは難しいことが多い。肉体的にも精神的にも疲れた状態なら、とにかくシャワーを浴びて横になりたいと思うだろう。勝負の反省は後でゆっくりコーチと行えばよい。凡人の日常生活でも、疲れていると人と口を利きたくないと思うときは結構ある。
 しかし、大会主催者は敗者であっても、トップ選手には会見への出席を要求する。ぶっきらぼうに答えて記者の反発を食うことがある。全豪で大坂に負けたウィリアムズのように、途中で涙して会見を切り上げることもある。「敗因は何でしょう」と聞かれて、「今は休みたいだけ。敗因が分かっていたら負けていなかった」と思うだろう。男子テニスの場合、4-5時間になる試合もある。疲労困憊しているのに、お付き合い会見が苦しくないはずがない。グランドスラム大会の決勝戦の後なら勝者も敗者もそろって会見するのは良いが、決勝戦以外は勝者の会見だけでよいはずだ。疲労困憊状態であれば、勝者であっても会見をパスする権利があってもよい。他のプロスポーツでは大概そうなっているはずである。
 記者会見はスポンサーへの義務という意見がある。しかし、オンコート・インタヴューはテレビ放映されるが、記者会見はまず放映対象にならない。だから、スポンサーへの義務というのは的外れである。ただ、例年11月に行われるランキング・ベストエイトが戦う最終戦は別である。これは一つ一つの試合がセレモニーで、敗者にも大きな賞金が支払われるから、スポンサーへの感謝を込めて、すべての大会セレモニーに行儀よく参加する必要がある。

 最後に、トゥイッター(日本語はツイッター)やSNSあるいはfacebookで意見を表明することが流行しているが、正式な要望書は文書かメイルで発出すべきである。今は一国の首相でも政府の重要決定を先取りする形でfacebookにメッセージを書き込むが、これは感心しない。

2021.05.19 赤土に苦しむ大坂なおみ、サーヴが弱い錦織(テニス)
久保(建)、香川、富安(サッカー)らは?  世界の日本選手たちあれこれ
                      
盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

 マドリッドオープン2回戦(ベスト32)で、大坂なおみは難敵ムホヴァ(チェコ)に敗れた。2回戦でランキング20位のムホヴァと対戦するのは厳しいと思っていたが、赤土コートでの大坂の現状を知るうえで貴重なゲームになった。
 テニスに長い伝統のあるチェコの選手は大柄でサーヴが良い。サーヴ・アンド・ヴォレーに強いクヴィトヴァ(182cm、ランキング12位)、186㎝の長身でサーヴにもストロークにも威力のあるプリシュコヴァ(カロリナ・プリシュコヴァ、ランキング9位。なお、クリスティーナ・プリシュコヴァは双子の姉で左利き。ランキング87位)に次ぐチェコ選手が、ムホヴァである。一見して大きく見えないが、180cmの長身である。クヴィトヴァやプリシュコヴァに比べてパワーで見劣りするが、脚力やストローク力は2人より上である。今年の全豪オープンではランキング1位のバーティを破り、準決勝に進出した。油断できない相手である。
 チェコの選手はクレーコート上がりだからストロークに強い。それに加え、ムホヴァは左右のフットワークが良く、コートカヴァレッジが広い。大坂とほぼ同じ体格だが、この試合ではムホヴァの動きが大坂のそれを上回っていた。第2セット途中から、大坂の攻撃的なストロークが決まりだして、試合を振り出しに戻したが、後が続かなかった。ハードコートではストロークエースになるボールがことごとく返ってきた。こういう展開になると、赤土では脚力がある方に分がある。しかも、大坂は第1セットと第2セットのサーヴィスゲームをひとつずつ落とし、第3セットでは2つのサーヴィスゲームを落とした。サーヴで相手を崩し、ストロークで優位に立つという大坂の戦い方を貫くことができなかった。それにたいして、ムホヴァはサーヴも好調で、大坂の強烈ストロークを拾いまくった。この違いが試合を決した。大坂もこの結果を受け入れているはずだ。
 このトーナメントでもう1~2試合戦って、赤土に慣れたかった大坂だが、早期の敗退になった。けっして悪い出来ではなかったが、赤土のコートでの戦い方や弱点を知る上では良い経験になった。サーヴが悪くても、ストローク力で戦えるようにするためには、ムホヴァほどの脚力を持つことが必要だろう。ムホヴァから学ぶことも多かったはずだ。

土居美咲に見る日本の女子選手
 大坂と1回戦で戦った土居美咲は、2015年のルクセンブルグオープンでWTAツアー初優勝を飾り、2016年のウィンブルドンではベスト16まで勝ち進み、一時は世界ランキング30位前後まで上げたが、現在は80前後に低迷している。159cmと小柄だが、テニスはサーヴもストロークも、ラケットを大きく振り切る、力感のあるプレーを特徴とする。対大坂戦では土居の思い切りの良いプレーが光った。もう少し体に恵まれ、パワーがあれば、ランキング20位前後まで行けた選手である。
 大坂選手を除き、ほとんどの日本の女子プロ選手は160cm前後の小柄な体格である。現在のパワーテニスの世界で、小柄な選手はどうしても力負けしてしまう。ラケットを振り切る力が弱く、当てるだけのテニスになってしまう。その中で、土居美咲は力負けしないテニスを展開してきたが、それでもフィズィカルな弱さは否定できない。
 アメリカで育ち、日本国籍を取得して青山修子とダブルスを組む柴原瑛菜は175cmと大柄で有望株だが、シングルスでは予選を突破して本選にたどり着けない。ダブルスでコンビを組む青山修子は154cmである。この二人のデコボココンビがマイアミオープンで見事に優勝し、今年だけでツアー4勝目を飾った。今のところ、ダブルスの方が勝ち進める可能性が大きい。
 今の女子テニス界には180cmを超える大型選手が数多くいる。それに伍して戦うにはフィズィカルな強さがなければ叶わない。ただ、ランキングトップにいるバーティやランキング3位のハレップは170cmに満たない体格で、決して大柄ではない。にもかかわらず、力負けしないフィズィカルな強さがある。日本の女子選手は彼女たちのトレーニングや戦い方を学ぶべきだろう。

錦織圭の現状
 2014年、2015年と連覇を果たしたバルセロナオープンで、錦織は3回戦まで勝ち上がり、ナダルと対戦した。ビッグスリーと錦織との距離を測る興味深い対戦だった。
 第1セットは6-0のベーグルで相手にならなかった。第2セットから、往年のストローク力が冴えて、左右に深いボールが次々と入るようになり、ナダルを慌てさせた。ストロークが崩れず、第2セットを6-2で取る健闘となった。第3セットの最初のゲームでナダルからサーヴィスゲームを奪えるチャンスがあったが取り切れず、以後はずるずると後退して負けてしまった。第2セットがなければ、ぼろ負けというところだったが、何とか元チャンピオンのプライドだけは守られた試合になった。
 セットを取り切った第2セットだが、目を疑ったのは錦織のサーヴスピードである。ファーストサーヴのほとんどが160km/h台で、150km/h台のファーストサーヴィスもあった。セカンドサーヴは例外なく130km/h台だった。スピード計測器の故障かと思ったが、ナダルのサーヴスピードは180~190km/hと表示されていたから故障ではない。女子の中堅選手並みの遅いサーヴで今の男子テニス界を生き抜くのは不可能である。今の錦織は非力さを非凡なテニス感覚と技量で何とか凌いでいる。
 錦織のサーヴに対して、ナダルはエンドラインから3mも後方に構えてストローク戦に備えていたので、緩いセカンドサーヴでも叩かれる場面はなかった。なぜ、ナダルがそれほど後方に位置取りしたのか分からない。強烈なサーヴをもつ若手相手なら理解できるが、女子選手並みのサーヴにたいして、これほどまで後方に構えた理由が分からない。
 錦織は1、2回戦とも、南米のクレー巧者相手に勝利を収めたが、2試合とも2時間40分の長い試合だった。それもこれも、サーヴィスゲームをキープするのに苦労しているからである。サーヴが弱いために、簡単にゲームを取り切ることができない。ブレイクポイントを切り返すのに四苦八苦している。1回戦の対ペラ戦では16本のブレイクポイントを握られ、2回戦の対ガリン戦では13本のブレイクポイントを握られた。これが試合時間を長くしている。
 ナダルとの試合後、錦織は「どこが悪いのか分からない」というような感想を述べている。本人はサーヴ力の弱さを致命的なことだとは考えていないようだ。球速の遅いクレーコートではサーヴ力の格差は縮まるが、それでもサーヴ力がなければゲームを作るのに苦労する。コーチも錦織に遠慮して、サーヴ力の向上を強力に助言し、トレーニング指針を与えてこなかった。それがビッグツリーとの差につながった。

日本人選手のフィズィカル問題
 テニスに限らず、海外で活躍する日本人プロスポーツ選手が共通に抱えているのが、欧米人との体格差である。大リーグで活躍する大谷翔平選手は例外的な事例である。大谷選手ほどの体格とパワー、スピードがあれば、どんなスポーツの世界でも世界のトップ水準に立つことができる。
 今、男子テニス界では大谷選手並みの体格の選手が続出している。一人や二人ではなく、少なくともビッグスリーと戦える大型でスピードのある若手選手が10名はいる。皆、パワーだけではない。190cm前後の長身であるにもかかわらず、動きが俊敏で、ストローク力がある。これまでの大型テニス選手と言えば、2m10cm前後のカルロヴィッチ、イスナー、オペルカが代表的で、体が大きい分だけ動きが鈍い。ところが、最近の大型選手はみなパワーがあり、俊敏でストローク力がある。ビッグスリーと対等に戦える力を持っている。このなかで、非力な錦織選手や西岡選手が上位のランクを狙うのはほとんど不可能に近い。よほどの脚力やフィズィカルな強さがなければ、大谷選手並みの大型選手と互角に渡り合うことなどできない。稀に見る才能を持った錦織選手でも、今のフィズィカルの弱さでは、もう上位のランキングを望むことはできない。
 これを考えると、サッカーの久保建英を心配しないわけにはいかない。非凡な足技をもっているが、レアルマドリードのレンタル先で活躍の場が与えられない。ペナルティエリア付近での動きやボール捌きは一流なのだが、ペナルティエリアにいたるまでのドリブルスピードやドュエル(相手選手との対人防御力)が不安視されるから、なかなか先発で使ってもらえない。
 レアルマドリードに加入した頃の1部チームとの練習で、久保の技術が高く評価され、いずれレアルマドリードを担う人材だと評価されたが、ここ1年は評価が下がり続けている。トレーニングのミニマッチはペナルティエリア近辺を使う練習だから、久保の技術は活きる。しかし、試合はサッカーコート全面を使うゲームだから、ペナルティエリアに至るまでの動きが重要だ。あと身長が5cmほど伸び、体重で10kgほど増量してフィズィカルが強化されれば、評価も変わるだろうが、事はそう簡単ではない。
 この久保の状況に関連して思い出されるのが、同じような体格の香川真司である。2010-2011年、2011-2012年のドルトムンドのリーグ二連覇に貢献した香川の名前は、今でも中欧のサッカーファンの中では忘れられていない。前線を組んだレバンドフスキーがバイエルンミュンヘンへ移籍して、世界的なストライカーになったのにたいし、香川はギリシアのチームでくすんでいる。信じられないことだ。それもこれも、プレミアリーグへの移籍で成果を上げられなかったことが躓きの石となった。香川を招聘したマンチェスターユナイティッドのファーガソン監督が1年で引退したことが致命的だった。後釜に座ったモィーズ監督はサイド攻撃一本やりで、中央を主戦場とする香川を生かすことがなかった。他方、香川はプレミアリーグのフィズィカルコンタクトに対抗できるように、ウェイトトレーニングで上半身を鍛えた。上半身が一回り逞しくなった香川だが、その分持ち前の俊敏さが失われた。これで香川の良さが消えた。
 香川の事例があるので、久保がウェイトトレーニングで体を鍛え、ドュエル力を付ければ良くなるとは言い切れない。それより、サイドアタッカーとしてのスピードを上げることが優先されると思われる。久保の足は遅いとは言えないが、速いとも言えない。久保世代の若い選手がレアルマドリードやバルセロナでスタメン出場しているが、皆、縦のスピードが速い選手である。ゲンク(ベルギー1部)の伊東純也ほどのスピードがあれば、レアルマドリードでもヴィニシウスのようにスタメンで使ってもらえるはずだが、もう一つのプラスアルファが足りない。そこがレンタル先の監督の信頼を得られないところだ。
 久保選手の来期の所属先だが、そろそろレアルマドリードに拘るのを止めた方が良い。レンタルを続けるより、久保に合う戦術を持っているチームへ移り、そこで活躍の場を見つけるのが成功への道のような気がする。
 日本人選手でも富安健洋(ボローニア)のように、フィズィカルに強い大型選手が欧州で活躍しているが、非凡な才能をもった久保建英にはプラスアルファを付けて、活躍できるチームを見つけてほしいものだ。
2021.04.08 大坂なおみ、1年ぶりの敗戦

盛田常夫 (経済学者、在ハンガリー)

 昨年2月のフェドカップの敗戦以後、負けなしできたテニスの大坂なおみの連勝が23 (2000年以降最長、WTAトーナメントの連勝記録歴代第9位)で終わった。2020年フェドカップ対スペイン戦で、大坂はスペインのソリベストルモに0-6、3-6で完敗し大粒の涙を流した。クレーコートの敗戦だから仕方がないところもあるが、全豪4回戦の敗戦に続く連敗は、苦しかったに違いない。
 そこから連戦連勝を重ねてきたが、3月31日の2021年マイアミオープン準々決勝で、伏兵のサッカリ(ギリシア)に0-6、4-6で完敗した。1年ぶりの敗戦だが、負けるときはこんなものである。大坂の弱点が徹底的に突かれた結果だから、これを糧にいっそうのトレーニングに励んで欲しいものだ。
ゲームに入り込めなかった大坂
 マイアミオープンは全豪オープンから1カ月以上の間があったから、トップ選手は皆、ゲーム勘を取り戻すのが難しかった(下位選手は小さな大会に参加していた)。マイアミオープンはグランドスラム大会に次ぐWTA1000の大会で、シングルス128ドローで行われる。シード選手は1回戦免除になり、大坂は2回戦から登場した。勝負所で決めきれないもどかしさはあったが、順当に緒戦を勝ち上がり、幸運なことに3回戦の相手が棄権したために、1時間半程度の試合時間で4回戦へ進んだ。4回戦の相手メルテンスは難敵だが、序盤の好調なサーヴィスを維持し、他方でメルテンスが肩の不調でメディカルタイムをとったために、少々気が抜けた試合になった。この試合もほぼ実質1時間20分程度で終わり、大坂は3時間程度の試合時間でWTA1000大会のベストエイトに勝ち進んだ。本来なら、ラッキーと言うべきだが、試合を重ねる中で集中度を高めていく大坂にはいささか物足りない実戦になった。引き締まらない環境の中で、緊張感を保つのは難しい。これが準々決勝敗退の伏線になった。
 他方、サッカリは全豪オープンでは1回戦で敗退しているランキング25位の選手である。しかし、今大会は好調を維持し、2回戦、3回戦をそれぞれ1時間で終わらせ、4回戦ではペグーラ(アメリカ)にマッチポイントを何度も握られながら、2時間40分にわたる熱戦を制して大坂戦に臨んできた。接戦を勝ち上がったサッカリは最初から気合が入っていた。失う物がない者の強みである。
 サッカリは170cmほどの身長だが、強打一本やりで臨んできた。驚くことに、サーヴィスも絶好調で、ファーストサーヴィスは170km/hを超え、セカンドサーヴィスのそれは大坂より速く、150km/hを超えるスピードで強く打ってきた。男子並みのスピードである。錦織よりも速い。
 これにたいして、強い風が気になったのか、大坂のファーストサーヴィスが入らず、緩いセカンドサーヴィスが餌食になった。女子テニスでも130km/hを下回るサーヴィスは叩かれる。もっとも、緩いサーヴィスを強打するとネットに掛けやすいのだが、この試合のサッカリのリターンはほぼ完ぺきだった。試合を通して、大坂は38本のセカンドサーヴィスを放っているが、22本も打ち抜かれた。サッカリ陣営は大坂のセカンドを徹底して叩くという作戦が立てていたのだろう。これに対して、大坂はサッカリのセカンドサーヴィスで獲得したポイントは13本中6本にすぎない。
 この試合の大坂のファーストサーヴィスの確率は40%(26/64)、その40%のなかでポイントを獲得できたのが半分(13/26)で、サーヴィスエースはわずか1本である。これほどサーヴィスが悪いと勝てない。サッカリのサーヴィス・データはすべての点で大坂を上回っていた。大坂が負けた最大の原因がサーヴィスの不調だが、サーヴィスの不調はストローク戦にも影響する。リズムに乗れない大坂はストローク戦でもミスが目立ち、サッカリの完勝となった。
明確になった弱点
 大坂が敗戦から改めて学ぶことがある。最大のテーマはセカンドサーヴィスのスピードである。190km/hを超えるファーストサーヴィスを打てる大坂だが、セカンドサーヴィスのスピードは50km/h以上も減速する。ファーストサーヴィスは超一流だが、セカンドサーヴィスは並みの選手である。フィセッテコーチの下、コースを変えたり、回転をかけたりして、セカンドサーヴィスが叩かれない工夫をしているが、サッカリ戦のように、跳ね上がるボールがちょうど相手の打点に合ってしまうと、簡単にリターンエースをとられてしまう。
 女子選手の中で大坂が頭一つ抜け出しているのは、一にも二にも、男子並みのファーストサーヴィスにある。勝負所でファーストサーヴィスが決まれば、試合を優位に進めることができる。ところが、この武器がもぎ取られると、途端に苦しくなる。この試合はそのことを身にしみるように教えてくれた。女子のトップテンにいる選手は皆、速いサーヴィスを持っているが、そのなかでも安定性で大坂が群を抜いている。しかし、その武器が通用しないと、試合を作るのが難しい。
 近年のテニスは、男子も女子も、安定して速いサーヴィスを打てる選手が良い成績を残している。とくに男子の場合、コンスタントに190km/hのスピードが出る選手でないと、上位の選手と戦えない。ロシアの若手の上位ランカーは必要な時に210、220km/hのサーヴィスを打つことができる。かれらのセカンドサーヴィスは160-170km/hで、錦織選手のファーストサーヴィス並みのスピードである。スピードの次元が違う。現在の男子テニスの世界ではセカンドサーヴィスのスピードも150km/hは不可欠である。このスピードに達しない選手がトップテンに留まることは難しい。いくら変化球が多彩で、制球力があっても、直球の威力が140km/hの投手が活躍できないのと同じである。強靱なフィズィカルを持った若手選手が次から次へと台頭してレベルが急激に上がっている男子テニス界は、サーヴィスフォームを変えた程度の錦織選手がトップテンに戻ることができるような状況にはない。
 グランドスラム大会の成績を上げないとランキングは上がらない。しかし、男子のグランドスラム大会は3セット先取だから、サーヴィス力がない選手は大会の序盤で体力を消耗してしまう。1ポイントを取るのに長いラリーを続けていたのではどれだけ体力があっても長続きはしない。緒戦から3時間4時間の試合をしていたのでは後が続かない。今の男子テニス界では強烈なサーヴィスを武器とする若手選手が目白押しで、いわばメジャーリーグの大谷選手のような男子選手が次々と現れている。だから、錦織選手がトップテンに返り咲く余地は残されていない。
 錦織選手が非力ながらトップテンを4年も維持できたことはテニス選手としての才能を示している。もう少しフィズィカルが強く体力があれば、ビッグスリーに肉薄できたはずだが、体の強さには天性のものがあるから、これだけは仕方がない。
 大坂なおみ選手の活躍が示すように、女子も男子も高い身体能力がないと、世界のトップのレベルに立つことはできない。日本ではフィズカルが強いスポーツマンの多くがプロ野球に流れるから、なかなかマイナーなテニスに身体能力の高い選手を呼び込むことができない。錦織選手や大阪選手の活躍にあこがれて、テニスの世界に入っていく子供たちが増えると良いのだが。

2021.02.22  勝つべくして勝った大坂なおみー全豪テニス
 
盛田常夫 (経済学者・在ハンガリー)
              

 大方の予想通り、大坂なおみが全豪オープン2度目の制覇をなしとげ、23歳にしてグランドスラム大会4勝目をあげた。大手ブックメーカーのオッズは大坂1.2倍にたいしブレイディ5倍、Eurosportsの試合前予想は71対29で大坂勝利だった。大坂には勝つべくして勝つ理由があった。

強制隔離と自主隔離
 何よりもまず、選手のコンディションが違った。ブレイディは感染者が出たチャーター便に搭乗してメルボルンに到着したために、ホテルでの2週間の強制隔離下におかれた。この措置を受けた選手は72名で、ブレイディもその一人だった。部屋から出ることが許されない厳しい隔離である。コーチが室内で指導することは認められていたようだが、狭いホテルの部屋で指導できることは限られている。数メートルのダッシュを繰り返し、ベッドのマットレスを壁に立てかけてボールを打つなどの練習はできた。だが、屋外の簡単なトレーニングにも及ばない。ブレイディはこの不自由な隔離から解放された後、1週間の臨時トーナメントに出場し、そこから2週間の全豪オープンに入った。これにたいし、数名のトップ選手はエクスィヴィジョン・マッチの出場のために、アデレードで自主隔離の措置を受け、屋外練習ができた。大坂はウィリアムズとともにこの措置を受けた。大会直前のこの条件の差はきわめて大きい。
 実際、強制隔離下に置かれたアザレンカは大会1週間前の前哨戦に出場したが、コンディションが整わず早々に棄権し、本選1回戦でも不本意な敗北を喫して大会を去ることになった。ケルバーも1回戦で負けた。強制隔離下にあった選手と自主隔離下(1日に5時間まで練習可能)にあった選手ではコンディションの調整に雲泥の差があった。このハンディキャップをものともせずに、決勝まで勝ち進んだブレイディは見事である。この躍進の裏には優れたコーチが存在することを忘れてはならない。ドイツ人のゲセラーの優れた指導が、大学アマチュア出身のブレイディをここまで鍛え上げた。
 もうひとつ指摘しなければならないのが、組合せ(ドロー)である。第1シードBartyの山と、第3シード大坂の山では、対戦相手の難易度が違い過ぎた。
 大坂が初戦から世界ランキング50位以内の選手と対戦したのにたいし、ブレイディの1回戦はランキング102位の選手、2回戦は85位の選手、3回戦が104位の選手が相手で、ようやく4回戦になって33位のヴェキッチと対戦することになった。5回戦のペグラのランキングは61位、準決勝のムホヴァのランキングが27位である。徐々に試合に慣れていくという意味では良かったが、強敵との対戦で競った試合を経験せずに決勝まで来てしまった。
 大坂の相手、1回戦のパヴルチェンコヴァ(39位)、2回戦のガルシア(43位)はみな実力のある選手だ。3回戦のジャブールもランク30位の難敵だった。4回戦のムグルーザ(14位)、6回戦のウィリアムズ(11位)は言うに及ばず。5回戦の謝淑薇(シェイ・スーウェイ)はランキング(71位)こそ低いが、誰もが嫌う難敵中の難敵である。
 ブレイディは初舞台になるグランドスラム大会決勝に辿りつくまで、ランキング20位以内の選手と戦ってこなかった。ドローでこれほどの差があると、勝ち進んできた時の経験値が違ってくる。大坂はあらゆる状況に対処しながら勝ち進んできたのにたいし、ブレイディは比較的容易に勝ち進むことができた。このトーナメントの経験値の違いは、決勝の舞台の自信度に現れる。この点で、ブレイディははるかハンディを背負っていた。だから、ソフトバンクが巨人を一蹴したような結末を予想した。全米準決勝のような接戦にはならず、ブレイディがストレートで負けると思っていた。

チーム大坂は第一級の専門家集団
 無観客で行われた昨年の全米オープン準決勝で、大坂とブレイディが素晴らしい試合をした。その記憶から、今年の全豪決勝が接戦になると予想した専門家もいたが、そのような予想はあまりに単純すぎる。全米以後、大坂は進化している。コンディションや大坂の進歩を考えれば、かなり差のある結果になるはずである。
今年の全豪を通して実感できた大坂の進化は次の点にある。
 まず、メンタルの安定である。大坂は対ムグルーザ戦で一度だけラケットを投げたが、それ以外は苦しい場面でも相手に弱みを見せない態度を貫いた。メンタルの安定が大崩れしない安定感を生み出している。
 サーヴィス面の進歩も大きい。フィセッテ・コーチが的確に大坂の弱点の強化に取り組んでいる。2018年の全米オープン時のファーストサーヴィスは直球一本やりのサーヴィスだったが、全豪ではスピードを殺し、外に切れていくサーヴィスを織り交ぜている。サーヴィスのヴァリエーションが増え、相手にサーヴィスを読ませずにエースを取ることができる。野球の投手が投げる球種を増やすのと同じである。さらに、セカンドサーヴィスに、スピンを利かせる技術も学んだ。緩いサーヴィスを叩かれない工夫である。もっとも、大坂のセカンドサーヴィスにはまだまだ向上の余地があるが。
 フィセッテによれば、サーヴレスィーヴにかなりの練習を積んだようだ。確かに進歩はしているが、これもまだ発展途上にある。フィテッセ・コーチの情報収集・分析に全幅の信頼をおき、コミュニケーションがとれていることが、大坂の落ち着きを生み出している。良いコーチに恵まれた。
 なによりも、チーム大坂には二人の日本人専属トレーナーが付いている。フィズィカルトレーナーの中村豊氏は国際的な経験が豊かな「ストレングス&コンディショニングコーチ」である。選手の動きの必要に即したフィズィカル・トレーニングを担当している。大坂がバックサイドに振られた時に、サイドライン外で左足を踏ん張り、鋭角のバッククロスを放つ動作などは中村トレーナーの存在なしでは考えられない。ウィリアムズ戦第1セット4-4からのウィリアムズのサーヴィスを破った3本のウィナーは、すべてこのバッククロスのショットだった。振られながらも、しっかりと重心をとって打球を捉える動作は、中村トレーナーから教えられたものだろう。
 もう一人の日本人専属トレーナーが茂木奈津子氏である。慶応大学を卒業し、鍼灸あん摩指圧マッサージの資格をもち、英語のコミュニケーションができる貴重な「アスレティック・トレーナー」である(https://www.mita-hyoron.keio.ac.jp/spotlight/201904-1.html)。日本中を探しても、このようなトレーナーを見つけるのは難しい。試合が終わった後の体のケアや、試合を控えた体のケアに信頼できるトレーナーがいるのは心強い。サーシャ・バイン・コーチ時代からのトレーナーである(いったん日本に戻ったが、再び大坂に呼び戻された)。信頼できる仲間なのである。
 これだけの人材を専属で維持できるテニス選手は幾人もいない。多くの女子選手は父親をコーチに付けている。費用の節約にもなるからである。テニスのトップ選手(世界ランク20位以内)とそれ以外の選手では所得の格差は途方もなく大きい。トップ選手はコーチやトレーナーを雇い入れることができるだけでなく、邸宅内に練習用コートを確保することができる。トップテンに入れば、プライヴェートジェットでの移動やホテルフロア確保などの支出を気にする必要がない。強い選手ほどスポンサーが付いてくるから、トップ選手はますます練習環境を整えることができる。強い者がさらに強くなれるシステムである。
 この点で残念なのは錦織選手である。コーチの人材に恵まれていない。というより、コーチやトレーナーの重要性を理解していなかったのではないかと思われるほど、優れた人材を求めてこなかった。大坂選手は全米と全豪を制覇した時のサーシャ・バイン・コーチを解任した。その後に就任したコーチもいち早く解任し、現在のフィセッテ・コーチを迎えている。度重なるコーチ解任は選手のわがままだと批判されたが、自分の弱点を的確に指摘し向上させてくれるコーチを探していた。大坂がコーチに求める貪欲さが錦織選手には欠けている。昨秋から錦織選手は日本に滞在し、専属コーチでもない日本人コーチとともにサーヴィス・フォームの修正に取り組んだ。ところが、けがを避けるためのトレーニングだったはずが、直後の試合のサーヴィスで肩を痛めてしまった。サーヴィス速度もまったく変わっていない。無駄なトレーニングを行って、挙句の果てに肩を痛めた。いったい何のためのコーチングだったのだろうか。もっと早くから、サーヴィス強化のために、欧米の優れたコーチを探すべきだった。
 2014年の全米決勝に進んだ錦織は「もう勝てない相手はいない」と豪語した。この当時、まだ錦織はナダルやジョコヴィッチと競ることができた。しかし、彼らはサーヴィスの威力を増すためのトレーニングに取り組んだ。サーヴィスが良いフェデラーに対抗するためである。しかし、錦織選手はサーヴィスの強化に無頓着だった。ここから数年のあっという間に、ビッグスリーと錦織の間のサーヴィス力の差が広がり、ほとんど勝てなくなった。フェデラーと戦うために、サーヴィスを強化したことが、その後のナダルやジョコヴィッチの躍進を生んだ。それにたいして、全米決勝進出以後、錦織のサーヴィスの威力には何の変化もない。そればかりが、ライジングを打つというストローク打法が後退し、コートカヴァーの動きが鈍くなった。もう若くない錦織選手がこれからサーヴィス力を鍛え、再び動きを敏捷化させることは不可能だろう。世界ランク30位以内に戻ること難しい。一流選手としての選手生命が終わった。
 余りあるお金をどう使うか。これもテニス選手の能力の一つである。この点で大坂なおみは賢く、向上心がある。

決勝戦短評
 大坂の出だしは悪くなく、早々とブレイディのサーヴィスを破って3-1とリードした。次の大坂のサーヴィスゲームで一挙に引き離すチャンスが生まれた。ここで4-1になっていれば、大坂の一方的な試合になっていただろう。しかし、大坂のサーヴィスが乱れ3-2となり、ブレイクのアドヴァンテージがなくなった。続くブレイディのサーヴィスゲームで3-3のイーヴンになった。
 双方サーヴィスキープで大坂が5-4とし、ブレイディのサーヴィスを迎えた。ブレイクされればセットを取られるという場面で、ブレイディに大きなプレッシャーがかかった。ブレイディが40-15とリードしながら、バックハンドエラーとダブルフォールトで大坂に追いつかれてしまった。ダブルフォールトでジュースに追いつかれたブレイディは焦ったのだろう。続く2ポイントを連続して失い、5-5にすべきところを、あっという間にセットを失ってしまった。
 大坂は勝負強いというプレッシャーがセットの終わりになって、ブレイディにミスを連発させた。このセットの取得ポイント数は、大坂の38ポイントたいし、ブレイディは31ポイントだった。ブレイディにリードを許すことなく、終盤に入ったことがブレイディの焦りを誘った。大坂のダブルフォールトが1本にたいし、ブレイディのそれは4本である。セカンドサーヴィスを叩かれないように強く打ったサーヴィスがフォールトになった。第1セットの大坂もミスは多かったが、最後まで相手に主導権を渡さず、セットを取りきった。
 こうなると大坂のペースである。第2セットも大坂がブレイディの第2ゲーム、第4ゲームのサーヴィスを破り、ダブルブレークの4-0となった。ここで事実上、勝負が決まった。第1セットの終盤の2ゲームから、第2セットの4ゲーム目まで、大坂は6ゲーム連取したのである。つまり、この間の6ゲームは大坂6-0のスコアだった。
 この後、失うものがなくなったブレイディは意地で3ゲームを取ったが、大勢に影響はなかった。第2セットの獲得ポイントは、大坂31ポイントにたいし、ブレイディ23ポイントである。サーヴィスエースは大坂が3本にたいし、ブレイディはゼロ。ウィナーは大坂の8本にたいし、ブレイディが5本。ストロークミス(unforced errors)は大坂の9本にたいし、ブレイディが13本。すべてのスタッツで大坂がブレイディを上回った。
 エキサイティングな場面が少なく、決勝戦としてはやや物足りなかったが、大坂の強さと安定性を印象付ける試合だった。

これからの課題
 大坂は全米と全豪のハードコートで優勝したが、芝のウィンブルドンと赤土の全仏でどう戦うのか、それが次の課題である。大坂のサーヴィス力があれば、サーヴ・アンド・ヴォレーを習得して、ウィンブルドンで優勝を狙えるのではないかと思うが、1年に数週間しかない芝コートのシーズンのために、芝専用の戦い方の習得に時間をかける意味を見出すかどうか。芝コートの自宅内に作って練習することもできるはずだが。これは本人の意思次第だと思われる。もっとも、サーヴ・アンド・ヴォレーの練習はハードコートの戦い方にも役に立つはずだが。
 また、スライスをほとんど使わない大坂がどこまでスライスを習得しようとするのか。バーティのようなスライスとドライヴを使い分ける器用さは、大坂には必要ないだろう。ただ、大坂はネット際に落とされたボールの処理がぎこちない。スライスがうまい選手はラケットにボールを乗せてコントロールするが、大坂にまだその器用さはない。ネット際のスライス処理ができれば、もっと楽にゲームを進めることができるはずだ。
 こう見ると、大坂にはまだまだ「伸びしろ」がある。これらを習得できれば、グランドスラム大会の優勝を重ねることができよう。そうなれば、セリーナ・ウィリアムズに並ぶレジェンドになれるはずだ。

2021.02.20  テニス全豪オープン準決勝(大坂-S.ウィリアムズ戦) 短評

 大阪なおみ選手の全豪オープンテニス奮戦記。
 いよいよS.ウイリアムズ(米)との準決勝である。お楽しみください。
この試合に勝った大阪選手は20日の決勝戦に臨む。
 相手はJ.ブレイデイ(米)。今大会第22シードと格下の選手ではあるが、大阪選手が平常心でおさえこめるかどうか、
 盛田氏の戦評を待とう。

盛田常夫 (経済学者・在ハンガリー)
            
因縁のセリーナ・ウィリアムズ戦
 S.ウィリアムズ(米)が今年の全豪にかける意気込みは並大抵のものではなかった。グランドスラム大会の勝利数23勝は女子テニスの歴代2位である。あと1勝すれば、マーガレットー・コート・スミスの記録に並ぶ。そうすれば、以後何十年も破られることのない大記録となる。しかし、2017年の全豪優勝以後、2018年と2019年に2度ずつグランドスラム大会決勝に進んだが、いずれも負けた。この1勝が遠い。出産を経ただけでなく、自然年齢も重ねていく。40歳直前のセリーナ・ウィリアムズに残された時間はそれほどない。もしかしたら、これが最後のチャンスなるかもしれない。悲壮な決意をもって、今年の大会に準備を重ねたはずだ。
 2018年の全米オープンで24勝目が実現するはずだった。いまだ経験の浅い大坂なおみ相手なら、記録達成は難しくないと思っていただろう。ところが、である。180km/hを超える速いサーヴィスを次々に決め、ストローク戦でも一歩も引けを取らない大坂にたいして、ウィリアムズは苛立った。「こんなはずではない」という思いが、ラケット破壊の怒りに爆発し、コート外からのコーチング、さらに再度のラケット破壊で、第2セットの1ゲームを戦わずして失うという前代未聞の試合になった。そして、弾丸サーヴィスが次々と決まる初陣の大坂がこの大舞台でウィリアムズを押し切り、グランドスラム大会初優勝を記録した。しかし、試合に勝っても大坂は喜びの表情を現わせなかった。サンバイザーを下げて顔を隠し、ベンチで涙した。まるで敗者のように振舞わざるを得なかった。さらに、この時の表彰式は悲しいものだった。ニューヨークの観客は大坂にブーイングを浴びせ、大坂は表彰式でも涙することになった。さすがにウィリアムズは大坂を抱き寄せて慰めたが。
 それから2年余を経過して、再びグランドスラム大会で両者の対決が実現した。大坂はウィリアムズに憧れてテニスの道に入った。ウィリアムズをリスペクトする大坂にたいし、ウィリアムズはもう何のわだかまりもないという。しかし、勝負は勝負である。2018年当時に比べ、ウィリアムズはかなり体を絞り込んできた。2018年の戦いではウィリアムズの息が完全に上がっていた。正確には分からないが、当時から10kg~15kgの減量で今年の全豪オープンに臨んできた。体のキレの良さとパワーは全盛時を彷彿とさせるものだった。これだけ準備を重ねてきたウィリアムズにたいして、大坂がどのように戦うのが、それが最大の興味だった。

第1セット
 コイントスでサーヴィスを選択した大坂だが、緊張の所為か、いきなりサーヴィスをブレークされてしまった。波乱を予想させる出だしだった。ウィリアムズは次のサーヴィスゲームをキープし、ウィリアムズは2-0とリードする滑り出しになった。大坂のファーストサーヴィスが決まらず、第3ゲーム目も苦しい展開になった。このゲームでもダブルフォールトで、相手にアドヴァンテージを与えてしまった。もしここでブレークされていれば、第1セットはウィリアムズの一方的な展開になったはずである。しかし、一皮むけてメンタルが強くなった大坂は大崩れしない。大坂はここで踏ん張り、3ポイント連取して、かろうじてゲームカウント1-2とした。そして、ここから大坂はさらに連続して4ゲームを連取して、一挙に5-2とウィリアムズを引き離した。
 この後、ウィリアムズがサーヴィスをキープして5-3となり、大坂がセット締めるサーヴィスを迎えた。ここでもダブルフォールトが1本あったが、簡単にゲームを取り切り、第1セットを取得した。このセットの大坂のファーストサーヴィス確率はなんと36%である。第1サーヴィスが入った時のポイント取得率は75%だが、これほど低調なファーストサーヴィ確率でセットを取り切ったことが不思議だ。「負けに不思議な負けなし」という野村語録通り、ウィリアムズのそれも48%と高くなかった。どっこいどっこいだったのである。サーヴィスが不調な大坂を攻撃できず、逆にアンフォーストエラー(大坂11本、ウィリアムズ16本)を重ねたために、ウィリアムズは序盤の優勢を維持することができなかった。
 大坂以上にウィリアムズが緊張していた。ウィリアムズは大坂のストロークのスピードを警戒しすぎ、ストローク戦でのプレッシャーを感じていたと思われる。それが余分な力みをなり、アンフォーストエラーを重ねる原因になった。
 4回戦で戦ったムグルーザは一見してストローク戦を制しているように見えたが、試合後の記者会見で「大坂のストロークのプレッシャー」が大きかったと話している。大坂のストロークはスピードとパワーがあり、多くの女子選手には男子選手と戦っているような感覚を与える。そのプレッシャーがミスを誘発させる。
 ウィリアムズが第1セットを取り切るチャンスがあったにもかかわらず、ずるずると押されてしまいセットを失ったのである。

第2セット
 第1セットとは逆に、第2セット第1ゲームで、大坂が早々とウィリアムズのサーヴィスゲームをブレークした。このリードを保ったまま大坂4-3で迎えたサーヴィスゲームで、ウィリアムズが大坂のサーヴィスをブレークした。ブレークしたというより、大坂はなんとダブルフォールト3本で、戦わずして相手にゲームを与えてしまったのである。4-4となり、試合は一挙に風雲急を告げることになった。
 大坂のファーストサーヴィスの確率は56%と上がったが、ダブルフォールト5本を重ねた第2セットは、サーヴィスゲームをうまく組み立てることができず、接戦になってしまった。ウィリアムズも同様に、ファーストサーヴィスが入らず、大坂よりも低い44%の確率だった。
 双方にミスの多いこの試合を決したのは、最後の2ゲーム6分間である。
大坂のサーヴィスがブレークされて4-4となった次のウィリアムズのサーヴィスゲーム。ウィリアムズのダブルフォールト1本と、大坂のバックハンドクロス3本のエースのラブゲームで再度、ブレークバックした。このブレークに要した時間は3分だった。
そして、最後になった大坂のサーヴィスゲーム、最初のサーヴィスエースに始まり、フォアハンド2本とバックハンド1本の強烈なストロークでウィリアムズを粉砕してしまった。このゲームに要した時間も3分だった。
 最後の6分間8連続ポイントの猛攻で、大坂は憧れのウィリアムズに引導を渡したのである。本当にこの敗戦がウィリアムズにとって、グランドスラム大会での最後の大一番となるかもしれない。

 この試合は大坂もウィリアムズも得意の弾丸サーヴィスで相手を制することができなかった。勝負を決めたのは、大坂のストローク・ウィナーを連発だった。ウィリアムズのストロークも強烈だが、ウィリアムズは腕の力だけでボールを叩く。大坂のストロークは腕の力ではなく、下半身の安定した動作に裏付けられているからキレがある。この違いは大きい。ウィリアムズがさらに10-15kg減量してトレーニングを積むことができれば、まだ大坂と戦うことができるが、40歳を迎えるウィリアムズにそれを求めるのは酷だろう。
 歴代1位のグランドスラム勝利記録が遠ざかる。記者会見で見せたウィリアムズの涙は、もう勝利を得ることができないかもしれないという悲しみの涙である。

2021.02.19  大坂なおみ、全豪2勝目まであと2戦

 全豪オープン・テニスでの大阪なおみ選手の準々決勝快勝記である。前回の盛田氏の紹介では台湾の謝淑薇選手はランキングでは世界71位ながら、得意のねばりと変化球で侮れない相手とのことであったが、大阪選手はどうやら危なげなく勝ち進んだようである。
 そして18日の準決勝、強豪のセリーナ・ウイリアムス戦も大阪選手は見事にストレート勝ちして、20日の決勝に進んだ。
 続報をおまちいただきたい。
 
盛田常夫 (経済学者・在ハンガリー)
               
 難しい試合が予想された大坂なおみの全豪オープンテニス5回戦、対謝淑薇(シェイ・スーウェイ)戦は大坂の圧勝に終わった。試合時間66分の完勝である。全豪制覇まであと2戦となった。18日の準決勝、対セリーナ・ウイリアムズ戦が、事実上の決勝戦となろう。

 大坂が全豪を初めて制した2019年の大会で、大阪は3回戦で謝と対戦した。この要約版のビデオは、YouTube(https://www.youtube.com/watch?v=qICUDS_WLac&t=694s)でみることができる。この試合、大坂は第1セットを5-7で落とし、第2セットも1-4と敗戦濃厚だった。とにかく、謝はコートを走り回って、大坂の強打を返していた。大坂が打っても打ってもボールが戻ってくる。忍耐が切れたところで、大坂がミスをするというパターンで後がなくなっていた。
 このビデオを見ると、改めて謝の怖さが分かる。右左とも両手打ちの謝はとにかくボールをラケットに当てるのがうまい。しかも、甘いボールが来ると、角度を付けて返球するのでウィナーになる。
 ところが、開き直った大阪は、ゲームカウント1-4から5ゲームを連取して第2セットをひっくり返し、その勢いで第3セットを6-1で押し切った。怒涛のような終盤の猛攻だった。1-4から勘定すると、なんと10対1のゲーム取得率である。

 今回もパターンが良く似ている。4回戦の対ムグルーザ戦で敗戦直前から挽回し、準決勝のウィリアムズ戦を迎える。揉めに揉めた2018年全米オープンの因縁の決勝戦から初めての公式戦対決である。24回目のグランドスラム制覇を目指すウィリアムズは体を絞ってきた。動きが良い。対する大坂の状態も非常に良い。ここで大坂が16歳も年上の憧れのウィリアムズに引導を渡せるかどうか。ここにこの試合の見どころがある。

 それにしても、今年の全豪の女子シングルスのドローだが、地元のバーティ(世界ランク1位)が入った上の山と、大坂やウィリアムズが入った下の山では選手の質が違いすぎる。それは4回戦(ベスト16)の組み合わせを見れば良くわかる(赤がグランドスラム優勝経験者)。
Bartyの山             大坂-Williamsの山
 Barty - Rogers          Hsieh - Vondrousova
  Mertens - Muchova       Osaka - Mugruza
  Vekic - Brady         Williamas - Sabalenka
  Pegula - Svitolina       Swiatek - Halep
 Bartyの山の4回戦で、グランドスラム大会で優勝しているのはBarty1人だけだが、大坂-ウィリアムズの山には4名のグランドスラム優勝者が残った。もちろん、Bartyの山にもグランドスラム優勝者はいたが、スティーヴンス、アザレンカ、オスタペンコは1回戦で負け、ヘニンは2回戦で、プリスコヴァは3回戦で姿を消した。皆、故障を抱えているか、強制隔離で練習ができずに早々と敗退し、4回戦ではBarty1人になってしまった。これにたいして、地元のBartyは十分に練習を積んで今大会を迎えているから、ベスト8まで楽勝で勝ち上がってきた。
 他方、大坂やWilliamsの山は、好調な選手が多く、ハイレベルな戦いが繰り広げられてきた。4回戦の戦いを比較すると、上の山と下の山では雲泥の差がある。大坂-Muguruz戦だけでなく、Williamas-Sabalenka戦などは、獲得ポイント数が双方とも94ポイント・イーヴンの壮絶な打ち合いだった。気の抜けたようなBarty-Rogers戦とは比較にならない試合だった。楽勝の組合せが最終的にBartyに有利に働くのか、それとも激戦を潜り抜けてきた下の山の勝者がBartyを打ち負かすのか。セリーグとパリーグのような戦いになってきた。これが女子シングルス終盤の見どころである。
 まずは18日の大坂-Williams戦のお楽しみである。