2021.05.19 赤土に苦しむ大坂なおみ、サーヴが弱い錦織(テニス)
久保(建)、香川、富安(サッカー)らは?  世界の日本選手たちあれこれ
                      
盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

 マドリッドオープン2回戦(ベスト32)で、大坂なおみは難敵ムホヴァ(チェコ)に敗れた。2回戦でランキング20位のムホヴァと対戦するのは厳しいと思っていたが、赤土コートでの大坂の現状を知るうえで貴重なゲームになった。
 テニスに長い伝統のあるチェコの選手は大柄でサーヴが良い。サーヴ・アンド・ヴォレーに強いクヴィトヴァ(182cm、ランキング12位)、186㎝の長身でサーヴにもストロークにも威力のあるプリシュコヴァ(カロリナ・プリシュコヴァ、ランキング9位。なお、クリスティーナ・プリシュコヴァは双子の姉で左利き。ランキング87位)に次ぐチェコ選手が、ムホヴァである。一見して大きく見えないが、180cmの長身である。クヴィトヴァやプリシュコヴァに比べてパワーで見劣りするが、脚力やストローク力は2人より上である。今年の全豪オープンではランキング1位のバーティを破り、準決勝に進出した。油断できない相手である。
 チェコの選手はクレーコート上がりだからストロークに強い。それに加え、ムホヴァは左右のフットワークが良く、コートカヴァレッジが広い。大坂とほぼ同じ体格だが、この試合ではムホヴァの動きが大坂のそれを上回っていた。第2セット途中から、大坂の攻撃的なストロークが決まりだして、試合を振り出しに戻したが、後が続かなかった。ハードコートではストロークエースになるボールがことごとく返ってきた。こういう展開になると、赤土では脚力がある方に分がある。しかも、大坂は第1セットと第2セットのサーヴィスゲームをひとつずつ落とし、第3セットでは2つのサーヴィスゲームを落とした。サーヴで相手を崩し、ストロークで優位に立つという大坂の戦い方を貫くことができなかった。それにたいして、ムホヴァはサーヴも好調で、大坂の強烈ストロークを拾いまくった。この違いが試合を決した。大坂もこの結果を受け入れているはずだ。
 このトーナメントでもう1~2試合戦って、赤土に慣れたかった大坂だが、早期の敗退になった。けっして悪い出来ではなかったが、赤土のコートでの戦い方や弱点を知る上では良い経験になった。サーヴが悪くても、ストローク力で戦えるようにするためには、ムホヴァほどの脚力を持つことが必要だろう。ムホヴァから学ぶことも多かったはずだ。

土居美咲に見る日本の女子選手
 大坂と1回戦で戦った土居美咲は、2015年のルクセンブルグオープンでWTAツアー初優勝を飾り、2016年のウィンブルドンではベスト16まで勝ち進み、一時は世界ランキング30位前後まで上げたが、現在は80前後に低迷している。159cmと小柄だが、テニスはサーヴもストロークも、ラケットを大きく振り切る、力感のあるプレーを特徴とする。対大坂戦では土居の思い切りの良いプレーが光った。もう少し体に恵まれ、パワーがあれば、ランキング20位前後まで行けた選手である。
 大坂選手を除き、ほとんどの日本の女子プロ選手は160cm前後の小柄な体格である。現在のパワーテニスの世界で、小柄な選手はどうしても力負けしてしまう。ラケットを振り切る力が弱く、当てるだけのテニスになってしまう。その中で、土居美咲は力負けしないテニスを展開してきたが、それでもフィズィカルな弱さは否定できない。
 アメリカで育ち、日本国籍を取得して青山修子とダブルスを組む柴原瑛菜は175cmと大柄で有望株だが、シングルスでは予選を突破して本選にたどり着けない。ダブルスでコンビを組む青山修子は154cmである。この二人のデコボココンビがマイアミオープンで見事に優勝し、今年だけでツアー4勝目を飾った。今のところ、ダブルスの方が勝ち進める可能性が大きい。
 今の女子テニス界には180cmを超える大型選手が数多くいる。それに伍して戦うにはフィズィカルな強さがなければ叶わない。ただ、ランキングトップにいるバーティやランキング3位のハレップは170cmに満たない体格で、決して大柄ではない。にもかかわらず、力負けしないフィズィカルな強さがある。日本の女子選手は彼女たちのトレーニングや戦い方を学ぶべきだろう。

錦織圭の現状
 2014年、2015年と連覇を果たしたバルセロナオープンで、錦織は3回戦まで勝ち上がり、ナダルと対戦した。ビッグスリーと錦織との距離を測る興味深い対戦だった。
 第1セットは6-0のベーグルで相手にならなかった。第2セットから、往年のストローク力が冴えて、左右に深いボールが次々と入るようになり、ナダルを慌てさせた。ストロークが崩れず、第2セットを6-2で取る健闘となった。第3セットの最初のゲームでナダルからサーヴィスゲームを奪えるチャンスがあったが取り切れず、以後はずるずると後退して負けてしまった。第2セットがなければ、ぼろ負けというところだったが、何とか元チャンピオンのプライドだけは守られた試合になった。
 セットを取り切った第2セットだが、目を疑ったのは錦織のサーヴスピードである。ファーストサーヴのほとんどが160km/h台で、150km/h台のファーストサーヴィスもあった。セカンドサーヴは例外なく130km/h台だった。スピード計測器の故障かと思ったが、ナダルのサーヴスピードは180~190km/hと表示されていたから故障ではない。女子の中堅選手並みの遅いサーヴで今の男子テニス界を生き抜くのは不可能である。今の錦織は非力さを非凡なテニス感覚と技量で何とか凌いでいる。
 錦織のサーヴに対して、ナダルはエンドラインから3mも後方に構えてストローク戦に備えていたので、緩いセカンドサーヴでも叩かれる場面はなかった。なぜ、ナダルがそれほど後方に位置取りしたのか分からない。強烈なサーヴをもつ若手相手なら理解できるが、女子選手並みのサーヴにたいして、これほどまで後方に構えた理由が分からない。
 錦織は1、2回戦とも、南米のクレー巧者相手に勝利を収めたが、2試合とも2時間40分の長い試合だった。それもこれも、サーヴィスゲームをキープするのに苦労しているからである。サーヴが弱いために、簡単にゲームを取り切ることができない。ブレイクポイントを切り返すのに四苦八苦している。1回戦の対ペラ戦では16本のブレイクポイントを握られ、2回戦の対ガリン戦では13本のブレイクポイントを握られた。これが試合時間を長くしている。
 ナダルとの試合後、錦織は「どこが悪いのか分からない」というような感想を述べている。本人はサーヴ力の弱さを致命的なことだとは考えていないようだ。球速の遅いクレーコートではサーヴ力の格差は縮まるが、それでもサーヴ力がなければゲームを作るのに苦労する。コーチも錦織に遠慮して、サーヴ力の向上を強力に助言し、トレーニング指針を与えてこなかった。それがビッグツリーとの差につながった。

日本人選手のフィズィカル問題
 テニスに限らず、海外で活躍する日本人プロスポーツ選手が共通に抱えているのが、欧米人との体格差である。大リーグで活躍する大谷翔平選手は例外的な事例である。大谷選手ほどの体格とパワー、スピードがあれば、どんなスポーツの世界でも世界のトップ水準に立つことができる。
 今、男子テニス界では大谷選手並みの体格の選手が続出している。一人や二人ではなく、少なくともビッグスリーと戦える大型でスピードのある若手選手が10名はいる。皆、パワーだけではない。190cm前後の長身であるにもかかわらず、動きが俊敏で、ストローク力がある。これまでの大型テニス選手と言えば、2m10cm前後のカルロヴィッチ、イスナー、オペルカが代表的で、体が大きい分だけ動きが鈍い。ところが、最近の大型選手はみなパワーがあり、俊敏でストローク力がある。ビッグスリーと対等に戦える力を持っている。このなかで、非力な錦織選手や西岡選手が上位のランクを狙うのはほとんど不可能に近い。よほどの脚力やフィズィカルな強さがなければ、大谷選手並みの大型選手と互角に渡り合うことなどできない。稀に見る才能を持った錦織選手でも、今のフィズィカルの弱さでは、もう上位のランキングを望むことはできない。
 これを考えると、サッカーの久保建英を心配しないわけにはいかない。非凡な足技をもっているが、レアルマドリードのレンタル先で活躍の場が与えられない。ペナルティエリア付近での動きやボール捌きは一流なのだが、ペナルティエリアにいたるまでのドリブルスピードやドュエル(相手選手との対人防御力)が不安視されるから、なかなか先発で使ってもらえない。
 レアルマドリードに加入した頃の1部チームとの練習で、久保の技術が高く評価され、いずれレアルマドリードを担う人材だと評価されたが、ここ1年は評価が下がり続けている。トレーニングのミニマッチはペナルティエリア近辺を使う練習だから、久保の技術は活きる。しかし、試合はサッカーコート全面を使うゲームだから、ペナルティエリアに至るまでの動きが重要だ。あと身長が5cmほど伸び、体重で10kgほど増量してフィズィカルが強化されれば、評価も変わるだろうが、事はそう簡単ではない。
 この久保の状況に関連して思い出されるのが、同じような体格の香川真司である。2010-2011年、2011-2012年のドルトムンドのリーグ二連覇に貢献した香川の名前は、今でも中欧のサッカーファンの中では忘れられていない。前線を組んだレバンドフスキーがバイエルンミュンヘンへ移籍して、世界的なストライカーになったのにたいし、香川はギリシアのチームでくすんでいる。信じられないことだ。それもこれも、プレミアリーグへの移籍で成果を上げられなかったことが躓きの石となった。香川を招聘したマンチェスターユナイティッドのファーガソン監督が1年で引退したことが致命的だった。後釜に座ったモィーズ監督はサイド攻撃一本やりで、中央を主戦場とする香川を生かすことがなかった。他方、香川はプレミアリーグのフィズィカルコンタクトに対抗できるように、ウェイトトレーニングで上半身を鍛えた。上半身が一回り逞しくなった香川だが、その分持ち前の俊敏さが失われた。これで香川の良さが消えた。
 香川の事例があるので、久保がウェイトトレーニングで体を鍛え、ドュエル力を付ければ良くなるとは言い切れない。それより、サイドアタッカーとしてのスピードを上げることが優先されると思われる。久保の足は遅いとは言えないが、速いとも言えない。久保世代の若い選手がレアルマドリードやバルセロナでスタメン出場しているが、皆、縦のスピードが速い選手である。ゲンク(ベルギー1部)の伊東純也ほどのスピードがあれば、レアルマドリードでもヴィニシウスのようにスタメンで使ってもらえるはずだが、もう一つのプラスアルファが足りない。そこがレンタル先の監督の信頼を得られないところだ。
 久保選手の来期の所属先だが、そろそろレアルマドリードに拘るのを止めた方が良い。レンタルを続けるより、久保に合う戦術を持っているチームへ移り、そこで活躍の場を見つけるのが成功への道のような気がする。
 日本人選手でも富安健洋(ボローニア)のように、フィズィカルに強い大型選手が欧州で活躍しているが、非凡な才能をもった久保建英にはプラスアルファを付けて、活躍できるチームを見つけてほしいものだ。
2021.04.08 大坂なおみ、1年ぶりの敗戦

盛田常夫 (経済学者、在ハンガリー)

 昨年2月のフェドカップの敗戦以後、負けなしできたテニスの大坂なおみの連勝が23 (2000年以降最長、WTAトーナメントの連勝記録歴代第9位)で終わった。2020年フェドカップ対スペイン戦で、大坂はスペインのソリベストルモに0-6、3-6で完敗し大粒の涙を流した。クレーコートの敗戦だから仕方がないところもあるが、全豪4回戦の敗戦に続く連敗は、苦しかったに違いない。
 そこから連戦連勝を重ねてきたが、3月31日の2021年マイアミオープン準々決勝で、伏兵のサッカリ(ギリシア)に0-6、4-6で完敗した。1年ぶりの敗戦だが、負けるときはこんなものである。大坂の弱点が徹底的に突かれた結果だから、これを糧にいっそうのトレーニングに励んで欲しいものだ。
ゲームに入り込めなかった大坂
 マイアミオープンは全豪オープンから1カ月以上の間があったから、トップ選手は皆、ゲーム勘を取り戻すのが難しかった(下位選手は小さな大会に参加していた)。マイアミオープンはグランドスラム大会に次ぐWTA1000の大会で、シングルス128ドローで行われる。シード選手は1回戦免除になり、大坂は2回戦から登場した。勝負所で決めきれないもどかしさはあったが、順当に緒戦を勝ち上がり、幸運なことに3回戦の相手が棄権したために、1時間半程度の試合時間で4回戦へ進んだ。4回戦の相手メルテンスは難敵だが、序盤の好調なサーヴィスを維持し、他方でメルテンスが肩の不調でメディカルタイムをとったために、少々気が抜けた試合になった。この試合もほぼ実質1時間20分程度で終わり、大坂は3時間程度の試合時間でWTA1000大会のベストエイトに勝ち進んだ。本来なら、ラッキーと言うべきだが、試合を重ねる中で集中度を高めていく大坂にはいささか物足りない実戦になった。引き締まらない環境の中で、緊張感を保つのは難しい。これが準々決勝敗退の伏線になった。
 他方、サッカリは全豪オープンでは1回戦で敗退しているランキング25位の選手である。しかし、今大会は好調を維持し、2回戦、3回戦をそれぞれ1時間で終わらせ、4回戦ではペグーラ(アメリカ)にマッチポイントを何度も握られながら、2時間40分にわたる熱戦を制して大坂戦に臨んできた。接戦を勝ち上がったサッカリは最初から気合が入っていた。失う物がない者の強みである。
 サッカリは170cmほどの身長だが、強打一本やりで臨んできた。驚くことに、サーヴィスも絶好調で、ファーストサーヴィスは170km/hを超え、セカンドサーヴィスのそれは大坂より速く、150km/hを超えるスピードで強く打ってきた。男子並みのスピードである。錦織よりも速い。
 これにたいして、強い風が気になったのか、大坂のファーストサーヴィスが入らず、緩いセカンドサーヴィスが餌食になった。女子テニスでも130km/hを下回るサーヴィスは叩かれる。もっとも、緩いサーヴィスを強打するとネットに掛けやすいのだが、この試合のサッカリのリターンはほぼ完ぺきだった。試合を通して、大坂は38本のセカンドサーヴィスを放っているが、22本も打ち抜かれた。サッカリ陣営は大坂のセカンドを徹底して叩くという作戦が立てていたのだろう。これに対して、大坂はサッカリのセカンドサーヴィスで獲得したポイントは13本中6本にすぎない。
 この試合の大坂のファーストサーヴィスの確率は40%(26/64)、その40%のなかでポイントを獲得できたのが半分(13/26)で、サーヴィスエースはわずか1本である。これほどサーヴィスが悪いと勝てない。サッカリのサーヴィス・データはすべての点で大坂を上回っていた。大坂が負けた最大の原因がサーヴィスの不調だが、サーヴィスの不調はストローク戦にも影響する。リズムに乗れない大坂はストローク戦でもミスが目立ち、サッカリの完勝となった。
明確になった弱点
 大坂が敗戦から改めて学ぶことがある。最大のテーマはセカンドサーヴィスのスピードである。190km/hを超えるファーストサーヴィスを打てる大坂だが、セカンドサーヴィスのスピードは50km/h以上も減速する。ファーストサーヴィスは超一流だが、セカンドサーヴィスは並みの選手である。フィセッテコーチの下、コースを変えたり、回転をかけたりして、セカンドサーヴィスが叩かれない工夫をしているが、サッカリ戦のように、跳ね上がるボールがちょうど相手の打点に合ってしまうと、簡単にリターンエースをとられてしまう。
 女子選手の中で大坂が頭一つ抜け出しているのは、一にも二にも、男子並みのファーストサーヴィスにある。勝負所でファーストサーヴィスが決まれば、試合を優位に進めることができる。ところが、この武器がもぎ取られると、途端に苦しくなる。この試合はそのことを身にしみるように教えてくれた。女子のトップテンにいる選手は皆、速いサーヴィスを持っているが、そのなかでも安定性で大坂が群を抜いている。しかし、その武器が通用しないと、試合を作るのが難しい。
 近年のテニスは、男子も女子も、安定して速いサーヴィスを打てる選手が良い成績を残している。とくに男子の場合、コンスタントに190km/hのスピードが出る選手でないと、上位の選手と戦えない。ロシアの若手の上位ランカーは必要な時に210、220km/hのサーヴィスを打つことができる。かれらのセカンドサーヴィスは160-170km/hで、錦織選手のファーストサーヴィス並みのスピードである。スピードの次元が違う。現在の男子テニスの世界ではセカンドサーヴィスのスピードも150km/hは不可欠である。このスピードに達しない選手がトップテンに留まることは難しい。いくら変化球が多彩で、制球力があっても、直球の威力が140km/hの投手が活躍できないのと同じである。強靱なフィズィカルを持った若手選手が次から次へと台頭してレベルが急激に上がっている男子テニス界は、サーヴィスフォームを変えた程度の錦織選手がトップテンに戻ることができるような状況にはない。
 グランドスラム大会の成績を上げないとランキングは上がらない。しかし、男子のグランドスラム大会は3セット先取だから、サーヴィス力がない選手は大会の序盤で体力を消耗してしまう。1ポイントを取るのに長いラリーを続けていたのではどれだけ体力があっても長続きはしない。緒戦から3時間4時間の試合をしていたのでは後が続かない。今の男子テニス界では強烈なサーヴィスを武器とする若手選手が目白押しで、いわばメジャーリーグの大谷選手のような男子選手が次々と現れている。だから、錦織選手がトップテンに返り咲く余地は残されていない。
 錦織選手が非力ながらトップテンを4年も維持できたことはテニス選手としての才能を示している。もう少しフィズィカルが強く体力があれば、ビッグスリーに肉薄できたはずだが、体の強さには天性のものがあるから、これだけは仕方がない。
 大坂なおみ選手の活躍が示すように、女子も男子も高い身体能力がないと、世界のトップのレベルに立つことはできない。日本ではフィズカルが強いスポーツマンの多くがプロ野球に流れるから、なかなかマイナーなテニスに身体能力の高い選手を呼び込むことができない。錦織選手や大阪選手の活躍にあこがれて、テニスの世界に入っていく子供たちが増えると良いのだが。

2021.02.22  勝つべくして勝った大坂なおみー全豪テニス
 
盛田常夫 (経済学者・在ハンガリー)
              

 大方の予想通り、大坂なおみが全豪オープン2度目の制覇をなしとげ、23歳にしてグランドスラム大会4勝目をあげた。大手ブックメーカーのオッズは大坂1.2倍にたいしブレイディ5倍、Eurosportsの試合前予想は71対29で大坂勝利だった。大坂には勝つべくして勝つ理由があった。

強制隔離と自主隔離
 何よりもまず、選手のコンディションが違った。ブレイディは感染者が出たチャーター便に搭乗してメルボルンに到着したために、ホテルでの2週間の強制隔離下におかれた。この措置を受けた選手は72名で、ブレイディもその一人だった。部屋から出ることが許されない厳しい隔離である。コーチが室内で指導することは認められていたようだが、狭いホテルの部屋で指導できることは限られている。数メートルのダッシュを繰り返し、ベッドのマットレスを壁に立てかけてボールを打つなどの練習はできた。だが、屋外の簡単なトレーニングにも及ばない。ブレイディはこの不自由な隔離から解放された後、1週間の臨時トーナメントに出場し、そこから2週間の全豪オープンに入った。これにたいし、数名のトップ選手はエクスィヴィジョン・マッチの出場のために、アデレードで自主隔離の措置を受け、屋外練習ができた。大坂はウィリアムズとともにこの措置を受けた。大会直前のこの条件の差はきわめて大きい。
 実際、強制隔離下に置かれたアザレンカは大会1週間前の前哨戦に出場したが、コンディションが整わず早々に棄権し、本選1回戦でも不本意な敗北を喫して大会を去ることになった。ケルバーも1回戦で負けた。強制隔離下にあった選手と自主隔離下(1日に5時間まで練習可能)にあった選手ではコンディションの調整に雲泥の差があった。このハンディキャップをものともせずに、決勝まで勝ち進んだブレイディは見事である。この躍進の裏には優れたコーチが存在することを忘れてはならない。ドイツ人のゲセラーの優れた指導が、大学アマチュア出身のブレイディをここまで鍛え上げた。
 もうひとつ指摘しなければならないのが、組合せ(ドロー)である。第1シードBartyの山と、第3シード大坂の山では、対戦相手の難易度が違い過ぎた。
 大坂が初戦から世界ランキング50位以内の選手と対戦したのにたいし、ブレイディの1回戦はランキング102位の選手、2回戦は85位の選手、3回戦が104位の選手が相手で、ようやく4回戦になって33位のヴェキッチと対戦することになった。5回戦のペグラのランキングは61位、準決勝のムホヴァのランキングが27位である。徐々に試合に慣れていくという意味では良かったが、強敵との対戦で競った試合を経験せずに決勝まで来てしまった。
 大坂の相手、1回戦のパヴルチェンコヴァ(39位)、2回戦のガルシア(43位)はみな実力のある選手だ。3回戦のジャブールもランク30位の難敵だった。4回戦のムグルーザ(14位)、6回戦のウィリアムズ(11位)は言うに及ばず。5回戦の謝淑薇(シェイ・スーウェイ)はランキング(71位)こそ低いが、誰もが嫌う難敵中の難敵である。
 ブレイディは初舞台になるグランドスラム大会決勝に辿りつくまで、ランキング20位以内の選手と戦ってこなかった。ドローでこれほどの差があると、勝ち進んできた時の経験値が違ってくる。大坂はあらゆる状況に対処しながら勝ち進んできたのにたいし、ブレイディは比較的容易に勝ち進むことができた。このトーナメントの経験値の違いは、決勝の舞台の自信度に現れる。この点で、ブレイディははるかハンディを背負っていた。だから、ソフトバンクが巨人を一蹴したような結末を予想した。全米準決勝のような接戦にはならず、ブレイディがストレートで負けると思っていた。

チーム大坂は第一級の専門家集団
 無観客で行われた昨年の全米オープン準決勝で、大坂とブレイディが素晴らしい試合をした。その記憶から、今年の全豪決勝が接戦になると予想した専門家もいたが、そのような予想はあまりに単純すぎる。全米以後、大坂は進化している。コンディションや大坂の進歩を考えれば、かなり差のある結果になるはずである。
今年の全豪を通して実感できた大坂の進化は次の点にある。
 まず、メンタルの安定である。大坂は対ムグルーザ戦で一度だけラケットを投げたが、それ以外は苦しい場面でも相手に弱みを見せない態度を貫いた。メンタルの安定が大崩れしない安定感を生み出している。
 サーヴィス面の進歩も大きい。フィセッテ・コーチが的確に大坂の弱点の強化に取り組んでいる。2018年の全米オープン時のファーストサーヴィスは直球一本やりのサーヴィスだったが、全豪ではスピードを殺し、外に切れていくサーヴィスを織り交ぜている。サーヴィスのヴァリエーションが増え、相手にサーヴィスを読ませずにエースを取ることができる。野球の投手が投げる球種を増やすのと同じである。さらに、セカンドサーヴィスに、スピンを利かせる技術も学んだ。緩いサーヴィスを叩かれない工夫である。もっとも、大坂のセカンドサーヴィスにはまだまだ向上の余地があるが。
 フィセッテによれば、サーヴレスィーヴにかなりの練習を積んだようだ。確かに進歩はしているが、これもまだ発展途上にある。フィテッセ・コーチの情報収集・分析に全幅の信頼をおき、コミュニケーションがとれていることが、大坂の落ち着きを生み出している。良いコーチに恵まれた。
 なによりも、チーム大坂には二人の日本人専属トレーナーが付いている。フィズィカルトレーナーの中村豊氏は国際的な経験が豊かな「ストレングス&コンディショニングコーチ」である。選手の動きの必要に即したフィズィカル・トレーニングを担当している。大坂がバックサイドに振られた時に、サイドライン外で左足を踏ん張り、鋭角のバッククロスを放つ動作などは中村トレーナーの存在なしでは考えられない。ウィリアムズ戦第1セット4-4からのウィリアムズのサーヴィスを破った3本のウィナーは、すべてこのバッククロスのショットだった。振られながらも、しっかりと重心をとって打球を捉える動作は、中村トレーナーから教えられたものだろう。
 もう一人の日本人専属トレーナーが茂木奈津子氏である。慶応大学を卒業し、鍼灸あん摩指圧マッサージの資格をもち、英語のコミュニケーションができる貴重な「アスレティック・トレーナー」である(https://www.mita-hyoron.keio.ac.jp/spotlight/201904-1.html)。日本中を探しても、このようなトレーナーを見つけるのは難しい。試合が終わった後の体のケアや、試合を控えた体のケアに信頼できるトレーナーがいるのは心強い。サーシャ・バイン・コーチ時代からのトレーナーである(いったん日本に戻ったが、再び大坂に呼び戻された)。信頼できる仲間なのである。
 これだけの人材を専属で維持できるテニス選手は幾人もいない。多くの女子選手は父親をコーチに付けている。費用の節約にもなるからである。テニスのトップ選手(世界ランク20位以内)とそれ以外の選手では所得の格差は途方もなく大きい。トップ選手はコーチやトレーナーを雇い入れることができるだけでなく、邸宅内に練習用コートを確保することができる。トップテンに入れば、プライヴェートジェットでの移動やホテルフロア確保などの支出を気にする必要がない。強い選手ほどスポンサーが付いてくるから、トップ選手はますます練習環境を整えることができる。強い者がさらに強くなれるシステムである。
 この点で残念なのは錦織選手である。コーチの人材に恵まれていない。というより、コーチやトレーナーの重要性を理解していなかったのではないかと思われるほど、優れた人材を求めてこなかった。大坂選手は全米と全豪を制覇した時のサーシャ・バイン・コーチを解任した。その後に就任したコーチもいち早く解任し、現在のフィセッテ・コーチを迎えている。度重なるコーチ解任は選手のわがままだと批判されたが、自分の弱点を的確に指摘し向上させてくれるコーチを探していた。大坂がコーチに求める貪欲さが錦織選手には欠けている。昨秋から錦織選手は日本に滞在し、専属コーチでもない日本人コーチとともにサーヴィス・フォームの修正に取り組んだ。ところが、けがを避けるためのトレーニングだったはずが、直後の試合のサーヴィスで肩を痛めてしまった。サーヴィス速度もまったく変わっていない。無駄なトレーニングを行って、挙句の果てに肩を痛めた。いったい何のためのコーチングだったのだろうか。もっと早くから、サーヴィス強化のために、欧米の優れたコーチを探すべきだった。
 2014年の全米決勝に進んだ錦織は「もう勝てない相手はいない」と豪語した。この当時、まだ錦織はナダルやジョコヴィッチと競ることができた。しかし、彼らはサーヴィスの威力を増すためのトレーニングに取り組んだ。サーヴィスが良いフェデラーに対抗するためである。しかし、錦織選手はサーヴィスの強化に無頓着だった。ここから数年のあっという間に、ビッグスリーと錦織の間のサーヴィス力の差が広がり、ほとんど勝てなくなった。フェデラーと戦うために、サーヴィスを強化したことが、その後のナダルやジョコヴィッチの躍進を生んだ。それにたいして、全米決勝進出以後、錦織のサーヴィスの威力には何の変化もない。そればかりが、ライジングを打つというストローク打法が後退し、コートカヴァーの動きが鈍くなった。もう若くない錦織選手がこれからサーヴィス力を鍛え、再び動きを敏捷化させることは不可能だろう。世界ランク30位以内に戻ること難しい。一流選手としての選手生命が終わった。
 余りあるお金をどう使うか。これもテニス選手の能力の一つである。この点で大坂なおみは賢く、向上心がある。

決勝戦短評
 大坂の出だしは悪くなく、早々とブレイディのサーヴィスを破って3-1とリードした。次の大坂のサーヴィスゲームで一挙に引き離すチャンスが生まれた。ここで4-1になっていれば、大坂の一方的な試合になっていただろう。しかし、大坂のサーヴィスが乱れ3-2となり、ブレイクのアドヴァンテージがなくなった。続くブレイディのサーヴィスゲームで3-3のイーヴンになった。
 双方サーヴィスキープで大坂が5-4とし、ブレイディのサーヴィスを迎えた。ブレイクされればセットを取られるという場面で、ブレイディに大きなプレッシャーがかかった。ブレイディが40-15とリードしながら、バックハンドエラーとダブルフォールトで大坂に追いつかれてしまった。ダブルフォールトでジュースに追いつかれたブレイディは焦ったのだろう。続く2ポイントを連続して失い、5-5にすべきところを、あっという間にセットを失ってしまった。
 大坂は勝負強いというプレッシャーがセットの終わりになって、ブレイディにミスを連発させた。このセットの取得ポイント数は、大坂の38ポイントたいし、ブレイディは31ポイントだった。ブレイディにリードを許すことなく、終盤に入ったことがブレイディの焦りを誘った。大坂のダブルフォールトが1本にたいし、ブレイディのそれは4本である。セカンドサーヴィスを叩かれないように強く打ったサーヴィスがフォールトになった。第1セットの大坂もミスは多かったが、最後まで相手に主導権を渡さず、セットを取りきった。
 こうなると大坂のペースである。第2セットも大坂がブレイディの第2ゲーム、第4ゲームのサーヴィスを破り、ダブルブレークの4-0となった。ここで事実上、勝負が決まった。第1セットの終盤の2ゲームから、第2セットの4ゲーム目まで、大坂は6ゲーム連取したのである。つまり、この間の6ゲームは大坂6-0のスコアだった。
 この後、失うものがなくなったブレイディは意地で3ゲームを取ったが、大勢に影響はなかった。第2セットの獲得ポイントは、大坂31ポイントにたいし、ブレイディ23ポイントである。サーヴィスエースは大坂が3本にたいし、ブレイディはゼロ。ウィナーは大坂の8本にたいし、ブレイディが5本。ストロークミス(unforced errors)は大坂の9本にたいし、ブレイディが13本。すべてのスタッツで大坂がブレイディを上回った。
 エキサイティングな場面が少なく、決勝戦としてはやや物足りなかったが、大坂の強さと安定性を印象付ける試合だった。

これからの課題
 大坂は全米と全豪のハードコートで優勝したが、芝のウィンブルドンと赤土の全仏でどう戦うのか、それが次の課題である。大坂のサーヴィス力があれば、サーヴ・アンド・ヴォレーを習得して、ウィンブルドンで優勝を狙えるのではないかと思うが、1年に数週間しかない芝コートのシーズンのために、芝専用の戦い方の習得に時間をかける意味を見出すかどうか。芝コートの自宅内に作って練習することもできるはずだが。これは本人の意思次第だと思われる。もっとも、サーヴ・アンド・ヴォレーの練習はハードコートの戦い方にも役に立つはずだが。
 また、スライスをほとんど使わない大坂がどこまでスライスを習得しようとするのか。バーティのようなスライスとドライヴを使い分ける器用さは、大坂には必要ないだろう。ただ、大坂はネット際に落とされたボールの処理がぎこちない。スライスがうまい選手はラケットにボールを乗せてコントロールするが、大坂にまだその器用さはない。ネット際のスライス処理ができれば、もっと楽にゲームを進めることができるはずだ。
 こう見ると、大坂にはまだまだ「伸びしろ」がある。これらを習得できれば、グランドスラム大会の優勝を重ねることができよう。そうなれば、セリーナ・ウィリアムズに並ぶレジェンドになれるはずだ。

2021.02.20  テニス全豪オープン準決勝(大坂-S.ウィリアムズ戦) 短評

 大阪なおみ選手の全豪オープンテニス奮戦記。
 いよいよS.ウイリアムズ(米)との準決勝である。お楽しみください。
この試合に勝った大阪選手は20日の決勝戦に臨む。
 相手はJ.ブレイデイ(米)。今大会第22シードと格下の選手ではあるが、大阪選手が平常心でおさえこめるかどうか、
 盛田氏の戦評を待とう。

盛田常夫 (経済学者・在ハンガリー)
            
因縁のセリーナ・ウィリアムズ戦
 S.ウィリアムズ(米)が今年の全豪にかける意気込みは並大抵のものではなかった。グランドスラム大会の勝利数23勝は女子テニスの歴代2位である。あと1勝すれば、マーガレットー・コート・スミスの記録に並ぶ。そうすれば、以後何十年も破られることのない大記録となる。しかし、2017年の全豪優勝以後、2018年と2019年に2度ずつグランドスラム大会決勝に進んだが、いずれも負けた。この1勝が遠い。出産を経ただけでなく、自然年齢も重ねていく。40歳直前のセリーナ・ウィリアムズに残された時間はそれほどない。もしかしたら、これが最後のチャンスなるかもしれない。悲壮な決意をもって、今年の大会に準備を重ねたはずだ。
 2018年の全米オープンで24勝目が実現するはずだった。いまだ経験の浅い大坂なおみ相手なら、記録達成は難しくないと思っていただろう。ところが、である。180km/hを超える速いサーヴィスを次々に決め、ストローク戦でも一歩も引けを取らない大坂にたいして、ウィリアムズは苛立った。「こんなはずではない」という思いが、ラケット破壊の怒りに爆発し、コート外からのコーチング、さらに再度のラケット破壊で、第2セットの1ゲームを戦わずして失うという前代未聞の試合になった。そして、弾丸サーヴィスが次々と決まる初陣の大坂がこの大舞台でウィリアムズを押し切り、グランドスラム大会初優勝を記録した。しかし、試合に勝っても大坂は喜びの表情を現わせなかった。サンバイザーを下げて顔を隠し、ベンチで涙した。まるで敗者のように振舞わざるを得なかった。さらに、この時の表彰式は悲しいものだった。ニューヨークの観客は大坂にブーイングを浴びせ、大坂は表彰式でも涙することになった。さすがにウィリアムズは大坂を抱き寄せて慰めたが。
 それから2年余を経過して、再びグランドスラム大会で両者の対決が実現した。大坂はウィリアムズに憧れてテニスの道に入った。ウィリアムズをリスペクトする大坂にたいし、ウィリアムズはもう何のわだかまりもないという。しかし、勝負は勝負である。2018年当時に比べ、ウィリアムズはかなり体を絞り込んできた。2018年の戦いではウィリアムズの息が完全に上がっていた。正確には分からないが、当時から10kg~15kgの減量で今年の全豪オープンに臨んできた。体のキレの良さとパワーは全盛時を彷彿とさせるものだった。これだけ準備を重ねてきたウィリアムズにたいして、大坂がどのように戦うのが、それが最大の興味だった。

第1セット
 コイントスでサーヴィスを選択した大坂だが、緊張の所為か、いきなりサーヴィスをブレークされてしまった。波乱を予想させる出だしだった。ウィリアムズは次のサーヴィスゲームをキープし、ウィリアムズは2-0とリードする滑り出しになった。大坂のファーストサーヴィスが決まらず、第3ゲーム目も苦しい展開になった。このゲームでもダブルフォールトで、相手にアドヴァンテージを与えてしまった。もしここでブレークされていれば、第1セットはウィリアムズの一方的な展開になったはずである。しかし、一皮むけてメンタルが強くなった大坂は大崩れしない。大坂はここで踏ん張り、3ポイント連取して、かろうじてゲームカウント1-2とした。そして、ここから大坂はさらに連続して4ゲームを連取して、一挙に5-2とウィリアムズを引き離した。
 この後、ウィリアムズがサーヴィスをキープして5-3となり、大坂がセット締めるサーヴィスを迎えた。ここでもダブルフォールトが1本あったが、簡単にゲームを取り切り、第1セットを取得した。このセットの大坂のファーストサーヴィス確率はなんと36%である。第1サーヴィスが入った時のポイント取得率は75%だが、これほど低調なファーストサーヴィ確率でセットを取り切ったことが不思議だ。「負けに不思議な負けなし」という野村語録通り、ウィリアムズのそれも48%と高くなかった。どっこいどっこいだったのである。サーヴィスが不調な大坂を攻撃できず、逆にアンフォーストエラー(大坂11本、ウィリアムズ16本)を重ねたために、ウィリアムズは序盤の優勢を維持することができなかった。
 大坂以上にウィリアムズが緊張していた。ウィリアムズは大坂のストロークのスピードを警戒しすぎ、ストローク戦でのプレッシャーを感じていたと思われる。それが余分な力みをなり、アンフォーストエラーを重ねる原因になった。
 4回戦で戦ったムグルーザは一見してストローク戦を制しているように見えたが、試合後の記者会見で「大坂のストロークのプレッシャー」が大きかったと話している。大坂のストロークはスピードとパワーがあり、多くの女子選手には男子選手と戦っているような感覚を与える。そのプレッシャーがミスを誘発させる。
 ウィリアムズが第1セットを取り切るチャンスがあったにもかかわらず、ずるずると押されてしまいセットを失ったのである。

第2セット
 第1セットとは逆に、第2セット第1ゲームで、大坂が早々とウィリアムズのサーヴィスゲームをブレークした。このリードを保ったまま大坂4-3で迎えたサーヴィスゲームで、ウィリアムズが大坂のサーヴィスをブレークした。ブレークしたというより、大坂はなんとダブルフォールト3本で、戦わずして相手にゲームを与えてしまったのである。4-4となり、試合は一挙に風雲急を告げることになった。
 大坂のファーストサーヴィスの確率は56%と上がったが、ダブルフォールト5本を重ねた第2セットは、サーヴィスゲームをうまく組み立てることができず、接戦になってしまった。ウィリアムズも同様に、ファーストサーヴィスが入らず、大坂よりも低い44%の確率だった。
 双方にミスの多いこの試合を決したのは、最後の2ゲーム6分間である。
大坂のサーヴィスがブレークされて4-4となった次のウィリアムズのサーヴィスゲーム。ウィリアムズのダブルフォールト1本と、大坂のバックハンドクロス3本のエースのラブゲームで再度、ブレークバックした。このブレークに要した時間は3分だった。
そして、最後になった大坂のサーヴィスゲーム、最初のサーヴィスエースに始まり、フォアハンド2本とバックハンド1本の強烈なストロークでウィリアムズを粉砕してしまった。このゲームに要した時間も3分だった。
 最後の6分間8連続ポイントの猛攻で、大坂は憧れのウィリアムズに引導を渡したのである。本当にこの敗戦がウィリアムズにとって、グランドスラム大会での最後の大一番となるかもしれない。

 この試合は大坂もウィリアムズも得意の弾丸サーヴィスで相手を制することができなかった。勝負を決めたのは、大坂のストローク・ウィナーを連発だった。ウィリアムズのストロークも強烈だが、ウィリアムズは腕の力だけでボールを叩く。大坂のストロークは腕の力ではなく、下半身の安定した動作に裏付けられているからキレがある。この違いは大きい。ウィリアムズがさらに10-15kg減量してトレーニングを積むことができれば、まだ大坂と戦うことができるが、40歳を迎えるウィリアムズにそれを求めるのは酷だろう。
 歴代1位のグランドスラム勝利記録が遠ざかる。記者会見で見せたウィリアムズの涙は、もう勝利を得ることができないかもしれないという悲しみの涙である。

2021.02.19  大坂なおみ、全豪2勝目まであと2戦

 全豪オープン・テニスでの大阪なおみ選手の準々決勝快勝記である。前回の盛田氏の紹介では台湾の謝淑薇選手はランキングでは世界71位ながら、得意のねばりと変化球で侮れない相手とのことであったが、大阪選手はどうやら危なげなく勝ち進んだようである。
 そして18日の準決勝、強豪のセリーナ・ウイリアムス戦も大阪選手は見事にストレート勝ちして、20日の決勝に進んだ。
 続報をおまちいただきたい。
 
盛田常夫 (経済学者・在ハンガリー)
               
 難しい試合が予想された大坂なおみの全豪オープンテニス5回戦、対謝淑薇(シェイ・スーウェイ)戦は大坂の圧勝に終わった。試合時間66分の完勝である。全豪制覇まであと2戦となった。18日の準決勝、対セリーナ・ウイリアムズ戦が、事実上の決勝戦となろう。

 大坂が全豪を初めて制した2019年の大会で、大阪は3回戦で謝と対戦した。この要約版のビデオは、YouTube(https://www.youtube.com/watch?v=qICUDS_WLac&t=694s)でみることができる。この試合、大坂は第1セットを5-7で落とし、第2セットも1-4と敗戦濃厚だった。とにかく、謝はコートを走り回って、大坂の強打を返していた。大坂が打っても打ってもボールが戻ってくる。忍耐が切れたところで、大坂がミスをするというパターンで後がなくなっていた。
 このビデオを見ると、改めて謝の怖さが分かる。右左とも両手打ちの謝はとにかくボールをラケットに当てるのがうまい。しかも、甘いボールが来ると、角度を付けて返球するのでウィナーになる。
 ところが、開き直った大阪は、ゲームカウント1-4から5ゲームを連取して第2セットをひっくり返し、その勢いで第3セットを6-1で押し切った。怒涛のような終盤の猛攻だった。1-4から勘定すると、なんと10対1のゲーム取得率である。

 今回もパターンが良く似ている。4回戦の対ムグルーザ戦で敗戦直前から挽回し、準決勝のウィリアムズ戦を迎える。揉めに揉めた2018年全米オープンの因縁の決勝戦から初めての公式戦対決である。24回目のグランドスラム制覇を目指すウィリアムズは体を絞ってきた。動きが良い。対する大坂の状態も非常に良い。ここで大坂が16歳も年上の憧れのウィリアムズに引導を渡せるかどうか。ここにこの試合の見どころがある。

 それにしても、今年の全豪の女子シングルスのドローだが、地元のバーティ(世界ランク1位)が入った上の山と、大坂やウィリアムズが入った下の山では選手の質が違いすぎる。それは4回戦(ベスト16)の組み合わせを見れば良くわかる(赤がグランドスラム優勝経験者)。
Bartyの山             大坂-Williamsの山
 Barty - Rogers          Hsieh - Vondrousova
  Mertens - Muchova       Osaka - Mugruza
  Vekic - Brady         Williamas - Sabalenka
  Pegula - Svitolina       Swiatek - Halep
 Bartyの山の4回戦で、グランドスラム大会で優勝しているのはBarty1人だけだが、大坂-ウィリアムズの山には4名のグランドスラム優勝者が残った。もちろん、Bartyの山にもグランドスラム優勝者はいたが、スティーヴンス、アザレンカ、オスタペンコは1回戦で負け、ヘニンは2回戦で、プリスコヴァは3回戦で姿を消した。皆、故障を抱えているか、強制隔離で練習ができずに早々と敗退し、4回戦ではBarty1人になってしまった。これにたいして、地元のBartyは十分に練習を積んで今大会を迎えているから、ベスト8まで楽勝で勝ち上がってきた。
 他方、大坂やWilliamsの山は、好調な選手が多く、ハイレベルな戦いが繰り広げられてきた。4回戦の戦いを比較すると、上の山と下の山では雲泥の差がある。大坂-Muguruz戦だけでなく、Williamas-Sabalenka戦などは、獲得ポイント数が双方とも94ポイント・イーヴンの壮絶な打ち合いだった。気の抜けたようなBarty-Rogers戦とは比較にならない試合だった。楽勝の組合せが最終的にBartyに有利に働くのか、それとも激戦を潜り抜けてきた下の山の勝者がBartyを打ち負かすのか。セリーグとパリーグのような戦いになってきた。これが女子シングルス終盤の見どころである。
 まずは18日の大坂-Williams戦のお楽しみである。

2021.02.18 大坂なおみ対ムグルーザ戦短評(全豪テニス)

  テニスの世界4大トーナメントの1つ、全豪オープンがメルボルン・パークで開かれているが、この大会第3シードの大阪なおみ選手は16日の準々決勝に勝利して、ベスト4に進出している。本欄にハンガリーから原稿を送ってくれる盛田常夫氏はテニスにかけても専門家はだしの批評眼をお持ちで、興味深い観戦記を送ってくれている。
 今日は去る14日に行われたベスト8をかけた4回戦、昨年この大会で準優勝しているスペインの強豪、ガルビネ・ムグルーザとの熱戦の模様をお届けする。

盛田常夫 (経済学者・在ハンガリー)

 今年のテニス全豪オープンの大坂は非常に良い状態でたたかっている。少し丸みを帯びた体型になったが、フィットネスは完全に仕上がっている。グランドスラム大会の難関である4回戦(ベスト16)で、大阪はムグルーザと対戦した。全仏(2016年)とウィンブルドン(2017年)の優勝経験をもつムグルーザだが、タイトル獲得の後はやや低迷が続いている。安定した成績が残せていない原因の一つが、ストロークの安定性と勝負弱さである。昨年は全豪決勝まで行き、3つ目のタイトルを狙ったが、ヘニンに敗れた。今年の全豪に向けて、ムグルーザは十分な準備を進めてきた。前哨戦から調子が良く、全豪でも4回戦まで危なげなく進んできた。そこで大坂との初対戦が実現した。

第1セット
 第1セットは大坂のサーヴィスがブレークされて、4-6でムグルーザ。ポイントは大坂の25ポイントに対して、ムグルーザは28ポイント。ファーストサーヴィスの平均速度は大坂が173km/h、ムグルーザは159km/h。セカンドサーヴィスのそれは、大坂が132km/h、ムグルーザは134kmだった。
 ムグルーザのサーヴィスの速度は遅いが、プレースメントが非常によく、大坂にサーヴィスへの攻撃を許さなかった。大坂の速いストロークにも打ち負けず、逆にストロークエースを取る場面が何度もあった。3回戦までの対戦相手なら返球できないストロークを何度も切り返され、大坂はストロークのアンフォーストエラー(unforced errors)を重ねたことが、第1セットを失った原因である。
大坂が14本のエラーを記録したのに対し、ムグルーザは6本に抑えた。もっとも、ウィナー(winner、ストロークエース)は大坂が13本に対し、ムグルーザは5本だから、エラーとエースの数を比較(相殺)すると、ストローク戦はほぼ互角だったと言えるが、それは統計上のことで、実際の感覚ではムグルーザがストローク戦を制しているという状態だった。
 大坂がゲーム序盤で早々とムグルーザのサーヴィスをブレークして2-1とし、次のサーヴィスゲームで3-1とするはずだったが、このサーヴィスゲームを取り切れなかったことが、第1セットの行方を不確実にしてしまった。

第2セット
 第2セットもほぼ互角の戦いだった。サーヴィスエースの数(エースとダブルフォールトを相殺した数)、ウィナーとアンフォーストエラーの数(相殺数)を比較しても、まったく同数である。トータルポイントは大坂の27ポイントにたいし、ムグルーザの26ポイントとほぼ同じである。
 双方とも1ブレークダウンで迎えた大坂5-4の終盤。ムグルーザはサーヴィスゲームを落とし、このセットを失った。この結末はややあっけなかった。ムグルーザの勝負所での気弱さと、勝機を逸しない大坂の動物的感覚が、このセットを決めた。

第3セット
 ムグルーザがこの試合で大阪と互角の戦いを展開した要因はストロークの安定性とファーストサーヴィスの高い確率である。ムグルーザのファーストサーヴィスの確率は試合を通して79%ときわめて高かった。大坂のそれは61%である。これだけサーヴィスが好調だと、相手はサーヴィスを破るのが難しい。第3セットも80%の確率でファーストサーヴィスを決めてきた。
 大坂のワン・サーヴィスダウンで迎えたムグルーザ5-3からの大坂のサーヴィスゲーム。大坂は15-40のダブルマッチポイントを相手に与えてしまった。それまでの流れを考えると、大坂の逆襲は難しい。大坂の連戦連勝はここで終わりと思った瞬間から、試合が逆転しだした。
 第3セットのスタッツを見ると、トータルポイントは大坂41ポイントに対し、ムグルーザの36ポイントだったが、それは結果データである。ダブルマッチポイント迎えた時点で、大坂はムグルーザに比べて、7ポイントも差を付けられていた。絶体絶命の状態だったことが分かる。ところが、そこから信じられないような逆襲が始まった。
 マッチポイントを迎えた大坂は4ポイントを連取してこのゲームを取りゲームカウントを4-5にし、ムグルーザのサーヴィスゲームを迎えることになった。ムグルーザが自分の力でこのゲームを取り切れば、ゲームセットである。
 ここでムグルーザにプレッシャーがかかった。ムグルーザはこのゲームを取り切ることができず、ゲームカウントは5-5のタイになってしまった。流れが変わった。続く大坂のサーヴィスゲームは大阪が簡単にとり、試合終盤になって試合は一変した。大坂6-5からのムグルーザのサーヴィスゲームで、ムグルーザは1本ともとることができず、大坂の前に屈してしまった。
 ムグルーザがダブルマッチポイントを迎えた試合終盤からゲームセットまで、15分間に22ポイントのラリーがあったが、そこで大坂が獲得した17ポイントに対し、ムグルーザのそれは5ポイントだった。まさに終盤で怒涛のような大坂の攻撃があったことが分かる。

 観戦中は大坂がどうやって勝ったのか不思議だったが、終盤のスタッツは大坂の勝負強さと動物的攻撃感覚を際立たせている。なんとも凄まじい試合だった。

 準々決勝(5回戦)の相手は謝淑薇(シェイ・スーウェイ)である。プロの選手の中に、一人だけ「素人のおばさん」がいるという感じの選手である。ボールをラケットに当てるだけで、サーヴィス・スピードもファースト、セカンドともに120km/hの選手である。彼女の怖さを知らない若い選手は皆、謝選手の術中に嵌ってしまう。簡単に打ち負かすことができそうなのだが、どんな球でもラケットを振るというより、当てる感覚でフラットに返球してくる。それも相手の嫌なところへ。まるで、素人のテニスを見ているような感覚になるのだが、若い選手が軒並み負かされる。誰にとっても、嫌な対戦相手である。プロ野球でいえば、大坂やウィリアムズが150km/hの豪速球を投げる投手だとすれば、謝選手は110-120km/hの球速でコーナーを突いてくる投手のようなものだ。打者にとって怖さはないが、振り切れない難しさがある。ウィリアムズに当たるよりは良いともいえるが、テニスの感覚を狂わされる恐れがある。こちらの方が怖い。
 このような選手と対戦する場合、相手のペースに嵌らないように、パワーで圧倒する必要がある。ただ、それが雑なプレーを生むと、相手の思うつぼになるというのが、対謝淑薇戦の見どころである。
さて、どうなるか。興味津々。

2021.01.26  「東京五輪、中止を」    

 アスリートの緊急提案    

伊藤三郎 (ジャーナリスト)

  
 「2021 迎春」という大きな活字のわきに縦書きで「アスリートとして不本意ですが……」――元日届いた賀状の一枚にハッとした。その下には横書きで「奈落に潰(つい)える前に五輪再考」「選手村はコロナ対策基地に」と。
 
 差出人は私の古巣「朝日新聞」同期の記者仲間、馬上康成氏(82歳)。というよりも、五輪競技、ボートの世界では知る人ぞ知る元東大ボート部の有力選手で、シングル・スカル(一人漕ぎボート)部門で「全日本2位」(1960年)という堂々たる戦績を持つ一流アスリートである。
 その馬上氏が、いまコロナ禍が深刻化する中、予定通りこの7月に開催するのかどうか、政局をも左右する微妙な問題に「再考」を求めた裏には、それなりの葛藤があったことを「アスリートとして不本意ですが」という一言に感じた。
 かく言う筆者も大学時代にテニスの「全日本学生」に出場した「インカレ選手」。おなじアスリートの一人として「不本意ながら」も五輪中止を主張せざるを得ない馬上氏の切なさを受け止め、私を含めて少なからぬスポーツ愛好者たちも賛同する、と直感した。そこで早速、「五輪再考」提案の心を馬上氏にあらためてmail で質問したところ、「コロナ禍がここまで拡がってきた以上、東京五輪開催は潔く断念すべきでしょう」という明快な言葉に続けて、以下のような懇切な返答があった。

 「選手村など五輪施設をコロナ対策に振り向ければ医療危機の急場を救うことにもなります。これは新型コロナウイルスが日本に上陸した時点でやっておくべきでした。そもそも五輪招致を汚い手(IOC=国際五輪委員会=委員の買収)で勝ち取ったという疑惑は色濃く残り、初めから真の祝福に値しない宴でもありました」
 馬上氏はさらに、コロナ禍が始まった2020年初め以来、安倍、菅両政権通じてコロナ対策のイロハを忘れてきたことを指摘し、「疫病退治」に辣腕を振った後藤新平・元東京市長を引き合いに出してこう続ける。
「後藤が瀬戸内海の小島を検疫所とすることによってコレラなどの厄介な疫病を封じ込めるのに成功した故事は広く知られています。同じ手法でこんどの新型コロナの感染爆発を抑え込むことができたはずです。幸か不幸か、高層マンション型の東京五輪選手村は新型コロナ感染者を隔離するにはうってつけの海辺に既に完成しています。その活用を阻み続け、五輪にあやかることを企んだ為政者たち、“五輪族”の罪は計り知れないものがあります」
 
 後藤は、ブログ情報などによると、東京市長や内務大臣なども歴任した明治・大正時代の伝説的政治家で、著名な社会学者・鶴見和子、哲学者・鶴見俊輔姉弟(ともに故人)の祖父に当たる。その後藤がまだ内務省衛生局に務めた若い官僚時代、20万人に余る日清戦争の帰還兵たちに蔓延したコレラ、腸チフス、赤痢菌の国内持ち込みを防ぐため、瀬戸内の広島県似島(にのしま)に2ヶ月の突貫工事で検疫所を完成させて国内への2次感染を抑えた。その英断が国際的な評価を得たと言う。
 
 そう言えば、冒頭に紹介した馬上氏の賀状には「コロナ対策基地……」の下に「検疫・隔離、病棟、研究本部、医療スタッフ養成センター」の具体案を示すメモも。ここまで読めば賢明な読者はすでにお気付きだろう。「早く感染者を見つけて隔離するというウィルス感染予防の常識をなぜ厚労省はやらないのか」というノーベル生理学・医学賞受賞者(2018年)、本庶佑(ほんじょたすく)・京大特別教授の怒りの発言(「テレビ朝日」1月18日)と馬上氏の提案はここで軌を一にする。たかが年賀状というなかれ、この葉書1枚には馬上氏の長年の研究と熟慮の成果が集約されていたのだ。
 
 ところで馬上氏は、2年前の「全日本マスターズ・シングルスカル(80歳以上の部)」で金メダルを獲得するなど、いまもれっきとした現役アスリート。余技としてテニスも愛好し、私事だが数年前まではシニア大会ダブルス戦で私のパートナーをお願いしたこともあった。そんな関係で、馬上氏の『五輪中止』提案を私のテニス仲間たちにもmail で知らせたところ、「一刻も早く(菅首相に)五輪辞退宣言をさせるよう馬上氏にエールを」(男性、80歳)など、馬上提言への賛成の声が続々と。

 そう言えば東京五輪組織委員会の森喜朗会長が先週12日の会見で五輪準備について「淡々と予定通り進めていく」と語る一方で「3月にかけて難しい判断が求められる」(朝日新聞)と微妙な表情も見せた。政界では森会長の言う「難しい判断」が、もし「中止」となれば政局激動が、いまや政界の常識とか。これは東京五輪が政権維持の思惑がらみのイベントであることの何よりの証だろう。
 菅首相を昔の大政治家と比較すべくもないが、コロナ危機がここまで深まった今となっては、「東京大会に限らず次回のパリ大会(2024年予定)も含めて、全世界でコロナ禍が収まるまで五輪を凍結、その間に今の五輪のあり様を根本から考え直す機会に」という馬上氏の直言を即刻受け入れてはどうか。コロナ対策で何を言っても「国民に届かない」と批判され、支持率急落の菅首相には、もうそれしか道がないのでは。

2020.10.15  テニス全仏オープン 観戦記

盛田常夫 (経済学者・在ハンガリー)
               
ドロップショット
 今大会のキーワードは、「ドロップショット」。とくに男子の試合でこれほど多くのドロップショットが使われたことはないだろう。注目の的になったのは世界ランク238位ながら、主催者推薦で本戦入りしたH・ガストン(フランス、20歳)。2回戦で西岡を、3回戦で元全仏王者のヴァブリンカを破り、ベスト16の4回戦へ歩を進めた。西岡がドロップショットの連続に苛ついて自滅したように、ヴァブリンカも最終セットまでもつれた試合で、第5セットでは忍耐力が切れて0-6で負けてしまった。
 172cmと小柄だが、ボールを当てるのがうまく、意表を突くドロップショットを多用して相手を翻弄した。4回戦のティーム戦では最初の2セットを落とし、簡単に負けるかと思いきや、第3セット、第4セットで絶妙なドロップショットを次々と決めてセットを奪い、ティームを疲労困憊させた。ティームは何とか勝利をものにしたが、3時間半にわたる試合で肉体的精神的に疲労してしまった。この試合でガストンが多用したドロップショットは50本近い数字になる。このようなテニスゲームはこれまで見たことがない。
 この疲労感が残る中、ティームはフルセットまでもつれた準々決勝シュワルツマン戦の5時間にわたる試合で、最終セットを戦う気力・体力が残っていなかった。全米チャンピオンで、クレーコート出身のティームが準々決勝で負けた最大の原因は、4回戦でのドロップショットに翻弄された疲労である。
 今年の全仏のコートは水分を多く含んでいて、ボールが重くなり、コートに落ちたボールの球速が急激に落ちる。ドロップショットが有効な武器になる条件が揃っていた。ガストンの戦術を観て、多くの選手がドロップショットを多用し始めた。ジョコヴィッチもまた、この戦術を取り入れた一人である。
 準決勝のジョコヴィッチ対ツィツィパス戦は、ツィツィパスに分があると思っていたが、ジョコヴィッチのドロップショットが効果的に決まり、ツィツィパスは数多くのブレークポイントをものにできず、最初の2セットを落としてしまい、後がなくなった。それでも、第3セットのマッチポイントを凌いでから、ツィツィパスは2セットを奪い返し、最終セットに期待をもたせた。しかし、奪い取った第3、第4セットでは、ジョコヴィッチのドロップショットの連発で、前方へのダッシュを繰り返したために、前哨戦のイタリアン・オープンで痛めた脚を再び痛めてしまった。最終セットは動くことができず、ゲームにならず、1-6で簡単に負けてしまった。他方、ジョコヴィッチは勝つには勝ったが、3セット2時間で終わるはずの試合が、第3セットのマッチポイントを凌がれ、4時間近い試合になってしまった。この誤算が決勝戦の対ナダル戦に与えた影響は否定できない。

ナダルvsジョコヴィッチ戦
 赤土のキング・ナダルと鉄壁の守備を誇るジョコヴィッチの試合は最後までもつれると思ったが、前哨戦のイタリアン・オープンでの敗北から立ち直り、試合ごとに調子を取り戻してきたナダルが、前人未到の全仏13回優勝、100勝目を記録した。この記録を破る選手が出てくることはないだろう。決勝に進出した13回とも、勝利するという驚異的な記録である。全仏の生涯勝敗記録もまた、100勝3敗という信じられない記録である。未来永劫、この記録を破る選手が出て来るとは思えない。
 この試合、ジョコヴィッチは最初からドロップショットを多用した、第1ゲームで4本のドロップショットを打った。明らかにガストンの戦術を真似たゲームプランだった。最初は戸惑ったナダルだが、次第に対応できるようになり、第1ゲームをブレークするという好スタートを切った。それにつれて、ジョコヴィッチはドロップショットをネットにかけるミスが多くなった。ナダルはエンドラインから数メートル離れたところに位置しているので、ジョコヴィッチがドロップショットを打てばかなりの確率でポイントになる。しかし、この戦術は諸刃の刃となった。ジョコヴィッチはストローク戦を可能な限り避けるためにドロップショットを多用したのだが、その消極的姿勢がショットのミスを誘発した。エンドラインから放たれるドロップショットは滞空時間が長く、ナダルが拾いに行く時間があるからである
 試合が75分経過したところで、ゲームカウントは6-0、3-1でナダルだった。75分間試合して、ジョコヴィッチは1ゲームしか取れなかった。ゲームカウントだけを観ると一方的な試合に見えるが、75分間で10ゲームだから、1ゲーム平均7分以上もかかっている。各ゲームが競っていたことを教えている。スコアはゲーム内容を反映していないが、ナダルが簡単なミスをせず、ジョコヴィッチにミスが出た分だけ、ゲームカウントは一方的な試合になった。
 この試合、会場の天井が閉められ、風、雨、冷気に曝される条件がなくなった。この条件の有利さを活かしたのはナダルだった。球が重くなる分、ナダルに不利だという事前予想が多かったが、雨や風に翻弄されなかった分、ナダルに有利に働いた。
今年の全仏オープンは、屋根つきのセンターコート以外は、雨と風、それから低温に悩まされる大会になった。水分を多く含むコートは球速が落ちるだけでなく、ボールが水を吸収して重くなる。このために、ほとんどのパワーヒッターが次から次へと緒戦の段階で姿を消していった。最後に残ったのが、現在のテニス界を代表するストロークプレーヤー、ナダルとジョコヴィッチになったのは、この条件下では自然な流れである。
 一つ苦言を言わせてもらえば、この二人のサーヴゲームでボールをもらってから実際にサーヴィスを打つまでの儀式が長すぎる。ボールボーイにボールをもらった時からカウントされる25秒ルール(25-second shot clock)に、二人とも一度は引っかかった。実際にはナダルは何度も25秒ルールを超えていたが、主審の温情で見逃された。ルールの厳密適用で、ファーストサーヴィスの権利が取り消されたり、ポイントを取られたりするが、それでは決勝の舞台に水を差すからだ。
 とくにナダルの場合は一連の動作を完結しないとサーヴを打たない。ナダルはただでさえ儀式が長すぎるのに、ボールをもらってからまずエンドラインの土を靴で掃き、シューズの泥を落とす動作を行ってからサーヴ態勢に入る。そこから、ラケットでボールを4-5度バウンドさせ、今度は手でボールを5-6回バウンドさせてからサーヴを打つ。これからの動作で15秒ほどかかるから、実際には何度も25秒ルールに違反していた。もちろん、25秒進行の時計に何度も目をやってはいたが。
 ジョコヴィッチもサーヴの儀式が長い。ナダルと同様に、ラケットで4-5回ボールを弾ませ、そこから8-10回手でバウンドさせる。これだけ長いと、相手選手がタイミングを取るのが難しい。
 チリッチの儀式も長い。まず手で4-5回バウンドさせ、それから相手選手を見て、再び8-10回程度、ボールをバウンドさせてからサーヴを打つ。
 コンタもサーヴの儀式に拘っている。2-3度ふつうにボールをバウンドさせ、そこから今度は手自体も上下させて数回ボールをバウンドさせる。このバウンド回数が固定されている。彼女の打法そのものも堅すぎるが、型にはめないと済まないという性格にも影響されているのかもしれない。

パワーヒッターの退場 
 大坂なおみが全米女子5回戦で戦ったロジャーズ、6回戦(準決勝)で戦ったブレイディはともに1回戦で姿を消した。男子でも、第4シードのメドヴェージェフが1回戦で、ハンガリーのフチョヴィッチに、4セット3時間で負けてしまった。ハードコートなら決まるはずのストロークやサーヴィスが、今年の全仏のコートでは決まらず、ストローク戦になってしまう。勝手が違う試合展開に、メドヴェージェフは何度も癇癪を起し、第2セットのタイブレークでラケットを破壊したために、フチョヴィッチのセットポイントになる7ポイント目を戦わずして献上してしまい、2セットダウンになった。強烈なストロークとサーヴィスで若手世代を牽引しているメドヴェージェフだが、メンタルの鍛錬が必要である。
 今回の全仏の自然条件は、パワーテニスをベースにしている選手にはストレスが溜まる大会になった。寒さによる怪我のリスクもあるので、大坂なおみが今大会をパスしたのは正解だった。
一口にクレーコートと言っても、赤煉瓦を砕いて作られる全仏の赤土コートは欧州と南米に普及しているもので、アメリカの堅いグレーコートや日本の土コートとも違う。全仏で活躍する選手は赤土コートで育った選手がほとんどである。脚力があり、ストローク力がある選手が勝ち進む。コートに落ちた後の球速が急激に落ちるので、パワーがなくても、かなりのところまで行ける。
 ハンガリーのフチョヴィッチも、もともとはクレーコート出身である。187cmの身長と強靭な脚力は赤土に適している。4回戦のルブレフ戦では4セット目にセットポイントを得たが、取りきれず、4時間の試合で負けてしまった。ハンガリー男子選手が全仏で4回戦まで行ったのは、1970-80年代のタローツィ・バラージュ以来である。なお、タローツィは田園コロシアムで開催された1981年の全日本オープンで単複とも優勝している。当時、タローツィと九鬼潤のゲームを観戦したのを覚えている。
 体力を要する全仏で、最終的に残ったのが33歳のジョコヴィッチと34歳のナダルというのはやや意外である。体力のある若手がもっと肉薄すると思っていた。脚力と体力のあるティームやツィツィパスなどの若い世代の選手たちが、早々と体力を消耗してしまったのは予想外であった。それほどナダルとジョコヴィッチの体幹が強靱だ。信じられないほどのスタミナがある。若い選手の発奮を期待したい。

女子シングルスはシフォンテック
 男子以上にランキング下位の選手が活躍したのが今回の全仏女子である。伏兵のポーランドのシフォンテックが優勝したが、ここ数年、全仏では意外な選手が優勝する。2017年にもノーシードのオスタペンコ(ラトヴィア)が20歳になったばかりで優勝し、話題をさらった。しかし、全仏の若い優勝者がその後のトーナメントで活躍する事例は少ない。2016年で22歳の若さで優勝したムグルザは翌年のウィンブルドンも制したが、その後はさっぱりである。オスタペンコはサーヴィスのイップスにかかり、ランキング40-50位を低迷している。
 シフォンテックがハードコートでどれほど戦えるのか、これからの注目点である。彼女のフォアハンドグリップは、軟式テニスのグリップのように厚い。このグリップから振り切られた球は重い。ただ、全仏の球速が遅いコートではこの打法が活きるとしてもハードコートでどれほど戦えるかを見たい。手首に負担がかかる打法だから、球速が上がるハードコートでは手首の怪我のリスクが大きくなる。
 今年の全豪で大坂なおみ選手を圧倒した16歳のガウフは、その後、サーヴィスのイップスにかかり、ダブルフォールトを連発して自滅することが多くなった。全豪の対大坂戦ではファーストサーヴ平均180km/h、セカンドサーヴ平均150km/hと、男子選手並みのスピードを記録した。ところが、この試合が頂点で、以後は長い低迷期に入った。速いサーヴィスに頼る試合運びに綻びが出ると、全体のゲームプランが崩れる。現在はスピードを殺したサーヴを打っているが、そうなると並みの選手になってしまう。たまに速いサーヴを打つが、これがダブルフォールトを誘発する。なんとももどかしい悪循環に入った。父親のコーチングから離れ、熟練のコーチに成長を託す時である。
 ゴルフの渋野日向子のように、一つのグランドスラム大会で、あれよあれよという間に勝ってしまうことがある。2017年全仏のオスタペンコだけでなく、2016年リオ五輪の女子テニスで優勝したプイグ(プエルトリコ、優勝時22歳)はこれが頂点で、以後はさっぱりである。2度グランドスラム大会を制したムグルザも、その後は精彩を欠いている。
 グランドスラム大会を複数回制覇することは至難の技である。ウイリアムズ姉妹を除くと、現役選手でグランドスラム大会を3度制覇している選手は、ドイツのケルバーと大坂なおみ選手以外にいない。強烈なサーヴでウィンブルドンを2度制覇したクヴィトヴァ、全仏とウィンブルドンで優勝したハレプはベテランの域に達しているが、グランドスラム大会優勝は2回止まりある。ランキング1位になったことがあるプリスコヴァはいまだグランドスラム大会の優勝はない。それほどまでに、グランドスラム大会を制するのは難しい。それを考えると、ナダルの全仏13回制覇はとても人間技とは思われない。これでフェデラーとともに、グランドスラム大会20回制覇となった。ジョコヴィッチは17回制覇である。ビッグスリーと呼ばれる所以である。
 ベテランの低迷を尻目に、大坂を先頭とする若い女子選手が次々とグランドスラム大会を制している。今年の全豪を制したケニン(アメリカ、21歳)、2019年の全米を19歳で制したアンドレスク(カナダ、20歳)、2019年の全仏王者バーティ(オーストラリア、24歳)が、女子テニスの新しい世代を背負う選手たちである。これにシフォンテックが加わった。女子テニスの若手から目が離せない。大坂なおみがデフェンス力を強化し、さらにグランドスラム大会制覇を積み上げ、女子テニスのレジェンドになれるかどうか、興味は尽きない。
 
ハンガリー・フランス女子ダブルスペアが優勝
 ハンガリーのバボシュ・ティメアは2018年からセルビア出身でフランス国籍のムラデノヴィッチをパートナーにして、2年連続WTA最終戦のダブルス世界選手権で優勝している。今回の全仏制覇で、バボシュは4度目のグランドスラム大会優勝となった。ハンガリー男子では、タローツィ・バラージュがスイスのグントハルトと組んでウィンブルドン(1985年)と全仏(1981年)で優勝している。
 このペア、全米オープンでは悲しい経験をした。第1シードを得て、1回戦を簡単に勝ち上がったが、その後にムラデノヴィッチの大会参加が取消になった。コロナ検査で陽性になったフランスの男子選手ペールの濃厚接触者の一人として認定されたために、ニューヨーク州から出場停止決定が下されたのである。全仏の表彰式で、ムラデノヴィッチはこの出来事に触れて涙を拭った。
 2017年のダブルス世界選手権(WTA最終戦)で、バボシュはチェコのダブルス名手フラヴァツコーヴァと組んで優勝しているから、3度の世界選手権優勝を達成している。現在のパートナーであるムラデノヴィッチとはジュニア時代からの友人で、3年前からトーナメントで連戦連勝を重ねている。コンビが良いだけでなく、ともに180cmを超える長身からのサーヴは力がある。
 日本の青山修子・柴原瑛菜組がベスト8まで勝ち進んだ。175cmの柴原と154㎝の青山のデコボココンビが結果を残している。柴原はアメリカ出身で、2016年の全米ジュニアダブルスを制している。
 ダブルスの試合はテレビ中継も限られ、決勝戦以外はテレビ観戦ができない。コロナ禍がなくても、ダブルスの試合の観客はグランドスラム大会でも数百人程度である。
 また、車いすテニスは日本のお家芸であるが、全米で優勝した国枝選手は準決勝で敗れてしまった。女子決勝は世界ランク1位の上地選手と新鋭の大谷選手の日本人対決になり、上地選手が優勝した。
 車いすテニスがテレビ中継されることはまずない。今回の全仏で、ジョコヴィッチが国枝選手の試合を観戦して、国枝選手を称えたという記事を目にした。技術だけでなく、かなりのハードワークが要求されるスポーツである。一度だけ、国枝選手のグランドスラム大会決勝試合をテレビ観戦したが、観客は数十人だった。全仏のインターネットサイトでは選手データにアクセスできるが、車椅子選手の氏名は掲載されていても、データは空になっている。なんとも残念なことである。

2020.02.13  世代交代の戦いが続く男女プロテニス -錦織世代の終戦

盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

 全豪オープンテニスが終わった。女子は予想外の決勝戦となり、今回もまたグランドスラム大会の新しいチャンピオンが生まれた。2017年以降、この全豪大会までの4大大会各年の女子優勝者はすべて異なる選手となった。もっとも、大坂なおみ選手は2018年全米と2019年全豪と、年をまたいで連続制覇しているが、同一年だけに限ると、グランドスラム大会を連覇した選手はいない。セリーナ姉妹という絶対的な王者を引き継ぐ若い選手の激しい攻防が続いている。
 男子の場合は極端で、2004年の全豪でフェデラーが優勝して以降、グランドスラム大会は実に16年にわたってフェデラー、ナダル、ジョコヴィッチによるビッグスリーの天下が続いている。この間、マリーとワブリンカの実力者がそれぞれ3度の優勝を飾ったほかは、ガウディオ、デルポトゥロ、チリッチの3選手がそれぞれ一度だけトップスリーの壁を破っただけだ。
 しかし、男子テニス界にも確実に世代交代の並みが押し寄せている。20歳代前半の若手選手の天下取りはそう遠くない。

女子テニスの現状
 2018年全米オープンでの大坂選手の優勝は予想外であったが、それに続く2019年全豪制覇で一歩抜け出たと思われた。しかし、全仏はバーティ(23歳)、全米はアンドレスク(19歳)、そして2020年の全豪がケニン(21歳)となった。そして、今年の全豪3回戦で大坂選手が敗れた相手が15歳の天才少女ガウフである。
 女子テニスは大坂選手(180cm、22歳)、クヴィトヴァ(180cm、29歳)、プリシュコヴァ(186cm、27歳)の男子並みの速いサーヴを武器にパワフルなテニスを展開する選手と、小柄で粘り強いストロークを展開する選手(バーティ166cm、アンドレスク170cm、ケニン170cm、ハレプ168cm、ケルバー173cm)に分かれている。
 この戦いに新たに参入したのが、15歳の天才少女ガウフである。体格的には大型選手に近い175cmだが、サーヴスピードは大型選手並みである。ファーストサーヴィスの平均速度は170km/h台で、これはほぼ大阪選手や錦織選手と変わらず、セカンドサーヴィスのそれは155-160km/hと男子の一流選手並みのスピードである。セカンドサーヴィスは錦織選手より15-20km/hほど速い。女子選手としては驚異的な数値である。ストロークの粘りも、とても15歳とは思えない。文字通り、天才少女である。
 昨年の全米では大坂選手に完膚無きまでに叩き潰されたが、この全豪では堂々と押し切った。全豪の第一セットのガウフ選手のファーストサーヴの確率はセット途中まで8割を超え、セカンドサーヴも160km/hのスピードで圧倒した。ここまでガウフ選手の調子が良ければ、大坂選手が100%の状態でなければ勝つのは難しい。サーヴの圧力で大坂選手は押されてしまい、凡ミスを重ねることになった。大坂選手にしてみれば、男子選手と戦っているような状態だった。
 ただ、テニスのサーヴィスはどれだけ好調でも必ず波があるし、返ってくるはずのない球が返球され続けると調子が崩れる。実際、ガウフ選手は4回戦の対ケニン戦の最終セットを0-6で失った。いったんサーヴィスの調子が崩れると、それを立て直すことができず、それがストロークミスを誘発する悪循環が起きる。
 また、サーヴィスではイップス(形が崩れて制球できなくなる状態)に陥ることがある。2017年の全仏でノーシードから19歳の若さで優勝したオスタペンコ選手は、その後、サーヴィスで典型的なイップスに陥り、ダブルフォールトを連発して試合にならず、ランキングを落としてしまった。男子の次世代王者と言われるズヴェレフ選手も、220km/hの剛球サーヴと、パワフルなストロークで相手を圧倒的する力を持ちながら、ここまで半年以上、サーヴィスのイップスに悩んできた。全豪はファーストサーヴの速度を10km/hほど遅くして制球に努め、ベストフォーまで勝ち上がった。
 大坂選手が再びトップの座を狙うための課題は明らかである。ストローク型の若手に対抗できるストロークの粘りと安定性を高めること。そのために、打球を捉える前のステップを細かくする足の運びを怠らず、時にはスライスで返球するストロークのヴァリエーションをもつことである。もうひとつは、セカンドサーヴィスの威力を付けることである。ファーストサーヴィスは一流でも、セカンドサーヴィスは二流である。そこを叩かれる場面が多い。これらを克服すれば、再び頂点に立てることは間違いない。大坂選手は大きな伸びしろをもっている。そこが他の大型選手との違いである。

男子は混戦状態
 男子はようやく世代交代が始まった。ビッグスリーのうち、今年で39歳になるフェデラーはバックハンドストロークに難があり、これが若手選手の狙い所になっている。最近では左右の動きが鈍く、勢いのある若手のホープに勝つことがますます難しくなっている。
 全豪決勝でジョコヴィッチと戦ったティームは26歳だから若手とは言えないが、若手グループを引っ張る代表格である。彼を先頭に、ズヴェレフ(22歳、198cm)、チチパス(21歳、193cm)、メドヴェージェフ(24歳、198cm)、ハチャノフ(22歳、198cm)が次世代のチャンピオンを狙う若手である。彼らに共通しているのは大型でサーヴ力があり、大型選手に特有のストロークでのもろさがないばかりか、ジョコヴィッチやナダルと堂々とストローク戦を展開できる機動力をもっていることである。
 この次世代の若手が台頭したことによって、故障が多い錦織世代(錦織、チリッチ、ラオニッチ)はフェイドアウトすることになった。若手のホープたちは錦織以上のストローク力を誇り、ラオニッチ並みのサーヴ力があり、チリッチ並みの体格がある。2014年に全米決勝を戦った錦織とチリッチには世代交代の期待が寄せられたが、その後の技量の向上に目立った進歩がなかった。錦織選手の状態は2014年全米決勝を比べると、明らかにストローク力が退歩している。ストロークの鋭さがなくなれば、女子選手並みの錦織選手のサーヴ力で、現在の男子テニス界を戦うのは難しい。ビッグスリーと次世代をつなぐ錦織世代の役割は終わった。
 ナダルのストローク力は依然として威力万点だが、若手のホープのストローク力も着実にナダルに迫っている。ティームが一歩も引かないストローク戦を展開してナダルを破ったが、メドヴェージェフもチチパスも、ナダルを恐れないストローク力がある。加えて、若手選手は皆、ビッグスリーを上回るサーヴ力をもっている。これがビッグスリーを脅かす大きな武器になっている。
 男子テニスでサーヴ力の占める割合は高い。ストローク力が同等なら、サーヴ力が試合を決める。だから、ナダルもジョコヴィッチも30歳を超えてなお、サーヴ力の向上に力を入れている。ここは錦織世代がトップスリーから離されたところでもある。サーヴ力を強化できるコーチを付け、台頭する若手に対抗するための攻撃力を付けている。この努力こそ、彼らがトップを守り続けている源でもあり、錦織選手に欠けているところだ。錦織選手はコーチの選択を誤った。
 全豪でジョコヴィッチが頂点に立ったが、着実に世代交代の波が押し寄せている。
2019.12.31 ランニングブームにも変化の兆し
「人類の調和のとれた発展」への転機に

杜 海樹(フリーライター)

 現在、日本のランニング人口は1000万人余に達していると言われている。フルマラソン・42.195キロを完走する人は年間延べ40万人、東京マラソンのように参加者が3万人を超える大会も数大会ある状況となっている。ランニングブームに伴って、マラソン大会を開催すれれば人が集まり地域が活性化すると、近年、相当多数の都市がマラソン大会を新設し、地域経済活性化のリード役を果たしてもきた。全国ご当地マラソン協議会なども発足し「地域の特色を前面に出したおもてなし趣向」で新たな魅力を打ち出していくこと等も謳われてきた。マラソン大会では、地域の特産品や郷土料理等が振る舞われることもあり人気を得ているところでもあった。

 しかし、こうした流れにも東京オリンピックを前にして少し変化が出始めてきている。
 マラソン大会の募集を掛ければ数時間で定員オーバーとなった時代は過ぎ去り、今や締め切り日当日を迎えても定員に満たないまま受付を終了しなければならないマラソン大会も珍しくなくなってきた。東京オリンピックのマラソンコースも大会開催1年を切ってから右往左往する結果となり、交通渋滞や物流機能面など総合的に見るとオリンピックの印象も決して芳しいものではなくなってきている。

 そうした中、ある地方の老舗マラソン大会が、今秋、突如3年間の休止を発表した。あまりの突然の出来事であったため「いったいどうした?」という声も愛好家の間から聞かれたが、理由には自治体の財政面や高齢化の側面も含まれていた。少子高齢化に伴う問題がいよいよマラソン大会の運営にも波及してきたかという印象を受けた。

 現在おこなわれているマラソン大会の少なからずは、スポーツという側面に加えて経済の活性化という側面が加味されている場合が結構あった。マラソン大会に限らず、あらゆるお祭りやイベントは、開催すれば大勢の参加者や見学者等が詰めかけ経済効果が上がるのも事実であった。
 しかし、高齢化が進み人口が減少してくれば、来場者を迎えようにも迎える側の人出は不足せざるを得なくなってくる。国土交通省・国土交通政策研究所の政策課題勉強会内においては2040年に消滅可能性都市が896自治体(全国の自治体の約50%)に及ぶとの報告もされていた。各種のイベントにお客の立場で参加するという主催者側に一定の負担をお願いする参加スタイルは見直しの時機ということなのかもしれない。
 
 まもなく、オリンピックが開催されるが、そのオリンピック憲章の中には「オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである」という言葉がある。また、マラソンの故・小出義雄監督は「メダルのために人生があるのではない。あくまでも人生のためにメダルがある」といった言葉を残している。
 各種大会の運営が負担になってくるようであれば、やはり何らかの見直しが必要な時機ということであろう。