2017.04.25 5月7日の仏大統領選決選投票で39歳のマクロン氏当選へ
第1回投票で中道マクロン氏が極右ルペン氏をしのぐ

伊藤力司 (ジャーナリスト)

4月23日に行われたフランス大統領選挙第1回投票では50%以上の得票率を得た候補者はおらず、その結果得票率1位の中道派エマニュエル・マクロン氏(39)と2位の極右「国民戦線」の女性党首マリーヌ・ルペン氏(48)が5月7日の第2回投票(決選投票)で、雌雄を決することとなった。仏世論の動向からマクロン氏の当選の公算が高く、フランス共和国史上最も若い国家元首が誕生することになろう。

昨年6月の英国のEU(欧州共同体)離脱を問う国民投票で離脱派が僅差で勝利したこと、同11月のアメリカ大統領選挙で事前の世論調査では劣勢だったドナルド・トランプ氏が当選したことは、マスメディアが読み切れないポピュリズム(大衆迎合主義)の流れが現代を動かす風潮として注目を集めた。イスラム過激派のテロが頻発するフランスでも、反イスラムのポピュリズムの流れの中でイスラム移民に厳しい目を向ける「国民戦線」への同調ムードが高まっていると言われてきた。

また近年のグローバル化、ネオリベラリズム(新自由主義)の流れの中で、フランスでも従来型個人経営主体の農業、商業、工業が揺さぶられてきた。その結果世界的な傾向に準じて、フランスでも中産階級の貧困化が進んでいる。ヨーロッパの場合はグローバル化、合理化を進める中枢がブリュッセルのEU本部である。「国民戦線」はこうした大衆の反EU感情を搔き立てて、フランスのEU脱退を主張するに至った。ルペン氏は選挙公約もEU脱退を前面に掲げ、欧州統合の前進を主張するマクロン氏と全面対決した。

今回の大統領選には全部で11人が立候補したが、有力なのはマクロン氏(得票率23・75%)、ルペン氏(同21・53%)のほか中道右派のフランソワ・フィヨン元首相(63)(同19・91%)、急進左派のジャンリュック・メランション氏(65)(同19・64%)の4人であった。この中でEUに批判的なのがルペン氏とメランション氏。EUを盛り上げて欧州統合をさらに進めるべきだという立場を執ったのが、マクロン氏とフィヨン氏である。

決選投票でフィヨン氏の支持者がルペン氏に投票することは考えられず、マクロン氏に投票するのが自然の成り行きだ。メランション氏の支持者はEUに批判的だが思想的には左翼の人々であって、極右のルペン氏に投票することはあり得ない。このように分析すると、決選投票でマクロン氏がルペン氏に敗れることは考えられない。ただし投票率は第1回投票の78・27%より下回るかもしれない。

問題は決選投票でルペン氏がどの程度得票するかである。2002年の大統領選挙で、当時の「国民戦線」党首ジャンマリ・ルペン氏(マリーヌ・ルペン氏の実父)が、第1回投票で社会党候補を押さえて決戦投票に臨んだが、得票率13%台でジャック・シラク氏に惨敗した。以来15年を経てマリーヌ氏の率いる「国民戦線」はファシズム色を薄め、反ユダヤ右翼排外主義から「フランス第一」を叫ぶ国民政党に脱皮しようとしている。フランス国民はルペン氏の異議申し立てにどの程度反応するだろうか。

さてすい星のごとく登場したマクロン氏とはいかなる人物か。パリのリセ(高校)在学中にバカロレア(大学入試資格試験)で優秀な成績を収め、パリ第10大学で哲学を専攻。次いでエリート養成校として知られるパリ政治学院で修士号取得、さらに超エリートコースの国立行政学院に学んだ。2004年から国立会計検査院の検査官として勤務したが2008年にスカウトされてロスチャイルド系の銀行に転職、企業買収ビジネスで業績を挙げたという。

2006年からフランス社会党の党員になったが党の日常活動はほとんどせず、2007年の大統領選挙で社会党候補のセゴレーヌ・ロワイヤル氏(フランソワ・オランド現大統領の元夫人)の選挙運動に参画。2012年にオランド大統領が就任すると大統領府副事務総長に抜擢され、エリゼ宮(仏大統領府)で腕を振るった。2014年経済・工業・デジタル相に就任、年間5回に制限されていた百貨店の日曜営業を年間12回に緩和する通称「マクロン法」を成立させた。

彼は、16年4月「En Marche!(前進!)という政治運動団体を旗揚げ、これを基盤に17年大統領選出馬を表明した。この団体は社会党とは関係なく政党でもないとされる。しかし目指すところは左翼でも保守でもなく中道だとされる。未知数の多い大統領が登場することになりそうだが、欧州統合という合理主義を貫こうとする方向だけは確かなようだ。デカルトやパスカルを生んだフランスの合理主義がポピュリズムに勝ったと言えよう。

このマクロン氏は29歳の時、3児を抱えた24歳年上の女性、つまり自分の母親と同じほどの年齢の元高校時代の恩師をかき口説いて結婚したという情熱の人でもあるという。

2017.04.24 習近平はトランプの下請けに甘んじるのか ―正体が見えた「新しい大国関係」
新・管見中国(24)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 北朝鮮の太陽節(故金日成主席の生誕記念日・4月15日)に始まる1週間が無事に過ぎた。この間、世界はひょっとすると米がシリアに続いて、朝鮮半島でも武力を用いて北朝鮮の金正恩政権の打倒に踏み切るのではないか、と半ば真面目に心配し、緊張した日々を過ごした。
 15日当日は北朝鮮お得意の、というか、おなじみの軍事パレードが、特に招いたおよそ200人の外国メディア陣の前で繰り広げられ、新型の大陸間弾道弾(か、多分その模型)がお披露目された。
 そしてちょっと緊張したのが翌16日の早朝、北朝鮮が東部の新浦から弾道ミサイルを発射したという一報が流れた時であったが、これは発射直後に爆発してしまったために大騒ぎとはならずにすんだ。
 そしてこの日からアジア諸国歴訪を始めた米のペンス副大統領がまず韓国で、ついで日本で「北朝鮮の脅威」を強調し、米本国ではトランプ大統領が「戦略的忍耐は終わった」、「中国がやらなければ、米がやる」、「すべての選択肢はテーブルの上にある」・・・と、武力行使も辞せずの構えを繰り返して、緊張をあおった。
 一方の北朝鮮も相変わらず威勢よく、「どんな戦争でも、しかけられれば核戦争でも受けて立つ」、「これからも最高指導者の命令があれば、ミサイルも発射するし、核実験もする」と一歩も引かない姿勢をとり続けた。
 しかし、結局こともなく日は明け日は暮れて、今日に至っている。それはそうだろう。いくら北朝鮮のやれミサイルだ、やれ核実験だ、という騒ぎが目障りだとしても、そしてそれがだんだん本物の脅威に近づいてきたとしても、これまで直接、他国に損害を与えたわけではない。人1人殺したわけではない。相手がやってくれば反撃するというだけである。先にこちらから武力を使うわけにはいかない。
北朝鮮が騒ぐのはなんとかして米に自分を核保有国として認めさせ、それ相応の立場で米と国家関係を結びたいからである。だから自分の核を取り上げることを目的とする6か国協議などは真っ平ご免となる。この北朝鮮の言い分もまた天下周知のことである。経済力で韓国に大きく水をあけられた北朝鮮としては、なんとか韓国の頭越しに米との関係を構築して一矢報いたいという思いに凝り固まっているだろうことは、あの気位の高さから見れば容易に想像がつく。
とすれば、今回の「北の脅威」騒ぎもこれまでと同じパターンの繰り返しに終わるのだろうか。いやそうではない。私は新しい要素が加わったと考えている。そして、それはこれまでのパターンを変えることになるはずだ。
新しい要素とはなにか。それはほかでもない、中國が米の下請け業者になったことだ。今月6日と7日にフロリダで行われた米中首脳会談は事前に予測されたのとは随分違った形になったように見えた。事前には米の巨額の対中貿易赤字の解消策やら、南シナ海での中国の埋め立てによる基地建設とそれをけん制する米の「航行の自由作戦」などをめぐって、厄介な話し合いが行われると見られていた。トランプにとっても習近平にとっても、今度の首脳会談は容易ならぬものになるはずと私も考え、本欄にそれを書いた。
ところが実際には2日間で延べ7時間以上に及んだ首脳会談、しかもそのうち半分以上は両首脳のみによる会談であったというのに、中身となると双方の発表は何だかさっぱり要領をえないものだった。現にトランプは「なにも中身はなかった」とまで言った。確かに通商問題では「100日計画」を立てて、話し合いを始めることになったとはいうものの、何をどう話すかについては、双方の言い方はかみ合っていない。
そこで私は会談後、本欄で見通しの誤りをお詫びしたのだったが、結局、今回の会談の眼目は、「当面、北朝鮮は中国に任せる。米はそれを見守る。その間、両国間の懸案はひとまず休戦」という合意が成立したことだったのだ。4月20日の伊首相との会談後の会見でトランプは「中国は北朝鮮問題に懸命に取り組んでいる(trying very very hard)と確信している」と述べた。
米中会談前、トランプは「中国がやらない(北朝鮮を抑えない)なら米がやる」と繰り返していたから、習近平としては米に朝鮮半島で武力を使われては困る(難民の大量発生や戦後は半島全体が米の支配下に置かれる、など)ので、「自分がやる」と引き受けたものであろう。
それも多少なりとも北朝鮮の立場に配慮しての解決策を求めるというのではなく、米の言いなりになって「核を捨てろ」と北朝鮮に迫る立場に立つのである。中国による対朝制裁の強化(石炭輸入の全面停止など)にそれは現れているが、同時に北朝鮮に対する新聞の論調もここへ来てきわめて厳しいというより、上から指図するといったものになっている。
『人民日報』傘下の『環球時報』という新聞はかなり率直に中国の立場を打ち出す国際問題専門紙だが、4月18日には「朝鮮半島における中米協力の限界はどこか、重点はなにか?」という社説を掲げた。
この社説は、まず北朝鮮の核をめぐる状況は変化しつつあると指摘し、その最大のものは「中米の協力面が拡大しつつある」ことであり、中國は北朝鮮に対する制裁を強めることもためらわない、と言い切っている。変化の2つ目は米が「戦略的忍耐」を放棄したことであり、米の武力行使は口先の脅しではなさそうだとの中国の見方を述べて、北朝鮮の取る道は徹底抗戦か核放棄か、2つに1つだと迫っている。
さすがに、そうは言っても中国は米がピョンヤンの政権を倒すことまで支持するわけではないと付け加えているが、北朝鮮の核保有に反対することは中米両国の共通の利益であり、今はこの共通利益が突出しているのだとのべ、北朝鮮の核ミサイル保有計画がかつて朝鮮半島で戦った中米両国をパートナーに変えたのだと論じている。
最後に社説は、中国の制裁がいかに厳しくても「政治的悪意はない」(政権を倒そうというのではない)ところに、「北朝鮮の幸運と希望がある」はずだと諭して、だまって核を捨てろと迫っている。
この社説には、北朝鮮を独立国と認めるならば、当然払われるべき配慮がまったく見られない。支配者が従属者の誤りを叱責し、行いを改めさせようとする命令の口調である。そしてその口調は北朝鮮にだけ向けられたわけではない。翌19日の「半島情勢の緊張には韓国にも責任あり」と題する社説は、韓国に対しても、努力もせずに「北朝鮮の政権が倒れれば、韓国が半島を統一できる」、「中米は韓国による統一に協力すべきだ」などと考えるべきではないと、上から目線で釘を刺している。
つまり私の印象では、トランプ・習会談で「北朝鮮に核を捨てさせよう」、「中国がまず圧力を加える」と合意した結果、おかしなことだが中国はこの中米統一戦線の結成に大きな喜びを感じているとしか思えない。
中国はGDPの総量で米に次ぐ世界2位に上って以来、米に対して「新しい大国関係」を結んで、縄張りを決めようと繰り返し持ち掛けてきたが、オバマ政権には相手にされなかった。ところがトランプになったとたんに、北朝鮮つぶしでの協力を米に持ち掛けられ、舞い上がってしまったのではなかろうか。「新しい大国関係」とはこの程度のものであったのか、呆気にとられてしまう。
これに対して北朝鮮がどう出るかはまだ分からない。よもややぶれかぶれなどということはなかろうと思うが、こちらはこちらで何をするか安心できない相手だ。小さな朝鮮半島の上でトランプと習近平がダンスを踊る足元で何が起こるか、これからは今までとは違った新しい状況が始まるはずだが、その中身はまだ見えてこない。

2017.04.21 蛮族勇士著「特権階級の権力変化と権貴経済」を読む(下)
――八ヶ岳山麓から(219)――

阿部治平(もと高校教師)

第四世代の指導者
第四世代は胡錦涛と温家宝である。彼らは国家指導者としては極めて性能の劣るコンビであったが、権力相互牽制の原則は維持した。
胡錦濤は(徳目宣伝の)「八つの栄誉、八つの恥」と先進的教育をやった。これは「三つの代表」の政治的高さと比較すべくもなかった。だが、胡錦濤は経済方面にむやみに口を出さなかったし、中国を文革時代に戻そうともしなかった。
だが(鄧陳時代に中共総書記だった胡耀邦の)弁公室出身であった温家宝は、直面する財政・経済の複雑な局面にまったく対応できなかった。朱鎔基の改革によって中央政府は税収の70%を召し上げた。当時の貧困財政からはこうするのほかなかった。だが、これは臨時的措置であった。長期にわたって続けるわけにはいかなかった。続けるとしたらそれなりの配慮が必要だった。
たとえば地方政府に教育をやれの、医療保険をやれのといったが、地方はふところに一銭もないのだからどうすることもできなかった。カネのかかる教育と医療という仕事は、二つながら別のどこかがやるべきだった。
温総理は朱鎔基財政をやめるか、完全なものとするかという状況に直面していたが、これが理解できないものだから、いま思っても不可解な選択をした。なんにもしないことにしたのだ。
だが、歴史の法則は動き、「治乱循環」のスイッチは押された。高層に「力量を集中する」という臨時的性格をもった朱鎔基財政の措置は(以後も続けられたことによって)反作用をおこし、高層権貴の資源分配・争奪戦(すなわち国営資本の私物化)を引きおこした。
胡温時代の10年間を通して利益の区画が基本的に確定し、ほとんどすべての(国営の)産業分野があれこれ名のある高層権貴に分け与えられた。
ここで現在の高層派閥勢力を簡単に数えてみようか。
電力系・石油系・上海淅江系・民主同盟系・統一戦線系・共青団系・北京派・山西派・四川派・潮州汕頭派・客家派・五大軍系(陸・海・空・ロケット・戦略支援軍の5種?)等々。
利益は紛々錯綜し複雑であるが、それぞれの勢力はみな中共政治局常務委員クラスに同盟者をもっていて、それによってさらに巧妙に資源争奪をやった。2008年から胡温の第2任期がはじまると、権貴資本は猛烈に膨張しはじめ、民営企業の活力はじょじょに弱体化し(いわゆる「国進民退」)、この国は崖っぷちに向かって歩き始めた。

習近平の登場とその悪果
2013年、現代政治史上最大の事件が起きた。新型の支配者が登場したのだ。
当初、彼は大衆・知識人の希望であった。私のような懐疑派ですらこの人に期待を寄せたのだったが、しかしご存知の通り現実は容赦なく望みを裏切った。
国家の痼疾は何なのか、どこにそれはあるのか?
国民は基本的に無知である。自分の生活がだんだん苦しくなるのはわかっているから、誰もが改革をというのだが、どこをどう改革すればよいのかわからないのである。
鄧陳の改革は統制をやめることだった。鄧小平の超高度の政治的頭脳のもとで、また当時の高層長老たちの相互牽制の下で、それをやり遂げるのは難しくはなかった。
江朱の改革は当時の中小の権貴どもを抑えつけ、民間資本に生存空間を与えることだったが、同時に資源が高層へ過度に集中し、高層権貴資本の発育空間をもたらし、これが禍根を将来に残した。だから胡温のやるべき改革は、高層権貴から骨を奪って老百姓に与えることだったのに、何もやらなかったのだ!
とはいえ、こうした種類の改革は、はたして成功するものだろうか?中国の歴史上似た例としては王莽の改革がある。王莽は貴族から田地を奪い農民に与えようとしたが、失敗して汚名を着せられてしまった。ほかに高層権貴のチーズに手を触れるのに成功した例はまったくない。

ある個人の意図を探ろうとすれば、ことばではなくやったことを見ればよい。習政権は2013年の1年を通して何をやったか。財税(徴税)系統を強化した。これはほかでもなく国家資本強化の道である。
これと同時に世論に対する統制を未曽有の程度に高めた。ネット上の大V(高名な発言者)は、なんと反政府の代名詞となり、ときには身の危険を感じるようになった。これはさらに権力の集中を強化するものであった。
だが、最も危険な表れは改革領導小組と国家安全委員会という機構を二つ新設したことである。しかも習総書記が二つながらその頭を兼任するというのである。これは改革開放以来、前例を見ないふるまいだった。
鄧陳がつくった高層の相互牽制原則を一夜にしてぶち壊した。権力はすべて総書記一人の手に集中した。総理は名前だけ、いようがいまいがかまわない存在になった。
いま、国家の資源が加速的に高層権貴の手に集中し、民営資本が難行苦行する一方で、高層権貴は相互牽制のゲームの規則を捨て、赤裸々な権力争いを始めた。これが我々が直面している現実である。
1980年代、中小権貴が資源争いをやったが、高層にはゲームの規則を遵守するという最低ラインがあった。このため、若者たちが熱血を激発し世界を驚かせた(天安門事件を起した)にもかかわらず、最終的には危機を回避できたのである。だが、このたびは高層権貴らが直接資源の奪いあいをやり、規則の最低ラインをも放棄しているのである。いったい何ごとが生れるのか?

2013年、高層の(反腐敗名目の)権力闘争は激越となり、それ以前の30数年をはるかに越えるものとなった。西南系(いわゆる上海閥)は根こそぎにされ、石油系(周永康)は影も形もなくなり、前の軍機大臣(軍制服組最高位だった郭伯雄・徐才厚)は失脚し、ウワサではさきの「中堂大人(もと総理温家宝?)」は密かに逃亡をはかったという。
知識分子は文字の獄(言論弾圧)の脅しのもと、小さくなって押し黙り、高層人士もいまだ枕を高くして眠れない。だれも相手の出方がわからない。さあここで唯一打てるパイはなにか?――国際矛盾を挑発し国民の注意を国内問題からそらすことである。そこで東シナ海と南シナ海などで領海紛争をやり、天地がひっくり返る騒ぎを起した。
中学の歴史教科書しか勉強したことのない中国の若者は隣国をあざけって、今日はベトナムで血で血を洗う騒ぎをやれ、明日はフィリピンを爆破しろ、あさっては東京大虐殺をやれという。まるで現代中国が歴史以来、未曽有の最盛期にあり、天下に覇を唱え四夷来朝をあたりまえとするかのごとくである。
明日が見えない状況で権貴たちのゆきすぎた資源略奪によって、脆弱な実体経済は持ちこたえられなくなっている。なにしろ中国は通貨発行量世界最大の国家なのに、意外にも流動性危機が生じ、市場全体からカネがなくなったのだ。「銭荒」である。
権貴どもが略奪した資源は、山分けした分を除き過剰生産能力と地方債に投入せざるをえない。この領域には資金がたまるばかりで、利潤の創造が不可能だ。
匪賊が収入全部でダイヤモンドを買い、楽しんだのちにこれを売ろうにも、売ることができない。老百姓はカネを全部匪賊に取られているものだから買うに買えないのである。ダイヤを抱え込んでいては餓死するだけだが、匪賊には食いものを買うべきカネがないのだ。
とりもなおさずこれが我々が直面している「銭荒」の本質である。権貴が生きる方法はただ一つ、カネを奪いつづけることであり、これに対応して国家はカネを印刷しつづけるのである。
おかしなことに、この国家のカネの番人は、いてもいなくてもけっこうという地位にある総理大臣(李克強)である。彼はカネの増刷を拒絶すると公式に発言している。権力闘争がここまで来れば、生きるか死ぬかだ。となれば、国家が持ちこたえられるかどうかなどかまっていられない。

以上が私の政治観である。私はマクロ角度から改革開放以来の政治制度の変遷を書いてきた。この国家の原資は高度の政治的知恵のある高層権力の相互牽制メカニズムだったが、それは現今の権力によって徹底的に破壊された。ゲームの規則を破壊したのだから、その悪果は引受けなければならない。しかも結果はまもなく現れる。すくなくともこの2年以内に。
私の望みは天佑のみ。このような危機に直面して、わが愚昧の国民、自分がどこにいるのかわからない国民が一縷の望みを探すことができるか。かりにこの希望があるとしても、かすかすぎて私自身ですら信じられないのだ。(了)

2017.04.20 蛮族勇士著「特権階級の権力変化と権貴経済」を読む(上)
――八ヶ岳山麓から(218)――

阿部治平(もと高校教師)

中国のインターネット上に「蛮族勇士」を名乗り、習近平政権を鋭く批判する論評が現れて久しい。とりわけ2016年9月指導部の経済運営を痛烈に批判する投稿は反響を呼んだ。景気減速の深刻な実態を暴露し、中国は「不況の道」を歩んでいると主張する内容だった(産経2016・10・06西見記者)。
このほど私もネット上で、3月27日付の新しい論文、「特権階級の権力変化と権貴経済」」を見ることができた。おおまかには、鄧小平以後の歴代政権の特徴描写と、反腐敗に名を借りた権力闘争の原因と、それにたいする批判である。
中国共産党の綱領や決議の内容を中国現代史の「正史」とするならば、これは「野史」である。
論文には、歴代統治者への遠慮のない評価、議会制民主主義への一定の共鳴、にもかかわらず国民を文字通りバカ扱いする支配者としての視点があり、しかも国有資本の民営化、社会格差、農村と農業などに言及しない等々の特徴がある。これからして「蛮族勇士」は中国政府のシンクタンクあるいは政策立案の中枢にいる人物、いわば支配階級のなかの獅子身中の虫であろうと思う。
以下は、その私なりの要約である。
<文中の「権貴」とは「権力を持った高級官僚」、それに対する「老百姓」は「無権の庶民」のこと。( )内は補注、中見出しとともに阿部>

本文
はじめに

中国の経済は近年速やかに下降して、15%の成長率から10%を大きく割ってしまった。経済学博士(李克強)が総理になったが、鉄道貨物運搬量や電力消費量は見るに忍びない数値となり、国民にマクロ経済の深刻な実情を告げざるを得ないありさまだ。今や中国の経済は通貨を印刷して投資に回すほかなくなった。
この国家に希望はあるか。習近平は「中国の夢」を提唱するが、実現の見込みはあるのか。

革命領導第二世代
改革開放が1979年から始まったとき、その政治体制は多くの人が思っているのとは異なり一種の民主体制だった。当時どの勢力も国家権力の核心を掌握してはいなかった。鄧小平は(毛沢東、劉少奇らを革命第一世代とし)みずからを革命領導第二世代の「核心」と称した。だが、彼だって政策決定に参与できるだけで、執行権をまるごと持っていたわけではない。
当時は「八老治国」といわれたが、この「八」という数字はいいかげんで、国策制定の権力のある者は、実際には13人いた。あの当時、彼らははげしい論争をやったが、結局のところ、ある程度の放任政策をとるほか方法がなかった。白猫黒猫(という鄧小平のことばどおり)で、なにごともとことんまでは問わず、(評価は)猫すなわち市場に任せようということになったのだ。
当時、有象無象と国営副食品公司が公開競争をやった結果は、みごとに計画経済の秩序維持派に衝撃を与え、大騒ぎになった。調査処分とか、秩序維持とかが互いに牽制しあい、ことのけりはつかなかった。
改革開放初期は上層の多方面の力が互いに牽制しあった。それゆえ上層では、民主的投票によって政策を決める体制がとられた。まさにこうした高層の人々の相互牽制の基礎の上に、中国の民営経済は驚くべき活力を発揮し出した。圧倒的な勢力がないなか、それまでの統制を解放するのは非常に容易だった。(保守派にも)国有企業による計画経済をやるだけの力はなく、ただ老百姓がやりたい放題やることを見ているほかなかった。

人類社会には「治乱循環」という歴史法則がある。王朝の初期はだいたいにおいて各派閥の勢力は均衡し牽制しあい悪いことをやる力はない。この時期老百姓の生存空間は大きい。だから短い時間ではあるが泰平の時期がおとずれ、経済と文化が発展するのである。
だが時間の推移とともに権貴らは絶えず社会資源を略奪して勢力を強化し、しまいに邪悪な能力を獲得して老百姓を死地に追い込む。王朝の末期には社会は退歩し流民はあちこちに起り、王朝はくつがえされる。
中国でも世界でも歴史はみな「治乱循環」の法則を記述している。だが、西洋人は最終的に民主制度を発明した。権貴を籠の中に閉じ込めてすでに300年、この期間は問題が多く、また戦争も多かった。世界大戦を2回やり、60年近く経って、やっとのことでいま方向を探り当てた。権力牽制・政策決定制・財税制・貨幣発行制度、みなこの60年間に完全なものとなったのである。
いまも民主制度はあれこれ問題を抱えており、実際効率は低いし危機への対応はたいてい役立たずだ。だがさすがに天下大乱、死屍累々の王朝滅亡の惨状は絶対的に存在しなくなった。
中国はどうかといえば、我々はこの政権ができる前の30年間(すなわち文化大革命の終了まで)は、実にばかなことをやった。あの30年のことは多くを語る気持にはなれない。人間を人間扱いせず畜生として扱った。畜生がいくら死んだところでたいしたことはないとしていた。
30年後、8人の元老が政変をやって政権の座にのぼり、王朝をあらため「治乱循環」の道を開いた。この新王朝のはじめ、元老らは互いに相手方の肉体を(文革当時のように)めちゃめちゃに踏み潰して消滅させるわけにはゆかないので、バランスを取りあうほか、道はなかったのである。
当時の二大巨頭は鄧小平と陳雲だった。
鄧小平は強力な政治上の知恵を発揮した。計画経済の担い手である(保守派の)陳雲もこれに楯突くことはできなかった。彼らの間には、幾多の摩擦矛盾が生じたが、鄧小平は政治をやり、陳雲は経済をやるという暗黙の了解がうまれた。
改革開放の初期、二人とも何も経験がないものだから、社会資源は小権貴どもに恥ずべき手段で奪い去られた。いわゆる(公定価格と市場価格の)「価格双軌制」と「官倒爺」である(「倒爺」は悪質ブローカーのこと。ここでは官僚が公共の物資を公定価格で買い市場価格で売って利ザヤを稼いだことを指す)。
これが民衆の激しい怒りを呼んで1980年代末期には全国的動乱(いわゆる天安門事件)となった。傷口からはいまも血が流れている。
(これから左右両派の論争が起きたが)鄧小平は、二回も南方を巡って大衆を発動して世論の支持をかちとり、最終的に保守派勢力を制圧した。
鄧陳のご両所は、結局のところ90年代中期の平和をもたらした。同時に総書記が政治を決め、総理が経済を執行するという両者の相互牽制原理を確立した。
この原理の問題点は、一旦均衡が破られれば一勢力の絶対優勢がうまれ、社会資源の絶対的分配権をもつことである。これら資源を絶対的に支配する連中が十分な善意を持つことはありえないから、彼らが悪を選択したときは、必ず人民を食いものにするのである。

第三世代の指導者
(天安門事件後)江沢民と朱鎔基のコンビが登場した。この二人は完全に鄧陳政権の意志を継承した。江沢民は(はじめから貫禄がなかったので鄧小平によってわざわざ「核心」と呼ばれたが)ほとんど経済運営に関しては発言せず、「三つの代表」をやることに専念した(中国共産党という党は先進的生産力・先進的文化・人民の根本的利益の三つを 代表する、としたことを指す)。
「三つの代表」の核心は何か?それは階級闘争はもうやらない、先進生産力を代表する私企業主は入党でき、国家の指導者にもなれる、ということだ。これは今日見ても、破天荒な政治的観点であった。
朱総理は税制と国有企業の改革に大ナタをふるった。この時期の決断はむろん多くの問題を残したが、中国経済発展の黄金の10年間でもあった。朱総理は全力を尽くしてあの動乱(いわゆる天安門事件)後の苦境をくぐり抜けた。当時中国は国際的制裁を受けて対外貿易はほとんど断絶し、にっちもさっちもいかない状況だった。
その中で「分税制」をやって国税と地方税を分離し、税収の70%を中央に集中し、有限な資源を厳格に中央政府の手で統制するようにした。同時に金融を厳格にコントロールし、大量の国有企業を売却した。こうして金融事業と国有企業を食いものにして、利益をかすめ取る手段を小権貴らから奪ったのである。中国はかくしてみずからの力で経済の軟着陸を実現したと誇り高く宣言し、危機を脱出して21世紀に入ったのであった。
(続く)
2017.04.12 「オオカミはなぜ草を食うようになったか」
――八ヶ岳山麓から(217)――

阿部治平(もと高校教師)

<中国のネット上で、大変読まれている寓話を紹介します>

虎と豹と狼の故事
                     無名氏

ある日
ライオンが豹にオオカミ10頭の世話をさせ、餌の肉を分けてやるように命じた。
豹は肉の塊を受取ると、不公平のないように、これを均等に11個に切り分けた。自分はまずそのひとつを取り、残り10個をオオカミどもに分けてやった。ところがオオカミらは、どうも自分に与えられた肉は他より少ないと思いこんだらしい。
しばらくすると、誰もが豹に向かって大いに不平を鳴らすようになった。豹にしてみれば1頭くらいならなんとでもなるが、オオカミが10頭そろって歯向かってくるのには参ってしまった。
そこで豹は大いに困惑ししょんぼりして、ライオンに仕事をやめたいと申し出た。ライオンはそれを聞くと「へーえ、そうか。じゃ俺のやり方を見てみろよ」といった。

2日目
ライオンは、こんどは肉の塊を大小さまざまに、11個に切り分け、自分がまず一番大きいのを取った。しかる後にオオカミどもに威張りくさってこういった。
「おまえら、自分らでこの肉を分ける方法を相談しろ」
その途端、オオカミどもは相談なんかクソくらえ、猛烈な奪いあいを始め、容赦なく噛みつき蹴飛ばしあった。中ぐらいの塊りを狙えばどうにかものできるものも、大きなのをめざして仲間に噛みついた。
これを見た豹は大いに感服して、ライオンに「これはまた、どういうやり方でしょう?」と訊ねた。
ライオンは微笑して「人間どもは成果主義賃金制というらしいぜ」と答えた(注)。

注)中国の成果主義賃金制度は、一般に賃金の半分くらいを労働成果によるものとし、毎月管理職が成績評価をして決める。たとえば毎月3000元の賃金なら1500元が基本給で、1500元が成績評価分とされる。2割の奨励金が出るとすれば1500+1800=3300となる。怠けているとみなされれば3000元を割ってしまう。

3日目
ライオンは、やはり肉の塊を11個に切り分けたが、自分では大きいのを二つ選んで取り、しかる後にまたオオカミどもに威張りくさってこういった。
「おまえら、自分らでこの肉を分ける方法を相談しろ」
オオカミ10頭は9個の肉の塊をめざして、また猛烈な争奪戦を演じた。肉はとにかくそれぞれの口に入ったが、一番弱いオオカミだけは肉を食うことができず、腹が減って死んでしまった。
豹はまた、大いに納得して「これはまたどういう方法でしょうか」と訊ねた。ライオンは口元に笑いをうかべ、「人間どもは優勝劣敗・末位淘汰というらしいぜ」といった。

4日目
ライオンは今度は肉を二つに切り分けて、半分を自分が取ってから、しかるのちに威張りくさってオオカミどもにいった。
「おまえら、この肉を分ける方法を自分らで相談しろ」
オオカミどもはまた壮烈な争奪戦を演じたが、最後に一番強い奴が勝利して、戦利品にかぶりついた。彼は腹いっぱいになると、ようやく肉から離れ、ほかのオオカミどもに「残りを食ってもいいぞ」といった。
この結果、何頭かが最強の奴の子分になり、ぺこぺこと頭を下げていうことをきくようになった。ほかのオオカミも強いほうから残り物を頂戴するようになった。
これからというものは、ライオンはただその一番強いオオカミを手なづければよくなった。そいつに餌をやりさえればほかの連中の心配をすることもなくなったのだ。
豹はまた、大いに感心してライオンに「これはまたどういう便法ですか」と尋ねた。
ライオンは苦笑しながら「人間どもは失職者の職場復帰競争というらしいぜ」と答えた。

5日目
この日、ライオンは肉を五つに等分した。その三つを自分が取って、一つは残し、もう一つを九つに小分けして、しかる後にオオカミどもにそっくり返っていった。
「小さなのをひとつずつ分配する。お前たちのためを考えて、一番優秀な奴には奨励金としてでかいのを与える」
オオカミどもは、急いで自分の取り分をもらい、それから各自どうするかじっくりと考えた。そこでオオカミのなかには、自分の取り分のなかから一部をライオンに献上するものが現れた。他のものは全部を差出した。さあ、そこで一番優秀な従業員がボーナスとして比較的大きな塊を得ることとなった。
しばらくすると、ライオンは肉の80%を完全に自分のものにするようになった。
豹はすっかり恐れ入って、地面に身を投げ出し、「これはいったいなんという計略ですか」と伺いを立てた。
ライオンはせせら笑って「人間の役人の間じゃ、これがきまりになっているじゃないか」と答えた。

6日目
やがてライオンは餌の肉を独り占めし、オオカミは草を食うしか手がなくなった。かくして以前のようにけんか口論はなくなり、オオカミは劣悪な環境に耐え、理不尽ながらこの待遇に甘んじることとなった。豹はおおいに尊敬の念をもってライオンに訊ねた。
「これはいったいなんという戦略ですか」
ライオンは鼻を鳴らして答えた。
「人間社会じゃ『調和ある(和諧)社会』といっているのを聞いたことがあるけどね」(注)

注)「調和ある(和諧)社会」は胡錦濤国家主席時代に提唱され、今日でも中国が目指す社会として政府主導のスローガンであり、学校でも教える。民主主義と法治や、人と社会活動における誠信友愛、社会的活力の充満、社会秩序の安定、人と自然の調和がうたわれている。

2017.04.11 中東への軍事介入を急拡大する米国
アハマド・ラシッド「中東のトランプー新たな野蛮」から(2)

坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

本稿(1)を書いていた4月4日、シリア北西部の反政府勢力支配地域イドリブ州を政府軍機が爆撃、致死性猛毒サリンの化学兵器を投下し、子供27人、女性19人を含む少なくとも84人以上が死亡、546人が負傷した。そして本稿(2)を書いている7日午前、米海軍は地中海東部の艦艇から巡航ミサイル・トマホーク59発を発射、シリア空軍基地を攻撃した。
トランプ大統領はオバマ前政権の中東政策を変更するとして、和平解決のために必ずしもアサド政権の辞任を求めない、という方針を示した。オバマ政権は、民主化を求めて2011年からアサド政権と戦ってきた反政府勢力を一貫して支持し、国連が仲介する和平交渉でも、アラブ諸国、西欧諸国とともに、アサド大統領の辞任を要求し続けた。
アサド政権を支援し続けてきたロシア軍の空爆支援の下、昨年12月、反政府勢力が支配してきたシリア第2の都市アレッポがを政府軍が制圧。反政府勢力の主な支配地域は、トルコ国境地域のイドリブ県だけとなっていた。このため、政府軍の新たな攻勢が予想されたが、2014年に国連機関の監視の下で国外搬出、全廃したはずの化学兵器をひそかに保有しており、また使用するとは、米、ロでさえ想定できなかったはずだ。
しかし、アサドはトランプが政権の維持を認めるシグナルを発したと受け止めて、化学兵器使用で、反政府勢力に対しとどめを刺そうとしたに違いない。


アハマド・ラシッド「中東のトランプー新たな野蛮」から(2)

 ニューヨーク・タイムズは、イエメンの3州に、米軍が一般市民の死傷と経済インフラの破壊にかまわず、自由に戦闘できる地域に設定された、と報じた。ソマリアの一部もそのリストに間もなく加わる。ブリュッセルの複数の西側外交官は、アフガニスタンでタリバンの活動が強い地域も、それに加わるだろうと述べた。このような、無差別攻撃を活発化させる方針は、疑いなく何千人ものイスラム過激派を生みだし、人道救済活動を妨げ、経済再建の希望を打ち壊す。
そうではなく、外交、経済支援、紛争解決、支援国づくりを含む総合的な対応こそ必要なのだ。しかしトランプは、米国が慣れ親しんできた世界各国との交渉、協議ではなく、危険な軍事力依存に戻った。イエメンに対して、軍事力以外になにかトランプ政権の戦略はあるのか?国連によるイエメン政府とフーチ反政府勢力との間の和解交渉を、支持するのか?いま米国防総省はイエメンに対する武器禁輸を解除しようとしているが、それが紛争になにを意味しているのか?この地域の対立、紛争の拡大に対して、トランプ政権はどのような外交的努力をしようとしているのか?イエメン紛争に対しての政策は政権内のどこが責任を持つのか、国務省なのか、国家安全保障会議(NSC)なのか?これらの疑問に対して。なんの回答も、説明もない。
しかしイエメンの重要度は、シリアに次ぐ問題だ。シリアでは米軍の爆撃で一般市民が犠牲になり続けている。3月22日にも33人の一般市民が米空軍主導の学校爆撃で死亡した。トランプは、ジュネーブでのロシア主導での国連和平交渉を支持するのか?米国は、イスラム国(IS)に対する、より強力なアラブと西側の同盟結成に関心があるのか?米国はアサド大統領が居座る場合に対応する用意があるのか?なお増え続けるシリア難民への食糧支援と再建の費用をどこが負担するのか?これらの問題に対して、トランプのホワイトハウスは問いかけようとさえしてないように見える。
トランプ政権は、国防予算を540億ドル増やす一方で、国務省予算と国際開発局の予算500億ドルの3分の1を削減しようとしている。3月4日、ホワイトハウスの行政管理予算局長は「劇的な対外援助の削減」を明言した。これらの予算支出増減案に対して、米議会の反対勢力、援助団体、メディアなどから、幅広く反対の声が上がっている。
(続く)
2017.04.10 シリアの影で無難に終わった米中首脳会談、じつは・・・
新・管見中国(23)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 いやお恥ずかしい。今月4日の本欄で「こいつぁ見ものだ!」と触れ太鼓を叩いた6、7日の両日、米南部マイアミで開かれた米中首脳会談。初日の会談最中、現地時間(米東部時間)6日午後8時40分、トランプ米大統領は地中海上の米駆逐艦2隻から巡航ミサイル「トマホーク」計59発をシリア西部のシャイラット空軍基地に向けて発射したと発表した。このため世界の関心は米中間の問題からシリア情勢およびそれを取り巻く力のバランスの行方へと移ってしまい、米中首脳会談はせっかく豪華な舞台が設えられたにも拘わらず見せ場のないままに終わってしまった。太鼓を叩いたものとしては引っ込みがつかない形である。
 米軍がこの挙に出たのは、4日にシリア北部で多数の住民が化学兵器と見られる爆弾で死傷した事件をシリア政府軍の仕業と断定し、その出撃基地を無力化するためとされている。これに対して、シリア、ロシア両国政府は化学兵器の使用を真っ向から否定しており、その真否はわれわれには判断のしようがない。ただこれによって米中関係を考える上で重要なヒントがもたらされたことも確かである。
 それにしても今回の米中首脳会談は期待外れであった。さまざまな対立・矛盾が積み重なっている両国関係について、両首脳がどう考えているかを世界に発信する機会であるはずなのに、2人ともそういう発想は全くなかったようである。
習近平にとっては2013年春に国家主席に就任して以来昨年まで、オバマ大統領とは毎年会談を重ねてきたから、米大統領との首脳会談は今回で5回目である。とすれば、こういう舞台に慣れてもいいはずなのに、相変わらず会談後に共同文書も出なければ、共同記者会見もなし。新華社がせっせと両首脳(と夫人)の仲睦まじい写真を配信するだけで、なにを話したかについては確たる材料はないままに終わってしまった。
会談後、メディアが伝えた会談の内容は、①両国間の貿易不均衡については、「100日計画」を策定して改善を目指す ②4分野(外交・安保、経済、法執行とサイバーセキュリティ、社会・人文)での対話メカニズムをつくる ③トランプ大統領は習近平の招きに応じて年内に訪中 ④北朝鮮の核開発は「深刻な段階にあるとの認識で一致」 ⑤米軍のシリア爆撃について、習近平は「理解」を示した(中国側は否定)といったところだろうか。
それでは中国側はどう伝えたか。
 会談後、7日の新華社電は「初めての首脳会談は積極的なものであり、成果は大きかった。双方はともに努力して、互いに利のある協力を拡大し、対立は相互尊重の基礎の上で処理することに同意した」とまず型どおりに成果を強調した。
 注目されるのは双方の軍の相互信頼と意思疎通を図る措置を詳述していることで、並べてみると、階級別の軍人交流、両国国防部の防衛協議の継続、アジア太平洋安全対話メカニズム、設立される連合参謀部の対話ための新しいフォーラムのよりよい運用、重大軍事行動の相互通報と海空における遭遇の際の安全行動準則の2大相互安全メカニズム…等々である。この軍交流について米側からは発言はない。両国の軍どうしの密接な関係をアピールしたい中国の思惑が現れたものであろうか。
 この新華社電は軍以外の4分野での対話メカニズムにも触れているが、軍関係ほど力を入れていない。
 さすがにこれだけでは華々しさのわりに中身が乏しいと思ったのか、北京に残っていた王毅外相が8日付で、訪米前のフィンランド訪問と合わせて今回の習近平の外遊の成果を説明したという一文を新華社が真夜中、日付が9日に変わってから配信した。
 それもまた米大統領が親子孫の3世代で歓迎したことは会談重視の表れ、大統領は習主席の招待を「愉快に」受け入れた、といった調子であるが、肝心の対立点については両首脳のこんな発言を紹介しているだけである。
 習「中米両国間に対立が存在するのは正常なことである。大事なのは敏感な問題を妥当に処理して、建設的に管理することである」
トランプ「米国は中国と協力して、両国関係に悪影響を及ぼす要素と問題を消すように努力し、米中関係をさらに発展させることを願っている。米中関係は必ずやよりよく発展するだろう」
 結婚式の祝辞みたいなやりとりである。会談の前に北朝鮮がミサイルを発射したことでにわかに注目度が高まった北朝鮮については、王毅外相は「会談において両首脳は朝鮮半島の核問題など、ともに関心を持つ国際問題、地域問題について深く意見を交換し、地域また地球規模で協力を広げ、地域および世界の平和、安定、繁栄により貢献することで一致した」と、世界平和についてのお経文の一節にちらりと言及しただけであった。
会談前に注目を集めた「中国が協力しないのならば、米単独でも行動する」という北朝鮮に対する米側の強硬姿勢が話題になったのかどうかさえ王毅は明かさず、トランプ大統領がかねて声を荒げていた対中貿易赤字についても、王毅外相は双方が合意したはずの「100日計画」という言葉さえ口にしなかった。シリアのシの字も出てこなかったことは言うまでもない。
首脳会談について共同文書が出ても、記者会見が行われても真実が明らかにされるとは限らないし、見る方もそれを期待するほどお人よしではなないが、しかし、それらが何かしら真実を反映することも間違いないところだ。
そう思って、今度の米中会談の顛末を見るに、やはり会談自体が中身の薄いものだったと判断せざるを得ない。確かに会談の途中でシリアに対する武力攻撃実施の発表といったアクシデントが挟まれば、双方ともに腰がうわつくのはやむをえまい。やり取りも通り一遍にならざるをえないだろう。
歓待ぶりだけが目立って、ややこしい対立点が無難に通り過ぎたのだから、これは中国側にとって棚ボタの結果であるとは言える。
 とすれば、習近平は帰りの機中では側近たちと心ゆくまで祝杯を上げることができただろうか。とんでもない。おそらく米軍のシリア攻撃が習の胸に重くのしかかっていたに違いない。米国では武力攻撃を命じた直後は大統領の支持率が跳ね上がることが多い。とくに今回は洋上からのトマホーク発射だから、米軍に人的犠牲はまず生じない。米国民が喝采を送っても不思議はない。
 強がっていても、不人気に頭を抱えていたに違いないトランプ大統領が今後この誘惑にとらわれないとは思えない、というより、武力行使というカードがことあるごとに彼の頭の中にちらつくことは避けられまい。そして、さしあたっては北朝鮮が次の標的となる可能性は相当に高い。
 これは習近平にとってもっとも見たくない場面だ。万一そうなれば、今の北朝鮮が米に対抗できるはずがない。中国としても1950年のように「抗米援朝」戦争に乗り出すことは論議のほかである。北朝鮮が生き残るのはまず無理だ。つまり朝鮮半島全体が米の勢力圏に飲み込まれることになる。
中国の権力者にとって、勢力圏を狭められることは政権の弱体化、政権の危機を意味する。それを避けるために、米に「新しい大国間関係」を提案して、互いの勢力圏(これを中国では「核心的利益」と称する)の相互不可侵を認めさせようとしてきたのだが、前任のオバマ大統領には無視され、今回は話題にも上らなかったようである。
 となると習近平にとっては、米の怖さを現地で味わうためだけにわざわざ出かけて行ったような今回の訪米であった、ということになるのではないか。

2017.04.08 中東への軍事介入を急拡大する米国
アハマド・ラシッド「中東のトランプー新たな野蛮」から(1)

坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

トランプ政権発足から3か月、中東のイラク、シリア、イエメンで、そしてアフガニスタンで米軍の作戦が拡大、民間人の死傷者が急増している。米軍の作戦拡大はアフリカのソマリアでも始まっている。
米議会、メディアへの説明も、同盟国、中東当事国・友好国との協議もなく、米空軍による爆撃と海兵隊、特殊作戦部隊まで含む地上部隊の戦闘参加が拡大。イラク第2の都市モスルでは、2年10カ月になるイスラム国(IS)支配からの政府軍中心の奪回作戦が進むなか、一般市民の犠牲を最小にするために政府軍の作戦が慎重に行われている一方で、3月17日には米軍機の“誤爆”により1地区だけで200人以上の住民が死亡した。
 イラク、シリア、イエメンへの爆撃の主力は、ペルシャ湾に派遣されている空母機動艦隊で、その中心の空母ジョージW.ブッシュに積載している74機の攻撃機はフル稼働だという。しかし、同機動艦隊はイランへの先制攻撃の態勢も整えている。イランの核開発疑惑は2016年、IAEA(国際原子力機関)との交渉が合意し、欧米と国連の対イラン制裁解除が発効、実行されたが、米国だけが一部の制裁を続けている。トランプ政権は、イランに対する敵意を隠さず、制裁を新たに拡大した。
本欄でもたびたび紹介した、国際的に高く信頼されているパキスタンのジャーナリスト、アハマド・ラシッドは、NYブックレビューやロサンゼルス・タイムズなどに最近掲載した綿密な分析「中東のトランプ:新たな野蛮」を次のように締めくくっているー「私たちは、紛争を終わらせるのではなく、煽り立てる米国とともに残されている。その米国は、いかなる観点から見ても世界に対する責任を放棄し、国際的な合意を尊重しない。米国の同盟国は、もはや米国のリーダーシップに依存することができない新たな時代が始まったのだ。それは、われわれの世代が見てきたなかで、最も危険な期間になるだろう」
アハマド・ラシッドの「中東のトランプ:新たな野蛮」を以下に紹介しようー
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ドナルド・トランプ政権スタートから数か月、包括的な対外政策を示すものはない。しかし、実際に起こっていることは、中東における米国の政策の劇的な軍事化であり、そのほとんどは、米国の同盟国との協議なしに実行され、ほとんど公的に論議されたことはなかった。イエメンにおける軍事攻勢、イラクとシリアにおけるイスラム国(IS)への作戦の場合、それは、とくに米国にとっての安全保障と中東の安定のためのものだった。
トランプの大統領就任(1月20日)のわずか数日後、イエメン中央部の国際テロ組織アルカイダ支配地を米軍が攻撃、米海軍特殊部隊SEALの兵士一人、一般住民20人以上が死亡。以後、米軍によるイエメン攻撃が拡大している。3月の1カ月間に米軍機、無人機の爆撃が2016年1年間の爆撃とほぼ同数に達した。イラクとシリアでは、米軍の爆撃で多数の一般住民が死亡している。

一方、偏狭なイスラム過激派「イスラム国(IS)」の“首都”ラッカを奪回するため、砲撃陣地を築く米軍部隊400人がシリアに向かっている。別の1千人の部隊が、攻撃予備軍としてクウェートに向かう。すでにイラクには5千人の米軍がいるが、さらに兵力が増強される。アフガニスタンには現在8,400人の米軍がいるが、米国防総省はさらに兵力増強を要求している。

イエメンで米国が行っている作戦は、ほとんど米議会でも討議されず、NATO同盟国との協議なしに進められている。イエメンでの政府軍とシーア派のフーチ反政府勢力との内戦は、湾岸アラブ諸国が政府軍を支援し、イランがフーチ勢力を支援している。この内戦のなかでイエメンは、国連高官によると「世界最悪の人道危機」のさなかにあり、1,800万人に緊急支援が必要だ。しかし新たな米軍の派遣は、紛争の平和解決への交渉を米国がリードする意思を示すことなく進められている。

3月26日のワシントン・ポストは、国防総省がホワイトハウス(大統領府)に対して、イランが支援するフーチ勢力と戦っている湾岸のアラブ諸国への軍事援助を無制限にするよう要求した、と報じた。すでに規模不明の米特殊作戦軍(SOF)がイエメンに限らずアフリカと中央アジアの多数の国々で活動している。(続く)

(坂井注)イエメンは中東アラビア半島の南端、紅海の出口に位置するアラブ国家。かつて英帝国のアジア進出への最重要中継拠点だった。人口は2,747万人(2016年国連推計)。2011年に民主化運動が高まり、独裁者サレハ大統領が辞任、12年の選挙で隣国サウジアラビアが支持するスンニ派のハディが大統領に選ばれ就任した。しかし、新憲法制定の賛否がきっかけになって、イランが支持する少数シーア派組織のフーシが反乱を開始、内戦状態になった。内戦はフーシ派が優勢に進め、15年には首都サヌアを占領、ハディ大統領の政権は南部アデンに移り、サウジアラビアはじめ湾岸スンニ派諸国の支援を受けている。内戦の混乱の中で、国際テロ組織アルカイダが拠点を築き、米軍がアルカイダ支配地域への爆撃を始めた。一般住民の被害がさらに拡大、国連機関によると、15年3月から16年8月までに住民約3,800人が死亡している。

2017.04.06 それ買え、やれ買え、「新区」を買え! 生まれる前に不動産ブーム―中国「雄安新区」の前途やいかに
新・管見中国(22)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 今月1日、中国共産党中央と国務院(政府)は河北省に「河北雄安新区」なる特別区域を設置することを決定したと発表した。そしてこれは「習近平同志を核心とする党中央の重大な歴史的戦略的選択である」と、「習核心」のイニシアティブであることを強調し、広東省の深圳特区、上海市の浦東新区に続く「全国的に意義のある千年の大計、国家の大事である」と伝えた。
 深圳特区は周知のように対外開放の先行モデル地区として設置され、浦東新区は国際空港を中心に大都市・上海を補完する役割を担っている。今回設置が決まった「河北雄安新区」の役割として第1に挙げられているのは北京の中の非首都機能を移転させることで、それによって人口・経済の密集地区における環境を重視したハイレベル開発のニューモデルを探ることが強調されている。
 香港に隣接した深圳、大都市・上海の国際空港を擁する浦東に比べると、「国家の大事」というわりには河北雄安はいまひとつ役割がはっきりしない。それでも初期段階で100㎢、中期目標が200㎢、長期的には2000㎢を目指すと、規模は相当に大きい。
 まあ河北平原のど真ん中にどのような新区ができるのか、これからゆっくり見ることになるが、今回はこの発表があった直後から始まった不動産ブームが興味深いので、それを紹介する。
 『環球時報』といえば、『人民日報』傘下の国際情報紙として他国に厳しい論調で知られる存在だが、珍しく3日の紙面にその不動産ブームのルポを掲載している。以下はそれからの抜粋である。
 その前に新区の場所を紹介しておくと、北京と天津を一辺とする正三角形の南西側の頂点のあたりと言ったらいいだろうか。北東の北京にも、東の天津にも100キロほどの地点にある雄県、容城県、安新県という3つの県を中心とする地域である。
 新華社が伝えた雄県中心部を俯瞰した写真を拝借しよう(下図)。
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 『環球時報』の記者は決定翌日の2日午後に雄県に着いたそうだが、すでに前日の夜には北京、天津ナンバーの車が群れを成して押しかけ、雄県北部では交通渋滞が発生したという。皆、値上がりを見越して現地の家を買おうという人たちである。この人たちはすぐさま地元の不動産仲介業者に殺到した。
 ある仲介業者の言葉、「2日の午前だけでうちの店に来たお客は少なくとも500人、もしかしたら1000人はいたかもしれない。全国各地から来たが、やはり一番多かったのは北京、天津、それから山東省の人だった」。
 記者が直接会った北京から来た投資家の話、「じつは3月29日の夜に新区の情報を聞いた。翌日駆けつけて、ある業者のところで一棟の建物を買う契約を交わしたが、1日の夜、家主が『売らない』と言って、5万元(約85万円)の手付金を返してきた。裁判するわけにもいかないし、どうしようもない。あわてて別の家主と売買契約を結んだが、1日に新区が発表されると、相手は契約を取り消してきた」
 この混乱した状況に雄県政府は2日午前の会議で不動産取引を停止させることを決め、午後、各店舗に通達、業者は入口を封鎖して、店じまいを強いられた。
 
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   不動産業者の店頭から立ち去りかねる風情の投資家たち(『環球時報』)

『環球時報』記者によると、新区設置の情報がもれたのか、この地域の不動産は最近急に値上がりしていたという。中国の建物物件は1㎡あたりの単価で取引されるが、雄県の中古物件は1年前には4,000元(約68,000円)だったのが、去年の4月ごろから上り始め、年末には全県の平均価格が8,000元に高騰。4月1日の新区発表後、中古市場は混乱状態となり、まあまあ良心的な価格で15,000元(約260,000円)にもなったという。
 しかし、実際は多くの家主は値上がりを待って売りたがらない。ある家主は50,000元なら売ってもよいとうそぶいているそうである。
 しかも雄県政府は昨年末以来、建物の売買を禁止した。したがって法律上は取引が成立しても名義の書き換えはできなくなった。それ以降の取引はすべて私的な約束か、弁護士を頼んで証人になってもらうという形で行われているという。
一般には突如、降って沸いたような「雄安新区」。これからどんな狂騒曲が奏でられることやら・・・
じつは私は3月半ば、1週間ほど中国の湖南省に行ってきた。長沙、常徳という都市を見たが、相変わらずのビル(マンション)建設ラッシュだった。しかも一方には完成間近で工事が中断しているものや、完成しているのに入居者のいないビルがあるのに、他方では新築工事が進んでいる。いったいどうなるのだろうと、他人事ながら心配になるほどだった。
中国の不動産市場は一昨年夏に株式市場がこけてから、その資金の受け皿としてバブルが心配されるほどに活気づいている。ただし、それも条件による差が大きく、飛び切り高い沿岸部の一、二線級といわれる大都市ではなく、三、四線級と言われる地方中都市がブームの中心だが、「雄安新区」がそれに一石を投じたことは間違いない。

2017.04.04 こいつぁ見ものだ! 6,7日のトランプ・習会談
新・管見中国(21)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 トランプ政権が発足して最初の米中首脳会談が4月6,7の両日にわたって米南部のフロリダ州で開かれることになったと3月30日、両国政府が発表した。それを聞いた時の感想がこの一文のタイトルである。
 米中両国はGDPで世界の1位と2位を占める大国同士だから、一方に新しい統治者が登場すれば、速やかに首脳会談が開かれるのはむしろ当然である。しかし、今回はそんな一般論ですむような話ではない。なぜなら2人ともなんとか自らの威信を高めなければならないところに追い込まれているからである。それなら2人でせいぜいお互いに相手の顔を立て合えばいいではないか、ということになるが、現状ではそれはほぼ不可能に見える。
 両者の現況を見よう。
 習近平が中国のトップの座、中国共産党の総書記の地位についたのは5年前、2012年秋の同党の第18回全国大会後の中央委員会であった。翌年春の全国人民代表大会で国家主席にも就任して、名実ともに政権党と国家組織のトップを兼ねることになった。
最高指導者として彼が打ち出したスローガンは「中華民族の偉大な復興を実現することが近代以来の中華民族の最も偉大な夢である」というものであった。具体的には中国共産党成立から100年後の2021年に1人当たりGDPを2010年比で倍増させて、国民にまずまずの生活(「小康状態」)を保障し、中華人民共和国が成立して100年後の2049年には世界の先進国の水準に到達することをその夢の実現目標として掲げた。今ではこのスローガンは「中国夢」という3字に省略されている。
 漠然と「中国」と称される広大な土地の上に立つ政権はその威信の程度が版図の大小に直結する。中央政府の力が弱まれば周辺の異民族地域は独立志向を自動的に強める。新疆やチベットや台湾や南シナ海を中国が「核心的利益」として無条件に権利を主張するのはその故である。(そのメカニズムは昨年12月の本欄に書いた)
 毛沢東には抗日戦争、国共内戦に勝利したという大きな威信があった。鄧小平には改革・開放政策の「総設計者」という威信があった。それに続く江沢民、胡錦濤には前の2人にはおよばないにしても、ともかく鄧小平路線を大過なく受け継いで中国を世界第2の経済大国の地位に上らせた実績があった。
 しかし、習近平が権力を引き継いで以降の中国経済はもはや高度成長は望むべくもなく、成長率の傾向的下降を自ら「新常態」と名付けて国民を納得させざるを得なかった。それを埋め合わせるべく台湾の国民党政権に近づき、一昨年には当時の馬英九総統とシンガポールで握手をするところにまでこぎつけたものの、昨年の台湾総統選で民進党の蔡英文総統が誕生してからは台湾との距離は前より遠くなってしまった。
 また根拠不明の「九段線」なるものを持ち出して南シナ海に広大な管轄範囲をつくる努力をしているが、これはASEAN諸国との関係を緊張させ、さらに米の「航行の自由作戦」なる介入を呼び込んでしまった。
 国内では腐敗根絶作戦を展開し、共産党や軍のトップにまで粛清の手を伸ばした。それは国民の喝采は得たものの、こういう刺激策は中途半端に終わらせることはできず、その間、時間とともに刺激効果が減衰する一方で、中級以上の党幹部や公務員の間に不正を疑われるのを恐れて業務に積極的に取り組まないという弊害をも生み出している。
 何よりも不正摘発が進めば進むほど、その対象となった人々が地位の上下を問わず、習近平に深い恨みを抱くことは避けられない。まして中途半端に終わらせれば、これまでの「被害者」がその不公平を声高に叫ぶことになり、収集がつかなくなる。
今秋の第19回党大会を控えて、高級幹部の人事にかつての部下を数多く登用したり、さらには「総書記は2期10年まで」という慣例を破って自らを「主席」の地位につけて永久政権を目指そうとしたりと、かつての毛沢東のごとき個人崇拝の再現を夢見ているかに見えるのは、習近平の威信の高さを示しているのではなく、逆に彼の焦りと危機感の表れと見るべきだと私は考えている。
したがって習近平はトランプとの会談に赴いて(米中首脳会談の経緯からは今回はトランプが中国に出かけるのが順序である)、手ぶらで帰るわけにはいかない。なんらかの成果を国民に見せなければならない。逆にトランプ大統領から通商、為替政策、アジア安保などで荷物を背負わされるようなことになれば、習近平の権威は地に落ちる。第19回党大会を半年後に控えてそんな事態は政権にとって命とりになりかねない。
一方のトランプ大統領はどうか。
こちらも就任わずか2か月で支持率は36%(ギャラップ)と、新大統領のこの時期の平均支持率の6割程度にまで落ち込んでいる。それはそうだろう。選挙戦中の威勢のよさとは裏腹に、中東・アフリカ諸国からのイスラム教徒の入国を制限しようとした大統領令第1号が司法に阻止されて、空振りに終わったのをはじめ、オバマケアの見直し法案は与党であるはずの共和党の保守派に妨げられて議会に提出できずじまい、彼のトレードマークともなったメキシコとの国境に壁を築くという奇策も経費の予算を付けられず、あえなく「絵に描いた壁」となってしまった。公約を果たしたと言えるのはわずかにTPPからの離脱だが、これはまだ始まってもいないものをやめただけである。結局、全米を揺るがせたあの選挙公約の数々は金持ちじいさんのたんなる怪気炎に終わろうとしている。
そこで公約の中でも最重要なものに数えられる「不公正貿易」による貿易赤字解消を目指す大統領令を3月31日に発令した。習近平との会談を発表した翌日である。あたかも習近平を巌流島に呼び寄せる手はずがついたのを確認してから、刀の鞘を払ったかの如くである。
勿論、これは中国だけを相手にしたわけではなく、日本、ドイツ、メキシコなども対象になるだろうが、昨年の米の貿易赤字約7300億ドルのうち対中赤字は約3500億ドル、ほぼ全体の半分を占める。上に挙げた3国はいずれも600億ドル台だから、文字通り桁がちがう。
この大統領令は商務長官と通商代表部代表が90日以内に貿易相手国の高関税や非関税障壁の影響を調査して、大統領に報告し、それを受けて大統領は「必要な法的措置をとって、相手国の不公正貿易を終わらせる」というものだ。勿論、数日後に迫った習近平との会談とは別のタイムスケジュールにのせるものだが、会談で3500億ドルの貿易赤字が話題にならないとは考えられない。
もっとも公平に言って米の対中赤字には、米企業が中国で生産したものを米国内に輸入することで生じたものがかなり含まれているから、一方的に中国を責めるのは筋が通らない。とはいえ、理屈はどうあれトランプ大統領としては目に見える結果を習近平から引き出したいところだろう。
しかし、中國経済は成長も下降ぎみ、貿易も下降ぎみ、3年ほど前には4兆ドル寸前だった外貨準備も今や3兆ドルのラインを上下するところにまで落ち込んでいる状況で、習近平には対米貿易の巨額の黒字をごそっと減らすような約束ができるはずがない。
そのほかにも、南シナ海、北朝鮮など、簡単に「わかった」と手を握り合えそうもない問題が控えている。ともにこの会談で相手を譲歩させることが自分の政治生命を保つために必須という状況にあるだけに、観衆としても思わず力が入る。
それにしても、なぜ今、首脳会談を開くことにしたのか、開けばのっぴきならないことになると予想されるのに、という疑問が湧く。
トランプ時代の米中関係は当初から波乱含みであった。当選直後に台湾の蔡英文総統からのお祝いの電話にトランプ氏が直接応答して、「台湾総統」と呼びかけたことで、まず亀裂が入り、それは年明けの元宵節にイバンカさんが娘を連れてワシントンの中国大使館を訪れて、なんとか解消。その後、トランプ・習の直接電話会談、中國の杨洁篪国務委員の訪米、米のティラーセン国務長官の訪中と手順を踏んで、首脳会談となったものだ。
それにはやはり米中の首脳会談は必要だという判断が双方にあったのであろう。そしてそれは中国側により強かったと思われる。中国はかねて米に対して両国関係を「新しい大国関係」と認めるよう求めてきた。その中身はまず「中国を対等の大国と認める」こと、「新しい」の意味は従来の大国関係は先行大国を新興大国が追撃し、新興大国が先行大国を打ち破って覇権を握るという形だったが、米中両国はその轍を踏まず、平和的に共存しようというものだ。
言葉を変えれば、戦わずに談合で世界を分割統治しようという提案である。つまり中国は米州や欧州には口を出さないから、アジアのことは中国の思うようにやらせてくれという、現状の力関係で言えば、はなはだ虫のいい提案だ。
これに対して、オバマ政権は一貫して取り合わなかった。習近平がいくら「新しい大国関係」という言葉を口にしても、それにオバマ大統領が直接答えることはなかった。思うに習近平には就任直後のいわばどさくさにこの「新しい大国関係」というキーワードをトランプ大統領に認めさせたいのではないか。それができれば彼の「中国夢」は実現に近づく。
うまくいきそうもない米中首脳会談を習近平が急いだのはそのせいではないか、というのが私の推測である。さまざまな具体的難問がどう処理されるかとならんで、この「新しい大国関係」という言葉が双方の発言なり、共同文書なりに登場するかどうか、どういう形で登場するか、これが両国関係のみならず、両首脳の政治的立場に大いに影響するはずである。
さあ、結果がどう出るか、方々、ゆっくり眺めようではないか。