2024.05.21 フジコ・ヘミングさんのこと

盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)


 ピアニストのフジコ・ヘミングさんがお亡くなりになった。ここ 10 年ほど、中東 欧各国で演奏活動を続けられ、ハンガリーでも定期的に演奏会が開かれた。2022 年 10 月の演奏会が最後になった。脚が悪く、付き添いなしでは歩行が困難だった。90 歳になっても演奏活動を続けられていることに感心しながら、これがハンガリーで の最後の舞台になるだろうと思った。アンコールが終わり、何度も聴衆に手を振り ながら舞台を降りたのが印象的だった。 さすがにこの歳になると、記憶力が薄れる。繰り返しが多いモーツアルトのコンチェルトでは、何度も演奏が中断した。その度に、指揮者とオーケストラはうまく対応したが、やはり歳には勝てない。聴衆は何とか最後まで弾いて欲しいと願い、 固唾をのみながら演奏が無事終わるのを待った。終わった瞬間にホットしたのを覚 えている。

 訃報を伝える新聞記事では「世界的ピアニスト」という表現があったが、これに は違和感がある。音楽やスポーツの世界で、「ワールドクラス」と呼ばれるのは、トップテンあるいはトップ 30~50 までだろう。次から次への若い世代が台頭するス ポーツや音楽の世界で、「ワールドクラス」と評価されるのは特別な才能を持った 一握りの人々である。日本で人気があるから、世界でも人気があると考えるのは間 違いである。

 フジコさんは、1999 年 2 月の NHK ドキュメンタリーで紹介されてから日本で知ら れるようになり、それを契機にソロアルバムが爆発的に売れ、日本での演奏活動が始まった。70 歳目前で陽の当たる舞台に登場した音楽家は彼女以外にいないだろう。 それを実現したのは、ピアノの実力というより、彼女が辿った人生に共感を覚えた人々の人気である。

 日本では TV で紹介された商品や人物が、実際の効能や実力とは 関係なく、ストリーだけが肥大化して異常な人気を生むことがある。クラシックの音楽の普及になることは望ましいことだが、いかにも日本的な現象である。あたか も安倍晋三が「世界的な政治家」と日本で評価されるのに似ている。欧州の政治家は安倍晋三をトランプ大統領の「抱っこちゃん」人形と認識していても、優れた政 治家などとは考えていなかったし、一般の人々が安倍晋三の名前を知らなかったの は言うまでもない。 残念ながら、欧州の音楽界ではピアニストとしてのフジコさんの名前は知られていない。欧州各国で演奏会を開いていたから「世界的」とうのは間違っている。

 ハ ンガリーではそれこそ当代の世界的なピアニストが常に演奏会を開いている。法外な報酬を支払う日本とは違い、ハンガリーで支払われる報酬は多くない。それでも 世界の一流のソリストたちは招待されれば、喜んでブダペストの演奏会を受諾する。ウィーンーブダペストープラハは中欧のクラシックのメッカである。このメッカで フジコさんの公演を企画してもチケットは売れない。財政難に苦しむハンガリーの オーケストラが、赤字覚悟でフジコさんを招聘する余裕も義理もない。だから、日本のフジコ財団が指揮者やオーケストラの報酬、ホール借料をすべて負担する形で 演奏会が主催されてきた。席を埋めるために多くのチケットは無償で日本人社会に 配布され、NHK のドキュメンタリーを見た人々が、「有名人のフジコさん」を見るために集まった。このような演奏会では、日ごろクラシック音楽に関心のない日本人も、「有名人」見たさに多く集まる。事実、聴衆の半分以上は日本人で、多くが幼児同伴の家族連れである。子供のピアノ発表会に行くように、盛装して幼子を連 れてコンサートにやってくる。

 ところが、子供たちはホールの後方で声を出しながら遊びまわっている。演奏会が始まっても、音楽に関心のない子供たちが退屈して 愚図っている。そのような子供たちが多い中で、聴衆が演奏会を楽しむのは無理だ。 2016 年のコンサートはリスト音楽院で開催されたが、私が座った 2 階席には赤子を連れた夫婦がいた。これも時折日本人社会に見られる光景で、何時泣き出すか分 からない赤子をクラシックの演奏会(あるいはテニスの試合会場)に連れてくると いう非常識に遭遇する。案の定、フジコさんのソロ演奏時に、目を覚ました赤子が 「ギャー」と泣き出した。夫婦はすぐに会場の外に出たが、周囲の聴衆が興ざめしただけでなく、舞台のフジコさんも一瞬、客席に目を向けた。こういうことがあるから、日本のクラシック演奏会では「未就学児の入場はご遠慮ください」と注意書きされている。しかし、フジコさん人気に釣られ、初めてクラシック音楽を聴く日 本人にはそういう常識は通用しない。なんとも残念なことである。

 フジコさんはミスタッチを気にしないと語っていたようだ。世界のトップを競うピアニストではなく、いわば素人相手のピアニストだから、エンタメ的な要素が強かった。だから、ミスタッチや演奏の中断などは許容された。ところが、2000 年代初めに国立ハンガリーオーケストラが日本公演を行った時に、 問題が起きた。日本のクラシック公演では会場を満席にしても、1000万円程度の補助金かスポンサー資金がないと赤字になる。だから、地方公演では少なくともチケ ットを完売しなければならない。集客のために、音楽性を犠牲することが必要になる。だから、人気があるフジコさんの出演が組まれた。要するに日本でのクラシッ ク公演はエンタメ的要素がなければ、ビジネスとして成立しないのだ。

 当時のハンガリー国立オケの音楽監督で指揮者のコチシュ・ゾルタン(1952-2016) は、知る人ぞ知る世界的なピアニストで、オーケストラに厳しい練習を課すことで知られている天才である。日本公演のソリストは国立フィルが選ぶのではなく、日本の主催者が集客を考えて選ぶ。コチュシュが指揮し、フジコさんがソリストとして出演するコンサートのリハーサルで、フジコさんの打鍵の間違いに我慢がならな かったようだ。コチシュは自らピアノを弾いて弾き方を伝授したのだが、その後、 フジコさんはピアノを弾けなくなるという出来事があった。日ごろ、コチシュはソリストには自由に弾かせると明言していたが、さすがに間違った打鍵を許すことができなかったようだ。

 国立フィルや芸術監督としての矜持から、間違った音を放置することはできない。とくにコチシュは 1 音も間違えずにレコーディングを一度で終えるほどの伝説の持ち主だから、平気で間違った音を出す演奏家を許すことができない。だから、国立フィルのリハーサルは厳しく、間違っ た音を出す演奏家は厳しく叱責された。それくらいの厳しさで向き合わなければ、オーケストラのレベルを上げることはできない。世界的レベルに到達するためには、 それだけの厳しさと努力が必要だということだ。当代きっての音楽家に、エンタメ と割り切って妥協する余地がなかった。もちろん、できないことを無理強いするこ とに意味はないから、実際の演奏会では種々の妥協を成立させなければならないことは、コチシュも良く分かっていた。呼ばれた身としては、主催者の意図を台無しにできないことは分かっていた。しかし、だからと言って、リハーサルをいい加減に終えていいわけがない。それは第一線で精進している音楽家としての矜持である。

 安倍元首相が頻繁に外遊していたことや、トランプ大統領ときわめて親しかった ことから、日本では国際的な政治家だと過大評価された。そういう評価をするのは 勝手だが、それはあくまで日本の一部の人々の内輪の評価に過ぎなかった。島国で 国際関係に不慣れな日本人は、国をまたいで活動をする人々を「世界的な著名人」だと錯覚する。世界を知らない日本人が簡単に陥る錯覚である。ワールドクラスというのは、分野にもよるが、世界のトップ 30 あるいはトップ 50 として数えられる 人々である。世界は広く、常に天才的な人物が次から次へと頭角を現す。そういう世界の中で、自らの立ち位置を知り、進退を決めることは重要なことである。もちろん、それはたんにそれぞれの分野での活動を止めることを意味するものではない が、少なくとも活動の目的や方法が年齢とともに変わることを受け止めることだと 思う。そうしなければ、醜態をさらすだけになる。肝に銘じたいことである。
2024.05.15 2024年憲法記念日に思ったこと

           ――八ヶ岳山麓から(469)――

阿部治平 (もと高校教師)

5月3日
 護憲団体が統一して毎年憲法記念日に開く東京での憲法大集会の今年の参加者数(3万2000人)は、コロナ禍に沈滞を余儀なくされた護憲運動が再興しつつあることを感じさせたという(本ブログ・岩垂弘氏 2024・05・04)。
 開会あいさつで小田川義和氏(戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会)は、「岸田政権は、いわゆる安保3文書で、防衛費を5年間で43兆円とすることや、殺傷能力のある武器の輸出を打ち出した。そればかりでなく、今回の日米首脳会談で自衛隊を米軍の指揮下に置くことに同意した。先ごろの衆院議員補欠選挙では、自民党全敗という結果になったが、これは、自民党政治への国民の怒りの表れと言える。自民党に代わる政府を野党共闘で実現しよう」と訴えた。
 わたしは、護憲運動が再興しているという記事に安心した。小田川氏のほか、他の方の発言にも大いに同感した。「アジアと日本を戦争に巻き込む大軍拡と改憲に反対しよう」という主張に何の異議もない。だが、この数年の疑念は消えなかった。それは護憲各方面の主張の中に、中国の軍拡と軍事行動についての言及がないことである。これが護憲派の主張が広がらない原因のひとつではないかとあやぶんでいる。

尖閣諸島をめぐって
 たとえば、中国は1992年2月に、領海法を制定した。そのとき尖閣諸島を自国領と明記したのだが、これは中国軍部が強硬に主張したからだということが2023年になってわかった。そのおり、軍部は指導部の外交軍事政策に介入し、南シナ海の南沙(スプラトリー)諸島への武力進出も訴えたとのことである。現在の中国の強引な海洋進出も、軍首脳部の主導する動きとみることができる(信濃毎日新聞 2023・06・02)。

 2023年7月に至って、中国は東シナ海の尖閣諸島寄りにブイを設置した。海上保安庁によると、ブイは尖閣諸島魚釣島の北西約80キロ、日中中間線の日本側の位置で確認された。日本政府は外交ルートを通じて中国側に抗議し、即時撤去を求めた。また昨年11月の日中首脳会談や外相会議でも撤去を求めたが中国側は応じていない。
 ブイの位置は尖閣周辺の海域である。中国に尖閣諸島の管轄権を既成事実化し、実効支配を演出しようとする狙いがあることは、中国人は「もちろん」というだろうし、立場を変えて日本人のだれにもまた明らかである。

中国と日本の軍拡
 ここでは、ちかごろの日中軍拡の現状を見てみたい。
 2016年12月、中国メディアは空母「遼寧」の艦隊が、渤海で初の実弾演習を実施したと伝えた。「遼寧」はほぼ30ノット(時速58km余)で長時間航行可能なことが確認されている。2024年現在では、この「遼寧」と「山東」の2隻の空母が就役、もう1隻の空母「福建」は艤装中である。他にも原子力空母2隻が建造または計画中とされている。
 軍事的には、海上に浮かぶ空母よりもはるかに重要なのは潜水艦である。潜水艦はその高い静粛性により、敵艦に気づかれずに近づき、攻撃するための戦艦である。そのため秘匿性が高いのが通常だ。現在就役中の094型原子力潜水艦(晋級)は反射型弾道ミサイルを搭載し、4隻が就役している。また、次世代の「096型」弾道ミサイル原子力潜水艦(唐級)の運用を2020年代末までに開始するとの見方が、専門家の間では有力である。「096型」は、ロシアの技術支援を受けて静寂性が飛躍的に向上するとみられ、探知が難しくなり、米国や同盟国にとって脅威が増し、海中の軍拡競争を一段と激化させる可能性があるという。

 他方、日本側は、この4月初め、海上自衛隊の大型護衛艦「かが」を「空母化」するための改修が一部終わり、戦闘機の発着が可能となった甲板などを報道陣に公開した。「かが」の大規模改修は、航空自衛隊のステルス戦闘機F35Bを発着可能にするためのものである。防衛省は「かが」と同型の護衛艦「いずも」についても、事実上の「空母化」に向けて甲板に耐熱塗装を施したうえで、F35Bの発着試験を行っている。今年度中に2回目の改修に入り、およそ2年後に完成するとみられている。「いずも」甲板は先日盗撮され、その映像が中国SNS上に登場するという「悲劇」があった。
 「いずも」と「かが」の改修について、政府はF35Bで構成する部隊を常時、搭載することはなく、憲法上、保有が許されない「攻撃型空母」には当たらないとしている。空母に「攻撃型」でないものがあるとは思えないが、軍事専門家によれば、そもそも「いずも」型の空母化は、中国がみずから防衛ラインとした第1列島線を越えた中国軍の活動が常態化したからであるという(注)。
 注) 第1列島線は、九州沖から沖縄、台湾、フィリピンを結び南シナ海のいわゆる九段線に至る。中国が台湾有事を想定し、米軍の侵入を防ぐ自国防衛の最低ラインとしているものである。第2列島線もあって、これは伊豆諸島・小笠原諸島からグアム・サイパン、ニューギニア島西部に至る線である。数年前までは中国の海洋調査は第1列島線にとどまっていたが、今日では第2列島線をこえる西太平洋一帯に調査海域を拡大している。

 東シナ海海域でとどまる程度の活動ならば、「いずも」型の空母化は不要である。ところが、上記のように、近年中国は軍艦を西太平洋に出すだけではなく、戦略・戦術爆撃やミサイル発射母機として使えるH-6爆撃機も飛ばしてくるようになった。当然、日本は防衛上これに対応しなければならないが、専門家によると沖縄をはじめとする陸上基地からのスクランブルでは自衛隊機の航続距離の点から対応が難しい。そこで海上の航空基地である空母が必要になったというのである。わたしは、自衛隊首脳部がとにもかくにも空母を欲しがったという可能性も否定できないと思うが。
 海上自衛隊の潜水艦についていえば、「そうりゅう型潜水艦」は通常型潜水艦としては、世界一の性能を持つといわれている。日本は「そうりゅう型」12隻「おやしお型」11隻、「たいげい型」1隻の24隻を保有している(詳しくはWikipedia)。

中国の軍拡について意見をうかがいたい
 中国は経済成長と共に、アメリカに追いつき追い越す「世界第一の強国」をめざして大軍拡を行なっている。中国の今年の国防費は、経済不振にもかかわらず、去年よりも7.2%増えて1兆6655億人民元、日本円で34兆8000億円余り、世界第2位である。ちなみに、日本の2024年度 防衛費は過去最大の7兆9496億円(米軍再編関係経費などを含む)である。
 日中・米中関係が良好ならば、こんなカネは使わなくても済む。日米と中国は軍拡のジレンマに陥っているのである。そこで、護憲勢力が日米両軍の統一指揮、岸田大軍拡を批判するのは当然だが、同時に中国の大軍拡にも批判の目をむけるべきではないかと、わたしは考える。
 改憲阻止のためには日米両国政府批判で十分だという見方があるかもしれない。だが中国の軍拡に言及しないままでは、護憲勢力は中国の軍事進出を意図的に見逃している、あるいは中国に加担しているという、改憲派の批判に口実を与えると思う。この問題について、読者諸兄姉はどのようなご意見をお持ちであろうか。是非うかがいたいものである。                           (2024・05・05)

2024.05.11 ロシアだけでなく、中國への依存を深めるハンガリー

                      
盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

 これを書いている5月8日から3日間、中国の習近平国家主席がハンガリーを訪問します。 EU から種々の制裁措置を受けているハンガリーは、東方外交を積極的に進め、瀬戸際外交によって自らの地位を確保しようとしています。ロシアや中国との経済取引には法外な裏金が付いて回るので、政権政党の資金基盤の強化や政権周辺の 政商たちに経済的利益を上げさせる重要な手段になっています。
 
 日本からの小包郵便には、書籍であっても書籍代に送料を上乗せした課税基礎額に27%の付加価値税をかけ、配達に際してさらに付加価値税徴収手数料まで請求します。ところが、中国発のインターネット販売では、ハンガリーに設立した会社を介して取引を成立させ、ハンガリーの消費者に中国から商品を直送しています。その際にはハンガリーの消費税抜きで郵便小包が配送されます。
 
 これについてハンガリー郵便(Magyar Posta)は、「中国国内で消費税が支払われているので、ハンガリーの付加価値税は免除される」という、国際慣行に反する奇妙な説明を行っています。明らかに、政府上層部からの指示によって、消費税を免税することで中国商品の流通販売を手助けしています。こうやって過剰生産に悩む中国企業を助けながら、その裏で便宜を図った政治家や政商に裏金が渡るというスキームがあるのでしょう。
 
  ハンガリー政府は中国政府との間で、中国警察のハンガリー国内での活動を容認する協定を結びましたが、中国への忖度が度を越しています。ハンガリーの主権を守るために欧州委員会の理不尽な要求に屈しないと宣言しながら、中国やロシアには主権を渡しても構わないという矛盾した対応です。
 
5月5日には、フィデス(政府与党)の牙城であるデブレツェン市で大規模な反政府集会が開催されました。マジャール・ピーテルの呼びかけによる大衆集会には数万人が集まり、驚かせました。これまで、ブダペスト以外の都市で、反政府勢力がこれほどの規模の集会を催すことがなかっただけに、政権政党のみならず、既存の野党もマジャー ル・ピーテルの人気に脅威を感じています。無党派層で政治に目を向け始めた人々や、既存の政党に満足しない人々がそれなりの数でいることを証明しました。マジャール・ピーテルは、「オルバン-ティボルツ(オルバン首相の女婿)-メーサーロシュ(政商)株式会社の解体」を叫び、聴衆の喝さいを受けました。
 
  デブレツェン市は欧州最大規模になる中国のバッテリー工場を誘致し、政府は住民投票などの要求を一切受け付けず、国家的事業としてバッテリー工場の建設を進めています。来月の一斉地方選挙へ向けてのフィデスの市長候補のプラカードが中国語でも貼り出されるなど、与党は中国への依存を深めています。 移住許可証を保持している外国人には地方選挙の投票権があります。しかし、デブ レツェン在住で移住許可証を保持している中国人はそれほど多くないと推定されます。数百数千の中国人票が当選に必要になっている情勢なのでしょうか。

 Forbes.hu(https://forbes.hu/uzlet/novak-titkarsag-gazdasszony-fizetesek/)には、 辞任したノヴァク・カタリン前大統領の優雅な日常生活が暴露されています。ノヴァク女史は大統領職を辞した後に与えられる住宅の権利は行使しないが、独立事務所開設の権利を行使し、3名の秘書、1名の事務所執事を雇用していることが判明しました。 研究者でもないノヴァク女史に3名の秘書を使うほどの仕事があるとは思われませんが、最大許容限度の秘書を抱えています。
 
秘書3名の給与(月収)は、240万Ft(フオリント、1Ft≒0.43円)、 100万Ft、85万Ftで、執事のそれは70万Ftだと暴露されています。各秘書には独立した部屋が割り当てられています。もちろん、自らの給与(月額460万Ft)、秘書・執事への給与、事務所賃料、専用車(運転手付き)もすべて国家予算から支出されており、月々の経費は2000~2500万Ftを下らないでしょう。

 豊かとはいえない国家財政の中で、国民から27%の消費税を徴収しながら、辞任した大統領にこれほどの待遇を与えているのは驚きです。権力者の自然権のように、 政治家が各種の特権を授与するのは、社会主義体制時代からの悪しき慣習です。ハンガリーの体制転換はいまだ道半ば。ポスト・オルバンとポスト・ジュルチャーニ の世代交代が実現するまで、ハンガリーの政治は旧体制の軛から逃れることはできません。
2024.05.07 なぜ中国では習近平賛歌が盛んなのか

           ーー八ヶ岳山麓から(468)ーー
                   
阿部治平 (もと高校教師)
 

 中国経済がコロナ禍からの回復が遅々として進まないなか、メディアによる中国共産党習近平総書記への賞賛の言葉がますます拡大している。

 さきに、タカ派軍人として知られる劉明福・中国軍上級大佐の著書を紹介したが、じつは、その対米強硬発言、台湾武力制圧論は習近平礼賛を伴っている。
 「中国共産党の3人の偉大な領袖は、中国人民を引き連れて中華民族の偉大なる復興を実現し、世界一の富強の国を建設する過程において3つの奇跡を生みだした。毛沢東は天地を切り開いて新中国を建国するという奇跡を実現した。鄧小平は天地を一変させて改革開放を実行して『立ち上がる』から『豊かになる』という奇跡を生みだした。
 そして習近平は天を支えて大地に立ち、14億人の中国人民が『中国の夢』『強軍の夢』の推進のために闘い、そして地球上の80億の人々が人類運命共同体を構築するという『世界の夢』を実現するために奮闘している」
さらに、劉明福はいう。
 「2012年11月8日、第18回共産党大会で習近平時代が始まった瞬間から2049年の新中国建国100年に至る37年間は、輝かしい時代となるだろう。この37年間で「中国の夢」と「強軍の夢」を同時に実現していくのだ」(『中国「軍事強国への夢』文春新書 2020)。

 習近平礼賛は、極端な思想を持つ個人だけではない。メディアも習近平の政治・経済・医療・食料など広い分野の業績を高く持ち上げている。さまざまな習近平礼賛の中で極めつきは、昨年末の中央電視台(CCTV)の「人民の領袖、改革の指導者習近平」と題する番組ではないかと思う。以下、ネッㇳからとびとびに引く。
 「世界中を見渡しても、当今の中国のように、改革を推進できる国は見当たらない。中国の全面的な改革の深化は、10年にわたる道のりを歩んできた。世界注視のなか、新時代の改革指導者である習近平は、重圧にもかかわらず改革を推し進め、国と社会は歴史的な変化を遂げた」
 「習近平は断固とした改革指導者である。『改革開放は現代中国の命運と中国式現代化の成否を左右する重要な一手であり、停滞と後退では活路はない』と述べた。これは、中国と世界の全般的な発展の趨勢を深く考察し、戦略的な活力と先見性を備えた大国の指導者が下した重要な判断である」
 そしてCCTVは、習近平が地方幹部として歴任した河北省正定県・福建省厦門市・福建省寧徳・福建省福州市のほか、省長・党書記などの仕事をした福建省、浙江省での業績を称賛し、さらに、かつて32の貧困県、12万8000の貧困村、1億人近い貧困層があったものを、習近平が指揮して全党と各民族の人民を率いて緻密な貧困削減戦略で8年間の貧困との戦いに勝利したという(23・12・22)。

 まるで堯舜の時代の老百姓のように「日が出りゃはたらき、暮れればねむる。井戸掘りゃ水湧き、田をすきゃみのる。天子のおかげが何あろう」と歌える世が来るといわんばかりである。だが、かりにそうなるとしても、「天子のおかげが何あろう」ではなく、「なんでもかでも天子のおかげだ」と歌わなければならない。
 なぜならば、2023年12月中国国家安全部(日本の旧特高に相当)は、「経済安全保障の防壁を断固として築き上げる」と題した文書を発表し、中国の特色ある社会主義体制を攻撃し、中国経済をおとしめる意図を持つ各種の論調を「国家の経済安全を危害するもの」として徹底的に取り締まると宣言した。習近平にとって不都合な事実は、真実であっても書いてはならぬ。書けば、犯罪として摘発するというのである。
 さらに、中国国家統計局も「全局員が思想・行動の両面で、習近平総書記と党中央との高度な一致を保たなければならない」「数字の公布と解釈を良くし、社会の予測と期待を正しく導く」という工作方針を明らかにした。ありていにいえば、統計に携わるものは習近平に奉仕し、景気不振の数字は出すな、統計はごまかせというのである。

 なぜこういうことになったのか。2012年秋、習近平が胡耀邦の後継者として中国共産党総書記になったとき、中国史上最も脆弱な帝王と呼ぶ人がいた。彼の前任者江沢民と胡錦涛は、当時の最高指導者鄧小平の推挙でその地位に登ったのに、習近平は有力長老の支持を得たわけでもなく、李克強のように評判の秀才でもなく、派閥抗争の中で妥協によって出てきたという経緯がある。
 かれは自分の地位が脆弱であることをよく知っていた。そこで、中共総書記に就任するや、役人の汚職に嫌気がさしている国民の声援を背に、「虎も蠅も叩く」として四川省党書記の薄熙来をはじめ高官の贈収賄・スキャンダルを摘発し、ライバルになりそうな人物を片っ端から追放した。
 その一方、かれは改革・民主の理解者であった父習仲勲とはちがって、言論統制に執着した。リベラルな週刊紙「南方周末」の記事を差し替えさせ、憲政・民主を主張する月刊誌「炎黄春秋」を廃刊に追い込んだ。まもなく国務院総理李克強の権限を削りとって権力を自分に集中させ、香港の「一国二制度」をひねりつぶし、「世界最強の国家」「世界最強の軍」を語り始めた。
 ところが、習近平の政治が始まって間もなく、中国経済は高度成長の時代が終わり、リーマンショック以来の過剰投資のつけが明らかになった。「一帯一路」政策でも問題が解決せず、深刻な不況が始まり、コロナ禍後も回復は遅れ、都市青少年の失業率は15%と高水準にとどまっている。外資は中国市場への投資を減らし、なかには逃げ出すものがある。
 習近平は「共同富裕」をとなえたが、経済格差は依然として大きく、この20年間ジニ係数(社会の所得・資産の分配をしめす指数、0は平等、1に近づくと不平等がたかまる)は、社会不安が起きるという0.4台がつづき、近頃は0.5に近い。
 習近平政権は、若者をはじめ社会全体に不満が広がっているのは百も承知だ。一党支配の正統性を経済の繁栄、軍備の増強に求めてきた中共としては、はなはだ都合が悪い。そこで反スパイ法の強化など言論統制・治安対策を強化した。

 いまにも唐朝の「貞観の治」あるいは清朝の康熙帝後3代にわたる「盛世」がくるかのように習近平をたたえ、毛沢東や鄧小平と並ぶ「偉大な領袖」と持ち上げることも、統計をごまかし、治安対策を強化し、言論を統制することも、ただただ習近平政権の権威を維持、強化するためである。だが、21世紀の中国国民はそれで納得しているだろうか。
 習近平に対する礼賛はかなり長い間つづくだろう。同時に、在外中国人が帰国して行方不明になるとか、中国で働く外国人がスパイとして逮捕されるといった事件は頻発するるだろう。                  (2024・04・30)

2024.05.02 日韓関係の行方~韓国の選挙結果-野党192与党108

             韓国通信NO743
  
小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)


 去る10日に行われた韓国の総選挙は与党「国民の力」の惨敗、野党「共に民主党」圧勝に終わった。大統領は弾劾直前にまで追い込まれ、任期半ばで政権末期状態に。支持率は20%台と相変わらず低空飛行を続ける。
 露骨な北朝鮮敵視と独善的な政権運営がたたった。民意は分断され、北との緊張は一挙に高まった。検察出身のせいか、正義をやたらに振り回す一方で身内の不祥事には拒否権行使を連発した。権力の私物化と国民不在の政治。日韓関係では譲歩に継ぐ譲歩を重ね日本から歓迎されたが、国内では「売国奴」という批判にさらされた。
 日本のメディアは今後の日韓関係の悪化を心配するばかりで、大統領の迎合姿勢が選挙敗北の一因だったことは一切触れなかった。
 1965年の日韓基本条約、2015年の慰安婦合意はアメリカの圧力から生まれた妥協の産物、真の解決から程遠い政治決着だった。尹大統領の「親日」もアメリカの存在が見落とせない。中国、北朝鮮、ロシアを敵国と見なすアメリカが作り出した緊張状態にもかかわらず、韓国国民は、戦争より平和、個人の尊重、公正な社会、政治に振り回されない日韓の「和解」を求めた。

<日韓はアメリカの戦略構想から抜け出せ>
 選挙投票日の10日、岸田首相が国賓として訪米した。支持率20%の首相がアメリカ議会で、「日本は米国とともにある」と演説した。
 経済学者浜矩子教授が、「唖然とし 呆然とし そして慄然とした」(『週刊金曜日』のコラム)と演説を評した。先制攻撃をいとわず、防衛予算を倍増する「安保三文書」を手土産にした卑屈な受け狙い。憲法をないがしろにしてアメリカに忠誠を誓った。
 日本に迎合した尹大統領が「まるで日本の首相みたい」と酷評されたのを思い出した。アメリカと一体となって戦争をする日本と韓国は、アメリカにとって「虎に翼」「鬼に金棒」に違いない。
 破綻した戦争抑止論理にしがみつく日本政府。大軍拡と同盟強化の先には破滅しかない。平和を愛する人たちの常識である。ムシのいいアメリカの戦争に私たちは付き合ってはいられない。
 わが国の次の選挙の争点は間違いなく「政治とカネ」「戦争か平和か」である。政権交代を望む声は巷に満ち溢れ、自民党政治の終わりが現実になろうとしている。日韓がアメリカの戦略構想から抜け出すならアメリカの野望は崩壊する。アメリカに忠誠を誓った岸田首相は、尹大統領ともども消える運命にある。
 Good-byアメリカ、サヨナラ自民党、サヨナラ原発、Stop the Wars!
2024.04.24  日米首脳会談、中国の反応
        ――八ヶ岳山麓から(467)――

阿部治平 (もと高校教員)

 日米首脳会談の中身
 4月11日、日米首脳は共同声明を発表した。その要旨はほぼ以下のようなものだった(信濃毎日新聞2024・04・13)。
 〇南シナ海での中国の危険かつ攻撃的な行動に深刻な懸念を示す。
 〇尖閣諸島を含む東シナ海での一方的な現状変更の試みに強く反対する。
 〇自衛隊と米比両軍の海上共同訓練を拡充し3ヶ国の人道支援・災害対応訓練を創設する。
 〇海上保安機関同士の合同訓練を実施し、日米海洋協議を創設する。
 〇経済的威圧に連携して対応し、重要鉱物のサプライチェーン構築や、フィリピンのインフラ整備に協力する。

 さらに岸田首相はアメリカ連邦議会の演説と共同記者会見で、日米が法の支配・自由で開かれた国際秩序・平和の維持のためにコミットメントすることは決定的な課題だ、日米同盟の抑止力の一層強化が急務であるとし、中国の力や威圧による一方的な現状変更の試みに強く反対すると発言した。
 ひとくちでいえば、日米首脳の合意なるものは、中国・北朝鮮を仮想敵にした抑止力の強化とともに、自衛隊の指揮権を危うくしつつ自衛隊と在日米軍の一体化を進めたものである。
予想通り、中国外交部はこれを激しく非難した。

中国海軍の見方
 日米首脳会談に関する中国メディアの批判記事のうち、わたしが気になったのは4月12日付環球時報に掲載された「日米の防衛産業基盤の『統合』はアジア太平洋に悪影響を及ぼす」という論文である。
 論文の著者張軍社氏は、環球時報では「海軍軍事専門家」としかしていないが、海軍司令部参謀、駐米中国大使館駐在副武官を歴任しており、軍事学術研究所研究員・海軍大佐であり、長年国家安全・軍事戦略・中米関係を研究してきた人物である(中国検索エンジン「百度」)。
 環球時報は中国共産党機関紙人民日報傘下の国際紙なので、この論文によって中国が日米首脳会談のどこに注目したかおよその見当がつく。

張論文の主旨は次の通り
 「一部のメディアによれば、同盟国である日米両国は、防衛産業の能力を統合するため、これまでにない取り組みを行う。さらに、両者の協力は、日本の造船所における米海軍艦船の修理にとどまらず、(アメリカの要求によって)将来的には弾薬、航空機、艦船の共同開発・生産にも及ぶだろう」
 「日本は、防衛産業基盤の『統合』、殺傷力のある武器・弾薬の研究・開発・生産など、『軍事的統合』を達成しようとする米国の企てに積極的に追随し、戦略的ライバル(すなわち中国・北朝鮮)を抑制・抑圧するためのアメリカの橋頭堡となることを厭わない」
張氏は、日本が軍備を増強し、かつ米軍の兵站基地として強力な存在になることを指摘して、「アジア太平洋地域における将来の軍事介入と戦争に備えるものであり、地域の平和と安定に深刻な脅威をもたらすもの」と判断している。

日米海軍の増強に対して
 張軍社氏は、なぜ兵器のほか兵站(後方支援)までふくめた戦闘力全体を問題にしたか。わたしは、その背景には、海上自衛隊護衛艦の「空母化」が微妙に影響したものと思う。
 日米首脳会談に先立つ4月8日、中国外交部が護衛艦の航空母艦への改造を憲法違反の「攻撃型空母化」として激しく非難したとつたえられた。もちろん、林官房長官はこれを「自衛型」の改修と説明したが、「自衛型空母」の存在など信じられるわけはなく、「空母化」に対する中国の非難は今日まで続いている。
 日本では、護衛艦最大のいずも型の「かが」(基準排水量1万9950トン)は戦闘機を発着艦させるための改修がおわって「空母化」し、試験航海を始めた。すでに「いずも」は耐熱強化や標識の塗装などの第1次改修を終えており、24年度以降、艦首の形状を変えるなど第2次改修に入るという状況にある(Wikipedia)。

 一方、中国は習近平総書記の指示にしたがって潜水艦建造など戦力の増強に励み、すでに空母「遼寧」「山東」を航行させ、「福建」を建造中である。だが、日本が空母を持つとなれば、中国はさらにこれに対応しなければならない。張軍社氏ならずとも、東アジアにおける戦闘能力のバランスの変化に神経質になるのは自然のなりゆきである。
 『中国「軍事強国」の夢』の著者でタカ派軍人として知られる劉明福氏は、著書の中で「海洋が中国の未来戦争にとっての主戦場になる。なぜならば、海洋の安全保障が中国の経済安全保障にとっての生命線になっているからだ」と発言している(邦訳 文春新書 2023・09)。
 中国海軍高官2人の軍事情勢に関する基本的認識はほぼ共通したものであろう。とすれば、南・東シナ海、台湾水域での軍事衝突を当然のものとした、兵器・兵站を含めた極めて実践的な議論になるのは自然のなりゆきである。

“中国が強力な国防力を持つことは当然である”
 張軍社氏は終りに、日米に対する中国の軍備は正当なものだと主張する。
 その理由は、「新中国建国以来、中国は他国を侵略したことはなく、代理戦争を行ったこともなく、勢力圏を求めたこともなく、軍事ブロックと対立したこともない」だから、日米両首脳がいうような「中国の脅威」など存在しないというものだ。
 また、中国は1840年のアヘン戦争以来、日本をはじめ列強の幾多の侵略を被ってきた。だから「中国が強力な防衛力なしでは、真の意味での中華民族の偉大な興隆を達成することは不可能であることは、歴史が証明している。中国の軍事力の発展は、国の主権、安全保障、発展の利益をよりよく守るためだけのものである」というのである。

 われわれは、「中国の脅威」を南・東シナ海で目の前で見ているし、冷戦・中ソ対立・中印国境紛争、それに1979年の中越戦争を知っている。だから、こういう理屈を中共機関紙で堂々と主張されると、わたしも4月19日付当ブログの田畑光永氏の論評と同じく、「習近平の総書記三選以来の中国はどうも様子がおかしい」という感想を持たないわけにはいかない。
 だが、中国は軍備を増強するのは当然で、日本がそうするのは犯罪的だという見方は、中国国民の多数の意見であることも知らなければならない。だからこそ、互いに引っ込みがつかなくなる前に、日本は対中国外交における努力が必要だと考えるのである。
                                     (2024・04・19)
2024.04.22  世界一の人口大国・インドの総選挙に思う
        ―インドには負けたくなかったのは何処の国?

田畑光永 (ジャーナリスト)

 インドで総選挙の投票が始まった。「始まった」というのは妙な言い方だが、国土が広く、人口も多い(世界最多、有権者約9億7000万人とか)ためだろうか、インドの総選挙は州や地域を7つに分けて、およそ1か月半かけて順次投票が行われ、6月4日に開票するのだそうである。

 議員の任期は5年、今回の選挙では、すでに2期政権を握ってきたモディ首相率いるインド人民党が引き続き政権を維持するかどうかが注目点だが、今のところ情勢は与党優勢と伝えられているから、モディ体制が続くのであろう。

 このニュースを見ていると、今から半世紀以上も前の、1950~60年代のことを思い出した。当時は中国に毛沢東・周恩来、インドにはガンジーという、高名な政治家がいて、「第三世界(東西両勢力に属しない)の指導者」と言われ、広く尊敬を集めていた。

 その頃、インド南部のケララ州というところで社会主義政党が選挙で勝利し、地方とはいえ政権を握るという事態が発生し、選挙で社会主義が実現出来るのか、という論争も起こった。

 そこからさらに中国やインドのような人口の多い、発展途上国で果たして選挙という形で政権選択が可能か否かということも論議の対象となった。

 別に結論が出るという問題ではなかったが、人口超大国では全国的選挙を実施すること自体が難しいが、中國とインドを比べると、中国よりインドのほうがさらに難しいという議論のほうが優勢だったように記憶する。その理由は人口が多く(当時は人口1位が中国、2位がインドで、今は逆)、国土が広い点は共通だが、インド国内での民族、言語の違いが大きいこと、身分格差が残っていることが弱点として指摘された。

 以上はそんなこともあったというだけの話だが、今度の総選挙でモディ首相が勝利して政権3期目に入るとなれば、それはそれで中国にもロシアにも相当の影響を及ぼすのではないかと私は期待している。

 モディ首相は自国を「世界最大の民主主義国」と自賛するそうだが、一方では彼自身の強権的姿勢も指摘される。しかし、選挙で当選したのなら、その任期中、法律さえ守れば、多少強権的であるくらい、国民は抗議の声を上げながら次の選挙を待てばいいのだ。大事なのは、国民が声をあげて抗議することが可能で、次回、投票によって政権を交替させる可能性があることだ。権力者のほうも事前の評判は悪くても、選挙で勝てば権力の椅子に座り続けられるという細いながらもなお道はある。

 一方、選挙のない独裁制が最悪なのは、妙な話だが、評判が悪くなったり、失態を犯したり、あるいは単に飽きられたりした権力者が、「合法的に」権力の座に居座る手段がないことである。となると、そういう権力者はなるべく多くの国民が喜ぶことをして見せなければならない。しかし、国内問題は往々にしてあちら立てればこちらが立たずで、国民の大多数を喜ばせる手段などそうあるものではない。

 そこで外で国民が喜ぶようなことをしでかす。見渡せば、今、世界で起こっている国際紛争の多くは、ほぼその類ではないか。いや、プーチンは選挙で勝った、とも言えるが、彼の場合は外でウクライナを攻撃すると同時に国内でも選挙にあらゆる奸計を施して、危険を取り除いたという特異な事例である。

 中国の習近平がそのプーチンを見習い、後に続こうとしたことは確かであると私は思っている。それはプーチンがウクライナ侵攻を始める直前、2022年2月に訪中した際の習近平との首脳会談を「中ロ関係に上限はない」と興奮した口調で叫んだ中國側の外務次官の態度に現れていた。しかも、その外務次官がその直後に更迭されたのは、習近平がウクライナ侵攻を支持したと世界に思わせてしまったことに対するペナルティであったろう。

 習近平が当時、プーチンのウクライナ侵攻が成功した場合、その波に乗じて台湾統一を現実のものとしようと考えたことは間違いないだろう。その夏、米下院のペロシ議長が訪台した際に、中国軍が狂ったように台湾周辺にミサイルを撃ち込んだのはそれと関係があると私は睨んでいる。

 プーチンのウクライナ侵攻に便乗して台湾統一を、という習近平の目算は崩れた。今、中國は南沙群島でフィリピンの巡視船に水大砲を浴びせたり、ソロモン群島を手なずけたりと、ふり上げた拳の落としどころを探しているが、台湾の次期総統も民進党であるから統一への手がかりは今のところ見当たらない。

 そもそもアジアの傑出した超大国として中国は建国以来、一貫して名言はしないまでもインドをライバル視してきた。とくに改革開放政策で中国の経済が大きく飛躍し始めて以降はインドには大差をつけたという自信を持っていたはずだ。

 そのインドが選挙を重ねて政権交代を実現し、選ばれた指導者が世界の首脳の1人として活躍するのを見るのは面白くないことは間違いない。

 改革開放路線の開祖として、中国経済発展の旗振り役を務めた鄧小平は政治の民主化、選挙の実施について、こんなふうに言っていた。

 「私は外国からの客人にこう言ったことがある。次の世紀が半ばを過ぎたころに普通選挙が実施出来るだろうと。現在、我々は県のクラス以上は間接選挙、県以下の末端では直接選挙である。その理由は、我々は10億人の人口を抱え、人民の教育程度もはなはだ不十分である。普通選挙を広く実行する条件が熟していない。」(鄧小平『香港特別行政区基本法起草委員会委員と会見した際の談話』1987年4月。『鄧小平文選』第三巻)

 改革開放の総設計師の設計図では国民に国家の指導者を直接選ばせるのは今世紀の半ば過ぎとなっていた。以降の権力者たちは、それをいいことに選挙をないがしろにしてきたのではないか、という気がする。

 そればかりか、習政権はあきれたことに先ごろ開かれた全国人民代表大会では、恒例となっていた国務院総理(首相)の記者会見さえも、今後は開かないと決めた。選挙の洗礼を受けるのを恐れるばかりか、国民の疑問にも政府の責任者が答えないというのは、いったいどういう神経だろう。

 インドは長く続いた国民会議派に選挙で勝利したインド人民党が政権を奪ってすでに2期10年が経過し、その間、国際的地位を高め、経済も発展させた。中國は人口10分の1以下の日本をGDP総額で抜いて、米に次ぐ経済大国となったことを誇っているようだが、インドも来年には日本を抜くという。

 何事もインドには負けたくなかったのでは? 習主席のご見解をうかがいたいものである。
2024.04.15  中国は南シナ海問題にどう取り組むつもりか
        ーー八ヶ岳山麓から(466)ーー

阿部治平 (もと高校教員)

“ASEANは交渉相手ではない”
 3月29日、中国外交部前副部長の劉振民氏は、2024年ボアオ・アジア・フォーラム年次総会の南シナ海をテーマとしたフォーラムで「東南アジア人民は団結自強の正道に目覚めよ」という演説を行った。劉氏は国連事務幹部をしたことのある中国外交の重要人物の一人である(環球時報2024・04・02)。
 注)ボアオ・アジア・フォーラムとは、世界の政治家・財界人・知識人が集まるダボス会議のアジア版を目指して、当時の胡錦涛政権によって構想されたもので、2001年成立時にはアジアの25カ国とオーストラリアの26カ国が参加している。第一回会議では小泉純一郎首相(当時)が演説を行った。

 劉氏は演説の中でASEANを高く評価して、「1990年代後半以降、ASEANを中心とした東アジアの地域協力が活発化している。1997年のアジア金融危機、2008年の国際金融危機への対応において、東アジア諸国は連帯し、東アジア地域の経済発展と繁栄の維持に大きく貢献してきた」と述べた。
 そのうえで、劉氏はこういった。
 「南シナ海問題に対処するためには第一に『双軌思路(Dual Trac Approach)』を引き続き堅持し、中国とASEANは協力して南シナ海の平和と安定を維持し、中国と関連国は南シナ海の紛争を交渉によって解決することを主張すべきである」
 注)「双軌思路」とは、中国の検索エンジン「百度」によると、2014年8月ミャンマーで開催された一連の東アジア協力に関する外相会議の記者会見で、中国王毅外相が提起したもので、紛争は直接関係する国々が友好的な協議と交渉を通じて平和的に解決する一方、南シナ海の平和と安定は中国とASEAN諸国が共同で維持し、両者が相互に補完し合い、促進し合うことで、具体的な紛争を効果的にコントロールし、適切に対処するというものである。

 2国間交渉の原則は、7年前にも「南シナ海問題は中国とASEANとの問題ではない。ASEANは南シナ海問題で中立的な立場を取り、具体的な争いに介入しないことを一貫して約束してきたはずだ」と主張されていた(人民網日本語版2016・07・19)。
 ASEANがまとまって中国と交渉しようとすれば、中国にとっては脅威である。ところが、東南アジアでは華僑資本の影響力が強いうえに、ラオスやカンボジアなど対中国従属状態の国家もあり、ミャンマーのように内戦が激化して政権が危ないという国家もある。ASEANとしてまともに南シナ海問題に取り組める状態ではない。
 中国はこれを十分承知でASEANを相手にせずと主張しているのである。

“仲裁裁判所への訴えはルール違反だ”
 劉氏はこの原則に従い、「ASEAN諸国と中国、そしてASEAN諸国同士は、南シナ海問題を交渉によって解決するという道筋についてコンセンサスを得ている」とする。氏は国連事務幹部を経験したものとして、さすがに、国連海洋法条約の仲裁裁判所の「判断」を「紙くず」というわけにはいかなかったが、フィリピンが仲裁裁判所へ提訴したことについては、約束に反していると主張した。
 1995年8月の共同声明で、中比は「争いは直接の関係国が解決すべきだ」「双方は段階的に協力を進め、最終的に争いを交渉で解決することを約束した」はずだからというのである。
 また、「フィリピンによる南シナ海仲裁裁判の全過程を見れば、一連の事実が物語るように、フィリピンが米国に後押しされる形で南シナ海問題を誇大宣伝したのは、中国との争いを解決するためではなく、南シナ海における中国の領土主権と海洋権益を否定する企てであり、その出発点は完全に悪意あるものだ」とフィリピンを激しく非難した。
 そして、第三国の介入を拒否し、「域外諸国は、火に油を注ぎ、炎をあおり、危険を作り出すのではなく、南シナ海の近隣諸国が交渉を通じて公平かつ公正な解決を模索することを支持すべきである。『どちらかを選ぶ』ことを避け、一方を支持して他方を抑圧することをやめるべきである」という。仲裁裁判所もやり玉に挙げたわけだ。

中国は譲らない
 劉氏は、また「この1年、米国、日本、フィリピンは軍事協力を強化しているが、これが東南アジアにおける新たな衝突を誘発することにならないか。今、これはすべての国にとっての懸念事項である」と日米比3か国を牽制した。
 4月2日に米中首脳による電話会談が行われた。バイデン大統領が台湾海峡の平和と安定の重要性や、南シナ海での航行の自由の重要性を強調し、中国の威圧的な行動に対する懸念を示したのに対して、習近平主席は、「中国の正当な発展の権利を奪うのであれば、座して見ていることはない」と警告した(時事 2024・04・03)。
 さらに中国外交部の汪文斌報道官は3日、電話会談の中で「(習近平主席は)中国は南沙諸島及びその付近の海域に対し、争いようのない主権がある。問題の根源は、フィリピン側が不法占拠をしていることにある」「米国は南シナ海問題の当事国ではなく、中比間の問題に介入すべきではない。自国の領土主権と海洋権益を守るため、中国は強い意志と断固たる決意がある」と主張したことを明らかにした。
 この「強い意志と断固たる決意」は、習近平政権だけではなく、中国国民のものでもあることに注意しなければならない。南シナ海は明朝鄭和の大航海以来中国領だという「学説」はともかく、この主張は辛亥革命の数年後に始まっており、習近平政権以前から、尖閣問題と同じように中国人の頭に徹底的に叩き込まれている。

日本は跳ね上がってはいないか
 岸田首相のアメリカ上下両院での演説は、中国の強烈な反応を招いた。岸田氏は中国の外交姿勢、軍事動向が国際社会の平和と安定に最大の戦略的な挑戦をもたらしていると主張し、日米がオーストラリア・フィリピンなども加えた多層的な地域枠組みを増強させる力となっていると説いた。
 中国外務省の毛寧副報道局長は10、11日の日米首脳会談を台湾や東・南シナ海の問題に内政干渉し、中国を侮辱したとして「強烈な不満と断固とした反対」を表明し、厳正に抗議したと明らかにした。また、日米が共同声明に尖閣諸島が米国の対日防衛義務を定めた日米安全保障条約5条の適用対象だと明記したことを巡り、毛氏は尖閣を中国固有の領土と主張し「中国の主権を侵害する不法行為に決然と対処する」と述べた(共同 2024・04・12)。

 日米比3国首脳会談が行われた。会談では、中国による南シナ海での攻撃的な行動や、東シナ海での一方的な現状変更の試みへの深刻な懸念を共有した上で、3国の海上保安機関による合同訓練に加え、海域のパトロールを行うなど、海洋安全保障協力を強化していくことで一致した。自衛隊と各国海軍の合同演習や、日米両国によるフィリピン軍の近代化支援といった防衛協力を推進していくことも確認した(NHK 2024・04・12)。
 日本は今月米比両軍が実施する軍事演習「バリカタン」に、自衛隊が本格参加する方向で調整している。この4月から本格参加となれば人数を増やし、より実戦的な演習を行うようになるという(読売 2024・04・03)。
 岸田外交は、中国包囲網を形成しようとした安倍外交を引き継いでいるとはいえ、これではあまりに挑発的である。このままトランプ大統領の再現となり、アメリカ・ファーストとなった時日本はどうするのか。
 忘れてはならないのは、日本にとって中国は第一の貿易相手国であり、フィリピンは貿易と共に中国の投資相手国だという現実である。バイデン政権ですら対中国強硬発言をしながらも、4月5日にはイエレン財務長官を訪中させているではないか。
いま日本は、アメリカとは一線を画した独自の対中国外交が必要としている。読者諸兄姉はどうお考えだろうか。(2024・04・08)
2024.04.05  韓国の総選挙
        韓国通信NO741

小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)

 韓国の総選挙が今月10日に迫ってきた(議員定数300 小選挙区254/比例46)。
 おととし5月に発足した尹錫悦政権の評価が問われる選挙だが韓国のどのメディアも情勢は混戦状態と伝える。独断的な政権運営が災いして発足当初から30%前後の低支持率で推移してきた政権支持率に異変が生まれている。野党「共に民主党」の不人気。新党「祖国革新党」の登場が注目されている。隣国の選挙とはいえアジアの平和に大きな影響を与える注目の選挙であることに違いはない。
 従軍慰安婦問題、徴用工問題で日本に大幅譲歩をした韓国側の狙いは日本との軍事的期待だったことを忘れてはならない。それにしても日常的に「北の脅威」が強調される日本と比べて、韓国世論が意外と冷静なのは不思議である。選挙の中心テーマになっていないようだ。日本の選挙が近づくと北朝鮮報道がやたらと増える日本が異常に見える。

<医師たちの反乱>
 深刻な韓国の医師不足。選挙直前になって韓国政府は医学部定員の大巾増を発表した。これに長時間労働、低賃金で働く大病院の若手医師が猛反発。一斉に辞表を提出して大騒ぎになった。政府は医師免許を取り消すと脅しをかけたが効き目なし。医師の特権意識と患者無視に反発する世論に対して一層深刻な医療の不在を招いた政府を批判する声も多く、今回の選挙の大きな争点になってしまった。医師たちの一斉蜂起には驚くが、いかにも韓国的な話。わが国では医師の過労死が注目を集め出したばかりである。

<韓国ドラマ『ホ・ジュン(許浚)』>
 全64話にわたる超長編ドラマである。魅力に惹かれ4回目を見る「ホ・ジュン」ファンだ。16世紀中期に実在した医師がモデル。両班の妾の子に生まれた不遇の青年ホ・ジュンが流浪先で、ある医師との感動的な出会い、「心医」を目指す物語。
 科挙試験に合格して宮廷医師になるが、出世は二の次、身分と貧富の差を越えて患者の治療に献身。主人公は医学書『東医宝鑑』の著書、朝鮮時代随一の名医として知られ、王の主治医まで務めた人物。ドラマでは人間性溢れる医師としてさまざまな障害を乗り越え苦悩する人物として描かれている。
 現在BS141で午後1時から放映中。コマーシャルが多いのが難だが、現在64話中48話まで進んではいるが、途中乗車でも十分楽しめるはず。毎回、新たな発見と感動、出演者の好演技が光る。
 最近まで病気と無縁だった私が入院を経験したことと関係があるかも知れない。病と死について考えさせられる類まれなヒューマンス・ストーリーである。『週刊金曜日』の植村隆さんが「『ホ・ジュン』で韓流ドラマにハマった」と大絶賛(NO1465/2024/3/22)。ドラマは時代を反映する。民主化直後の韓国の人たちが求めていた人間愛、社会の在り方にたいする熱い思いが時空を超えて私たちにも伝わってくる。韓国を知るためにも是非おすすめしたい。
2024.04.03  中国経済不況論は事実誤認か
        ――八ヶ岳山麓から(465)――
             
阿部治平 (もと高校教員)
 
 はじめに
 このところ、中国の論壇では自国経済を高く評価する評論が続いている。私が見た代表的なものは、「誤った認識を除き、中国経済の大勢を見よ」という「環球時報」(2024・03・19)の論文である。著者は新華社研究院国情研究室研究員の梁勁・馮候両氏。
梁・馮両氏は、以下の4項目を挙げて、中国経済に対する誤認と主張している。
 〇コロナ禍後の中国経済は失速している
 〇外資はもはや中国市場を好まなくなった
 〇中国経済はすでにデフレに陥っている
 〇中国経済転換の見通しは暗い

 「中国経済は失速している」という認識をめぐって
 両氏は、「2023年の4つの四半期のGDP成長率は前年同期比4.5%、6.3%、4.9%、5.2%であり、初期は低く、中期は高く、末期は安定というパターンを示しており、上昇傾向はさらに強くなっている」と主張する。
 これに対して、中国専門家の多くはもっと悲観的である。比較的おだやかな見方をしているニッセイ基礎研究所は、2023年GDP成長率はそれまで悪化傾向にあったが、7-9月期と10-12月期は、それぞれ+1.5%、+1.3%であり、一段の悪化には歯止めがかかっている状態としている(「ニッセイ基礎研REPORT(冊子版)2月号[vol.323] nli-research.co.jp )。
 思うに、その要因のひとつに習近平政権の「国進民退(国有企業を優先し民営企業を抑える)」政策がある。
 従来から経済の成長エンジンである民営企業は、金融・技術・土地取得などの面でも差別され高コストを強いられ、国営企業と競合する分野への進出は許されない。それどころか、民営企業への取り締りが生まれている。地方政府が法的根拠なしに企業の資産の差し押さえをするといった事例もある。中国を代表する企業であるテンセントやアリババは、政府による規制強化を受け、経営に支障を生じている。

 梁・馮両氏は、さらに失業率の低下を挙げて、経済復活を主張する。
 「2023年の全国都市調査失業率は平均5.2%で、前年比0.4ポイント低下し、国民一人当たりの可処分所得は名目で前年比6.3%増加した。中国経済は2023年に世界の経済成長の30%以上に貢献し、世界経済成長の最大のエンジンとなった」
 この失業率5.2%には、コロナ禍の中で大量に失業した農民工(出稼ぎ農民)は入っていない。あくまでも都市戸籍のもので中国全体のものではない。伝えられるところによると、北京大学准教授の張丹丹氏は、全国失業率を46.5%と推定したという。張氏の失業の定義は国家統計局とは異なり、その方法が明確ではないが、失業の深刻さを反映している。
国家統計局は、若者(16~24歳)の失業率算出にあたっては、今回から求職中の大学高専学生、仕事がなく帰郷した学生を除外した。これによって昨年6月若者失業率は23.9%だったが、今年1月には14.9%と9.0%も「改善」された。だが、依然として若者の失業率が高いことに変わりはない。
 このように失業者が多いのには、民営中小零細企業の不振がある。雇用の大部分を中小零細企業が担うのは、日本も中国も同じである。コロナ禍の3年間、生活必需品の買物すら許されない厳格なロック・ダウンが中小零細企業を直撃した。日本と違い、中国には中小零細企業の救済制度もその政策もないから、彼らの倒産・閉店からの立ち上がりは容易ではない。このありさまは、統計に頼らなくても大都市の裏通りを歩けばわかる。

 「外資はもはや中国市場を好まなくなった」という言説をめぐって
 両氏は、「2023年、中国の外資導入実績が前年比で減少すると、(西側の)悲観的論者はこの機会を利用して『外資の中国からの大規模な撤退』『中国市場への投資はやるべきではない』などの説を唱えた。だが彼らは基準値が過去最高だった前年の数値と多国籍投資が世界的に低迷している現実を無視している」と主張する。
 両氏もしぶしぶだが、外資の逃げ腰は認めている。だが、事実はもっと深刻である。中国商務部(省)が1月19日発表した2023年の同国への海外直接投資(FDI)は前年比8.0%減の1兆1300億元(1571億ドル)で、11年前の2012年以来の前年割れだった。この背景には、中国のビジネス環境や経済・政治に対する海外投資家の懸念がある。外資企業にとっては不景気感のほか、職員がスパイ容疑で拘束されるなど、中国の法規制の解釈や順守をめぐる不透明感が存在するからである(ロイター、2024・01・19)。

 日本企業でもパナソニック、シャープ、TDK、キャノン、ダイキン工業、無印良品などが中国撤退を検討しているというニュースがあるが、ことは外資企業だけではない。中国企業でも東南アジアへ移動するものがある。
 そして、中国企業も治安政策の対象である。オンライン配車サービス最大手のディディ(滴滴出行)は、2022年7月、ユーザー情報を違法に収集し国家安全保障に重大な影響を与えるデータ処理を行ったことなどを理由に80億2,600万元(1元≒20円)に上る罰金を科された(RIETI - 関志雄:中国経済新論)。

 中国経済デフレ論と先行き不安説をめぐって
 梁・馮両氏は、2023年第2四半期以来の消費者物価指数(CPI)の前年比伸び率が0から4カ月連続でマイナス成長となったことを認めるが、「この下落は構造的かつ段階的なものであって、表面的には、中国の消費者物価指数は大幅に下落しているが、これは主に食品価格とエネルギー価格の変動によるものである」と弁解する。
 また「不動産セクターは調整と変革の時期に入り、中国経済のパフォーマンスを混乱させている。中国経済を悪く言う人々は、これを中国経済を景気後退に導く『危機』と描いている」そして「ハイテク産業への投資は10.3%増加した。サービス・セクターやハイテク製造業など、中国の質の高い経済発展を牽引する新たな原動力が加速している」と強調している。

 両氏も認めるように、2023年には中国経済を動かしてきた不動産のバブル崩壊が明らかになった。北京・上海など大都市から地方都市まで、空きマンションの「鬼城(幽霊都市)」が生まれている。当然、不動産市場の大暴落があっておかしくないが、そうならないのは地方政府が規制価格をもうけ、それ以下での取引を許さないからである。だから不動産価格の持ち直しは考えられず、景気全体を押し下げる要因になっている。
 価格競争が厳しい耐久消費財の価格も、ロック・ダウン解消後は一時的に需要が高まったが、その後軒並みマイナスとなっており、サービス消費価格も低下している。
 昨年の3つの四半期の名目GDPの伸びは実質GDPの伸びを下回る状態が続いた。これは内需不足によるデフレ圧力が生じていることを示しており、景気の停滞感が強まっているといえる(ニッセイ基礎研究所、ほか)。
 
 おわりに
 2023年12月13日、中国国家統計局は「全局員が思想・行動の両面で、習近平総書記と党中央との高度な一致を保たなければならない」「数字の公布と解釈を良くし、社会の予測と期待を正しく導く」という工作方針を明らかにした。
 さらに、中国国家安全部(日本の旧特高に相当)は、同年12月15日「経済安全保障の防壁を断固として築き上げる」と題した文書を発表して、中国の特色ある社会主義体制を攻撃し、中国経済をおとしめる意図を持つ各種の論調を「国家の経済安全を危害するもの」として徹底的に取り締ると宣言した(jetoro.go.jp、2023・12など)。
 このように、国家統計局が統計数値を操作し、治安当局が政権にとって不都合な言説を取り締ると公然と宣言したのは、経済不況と一般大衆の不満が国外からの観測よりはもっと深刻なレベルにあることを反映したものであろう。
 前国務院総理の李克強氏は、2007年遼寧省党書記のとき、電力消費量・鉄道輸送量・銀行の中長期新規貸出残高の3指標によってだけ経済状況を分析していると発言したことがあるが、もともと怪しかった中国の統計は、一層信頼を失うものになった。
 これでは、かつて「統計も革命に奉仕する」として、大凶作を大豊作と讃えた毛沢東時代と同じである。中国では習近平主席が国家目標をこれと定めれば、かならずそれは達成され、党中央と習近平主席の正しい指導を称賛することになるだろう。
                     (2024・03・30)