2017.05.22  大使館のエルサレム移転、入植地新規建設を支持するな
  ―トランプのイスラエル、パレスチナ訪問

坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

トランプ米大統領は、22,23両日、イスラエルとパレスチナを訪問、ネタニヤフ・イスラエル首相、アッバス・パレスチナ自治政府議長と会談する。

トランプの訪問に先立って、トランプの親しい友人で、トランプ人事で真っ先に駐イスラエル大使に任命された、ユダヤ系アメリカ人のダヴィッド・フリードマンが15日テルアビブの米大使館に赴任した。彼は、極め付きの親イスラエル派の破産処理専門の弁護士。かねてから、パレスチナ紛争解決のため米国を含め国際社会が堅持してきた、イスラエル・パレスチナ2国家による解決方式を否定し、イスラエル一国による全パレスチナ支配を主張してきた。フリードマンはすぐテルアビブからエルサレムに向かい、ユダヤ教徒の最重要な聖地である西壁(嘆きの壁)で祈祷した。

トランプは選挙中、米大使館のテルアビブからエルサレムへの移転を選挙公約として発言、ユダヤ系保守派の喝采を浴びたが、就任後、訪米したネタニヤフ首相には大使館の移転を公言せず、その代わりのように、米国が公式には堅持してきたイスラエル・パレスチナ2国家による解決方式にはこだわらないと表明した。それは、パレスチナをユダヤ人国家、アラブ人国家に2分割し、エルサレムはどちらにも属さない国際管理都市とすることを1947年に国連総会が決定し、世界各国が尊重してきたパレスチナ紛争解決方式を否定する発言だった。
48年のイスラエル独立、第1次戦争の後、67年の第3次戦争でイスラエルは東エルサレム、ヨルダン川西岸地区、ガザのほぼパレスチナ全土を占領、東エルサレムを一方的に併合し、西エルサレムと一体化して首都宣言した。しかし80年代から、イスラエル占領からの解放を目指すパレスチナ人の抵抗闘争が高まり、93年にラビン・イスラル首相とアラファト・パレスチナ解放機構(PLO)議長がワシントンで「パレスチナ暫定自治協定」に調印、イスラエルは67年戦争占領地から順次撤退することとなり、パレスチナ人の自治政府が発足した。しかしその後も、占領地のいたるところに軍に守られたユダヤ人入植地が建設され、ヨルダン川西岸地区、東エルサレムはひどい虫食い状態になっていった。
さらに95年、イスラエルでラビン首相がユダヤ教過激派の青年に暗殺され、09年に強硬な右派のネタニヤフが首相に就任、自治地域と入植地やイスラエル領との間に高い壁を築いていった。

トランプ就任後の今年3月30日、イスラエル閣議は、東エルサレムに計2000棟の住宅建設を決定した。トランプ当選直後にネタニヤフ首相が決めた、5500戸の建設計画の一部だ。大規模な住宅地建設としては、約20年ぶりとなる。このイスラエルの入植地での建設計画について、国連安保理は昨年12月、ヨルダン川西岸地区と東エルサレムでの新規入植地建設は違法だとする決議を採択している(米国は棄権)。
トランプは、安倍首相に続いて訪米したネタニヤフに、2国間解決方式にこだわらないと表明、ネタニヤフを喜ばせたが、新入植地建設にはブレーキをかけるような発言をしたと伝えられた。ネタニヤフは、トランプ発言を無視したか、トランプの真意を承知していたのだ。今回のイスラエル訪問に、トランプはどんな土産を持っていくのだろうか。国際社会が一致して拒否してきた東エルサレムの領土化、首都宣言を米国が承認することになる大使館移転は、絶対に許せない。
2017.05.19  習近平は北朝鮮の核ミサイル問題を解決できるか
 ――八ヶ岳山麓から(222)――

阿部治平(もと高校教師)

いいかげんな歴史認識
4月の米中会談のおり習近平中国主席はトランプ米大統領に、中国と韓国(コリア)の歴史について、「コリアは実は中国の一部だったことがある」と語ったと伝えられた(ウォールストリート・ジャーナル、2017・04・12)。
私はこれには驚いた。もちろん韓国の民間は色めき立ち、政府も反発した。だが米中両国政府とも習発言をはっきり否定しなかった。中国外交部報道官にいたっては、「韓国人はこれを心配する必要はない」という人を食った発言をした。私は、これを習発言が実際にあったことを示すものと受け取った。
漢王朝が紀元前後、朝鮮半島北半分を楽浪郡・帯方郡として支配したことはある。だが1259年モンゴルが高麗を征服し、20世紀初頭から1945年まで日本が植民地にしたほかに、朝鮮半島がまるごと外国の直轄領になった歴史はない。朝鮮王朝は、ベトナム・ビルマ・琉球などとともに明清王朝の冊封体制下にあったが、実際には独立していた。たぶん習近平は青春時代が文化大革命期に当り勉強する時間がなくて、ペキンの横町の老百姓(庶民)レベルの朝鮮認識しか持てなかったのである。
だが習発言は今日彼が考えているよりは、はるかに大きな重みをもっている。いいかげんな知識で朝鮮民族を見下してしまったのだから。

核心的利益はゆずらない
習近平の「中国の『核心的利益』を断固守る」という路線は、トランプの「アメリカ・ファースト」と一脈通じるものがある。習近平の「夢」はアジア、ひいては世界における覇者、アメリカと覇権を分かち合える国家であり、トランプは白人中心の強いアメリカの再構築である。
米中首脳会談においては、北朝鮮の核・ミサイル対策で「金王朝に最大限の圧力をかけるが、現体制はつぶさない」という方針で、習近平とトランプとは一致した。そこで習近平は北の核・ミサイル廃棄を請け負い、トランプはただちに貿易問題で譲歩し、中国を為替操作国とするのを中止した。
とはいえ、米中間には思惑において大きな違いがある。アメリカは、本心では北の体制崩壊を望むが、中国は本気で朝鮮労働党の一党体制を守ろうとしている。
その理由は、北の体制崩壊はただちに中国共産党の一党支配体制の危機をもたらすからである。北の金氏支配体制は中国にとって「核心的利益」である。
だから、人民日報の国際版環球時報「社評」は、アメリカが武力介入して北朝鮮の体制を崩壊させ、金氏王朝をつぶすことには反対して「米韓両軍が38度線を越えて北朝鮮に軍事進攻した場合は、中国はすぐに必要な軍事介入を行うべし」と主張した(環球時報2017・4・22)。ここが重要だと思う。
中国が北の核・ミサイル廃棄を求めるのは、北朝鮮の核保有によって、核不拡散条約NPTで保障された中国の核保有大国としての地位があやうくなり、同時に中朝両国が「血盟」関係からじょじょに敵対的に変化したいま、北の核とミサイルの開発は中国にとっても脅威となるからである。
過去、北の核実験は中朝国境から70キロという場所で行われ、核実験による地震で中国側の住民が逃げ出すという事態があった。そのうえずさんな核管理による放射能汚染も懸念材料である。
中国は韓国に対しても、その軍事力強化が中国の「核心的利益」の脅威になると判断すれば、友好関係という外衣をさっぱりと投げ捨て、断然強硬な対抗手段にでる。朴槿恵政権がアメリカのTHAADミサイル導入を容認すると、ただちに韓国からの輸入規制をおこない、韓流を排除し韓国への観光旅行を停止した。さらにはロッテグループがTHAAD配備用地を提供したことから、ロッテの菓子類への規制を強化し、老百姓にロッテ・ボイコットをやらせている。
こうして中韓蜜月時代は簡単に終った。このほど韓国大統領に就任した文在寅がTHAADミサイル維持やむなしとしたら、中韓関係のさらなる悪化は目に見えている。

南北分断こそ
朝鮮半島大衆の願いに反して、中国は南北統一を望まない。なぜか。
かりに北朝鮮主導で統一国家ができたとき、核と大陸間弾道ミサイルをもつうえに韓国の経済力をそなえた国家ができあがる。南主導ならば、鴨緑江・図們(豆満)江国境の中国の弱い腹部に、やがては中国よりは生活水準の高い民衆と民主主義政治の影響がおよぶだろう。
南北いずれの主導にせよ、統一国家は容易に中国のいうことを聞かない、完全な自立国家になるはずだ。そのうえ中国国内には、延辺朝鮮族自治州あたりを中心に統一朝鮮との統合を要求する動きが必ず生まれる。それは必然的に中国国内の他の少数民族運動を激励する。
だから中国にとっては、南北分断状態が好ましい。金氏一党支配のまま、緩衝国として北朝鮮を存続させ、中国主導で北の核を取り除いて骨抜きにし、北に改革開放路線をとらせられれば理想的である。

交渉相手をバカにしては
中国包囲網を築こうとした安倍政権の努力空しく、東アジアでの中国の急速な台頭とアメリカの覇権後退は否定のしようがない。だが中国がこの勢いで北の核・ミサイル廃棄をなしとげることができるだろうか。
中国首脳の意を受けた環球時報「社評」は、北朝鮮に対して「核とミサイル開発の一時停止から核の廃棄に進み対外開放の道を選ぶならば、中国が現体制を維持してやる」という論調で一貫している。
これだけでも北にとっては屈辱的なのに、中国はアメリカに尻を叩かれて「いうことを聞かないと食料や石油など戦略物資の貿易を制限し、経済の命脈を止めるぞ」と締上げる。
中国はこのように、朝鮮半島の両国とりわけ北朝鮮にたいしてほとんど外交儀礼を無視した威圧的言論を展開してきた。北が中国を名指しで非難し、「裏切り者」呼ばわりするのは自然のなりゆきである。5月14日中国が新たな世界秩序を構築しようとする「一帯一路」首脳会議開会の朝、金正恩がミサイルをぶっ放したのは、強烈な憤懣を爆発させたものである。
北朝鮮が求めているのは、中国の庇護ではない。完全な平等の中朝関係であり、アメリカとの直接対話であり、核兵器の保有が北朝鮮の絶対的独立を保証し、北が自由にふるまうことを国際社会が認めることである。
いままで内政の混乱から発言できなかった韓国も、これからは南北問題の当事者としてふるまうだろう。文在寅は蚊帳の外に置かれるのに甘んじることなく、米中露といった大国による問題解決を極力避け、主体的に北との直接交渉を追求するだろう。

いばらの道
中国は一時の成功によって自らを覇者と思いこみ、あまりに朝鮮民族の誇りを傷つけるふるまいにでた。裏ではどんな取引がされているかわからないが、表に出た限りでは、中国は北の反発によっていまや騎虎の勢い、降りるに降りられない状況に陥っているのではないか。
「金正恩は被害妄想だ」という米国連大使の発言があったが、アメリカの外交官がこんなことを言っているうちは何も生まれない。北朝鮮はせっせと核弾頭搭載の大陸間弾道ミサイルの完成に精を出すだろう。そしてまた我々を震撼させるのである。
以前にも触れたが、中国が手を焼いているいま、結局はアメリカが北朝鮮に歩み寄って、韓国とともに北朝鮮と直接対話し、「核・ミサイル」と「米軍の朝鮮半島からの撤退」を材料に交渉することのほか道はないとおもう。それを軽佻浮薄のトランプ大統領のアメリカにできるか、これがまた大きな疑問である。
2017.05.15  トランプ大統領の“迷走・暴走”続く
  FBI長官解任に「ロシアゲート」の見出しも

伊藤力司 (ジャーナリスト)

就任後4カ月目に入ったドナルド・トランプ米大統領。この間支持率はずっと40%台と戦後の歴代大統領中の最低を記録中だが、5月9日突如としてFBI(連邦捜査局)のジェームス・コミ―長官を解任したことで「第2のウォーターゲート事件」として、メディアから「ロシアゲート」と呼ばれる騒ぎになっている。

FBIと言えば「泣く子も黙る」アメリカきっての捜査機関で、司法省に属しながら連邦法違反事件に対する捜査や公安情報の収集などを行う。アメリカでは一般犯罪を捜査するのは各州の警察で、FBIはその名の通り連邦事案を扱う。行政的には連邦政府の一環だが、汚職事件を扱うこともあって、政府からの独立性が高い機関である。

トランプ大統領がコミー長官を解任した理由は当初、ロッド・ローゼンスタイン司法副長官から「コミー氏を解任すべきだ」との要請書簡が寄せられたからだと説明された。解任すべき理由は、昨年の大統領選挙の過程で民主党ヒラリー・クリントン候補が国務長官時代に私用の電子メールを公用にも使った件を、法律違反として立件するかどうかの処理が適正でなかったからだと説明された。

昨年7月2日、FBIはクリントン氏を私用メール問題で任意の事情聴取を行ったが同5日、コミー長官はこの問題でクリントン氏の訴追を求めないと発表。ところが大統領選投票日の僅か11日前の10月28日、コミー長官は新しい材料が出たためこの問題の捜査を再開すると発表した。しかし投票日の2日前の11月6日、同長官は刑事訴追を見送る方針に変更なしと表明した。

投票日直前のFBIによる捜査再開発言は、明らかにクリントン候補を不利にする材料だった。クリントン氏はつい最近、「投票日が10月27日だったら(つまりFBIの捜査再開が発表される前日だったら)、私が勝っていたのに…」と発言したほどだ。誰が見てもコミー長官の10月28日発言はトランプ氏側有利に働いたのだ。コミー氏のメール問題処理が適正でなかった、というローゼンスタイン副長官の言い分には誰も納得できない。

だから「コミー解任」を報じた米国の主要メディアが一斉に報じたのは、解任理由がメール問題の処理ではなくて、コミー長官以下FBIが熱心に取り組んできたロシアによる米大統領選挙介入疑惑の捜査を止めようとするトランプ政権の思惑であった。コミー長官が3月の下院情報特別委員会の公聴会で、大統領選挙でトランプ陣営を勝たそうとしたロシアの介入疑惑を巡って、トランプ氏周辺とロシアの共謀疑惑を捜査していると証言したことに、トランプ氏が激怒していたことが政治専門サイト「ポリティコ」で報じられていた。

1972年大統領選挙で再選を狙うニクソン大統領の共和党陣営が、民主党陣営の事務所が置かれたウォーターゲート・ビルに忍び込み、民主党の秘密書類などを盗んだ事件があった。このウォーターゲート事件を捜査するために任命された特別検察官アーチボルド・コックス氏をニクソン大統領が、1973年10月30日(土)に解任したのが有名な「土曜日の虐殺」。結局ニクソンは弾劾を逃れるため自ら辞任に追い込まれたが、米マスメディアはコミー解任をこれになぞらえ、一件を「ロシアゲート」と呼び始めた。

騒ぎが大きくなったのを鎮めようとしたのか、トランプ大統領は5月11日NBCテレビのインタビューに応じ、その中で解任前のコミー氏に「FBIが自分を捜査対象にしているか」を3回にわたって尋ね、3回とも捜査対象ではないとの回答を得たことを明らかにした。さらにトランプ氏は、FBIにロシア疑惑の捜査中止を求めたことは一度もないと主張した。

またコミー氏については「目立ちたがり屋でスタンドプレーをしたがるので、FBIは混乱していた」と批判して解任を正当化。コミー氏に解任を通告した9日の書簡では、ローゼンスタイン司法副長官の進言に沿って判断したと述べていたのに、このインタビューでは「進言に関係なく以前から解任するつもりだった」と説明を変えた。

アメリカの大手メディアは、保守系とされるFOXテレビやウォールストリート・ジャーナルを除けば、概してリベラル色が濃くトランプ保守政権に批判的だ。ほとんどの大手メディアはコミー解任劇をとらえて、ロシア・プーチン政権との関係改善を図ろうとするトランプ政権に批判的だ。折しも4年ぶりにワシントンを訪問したロシアのセルゲイ・ラブロフ外相とトランプ大統領、レックス・ティラーソン国務長官が会談したのが5月8日、コミー解任の前日だった。

2014年2月アメリカが陰に陽に後押ししたウクライナ政変で親露ヤヌコビッチ政権が倒されてウクライナ内戦が勃発。ウクライナ領クリミア半島では同年3月、親ロシア派住民が主導した住民投票でロシアへの編入が承認され、ロシア領となった。米欧はこれに怒ってロシアに対する制裁を発動、G8グループからロシアを外した。ロシアと米欧は冷戦時代に逆戻りしたかと思わせる「冷たい」関係になった。

トランプ大統領はロシアのプーチン大統領と気が合うらしく、トランプ氏は大統領選挙戦中から一貫して「プーチン大統領との和解・協力」を主張、イスラム過激派テロの元凶たる「イスラム国(IS)」を撃滅するのにロシアと協力すべきだと訴えていた。プーチン大統領も、トランプ氏が共和党の大統領候補に決まるずっと前の2015年12月の段階で「トランプ氏は傑出した人物で米国大統領にふさわしい」と公言していた。

トランプ大統領が最重要閣僚である国務長官に、プーチン氏と「昵懇の仲」と言われるティラーソン氏(エクソン・モービル石油会長)を任命したことでも“米ロ蜜月時代”の幕開けを予測させた。しかしヒラリー氏に代表される民主党や大手メディアは“プーチン・トランプ蜜月”に対する警戒心と敵意を持ち続けている。

さらに言えば、民主党と大手メディアの背後にはアメリカの「既成勢力(establishment)」である「軍産複合体」と「ウォール街」が厳然と根を下ろしている。「アメリカ・ファースト」を旗印に、メディアとの戦いも辞さないトランプ大統領の“迷走・暴走”は、今後も世界を騒がさせることになろう。
2017.05.12  中国人在外研究者の逮捕と釈放について思うこと
  ――八ヶ岳山麓から(221)――

阿部治平(もと高校教師)

5月2日毎日新聞に、シリアで行方不明になっている、ジャーナリスト安田純平氏救出の努力を日本政府に求める記事があった。
「安田純平さん(43)を覚えているだろうか。2015年、シリアで行方不明となり、反政府勢力『シリア征服戦線(旧ヌスラ戦線)』に拘束されたとみられるジャーナリストだ。……このまま解決しない日々を重ねていくのか」(藤原章生記者)という。
いま日本人4人が中国当局にスパイ容疑で捕まっている。逮捕後、この人々のニュースはまったくなくなった。訪中する国会議員はいくらでもいるが、中国側に釈放を求めたという話は聞かない。国会でも問題にされない。私が中国滞在中に、英国政府が同国人の死刑執行に抗議したことがある。日本政府や国会は、抑留されている人たちのために釈放の努力をしているのだろうか。

これとは対照的なオーストラリア政府の事例がある。
今年4月2日早朝、中国に抑留されていたシドニー科学技術大学中国研究センター教授馮崇義が、シドニー空港に到着した。馮氏は中国籍であるがオーストラリア在住25年の現代中国研究者である。
彼は今年3月4日中国へ一時帰国して、中国人権派弁護士らの活動状況と彼らの政治的要求などを調査していた。3月24日オーストラリアへ戻ろうとしたとき、広州飛行場で国家安全部(省)の天津市機関によって「国家の安全に危害を加えた」という容疑で出国を阻止された。
馮崇義が中国に「帰国」し、民主人権派の調査をしたと知ったときは驚いた。彼は中国生れ中国籍だから、「帰国」目的が親きょうだい、友人知人と久闊を叙するというのならばあたりまえの行動だ。だが習近平政権にとっては、どうしたって逮捕・投獄したくなるような人物である。たとえば、去年中国語で書かれた馮氏の「毛沢東思想の劇毒」という論文だが、そのさわりはこんな具合だ。

1917年の「ロシア十月革命」は、レーニンなどペテン師とゴロツキどもが「プロレタリアート」の名を借りて、第一次世界大戦の混乱に乗じて権力を奪い、ロシアを一党独裁の全体主義体制に陥れたものだ。
1949年の中国革命は、山賊が山を占領して王様になり悪事をはたらいた歴史のくりかえしであり、マルクス主義と共産主義というレッテルを貼り付けたものに過ぎない。
毛沢東支配の時代には、「土地改革運動」などにより数百万の地主富農と中華民国政府の下層の兵と官僚とをあの世に送った。思想改造・反右派と称する一連の運動、人民公社などを通して奴役と統制をやり、大躍進政策では4000万の人々を餓死させ、文化大革命では大衆を互いに闘争させて、永遠に取消すことができないほどの殺しあいに人々をに陥れた。
習近平政権は、資本主義をやりつつ、毛沢東流に権謀術数をもって政敵を追落し、外交においては強硬路線をしき、内政では思想の統制を図っている。
中国大衆はいまこそ、毛沢東とその思想の魔術から、60年余の暴力が愚民を洗脳したその厳重な束縛から、抜け出さなくてはならない。憲政への転換を実現することが現代中国の唯一の活路である(本欄「八ヶ岳山麓から(200)」参照)。

この彼が「帰国」して人権派活動家・弁護士ら大量逮捕事件の本人やその家族などに接触して調査をやるという挙に出た。弁護士大量逮捕事件は、中国では「709大抓捕案」という。2012年7月以来、北京を中心に天津・黒竜江・山東・福建などで民主人権派の活動家や弁護士が大量に逮捕、拷問された。
新華社通信などは、彼らを「組織が厳密で多数を結集し、分業が精密な犯罪者集団」「正義・公益を名目としているが社会秩序を乱し、人に言えないような目的を持った連中」といっている。「709大抓捕案」は習近平政権にとって「敏感な」問題で国際的に非難の対象になっている。
馮氏があえてその調査をやったのは、まるで「さあ捕まえてくれ」というのと同じである。その自覚がないならば、オーストラリアに25年住んで、中国当局に対する警戒心を喪失したとしかいいようがない。
もし、こうした人物を逮捕しなかったら中国の治安当局は怠慢を指弾されるだろう。

4月2日、シドニー空港に戻った馮氏に、オーストラリア放送の記者が事件経過を質問したが、彼は「中国出国時に公安当局にこの間のできごとを秘密にする書面に署名を要求された」から、「中国でどのように過ごしていたかは明らかにできない」と答えた。
私には、馮氏が長期拘留・起訴されず、10日足らずの取調べでオーストラリアに戻れたのは奇跡に思える。彼自身も「なぜ中国を出国できたかよくわからない」といいつつも、「おおかた国際的圧力があったからではないか」と憶測を述べた。
たしかに、国際的な中国問題研究者100人前後が心配して、3月30日連名で習近平国家主席と李克強総理に手紙を送り、馮崇義のオーストラリアへの出国を取計らうよう求めた。だが、民間からの陳情など中国治安当局にとっては痛くもかゆくもないから、圧力にはならない。

だが、馮氏のいう「国際的圧力」はつづくニュースでわかった。
馮氏がシドニー空港に到着するとすぐに、オーストラリア外交貿易省は「オーストラリア政府は馮崇義が戻ることができたというニュースを歓迎する」という声明を発表したのである。
思うに、オーストラリア外交当局は馮氏が捕まった事実に「関心」を持ち、中国に「善処」を要求していた。そして中国はオーストラリアとの外交的関係を考慮して、馮氏釈放を決めたのである。オーストラリア政府はたとえ国籍が中国であろうとも、オーストラリアで仕事をしてきた人物を保護しようとしたのである。

日本にも在日中国人が「帰国」して逮捕され、長期にわたって拘束された事件がある。もう4年ほど前になるが、2013年5月日本の中国語紙『新華時報』編集長蘇霊氏が北京市出張中に消息を絶った。
同年7月やはり東洋学園大学教授朱建栄氏が、会議出席のため上海に向かったまま行方不明になった。朱氏の消息は、翌2014年1月に勤務先の大学が釈放を明らかにするまで7ヶ月間わからなかった。朱氏はもっぱら中国政府寄りの発言をしてきた人物だから、私にとってはまったく意外だった。日本では朱氏の二重スパイを疑うひとがいたが、真相は不明である。
2014年3月にも神戸大学教授王柯氏が、福建省泉州市で現地調査中に公安当局に逮捕され、18日間拘束されたのち釈放された。彼は中国新疆出身の漢人で、『東トルキスタン共和国の研究』で知られた人物である。拘留理由は調査の仕方が不適切だったということらしかったが、本当のところはわからない。
蘇霊、朱建栄、王柯の抑留のとき、日本政府はオーストラリア外務省のように、何か強力な外交圧力を中国側に加えただろうか。是非、知りたいものである。いまスパイ容疑で長期に捕えられている4人の日本人の安否は、どうなっているのだ。

一連の長期抑留事件があらためて示したものはもはや明らかであろう。中国に関して微妙な政治問題に関して発言をしたり、中国での立ち居振る舞いが当局に怪しいとにらまれれば、反政府の言動があろうとなかろうと、逮捕され長期に抑留される危険があるのである。
国際的な法感覚では不当逮捕である。こうしたとき、日本人だけでなく、在日外国人も日本政府の外交的配慮をあてにすることができるだろうか。どうも疑わしい。――諸兄姉、よくよく用心めされよ。
2017.05.11  文在寅(ムン・ジェイン)政権の幕開け
   韓国通信NO524

小原 紘 (個人新聞「韓国通信」発行人)

5月9日に行われた韓国大統領選挙で、民主党の文在寅(ムン・ジェイン)氏が国民党の安哲秀(アンチョルス)、自由韓国党の洪準杓(ホン・ジョンピョ)、正しい党の劉承旼(ユ・スンミン)、正義党の沈相奵(シム・サンジョン)らを抑えて当選を果たした。前回の大統領選では朴槿恵候補に僅差得票率3%で惜敗したが、今回は予想通りの圧勝だった。
今回の大統領選挙はこれまでの保守と革新という対決構造と様変わり、前回選挙では文在寅候補一本化のために立候補を辞退した安哲秀氏が立候補、さらに左派の正義党沈相奵候補が立候補し、ともに善戦した。選挙戦の後半に入り、保守派が巻き返し、自由韓国党の洪準杓候補の追い上げが注目されたが、結果は野党陣営による選挙戦だった。
 朴槿恵前大統領が任期半ばで罷免された異常事態のもとでは、与党セヌリ党系候補者の当選はおぼつかないばかりか、政党としての存在すら危ぶまれていた。事実、与党セヌリ党は分裂、党名を自由韓国党に変更。一部は朴槿恵大統領の不人気を嫌って新政党「正しい政党」を結成した。今回の選挙は何といっても「ろうそくデモ」で示された民意―「国民のための政治」「政治の主人公は国民」―がどれだけ選挙に反映されるかという点に尽きた。前大統領批判派(ろうそく派)が三人も立候補するという「ぜいたく」な構図はこれまで見たことはない。

<北朝鮮との緊張が高まる中で>
  5人の有力候補たちによるテレビ討論会は3回開かれ、福祉問題、教育問題など身近な問題について長時間にわたる熱心な議論が行われた。しかし「ろうそくデモ」で提起された数々の内政問題に関する議論はやや後方に押しやられた印象が強い。北朝鮮との緊張が高まり、安全保障問題が前面に現れたように見えた。しかし「ろうそく」の火は消えていなかった。80%近い投票率の高さに示されたように、「積弊清算」、これまでの韓国社会に積もり積もった弊害を清算するという文候補の訴えを国民は支持した。
北朝鮮に対する強硬な米国トランプ大統領の発言によって日本では戦争に対する不安と動揺が広がったが、韓国民は浮足立つことなく、冷静に未来を選択した。

<戦争か話し合いか>
わが国ではあまり知られていないが、2014年に5名の国会議員を擁する「統合進歩党」が「親北」政党と判断され、強制解散させられる事件があった。北朝鮮との融和をはかるという主張が「親北」「従北」、つまり「アカ」と見なされた。朴正熙軍事政権以来の「反北」「反共」の伝統は李明博、朴槿恵政権に引き継がれ、今でも根強い反共主義が国民のなかに根を下ろしているのは事実だが、北朝鮮との融和をすすめた金大中、廬武鉉政権をへた韓国社会で北との融和を主張しただけで公党が解散させられたのは信じ難いことだった。それが朴槿恵政権下で起きた。
大統領選のさなか、北朝鮮との緊張が高まり、野党候補、特に文在寅候補に「親北」「従北」というレッテルを貼り、旧ハンナラ党勢力が攻撃をしかけた。韓国の有力紙も文在寅候補の「危険」さを指摘した。故廬武鉉大統領の側近だった文在寅氏が「戦争回避のために北との話し合い」を主張したことが「親北」とみなされた。わが国の新聞・テレビも文候補に対して「親北」「従北」、つまり北朝鮮とつながっていると文候補を紹介した。
北朝鮮の恐怖を煽れば支持が得られるという政治風土の中で「親北」とそし誹られながら文在寅氏が当選した意味は大きい。一時、文在寅氏を凌ぐ評価を得ながら、安哲秀候補は北朝鮮問題でつまずいた。学者、清新、知性、クリーンなイメージで評価の高かった彼が、文候補との差別化を図り、保守層の支持を得るために北朝鮮に対して、やや「強硬」な発言をしたためそれが裏目に出て支持離れを起こしてしまった。
北朝鮮と対決するのではなく、「会話」を求める文在寅氏を選んだことは、北との共存をはかり戦争を回避する賢明な選択だった。

<私たちは韓国国民の選択に敬意を表すべき>
 トランプ大統領が新大統領にどのような評価をするかは不明だが、安倍政権の衝撃度は計り知れない。日米韓の軍事協力による北朝鮮包囲という目論見は変更を余儀なくされる。国会で過半数をもたない与党民主党であるため新大統領の国政運営は困難が予想されるが、安哲秀氏はもともと文在寅の盟友だった人物である。文在寅も安哲秀も「ろうそくデモ」を背景に大統領選挙に出馬してともに闘った。政治は国会議員の数だけで動くものではない。ろうそくデモが示した広範な民意がある。韓国は間違いなく「新時代」を迎える。
 ろうそくデモという前代未聞の「市民革命」は現在も進行中だ。財閥や検察の横暴、所得格差の是正、そのための不公平税制の改革、教育制度の改革、福祉の充実にたいする国民の期待は大きい。「国民こそ国の主人公」(憲法第1条1項)という原則にもとづく民主的な改革が進められていくはずだ。選挙の翌日には早くも大統領に就任した。新政府の動向は敬意をもって見守っていく必要がある。当面する日韓関係の懸案2015年12月の従軍慰安婦問題の日韓合意について私たちは謙虚に当事者と韓国国民の声を聞く必要がある。「政府間合意の履行をあくまでも求める」と繰り返すばかりでは韓国との相互理解は生まれない。
アメリカのTHAADミサイル(終末高高度防衛ミサイル)の設置についても前政権がアメリカと合意したが、民意は反対だ。新大統領の決断は予断を許さないが、対米関係についても「積年」の韓米関係は見直されるはずだ。つまり国内の政治経済の改革に加えて外交もこれまでと違った独自の路線が予想される。半島有事に備えて米軍空母カールビンソンに付き従う日本とは違う方向を模索するはずだ。韓国新政権の発足は隣国日本にとっても内政、日米韓の関係を考えるうえで学ぶべき点が多い。新時代の到来を告げるものとして評価したい。
2017.05.09  フランス共和国最年少のマクロン大統領が誕生
  極右ルペン候補も34%、1千万票以上を獲得

伊藤力司 (ジャーナリスト)

政治的関心のあるフランス人を除けば、1年前は世界でほとんど無名だったエマニュエル・マクロン氏(前経済・産業・デジタル相)(39)が、欧州の大国フランスの大統領に就任する。19世紀半ば、当時のナポレオン3世(40)が最も若いフランス共和国の国家元首に就任した記録をマクロン氏が更新するのだ。

5月7日に行われたフランス大統領選挙決選投票で、中道無党派のマクロン候補が得票率74・62%を収め、極右「国民戦線」のマリーヌ・ルペン候補(同33・94%)に対して圧勝した。2週間前の4月23日に行われた第1回投票の結果、マクロン、ルペン両候補が決選投票に勝ち残ってから、大方の世論調査や観測筋は決選投票でのマクロン候補の勝利を予測していた。そういう意味ではサプライズなき選挙結果であった。

問題は、昨年6月の英国のEU(欧州共同体)離脱の是非を問う国民投票で離脱派が僅差ではあったが勝利、ポピュリズム(大衆迎合主義)の流れがエリート支配層への反乱を促す世界的潮流が進んだことである。昨年11月のアメリカ大統領選挙でも、事前の世論調査や識者の予測に反して「アメリカ・ファースト」を前面に打ち出したドナルド・トランプ氏がポピュリズムの流れを受けて当選した。

ドイツと並んでEUの中核を成しているランスでも「フランス・ファースト」を打ち出すルペン氏の「国民戦線」が、経済のグローバル化とともに貧困化しつつある中間層の支援を受けて力を増しつつある。今から15年前の2002年の大統領選挙で、マリーヌ氏の父親で国民戦線創始者のジャンマリ・ルペン氏がジャック・シラク氏との決選投票に当たり、わずか13%の得票率しか取れず惨敗したのに比べると、マリーヌ氏は投票者の3割以上、1000万人以上の有権者の支持を集めたことを無視することはできない。

◆問題はマクロン氏や彼を支持したフランス国民の多数派は、フランスの将来もフランス国民の未来もEU、つまり欧州の統合を進めることを抜きにしては語れないと考えていることだ。フランスにとって欧州統合の第1のパートナーであるドイツとの盟友関係を抜きにしては、フランスの生き残りは考えられない。フランスのEU離脱を主張したルペン候補が敗退して、EU統合の深化を訴えたマクロン候補の勝利を誰よりも喜んだメルケル・ドイツ首相は早速マクロン氏に電話、マクロン氏が選挙戦で欧州統合を推進する立場を明らかにしたことを高く評価し「一緒に働くことを楽しみにしている」と伝えた。

またガブリエル・ドイツ外相はマクロン当確の報を受けて声明を発表「マクロン氏はナショナリストやポピュリストといったヨーロッパ統合に反対する人たちに抵抗できることを示した」とマクロン氏の勝利を祝福。同外相はさらに「マクロン氏の勝利でドイツにも責任が生じる。マクロン大統領が成功しなければ、5年後にはルペン氏が大統領に選ばれることになりかねないからだ」と述べ、ドイツもマクロン氏の経済改革を支援する考えを示した。

英国のEU離脱決定でEUの欧州統合の方針は揺さぶられたが、英国はもともと自分たち「大英帝国」の後身であって、大陸ヨーロッパには「一目置かれる存在だ」という意識が濃厚だ。そうした意識が目に見えないながら英国のEU離脱決定の背後にあったことは否定できない。しかしフランスとドイツは19世紀以来、普仏戦争、第1次世界大戦、第2次世界大戦と、3度にわたる血で血を洗って殺し合った戦争を繰り返したことを反省して、2度と独仏が殺し合いをしないことを誓い合ったEUの盟友どうしである。

2017年代のヨーロッパは、過去の中東アフリカ圏・植民地支配の後遺症の一環であるイスラム過激派テロにおびえながら、それでもイスラム圏からの亡命者の入国を受け入れるべきだとの理性的判断を示している。しかしフランスの国民戦線ルペン氏だけでなく、オーストリア、オランダ、ドイツなどの極右政党がイスラム系移民を排除すべきだと運動を展開して党勢を徐々に高めていることも事実だ。こうした右翼的潮流を、ヨーロッパの大国であるフランスが取りあえず防ぎとめたことは、大いに評価すべきであろう。
2017.05.08  困ったもんだなあ、これじゃ子供のけんかじゃないか
  ――八ヶ岳山麓から(220)――

阿部治平(もと高校教師)

総理安倍晋三は、5月1日民進党の一部・日本維新の会なども加わる超党派の「新憲法制定議員同盟」の集会で、「機は熟した」として現行憲法発効70周年の「この節目の年に、必ずや歴史的な1歩を踏み出す」「憲法を不磨の大典だと考える国民は非常に少数になってきた」と演説した。
憲法記念日の5月3日には、憲法改正を訴える会合にビデオ・メッセージを寄せ「(東京オリンピックの)2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」と、改憲実現の時期を区切る新しい提案をした。先に本欄で広原盛明氏が論じたように、自民党の改憲案とは異なり、憲法9条は戦争放棄などの条文を残し、それに自衛隊の存在を追加している。
手のこんだ提案である。いったい戦争放棄条項と自衛隊明記とはどう整合するのか。オリンピックと改憲とどんな関係があるか。――どうも、これは「知恵者」がついていますね。

4月末には自衛艦は朝鮮半島をめざす米空母カール・ビンソンと共同訓練をした。稲田朋美防衛相は安保関連法にもとづいて、自衛隊に米軍艦船を防衛する「武器等防護」を命令し、5月1日海自のヘリコプター搭載型護衛艦は太平洋上を航行するアメリカの補給艦を護衛した。
さらに政府は攻撃型巡航ミサイルの将来的な導入に向けた本格的検討に入った。北朝鮮のミサイルの脅威が新たな段階に至ったとして、発射拠点をミサイルにより破壊する「敵基地攻撃能力」の保有をめざすとのことである(信濃毎日2017・5・6)。――テキはいよいよ機に乗じて来ました。
朝鮮半島の緊張を機に、アメリカとそれに従属する日本の支配者が日本の内政を軍国主義復活の方向に大きく変えるのは、いまに始まったことではない。1950年6月に朝鮮戦争が始まるとアメリカ占領軍GHQ最高司令官マッカーサーはときの首相吉田茂に警察予備隊の設置を指示した。それが保安隊となり54年には自衛隊となった。

半澤健市氏が論じたように、いま安倍政権は巧妙なシンボル操作によって朝鮮半島の緊張をことさらに演出し、改憲に有利な情勢を作り出し、日本国民をこの状況に「自発的」に参加させようとしている。
4月初め、在韓日本大使館は韓国滞在の日本人に対し大使館ホームページを通して「半島情勢」に注意を促した。さきのミサイル発射実験の直後には、内閣官房が日本国民に対しミサイル落下対策を教示した。
屋外にいる者はすばやく近所の頑丈な建物や地下街などに逃げよ、屋内にいる者は窓から離れ、窓のない部屋へ移動せよ、というものだった。私は戦前信濃毎日新聞主筆だった桐生悠々が1933年8月に書いた「関東防空大演習を嗤ふ」を思い出して、ひとり笑ってしまった。
日本に向けた北のミサイル発射が本当に差し迫っているのか。その根拠は何か。そうだとしても、こんなものが対策になるのか。はたしてこれをまじめに受け取る国民がいるのか。

――いや、いるんだよなあ、これが。
先月29日早朝、北朝鮮のミサイル発射のニュースが発表されるや、新幹線の一部と東京の地下鉄東京メトロが全線で地下鉄を一時停止するという「事件」があった。このときテレビは道行く人の「北朝鮮は怖い」という声をことさらに取上げた。さらに彼らは北の核実験とミサイル発射のXデーなるものを設定している。今度は5月9日だそうだ。
こうした日本人の「過剰反応」を、北の危険にもろにさらされているはずの韓国の世論が笑っている。――こんな滑稽な国がほかにあるかね?
いやいや、安倍極右政権にとっては多少みっともなくても、緊張を高め世論を右へ誘導できるのだから、これはこれでいいのである。

朝鮮半島の緊張を利用するのは、日本保守的支配者だけではない。韓国では国政選挙のたびに北朝鮮脅威論が昂揚し、対米従属の保守派はたいていこれによって勝利してきた。北朝鮮の軍事力強化とそれに伴う緊張が、国の安全保障の次元を越えて保守派に政治的に利用されていること、日本と同様である。
日本のメディアがとりあげるのは、米中と北朝鮮の核とミサイルの確執、北の「挑発」ばかりで、韓国大統領選挙の詳細な報道がないが、選挙結果は朝鮮半島情勢を大きく変えるかもしれない。
5人の候補のうち、革新派の文在寅(ムンジェイン)、中道と思われる安哲秀(アンチョルス)、保守系の旧与党洪準杓(ホンジュンピョ)が有力候補だが、世論調査では文在寅が最大支持を集めている。
これも半澤健市氏が触れているが、大統領の座にもっとも近い文在寅の対北戦略は、1998年から2008年まで北に融和的であった金大中・廬武鉉政権の「太陽政策」である。私の理解では、それは北朝鮮の軍事挑発には厳しく対抗するが、金氏政権を認め、これを併合しようとはせず、協調共存するというものである。
だから文在寅が当選したとき、韓国と北朝鮮との直接会話が行われる可能性がある。国連の制裁決議があるから幾多の曲折はあるだろうが、南北対立が緩和され、経済交流が回復すれば、韓国は中国に代って北朝鮮へ食料や石油などの戦略物資を「援助」あるいは輸出することができる。
そうなると北朝鮮は以前のように中国の援助を当てにして韓国を挑発することはできなくなる。緩衝地帯としての北朝鮮は維持されるから、THAAD(高高度防衛ミサイル)を撤去すれば中韓関係は好転する。そのかわりアメリカとの摩擦は避けられないし、安倍政権との関係では慰安婦問題は振出しに戻り、いまより悪化する。
この場合、文在寅の主たる敵は北朝鮮ではなく、対米従属を維持しようとする韓国財閥と右派保守政治家、および朝鮮の緊張状態によって経済的政治的果実を得てきたアメリカの産軍複合体と日本の保守勢力、ということになるだろう。

話はずれるが、先代の最高指導者金正日は、イラク戦争の教訓として、核・ミサイルが体制維持のために決定的に重要だと考えた。金正恩もアメリカによってリビアのカダフィ、エジプトのムバラクなど非核保有政権が打倒された現実を見ているから、核・ミサイルは現体制維持の唯一の保証だと堅く信じている。核を祖父金日成末期のように経済的取引の材料にすることはできない。
したがって現情勢下では、トランプに北の核処理を任された習近平がいくら北の現政権・現体制維持を保証するとなだめても、石油の輸出を停止するぞと脅しても、また日米韓が北に対する軍事的示威行動をやらかしても、それは北の核をどうとかする力にはなり得ない。金正恩が「我々は屈しない」と呼号するのは、カラ威張りや「挑発」だけではない。

かりに北の核とミサイル開発が一時中止されるとして、カール・ビンソン後の朝鮮半島の軍事的緊張をどう解きほぐすのか。
関係諸国、とりわけ韓国が本気でこれを解消しようとするなら、北の核・ミサイルの撤廃は、在韓米軍の撤退と抱き合わせで交渉を進める以外にない。最終的には1950年代以来の朝鮮戦争の休戦状態を終らせなければならない。このためには講和のための長い交渉が必要になるだろう。したがってさきの朴政権のように北と対決するのではなく、北との和解を目指す政権が韓国に生れなければ、この話は意味がない。
南北交渉は相当長引く。その間、北朝鮮の核はどうなるか。たぶん、核不拡散条約NPTに参加していない現核保有国インドとパキスタン、それにイスラエルに似た位置におかれざるをえない(だいたいNPTそのものが核保有大国エゴイズムのかたまりである)。それを金正恩は大勝利と宣伝するだろうが、それでも戦争をやるよりはずっとましだ。

時代の変り目は、もうすぐそこにきているのかもしれない。いたずらな挑発・扇動はたがいにやってはならない。ましてや「ハーメルンの笛吹き男」よろしく、国民を好戦国家へ導いてはならない。(2017・5・6 記)
2017.05.02 騒ぎ過ぎる日本/平和を模索する韓国
  韓国通信N0523

小原 紘 (個人新聞「韓国通信」発行人)

内閣官房 国民保護ポータルサイト
http://www.kokuminhogo.go.jp/shiryou/nkjalert.html
「ミサイルが発射されました 直ちに屋内に避難してください」

政府(内閣官房)は、北朝鮮のミサイルが日本領土・領内に落下する場合に備えて近くの建物等(できれば頑丈な建物や地下街等)に避難するよう注意を喚起している。
「備えあれば憂いなし」だが、北のミサイル発射の映像を繰り返し見せられ、ミサイルが今にも飛んできそうな不安にかられている人には拍子抜けするほど頼りない内容だ。どのような建物が頑丈なのか。地下街が無い地方はどうするのか。無力感に陥るばかりだ。
戦争のことを考えると気持ちが落ち着かない。何しろ、トランプと金正恩という最悪の組み合わせである。安倍首相の「はしゃぎぶり」も不安要素だ。

朝鮮戦争(1950~1953)では、東西冷戦のあおりを受けて北と南に分かれて同じ民族同士が戦った。今回は核保有国の北朝鮮に対して韓国、アメリカと日本が対峙する構図である。米軍基地がある日本も攻撃対象になると政府は見越して国民に警戒を促した。
ミサイルが飛んで来た時のまともな対策が立てられないのは、どのような戦争になるのか、日本が決められないからだ。最悪のシナリオは全面核戦争だが、そうなれば日本は廃墟となる。日本に住むすべての人の命がトランプ、金正恩の胸三寸にかかっている。こんな戦争ってあるのか。あきれるほど「無謀」な戦争だ。トランプ大統領から日本を「守ってやる」といわれ、その口車に乗って国を焦土にしていいはずはない。「平壌宣言」(2002年)で国交正常化の糸口が見えたのもつかの間、拉致問題で日朝関係は最悪の状態になった。しかし、戦争をする必要も理由も見当たらない。

日本に比べると韓国のマスコミは冷静だ。ハンギョレ新聞は社説で「日本の政府もマスコミも騒ぎ過ぎ」(4/22)と報じ、4月25日号では「『北風』に乗った安倍首相の支持率が上昇。北朝鮮の危機を煽り、森友学園事件のスキャンダルを封じ込めた」と報じた。冷静な「真実」報道ぶりだ。
韓国には「対北強硬派」と「融和派」の対立は根強い。今回の大統領選挙でも大きな争点となっている。しかし、二度と南北間の戦争は「あってはならない」という国民の意識は強い。
南北合わせて500万人以上の犠牲者を出し全土が廃墟となった。離散家族は1000万人を越した。朝鮮戦争の記憶と傷跡はいまだに癒されていない。再び戦うことになれば勝者も敗者もなく、半島が全滅することを韓国民は肌でわかっている。
韓国で「北朝鮮が好き」という人に会ったことはない。しかし「北朝鮮と仲良くすべき」と考える人は多い。日本には「仲良くすべき」と考える人は皆無に等しい。韓国では日本のように、「半島有事」などと軽々しく言わない。日本人は、南と北の対立を他人事のように考えている。朝鮮戦争の悲惨な歴史を知らないからだろう。

韓国の主要新聞は今回の事態について危機感をにじませながら、戦争に対して概して抑制的であり、むしろ隣国日本が戦争に「前のめり」になっているのを危惧する。
わが国の雰囲気はもはや「臨戦体制」。原発事故の処理と再稼働問題、辺野古の基地問題、森友学園の疑惑解明などは「大事」の前の「小事」扱いだ。「共謀罪」もやむなし。政府にとっては「神風」に似た「北風」が吹いたというハンギョレの指摘は正鵠を射たものと言える。
「北朝鮮の核保有、挑発行為は断じて許せない」と安倍首相がテレビで繰り返すと国民の支持が上がる。核廃絶の国連決議に日本が反対しても支持率は下がらない。
原爆被災国の日本が核廃絶を訴え、北朝鮮も含めて核兵器の全面廃棄を主張するならスジが通る。世界の恒久平和のために日本の憲法の理念を世界に広げる努力を怠り、平和憲法を投げ捨てて国際紛争の渦中に飛び込もうとすることが、直面する危機であり不安の原因なのだ。
<ミサイルが狙う原発 今こそ原発の廃止を>
北朝鮮との緊張が高まりを見せる中で、かつて読んだ小冊子を思いだした。原発が北朝鮮のミサイルの標的になったらどうなるのか。稼働中の原発はもちろん、行き場を失った大量の使用済み燃料が水素爆発を起こし大量の放射能が流出する危険を、小冊子は鋭く指摘した。
その小冊子とは、2007年に発表された論文『原発を並べて自衛戦争はできない』である。著者の小倉志郎氏は元原発技術者だ。原発事故が起きる4年前に北朝鮮と憲法と原発の関係について明らかにした。
結論から言うと「北朝鮮と戦争をするなら原発は持つべきではない」。原発が破壊されると日本は破滅する。上述した政府のミサイル対策には原発について何も触れていない。戦争をする国は原発を持つべきではないという氏の主張が現実味を帯び始めた。
これはわが国だけの問題ではないと気づき、著者の了解を得て2012年に韓国語に翻訳した。韓国の原発は現在25基。北朝鮮と戦争になれば原発によって韓国は「放射能の海」になる。日本にも被害は及ぶ。原発を抱えて戦争は「してはいけない」のは日本も韓国も同じだ。
<5月3日の憲法集会>
我孫子市では金子勝さんを講師に迎え、最近の世界情勢を踏まえ平和憲法の大切さを語ってもらう。2時半から市民プラザで。1時からは会場前の広場で金子兜太さんの「アベ政治は許さない」のプラカードを全国の仲間と連帯して掲げる。皆さんも一緒に声を上げませんか!
2017.04.25 5月7日の仏大統領選決選投票で39歳のマクロン氏当選へ
第1回投票で中道マクロン氏が極右ルペン氏をしのぐ

伊藤力司 (ジャーナリスト)

4月23日に行われたフランス大統領選挙第1回投票では50%以上の得票率を得た候補者はおらず、その結果得票率1位の中道派エマニュエル・マクロン氏(39)と2位の極右「国民戦線」の女性党首マリーヌ・ルペン氏(48)が5月7日の第2回投票(決選投票)で、雌雄を決することとなった。仏世論の動向からマクロン氏の当選の公算が高く、フランス共和国史上最も若い国家元首が誕生することになろう。

昨年6月の英国のEU(欧州共同体)離脱を問う国民投票で離脱派が僅差で勝利したこと、同11月のアメリカ大統領選挙で事前の世論調査では劣勢だったドナルド・トランプ氏が当選したことは、マスメディアが読み切れないポピュリズム(大衆迎合主義)の流れが現代を動かす風潮として注目を集めた。イスラム過激派のテロが頻発するフランスでも、反イスラムのポピュリズムの流れの中でイスラム移民に厳しい目を向ける「国民戦線」への同調ムードが高まっていると言われてきた。

また近年のグローバル化、ネオリベラリズム(新自由主義)の流れの中で、フランスでも従来型個人経営主体の農業、商業、工業が揺さぶられてきた。その結果世界的な傾向に準じて、フランスでも中産階級の貧困化が進んでいる。ヨーロッパの場合はグローバル化、合理化を進める中枢がブリュッセルのEU本部である。「国民戦線」はこうした大衆の反EU感情を搔き立てて、フランスのEU脱退を主張するに至った。ルペン氏は選挙公約もEU脱退を前面に掲げ、欧州統合の前進を主張するマクロン氏と全面対決した。

今回の大統領選には全部で11人が立候補したが、有力なのはマクロン氏(得票率23・75%)、ルペン氏(同21・53%)のほか中道右派のフランソワ・フィヨン元首相(63)(同19・91%)、急進左派のジャンリュック・メランション氏(65)(同19・64%)の4人であった。この中でEUに批判的なのがルペン氏とメランション氏。EUを盛り上げて欧州統合をさらに進めるべきだという立場を執ったのが、マクロン氏とフィヨン氏である。

決選投票でフィヨン氏の支持者がルペン氏に投票することは考えられず、マクロン氏に投票するのが自然の成り行きだ。メランション氏の支持者はEUに批判的だが思想的には左翼の人々であって、極右のルペン氏に投票することはあり得ない。このように分析すると、決選投票でマクロン氏がルペン氏に敗れることは考えられない。ただし投票率は第1回投票の78・27%より下回るかもしれない。

問題は決選投票でルペン氏がどの程度得票するかである。2002年の大統領選挙で、当時の「国民戦線」党首ジャンマリ・ルペン氏(マリーヌ・ルペン氏の実父)が、第1回投票で社会党候補を押さえて決戦投票に臨んだが、得票率13%台でジャック・シラク氏に惨敗した。以来15年を経てマリーヌ氏の率いる「国民戦線」はファシズム色を薄め、反ユダヤ右翼排外主義から「フランス第一」を叫ぶ国民政党に脱皮しようとしている。フランス国民はルペン氏の異議申し立てにどの程度反応するだろうか。

さてすい星のごとく登場したマクロン氏とはいかなる人物か。パリのリセ(高校)在学中にバカロレア(大学入試資格試験)で優秀な成績を収め、パリ第10大学で哲学を専攻。次いでエリート養成校として知られるパリ政治学院で修士号取得、さらに超エリートコースの国立行政学院に学んだ。2004年から国立会計検査院の検査官として勤務したが2008年にスカウトされてロスチャイルド系の銀行に転職、企業買収ビジネスで業績を挙げたという。

2006年からフランス社会党の党員になったが党の日常活動はほとんどせず、2007年の大統領選挙で社会党候補のセゴレーヌ・ロワイヤル氏(フランソワ・オランド現大統領の元夫人)の選挙運動に参画。2012年にオランド大統領が就任すると大統領府副事務総長に抜擢され、エリゼ宮(仏大統領府)で腕を振るった。2014年経済・工業・デジタル相に就任、年間5回に制限されていた百貨店の日曜営業を年間12回に緩和する通称「マクロン法」を成立させた。

彼は、16年4月「En Marche!(前進!)という政治運動団体を旗揚げ、これを基盤に17年大統領選出馬を表明した。この団体は社会党とは関係なく政党でもないとされる。しかし目指すところは左翼でも保守でもなく中道だとされる。未知数の多い大統領が登場することになりそうだが、欧州統合という合理主義を貫こうとする方向だけは確かなようだ。デカルトやパスカルを生んだフランスの合理主義がポピュリズムに勝ったと言えよう。

このマクロン氏は29歳の時、3児を抱えた24歳年上の女性、つまり自分の母親と同じほどの年齢の元高校時代の恩師をかき口説いて結婚したという情熱の人でもあるという。

2017.04.24 習近平はトランプの下請けに甘んじるのか ―正体が見えた「新しい大国関係」
新・管見中国(24)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 北朝鮮の太陽節(故金日成主席の生誕記念日・4月15日)に始まる1週間が無事に過ぎた。この間、世界はひょっとすると米がシリアに続いて、朝鮮半島でも武力を用いて北朝鮮の金正恩政権の打倒に踏み切るのではないか、と半ば真面目に心配し、緊張した日々を過ごした。
 15日当日は北朝鮮お得意の、というか、おなじみの軍事パレードが、特に招いたおよそ200人の外国メディア陣の前で繰り広げられ、新型の大陸間弾道弾(か、多分その模型)がお披露目された。
 そしてちょっと緊張したのが翌16日の早朝、北朝鮮が東部の新浦から弾道ミサイルを発射したという一報が流れた時であったが、これは発射直後に爆発してしまったために大騒ぎとはならずにすんだ。
 そしてこの日からアジア諸国歴訪を始めた米のペンス副大統領がまず韓国で、ついで日本で「北朝鮮の脅威」を強調し、米本国ではトランプ大統領が「戦略的忍耐は終わった」、「中国がやらなければ、米がやる」、「すべての選択肢はテーブルの上にある」・・・と、武力行使も辞せずの構えを繰り返して、緊張をあおった。
 一方の北朝鮮も相変わらず威勢よく、「どんな戦争でも、しかけられれば核戦争でも受けて立つ」、「これからも最高指導者の命令があれば、ミサイルも発射するし、核実験もする」と一歩も引かない姿勢をとり続けた。
 しかし、結局こともなく日は明け日は暮れて、今日に至っている。それはそうだろう。いくら北朝鮮のやれミサイルだ、やれ核実験だ、という騒ぎが目障りだとしても、そしてそれがだんだん本物の脅威に近づいてきたとしても、これまで直接、他国に損害を与えたわけではない。人1人殺したわけではない。相手がやってくれば反撃するというだけである。先にこちらから武力を使うわけにはいかない。
北朝鮮が騒ぐのはなんとかして米に自分を核保有国として認めさせ、それ相応の立場で米と国家関係を結びたいからである。だから自分の核を取り上げることを目的とする6か国協議などは真っ平ご免となる。この北朝鮮の言い分もまた天下周知のことである。経済力で韓国に大きく水をあけられた北朝鮮としては、なんとか韓国の頭越しに米との関係を構築して一矢報いたいという思いに凝り固まっているだろうことは、あの気位の高さから見れば容易に想像がつく。
とすれば、今回の「北の脅威」騒ぎもこれまでと同じパターンの繰り返しに終わるのだろうか。いやそうではない。私は新しい要素が加わったと考えている。そして、それはこれまでのパターンを変えることになるはずだ。
新しい要素とはなにか。それはほかでもない、中國が米の下請け業者になったことだ。今月6日と7日にフロリダで行われた米中首脳会談は事前に予測されたのとは随分違った形になったように見えた。事前には米の巨額の対中貿易赤字の解消策やら、南シナ海での中国の埋め立てによる基地建設とそれをけん制する米の「航行の自由作戦」などをめぐって、厄介な話し合いが行われると見られていた。トランプにとっても習近平にとっても、今度の首脳会談は容易ならぬものになるはずと私も考え、本欄にそれを書いた。
ところが実際には2日間で延べ7時間以上に及んだ首脳会談、しかもそのうち半分以上は両首脳のみによる会談であったというのに、中身となると双方の発表は何だかさっぱり要領をえないものだった。現にトランプは「なにも中身はなかった」とまで言った。確かに通商問題では「100日計画」を立てて、話し合いを始めることになったとはいうものの、何をどう話すかについては、双方の言い方はかみ合っていない。
そこで私は会談後、本欄で見通しの誤りをお詫びしたのだったが、結局、今回の会談の眼目は、「当面、北朝鮮は中国に任せる。米はそれを見守る。その間、両国間の懸案はひとまず休戦」という合意が成立したことだったのだ。4月20日の伊首相との会談後の会見でトランプは「中国は北朝鮮問題に懸命に取り組んでいる(trying very very hard)と確信している」と述べた。
米中会談前、トランプは「中国がやらない(北朝鮮を抑えない)なら米がやる」と繰り返していたから、習近平としては米に朝鮮半島で武力を使われては困る(難民の大量発生や戦後は半島全体が米の支配下に置かれる、など)ので、「自分がやる」と引き受けたものであろう。
それも多少なりとも北朝鮮の立場に配慮しての解決策を求めるというのではなく、米の言いなりになって「核を捨てろ」と北朝鮮に迫る立場に立つのである。中国による対朝制裁の強化(石炭輸入の全面停止など)にそれは現れているが、同時に北朝鮮に対する新聞の論調もここへ来てきわめて厳しいというより、上から指図するといったものになっている。
『人民日報』傘下の『環球時報』という新聞はかなり率直に中国の立場を打ち出す国際問題専門紙だが、4月18日には「朝鮮半島における中米協力の限界はどこか、重点はなにか?」という社説を掲げた。
この社説は、まず北朝鮮の核をめぐる状況は変化しつつあると指摘し、その最大のものは「中米の協力面が拡大しつつある」ことであり、中國は北朝鮮に対する制裁を強めることもためらわない、と言い切っている。変化の2つ目は米が「戦略的忍耐」を放棄したことであり、米の武力行使は口先の脅しではなさそうだとの中国の見方を述べて、北朝鮮の取る道は徹底抗戦か核放棄か、2つに1つだと迫っている。
さすがに、そうは言っても中国は米がピョンヤンの政権を倒すことまで支持するわけではないと付け加えているが、北朝鮮の核保有に反対することは中米両国の共通の利益であり、今はこの共通利益が突出しているのだとのべ、北朝鮮の核ミサイル保有計画がかつて朝鮮半島で戦った中米両国をパートナーに変えたのだと論じている。
最後に社説は、中国の制裁がいかに厳しくても「政治的悪意はない」(政権を倒そうというのではない)ところに、「北朝鮮の幸運と希望がある」はずだと諭して、だまって核を捨てろと迫っている。
この社説には、北朝鮮を独立国と認めるならば、当然払われるべき配慮がまったく見られない。支配者が従属者の誤りを叱責し、行いを改めさせようとする命令の口調である。そしてその口調は北朝鮮にだけ向けられたわけではない。翌19日の「半島情勢の緊張には韓国にも責任あり」と題する社説は、韓国に対しても、努力もせずに「北朝鮮の政権が倒れれば、韓国が半島を統一できる」、「中米は韓国による統一に協力すべきだ」などと考えるべきではないと、上から目線で釘を刺している。
つまり私の印象では、トランプ・習会談で「北朝鮮に核を捨てさせよう」、「中国がまず圧力を加える」と合意した結果、おかしなことだが中国はこの中米統一戦線の結成に大きな喜びを感じているとしか思えない。
中国はGDPの総量で米に次ぐ世界2位に上って以来、米に対して「新しい大国関係」を結んで、縄張りを決めようと繰り返し持ち掛けてきたが、オバマ政権には相手にされなかった。ところがトランプになったとたんに、北朝鮮つぶしでの協力を米に持ち掛けられ、舞い上がってしまったのではなかろうか。「新しい大国関係」とはこの程度のものであったのか、呆気にとられてしまう。
これに対して北朝鮮がどう出るかはまだ分からない。よもややぶれかぶれなどということはなかろうと思うが、こちらはこちらで何をするか安心できない相手だ。小さな朝鮮半島の上でトランプと習近平がダンスを踊る足元で何が起こるか、これからは今までとは違った新しい状況が始まるはずだが、その中身はまだ見えてこない。