2019.08.20 日韓関係悪化を報道する世界のメディア
英BBC国際電子版から(1)

坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

日本政府は8月1日、韓国を米国以下27の輸出優遇国(ホワイト国)から除外し、韓国の重要産業の半導体関連産業に大きな打撃が必至となる措置を実行した。
これに対抗して、韓国政府は8月12日、武器製造に転用できる「戦略物資」の輸出手続きを簡略化する輸出優遇対象国(29ヵ国)から除外する制度改正案を発表した。韓国企業が世界的シェアを握る半導体メモリーは含まない。国民の意見を募ったうえ、9月中に実施する。
日本政府は、安全保障上の措置と発表したが、韓国大法院(最高裁)が昨年、元徴用工の慰謝料請求権を日韓請求権協定には含まれないとの判決を下し、それについて韓国の文大統領が「三権分立で政府は介入できない」との立場を堅持していることへの報復であることを否定しなかった。この事態は、東京とソウルを拠点とする世界のメディアも大きく報道したが、政治的な報復として自由貿易を縮小する日本政府の措置について、好意的な報道はなかったのではないか。
日韓両国と同盟関係が深い米国のトランプ政権は、対北朝鮮政策とも関連して日韓対立の深刻化を強く懸念し、日本政府には韓国のホワイト国(貿易優遇国)継続を、韓国には大法院判決で韓国側が差し押さえた、日本企業の資産の現金化を思いとどまるよう要請した。しかし、日本政府は韓国のホワイト国からの除外を強行、韓国側も8月12日、対抗して日本を輸出優遇対象国から除外し、新たに設置する1国だけの新設ランクに移すことを決めた。
国際的メディアの中で、日韓関係の悪化を懸念しつつ、冷静、公平に報道をしてきた少なくとも一つは、英国の公共放送BBCの国際電子版だと思う。BBC国際電子版は、24時間、国際的ニュースを地域別、テーマ別に分別して、主として英語で報道している。国際的な信頼度、影響力は、世界で最も大きいに違いない。日本政府がホワイト国から韓国除外を決定した前後(7月23日。8月2日、5日、12日)のBBC電子版の国際報道を、紹介しよう。

韓国、第2次大戦の処理をめぐる紛争で日本に反撃(BBC 2019.8.12)
韓国は12日、日本を輸出優遇国のリストから除外すると発表した。
これは、今月初め、日本が韓国を輸出優遇国リストから除外したことに対する報復措置だ。
成ユンモ産業通商資源相は、日本は新設する貿易制限リスト国に指定されると語った。
 日韓の緊張関係は昨年、韓国の大法院(最高裁)が、第二次大戦中に日本企業に強制労働をさせられた元韓国人労働者に対して、補償金を支払うよう命じた判決を下したことから、燃え上がった。
 この判決に対して、日本から、この問題は1965年に両国間の関係が正常化した時に解決済みにされているとの非難が浴びせられた。
 両国は、1910年から1945年の日本敗戦までの植民地支配を含む複雑な歴史を共有している。
 今回のハイテク技術の供与妨害をふくむ貿易紛争は、世界の電子産業界に危機感を引き起こしている。
 どのようにアジアの一貿易紛争が世界の電子産業に打撃になるのか
 七月、日本は韓国のハイテク産業にとって必需品の材料の輸出規制を厳格化した。
 その対象となったのは、ディスプレイ・パネルとメモリーチップ製造の必需品で、すでに鈍化している韓国の経済成長の悪材料になることが懸念された。
 両国はお互いに、不適切な輸出規制を非難した。
 日本は今後、国際的な原理原則に沿った韓国の輸出管理制度にはなかった、新たなカテゴリーの国に分類される。
 韓国産業通商資源省の高官は、日本を不適切な貿易制度の国になったと非難した(続く)。
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写真説明: BBC電子版が12日に報道した記事に掲載した韓国の反日デモの写真。
2019.08.19 右であれ左であれ、ポピュリズムは社会の存立基盤を毀損する
日本でもヨーロッパでも、左派の退潮が著しい

盛田常夫 (経済学者、在ハンガリー)

 選挙で有権者の支持を得なければならない政党にとって、国民の短期的目線に訴え、国民の即時的要求に応えるポピュリズム政策は必要不可欠になっている。有権者のほとんどは日々の生活のことで精一杯だから、社会の中長期のことには関心があっても、それが投票行動を決める大きな要因にはならない。社会保障の財源が先細ることは頭で分かっていても、当座の所得が増える(減らない)ことが優先される。それは仕方のないことだが、政治家も一緒になって有権者の短期的目線で政策目標を立てていたのでは、将来の社会的基盤を毀損する。もっとも、政治家が考えるほど、国民も馬鹿ではない。増税は嫌だが、仕方が無いと思っている人は多い。だから、消費税反対だけでは大きな票を得られない。
 ふつうに考えて、個人消費を減らすことなく、社会的消費を増やすという魔法があるわけがない。アメリカ的な消費文化を保持したまま、西欧の福祉国家的な社会保障を得ようと考えるのは虫の良い話だ。社会消費を増やそうとすれば、個人消費を減らさなければならない。それが嫌なら、社会消費を増やすことを期待してはならない。政治家は問題の核心から話を逸らしてはならない。これだけ政府財政の累積赤字を抱えながら、「10年間は消費税の引上げはしません」などと嘘をつける政治家など、信用してはならない。
 政治家が有権者の反応を気にして嘘を付くのは分かるが、「学者」と称する者までが政治家の顔色を窺って、国民の即時的要求に迎合する論陣を張っている。とんでもない輩だ。「学者」か「評論家」か知らないが、アベノヨイショの御仁たちはとてもまともな「知識人」と思えない。消費増税反対の根拠になっているのは、「日本の財政は破綻しない」という主張である。そのヴァリエーションはいろいろある。

 1.政府の債務だけが大騒ぎされるが、政府資産で債務を相殺すれば純債務は小さい。だから、日本には財政問題など存在しない(高橋洋一、森永卓郎)
 資産処分の具体的な方策が示されない限り、たんなる帳簿上の観念論に留まる。どういう資産をどのように処分して債務を減らすことができるのかを示さない限り、意味のない議論である。借金清算のために家屋資産を失い、路頭に迷っては意味がない。実際、戦争終結時や体制崩壊時に、政府の累積債務が清算されることは間違いない。その時には、政府債務は帳消しになるだけでなく、個人資産も消滅する。
 1989年に始まった社会主義国の崩壊のなかで、すべての諸国でハイパーインフレが起きた。政府累積債務は消滅したが、個人の金融財産もまた消滅した。その歴史をきちんと学ぶべきだ。危機はすぐにやって来ない。既存の体制が崩壊したときに、すべてが明らかになるのだ。

 2.「政府と日銀を統合政府で考えれば、債務と債権は帳消しにされる」ので、財政問題は存在しない(スティグリッツの誤解を真に受けた高橋洋一)。
 これも国債発行を合理化する幼稚な観念論である。国民経済計算上の政府部門の債権債務帳簿処理の問題を、あたかも現実の債務問題の解決と思い込んでいる初歩的な誤解である。もしこんなことができるのであれば、どんどん国債発行して日銀に引き受けてもらえば、財政赤字問題など存在しない。年金危機も存在しない。議論するに値しない脳天気な主張である。スティグリッツの誤解をそのまま受け継いで、ノーベル賞経済学者のご宣託を有り難がっている「経済学者」の社会的常識はこの程度のものである。

3.GDPの過半以上を占める消費を抑制すれば、景気が後退することは目に見えている。だから、消費増税をやってはいけない(藤井聡ほか多数)。
 GDPとは事業所の年間付加価値を集計したものである。消費財と生産財の付加価値生産の総計である。これが生産面からみたGDP。生産された者は消費(販売)されるはずだから、支出面からGDPを測定することもできると推定して作成したものが、GDPの定義式である。
     GDP(生産面)=消費+政府消費+投資+純輸出(支出面)
実際の統計処理において、生産面から捉えたGDPと支出面から捉えたGDPが一致することはない。統計数値の取得の難しさによって、この二つの数値にはかなり大きな乖離が存在する。GDP統計を作成する人々は、いろいろな要因を付加したり削減したりしてこの乖離を埋めていくが、どうしても埋まらない乖離は誤差として扱われる。その意味で、GDP数値は自然科学で扱われるような精度で議論できる数値ではない。
 さて、藤井聡氏の主張は、GDPの定義式から消費を抑制すれば、経済成長が止まると言っているだけのこと。定義式をオウム返しした同義反復の議論で、現実問題から出発するのではなく、定義式から結論を出すという典型的な観念論である。
 今問題になっているのは、個人消費と政府消費(社会消費)の相互関係である。個人消費を減らさずに社会消費を維持する、あるいは増やそうとすれば、政府の借金で埋めるしか方法がない。しかし、政府の借金は将来世代の税収の前借りである。すべての付けを将来世代に回すことを意味する。この意味を考えずに、消費を削減せずに、政府消費を維持するというのは、「今だけ良ければ良い」という無責任なポピュリズムである。
 日本経済で消費支出(市場)が拡大を続ける時代はとうの昔に終わっている。労働力が増え続ければ、消費財市場も拡大し続ける。しかし、労働力の増加が止まれば、消費財市場の量的な拡大は見込めない。質的な拡大で消費を増やすことはできるが、それも簡単ではない。それでも、消費支出を増やすべきだと言っている人は、「皆さん、今のテレビを4Kや8Kテレビに買い換えれば、日本経済は復活します。乗用車を1家にもう1台買いましょう」と言っているようなものだ。しかも、新規の買い物を毎年続けなければならない。それがどれほど現実性のないことかは一目瞭然だろう。
要するに、日本社会で個人消費を増やす時代は終わっている。個人消費から社会的消費・サーヴィスへの転換を図ることが日本社会の課題である。個人消費を切り詰め、社会的サーヴィスに回すのが、日本が取るべき道である。個人消費も社会消費も増やしたいという調子の良い議論は成り立たない。税負担を嫌うのであれば、社会的サーヴィスの低下を甘んじて受けなければならない。

4.国債が国内で消化されている限り、財政危機は起きない(炎上商法で講演料を稼いでいる三橋某)。
高々、海外投資家の投機的行動で国内経済が揺さぶられることはないということに過ぎない。国が債務を返済できない事態が到来すれば、国内国外は関係ない。国外の投資家も国内の投資家(国民)も、同じように資産を失う。

 5.国債は国民の債権だから、「国民の借金」という主張は嘘である(ほぼすべての素人論議)。
 将来の税収を担保にしているのだから、その分だけ将来の国民は債権を有しているというだけのこと。しかし、今の世代が債務を支払うことができなければ、債務はそのまま将来世代に先送りされるだけだ。どこかの時点で債務不履行になれば、国債価値はゼロになる。その時になって初めて、国民債権ではなく、国民債務だったことが分かる。将来世代に借金を先送りする政策は、今だけ良ければ良いという無責任な政策である。

 日本でもヨーロッパでも、左派の退潮が著しい。それは左派が時代の変化に追いつけないこと示している。国民は短期的目線ではあるが、明確な根拠が示されない政策を無条件に支持するほど無知ではない。国民は政治家が持っている以上の情報に接することができる。別の解決策があるなら、それを具体的に示すことが必要だ。その努力なしに、ただ国民が喜ぶだろうというような政策を掲げるだけでは、国民の支持を得ることはできない。
 ヨーロッパの左派は旧来の人道主義を掲げるだけで、大量に流れ込む移民問題にたいして有効な政策を打ち出すことができなかった。無条件無制限に受け入れるべきだというような無責任で空想的人道主義政策を支持する人はごく少数派に過ぎない(移民労働力が必要な国は別として)。左派がそれに拘っている限り、国民の支持は減り続けるのは当然である。
 日本でも同じことだ。実際のところ、消費税2%の引上げは与党にとってほとんど影響がなかった。増税は嫌だが仕方が無いことも、国民は良く分かっている。にもかかわらず、増税反対で大きな支持を得られると考えるのは浅はかである。実際、それだけで支持した人の数は知れている。国民はそれほど単純ではない。単純なのは政党の方である。
2019.08.13 「対米」で内部亀裂あらわに
――習近平の中国(3)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 前回の最後に、過去2回の中国の危機(1960年代末~70年代初、1989年)に毛沢東、周恩来、鄧小平といった人たちがいかにして政権を守ったかに触れた。私はいずれの場合もメンツや行きがかりにとらわれずに、彼らは大胆に現実と妥協した、という見方をとる。
 そこから私は、今回の対米摩擦でも習近平は同じように考えると見た。たんに米の対中貿易赤字が巨額だというにとどまらず、技術移転とか国と企業のあり方といった幅広い分野で米側が中国に不信、不満を募らせていることは、昨18年12月1日、ブエノスアイレスでの首脳会談のテーブルにこれらが乗せられた以上、習近平も否応なく事態が容易ならざるものであることを自覚させられたはずだ。
 そこでの習近平の態度をうかがわせる報道があった。会談直後の3日、会談に加わったムニューシン米財務長官が米CNBCテレビのインタビューで「首脳会談で中国側から1兆2000億ドル(約136兆円)以上、輸入を増やすと申し出があった」と語ったのだ。(『朝日新聞』・18年12月5日)
 会談でのどういうやりとりの中での発言かは不明だが、1兆2000億ドルという数字はそれこそ半端でない。米の対中赤字の3~4年分にあたる。それだけの輸入をどれほどの期間に何を買って実現するのかはっきりしないが、とにかく気前のいいところを見せて、米の攻勢の切っ先をかわそうという戦術が見て取れる。衝突は避けたいという意思表示だ。
 結局、このブエノスアイレス会談では、米側が関税第三弾として9月から2000億ドル分の輸入品にかけていた10%の関税を「19年1月から25%へ引き上げる」としていたのを「3月1日からに90日間延期」し、その間、閣僚級交渉を進めることになった。
 その後の経過を、今年6月2日に中国の国務院新聞弁公室が出した「中米経済貿易交渉における中国の立場」という白書から拾ってゆくと、まず90日の期限内に3回の交渉が行われ、その結果、2月25日に米側は2000億ドル分についての関税を25%へ引き上げるのを期限なしで延期することにした。
 さらに3月末から4月末にかけても3回の交渉がおこなわれて、「実質的な進展があり、・・・・両国は大部分の問題について一致を見た」。しかし、問題はこれからである。
 白書は言う。「米政府は『得寸進尺』(一つ得れば、さらに多くを要求する)、強圧的な態度で極限的な圧力を加え、不合理な要求を突きつけ、これまでの追加関税を取り消すことを拒否し、協定の中に中國の主権にかかわる事柄を書き込むことを強く要求した。その結果、残った対立点で一致することはできなかった」
 この白書は交渉が5月10日にいったん物別れとなった後、6月末のG20大阪会議の後に行われた米中首脳会談までの間に出された。中国側には非のないことを主張するために書かれたものであることは言うまでもない。
 その間、米側からは大統領のツイッターをはじめ出席者からも断片的に経過が明らかにされた。米側関係者が口をそろえて言うところの骨子は、協定は150頁の文書にまとまったが、最後に中国側がそのうちの45頁を削除するように求めてきたために、話は壊れた、ということである。
 これと中国側の白書を比べて見ると、米側の交渉態度についての形容詞などを除けば、内容は基本的に矛盾しない。唯一違うのは、米側がいったんは150頁の文書にまとまったと言っているのに対して、白書は米側が「中国の主権にかかわる事柄を書き込むことを強く要求した」とのべて、そこで交渉が頓挫したと受け取れるように書いている点である。
 当時の報道いを思いだしてみると、交渉はほとんどまとまり、3月末か4月には習近平訪米で決着か、といった観測さえ流れていた。ところがその後、米側から「中国が土壇場で後戻りした」という非難の声が上がったのであった。問題は文書がいったんまとまった後になって、中国側がそれの取り消しとか修正を求めたのか、そうではなくて文書にまとまる前に話は壊れたのか、である。前者であれば交渉団がまとめたものが、別の力で否定されたことになるわけで、私はそれが現実に起こったことだったと考える。
 5月交渉に訪米した劉鶴から、前に触れたように主席特使の肩書が消えたり、劉鶴自身の発言も「主権にかかわることは譲れない」と言いつつ、「閣僚級の交渉での合意は難しい。両国の首脳同士で決着してほしい」と、すでに自分の手ではどうにもならない状況を訴えていた。どうみても劉鶴がまとめた協定が国内で否定されたとしか見えない。
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 どういう状況だったか、想像してみよう。春は中国の政治の季節である。国会にあたる全国人民代表大会、諮問機関の全国政治協商会議という、それぞれ千人単位の代表を集める大きな会議が北京で開かれる。
 と言って、普通の国の議会のように激しい論戦が戦わされるわけではないが、各政府機関や地方代表の記者会見が開かれたりして、国の動きに関心が集まる時期である。したがって折からの対米交渉は注目の的であったはずであり、その中に「主権にかかわる事柄」があったとすれば、当然、立法措置とかあるいは中央と地方の政府の権限にかかわる部分もあったであろう。さまざまな事態が想像できるが、何らかの形で対米交渉の内容が明らかにされ、その結果、協定の中身が妥協的に過ぎる、主権が侵される、交渉団が弱腰すぎる、という批判が巻き起こったのではなかったか。
 批判の対象は当然、習近平ということになるが、一強体制下では直接、習近平を批判することははばかられる。そこで「将を射んとすれば、まず馬を射よ」で、交渉団首席代表の劉鶴に批判が集中した。習もそれを無視するわけにはいかず、いったんまとまった協定案文の一部(米側の言う150頁のうちの45頁か)の削除、あるいは再交渉を命じ、劉鶴から国家主席特使の肩書を外した・・・
 こう考える以外、3月から5月にかけて起こったことを合理的に説明できる筋道はなさそうに思える。そして、劉鶴が交渉を中断してワシントンから帰国した1か月後、このストーリーを裏付けるような出来事があった。
 6月上旬から、中国の新聞各紙にいっせいに「対米投降派」を批判、攻撃する文章が載ったのである。発端は6月8日の国営新華社通信が「戦闘檄文」という論評を配信したことで、私は香港の『多維新聞』というサイトで2,3日後にそれを知り、当日の新華社を検索したが、確か This article has sensitive words とあるだけで、本文は消されていた。今度も念のため検索してみたが、今回は The request contains sensitive words と変わっただけで、檄文そのものにはお目にかかれなかった。
 香港メディアによると、その檄文は米との貿易戦で中国内部に投降派がいることを指摘し、「それらの人間は軟骨病にかかり、民族の気概を失い、中国は妥協すべしと鼓吹している」として、投降派との戦闘を呼びかけているという。
 その檄にこたえるように、6月11日の『人民日報』が「恐米崇米の心理を捨てよ」という論評を掲げたのを皮切りに、同19日「中国は“もしも”がもたらす苦い結果を飲み下せるか」(もしも米に逆らわなかったら、中国ははたして安泰だったか、という趣旨)、同25日「あえて戦うことで尊厳を勝ち取れる」と、対米軟弱派を攻撃する文章を掲載した。
  『光明日報』『環球時報』なども同趣旨の文章を掲載したが、共通した特徴はいずれも対米軟弱派は「ごく少数である」と強調していることである。つまり一般的な社会の風潮を言っているのでなく、指導層の内部の具体的な人間、あるいは人間たちを念頭に置いて書かれ、読むほうもわかる人には誰のことだかわかるはずといった書きっぷりだ。
 すくなくともこの時期、指導部内に対米軟弱外交を強く批判する人たち(勢力といえるか)がいて、新華社、『人民日報』という党の公式メディアを動かしたことは間違いない。この人たちは習近平が対米妥協で危機をしのごうという戦略にはっきりノーをつきつけ、それが党内の大勢を占めて、いったんはまとまった協定をホゴにさせたとしか私には考えられない。
 しかし、交渉を暗礁に乗り上げさせたままにはできない。トランプ側は延期していた2000憶ドルの中国からの輸入品の一部の関税をさらに25%まで上げることを6月から実施した。
 次の事態打開のチャンスとして、当然のことながら6月末に大阪で開かれるG20の首脳会議で再度トランプ・習近平会談かという観測が広まった。トランプ側がすぐにそれに応じる構えを見せたのに対して、習近平は煮え切らなかった。おそらくトランプの強引な攻め口にどう応じるか考えあぐねていたのであろう。
 大阪での首脳会談が決まったのは6月18日、電話による2人の直接会話によってだった。会談のわずか11日前である。
 さて、6月29日の大阪会談。これもいろいろと興味深い。
 会談は1時間余りの短いもので、中断している閣僚級交渉の再開を決めたほか、中国側新華社の報道では、儀礼的な部分を除くと、習近平は「交渉は平等で、相手を尊重するものでなければならない。主権と尊厳にかかわる問題では中国は自国の核心的利益を守る」と発言し、トランプは「これ以上新しい関税を中国製品にかけることはしないが、中国が米からの輸入を増やすことを希望する。双方が受け入れられる協定ができることを願っている」と発言した、とされている。つまり具体的な問題についての首脳間のやり取りはなかったことになっている。
 一方のトランプは記者団相手に1時間半も長広舌を振るい(中国問題だけではないが)、その中で中国の通信機器大手「華為」へ米企業からの部品供給を禁止しているのを、安全保障上の問題のないものは認めることになったとか、中国が大量の米国産農産物を買い付けることになったとか、中国側は米国製品の輸入については現実の需要に即して行うといった、などと、「各論」を明らかにした。この食い違いが8月初めの、今のところの最後の「破局」のもとになったのでは、と考えられる。
 大阪会談を受けて、双方の交渉当事者は7月末に上海で交渉を再開することになったが、その前にトランプは「中国は農産物の大量購入という約束を守っていない」としきりに中国を攻撃し始めた。それに対して中国側からは「すでに大量の農産物を輸入し始めているが、これは米への譲歩ではなくて、善意の表明だ」という新聞論調(新華社、『環球時報』7月28日)が返された。習近平は首脳会談で農産物の大量購入を約束させられたと受け取られないように、通常の貿易として農産物の輸入が行われるように装いたかったのだ。しかし、それでは「自分の功績の宣伝」と「即効」を求めてやまないトランプを満足させることはできなかった。
 上海での交渉は7月31日に開かれ、次回は9月にワシントンで、と決めて、終わったが、翌8月1日、業を煮やしたトランプがついに切り札ともいうべき第4弾の関税攻撃、つまりそれまでの3次にわたる合計2500憶ドルの中国産品に対する25%の追加関税に加えて、あらたに3000憶ドル分の中国製品に10%の追加関税を9月1日からかけることを表明した。
 これに対して中国側も、報復措置として米国産農産物の輸入を停止するように国有企業に指示、それに対して5日には米財務省が11年ぶりに中國を「為替操作国」に認定した。
 「為替操作国」として、自国の有利なように為替を操作する国とのレッテルを張られると、関税のよる制裁を受けたり、為替の切り上げを求める国際的圧力をうけたりという不利益を被る可能性がある。こんな扱いを受ければ、中国としても世界第2の経済大国としてのプライドから黙ってはいないだろう。取っ組み合ったまま急坂を転げ落ちるような両大国の姿である。
 世界はどうなるのか、各国それぞれの不安、懸念がここ数日間の各種市場の波乱に表れている。にもかかわらず、肝心の米中交渉は9月に再開とは決まっているが、妥結のめどはなにもない。このような事態はだれも予想していなかっただろう。
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 どうしてこんなことになったのか。習近平は見てきたように毛沢東、周恩来、鄧小平の先達に倣って、米との妥協の道を選んだ。しかし、残念ながら、習には先達のような威信、統率力、人望がなかった。むしろ習があまりに一強体制の構築に力を入れたことが、逆に党内に反発を生んだとも考えられる。ということは、習近平・劉鶴の対米妥協路線に反対するよりも、習・劉のすることに反対するムードが「対米投降主義反対」の看板を生んだのかもしれない。いずれにしろ習近平の足元に伸びる党内の亀裂が習を今、進退両難の窮地に追い込んでいると思える。あるいはトランプが言うように、習は来年の米大統領選挙でトランプが負けることを心待ちにしているということも十分にありうる。
 一方のトランプはといえば、まさしく多くの指摘通り選挙で再選されることを至上命題に、ひたすら自己の有能さと成果を宣伝すること以外には全く関心がないように見える。彼にとっては成果が上がらないなら、対中交渉などはもはやどうでもいいかもしれない。
トランプ、習近平―この2人が米中両大国のトップであることが世界の大きな災いのもととならないように祈るしかない。              (この項終わり)
2019.08.08 中国の「奉陪到底」に米は戦線拡大で対抗
――習近平の中国(2)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 米にトランプ政権が登場して、対中貿易赤字を問題にし始めた当初は、習近平はそれを、ここ数年、米国内で高まってきた安全保障面での対中脅威論、さらには習近平が唱える「中華の復興」は世界の覇権を狙うものだ、といった国際政治的圧力に比べれば、所詮はトランプらしい「カネの問題」といささか軽く考えていた節がある。
 昨18年の3月から4月、貿易問題での米の攻勢に対する中国側の合言葉は「奉陪到底」(ほうばいとうてい)の4文字であった。日本語に直せば「とことん付き合うぜ」とでもなろうか。たとえば4月5日の『人民日報』の外交問題コラム「望海楼」は(われわれは)「貿易戦争を恐れない。もしどうしても戦いたい。それも家の玄関口まで来て戦いたいなら『奉陪到底』だ」という具合である。
 トランプが振りかざす「一国優先主義」に対するに、こちらには「自由貿易で人類運命共同体を」という大義があるのだから、負けるはずがないと思っていたはずだ。
 当時の空気を物語るのが、前回でも触れた「中興通訊(ZTE)」の1件だ。4月、米商務省が米国企業に同社との取引を向こう7年間禁止したために、部品の供給を絶たれ、危機に瀕した同社のために、5月8日、習近平はトランプに電話で直接、救済を求め、トランプがそれに応じて、商務省に口をきいて、その後も曲折はあったが、結局、同社は生き延びることができた。
 この間、首脳間の電話が明らかになった後、14日、の中国外交部の記者会見で陸慷報道官は「米側の積極的な態度表明を称賛する」と述べ、同日の『環球時報』も「トランプ大統領の発言は歓迎に値するよい決定だ」と書いた。貿易赤字とほかの問題は別という対応で、このあたりでは中国側に余裕が感じられる。
 しかし、夏から秋にかけて、米の対中政策はきびしさを増す。貿易問題では、前回述べたように、7月第一弾、8月第二弾、9月第三弾と、追加関税の対象品目は合計2500憶ドルにまで膨れ上がり、第三弾の2000憶ドル分は9月からは10%、その後話し合いがつかなければ、第一、第二弾同様25%にまで引き上げるとされた。
 一方では、8月、国防予算の枠組みを決める「国防権限法」が成立した。これは米政府とその取引機関に「華為」や「中興」といった中国企業から製品を調達することを禁止するものであった。また「外国投資リスク審査近代化法」という新法も成立した。これは外国から米国内への投資案件の審査に国防総省や情報機関の発言権を高め、逆に米企業の中国企業への投資についても機密保持、情報漏洩防止などの審査を強めるものであった。いずれも中国との商取引や投資が中国政府の情報活動に利用されないようにという対中不信を正面に掲げた法律であった。
 国防権限法について、中国外交部の陸慷報道官は同14日、「強烈な不満」を表明し、「冷戦思考とゼロサムゲームの理念を捨て、正確かつ客観的に両国関係を扱うよう米国側に促す」とのべたが、もはや対立は貿易問題の枠をこえて広がっていた。
 10月4日にはペンス米副大統領が中国との全面対決を宣言したともとれる講演を行った。この講演の趣旨を要約することは難しいが、あえて言えば、次のようになる。
 「米はこれまで中国がやがては自由、民主を尊重する社会へ変化すると信じて、米国経済への自由なアクセスを認めてきた。しかし、その希望は達成されなかった。・・・今日の中国は他に類を見ない監視国家であり、時に米国の技術を借りてますます拡大し、侵略的になっている」
 現在、中国が進んでいる方向は、米とは相いれないというのである。米中貿易摩擦は「米中新冷戦」に進化?した。そのスタートとなったのが、経済交渉とはいえ、貿易のみならず、幅広く中国の経済の仕組みを含めて話し合いの対象とすることを決めた12月のブエノスアイレス首脳会談であった。
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 習近平にとっては、18年春の全人代(国会にあたる)で、国家主席の任期をそれまでの「2期10年まで」から「任期規定なし」に改正して、終身主席の可能性を確保した上で、いよいよ「中華復興の夢」の実現(先進国への仲間入り)を自らの主導で進めようとしたというのに、米に反中ムードが広まったことは目の前に突如、暗雲が迫ってきた思いであったろう。ペンス講演に習近平は大きな危機感を抱いたはずだ。
 ここで、現代中国の歴史において、国が危機に直面した場合、政権はどういう態度をとったかを振り返ってみたい。
まず思い浮かぶのは1960年代後半から70年代にかけて、である。国内は文化大革命で混乱し、対外的にはソ連(当時)と激しく対立した。特にソ連との対立はウスリー江の中州の島(ダマンスキー島、中国名「珍宝島」)や新疆ウイグル自治区で武力衝突が起こる(いずれも1969年)までに加熱した。
 この時、毛沢東、周恩来はどうしたか。それまで長年対立してきた「米帝国主義」とあえて誼を通ずる奇策でソ連の脅威をかわした。キッシンジャーの秘密訪中(1971年)、ニクソン訪中(1972年)が実現したことに世界は驚いた。
 次の危機は1989年の「6.4天安門事件」の後である。国の大方針は文化大革命時代とは逆に改革・解放路線であったが、天安門広場に陣取る学生たちの民主化要求運動を鄧小平は軍隊を動員して鎮圧した。正確な数字はいまだに不明だが、公式発表でも300人以上の死者が出た。
 西側の世論は反中国で沸騰した。経済的な制裁も受けた。そして、この時、鄧小平が打ち出したのが「韜光養晦(とうこうようかい)」政策であった。「韜光」とは刃物の光を袋に収める、「養晦」とは蟄居する、という意味で、目立たず、おとなしくすることであった。西側からの批判に「内政に干渉するな。反政府運動を取り締まってどこが悪い!」などと、むきにならず、頭を低くしてやり過ごせと、鄧小平は命じたのである。
 鄧小平自身はその後、老躯を駆って、南方の経済特区を2年がかりで回り、各地で改革・開放、とりわけ解放政策の重要性を説き、恐れずの外資を入れろと督励した。その後、中国は高度成長の軌道に乗る。
 1971年と1989年、この2回は中国の共産党政権が自我をひっこめて、状況に適応して延命を図った先例である。政権が選挙で選ばれるのなら、政策が変わることは珍しくないが、過去において共産党政権というのはとかく自己の正当性、無謬性、継続性を強調したものである。その意味では中国共産党は必要に応じて変身することにためらいはない政党と言えるかもしれない。正当性、無謬性に固執して、政権を危機に陥れるより、大義の旗は一時しまいこんで、状況に適応するのである。
 習近平は米の戦線拡大にどう立ち向かったか。            (以下次回)
2019.08.07 どうなる米中摩擦?中国でなにが起きているのか
――習近平の中国 1

田畑光永 (ジャーナリスト)

 中国の動きを観察し続けるのを、勝手に自分の仕事と決めて、これまでやってきたのだが、じつは最近、それが苦痛になってきた。その理由は追い追い読んでいただくつもりだが、去年から続いている米中摩擦をめぐる両国の交渉を見ていると、両国というより、トランプと習近平という2人の国家指導者の目をそむけたくなるような浅はかな振る舞いが延々と続いて、いい加減にしたら!と目を背けたい気分にかられる。
 今回は、ことの顛末をたどって、私の欲求不満を聞いていただきたい。
 去る1日、米トランプ大統領は例によって自身のツイッターで、交渉がまとまらなければ中国からの輸入品のほぼ3,000億ドル(約33兆円)分に9月1日から10%の関税を上乗せすると表明した。その前日まで上海で両国の閣僚による交渉が行われていたのが、思うほどの進展がないままに次回は9月と決めただけで終わったことに腹をたてて、一方的に次の一手を公表したのだろう。
 米の中国からの輸入額は年に5,400~500憶ドルに達し、一方、米から中国への輸出額は1,200~300憶ドルだから、その差(米の貿易赤字)は3,000億ドルをこえている。これがトランプにとっての癪の種である。そこで去年の春から何が何でもこれを減らせと騒いでいるのだが、考えてみれば赤字が多いからと言って、相手をなじるのはそもそも筋違いである。
 ものの売り買いが成立するかどうかはほとんどの場合、買い手がきめるものである。例外的に特定の商品が品薄になって、かつてのオイル・ショックのように売り手の立場が強くなることもあるが、それは例外であって、通常は買い手が買うと決めたところでトランプの言う「ディール」は成立する。
 だから赤字が大きすぎるなら、買わなければいいのである。それを相手に「売りすぎるな」と難癖をつけているのが、米中対立のこと貿易に関する部分の姿である。
 しかも、そのやり方がふるっている。今の世界の大勢は、なるべく仲間を作って、その中では関税など貿易障壁を減らして自由にものを行き来させようという方向である。それが果たしていいか悪いかの議論はあるにしても、世界中に思い思いの自由貿易圏の輪がはりめぐらされている。トランプ自身、日本にはたとえば牛肉の関税もっと下げて、たくさん買えと言っている。
 そこでトランプは去年の春始めた中国との交渉が進まないのにいらだって、7月に第一弾として農業機械や電子部品など中国からの輸入品340憶ドル分に25%の追加関税をかけ、翌8月の第二弾では半導体や化学品など160憶ドル分を追加して同様に課税、さらに第三弾の9月には家具や家電製品など2000憶ドル分に10%を追加課税した。
 中国側も直ちに報復措置として、第一弾、第二弾に合わせて、7月、8月に米と同額の輸入品、7月には大豆や自動車、8月には古紙や鉄くずなどに同率の追加関税をかけた。しかし、もともと中国の輸入額は1,200~300憶ドルしかないから、第三弾の2000憶ドルにはついていけず、LNGや木材など600憶ドル分にとどまった。だから今度の第四弾、「今年9月から新たに3000憶ドル分に10%追加関税」が実施されても、中国側にはもはや報復の手段がない。
 こうした関税合戦が続く中で、去年12月1日にはブエノスアイレスでトランプ・習近平の首脳会談が開かれた。ここでは交渉の仕切り直しがおこなわれ、貿易不均衡の是正に止まらず、中国による知的財産(技術)の移転強要、政府補助金による企業競争力強化なども交渉の議題に加えることになり、この日から90日間は9月に課税された10%の関税を25%へかさ上げすることを保留することになった。
 またこの日、首脳会談とまさに時を同じくして、中国の通信機器製造最大手「華為(ホアウエイ)」の孟晩舟副会長がイラン制裁違反にかかわった容疑で、米の要請を受けたカナダ当局によってバンクーバーで身柄を拘束されるという「事件」も発生して、両国間の対立面が拡大した。
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 こうしたトランプからの攻勢に対する中国側はどう対応してきたのか、それが本文の主題である。昨年を振り返ると、貿易不均衡については、関税には関税でという構えで対抗しながら、自由貿易の旗を振っていれば、大義はこちらにあるからしのげるとみていた節がある。春から夏にかけて問題になった、中国の国有通信機器メーカー「中興通訊(ZTE)」がイランへの制裁破りに関与した疑惑を理由に、米商務省が米企業に同社との取引を禁止した件を、習近平が直接、トランプに電話して、きつい条件ながらとにかく同社の延命に成功したことも、米側の姿勢を甘く考えさせた可能性がある。
 ところがブエノスアイレス会談を受けて今年2月から北京とワシントンで交互に開催された閣僚級交渉では、米側はブエノスアイレス合意に基づいて貿易赤字のみならず、あらためて、取り引きにからめて中国の官民が外国企業に技術供与を求めることとか、中央や地方の政府が企業に様々な補助金を出して競争力を強めて居ることとか、さらにはハッカー攻撃で技術情報を盗んでいるのではないかといった問題まで含めて、一言で言えば、貿易のみならず幅広く中国の台頭を押さえつけるという態度に出た。これには米ペンス副大統領が昨年10月の講演で、全面的に中国と対抗する立場を打ち出して、対決ムードが高まったことも背景にあるだろう。
 これに対して中国はどう出たか。中国側からそれを直接明らかにする材料は出ていないが、米側のムニューシン代表(財務長官)の言によれば、今年に入って1月から3月までの4回の交渉で、約150頁にのぼる包括的協定がほぼ合意に達し、最終的にまとまるのも近いと思われるところまで来たのだが、4月にワシントンで行われた交渉で、中国側がにわかにそのうちのほぼ3分の1を白紙にもどしたいと言い出したという。
 そしてその後、トランプは例のごとくツイッターで「中国が態度を変えた、約束をほごにした」と中国を攻撃し始めた。
 そんなもやもやした状態で約1か月が過ぎた5月初め、中国側首席代表の劉鶴副首相が交渉継続のためにワシントンに赴いた。しかし、この時彼の身には一つの変化が起きていた。それまで劉鶴には国務院副首相、中国側首席代表、そして習近平国家主席特使という3つの肩書がついていたのが、この時は中国側の報道から「特使」の肩書が消えていた。
 たんに肩書の問題ともいえるが、国家主席の特使となれば、まさに国家主席の信任を受けて交渉していることを内外に示す効果はあるだろう。ところが、交渉の途中でこの肩書が消えたとなれば、その意味は大きくなる。始めからなければいいが、あったものが外されるというのは、これまでの交渉の結果あるいは進め方になにか問題があったのかと誰しもが見る。
 ワシントンに現れた劉鶴は、米側の「中国が最後に態度を変えた」という批判については、「交渉というのは終わるまでは、何が起きても不思議はないのだ」と受け流し、一方で中国の記者団には「交渉で最も重要なのは、国の主権を守ることだ」と強調した。
 中国国内でなにかあったことは間違いない。それがなにかはまだはっきりしたことは言えない。しかし、そういう目で見ると、6月末の大阪での首脳会談、それを受けての7月末の上海交渉、それに業を煮やしたトランプの9月からの巨額関税予告という一連の動きの意味が分かるような気がする。                    (続く)
2019.08.02 新疆ウイグル地区を旅してきた―絶滅危惧民族のいま
――八ヶ岳山麓から(288)――

阿部治平 (もと高校教師)

初めて中国新疆ウイグル自治区を友人たちと訪れた。
出発前から私はかなり緊張していた。中国は、新疆で少数民族約100万人を拘束し収容施設に入れている、という国際的非難を浴びているからである。新疆の回族を除くムスリムは、ウイグル・カザフ両民族そのほかを合わせても1000万足らずなのに、100万が囚人というのは私には考えられないことであった。

この3月中国国務院が発表した「白書」によれば、2014年以降に同自治区で逮捕された「テロリスト」はほぼ1万3000人。また同じ2014年以降について、1588の暴力テロリスト集団を破壊し、爆発装置2025個を押収し、4858の違法な宗教活動で3万645人を処罰し、違法宗教資料34万5229点を押収したとして、「新疆でのテロ対策と脱過激化闘争は、常に法の支配の下に行われてきた」と主張している(AFP・時事2019・3・19)。
つまり、不法なテロがあったから取り締まったというのである。
出発直前、「週刊金曜日(7月5日)」に、「中国・習近平政権下で急速に進む弾圧、在日ウイグル人を救え」と題する水谷尚子氏の調査報告が載った。在日ウイグル人組織には右翼勢力の影響が強いこともあって、この手の報道は通常少ないのだが、水谷記事には、在日留学生らが新疆にいる家族と音信不通になるなど、悲惨な状況に置かれていることが綴られていた。

私たちの旅行は総勢8人だった。新疆ウイグル自治区の政府所在地ウルムチの空港に到着して以後は、戒厳令下さながらに検査された。警備当局は、鉄道駅やバスターミナル、高速道路の途中などで、わが団体の名簿とパスポートを要求し、いちいち顔認証技術によって点検をした。ウルムチからマイクロバスでトルファンに向かった時は、行きに3回、帰り1回の検査を受けた。街路やホテルなどいたるところにある監視カメラの画像も顔認証技術によって分析しているのであろう。
そのうえ、大きな町では城管(都市の治安機関)・公安(警察)・武装警察・特殊警察、さらには一般の警備員と、いたるところ黒い制服の治安要員があふれていた。そのなかにはウイグル人やカザフ人名とチュルク系の顔もあったし、防弾チョッキをつけた中年女性の姿もあった。

たしかに7月は、新疆政府にとって緊張の月である。
10年前の2009年7月5日に200人近い死者を出したウルムチ暴動があったからである。さらに5年前の2014年7月28日にも、タリム盆地のヤルカンドでウイグル人が地元政府庁舎などを襲撃して漢族を主とする死者37人を出し、対する当局は「テロリスト」59人を射殺し、容疑者215人を拘束した(千人単位の殺害があったともいう)。7月30日には、カシュガル市にあるエイティガール・モスクのイマーム(導師)ジュメ・タヒルが朝の礼拝後に刺殺された。同モスクでは1996年にもイマームのアルンハン・ハジ暗殺未遂事件が起きている。この二人は中国政府寄りの高位の人物だった(「八ヶ岳山麓から(113,115)」参照)。

検査、検査のあまりの煩わしさに私が不満を漏らすと、同行中国人が「この5年ほどの間に、警備強化によってウルムチは中国で最も安全な都市に変わったといわれている。警戒は緩やかになり、以前のように『菜刀』まで登録するという厳しさはなくなった」といった。菜刀とは料理用刃物である。これまで取り締まるのは滑稽に見えるかもしれないが、これは過去のテロにおいて民族主義勢力がナイフを使った経緯があるからである。

ウルムチからバスで数時間の観光地「天池」では、タリム盆地のアクスから来たというウイグルの男性グループに出会った。我々が日本人だと知ると、親しげに漢語(中国語)で話しかけてきたが、一人として頬ひげ・あごひげを生やしたものはいなかった。またウイグルやカザフの女性で頭髪から首までを隠して顔を出す「リチェク」をかぶったものもいなかった。
「星と月」、男性のひげ、女性のスカーフなど、ムスリムの象徴とされるものは一切禁止されているのである。観光客らしい女性の中にはスカーフを被った人がいたから、これは新疆のムスリムに限った禁令なのであろう。
ウルムチでは、モスクは3ヶ所しか見なかった。市内最大のモスクは商店になっていた。そこで金曜礼拝が許されているかどうかはわからなかった。私が5,6年住んだ青海省西寧市内には10ヶ所ほどのモスクがあったのだから、ムスリム社会としては異様な風景だった。

北部では思いがけなく、アルタイ地方へ行くことができた。アルタイ地区は中国・モンゴル国・ロシア・カザフスタンの4ヶ国の国境が接するところで、従来外国人は入れなかった土地である。
いわゆるシルクロードのオアシスは、夏は乾燥・酷暑が普通だが、アルタイ地方は冷涼で比較的湿潤、高山と湖、草原と森林に富む風光明媚の地である。このため近年、新興観光地として開放されたらしい。
人々はこの観光スポットの入口までそれぞれの方法で行き、関門で検査を受けると、その先は現地観光会社のバスで運ばれる仕組みになっている。観光スポットはどこも漢人を中心とする観光客で溢れかえっていた。

私たちはアルタイ山中のトゥバ民族村の丸太造りの民宿に泊まった。モンゴル国西部とシベリアのあいだにロシア連邦に属するトゥバ共和国があるが、中国領でトゥバ人に会えるとは思っていなかったので非常に驚いた。私たちが訪れた家族は、老夫婦が馬や牛羊とともに山の放牧地へ行っていて、若い夫婦が民宿経営をしていた。そこで酸味のある発酵バターとパン、乳茶をごちそうになった。
彼らの母語は、ウイグルやカザフと同じチュルク系トゥバ語だから、同行者のモンゴル語は通じなかった。ところが中国ではこの民族をモンゴル族に繰り入れているのである。中国には56の民族があるといわれるが、それは中国政府が民族として認めた数字であって、必ずしも実態を表してはいない。トゥバ人のように行政的に「消された民族」はほかにも存在するだろう。

アルタイ地方の観光地への途上、ヨーグルトを売って学費を稼いでいるカザフ人の小中学生と出会った。彼らはきれいな漢語を話した。聞くところによると、学校では教師が使う言葉も生徒同士の会話も、漢語以外の民族語を使うことはできない。使うと処罰されるとのことであった。
少数民族地域には普通学校と民族学校がある。民族学校では現地の民族語が原則であるが、近年モンゴル人・チベット人地域でも、政府は抵抗を排除して民族学校での漢語による教育を強行している。私たちが会ったカザフ人の少年らは、カザフ文字は小学校の低学年で学習しただけだと言った。
人懐っこいカザフ少年と同行者の会話を聞きながら、私は今年5月にNHKテレビが放送した四川省チベット人地域のルポを思い出した。そこでは、現地テレビ局のチベット人女性幹部が「漢族になること、これがチベット人にとっての進歩です」と語っていた。中国政府が望む少数民族像そのものであった。
こうして少数民族の文化と歴史は継承される術を失ってゆく。少年らが成人した時、カザフ民族はトゥバ民族と同じように、事実上は「消された民族」になり、中国人がいつも持つことを要求されている「身分証明書」の民族籍欄にのみその名を残すことになるだろう。

というわけで初めての新疆旅行で、私は「民族抑圧がある」という対中国非難を否定する積極的材料を発見することはできなかった。むしろ「抑圧があるから抵抗がある」という印象をさらに強くしたのである。

2019.07.25 「偉大な国」とは「白人の国」
       トランプ発言で見えた大統領選「真の争点」 
                            
金子敦郎(国際ジャーナリスト、元共同通信ワシントン支局長)

 トランプ米大統領が野党民主党の非白人で女性の4議員に「元の国に帰れ」と迫った発言は、米国を分断する人種差別攻撃と世論の批判を浴び、下院は一部の与党共和党議員も加わって非難決議を採択した。だが、トランプ氏は全く臆することはなく、同じ発言を繰り返して支持者をあおり、大喜びさせている。米国の主要メディアは、発言はトランプ氏が再選をかける1年半後の大統領選挙の真の争点を明確にしたと受け止めている。トランプ大統領は「米国を再び偉大な国にする」といってきた。そのトランプ氏が目指しているのは「外国人を排除」した「白人の米国」であることが分かった。下院民主党のトップで下院議長のナンシー・ペロシ氏はこう語った。

         多様化か分断か
 計算づく発言
 トランプ氏は黒人やヒスパニック(中南米系)など少数派民族、および女性や性的少数派(LGST)、さらには米国へ多数の移民を送り込んできた中南米諸国に対しても、差別的発言を繰り返してきた。同大統領が最優先としてきたのが移民政策だった。米国への新たな移民の制限を象徴するのが、主として中南米諸国から米国への難民・移民の通り道になってきたメキシコ国境を長大なコンクリート壁で封鎖するという計画。「壁」建設は民主党の抵抗でまだ予算が議会で阻まれているが、メキシコとの国境地帯では移民認定の条件が厳格化されたことで、難民の大渋滞が起こっている。
 難民の一時的な収容施設は不十分で、幼い子どもが親と長期間引き離されたり、国境の川で親子がおぼれて死亡したりしていると、メディアでは大きなニュースが連日のように報じられている。トランプ氏が「元の国に帰れ」と迫った民主党議員のひとりは最近現地を訪問して、難民は「強制収容所」に入れられたような状態だと非難していた。これにトランプ氏がかっとなったようだ。しかし、その怒りを有色人種の、それも女性ばかり4人に向けたことは、同氏の差別意識がどこにあるかをうかがわせるし、選挙戦をにらんで支持者層に強く訴えることを狙った計算づくの発言だったと示唆している。
 白人の過半数割れ
 トランプ大統領とその熱狂的な支持者たちが、非白人の移民を受け入れて「多元文化の国」になりつつある米国を「白人の米国」に引き戻そうとしているならば、あまりにも無理な話だ。だが、政府が10年ごとに実施してきた国勢調査から米国の人口構成の動き(次の表)を見れば、トランプ氏がどこに狙いをつけているが分かる。

       総人口    白人   黒人 アジア・太平洋系  米国先住民 ヒスパニック
1980(年) 2億2655(人) 86.4(%) 11.6             1.7                          0.6                6.4
1990       2億4871         80.3       12.1             2.9                          0.6                9.0
2000       2億8142            75.1    12.3             3.7                          0.9               12.5
2010    3憶0875       72.4    12.6        5.0                          0.9               16.3
 注:表の中の「ヒスパニック」は人種別分類ではなく、中南米からのスペイン語系の人たち。この中には少数の白人がいて、「白人」にダブルカウントされているので比率合計は100%超になる。

 注目されるのがまず「ヒスパニック」の急速な増加である。ヒスパニック移民の項目が国勢調査に記載されるようになったのは1980年からだ。それ以前の調査には「ヒスパニック」のデータは残されていない。2020年調査ではヒスパニックの比率は20 %に迫ると予測されている。アフリカ系(黒人)の比率は低く、アジア・太平洋系はまだ5%だが、着実に増えてきた。そしてヒスパニックの対極にいるのが「白人」で、これも着実なペースで減少の道をたどっている。
 専門家の推計によれば、白人人口は2040年代の後半から2050年ごろには過半数を割り込むとみられている。21世紀入りして既に20年になろうとしているのだから、そんなに先のことではない。その時、われわれはどんな立場に置かれるのだろうか。これまで差別する側にいた白人の中に「不安感」あるいは「恐怖感」が生まれていて、それがトランプ支持に駆り立てて、それをまたトランプ氏が煽る。これが今の状況だ。
 「るつぼ」―いまは「サラダボウル」
 米国は南北戦争で奴隷制度を終わらせたものの、黒人差別を未だに断ち切れないできた。そこにヒスパニック移民が増加の一途をたどり、さらにアジア系移民も着実に増え、中東世界の混乱がイスラム教徒の移民を押し出している。非白人系の人口増の一方、欧州などからの白人の移民はほとんどない。「ホワイトとブラック」に「ブラウン」(中南米系)や「イエロ-」(アジア系)が加わり、人種問題は多様化し、複雑化した。「皮膚の色」で国民を仕分けするこはますますできなくなっている。
 米国は「人種のるつぼ」と呼ばれた。「アメリカン・ドリーム」を夢見て米国に来た移民は「アメリカ」というるつぼに入れられ、同化されて米国人になる。だが、この時代はとうに過ぎた。さまざまな文化を持った移民たちがやってくる。彼らは同化は拒否するが、その多様な文化が混ざり合いながら新しい米国文化を創り出す。米国サラダボウル論である。様々な楽器が一つのハーモニーをつくりだすというオーケストラ論をとなえる人もいる。トランプ氏はサラダボウル論もオーケストラ論も拒否して米国を「るつぼ」に戻そうとしていることになる。
 これは無理な話だ。トランプ氏ができることはヒスパニックやアジア・太平洋系の人口増加をできる限り制限して、白人の過半数喪失を少しでも先延ばしするしかない。これがトランプ移民政策の狙いだろう。直近のロイター通信世論調査にみる限り、共和党員の支持率が83%から86%に上がり、民主党員の間では10%と変化なく、無党派層では42%の支持率が35%に激減した。この数字は共和、民主両党の分断が固定化していて、選挙戦は無党派層の票次第という政治状況を改めて示している。無党派層の反応は当然という気がする。しかし、トランプ氏の支持率が40%前後を維持してきた事実は重い。

        人種差別―前進と巻き返し
 米国は「自由・人権・平等」の独立の理念の上に民主主義のモデル国家を目指してきた。しかし、その背後では人種差別との絶え間ない闘いが続いてきた。共和、民主両党の政治権力交代にはいつも「人種差別問題」がからんでいた。この歩みそのものが米国だったともいえる。その歩みは早くはなくても、辛抱強く前に進んできた。だが、人種差別は米国が負っている(人類にとっても)「業」のようなものだから、必ず「巻き返し」が起こった。
 南北戦争、大恐慌、ルーズベルトのニューディール、公民権運動、レーガンの「保守革命」はいずれもこの「前進と巻き返し」のサイクルでとらえられる。「人種差別」をはさんで共和党は奴隷解放の党から右派・反移民の白人党へ、民主党は南部を喪失して白人リベラルと少数派の党へと、立場を入れ替える転身を果たした。初の黒人大統領の誕生は米国民主主義の勝利と内外で評価されたが、不幸にもそれが米国政党政治を麻痺させ、極右トランプ政権の登場につながった。2020大統領選挙で米国はどちらの道を選択するのだろうか。

 南北戦争と白人至上主義
 南北戦争は黒人奴隷制度を終わらせた。戦勝した北部は12年にわたって南部を軍事占領、その下に置かれた南部11州は、黒人奴隷制度は失ったものの、北部による「再建」を事実上拒否した。KKKを名乗る過激な白人至上主義団体も生まれ、解放された奴隷や白人が多数リンチで殺害された。20年もたたないうちに最高裁が「分離はしても平等」(1896年)と「ホワイトオンリー」を合法化。共和党は70年にわたる長期権力を享受した。
 大恐慌
 1929 年に始まった大恐慌で共和党の長期権力が崩壊。民主党ルーズベルト政権が登場、女性、黒人とその他の少数派を雇用に際して差別してはならないとする「公正な雇用」大統領令を出すなど、職を失った人たちの雇用を促進、政府機関にも採用。黒人をはじめとする少数派、労働組合、インテリ層などに支持基盤を拡大して異例の4選。黒人の多くが共和党から民主党へ移籍を始めた。
 2つの大戦と黒人部隊
 2つの世界大戦で、黒人は白人と別の部隊に編成させられた。第2次大戦では黒人部隊は訓練も装備も白人部隊と比べて劣悪、死傷率は白人部隊よりはるかに高かった。その中で窮地に陥った白人部隊を救出するなどの多くの勲功を収めた(日系人の2世部隊も)。 ルーズベルトは軍隊内における差別を禁じると布告、トルーマン大統領も戦後、同趣旨の行政命令を出すなど、軍隊から黒人差別を緩和する流れを作った。
 公民権運動
 最高裁が1954年公立学校における差別禁止の判決。差別の強い南部で黒人子女が公立学校への入学を試みたり、白人客優先のバスをボイコットするなどの動きが起こり、公民権運動が広がった。ジョンソン大統領は反対する南部民主党を抑えて公民権法(1964年)と黒人投票権法(1965年)を成立させ、さらに公的機関での採用に黒人枠を設定、公立学校の白人と黒人を同じ学校に通わせるためのバス通学導入などを求めた行政命令を出した。白人が強く反発、ジョンソンは行政命令で民主党は南部を失うだろうが、これが正義なのだと語った。
 南部民主党崩壊
 ジョンソンがベトナム戦争の軍事的勝利を断念、大統領選挙出馬を取りやめ。キング牧師暗殺。大統領選挙の最有力候補、民主党ロバート・ケネディ暗殺。黒人過激派の武力闘争やベトナム反戦運動で大学や都市が大混乱。若者の「反体制文化」がまん延。1968年は歴史に残る年だった。「法と秩序」を掲げた共和党右派ニクソンに民主党南部の票が流れ、僅差の勝利。ジョンソンの予言通りだった。
 レーガンの保守革命 
 1980年大統領選挙。共和党右派レーガンが民主党現職カーターに圧勝。南部に残っていた民主党保守派がそっくりレーガン支持に回った。ルーズベルト以来、米国政治を支配してきた民主党リベラリズムの時代は終わった。共和党右派はこの勝利を保守革命と呼んで党を支配、穏健派は姿を消していく。
 初の黒人大統領 
 レーガン、ブッシュの共和党政権の後、両党はそれぞれ2期8年と権力を分け合った後、2009年に初の黒人大統領のオバマ政権が誕生、共和党は激しく反発した。オバマは米国生まれではないから大統領になれないと、ホストを務めるテレビ番組でオバマ出生地探しを執拗に取り上げたのがトランプだった。党員の3分の2 がこれを信じた。両党の「対話」は不能に。


                                 (以上)
2019.07.19 WTOの裁定で解決を!悪化する一方の日韓関係
「報復」を即時撤回せよー朝日新聞社社説は良識だ

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

 悪化する日韓関係。日本政府は7月1日、韓国向け輸出の規制を強めると発表し、一方的にその実施に着手した。規制の対象となるのは、スマホやテレビの電子部品、半導体基板に塗る感光材、半導体洗浄に使うフッ化水素など3品目、すべて、韓国の高度な電子部品・製品の生産に不可欠な原材料。国際的に日本のシェアが大きく、韓国も、日本からの輸入への依存度が大きい。日本は輸出をスムーズにするため、2004年に指定した韓国をはじめ、米国など27か国を安全保障上問題がない「ホワイト国」に指定、軍事転用が可能な技術や製品の輸出手続きを包括的に実施し、個別審査を簡略化するなど優遇してきた。
 今回、日本政府は、一方的に韓国を「ホワイト国」から外した。そのため韓国への輸出手続きが個別の審査となり、日数がかかるうえ、不都合な障害が起こりかねない。政府はこの制裁措置について、韓国政府に対応を求めていた諸問題が、大阪での20ヵ国首脳会議までに解決しなかったことを理由の一つに挙げた。それは、韓国最高裁判所の元韓国人徴用工らへの損害賠償判決への対抗措置で、報復ではないと否定はしたが、「韓国との信頼関係のもとで輸出管理に取り組むことは困難だ」(西村官房副長官)と説明した。日韓の主要メディアはすべて、徴用工問題への対抗あるいは制裁措置だと報道した。その後、両国政府は、事務レベルの協議を行ったが、まったく進展せず、2週間が過ぎた。
 もはや、日本・韓国二国間での交渉では解決の見込みはないと思う。国際的な経済、貿易紛争を調停し、解決に導く国連のWTO(世界貿易機関)に提訴し、解決方策を委ねるしかない。そのためには、一方的な報復、輸出規制を解除しなければならないだろう。
 この件では、国内主要メディアのうち、日本政府に対し即時撤回を要求した朝日新聞の社説が最も明快だった、と思う。記録のためにも、全文を紹介しようー


(2019年7月3日付け朝日新聞社社説 全文転載)
対韓輸出規制 「報復」を即時撤回せよ
 政治的な目的に貿易を使う。
 近年の米国と中国が振りかざす愚行に、日本も加わるのか。自由貿易の原則を捻じ曲げる措置は即時撤回すべきである。
 安倍政権が、韓国への輸出の規制を強めると発表した。半導体をつくる材料の輸出をむずかしくするほか、安全保障面で問題のない国としての優遇をやめるという。
 日韓には、戦時中に朝鮮半島から労務動員された元徴用工への補償問題がくすぶっている。韓国政府が納得のいく対応をとらないことに、日本側が事実上の対抗措置にでた格好だ。 
 大阪でのG20会議で議長だった日本は「自由で公平かつ無差別な貿易」を宣言にまとめた。それから2日後の発表は、多国間合意を軽んじる身勝手なすがたをさらしてしまった。
 かつて中国は尖閣問題をめぐり、レアアースの対日輸出を止めた。米トランプ政権は安全保障を理由に鉄鋼などの関税を上げた。国際社会はこうした貿易ルールの恣意的な運用の広がりを強く案じているさなかだ。
 日本政府は徴用工問題を背景に認めつつ、「韓国への対抗措置ではない」などとしている。全く説得力に欠ける。なぜいま規制なのか、なぜ安全保障にかかわるのか、具体的な理由を国内外に堂々と表明すべきだ。
 日本は今後の貿易をめぐる国際論議で信用を落としかねないうえ、日韓双方の経済活動に悪影響をおよぼす。そんな規制に矛盾した説明で踏み切るのは、無責任というほかない。
 今のところ、半導体の材料輸出そのものを禁じてはいない。だが審査期間が長引けば、供給や生産に響く。規制の運用によっては、かなりの生産が止まるとの見方も出ている。
 韓国と取引する日本企業にも被害が跳ね返る公算が大きい。将来的には韓国企業が供給元を変える可能性もある。
 政治の対立を経済の交流にまで持ち込むことが、日韓関係に与える傷は計り知れない。
 確かに徴用工問題での韓国政府の対応には問題がある。先月に示した解決への提案は、日本企業の資金が前提で、日本側には受け入れがたいものだ。
 しかし、今回の性急な動きは、事態を一層こじらせている。機を合わせるように、韓国の司法当局は、日本企業の株式を現金化する手続きを一歩進めた。韓国は世界貿易機関(WTO)への提訴も検討するといい、報復の応酬に陥りかねない。
 日韓両政府は頭を冷やす時だ。外交当局の高官協議で打開の模索を急ぐべきである。国交正常化から半世紀以上、隣国間で積み上げた信頼と交流の蓄積を破壊してはならない。

2019.07.13 最大限の交渉だけがイランとの戦争を防げる
(2019年7月8日付けニューヨーク・タイムズ掲載の署名寄稿)

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

 米国内でも、トランプ政権によるイランとの戦争を避けるために、多くの人々が発言、努力を続けている。ここでは7月8日付けニューヨーク・タイムズ掲載の、ノーベル平和賞受賞女性二人の共同署名寄稿を全文紹介しますー

ノーベル平和賞受賞者のイラン、米国女性の発言
 イランは経済制裁の解除、米国はイランが核兵器を取得しない保証を求めている。いまこそ、話し合いの時だ(全文)

シリン・エバーディ(イラン人、自国での人権活動で2003年受賞)
ジョデイ・ウイリアムス(米国人、対人地雷禁止運動で1997年受賞)

 7月7日、イランは、ウラン濃縮の制限ー原子力発電のために必要な3.67%のウラン濃縮―を破ったと発表した。その制限は、2015年にイランと米国はじめ主要国の交渉合意で詳細に取り決めたこと。イランは、その制限を超えると警告していた。
 ロウハニ・イラン大統領は3日、「イランは必要なレベルの」ウラン濃縮をすると述べた。これに対しトランプ米政権は、イランが「核への野心と悪意ある行動を放棄するまで、厳しい経済制裁で“最大限の圧力”をかけ続ける」と応じた。
 私たちは、平和を求めて人生を捧げてきた米国とイランの市民として、われわれの国家が緊張を高めていることに、深く懸念している。
 トランプ政権の最大限の圧力政策は、私たちをペルシャ湾地域での新たな軍事紛争の瀬戸際に押しやり、さらに戦火を拡大した。テヘランは、核兵器の生産まではるか遠い所にいるが、ワシントンとの合意の失敗が、その核計画をもっと積極的に進める圧力になるかもしれない。これが、世界での危険な先行者とともに、無制限な核兵器拡散を導く可能性もある。
 ワシントンとテヘランは直ちに、核合意の他の署名国の支持の下に、双方の合意条項の原案作成開始をはじめ、できる限りの外交努力で事態の鎮静化に努めなければならない。
 イランは経済制裁の解除を望んでいる。米国は最低限、イランが核兵器を取得しない保証を求めている。米国とイランが互いの懸念に対応する合意に責任を持つことが必要だ。
 ロウハニ大統領は3日、テヘランの対応が全面的に取り消し可能であることを明確にして「われわれの行動は、一時間以内に以前の状態に戻ることが可能である」と明言した。彼の発言は、交渉を望んでいることを示している。
 この開け広げな提案は、紛争解決に異例な機会をもたらすもので、直ちに専門家と賢明な外交折衝によって対応する価値がある。米国は対話に応じることによって報いることができる。(注:米国のイランに対する)最大限の圧力政策は、イラク、イエメン、シリアでの、イランのより大きな“悪行”を導くだけだ。
 やり過ぎは危険であり、いまは用心深い対応が必要だ。イランが核合意を順守するための60日間の最終期限が7日に切れ、他の合意調印国―中国、フランス、ドイツ、ロシア、英国―は、核合意を尊重したが、米国は拒否した。イランはこれ以上、最終期限を延長しなかった。
 イラン内部では、米国との関係悪化が、人権擁護勢力をテロリスト、裏切り者とするイラン当局の姿勢を強めさせている。
 テヘランはすでに、人権弁護士のナスリン・ソトウデに対し、不公平な裁判で38年半の投獄、むち打ち148の判決を下した。人権擁護センター副総裁のナルゲス・モハンマディに対しては、イランでは先進的な人権擁護活動に21年の投獄を判決した。 
 これらの活動家たちは、人権尊重を要求する活動への抑圧に耐え続けてきた。米国との緊張が強まるなか、テヘランは人権擁護活動家たちへの締め付けを強化し、米国との共謀、“西側の理想”を称賛することへの当局の対応が柔軟になるとは見通せない。
 軍事紛争は、自由と民主主義への戦いを危険にするだけでなく、すでに米国の制裁で締め付けされているイラン経済へさらに打撃を与えるだろう。
 イラン人は制裁の再開後、通貨が60%下落し、失業の増加と生活費の上昇に大きな影響を受けている。食料価格は急騰し、一般国民は肉と野菜の代金を払いきれない。一方、支配権力に近い人たちは、制裁によってより盛んになった腐敗によって利益を得ている。
 イランの国境の外では、米・イラン紛争はイスラエル、イラク、サウジアラビア、イエメン、シリアを巻き込み、すでに分極化しているペルシャ湾地域をより危険な方向に引き離しつつある。
 この地域のすべての国の中でも、最も過酷な人道危機のイエメンは、イランが支援するフーチ勢力とサウジアラビアとアメリカが支援する勢力との戦闘が続いている。米国・イラン紛争の緊張の高まりは、イエメンの和平プロセスを危なくし、紅海沿岸の港の使用とイエメンへの支援物資搬入改善に悪影響しかねない。
 アメリカ国民にとっても紛争のコストは高い。何年もイランは、自国の自衛戦略の中で、中東の米軍を攻撃する用意を整えてきた。テヘランは鋭敏で,精巧なミサイル部隊を保有し、その戦力は、この地域での米国とその同盟国の利益に挑戦するだけの装備を備えている。戦争になれば、イラン、イエメン、そして米国の一般市民たち、多くの女性と子供たちは、避けられるはずの最高の代価を支払うことになるのだ。
 いまこそ、ワシントンとテヘランに正気をとりもどさせ、非軍人中心の最大限の外交アプローチで、われわれ関係諸国の間のもろい平衡を護るべきときだ。この地域での平和への呼びかけは決して強くはなく、その成功確率は決して高くはないのだが。(了)


       
2019.06.29  最悪、最低の顔ぶれのG20大阪サミット
     直前に日米安保破棄発言のトランプ大統領から殺人関与濃厚のサウジ皇太子まで

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

 大阪で6月27,28日に開催された主要20ヵ国・地域首脳会議の開会会合のテレビ中継を見ながら、「G20最悪、最低の顔ぶれだ」と思った。G20は2008年にワシントンで開催されてから、毎年開催され、日本では初めて。まず、トランプ米大統領。2年半前の就任以来、第2次大戦後、米国が先導して営々と築いてきた、平和と経済繁栄をめざす国際的秩序、条約・協定から次々と脱退する徹底した無責任と利己主義。欧米など6か国がイランと締結し、実行された核合意から米国だけ一方的に脱退。現在は原子力空母艦隊をはじめ軍事力をイラン周辺海域に集中して、いつでも攻撃する態勢だ。
 歴代米政権が最も信頼してきた英国のメイ首相は退任直前、フランスのマクロン大統領には、反対勢力の激しいデモが続く。そして、トランプが就任以来、真っ先に訪問し、兵器の巨額売却の約束を獲得、イランを敵視する中東政策の頼りとするサウジアラビアから参加したのは、米国を本拠地にしていた自国民の国際的ジャーナリストを訪問先のトルコ大使館内で殺害した事件の関与が濃厚視されるムハンマド皇太子。
 ついでに中東からの首脳だけを紹介すると、まずエジプトのシシ大統領。2012年の「アラブの春」で独裁政権が倒れ、その後の史上初の大統領選挙で選ばれたムスリム同胞団のモルシ大統領の政権を13年にクーデターで打倒。大統領以下の同胞団員を大量に逮捕投獄・殺害。15年の選挙で大勝、大統領に就任。憲法を改正して任期を2030年まで延長できる制度にした独裁者だ。
もう一人、トルコのエルドアン大統領。2014年8月、初の直接選挙による大統領選で当選。以後独裁色を強め、16年7月、軍の一部がクーデター未遂事件(大統領の陰謀の疑いがある)を起こし、中東では際立っている自由、活発なメディア、公務員から野党支持勢力を多数逮捕・投獄、追放した。しかし、エルドアンの独裁的政治に国民の不満、批判が高まり、今年、大統領の要求で再投票まで行われたトルコ最大の都市、イスタンブールの市長選挙で、野党の対立候補に敗れた。
 そして安倍首相。主要国の首相の中で、最もトランプにゴマをすり、トランプの信頼が厚いと内外に誇示していた。だがその実、安倍首相が知っていたかどうか不明だが、じつは、米国内での集会や目立たないメディアへの発言で、日米安保条約の破棄の可能性を主張。さらには米国の諜報機関がやった疑いもある日本タンカー攻撃については、「警護は自国でやれ」とまで言っているのだ。 以下に朝日新聞の引用を紹介しよう。

 日米安保をめぐるトランプ大統領の発言―
「日本が攻撃されたら我々は軍事力を行使しなければならないが、我々が攻撃されても、日本人は何もせず、家でソニーのテレビを見ていられる」(2016年8月5日、アイオワ州の選挙集会)
「日本のことに関して言えば、私はすべての同盟国を助けたい。しかし我々は巨額の金を失っている。世界の警察官にはなれない」(同年9月26日、大統領選の最初のテレビ討論会)
「日本は原油の62%を(ホルムズ)海峡経由で輸入している。なぜ我々が他国のために無報酬で航路を守っているのか。自国の船舶を(自国で)守るべきだ。」(2019年6月24日、トランプ氏のツイッター)
「トランプ大統領は日米安全保障条約を破棄することに言及した」(同日米ブルームバーグ通信)