2019.10.05  韓国で日本を想う―6日間のソウル観光を終えて (中)
          韓国通信NO615

小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)

<秋夕>
 今年の「お彼岸」-秋夕(チュソク)は9月13日だった。陰暦の8月15日が太陽暦でこの日にあたる。韓国では秋夕に法事のために一斉に里帰りする。「民族の大移動」とも言われ、ソウルの町はカラッポになる。<下写真/鐘路大通りから人も車も殆ど姿を消した13日正午ころ>
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 12日、私がかつてハングルを教わった「先生」の墓参りをした。
 私がハングルを教わったのは朴媛淑さん、朴仙姫さんという姉妹である。二人とも国費留学生として東大の大学院で学び、40年も昔、私たちにボランティアで韓国語を教えた。ある人が「韓国の宝」と称賛したほど、優秀な姉妹だった。
 姉の媛淑さんは帰国後、陶芸家として、また晩年は韓画作家として活躍したが、61才の若さで亡くなられた。妹の仙姫さんは帰国後、公務員として食品安全部で活躍中だ。

 墓参には、「先生」と旧知の李君を誘った。ソウル郊外盆唐(ブンダン)の地下鉄駅前で待ち合わせ、彼の車で忠清北道の清州(チョンジュ)市に向かった。生憎の雨模様だったが、帰省ラッシュに巻き込まれることもなく霊園で妹さんの仙姫さんと落ち合うことができた。納骨堂に納められた仙姫さんの遺骨と位牌の前で、しばらく故人の思い出話をした後、三人で会食した。

<日本が心配>
 久しぶりの再会で話は尽きない。
 「韓国に避難してきませんか」と、李君は放射能汚染水を心配した。「日本大好き」の彼はかつて一人娘を日本に留学させる夢を語っていたが、2011年以降、口に出さなくなった。逆に私たち夫婦に避難をすすめたことに耳を疑った。福島の汚染水について、韓国の人たちは日本人以上に深刻に受け止めているようだ。日本には、120万トン近い大量の汚染水を海へ放流する計画がある。慎重で冷静な議論が必要であるにもかかわらず、韓国政府の懸念に対し、「よけいなことをいうな」とばかりにケンカ腰になる日本政府。
 韓国にも24基の原発がある。韓国政府が原発について日本にとやかく言える立場ではないのは事実だが、事故処理ができないでいる日本に韓国を批判する資格はない。韓国の要請に「逆ギレ」して、前後見境もなく海へ放流することになったら、それこそ本末転倒だ。
 聞く耳を持たず理性を失ったような日本の外交。それこそ「冷却水」が必要だ。福島の漁民たちが海洋汚染を心配するように韓国が心配するのは当たり前のこと。当たり前で大切なことが「韓国ぎらい」の中でかき消されようとしている。

 焼き肉を食べながら、話が日韓関係の問題に向かったのは当然の成り行きだった。朴さんは日韓関係の悪化を心配しながら、韓国内の安倍政権批判に対しては同調しなかった。韓国側の対応にも問題があるという。何処に問題があるのか、という質問には「悪化している現状がその答え」というばかり。安倍政権の歴史認識を問題にする男性二人(李君と私)は意気込むのだが、彼女はそれを言いだしたら解決にはならない、と冷静だ。議論はそれ以上深まることはなかった。

<考える韓国の人たち>
 実質秋夕入りとなったその日、駅の売店、コンビニで新聞を手に入れることができず、やっとホテルで朝刊を手に入れた。
 12日付『朝鮮日報』は一面、二面、三面で法務部長官に就任した曹国氏の疑惑を報じ、広告のページでは「文在寅退陣、国民運動」のキャンペーン。光化門広場で開かれる決起大会の呼びかけが行われていた。その他、秋夕の関連記事と並び、安倍内閣の組閣人事の記事が目についた。
 1920年創刊の朝鮮日報は東亜日報、中央日報とならぶ韓国の三大紙で、最も保守、財閥寄りの新聞として知られる。文現政権に批判的なのは日本の新聞各紙と共通するが、安倍政権に対する批判もなかなか厳しい。日本では『赤旗』「日刊ゲンダイ」以外に、朝鮮日報並みの批判記事を書いた新聞はあったのだろうか。以下、要約して紹介する。

 見出し―「安倍内閣19名中17名交代…右翼強硬派前面に」/ 小泉進次郎の任命式に向かう写真とともに、茂木、萩生田、菅原、河野新大臣を顔写真入りで紹介。
 小見出し―経済産業相に右翼菅原、外相に9回当選のベテラン茂木「韓国へ国際法違反是正を要求する」、小泉元総理の次男 進次郎は38才で男性最年少入閣
 11日に行われた内閣改造では19名の閣僚のうち17名を更迭、右翼傾向の強い人物と側近を大挙入閣させた。今回の改造によって安倍政権の右翼的体質は色濃く、韓国は勿論、周辺諸国との衝突が繰り返されることが懸念される。第二次安倍内閣発足以降の最大の内閣改造だが、麻生副総理、菅官房長官はいずれも留任。茂木外相は就任最初の記者会見で「(韓国の徴用工判決に触れて)韓国の国際法違反の状態が1年近くも続いているのは遺憾だ、是正を強く求めていく」と語った。韓国に対する輸出規制問題を担当する菅原経産相は日本の右翼団体「国民会議」に所属し、「河野談話」を否定する立場の人間だ。東京の消息筋によると「安倍首相の狙いは外務大臣と経産相の変更によって日韓関係に新しい雰囲気を作ろうとする意向が働いた」と言われる。安倍首相はこれまで韓国との関係で問題発言を続けてきた人物を大挙起用した。総務大臣として再抜擢された高市早苗も植民地支配を謝罪した村山談話を否定した人物として伝えた。萩生田文科大臣は首相の側近中の側近である、と伝えた。

 以上、記事を短かくまとめたが、改造新内閣の右翼的傾向を見事に伝えていた。
 徴用工問題に端を発した日本側の経済制裁に韓国社会は大反発し、「日本製品の不買運動」、「日本に行かない」キャンペーンを展開中だ。キャンペーンに感情的な側面があることは否めないが、最近では、ズバリ「NO(아베)アベ」と、安倍首相に焦点をあてた意思表示がみてとれる。首相個人を前面に押し出した運動はこれまでないことだ。これを「反日」運動と日本のマスコミ各社は伝えるが、明らかに間違い。正確には「反安倍」である。『朝鮮日報』が、安倍内閣を右翼集団と断定したことからわかるように、韓国は保守・革新を問わず「NOアベ」である。
 久しぶりに鐘路の教保文庫(大規模書店)をのんびり歩いてみた。青木理氏の著書『安倍三代』(2017)と『日本会議の正体』の翻訳本が山積みにされていた。ベストセラーだという。「日本会議」に乗っ取られた感のある安倍政権に対する韓国市民の警戒心と関心は相当なものだ。
 「他に適当な人がいない」「安定感があるから」という理由で、安倍政権をなんとなく支持する日本人には理解しがたいかもしれないが、日韓関係の悪化の原因は安倍首相個人にあると考える韓国人は多い。

<未来のために>
 日韓関係改善の糸口が見いだせない状態が続く。両国の関係悪化を憂いながら、ほとんどのテレビ番組は、連日のように文在寅大統領の批判をするという異常な状態が続いている。そして、韓国バッシングでは、韓国問題の「専門家」たちが競って韓国批判の旗振り役を務める。政府に都合のいい「反韓ムラ」の人たちだ。中でも韓国大使館勤務を振り出しに駐韓大使を勤めた武藤正敏氏の“活躍ぶり”が注目される。

 『日本大使が徹底分析 韓国の大誤算』(2016)、
 『韓国人に生まれなくてよかった』(2017)
 『文在寅という災厄』(2019)
 という彼の著書のタイトルからもわかるように、韓国への悪意が感じられる。元大使の肩書で韓国への非難を売り物にテレビで発言しているように私には思える。韓国の実態を本国(日本)に忠実に伝え、両国関係を円滑にするのが大使の仕事と思っていた私には信じがたい。
 彼が韓国に赴任中には、大使館前で「水曜デモ」が毎週続けられていた。彼は大使館のなかにこもって元慰安婦のハルモニたちへの蔑視と憎悪の念を燃やしていたのだろうか。
 こじれている徴用工問題の責任も武藤氏にあると言っても過言ではない。企業責任を問われた被告企業三菱重工業の顧問だったという経歴から、武藤氏が重工の利益を守る立場だったといわれても仕方ない。

 実は安倍政権と同調者たちがまき散らす「反韓」「嫌韓」に反論するのに少々疲れている。バカバカしくなったというのが偽りのない私の気持ちだ。それでも黙っていたら「負け」という気持ちもある。この異常事態を克服するのは容易ではない。
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戦争と狂気のファシズムに抗して闘った先人たちを思うと、私たちにはまだまだやれること、しなければならないことがある。<左写真/8月27日首相官邸前の「韓国バッシングへの抗議集会」には約500人の市民が集まった>
 言い尽くされた感もあるが、やはり一人ひとりが自分の目で確かめ、考え、行動するほかない。武藤正敏氏に代表される「反韓」専門家たちの嘘を見抜くのは、隣国とは対等に、隣人として敬い、平和を愛する私たち一般市民をおいてない。

 秋の旅行シーズンを迎えてなお、韓国への飛行機代は往復1万円以下である。韓国からの旅行客激減が影響していると思われる。日韓の交流事業が相次いで中止になるなか、頑張って交流を続ける団体も少なくない。この時期にこそ魅力あふれる韓国へ! ご一緒しませんか。未来のために。<次号に続く>

2019.10.01  中国経済をどう見るか
          ――八ヶ岳山麓から(292)――    

阿部治平 (もと高校教師)

この数年「中国経済は中所得国の罠にはまり始めた」「近々崩壊する」といった議論が論壇に繰り返し現れている。だが中国経済は減速したとはいえ、昨年もバブルははじけず、破綻もしなかった。だれが見ても崩壊したのは「中国経済崩壊論」のほうである。
とはいえ中国経済には、成長速度の鈍化、就業人口の減少、構造問題、金融引き締めによる倒産と失業人口の増大、そして依然拡大する富の偏在、2018年春米大統領トランプが仕掛けた米中貿易紛争の衝撃といった問題がある。

中国国家統計局が9月16日発表した8月の工業生産は前年同月比4・4%増だった。伸び率は2002年2月(2・7%増)以来、17年半ぶりの低水準となった。米中貿易摩擦の長期化で製造業の不振に歯止めがかからなかった(北京共同)。
中国経済は2000年から8%強の成長を遂げ、一時は10%台になったが、近年は明らかに減速している。中国国家統計局は、2019年1月、物価変動を除いた2018年の国内総生産(GDP)の実質成長率をプラス6.6%と発表した。2017年6.8%より0.2ポイントのマイナスであるが、中国の統計の信頼性からすれば、これは誤差の範囲かもしれない。
減速の原因は、「デレバレッジ」と米中貿易摩擦である。中国企業の金融分野以外の債務残高はG20の中で最大、GDPの1.5倍となり、放置できなくなっていた。債務圧縮・緊縮政策は2017年の中央経済工作会議の決定によるもので、2020年までの中期的な目標とされている。「デレバレッジ」の結果は、インフラ投資の急減となった。
この数年間、アメリカは金融バブルの膨張に頼って好景気を演出したが、中国はバブルを意図的に縮小した。中国がデレバレッジ政策に向かったのを見て、バブル崩壊だとさわぐ論者は多い。だが中国の実体経済は見かけよりも強力だ。

これについてはきわめて楽観的なのは、マルクス経済学雑誌「経済」(2019年9月)に掲載された中国経済専門家井手啓二氏の論文「どうなる中国経済―米中貿易紛争と中国の対応」である。井手氏は「結論からいえば」として、以下の4点を挙げる。
〇中国はアメリカに替り、自由で公正な貿易制度の擁護と改革の立場にたち、比較的に抑制した対応をしている。言論性においてアメリカは、初めから敗者である。
〇しかし、中国政府は、軍事力の増強に努め、基本的人権の擁護や平和的国際環境の構築の姿勢を確立しておらず、諸国民の期待には応えていない。
〇トランプ政権の一方的攻撃には毅然として対応し、改革・開放の深化で困難を乗り切ろうとしており、この点では世界経済の発展にとり、積極的役割を演じている。
〇米中経済紛争は中国経済に打撃を与え、困難を作り出しているが、決定的なものではなく、中国経済は今後も高成長を継続する。
井手氏のこの数年の中国経済に対する評価は次のようである。
すなわち2010年から「新常態」・中高速成長時代に入った。現状は、質と効率の向上を基礎とするインテンシブな経済発展へ向かう転型期にある。2018年はGDPが対前年比0.2%減を認めながらも、6.6%増加して全体としては安定的高成長が持続したというのである

ここでは、中国の軍拡や人権問題はひとまず置くとして、井出氏もマイナス要因は無視できない。これについて、氏は過剰生産能力、過剰債務など成長下降圧力が未解決の中で、米中貿易紛争がはじまった。その影響はまだ18年の統計数字には反映されていないが、就業人口のはじめての減少があり、今後は労働生産性の向上に頼らねばならないという。
さらに米中貿易紛争の18年経済への影響は、①人民元が高から安に、株が株安に転じたこと、②それが貿易依存度の高い沿岸諸省にとって大打撃となったこと、③設備投資が低調だったこと、④一部産業がベトナムなど周辺諸国へ移転し始めたことなどにあらわれているとみている。
こうした認識にもかかわらず、井手氏は、中国経済が「今年も世界最高レベルの成長を維持するであろうし、6%台成長は高成長であって世界経済成長の最大の牽引車となることは動かない。米中貿易摩擦はあっても、今年も中国躍進の1年となろう」という。

ジャーナリストの福島香織氏は中国経済崩壊論を繰返してきた人物だが、近著でもそれに対する反省はない(『習近平の敗北――紅い帝国・中国の危機』(ワニブックス 2019)。
だが福島氏が中国農業銀行首席顧問・人民大学国際通貨研究所副所長の向松祚教授の説を援用して指摘している事実は、たしかに中国経済に存在する。以下それを見よう。

向教授は、中国の2018年のGDP 成長率は実は6.6%ではなく、国務院の調査チームによれば、1.67%だったという。
さらに過去10年来、中国企業は銀行から金を借り社債を発行しシャドーバンクなどに頼り、低い自己資本比率で投資してきた。
他方、2017年の上場企業すべての利潤は3兆3000億元だが、40数社の銀行と不動産業がその3分の2を占めている。つまり一般企業の利潤は極めて少ないのである。
前述の通り、中国政府は2018年3月以降「デレバレッジ」によって金融バブルの軟着陸を図った。これによって、企業への資金の流れが滞り、社債不履行総額は1200億元に達した。2018年1年間に中国の資本市場は30%、7兆元あまり縮小し、2018年上半期だけでも倒産企業は504万社に達した(網易ネット)。中国企業総数は3100万社だから6分の1が倒産したことになる。

向教授の指摘の中で重要なのは、「国進民退(国有企業の肥大と民営企業の後退)」が一層進んだことである。2018年1~10月のあいだに、50以上の上場民営企業の株300億元相当が政府機関である国家資産管理委員会によって買い占められ、大企業も含めてかなりの数の民営企業の経営権を政府が握るという状況になった。
民営企業は就業人口の7~8割を担い、中国のイノベーションの担い手であるが、民営企業への圧力は1000万人超の大量の失業者を生むことになった。

この背景には金融バブルのほか、国有企業のもつ構造的問題がある。2018年の中国の売上上位10企業のうち、8社が国有企業であるが、それは国有企業が優秀だからではない。国有企業は経営が苦しくなれば政府の援助を求めることができ、自助努力の必要がない。トランプ米大統領は対中批判の際、何度かこれを指摘している。
中国経済の専門家関志雄(C. H. Kwan)氏によれば、国有企業は水資源・電力・土地・石油・天然ガスなど、産業の川上における独占的地位にあって、低効率であろうがなかろうが、その価格を吊り上げることができる。これに対して民営企業は原材料を不利な条件で購入し、その分収益を減らすことになる。また民営企業が国有企業の競争相手となったとき、政府がこれに介入して民営企業を規制したり、国有化することもできる。これが資源の利用効率の低下を招き、中国経済に巨額の損失をもたらしてしまうという
https://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/190411sangyokigyo.htm)。

2018年の経済成長が予期したよりも鈍化したことを反映して、中国では経済学者らの間で、景気対策か構造改革かという論争があった。景気対策優先論者は、経済が停滞すれば経済体制の改革、構造調整、金融リスクの解消などが難しくなる。失業が生れれば社会の不安定をまねくとし、財政規模の拡大と金融政策を主張した。
これにたいして構造改革派は、景気対策をすれば投資効果が低くなり、物価高騰を招き、資産バブルの膨張が貧富の格差を拡大するとして、構造改善をしなければ潜在成長率が今よりも低下し、その代償が大きいと主張したという
( https://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/190218kaikaku.html)。

では、国民の生活実態はどのように変わって来たのか。そしてどう変わっていくのか。
中国政府は富の偏在は徐々に縮小しているというが、所得格差を示すジニ係数は、相変わらず0.5に限りなく近く、いつ暴動が起きてもおかしくないレベルである(現に「暴動」は年10数万単位で発生している)。しかも労働賃金は、2010年前後に労働力不足が生れてからも依然低レベルにある。その税負担は国際的に見ても重い。
一方で高額所得層の富は、特権や賄賂、統計拒否によって十分に把握されてはいない。だから、単純に格差縮小に向かっているとは言えない。
私は中国で貧困の農村ばかりを見ているためか、庶民の生活水準がさほど向上したとは思えない。上水道のない村はいくらでもある。衛生、医療のレベルは依然として低い。中国経済を判断するとき、私は各種の経済指標だけでなく、環境・教育・医療福祉の現状をも見るべきだと思う。

2019.09.30 韓国で日本を想う―6日間の観光旅行を終えて (上)
       韓国通信NO614

小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)

9月8日、約1年ぶりに韓国へ向かった。5千円という格安のチケットにつられ、お粗末で理不尽な韓国批判に居たたまれなくなり、韓国の「風」に吹かれてみたいと思った。今年2月に亡くなった韓国語の先生(当時留学生)の墓参りもしたい。

<久しぶりのソウル>
6日間の長期のソウル滞在は留学時代を除けば初めての経験である。LCCイースター航空の飛行機代は5千円プラス燃料代を含めて1万3千円、私の韓国旅行では最安値の記録更新である。ありがたく、韓国がこんなに近く感じられたことはなかった。交通費が安い分、ホテルは少し奮発してソウルの中心街にあるコリアナホテルである。
ホテルに到着すると早速、歩いて数分のところにある光化門広場に足を運んだ。
鐘路の李舜臣の像から光化門へ向かう広場に「何かがある」と睨んでのことだが、案の定、小規模な文在寅大統領糾弾の集会が開かれていた。
彼らは2017年に弾劾され刑事被告人として獄中にある前大統領の釈放を求めていた。最近、反文在寅勢力を集めて注目されているが市民の目は冷ややか。彼らは2017年に発足したウリ共和党で、旧与党(セヌリ党)の流れをくむ極右政党。朴槿恵の救援活動を続けている。
文在寅大統領の対日政策、対北朝鮮政策、国内経済に不満を持つ市民たちに加えて、今回法務大臣に指名された曹国(チョグク)氏の評判が思わしくないせいか、少し勢いづいている。
現政権を「アカ」と決めつける極右集団について、普段は温厚な私の友人も、ガラパゴス化した集団と手厳しい。ビラをもらって読んでみたが、朴槿恵が何故濡れ衣を着せられ獄中にいるのか、何故、現政権が「左派独裁」なのか説得力に欠けるものだった。彼らは公園内にテント小屋を張っていたが、韓国の国旗と星条旗が並んでいた。

    20190930集会米国旗
 獄中闘争892日 釈放を求めるデモ。        公園内のテント小屋>

彼らは、2016年に朴槿恵政権と安倍政権が締結した軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄は日米韓の軍事同盟に対する裏切り行為だと強く反対する。GSOMIA破棄を通告した韓国政府を日本政府は批判し、日本のマスコミも同調するが、韓国の極右政党の主張によってGSOMIAの軍事同盟という本質が見えてきはしないだろうか。
北朝鮮との統一をめざす韓国にとって、GSOMIAはもはや無用のものとなった。国交回復を前提に「無条件に」北朝鮮と話し合うとする日本にとっても破棄提案は大騒ぎするほどのことではない。しかし、日本政府は韓国の協定破棄提案を「背信行為」と非難して北朝鮮との対決を望むウリ共和党と奇妙な一致点を見せる。それは従来の日米韓と北との対立構造の発想から日本政府が抜けだせない姿でしかない。日本政府と韓国の極右政党は「反文在寅」で一致する。

<それでも韓国へ、女性が社会を変える>
韓国は「反日」だと日本の新聞やテレビは騒ぎ立てる。中身の説明もなしに、もっぱら文在寅大統領の「反日姿勢」のせいにする。日本政府を批判することは「反日」なのか。米政府を批判したら「反米」という理屈がおかしいように、文在寅政権は決して反日ではない。
「反安倍」を主張する市民たち。「日本に行かない」「日本製品を買わない」キャンペーンは事実だ。しかし、日本人を敵視する「反日」ではない。日本の観光客が、報道に一抹の不安を感じながらもソウルにはたくさんいた。かつての無遠慮な姿はなく、静かに旅行を楽しむ姿はかえって好ましく感じられたほどだった。女性たちが多い。何人かの若い女性に声をかけてみた。「この時期にどうして韓国旅行を?」と。
彼女らの答えは「家族や友人言われて来た」だった。過去には、教科書問題で両国がもめた時期、食堂やタクシーで「日本人お断り」を経験した人がいた。今回出会った人たちは、「不安どころか韓国の人はとても親切だった」と話してくれた。ホテルでも食堂でも、気のせいか、むしろ日本人には気を使っているように感じた。
それにしても、韓国好きな日本人がこれほど多いとは! おいしい店、素敵なファッションの店のこともよく知っていた。東大門市場近くに屋台が並ぶ「広蔵(クワンジヤン)市場」にまで女性同士でやってきているのには驚いた。彼女たちは「K・POPSファン」、「食べ歩き」の話に屈託がなかった。
屋台で隣り合わせた女性に「どうして韓国と日本がこうなっちゃったの」と聞かれた。「安倍首相のせい」と答えると、彼女たちは微笑むだけで、反論はなかった。

2005年、詩人の金芝河氏が私たちに語った話を思いだす。彼は、理屈を語る頭でっかちの男性より女性たちに期待していた。日韓関係の将来を考えるうえでとても示唆に富むもので、忘れられないものとなった。以下は、当時書いた金芝河氏との会見記録の一部である。



現在問題になっている独島(竹島)問題や歴史教科書問題にもかかわらず、<金芝河氏>は「韓日関係に絶望していない」と言う。何故なら、今の日本には観念的でない良心層と市民運動があるからだと言い切り、続けて鶴見俊輔、大江健三郎らとの対談のなかで、鶴見俊輔の「日本文化の担い手が女性だった」という主張を興味深げに紹介しながら、「韓流ブーム」が決して一過性のものではないと、出席している女性たちに同意をもとめるように語りかけた。ブームの担い手である女性たちが、これからの日韓交流の担い手として大きな力を発揮する可能性について楽しそうに語り、「男はダメ。これからは女性の時代だ」と、社会的な体面や仕事中心の男社会への批判はその場にいた私を含めた三人の男性の耳には厳しく、女性の出席者たちに感動を与えていた。平和憲法を変えろ! 独島(竹島)は日本固有の領土だと叫ぶ右翼の存在にもお構いなく韓国大好きという女性たちの出現は韓日関係のみならず、アジアも変えてしまう可能性を秘めている。「韓流・ヨンさまブーム」という文化現象に対して意外なことに強い関心を抱いていることが感じられ、その日の話は「女性の可能性」を中心に語られたといってもよい。



『冬のソナタ』、『宮廷女官チャングム』が韓流ブームの火付け役となり、その後、数々のドラマ、映画が日本人の心をとらえた。多くの男性には韓流を軽視する傾向があったが、十数年たった今も多くの日本人女性たちは、真剣な「愛」「家族」「正義」をトコトン描く韓国作品に酔いしれている。加えて、最近の若い女性たちはKPOPに熱狂する。新大久保界隈の「コリアタウン」は中年女性と若い女性たちでますます賑わいを見せる。
ファンたちは安倍政権が煽りたてる反韓、嫌韓とは無縁である。彼女たちは政治とはあまりかかわりを持たない。「好きなものは好き」という感覚で受け止めている。歴史問題や歴史認識というややこしい話はあまり頭では考えないが、映画やドラマを通して不幸な過去の問題を肌で理解する。政治家が韓国は「許せない」といっても、韓国への関心は止むことはない。金芝河氏の日本女性への期待は現実になりつつある。
わが家では、関東地区地上波7チャンネルで朝8時15分から放映されている『ハムラビ法典』から目が離せないでいる。主人公の男女二人は裁判官。彼らが関わる裁判は「セクハラ」「パワハラ」「貧困問題」「麻薬」と多彩だ。法の壁にぶつかりながら、犯罪とは、裁判とは、若い判事が悩みながらドラマは展開する。法律では片付かない社会、国民は裁判に何を期待しているのか、示唆と説得力をもって進行する。新しい社会づくりを司法からどう進めていくべきかという提言が色濃くちりばめられている。「ローソク革命」がドラマの世界にも生きていることを感じさせる。人間が社会の主人公という主張を前面に押し出す。

<幻に終わったスピーチ>
毎週水曜日に日本大使館前で開かれる従軍慰安婦問題解決を求める集会に参加してスピーチをするつもりでいた。原稿まで用意した。韓国語を学んできた日本人として、従軍慰安婦問題に目を背けてきた日本政府に異議申し立てをしていること、心からの謝罪があってこそ再びおなじ過ちが起きない社会になると考えていることなどを、韓国の若者たちに話すつもりだった。が、11日の水曜日、忠清北道にある墓参りに行くことになり、残念ながら、スピーチは実現しなかった。
ソウルに到着した日、南山(ナムサン)にある従軍慰安婦の記念公園にでかけた。「私たちがもっとも恐れることは 私たちの辛い歴史を忘れること」と記された石碑には、慰安婦問題の歴史と、名乗り出た慰安婦全員の名前が刻まれていた。<次号に続く>
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2019.09.20  中国の知識人は何を考えているか
  ――八ヶ岳山麓から(290)――

阿部治平(もと高校教師)

今年1月、元北京大学教授鄭也夫が「中国共産党は歴史の舞台から退場を」という趣旨の主張を公開したというニュースがあった(信濃毎日新聞2019・1・9)。習近平政権の思想統制のなか、リベラル派の投獄覚悟、捨身の訴えは1年に1,2回はある。まさに中国知識人の精神力の強さを感じさせるものだが、こうした散発的な抵抗はいったいどのくらい社会的影響力をもつのだろうか。
これを気にしていたところ、先日偶然にも新聞広告で張博樹著の邦訳『新全体主義の思想史――コロンビア大学現代中国講義』(白水社 2019・6)を発見した。
張氏は1955年北京生れ、20歳で工場労働者、1977年文革後初めての大学入試で中国人民大学に入り、のち中国社会科学院院生、そして研究員という出世コースを歩んだ。ところが1989年の天安門事件をきっかけに中国共産党を批判し始めたから、社会科学院では20年間干されっぱなしの目にあった。2008年3月アメリカ旅行中に起きたラサ事件ではチベット人の味方をするなど各地で中共批判やったから、2009年に「自宅待機」の行政処分を受け、2011年56歳の時アメリカに出国のやむなきに至った。現在アメリカに家族とともにいる。

邦訳書名から「新全体主義」の発展史かと思ったらそうではなかった。原著は『改変中国;六四以来的中国政治思潮』 香港・〇源書社 2015、〇はサンズイに朔)である。2016年1月に本欄で民主派の思想家馬立誠の『最近四十年中国社会思潮』(東方出版社2015)を紹介したことがあるが、『改変中国;六四以来的中国政治思潮』も馬氏の著作同様張博樹による現代政治・社会思潮分析の書であった(八ヶ岳山麓から(169)参照)。
張、馬両氏はともにリベラリストで人権・自由派だから、思想分類の方法は似ている。ただ張氏はアメリカにいるから歯切れのよい主張ができるが、馬氏は当局の検閲があるからそうはできないことがある。

張氏は、改革開放後の中国に現れた思想を説明するのに平面座標を用いた(図3参照)。横軸の中央すなわち原点に現在の党=国家イデオロギーを置く。原点の左に来るのはマルクス・レーニン主義、毛沢東思想による諸派、右に来るのは反体制諸派である。とはいえ原点に近いものほど現体制肯定的で、遠ざかるものほど反中共になる。縦軸は時間を反映するのに用いた。
張氏は党=国家イデオロギーを専制主義としたうえで、その歴史を以下のように説明する。
第一段階(1949~76)は毛沢東の全体主義とユートピアを構想した社会改造期であるが、これは最終的に完全破綻した。その後、短い過渡期(1976~78)を経て第二段階に入ったが、その前期は鄧小平執政、後期は江沢民と胡錦涛執政の権威主義段階(1978~2012)である。ちなみに馬氏は、鄧小平に思想があったとすれば、それは権威主義と実用主義の混合物だったという。
89年の天安門事件で党=国家統治者は統治の正統性の危機に陥ったが、民主化要求を押さえつけながら経済の市場化を図り、(深刻な環境破壊を無視して)30年にわたる高度経済成長を実現した。
第三段階は今日の習近平の専制であって、張氏はこれを「新全体主義」と呼ぶ。2012年の中共第18回大会を契機に始まり、権力集中をはかりつつ、党=国家の中興と紅色帝国の勃興を掲げて、極端なナショナリズムを内包しつつ、いま肥大化の途上にある。

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党=国家イデオロギーのすぐ右側は「新権威主義」である。遠い将来の民主改革を展望するものもあるが、当面は一党独裁のもとでの経済改革先行を説く。反体制的になるものも、当局のブレーンになるものもいる。私の考えでは、経済の市場化をめざして国家指導者らに政策を提供した新自由主義経済学者らもこのグループである。
その右に位置するのは「中共党内の民主派」で、党外リベラリストの同盟軍である。自由と民主を求めて革命に参加した古参党員中心の集団で、張氏は完全な民主派から半民主までをひとくくりにする。中共総書記を務めて失脚した胡耀邦と趙紫陽もここに属する。
さらに右は「憲政社会主義派」である。最近現れた思潮で、これは漸進的な政治改革を主張する。憲政も語るが、権力の制約を主張せず一党独裁制も否定するわけではない。習近平政権登場後その存在空間は縮小した。

張氏もいうように、リベラリズムは党=国家イデオロギーの最強の敵であり、社会変革の旗幟である。いわゆる西欧のデモクラシーを淵源とし中華民国時代にも存在した。今日では民主化を要求した「零八憲章」がその綱領である。人権派弁護士などもここに属する。
その温和派は民主化のコースとして人民代表大会を将来真の議会にするなど、現体制化の「合法的な改革」を主張する。これに対し急進派は急速な変革すなわち中共の一党独裁の転覆を目指す。いずれのリベラリストも発言の権利を奪われており、逮捕投獄されたものも多い。
この最右翼は中華民国への回帰を主張する少数派である。

党=国家イデオロギーのすぐ左側には「新左派」がいる。名前は似ているが、欧米のニューレフトとは全く異なる。貧困層の立場から新自由主義を攻撃し、ときに政府の政策を批判したが、体制改革に進むほどの気力はない。近年、一部の新左派たちは「主流をなすイ
デオロギー」への擦り寄りを加速し、他の一部は独裁体制のお先棒を担いでいる。
「毛左派」はさらにその左にある。毛左派は前述の馬立誠の著作では旧左派となっていた。馬氏は「旧左派はスターリン型の社会主義モデル、毛沢東晩年の極左思想を相続している」としたが、張氏もほぼ同じ認識である。天安門事件以後30年、富の格差と不公平が拡大し、社会に不満が充満している。これが毛左派が(人民公社時代を記憶する)中高齢の低所得層から支持される理由である。しかし張氏は文革が残した社会問題を「毛沢東のユートピア」によって解決しようとすることは、実現不可能であり非科学的であり愚昧であるという。
かつて毛左派はサイト「烏有之郷網」によって、現代中国の政治、社会の暗部に敢然と挑んで腐敗を暴露し、為政者の不当不正を批判していた。ところが、張氏によると2012年の習近平登場以来、この一部も変節して権力にすり寄り、新旧左派と党=国家イデオロギーとの「三左派合流」傾向が出現しつつあるという。
さらに「新儒家」がある。この派は反西欧文化の感情が強い。現状肯定的で、反体制的な言論はまるでない。
以上、字数制限の関係で大雑把な紹介になったが、張博樹はびっくりするほど多数の思想家の主張や著作をとり上げ、生き生きとした詳細な分析と批判をおこなっている。

リベラリストの主張は、中国国内では「中国選挙与治理網」のサイトや月刊誌「炎黄春秋」などに掲載されてきたが、「中国選挙与治理網」は毛左派の「烏有の郷網」と抱き合わせで閉鎖され、「炎黄春秋」は抵抗むなしく2016年7月廃刊となった。さらに週刊紙「南方周末」も幹部の更迭、社説書換え事件が起こるなど、習近平政権による言論界への統制は厳しくなる一方だ。
本書に見る張博樹は意気軒高だが、中国で共産党がソ連共産党のように支配力を喪失するまでには時間がかかるだろう。リベラル派の受難はまだまだ続くと見なければならない。

ところで、この2,3年、訪中するたびに感じるのは、宗教統制が強まっているにもかかわらず、仏教、イスラム教さらにはキリスト教などの信仰が民衆の中に熱を帯びて浸透していることだ。宗教は政治思想とはいえないかもしれないが、しかしこの傾向はチベット・モンゴル・ウイグル・カザフなどの少数民族だけでなく、漢人民衆にもみられる。弾圧にもかかわらず、漢人の中で著しいのは地下教会によるキリスト教の拡大である。
私はここに党=国家イデオロギーでは満たされない庶民の感情が現れていると思う。こうした庶民の動向は、政治思潮研究の対象にはならないのだろうか。これはいささか難解の日本語訳を読み終えて去来した私の感傷である。
2019.09.10 トランプ米大統領、アフガン和平トップ交渉をキャンセル

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

トランプ米大統領は7日、昨年10月から中東カタールで9回重ね、9月1日に基本合意した、米国とアフガニスタンの反政府武装勢力タリバンとの和平交渉の仕上げとして、ひそかに準備していた、ガニ・パキスタン大統領、タリバン代表とのキャンプデービッドでの会談をキャンセルすると明らかにした。その理由は、タリバンの最近のカブール攻撃で米兵一人が死亡したためだという。トランプ大統領は「私はこの会談を直ちに中断し、和平交渉を中止することを決めた」とツイートで発表した。
これに対してタリバンは8日、声明を発表、“米国は、18年間にわたるアフガニスタンでの戦争を終らせるための、和平交渉の成果のほとんどを失った。われわれは、最後の瞬間を目指し、すべてが前進している“と主張した。
この声明の中で、タリバンのムジャヒド・スポークスマンは、「1件の出来事を理由に、交渉をやめる米国は、成熟度と経験に欠けている。」と米国を非難。また、タリバンとアフガニスタン政府は、9月23日に会談することになっていた」と述べている。BBCによると、この会談については政府側は確認していない。
9月5日の本欄で書いた通り、和平交渉のカリルザーデ米交渉団代表は、各国テレビとの会見で、現在1万4千人駐留している米軍のうち5,400人を135日以内に撤退すると発表、タリバン側もその説明は正確だと認めていた。ガニ・アフガニスタン大統領は、その合意について側近と協議を始めたと英BBCは伝えていた。
アフガン政府内には、タリバンとの停戦に反対も根強いが、国内ではタリバンの支配地域が政府軍支配地域よりも優勢になっているとの見方が有力。政府側とタリバンがまず停戦に合意できるかどうかが、本格的な和平交渉のカギとなるが、トランプの交渉成果ぶち壊しによって、少なくとも当面、アフガン和平は絶望的になった。

 トランプ大統領が、和平交渉の成果を誇示するため、ガニ・アフガニスタン大統領、タリバン代表との会談、取り決めの調印に用意した、キャンプ・デービッドは、ワシントンから97キロの距離にあるメリーランド州の、米大統領の特別な別荘。第2次大戦中、ルーズベルト大統領がチャーチル英首相と会談して以来、歴代の米大統領が、特別に重要な客をもてなすさいに、使用してきた。
 今回、トランプが米・タリバンのアフガン和平取り決めに調印するためにこの場所を選んだのは、それを重視する姿勢を示し、ガニ大統領にも 政府側にも参加を促すためだった。
それよりなにより、2001年のアフガン戦争開始以来、米国兵士2,300人以上が死亡、米国防総省によると7,600億ドル、ブラウン大学ワトソン研究所によると1兆ドル近くの戦争経費を投入してきたアフガン戦争から脱出できることを、米国民に示すためだったに違いない。
 現在では、米軍兵士が1万4千人にまで減少したとはいえ、アフガニスタンでの和平を18年ぶりに実現できれば、来年の大統領選挙での再選への大きなプラスになる。
 トランプが、ガニ大統領とタリバン代表をキャンプ・デービッドに招く会談プランを、極秘に進めて来たのは、発表した時の効果の大きさを計算してのことに違いない。
 それが5日朝、カブールで米兵一人が、トヨタSUVに乗ったタリバンの兵士の自爆テロの犠牲になり、一変した。トランプは同日夜、ガニ大統領、タリバン代表との会談プランのキャンセル、タリバンとの和平協定案の破棄、和平交渉の中止を発表した。もちろん、両代表とのキャンプ・デービッド招待も中止。
 大統領・軍最高司令官のトランプが、米兵の死に怒り,抗議を示し、和平交渉・会談をキャンセルするのは当然かもしれない。しかし、これまでに多数の米兵が戦死し、和平交渉中も米軍が支援する政府軍とタリバンの戦闘が続き、戦闘休止の取り決めもなかった。米兵一人を殺したタリバンの攻撃で、大統領自身が進めた和平会談をキャンセルし、和平交渉そのものも中止すると発表したのは、それだけの理由だったのだろうか。
 ニューヨークタイムズはベテラン記者5人による特別チームで取材・報道を展開しているが、トランプとアフガン両勢力代表との会談中止の説明としては、一人の米兵の死以外には全く触れていない。(了)

2019.09.09  摩擦またもや激化
   底流に米中の覇権争い本格化

伊藤力司 (ジャーナリスト)

このところ再燃したニューヨークや東京の株価の動揺は、基本的には世界第1の経済大国アメリカと第2の経済大国中国の間の貿易摩擦が原因である。トランプ米大統領が、アメリカの中国に対する大幅な貿易赤字の解消を目指して仕掛けた関税戦争の行方が不透明であり、そのことが、世界中の市場を神経質にしている。
昨年11月末、ブエノスアイレスのG20首脳会議の機会に開かれたトランプ大統領と習近平中国国家主席の首脳会談で、米中双方は本年3月当初まで摩擦解消を目指して協議を行うことで合意した。少なくともこの間は、アメリカも対中関税の追加引き上げは行わないことを約束したのだが、トランプ氏は約束を破って関税を引き上げた。

しかしトランプ政権は貿易不均衡問題をきっかけに、40年前に国交が正常化して以来の米中関係を根本的に見直し、中国と対決する道に踏み込もうとしている。例えばペンス米副大統領は、昨年10月4日ワシントンの保守系シンクタンク「ハドソン研究所」で演説し「邪悪な中国共産党との対決」を米国民に呼びかけた。

ペンス副大統領はこの演説で、中国が浸透工作で米内政に介入しトランプ政権の転覆を図ったとまで告発した。米国内の一部メディアは、このペンス演説をトランプ政権の対中国「宣戦布告」と評したほどだ。

1946年3月、訪米中のチャーチル英首相が「鉄のカーテン演説」をして東西冷戦を予言したが、今回のペンス演説は「米中冷戦」の幕開けを告げたと、ワシントンではもっぱらの話題になった。約2か月後にブエノスアイレスで米中首脳会談があることを知りながらのペンス反中演説だった。

当面の米中摩擦のポイントは、人工知能(AI)や量子コンピューター、5G(次世代通信規格)などの先端技術だとされる。米側の心配は、中国が米企業の知財をこっそり入手して、AIや5Gなど軍事に直結する先端技術の分野で優位に立とうとしているのではないか、ということだという。こうした懸念はトランプ政権だけでなく、広く米国の関係者の間で共有されている。

毛沢東による中国革命が成って、中華人民共和国が成立後今年はちょうど70年。1960年代から70年代にかけての文革による混乱を収拾、1979年に鄧小平が市場経済を導入して40年。人口14億余の中国はアメリカに次ぐ世界第2の経済大国に成長した。この間、毛沢東も鄧小平も、そして現在の指導者習近平国家主席も「中国は覇権を求めない」と世界に向かって宣言している。

その一方で、習近平主席は最近「中華民族の偉大な復興」を叫ぶようになった。中華民族には2200年前の「秦」以来「漢」「唐」「宋」「明」「清」の各帝国が続々、ユーラシア大陸東部に覇を唱えてきた歴史がある。「中華民族の偉大な復興」と聞けば、誰しも中華民族の覇権を思い出さずにはいられない。

一方のアメリカ合衆国である。ちょうど30年前の東西冷戦終結からソ連解体を経て、アメリカは世界で唯一の覇権国家となった。冷戦解消後の30年、ブッシュ(父)、クリントン(2代)、ブッシュ(子、2代)、オバマ(2代)の各政権ではアメリカの覇権行使は「当たり前」のことだったが、現行のトランプ時代に入って少し様子が変わってきた。

アメリカは覇権国家を任ずる以上、世界中に兵隊を派遣し、お金をばらまき、「自由と民主」を唱え続けなければならない。しかしトランプ氏は、アメリカの覇権は当然のものと自認するが、そのためにお金をばらまき、兵隊を派遣し、「自由と民主」のお説教をするのは「ご免だ」というのだ。

だからシリアから米軍を撤退させるし、アフガニスタンからも撤退させたいというのがトランプ氏の本心だ。新年早々解任されたマティス国防長官ら既成権力層は、アメリカの覇権を護るためにはあちこちのポイントに米軍を派遣しておくことが必要だと考えるのだが、トランプ氏は同意しない。

そのトランプ氏も、習近平主席の中国が「偉大な復興」を叫ぶことによって、少なくともアジア太平洋の覇権争いに参画しつつあることは認めざるを得ない。ソ連崩壊以後、アメリカの覇権に異を唱える国はどこにもいなかったが、第2の経済大国として意気揚がる中国は「無言のうちに」アメリカに覇権争いを挑んでいるのだ。

「お人好し」あるいは「世間知らず」のアメリカは、貧しい中国が豊かになれば共産主義のイデオロギーなどは忘れて、自由、民主の国になるのではないかと楽観視していたという。
しかし中国はマルクス、レーニン、毛沢東の思想はともかく、2千年余にわたって中華帝国を維持してきた歴史がある。そして中国共産党は、アジアの覇権を担ってきた中華帝国の後継者であることを忘れるわけにいかない。

2019.09.05  アフガニスタン戦争解決に転機
  米国・タリバン交渉合意、政府とはこれから

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

本欄でも途中経過をリポートしてきたが、昨年10月から中東カタールで断続的に行われてきた、米国とアフガニスタンの反政府勢力タリバンの和平交渉が、9回目の9月1日、基本的合意に達した。トランプ米大統領の承認はこれから。米交渉団のカリルザーデ代表がテレビとの会見で明らかにした。合意によると、米軍は現在、アフガニスタンの5基地に1万4千人残留しているが、135日以内に5,400人が撤退する。タリバンのスポークスマンも、英BBCに対して、カリルザーデの説明は正確だと述べた。
今回の米・タリバンの合意について、ガニ・アフガニスタン大統領は直ちに最側近と協議を始めたと英BBCは伝えている。ガニ大統領は、アフガニスタンでの戦争に「米国政府と社会は5千億ドルの負担をしてきた」と述べたことがある。
政府側もタリバン側もこれまで直接交渉を拒絶してきたが、タリバンは米代表団に対して、政府側との交渉に前向きな姿勢を示しており、ガニ大統領が交渉入りを受け入れる可能性もある。そのためには、まず双方が停戦を取り決めることが必要だろう。
英BBCの著名な女性記者ライス・ドウセット記者はカブールから「残りの米軍をどうするかは、アフガン政府とタリバンの間の和平交渉と停戦次第だ」と伝えている。
また、多くのアフガン人は、やっと手に入れた人権と自由が失われることを恐れているという。タリバンは1996年から2001年の支配の下で、厳しい宗教上の規制を国民に強制したからだ。
BBCによると、昨年来、タリバンはアフガン国内の70%で活発に活動している。2001年以来、国際治安支援部隊約3,500人(うち米軍は2,300人以上)が死亡した。また、ガニ大統領によると、2014年以来、アフガン政府軍4万5千人以上が死亡した。一方、2019年2月の国連機関報告によると、これまでに民間人3万2千人以上が死亡、6万人以上が負傷している。
米国防総省によると、米国がアフガニスタンでタリバンとの戦争を開始した2001年10月から2019年3月までの支出は7600億ドルである。
一方、アフガニスタンの人的損失、戦争経費を系統的に調査しているブラウン大学ワトソン研究所によると、この間の戦争経費は1兆ドル近く、アフガン政府軍関係者5万8千人、敵の戦闘員4万2千人が死亡している。
(了)
2019.08.27 英BBCが報道した、韓国の軍事情報保護協定破棄
―日韓関係悪化を報道する世界のメディア

坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

韓国政府は22日、日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を破棄した。朝日新聞1面の見出しは「韓国、軍事情報協定を破棄」「日本の輸出優遇除外問題視」「協定『国益に合わないと判断』」。世界の主要メディアはどう伝えたのか。
このニュースをソウル、東京を拠点とする米国はじめ国際的通信社と新聞社も大きく報道した。日韓関係悪化を懸念しつつ、連日のように入念に伝えてきた英BBC放送電子版(ASIA)は、ニュースと共に日韓関係の悪化について、改めて解説を含めて報道した。
その記事では、慰安婦問題とのかかわりについても解説、そのなかで、粗末な建物の軒下で、日本軍兵士たち数人が、普段着の女性6人を集めてしゃべっている動画(18秒ぐらい)を掲載、「初めて知られた”慰安婦たち“の写真」と説明を付けている。私も見たことがない、生々しい動画だ。また記事の併用写真には「BOYCOTT JAPAN」のプラカードを掲げる女性や慰安婦群像の写真なども掲載されている。
(写真はあまりにも生々しいので、転載はやめます。8月22日のBBC英語版のASIA参照。ここでは、記事をそのまま紹介します)

韓国と日本の抗争 (BBC電子版ASIA 2019.8.22)
韓国は日本との最近の外交、貿易抗争の中で、日韓軍事情報包括保護協定を破棄した。
それは、日本が韓国を輸出優遇国から除外し、重要な電子分野の輸出を制限することになったからだ。

第2次世界大戦にさかのぼる、緊張の原因。
韓国は、日本が朝鮮半島を占領中に犯した残虐行為への補償を求めている。日本はその問題は解決していると言っている。

慰安婦―痛みに満ちた遺産
沈黙を拒否した性奴隷たち


その影響は?
韓国政府は、日本政府が韓国を輸出優遇国から除外した結果、両国の安全保障協力に重大な変化が生じたため、韓国は両国間の軍事情報保護協定を終りにしたと言明した。
日本の河野太郎外相は「最近の地域安全保障情勢のこの上ない誤判断だ」と決めつけ、日本政府は「強い抗議」を韓国政府に伝えると述べた。今のところワシントンから反応はない。米国は3年前、北朝鮮のミサイル追跡協力の一部として、この協定を求めた。
今月初め、日本は、韓国を輸出優遇国から除外すると発表、その対抗措置を韓国にとらせることとなった。
7月には、日本は、サムスンはじめ韓国の重要企業がメモリー素材やデイスプレイ・スクリーン生産に必要な材料の、輸出管理を始めた。
株式市場は、この貿易紛争が世界の電子産業に悪影響を与えることを恐れて下落した。
最近の緊張は、韓国最高裁が、日本企業に対して戦時中の強制労働をさせられた朝鮮人に対して補償金を支払うよう、判決したことから始まった。
関係企業の一つ、三菱重工業は補償金の支払いを拒否、他の2社は韓国で資産を差押えられている。

この問題がなぜ解決しないのか
1965年の日韓基本条約は多くの韓国人に不人気で、1990年代の民主変革の結果より多くの人々が大きな声を上げるようになった。
1992年以来、慰安婦問題の活動家たちは、毎週水曜日、ソウルの日本大使館の外側で、生存している元慰安婦数十人に対して謝罪と補償要求を叫ぶようになった。
この問題で日韓の交渉は2015年に調印に至り、日本は韓国の要求に従い、10億円を韓国の犠牲者救済のための基金として支払うことに合意した。
その際、安倍首相は記者団に「日本と韓国は、いまや新時代に入りつつある」「私たちは、この問題を次の世代にまで引きずってはなりません」と記者団に語った。

日本の修正主義者たちは第二次大戦中の性奴隷残虐行為を否定している

しかし慰安婦問題の活動家たちは、かれらは意見を求められることがなかった、と言い、取引を拒否した。2017年に就任した文在寅大統領は、日韓合意が修正される可能性を示唆した。
歴史的な争いが頭をもたげ、どの国も治めることはできそうもない。
2019.08.26 「星々之火 可以燎原」香港が訴えるもの
――習近平の中国(4)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 毎日、固唾をのんで香港からのニュースを見ている。犯罪容疑者を中国へ引き渡すことを可能とする「逃亡犯条令」改正案に反対するデモが始まったのは6月9日だった。じつは恥ずかしながら、現行法では、香港は大陸へ容疑者を引き渡さないことを私は知らなかった。1997年のいわゆる香港返還で、香港は英国の植民地から中国の「特別行政区」となった以上、そのようなそれ以前の法的遺産はとっくにしかるべく修正されたものと思っていた。したがって、それが今になって法的手続きが始まり、香港の人たちが反対していると聞いて、びっくりしたのである。
 香港では「銅鑼湾書店」という中国当局に批判的な書籍をだすことで有名だった出版社の店長以下関係者5人が2015年の秋から年末にかけて行方不明になり、後に中国当局によって拘束されたことが判明した事件があったのだが、そのうちの2人は香港から、地元警察とは無関係に中国の特殊機関によって本土に連行されたのだった。
 また一昨2017年1月には肖建華という富豪のビジネスマンが住まいとしていた香港の豪華ホテルから複数の女性のボディガードともども中国本土に拉致されるという事件が起きてもいる。いずれも香港の司法、警察には無断で行われたとされており、そんなことから「容疑者引渡し」どころか、中国当局にとって香港はなんでも自由自在、したい放題の場所と考えていたくらいであった。
 香港の人たちにとっては、「引渡し条令」がなくてさえ、自由自在だったとすれば、それができればこの先、いったいどこまで中国当局の権力が大きくなるかと恐れるのももっともだと納得した。
 しかし、この運動がどこまで大きくなるか、どこまで続くか、となると、またまた恥ずかしながら、私は大きな誤算をしていた。
 香港ではご承知のように5年前に雨傘運動という大きな反政府運動が展開された。2014年の9月末から3か月近く続いたこの運動は、参加者が雨傘をさしながら、デモをしたり、幹線道路に座り込んだりしたところから、この名前が付いたのだが、テーマは3年後の2017年に行われる行政長官選挙のあり方であった。
 香港は1997年の英からの「返還」にあたり、「一国二制度」の原則により、共産党一党独裁の中国本土とは別に現行の社会制度をすくなくとも50年は維持することが約束された。その象徴が行政の最高責任者、つまり行政長官を直接選挙で選ぶことであった。しかし、中国は一向にその約束を果たさず、返還20年にあたる2017年の選挙も間接選挙、それも民主派の人間は候補者にさえなれないような方法を続けることが、最終的にこの年の8月、全国人民代表大会の常務委員会というところで決まったことが、雨傘運動の引き金になったのであった。
 私は香港返還の数年前、1992年から2年間、香港に駐在したことがある。「返還」という言葉を英当局は使わず、「引渡し」(Hand Over)と言っていたが、当時、すでに一国二制度は既定路線とされており、その最大の焦点が英「総督」に代わる「行政長官」の普通選挙がいつ実現するかであった。
 そして当時の常識としては、いくら遅くとも「引渡し」20年後、つまり2017年には直接選挙実現ということであったように思う。しかし、同時にその論議とは別に多くの香港人は手段があれば、いざというときにどこかよその国に逃げ込む先を見つけておきたい、とそれぞれの立場で思案を巡らせているのが印象的であった。香港人はその点では徹底した現実主義者だと思い知った。
 雨傘運動は、最近はめったにデモもない日本に住んでいる者の目にはよく闘ったと見えたが、結局は戦果を上げられずに幕を閉じ、その後は立法院選挙などでも、いわゆる民主派はますます不利に扱われるようになって、現在に至っている。
 先に挙げた香港からの中国当局による拉致、連行事件はそのなかで起きたわけで、もはやそれに目くじらを立てても仕方がないという雰囲気であろうと私は想像していた。
 だから今度の「反走中」(容疑者引渡し反対)運動の粘り強さ、それにもまして規模の大きさには驚き、なにか前回の雨傘運動とはちがう結末が来るような予感がして、毎日、固唾をのんでいる。
 おそらく習近平政権にとってもこの成り行きは驚きにちがいない。雨傘運動の争点は行政長官選挙のあり方という「一国二政度」を掲げる香港の基本的な大問題であったのに対して、今回は言って見れば「周辺の問題」である。対象は犯罪容疑者なのだから、善良な市民の多数が自分の問題と受け止めるとは予想しなかったであろう。
 それに集会やデモに参加する人間の数の多さである。人口八百数十万の香港で百万、二百万という人数が同じ目標を目指して行動するとは、私には驚天動地のできごとと見えた。なにしろ香港市民は徹底した現実主義者と思っていたから。
勿論、北京の中央政権は香港警察の手ではどうにもならないとなれば、本土から中央軍事委員会に属する(ということは、外からの敵に対する人民解放軍とならんで国内の「敵」に対する)「人民武装警察部隊」を投入する構えを整えている。
 8月15日、香港との境界から10キロほどの深圳湾スポーツセンターに100台以上の装甲車両などと武装警察隊員数百人を集めて、デモ参加者に似た黒いTシャツ姿の集団を制圧する訓練を行い、それをメディアに取材させて威圧効果を狙った(ロイター電)。しかし、それに対する香港市民の回答は8月18日、3度目の百万人超えとなった170万人のデモ行進であった。
 今のところ中国は運動の背後に米、英など外国勢力の策動があるとの宣伝に力を入れて、万一、武力制圧に踏み切った場合の正当化の論拠を用意している。とはいえ、30年前の1989年、学生の民主化運動を戦車で押しつぶした「六・四天安門事件」の後、西側諸国から総すかんを食った苦い経験を繰り返したくはないないだろう。ましてや、今は最大の貿易相手国の米との間で貿易戦争を戦っている最中で、極力、「自由貿易の敵対者」のレッテルでトランプを孤立させようとしているのに、「再び自国民に銃口を向けた」と非難を浴びることはなんとしても避けたいはずだ。
 こう見てくると、犯罪容疑者の引渡しという周辺の問題から始まった今度の運動は、14億もの人口を抱える大国の政治の根幹を揺るがすものとなってきたと言える。雨傘運動とは違う結末の予感と書いたが、それはどんな形が考えられるだろうか。
 8月20日、「民間人権陣線」など市民側との会見に応じた林鄭月娥行政長官に市民側が要求したのは以下の項目である。
 容疑者引渡し条例改正案の「撤回」(現在は立法院議員の任期中に時間切れになる状態)
 警察官の暴力行為についての調査委員会の設置
 デモを「暴動」とした政府見解の取り消し
 デモ参加者の訴追見送り
 有権者が1人1票を投じる普通選挙の実施
 これに対して長官はいずれにも応じず、「ゼロ回答」(日経)であったが、このうちの全部でなくとも、いくつかを長官側が受け入れれば、それを成果として事態は収束に向かうことが予想される。要求内容も見る限りそれほど法外とも思えないが、しかし、ともかく民衆の要求に「譲った」と見られるのは、権力側にとって果たして耐えうるものかどうか。
 これまで中国本土でも、環境問題などで民衆の反対に会い、地方政府が工場の建設を取りやめたといった事例は時に聞こえてくるが、今度のように世界から注目されているなかで、権力側が多少なりとも譲るのはハードルが高い。
民衆に屈することがこれからの治世にどう影響するか。なにしろ「星々之火 可以燎原」(小さな火花も広野を焼き尽くす)というのは中国共産党が得意とする革命物語である。香港の「星々之火」も消せなかったとなるのは、とりわけ威信を大事にする習近平にとっては耐えがたいことかもしれない。
 そうなると、運動が下火になるのを待って、形だけでも力で「制圧」して政府の威信を誇示しなければならない。今や香港の市民たちがしていることは、多くの人々が意識しているかどうかは別にして、「星々之火」を絶やさずに、わずかでも権力の譲歩を勝ち取ることができるかどうかという歴史的な対決となった。固唾を呑みつつ結末を見とどけたい。
                                  (190822)
2019.08.24 韓国の友(チング)へ ともに「平和の種まき」を
韓国通信NO612

小原 紘 (個人新聞「韓国通信」発行人)

長崎平和祈念式(9日)で発表された「平和宣言」全文を韓国語に翻訳し、発信した。
「平和宣言」を読めば、国と人間の安全保障をめぐる日本国内の意見の対立に気づくはずだ。
原爆被爆国の日本が何故、国連で採択された核兵器禁止条約の署名に反対するのか、福島原発事故の真相究明、責任追及、被害者救済をおろそかにしたまま、次々に原発を再稼働させるのか。主権在民、平和主義、基本的人権の尊重を定めた憲法を変えて「戦争のできる」国にしようとするのか。
日本は軍国主義の復活が指摘されるほど、戦後最大の岐路に立っている。核、軍縮、平和、人権をめぐって深刻な対立がある。
過熱する日韓間の軋轢を前に、長崎市長の「平和宣言」を手掛かりに、一体何が問われているのか考えてみた。

<平和宣言は何を語ったのか>
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平和宣言の冒頭、田上 (たうえ)市長<左写真>は原爆によって家族を失い、本人も大ケガを負いながら生き残った女性の詩を読み上げ、詩に込められた「世界の誰にも再び同じ経験をさせてはいけない」という悲痛な長崎の叫びを紹介した。
「人の手によって作られた原爆は人の意思によって無くせる」という確信を述べつつ、世界を覆う新たな核の脅威に警鐘を鳴らした。  

トランプ大統領の中距離核戦力全廃条約(INF)離脱宣言から始まった核軍拡競争への新たな危機を指摘しながら、世界的な反核平和の取り組みの成果である核兵器禁止条約に未来を託し、新たな決意を込めて核兵器の廃絶、世界平和の実現のために次のように訴えた。

1) 戦争や被爆体験を語り継ぐこと。悲劇を語り継ぐことは平和への第一歩
2) 戦争を起こさせないためには国を越えた人間の信頼関係が必要
3) 人の痛みがわかる大切さを子どもたちに伝えよう!
子どもたちの心に「平和の種」をまこう!

あきらめず、無関心にならず、 「平和の文化」を育て、一人ひとりが核兵器は「いらない」という声を上げて欲しいという訴えで結んだ。

「平和宣言」は全世界の政治指導者に対しても向けられた。
まず、原爆の悲惨さを知るために現地を訪れて欲しい。また、核保有国、中でも米ロに対して超大国としての責任として核の大幅削減の道筋を具体的に示すよう求めた。
日本政府に対しては被害者救済はもちろんのこと、核被爆国として早期に核兵器禁止条約の署名と批准を求めた。同時に不戦を誓った現憲法の堅持と平和の理念を世界に広げるよう求めた。宣言は今でも放射能被害に苦しむ福島原発被害者支援を明言した。

「平和宣言」は世界を覆う戦争の危機をとりあげながら、極東アジアの平和にも言及している。北朝鮮・韓国さらに中国まで視野に入れた非核化の提言と受け止められる。
「悲劇を語り継ごう」という提言は、「歴史から学ぶ」ということ。国と国の意見の対立は市民個々人の「信頼の積み重ね」があれば解消できる。信頼の基本は「相手の痛み」を知ることだと述べた「平和宣言」は、今日の日韓関係にもあてはまる「不信の連鎖 」について気づかせてくれるはずだ。

<平和宣言を教訓に>
それにしても日本の権力者たちはいつから隣国に対して「不信感」という言葉を安易に使うようになったのか。北朝鮮に向かって「何を言っても構わない」という世論を醸したのを機に、最近は韓国に対しても使うようになった。永久に敵対する気がないなら「それを言ったらオシマイだ !」
自民党一強、安倍一強という政権の驕りが、隣国にまで向けられてしまった。「不信感」という言葉からは「不信感」しか生まれない。まるで子供の喧嘩みたいだ。幼稚な政治家が恥ずかしい。
韓国の友人に伝えたい今年の長崎「平和宣言」は日韓の対立が不毛な対立であることを教えてくれる。「信頼すべきは市民の力」と宣言は語る。日本人としてあらためて「平和宣言」読み直したい。日韓の市民の力で「平和の文化」を育て、「平和の種」を播くことを再確認したい。

平和祈念式典には核保有国の米露英仏中など66か国の代表が参列。過日の「通信」で紹介した、平和大行進に参加した韓国檀国大のアン・スルギさん、我孫子市から長崎に派遣された中学生も会場の片隅で式に参加したはずだ。
安倍首相は核兵器禁止条約には一切触れず、月並みな慰霊の言葉を並べ、「『核兵器のない世界』と恒久平和の実現に向けて力を尽くすことを誓う」と述べただけだった。韓国人読者に感想を求めたい。 8月15日戦火がやんだ日に。終戦記念日、光復節。