2017.09.26  大多数がクルド国家独立に賛成
  初めて独立の可否を問う住民投票を実施

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

2千年以上におよぶクルド人の歴史上初めての国家独立の可否を問う住民投票が、25日、イラクのクルド人自治区と隣接のキルクーク県で行われた。すでにドイツをはじめ在外クルド人のインターネットを利用した電子投票は実施されている。選挙管理委員会26日未明の公式発表によると、投票率は72.16%。登録有権者総数4,581,255人、有効投票3,305,925。投票率72・16%。賛否の公式発表はまだだが、独立賛成が多数を占めることは確実と思われる。
 賛成票多数を得たクルド人自治区の最高指導者バルザーニ議長は、投票前日の国際記者会見で、大多数の“イエス”を期待し、住民投票による国家独立の決定を“キャンセル”することはあり得ず、いかなる条件の提案も「アルビルをイラクに留めることはできない」と明言した。そして、独立実施へのイラク政府との交渉を直ちに開始したいと表明、交渉は2年間以内までの期間を予想しながらも「もっと早く決まることも、もちろんある」と述べている。交渉が全く進展しなければ、クルド側が一方的に独立を宣言することもあり得る。
 前回紹介したように、国連と英、仏、米の共同代表団は自治区を訪問し、クルド人の自決権を認める一方で、現情勢下の独立投票を延期するよう強く求め(トランプ政権はその後、延期ではなく中止を要求)ている。まさに中東の現情勢とクルド自治政府の難民支援、クルド武装勢力ペシュメルガの対イスラム国(IS)作戦での大きな貢献は国連も欧米・周辺国も認める現実であり、当事国イラクも周辺国そして日本を含む国際社会も、平和的にイラク・クルド人の独立を受け入れ、支援すべきだ。
 しかし、イラク政府の立場は、イラクからクルド独立国家が分離することを憲法違反として、真っ向から反対しており、政府が交渉には応じても難航することは必至だ。
クルド側が実効支配している政府との帰属係争地域、世界的な産油地域のキルクークでも投票が実施され、78.77%の高い投票率となった。これに対して、イラク政府のアバディ首相は、キルクークの支配を回復するため、政府軍を派遣すると表明した。
国内のクルド人の民族意識の高まりを恐れるトルコ、イランも独立投票そのものをつぶそうとした。とくに国民人口の少なくとも10%以上1千万人程度のクルド人がいるトルコ政府は厳しく動き、クルド人多数地域のイラクとの国境閉鎖、イラクとの合同軍事演習、現クルド人自治区の財政収入の大部分を占める原油輸出の出口トルコのジェイハン港の使用禁止まで脅した。
クルド人の自決権を国際社会は否定できない。歴史的な独立投票の成立が新たな国際紛争を発生させないよう、いま、国際社会の責任は大きい。
20170926坂井クルド画像
2017.09.23 韓国公営放送2局でストライキ、北朝鮮核実験特集も放送できず
隅井孝雄(ジャーナリスト)
 
韓国の二つの公営放送KBSとMBCで労働組合が9月4日から、ストライキに入った
9月19日現在、ストライキは継続している。長期化する様相だ。
KBS(韓国放送公社)は日本でいえばNHKと同じ公共放送、そしてMBC(韓国文化放送)も政府系の放送文化振興財団が筆頭株主の公共放送である。
 ストライキに入ったのは全国言論労組傘下のKBS本部労組(1900人)とMBC本部労組(1800人)。両労組とも社長ら経営幹部の退任と、報道の自主性、信頼回復を求めている。また企業内のKBS(旧)労組(2000人)も4月7日からストライキに入り、言論労組と足並みをそろえた。二大公営放送の全面的なストライキは2012年来5年ぶりだとハンギョレ新聞が伝えている。
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     ストライキを前にした集会に臨むKBS本部労組、組合員(8/28/17)

 折から9月3日の北朝鮮核実験に直面、KBS、MBC経営陣は労組に取材、報道への復帰を求めたが、労組は、経営の健全化が先決として、ストライキ態勢を続けている。そのため、KBS、MBCは特集番組を編成できず、ニュースも時間短縮を余儀なくされている。また娯楽番組も一部映画に切り替えられたものもある。
 韓国では2008年イ・ミョンパク(李明博)大統領、2013年パク・クネ(朴槿恵)大統領と保守系大統領が9年続いた間、KBSもMBCも保守系の社長が送り込まれてきた。言論労組によると、「政府批判の報道が規制され、報道記者の配置転換、解雇が続いた」、という。
 「中央日報」(9/1)、「ハンギョレ新聞」(9/3)などが9年間にわたる労組と公営放送の確執の一部を次のように報じている。
 MBSでは2008年にBSE(牛の海綿状脳症)問題があるにもかかわらず、アメリカからの牛肉解禁に踏み切ったイ政権に対して大規模な国民的な反対運動が起きた。その火付け役となったMBCの報道番組「PD手帳」の担当プロデューサーなどを解雇するとともに、イ、パク両政権はメディアへの規制を強め続けた。KBS、MBCを含む言論労組は長期ストライキに入り、両社の経営陣は、ストライキを指導した組合幹部を解雇し、以来労使対立が続いてきた。
その後KBSでは2014年4月のセォウル号沈没事故で、政府からの報道差し止めの介入があったこと、MBCでは「反抗的な記者」のブラックリストが最近になって明らかになるなどの問題が起きていた。
一方、韓国のニュース専門局YTNでは2008年に解雇された3人の報道記者(いずれも当時労組幹部)は、今年8月28日の労使交渉で9年ぶりの復職が決まった。
 2017年、野党候補のムン・ジェイン(文在寅)大統領が誕生したが、現在でもKBS、MBCの経営陣による番組規制、労組弾圧が続いていることから、両社の社長らの退陣を求めてストライキとなったものである。
 ムン政権で新たに放送通信委員長(政府の放送監督機関)に就任したイ・ヒョソン(李孝成)氏は「国と権力の不正を告発すべき公共放送がその社会的責任を果たしていない」と発言、公共放送の改革する意向を示した(8/1)。しかしムン大統領は前の二人の大統領の轍を踏まないようにしているのか、この問題への直接介入は行っていない。労使の自主的解決を願っているものと思われる。

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   4年前、日本の集会(神戸市)に招かれて、報告する韓国言論労組代表、(11/4/13)
2017.09.21  クルド人国家独立への住民投票迫る(4)
  イラク首相、投票中止を公式に要求

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

イラク・クルド人の国家独立を目指す住民投票が、25日に迫っている。しかし、アバディ・イラク首相は18日、住民投票の中止を公式に要求。住民投票計画を推進してきたバルザーニ・クルド自治区議長(大統領)の決断にすべてがかかる緊迫した最終局面になった。
クルド人自治区とキルクーク県および電子投票に登録済みのドイツなど海外在住のクルド人たちの熱気は、ますます高まっている。一方、米国のトランプ政権は15日声明を発表、これまでの延期要請を強化して、“独立投票は特に挑発的であり、この紛争地域をさらに不安定にするものだ”と非難、中止を要求した。その数時間前に、クルド自治区議会は住民投票の実施を最終的に支持する議決をしている。
 バルザーニ議長は連日、首都と地方都市を回り、赤、白、緑三色の地に金色の星が輝くクルド旗で埋まり場外に市民たちがあふれる会場で、25日の投票実施を宣言している。
 自治区の第3の都市ザホで14日に開かれた集会での同議長の演説によると、同日、議長は国連事務総長の代理と米国・英国の駐イラク大使ら4か国代表による共同代表団と会談した。会談で共同代表団は、クルド人の自決権を尊重する一方で、イスラム国(IS)との戦いはまだ続き、イラク第2の都市モスルを解放したばかりで、甚大な破壊を受けた同市の再建は難事業であり、膨大な難民がクルド自治区に避難している、こうした事態が山積する現時点でのクルド国家独立投票は延期するよう、同議長に要請した。
 これに対し同議長は、クルディスタンのクルド人に対して国家独立の権利を保障することなしに、独立の可否を問う投票の延期だけを求める要請を受け入れることはできない、と、応えたという。
 9月25日の投票について、実施計画を崩さない自治政府に対して、イラク政府は、クルド自治区の独立の可否は憲法の規定により、連邦議会(国会)の決定事項であり、それなしの住民投票の結果は全く無意味であるという立場を堅持してきた。本欄でも紹介した通り、8月中旬、首都バグダッドで、政府・与党と自治区代表団が交渉、9月に自治区の首都アルビルで再交渉することになったが、再開していない。このままでは、自治政府はクルド自治区全域と実効支配している世界的な油田地帯のキルクーク、そしてドイツなど海外在住クルド人の独立可否投票を実施し、おそらく大多数の賛成で成立。一方、イラク政府はその結果を憲法違反で無効とすることになる。
 イラクでのクルド人国家独立投票については、自国民に相当数のクルド人がいる隣接国のトルコとイラン政府は、自国内のクルド人たちの民族主義運動がさらに高まるのを強く警戒してイラクでの投票そのものに強く反対している。国連、歴史的にイラクと関係が深い米、英、フランスは、クルド人の自決権を認めながらも、独立については住民投票の延期を求めている。
 クルド人の国家独立投票を強く支持してエールを送っているのは、スペインからの独立可否の住民投票を1週間後の10月1日に予定している、カタルーニア自治州政府と議会だ。しかし、スペイン政府も住民投票の結果を絶対に受け入れないことを表明している。

 20160916坂井定雄18054クルド独立投票集会写真
25日のクルド独立を問う投票を前に、自治区首都アルビルで15日夕、初めて開かれた若者たちのカラー・フェスティバル。会場を埋めた数千人の参加者の中にはクルド国旗の3色で彩った若い女性たちも。
クルド系通信社Rudauが全世界向けに報道した。

2017.09.09  中印国境は緊張している
  ――八ヶ岳山麓から(234)――

阿部治平(もと高校教師)

8月半ば、北京の友人が「中印国境では、我国とインドとの本格戦争の恐れがあるが、日本ではどう見ているか」といってきた。日本では小さいニュースだったが、中国ではメディアがかなり緊張を煽っているらしい。

ドクラム高地(中国名・洞朗)は中国領チベットとブータン西部が接する地域である。この地で国境問題が顕在化したのは、文化大革命が始まった1966年といわれる。この年中国解放軍はチョモラリ(海抜7314m)南方のチュンビ渓谷南方に進駐し、その東側すなわちブータンと接するドクラム高地を自国領とし、1990年代には中国はここに道路をつくった。2000年代に入ってからも軍や民間人が越境したので、ブータン政府が抗議を行ったことがある。
今回の中印緊張は、今年6月中旬に中国軍がまた道路建設を始めたのに端を発している。この6月から中印両国軍それぞれ300人の兵士が進駐して、ときどき小競り合いをやった。中国ではこれが大きく報道されていたから友人は心配になったのだろう。

インドと中国はドクラム高地で境を接しているのではない。ここは中国とブータンの国境である。ではインド軍がなぜブータン領のドクラム高地にいるかといえば、複雑な経過によってブータンの国防がインドに委託されているからである。ブータン軍は警察も含めて1万人しかないうえに、兵器も貧弱だから中国とは勝負にならない。そこでインドは軍事顧問団1000人余を常時ブータンに置いている。
この8月3日には中国政府はドクラム高地でインド軍が兵舎を建設しているとして即時撤退を要求した。一方インド政府も「ブータン領内に中国軍が不法に侵入している」と非難してこれに応じなかった。
だが8月28日、インド外務省は突然、双方が現地から撤退することで合意したと発表し、中国でも同様の報道があった。9月3日から5日まで開催される中国、ロシア、インド、ブラジル、南アフリカ、新興5カ国(BRICS)の首脳会議があり、習近平とモディの両首脳もこれに参加するので、急いで事態の沈静化をはかったものと思われる。

これまでの中印国境紛争に関するニュースは、インドヒマラヤのシプキ峠などをめぐる小地域を除けば、カシミール東部のアクサイチン地区とブータン東方のアルナチャル・プラデシュ(州)の2カ所に限られていた。アクサイチンは九州に近い面積だし、アルナチャル・プラデシュは北海道とほぼ同じ面積であって、これに比べればドクラム高地などはわが村ほどの土地である。

中国はガンデン・ポチャン(旧ラサ政権)の支配地域を即ち中国領だとしているから、アルナチャル・プラデシュがヒマラヤの南麓とはいえ、これを中国領とする(この論理だとブータンも中国領になる)。アルナチャルのヒマラヤ寄りの人々の多くはチベット仏教信者である。
インドはヒマラヤ頂上線のマクマホン・ライン(1914年シムラ会議の際、イギリスの外交官マクマホンが引いたブータン東方からミャンマーまでのヒマラヤをインド・チベットの境界とする線)を国境としているから、当然のようにヒマラヤ南麓を自国領とした。
アクサイチンでは、ここがラサ政権支配地域であるうえに、ラサから新疆ウイグル自治区ヤルカンドに通じる少数民族支配上の戦略道路があるから、中国はこの土地を譲るわけにはいかなかった。インドはアクサイチンではイギリス植民地官僚がかってに引いた境界線を正当なものとした。

中国軍とインド軍はサイバー攻撃や小競り合いをアクサイチンとアルナチャルでもやっている。この夏はアルナチャル・プラデシュをダライ・ラマ14世が訪問し、法事をおこなった。もちろん中国はこれを批難し、インドは内政に干渉するべきでないと、中国の非難を拒否した。アクサイチンでもパンゴン湖付近の休戦ライン近くでは銃撃戦には至らなかったが、殴りあいがあった。

1954年「平和五原則」を共同声明でうたい、アジア・アフリカ諸民族の希望をになった中印両国だったが、62年になるとヒマラヤをめぐって本格的な国境戦争をやった。結果は中国軍の大勝利。アクサイチンではインド軍は高地障害などで戦えず、アルナチャルでは中国軍はあっという間にヒマラヤ南麓を占領した。
にもかかわらず、62年10月中国は突然に実際支配線から20キロ撤収するとして、マクマホン・ラインからヒマラヤ北麓に退いた。おそらく大躍進政策の飢餓状態が続いており、アルナチャルを維持しつづける国力がなかったからであろう。
もちろん公式には、両国とも東西2地域を今日まで自国領としてきたことに変りはない。当時も今日も「絶対にいかなる領土も放棄しない」というのが中国の領土問題にたいする原則である。これからすれば、アルナチャル・プラデシュを事実上放棄したのはこの原則に反する。

習近平政権にとってインドは、「一帯一路」など習近平政権の国際政策を展開する際の最大の障碍である。
中印国境はいま一時的におだやかだが、5日にBRICS会議がおわれば、すぐにでも軍事的対立に還る危険をはらんでいる。中国軍はインド軍の部隊駐留地から近い地域で、戦車訓練や迫撃砲による砲撃、ミサイルの発射といった臨戦的(原語「針対」)演習を行なっている。これに対するインド側拠点は数年前から軍事要塞化している。
インドは2014年にモディ首相が就任してから(就任式にチベット亡命政権のロブサン・センゲ首相を招くなど)、中国に対し以前の政権よりは挑戦的である。
一方今回の中印対峙で中国の思い通りにならなかったら(BRICS会議のさなかの北朝鮮の6回目の核実験で中国外交は打撃を受けているから)、習近平総書記にとっては失敗、面子丸つぶれになる。
このため中印両国の対立がエスカレートするのは目に見えている。前線で偶発的衝突が起きやすい状態だ。日本ではあまり注目されていないが、これはアジアの平和を左右する。双方は核保有国のうえに、人口世界第一と第二の国家の対立だから。

付加えておくべきことがある。ドクラム高地をめぐる中国とブータン・インドとの紛争に日本が「介入した」と思われるできごとがあった。
秋篠宮家長女眞子内親王が6月1日からブータンを訪れた。これは2011年11月ブータンのジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王夫妻が国賓として来日したことの返礼である。だが、今回の中国とインド・ブータンのつばぜり合いがそろそろ本格的になろうとする時期だから、眞子内親王のブータン訪問は、日本のインド支持というメッセージを送ったととられる可能性があった。外務省はこれに留意しなかったのだろうか。

さらにインドのラジオ放送やTimes of India紙は、ドクラム高地をめぐって日本の平松賢司駐インド大使が日本政府の「インド支持の立場」を表明したと報じた。これにあわてた在印日本大使館は、平松大使がインドメディアの取材に対して「力による一方的な現状の変更」を行わないことが重要だと述べただけだと、インド支持の報道内容を否定したという(時事2017・08・18)。
平松発言について中国外交部の華春瑩報道官は、8月18日の記者会見で平松大使のドクラム高地に関する発言は根拠がないとして、「ドクラム高地に関する対立は存在しない、国境線は明確であり、双方共にそれを受諾している」と述べた。
中国が日本大使の発言に対して拒否反応をあらわにしたのは、根拠のあることである。ことの経過からして「『力による一方的な現状の変更』を行わないことが重要だ」といえば、中国を牽制したことになる。駐印大使館がいくら弁解しても相手には通じない。日本政府の中国敵視政策をこれ以上エスカレートしたいならともかく、よく勉強してから発言すべきだった。知らないなら何もいわないほうがよい。
2017.09.07  クルド人国家独立への住民投票迫る(3)
  賛否両派の公式な運動、電子投票登録開始

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

9月25日にイラク・クルド人自治区政府が実施する予定の「クルド人自治区と自治区外のクルド人地域の国家独立の賛否を問う住民投票」の公式な運動が5日、始まった。投票を管理する公的機関―高等選挙及び住民投票管理委員会(IHREC)は既に1日から、海外でのネットによる電子投票のための有権者登録をドイツなどで開始している。クルド人移民や居住者が多いドイツでは8月26日、独立を支持する2万人のクルド人集会が開かれている。
住民投票が行われる「自治区外のクルド人地域」とは、自治区に隣接する世界的油田地帯のキルクーク県と一部の隣接地域。クルド人住民が多数を占め、自治区政府が実効支配している地域で、イラク政府は自治区外と主張している。キルクークは、2014年にイスラム国(IS)勢力に短期間占領され、駐屯していたイラク軍は少し抵抗しただけで撤退した。しかし間もなくクルド人自治区の公的武装勢力ペシュメルガがISを駆逐し、以後実効支配している。キルクークの県議会は8月29日、同州でもクルド人独立投票を実施するかどうかを採決、賛成24、棄権2で可決した。
このように、クルド人独立投票の準備は着々と進み、実施されれれば、賛成多数で可決されることは必至だが、投票が実施されるか、実施されて可決されても、バルザーニ議長(大統領)がクルド人独立をいつ宣言するかは、全く予測できない。
前回書いたように、8月中旬から下旬にかけてバグダッドでおこわわれたアバデイ首相以下政府側と自治区政府代表団の交渉は、双方の立場を主張し合い、クルド側代表は「双方の立場は近づいた」と語り、2週間以内に自治区の首都アルビルで交渉を再開すると述べている。再開交渉では、住民投票の実施を1年程度先延ばしにして、いまだキルクーク南部のハウィジャなどイラクのごく一部に残っているイスラム国(IS)の支配地域を完全に一掃してから、前向きに対応するといった妥協になるかもしれない。
アバディ・イラク首相はクルド代表団との会談後、「憲法上、独立の可否はあくまでイラク議会だけが決定することができる。住民投票は無意味だ」と従来の立場を繰り返す発言を外国メディアに対して行った。一方、住民投票プランを推し進めてきたクルド自治区のマスード議長(クルド側では「大統領」と呼ぶ)は8月30日、アルビルでの学術的な会議での演説で、イラク政府が独立を問う住民投票の実施そのものを受け入れ、米国か国連がそれを保証するならば、住民投票を2018年後半まで延期してもよいとまで発言した。
モスル解放作戦はじめ対IS包囲網、膨大な難民受け入れで、イラク政府、国連、各国の信頼が大きく高まっているクルド人は、長い民族の歴史の中でかってなかったほどの、民族独立の好機にあるのではないだろうか。日本政府にも物心両面での支援を求めたい。
2017.09.05  この焦燥ぶりが恐ろしい―正念場の習近平(5)
  新・管見中国(30)

田畑光永(ジャーナリスト)

 この秋の中国共産党第19回全国代表大会(略して「19全大会」)が10月18日から開かれることが、8月31日に発表された。大会は5年に1度で、そこでは次期最高指導者を含めて、同党の重要人事が決まるので、内外の関心はだいぶ前から高まっている。
すでに読売新聞が大会で決まる(正式には大会で選ばれた中央委員による第1回会議で決まる)政治局常務委員7人(トップの7人)のリストを報じたり(8月24日付)、毎日新聞が「習近平の後継者は子飼いの子分で、つい7月に重慶のトップになったばかりの陳敏爾だ」と決め打ちしたり(8月28日付)したりしているが、これらは当たるも八卦の観測記事で、大会のムードの盛り上げ役である。
しかし、日程が決まったということは、ああいう体制の国柄では、大会で決まることの内容もほぼ決まったと解釈されるから、ようやく前哨戦が終わってここからが大会前の最後の一か月半、伝わる動きはさまざまな想像をかき立てることになる。
 その直前のことではあるが、8月末にエッと驚くようなニュースが3本あいついで伝えられた。
まず英国の名門、ケンブリッジ大学が昔から出している「チャイナ・クォータリー」という中国研究の専門雑誌のウェブサイトに出ているおよそ300本の論文を中国では読めないようにすると公表したこと。大学によれば中国当局から天安門事件やチベットなどいわゆる「敏感な問題」についての論文を読めなくするよう要求され、断った場合の影響を恐れて、それに従ったということであった。
 しかし、これは内外の多くの学者・研究者の批判に押されて、ケンブリッジ大学が決定を取り消したので、今度はそれに対して中国側がどんな報復に出るかに注目が集まっている。それにしても「チャイナ・クォータリー」という雑誌はまず普通の人の手にも目にも止まらない地味な論文集である。読者はきわめて限られている。中国の「老百姓」と呼ばれる庶民とはまず無縁の存在である。
 それを中国で読めないようにするとは、中國の研究者に読ませないということである。研究者の視野を政府が狭くするのは秦の始皇帝の焚書坑儒の発想である。中国の言論空間が政府によって制限されていることは今に始まったことではないが、それでも一昔前には大学の教員たちはわれわれのそうした批判に対して、「でも我々仲間内ではインターネットで自由な議論をしていますよ。政府も我々のことは大目に見てくれます」と言っていたものだ。今度のことはその大目に見られてきた限られた空間さえ閉ざされようとしていることを物語る。
 次は流行歌の問題である。ある広東省の歌手が「情定揚州」(揚州に心を奪われた、といった意味)という歌を作った。江蘇省揚州は先々代の党総書記、江沢民の出身地である。そしてこの歌の歌詞には恋人とおぼしき女性の描写に「彼女は大きな眼鏡をかけ・・・3つの授業では代表をつとめた」といった言葉が出てくる。江沢民は大きな眼鏡をかけていたし、「3つの代表」とは党規約にも書き込まれた江沢民の「重要思想」の代名詞である。
 その江沢民は8月17日に91歳の誕生日を迎えた。その翌日、18日の地元夕刊紙「揚州晩報」がこの歌の特集記事を掲載した。ところがその後、同紙はこの特集について、「不真面目だった」と自己批判して記事を撤回した、というのである。
 江沢民は概して人気のあった指導者とは言えない。それを恋人役に見立てるのはある種ブラック・ユーモアのような気もするが、本人の地元となれば、それとて好意的に受け取るであろうから、「揚州晩報」の自己批判は江沢民が怒っての結果とは考えられない。まず9分9厘、習近平周辺からのクレームか、あるいは地元幹部が習近平の胸の内を「忖度」した結果であろう。このシリーズの第1回に取り上げたように「くまのプーさん」に擬せられることを嫌う習近平は江沢民が「恋人」に唄いあげられるのも面白くないことは十分に考えられる。それにしても細かいところまでうるさいことである。
 以上2件はまあ小さなエピソードであるが、次は深刻である。中国政府がインターネットの規制に力を入れていることはかねて広く伝えられているが、その決定版ともいえるものが、この秋から実施されそうである。
 8月25日の北京の夕刊紙・「北京晩報」によれば、同日午前、国家インターネット情報事務室は「インターネット上への評論掲載サービス管理規定」なるものを10月1日から施行すると発表した。
 細かいことはいろいろあるが、一番の問題点は評論文を掲載したり、それにコメントしたりするには、実名でなければならない(ペンネームはご法度)としていることである。そんなことがインターネットの世界で可能なのかと首を傾げたくなるが、文面から察するにどこかに登録して、パスワードか何かお墨付きをもらった人間以外はどこのウェブサイトにも入れないようにすることを考えているようだ。
 次は発言内容に対する事前審査を実施することだ。「先審後発」制度といっているが、文字通り内容の事前審査を経て後にネットに上げることになる。ウェブサイトの管理者は「関所の門番」を立派に勤めなければならないとされている。なにを基準に審査するのか、「違法違規」(法令違反)の情報が流れないようにするためという。
 しかし、事前審査だけでは「違法違規」の内容が審査をすり抜けて、社会に流れ出ることもありうる。そういう場合には気が付いた読者がそれを告発する仕組みをウェブサイトは整えておかなければならないとされている。「スパイ防止法」に取り入れられた密告制度がネット世界にも登場するわけだ。
 中国には幅広く適用されることで悪名高い「政権転覆陰謀罪」や「政権転覆扇動罪」がある。たとえば政府による土地の収容に不満な庶民に仲間を組織したり、抗議の仕方で相談に乗る弁護士たち(中国では人権を守る「維権弁護士」という言葉が定着している)が大勢この罪名でつかまっている。ネット世界の審査もまずこれに目を光らせることになるのは間違いない。
 この「規定」で中国の言論空間はいよいよ狭くなるが、それについての当局者の発言がふるっている。「取り締まるのは違法違規の言論なのだから、言論の自由の妨害にはならない」というのだ。悪法にひっかかっても違法は違法、法を犯す人間は悪人、という独裁国家が昔から使ってきた論法が21世紀のネット空間にも幅をきかせるのだ。
 それにしても、どこかの国と同じく「一強」のはずの習近平が党大会を前になにに怯えてこんなことまでするのか。その焦燥感の根深さが恐ろしい。(170831)
2017.08.28 意外な落とし穴? 中印国共の緊張―正念場の習近平(4)
新・管見中国(29)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 今回は習近平における外交を考えてみたい。習近平もわが安倍首相に劣らず外国にはよく出かける首脳の1人だ。それについて私はつねづね不思議に思っていることがある。
習近平が出かけた先で会うのは、大統領とか首相とか、ともかくその国の政治のトップである。そのほとんどは選挙で選ばれた人間のはずだ。だからいつまでもそのポストに座っていることはできないが、任期中に寝首をかかれるようなことはまずないし、任期が終わって辞めた後は、引退するもよし、再挑戦するもよし、であり、トップにいることの緊張感、不安感、圧迫感は習近平が北京で日常感じているのに比べれば、ほとんど取るに足りない程度であろう。
そこで習近平は自分の立場の特異さを感じないのだろうか、いっそ選挙を取り入れた方がいいのでは、と思わないのだろうか、というのが私の疑問である。国民にはその過程を全く知らせないまま、党内での談合、あるいは暗闘の結果、トップの座についても、国民はもとより、配下であるはずの各層の官僚や幹部でさえ、自分のことをどう思っているか分からず、だからこそたえず自分を宣伝しなければならず、国民の不満に怯えなければならず、「政権転覆陰謀罪」などという法律を作って、反対する人間に目を光らせなければならない立場に比べて、選挙で選ばれることの安心感、安定感をうらやましく思わないのであろうか。
どうも見ている限り、彼にはそういう発想はないようである。それどころか、今回のテーマである外交についても、普通の首脳においては国益と私益の比率は当然、国益重視であろうと私は推察するが、習近平においては明らかに国益は私益に従属しているように見える。といっても別に習近平が外交で私腹を肥やしているというのではなく、外から見ておかしいことでも、国内における自己の権力の強化に役立つことが価値があるという意味である。
もっともそれは習近平個人の特性というより、あの大陸の統治者には避けられない選択であるのかもしれない。そんなことを頭の片隅に置いて、習近平外交を検討してみたい。
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中国はなにしろ世界で最多の人口を擁する。面積では中国より大きな国はあるが、人口ではどこの国にも引けは取らない。だから多くの国にとって中国との関係をどうするかは、その国の外交政策において重要なファクターである。
特に近隣諸国においてはとりわけそうである。というより、日本などにとっては古来、外交のあいてといえば中国であった。朝鮮やモンゴルや、あるいは渤海といった大陸の政権との間で戦争を含めて交流はあったが、大陸中心部の政権との外交に比べればその比重は極めて小さかった。すくなくとも15世紀半ばにポルトガル人が種子島に漂着するまでは、外交といえば中国大陸との関係をどうするかであった。
一方、中国の政権にとっての対外関係とはなんであったか。もっともこの問題を問うなら、その前に中国とはどこからどこまでかを問わなければならなくなる。現在の中華人民共和国は大陸の中心部だけでなく東北部から内モンゴル、新疆、チベットまでをその領域としている。これは歴史上、かなり大きな方の政権である。
いわゆる中原、中国大陸の中心部の政権にとってモンゴルや新疆やチベットの諸民族は対立したり、一方が他方を呑み込んだり呑み込まれたりする関係の相手であった。中心部の政権の主体は漢民族であったり、その他の民族であったり、一様でないが、とくに漢民族の政権にとっては、周辺諸民族とどのような関係を維持するかは政権の命運にかかわる重大事であった。これを外交というのかどうか判然としないが、ともかく周辺諸民族を臣属させることが統治者(「天朝」)として天から授かった命令(天命)を全うしているか否かの分かれ目であった。
16世紀以降、いわゆる西欧東漸の時代になっても、当時の清朝政府はそれまでの周辺諸民族との形式にあてはめて極力、「外交」を処理しようとしたが、産業革命で力をつけてきた西欧諸国は周辺諸民族に対するようなわけにはいかず、アヘン戦争での敗戦(1842年)を契機に清朝政権は凋落の過程に入る。
ここから先はくどくど書く必要はない。清朝の衰亡、倒壊から中華民国、抗日戦争、国共内戦に至る約100年、中国は「天朝」から「眠れる獅子」、「東亜病夫」(アジアの病人)へと落魄した。その間の中国の外交といえば、数々の不平等条約を押し付けられて、各国にいいように利権をむさぼられた。
2012年秋、中國共産党のトップの座についた習近平が真っ先に唱えたのが「中華の復興」であり、それを彼は「中国の夢」と名付けた。
中華人民共和国成立から5年、1954年に開かれた第一回人民代表大会で提起され、また2年後の第8回共産党大会で党規約にも書きこまれた新国家の目標は「工業、農業、国防、科学技術の現代化」であり、1964年に周恩来首相が第3回人民代表大会で提起したのも同じ4つの現代化であった。鄧小平が文革後、改革・開放路線への転換を打ち出した時の目標も同じ4つの現代化であった。
しかし、習近平は「夢」として「現代化」ではなく、「中華の復興」という言葉をあえて用いる。彼も2021年の中国共産党結成100周年には「小康社会」をより確実なものとし、2049年の建国100周年には「社会主義現代強国」の実現を目指すとの目標を掲げているが、復興すべき「中華」はそれだけではないはずだ。
端的に言えばそれは「威信」であろう。落魄した中国から外国勢力を追い払い、国を取り戻した毛沢東の「革命」、貧困からの脱却のためになりふり構わずに外国から資本と技術を取り込んだ鄧小平の「改革・開放」、この2人の先達のもとで世界第2位の経済大国の地位についた中国を引き継いだ指導者として彼がなすべき任務は「中華」にふさわしい威信を取り戻すことをおいてほかにない。そしてそれこそが習近平を中国の指導者たらしめる必要条件なのである。
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では、その「威信」とはいかなるものであり、どのように実現するか。昔の封建王朝のように付き合う相手は朝貢してくるところだけというわけにはいかない現代では、外交の相手はいくつかのグループに分かれる。
まず世界の超大国、アメリカがある。中華復興という大命題からいえば、世界の覇者は1国でなければならないが、当面、中國がアメリカの上に立つことは望めない。そこで考え出した図式は、いずれ中国が上に立つつもりであることはひとまず胸にたたんで、今は「大国は2つある」ことをアメリカに認めさせ、互いの利益を尊重し合う形をつくることである。具体的には南北アメリカに中国は口を出さないかわりに、アジアを中国の勢力圏と認めてアメリカは干渉しないという黙契ができることがベストである。勿論、これはまだ成功していない。しかし、中国がそれを目指していることは間違いない。
次に西欧諸国やロシアといった「中の上」の国々。これらとはほぼ満足のいく状態をすでに作り出している。中国の経済が大きくなったおかげで、利にさといこれらの国はアジア・インフラ投資銀行(AIIB)や一帯一路にも参加して、中國の顔を立てることにアメリカほど抵抗を感じていない。
一番の問題は内部および周辺諸国である。「天朝」復活のためには国内を掌握し、「威信」をもって周辺諸国を「臣属」させなければならない。現実はこれがまったくうまくいっていない。
周辺諸国の前にまず台湾、香港をしっかり内部に取り込んで、毛沢東、鄧小平も果たせなかった「祖国の統一」という課題を乗り越えなければならないのだが、香港は1997年に条約に基づく「祖国復帰」は実現したものの、香港住民はいっこうに共産党政権になつかない。2014年には「雨傘運動」という若者中心の自治拡大要求が大きく広がり、中心部を長期間選挙される事態となり、習近平政権は顔に泥を塗られた。その後も立法会議員選挙、行政長官選挙などことあるごとに反北京の波が起こっている。それに対しては北京政権は大人げないほどの強圧政策で臨み、外部評価を落としている。
台湾に対しては習近平から馬英九総統(当時)への働きかけが実を結んで2015年11月、シンガポールで両者の会談が実現し、「統一」への道が開かれたかに見えたが、翌年の総統選挙では独立志向の強い民進党が国民党を破り、蔡英文総統が誕生して、中台関係はかえって対立面が際立つようになった。ここでもまた北京政権はとても大国とは思えないいやがらせを台湾に繰り出している。
周辺諸国ではかつての封建王朝時代の朝貢体制では欠かせない役者だった朝鮮半島とベトナムと中国との関係は今や対立面が際立っている。とくに朝鮮半島の2つの政権とはともに関係がよくない。
習近平は2015年9月3日の「抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年記念軍事パレード」を国威発揚というか、政権の威信発揚の場にするべく最大限の力を注いだが、これは底意が見えすぎて、ほとんどの国は習近平の引き立て役を演ずることを潔しとせず、首脳といえる参加者はロシアのプーチン、韓国の朴槿恵、この2人の大統領だけであった。
それでも習近平は朴槿恵大統領に対して、伊藤博文を暗殺した安重根の記念館をハルビン駅に設けることを約束するなど大サービスをしたものだった。ところが韓国はその後、中國の猛反対を押し切って、北朝鮮に備えるため米の超高度ミサイル防衛システム(サード)の設置を受け入れ、習近平の顔をつぶした。習近平の怒りようはその後の国を挙げての反韓国キャンペーンとなった。
北朝鮮の金正恩政権とは、中国との関係がよかった張成沢(金正恩の義理の叔父)を金正恩が処刑したことで関係は悪化、いまだに首脳会談さえ行われていない。北朝鮮の核開発に対して中国が何を言っても、今では金正恩は聞く耳すら持たないだろう。
ベトナムとは西沙群島をめぐる対立はこれからも長く続くだろう。対立には慣れている両国だから、表立った争いはなるべく避けるだろうが、両国が打ち解けることはまずあるまい。
外国ではないが、国内の西の辺境に位置する新疆、チベットでは北京の力ずくの同化政策に対するウイグル族、チベット族の反抗が激しく続いていることは、中央政府の報道からさえ明らかである。
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こう見てくると、習近平の目指す「中華の復興」は容易でない。漢の武帝は匈奴討伐で威信を高め、明の永楽帝は鄭和の南海大遠征で国威を発揚した。しかし、現代は簡単に武力を動かせる時代ではない。習近平に残された空間はじつは南シナ海しか残されていない。
こう考えれば、なぜ中国が南シナ海で埋め立てやら軍事基地やら、何のためだか分からないことに血道をあげているかが見えてくる。あの海の中の島々に基地を作り、人と武器を配したからといって、中国にとってどういうプラスがあるのか。しかし、問題はそこではない。習近平の時代に南シナ海は中国の海になったと「言えること」が大事なのだ。
南シナ海に限らず、このところミャンマー、スリランカ、パキスタン、はてはアフリカのジブチまで、中國が軍事基地ないしは軍事利用可能な港湾を確保しているのも、現実的な必要あるいは実益のためというより「威信」のためと見た方が理解しやすい。
こうした習近平の努力が実を結んだかどうかは、外から見てどう見えるかは関係ない。外国から見ればなにをそんな無駄なところで力んでいるのかといぶかしいことでも、中國の内部から見て、国民に満足感を与えられればそれで効果はあったことになる。
ところが、最近、おそらく習近平にとってははなはだ厄介なことが持ち上がった。お聞き及びのように、6月中旬以来、中国から見れば南西端、インド、ブータンと国境を接する地域で中印両軍が対峙する事態が続いている。中国側に言わせれば、協定によって中国領とされている場所で道路工事をしているところへインド軍が入って来て邪魔をしているというのだが、境界争いはそれぞれに言い分があるのが常だから、どちらが正しいか、よそ目には分からない。
中國は大々的にインド軍の国境侵犯を宣伝し、きつい言葉で撤退を要求しているが、インド側もしぶとくねばっているように見える。この問題が厄介なのは、インドという国はアジアの超大国、古い文化を持つ国、開発途上国とさまざまな面で共通点を持つ、いわば中国とライバル関係にあることだ。「あの国には負けたくない」という気持ちが双方にあり、1962年には国境をめぐって実際に戦火を交えたこともある。
だから習近平もここで中途半端な妥協はできない。さればと言って大がかりな戦闘もはばかられる。落としどころが難しい。日本政府が尖閣諸島を国有化して、大規模な反日デモが起こったのは2012年9月、5年前の共産党大会を控えた時期であった。当時の中国は外に向かって弱いところを見せられない時だった。今もまさに同じ状況である。さて両国はどう収まりをつけるか、これは見ものである。

2017.08.26 中国にも「正論」はある、ただ民衆のものになっていないだけだ
――八ヶ岳山麓から(232)――

阿部治平(もと高校教師)

はじめに
中国では人文系社会科学系の学者は、たいてい中国共産党の召使にされてしまいました。それでも骨のある人はいます。「物言う経営者」として著名な大手不動産会社の任志強が「(メディアが党を代表するなら)人民の利益は片隅に捨てられ忘れ去られる」と習近平のメディア対策を批判したとき、蔡霞という研究者が任志強を断固として擁護し、公式筋から激しい非難を浴びたことがあります。
ここに紹介するのはその蔡霞の発言で、香港の「鳳凰」ネットのインタービューに答えたものです。大量の民主人権派が逮捕された2015年末に発表されたもののようですが、私がこれを見たのは、劉曉波が獄死して22日たった、この8月9日付「鳳凰」ネットでした。もちろんただちに抹消されました。
蔡霞は1985年から政治研究に従事し、中共上層幹部を養成する中央党学校教研部講師の要職にありました。現在どのような待遇を受けているかはわかりません。
以下、蔡霞の発言のなかから、中国からの資本の退出、労働者の状態、共産党と国家の問題などについて、できるだけ発言の趣旨に添うよう編集要約したものを記します。( )は阿部。


香港最大の資本集団、李嘉誠の長江実業グループが中国から出て行ったことについて、
李嘉誠は中国に投資して中国に大量の利益を与え、同時に中国の低コスト労働力を利用して利益をえた。その李嘉誠グループがなぜいま去ったか。中国では権力が市場を独占しすぎており、ここでのビジネスが労働力コストの上昇とともに彼にとって不利となったからだ。
資本自体は中性的で、善悪の色はない。資本が残酷な手段で利益を得るか、合理合法的手段で稼ぐかは、資本そのものではなく、その制度環境が決定する。中国では第一の強勢力は権力である。第二は資本である。社会の下層は最も弱体である。権力は「豚は太らせてから殺すもの」として資本から搾取する。権力と資本が合流したときは、ともに社会の下層から搾取する。
「(中国国内の)李嘉誠を逃がすな」といった理屈は、強盗の論理、用心棒の考え方である。この種のシグナルは李嘉誠を恫喝しただけではない。こういうことをいうから資本が国外に逃亡するのだ。
ところが、現在中国の国営企業・中央企業はともにアフリカ・東南アジアに投資している。これを脱出とか逃亡とかとはいわない。むしろ誇りをもって「中国企業は世界に進出する」という。だが中央企業が出ていったのち、カネは国内に還ってくるのか?投資収益比率はどうなっているのか?稼いだカネが戻ってから、誰がそれを分けあうのか?こうした事情は中国国内では誰も知らない。

中国における労働者階級の状態について
中国社会の現在の制度環境下では、資本は残酷なやりかたでカネを稼いでいる。出稼ぎ労働者の基本的人権は守られていない。労働者が企業と交渉しようとすると、労使交渉権がないものだから、地方政府が治安維持と称して労働者の中心人物を捕まえる。我々は社会主義を自称しているが、具体的な制度環境をみると、いわゆる社会主義とは一致しない。
中国の(現代の)都市化の過程をみると、社会下層の人々には発展へのゆとりがない。彼らは生きられないわけではないが、よりよい生活への可能性は小さい。都市化の過程では社会の成長発育、制度の配置が立ち遅れた。唯一前よりもよくなったのは、外国資本の投資環境が整えられたことである。

現在の労働者の状態は、ある意味では18,19世紀ヨーロッパ諸国の労働者に似ている。労働者階級の地位は低く、労働者の運命は悲惨きわまりないものだった。
マルクスは資本論の中で、労働力の価格はおもに三つの部分からなるという。ひとつは自己生存に必要な費用、もうひとつは家庭の基本生活を保障するのに必要な費用、社会的観点からいえば、労働力の再生産を実現することである。第三の部分は労働者が労働に必要な技能を得るために必要な費用である。
現在、この三部分は出稼ぎ労働者の場合どうなっているか?その労賃はわずかに必要を満たす程度であり、北京・上海のような大都市では、ようやく生きられるレベルである。多くの出稼ぎ者は自分の生活費の中からカネを搾りだして故郷の家族に送っている。このなかで、彼らが職業訓練と教育を受けることなど思いも及ばない。
私は(西欧の)民主社会主義の政策は大賛成だ。鄧小平「先富論」には分配制度の適切な配置が必須であったが、現実にはそれがなかった。

反腐敗運動が地方にまでおよび、官僚が仕事をしなくなっている。この現象について
官僚の不作為・サボリ現象の原因は、(反腐敗運動の中で)自分を維持するため、利を求め害を避けるためである。万一検査の手が及んだとき、過去現在が明かになるのを恐れて、仕事をすることができないのだ。
これは単純な個人の信念の崩壊問題ではない。個人の問題は教育で解決できる。だが大量のサボリ現象が現れたら、それはシステムの問題である。幹部のなかにはこの最も基本的な常識を認めようとしないものがいる。
いま、幹部に対する民主的で公開された評価、公衆による監督、世論の批判によって仕事のやり方を変えさせることが必要である。システムは問題が起こるたびに批判し是正していく過程で健全なものとなる。
地方では世論による監督が抑えつけられている。上級が下級を管理し、大権が小権を抑えるだけでは、(官僚の恣意的行動を)制御しきれるものではない。システムが不健全だから、上層から下層まで大量の腐敗が生まれるのだ。

権力と共産党の問題について
我々の現在の問題は共産党そのものに存在する。指導幹部のなかには党と国家をごちゃまぜにし、権力を私物化し、自分の意志を大衆に押し付け、自分のやっていることが社会大衆の利益になるか否かを考えないものがいる。共産党への支持は強制するものではない。
社会には利益の違いがあり、衝突は免れない。(ヘーゲル「国家の目的は普遍的利益である」を踏まえて)国家は公共権力機関として、いかなる勢力の独占も操縦も受けてはならない。
マルクス主義が中国においてなお思想上の感化力・生命力を維持するためには、共産党は思想解放をしなければならず、なにを堅持すべきか(なにを否定すべきか)深く考えなければならない。
最大の挑戦は、我々自身が今日の中国と現代世界の深刻な変化の中にあって、なおマルクス主義を堅持する必要があるか否かを、またどのように堅持するべきかを考え抜くことだと思う。この問題を明確にできれば、党にはまだ求心力があるといえるかもしれない。
党への忠誠心が揺らぐ原因は二つある。ひとつはそのイデオロギーが社会の変化と時代進歩に適応していないために人心をひきつけることができないこと。もうひとつは利益を用いて人を籠絡し、また強力な反腐敗(運動)をやったために、特権階層の既得権益が(危機に陥り)厄介な問題を引き起こすことだ。
もし党員が自己の生存が安全でないと感じるとしたら、はたして党に求心力があると言えるだろうか?この二つの問題は重視に値し、解決のためには深刻な努力をしなければならない。

(蔡霞の)結び
中国の発展進歩の観点からは、最も基本的なこととして党に憲法と法律の範囲内での活動が求められる。権力を制約することの実際上の意味は、民衆の権利を保護し主張することである。中国では、これをやるか否かの主導権は共産党にある。
中国で最も恐るべきは官僚個人の腐敗ではなく、法制度の不健全なことである。権力の恣意的な政策決定がもたらす損失は、官僚個人の腐敗蓄財をはるかに超過するものである。

おわりに
中共19回大会を控えた中国では、市民の自由への展望はほとんどありません。とはいえ人々は表面なにごともなかったように暮らしています。この状態は今後も長い間続くでしょう。しかし、私は蔡霞の発言がやがて日の目を見ることを確信しています。(2017・08・20)

2017.08.18 クルド人国家独立への住民投票迫る
モスル解放と難民支援で自信深めた自治政府

坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

イラクのクルド人自治区政府が9月25日に設定している、クルド人国家樹立の是非を問う住民投票が迫ってきた。自治区の独立に反対してきたイラク政府は住民投票自体に反対、クルド人が少数ながら国民の一部を占めるトルコ、イラン、シリア政府も独立に反対をしている。しかし自治政府は、あくまで9月25日に投票実施の姿勢を崩さず、イラク政府との公式な協議のため、8月14日、与党指導者を団長とする高級代表団を首都バグダッドに派遣した。イラク政府のアバディ首相、与党指導者のマリキ前首相と会談する予定だという。自治政府の最高指導者バルザーニ議長(大統領)は、代表団派遣に先立ち、ロイター通信の取材に応じ、住民投票実施プランから引き返すことはありえないと断言、「(独立賛成の)投票結果がでたうえでのイラク政府の交渉は、無期限ではない」と強調した。
バルザーニ議長は、昨年2月に独立への住民投票実施の意図を表明したが、イスラム国(IS)に占領されたモスルをはじめ、他の都市や地域からの難民が急増してクルド自治区に流入しきた、などの事態で延期されてきた。しかし、昨年10月にイラク政府軍と2万人を超えるクルド人武装組織ペシュメルガが作戦分担をして協力し、米軍はじめ多国籍空軍の空爆に支援されてモスル奪還作戦を開始し、ペシュメルガが大きな役割を発揮。その一方でモスルからの難民94万人はじめイラク各地、一部はシリアからも難民計180万人がクルド自治区に避難。自治区では国連機関の支援もえて、これら自治区人口の半数近い難民を受け入れたことも国際社会に高く評価されてされた。
このように大きな役割を果たしたことにクルド人自治政府は自信を深め、バルザーニ議長は今年6月、9月25日にクルド人自治区の独立の可否を問う住民投票を、自治区全域と自治区外のキルクークなど実効支配地区で実施することを発表した。キルクークは世界有数の油田地帯。14年6月、イラク北部の中心都市モスルがイスラム国(IS)に占領され、その南方のキルクークもISに占領されたが、間もなくクルド人自治区からペシュメルガが出撃して奪回。それ以来、クルド人自治区政府の支配下に入り、自治区経由の原油輸出も再開された。キルクークの住民多数はクルド人で、クルド人独立国家の一部になるとして住民投票を実施する。しかし、イラク政府の立場はあくまでキルクークはイラクの1州であり、その帰属をめぐり、クルド人独立国家の領域を決める際には重大争点になることは必至だ。
バグダッドでのイラク政府とクルド人自治区政府代表団の交渉は、共に戦ったモスル解放作戦の勝利の直後であるとはいえ、難航するに違いない。政府側の交渉代表の一人、マリキ前首相は、多数国民のシーア派優先の政策を強引に進めて、スンニ派国民の強い反感を生み、イスラム国(IS)が膨張する地盤を育てた剛腕政治家。クルド人独立投票については「軍を使って潰したらいい」と発言したこともある。それでも、9月25日のクルド人住民投票は実施されるのではないだろうか。(続く)

2017.08.17 2017年 夏
韓国通信NO532

小原 紘 (個人新聞「韓国通信」発行人)

 <認知症と記憶喪失と「たわけとうつけ」>
認知症はかつて痴呆症といわれた。
老齢化社会を迎えて国内の推定患者数は今や500万人、予備軍を含めるとざっと1000万人という。自分とは無縁なものと高を括っていたが、最近自信がなくなってきた。とにかく思いだせないことが多すぎる。毎日、暗澹たる気持ちだ。
免許証の更新のため認知症のテストを受ける羽目になった。前日の夕食メニューを聞かれるという有力情報を得て、久しぶりにカレーライスを作った。ヤマは見事にはずれたが、テストは合格。
私たちの認知症への不安をよそに、この夏、「記憶にない」を平然と語る人たちを発見した。抜群の記憶喪失を演じた財務省の佐川理財局長は首相の覚えめでたく国税庁長官に昇格した。
憲法違反の「安保法制(戦争法)」を強行して以来、政治家や官僚たちには憲法も国民も見えなくなったようだ。不遜な態度を父親からとがめられ、「たわけもの!」と怒鳴られたことを思いだす。認知症でも痴呆でもない彼らは、意図して記憶を消し去ろうとする「たわけもの」で「うつけもの」だ。

<あなたはどこの国の総理か>
8月9日、長崎を訪れた安倍首相に被爆者代表が抗議した。「どこの国の総理か」と問われた首相は世界の歴史に名を残すに違いない。言いたくても私は同じことが言えただろうか。

<トランプ・金正恩の場外乱闘>
核兵器をオモチャ扱いにするふたりの姿はプロレスラーが試合前、場外で口汚なく「ののしりあう」のに似ている。
北朝鮮が「アメリカが射程距離に入った」と自慢すれば、トランプ大統領は「核をお見舞いする」と応じ、北も負けずに「グアム攻撃」を言いだす始末だ。子供じみた言い争いに小野寺防衛大臣が加わり、「グアムが攻撃されたら集団的自衛権を行使できる『存立危機事態』だ」と言いだした。核戦争の当事者として名乗りを挙げるなんて、空気が読めない正真正銘の「たわけ」である。これでは自ら「存立の危機」を招くようなものだ。
北朝鮮はいつも挑発者として悪者扱いされるが、その挑発に乗るのはあまりにも愚かだ。戦争に理屈(大義)をつけるのは過去のこと。核戦争は無条件にやめさせるのが21世紀の大人の振る舞いだ。
グアムに向かうミサイルを迎撃するために中国・四国地方に対空ミサイルPAC-3とイージス艦が配置される。そのさなか、墓参りで山口県入りした安倍首相は「国民の生命と財産を守るため、最善を尽くす」と語った。
核弾頭付きのミサイルが日本の上空で撃ち落とされたらどうなるのか。正気の沙汰ではない。それより戦争をさせない努力をすべきだ。
今からでも遅くはない。安倍首相は夏休みを返上してトランプ大統領と金正恩委員長と会って争い事は「ツマラナイカラヤメロ」(宮沢賢治)と説得すべきだ。それができないなら、本当に「どこの国の総理か」。「クジラの争いでエビの背が裂ける」(韓国の諺)ように、核保有国の巻き添えで被害を受けるエビになるなんてごめんだ。安倍首相は自分の信条に背くことになるかも知れないが、世界に誇る平和憲法を持つ、また唯一の戦争被爆国の首相として戦争の愚かさを彼らに説いてほしい。

<作られた「戦争前夜」>
テレビや新聞、特にNHKは「戦争前夜」のような報道ぶりがめだつ。
「本当かな」。ほとんどの人たちは疑い、冷静に受けとめている。不安感を抱きながらも、戦争を非現実的だと思っているからだろう。彼らを「平和ボケ」と非難すべきではない。政府も万全の備えをしているとはとても思えないのだ。
PAC-3とイージス艦配備で「自衛」は可能だろうか。避難訓練も全国で行われている。内閣府の全国瞬時警報システム(Jアラート)は地下道や堅固な建物に避難を呼びかけるだけ。原発が狙われたらひとたまりもないはず。国を守るにはお粗末過ぎはしないか。絶対ではないとしても政府も戦争は起りえないという前提である。にもかかわらずこの騒ぎは何だ。
2002年の平壌宣言で日本と北朝鮮は国交正常化を約束したが、拉致問題で年を追うごとに日朝関係は悪化を続けた。安倍首相がいつも胸に付けている青いリボンが象徴するように、彼は拉致被害者救出を前面に掲げて北朝鮮批判の旗振りを続けてきた。
教育基本法の改悪、特定秘密保護法制定、安保法制定、「共謀罪」法の制定までこぎつけた安倍首相にとって究極のゴールは平和憲法の廃止である。支持率が落ちたとはいえ最後のチャンスは目前にある。わが国の存在を脅かす北朝鮮の存在は彼の野望の実現に欠かせない。北朝鮮に対する日本国民の恐怖と憎悪がこのまま続くなら安倍首相の夢は夢でなくなる。北朝鮮情勢を国内の問題としてとらえる冷静な目も必要だ。

<安倍首相の国政の「私物化」とウソ>
「共謀罪」法制定までの安倍首相の独断専行ぶりは目に余るものがあった。多くの人が非を鳴らしたが政権は揺るがなかった。ところが森友学園、加計学園で国政の「私物化」が明らかになると安部政治に対する批判に火がついた。朴槿恵政権が退陣に追い込まれたのも「私物化」だった。
加計学園の獣医学部新設を安倍首相が知ったのは今年の1月20日だったと発言したのに驚いた。素晴らしい記憶力だ。前年の3月以降、首相にそんな暇があるのかと思うくらいに加計氏との7回のゴルフと会食が明らかになっている。「頼むよ 晋チャン」と加計氏に云われたかどうか不明だが、「腹心の友」である。「頼まれた記憶はない」と釈明しても通るはずはない。安倍首相は記憶を都合よく使い分けてウソをついた「たわけもの」である。
首相は支持率低下にあわてて「反省」を口にしたが、何を反省したか具体的に言わない。それを追及しないのは「甘い」という他ないが、この問題に関連してもっと興味深いのは去年だけで北朝鮮は2回も核実験を行い、35発のミサイルを発射していたことだ。安倍首相は国民に向い「断固抗議」「制裁措置」を語り、国民から頼もしがられたが、同じ時期に「腹心の友」とゴルフやフランス料理を楽しんでいた。国民に北朝鮮の恐怖を語り、自分は腹心の友と人生を楽しんでいた。