2022.08.13 ウクライナ人従業員が語る ロシア軍が占領した原子力発電所
 
坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

 英BBC(英語版)は12日、ロシア軍に占領されたザポリズジアの原子力発電所の危険な現状について続報した。同発電所は6基の原子炉からなる世界最大級の原子力発電所。「リベラル21」では10日に第1報を報道したが、その続報を以下に紹介します。

 ロシア軍に占領されたウクライナのザポリズジア原子力発電所の職員は、ロシア軍は原発を軍事基地として使用し、職員は銃を突きつけられているとBBCに語った。

 侵略軍は3月初旬から、このヨーロッパ最大の原子力発電所を占拠している。しかし、発電所はまだウクライナの技術者により運営されている。
 ロシア軍は最近、自軍が原発から近隣に向けてロケット弾を発射している間、原発を「盾として」使用している。
 11日には、さらなる砲撃が報告され、国連の代表は、核施設付近での戦闘が「災害をもたらす」と新たな警告を発した。
 現在、2人の作業員がBBCに、毎日の誘拐の脅威と、「より広い地域の放射能汚染」、さらには核の大惨事への恐怖を語っている。

 ▽ウクライナの原子力発電所が再び砲撃され、国連が警鐘を鳴らす
 南部の都市ニコポルには、ウクライナで最も危険な見晴らしの良い場所がある。
 ドニプロ川のほとりで、ザポリズジア原子力発電所を対岸10マイルに見ることができる。
 ここ数週間、激しい砲撃が続いており、一晩で120発ものロケット弾が飛んできたという。
 ロケット弾は原発のあるエネルホダル市から飛んでくる。
 そのため、エネルホダルと発電所も激しい砲撃にさらされている。
 国連の核監視団は、戦闘が停止し、査察団の立ち入りが許可されない限り、「核災害の現実的なリスク」があると警告している。
 ウクライナとロシアは互いに非難し合っている。事態は不透明だが、リスクは明らかだ。

 ▽原発職員の嘆き
 「以前のように働けないわ」と長年、原発で働いてきた職員のスヴィトラーナさんは嘆く。「この1週間は職場に行くことさえできなかった。土曜日には、窒素・酸素ステーションが砲撃され、火災が発生しました。奇跡的に、そこで働いていた人たちは助かりました」
 また、周辺の住民によると、商店や薬局の価格は、ウクライナの支配地域よりも4倍も高く、医師も不足しているという。ATMもほとんど閉まっている。
 いま、毎日、原発の近くに砲弾が着弾しているという。
 「心理的な状況も大変です。兵隊はどこにでも武器を持って歩いているし、住民はみんな銃口を向けられているんです」
 ロシアはそこに約500人の兵士を駐留させているという。最近の映像では、軍用車両が内部を走っている。

 「毎日、軍用車両で行ったり来たりしている」と彼女は言う。
 「ウクライナ軍が攻撃できないように、駅舎のすぐそばに軍備を配置しているのです」。

 友人のミコラからメールが来た。「原発職員は今やロシア人の人質だ」「ロシア軍はインターネットを止め、固定電話だけを残した。食事はたった一つの食堂でしか食べられない」
 ウクライナは、ロシアが占領している地域を砲撃し始め、次のような偽りのシナリオを作ろうとしている。「ウクライナが攻撃している。だからロシアに加わるよう投票した方がいい。そうすれば、我々が根を下ろして君たちを守れる」という。
 「モスクワが支配したザポリジャー地域の政治家は、住民投票をすぐに実施するよう命令書に署名しました。ロシアは過去にも、2014年に併合したクリミアなどで、見せかけの投票を演出している」

 ミコラは続ける。「すべての屋上への立ち入りは禁止されており、彼らはそこに監視所を作りました。訓練棟は彼らの兵舎になった。」
 「今では、警備のゲートで勤務を終えたばかりの職員が誘拐されることが多くなった。
 なぜ誘拐されるのかは分からない。しかし、住民たちは、ロシア人が掟を守るために威嚇しているような絵を描いている」

 2022年3月、ウクライナ侵攻開始直後、ロシア軍は原発を占拠。ロシア国営原子力企業「ロスアトム」の所有となることを告げられた。ウクライナ人スタッフはロシアの支配下で原発の運営を継続している。
 7月 ロシア軍は原発にロケットランチャーを配備し、軍事基地と化した。
 8月3日 国際原子力機関(IAEA)は、原発は「完全に制御不能」であり、点検と修理が必要であると発表した。(了)

2022.08.12 ペロシ訪台―愚かな、あまりにも愚かな
――八ヶ岳山麓から(388)――

阿部治平(もと高校教師)

 ペロシ米下院議長の台湾訪問は、アメリカでも危ぶむ声があったが、彼女はおのれの政治信条にもとづいて強行した。かりに目的のひとつが半導体サプライチェーン確立のためだとしても別な方法はいくらでもある。
 この煽り行為の結果、東アジアが深刻な危機に陥っても、彼女は責任を取らない。じつに愚行以外のなにものでもない。

 4月にペロシ訪台が発表されてから、中国は7,8回内政干渉だとする抗議声明を発表していた。案の定、習近平指導部は、海上封鎖さながらの「重要軍事演習行動」を開始した。中国軍の演習区域は、台湾を取り囲む6カ所。うち2ヶ所で演習区域が日本のEEZ=排他的経済水域に引っかかった。
 アメリカ当局はペロシ訪台でうまれた危機に、軍事演習で中国に対抗するわけにいかないから、万が一のために空母をフィリピン海に置き、ICBMの発射実験を延長し、これ以上の危機拡大を防ぐ措置を取った。

 人民日報国際版の環球時報は、8月4日社説で次のように発言した。
 「8月4日から、中国人民解放軍は台湾島周辺の6つの地域で軍事演習を開始し、実弾射撃を組織した。 同日午後、東部の劇場で数百機の多型戦闘機が配備され、ロケット部隊は台湾島東部沖の予定海域に対して、多地域・多型通常誘導火力攻撃を実施し、ミサイルは全て標的に正確に命中した。
 台湾メディアは、台湾軍筋を引用して、11発の東風ミサイルが台湾島の北部、東部、南部の海域に着弾したと伝えた」
 4日中国軍の弾道ミサイル5発は「正確に」日本のEEZ内に着弾した。岸田首相は「我が国の安全保障および国民の安全に関わる重大な問題だ」として、中国に対し強く非難し抗議した。これに対する答えは、中国外務部・華春瑩報道局長の「両国は関連海域でまだ境界を画定していない。したがって日本のEEZの言い分は存在しない」という、すげないものであった。
 5日今回の軍事演習について、中国軍少将で国防大学教授の孟祥青氏は、6カ所の区域の「北のエリアは沖縄に近い」「演習は実戦的な色合いが強く、いつでも実戦に移行することができる」と発言した。
 演習区域を日本のEEZに引っかけ、この海域にミサイルを着弾させたのは、沖縄の在日米軍や日本政府の反応をみるためであったことがわかる。

 「環球時報」は軍事演習のさなかの5日社説で、岸田首相など日本高官の反応についてこう反論している。
 「日本には台湾について四の五のいう資格はまったくない。台湾問題では重大な歴史的責任を負い、台湾を長いあいだ植民統治しただけでなく、今日に至るもきちんと反省していない。 日本が台湾に関して、「カイロ宣言」「ポツダム宣言」の第8条および国連総会2758号決議にそむき、「日中共同声明」など4つの政治文書による中国側への厳粛な政治的承諾をかえりみないのは正義がない。 外交の自主性を放棄し、ひたすらワシントンの戦略につき従うのは見識がない。わが身を省み、歴史の教訓を汲取り、地域の国々の平和と安定への期待を無視するのは徳がない」
 これに続いて、7日、中国軍東部戦区は火力による地上への攻撃と遠距離からの空中への攻撃の訓練を同日に重点的に実施したと発表した。

 台湾海峡の緊張をこのように高めたのは、おもにペロシ氏と中国軍だが、それだけではない。
 わが岸田首相は、G7の中国批判に加わったほか、ペロシ氏をおおいに歓迎して習近平政権の感情を逆なでした。そのうえ5日ペロシ氏と朝食を共にした後、彼女との話の中身を「台湾海峡の平和と安定を維持するため、日米で緊密に連携していくことを確認した」とわざわざ披露した。 
 韓国大統領がペロシ氏との直接の面会を避け、テレビ会談でお茶を濁したのとは比べるまでもなく、岸田氏はアメリカにひたすら追随する姿勢を示したのである。ペロシ氏の強引な台湾訪問をたしなめ、中国をなだめて緊張緩和の重要な役割を果たせたのに。
 かくして中国は、日本の台湾領有の歴史までもちだして、内政干渉だと居丈高に日本政府をなじることとなり、日中関係はこれまでにないほど悪化した。

 ペロシ訪台でだれが一番得をしたかといえば、それは習近平政権である。台湾政府を思う存分いたぶっただけでなく、アメリカと日本を威嚇する口実を得た。中国軍には、やりたいと思っていた台湾制圧演習の絶好の機会がやってきた。
 皮肉なことに、日米側の軍事予算大幅拡大をねらう勢力も、大いに思いを遂げることができるだろう。
 もっともひどい目にあったのは、日常生活を脅かされている台湾人と蔡英文政権だ。蔡政権は現状を維持するために、台湾海峡の緊張を高めないよう極力忍耐してきた。かれらには、アメリカの下院議長の訪台によって来たるものは、台湾海峡の緊張激化だとわかっていた。だが、ペロシ訪台を内心迷惑に思っても嫌とはいえず、作り笑いでも歓迎しなくてはならなかった。台湾国防部は今回の軍事演習に直面しても、戦闘準備レベルを平時の水準に維持したままだという事実がそれをものがたる。
 
 台湾では、中国が台湾に武力侵攻した際には米軍が出動すると信じている人たちがいるが、これをあやぶむ人も増えている。ウクライナ戦争を見れば、アメリカは武器供給はするものの、軍は出さない可能性が十分にあるからだ。
 日本人で台湾有事の際、米軍出動が必ずあると信じる人がいたとしたら、それはまことに愚かである。バイデン米大統領は先の日米首脳会談の記者会見で台湾防衛を明言したが、アメリカ外交当局はあわてて、「あいまい政策」を維持すると強調したではないか。尖閣防衛についても、オバマ大統領時代に安保条約第5条の適用を承認したが、領有問題については態度をあきらかにしないままである。

 貿易ひとつとっても、中国経済は日本なしでもなんとかもつが、日本は中国なしではやっていけない。ペロシ訪台に端を発した軍事演習が収まったあと、日本が中国との外交交渉をあらためて始めなければならないが、それは一段と高いレベルの緊張状態すなわち中国優勢のもとで行われることになる。
 ところが、どういう内容か不明だが、自民党国会議員数人は台湾有事でシミュレーションをやったという。基地反撃能力を検討したとしたら、そんなことはまったく不可能だといいたい。故安倍晋三氏は「台湾有事は日本有事だ」と強調したが、台湾海峡で戦争が始ったら、日本も後方支援であれ何であれ参戦するという意味なら、危険極まりない思想である。

 中国には陸上発射型ミサイルだけでも40ヶ所近い基地があるといわれる。米海軍の行動を牽制する各種対艦ミサイルをとっても、どれほどの弾道ミサイルを持っているかわからない。日本がGDPの2%の軍事予算をもって全土をハリネズミのようにしても、中国の基地をすべて攻撃するだけのミサイルを持つことはできない。
 かりに米中の軍事衝突がはじまったとき、中国軍は、想定ずみの戦略をもって沖縄を中心とする在日米軍基地を攻撃してくるだろう。米中が戦えば、日本は経済ばかりでなく人命の損害も甚だしいものになる。
 中国軍は演習が終了した8日以後も、活発な軍事活動を展開している。秋の中国共産党大会を控えて、今後も今次演習の威嚇のレベルを維持し、台湾に日常的に経済封鎖や軍事的挑発を行うだろう。台湾人は中国の威嚇に慣れているとはいえ、中国が今日以上に日常生活に支障をきたすような圧力をかける可能性は否定できない。
(2022・08・09)

2022.08.10 ウクライナ戦争。IAEA、ザポリズジア原子力発電所を制御不能と発表
ロシア軍占領の世界最大級原発の危機

坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

 BBC英語版は7日、「IAEA(国際原子力機関)のトップ、グロッシ事務局長が、今回ロシア軍が占領したウクライナのザポリズジア原子力発電所が制御不能で、核事故発生のきわめて危険な状態にあると語った」と報じた。

 AP通信社によると、グロッシ氏はザポリズジア原発の点検と修理が必要であると語った。
 「どのような原子力施設でも決して起こってはならない危険な事態だ」と彼は語った。

 この、ウクライナ東南部にあるヨーロッパ最大の原子力発電所は、戦闘に近い危険な状態下にある。
 ブリンケン米国務長官は今週初め、ロシアが3月に制圧したこの原発を、ウクライナ軍への攻撃を開始するための軍事拠点として利用していると非難した。
 ウクライナ当局は、ロシアがウクライナ南部のドニプロ川にある発電所の敷地内に軍隊を駐留させ、軍用機器を保管していると述べている。

 一方、同地域に駐在するロシア人関係者は、ロイター通信に対し、ウクライナ軍はロシア軍が支配した発電所を攻撃するために西側から供給された武器を使っていると語った。
 同関係者は、グロッシ氏がIAEA(国際原子力機関)に、ウクライナ軍が核施設を攻撃しているとされるなか、ロシア軍がいかに核施設を警備しているかを示す用意があると述べた。
 ロシアがこの原発を占拠したとき、その建物への砲撃は国際的な反発を招いた。
 現在もロシア軍の支配下で、ウクライナ人スタッフを中心に原発は稼働している。

 ニューヨークの国連本部で行われた記者会見で、グロッシ氏は次のように述べた。「状況は非常に脆弱(ぜいじゃく)だ。原子力安全のあらゆる原則が一方的に破られ、それを続けることは許されない」。
 IAEA事務局長は、同原発を訪問する調査団をできるだけ早く結成しようとしていると語った。しかし、紛争地域を訪問するリスクを考えると、国連の承認だけでなく、ウクライナ側とロシア側の両方の承認が必要である。

 6月、ウクライナの国営原子力会社は、ウクライナはIAEAを招待しておらず、訪問すればロシアの存在を正当化することになると述べた。
 今週、グロッシ氏は、彼と彼のチームがザポリズジアに到着するには保護が必要であり、「そのためには、ロシアとウクライナ双方の協力が必要だ」と語っている。
 IAEAと原発職員との連絡は「行き当たりばったり」で、機器やスペアのサプライチェーンは寸断されていると、グロッシ氏はAP通信に説明した。また、検査が必要な核物質が大量にあることも付け加えた。
 さらに「この戦争が激化している間、無策は許されない。ザポリズジア原子力発電所で事故が起きたら、天災のせいにするのではなく、私たち自身のせいにするしかない。みんなの協力が必要だ」と述べた。

 ロシアが原発を「核の盾」として利用していると非難するブリンケン氏は、次のように述べた。「もちろん、原発の事故が起きないよう、ウクライナ側は反撃できない」

 ウクライナ北部は1986年、チェルノブイリ原発の原子炉が爆発し、世界最悪の原発事故が発生した場所である。

 ロシア軍は今年2月24日の侵攻後、すぐにチェルノブイリも占領したが、5週間後に撤退した。敷地内のコンピューターは略奪・破損されたが、廃炉になった原発の実際の設備に被害はなかった。(了)

(注:ザポリズジア原子力発電所)
所有国 ウクライナ
完成 1号発電棟 1985年12月
   2号発電棟 1986年2月
   3号発電棟 1987年3月
   4号発電棟 1888年4月
   5号発電棟 1989年10月
   6号発電棟 1996年9月

原子炉 加圧軽水炉 
発電所の規模は、欧州最大、世界でも10指に入る。

2022.08.06 ロシアのウクライナ侵略以来、初の穀物輸出船出
 
坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

BBC英語版によると、現地時間1日、ウクライナのオデッサ港から、レバノン行きの2万6千トンのトウモロコシを積んだ貨物船「ラゾニ」が出港、3日未明にはボスボラス海峡に面したトルコ領の港に寄港した。
 
「ラゾニ」は、ロシアが黒海で海上封鎖を開始した2月以降、ウクライナの港から出港できた最初の貨物船である。

ウクライナ政府によると、2万6千トンの穀物を積んだ他の16隻の穀物船が、今後数週間のうちにオデッサ周辺の港から出港するのを待っている。

ロシアによる封鎖は、穀物価格の高騰と、世界の最貧国のいくつかでの不足を引き起こしている。

ウクライナ国内には、輸出用の穀物が約2,000万トン、滞留している。

ウクライナのゼレンスキー大統領は、今年の収穫後には、輸出用穀物7,500万トンに増加する可能性があると述べていた。

シンクタンク・チャタムハウスの食料安全保障の専門家であるローラ・ウェルスリーは、ウクライナが通常年産する8,600万トンの穀物のうち、30%が収穫されないだろうと述べている。
ウクライナ産小麦の主要輸入国は以下の通り(年間100万トン)
エジプト        3.62
インドネシア      3.22
バングラデシュ     2.3
トルコ         1,19
イエメン        1.06
フィリピン       1,02
モロッコ        0.88
チュニジア       0.76
リビア         0.76
エチオピア       0.68

▼穀物不足によるアフリカ・中東諸国への影響
ウクライナは、世界第4位の穀物輸出国だった。通常、世界のひまわり油の42%、トウモロコシの16%、小麦の9%も生産している。
また、世界最大の輸出国であるロシアからの小麦の輸出は減少している。
アフリカ開発銀行によると、ウクライナとロシアは通常、アフリカで消費している小麦の40%以上を供給してきたという。

しかし、今回の戦争によって、アフリカでは3000万トンの食糧が不足しているという。このため、アフリカ大陸の食料価格は40%上昇している。
ナイジェリアでは、パスタやパンなどの主食の価格が50%も上昇する要因となっている。
同様に、中東のイエメンは通常、ウクライナから年間100万トン以上の小麦を輸入している。1月から5月にかけての供給量の減少により、イエメンでは小麦粉の価格が42%、パンの価格が25%上昇したと国連は発表している。
ウクライナ産小麦のもう一つの輸入国である中東シリアでは、パンの価格が2倍になった。

ローラ・ウェルスリーによれば、ウクライナの穀物が大量に出荷されない限り、中東やアフリカの多くの国々が不足することになるという。
「そうなれば、それらの国々でパンの値段がさらに上がり、大きな社会不安を引き起こすでしょう」と彼女は言う。

今年2月以降、ロシア軍によるウクライナの港湾・海上封鎖により、各国の貨物船はウクライナから穀物を輸出できなくなった

ロシアとウクライナは、国連およびトルコの4か月にわたる仲介努力で「ミラー取引」を締結し、黒海の「海上回廊」を開放した。
関係者によると、これには以下のものが含まれる。
港からイスタンブール海峡まで、長さ310海里、幅3海里の回廊
ウクライナの船舶が機雷のある港の海域で穀物船の出入りを誘導する
ロシアは移動中の輸送船への休戦に同意する
トルコが船舶を検査し、ウクライナへの武器の密輸に対するロシアの懸念を払拭する
ロシアによる黒海経由の穀物・肥料の輸出が許可された
ロシアは、敷設したウクライナ沿岸と黒海の機雷地帯を示す海図を提示

―ウクライナは、ロシアが自国の港を利用して海上侵攻することを恐れて、港湾周辺の機雷を除去することに消極的だった。

▼海上輸送の保険
海上回廊を利用する貨物船には、誰が保険を掛けているのだろか?
Lloyds Market Associationのニール・ロバーツはオデッサを出港する際に既に保険に加入していたと述べている。

保険会社は、今後オデッサや他の港に入港して穀物を積み込む貨物船に対して、どの程度の保険料を課すかを決定する予定。

ロバーツは、「この契約は、すべてが計画通りに進むかどうかを確認するための試験的な航海として扱われる」と述べている。
ロシアがウクライナに侵攻した後、黒海に入る船舶の保険料が高騰した。
保険会社によっては、1回の航海で船価の5%や10%を請求してきた。
しかし、安全回廊の協定が結ばれた今、保険料は下がるだろう、とロバーツは言う。

「これは人道的な活動であり、営利目的ではないので、保険会社は保険料を手頃な価格に抑えるでしょう」とロバーツ氏は言う。

安全な海上輸送路ができる前は、穀物はどのように輸出されていたのだろうか?
戦争前、ウクライナは食料輸出の90%以上を海上輸送していた。
今回、港が封鎖されたため、トラックや列車など陸路で輸出できるものは陸路で輸出する努力が行われていた。(了)

2022.07.29 中国から見た安倍施政下の安全保障政策
         ――八ヶ岳山麓から(386)――

阿部治平 (もと高校教師)
 
 安倍晋三氏殺害事件の16日前、中国人民日報の国際版「環球時報」に、安倍晋三施政下の安全保障政策の変化の過程を分析した論文「日本が直面する最大の脅威」が現れた(2022・06・22)。
 著者は、清華大学当代国際関係研究院教授の劉江永氏である。劉氏は、1979年北京外語大日本語科卒。中国現代国際関係系研究所研究員、東亜研究室主任を歴任した日本問題の専門家である。
 氏は、「東京はすでに、自衛隊の『専守防衛』厳守でも、平和外交でもなくなった」「日本外交と防衛はなお別物ではあるものの、軍事・安全を離れて日本外交を語ることはできない」とし、特に対中国外交に関してはもはや軍事を抜きには本質や全貌を明らかにできないと結論付けている。

 劉氏は、当然のことながら、この変化を主導した人物は、安倍晋三氏だとする。
 第一、2007年第一次安倍内閣の時、防衛庁を防衛省に昇格させた。
 第二、12年末第二次安倍内閣で、「国家安全保障会議」を成立させて外交と安全を総覧する司令塔とした。そして13年戦後初めて日本の「国家安全保障戦略」を策定した。
 第三、防衛大臣の発言権を一段階上昇させた。これによって日本の外務省と防衛省はほとんど一体となって対外戦略を決定し、運用体制を形成するようになった。
 そして「岸田文雄内閣は、(この路線を引き継いで)22年内に新しい日本国家安全保障戦略・防衛改革大綱・自衛隊中期装備5か年計画を決定する予定である」という。

 劉氏は、今年4月の自民党政調会の「国家安全戦略」が中国を「重大な脅威」と位置付けたことをあげ、日本外交は従来「日米同盟を堅持するとともに、中国との関係改善を求める」という基本路線だったのが、いわゆる「自由で開放されたインド太平洋」戦略に変ったという。
 さらに「国家安全戦略」が、「日米同盟を核心として多くの国家と準軍事同盟を結び、米中対立を利用して、戦後のタブーを突破し、公然と台湾海峡・東シナ海・南シナ海に関与し、軍事的に各国共同して中国を押さえつけようとよびかけた」と指摘している。

 劉氏の議論で注目すべきは、「日本の上述の国家戦略目標の設定は単にアメリカに追随するというものではない」という指摘である。
 2007年に安倍内閣のもとで、「価値観外交」と「自由と繁栄の弧」構想が提起された。16年には安倍氏は中国の「一帯一路」に対抗する、いわゆる「自由で開放されたインド太平洋」戦略を提唱し、17年には、アメリカを誘って中国に対抗する「インド太平洋戦略」を設定した。
 「かくして、今日いわゆる『インド太平洋地域』は、すでにバイデン政権が認定する戦略の核心地帯となった」

 劉氏は、岸田内閣は年内に提起する新国家安全保障戦略で、NATO軍事力の「インド太平洋地域」への進出を提起する可能性がある、中露朝にたいする日米欧の軍事大連盟を打ち立てASEANと韓国をその中に入れようと企んでいると説く。
 「日本は、敵国指揮中枢を攻撃するいわゆる『反撃能力』を保有することを決定し、5年以内に防衛費をGDP比の1.24%から2%に拡大し、さらに憲法の規制を突破しようとしている」
 氏は、これを「日本の国家安全問題全体から言えば、疑いもなく最高のコストであり、低安全の持続しがたい危険な道だ」という。
 「特に日本経済・財政の成長が鈍っている状況で、突然5年先に防衛費を倍増する計画を提起したのは戦後初めての現象である。もしこれによって日本政府の民生面での財政支出が減少するならば、岸田氏が提起するいわゆる「(アベノミクスとはことなる)『新資本主義経済』政策は失敗に帰するであろう」

 氏は、台湾と尖閣諸島(釣魚島)問題について、「日本はアメリカに絶対に追随するというだけではなく、積極的に米中の戦略的対立を利用して漁夫の利を得ようとしている」と判断している。
 「今年に入り、日米首脳あるいは日米濠防衛大臣の共同声明では、幾度も台湾を議題にし、『海峡両岸問題の平和的解決』を望むとした。しかし、日本はいまだいわゆる『平和的解決』は、大陸と台湾の平和的統一を意味するとは明言していない。これでは、『台湾の平和的独立』の意図を隠しているに過ぎないと誰もが考える」
 「日本人の中には米中という第二次大戦の戦勝国が台湾問題で衝突し、両方負けるか損害を出せば日本は漁夫の利を得られると内心期待している者がいる。このような背景のもと、今年以来安倍晋三と蔡英文はテレビ会談を行い、何回も『台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事だ』と称し、アメリカに『(台湾についての)あいまい政策』を改めるよう督促し、アメリカを台湾の戦火に導き入れようと誘っている」

 氏は、尖閣問題では、日本は台湾問題よりもっと積極的にアメリカを共同防衛に抱きこんでいると主張する。帰属問題でアメリカは日中どちらの領土とも言っていないが、日本はアメリカを味方につけようとする一方で、中国にたいしては支配の「困難を知って退く」つまりあきらめさせようとしているというのである。
 「2014年、(釣魚島紛争で)安倍はオバマ米大統領に初めて『日米安保条約』第5条の適用を発言させた。これでアメリカが日本管轄下の領域では日米の共同防衛を認めたことになる。また釣魚島の主権問題ではアメリカに『中立的立場』を間接的に放棄させたもの」と主張している。
 劉氏はまた、このようにもいう。
 「アメリカは日本に同調させられたくはないが、大国権力政治の覇権論理に陥るのは免れがたいし、またこれから抜け出すことも難しい」
 「だから日本を中国牽制の最大の助手として日本と相互利用し、日本の国家戦略転形のために、軍備を拡張させようとしている。アメリカの戦略家はかつて日米同盟は軍国主義復活防止の『瓶の栓』だとしてきたが、実際には日米同盟は鰐の卵だ。日本は内外環境を利用して『戦争のできる軍事大国』へ孵化しようとしている。殻を破って、最終的にはアメリカの戦略への依存を減少させようとしている」

 ここまでの記述では、劉氏はかなり的確に日本の安全保障をめぐる新たな段階への飛躍をとらえているということができよう。特に日本がただアメリカに従属しているというのではなく、自らの意志で行動しはじめているという指摘は重要である。
 ところが安倍内閣が2013年特定秘密保護法を制定し、14年集団的自衛権の行使を閣議決定で可能にし、15年の「日米新ガイドライン」の作成、同じ年いわゆる安保法制を強行採決したことなどがすっぽり抜け落ちている。
 これによって集団的自衛権の行使が一部可能になり、安倍内閣は自衛隊の海外派兵への道を開いた。これは従来の「解釈改憲」と呼ばれた状況を越え、事実上の改憲を行ったに等しいくらいの変化だが、劉氏はどういうわけか言及しない。

 一方、この間の中国人民解放軍の増強はめざましい。空母3隻を建造して、近海海軍から第一列島線を越えた遠洋海軍への脱皮を図っている。それにともない、ソロモン諸島とカンボジアに補給基地を建設するというニュースもある。
 日本への挑発も多発している。昨年10月中露の軍艦各5隻計10隻が1週間にわたって日本列島周辺を一周するという示威行動を行なった。バイデン米大統領の韓日歴訪最終日の今年5月24日には、中露の爆撃機・戦闘機合わせて6機が日・韓両国の防空識別圏に侵入した。さらに7月4日、中国とロシアの軍艦が尖閣諸島付近の海域に相次いで接近した。
 中露だけではない。日米側も南シナ海で軍艦をたびたび遊弋させている。日本が南西諸島に設置する地対艦ミサイルは、中露の共同行動に対抗するものになるだろう。
 こうなると、日米中3国が軍拡のディレンマに陥り、互いに軍事的緊張を高めあっていることは確実である。東アジアは、どこか1国の軍拡だけを批判することはできない状況にある。


2022.07.26 到站下車

       「駅に着いたら下車しよう」
              ―あたりまえではないか

                         
田畑光永 (ジャーナリスト)

 最近、中国に「到站(タン)下車」という言葉がある、と知人が教えてくれた。「站」は駅である。だから「駅に着いたら下車する」―つまり当たり前のこと、当然のことの比喩に使う。日本語でいえば「雨の降る日は天気が悪い」のような。もっともこの日本語には最近、異論もあるようだが、それは別として、「到站下車」は中国で至極普通であることの比喩として、使われていると聞く。
 「と聞く」と、歯切れが悪くて申し訳ないのだが、じつはこれ、新しい言葉のようである。どうしてこの言葉が生まれたか。例によってまた習近平国家主席の話になる。憲法に国家主席の任期は「1期5年、連任は2期まで」と書いてある制度のもとで、2013年に習近平は国家主席に就任した。だから、2期目が終わったらやめるのは「到站下車」だよね、というわけである。
 しかし、実際には2018年にその国家主席の任期自体を憲法から削除することが決まった。習近平は来年春に就任10年には到達するが、やめなければならない理由は法律的にはない。だから無期限続投を狙っているにちがいないというのが、今や常識となっている。
 もっとも、習近平が3期目を狙っているとか、永久政権を目指しているとか、そういう話は中国以外の外国メディアでは日常茶飯に登場するが、中国のメディアには一切登場しない。その代わりにニュースのトップは毎日、判で押したように習近平がらみである。適当なニュースのない日でもなにかしら習近平の話題を作って、画面や紙面を作るのが日常となっている。
 しかし、共産党の絶対的掌握のもとにあるマスメディアが黙っていても、民衆は事情を百も承知。せめて「到站下車」とつぶやいて、何も言えない状況に一矢報いているのだろう。
 もう一つ、今度は詩の形を借りて、やはり習近平を皮肉った一篇である。

 『認知了』       『分かってるぜ』
闭嘴!          うるせえぞ!
说你呢          お前なんぞはな
高高在上         樹のてっぺんで
一片聒噪声        ぎゃあぎゃあ騒いで
平添几分燥热       暑苦しいだけだ
自以为聪明        自分じゃ利口だとうぬぼれて
肥头大耳         でけえ頭に耳をぶら下げてるが
土堆里          土の中に
蛰伏           閉じこめられて
5年以上         五年以上
才爬出阴间        やっと暗闇から這い出し
却只会用屁股       けつを震わせて
唱夏日里的赞歌      夏を喜んでるだけだ
不知人间疾苦酷暑     世の中の苦労も知らねえで 
——《致知了》 宣克炅   ――「分かってるぜ」 宣克炅

 (お気づきのように、元の詩は1行ごとに1字づつ字が増減して紙面にきれいな斜線を描いているが、翻訳ではそういう芸当はできない。ご覧のような無粋な形で、作者と読者に申し訳ないが、乞う、ご寛恕。)
 この詩で罵られているのは蝉である。夏の短い間、大声で喚き続ける蝉に、毎日メディアに登場する習近平をなぞらえて皮肉っている。出来の良し悪しは読者の皆さんにゆだねるしかないが、最初の「闭嘴!」(「うるせえぞ!」と訳したが、原義は「口を閉じろ!」)に、「あんたの話はもうたくさんだよ」という国民の気分が現れている。「いくら騒ごうと所詮は短い命ではないか」というのが、蝉に託した作者の吐き出したい鬱憤であろう。
 一方、こういう国民を相手に選挙もなしに政治を続けるほうも楽ではないだろう。勿論、国民に政権批判を許さず、反対党の存在も認めないところにすべての問題の根源があるのだが、こういう形の皮肉や当てこすりは取り締まるのも難しければ、抑えようとしても抑えようがない。そのいら立ちがますます過激な取り締まり国家、監視国家の活動空間を広げていってしまうのだろう。
 この連鎖はどこまで続くのだろうか。

2022.07.25 「ロシアは、ウクライナ占領地の領土化準備を終えた」と米情報機関が明言

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)


 BBCは20日、米国政府の情報機関・国家安全保障会議のジョン・キルビー・スポークスマンが、「ロシアは2014年にウクライナ南部のクリミア半島を“領土化”したのと同様に、ウクライナの占領地の領土化をしようとしており、その準備作業を終えた」と明言、非難した。BBC英語電子版から、キルビー氏の発言の大要を紹介しよう。

 ロシアはウクライナの新占領地で、早ければ9月に“みせかけ”の住民投票を行おうとしている。
 「私たちは米国民にそのことを明白にしたい」とキルビー氏は記者団に述べたー「だれもそれに騙されはしない。ロシア大統領ウラジミール・プーチンが2014年の脚本をごみ篭から出してもだ」
 ギルビー氏は、ロシアが占領地で親ロシアの役人を配置してロシアの一部にする住民投票を目指しており、住民投票の結果は、「ロシアがウクライナの領土を奪うことに使われるだろう」と非難した。
 ロシアはすでに、占領したウクライナの各地に、自分たちの現地担当者を配置している。
 2014年、ロシアによって占領されたクリミアでは、急いで住民投票が行われ、投票した有権者はロシアを選択した。ウクライナ政府の支持者の多くは投票をボイコットし、投票は自由でも公正でもなかった。
 いま、ウクライナのロシア軍占領地で同様の住民投票が行われれば、同様な事態となり、ロシアへの統合の反対者は、広く弾圧されるだろう。
 キルビー氏は、ロシアの計画を暴露し、「世界は、ロシアの意図的な併合が計画的、国際法を踏みにじるものであり、米国とその同盟国の敏速な反応を招くだろう」述べた。
 ロシアの併合の目的地域には、ケルソン、ザポリズージア・ドネスク、ルハンスクを含んでいると同氏は述べた。(了)

2022.07.23 中国人口ナンバー2へ
     鄧小平の言う「普通選挙への障害」はなくなった
              ―あとは習近平の決断一つ、腹をくくれ

                        
田畑光永 (ジャーナリスト)


 7月11日の世界人口デーに国連が発表した世界人口予測によると、来年、インドが中国を抜いて世界一の人口大国になるとのことである。今年、2022年の両国の人口は中国14億2600万人、インド14億1200万人で、その差1400万人だが、来年にはそれが逆転するとの由である。
 世界の総人口は、今年は79億4200万人で来年には80憶人に達する。となると、中国もインドも世界人口の5.5人に1人が自国民、逆に言えば人類の3人弱に1人は中国人かインド人のどちらかとなる。
 世界一の人口大国といえば昔から中国ときまったものだった。あらゆる数字や問題を「人口世界一」の分母に乗せると、あるいは「人口世界一」と掛け合わせると、独特の意味を持つ。中国問題の難しさの1つとされてきた。これからは事情が変わる。
 となると、早速、考えてみたいのは、毎度のことで恐縮だが「民主」である。
 鄧小平という人をご記憶であろう。小柄で愛嬌のある風貌の、中国共産党の大幹部であった。しかし、1960年代半ばから始まった文化大革命という政治運動で、当時の劉少奇国家主席ともども「資本主義の道を歩む実権派」と批判されて失脚。その間に劉少奇は非業の最後を遂げたが、鄧小平は数年後に復活。周恩来首相を副首相として支えた。が、周首相の死とともにまた失脚、そしてさらに復活と激しい転変の末、1970年代末からは「改革・開放」政策の「総設計師」として、1997年に亡くなるまで中国の「最高実力者」であった人物である。
 この人は「白い猫でも黒い猫でもネズミをとるのがよい猫だ」という言葉で有名だが、徹底した現実主義者であった。その改革・開放政策のもと中国経済が息を吹き返した時に、人々は政治でも民主化を進めてくれることをこの人に期待したのだが、それは見事に裏切られた。
 なぜか。ご本人の言葉を聞こう。
 「私はある外国からの客人に言ったことがある。(中国)大陸では次の世紀(21世紀)の半分が過ぎたころ、(人民代表大会代表の)普通選挙を実施することが出来るだろうと。現在、我々は県(省、特別市、自治区などの一級行政区の下の地域)以上では間接選挙を行っている。県クラスおよびそれ以下だけが直接選挙である。なぜなら我々は十億人以上の人口を抱え、人民の『文化素質』(教育程度)も不十分である。全国一律に選挙を実施する条件がととのっていない」(括弧内は筆者の注。出典は『鄧小平文選』第三巻、220頁、発言は1987年。下も同じ)。
 「我々のような大国、人口がこれほど多く、地域の間に不均衡があり、さらに多くの少数民族がいる。高いレベルでも選挙を行うことは、現在、まだ条件が成熟していない。まずは『文化素質』が不十分である」(同242頁)。
 同趣旨の発言はほかにもあるが、鄧小平の場合、「民主」とくに「普通選挙」について、そのこと自体に対して否定的であるわけではなく、あくまで中国においては「時期尚早」であると言っているだけである。
「次の世紀の半分が過ぎたころ」と具体的な時期を挙げているところを見ると、条件が整えば普通選挙を実施するのは当然のことと考えていたと見ていいだろう。
 そして直ちに実施できない理由は「十億人以上の人口」とその「文化素質が不十分」の2点である。鄧小平にとっては、文化大革命当時、無数の大衆が毛沢東の一言で津波のように動きだすと、すべての理屈が通用しなくなった経験が痛切な記憶として残っていたのであろう。
 それが1989年の5月から6月にかけて、あの民主化運動が北京の街を覆った時、学生の言い分に耳を傾けようとした趙紫陽を斥けて、軍隊を入れる決断につながったのかも知れない。
 あれ以来、中国では民主化運動の火が消えてしまった。では、その火を消した鄧小平本人が普通選挙実施の障害とした「巨大な人口と国民の教育程度」の現状はどうなったか。
 中国の人口が世界最大でなくなる日は近い。間もなく中国を追い越すインドでは選挙によって国民会議派とインド人民党の2大政党が政権を争って久しい。人口が多いことをもって選挙ができない理由とすることはもはやできない。
 国民の教育程度はどうか。どういう基準で判断するかは難しいが、数字を見れば、2021年の中国の大学進学率は58%で、10年前比プラス31ポイント。今年の大卒・大学院卒学生の総計は1000萬人を突破するという。どう見ても、国民の教育程度が低くて選挙は無理、という言い訳は、それこそ無理である。
 鄧小平は中国で普通選挙を実施する条件が整うのは「21世紀の半ば以降」と見立てたが、約30年早くその基準に到達したわけである。習近平は鄧小平の墓前に条件の繰り上げ達成を報告し、自らの信を国民に問うたらどうか。勿論、ほかの誰であれ、希望者の立候補を認めて、いかなる政権批判も公認して、公平に競うのだ。天から「よくやった」という鄧小平の声が習近平に届くだろう。
 それをせずに、やれ「全過程民主」だの、やれ「各国にはそれぞれの民主がある」だの、はては米で昨年1月、トランプ支持派が議会に乱入したことをもって、鬼の首でもとったように「米式民主」を批判したりだの、ケチな理屈を振り回すのはやめたらどうか。きっと中国の国民もそれを待っている。


 
 
 
2022.07.15 米国はじめNATO、ロシアとの対決姿勢強化(3)

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

 BBCは12日、「ロシア軍の侵略開始以来、7,200人のウクライナ軍人が行方不明になっている」とウクライナの人権擁護行政監督官オレ・コテンコ氏の発言を報道した。                                 
 同氏がウクライナのテレビ局で語ったところによると、ウクライナ軍は先に約2,000人の行方不明者を報告していた。しかし、国家警備隊、国境警備隊、治安部隊を含めると、その数ははるかに多くなるという。
 「コールセンターには7,200人分の情報がある」と、ウクライナの行方不明者担当委員であるコテンコ氏は述べた。
 コテンコ氏は「遅かれ早かれ」彼らがロシアの捕虜と交換され、帰国することを望んでいると述べた。
 ウクライナ軍もロシア軍も、この問題について公式にはコメントしていない。
 ロシアが2月24日にウクライナに侵攻して以来、キーウとモスクワはどちらも数千人の捕虜を捕らえたと主張している。
 両軍は捕虜の交換を何度か行っている。捕虜となったウクライナの戦闘員は、解放後、ウクライナ戦争で行方不明者の所在を確認する家族の手助けをしている。その後、両軍は何度か捕虜の交換を行っている。
 チャシフ・ヤールでは、多くの人々が瓦礫の下に埋もれている恐れがある。
 11日、ウクライナ東部チャシフ・ヤールの5階建てアパートに対するロシアのロケット攻撃による死者は30人に上ったと、ウクライナの救急隊が発表した。
 ウクライナ北東部の都市ハリコフでは、ロシアによるショッピングセンターと住宅への砲撃により、6人が死亡、31人が負傷したと地元当局が発表した。
 ロシアのプーチン大統領は、ウクライナ人のロシア国籍取得を容易にする法令に署名した。
 ウクライナのオレクシイ・レズニコフ国防相は10日、ロシアが占領している南部を奪還するために、キーウ(ウクライナ政府)はNATOの武器を装備した「100万人規模の軍隊」を計画していると述べた。
 ウクライナ南部ケルソンのロシア軍占領都市へのウクライナ軍のロケット弾攻撃は、米国が提供したミサイルが使用されたと見られている。
 ウクライナ軍は、ノヴァ・カホフカ市にあるロシアの弾薬庫を破壊し、数十人の兵士が死亡したと発表した。しかし、ロシア占領当局によると、住宅や肥料を保管する倉庫が攻撃され、5人が死亡、最大80人が負傷したという。
 双方の報告によると、攻撃には米国製のヒマース・ロケットが使用された。
 複数の強力な爆発の未確認映像がソーシャルメディア上で共有された。
 ウクライナ南部の別の場所では、ミコライフ市が、住民の記憶にある中で最悪のロシア砲撃に見舞われている。BBCの特派員サラ・レインズフォードによると、病院の建物や近くのアパートで窓が吹き飛ばされた。クラスター弾が使用された形跡があるという。
 ウクライナ当局によると、学校と住宅も被害を受け、少なくとも4人が負傷した。
 同州のヴィタリー・キム知事は、ロシア軍弾薬庫へのウクライナ軍の攻撃が行われた。そのさいウクライナ軍に殺害された指揮官への報復として、ロシアが空爆を行ったと非難した。
 さらに土曜日の夜、ウクライナ東部の町チャシフ・ヤールでロシアのロケット弾が集合住宅を襲い、子ども1人を含む45人が死亡したことが判明した。
 この攻撃は、これまでのロシア軍攻撃で最も死者が多かった1つである。(了)

2022.07.14 専制主義といわれようと民主主義だ
         ――八ヶ岳山麓から(384)――          
                           
阿部治平 (もと高校教師)


 天安門事件(六四学生運動)のちょうど1年前、1988年末にときの中国共産党総書記趙紫陽は、「民主主義はあと10年待ってほしい」といった。当時中国では、「開発独裁」論議が盛んであったから、わたしは趙紫陽の真意を知らず、普通選挙をかわして「開発独裁」路線を歩むためにこのような発言をしたと思い込んだ。
 翌年あの「民主化」デモが起きた。学生らは「民主(主義)」と「打倒官倒爺」を叫んだ。「倒爺」は悪質ブローカーのことで、「官倒爺」は、公共財産と利権を私物化し、金儲けの種にする中高級官僚を指していた。デモには私が勤めていた中学高校の生徒までも参加した。
 「民主」の内容をデモの学生らに聞くと「民主とは人民が主人公で、君主は国王が主人公という意味だ」とのことであった。わたしは普通選挙とか、言論の自由といった参政権や自由権を要求しているとばかり思っていたから、実に意外だった。
 いうまでもなく、「人民が主人公だ」といっているだけでは、「人民の要求と利益を代表しているのは共産党だ。だから共産党の一党支配は民主主義だ」となる。「『倒爺』の役人はみな共産党員だが、共産党には反対しないのか」と聞くと、学生らは「ぼくらは打倒共産党ではない。役人のやり方を改めろといっているだけだ」といった。
 わたしが接した学生の意識は、(すべてとはいわないが)このようなものであった。
 もちろん劉暁波の「零八憲章」に通じる、いわゆる「ブルジョア民主主義」の考えの人もいた。ある生徒の親は、「内緒だがね」と念を押してから、「中国革命は、実は農民革命だった。だから普通選挙も議会制もないのだ。民主がないから役人の汚職が起きるのだ」といって、わたしを感動させた。

 あれから今日まで、中国共産党はあの学生らとほとんど同じ論理で、軍権・行政権はもちろん、司法(法院=裁判所)も、立法(人民代表大会)も、共産党が指導する体制を「民主(主義)」だとしてきた。
 たとえば、最近でもこんなやりとりがあった。
 この3月、全国政治協商会議(政協)の記者会見で、ある記者が「米国による民主主義サミットの開催を前に、中国は『中国の民主白書』を発表し、中国が実行しているのが『全過程にわたる人民民主』であることを強調した。中国と米国は民主主義をめぐり発言力を争っているとの見方がある。人民民主の推進において、政協はどのような役割を果たしてきたか」と質問した。
 これに対する郭衛民報道官の答えは、「民主の形は多様であり、少数の国の専売特許ではないということを指摘したい。各国の民主制度は、その国の国民が自らの国情に基づき自主的に選択すべきであり、適したものが最良の制度だと言える」というものだった(「人民日報日本語版」ネット、2022・03・04)。
 このやりとりから、「アメリカにはアメリカの民主主義があり、中国には中国の民主主義がある」と主張していることがわかる。

 ところが、中国最大の検索エンジン「百度」は、「民主とは、人民が誰でも持っている、国家と社会の『事務管理』あるいは国家の大事に対して自由に意見を発表する権利である」と定義している。
 「その過程は人々の意見を聞き取ることであり、その目的は最大公約数を求め、大多数の意見をもって公共の利益とすることである。しかも最大公約数を求めたら、少数は多数に従い、自分勝手なことはやらない。そのようにして、この制度が最大の機能を発揮できる」という。
 また「民主主義」については、「古代ギリシャ都市のアテネのような小国家では直接民主があったが現代国家では、それを実行するような自然地理環境と社会経済文化要素などの客観的条件はない。だから現代社会で主要なのは、間接的民主主義すなわち代議制民主主義を実行することである。選挙民は、選挙の過程を通して自己の権力を自己の利益と意志の代理人に授与し、彼らによって自己の権力を行使するという(以下略)。
 だが、「国家の大事」に「自由に意見を発表する権利」など行使しようものなら、最悪の場合、拘束され長期刑に服さなければならない。また代議制といっても、さきに本ブログで田畑光永氏が引用した王力雄の主張のようではない(2022.06.29)。
 国民の選挙権は県レベルまでである。つまり、中央―省・市・自治区―(地区・州)―県(市)―郷―村という機構のうち、県長や県人民代表大会の代表の選挙ができるだけである。これから上は、県代表大会は省代表を選び、省代表大会は全国代表大会の代表を選ぶという間接選挙である。しかもその候補者は中共の推薦名簿によるもので、自主的な候補者は排除され、被選挙権は存在しない。
 「百度」の発言権や代議制についての説明は、早晩書き換えられるだろう。

 4月13日、人民日報の国際版「環球時報」は、「西側はウクライナ戦争から『民主への自信』を獲得することはできない」という論文を掲載した(2022・04・13)。著者は呉波、中国社会科学院研究員だから、政府ブレーンの一人である。要約すると以下のようになる。
 1)1989年フランシス・フクヤマは『歴史の終り』で民主主義の最終的勝利を歌った。だが、(トランプ元大統領などの登場を背景に)今年初め、彼はニューヨークタイムスに論文を発表して、良好な「民主主義」実践モデルの樹立という面では、アメリカはすでに信用を失ったと強調した。
 2)フクヤマだけでなく、他の欧米学者のなかにも、「過去数年、『専制統治』が優勢を占め、グローバルな発展を勝ちとり、民主主義は引き続き衰弱しているかのごとくである」と指摘しているものがある。
 3)ところが、ウクライナ戦争の進展を通して、(欧米では)いわゆる「専制」制度に対する一連の批判が展開され、西側に久しぶりに「民主主義への自信」が息を吹き返した。
 4)現在までのところ、欧米の「権威主義」の弱点に関する分析にはいささかも新しいところはない。それは「政策はしばしば封鎖的な範囲で生まれる」「秩序(維持)のために自由を制限する」とか、「荒唐無稽の民族主義は、人々を能力の限界をはるかにこえた野心の追求へと導く」といったもので、基本的にはみな観念先行の結論である。
 5)しかも欧米側の専制主義と権威主義を批判する文章のほとんどがロシア(批判)から入手したもので、これを例外なしに中国に当てはめて分析している。いわゆる民主主義の問題で中国に打撃を与えようとしているのである。
 6)21世紀の世界の歴史の決定的な衝突は依然社会主義と資本主義の闘争である。資本主義は歴史の終りなどではなく、歴史に終わらせられるのであり、この必然的趨勢は以後一層明らかになるであろう。

 そして、最近のある評論は、民主主義のモデルとされたアメリカで、トランプ現象があり、議会に暴徒が乱入し、妊娠中絶を最高裁判所が否定し、銃規制を違憲とし、世論を二分したではないかと指摘する(朱鋒 「西側『中心主義』は自ら退場するはずはない」 環球時報 2022・06・28)。西側民主主義などたいしたことはないというわけだ。

 このように、中共のイデオローグたちは、中国には中国の民主主義がある、それが専制主義とか権威主義とかと呼ばれようとも、自分たちのやりかたが民主主義であり、また社会主義であるという。そして自信にみちて社会主義すなわち中国型民主主義の歴史的勝利を預言するのである。
(2022・07・05)