2021.05.08 バイデン米政権下、ペルシャ湾に大きな変化(1)

イラン核合意の復活へ。サウジは初めてイランに和解をよびかけ

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

 バイデン米大統領の政権発足から3か月半。トランプ前政権下の米国とイスラエルがイランを敵視して、危なさが拡まっていた世界の石油の宝庫ペルシャ湾に、はやくも緊張緩和の兆しが見えてきた。4月上旬、春を待っていたかのように、バイデン政権は、トランプ政権が敵視してきたイランとの3年ぶりの和解交渉を、国際原子力機関(IAEA)本部があるウイーンで開始した。双方の代表はオバマ政権でイランとの核合意にかかわったマレーイラン担当特使、イランはアラグチ外務次官。以後、英国、フランス、ドイツ、ロシア、中国とIAEA本部の代表も必要に応じて加わり、トランプ政権が脱退し、イラン制裁を復活したため、弱体化した「イラン核合意」の復活を目指している。

 米国を含め6か国とイランは、2015年7月、イランの核開発の平和利用と国際協力を定めた「合意」文書に調印、10月に発効。国際原子力機関(IAEA)は16年1月、イランがウラン濃縮の停止をはじめ「合意」の実行をしていること確認。以後もIAEAは査察で、これを同様に確認してきた。
 ところが、トランプ前政権は2018年5月、このイランとの合意から一方的に離脱。以後、イランに対する制裁を原油、金融、海運、自動車部門での禁輸はじめ1,500件以上の禁輸で、イランを苦しめてきた。日本の場合、原油輸入国の順位では、イランは、2016年度4位、17年度は6位、19年は9位と低下している。
 イランはトランプ政権下の米国の制裁に抵抗して、2015年7月の米国を含めた「合意」事項に逸脱するとしながら、低濃縮ウラン貯蔵量上限300キロの制限を遵守しないと発表。さらに、「合意」で認められているウラン濃縮度上限3.67%をこえて約4.5%にしたと表明。9月には核関連研究開発の制限を全廃、新遠心分離機の稼働を発表。20年1月には中部ファルドの地下研究施設でのウラン濃縮を進めると発表した。
 さらに21年1月4日、イラン原子力庁は、ファルドの施設でウラン濃縮度を20%に引き上げたことを明らかにした。6か国「合意」の制限を大きくオーバーしている。同庁によると、同月中に濃縮度20%ウランの貯蔵量は50キロに達している。
 核弾頭として使用するためには、最低90%以上の濃縮度が必要だが、20%から90%台に濃縮度を上げるのは、容易だとする専門家も少なくない。
 イランは最近まで、IAEAの予告なし査察を受け入れてきたが、最近になって、予告なし査察を拒否すると通告。トランプ政権以来の米国の制裁が5月末までに解除されなければ、IAEAが設置した監視カメラの録画映像を削除すると通告したという。
 イランとしては、2015年の「合意」の完全復活を求めているが、米国の新政権を信頼しきれず、いわば交渉戦術で、前記のような「合意」に反する行動をやって見せているのではないか。
 主にウイーンで行われている、IAEA・6か国とイランの交渉が妥結して、「核合意」が復活すれば、ペルシャ湾とホルムズ海峡の緊張緩和に、大いに役立つに違いない。

2021.05.05 相次ぐ「見せるな」、「知らせるな」の意味するもの
―習近平は何を企んでいるのか

田畑光永 (ジャーナリスト)

 中国では政権に盾つくような、あるいは盾つかないまでも、政権の気に入らないような、文章や映像作品はすぐに人目から遠ざけられ、作者はなにがしかの処分を受けるということは、広く世界に知られている。それがつい最近また2件続けて起こった。しかし、その2件にはいわゆる「反体制」、「反権力」といった色合いは全くない。それだけ「特異」というか、「え、そこまで?」と思わせられる。新型ウイルスならぬ新型統制である。考えてみたい。
 標的になったのは、1つは中國出身の女性映画監督の作品が、女性初のアカデミー監督賞を受賞したニュース、もう1つは温家宝前首相が、昨年亡くなった母親を追悼した文章である。
 
話の順序として、まず前者から。
 ニュースでご存知かと思うが、4月25日に米ロサンゼルスで開かれた今年の映画アカデミー各賞の授賞式で、中国出身のクロエ・ジャオ(中国名・趙媜)さんが女性初の監督賞に輝いた。となれば、「国の名誉を高めた」と、中国国内では大いに喜ばれるはずなのに、実際には逆のことが起きた。中国の宣伝部門はすでに3月末までにテレビで授賞式の中継をしないように指示していて、中継されなかったばかりでなく、一般ニュースとしても報道されなかった。
 というのも、アカデミー賞の前、2月に趙さんはすでにゴールデン・グローブ賞の監督賞を受賞しており、その時は中国でも『人民日報』系の『環球時報』が「中国の誇りだ」と称賛したそうだが、その後、過去に雑誌取材で趙さんが「自分が育ったころの中国にはうそがあふれていた」などと語ったことが掘り起こされ、風向きが変わって、当局に警戒されたのだということになっている。
 そして23日からのはずだった受賞作品「ノマドランド」(中国名・「無依之地」)の映画館での上映も取りやめとなった。今のところ、趙さんの身になにかが起こったという話は聞こえていないが、せっかくの受賞作品は中國で公開されそうにない。
 
 次に温家宝前首相の文章について。
 この人は2003年から2013年まで、胡錦涛総書記のもとで政権ナンバー2の首相をつとめ、来日したこともあるから、見るからに温厚、生真面目といった風貌をご記憶の方も多いと思う。引退以来、消息を聞くことはほとんどなかったが、このほど突然、ニュースに登場することになった。
 昨年12月、同氏のご母堂の楊志雲女史が百歳に手が届こうという天寿を全うして他界されたそうで、氏はその思い出を今年3月から4月にかけて『澳門(マカオ)導報』という新聞に週に1回ずつ4週にわたって連載した。私も読んでみたが、ご両親の思い出をたんたんと綴っているきわめて私的な文章で、なにか政治的に問題を生ずるようには見えないものである。
 ところがそれがインターネット上で削除されたり、転送が出来なくなったりしているというのだ。表立っての発表はないから、別に「違法」だの「不適切」だのといったレッテルを貼られたわけではないが、と言って、自然にそういう現象が起こるわけもないのだから、なにかあるに違いないと見られている。
 そこで文章の中になにか問題になる部分はないかという議論から、今のところ2か所、「あるいは」と思われるところが浮かび上がっている。

 1つは文化大革命のさなか、中学教師だった父親が造反派の糾弾を受けて帰宅した場面。
 「ある日、父親は造反派に顔を殴られ、腫れた眼の上下がくっついて前が見えないほどにされた。父親はじっと我慢して、みぞおちを指して、『やつら、ここを殴りやがった』と言った」。
 もう1か所は全体の結びの1節。
 「私の年頭にある中国は公平と正義に満ちた国であるべきであり、そこでは永遠に人心、人道、人の本質が尊重され、永遠に青春、自由、奮闘の気概が存在すべきである。私はそのために叫び、奮闘してきた。これこそが生活が私に与えた真理であり、また母親からもらったものでもある」。
 この程度の文章のどこが問題なのか、と思われるだろう。
 しかし、見方によれば、習近平にはまず前の文章は文化大革命の暴力性を際立たせていることが気に入らないはずだというのだ。なぜなら習近平は文革を再評価して、これまでのように「十年の災厄」といったマイナス評価から、「社会主義の新しい道の模索の一段階であった」というような半ば肯定的な評価に変えるのを望んでいると言われているからだ。その理由は、かつての文革否定は毛沢東の個人崇拝否定につながり、そこから政治改革が叫ばれるようになり、1980年代に党主席が廃止されて総書記制となり、また、2018年に習自身が憲法を改正するまで続いた国家主席の「2期10年まで」という任期制限が導入されたからだ。無期限にトップの座を守りたい習にとっては、今さら文革を蒸し返して、政治改革などの議論を再燃させたくないはずだ、というわけだ。
 後の文章のほうはまあ分かりやすい。素直に読めば、温家宝は「人心、人道」以下、列挙した項目はまだ実現していない、と言っていることになり、習近平批判ともとれないことはない。
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 以上が最近、中国で起こった(とまで言えるかどうか、分からないが)言論・ニュース封殺事件の概要である。これをどう受け取るか。当局のやり口は重箱の隅をつつくようで、随分きびしい、これでは息がつまる、とも言える。それはその通りだ。しかし、きびしくする理由もある。
 中国共産党は、今年、結党100周年である。7月には盛大な記念行事が行われるだろう。しかし、今、習近平の頭の中にあるのは、結党100周年より来年(22年)秋の第20回共産党大会、そして再来年(23年)春の人民代表大会をどう乗り切るか、であるはずだ。
 来秋の党大会ではこれまでなら総書記の改選がある。党規約では総書記に任期はないが、前回までは国家主席の任期が2期10年までと決まっていたから、それに合わせて前年の党大会で党総書記も改選されることが慣例であった。しかし、今度は国家主席にも任期がなくなったから、この2つの大会でどういう形で習近平の「居座り」をスムーズに実現するか、未知の領域で頭を使わなければならない。
 どういう形が考えられるか。もっとも理想的なのは、党員にも国民にも習近平を皇帝と思わせることだ。皇帝なら任期満了はあり得ないし、そろそろ交代したほうがいい、と思っても人前では言いにくくなる。皇帝化とは、つまり生きている間、もしくは自分で「やめる」と言い出さない限り、習近平の交代はあり得ないと人々に思い込ませてしまうことだ。
 じつは今回の趙媜、温家宝の両氏についての処分というか扱いがはっきりしないのは、その「習近平の皇帝化」と関係があるからではないか、と私は考えている。
 どういうことか。中国から習近平以外、「立派な人間をなくしてしまう」ことだ。そんな馬鹿な!と思われるかもしれないが、どう考えても趙、温両氏の言動には批判されたり、処罰されたりする理由はない。それなのになぜニュースを差し止めたり、文章を広がらないようにするのか。その答えは、大物でも小物でも、習近平と無関係なスターや人気者、その他「立派な人間」が出てきては困るからだ。
 では、中國の上から下まで凡人ばかりになるのがいいのか、そうではない。非凡な人間が出てきてもいい。いや、出てくるのは望むところだろう。しかし、そういう人間はまず口を開いたら、「私のすべては習近平主席のおかげです」と言わなければならない、あるいはそう言う人間である。そうなれば、習近平の皇帝化が進む。習近平に張り合っても無駄だ、と誰もが思うようになる。
 そんなばかな、と思われるかもしれない。でも、アジアのどこかの国では、それまで何百年も民草の視野にはほとんど入っていなかった飾り物のごとき存在が、19世紀末から20世紀半ばまで「神様」の地位に祭り上げられて、多くの人間が「万歳」を叫びながら、その神様に命を捧げた前例もある。
 とにかく、この世はなにが起こるか分からない。中国で文化大革命がおこることを誰も予想しなかったし、突然、改革・開放が始まった時にも世界は驚かされた。だから突然、だれかが皇帝を目指したところで驚くことはない。現に100年ほど前には実際に皇帝を名乗る軍人も出てきた国なのだから。
 ただ、習近平自身がそれを望んでやっているのか、やろうとしているのか。それはまた別の問題である。望んではいないが、やらざるを得ないところに、彼もまた追い込まれているのではないか、と私は考えるが、その問題はまた機会を見て。
2021.04.26 情けない抱きつき外交
-悲劇を通り越した喜劇

盛田常夫 (経済学者、在ハンガリー)

 さる16日の日米首脳による直接会談は20分だったそうだ。昼食用にハンバーガーが用意されたが、菅総理大臣は、「それに手を付けられないほど話に夢中になった」と報道されている。いったい日本のメディアは何を報道しているのか。通訳を交えた20分の会談は実質10分ではないか。菅総理大臣がバイデン大統領より長く発言したとは考えられないから、菅総理の発言時間は5分にも満たないということだ。要するに形だけの会談だったのである。
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 そもそもこんな短い会談にハンバーガーが用意されたのは、日本側が昼食会か晩餐会に固執した結果だと言われている。昼食会が叶わず、日本側が形に拘った結果がハンバーガーの提供だった。これを喜劇と言わずしてなんと言おうか。外務省は、「昼食会ができなければ、ハンバーガーなど不要です」となぜ言えなかったのか。ハンバーガーの提供によって、図らずもアメリカが日本の首相をハンバーガー程度の存在だと見なしていることが暴露された。アメリカ側の対応が見え見えである。最初から菅首相に何も期待していないが、アメリカ主導で対中国政策の日米共同歩調が示されればそれで良いと言う程度のことなのだ。外向けのポーズとして、我一番にと会いたがっている日本の首相を利用しただけのことだ。ハンバーガー昼食会談を恥と思わない首相官邸や外務省は世界の田舎者だ。

 日本のメディアが公開した写真には、官邸が用意した土産物の一部が映し出されている。なぜか大量のチョコレート類が用意された。撒き餌のごとく訪問する事務所に配れば、相手の好意を受けられると考えるのだろうか。これも日本的な発想である。欧州の国では考えられない。
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【日本代表団宿舎から運び出される土産品(日テレNEWS24)】

 1990年の海部総理のベルリン-ブダペスト訪問時にも、官邸と外務省が用意した土産類が大量に持ち込まれた。いろいろな日本企業に商品提供を催促して用意したようだった。最終訪問地になったハンガリーの日本大使館のホールには、配りきれなかった小物の土産類が山積みされていた。こういう習慣も考え直した方がよい。発展途上国なら喜ばれるかもしれないが、会社の出張土産のような発想で、土産を配るのは止めた方がよい。会社の宣伝に来ているのではないのだから。それよりも、外交方針や独自政策を明確に示すことが肝要だ。しかし、抱きついていればなんとかなるという発想でいるから、独立国としての外交政策を持つことができず、昼食会や晩餐会、あるいは手土産でなんとか体面を取り繕うとする。余りに姑息。そういう卑屈な外交を展開している限り、国際外交で日本が一目置かれる存在になることはない。

2021.04.24 “タリバンは厳しすぎる”とのひそかな訴えも
アフガニスタン、BBCの現地取材から(3)

坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

 私たちの取材には、常にタリバンが同行していた。わたしたちがインタビューした住民たちはすべて、タリバンへの支持を口にし、治安が良くなり、犯罪が減ったと話した。一人の年長の住民は「政府軍が支配していた時には、彼らは私たち住民を捕まえ、釈放するには賄賂を要求した。そのため私たちは、大きな損害を強いられた。今は、とても幸せだ」と話した。
 タリバンのウルトラ保守は、こうした保守的な地域ほど住民とぶつかることはないが、住民の一人は、匿名を条件に、他の地域では、私たちがインタビューしている地域よりもっと厳しいところもある、と話した。そこでは、髭を剃った住民が鞭で打たれ、音楽を聴くためのステレオがぶち壊されたりした、という。「住民は、もっと小さなことでも体罰をされるので、タリバンの言うとおりにしなければならないんだ」と彼はいった。
 ハジ・ヘクマット首長は、1990年代にタリバンに加わったベテランだ。一方、私たちに同行した若い戦士たちは、写真に撮られるのが嬉しく、最初は顔をターバンで覆っていたが、しばらくして外し、顔を撮られるようになった。古いタリバン体制は、写真に撮られるのを禁じていた。
 「以前のタリバンは誤っていたのか?」とハジ・ヘクマットに訊くと、彼は答えたー
 「タリバンは以前も今も同じだ。以前もいまも時間は同じだ。しかし、個人の場ではもちろん変化はある。熱心な人も静かな人もいる。それが正常だ」
 タリバンは、彼らが築こうとしている「イスラム政権」の意味をあいまいにしようとしているようだ。一部の専門家たちは、タリバンの内部では急進派と穏健派が、内部抗争を避けようと急がずに努力としている、と見ている。彼らの本拠地の中で、双方が異なった立場をどう調整していくか?来るべき彼らの政権は、その試練の場になるだろう。
 私たちがチキンと米飯のランチを食べていた時、遠くの空爆の響きが4回聞こえた。ハジ・ヘクマットは「遠くです。心配しないで」と話した。
 何年もの間、主に米軍の爆撃はタリバンの前進を抑えてきた。昨年、米国はタリバンとの和平協定を結んだ。その結果、米軍の撤退によって、タリバンが全土で軍事作戦を開始することへの恐れが広がった。
 ハジ・ヘクマットはカブールのアフガニスタン政府を“カブールの行政官”、腐敗した反イスラムどもと呼んだ、彼のような人が、この国で、彼らの条件以外に他の勢力と和解するとは考えられない。
 「ジハード(聖戦)なのだ。祈りなのだ。我々は権力のためではなく、アラーの法、シャリーアをこの国にもたらす戦いだ。」とハジ・ヘクマットは結んだ。(了)
2021.04.23 国連支給の教科書で女子生徒も熱心に学習
アフガニスタン、BBCの現地取材から(2)

坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

 BBC取材チームの求めに応じ、まず、説明役のハジ・ヘクマット首長(市長)が案内したのは、初級学校。女子生徒と男子生徒と教室は別で、女子生徒教室はヒジャーブ(イスラム教徒の女性が頭からすっぽりかぶる服装)で満員。先生も女性。
 タリバンの現地教育委員会の中学教育担当の責任者サラフディンは、当地では女子生徒の中学進学も積極的に奨励されているが、年長の女子生徒の進学は認められていない地域もある、と説明した。同氏は、女子中学では、女性の教師だけが認められ、ヒジャーブ着用は義務で「教師たちがシャリーア(イスラム戒律)に従えば、まったく問題はない」と語った。
 現地の関係者の説明では、タリバンは学校でのカリキュラムから絵画と市民権に関する授業を削除し、代わりにイスラム教関係の授業を入れ、そうでなければ、全土的な教育指針にしたがうという。
 サラフディンに「あなたの子供は学校に行っていますか」と尋ねると、彼は「私の娘たちはまだ幼すぎるが、成長したら、彼女たちを学校かマドラサ(イスラム教の学校)に行かせる。学校がヒジャーブとシャリーアの場である限り」と答えた。
 アフガニスタン政府は、タリバンの支配地域でも学校のスタッフ(教師と従業員)の給与を支払い、タリバンが運営の責任を負っている。これが、全国のタリバン支配地域で実施されているシステムだ。
 国際援助組織が運営している近くの病院も、同じような男女分離の仕組みだ。タリバンは女性のスタッフが働くことを許可しているが、彼女らが夜間勤務するときには、付き添いの男性が必要。女性と男性の患者は分離しなければならない。避妊と家族計画は活用されている。
 タリバンが私たちに、女性たちの地位をより積極的に見せたいと望んでいたことは確かだった。私たちが車で走っていた時、学校から帰宅途中の女子学生たちと行き交った。
 そのさい、ハジ・ヘクマットはエキサイトして、私たちに彼女らを見せようとした。彼はタリバン支配下の地域での女性の地位について、私たちの不安を払拭しようと努力した。
 私たちがバルフ地域の村々をドライブしている間、自由に歩いている女性たちを多数見たが、すべての女性がイスラム衣装のブルカ(頭にかぶる布)をかぶっていたわけではない。ハジ・ヘクマットは、彼女らには何の制限もないと強調した。しかし彼は、保守的な社会では、女性たちはなるべく表に出ようとはしない、とも言った。(つづく)
2021.04.22 近づく米軍全面撤退。「イスラム首長国」めざすタリバン
アフガニスタン、BBCの現地取材から(1)

坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

 2001年9月11日の国際テロ組織アルカイダによる米国への同時多発テロ攻撃から20年。アルカイダが根拠地としていたアフガニスタンに対する米国はじめ同盟国の戦争の20年間が、今年9月11日までに終わる。最盛時1万3千人以上いた駐留米軍は2,500人にまで縮小しているが、そのすべてが撤退する予定。NATO諸国からの駐留軍もすべて撤退する。
 アフガニスタンの現状は、首都カブールも全国の主要都市も、カブールの政府の支配下にあるが、中小都市から農村の半分以上では反政府武装勢力タリバンが実効支配している。2015年から米国とタリバンは湾岸アラブ国のカタールで和平交渉を断続的に続け、20年2月に米軍全面撤退合意に達し、最終的に今年9月までに実施することとなった。一方、政府側はタリバンが加わる交渉への参加を拒否し続けたままだ。
 アシュラフ・ガニ大統領が率いるアフガニスタン政府は、18万人の国軍、9万人の国家警察隊を持ち、米国はじめ多額の国際援助で、約19億ドルの国防予算の6割以上を賄っている。
 米軍以下NATO諸国の軍隊が全面撤退した後、タリバンと政府軍の戦闘が激化し、国家の破壊が進む懸念がアフガン国内にあることは勿論だ。しかし一方では、タリバンとタリバン以外の住民が折り合い、協力しあって危機を乗りきる努力も始まっている。すべての国民が、この20年間の苦しみを経験してきたのだから。
 ここでは、アフガン報道を、おそらく世界のどのメディアよりも、偏らず、積極的に報道してきた英BBCの現地取材報道を紹介する。
 現地状況は地域によって大きく異なるが、この報道は、4月15日のアジア版での現地取材報告で、二人の記者とそのチームによる、アフガニスタン北部の都市マザリシャリフから30分ほどのタリバン支配下の広いバルフ地域からのリポート。
 タリバン側の主説明役は、この地域全体の首長に当たるハジ・ヘクマット。彼は、タリバン政権が全国を支配していた1990年代にタリバンに加わったベテラン。黒いターバンを頭に巻き、全身から香水の香りが漂っていた。
 この地域に入ったBBCの取材チームを、道の両側に整列した武装市民たちが出迎えた。
 彼らは、ロケット手投げ弾発射機か米軍から捕獲したM4ライフル銃を持っていた。出迎えチームの指揮官は、この地域のタリバン軍事司令官のバリャライ。「政府軍はこの地域最大の市場に駐留しているが、われわれの包囲で、彼らはその場を離れられない。この地域は、われわれのものだ」「こうした風景は、アフガニスタンの農村地帯では、いたるところで見られる」と彼は胸を張った。(つづく)
2021.04.21 東京オリンピック・パラリンピックは開催すべきでない
世界平和七人委がアピール

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 世界平和アピール七人委員会は4月20日「今夏の東京オリンピック・パラリンピックは開催すべきではない」というアピールを発表した。
 アピールは、まず、新型コロナウイルス感染症が拡大し続けているのに、政府による科学の軽視・無視によりワクチン接種が遅れ、国内の医療体制もすでに限界を超えていると指摘。そして、このままオリンピック・パラリンピックを開催すれば国内の医療従事者にいっそうの過重負担を強いることになり、人命を犠牲にした開催にとなる可能性が十分にあるとして、「今夏の東京オリンピック・パラリンピックを行わないという決定を速やかに下せ」と求めている。

 世界平和アピール七人委は、1955年、ノーベル賞を受賞した物理学者・湯川秀樹らにより、人道主義と平和主義に立つ不偏不党の知識人の集まりとして結成され、国際間の紛争は武力で解決してはならない、を原則に日本国憲法擁護、核兵器禁止、世界平和実現などを目指して内外に向けアピールを発してきた。今回のアピールは146回目。
 現在の委員は大石芳野(写真家)、小沼通二(物理学者)、池内了(宇宙物理学者)、池辺晋一郎(作曲家)、髙村薫(作家)、島薗進(上智大学教授・宗教学)の6氏。

 アピールの全文は次の通り。

今夏の東京オリンピック・パラリンピックは開催すべきでない
世界平和アピール七人委員会

 開会式まで100日以内になり、オリンピック・パラリンピックの日本代表選手全員の最終的な決定をすべき時期となり、聖火リレーも始まった。ところが代表選考ができていない種目では、代表を過去の成績で決めるという異例のことが起きている。聖火リレーでは公道でない場所で関係者だけで形ばかりを行ったことにする府県が出始めている。
 
 これは、新型コロナウイルス感染症COVID-19とその変異種の感染まん延が急速に広がっているためである。政府は、「まん延防止等重点措置」を次々に指定しているが、感染拡大に歯止めがかかっていない。政府が委嘱した専門家が科学的データに基づいて第4波到来とみているのに、政府は科学の軽視・無視を繰り返している。ワクチン接種は遅れていて、変異種に対する効果も解明中で結論に達していない。検査体制も広げられないままである。
 
 国内の医療体制は、すでに限界を超えた地域がではじめており、必要不可欠な病床・医療関係者の確保もできていない。世界の感染状況を見ても、ワクチン接種は進んでいるものの、依然として各地で感染拡大が続いていて収束に向かっていない。
 1万5000人という選手、その他審判、役員、スポンサーが世界の感染まん延地からまん延状態が急速に拡大している日本に集まり、非常に多くの大会ボランティアを動員する渦中において、市民と接触させないでオリンピック・パラリンピックを安全に行える実効案は何ら示されていない。オリンピックを開催するとすれば多くの医療関係の人員や資源をさかなくてはならないが、それが国内の医療従事者のいっそうの過重負担を招くことは明らかである。そうなれば人命を犠牲にした開催となる可能性が十分にあるが、それは言うまでもなく平和の祭典であるはずのオリンピック・パラリンピック開催の趣旨に合致しない。

 リスクが否定できない以上、安全の側にたって、今夏の東京オリンピック・パラリンピックを行わないという決定を速やかに下すのが当然である。

2021.04.17 ロシア・中国製ワクチンをめぐる中東欧諸国の政争

盛田常夫 (経済学者、在ハンガリー)

 中東欧諸国では、ロシア製ワクチンSputnik、中国Sinopharm製のワクチンが政争のテーマになっている。EUからのワクチン配分を待っていたのでは感染の拡大を防止できないと、EU内でいち早く「東のワクチン」を導入したハンガリー政府は、「すべてのワクチンは有効」というキャンペーンを張り、「東のワクチン接種」に反対するのは「左翼」で、人命を軽視していると野党の対応を批判している。
 お隣りのスロヴァキアではSputnikの輸入を独断で決めたマトヴィツ首相が解任され、経済大臣と役割交代するという政争が起きた。チェコでもやはり「東のワクチン」輸入をめぐる政争が続いているが、チェコは依然として、EU薬事局が承認したワクチンのみを使用するという指針を変えていない。オーストリアやドイツ・バイエルン州はロシアからのSputnikの輸入の検討に入った。
 ハンガリー政府は、野党の言う通りに「東のワクチン接種」を避けていたら、死者の数は増えていたと主張している。だから、野党=左翼は人命を軽視する政府批判を行っていると言うが、「東のワクチン」を使っていないスロヴァキアやチェコに比べて、「東のワクチン」を使っているハンガリーの死亡率がはるかに高いから、この議論は説得力がない。ハンガリー政府=オルバン政権の主張がイデオロギー的な色彩を帯びていることが分かる。ハンガリー政府は「ワクチン接種率(対人口比)がEU内でマルタに次いで2位、EU平均の倍」と声高に叫んでいるが、都合の悪いデータには口を噤(つぐ)んでいる。

不都合な事実
 4月11日、中国疾病対策予防センター(CCDC)所長の高福氏は、「Sinopharm製ワクチンの効率が低いこと」を公式に認めた。その反響が大きかったのか、すぐに訂正を行ったが、すでに高氏の発言は世界を駆け巡っている。ブラジルでの経験から、中国製ワクチンの効果が低いことは分かっていたが、中国の当局者がそれを認めたことが話題になっている。伝統的手法にもとづくワクチンだから、通常のインフルエンザ・ワクチン程度の効果しかないことにそれほどの驚きはない。mRNAベースのワクチンが90%を超える効率を持っているのに比べて50%は低いが、それでも「接種しないよりはまし」という議論は成立する。しかし、ハンガリー政府のように、「どのワクチンの効果も同じ」と主張するのは政治的なキャンペーンとみられても仕方がない。実際のところ、妊婦や高齢者にはファイザーとモデルナのワクチンに接種を限定している。
 中国製ワクチンの接種を断って死亡した野党の地方政治家を取り上げ、「それみたか」とばかりに野党=左翼批判を展開しているが、こういう事例は政治キャンペーンに使わない方が良い。

東方政策に傾くハンガリー政府=オルバン政権
 国民の命を大切にするための「東のワクチン」導入というが、この名目の裏で不透明な取引が展開されている。Sputnikの契約が国家間の契約だったのにたいし、Sinopharm製のワクチン輸入は政権に近い人物が所有する、しかも従業員が3名しかいない輸入業者(Danubia Pharma)を介在させたことが暴露されている。アベノマスクと類似した構図である。総額550億Ft(200億円)を超える取引だが、仲介業者からハンガリー政府への納入価格が他のワクチンに比べて2倍以上というのは、暴利を山分けする仕組みがあるからだと勘ぐられても仕方がない。
 中国からの人工呼吸器輸入にも、ワクチンと同程度の公金が使用されており、その取引の詳細は国家機密に指定されていて公開されていない。しかも、ハンガリーに輸入された中国製の人工呼吸器はきわめてシンプルな機器で、患者の容体に応じた制御調整ができない代物だとされている。人工呼吸器で診療を受けた患者の多くが死亡しているとも伝えられており、この機器の効率性も問題視されている。これにたいして、政府は公的メディア以外のメディアがコロナ病棟で取材することを禁止する措置を取った。政府は不都合なデータを公表していない。
 確かなことは、ワクチンや人工呼吸器の輸入で暴利を得たグループがいることだ。これは基本的に、ハンガリー政府が2013年から2016年まで販売した「定住権付き国債」と同様の、国家資金の背任が疑われる取引である。不透明な国債販売の主な対象国が中国で、中国向けの国債販売を担当した仲介会社(ケイマン諸島に登記。実際の所有者は不明)の手数料総額は250億円である。この奇妙な国債販売の詳細は国家機密に指定されていたが、最高裁判所で情報開示が命令された。このスキームには与党政治家が深く関わっているが、検察が動くことはない。政権政党は腐敗の情報が流れるごとに、「フェイクニュース」とレッテル貼りするだけで、腐敗に向き合うことはない。
 ハンガリー政府はソロス基金が出資した中欧大学(Central European University)を「ソロス大学」と攻撃し、アメリカの学位を得られる大学院課程をハンガリーから追い出した(ウィーンへ移転)。ソロスは「ハンガリー民族の敵」だとして、多国籍の教職員の下、多くの外国人学生が学び、国際的に高い評価を得ている大学院大学部分をハンガリーから追い出した。それに代えて、ハンガリー政府は昨年末、上海の復旦大学のキャンパスをブダペストに開く協定を締結した。プーチンや習近平に媚びを売り、エルドガン大統領との親近性を誇示するオルバン首相は、いったいハンガリーをどこに導こうとしているのだろうか。
 EU内での発言力を保持し、強化しようという意図だけではない。政商が暗躍する発展途上国とのビジネスは裏金を作りやすい。しかも裏金の桁が凄い。政権を蝕む一部の政治家や実業家が暗躍する舞台が揃っている。
2021.04.15 中国に対する日本の立場を明確に
――菅首相の訪米にあたって

田畑光永 (ジャーナリスト)

 菅首相が待望の訪米に出発する。首相官邸周辺からは米バイデン大統領就任後の「最初の対面での首脳会談」の相手に選ばれたことを、なにか大手柄のように吹聴する気配が漂ってくる。そこには第二次大戦後の参勤交代外交の残滓が濃厚に感じられて、どうしても鼻白んでしまう。
 しかし、今回の日米首脳会談は、私見では1972年夏の田中・ニクソン会談に匹敵する重要な意味を持つ。72年のそれは、その年2月にニクソン訪中という、やや大げさに言えば世界史的出来事があり、それを受けて中国をめぐる世界情勢が大きく動いた中で、9月に日中国交回復のための田中首相訪中を控えた会談であった。言うなれば、朝鮮戦争後の「米中対立というアジアの基本構造」が転機を迎えた中での会談であった。
 今回は、2018年春にトランプ前米大統領が貿易不均衡やハイテク技術の主導権争いを材料に仕掛けた米中「新冷戦」がバイデン新大統領に引き継がれ、それがより一層深刻な対立へとエスカレートした段階での首脳会談である。72年の田中・ニクソンは米中対立が緩和に向かう中での日中復交の形の打ち合わせであったが、今回、状況は逆である。深刻さが格段に違う。
 米バイデン大統領はさる3月25日、就任後初の記者会見で、現在の米中対立について「21世紀での民主々義の有用性と専制主義の戦いである。対立は望んでいないが激しい競争になる」と述べた。つまり世界観の戦いである。
となれば、論理的には日本の立場ははっきりしている。一貫して「自由主義陣営の一員」と唱え続けてきた以上、米と同じ立場に自分を置かなければ筋が通らない。
 しかし、日本の政治家は立場を鮮明にすることが苦手である。こっちについているようだが、細かいところで差があることを匂わして、場合によっては反対側にも立ちうるという場所に身を置きたがる。米中の狭間ではまさにそれでやってきた。75%は米側であるが、25%くらいは中國にもいい顔をする。そして一番やりたいのは、米中間の対立に割って入って、両方に感謝されながら、対立を緩和するという役回りだ。
 ところがそんな腹の内は誰の目にもすでに明らかだ。中国などはことあるごとに日本に「対米追随」のレッテルを貼って、たまには独自の道を歩いたらどうだ、とけしかけてくる。
 では、今回はどうする。私見では米にことさら異を唱えるようなパフォーマンスは不必要だし、しないほうがいい。さればと言って、バイデンにただ賛同して「すべて意見が一致した」というありきたりの記者発表では「いつもの通り」と見られるだけだ。
どうすればいいか。今回は、対中国で日本の言いたいことをはっきり表明して、なぜ米に同調するかを独自に明らかにするべきだと思う。
 その材料は尖閣諸島がいい。日米間でのこの問題の扱いは、いざとなれば米軍が日本を助ける日米安保条約第5条の適用範囲であると確認することが首脳会談での公式となっているが、そんな言い古されたネタでなしに、日本として尖閣の領有権を二国間でも、国際司法裁判所でもいいから、正式に外交交渉で話し合いたいという態度を鮮明にすべきだと思う。中国は交渉を避ける理由を言わないまま、海警の巡視船をのべつにあの海域に送り込んで、「実績作り」をしているが、そうした「からめて戦術」の非を国際的に訴えるのだ。
 また、ウイグル族の人権問題では、最近、中国はしきりと新疆の「実情」をPRするイベントを実施して、西側の「虚偽宣伝」を攻撃しているが、そうした不毛な論戦で互いの敵意の増幅を避けるために、中国政府に外国人でも新疆へ自由に旅行できるよう認めること(コロナの後になるだろうが)、ウイグル人の言論・報道の自由を認めること、行方不明になっているウイグル人の消息を明らかにすることなど、日本としての要求を明らかにするべきだろう。
 このように中国の言う「敏感な問題」について、日本の立場を具体的に明らかにして、その上でこうした問題と貿易など二国間の具体的な問題とはきっちり区別して扱うことを求めるのも必要だ。
 日米首脳会談で日本の首相がこういう発言をすれば、中国は腹を立てるだろうが、対米追随だけでなく、日本までが具体的な注文を明らかにしたということで、また敵が増えたと感じさせることが、今の中国には必要だ。
 昨年、香港国家安全維持法を施行して以来の香港に対する締め付けが巻き起こした中国に対する国際的な逆風は、さらに少数民族の人権問題、台湾海峡、南シナ海などにおける中国の行動などを対象に加えて、習近平政権に想定外の強さで吹き付けているはずだ。このことは、すでに2018年に憲法を改正して国家主席の任期を廃止し、来年秋の共産党大会、再来年春の人民代表大会で党総書記、国家主席の両方で在任「10年越え」を目指す習近平にとっては甚だ不都合な状況であるはずだ。
 中国の政治がますます強権化するのを防ぐことは、アジアの安全保障の上で必須である。常に中国の顔色をうかがいながら、米にすり寄る日本、という日本観を考え直させる言動を菅首相は示せるか。この秋の続投が危ぶまれる菅首相にとってはかなり厳しい勝負の場面となるはずだ。(210413)
2021.04.13 歓迎!米の増税論
――他人事ではありません
 
田畑光永 (ジャーナリスト)

 米のバイデン政権はさる7日、企業への法人税増税を中心に15年間で約2.5兆ドル(約270兆円)の税収増を見込む増税案を公表した。これに先立つ5日にはイエレン財務長官が講演で、法人税について「グローバルな最低税率を導入すべく、主要20か国で協議している」とのべた。そして7日にオンラインで開かれたG20(主要20か国・地域)蔵相・中央銀行総裁会議の共同声明には、法人税の最低税率実現について「今年半ばまでに解決策にいたるよう取り組む」という文言が加えられた。
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 私はこの1年余のコロナ禍の中で、老人らしく「自粛」しながら日々をすごしてきた。その間、じつにさまざまな人々が思わぬ形で死活にかかわるほどの影響を受けていることを知り、世の中はこんなふうに動いているのだなあと驚くことも一再でなかった。
 昨年の夏ごろだったか、1人あたり10万円のお金(なんという名目だったか忘れた)が振り込まれた時には、「へー、政府がこういうことをすることもあるのだ」と妙に感じ入った。その後も仕事が出来なくなったり、お客が減ったりした業種にさまざまな名前の給付金が配られたり、さらに少し感染がおさまった時には、今度は困っていない人々に、政府がお金をつけて、「旅に出ろ」、「外食しろ」とけしかけたり(言葉が悪いが)と、なんだかこれまで知っていた日本政府とは違う頼もしい政府が生まれたのでは、と錯覚するような「政策」が打ち出された。
 ところが、年が改まって国の財政の昨年の決算を見た時には、今度は私のような一介の庶民でさえ足元の地面の底が抜けるような恐怖にとらわれた。
 昨2020年度の国の(一般会計)予算の総額は100兆円強でスタートしたのだが、コロナ禍で前述したような出費がかさんで(3次にわたる補正予算を追加)、結局175,7兆円にまで膨らんだ。だからと言って収入(税収)は急に増えるわけではないから、ほぼ例年なみの55.1兆円。足りない分は国債(借金)を例年の2倍以上の112,6兆円も発行してなんとか辻褄を合わせてある。
 日本が世界一の借金大国であることは誰でも知っている。国、地方合わせた借金の総額はGDP(国内総生産)の約250%、1,200~300兆円に上る。国民1人当たりざっと1,000万円である。そしてこのうち60万円ほどが、去年、コロナ禍救済金(3次の補正予算の70兆円)として使われた分である。
 日本のお役人は政策は決めても、実施プランを作成してそれを実施する作業そのものは大手の広告代理店に丸投げするのが通例らしいから、この70兆円のうちどれだけが直接困っている人の懐に届いたかは不明なのだが、それはこの際は問わないことにしよう。コロナ禍のためにこれだけの新たな支出が生じたこと自体はやむを得ないのだから。困っている人を財政が苦しいからといって放置することはできない。
 しかし、私が不安なのはその先。これだけの急な出費の穴埋めをどうするかの議論が国会でも政府部内でも全く(と私には見えるが)行われなかったということである。今年21年度の当初予算も税収見込み57兆円に対して支出総額は106兆円、足りない分は勿論、国債を発行する。そしていずれ今年も補正予算を組むことになるのだろうが、それも勿論、借金(国債)でとならざるを得ない。
 安倍内閣も財政の基礎的収支の改善をたしか公約に掲げていたと思うが、結局、赤字を増やし放題に増やしただけだった。その時から財務大臣のあの人は今でも代わっていない。この人はかの公文書偽造などという前代未聞の不祥事ですら責任のセの字も取らなかったから、財政赤字など役人がなんとかするだろうとでも思って、何一つ考えていないだろう。
 でも、ある日、日本国債が信認を失って買い手がいなくなり、流石の日銀も引き受けられなくなって、資金の調達も、償還も出来なくなったら、いったいこの国はどうなるのだろう。
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 米のバイデン政権は昨秋の大統領選挙で勝ったばかりの新政権で次の中間選挙までまだ1年半の余裕があるからであろうが、堂々と増税を口にし始めたのは心強い。それも国際競争を口実にこの3~40年引き下げ競争が続いてきた法人税を引き上げようというのだからいよいよ心強い。
 もっとも米はトランプ前大統領が就任早々に法人税の大幅引き下げをした後だから、新政権がそれを是正するという意味で法人税引き上げは口にしやすいという事情もあると思われる。
 日本も1980年代には法人税は40%を上回っていた。それが企業の国際競争力を弱めるとされ、徐々に引き下げられて現在では23.2%にまで引き下げられた。その間、消費税は5%から8%、そして10%へと引き上げられてきたのはわれわれが身をもって味わってきたところだ。
 米の法人税引き上げ案は15年で約2.5兆ドル(約275兆円)の増収を見込み、それでコロナ禍への対策で増えた出費を賄うとしており、ただ政府の増収のためとはしていない。たしかにそういう大義名分があれば企業を説得しやすいだろう。ずるずると、コロナだから必要なものは仕方がないと支出をふやし、それをそのまま過去から積み上げてきた赤字の山の上に放り投げて、後のことは後のことと、口にもしない菅内閣はあまりにも無責任と言わなければならない。
 米のイエレン財務長官は国内の増税だけでなく、国際的に法人税の最低税率を決めることを提唱し、前述したようにG20蔵相・中央銀行総裁会議でも「年半ば」までに解決策に至るよう取り組むという共同声明にまでこぎつけた。
 「年半ば」といえば、2~3か月以内であり、これはこれでなにがしかの方向が打ち出されれば、現在の世界が直面する問題を解決するうえで大きな前進となるのではないかと期待される。
 前世紀の後半以降、技術革新によって、ものの輸送、人の移動のコストが下がり、企業にとって製品の生産地の選択肢が増えた。その結果、企業にとって人件費とならんで法人税のコストに占める比重が相対的に高くなり、また、一方では外資の工場を誘致してそれを足掛かりに自国の産業を育成するという近代化政策が東南アジア、中国などで成功を収めたことで、後発国が法人税の引き下げ競争で外資の誘致を競うようになった。
 しかし、これは企業の母国において産業の空洞化を招き、企業が製品コストを下げて大きな利潤を生む一方で、多くの社会問題を引き起こす要因ともなった。
 これについてはいずれ改めて論じたいと思うが、法人税の最低税率を国際的に決めることはきわめて望ましいことと思える。さすがの我が国の麻生蔵相も、また自民党の下村政調会長も積極的な反応を示している。
 わが国の政治世界では、税金を上げる話はしないが勝ち、いかなる場合も減税を唱えるのが有利、という法則がはびこっている。とくに選挙が近い時はそうである。今年は秋までには衆議院選挙が待ち受けているので、政治家は税金の話、まして増税論は口にしないだろうが、現実はそんなことを言っている暇があるのだろうか。米に引きずられてでもいいから、財政の現状について建設的な議論を交わすべきだと考える。(210410)