2018.08.21 暑くて~死にそうだ
韓国通信NO567

小原 紘 (個人新聞「韓国通信」発行人)

二週間ほど原因不明の高熱に苦しんだ。何もしたくない、何も考えたくない。まるで生きる屍みたいにブラブラと暑い日を過ごした。血液検査で白血球の異常な数値が確認されたが、病院が夏休みに入り、そのまま体温計と「ニラメッコ」する毎日を過ごした。幸い二日前から平熱に戻ったが、これも原因不明のままだ。
熱が上がりそうなニュースばかりでイライラが続いた。オウム事件の死刑囚13人全員の死刑執行を聞いて全身から力が抜けていくような虚脱感にとらわれた。犯罪は許しがたいが、国による報復、死刑執行に対する息苦しさと恐怖。死刑執行前夜の首相や法務大臣たちの酒宴は悪魔たちの「祝杯」だった。大逆事件(1911年 幸徳秋水ら12名が処刑された冤罪事件)が思いだされる。わが国は再び「恐怖政治」に突入したのか。死刑執行の政治性、非情な国家の残虐性に身震いした。

<世界の大勢は死刑廃止>
 世界の趨勢は死刑制度廃止に向かっている。死刑について私たちは他人事(ひとごと)、情緒的に考えてきたようだ。わが国は国連から再三にわたって「死刑執行の停止と廃止」を求められてきたが、政府は「世論」を理由に死刑制度を存続させてきた。国民の「せい」にする政府も情けないが、政府の死刑制度存続を支えてきたのは私たちだという一面は否めない。
世界198ヵ国のうち全面廃止国106ヵ国。事実上廃止をしている国 (韓国は死刑制度があるが執行をしていない) を含めると142ヵ国が事実上死刑を廃止している。さらに先進国OECD加盟国36ヵ国では日本とアメリカを除く34か国が死刑を廃止している(但しアメリカの19州が廃止、4州が執行停止)。わが国の「独自性」は、人権問題で非難の対象としてきた中国・北朝鮮「並み」ということになる。今回の死刑によって事件を闇に封じ込めたという指摘も多いが、死刑制度そのものについてもはや本質的な議論が避けられなくなっている。

<首相にふさわしい人>
安倍の総裁三選が、既定の事実のように連日報じられた。熱がいっこうに下がらないはずだ。自民党内の「安倍人気」と国民の意識のズレは、低い内閣支持率を見ても明らかだ。自民党の「おごり」と人材不足もここまできたのか。私たちと無関係に進められる総裁選びを見ていると、心底「民主主義って何だ!」「これが日本の民主主義なのか!」と叫びたくもなる。
指をくわえて見ている「あほらしさ」。この際、自民党内の総裁選びとは別に、一国のリーダーにどのような人物がふさわしいのか、国民的な議論を巻き起こす必要がある。「安倍か石破か」という議論よりよっぽど日本の将来のためになる議論のはずだ。それをマスコミに期待したいところだが、まず市民たちで議論を始めるしかない。
こんな人が首相になればいいなと夢想したひとたちがいる。残念ながら立憲民主党の枝野代表も日本共産党の志位委員長も浮かばなかった。
その中のひとりは沖縄県の翁長知事だった。本当に残念なことに急逝してしまった。沖縄県自民党幹事長だった翁長氏の知事就任後の活躍と発言は私に感動を与え続けた。これまで政治家に感じたことがない発言の重さと行動力に心から敬意を抱き続けてきた。
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県民の願いを実現しようと奮闘し、沖縄に対する差別に異議を唱え、中央政府と鋭く対峙した。注目すべきは、辺野古新基地反対という地域問題から始まり、国民(県民)を無視した上から目線の民主主義と、平和を脅かす政府の安全保障政策に警鐘を鳴らし続けてきたことだ。終生、親米姿勢に変りはなかったが、対米従属姿勢を続ける売国的な安倍政権とは違う「愛国者」であり続けた。アメリカ政府の「良心」に期待をつなぎながらも県民の辺野古基地反対運動の先頭に立ち続けた。物流、観光、文化を中心とする脱基地沖縄の未来図(青写真)を提示し、反基地運動を越えてアジアの中で注目された平和主義者でもあった。米朝首脳会談後も「制裁」を主張し迷走を続ける安倍首相と比較しながら、世界のマスコミは早すぎた突然の死を惜しんだ。

非核・平和を訴えた田上長崎市長も光った。診察を終えて待合室のテレビが目に入った。浮かない顔の安倍首相に続き平和宣言をする田上市長に釘付けになった。
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アメリカの核抑止力に依存して、世界の核廃絶に躊躇する日本政府に対する厳しい抗議。静かな口調のうちに心を込めて非核化の努力を政府に求め、不戦を誓った平和憲法の精神を引き継ぐことを訴えた。核兵器禁止条約に参加しない釈明に終始した安倍首相とは対照的に、市長は長崎市民の核廃絶への思いと活動を紹介して、次の世代に「平和の文化を残そう」と結んだ。
ここでも明らかだろう。欺瞞に満ち溢れた安倍首相にもはや日本の未来を託せない。翁長氏と田上氏に共通する平和への強い意志と人間に対する信頼と愛はみじんも感じられない。
元日本遺族会会長、自民党の幹事長を務めた古賀誠氏が自分の戦争体験から憲法9条は宝だ、それを投げ捨てようとする自民党議員たちの「劣化」を語ったのも印象に深い。自民党の「ドン」といわれ、私には得体の知れない人物だった古賀氏の発言にも感動した。
「真夏の夜の夢」のような取りとめのない話になってしまった。悪夢を見ているような安倍政権がこれからも続くと聞かされては本当にたまったものではない。

<これは必見。NHKガンバル>
千葉県館山にある「かにた婦人の村」を作家の小林エリカさんが訪れ、天羽道子さん(91)にインタビューした。婦人施設の入居者に従軍慰安婦だった日本人女性がいたことがきっかけで「従軍慰安婦鎮魂碑」があることで知られる。女性であるが故に蹂躙された被害に日本人も韓国人も変りはないが、加害国である日本が事実を認めなければ悲劇は繰り返されると天羽さんが積年の胸の内を語った。10億円を出してすべて「解決済み」と思いがちな私たちに真の反省とは何かをあらためて感じさせる。
8月22日(水)NHK Eテレ「ハートネットテレビ」13時5分から再放送される。安倍首相周辺や右翼による妨害が予想される。NHKの良心と抵抗を感じさせるドキュメンタリーだ。

2018.08.20 なんとお久しぶり「世論による監督」が復活
報道統制緩和? それにしても、なぜ今ごろ?
新・管見中国(41)


田畑光永 (ジャーナリスト)

 注目を集めている「米中貿易戦争」は7月6日から双方が相手の輸出品目340億ドル分に追加関税25%の徴収を始めたのに続いて、8月1日、トランプ大統領が第2弾として新たに160億ドル分に同じく25%の追加関税を23日から徴収することを発表し、中國側も直ちに同様の措置を取ることを明らかにした。その23日が迫る中で16日、両国政府は22日と23日の両日、ワシントンで両国間の交渉を再開することを決めた。
しかし、今回は双方の主席代表ではなく次席級による交渉なので、大きな進展は望むべくもなく、むしろ、双方は11月にでも国際会議の場をとらえてトランプ・習近平の首脳会談を模索すると伝えられているので、そのための下交渉になるのではないかと見られている。
となると、米はさらに攻勢の第3弾として2000億ドル分の中国からの輸入品に25%の追加関税をかけることを明らかにしており、対抗して中国も米からの600億ドル分の輸入品への5~25%の追加関税を徴収する構えなので、首脳会談の実施のめどと並んでその第3弾が実施されるかどうかが当面の注目点である。
 この大国どうしの応酬はそれぞれの国内に相応のインパクトを与えているはずであるが、前回も述べたように現代の貿易構造は複雑だから、こういう影響が現れたと一言で表現することはまだできない。今のところ目につくのは中国側で株安が続き、上海総合指数は先週末にかけて2年7か月振りの安値をつけ、人民元もまた下落の一途をたどっていることと、対照的に米経済は好調でNYダウも上げ潮に乗っていることであるが、いずれも複数の要因の集積されたものであるから、一概の貿易戦争の影響とは言い切れない。
 ただ、中國国内で、あるいは米との貿易「戦争」と関係があるのではないかと見られる動きがいくつか目につくので、今回はそれを紹介したい。
 ご存知の方も多いと思うが、中國では7月の下旬から8月中旬にかけて、党・政府の現役幹部と引退した長老たちが河北省の北戴河という海浜の保養地に集まる習慣がある。そこでは勿論、公式の会議などは開かれないが、現・元幹部たちが顔を合わせるわけだから、さまざまな問題についての意見交換が行われ、時には人事など機微に触れる問題での根回しなども行われると言われている。
 さて、今年は?というと、この北戴河の季節の直前にちょっとした異変があった。それは共産党の最高幹部、7人の政治局常務委員中の序列第5位、王滬寧の活動が伝えられなくなり、同時にそれまでは毎日、判で押したように新華社も『人民日報』もトップ・ニュースは習近平モノであったのが、そうでない日も散見されるようになったのだ。
 王滬寧という人は1955年10月生まれの62歳。上海の名門、復旦大学の国際政治学部教授から法学院長へと学者の道を歩んでいたところを、当時の江沢民主席に見出されて1995年に共産党の中央政策研究室政治組組長となり、党の中枢で理論面を担当するようになった。そして、江沢民引退後も後継の胡錦濤、習近平に重用されて、昨年の党大会で現在の高位に就いた。
現在の職務は中央書記処書記、中央政策研究室主任、中央全面深化改革指導小組事務室主任を兼務しており、共産党の頭脳と言っていい。今年春の全人代で憲法を改正し、国家主席の任期(2年)を廃止して、習近平に長期政権への道を開いたのも彼が主導したものと見られている。
 その王滬寧が一時的にせよ表に出なくなったということは、このところの習近平政治に批判の声が上がり、その矢面に彼が立たされているという状況が想像される。さて、それにはどんな筋道が考えられるか。
 じつはいずれも報道だけで未確認情報なのだが、6月12日に公安当局(警察)から「習近平同志の写真やポスターをすべて撤去せよ」という通知が出され、すぐにそれが取り消されたとか、7月初めには江沢民、胡錦濤、朱鎔基、温家宝といった長老たちが連名で「経済・外交政策の見直し」を求める書簡を党中央に出したとか、の話が流れた。
 それから党の中枢部とのつながりはなさそうだが、6月4日には上海の女性が「独裁専制政治反対」と叫んで、習近平のポスターに墨をかけ、それを自ら撮影して、ユーチューブに投稿した事件があり、また6月末には陝西省の社会科学院が、文化大革命時代に同省の梁家河という村に習近平が下放して働いていた当時のことを研究して、新しい伝説を作ろうと「梁家河大学問」というプロジェクトを計画し、それが上層部から中止させられたという出来事もあった。
 そうした中で注目されるのは、8月16日、本ブログに阿部治平氏が紹介された清華大学法学院の許章潤教授による「当面の怖れと期待」と題する堂々たる習近平批判の一文である。この文章が許教授のまったく個人的なものか、あるいはなにがしか政治的背景があるものなのか、まだ分からないが、いずれにしろこの一文を含めて様々な動きが出てきたということは、習近平だけを傑出した存在として際立たせる王滬寧の政治宣伝手法が当面の恰好の標的となったのではあるまいか。
 それを裏付けるような動きとして、北戴河の集まりの前後から、各地の地方幹部が「世論による監督」という言葉を使うようになったのが目につく。
いずれも香港のメディアが伝えたものだが―
7月23日、山東省の党委員会の会議で書記(省のトップ)の劉家義が省内のニュース・メディアに対して「世論による監督」に力を入れるようにと発言した。
8月8日、浙江省党委の機関紙『浙江日報』一面下段の「一線調査」という世論による監督のコラムで初めてある地区の違法事象を取り上げたところ、それが直ちに是正された。
8月11日、海南省の沈暁明省長が省内の各メディアとの座談会で「世論による監督と成果を正面から宣伝することはコインの表裏の関係にあり、どちらも重要だ」と述べ、海南省政府に「世論監督促進小組」を設置し、メディアが監督しやすい雰囲気をつくり、メディアが真に政府の耳目となって、キツツキの役目を果たせるようにしたいという考えを表明した。
 「世論による監督」という言葉をなぜそれほどまでに大げさに・・・といぶかる向きもあろうかと思うが、じつはこれは「党の喉舌」とならんで、中國のマスメディアにとっては極めて重要なキーワードなのである。
 「党の喉舌」とは読んで字のごとく、メディアは党の喉であり、舌であって、党の意思を伝えることを最大の任務とするという意味である。それに対して「世論による監督」とは党の施策がきちんと実行されているかどうかなどを民衆の立場に立って監視するのも、メディアの任務であることを示す言葉である。
 中國においては、権力の中央への集中が強調される時期には、メディアには「党の喉舌」としての任務が強調され、党の統制が緩んで、ある程度自由な言論が飛び交う時期には「世論による監督」が前面に出るという関係にあった。
習近平体制下では2016年2月に習自身が新華社や人民日報社を視察に訪れて以来、もっぱら「喉舌」が強調され、メディアは党中央と同一の立場に立って、その代弁を務めることが求められてきた。
したがって、ここへきて各地で思い出したように「世論による監督」が指導幹部から持ち出されるのは、なんらかの北京における風向きの変化を反映するものと見てよいのではないか、というのが、この一文の趣旨である。
前述したように、米との貿易「戦争」の行方はまだ不明だが、1970年代末に鄧小平が改革・開放政策に踏み切って以来、中國は米と協調関係を保つことを国策の優先課題としてきた。それは台湾との関係や南シナ海の問題での外国の態度、行動に対する中国政府の対応が米とその他の諸国では基準がまるで違うところに如実に現れている。他国がすれば目くじらを立てることでも、米なら見て見ぬふりをするか、形ばかりの抗議ですますことは傍目にも明らかであった。
したがって、米との関係が現在のように緊張したことは、そのよって来る所以はともかく、やはり「習近平の失点」と見る流れが表面化してきたのではないか。これまで「習一強体制」への流れの強さに、首を傾げながらも声を上げられなかった人たちが「禁!習批判」の呪縛から解放されたのではないか。そしてその矛先は、「一強」の雰囲気づくりに邁進した宣伝部門、そのトップである王滬寧への風圧となったのではないか。
いずれも、「・・・ではないか」の推測ばかりで、自分でも書きながら気が引けるが、これからの中米交渉、また秋には恒例の共産党中央委員会総会が開かれるはずだから、それらを見る上での下準備として、頭の片隅にとどめていただければ幸いと思う次第。
2018.08.17 国際的協定を次々ぶち壊すトランプ
イラン制裁復活の悪影響は重大。すり寄るのは日本だけ

坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

米、英、仏、独、ロシア、中国の6か国は、イランの核開発中止を求めた安保理決議に基づいて06年から対イラン経済制裁を実施。2年間にわたるイランとの交渉の末、2015年4月に厳しく平和利用に制限する協定―合同包括的行動計画(JCPOA)を取りきめた。同10月から安保理決議に基づいて制裁を解除。その後、JCPOAの実施を国際原子力機関(IAEA)が監視、現在までに10回の現地査察も行い、ごく小さな違反数件以外、協定が実行されていることを確認していた。制裁解除後、イランは石油輸出を大幅に増やし、国民生活を改善、欧州諸国からの投資による開発プロジェクトも始まっていた。

ところがトランプ米大統領は5月、JCPOAから米国が一方的に脱退することを公式に発表。他の5か国それぞれから強く批判されながら、対イラン制裁を新項目を含め復活、拡大しはじめた。トランプ自身が明らかにした8月7日から実施された禁止項目はー
1. イラン政府による米国銀行券の調達
2. 金およびその他の貴金属の貿易
3. グラファイト、アルミニウム、鋼鉄、石炭、産業用ソフトウエアの貿易
4. イランの通貨リアル関連の取引
5. イランの公的債券発行に関連する行動
6. イランでの自動車関連事業

これと同時に、11月5日からは、さらにイランにとって重い以下の禁止事項を実施するとトランプは明らかにした。
1. イランによる港湾作業、エネルギー、海上運航、造船
2. イランによる石油関連取引
3. 外国の金融機関によるイラン中央銀行との取引

トランプ政権のイラン制裁再開に対し、米国以外のJCPOA参加5か国は強く反発、厳しい批判声明を発表するとともに、米国に同調して制裁を復活する意思はないことを表明した。しかし、一部企業は、イランで新しく着手した事業を中断することを発表した。また、イランの通貨リアルが暴落し、一時は対ドルレートが半分近くになる事態もあったが、その後回復し、現在は80-85%程度でほぼ安定している。
リアルの暴落で、輸入品の価格が暴騰、イラン国内ではリアルを金に替える騒ぎが発生したが、それも収まったようだ。

トランプは、イランの原油輸出をホルムズ海峡で阻止する可能性も示唆。イランはホルムズ海峡で軍事演習、サウジアラビアはじめ湾岸諸国からの原油輸出全体を止める可能性を示唆したが、小規模にとどめた。
しかし、米国がトランプの発言通り11月からのより包括的なイラン制裁を実施すれば、事態は急変する可能性がある。JCPOA参加5か国の努力に期待がかかる。

トランプ政権下の米国は、1年半の間にユネスコ(国連教育科学文化機構)、TPP(環太平洋連携協定)、パリ協定(地球温暖化対策)、そしてイラン核開発制限合意(JCPOA)などの国際機関、国際協定から一方的に脱退、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)
への拠出金(年額1億2500万ドル)のうち半額の6,500万ドルの支払いを凍結した。この金額はUNRWAの年間予算の約6分の1.米国がこれだけの拠出金を支払ってきた理由は、米国が主導した1947年の国連パレスチナ分割決議、イスラエル建国とその後の4回の戦争で発生したパレスチナ難民を支援するため。これまで、米国はその責任としてUNRWA経費の約3割を負担し続けてきたが、トランプはいわばその責任の半分を放棄したのだ。
わたしが6月に滞在したパレスチナでは、UNRWAが運営する学校の先生給与が減額され、男の先生たちは、一家の生活のため、タクシーの運転手などのアルバイトをしなければならなくなっていた。
 戦後の歴代米政権では、トランプ政権ほど米国の利益をむき出しにして、自国が参加している国際的な協定や合意をつぎつぎと破り捨てる政権はなかった。世界の主要国はトランプ政権を厳しく批判して、同調しないが、日本の安倍政権だけが、トランプを非難どころか批判もできず、すりよるばかり。情けない限りだ。

2018.08.16 「生死はときの運、興亡は天にゆだねよう」――習近平批判
――八ヶ岳山麓から(264)――

阿部治平(もと高校教師)

7月24日習近平独裁体制と政治路線を真正面から批判する論文が現れた(https://www.boxun.com/news/gb/pubvp/2018/07/201807260816.shtml)。
論文は中国清華大学教授許章潤先生のもので、中国国内の民間ネット上に発表されたが、当局によっていち早く抹消された。だが日本でも産経(7月26日)や時事(8月3日)が同論文の内容を伝えているくらいだから、中国国内では拡散しているに違いない。内容はちかごろ散発的にあらわれた習近平政権に対する批判の集大成というにひとしい(以下( )内は阿部)。

結論からいうと許先生は、(習近平主席)個人崇拝の停止、国家主席の最大10年の任期制度の回復、「六四(1989年の天安門事件)」の再評価、官僚の財産公表、退職幹部の特権廃止、過大な対外経済援助の中止などを要求し、文化大革命的行政とイデオロギー支配に警鐘を鳴らし、米中貿易戦争激化責任の所在を問うなど、習近平政権に対する鋭角、全面の批判を行なった。

まず前文では「いま中国国民は、官僚集団も含めて国家の発展方向と自分の身の安全についてかなり心配している。それは近年の中国政治が改革開放30年来の政治上の基本原則に逆行しているからだ」という。
許先生のいう基本原則とは、習近平以前の「改革開放」の30年間に形成され、中国社会全体が受入れてきたものである。
第一は基本的な生活の安全。
「(文化大革命時代の階級闘争)運動」と「毛沢東のやりたい放題(原語:和尚打傘無髪無天)」が終ると、かわって「改革開放」が登場し、これによって庶民はようやく毎日の生活の安全がはかれるようになった。そして全国民がこの「改革開放」を擁護したことによって、(中国共産党の一党支配という)現有政治体制は基本的合法性を得ることができた。
文革時代苦難の歴史を歩んだ庶民にしてみれば、支配者は誰でもよい、世の中が安定し毎日を無事すごせればそれでよい、という気持になったのは当然である。

第二は、たとえわずかであろうと国民の財産私有権が認められ、豊かさの追求が許されること。
これによって国家経済は空前の成長を見た。これで科学教育文化衛生と軍事費、とりわけ党と政府の膨大な経費がまかなえたし、一般国民の生活水準もある程度向上したのである。既存の政治制度は経済の急速な発展によって担保された。

第三は、わずかながらも市民生活の自由が認められること。
数十年来、中国の市民社会は発展しなかったし、庶民は少しでも頭をあげると叩かれた。国民の政治の知識と、(権利意識を持った)公民としての人格の発展は阻止され、中国人の政治的成熟はいまも困難を極めている。だが市場経済が比較的発展した地方では、私的生活の自由はとりあえず形成されたのである。

第四は、政治指導者の任期制度が実施されること。
憲法には国家主席と国務院総理の任期制が規定され、最長2期10年が「憲法上の慣例」になり、任期が終わると党内で平和的に権力の禅譲がおこなわれるようになった。とはいえ、「改革開放」の30年余社会の多元化と政治的容認の程度は明らかに増大した。だが政治体制全体はいまだいかなる進歩も見いだせない。実質は昔ながらの陳腐で残忍な敵味方の闘争と独裁政治理念のままで、それに「天下を争う」醜態が加わっているのだ。

習近平政権によって政治上の基本的原則がないがしろにされた結果、そこに生まれた憂うべき問題として、許先生は次の8項目を挙げている。
第一は財産権侵害についての恐れ。
数十年来ため込んだ財産は多少にかかわらず持ち続けられるのか。今までの生活の仕方は安定を保てるか。財産権は法定どおりの保障が得られるのか。社会の実力者(村党委員会主任などもふくめて)が失脚した時、その関連企業が破産したり、一家離散して肉親を失うようなことはないのか(重慶党書記時代の薄熙来は金持ちを陥れて財産を没収し、一家離散に追込んだ)。

第二は政治主導が突出して経済建設中心の基本政策を放棄すること。
この数年来、イデオロギー上の火薬の臭気がだんだん濃くなって、公権力が権力づくで人々の発言権を圧迫するため、知識界はひとしく恐惶をきたしている。子供が親を摘発し、学生が教授の言動を密告する文革的状況が生れるおそれがある。

第三はふたたび階級闘争をやること。
数年前メディアのイデオロギー主管の官僚が何度も階級闘争を提起し、みんなをパニックに陥らせた。この数年の行政傾向は、スターリン=毛沢東流の階級闘争を疑わせるものだ。反腐敗闘争の展開が進むに従い、新設の国家監察委員会がその権力を無限に拡大したとき、KGB式の取締や残酷な党内闘争がおこる可能性を思わずにはいられない。

第四は、ふたたび鎖国状態におちいり、中国がアメリカをはじめ西側世界と疎遠になり、北朝鮮のような悪政国家とくっつくこと。
中国の経済成長と社会進歩は中国文化の独自発展であり、また現代世界体系が中国に根を生やしたのち成長したものだが、具体的な局面を見ると改革開放は西側世界との関係を改善したのち、グローバル経済の特急列車に乗って実現したものだ。鎖国しては進歩は疑わしい。

第五は対外援助が大きすぎること。
国内には前近代的な状態の地方が多くあり、国民は生活費節約を強いられているというのに、中国はすでに世界最大の援助国となり、毎年数十億数百億元を費やしている。見栄を張って実利、実力をともなわない外交はすべきでない(「一帯一路」政策への批判)。

第六は知識分子を思想改造するために、左傾のイデオロギー政策を実行すること。
むかしから知識分子は労働人民の一部であるといわれてきたが、わずかでも異変があると彼らは枠外に弾き飛ばされ、敵にされてしまう。国家政治の潜在的動向はまず知識人政策に明瞭に表れる(近年の民主人権派人士への弾圧)。

第七、軍備増強競争と戦争の爆発、新冷戦となること。
この10年という短期間に東アジアはすでに軍拡競争に入っている。戦争の可能性はまだ低いが、問題はこれによって中国の正常な発展が中断せざるをえなくなることだ(台湾海峡の緊張、南シナ海紛争などを指している)。

第八の問題は、改革開放が終り強権政治に全面的に回帰すること。
改革は空転し、後退し始めている。これはこの数年のことではなく、習近平政権第一期から続いている。「開放が改革を迫る」ことがなかったら、今日の中国の経済も社会と文化もあり得なかったのに。

さらに許先生は、陝西省梁家河村は40戸だか50戸、110人くらいの村だが、意外にも上海に連絡所と農副産物展示館を建てたことなどをあげ、村人ではなく権力にへつらう官僚らがやったことして、口を極めて罵倒している。梁家村は習近平主席が文革中下放された村である。
また、彼が住んだボロ窑洞は300万元を使って改修されて立派な建物となり、ゆくゆくは記念館になる予定である(矢板明夫著『習近平』文春文庫)。

この論文は、「これでは許先生の身が危ない!」と思わせる内容だ。いやすでに身柄を拘束されているかもしれない。彼自身も論文の末尾で「生死はときの運、興亡は天にゆだねよう」と覚悟のほどを示している。権力者にとってはまことに扱いにくい、伝統的な骨のある中国知識人の面目躍如たるものがある。
しかしうがった見方をすれば、この論文は注意深く中共一党支配の是非をとりあげていないうえに、8月の北戴河会議を控えて発表されたものだ。北戴河会議は毎年開かれる現旧中共最高級幹部合同の人事や政策の検討会である。許先生の背後には守護神すなわち最高級有力者の支持があるか、あるいはそうした人物の示唆によってこの論文が書かれた可能性がある。
そうだとすれば、北戴河会議の次第では、この秋、個人崇拝の停止、独裁体制の修正など何らかの政治的変化が現れるかもしれない。習近平がやり過ぎているのは、中国人の誰でも感じるところだから。(2018・08・08記)

2018.08.14 朝鮮半島非核化と日本の責任、ジャーナリズムの責任
―原水禁大会分科会での講演から

隅井孝雄 (日本ジャーナリスト会議共同代表)

2018年原水爆禁止世界大会 2018年8月5日~6日
8月6日は広島に原爆が投下されて73年目の記念日、慰霊式典が開かれた。その前日の8月5日、広島で非核、反核をテーマにした様々な世界大会分科会が開催された。私も「核兵器のない世界へ、ジャーナリストと草の根運動の役割」という会合で講演、参加者との質疑応答をした。以下はその草稿1。

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講演中の隅井

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工事中の原爆資料館

 ▼朝鮮半島と、東アジア全域の非核化―北朝鮮、核禁条約に共感
 核兵器禁止国際条約、2016年10月、国連第一委員会(軍縮)核武装撤廃条約の多国間交渉を決めるという提案に対し賛成123、反対38、棄権16で採択された。私が注目したのは北朝鮮だ。この直前5月の党大会で金委員長は「世界の非核化を実現するため努力する」と述べている。その言葉通り北朝鮮は多国間交渉に賛成票を投じた。しかし多国間交渉には参加しなかった。なぜか?
そしてその1年後2017年7月正式に核兵器禁止条約は、賛成122で正式に採択された。オランダが反対、シンガポールは棄権した。北朝鮮は他の核保有国と足並みをそろえる形で反対したのだ。
 北朝鮮の反対の理由は保有国とは異なっていたことはあまり注目されなかった。国連総会第一委員会(軍縮、国際安全)の場で北朝鮮の国連駐在代表による次のような発言があった(17年10月6日)。
 「核兵器禁止条約について我が国は共感する。だが米国が条約を拒否する状況下ではこの条約に参加することはできない」
 ▼北朝鮮の真意を探り得なかった失態
 この時期、2017年8月から11月にかけてミサイルを数回発射、また核実験も2018年9月に行った。しかし北朝鮮がこの条約の多国間交渉に賛成投票し、禁止条約に共感を表明したことはその後南北会談、米朝会談で朝鮮半島非核化を表明するに至った前触れであったとみられる。
もし、一連の北朝鮮の発言を真剣に受け止め真意を探り出す調査報道が行われていれば、米朝会談、朝鮮非核化を予見できたかもしれないと思う。
 私は10年前に板門店を北から訪れたことがある。その時私たちを案内してくれた陸軍中尉は「もし戦争になったらアメリカは核を使うかもしれない、われわれはそれに対して備えなければならない。われわれの真意はアメリカとの直接交渉で朝鮮戦争を終結させることだ」。10年後北朝鮮の狙いは、米朝会談によって達成されたかに見える。
 ▼日本は依然蚊帳の外、拉致進展なし
 問題は核兵器禁止条約に反対した日本政府だ。安倍首相は拉致問題で交渉すると言っているが、話し合いの糸口はない。朝鮮半島の非核化には積極的関与を見せず、制裁を強化するという一点張りだ。6月15日平壌放送(国営ラジオ)「日本は解決済みの拉致問題を持ち出し、国際社会が一致している朝鮮半島の平和の気流を阻もうと稚拙な醜態を示している」
▼東アジア全域の平和、非核化目指すべきだが、米の核に依存する日本
 かつて「東アジア共同体」を推進しようとして挫折した鳩山由紀夫元総理は「東アジアの非核化」という方向に進むため、日本はこの機会に、積極的に行動する必要がある。現政権の態度は非常に残念だと語っている(JCJインタビュー、6/25)。
私は今年5月沖縄を訪れ、嘉手納基地にある古い核兵器格納庫を遠くから見た。中の核弾頭は沖縄返還時に撤去されたといわれているが、2009年の日米協議で新たな核兵器貯蔵庫を沖縄に建設する可能性について問われた日本の秋葉剛男公使(現外務事務次官)が賛同したことが最近報道された(赤旗3/5)。当時の首相は現在の副総理麻生太郎氏である。
これは米議会での核兵器諮問機関が行った議事概要の日本側参考人であった秋葉メモの発言だ。巡行ミサイルトマホークの引退のあと代替え核兵器の配備を要請、核近代化に賛同もしている(7/18,26赤旗JCJ賞関連記事、該当記事3/4,3/5)。本来被爆国日本の政府は米核軍縮、非核化を要望すべきだ。
自民党は一貫して非核3原則を無視してきたことを物語る報道だ。
▼無用のイージスアショアに5000億円
米朝会談後、北朝鮮の非核化の費用はどうするかと,と問われたトランプ大統領は、こともなげに「日本と韓国が負担するだろう」と答えた。
報道ステーションの試算(6/13)試算によると査察費1000億円、解体費1000億円以上、解体後の補償2000億円合計4000億円以上といわれている。
トランプの意向を受けてか河野外相が北朝鮮の核廃棄費用を負担する用意があるという発言したことに対し北朝鮮は「やるべきことをやらない無分別なふるまい、笑止千万の醜態だ」と非難している(7/19)。
朝鮮半島の非核化に日本は真剣に向き合い、推進力として行動すべきだ。
 それなのに2680億円(維持、運用費などを含めると5000億円を超える7/30ロイター)をかけて、今や無用の長物となったイージスアショアをアメリカから2基購入する。日本は一刻も早く核兵器禁止条約に加盟し、アメリカに対し、核兵器近代化を取りやめ核軍縮に向かうように働きかけ、日本、沖縄への核再配備も行わないとの確約も取り付けるべきではないか。そのうえで、植民地支配に対する、謝罪賠償、日本も責任をまぬかれない朝鮮戦争の終結、北朝鮮への復興支援(制裁ではなく)の提言を行うべきではないか。
 米朝会談を繰り返し報道されるが、日本がどう関与すべきか、日本が担うべき責任は何かという課題を、メディアが積極的に取り上げ、3000万署名と連動することを望みたい。
2018.08.07 米中貿易戦争とは何なのだ…本当の対立軸はどこに?
2、習近平には悪くないはずだったが
新・管見中国(40)


田畑光永 (ジャーナリスト)

 前回は米トランプ大統領における米中の「貿易戦争」なるものの正体を考えたが、今回は相手方である中国の習近平国家主席にとってのこの「戦争」の意味を検討する。
 この2人の初の出会いは昨年4月の習近平の訪米で、この時は朝鮮問題で習がトランプに蘊蓄を傾けたことが伝えられている。
 両国間で経済問題が浮上するのは、昨年8月、米側が通商法301条で中国による知的財産権侵害や商品輸入の際の技術移転強要について調査を始めたあたりからである。中國側は11月のトランプ訪中の際の首脳会談で約2500億ドルの商談をまとめて、米側の矛先をかわした。
 その後、今年に入ってから、米側は必ずしも中國だけを対象にしたものではないが、太陽電池製品に緊急輸入制限を発動したり、鉄鋼、アルミニウムに追加関税を課したりといった動きに出て、それに対して中国側も対抗措置を講ずるなどで、緊張が高まって今日に至っている。
 政権トップとして、最強国の米を相手に「貿易戦争」を戦うのはできれば避けたいところであろうが、習近平にとって今回の戦いは必ずしも悪いことばかりではない。
というのは、トランプのすることはまさに「アメリカ・ファースト」の一国主義であり、その手段は相手の輸出を押さえつける古典的な保護貿易主義であって、現代の世界の大勢に逆行するものであるからである。
 昨年1月20日の大統領就任式でトランプは次のような言葉を連発した。
―何十年にもわたり、われわれは米国の産業を犠牲にして外国の産業を富ませてきた。
―今日から、新しいビジョンがこの国を支配する。今日から「米国第一主義」を実施する。
―われわれの製品をつくり、企業を盗み、職を奪うという外国の破壊行為から国境を守らなければならない。(自国産業の)保護こそが素晴らしい繁栄と強さにつながる。・・・
(2017年1月21日・『日本経済新聞』より)
このトランプ就任式の3日前の17日、スイス・ダボスで開かれた世界経済フォーラムの演壇に立った習近平は「時代の責任を共に背負い、世界の発展を共に促そう」と題して、国際協調を力説し、翌18日には国連のジュネーブ本部で「人類の運命共同体を共に築こう」と演説した。
この習近平の発言は中国外交にとって大きな意味を持った。と言うのはほかでもない。フィリピンがハーグの国際仲裁裁判所に提訴していた南シナ海のスカボロー礁の領有権をめぐる対立について、前年16年の7月12日、仲裁裁判所は「歴史的に中国に帰属する」という中国の主張を「国連海洋法に反するもので認められない」と退ける判決を下した件をご記憶と思う。
あの時、中國はそれこそ国をあげて仲裁裁判所を批判し、判決を「こんな紙くずには何の価値もない」とまで酷評したものだった。当然のことながら、これで中国の評判はがた落ちとなった。いくら気に入らない判決だからといって、そこまでけんか腰になるのではまともな話はできないと思われるのは当然の成り行きであった。
この後、中國は当の相手のフィリピンには経済援助攻勢をかけて対立の熱を冷ましながら、世界に広まった「法律無視、唯我独尊」という自らのイメージを消さなければならなかった。それが習近平のスイス行きの理由であったろう。
そして、習演説の直後にトランプの「アメリカ・ファースト」演説がおこなわれたから、たちまち「米の一国主義に対抗する中国の国際主義」という図式が生まれた。中国にとっては願ってもない成り行きであったはずだ。
昨年11月のトランプ訪中で中国は先述のように米製品の「爆買い」を約束をしたが、それくらいで米が矛を収めてくれれば、それこそ中国にとっては最高であっただろう。しかし、いざ中間選挙の年が明けたとなるや、トランプは急に顔つきを改めて「赤字を減らすために多額の関税をかける」と真正面から攻め立ててきた。この展開には習近平にとって計算外であったろう。
とはいえ、司法裁の一件のみでなく、お国柄から経済面でも完全に自由な商取引がおこなわれているとは言えないと事あるごとに批判されてきた中國にとっては、ヨーロッパの国々と腕を組んで、「自由貿易を守れ」と米に向かって叫ぶことが出来る状況はある種、新鮮で心地よささえ伴うものではなかったろうか。
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しかし、その後の経過を見ると習近平にいささか誤算があったようだ。対米交渉の責任者に劉鶴副首相をあてたのがそれだ。劉は2003年から中央財経指導グループ事務室副主任、13年からは主任に昇格して経済財政運営の党における責任者として、間近で習近平を支えてきた。言うまでもなく習人脈の有力な1人である。昨秋の党19回大会で政治局員に昇格し、今春の全人代で副首相となった。
2012年から17年までの第1期習近平政権では、対外経済担当の責任者は共産主義青年団出身で李克強首相に近い汪洋副首相であった。その汪は昨秋、党の政治局常務委員に昇格して今春から政治協商会議の主席に転じたが、その後任と目されたのは新しく副首相となった胡春華であった。
胡も共青団出身、汪洋の後任として広東省のトップを引き継いだ人物で、1963年生まれの今年まだ55歳という若手である。そこからポスト習近平の有力な1人と目され、昨秋の党大会で常務委員に昇格すれば、その下馬評は事実に裏づけられるところだったが、昇格はならなかった。おそらく長期政権を目指す習にうとまれたのであろう。そして対米「貿易」戦争の司令官役にも、習は胡春華でなく、劉鶴を起用した。
劉は1994年から95年にかけて米ハーバード大学のケネディ行政管理学院に留学した経験があるから対米交渉に向いていると言えなくもないが、いずれにしろ劉がことをうまく収めれば、内政・外交を問わず、習近平の指導力はいっそう強固なものとなっただろう。
 しかし、ことはそううまくは運ばなかった。6月初めのワシントン会談以降、表向きの交渉は開かれていない。その間に双方が相手からの輸入340億ドル分に25%の追加関税をかける戦闘が始まった。このままでは近く双方がそれに加えて160億ドル分についても同様の追加徴税が行われるだろうし、さらにその後には米側からは中国製品2000億ドル分に、中國側からは米製品600億ドル分(米からの対中輸出は昨年の総額で1300億ドルしかない)への追加徴税という矢がすでに双方の弓につがえられている。
 こうなるとどこまでいけば収まるのか、という心配が双方に兆すはずだが、その強さはどうやら中国側の方が強いようで、米経済の好調さと対照的に、中國の株(上海総合指数)は年初来17%も下がり、人民元も下落の一途をたどっている。
 そこで、勿論、確認はできないのだが、中国国内にはさまざまの噂が流れ始めたようである。
 その1つは引退した長老幹部たちが連名で習近平に意見書を送ったというもの。夏の盛りは中国では現役、長老の幹部たちが河北省の北戴河という海岸の避暑地で休養するのが慣習だが、そこでは「北戴河会議」という言葉があるように、さまざまな意見が交わされる。習近平「一強」体制が何らかの形で長老たちの口の端に上ることは十分考えられる。
 その中身に想像を巡らせても無意味だから、情報に耳を澄ますしかない。同時に、とにかく2か月ほども表面の動きがないということは、米中間の舞台裏の交渉(劉鶴とムニューシン財務長官と言われる)がよほど難航しているのであろう。これから先は、はて?
2018.08.04 米中貿易戦争とは何なのだ・・・本当の対立軸はどこに?
1、トランプのしていること
新・管見中国(39)


田畑光永 (ジャーナリスト)

 「米中貿易戦争」という戦争が始まったか、あるいは始まろうとしているか、らしい。らしい、というのは、この2つの言い方がすでに半年近くも共存しているからである。それはまたこの戦争なるものの正体がはなはだ不明確であることを示してもいる。
 それにしても、GDP世界1位と2位の大国がまがりなりにも「戦争」と名がつくほどに対立しているとなれば、ことは穏やかでない。いったいなにが起きているのか、この騒ぎ、私の目には双方ともに急所を避けながら、目先の小競り合いで日を過ごしているように見える。厄介な問題で手に余る感があるのだが、及ばずながらそれを考えてみたい。
 まず戦争というからには、双方の間にのっぴきならない利害の対立がなければならないはずなのに、さっぱりそういう緊張感が感じられない。中国から米国には1年に5000憶ドルもの輸出が行われているのに、米から中国への輸出は1300憶ドル程度にすぎず、トランプ大統領に言わせれば、「中国にいいようにやられている」ということになるらしいが、米が中国に多額の貿易赤字を抱えるのは、きのうきょうのことではなくて、それこそ前世紀以来の既定事実であって、今さらなにを勢い込んで騒ぎ立てるのか、世界中が首をかしげている。
 両国間では閣僚級の代表団による交渉が3月と5月にワシントンと北京で合せて3回行われたが、外から見ている限りさほど緊張感をもった談判ではなく、中國側が米からの輸入増を申し出て、なんとなくお茶をにごしただけに終わったようで、今後4回目があるのかどうかもはっきりしない。
 そして現実に起こったのは、米側が先に中国からの輸入品500憶ドル分にあたる品目に25%もの超過関税をかけることを決め、中国側も直ちに同額の米からの輸入品に同額の超過関税をかけることを決めて、そのうちの340憶ドル分をともに7月6日から実施したという事実である。今のところ、それが米中両国、あるいは世界の経済に取り立てて悪影響を及ぼしたとは言われていない。
 残りの160憶ドル分については、米側はあらためて実施時期を決める、としており、米が日時を決めて実施すれば、中国も直ちに同じことをするだろう。さらにトランプはその後にも中国からの輸入品2000憶ドル分について関税を追加徴収すると予告しているが、米からの輸入が1500憶ドルしかない中国はそれには「ついていけない」ので、さてどうするのか、まだはっきりしていない。
 要するにこれまでの「戦争」は、まず米側が陣立てもものものしく鬨の声を上げたのに対して、中国側も負けじと雄たけびを返し、双方の前衛部隊が小競り合いを始めたというところである。
 しかし、米側では総大将がさらなる軍勢を戦いに投入しようとしている(2000憶ドル分への超過関税)のに対して、味方(米産業界)から「やめたほうがいい」という声が強くなってきているので、この先の戦局の行方はさっぱり見当がつかない。
*********
 さてここまでの経過をたどってみると、奇妙なことに気づく。
 トランプが対中貿易赤字を持ち出したときに、なぜ「米中貿易戦争」などという誇大な言葉が登場したのか、である。すでに書いたように米にとって対中赤字は前世紀以来の規定事実である。米国内(に限らずヨーロッパでも)で中国製品が市場にあふれて、地元の産業界と摩擦をおこすようになったのは、中国が1989年の天安門事件を経て、鄧小平の号令の下、「改革・解放政策」のとりわけ「解放」が本格化し、中国が「世界の工場」となった1990年代以降である。
 その頃、訪米した朱鎔基首相(当時)は「中国製品が街に溢れているといわれるが、アメリカで100ドルの定価がついているナイキのスポーツシューズ1足について、中国の労働者が手にするのは2ドルである。あとの98ドルは中国の工場のアメリカ人老板(社長)に始まって、米国内の流通業者、小売店にいたるまでのアメリカ人の懐に入るのだ」と反論したといわれる。
 これは当時、伝説のように伝えられた話で、そのまま真実であるかどうかは定かではないが、事の本筋はその通りであろう。そしてそれは現在に至っても変わっていない。中国から米へ輸出される製品のかなりの部分は米企業の中国工場の製品であったり、米企業の委託を受けて中国企業が製造したものであったりする。われわれが手にする日本ブランドの製品にも「メイド・イン・チャイナ」と書かれているものは珍しくないが、それは国産品ではなく、中国からの輸入品である。
 国別の細かい統計があるのかどうか寡聞にして知らないのだが、中国の輸出全体のうち30%以上はそうしたいわば最終的に中国から積み出されても本籍は中国ではない商品である。これは中国に限ったことではない。現在では輸出入といっても農産物を除けば、単純に100%ある国の生産要素だけで出来た商品が国境を越えて行き交うわけではなく、様々な国籍の生産要素が組み合わさったものが世界を経めぐっているわけである。
 したがって、トランプ政権が中国からの輸入品に超過関税をかければ、かなりの部分、痛手を受けるのは米企業であり、関税による値上がり分を負担するのは米国の消費者である、ということが大いにありうる。トランプ大統領が一昨年の大統領選で国内のさびれたラストベルト地帯の労働者の票を狙って当選したのは選挙戦術としては巧妙だったが、ラストベルトに仕事を取り戻すために中国製品に関税をかけるのは時代錯誤の見当違いである。大統領の関税戦術に米産業界が賛成するどころか、反対の声がますます強まるのは自然な成り行きである。
 それなのに、なぜ「米中貿易戦争」などという大げさな言葉が使われるのか、という問題にかえる。
 今、米国内には中国に対するある種の恐怖症が蔓延しているのではないだろうか。それは中国のGDPが米の3分2ほどに迫ってきたということもさることながら、米の民主主義が中國を変えられなかった、という敗北感でもあるのではないだろうか。
 かつての旧ソ連との東西対立はそれぞれの体制の維持をかけたきびしいものであったが、1980年代にソ連は完全に米に屈した。他方、中國は毛沢東の継続革命路線にみずから決別して改革・開放の道に歩み入ったのだから、経済が豊かになれば、旧ソ連以上にスムーズに民主化が進むはずと米社会が考えたとしても不思議はない。
 ところが、現実の中国は2010年にGDPの総額で日本を抜いて、世界第2位の経済大国になったにもかかわらず、社会の民主化が一向に進まないどころか、習近平の時代になってからというもの、政権の独裁化、強権化はひどくなるばかりである。
 しかも、開発途上にある国々が往々にして「開発独裁」と呼ばれる強権体制を経験することはよく見られたことであるが、これまではそれは過渡的現象であったはずであるのに、中國はみずからの体制を米式民主主義とは異なる発展モデルとして対抗する姿勢を見せるに至った。米社会はこれを自らに対する挑戦と受け取ったであろう。
 トランプが秋の中間選挙を控えて,大向こうの拍手を取るために、選挙公約実行の続きとして、対中貿易赤字削減を言い出したことが、すわ貿易「戦争」と誇大に騒がれた理由はそこにあるのではなかろうか。
 トランプの「戦争」に緊張感がとぼしいのは、それが米中間の本当の対立軸からずれているからである。しかし、逆説的に言えば、彼の手当たり次第の「いちゃもん外交」の1つを「戦争」と受け取るような素地が米中間にあることがこれで明らかになった。そのことをこれから追及してみたい。
2018.08.03 イスラエル兵に素手で抵抗したパレスチナ人少女タミミさん、8か月の投獄から解放
―大切な歴史的、宗教的な場所での抵抗だった

坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

3月30日の本欄「16歳のパレスチナ少女に実刑投獄8か月」で紹介した、イスラエル占領下ヨルダン川西岸ナビ・サレハ村のアヘド・タミミさん(現在は17歳)が、7月29日、イスラエルの軍監獄から解放され、自宅に帰った。自宅では、彼女を励まし続けた母親はじめ家族と、彼女の解放を要求してデモを繰り返してきた西岸の住民たちが熱烈に歓迎した。

ナビ・サレハ村は、パレスチナ自治区の“首都”ラマラの北西約20キロの村。人口は約600人。94年にパレスチナ解放機構(PLO)とイスラエル政府が調印した先行自治協定では、行政は自治政府、治安はイスラエルが担当するB地区で、イスラエルが全権支配するC地区を順次B地区に移行させることになっていた。しかしその後、逆にイスラエルはCだけでなく、B地区でも入植地を拡大し、軍がパレスチナ住民の抵抗を排除し、そのたびに、多数の住民が死傷するようになった。

ナビ・サレハ村でも、イスラエル軍の守護の下に、村の未耕作地や休耕地をイスラエル人が占拠して入植地を拡大し始めた。これに対して、村民が毎週、素手の抗議デモを実行、軍との衝突も発生した。その先頭にいつも立っていたのがアヘド・タミミさんだった。タミミさんはパレスチナ人の間で「パレスチナのジャンヌダルク」と呼ばれるようになった。タミミさんにはしばしば母親が付き添い、イスラエル兵との接触があるときは、しっかりスマホで撮影し、直ちにフェースブックに投稿した。それは、抗議行動を世界に知らせるとともに、イスラエル軍が暴力を受けたとする弾圧の口実をあたえないためだった。

昨年12月15日、完全武装の兵士二人が自宅近くの道路や畑そして自宅の敷地まで入り込んで踏み荒らしたため、タミミさんが両手で押し返そうとして接触、兵士たちは彼女を抑え込んで、拘束した。その模様を母親が撮影し、直ちにフェースブックに投稿した。軍当局は、兵士の行動を妨げた、投石した、住民を扇動したなど計12件の罪状で軍事法廷で裁いたが、弁護側との司法取引で、うち4件だけ有罪となり投獄8ケ月となった。タミミさんの無罪解放を求める署名が世界中で175万人も集まり、イスラエル政府に突き付けられたことも、タミミさんの量刑短縮に力となったに違いない。
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6月に完成したばかりの、分離壁に描かれたタミミさんの肖像(英公共放送BBCの報道写真)
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自宅敷地に侵入したイスラエル兵を押し返そうとするタミミさん。昨年12月25日、母親が撮影、SNSで全世界に伝えた。(英公共放送BBCの報道写真)

▼歴史的、宗教的に重要なナビ・サレハ村での出来事

タミミさんの戦いが、署名数でも示されたように国際的に注目されたのは、ナビ・サレハ村が「乳と蜜の流れるパレスチナ」(旧約聖書)を象徴するような、歴史的にも、宗教的にも特別な場所だったこともある。わたしは、6月下旬にパレスチナに行くまで、なぜ「ナビ・サレハ村なのか」に全く気付かなかった。インターネットでNabi SalihをWikipediaで調べると、だれもが驚くだろう。この村が、確かに歴史上記録されるのは、1517年オスマン・トルコ領への併合。しかし村内にはビザンチン帝国(395-1453年)時代の遺跡、建造物の遺物が豊富に散在している。

イスラム教では、サレハ(サリハ)は、教祖ムハンマドが、布教と様々な問題の解決のために各地で人々を指導した28人の預言者の一人として挙げている。預言者サレハ(サリハ)は、北アラビアの豊かなこの地で、豊かさゆえに、住民のサムード族がアラーの恵みを忘れてしまうことを厳しく戒めたことを、イスラム文献では繰り返し書いている。

歴史豊かなサレハ村の住民としての誇りが、タミミさんのひるむことない抵抗を支えているに違いない、とパレスチナで思った。 今回パレスチナに行って最も知りたかったことは、イスラエルが占領地で入植地と分離壁の建設を進め、パレスチナ人が自由に支配する土地がますます狭くなり、分断されているなかで、パレスチナ人住民は民族としての誇りを失っていないか、子供たちをしっかり教育しているか、希望を失っていないか、ということだった。そして、大丈夫、イスラエルが占領支配を強化しても、パレスチナ住民は、民族の誇りを失うことも、占領支配への抵抗をやめることも、子供たちへのしっかりした教育をやめることもない、とおもった。それは、根拠のない、空想的な希望的観測ではない。様々な住民たち、 さまざまな援助、支援に携わる日本からの方たちからも話を聞いたうえでの、感想だった。タミミさんの行動を、なぜBBCが大きく全世界に報道し、タミミさんの解放をイスラエル当局に要求する書名が短期間に175万人も集まったか、いまはよく分かった。  (了)
2018.08.01 右派ジャーナリストの中国論を読む
――八ヶ岳山麓から(263)――

阿部治平 (もと高校教師)

このたび、石平・矢板明夫『私たちは中国が世界で一番幸せな国だと思っていた――わが青春の中国現代史』(ビジネス社)を読んだ。著者の石平氏は代表的な右派ジャーナリズム産経新聞の定期寄稿者であるし、矢板氏は産経新聞外報部次長だから、本書は右派ジャーナリストの中国論だといってもおかしくはない。

石平氏は、1962年中国四川省成都の生れ。北京大学哲学科卒業後1988年に来日し、神戸大学博士課程を修了した。2002年から文筆活動に入り、07年には祖国を捨て日本国籍を取得した。みずから靖国神社に参拝したという「筋金入り」である。彼の論評を中国側からみたら、何につけても「反中国」とレッテルを貼りたくなるだろう。
矢板明夫氏は、1972年中国残留孤児2世として天津市に生れ、15歳で日本に引き上げた。97年慶応大学文学部卒業し、松下政経塾をへて中国社会科学院に留学。その後産経新聞記者となり、2007年から2016年まで同社中国特派員として勤務した。

本書は両者の対談で構成されている。前半は文化大革命・民主化運動・天安門事件・中国ナショナリズムについて、後半は昨今の習近平政治について語っている。したがって本書表題は、前半部分しか示していない。
文化大革命とか天安門事件とかいわれてもピンとこない若い方々は、本書前半でその大略をつかむことができる。著者二人の体験が披露されていて、これはこれで興味深い。だが毛沢東による文革発動の動機や、中国大衆がこれに熱狂した理由については深い言及はない。
両氏は直接間接に文革を体験しており、感受性の強い思春期・青年期まで中国社会で生活してきた。今後この分野についての考察・分析を期待したい。文革はまさに現在の習近平政治に通じているからである。

本書後半では、中国経済の停滞と習近平独裁の分析が主となる。
矢板氏は、中国では最大の課題が経済成長だという。1992年以来、経済成長が民衆の不満を吸収してきたからである。ところが経済成長が鈍った今日、これを打破する次の「柱」が見えない。そのために「一帯一路」などを提唱したが、効果を上げているわけではないという。そして米中貿易摩擦によって、成長の主たる要因であった外資の投入・海外輸出が壊滅的打撃を受ける危険があると指摘する。
また中国の産業構造について、カネになる不動産・エネルギー・鉄鋼などは必ず太子党や解放軍などが既得権益者として牛耳っている。この種の分野では、利権構造のために民間資本はほとんど利益が出ない。だが彼らがタッチしない分野、ITや電子マネーなどについてはかなりの競争力を持っていると語っている。

私の知るかぎりでは、留学帰りのシカゴ派学者らは、経済の停滞を打破するためには、すべての分野の完全な市場化が必要であると訴えてきた。だが、一向に利権構造は解体しない。それはあたりまえともいえる。権力者がいったん握った権益を手放さざるを得ないとしたら、それは反権力クーデターである。
こうした状況は中国経済構造の大きな問題点だが、一方中国は軍事を含めて巨大な技術革新をなしとげた。知的財産権の侵害があろうがなかろうが、中国における研究開発は技術革新を動かし、技術革新が経済成長をうながしその国力を高めた。いまや中国の基礎研究開発費は日本の数倍、アメリカに迫る勢いだ。今後中国発のIT技術やAI研究開発は日本はもちろんアメリカにとっても脅威となるだろう。
ところでアメリカはこれを知っている。知っているからトランプ米大統領はEU・日本と並んで、中国に貿易戦争を仕掛けた。表面は貿易赤字の問題だが、これには習近平政権の産業高度化をめざす産業政策「中国製造2025」への対抗措置の一面がある。本書にこの方面への言及がないのは残念だ。こき下ろすだけでは正しい分析とはいえない。

矢板氏は、習近平はたまたま派閥のバランスによって党総書記になることができた。そして袁世凱が作為的に民意を捏造して皇帝になり、83日で挫折した例を引いて、習近平も同様に「人民の領袖」などと称賛されるのは、しょせん強権政治のもとでつくられた民意でしかないという。
石平氏は、独裁体制形成の背景には中国経済の衰退があるとする。中共支配下では、権力の安定と維持には経済成長が不可欠であるのに、習近平が権力の座に就いたとき、中国経済はすでに停滞しはじめていた。そこで彼は毛沢東の恐怖政治をモデルとし、王岐山をつかった腐敗摘発運動をおこして彼にまつろわぬ連中の心胆を寒からしめ、最高権力を手にしたという。
本書に従うと、習近平主席第2期目の人事は、独裁者の例にたがわず側近で固められた。李克強首相はほぼ実権を削がれ、経済政策は副首相の劉鶴が主宰する。人民銀行新総裁はあまり存在感がない易綱、政治局常務委員会序列3位の栗戦書と国務院秘書長の楊振武の二人は習近平が河北省正定県書記時代の飲み友達だった。序列6位の趙楽際は習近平の父親習仲勲の墓として巨大な陵墓をつくった人物で、農民工を荒っぽい手段で北京から追出した北京市トップの蔡奇は習近平が淅江・福建党書記だった当時の部下である。これだと頼りになるのは、このほど中共中央政治局常務委員をはずれ国家副主席になった王岐山ひとり程度ということになりかねない。
インターネットにもれてくるところだけでも、官僚や知識人の間には個人独裁体制に対する反感は存在する。だが彼らは発言できない。発言しても世論にはならない。<インターネットを含めた世論操作、高級幹部・民衆に対する鉄壁の監視体制について、石平・矢板両氏は興味ある内容を語っているが省略>

終りに、書評からずれるが、矢板氏は東北アジア情勢を語るなかで、トランプ政権は非常に内向き場当たり的で、確信があって国際政治をやっているとは思えないとし、「彼を到底信用できない、だから……」とつぎのように発言している。
「日本はこれまで日米安保を何よりも優先してきたのに、結局、アメリカは事前に相談さえしなかった。しかし逆にいえば、日本にとっては、本当に独立するひとつのチャンスではないかというのが私の意見です。
これからはアメリカに期待せず、日本は自分で憲法改正を本当に考えなければならない。もし米朝協議で北朝鮮が実質核保有国になった場合も想定して、日本も国内で核武装の是非まで含めた議論を本格的にやらなければなりません。
習近平もトランプも金正恩も信用できない相手ばかりなのですから」

トランプと限らずアメリカは、日本を無視して東アジア外交を展開することがあったが、対米従属のしがらみから脱却できない日本の官僚機構とそれに依拠する自民党政権は民族の独立も誇りも捨てて、事後説明をいただくのみという屈辱に甘んじてきた。また右派ジャーナリズムとかぎらずメディアの主流は、ジャーナリズム本来の仕事をゆがめて、支配者のたいこもちという醜態を演じている。
いま産経新聞の外信部次長という地位にある人物がようやく日米関係に疑問を呈し、日米安保体制からの離脱を検討するよう主張したのである。これは議論の方向によっては日本の核武装にもつながる危険を含んだ提案だが、対米従属状態を前提とした安倍加憲案に再検討を迫るものでもある。
一方、安倍加憲案に反対する勢力、とくに反自民の政党間においては、これまで日米安保体制や現行憲法のもとでの自衛隊のあり方、自衛反撃戦とそれが生む問題、中朝両国との共存の方法などについて深刻な討論をしてこなかった。
矢板氏の言説は、支配階級に対して覚醒をもとめたものだが、同時にわれわれに対しても「議論を深めよ、ぐずぐずするな」と警告したものでもある。

2018.07.31 KTX女性乗務員解雇事件 12年ぶりの完全勝利!!
         韓国通信NO566
小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)
 韓国高速鉄道KTX( Korea Train Express 2004年開業) の解雇事件についてはこれまで何回か取り上げてきた。JR東日本労組が東京と盛岡で開いた支援集会に参加(2007年3月)。韓国公共労組の趙貴済さんを交え、組合員と交流し、以下のメッセージを届けたこともある。

<메시지>  

KTX 노동조합원 여러분 안녕하십니까. 

저희들은 일본에서 여러분께서 하시는 운동을 관심 있게 지켜보고 있는 일본사람입니다.

2년을 넘는 괴롭고 진지한 투쟁에 대해 진심으로 경의를 표하고 동시에 연대의 인사를 드리겠습니다.

외국인으로서 직접 도움이 되는 것이 적지만 KTX 본봐서 한국같이 일본사회가 안고 있는 비정규직문제 개선을 위해 우리도 한층 노력해야 한다고 믿습니다.

 빈자의 일등이라는 말이 일본에서도 있습니다. 이번 성금은 바로 것입니다.    KTX운동이 일본사람에게 얼마나 격려하는지를  감사합니다.

 건강에 조심하고 전진하시기 바랍니다.

<メッセージ>

KTX労働組合のみなさん、こんにちは!

 私たちは皆さんがなさっている運動に関心をもって見守っている日本人です。

2年を越える苦しく、真摯な闘争に対し敬意と連帯の挨拶を申し上げます。

外国人として直接お役に立てることは少ないのですが、あなた方の運動を見習って,韓国と同じように日本社会が抱えている非正規職問題の改善のために私たちも努力することが大切と考えています。

 「貧者の一灯」という言葉が日本にもあります。今回のカンパは貧者の一灯ですが、あなた方の運動がどれほど日本人に励ましになっているか、感謝を込めてお贈りした次第です。

 健康に留意され前進されることを期待します。

 

 KTX闘争を支持し連帯する日本市民有志

2008/03/30

           KTX 투쟁을 지지하고 연대하는 일본 시민 유지자

秋葉 泰子/鵜川まき/入山清/小原紘(pico-h@grand.nir.jp)


忘れた頃に素晴らしいニュースが飛び込んできた。          


 韓国のメデイアが7月21日、解雇撤回をいっせいに報じた。KTXの開業に合わせて採用された彼女たちを待ち受けていたのは約束された正規職員でなく業務委託された外郭団体の非正規職員だった。正規職を求めたが、250名全員が2006年5月に解雇され、韓国社会に衝撃を与えた事件だ。
 彼女たちは鉄道労組に加入して「断食」「断髪」「座り込み」など、壮絶な解雇撤回闘争を繰り広げた。韓国、日本でも非正規雇用者が急増するなかで社会問題としても注目を集めた。  
KTX女性乗務員解雇事件写真1
 2010年ソウル地裁、続いてソウル高裁で解雇無効の勝利判決。しかし2015年最高裁の逆転判決で敗訴し、その間支払われた賃金の返還が求められ全員が窮地に陥った。
 組合員たちは子育てそしてアルバイトをしながら闘争を続けた。180人いた組合員は34名まで減少、うち1名は最近、子供を残し自殺したため33名となった。
 ここまで頑張れた理由をある組合員は「嘘は絶対に許せなかった」と語り、また別の組合員は「親や夫、子供の応援があった」と答えた。
KTX女性乗務員解雇事件写真2 
 彼女たちに加えられた「アカ」※というレッテルにも負けず闘い抜いた底力には心底、敬服する他はない。セウォル号事件の闘いの広がりに励まされ、ローソクデモの中で彼女たちは勝利を確信した。
 今回の労使交渉で彼女たちが強く求めてきた「直接、正規雇用」が実現した。しかし復職該当者180名のうち復職を希望しない者、さらに復職時の待遇に不満があるため課題を残したものの、社会的にも正規職化の流れに大きく貢献したことは特筆に値する。企業の勝手を許さない青春をかけた彼女たちは12年たった現在そろって30代である。事情があって組合を去った仲間たちが34名の組合員を支えたのも感動的だ。おめでとう、そしてありがとう。

※발갱이 (パルゲンイ) アカ/共産主義    韓国社会では反政府的言動をする人、市民運動家、労働組合員に対してこの言葉が使われることがある。南と北に分断されているため北のスパイという意味にも使われる。セウォル号の遺家族にも「アカ」という言葉が投げかけられた。