2017.02.23  ある越境逮捕事件をめぐって
   ――八ヶ岳山麓から(212)――

阿部治平(もと高校教師)


旧暦大晦日、1月27日の深夜、私服の中国公安(警察)と国家安全部(諜報機関)の数十名が香港の高級ホテル四季酒店に押し入り、滞在中の「明天系」持株会社CEOの蕭建華を拘束し、複数のガードマンとともに中国へ連れ去った。蕭はカナダ国籍を持ち香港永住権もあったが、そんなことはおかまいなし。蕭は連行されるとき抵抗しなかったという(各紙2017・01・31)。
中国情報治安当局が越境して香港住民を逮捕したのは、昨年の銅鑼湾書店事件以来2度目である。香港の「一国二制度」は名ばかりになろうとしているが、香港人は今回の強制連行事件に抗議していない。それは蕭が中国・香港の政財界で暗躍する人物として知られていて、出版言論の自由とか人権などには関係がないと見たからであろう。

蕭建華は1971年生れの45歳。400億元(6600億円相当)の資産を持ち、香港・中国の金融界では「なぞの大鰐」「株式市場の梟雄」といわれ、「明天系」と呼ばれる一連の投資・金融企業の統括者である。
北京大学法律系卒。1989年の学生市民の民主化運動当時は、官製の学生会議長だった。彼ははじめ学生代表として大学当局と対峙したが、のちに解放軍の北京進攻直前には大学当局とともに学生運動を抑え込もうとしたという。
これを評価されたためか、90年の卒業とともに北京大学党委員会学生工作部主任(学生課長)となり、93年大学当局の援助を得てコンピューター販売を始め、その後投資会社「北大明天資源科技有限公司」を設立してビジネス界に入った。これがのちの「明天系」と呼ばれる企業集団の始まりで、わずか数年後には上場企業9つを擁するまでになった。

蕭建華が若くして金融界の大物になれたのは、すぐれた商才があったというよりは、政官界有力者、さらにその家族と特別な関係を結んだからである。彼がとくに近しかったのは、中共政治局常務委員だった曽慶紅の息子曾偉である。曾偉は中国香港の金融界では黒幕として知られた人物である。その父曽慶紅は元国家主席江沢民ひきいる上海閥の大番頭である。上海閥だけを蕭の人脈と見ることはできないが、彼が曽慶紅らと密接な関係にあることは間違いない。
中国の金融ブローカーは一般に社会の表に出ることは少なく、こっそり政官界高官と結び、権力の庇護をうけながら、「銭袋」として株式市場の操作や企業買収、マネーロンダリングなどの裏の仕事をする。たとえば失脚した鉄道部部長劉志軍には石炭商丁書苗が、重慶の支配者薄熙来には大連実徳理事長徐明が、江沢民に近く中国の石油業界を牛耳った周永康には四川商人呉兵が、胡錦濤の懐刀令計画には北大方正集団の李友がついていたように。

「明天系」集団が世間に知られるようになったのは、2006年の「魯能買収事件」からである。大型国有企業「魯能集団」は山東省の資産規模738億元(約1兆2000億円)の、エネルギーを中心とした大総合企業だったが、彼はこれを資産の20分の1の37.3億元で買取ったといわれた。
この取引は極秘裏に行われたはずだったが、なにかの原因で外に漏れた。世間はこれを問題にしたが、彼は一切を語らず、2014年6月に香港の四季酒店に居を移し、奇妙なことに女性ガードマン多数に囲まれるという生活を始めた。
「魯能」買収ののち、蕭は大型の国有企業「中国平安保険」の民営化に手を出した。2012年、この大保険会社の株式買収を2社が争ったとき、彼はその一方の正大集団の背後にいた。
2016年1月香港の映画会社数字王国(Digital Domain)が別な映画企業の「PO朝霆」の株式の85%を買収した時には、その黒幕に車峰という特別な身分の人物がいた。車峰は、さきの天津市市長・中国人民銀行頭取、現在全国社会保障基金会理事長の戴相龍の娘婿で、金融界の有力人物である。この車峰が「銭袋」として使ったのが、高名な政財界ブローカー郭文貴と、もう一人が蕭建華であった。

そこで蕭建華の逮捕は何を意味するか。一般の見方は、これを突破口に紀律検査委員会主任王岐山が腐敗の根源である上海閥を直撃するというものだ。元国家主席江沢民はともかく、曽慶紅逮捕までは行くかもしれない。いや、それを期待する人は多い。
ところが、蕭建華事件は派閥闘争とは直接関係なく、取締機関の現場が王岐山などの指令をまたず勝手にやったものだという見方がある。そうだとすれば取締機関が独自に行動しはじめ、上の統制が効かなくなったことを意味する。王岐山はコケにされたのである。
それどころではなく、さらに蕭建華の「明天系」企業をつぶして、その財産を没収し、誰か国家安全部系統の有力者がふところに入れるためだという人がいる。いくらなんでも21世紀の今日、公的機関がむかしの匪賊のように金持を襲撃して財産をものすることなど思いもよらないことである。だがありえないことではない。それは取り締まる側の腐敗である。

国家安全部次官の馬建は長年治安情報系統を握ってきたが、昨年1月、中国でいう「重大な紀律違反」すなわち汚職を理由に逮捕された。国家安全部は外国情報の収集と、国内の反体制派の監視をおこなう機関とされているが、主な仕事は国内にあって、その権限は超法規的ともいえるものである。
馬建は金融ブローカー郭文貴と密接な関係を結び、郭は国家安全部の強大な権限を背景に数々の黒い経済活動を展開した。北京市副市長だった劉志華(2006年失脚)も交えて、北京モルガン投資公司を通じて巨額の利益を得たこともある。また馬は腐敗を理由に失脚した令計画との密接な関係も取りざたされている。馬建逮捕と同時に、郭文貴はアメリカに逃亡した。いまアメリカから中共上層のスキャンダルに関する、思わせぶりの情報を発信している。
馬建だけでなく、取締機関の汚職腐敗は深刻なものになっている。習近平指導部が発足した2012年秋以降、党の紀律検査機関や行政監察部門の職員のうち、汚職などを理由に処分を受けたものは約7900人に上る。
このため、昨年の中央紀律検査委員会では、習近平自らが「反腐敗闘争の一層の深化」「聖域なき反腐敗の堅持」を強調しなければならなかった。しかも汚職摘発にあたる検査機関を監督し、腐敗を防ぐための「監督規則(試行)」が採択された。あまりに多く刑事がどろぼうに変るので、検査機関の検査が必要になったのである。

この秋の中共第19回大会は習近平政権5年間の総括であり、次期中央委員会政治局、さらには常務委員会メンバーを決定する重大な会議である。ここで習近平派が多数を制すれば、あとの5年ほしいままの治政ができ、習近平の地位も権力も望み通りの高みに登ることができる。このためにはライバルとの闘争は避けようにも避けられない。
2016年に不正を摘発され処分を受けた党員は41万5000人である。省トップや閣僚などの「省部級官僚」では76人に上り、2012年の習指導部発足後最多となった。一般官僚はともかく政府高官の汚職が多いのは、見方によっては好都合である。腐敗を口実に対抗派閥の有力メンバーを失脚させることができるからである。
蕭建華逮捕の当局の狙いについては、この戦略にのっとった上海閥殲滅作戦の前哨戦なのか、匪賊略奪の現代版なのか、いまのところ憶測の域を出ない。

以上示すところは、権勢ある政府高官が特定業者とむすんで暴利をむさぼればこうなるという見本である。「中国の特徴ある社会主義」すなわち「権貴資本主義」の否定しがたい姿である。


2017.02.23 ■「短信」■       

フランス核実験 被害者はいま―汚された太平洋の楽園―
3・1ビキニ記念のつどい

 今年の「3・1ビキニ記念のつどい」は、南太平洋の楽園で行なわれたフランス核実験について取り上げます。核保有数第3位のフランスは、南半球の仏領ポリネシアの2つの環礁で200回余の核実験を行いながら、被害や環境汚染を否定し、反対運動や被害者の声を無視してきました。しかし、近年、被ばく者たちが声を上げ、変化の兆しがあります。仏核実験の実相と今を学びます。

日時:2017年2月25日(土)午後2時—4時30分
会場:BumB東京スポーツ文化館 研修室B
(夢の島公園内、新木場駅徒歩12分。第五福竜丸展示館より徒歩5分)
報告:真下俊樹(フランス核政策研究者、埼玉大学講師)
   豊崎博光(フォト・ジャーナリスト、第五福竜丸展示館専門委員)
資料代:500円
主催:公益財団法人第五福竜丸平和協会
〒136-0081 東京都江東区夢の島2-1-1 TEL 03-3521-8494           (岩)
2017.02.21  トランプに困惑する世界 ―― 一寸先は闇 
 
伊藤三郎 (ジャーナリスト)
 

 地球全体を舞台とした「トランプ劇場」はまだ幕が開いたばかり。先行きを展望したり、その歴史的位置づけなどとてもできる段階ではない。が、21世紀のアメリカに忽然と現れた風車のような怪物、ドナルド・トランプ大統領に、ドン・キホーテよろしく貧相な槍で切り付けて見ようか。
 私がトランプ氏の登場に戦慄を覚えたのは昨年(2016年)の夏、英国民が「欧州連合(EU)離脱」を選んで世界を驚かせたあの歴史的「国民投票」直前のことだった。その時初めてトランプ氏に遭遇、と言っても、英国の有力経済紙「フィナンシャル・タイムズ」(2016/6/6付)の紙面上での話だが、米国の著名な経済学者、ローレンス・サマーズ元財務長官が「英国民投票(6/23)と米大統領選挙(11/8)という今年2つのリスク(危険因子)」を展望した一文の中でトランプ氏をこう紹介しのだ ― 「私の人生において、有力政党がこれほど世界経済にとって危険な人物を大統領候補に据えた選挙を経験したことがない。市場は幸い、トランプ大統領の可能性は低いと見ている。皆さん、この市場の判断が正しいことを祈りましょう」
 この激越なトランプ氏拒絶の言葉に衝撃を受けた私は、古巣・朝日新聞その他の元政治記者らが発行しているブログ新聞に一文を寄せた(「メディアウオッチ100」2016/6/27 号『「英国EU離脱の衝撃 ― 次の焦点は米大統領選挙』)。

 この段階で「ひょっとしてトランプ米大統領の誕生も」と、サマーズ氏と憂慮を共にした私は、その理由として、大西洋を挟む英米両国の政治・文化には気味悪いほどの「共鳴」のジンクスがあることを紹介。自らがロンドン特派員をしていた1979年にマーガレット・サッチャーさんが英国史上初の女性首相となったその翌年、米国ではレーガン大統領の共和党政権が生まれ、時ならぬ「新保守主義」の風に“風見鶏”の異名を持ったわが国の中曽根康弘首相がすかさずワシントンを詣で、レーガン新大統領にもみ手をしてその尻馬に・・・などと綴った駄文のその落ちに ― 「洋の東西を問わず政治の世界は“一寸先は闇”。英国を震源地とする巨大地震が5か月先の米大統領選にどんな余震をもたらすのか、目が離せない」。

 果たしてその米大統領選挙は、サマーズ氏が恐れた通り、トランプ氏に勝利をもたらした。前記ブログ紙に送った私の続報(同2016/11/9 号『劇薬的新大統領への祈り』)のリードと結びを再録すると―
『「投票による革命」が起こった。世界がかたずをのんで見詰めた米大統領選は8日、政治経験のない実業家ドナルド・トランプ氏(70)の勝利という衝撃の結果をもたらした。トランプ氏が吠えまくった「既成の政治権力」「一握りの特権階級」への失望と怒りが、共和党、民主党という二大政党の枠を超え、全米50州の境界線も越えて支持を得た。その言わば合法的な民衆蜂起が建国250年来例のない異端の不動産王を新大統領に選んだのだ。』
  『トランプ新大統領を生んだとてつもないエネルギーの源は何だったのか。それは、目にはさやかに見えなかったが、虐げられた人々の痛みを抑え、怒りを鎮める「劇薬的」大統領候補への地球市民の祈りだった、と思いたい』

 しかし、いよいよトランプ新政権が仕事に就いたいま、「革命」の後遺症としての米国市民の亀裂は予期した以上に深刻のようで、「祈り」というきれいごとを超えた危険水域に迫っているかに見える。トランプ氏の大統領就任式(1月20日)を境に激化した左右市民運動の激突ぶりを「ニューヨークタイムズ」紙が1面トップ(プラス14面1ペイジ)という力のこもった編集で詳報(2017/02/03付)を。そこでクローズアップされた「アナーキスト(無政府主義者)」という懐かしい言葉と、その時ならぬ勃興ぶりの一端をお伝えすると ―
 『極右勢力を決してのさばらせない、必要なら暴力に訴えてでも ― アナーキストたちの誓い』 ― こんな激越な見出しがついたこの記事。大統領就任式の日、ホワイトハウスからほど近い首都ワシントンの一角で起こった「トランプ支持」と「抗議」のデモ隊の激突の中、「白人極右指導者リチャード・スペンサーをぶっ飛ばした(トランプ反対派の)一発のパンチ」のビデオ映像が全米に流され、極右、極左の亀裂を深めるきっかけになった、と書き出し、「1・20」以降の「反ファシスト党」と名乗る左翼運動家やアナーキストたちの興奮・高揚の声を生々しく記録する。
 アナーキストたちの「暴力も辞さず」宣言がたちまちカリフォルニア州の2都市で現実に。大統領就任式の20日、シアトルのワシントン大学で催された右翼指導者の演説会を止めようとした反ファシスト党の覆面運動員が銃撃されて負傷。その2週間後バークレイのカリフォルニア州立大で、反ファシスト党員と見られる覆面男が同大学校舎に火を放ち、けが人が複数出たことで、大学当局は右翼指導者の演説会を中止。左翼による「血のシアトル事件」の報復と見られている。
 こうした暴力沙汰には当然市民からの批判があるが、アナーキストのリーダーの一人は「暴力も辞さず、とは言っても、右翼のやりたい放題を抑えるため最低限に」と言い訳し つつ、「トランプ大統領就任以来われわれアナーキスト集団のツイッターには登録者が急増。運動は全国に広がり、日を追って強くなっている」と胸を張る。

 こうしたアナーキストたちの動きを支持・支援するロンドン大学のデイビッド・グレイバー教授(文化人類学)は「われわれは絶大な文化的、政治的衝撃を与えた」と反トランプ運動の盛り上がりにエールを送る。グレイバー教授は「我々こそ(地球上全人口の)99%の貧困層」「貧困層の債務を帳消しに」と叫び、世界中の「(所得)格差是正運動」を声援。チュニジアの「ジャスミン革命」を皮切りにイスラム教国に連鎖した革命運動「アラブの春」(2010 ―12年)やニューヨーク金融街を震撼させた「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street=OWS)」運動(2011年)にも関わったアナーキスト運動のカリスマ的指導者である。

 ただ、「格差是正」には満足な成果を上げ得なかったオバマ政権には不満を表明する一方で、「トランプ氏の勝利は『格差是正こそ社会の病弊の特効薬』というアナーキストたちの主張が正しかったことを証明した」とも語っているように、トランプ勝利とアナーキスト運動の因果関係には複雑なねじれ現象も。ただ、トランプ政権始動とともに米国市民の左右の亀裂が今後一段と深刻化しそうなことは、NY タイムズ記事の以下の結びからも容易に推察できる ―
 (アナーキストたちは)ツウィッターで「右翼指導者・スペンサーが全国の大学キャンパス巡回を計画中」と知らせ、嬉しそうにこう付け加えた ― 「さー、われわれ全員に奴をぶっ飛ばすチャンス到来だ!

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2017.02.20  急がれる核兵器禁止条約、核兵器の近代化進める米ロ

隅井孝雄(ジャーナリスト)


核兵器廃絶に向けて、新たな動きプラス、マイナス
 3.1ビキニデーが目前。1954年3月1日、福竜丸など日本の漁船が、太平洋ビキニ環礁近辺で、原爆実験によって被災して63年になる。今年は世界の多くの国が核廃絶のために行動するという特別な年だ。だが同時に米ロが新たな核近代化競争を始めるという状況も生まれた。特にアメリカがオバマ政権からトランプ政権に代わり、終末時計の針も2分30秒前に迫った。
 国連の動きは心強い。昨年12月23日、国連総会の全体会合で、核兵器禁止条約についての会議を17年3月に開始することを決議、113ヵ国が賛成票を投じた。核保有国のうち、米、英、仏、ロは反対したが、中国、インド、パキスタンは棄権に回った。残念ながら日本は反対票を投じたが、賛成はこれまでの核関連決議で最多だ。
 決議では「核兵器を禁止し、廃絶につながるよう法的拘束力のある国際条約の成立」を目指している。ニューヨーク国連本部で3月27日~31、6月15日~7月7日国際機関、市民組織の代表も参加して開催される。大いなる成果を期待したい。

核兵器近代化すすめるアメリカ
 ところで、米露仏英など核保有大国は、核兵器の近代化を進めている。昨年12月10日に放送された「核なき世界の行方、核兵器の近代化とアメリカ」(制作NHK、放送NHKBS1 ) は大いに触発される番組であった。
 アメリカは現在核兵器開発を凍結しているのだが、旧型の性能を向上させる近代化を進めている。60年代に開発された小型核兵器B61近代化をはかり、850億ドルの予算措置も講じている。
 B61タイプ12は戦闘機や爆撃機の機体に搭載する300 Kgの誘導弾。尾翼を遠隔操作して、目標の30メートル以内に落とせる。地中を貫通して地下爆発も可能だ。現在ネバダ砂漠で投下実験中。爆発も最大50キロトンから4段階、最小0.3キロトンに抑えられる(広島のリトルボーイは爆発力12キロトンだった)
 旧型はNATOに配備されて、180発がオランダ、ベルギー、ドイツ、イタリア、トルコにある。これが小型化されれば、被害を敵だけに抑えられる、という口実になる。

アメリカ4賢人による核廃絶提案 
 2001年以降、テロリストが核兵器を手にする可能性があると、アメリカでも廃絶の動きが進んだ。ヘンリー・キッシンジャー、ジョージ・シュルツ、サム・ナン、ウイリアム・ペイリーが「核兵器なき世界」という論文で核兵器廃絶を提案、彼らは4賢人と呼ばれるようになった。
 提案は次の4項目からなっている。1.核戦力の大幅縮小、2. 米の包括的核実験禁止条約批准、3.核分裂物質の生産の禁止、4.同盟国への戦術核の全廃。
 これに賛同して大統領に当選したのがバラク・オバマだった。ペイリーは小型だからと一国が使用すれば、たちまち全面核戦争が起き、人類は破滅すると、危機感を抱く。
 しかしヨーロッパではロシアが国境沿いに戦術核を展開し、アメリカもB61-12の配備を急いでいる。
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アメリカ新大統領、核兵器近代化進める
 アメリカの新大統領ドナルド・トランプは就任前の12月22日、「世界が核について良識を取り戻すまで、米国は核兵器を強化すべきだ」とツイッターで語った。同じ日プーチンも戦術的核戦力の軍事能力を強化する必要があると発言、ウクライナ紛争で、核使用も検討したと述べている。トランプ大統領は就任後「米軍再建」の大統領令に署名(1/27)し、核兵器の近代化を含めた装備強化をはかるよう指示した。
 国連による、核兵器禁止条約の成立は、人類にとって喫緊の課題であるといえよう。
2017.02.15  アメリカ社会とトランプ政権の移民政策
          映画『ブルックリン』から考える

小川 洋 (大学非常勤教師)

 選挙中に違法移民の排除を掲げていたトランプ政権だが、政権発足後にさっそく大統領令を出し、いくつかのアラブ諸国からの入国禁止、メキシコとの国境の壁建設を指示するなど、実行に乗り出した。しかし入国禁止については、司法側から直後に無効判断が出されるなど、現場では混乱が続いている。
 ネットではツイッターで、アメリカ先住民がトランプ氏に向かって「マジかよ。で、お前はいつ出ていくんだ!」と叫んでいる画像が投稿されていたりして、笑わせてくれるのだが、正当なビザやグリーンカードをもっている人物までが、現実に空港で拘束される事態が発生すると笑いごとでは済まなくなる。

 トランプ氏も当然、移民の子孫である。祖父がドイツから渡米した。その際に、苗字のDrumpfをTrumpにしたと言われる。母親はスコットランド最北のルイス島出身である。トランプ氏の顔は角ばっていて、どちらかと言えばゲルマン系というよりはケルト系の特徴が強くみられるから、母親似なのかもしれない。

 アメリカのケルト系としてはアイルランド移民が典型だが、最近もアイルランド移民をテーマとする映画作品があった。2015年に公開された映画『ブルックリン』は1952年の舞台設定で、アイルランドの若い女性が単身で、第二次大戦後の好況に沸くニューヨークに移り住む話である。ヒロインのエイリシュ・レイシーを演じたアイルランド系アメリカ女優のシアーシャ・ローナンはアカデミー賞の主演女優賞にノミネートされ、映画も全編にわたって無駄な映像の一つもない名作である。アメリカに移住した人々がどのような経験をしながらアメリカ人となったのかを振り返るため、しばらく映画のストーリーを紹介しよう。

 それぞれの場面の映像はじつに多弁である。例えば、彼女がエリス島(54年まで使われていた)の移民局の入国審査の列に緊張して並んでいると、審査官のデスクの向こう側を家族連れのシルエットが横切る。入国を拒否されて送還される人々である。彼女は無事に入国を許可され、担当官に「青いドアから出るように」と言われる。彼女がドアを開けると眩いばかりの光に包まれ、彼女が祝福を受けているような印象を与える。

 しかし実際に生活が始まれば、孤独感や民族的差別のなかで強烈なホームシックに襲われる。昼食をとったカフェでもアイルランド訛りを指摘され、嫌な思いをさせられる。高級デパートの店員としての仕事を始めても、接客はぎこちない。上司の注意に対して「努力します」と答えると、上司は「下着を着ける時に努力する?同じように意識しなくてもできなければ。」と冷たく言い放つ。

 優秀な成績で中等教育を修了したエイリシュはアイルランドの田舎町では能力に相応しい仕事もなく、病弱な姉と母親の生活を支えるために性格の悪い女主人の経営する雑貨屋の店員をしている。その姉がカトリックの司祭に頼んで妹のためにアメリカへの移住と就職の機会を作った。ブルックリン地区の司祭は彼女に会計士の資格取得を勧める。学費は教会の寄付金である。向上心の強い彼女は、手始めに夜間の簿記クラスの履修を始める。

 と前後して、アイルランド系移民の集まる教会で週末に開かれるダンスパーティに出たエイリシュは、アイルランド女性が好みだというイタリア系男性(トニー)とめぐり会う。彼女は、堅実な働き者でありエイリシュに敬意にも似た姿勢で接するトニーと付き合いを深めていく。徐々にホームシックを克服しながら明るく振る舞うようになったエイリシュに対し、それまで彼女に冷笑的ともいえる態度をとっていた同じアイルランド系の先輩女性たちは、惜しみなく応援するようになる。交際相手がイタリア系と聞くと、「彼の話は、どうせ野球と母親のことばかりでしょ」と冷ややかに言う(当時のイタリア系男性のステレオタイプであった)。ところがトニーは聞き上手でもあり、自分がドジャースのファンであることも母親のことも話をしたことがなかった。エイリシュが否定すると、“Keep it”(日本語の字幕では「それは当たりよ」と訳されている)と、交際を深めるようにアドバイスされる。さらに、エイリシュがトニーの家に食事に招かれたと聞くと、スパゲッティの食べ方を指導してくれる(イタリア料理がアメリカで市民権を得るようになったのは、この時期のことだという)。また、当時ニューヨーク市民の手近なリゾートとなっていたコニーアイランドに二人で出かけると聞くと、水着の選び方からムダ毛の処理の仕方まで丁寧に教えてくれる。なお、ここで選ばれる水着の淡いグリーンはアイルランドのシンボルカラーでもある。

 多くのアメリカ移民は、このエイリシュと同じように、孤独と差別に苦しみながらも、同じ民族系の仲間たちの善意に支えられ、多様な民族と交流しながらアメリカ社会の中で、新しい生活を築いてきた。映画は、姉の急死の報に接して故郷に戻ったエイリシュのアメリカとアイルランドのいずれを選ぶか迷う様子を描きながら、結局はアメリカに戻る場面で終わる。

 アメリカへの帰途の船中でエイリシュは、アメリカに初めて向かう若い女性に先輩として様々なアドバイスをする側になる。「ブルックリンはアイルランド人が多く、故郷のようなところだ」と安心させる。また入国審査の際には「靴を磨いておく、目を見張ってアメリカ人のように自信ある態度でいる、そして絶対に咳をしてはならない(結核患者は強制送還)」などである。さらにエイリシュは続けるが、それはいつの間にか、自分自身に言い聞かせるモノローグになっている。「孤独に苦しむだろうが、ホームシックで死ぬことはない。それまで知ることのなかった人との出会いがあり、そこに生活の足場ができる。」と続ける。最後は再会したトニーと抱き合う場面で終わり、二人で家庭を築いていく未来が示されるのである。

 アメリカは嫌いだがアメリカ人は好きだという日本人は多い。日本人だけではないだろう。この映画が描いたように、次々と移住してくる様々な民族が、助け合い、また混じり合いながら社会が形成されてきた特有な社会形成の過程が、多くのアメリカ人の性格を形作っているからだと思う。しかしトランプ大統領は、難民や移住希望者たちに対して、高くて厚い壁を築こうとしている。移民の流入を停止することは、このようなアメリカ社会の成り立ちそのものを否定することである。アメリカ社会は外から新しい人々を受け入れることで活力を維持してきた。トランプ氏による移民の拒否はアメリカ社会の衰退を意味するはずだ。

 なおまたエイリッシュを援助したカトリック教会は、近年のアメリカでは、セックス・スキャンダルなどで社会的信頼を著しく損なっている。国家・政府の手の届かない福祉や教育などの面で重要な役割を果たしてきた教会そのものも、社会的地位を低下させている。ハイウエイなどのインフラの劣化が問題となっているが、アメリカ社会を支えていた目に見えないインフラも衰えつつある。アメリカは自ら確実に、その活力を喪失する過程に入っているように見える。
なお残念ながら、この映画はカナダ、フランス、アイルランドの合作であり、アメリカ映画ではない。
2017.02.13  本番はゴルフ会談か
          異常なワンマン政権、したたかな「狂人戦略」

金子敦郎(国際ジャーナリスト、元共同通信ワシントン支局長)          

「にこやかなトランプ」
 世界に広がったトランプ・パニックの中で最も慌てたのが安倍首相。当選直後の次期大統領への「面通し」にトランプ・タワーに一番乗り。就任後のホワイトハウス詣でも「特別な関係」のメイ英国首相を別格とすれば、ここでも一番乗り。それが報われた。安倍首相を迎えたのは「こわもて」ではなく「にこやか」なトランプ大統領だった。中国にらみの安保問題では、安倍首相が欲しかったものをそのまま出してくれた。だが、経済・貿易問題はさらりと流したという感じだ。大統領職と不動産ビジネスを一緒くたにする「トランプ不動産」のフロリダのリゾートで、両首脳は夫人も連れてゴルフを楽しみながら2泊の「プライベート」の時間を過ごした。ここで何が話し合われたのだろうか。
 外交と内政は絡み合っている。保守派の「フェイク・キャンペーン」に乗せられて「EU離脱」を選び、孤立の道にはまり込んでしまった英国。欧州と米国の橋渡し役という「存在意義」を果たせなくなるとすれば、メイ英首相は真っ先に駆け付けて支持を訴えなければならなかった。アベノミクスの「偽装」が剥げ落ち、もたもたの閣僚たちが取り巻きの人材不足を露呈しているとき、長期政権・憲法改正の野心を抱く安倍首相にとって「外交の基軸」とする米新政権の後ろ盾が不可欠の条件だ。「ご祝儀抜き」の暗いスタートを切ったトランプ大統領も何か得点が欲しいところだった。
 新政権の就任時の支持率と不支持率はともに史上最悪、就任式に集まった観客は25∼50万人と、オバマ政権発足のときの180万人に比べるとあまりにもさびしい数字。翌日には女性・人種差別に抗議する50万人ものデモがワシントンを埋め、全米各地や世界各地に広がった連帯デモは80カ国、670 カ所、470万人におよんだ(主催団体)。そしてテロ対策を理由にイスラム諸国からの入国を一時禁止した大統領令に内外から猛反対を受けて、裁判闘争でも完敗した。「虚偽発言」の数々をいくら批判されても絶対に頭を下げなかったトランプ氏も、さすがにこたえていたのかもしれない。

「ドナルド・シンゾウ」関係
 安倍首相は常々、外交では相手国の首脳との間に信頼関係を築くことが重要と言ってきた。トランプ大統領が安倍首相を抱きかかえるようにして迎えた映像は、世界に繰り返し流されている。ホワイトハウスが明らかにした会談後の共同記者会見のやり取りの記録では、安倍首相は3回「ドナルド」と大統領のファーストネームを口にした。トランプ大統領の「シンゾウ」という発言はなかったが、これは大したことではあるまい。安倍首相はプーチン・ロシア大統領と親密な関係を築いたことが自慢だった。だが、故郷・山口県の温泉に招待して北方領土返還の突破口を開こうとしたが、進展は得られなかった。外交の上で首脳同士の信頼関係を構築することは悪いことではないが、難問がそれで解決できるわけではない。
 トランプ大統領と信頼関係ができたといって帰国したメイ英首相を迎えた英国世論は冷ややかだった。メイ首相の招待でトランプ大統領は英国を訪問することになったが、これに反対する署名運動が起こり、たちまち20万件を超して増え続けている。下院のバーカウ下院議長は公に、トランプ大統領が下院で演説することに反対を表明した。メイ首相もイスラム諸国からの入国禁止の大統領令に反対を言わざるを得なくなった。ドイツ、フランスなど主要な国の首脳も反対を隠してはいない。安倍首相は口を閉ざしている。安倍首相とホワイトハウス詣での先を争っているという話は伝ってこない。

「硬も軟も」
 不動産ビジネスで産をなしたトランプ氏は、「大きく吹っかける」交渉術が成功のカギだと著書で自讃している。その成功の傍らでこれまでに3,000件もの訴訟を起こされ、今も2,000件を抱えている。「危うい成功」のように思える。大統領選挙戦で世界中にあからさまになった暴言、虚偽発言、非難中傷などの言動をみれば、大抵の国は超大国の大統領に座ったトランプ氏には「何をされるかわからない」という恐れを抱くだろう。
 冷戦のさなかに世界を振り回したニクソン米大統領は、自分の外交戦略を「ニクソンは狂人だから何をされるかわからない」と怖がらせる「狂人」戦略と側近に語っている。トランプ大統領をニクソンに例える報道も出ている。
 トランプ大統領は台湾の蔡総統に電話して、中国の「一つの中国」にはとらわれないと述べて中国の姿勢を硬化させた。習近平中国主席からの大統領就任の祝電に対する返礼も遅らせてきたが、ホワイトハウスは8日、「相互利益になる建設的関係を発展させるために主席との協力を楽しみにしている」とする返礼の親書を送ったと発表。続いて9日にトランプ大統領は習近平主席に電話し、一転して「『一つの中国』政策に同意する」と伝えた。日本の新聞は11日朝刊でこの電話会談を大きく報道、同じ紙面には安倍首相がワシントン入りするという記事が並んでいた。トランプ大統領が中国を怒らせたうえで、さっと政策転換を図ったこの動きは、安倍首相が時間をかけて対応できないよう、日米首脳会談にタイミングを合わせたことは明らかだろう。「大きく吹っかけ」て脅しをかけるだけではない。
 さっと身をかわす。したかである。「友人」も安心してはいけない。
 トランプ氏は、選挙戦で対立候補も世論も振り回された「ツイート攻撃」を大統領になっても続けている。側近の中から「無用の混乱」を引き起こしているとして、止めるよう忠告も出たといわれるが、受け入れる気配はない。中東からの入国禁止令もそのひとつだった。

「主要省庁の幹部は空席」
 トランプ氏は極端な自信家、すさまじい自己顕示欲の持ち主、そして癇癪持ちである。不動産ビジネスも大統領職も「オレ流」でやれると自負しているようにみえる。毎日早朝から新聞やテレビのニュースを細かくチェックして、さっと反応して「ツイート」する。それがトランプ政権の政策になる。異常なワンマン大統領である。
 新政権は白人至上主義者も含めた極右グループが中枢に座り、選挙戦で散々罵倒したウォールストリートの巨額資産を持つ金融マン、軍部のエリートからは外れた元将軍、共和党の一部の極右勢力をかき集めてやっとできた。しかし数千人にも上る各省庁の実務を率いる副長官、次官、次官補といった幹部のポストの多くは政権が任命する。これがほとんど埋まっていない。国務省など一部の省庁ではキャリアの有力幹部がトランプ政権のもとで働くのは「潔よしとせず」と退官している。
 通常の民主、共和両党の政権交代であれば、それぞれの党の系列下に多くのシンクタンク研究員、大学の教員・研究者などが「出番」を待っているから、こんな事態は起こらない。トランプ政権が普通の政権の形を整えられるのか疑問がある。西欧諸国など多くの国は当分、模様見を続けるのではないかと思う。
2017.02.02  “ユダヤ人の永遠の首都エルサレム”を承認するかトランプ
          ―イスラエルはさらに大規模な入植地建設を発表

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

主要国の中で、トランプ米大統領の選挙戦勝利に最も喜んだのがネタニヤフ・イスラエル首相、最も早くはせ参じてゴマをすったのが日本の安倍首相、就任後最も早く首脳会談をしたのがECから脱退する英国のメイ首相、最初に予定された首脳会談を中止したのが隣国メキシコのベニャニエト大統領。そして、ネタニヤフ首相は2月早い時期に、ワシントンで首脳会談の予定だ。そこでトランプは、イスラエルが求め続けてきたテルアビブからエルサレムへの、米大使館移転の大統領令を発表するという。会談の前に、発令する可能性もある。
それを見据えてネタニヤフは、占領下東エルサレムでの大規模な入植地建設計画(2,500戸の集団住宅建設)を改めて発表した。
オスマン・トルコ帝国の支配下にあったパレスチナは、帝国が消滅した第1次大戦後、英国の委任統治となり、第2次大戦後、英国は委任統治を終了。1947年の国連パレスチナ分割決議は、パレスチナをユダヤ国家とアラブ国家に分割し、その中央にあり3千年の歴史を誇るエルサレムはどちらの領地ともせずに、国際管理下に置くことを定めた。しかし、その直後の第一次中東戦争で、市の西側をイスラエルが占領。東側をヨルダンが統治して、両国による分割統治となった。67年の第3次中東戦争で、イスラエルが市の東側とそれに続くヨルダン川西岸地域を占領し、エルサレム市全体を“ユダヤ人の永遠の首都”と宣言した。しかし、国連、米国を含む各国は、イスラエルによる占領を認めず、67年戦争占領地からの撤退をイスラエルに要求、米国を含め各国はすべて、大使館を従来通りテルアビブに置いてきた。
 一方、アラブ側は88年、ヨルダンが統治権を放棄、パレスチナ自治政府は、イスラエル撤退後、東エルサレムをパレスチナの首都とすることを宣言した。
 トランプが大統領令で大使館をエルサレムに移転をすることは、米国がイスラエルによる東エルサレム併合を承認したことになる。それは、国連パレスチナ分割決議をはじめ、米国が主導し、イスラエルとパレスチナ双方が93年にワシントンで調印した、パレスチナ暫定自治宣言(オスロ合意)など、パレスチナ紛争解決への交渉による和平解決へのすべての努力を、反故にしてしまうのだ。オスロ合意は、イスラエルとパレスチナの二つの国家の共存で、パレスチナ紛争を解決することを明確に目指している。
 しかし、09年にイスラエルの政権を握ったネタニヤフ政権は、これまでも占領地である東エルサレムで国際法、国連決議に反する入植地建設を推進してきた。ただ、パレスチナ住民の猛反発、オバマ米政権を含む国際世論とパレスチナとの共存を願う国内世論にも配慮せざるを得なかった。
 
▽トランプ政権の支持、支援でイスラエルはやり放題に
占領下東エルサレムでの新たな大規模入植地建設計画は、昨年秋に明らかになり、国連安保理は12月23日、国際法違反として停止を求める決議2334を15理事国のうち賛成14、棄権1で決定した。これまで、イスラエルによる占領下の東エルサレムとヨルダン川西岸地区での入植地建設の停止を求める安保理決議は、常任理事国として拒否権を持つ米国の反対で成立しなかったが、今回オバマ政権最後の投票になって米国が初めて棄権、決議が成立した。この安保理決議は、イスラエルにとって打撃だった。
しかし、そのすぐ後に、米大統領選でトランプが勝利したことで、ネタニヤフは大喜び。早速、新入植地建設計画を2回にわたって確認し、国連安保理決議に挑戦、さらに、大使館のエルサレム移転をトランプに要請した。トランプはイスラエル支持とネタニヤフとの首脳会談を早急に行うことを公言。大使館移転の大統領命令を出すことも示唆した。
今後、トランプ政権が続く限り、イスラエルは入植地の拡大だけでなく、パレスチナ自治政府の統治をますます困難にする、様々な措置、軍事行動を、やり放題に拡大するだろう。これに対するパレスチナ住民の抵抗も強まる。パレスチナ住民だけでなく、少数ではあってもイスラエル側でも、より多くの人命が失われる恐れが大きい。
入植地拡大に反対しているイスラエルの平和運動団体「入植地監視ピースナウ」によると、ヨルダン川西岸地区に残る占領地には、131のユダヤ人入植地があり、38万5千人の入植者が住む。そのほか、イスラエル政府が公認してない入植地が97カ所ある。また、イスラエル占領下の東エルサレムには12の入植地があり、約20万人の入植者が住んでいる。
2017.02.01  トランプ大統領を評価するオリバー・ストーン監督
          トランプ=プーチン関係はどう展開するか

伊藤力司 (ジャーナリスト)

ドナルド・トランプ氏がアメリカ合衆国第45代大統領に就任してからもう10日余り。この間メディアを通じて伝えられる米大統領のイメージは、老いた悪ガキが「アメリカ第一」を喚き立てるという、エゴイズムむき出しの醜態である。アメリカの大統領らしい品位は全く感じられない。大統領就任式の翌日、世界中で女性を先頭に500万人が抗議デモを展開したのもむべなるかな。

ホワイトハウスの執務室からは連日のように、メキシコ国境に長大な壁を建設、TPP(環太平洋連携連携協定)からの永久離脱、イラン、イラク、シリアなどイスラム圏7カ国からの移民・難民の入国拒否、オバマケア(オバマ前大統領が制度化した医療保険制度)の撤廃等々の選挙公約を実行するための大統領令に、トランプ大統領が署名する姿がマスメディアに公開された。

メディアが振り撒くトランプ氏のマイナス・イメージの中でアッと思ったのが、1月24日朝日新聞朝刊に載ったアメリカのアカデミー賞映画監督オリバー・ストーン氏のインタビューだ。同監督と言えばアメリカのベトナム戦争の悲劇を描いた「プラトーン」や「JFK」「ニクソン」などを作った反権力・リベラルの映画人だ。そのストーン氏が「アメリカにとってヒラリー・クリントンよりドナルド・トランプの方が良かった」と言っているのだ。

ストーン氏はこのインタビューで語っている。「ヒラリー・クリントン氏が勝っていれば危険だったと感じていました。彼女は本来の意味でのリベラルではないのです。米国による新世界秩序を欲し、そのためには他国の体制を変えるのがよいと信じていると思います。ロシアを敵視し、非常に攻撃的。彼女が大統領になっていたら世界中で戦争や爆撃が増え、軍事費の浪費に陥っていたでしょう。第3次大戦の可能性さえあったと考えます」

「トランプ氏は『アメリカ・ファースト(米国第一主義)』を掲げ、他国の悪をやっつけに行こうなどと言いません。妙なことではありますが、この結果、政策を変えるべきだと考える人たちに近くなっています」――トランプ政権下で米国の介入主義は終わりを迎えると? 「そう願っています。米軍を撤退させて介入主義が弱まり、自国経済を機能させてインフラを改善させるならすばらしいことです」

「彼は、イラク戦争は膨大な資源の無駄だった、と明確に語っています。正しい意見です。第2次大戦以来すべての戦争がそうです。ベトナム戦争はとてつもない無駄でした。けれども、明らかに大手メディアはトランプ氏を妨害したがっており、これには反対します。トランプ氏がプラスの変化を起こせるように応援しようではありませんか」

――プラスの変化とは? 「例えばロシアや中国、中東、IS(過激派組織「イスラム国」)への新政策です。テロと戦うためにロシアと協調したいと発言しており、これは正しい考えです」

以上がストーン発言のさわりである。トランプ氏は選挙戦当時から、プーチン・ロシア大統領への評価を公にしてきた。大統領当選後も「プーチン氏が私を評価してくれるということは、アメリカにとって財産だ」と公言している。一方、オバマ時代のアメリカは2014年2月のウクライナ政変を機に、ロシアとプーチン大統領に対する敵視政策を鮮明にしてきた。

プーチン大統領がこの時、ウクライナ領だったクリミア半島をロシア領に編入したことで、西側は2014年にG8(主要8カ国首脳会議)からロシアを外してG7に戻した。さらに西側はロシアに対する経済制裁を発動、折からの石油価格値崩れ時代を受けて産油国でもあるロシアは経済苦境に陥った。こうして米国が主導するNATO(北大西洋条約機構)とロシアは“新冷戦”状態を続けてきた。

だがトランプ大統領は今、ロシアのプーチン大統領と「ウマが合う」ことを公然と誇っている。このトランプ=プーチン関係は“新冷戦”に雪解けをもたらしそうだ。その手始めにシリア内戦の終結が期待されている。オバマ前政権が、多数の自国民を殺害したと非難してきたシリアのアサド政権を残したまま、シリア解決をトランプ=プーチン関係に任せることは、中東におけるロシアの影響力を飛躍的に高めることになる。

トランプ大統領としては、それでもいいと考えているようだ。米国などがアサド政権を倒すために過激派が潜り込んでいるシリア反体制派への支援を続ければ、戦乱はさらに長引く。それよりはシリア内戦を片付け、シリアとイラクに巣食って国際テロの震源地になっているIS(イスラム国)を壊滅させる作戦に取り組むべきだ。それにはロシアの協力も得るべきだしロシアも協力してくれるだろう、というのがトランプ大統領の腹積もりのようだ。

シリアでは昨年12月末、アサド政権側のロシアと反体制側のトルコの合意に基づいて全土で停戦が発効した。これに続いて本年1月23日から2日間、ロシアとトルコが主導する新たな和平協議がカザフスタンの首都アスタナで開かれた。この会議ではアサド政権と反体制派の和平合意には至らなかったが、アサド政権を支持するロシアとイラン、反体制派を支援するトルコの3カ国が停戦を監視し、2月8日にジュネーブで開かれる国連仲介の和平協議を支援するとの合意が得られた。

シリアからは昨年末以来、この停戦合意が明白に侵犯されたというニュースが伝えられていない。もしロシアとトルコを仲立ちとする停戦が今後も継続し、国連仲介の和平協議が進展すれば、中東情勢は転機を迎える。トランプ=プーチン関係が進展して、IS撲滅を目指す米ロ共同作戦が始まるとすれば、ストーン監督の予言は当たることになる。

2017.01.28 脱原発 台湾の次は韓国
韓国通信 NO515

小原 紘 (個人新聞「韓国通信」発行人)

 台湾の「脱原発」に祝杯をあげたい。一昨年台湾を訪れ、建設中止に追い込まれた第4原発を見学、現地市民たちと交流した。東日本大震災で多額の救援募金に取り組んだことはよく知られるが、同時に地震の多い台湾の人たちは原発の危険を大いに学んだようだった。
 現在稼働中の6基は2025年までに稼働停止、廃炉にする計画だ。昨年1月の総統選挙で脱原発を掲げた民進党蔡英文候補を勝たせた国民の勝利と云える。2011年の福島第1原発事故以降、台北では日本をはるかに上回る反原発デモが開かれたのは記憶に新しい。

日本では、安全性の審査ではないと云いながら次々と再稼働の「お墨付き」を与え続ける原子力規制員会。厳しい基準に合格したから心配いらないとする政府。その政府を信用するという立地自治体。誇りを持てと言われても「自虐的」になってしまう。

韓国では、原発を推進してきた朴槿恵大統領が「断頭台」にあがる。問われたのは政治の「私物化」だけでない。民意を無視したあらゆる政治が俎上にあがり批判にさらされている。父親(朴正煕)譲りの強権政治の破たんである。
10億円で慰安婦問題の「手打ち」を行った日韓の政治交渉の舞台裏もこれから明らかにされる。現大統領の後継と目されている前国連事務総長潘基文はそれまでの言を翻して従軍慰安婦問題の再交渉を言いだすしまつ。アメリカの肝いりで政治決着をしたはずの慰安婦問題は振り出しに。安倍首相の「外交成果」も朴槿恵とともに破たん寸前である。

原発については、文在寅(ムン・ジェイン)、現ソウル市長朴元淳(パク・ウォンスン)氏ら次期大統領の有力候補者が、そろって「脱原発」を公約にしているのが注目される。
文在寅は前回の大統領選挙で脱原発を掲げていたが、「不十分だったことを認め、今回は党の方針として脱原発を掲げる」という。朴元淳はこれまでソウル市長として脱原発のためにクリーンエネルギーの導入に注いできた実績をもとに脱原発政策を掲げる。

原発事故をテーマにした韓国映画『パンドラ』が関心を集めている(昨年12月公開、ネットで世界190か国で公開予定)。野党候補の大勝が予想さるなか、韓国が脱原発に舵を切るのは時間の問題だ。「福島の教訓を学べ」「韓国にも地震は起きる」「原発は安全ではない」が韓国でも常識になりつつある。
韓国の議論は「安全神話」のなかに眠り続ける日本人にはとても刺激的だ。原発の後始末に20兆円。過去の分まで国民に負担させるというあきれた話。これからも「事故が起きたら、みなさん、『ヨロシクネ』」と云うことらしい。気の滅入る話ばかりだ。どこかで断ち切らないといけない。

2017.01.23 アフガンに手を伸ばすプーチンのロシア
―英BBC「新グレート・ゲーム」と指摘

坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

シリアでアサド政権を強力に軍事支援してきたプーチンのロシアが、内戦状態が再び悪化しているアフガニスタンへの影響力拡大に動き始めた。
英紙フィナンシャル・タイムスは13日、アフガニスタン情勢の報道で国際的に最も信頼されているパキスタンのジャーナリスト、アハメド・ラシッドの「モスクワはアフガニスタンの真空状態に付け込む」と題した記事を掲載した。ラシッドはこの分析記事を「ソ連がアフガンのムジャヒディン(武装勢力)に打ち負かされ、赤軍の屈辱的な撤退によって10年間に及ぶ占領が終わって以来、ロシアはこの地域から引き下がっていた。しかしいまロシアは、この地域での影響力を競う戦いに熱を入れ、その地位を再建しつつある」と書き出している。
また、英BBC電子版は1月12日「世界の大国がアフガニスタンでの新“グレート・ゲーム”を争いだした」と、カブール発の署名記事で詳報した。グレート・ゲームとは18世紀から19世紀初頭にかけての、英帝国とロシア帝国の中央アジアでの覇権争いのこと。同紙は「アフガニスタンへの戦略的視野が変化しつつある。この地域の諸国はタリバンとの関係を見直し、新“グレート・ゲーム”ともいえる視野の中で互いに競いあっている」と分析している。
どちらも同じような視点から、米国中心のアフガニスタン再建が政治的にも、軍事的にも行き詰まり、オバマ政権の関心が冷める一方で、ロシアが活発に動き出し、タリバンとの接触を始め、タリバンの事実上の保護者のパキスタンだけでなく、イラン、インド、中国までも巻き込んで、アフガン紛争解決に乗り出してきたのに大きく注目したのだ。

2001年のアフガン戦争で、米軍をはじめとした多国籍軍によって偏狭なイスラム主義のタリバン政権が壊滅。10万人超の米軍中心の国際治安支援部隊(ISAF)が駐留して、カルザイ大統領の政権によるアフガン再建を軍事的、経済的に支援してきたが、パキスタンに逃れたタリバン勢力も再建されて、アフガン国内に越境攻撃をするようになった。それでも04年から14年にかけてのカルザイ政権の間は、国家再建が徐々に進み、タリバンの武装攻撃も限られていた。このためISAFは14年末までに撤退を完了、最終的に1万2千人となった米軍だけが残留し、政府軍を支援する態勢になった。同年に行われたカルザイの後継者の選挙では二人の候補者の対立で混乱し、2回の選挙と米国の必死の調停工作でやっと親米色の強いガニ大統領の政権が発足した。しかし、カルザイ政権と違い、ガニ政権は指導力も弱く、国民の支持も低かったため、タリバンの攻勢が急増し、支配地域が増加しだした。
タリバンは、カタールの首都ドーハに連絡事務所を設け、和平交渉のルートを開いた。米国はアフがニスタン政府、パキスタンに中国も加えて、和平協議を開く(最近は2016年1月)など、再三にわたりタリバンとの交渉による解決を探ったが、タリバンの最高指導者オマルの死亡による指導者の交代もあって、タリバンとの直接交渉は全く前進していない。
ロシアは、1989年のソ連軍全面撤退以来、90年代の内戦でタリバンの対抗勢力「北部同盟」を支援した以外にはアフガニスタン問題に関われなかった。タリバン政権崩壊後もロシアはアフガニスタンの内戦解決への和平交渉から事実上疎外されてきた。そのロシアが、動き出したのだ。モスクワから見ると、アフガニスタン内戦に対する米国の政策は、政治的にも、軍事的にも行き詰まっている。オバマ政権も末期には、アフガン内戦終結への関心を失っていた。ロシアにチャンスが回ってきたのだ。
すでに2015年12月、ロシア外務省の有力外交官が、中東で急成長しアフガニスタンにも手を伸ばしてきた偏狭なイスラム過激派「イスラム国(IS)」との戦いで、「タリバンとわれわれの利害は一致している。タリバンとロシアは情報を交換するチャンネルを開いている」と発言した。タリバン側も、タリバンの代表がロシア国内とほかの国で過去2年間に数回会談したことを確認した。
その後もロシアとタリバンの接触が続いた。また、昨年12月には、ロシアの主催でパキスタンと中国の代表を招いて、アフガニスタンから中央アジアに拡がるテロの脅威についての協議が行われた。そこでは、「イスラム国(IS)」との戦いでタリバンをどのように役立てるかが討議されただけでなく、アフガニスタンでの内戦を終わらせるためのタリバンへの働きかけについても話し合われたとみられている。この会議に招かれなかったアフガニスタン政府のガニ首相は激怒した。ガニ首相は、米国のトランプ次期大統領が、アフガニスタンを見捨てるのではないかと恐れているという。しかし、トランプは、アフガニスタンの新任大使として、タリバン政権時代からアフガニスタンにかかわり、米国の政策に最も影響を与えてきたハリルザード元国連大使を選んだ。それは、トランプがアフガニスタンを見捨てないことを示しているとの見方もある。

シリアのアレッポ制圧作戦で、ロシアはシリアのアサド政権を軍事支援。シリア軍とともにアレッポを完全包囲して激しく砲爆撃、このシリア最大の都市で市民多数を殺傷し、反政府勢力を追い出した。最終段階の停戦協議には、これまで繰り返されたシリア和平会議を主導した米国は招かれず、ロシアが主導し、アサド政権と一部の反政府勢力、トルコ、イランが参加した。アフガニスタンでも、このような成功をプーチンが目指していることを、最近のロシアの行動が示している。国連と米・欧に代わり、ロシア主導で、ロシアと友好関係にあるイラン、インド、中国、中央アジア諸国などを招くアフガン和平会議だ。プーチンが目指すのは、ロシアの覇権の下でのこの地域の安定だろう。英国のメディアが新“グレート・ゲーム“だというのは当たっている。

2017.01.13 文化大革命とはなんだったか――歴史修正主義とたたかう側の論理
――八ヶ岳山麓から(209)――

阿部治平(もと高校教師)

日本では学問研究の成果を無視して都合のよい事象だけをとりあげ、侵略戦争などの都合の悪い過去を抹消しようとする歴史修正主義が勃興して久しい。だが歴史の「修正」は日本だけの現象ではない。
私の知っているのは中国しかないが、中国現代史をめぐっては隠蔽と歪曲がはなはだしい。こう考えるのは、私がそこで長年教えた日本語科学生たちの、自国の現代史に関する知識が貧しく間違いだらけだったからである。

もちろん中国にも真実の革命史、民衆の生活史を語らねばならぬと考えた人々がいて、貴重な証言や資料を収集し、中国共産党によって抹消された真実を復元しようとしている。
ここに紹介する楊継縄もその一人である。元新華社高級記者である彼は、このほど香港で、『天地翻覆――中国文化大革命史』を出版した。前著の『墓碑』同様、中国国内で出版するのは困難だったからである。『墓碑』は1960年前後に中国本土において3600万の餓死者があったことを実証した名著である(邦訳は『毛沢東秘録』文藝春秋2012・3)。
彼は新華社を退職してから、月刊誌「炎黄春秋」の編集に当たった。この雑誌は体制に批判的なメディアが次々つぶされるなか、民主人権派の最後の砦だった。だが楊継縄も悪戦苦闘の末、2015年編集者の地位を去らざるをえなかった。雑誌「炎黄春秋」はいまもあるが、元の姿とは似ても似つかぬものとなった。

以下に掲げるのは、上掲書『天地翻覆――中国文化大革命史』の中の「序言」の私なりの要約である。序言とはいえここに、他に類を見ない文化大革命についての見解を見ることができる(多維新聞ネット2016-12-26 )。

文化大革命について
楊継縄


文化大革命の真相探求と再認識という行為は、後世の人にこの痛ましい歴史を知らせるだけでなく、鄧小平および鄧以後の時代にあらわれた社会的不公平・政治的腐敗の原因を明らかにするためのものである。なぜなら鄧小平以降の時代の官僚制度は、文化大革命以前の官僚制度の延長だからである。
1981年6月、中共第11期6回中央委員会は「建国以来のいくつかの歴史問題に関する決議(「歴史決議」)」を通過させた。「歴史決議」は1981年当時の政治的必要にもとづいて建国以来の歴史を叙述し評価したものだが、それは折衷と妥協の産物であった。当時は改革開放を達成するために、この種の妥協が必要であった。

だが、歴史研究者が文革の真相を復原しようとするときには、政治家のように、折衷したり妥協したりするわけにはいかない。
「歴史決議」は、「毛沢東同志が発動した『文化大革命』における『左』の誤った論点は、マルクス・レーニン主義の普遍原理と中国の具体的実践を結合した毛沢東思想の路線から明らかに逸脱したものであって、それは毛沢東思想とは完全に区別しなければならないものである」としている。
だが1956年以後の毛沢東の思想を「毛沢東思想」から切り離したのは、「毛沢東思想」を保全するためであり、「信仰の危機」から党を救い出すためであった。こうすることによってのみ、専制制度の霊魂を保全し、官僚集団の利益を保全することができたからである。
この官製文革史はまた、文革は「指導者によってあやまって発動され、反革命集団がこれを利用し、党と国家、各族人民に重大な災害をもたらした内乱である」という。
ここでもまた「林彪・江青の二つの反革命集団」を中共から切離しているが、この切り離しも、「毛沢東思想」の保全同様、文化大革命の責任を「林彪・江青両反革命集団」に押し付け、中共とそれへの「信任の危機」を救おうとしたものである。
かりに文革がこの二つの集団のやったことだとしても、彼らもまた中共の一部分である以上党内から生まれ党内で消え去ったものであって、彼らを中共から切離すことなどできるはずもない。
かくして官製文革史は毛沢東思想を保全し、中共を保全し、官僚集団全体を保全したのであり、さらには官僚集団が引きつづき執政することの合法性と、彼らすべての利益を保全したのである。
官許の文革書のなかには、劉少奇を毛沢東に手なづけられた羊、腰巾着と決めつけ、最後は毛沢東によって袋小路に追い詰められた者、と書いたものがある。
だが実際には劉少奇は老革命家として、また戦争と多年の党内闘争の試練を経た者として、文革の初期から毛沢東を制止しようとしたのであって、(文革を学術問題に限定しようとする)「二月提綱」をもって姚文元の(呉含の歴史劇「海瑞官をやめる」批判の)文章に対抗したのである。
そして(中共北京市委員会を打倒した)「5・16通知」が出てからは、工作組を派遣して対抗した。劉少奇が打倒されてのちの(譚震林・陳毅・葉剣英ら老革命家も加わった文革反対の)「二月逆流」は、鄧小平を代表とする人々の抵抗だったのだ。そしてその間には、軍事官僚集団のもっと強硬な反抗があったのである。

しかし毛沢東に対する一連の抵抗は、正義と不正義の闘争だったのではない。利益にからんだ抵抗であった。この闘争のなかで一般大衆は大きな犠牲を払わされた。
劉少奇を飼いならされた羊としたのは、官僚集団が文革の責任を負わないようにするためであり、軍・政の官僚たちが文革中に大衆を踏みにじった悪事を隠すためだった。また周恩来を美化して、周恩来が毛沢東の尻にくっついて文革をやった事実を覆い隠すという目的もあった。
官製文革史は、文革の弊害は「反革命集団によって利用されて」生まれたものだという。これは毛沢東保全のための言い逃れであり、歴史の歪曲である。
事実は、1973年8月(中共第10期全国大会で江青らが最高指導部に入って)初めて「四人組」が生まれたのであって、それ以前には「四人組」は存在しなかった。
もし、「林彪集団」があったとするなら、この集団も1969年4月に(林彪が中共第9期全国大会で政治報告をした後に)形成されたことになるが、1971年9月に彼は、(ソ連に亡命しようとしてモンゴルで墜死して)消滅している。
この前後、かりに林彪・江青二つの集団があったとしても、そもそも彼らは毛沢東の文革を支持し推進した勢力なのである。江青と林彪は毛沢東に利用されたのであって、彼らが毛沢東を利用したのではない。いわゆる二つの「反革命集団」の「反革命行為」のほとんどは、毛沢東の指導のもとで文革を推進した行為そのものだったのである。

1976年10月(四人組逮捕)の政変以来、文革を否定することが「政治的に正確だ」ということになった。したがって官許の出版物では、高級幹部はみな自分がいかに文革に抵抗したか、いかに堅忍不抜であったかを標榜し、毛沢東に追随して文革をやった事実、民衆を抑えつけ幹部の迫害に加わった事実を隠した。官僚のなかには迫害された官僚を見て喜び、その災難に付け込んでなお打撃を加えたものがいたのだが、みなその事実を隠蔽した。
官許の文革史は幹部が迫害された状況をたくさん書いている。だが実際には、文革で迫害されたのは一般大衆である。幹部に比べれば数百倍も多い。紅衛兵が実力行使に出た(1966年の)恐怖の「赤い8月」の一連の事件、地方の集団虐殺、血なまぐさい鎮圧などを、官許の文革史は当たり障りのないように書いた、というよりは事実を極力歪曲した。

文革はきわめて複雑な歴史の過程である。多様な勢力と配役が10年の長きにわたり広大な空間で争い何回もその立場を変えた。いろんな思想集団や利益集団の間で、くりかえし闘争があった。あるときの勝利者は別な時には敗者であり、あるとき人をやっつけたものはのちにはやっつけられた。
従来歴史は勝利者が書くものであった。文革最後の勝利者は官僚集団であるから、官製の歴史が民衆の苦境を無視するのは至極当然のことであった。
だがこれを乗越えようとしても、肯定か否定かという単純な思考では、この複雑な歴史過程を記述し評論することは不可能である。どんな歴史事件を書いても、必ず批判が待っている。文革の当事者のほとんどが健在で、その人々が文革中に演じた役割は多様で、異なった境遇にあり、異なった観点を持ち、異なった体験をしているからである。
当事者からの批判は尊いものだし、研究者をして絶えず歴史の真実に迫らせるものである。だが貴重な資料を得ることができるとはいえ、現代史を現代人が書くのは難しかった。
文革研究の先行者に比べれば私は後学である。後学は先行する優れた仕事を出発点にできる。本書を書くにあたり私は大量の先行研究と回想録を読んだ。そこには重要なテーマがあり、また地域文革史や文化大革命理論の深い探索があった。学者によっては、他の研究者の踏み石となることに甘んじ、黙々と資料の収集と整理の仕事をする人もいた。
私はこれら先行者に対する深甚の敬意を抱いて『天地翻覆――中国文化大革命史』を書いたのである。(終)