2019.01.18  中東に、欧州に、アフガンに散ったIS支持者たち
  ―米軍の一方的撤退にBBCの厳しい総括(2)

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

 世界各国からシリア、イラクに渡航し、ISに加わった何ダースもの国の人たちのうち、5千600人以上が自分の国に戻った。米国の諜報グループによる2017年10月の調査によると、英国に425人、ドイツ、フランスにそれぞれ300人などがEUに戻った。
 一方、国連の専門家によると、リビアに3千~4千人、アフガニスタンに4千人のIS参加者が移った。東南アジア、西アフリカ、エジプトのシナイ半島、イエメン、ソマリア、サハラ砂漠一帯の諸国にもIS参加者が移った。
 ISの思想を植え付けられた人々が至る所でテロ攻撃を実行している。
▼国内の混乱、分裂を利用したIS
ISはイラクで国際テロ組織アルカイダから生まれ、育った。アルカイダは2003年、米国のイラク侵攻以後、イスラム教スンニ派の過激派が結成し、イラクの反政府勢力の有力組織になった。
2011年、「イラクのイスラム国」(ISI)として知られるようになり、シリアに侵攻してアサド大統領に反乱を起こした勢力に加わった。彼らにとって、シリアは安全な地で、武器の取得が容易だった。
それと同時にイラクでは、米軍撤退と、シーア派主導の政府の宗派的に偏った政策に対する、スンニ派国民に広がった怒りを利用できた。
2013年、ISIはシリアで占領地での支配権を握り始め、「イラクとレバントのイスラム国」(ISIS)と自ら改名した。
2014年、ISISはイラクに逆侵攻し、北部と西部の広い土地を占領、「イスラム国(IS)」として知られるようになる「首長国」の樹立を宣言した。
それに続いてISはイラクの少数民族クルド人の支配地域に侵攻、少数宗派ヤジディ教徒の町や村に侵攻、ヤジディ教徒数千人を殺害または奴隷化した。それに対して、同年8月から米軍主導の多国籍軍が、イラク国内のIS拠点の爆撃を開始した。
▼国際的な戦闘
イラクとシリアでのISに対する戦いは、血まみれの戦いになり、数千人の人々が命を失い、何百万人の住民が住家を失い、あるいは避難しなければならなかった。
シリアでは、アサド大統領に忠実な政府軍がロシア空軍の空爆支援とイラン支援の民兵部隊とともにISと戦った。一方、米軍主導の連合軍は、クルド人部隊とアラブ人部隊の同盟軍SDF、さらには南部砂漠地帯の反政府部隊が協力してISと戦った。
一方、イラクでは、米軍主導の連合軍とイランが支援する民兵部隊がISと戦った。
米軍主導の連合軍は、オーストラリア、バーレーン、フランス、ヨルダン、オランダ、サウジアラビア、トルコ、アラブ首長国連邦、英国の軍隊で構成され、ISに対する空爆は2014年8月から始まった。シリアでの爆撃は1か月遅れて始まった。
 空爆はISに対する国際的共同作戦の主要な一部。イラクで13,500回、シリアで17,100回の爆撃を行った。
 ロシアは連合軍に加わらなかったが、アサド大統領支援のため2015年9月からシリアの「テロリスト」を攻撃する空爆を行った。ロシア国防省は2018年8月、ロシア空軍は2015年以来、39,000回出動し、「テロリスト目標」12万1千を破壊し、ISメンバー5千2百人以上を殺したと発表している。(続く)
2019.01.17  キューバ大使館が革命60周年でレセプション
  社会主義的、民主的、持続的な社会の建設へ決意
 
岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 カリブ海に浮かぶ社会主義国・キューバは、今年1月1日、革命60周年を迎えた。これを記念する駐日キューバ大使館主催の「キューバ ナショナルデー・レセプション」が1月9日夜、東京・虎ノ門のホテルオークラ東京で開かれた。日本の政官界、経済界、文化界、スポーツ界、友好団体の関係者のほか、各国外交官ら約350人が招かれ、革命60周年を祝ったが、冒頭、カルロス・ペレイラ駐日キューバ大使が登壇して、あいさつした。

 その中で、同大使は、まず、キューバ革命を「フィデル・カストロの指導のもと、(米国からの)最終的な真の独立をめざすキューバ国民の闘い」と位置づけ、その後の歴史を「キューバ人は、過去60年間に直面せざるを得なかった様々な形の脅迫と攻撃、巨大な困難に対し、無数の英雄的抵抗のページを記して来ました」と振り返った。
 その上で「我々を信じ、少なくない不利益を被りながらも支援を続けてくれている世界の全ての友人に、キューバは深く感謝しています」と謝意を表した。
 さらに、同大使は、これからのキューバの進路について「 ますます社会主義的、民主的で、豊かで持続的な社会を建設するというキューバ国民の決意を、誇りと熱意をもって再確認いたします」と述べ、日本との関係もさらに強化したい、と強調した。

 招待客の中には、森喜朗・元首相、辻清人・外務省大臣政務官、古屋圭司・日本キューバ友好議員連盟会長らの姿がみられた。あいさつに立った辻清人・政務官は、その中で「日本とキューバの関係は進展しており、2017年には日本からのキューバへ訪問者は2万2000人にのぼった」と述べた。キューバと米国が国交を回復したのは2015年だが、それ以前は、日本からのキューバ訪問者は年に6000から7000人と言われていたから、ざっと3倍に増えたということになる。
 また、古屋圭司・日本キューバ友好議員連盟会長は「両国間には難しい問題があるが、友好関係を強めて行けば、これらは必ず解決できる」とあいさつした。
  20190115キューバ1
 キューバ革命60年を祝してモヒート(ラムをべースとしたカクテルの一種で、キューバの
 代表的なカクテル)で乾杯するカルロス・ペレイラ・キューバ大使(左)と古屋圭司・日本
 キューバ友好議員連盟会長(右) 

ペレイラ大使あいさつの全文は次の通り。

 1959年1月1日、革命勝利により、フィデル・カストロの指導のもと、最終的な真の独立をめざすキューバ国民の1世紀を超える闘いが終結を迎えました。それはキューバへの米国の絶対的支配が確立してからちょうど60年後のことでした。その時以来今日まで、全での人による全ての人のための、全ての人の社会を建設するという固い決意が貫かれています。

4世代のキューバ人は、自らの国を建設する決意の高い代償として過去60年間に直面せざるを得なかった様々な形の脅迫と攻撃、巨大な困難に対し、無数の英雄的抵抗のページを記して来ました。我々に連帯的支援を差し伸べ、我々を信じ、少なくない不利益を被りながらも支援を続けてくれている世界の全ての友人に、キューバは深く感謝しています。

完全な独立、勝利の抵抗、社会正義、自己犠牲、国際主義の象徴としての模範こそが、キューバ革命と英雄的国民が記した歴史の賜物であると言えます。
ディアスカネル議長が述べているように、キューバの国際面での行動を導くのは常に、国家の自決権と主権への尊重、他の国民の正しい大義への支援、相違を超えた平和共存、そして、全ての核兵器廃絶を含む人類が直面する重大な課題を解決するための世界的協力への貢献であり続けます。

昨年は日本人キューバ移住120周年を記念し、我が国社会の様々な分野での日本人移民の貴重な貢献に敬意を表しました。キューバ社会には、自分の未来を託す場所として我が国を選んだ最初の日本人移民の足跡が残されています。
同様に、満足をもって言明できるのは、昨年は様々な分野で、互恵のもと、共有する関心と課題を活用しつつ、両国関係を深化させることができたことです。特筆できるのは、ほんの数例あげるだけでも、何件ものハイレベル代表団の交換、JICAハバナ事務所開設、数件の経済協力プロジェクトの開始、両国貿易20%増大、両国間中期経済アジェンダの調印、そして、投資相互促進保護協定の交渉が数日前に開始されたことなどです。
今年の12月21日は、両国外交関係樹立90周年に当たり、相互尊重・信頼を通じて両国の友好親善をさらに強化して行くためのまたとない機会となるでしょう。

 また今年は、キューバ新憲法が国民投票を経て発布される年でもあります。憲法草案はこの数カ月間、何百万人ものキューバ市民の討議にかけられたものです。それはキューバ革命の民主的な性格を明確に証拠づけるもので、国の生き方を決める主要な決定事項が、国の内外の全てのキューバ人の意見に支えられています。

 この機会を通じて、日本との関係を強化するという私達の決意を新たにいたします。また、ますます社会主義的、民主的で、豊かで持続的な社会を建設するというキューバ国民の決意を、誇りと熱意をもって再確認いたします。去る1月1日、革命60周年記念集会でラウル・カストロ前議長が述べたように、「明日を想像する時、達成された事業は私達に尊厳のある豊かな祖国の未来を展望させてくれる」ものです。
この道のりで、引き続き皆様方のいつもながらの貴重なご支援を得て行けることを期待いたします。

   20190115キューバ2
         レセプションには多数の友好人士が招かれた

2019.01.16  イスラム首長国(IS)は打倒されたのか
  -米軍の一方的撤退にBBCの厳しい総括(1)

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

上記は、国際的メディアとして、シリア内戦、国際的イスラム過激派武装組織「イスラム首長国(IS)」の残酷な悪行、崩壊の過程を、おそらく最も、正確に早く世界に報道してきた英公共放送BBC電子版(12月20日)の総括的な分析の見出しだ。
その前日の19日、トランプ米大統領は「われわれはISとの戦いに勝利した。われわれの息子たち、若い女性たち、男たちすべてが、いま、帰国しつつある」と宣言した。米軍は、ISとの戦いで空爆の主力になり、シリアでもイラクでも大きな役割を果たしてきた。ただし、その無差別爆撃でISだけでなく、ISの残酷な支配下に暮らす一般市民まで、おおくが殺傷されたことも事実だ。
トランプ政権下の米国は、世界での経済協力協定やUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)、ユネスコ、地球温暖化へのパリ協定など様々な国際条約、協定から次々と脱退。シリアでも、まだISがイラク国境に近い一部の地域に残り、中東諸国や北アフリカ、アフガニスタンなどに逃げ込んで、組織を再建する動きもあるにもかかわらず、イスラム国(IS)との国際的な戦いから、いち早く一方的に撤退するというトランプ宣言なのだ。それへの、BBCの抗議を込めてのこの日の報道だと思う。2011年の「アラブの春」でのシリアの民主化運動の高まりとアサド政権の暴虐な弾圧に始まったシリア内戦、その中でのISのシリアとイラクでの拡張と残酷な支配の下での民衆の苦難を、総括した報道でもある。以下に、その主要部分を紹介しようー

イスラム首長国その後 ISは打倒されたのか(BBC電子版2018.12.20)
米国はシリアから軍の撤退を始めようとしている。シリアで米国は、現在、イスラム国(IS)がなお抵抗しているシリア東部の残されたポケット地域で掃討作戦を展開している、クルド人中心のシリア民主軍(SDF)を支援してきた。
 4年前、ISはシリアとイラクの広い地域を支配し、「イスラム首長国」の樹立を宣言し、およそ800万人に野蛮な支配を実施した。現在はその1%を支配しているに過ぎない。その首長国の実態はなくなったが、ISが永久に敗北したと確証はできない。
 SDFは、トランプ大統領の決定に強い警戒を示し、「テロとの戦いにマイナスの影響を与え、テロリストとその支援者たちが再生するのを助けるだろう」と警告している。それに関して、IS打倒世界同盟の米大統領特使、ブレット・マクガーク氏も12月11日「
首長国が物理的に敗北したので、われわれは帰国出来るというだけなら、それは思慮がないことになる」と記者団に語っている。
▼ISの今後は?
マクガーク氏は、SDFがイラクとの境界のユーフラテス河中流のシリア側の町ハジンをISから奪う数日前、この戦いは一年以上前から対IS作戦で、最も厳しい戦いになった、と語っていた。ハジンはシリアでは最後のIŞの砦だった。ハジンを失ったが、その周辺のユーフラテス河渓谷の周辺にはなお2千人以上のIS戦闘員が残り、最後まで抵抗する構えだ。シリア全体では、数千人のIS戦闘員が残っている。
米国防総省は昨年8月、ISは全面支配地域をすべて失ったが、戦闘員がシリアに約1万4千人、イラクに1万7千人程度残っていると推定した。その多くが地下に潜行、彼らの出身地に戻り組織の再建に努めながら、爆弾テロ、暗殺、誘拐などを実行している。(続く)
   20190116坂井グラフ
      (注)BBC電子版が転載した米中央軍の資料。
2014年~18年の米軍主導連合軍の対IS空爆回数。グラフは対イラク(青)、対シリア(赤)に色分けされている。(青)は2016年半ばまで上位、(赤)は2016年半ば以後が上位になっている。

2019.01.09  アジアの覇権を賭けて米中冷戦本格化
  貿易摩擦減少しても根源的対決続く

伊藤力司 (ジャーナリスト)

昨年秋ごろから激しくなったニューヨークや東京の株価の激しい動揺は、基本的には世界第1の経済大国であるアメリカと第2の経済大国である中国の間の貿易摩擦が原因である。トランプ米大統領が、アメリカの中国に対する大幅な貿易赤字の解消を目指して仕掛けた関税戦争の行方は不透明であることが、世界中の市場を神経質にしている。

昨年11月末、ブエノスアイレスで開かれたG20首脳会議の場を利用して開かれたトランプ大統領と習近平中国国家主席の首脳会談で、米中双方は本年3月当初まで摩擦解消を目指して協議を行うことで合意した。少なくともこの間は、アメリカも対中関税の追加引き上げは行わないことを約束したのである。

米中実務者間の交渉は新年早々北京で始まった。今後3月まで、関税や米側の巨額貿易赤字を減らすために双方ができる方策について、さまざまな方策が話し合われよう。しかしトランプ政権は貿易不均衡問題をきっかけに、ちょうど40年前に国交が正常化して以来の米中関係を根本的に見直し、中国と対決する道に踏み込もうとしている。

ペンス米副大統領は昨年10月4日ワシントンの保守系シンクタンク「ハドソン研究所」で演説し「邪悪な中国共産党との対決」を米国民に呼びかけた。副大統領は、中国が浸透工作を通じて米内政に介入し、トランプ政権の転覆を図ったとまで告発した。米国内の一部メディアはこのペンス演説をトランプ政権の対中国「宣戦布告」と評したほどだ。

1946年3月、訪米中のチャーチル英首相が「鉄のカーテン演説」をして東西冷戦を予言したが、今回のペンス演説は「米中冷戦」の幕開けを告げたと、ワシントンではもっぱらの話題になった。約2か月後にブエノスアイレスで米中首脳会談があることを知りながらの反中演説だった。

当面の米中摩擦のポイントは、人工知能(AI)や量子コンピューター、5G(次世代通信規格)などの先端技術だとされる。米側の心配は、中国が米企業の知財をこっそり入手して、AIや5Gなど軍事に直結する先端技術の分野で優位に立とうとしているのではないか、ということだという。こうした懸念はトランプ政権だけでなく、広く米国の関係者の間で共有されている。

毛沢東による中国革命が成って、中華人民共和国が成立後今年はちょうど70年。1960年代から70年代にかけての文革による混乱を収拾、1979年に鄧小平が市場経済を導入して40年。人口14億余の中国はアメリカに次ぐ世界第2の経済大国に成長した。毛沢東も鄧小平も、そして現在の指導者習近平国家主席も「中国は覇権を求めない」と世界に向かって宣言している。

その一方で、習近平主席は最近「中華民族の偉大な復興」を叫ぶようになった。中華民族には2200年前の「秦」以来「漢」「唐」「宋」「明」「清」の各帝国が続々、ユーラシア大陸東部に覇を唱えてきた歴史がある。「中華民族の偉大な復興」と聞けば、誰しも中華民族の覇権を思い出さずにはいられない。

一方のアメリカ合衆国である。ちょうど30年前の東西冷戦終結からソ連解体を経て、アメリカは世界で唯一の覇権国家となった。冷戦解消後の30年、ブッシュ(父)、クリントン(2代)、ブッシュ(子、2代)、オバマ(2代)の各政権ではアメリカの覇権行使は「当たり前」のことだったが、現行のトランプ時代に入って少し様子が変わってきた。

アメリカは覇権国家を任ずる以上、世界中に兵隊を派遣し、お金をばらまき、「自由と民主」を唱え続けなければならない。しかしトランプ氏は、アメリカの覇権は当然のものと自認するが、そのためにお金をばらまき、兵隊を派遣し、「自由と民主」のお説教をするのは「ごめん」だというわけだ。

だからシリアから米軍を撤退させるし、アフガニスタンからも撤退させたいというのがトランプ氏の本心だ。新年早々解任されたマティス国防長官ら既成権力層は、アメリカの覇権を護るためにはあちこちのポイントに米軍を派遣しておくことが必要だと考えるのだが、トランプ氏は同意しない。

そのトランプ氏も、習近平主席の中国が「偉大な復興」を叫ぶことによって、少なくともアジア太平洋の覇権争いに参画しつつあることは認めざるを得ない。ソ連崩壊以後、アメリカの覇権に異を唱える国はどこにもいなかったが、第2の経済大国として意気揚がる中国は「無言のうちに」アメリカに覇権争いを挑んでいるのだ。

「お人好し」あるいは「世間知らず」のアメリカは、貧しい中国が豊かになれば共産主義のイデオロギーなどは忘れて、自由、民主の国になるのではないかと楽観視していたという。

しかし中国はマルクス、レーニン、毛沢東の思想はともかく、2千年余にわたって中華帝国を維持してきた歴史がある。そして中国共産党は、アジアの覇権を担ってきた中華帝国の後継者であることを忘れるわけにいかない。
2019.01.04 2018年に死亡したジャーナリスト53人
CPJ(ジャーナリスト保護委)が発表 2017年比大幅増加

隅井孝雄 (ジャーナリスト)

アメリカ、ニューヨークに本部を置くCPJ(ジャーナリスト保護委員会)は、12月19日録、2018年中に取材がらみで、命を落としたジャーナリストは確認できただけでも、53人にのぼると発表した。
意図的殺害34人、投獄された記者251人
サウジアラビアのジャーナリスト、ジャマル•カショギ氏と同様な意図的殺害は34人、戦闘に巻き込まれての死亡は11人、抗議行動が騒乱状態となった取材現場での死去が8人だった。2017年の全体の死亡者は46人だった。
 特に、今年の特徴はあきらかな殺害行為で命を落としたジャーナリストが昨年の18人にほぼ倍増したことだと言える。
 またCPJによると、取材活動に関連して投獄された記者の数は251人、うちトルコ、中国、エジプトが全体の半分以上を占める。
 しかし先日安全が確認され、帰国した安田純平さんのような、行方不明者、政府以外に拘束されているジャーナリストは実態がつかめないため、数字は含まれていない。
 一方パリに本部のある「国境なき記者団」の発表(12月18日)によると、死亡したジャーナリストは、前年比8%増の80人、うち故意に殺害されたのが49人。この中にサウジ政府の直接関与で殺害されたカショギ記者も含まれる。
CPJは23人の死亡については、確認が取れていないため報告書の統計数字に入っていないが、それを含めると死者は76人に達し。「国境なき記者団」とほぼ同数の死者がいることになる。
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▼主要国の首脳、ジャーナリストの活動を敵対視
 2018年の特徴は、国のトップが、ジャーナリストの権利擁護を図るどころか、ジャーナリスト活動を抑圧する側にまわっていることである。国家が記者殺害にまで手を染めたサウジアラビアを始め、大量のジャーナリストを次々に拘束し、批判的メディアを次々に閉鎖する行動が中国、トルコ、エジプトなどで顕著だ。カショギ記者殺害でサウジと一見対立しているように見える、トルコのエルドアン大統領は国内の新聞を次々閉鎖、大量のジャーナリストを拘束している。
主要メディアをフェイクニュースと呼んで、取材活動を妨害する一方、Foxニュースやシンクレアラジオなど体制支持のメディアを育成する米国トランプ大統領は、カショギ殺害事件について、「ムハンマド皇太子はやったかもしれないし、やらなかったかもしれない」(11/20)と述べて、非道な行いを免罪した。サウジは米軍需品の大きな取引先である上、イラン封鎖の共同作戦に欠かせない国として敵対しない態度を優先した。
また、機密保護法でジャーナリストの活動を大幅に制限、メディアに圧力をかけて規制する日本安倍首相も、典型的な規制主義リーダといえる。

▼アフガニスタンではジャーナリスト狙った二重テロ
アフガニスタンは依然としてジャーナリストにとって最も危険な国となっている。2018年には戦闘やテロに巻き込まれて死亡したジャーナリストは18人にのぼっている。これはCJPが記録を取り始めて以来最大となる。
4月30日にはISの自爆テロで一挙に9人のジャーナリストが殺害された。手口は、最初に自爆テロ、ジャーナリストたちが集まったところを、狙いを定めて第二の爆発を起こすという手口だった。
戦乱が続くシリア(9人)やイエメン(3人)で死亡が続いている。シリアのジャーナリスト死亡は昨年に比べ、減少していることが報告された。またガザでは住民蜂起を取材中のパレスティナのジャーナリストがイスラエルの兵士に狙撃され死亡した。
2018.12.27 人口予測から見た中国の近未来
――八ヶ岳山麓から(273)――

阿部治平(もと高校教師)

今日中国の人口を巡っては多くの議論があるが、たいていは少子高齢化を軸に展開している。近藤大介著『未来の中国年表』(講談社現代新書2018・7)もその例にもれないが、こちらは人口の変化を道具に新たな切り口で中国を分析した、わかりやすく面白い本である著者は有数の中国通として知られる。現在「週刊現代」特別編集委員。

年代別の目次が本書の内容を端的に示している。
2018年 中国でも人口減少時代が始まった――四二一家庭(両親とその両親たちが一人っ子の面倒を見る家庭)
2019年 首都・北京の人口もごっそり減る――積分落戸(都市戸籍取得を制限するために人を点数化して評価する制度)
2020年 適齢期の男性3000万人が「結婚難民」と化す――空巣青年(一人暮らしの若者)
2021年 中国共産党100周年で「貧困ゼロ」に――脱貧攻堅(貧困との断固とした戦い)
2022年 大卒が年間900万人を超え「大失業時代」到来――学歴通脹(学歴インフレ)
2023年 世界一の経済大国となり中間層4億人が「爆消費」——消費革命
2024年 年間1200万人離婚時代がやってくる――中国式離婚
2025年 「中国製造2025」は労働力減少を補えるか――双創(創業と技術革新)
2035年 総人口が減少しインドの脅威にさらされる――竜象打杖(中国とインドの争い)
2049年 建国100周年を祝うのは5億人の老人――未富先老(豊かにならないうちに老人となること)((  )内は阿部)

ここでひとこと。中国の人口政策は大きな揺れをくりかえした。初代皇帝毛沢東は、歴代王朝同様人口は多ければ多いほどよいとし、「口は一つ手は二つ」、すなわち生産は消費を上回ると考えていた。だが毛沢東時代には、豊作の年でも食糧生産が人口の伸びを凌駕することはなかった。私が知る限り、1980年代に至っても天津近郊の農村には食料不足があった。
1950年代の後半、北京大学学長だった経済学者馬寅初は、経済発展のためには人口抑制が必要だという「新人口論」を提起した。無論皇帝に公然と逆らうことは許されない。馬寅初は激しい批判を浴びて社会的に葬られた。以後中国では人口学は消滅した。皮肉なことに、この時期毛沢東の「大躍進」政策によって3000万とも4000万ともいう餓死者が生まれていた。1960年代前半に人口が急激に増加に転じたのはこの反動である。
76年毛沢東があの世に行き、破綻寸前の経済が残された。1979年、二代目皇帝鄧小平は「一人っ子政策」という強制を伴う実験を始めた。98歳にして馬寅初の名誉は回復し、毛沢東は「錯批一人,誤増三億(一人をやっつけたがために三億人も増やした)」といわれた。

さて本題にはいると、中国でも日本に遅れること30年で、少子高齢化が始まった。建国101年の2050年には60歳以上の老人は5億に近づく。15歳から64歳までの生産年齢人口2.6人が65歳以上の老人1人を支えなければならない。これは日本の2013年のレベルにほぼ等しい。ところが中国は老人介護など社会的インフラがほとんどできていない。近藤氏は「未富先老」老人が億単位で出現すると予想する。
そこで、2014年、習近平政権は「二人っ子政策」に転じた。だが出生数は2017年には前年よりも63万人近く減少した。二人目は増えたが肝心の一人目の子供が大幅に減少したからである。なぜ若い夫婦が子供を産まないのか。
中国の専門家は、①子育てコストの上昇、②病院・保育所など公共サービスの欠如、③さらに「子供は一人」という出産観念が定着しているうえに、「二人の生活を楽しみたい」という夫婦が増加したことをあげる。
北京・上海・広州など大都市では、夫婦二人の収入が高い家賃と衣食で消えるとすれば、一人目の子供さえこの世にあらわれるのを躊躇するだろう。
近藤氏は、以上の3点に中国青年のスマホ中毒の増加を付け加える。「空巣青年」は一日中スマホで遊んでいて人付き合いがなく、「恋愛—結婚―出産」という従来のコースから外れていくからだという。思わず「えっ!」といってしまったが、なるほどこの人は醒めた目で庶民の生活を見ていると思う。

この調子で終わりまでやっていたらキリがないので、あと1件だけ太鼓をたたく。
中国の戸籍制度は事実上の身分制度、隔離政策として国際的にも悪評高い。胡錦涛政権も習近平政権も改革するとはいうが、目覚ましい成果を上げていない。
北京市では、都市戸籍申請に資格を設け、学歴だの不動産所有だの年齢だのによって人を点数化して評価し都市戸籍を許可する「積分落戸」制度を実施している。このため農民工が都市戸籍を得ることは難しい。これは北京市の人口増加を抑えるためであるが、近藤氏によれば、習近平主席はもっと積極的に北京の人口を減らしたいのだそうだ。

2017年2月、習氏は河北省正定県近くの寒村を訪れ、「雄安を開発せよ!これを第二の首都とする」と大号令を発した。雄安は容城・雄・安新の3県を合わせた地区で、誰もが冗談かと思ったそうだ。ところが、4月中共中央委員会と国務院は共同声明で「鄧小平時代の深圳経済特区と、江沢民時代の上海浦東新区につぐ第三の国家プロジェクトとして、雄安新区を設立する」と発表した。
当時ルポライターの安田峰俊氏は雄安地区を見て、貧しさゆえに旧式工場が多く大気汚染は北京よりも深刻で、交通の便もひどく悪い田舎だったと記している(『さいはての中国』小学館新書)。だが、2018年現在すでに開発は行われており、はやくも2019年から国有企業が順次移転する。名門大学もはじめ分校の形で雄安に新キャンパスをつくるという。それなら確かに北京の人口は減る。

北京の人口を減らすもう一つの措置は「低端人口」の追放だ。北京の人口は2200万人、うち北京の戸籍保有者は6割、残り4割は戸籍のない「外地人」である。「外地人」は北京の「単位(職場)」に所属している人と、そうでない出稼ぎ者に分かれる。後者を「低端人口」という。
2017年11月に大興区のスラム街で火災が発生して19人が亡くなった。このあと北京市書記蔡奇が先頭に立ってブルドーザーでスラム街を更地にした。これについては、すでに本ブログで田畑光永・坂井定雄両氏が論じているからくりかえさないが、大興区だけではない。蔡奇はほかのスラムもこうして「低端人口」を北京から追い出した。
近藤氏によると、さらに蔡奇は「青空を取り戻す」として、商店の看板や道路での引き売りや、歩道にはみ出した商店をかたづけた。それで、私にも街頭の新聞・雑誌を売る「小売部(売店)」が消えたのは、この方針によるものとわかった。「老北京(北京生まれの北京育ち)」はこれを歓迎したが、やはり、きつい・汚い・危険の3K仕事をする人間が必要だ。いま「低端人口」はかなり北京に舞い戻っているという。

大変うまく中国をとらえた本だが、ひとつ注文がある。
中国はAI強国を目指して巨額投資を行っている。端的にはアメリカが警戒する「中国製造2025」の実現である。2020年には科学研究費をGDPの2.5%まで増やすという。しかも、安倍内閣が目先の利益を期待できる分野の予算を増やしたのとは対照的に、習近平政権は基礎研究に目が向いている。これへの予算は、2011年の411億元から2016年の820億元と5年間で倍増した。
これにともない中国の科学研究者数は急増した。外国への留学生も帰国するものが多くなった。科学者数は2010年にアメリカを追い越し2015年現在161.9万人となった。日本は世界第3位だが、66.2万人で低成長状態だ。
現状でも、日本は科学技術の先進国で中国は途上国だという「常識」は間違いだが、このままだと専制政治のもとでは独創的な研究は生れないという「期待可能性」も破られるかもしれない。
というわけで、近藤氏が日中両国の科学研究者数の分析におよんだら、この本はもっと面白くなっただろう。そして、いまでも勝敗は目に見えているが、日中両国の未来像は一層鮮明になったはずである。(2018・12・20記)

2018.12.20 あの悲劇はなぜおきたか――天安門事件から29年
――八ヶ岳山麓から(272)――

阿部治平(もと高校教師)

『八九六四』という表題にひかれて、安田峰俊著『八九六四』(KADOKAWA、2018年5月)という本を読んだ。「八九六四」は1989年6月4日に北京の長安街と天安門広場で、中国共産党の支配に抵抗して「民主化」を要求する学生・市民が人民解放軍によって多数殺傷された天安門事件のことである。事件とそれに至るまでの一連の学生運動をさすとき、中国では「六四学運」という。本書はその運動にかかわった人々とのインタービューを記録したものである。
本書の帯には「中国、香港、台湾、そして日本。60人以上を取材し、世界史に刻まれた事件を抉る大型ルポ!!この取材は今後もう出来ない」とあるが、本書に登場するのは25人。事件当時中国本土にいて運動に関係した人は15人で、そのうち労働者だったのは2人にすぎず、そのほかは大学卒かそれと同レベルと思われるインテリである。この数字はそのまま1989年の民主化運動の実態を表している。労働者の組織的参加は少なく、農民は運動の埒外に置かれていたからである。「番外」として香港の雨傘運動、台湾のヒマワリ運動の関係者3人が登場している。

天安門事件5年後の1994年に、「六四学運」指導者のひとり王丹が運動の「総括」を発表している(共同通信の伊藤正氏訳、月刊「現代」1994・7)。本書にもその要約がある。
王丹の「総括」の第一は「運動は思想的基礎を欠いていた」というものであった。私は89年当時天津にいて運動を見ていたが、学生の「民主」思想に強い疑問を感じていた。そもそも指導部に確固たる民主主義思想があったかも疑問である。
学生らは、「民主の対立概念は君主だ」とか「民主とは人民が主人公のことだ」とかといった。本書に登場するもう一人の学生指導者ウアルカイシは、今日でも同じことを繰り返している。この論理は「中共は労農人民の党だ。だから中共の独裁は人民が主人公の政治である」と容易にすり替えられる。当時の最高指導者鄧小平は「三権分立は政府が三つあるようなものだ」と発言したが、これに対しても学生の正面からの批判はなかった。
言葉と行動の激しさとは裏腹に、運動を導く思想は腐敗した行政幹部の追放を期待する程度のもので、民主主義を求めて一党支配を揺るがすものではなかったと思う。
また王丹は、指揮系統が存在せず、途中から運動が四分五裂に陥ったことをあげ、そのために広場での座り込みが長引きすぎたといった。また学生と知識人だけが盛り上がり労働者や農民への参加の呼びかけを怠ったこと、政府内の改革派と「暗黙の連合」を組むことができなかったこと、デモ参加者たちが学生の「純粋性」をひたすら強調し、当局への譲歩や一歩後退といった柔軟な戦術を一貫して否定し、結果としてそれらが弾圧を招くことになったことなどをあげている。これにはほぼ賛成できる。

天津にいた私の周囲の日本人は、市民・労働者が熱烈に学生運動を支持しているのに、これが組織されていないことに歯がゆさを感じ、鉄道や製鋼工場「首鋼」などの労働者が闘争に参加しなければ勝利は難しいなどと話していた。
私は高校生までが運動に参加しだしたとき、学生と政府がどこで妥協できるのか心配になった。私の勤務先の幹部は「総書記の趙紫陽が失脚したから、中共中央に学生を擁護する者はもういない。学生が天安門広場から撤退しないかぎり、徹底的にやられます」といった。
ところが学生集団には規律と統制が不足していた。軍の介入が明らかになって、指導部が天安門広場の座り込みを解くよう説得しても、肯んじない学生集団がいた。賃上げストライキひとつとっても、有能な指導部と組織された中核なしには闘争を適時収拾することは難しいものだ。そして悲劇の6月4日が来た。
私は、学生たちは大学に立てこもって態勢を立て直すかと思った。ところが彼らは「空城の計」とかと称して、一般学生は故郷に向かって雲散霧消し、指導部では王丹と数人のもの以外は、国外逃亡を図ったのである。

というわけで、さきの94年「総括」から20余年を経た今日、王丹が中国の民主化についてどのような認識をもっているか、私は本書の王丹の発言に大いに期待した。
ところが安田氏は、王丹とのインタービュー記事をいきなり、「これまでに話を聞いたなかで、もっともつまらない取材ではないか」と書き始めている。王丹は聡明で、その見解は的外れではないといいつつも、会う前から退屈で、魅力に欠けていたことはわかっていたという。
王丹は、民主派のなかに中国の民主化について、「統一した意見はなく各人の見方があります」と言ったという。ではその各人は、現在の中共統治について、あるいは民衆と権力者の関係について、それぞれどのような分析をしているのか。習近平政権の時代的特徴についてどんな認識を持っているのか。はたして大陸の民主人権派と亡命者とでは現状認識に違いがあるのか。私が知りたかったのはまさにここのところだったが、安田氏はそれについては何も書いてはいない。

また王丹は、「たとえば中国共産党の統治が、あと100年間ずっと続くと思いますか?そんなことはあり得ません。あと10年か20年経てば非常に大きな変化が起きると思います」と自問し自答したという。
清朝はアヘン戦争の敗北によって、権力の根幹を揺るがされてから滅亡まで70年余りかかっている。王丹は10年か20年という短期間に現代中国で「大きな変化が起きる」と言う。
「大きな変化」とは、この場合権力基盤を揺るがすほどの変化であろう。中共の組織は郷村にまでしっかりと根を張っているうえに、中国国家は軍事的に強大となり、GDPも世界第二位になって、中共の権力基盤はむしろ強化されているといわねばならない。にもかかわらず、なぜ体制が揺らぐといえるのか。漠然と希望的観測を口にしているのなら、それは王丹の「はったり」ということになる。安田氏はどうしてその根拠を問わなかったのか。

本書は、それぞれの人物の語りの合間に、安田氏の主観による文章が頻繁に挟まり、むしろそれが大きな面積を占めている。このため当人が本当はどう語ったのか、よくわからないもどかしさがある。ウアルカイシもふくめ、他の20人ほどの言説も私にはよくつかめなかった。
たとえば凌静思という人物の記事の末尾に、安田氏はこう綴っている。
「北京の街を歩きながら、ふと若山牧水の短歌を思い出した。中国共産党が支配する紅い都の片隅の書庫に、そんな立派な人が隠れ住んでいた。凌静思の心は、広場を掃除していた青年時代と同じように清らかでまっすぐなままだ。ただし彼の感情は、すでに同時代の多くの中国人とは共有が難しくなっている――」と。
私は人物評よりも、この人物が何をどう語ったか、もっと語ったままに近い言葉で示してほしかった。氏の取材努力にもかかわらず、本書はルポというより、著者安田峰俊による人物論、あるいは印象記になっている。残念である。

2018.12.19 「敵進めば、われ退く」―中国、技術発展計画で対米譲歩を決意か?
新・管見中国(42)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 「米中新冷戦」は1日のアルゼンチン・ブエノスアイレスでのトランプ・習近平首脳会談と時を同じくして起こったカナダ・バンクーバーでの中国「華為技術(ファーウエイ)」副会長逮捕によって、戦線は米中間の貿易インバランスの是正のみならず、次世代通信技術(5G)での主導権争いという新領域の火も燃え広がっていることが明らかになった。
 確かに今より百倍以上も高速になると予想される通信技術の新世代の主導権の行方は、そのまま世界政治の主導権の行方をも左右するだろうから、現在の覇者、米にすれば、猛追してくる中国を蹴落としたい衝動に駆られていることは誰の目にも明らかである。
 とはいえ、正々堂々と追いつき追い越されるなら、米と言えども文句のつけようはないはずだが、現状では中国のしていることに米はあれこれ腹を立てているために、国際紛争の様相を呈しているわけである。
 米はなにに腹を立てているのか。一言で言えば「やり方が汚い」ということだろう。米の言い分を簡潔に言えば、中国は技術を「盗むな、ゆするな、過保護はやめろ」ということになる。
 「盗むな」はハッキングから技術者の買収までふくめて、外国企業の技術を盗み取ることであり、「ゆするな」は外国企業が中国の巨大市場をめあてに進出してくる場合や外国企業が中国と大型商談をまとめる際に、条件として技術を中国側に公開するよう求めること。「過保護はやめろ」は中国が2015年に決めた「中国製造2025」という中国の技術水準を急速に引き上げる計画で、その重点分野とされた業界や企業に政府が多額の補助金など優遇措置を講じていることを指す。
 このうち2番目の「ゆするな」は大げさに言えば、中国が改革・解放政策に踏み切って以来なかば公然と行われてきたことだが、「盗むな」はことの性質からか、米も声高に非難するわりには、個別例を具体的に明らかにしないし、中国も否定するばかりで具体的な反論をしないので、外部からはその真偽を判断しようがない。ただ、米中のやり取りを見ていれば、まるきり火のないところに煙が立っているわけではなさそうだ、とはな思える。
 問題は3番目の「過保護はやめろ」である。自国の遅れた分野を政府が保護、助成するのはどこの国でもやっていることであって、それを他国がとやかく言うのは筋が通らない。だから中国側は「中国は自らが発展する権利を犠牲にはできない」(10月1日『人民日報』)と反論する。その限りでは正論であろう。習近平も11月17日、ポートモレスビーでのAPECの場で「すべての国は平等に発展する権利がある」と米ペンス副大統領の前でその立場を強調した。
 それでは米は何故、この「中国製造2025」を目の仇にするのか。表向きはこの計画による補助金や外資規制が「市場の公平性をゆがめている」というものだ。確かに「華為」のように短期間で世界シェアを大きく伸ばした中国企業は民営とはいえ、政府の強力な後押しがあったであろうが、それを不公平とか、公正な競争が行われていないと非難したところで、所詮は他国のことである。
 それでも米がこの「中国製造2025」を毛嫌いするのは、これが今後数十年に及ぶ中国の発展目標を掲げているからではないかと考えられる。米にとっては想像したくないことをわざわざ目の前に突きつけられている感じがするのではないか。
 例えば計画によれば、中国は2025年から10年間で世界の製造強国の仲間入りをし、2035年には製造業の現代化を全面的に実現する。そして建国100年の2049年には世界でも先進的な技術体系と産業体系をつくり上げるというのである。
 なんでその程度のことで、という気もするが、なにしろ中国は14億人を擁する巨大マーケットである。巨大マーケットの持つ強みをこれまで十分味わいつくしてきた米としては、米の数倍の巨大マーケットが先進技術を身に着けることは想像するだにおぞましいのではなかろうか。
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 さて、ここからがこの一文の本題である。先進技術に関する米の対中非難のうちの「過保護はやめろ」は中国としてとても呑める要求ではないので、「新冷戦」はますます過熱かと思われている矢先に、中国がここはあえて譲歩するのではないか、という雲行きになってきたようなのである。
 発端はさる12日の米ウォール・ストリート・ジャーナル紙(電子版)の報道である。それは中国政府が米中貿易戦争の収束に向けて「中国製造2025」の見直しを検討していて、来年の初めには産業育成策の新しい計画を公表する、というのである。
 ただこの報道ではニュースソースが明らかにされていないので、これだけではただの観測でしかないが、この報道を受ける形で中国の新聞がそれを否定するのでなく、逆に肯定するような論評を掲げたので、それを紹介しておきたい。
 その新聞とは『環球時報』という人民日報系の国際問題専門紙である。最近では昔と違って国際的な動きに素早く反応するので、中国の動きについての重要な情報源となっている。そして問題の論評は同紙14日に載った「社評」(日本でいえば社説)で、タイトルは「どうすれば有利か、中国の産業政策はどうあるべきか」。その要点は―
 「米側が『中国製造2025』に反対したのは中国人には意外であった。われわれは米の態度を全く理解せず、自分たちだけでこれを決定した。しかし、中国は深くグローバル化の中に溶け込んでおり、中国の利益と米など西側の利益とを協調させる現実的な必要はますます大きくなっている。・・・これは中国にとって1つの重要な思考の角度である」
「今年になってからの中国を取り巻く環境の重大な変化を回避せず、主導的に応対すべきである。・・・今日、中国が外界に対応して動くことは、国の利益をよりよく実現するためであり、主権を圧迫されての屈辱的な譲歩ではない。強硬と対決は永遠に妥協より歓迎され、さらには『政治的に正しい』とされる。しかし、これは21世紀の中国のイデオロギーではない」
 「中国は世界と利益を共有(共赢)する。これはわれわれの平和発展の生命線であって、1つのスローガンではない。・・・なにが利益の共有か。1つの主張をのべて、それで終わりというわけにはいかない。外部世界の受け取り方もその中に取り入れなければならないし、それは各方面の態度と認識の最大公約数でなければならない」
 要するに自分のことは自分で決めるから、他国は口を出すなという態度はもう通用しない。自分のことでも世界の理解をえなければならない、というのである。へー、ずいぶん物わかりがよくなったものだと驚くし、具体的には「中国製造2025」を外国の批判を受けて縮小したり、改訂したりするのも、共通の利益のためならやむを得ない、ということになる。
 もし、この論調が中国を代表するのなら、米との協議の上での最大の難関は取り除かれたことになる。しかし、ことはそう簡単ではないような気がする。というのはこの新聞の今の編集長はなかなかに開明的な人物で、これまでも時に署名入りでその所論を紙面に載せてきた。したがって、こういう論説が出たからと言って、即それが中国政府の交渉態度に出るとは限らない。われわれは次の場面を待つしかない。
 とはいえ、考えてみれば、今度の「米中新冷戦」なるものは、すくなくとも中国側にしてみればかねて十分に予期していたとはいえないはずだ。今春以降、トランプの急襲に会って、一応、関税には関税で、と対抗はしているが、その間に国内経済は明らかに下降線をたどっていて、強がりだけで先の見通しは立っていないのが現状ではないか。
 そこで局面転換の契機を探り始めたことは十分考えられる。中国共産党は大きな危機に見舞われたときは、思い切った戦術転換に出た歴史を1度ならず持つ。記憶に新しいところでは1970年代、ソ連の攻勢に追い込まれた際には、それまで「米帝国主義は世界人類共通の敵」と言っていたのに、突如、キッシンジャーの隠密外交を受け入れ、対米関係を改善した。日中国交回復もその流れの続きであった。
 それより以前には抗日統一戦線を組むために宿敵、国民党の蒋介石とも手を結んだ。いずれも党内の混乱を恐れず、生き残りのための政策転換であった。この段階での米との対決には勝ち目なしと読み切れば、「妥協をいとわず」は中国共産党の伝統でもある。来年の米中関係はどう展開するか。予断をもつことはできない。
 毛沢東の遊撃戦「16字戦術」と伝えられるものがある。その第1句は「敵進我退」(敵進めば、われ退く)である。第2句以降は「敵駐我擾」(敵留まれば、われ攪乱す)、「敵疲我打」(敵疲れれば、われ打つ)、第4句「敵退我進」(敵退けば、われ進む)と続く。
2018.12.17 日韓両国の友好的協議での解決めざせ!
国際司法裁判所へ提訴しても日本は勝てないかも
韓国最高裁の元徴用工や挺身隊への賠償命令確定


坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

 韓国大法院(最高裁判所)は、10月30日、第2次世界大戦中に、日本本土の工場に動員された韓国人の元徴用工4人が、新日鉄住金に損害賠償を求めた訴訟の上告審で、同社に一人当たり1億ウォン(約1千万円)支払いを命じる判決を下した。さらに大法院は11月29日、広島と名古屋の三菱重工業の軍事工場で働かされた韓国人の徴用工や女子挺身隊らが、同社に損害賠償を求めた2件の訴訟の上告審で、原告10人(うち5人は死亡)にそれぞれ8千万~1億5千万ウォン(約800万~1500万円)支払いの賠償を命じる判決を下した。いずれも判決は最終確定した。
 日韓両国政府は1965年、日韓請求権協定に合意調印した。同協定の作成交渉では、元徴用工らに対する日本側の補償措置の算定額が対立したまま、秘密交渉で有償・無償計5億ドルの経済協力で合意、実行された。
 同協定の第2条では「両国は両国及びその国民(法人を含む)の財産、権利及び利益、並びに両国及び両国民の間の請求権に関する問題が、完全かつ最終的に解決されたことを確認する」(協定文の一部簡略化)としている。
 この重要な条項について、韓国大法院も政府も、国家としての請求権は消滅したが、被害者個人の請求権は生きているという立場を確立している。一方、日本政府側は政府間の請求権は消滅しているが、個人の請求権が消滅したとは断定していない。その点について12月15日の朝日新聞は見出し「文氏、日本と協議の意向」の記事の中で「日本政府も個人請求権は消滅していないとの考えだが、元徴用工や元女子勤労挺身隊員らに対する補償問題は協定で『解決済み』との立場を取る」と書いている。
 しかし、今回の3件の最高裁判決に日本政府は激しく反発した。河野外相は11月29日「国交正常化以来築いてきた日韓の友好的協力関係の法的基盤を根底から覆すもので、極めて遺憾であり、断じて受け入れることはできない」「ただちに国際法違反の状態を是正することを含め、適切な措置を講ずることを重ねて強く求める」「国際裁判や対抗措置も含めあらゆる選択肢を視野に入れ、きぜんとした対応を講ずる考えだ」との談話を発表した。
 これに対して韓国側は、大法院判決を振りかざして日本政府に実行を迫るのではなく、文在寅大統領は12月14日、「1065年(日韓請求権)協定は有効だが、個人請求権は消滅していない」と述べ、両国で協議していきたいとの考えを示した。
 日本政府側の主張はあくまで1965年の日韓請求権協定で、元徴用工らに対する補償問題は解決済みの立場だ。しかし、今回の判決の後にも、個人の請求権に基づく賠償要求の裁判が他にも控えている。14日には下級審の光州地裁が、戦時中に女子勤労挺身隊員として名古屋の飛行機工場に動員された女性、金さん(80)と別の女性の遺族が三菱重工を相手取って損害賠償を求めた訴訟の控訴審で、同社の控訴を棄却し金さんに1億2千万ウオン(約1200万円)の支払いを命じた。この件も日本側から大法院に上告され、同様な判決が下されるだろう。
 日本側は当初から、菅官房長官も河野外相も、これらの問題は日韓請求権協定第2条で「完全かつ最終的に解決されたことを確認する」としているとして、「国際裁判や対抗措置も含め、毅然とした対応を講ずる」と怒りの発言を繰り返した。しかし、しばらくして「国際裁判」は口にしなくなった。
 そのわけは、今回のような2国間の請求権問題について、国家間の請求権が条約で消滅しても、被害者個人の請求権が失われることはない、という国際法上の判断が次第に有力になっていることを国際法の専門家が忠告したのではないだろうか。韓国大法院が「国家間の請求権が条約によって消滅しても、被害者個人の請求権は消滅しない」との立場は揺るがなくなったのだ。
 もし、この問題を提訴するとすれば、まず国際司法裁判所だが、同裁判所で審議すれば、被害者個人の請求権は1965年の協定では消滅していないという判断が下される可能性が強いのではないか。
 さらに審議の過程では、協定の韓国側当事者である朴正熙政権が61年のクーデターで政権を奪って発足したことと、63年の大統領選挙で“みそぎ”を経て、国民の支持をやっと得たことも審議される可能性もある。国際司法裁判所では、軍事紛争やクーデターで政権を握った政府と他国の条約が、のちに民主的な選挙で成立した政府によって否定されるようなケースも審議されている。国際法の判例集は膨大な冊子だが、条約の正当性を審議した記録が、どれも長く、多い。日韓請求権協定についても、国際司法裁判所に提訴するには、その辺まで覚悟する必要があるだろう。
 さいわい、文韓国大統領は、最高裁判決を実施するための強制的措置を取る姿勢は一切見せず、日本側との協議で事態を解決するよう提案している。日本政府も65年協定を盾にして国民の反韓感情を煽るのではなく、韓国との協議で解決をしなければならない。
 ともかく、日本と韓国は最も近い隣国なのだ。(了)
2018.12.13 来年2月が最初の正念場? 貿易、華為、米中新冷戦の2戦線
新・管見中国(41)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 さる1日、南半球のブエノスアイレスで米中首脳会談が開かれたその日に、北半球のバンクーバーでは中国の通信機器トップメーカー「華為技術(ファーウェイ)」の創業者の長女で、同社の副会長兼最高財務責任者(CFO)を務める孟晩秋女史が、米の要請を受けたカナダ警察の手によって逮捕された。
 あまりの符節の合いように驚くばかりだが、この逮捕劇を米側のボルトン補佐官(安全保障担当)は知っていたことをメディアに公言し、トランプ大統領については「大統領はなんでも知っているとは限らない」と知らなかったことをほのめかした。
 首脳会談については、7日の本欄で検討したので、今回はこの孟晩秋事件について考えることにする。
 前回も紹介したように華為は中国政府がもっとも力を入れている技術革新(イノベーション)の分野でのリーディング・カンパニーである。1987年創立だから、社歴は古いとは言えないが、創業者の任正非氏は軍出身で、当然のことながら党政府の要路との関係は深い。現在、170か国と取引があり、中国の民営企業売上ランキングの1位を占めている。
通信基地局の世界シェアでも同社は27.9%を占めて1位。2位がスウェーデンのエリクソン(26.6%)、3位フィンランドのノキア(23.3%)、4位には今年、イラン制裁違反で米司法省から手痛い処分を受けてひん死の状態に陥った中国の「中興通訊(ZTE)」の13%と続く。
スマホの世界シェアでは韓国のサムスンに次ぐ世界2位、米アップルを3位に従えている。というわけで華為は目前に迫ったITの5G世代に向けて世界の覇者の座をねらう位置にある。
それだけに中国を今や最大の対立相手と見る米にとっては、なんとかその鼻柱をへし折ってやりたい相手である。しかも華為にしろ、中興にしろ、製品の基幹部品の半導体などはクアルコムなど米企業の供給を受けている。華為が米企業から購入する部品は年間18憶ドルにも達すると言われている。米の技術にたよりながら、巨大な国内市場と低コストを武器に世界の至るところへ触手を伸ばしてゆく華為は、米にとってはなんとも小癪な存在であるはずだ。
米が貿易赤字縮減に名を借りて、来年2月いっぱいまでの90日間に協議をまとめる5項目の中の1,2に掲げた「米企業への技術移転の強要」禁止、「知的財産権の保護」はまさに華為、中興などを念頭に置いている。
とはいえ、その華為の最高幹部を第3国で逮捕するとはずいぶん乱暴な話である。もっとも米はだいぶ前から華為の財務責任者を、米が制裁対象としているイランと取引をしながら米金融機関に虚偽の説明をしていたとして、詐欺罪で逮捕する構えでいたといわれる。しかし、華為側がそれを察知して、孟女史も米に入国しなかったため、カナダに逮捕を要請したのだそうだが、事前の聴取も捜査もなしに、いきなり中国社会のセレブの星を手錠、足かせで逮捕というのは、米の憤懣のはけ口と同時に中国にもそれを目に見える形で突きつける政治的効果を狙ったのではないかとさえ思える。
当然、中国政府は怒った。米、カナダ両国の大使に強硬な抗議を突きつけると同時に孟女史の釈放を要求したばかりでなく、北京に在勤したことのあるカナダの元外交官を逮捕する挙にでた。容疑内容が明らかにされていないので、事情が分からないのだが、孟女史の保釈の後、すぐに釈放されるようだと報復逮捕の疑いが持ちがる。
その孟女史はバンクーバーの裁判所での3回の聴聞を経て、11日、逮捕から11日ぶりに保釈が認められた。保釈金は1000万カナダドル(約8億5000万円)、同女史がバンクーバーに持つ自宅で暮らせるが、夜間は外出禁止、パスポートは押収、本人にはGPSを使った追跡装置を付けるという条件とのこと。
しかし、まだまだ一件落着とは程遠く、この後はカナダ・米両国の当局間で、本人を米に引き渡すかどうかの話し合いが行われ、結論が出るのは来年の2月頃との由、そしてその頃は米中の貿易協議も大詰めを迎えているはずだ。
しかも、米CNNの報道によれば、孟女史の保釈決定を受けて11日、この件に介入する気があるかどうかを問われた米トランプ大統領は「国家にとって有利なら、それもする」と答えたそうである。
珍しい答えである。こういう場合、司法の問題だから政府が介入することはないと(嘘でも)答えるのが、政治家の常識だが、ご本人はそういう常識とは無関係のようで、つい本音が出たのであろう。そうなると、貿易と先端技術と2つの戦線がないまぜとなって大会戦が展開されることになる。
しかも3月は中国では全国人民代表大会が開かれる政治の季節である。それを前に習近平政権も国民に弱い姿は見せられない。来年の2月、3月、太平洋をはさんで、どんな春がくることやら。