2007.06.30 反原発から日本核武装反対へ
岩垂 弘 (ジャーナリスト)

核開発に反対する会が発足

 日本の核武装反対を掲げた「核開発に反対する会」が6月24日、東京で結成された。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核実験をきっかけに、一部の閣僚、政治家から「日本も核武装についての論議が必要」との発言が相次いだことに危機感を抱いた反原発運動NGOを中心とする人たちが、半年余の準備活動を経て発足させたものだ。反原発と日本核武装反対を結びつけた新たな反核運動として注目される。

核開発に反対する会  昨年10月9日、北朝鮮で核実験が行われた。これに対し、自民党の中川昭一・政調会長は同月15日、テレビ朝日の報道番組で「核があることで攻められる可能性は低いという論理はあり得るわけだから、議論はあっていい」と発言した。
 中川政調会長は11月1日の日本記者クラブでの記者会見でも「向こうが核と言っているから、我々も核の論議が必要だと言っている」と述べた。
 また、麻生太郎・外相は10月18日、衆院外務委員会で「隣の国が(核兵器を)持つことになった時に(日本が核武装の是非を)検討するのもだめ、意見の交換もだめというのは一つの考え方とは思うが、議論をしておくのも大事なことだ」と述べた。
2007.06.29 戸口改革   できるか都市・農村戸籍の一本化
丹藤佳紀 (早稲田大学講師)

こんな言葉が! (10)中国で

 一年後に迫った北京オリンピックをめざして、中国の首都・北京では宿泊・文化・運動施設の新設や大規模な市街地再開が進められている。その北京の中心部に位置する天安門広場の西側に人民大会堂(国会議事堂に当たる)があり、外国賓客の歓迎式はその前で行なわれる。
 その人民大会堂裏側に、湖水に浮かんだ東京ドームのような形で国家大劇場が完成し、この6月15日公開された。直線を基本に、左右対称という中国的な設計の大会堂裏手に登場した目もまばゆい宇宙基地のような国家大劇場。それについて説明しなければならないことは、フランス人の設計によるものであること、 中国の建築家・デザイナーなどがその企画に反対したことなどいろいろあるのだが、それは後日に譲り、本題に入る。
 国家大劇場は7月に内装ができ、9月末からテスト公演に入る予定だ。それに先立ってこの4月、国家大劇場がスタッフ・従業員を公募した。
 ところが、その応募条件のうちの「北京市の住民登録があること」に異論が出て訴訟沙汰になったのである(以下、中国でいう「戸口」は日本語の「住民登録」、「戸籍」と同じものとする)。
2007.06.28 拉致問題、対米幻想を捨てる時
田畑 光永 (ジャーナリスト)

暴論珍説メモ(13)

 米朝が年内にも関係正常化か? という声が上がるほど動きが加速してきた。最近の動きとその中の日本、を考えてみたい。
まず北朝鮮をめぐる六カ国協議の米国首席代表、ヒル国務次官補が6月21日から22日にかけて、ピョンヤンを訪問して、カウンターパートである北朝鮮の金桂冠(キムゲグァン)外務次官らと会談した。
 凍結されていたマカオの銀行の資金を北朝鮮に送金する作業が終わってのヒル訪朝と思われたのだが、ちょっと驚いたことにはロシア外務省のカムイニン報道官が北朝鮮資金のロシア民間銀行(極東商業銀行)への送金完了を確認したのは23日であり、その資金が同行の北朝鮮口座に入金されたと、ロシアの財務当局者が語ったのも23日であったことだ(24日『読売』朝刊)。北朝鮮当局が入金を確認したのは、さらにその後であった。
 つまりあれほど「送金の確認」にこだわっていた北朝鮮が最後は見切り発車でヒル次官補を受け入れたということであり、それは両国がもうとっくに「その気」になっていたことを示していると見ていいだろう。なにしろヒル次官補が訪朝を表明したのはすでに19日、韓国の宋旻淳(ソンミンスン)外交通商相との朝食の席であったというのだから(22日『神奈川新聞』)。ちなみにヒル次官補が日本にそのことを伝えたのは24時間遅れの20日午前の谷内外務次官、佐々江アジア大洋州局長との会談であった。
 ピョンヤン会談で北朝鮮は手のひらを返したように物分りのよさを見せて、2月合意の「初期段階」措置である核施設の稼動停止、封印の履行に応じ、国際原子力機関(IAEA)の実務代表団が26日にピョンヤン入りした。なんとも手回しのいいことであった。
 ヒル次官補はソウル、東京とまわってピョンヤン会談の中味を説明したが、それと符節を合わせるように北朝鮮外務省のスポークスマンも23日、ヒル次官補との協議で「7月上旬に六カ国協議の首席代表協議、8月初めに六カ国外相会合を開く可能性を検討し、実現のために努力することになった」と言明し、これからは米朝両国が取り仕切るぞといわんばかりの姿勢を見せている。もともと六カ国協議は北朝鮮をいわば被告席に座らせるものであったはずなのに、その被告が今や米と並んで胴元のような顔をしている。
2007.06.26 パレスチナ分裂 中東情勢さらに混迷
伊藤力司 (ジャーナリスト)


 パレスチナでライバル関係にある強硬派ハマスと穏健派ファタハが、ガザ地区の覇権を争った内戦は6月14日、わずか5日間の戦闘でハマスの勝利に終わった。この結果、パレスチナ自治区はハマスが制圧したガザ地区とファタハが優勢なヨルダン川西岸に分裂、この2地区を統合するパレスチナ国家建設という目標は消し飛んだ。また、パレスチナ国家とイスラエルを共存させて中東和平を実現しようとした大国の思惑も頓挫、中東の混迷はさらに深まった。
 1948年のイスラエル建国以後、4回ものアラブ・イスラエル戦争を繰り返すなど危機の絶えることのない中東だが、パレスチナ分断の余波は泥沼状態のイラクとその周辺のイラン、トルコ、レバノン、シリアなどに複雑な波紋を広げそうだ。一方、イスラエルとイスラエル全面支援の米国にとって、パレスチナの混乱は一見有利な局面に見えるが、中東各地の反米・反イスラエル勢力の反応次第では、新たな危機に直面しないとも限らない。
2007.06.25 眼のある風景 --夢しぐれ東長崎バイフー寮--
田尻孝二 (生協役員)

 靉光。春に生誕100年の展覧会を見て以来、この不思議な画家が気になっている。とりわけ「眼のある風景」は印象に残る作品だ。靉光が創作過程で無数に重ねたスケッチやオブジェクトに対峙した濃密な時間を、この作品は背負っている。向かえば超現実の世界に引き込まれるのだ。

 だから、その名をつけた芝居に出かけぬ手はない。6月23日は真夏を思わせる暑い日だった。六本木俳優座劇場、開演20分前、席に着くと既にほぼ満席の盛況である。

 1930年代日本が戦争の道を走り始めたころ、池袋モンパルナスと呼ばれた地域に詩人・花岡謙二が営む培風寮があった。戦時色が強まるにつれ、体制の圧力は若い芸術家達にも容赦なく襲いかかってくる。この寮の住人も例外ではない。筆を折る三郎、戦争協力の絵を描く桜井、ひとり自分の表現を守り続ける靉光。舞台は寮のホール、だれもが個人で解決し得ない苦悩を抱えた希望のない時代の空気が充ちている。そして、靉光が外地で戦病死する運命は観客のみなが承知している。

靉光親族と出演者  それでも芝居は、若く貧しい芸術家が夢をかたり理想を追求する青春の物語だ。若い役者達が靉光やその仲間たちの全力で時代に立ち向かった姿をテンポよく演じている。2時間の長さをまったく感じさせない舞台だった。

 靉光は拳を振り上げない、激しいメッセージも発しない。抵抗の画家と言われるけれど、真面目に己の普通を通したにすぎない。ただ、時代のほうがおかしくなって、その普通を許さなかったのだ。劇中、非国民という台詞を何度耳にしただろうか。

2007年6月21日(木)〜7月1日(日) 六本木 俳優座劇場
文化座ホームページ 
2007.06.24 9条改正反対で1000万人署名運動
中立系労組の12単産で

 新聞労連、出版労連、全建総連など、上部団体をもたない中立系労組の12単産が、共同で憲法9条改正に反対する1000万人署名運動を始めた。多数の労組が共同して憲法9条改正反対の署名に取り組むのは初めてのことで、改憲のための手続きを定めた国民投票法成立後の新たな護憲運動として注目される。

 署名運動を始めたのは、憲法改悪反対労組連絡会(憲法労組連)。新聞労連、出版労連、全建総連のほか、全港湾、全損保、全農協労連、電算労、航空連、日本私大教連(日本私立大学教職員組合連合)、全大教(全国大学高専教職員組合)、全倉運(全日本倉庫運輸労働組合同盟)、映演共闘(映画演劇関連産業労働組合共闘会議)の計12単産が加盟している。2004年7月に結成され、組合員は合計で85万人という。新聞労連が事務局をつとめる。
 署名の名称は「平和憲法の改悪に反対する要請署名」。統一した署名用紙を使うという。目標は1000万人だが、憲法労組連は「2、3年のスパンで達成したい」としている。集まった署名は国会に提出する。

 署名運動開始にあたり6月14日には、「キックオフ集会」が衆院議員会館で開かれ、約80人が参加した。主催者を代表してあいさつした嵯峨仁朗・新聞労連委員長は「ふだん顔を合わせることのない労組が、憲法9条を守ろうという一点で集まっている」と述べ、9条改正反対の世論が強まっているので1000万人という目標達成は可能、との見通しを示した。
2007.06.22 サージ(Surge) イラクの治安回復せず
伊藤力司 (ジャーナリスト)

こんな言葉が! (9) アメリカで
 
 Surge とは普通の英単語で「大波」とか「うねり」という意味だ。ところが現今の英語ニュースでは、イラクからの米軍撤退を求める米世論に抗してブッシュ大統領が約3万人の戦闘部隊を増派し、2月中旬から始めたバグダッド首都圏の治安回復を目指す大掃討作戦を意味する特殊用語だ。
 Surgeとは、米陸軍の正規軍5個旅団を首都に、海兵隊4000人を首都西方の、スンニ派武装勢力の根拠地アンバル州に投入、イラク軍との共同作戦によって、昨年2月から極度に悪化したバグダッドの治安を回復しようとの作戦だ。作戦開始以来4カ月を越えたが、首都でのスンニ派対シーア派の殺し合いは数を減らしたものの、反政府武装勢力の、相手構わぬテロ攻撃や自爆作戦は毎日続いている。これまでは絶対安全とされていた首都のグリーンゾーン(サダム・フセイン時代の大統領官邸の敷地で、現在は米大使館、イラク議会や首相官邸などの所在地)に砲弾が飛び込んだり、唯一治安の良かったクルド自治区も砲撃されるというありさまだ。
2007.06.20 年金問題、第三者委員会という愚
田畑 光永 (ジャーナリスト)

暴論珍説メモ(12)

 政府は19日の閣議で、年金の納付記録がなくなった人たちの訴えの真偽を判定する第三者委員会を政令で中央と地方に設置することを決めた。そして30人以内で構成されるという中央の委員会の中核メンバー10人も決まって発表された。地方にも10人くらいの委員会を50も作ると言う。
 じつに愚かしいことだと思う。もともとこの問題は国民が納めた年金保険料の記録(勿論、お金もだが)をきちんと管理すべき国がそれを杜撰に扱った(お金も厖大に無駄遣いした)ことから起った。保険料を払った側にはその証拠を保管する義務はない。だから筋から言えば、責任を負う国は請求があれば、相手に領収書などの証拠がなくても、年金を払わなければならない。
 それでは不正に請求されても払わなければいけないのか? 筋から言えば、払わなければいけない。それではみんなが損をすることになるではないか? その通りだが、だらしない政府を許していたのはほかならぬわれわれ国民なのだから、それは我慢しなければならない、筋から言えば。
2007.06.19 違和感のあるやりとり

[エッセイ]

 東京六大学野球春季リーグで「天下分け目」と言われた早慶戦の第一戦でのこと。9回の早稲田の攻撃で慶応は初めて3点を奪われ、7対3となった。しかも2死満塁とピンチは続く。そこで、相場慶応監督はマウンドに足を運ぶとバッテリーにこう語った。
「君ら2人にこの試合、あげるから」
 監督のこの一言でバッテリーの緊張が解け、後続を断って初戦をものにした。このシーンは、『毎日新聞』(6月5日)の「冨重圭以子の納得の一言」というコラムで知った。
 コラムのタイトルにあるとおり、監督の「一言」になるほどと感心したのだが、「待てよ」と思った。

2007.06.17 会場にみなぎる危機感  今年も6・15「声なき声」集会開く
岩垂 弘 (ジャーナリスト)


 誰でも入れる反戦・平和の会「声なき声の会」の集会が、6月15日午後6時から、東京・池袋の豊島区勤労福祉会館で開かれた。毎年この日に開かれてきた集会も今年で47回目。毎回、その年の政治状況や反戦市民運動の課題が話し合われてきたが、今年は、「戦後レジームからの脱却」を掲げ、教育基本法を改正し、国民投票法を制定するなど、改憲への道を突っ走る安倍内閣に対する闘いを強めるよう訴える声が相次いだ。
声なき声の会


 「声なき声の会」は1960年の日米安保条約反対運動の中で生まれた。
 日米安保条が結ばれたのは1951年だが、岸信介内閣は米国との間で条約改定を急ぎ、60年に改定された安保条約(新安保条約)の承認案件を国会に提出した。野党の社会党・共産党や労働組合が「改定により日本が戦争に巻き込まれる危険性が増す」と改定反対運動を起こすと、岸内閣と自民党は5月19日、衆院で承認案件を強行採決。このため、その日から、抗議のデモ隊が連日、国会を取り巻いた。
2007.06.16 安倍さん、空約束は困りますよ
田畑 光永 (ジャーナリスト)

暴論珍説メモ(11)

 6日からドイツのハイリゲンダムで開かれたサミットに出席した安倍首相は、8日の閉会後(日本時間9日未明)の記者会見で「充実感を感じている」と胸を張った。それは今次サミットの最大の課題とされた温暖化ガス排出削減の問題で首相の「2050年までに温暖化ガスの排出を半減する」という安倍提案を「軸」に討議が交わされ、「会議の成功に貢献できた」からだそうである。
 このところ、松岡前農水相の自殺、未統合年金記録問題などで追い込まれた感のある首相だけに、バルト海沿岸の保養地での各国首脳の討論にイニシアティブを発揮したとあっては、胸の一つも張りたくなる気持は分からないでもない。
 しかし、その会見をテレビ中継で見た人は気づいたはずだが、首相の胸を張った冒頭発言が終わり、記者の質問が始まると、内外記者の誰一人、その温暖化問題を取り上げなかった。理由は簡単、聞くことがなかったからである。

2007.06.15 画家・靉光の生涯を描く芝居
劇団文化座が上演へ

 「抵抗の画家」とか「異端の画家」とかといわれてきた靉光(あいみつ)の生誕100年を記念する「靉光展」が、毎日新聞社主催で、東京に続き仙台市の宮城県美術館で6月9日から始まったが、それと並行して、靉光の短い生涯を描いた芝居『眼のある風景―夢しぐれ東長崎バイフー寮―』が、6月21日から、東京・六本木の俳優座劇場で、劇団文化座(座長、佐々木愛さん)の手で上演される。
 原作は、作家で、信濃デッサン館・無言館館主の窪島誠一郎さん。脚本は杉浦久幸さん、演出は西川信廣さん。劇団文化座にとっては劇団創立65周年記念公演で、「芸術とは何か、生きるとは何かを厳しく問いかける意欲作」(劇団関係者)だ。
眼のある風景
2007.06.13 六四(Liusi=リゥスー)  評価替えはまだ、天安門事件
丹藤佳紀 (早稲田大学講師)

こんな言葉が! (8)中国で

 中華人民共和国の首都・北京を象徴する天安門広場。そこに通じる長安街などで「人民解放軍」が非武装の学生・市民に発砲し、多数の死傷者を出した天安門事件を覚えておいでだろうか。
 あれは、ソ連をはじめとする「社会主義国」がまだ欧州に存在していた1989年6月4日のことだった。その後、ベルリンの壁が崩れ、ルーマニアのチャウシェスク大統領夫妻が蜂起した民衆によって処刑される。だから、天安門事件は、後智恵で言えば社会主義体制崩壊の前触れとなったできごとである。
 日本では、上記のように天安門事件といわれるが、英語圏では、あの広場に突入した戦車などのイメージが強いせいか、Tian'anmen Massacre(天安門の虐殺)と形容されることが多い。
 もちろん、当の中国ではそんな言い方はしない。公式文書などでどうしてもあのできごとに触れなければならないとき、90年代後半からは「政治風波」というようになった。香港がそうだが、一般的には日付けをとった「六四」で代用する。
 今年、その「六四」の前後に小さな異変が起きた。ひとつは、事件当時、北京市の西長安街で死亡した人たちへのささやかな追悼セレモニーが当局に認められたことである。
 いまひとつはこれと逆行する動き。四川省都・成都の夕刊紙『成都晩報』に「六四」当日、一行広告が載った。「向堅強的64遇難者母親致敬!」という13文字である。
 大意はおわかりいただけると思うが、訳すと「64(天安門事件)犠牲者の不屈の母親たちに敬意を表す」。
 中共中央宣伝部の厳しいコントロールの下、「天安門事件」という表現さえ使えない新聞にこんな文言が載ってしまったのである。
2007.06.12 誇りをもって今を生きる、四国の小さな町や村
中尾ひろえ
(日野・地域エネルギー協議会)

環境自治体会議 うちこ会議で片鱗に触れる

 愛媛県内子町で5月23日〜25日に開かれた「第15回環境自治体会議 うちこ会議」に参加した。「〜今、見つめなおそう 真のエコロジー〜」というサブタイトルがつき、テーマは「暮らし再考 自然再生」である。
 環境自治体会議は、年1回、地元実行委員会の主催で開かれている。自治体単位の会員制で現在59自治体が加盟。会議は、環境政策についての情報交換や交流が目的で、自治体職員のほか、市民も参加できる。地域の特色をさまざまなかたちで披露する場でもあり、夜の交流会が楽しい。昨年は鹿児島県指宿市で開かれた。
 私が住む日野市は環境基本計画が施行された1999年頃から会員になっている。現在、日野市長は会議の共同代表でもある。
 私が初めて参加したのは、4年前の長野県・飯田会議であった。新エネルギーの勉強をしたいという気持ちもあって、地域共同型エネルギー政策の分科会に参加。保育園での太陽光発電点灯式へ参列や、太陽光発電システム工場の見学など、新知識を得ることができた。また全体会で、地元中学生がりんご並木を植え替え、収穫や手入れも行っているとの報告を聞いて、たまたま宿舎近くにそのりんご並木があり、はずれに風車と太陽光発電装置つきのシンボル塔があった。小さな塔の発電の様は今なお鮮明である。
2007.06.11 労組はいかにしてNPOと連携するか
連合通信社がガイドブックを発行

労働組合とNPOガイドブック   労働組合や市民団体にニュースを配信している連合通信社(東京都港区)が、『労働組合とNPO――協働へのファーストステップ』と題するブックレットを発行した。どうすれば労働組合が地域の市民と連携してゆけるかを解説した手引書で、同通信社も「労働運動の新しい展望を示す一冊」とPRしている。

 労働組合の地盤沈下が止まらない。厚生労働省が06年12月に発表したところによると、労働組合の組織率は18・2%に過ぎない。これは、労働組合員がいまや市民社会の中では極めて例外的な存在になってしまったことを意味する。
 労働組合の側もこうした事態を放ってきたわけではない。日本労働組合総連合会(連合、組合員680万人)は外部の有識者による「連合評価委員会」(座長は中坊公平・元日本弁護士連合会会長)を設置し、連合の運動に対し評価と提言を求めた。
2007.06.10 米、イラン攻撃を断念 外交解決へ転換
伊藤力司 (ジャーナリスト)


 ペルシャ湾に派遣した原子力空母2隻を先頭に米海軍の大艦隊がイランを威圧し、イランに対する「武力行使の選択肢を除外しない」と言い続けてきたブッシュ政権が、武力行使を断念したようだ。これはイラクの泥沼から脱する方策が見つからず、暗中模索のブッシュ政権内で争われてきた、イラン問題に関する武力行使派と交渉解決派の暗闘にケリが着き、ライス国務長官を中心とする交渉派が勝利、チェイニー副大統領に代表される武力派が敗北したことを意味する。
 ライス長官は6月1日訪問先マドリードでの記者会見で、ブッシュ政権内部にイラン政策を巡る分裂はないとして「合衆国大統領が明言しているように米国は外交コースを進めており、この方針は合衆国副大統領を含む閣内全員に支持されている」と述べた。ブッシュ大統領が「悪の枢軸」と決めつけたイランは、国連安保理の制裁決議を無視してウラン濃縮を続けているが、これをやめさせるには武力行使によって政権転覆を図る以外にないというのがネオコン(新保守派)など強硬派の主張で、チェイニー副大統領がその代表格だ。ライス長官がわざわざ「副大統領を含む閣内全員の一致」を強調したのは、ブッシュ大統領が外交コースを選択し、チェイニー副大統領もこれに同意したことを明白にしたものだ。
2007.06.08 枯葉剤の悲劇に挑んで30年
中村梧郎さんの活動がTVドキュメンタリーに

 ベトナム戦争中に米軍によって使用された化学兵器、枯葉剤による被害を取材し続けてきたフォトジャーナリスト、中村梧郎さんの活動を紹介するドキュメンタリー『枯葉剤の悲劇は終わらない―報道写真家中村梧郎の30年―』(長野放送制作)が、6月9日の深夜27時55分(10日の早朝3時55分)からフジTVで放映される。

 米軍によって投下された大量の枯葉剤は、ベトナムの人たちをはじめ米国兵にも深刻な被害をもたらしただけでなく、環境も破壊したとされている。結合双生児として知られるベトさん・ドクさんも枯葉剤の影響とみられている(ベトさんは肺炎で重体と伝えられている)。
 中村さんが枯葉剤による被害の取材を始めたのは1974年で、すでに33年に及ぶ。その作品は内外で高く評価されるようになり、作品の一つ『新版・母は枯葉剤を浴びた』(岩波現代文庫)で、中村さんは昨年、日本科学技術ジャーナリスト会議が主宰する第1回科学技術ジャーナリスト賞を受賞した。

 さらに、その作品が米国内でも注目されるに至り、昨年10月にはニューヨーク市立大学で「中村梧郎ニューヨーク写真展『戦場の枯葉剤』」が開かれた。反響の大きさに気を良くした同大学は写真展の続行を決め、さる2月7日から、同大学のジョンジェイ・カレッジで、作品数を増やした中村梧郎写真展『ORANGE』を開催中だ。6月16日までのロングラン。枯葉剤によるベトナム側の被害を伝える写真展が米国で開かれたのは初めてで、ニューヨークのあと、NPO「復興と開発のための基金FFRD」の手で全米で巡回展示される。
 「米国はこれまで、戦争での加害の事実には目をふさいできた。そのことを考えると、私の写真展が実現したことに驚かざるをえない。アメリカがこれまてやってきた戦争とはいったい何だったのか、と問い直す動きが出てきたのかもしれない」と中村さん。

 今度のテレビドキュメンタリーには、ニューヨークにおける写真展の模様や、ベトナムにおける中村さんの取材活動が収録されている。1時間。
2007.06.07 計生風暴 強引な「一人っ子」政策で暴動
丹藤佳紀 (早稲田大学講師)

こんな言葉が! (7)中国で 
計生風暴(jisheng fengbao=ジーション フォンバオ)


 中国南西部の、ベトナムに接する江西チワン族自治区の博白県、容県の町村で5月下旬、「一人っ子」政策の強行に住民が抗議して警官隊と衝突、町村庁舎を打ち壊したり、車両に放火するなどの騒乱状態が起きた。これを表すのが表題の「計生風暴」である。
 その詳細に入る前に、まず現代中国語の略語について説明しよう。
長たらしい名称は普通バッサリ短縮される。中国共産党中央委員会という権力の中枢部は「中共中央」だし、党幹部の不正の処理・処分などに適用される中国共産党の「紀律」と中華人民共和国の「法律」は「党紀国法」だ。猛威を振るったあの「非典型肺炎」(重症急性呼吸器症候群=SARS)も字面はあっさり「非典」の二文字に押し込められた。
 さて、表題のうち、「計生」が「計劃生育」の短縮語で、『岩波現代中国事典』では「計画出産」という日本語に置き換えられている。その内容が晩婚や遅めの出産などを含むために「計劃生育」といわれるのだが、核心は一組の夫婦に子供は1人という「独生子女」(「一人っ子」)政策にある。
2007.06.05 やはり捏造!?
田畑 光永 (ジャーナリスト)

暴論珍説メモ(10)

 前回の本欄、5月29日掲載の「見逃せない一言」で、松岡農水相が自殺した5月28日夕刻の安倍首相の発言を問題にした。その内容を念のために再掲すると、(各紙によって言葉使いに若干の違いはあるが)「ご本人の名誉のために申し上げるが、緑資源機構に関しては捜査当局から松岡大臣や関係者の取調べを行っていた事実もないし、行う予定もないという発言があったと聞いている」というものだ(引用は『朝日』29日朝刊)。
 なにが問題かといえば、捜査が進行中の事件について捜査当局が捜査状況(被疑者と見られる人物とその関係者の取調べの事実なし)と捜査方針(取調べの予定なし)を誰かに話し、それを首相が記者会見という公の場で明らかにしたことである。
 そこで前回はマスメディアにこの発言についての事実確認をお願いした。そして及ぶ範囲でこの発言をめぐる動きを注意していたので、今回はそれを報告する。
 まず目についたのは5月30日の『朝日』朝刊の「緑資源の闇 疑惑は深まるばかりだ」という社説。それはこの発言を引用して、「首相は『故人の名誉のため』と強調したが、捜査に予断を与えかねない軽率な発言だ。立場をわきまえるべきだろう」と首相を叱っていた。
 しかし、この社説は少々ピントが外れている。安倍首相は捜査当局の発言を伝聞の形で公にしたのであって、元の発言は捜査当局自身のものだ。問題はその発言がいつ誰になされたかだ。政治家に聞かれてのものなら、聞くこと自体が捜査への介入になる恐れがあるからだ。ところがこの社説の論理でいくと、「捜査当局の発言を公にしたことは、捜査に予断を与えかねない」という、意味不明のことになってしまう。
2007.06.04 IS=NESS 2
出町 千鶴子

月夜の猫

2007.06.03 メディア企業の買収劇
大貫康雄


 メディア企業も株式市場に上場している限り、当然のことだが買収、合併の嵐に巻き込まれる。

 ロイター通信がカナダのメディア企業に買収された。ただロイターの名は変えず、編集方針もこれまで通り、とのこと。ロイターの名を残すのは当たり前だ。情報が金に結びつくのを資本主義世界に知らしめた男が作った通信社だ。ロイターという名前はルクセンブルクやドイツ西南部で最も多い名前であることから決めた。今日では世界的に知られる「ロイター」という名前に金が繋がる。カナダの企業が「ロイター」の名を残し、編集方針もこれまでにしたのはその方が都合が良いからだろう。
2007.06.02 ネオコンの末路  世界銀行総裁の辞任
伊藤力司 (ジャーナリスト)


 ウォルフォウィッツ世界銀行総裁が、交際していた同銀行女性職員を厚遇した情実人事のスキャンダルで失脚した。ウォルフォウィッツ氏といえば、第1次ブッシュ政権(2001−05年)で国防副長官を勤め、イラク侵攻作戦の立案に辣腕を奮ったネオコン(新保守派)の代表的人物として世界に知られた人だ。同氏はブッシュ大統領の論功行賞人事により、05年世界銀行総裁に抜擢されたが、自らの道義性に内外の批判を浴び、任期半ばで辞職を余儀なくされた。
 同総裁をはじめ、ブッシュ政権の外交・安保政策の中枢を占めたネオコン・グループは、イラクのフセイン政権が大量破壊兵器を隠していると喧伝し、対イラク武力行使を認める国連安保理決議を得られないまま、米国を先制攻撃によるイラク戦争に踏み切らせた張本人たちだ。彼らが流した当初の楽観論に反してイラク戦争が泥沼化し、ブッシュ政権の失敗が明らかになるにつれて、ネオコン一派も勢威を失った。ウォルフォウィッツ総裁の失脚は、いわばネオコンの末路を象徴している。