2009.04.30
里山の自然とリゾート開発
近藤日佐子(ソプラノ歌手)
「春が来た」
高野辰之 作詞 岡野貞一 作曲
春が来た 春が来た どこに来た。
山に来た 里に来た、
野にも来た。
花が咲く 花が咲く どこに咲く。
山に咲く 里に咲く、
野にも咲く。
鳥が鳴く 鳥が鳴く どこで鳴く。
山で鳴く 里で鳴く、
野でも鳴く。
厳しい冬が過ぎ、春の訪れが感じられるような頃になると、ついつい顔がほころんでしまいます。
私の住む長野県茅野市の奥蓼科高原では、黄色、白、ピンクなど色々な花が咲き始めますと、それまでのモノクロの世界が鮮やかな色彩に包まれるのです。
せせらぎの両側を飾っていた氷柱も融けて春の流れに変わります。
標高1250メートルの所で暮らして5年目になる私は、里山の四季の移り変わりがどんなに大切な宝物であるかということに気づき始めました。
この里山の自然を、未来の人々に無事バトンタッチすることができるでしょうか。
1960(昭和35)年頃から高度経済成長と開放体制を推し進めた日本は、第二次産業の生産活動に農山村の若者を安価な労働力として使いました。また燃料は薪炭から石油等の化石燃料へ代替され、そのことによって引き起こされた生活様式の変貌の中で、農山村の薪炭業は崩壊しました。農山村は若者の都市部への流出による過疎化・高齢化と、農林業の崩壊という二つのダメージを同時に受けることになったのです。
1970年代前半に第一次リゾート開発ブームが全国的に起こり、蓼科高原でも開発が行われました。
農林業の担い手がいなくなり耕作放棄された農地や、整備が放棄され荒廃した山林等がリゾート地へと変貌したのです。
1987年、総合保養地域整備法(リゾート法)が制定され、それに伴って1980年代後半から1990年代初頭にかけて第二次リゾート開発ブームが起こりましたが、これは第一次リゾート開発期以上に国土総合開発計画に誘導されたという側面が強く、全国の地方自治体がリゾート法の指定を受けるべく競ってリゾート開発を打ち出しました。そのブームもバブル経済の崩壊により収縮し沈静化しました。