2010.09.30 西洋歴史小説の旗手が故郷の庄内を舞台に東北戊辰戦争を描いた力作
〔書評〕佐藤賢一著『新徴組』(新潮社、¥2000+税)

雨宮由希夫 (書評家)


新選組と兄弟関係にある新徴組、彼らの父は文久3年(1863)1月、出羽庄内の攘夷運動家清河八郎が建策し幕府の募集によって結成された浪士組である。
尽忠報国の有志たる浪士組は、将軍家茂上洛のための警護兵としての役目を背負うものであったが、浪士組を率いて上洛した清河は、浪士組を尊皇攘夷を目的とする反幕勢力に変化させようと策していた。彼らが京に到着すると、清河は持説を公表するが、この清河の独断行動に反感を持ったのが、近藤勇や芹沢鴨らの一部の浪士で、清河と袂を分かち、後の「新選組」の母体となる集団を形成する。一方、清河に率いられた浪士組の大分は、幕府の命令により江戸に戻ることになる。
物語は沖田林太郎が、近藤勇、土方歳三らに同調して京都残留を決めた義弟の沖田総司を、一緒に江戸に帰ろうと必死に説得する場面からスタートする。
 沖田総司の義兄で、天然理心流免許の腕前を持つ沖田林太郎はこの時38歳。総司の姉ミツと結婚し、奥州白河藩の足軽小頭・沖田家を相続した。
後に新選組一番隊隊長として名を馳せる沖田総司は剣の天才で、14の頃には市ヶ谷の試衛館道場で師範を務めていたが、この時、林太郎の目には、自分より18も若い義弟の総司は子供としか映らない。義弟の総司が、義兄たる自分の意見に従わないと知ると、林太郎の矛先は近藤勇に向けられる。
「子供同然の門弟を、京都みてえな物騒なところに放りだして、おめえは正気なのか」林太郎は近藤をおめえ呼ばわりである。のちの「新選組局長」も形無しである。試衛館道場のゆかりから、近藤は年長者の林太郎に一目おかねばならない。物語の冒頭から、他の〈新選組もの〉では味わえない対人関係の妙なる描写に読者は惹き付けられよう。
すでに婿に入った後に沖田家に生まれたのが総司であるが、律儀な林太郎は、〈自分は沖田の家の中継ぎで良い。総司が成人したら総司に跡を継がせると腹を決めた〉ものの、ミツが芳次郎を産んで目論見は潰えた。翌年、総司は沖田の家を出る。
「総司は俺の弟だ。義理も、生身もない、本当の弟なのだ」と血をわけた実の姉ミツ以上に総司を思う心の尋常一筋ではない林太郎の、朴訥というべきか、達観し覚めているというべきか、純な生きざまが心地よい。総司の甥の芳次郎は叔父総司似で、これまた叔父を慕うこと甚だしい。これら沖田家の人々のほほえましいまでのあたたかさが、幕末というさまざまな理想と大義とで揺れ動く時代を生き抜く力の源となって、物語の最終場面までただよう。
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