2010.10.31
変わる時代へ器用に移れなかった人々への温かい眼差し
〔書評〕松井今朝子著『西南の嵐 銀座開化おもかげ草紙』(新潮社、¥1400+税)
松井今朝子の「宗八郎シリーズ」を愉しみたい。〈開化もの〉歴史・時代小説である本書は、主人公の元・直参旗本の次男坊、久保田宗八郎を軸として、幕末維新という時代変転の波間の中に苦労多き人生を刻んだ者たちの人間ドラマを描いたシリーズものの最新刊。『幕末あどれさん』にはじまり、『銀座開化事件帖』、『果ての花火』、そして本書『西南の嵐』へと続いている。
本書の時代背景は、書名に『西南の嵐』とあるように、明治10年(1877)の西南戦争そのものである。25歳で明治維新に遭遇した宗八郎にとって、西南戦争とはどのような戦争であったのか。
舞台は銀座の裏煉瓦街。登場人物の常連は、元大垣藩十万石の若様で、岩倉特使派遣の際に渡米留学したエリートだが、今は銀座三丁目の唐物屋(西洋雑貨)「九星堂」の主の戸田三郎四郎氏益(うじます)27歳、旧幕時代、町奉行所の与力をつとめたが、今は銀座で耶蘇教の書店「十字屋」を経営している原胤昭(はらたねあき)、同郷の英雄、西郷隆盛を神のごとく崇めているが、大警視・川路利良による抜刀隊の一員として田原坂の戦いに参戦することになる薩摩出身の市来節蔵(いちこせつぞう)巡査。宗八郎を巡る女性陣としては、宗八郎とは御一新の前から深いえにしで結ばれている元・女郎の比呂と、幕府の元・奥医師鵜殿慶順の娘・綾がいる。
こうした常連に、太政官政府に異議を唱える土佐民権党の士族、谷田部大作(やたべだいさく)、幕府瓦解の動乱の中、零落した主家の一人娘を妻とするが、ついに身分の垣根を越えられず破局し、政府の軍夫の徴募に応じついに戦地へ赴くことになる能勢友次郎(のせともじろう)、神風連の一員で、残党狩りの目をかいくぐり若様所有の裏煉瓦街に潜む加勢久磨次(かせくまじ)の3名が加わり、不思議といえば不思議、味わい深いといえば味わい深い人間ドラマを複雑なものにしている。
雨宮由希夫 (書評家)
松井今朝子の「宗八郎シリーズ」を愉しみたい。〈開化もの〉歴史・時代小説である本書は、主人公の元・直参旗本の次男坊、久保田宗八郎を軸として、幕末維新という時代変転の波間の中に苦労多き人生を刻んだ者たちの人間ドラマを描いたシリーズものの最新刊。『幕末あどれさん』にはじまり、『銀座開化事件帖』、『果ての花火』、そして本書『西南の嵐』へと続いている。
本書の時代背景は、書名に『西南の嵐』とあるように、明治10年(1877)の西南戦争そのものである。25歳で明治維新に遭遇した宗八郎にとって、西南戦争とはどのような戦争であったのか。
舞台は銀座の裏煉瓦街。登場人物の常連は、元大垣藩十万石の若様で、岩倉特使派遣の際に渡米留学したエリートだが、今は銀座三丁目の唐物屋(西洋雑貨)「九星堂」の主の戸田三郎四郎氏益(うじます)27歳、旧幕時代、町奉行所の与力をつとめたが、今は銀座で耶蘇教の書店「十字屋」を経営している原胤昭(はらたねあき)、同郷の英雄、西郷隆盛を神のごとく崇めているが、大警視・川路利良による抜刀隊の一員として田原坂の戦いに参戦することになる薩摩出身の市来節蔵(いちこせつぞう)巡査。宗八郎を巡る女性陣としては、宗八郎とは御一新の前から深いえにしで結ばれている元・女郎の比呂と、幕府の元・奥医師鵜殿慶順の娘・綾がいる。
こうした常連に、太政官政府に異議を唱える土佐民権党の士族、谷田部大作(やたべだいさく)、幕府瓦解の動乱の中、零落した主家の一人娘を妻とするが、ついに身分の垣根を越えられず破局し、政府の軍夫の徴募に応じついに戦地へ赴くことになる能勢友次郎(のせともじろう)、神風連の一員で、残党狩りの目をかいくぐり若様所有の裏煉瓦街に潜む加勢久磨次(かせくまじ)の3名が加わり、不思議といえば不思議、味わい深いといえば味わい深い人間ドラマを複雑なものにしている。