2011.07.31
目と口を開くエジプト人たち
ー独裁政権打倒から半年のいまー
ムバラク独裁政権を打倒した民衆革命から約半年。この夏、エジプトからきた人たちと親しく話す機会があった。
6月に来たのは、カイロ郊外ギザの、ピラミッドの麓に広がる貧しい地域の住民アリ。57歳のたくましい男。一家はとても貧しく、7歳から学校に行かず働き、読み書きがほとんどできないという。12歳から45年間メナハウス(第2次大戦終結前の3国首脳会談が行われたホテル)のゴルフ場のキャディーをやって、一家を養ってきた。いま、一家は十人、家が狭いので、年老いた親と親族は近くのモスクで毎日寝ている。ギザのモスクは、どこでも高齢の貧しい人たちが寝る場所になっているという。彼にゴルフを教わり、家族ぐるみの付き合いをした、わたしの友人の招待で来日した。
わたしはズバリ訊いたー「あれからなにか変わったか?」。彼は日焼けした顔に目を輝かして、すぐ答えたー「もちろんだ。いまでは、みんな目をしっかり開けて見ている。生活は苦しいままだ。でも、1年か2年のうちに必ずよくなってくる。エジプトはいい国になるよ」
ギザの彼にはもう一つ訊きたいことがあった。1月28日、3日前に始まったカイロのタハリール(解放)広場での巨大デモに、治安警察が襲いかかった。武器を持たない、非暴力の民衆800人以上をおもに銃撃で殺した。しかし、治安警察の前で突っ込んだ集団があった。平服で、テレビ映像にも記録されたように、ラクダと馬を先頭に襲いかかった数十人の暴力集団だった。彼らのほぼ全員が刃物とこん棒で武装していた。ギザで雇われたラクダ引きや馬曳き、そしてごろつきたちだと間もなく伝えられた。いつもはピラミッド観光にいった観光客を悩ませる連中だ。「あいつらは、やはりいつもの、雇われたごろつきか」というわたしの問いに、アリは耳の上で指をぐるぐる回しながら答えたー「そうだ、やつらだよ。頭がおかしいやつらだ。ムバラクに金で雇われたんだ」
7月には、元気な女性と23歳の娘、22歳の息子が来た。母親は情報網が広く、毎日、革命の進行をメールで知らせてくれた。今回、会うなり母親は「政府も、経済界もいっぱい捕まったし、工場も半分以上動いていない。エジプトはいまめちゃめちゃよ。土地や住宅開発で大儲けした連中はみんな捕まり、罰金を払わされた。外国に逃げたやつもいるよ。ザマミロよ。でも、エジプトは必ず良くなるよ」といった。
娘はカイロで働き、息子は大学4年で就職がなく、卒業すると軍隊にとられるから大学残留するという。英語が流暢な二人によると「最近、国旗と国旗をあしらったいろんなグッズがすごく売れている」。二人は、カイロの交通信号が動き出し、交差点や横断歩道を安心して渡れるところが出てきた、とうれしそうだ。この若い二人に、秋に予定されている新大統領総選挙について訊くと、ますます活発にしゃべった。世論調査では前IAEA(国際原子力機関)事務局長のエルバラダイが、支持率30%を超え,他を引き離している。彼は03年のイラク戦争の前、「イラクが大量破壊兵器を保有している」とでっち上げの“証拠”を並べ立てて、国連安保理で軍事攻撃承認の決議を得ようと必死だったブッシュ政権に抵抗した男。国連の調査では大量破壊兵器が見つかっておらず、調査継続が必要だと主張して、頑として米国に譲らなかった男だ。「エルバラダイが良いじゃないか」という私に、二人は「だめだよ。ムーサ(アラブ連盟事務総長)の方がいい」といって、その理由の説明に熱を入れた。こんなに政治についてしゃべるエジプトの若者に会ったのは初めてだ。わたしは最近のカイロ駐在の2年半の間、仕事上大学を訪れるので、学生たちと話す機会が多かったが、彼らは例外なく政治、議会とか選挙に無関心に見え、ムバラクの悪口をたまに口にするぐらいだった。
ムバラク辞任発表直後、BBCは「今、おれたちはエジプト人だ。おれたちは革命をやれたのだ、と子供たちに伝える」と語る男性の映像を全世界に報道した。朝日新聞の川上泰徳特派員は「広場に稲妻のようにひろがった言葉がある。『イルファウ、ラアサク、ファ、インタ、マスリ(お前の頭を上げろ、お前はエジプト人だ)』という言葉である」と書いている。(「現地発エジプト革命」岩波ブックレット)。
革命でエジプト人たちは、どんどん政治についてしゃべりだしたのだ。エジプト人としての誇りを取り戻した。目を開き、口を開き、変革に参加し始めている。
坂井定雄(龍谷大学名誉教授)
ムバラク独裁政権を打倒した民衆革命から約半年。この夏、エジプトからきた人たちと親しく話す機会があった。
6月に来たのは、カイロ郊外ギザの、ピラミッドの麓に広がる貧しい地域の住民アリ。57歳のたくましい男。一家はとても貧しく、7歳から学校に行かず働き、読み書きがほとんどできないという。12歳から45年間メナハウス(第2次大戦終結前の3国首脳会談が行われたホテル)のゴルフ場のキャディーをやって、一家を養ってきた。いま、一家は十人、家が狭いので、年老いた親と親族は近くのモスクで毎日寝ている。ギザのモスクは、どこでも高齢の貧しい人たちが寝る場所になっているという。彼にゴルフを教わり、家族ぐるみの付き合いをした、わたしの友人の招待で来日した。
わたしはズバリ訊いたー「あれからなにか変わったか?」。彼は日焼けした顔に目を輝かして、すぐ答えたー「もちろんだ。いまでは、みんな目をしっかり開けて見ている。生活は苦しいままだ。でも、1年か2年のうちに必ずよくなってくる。エジプトはいい国になるよ」
ギザの彼にはもう一つ訊きたいことがあった。1月28日、3日前に始まったカイロのタハリール(解放)広場での巨大デモに、治安警察が襲いかかった。武器を持たない、非暴力の民衆800人以上をおもに銃撃で殺した。しかし、治安警察の前で突っ込んだ集団があった。平服で、テレビ映像にも記録されたように、ラクダと馬を先頭に襲いかかった数十人の暴力集団だった。彼らのほぼ全員が刃物とこん棒で武装していた。ギザで雇われたラクダ引きや馬曳き、そしてごろつきたちだと間もなく伝えられた。いつもはピラミッド観光にいった観光客を悩ませる連中だ。「あいつらは、やはりいつもの、雇われたごろつきか」というわたしの問いに、アリは耳の上で指をぐるぐる回しながら答えたー「そうだ、やつらだよ。頭がおかしいやつらだ。ムバラクに金で雇われたんだ」
7月には、元気な女性と23歳の娘、22歳の息子が来た。母親は情報網が広く、毎日、革命の進行をメールで知らせてくれた。今回、会うなり母親は「政府も、経済界もいっぱい捕まったし、工場も半分以上動いていない。エジプトはいまめちゃめちゃよ。土地や住宅開発で大儲けした連中はみんな捕まり、罰金を払わされた。外国に逃げたやつもいるよ。ザマミロよ。でも、エジプトは必ず良くなるよ」といった。
娘はカイロで働き、息子は大学4年で就職がなく、卒業すると軍隊にとられるから大学残留するという。英語が流暢な二人によると「最近、国旗と国旗をあしらったいろんなグッズがすごく売れている」。二人は、カイロの交通信号が動き出し、交差点や横断歩道を安心して渡れるところが出てきた、とうれしそうだ。この若い二人に、秋に予定されている新大統領総選挙について訊くと、ますます活発にしゃべった。世論調査では前IAEA(国際原子力機関)事務局長のエルバラダイが、支持率30%を超え,他を引き離している。彼は03年のイラク戦争の前、「イラクが大量破壊兵器を保有している」とでっち上げの“証拠”を並べ立てて、国連安保理で軍事攻撃承認の決議を得ようと必死だったブッシュ政権に抵抗した男。国連の調査では大量破壊兵器が見つかっておらず、調査継続が必要だと主張して、頑として米国に譲らなかった男だ。「エルバラダイが良いじゃないか」という私に、二人は「だめだよ。ムーサ(アラブ連盟事務総長)の方がいい」といって、その理由の説明に熱を入れた。こんなに政治についてしゃべるエジプトの若者に会ったのは初めてだ。わたしは最近のカイロ駐在の2年半の間、仕事上大学を訪れるので、学生たちと話す機会が多かったが、彼らは例外なく政治、議会とか選挙に無関心に見え、ムバラクの悪口をたまに口にするぐらいだった。
ムバラク辞任発表直後、BBCは「今、おれたちはエジプト人だ。おれたちは革命をやれたのだ、と子供たちに伝える」と語る男性の映像を全世界に報道した。朝日新聞の川上泰徳特派員は「広場に稲妻のようにひろがった言葉がある。『イルファウ、ラアサク、ファ、インタ、マスリ(お前の頭を上げろ、お前はエジプト人だ)』という言葉である」と書いている。(「現地発エジプト革命」岩波ブックレット)。
革命でエジプト人たちは、どんどん政治についてしゃべりだしたのだ。エジプト人としての誇りを取り戻した。目を開き、口を開き、変革に参加し始めている。