2012.01.31
モンゴルの雪男
――八ヶ岳山麓から(18)――
ヒマラヤの雪男snowman、チベット語でイェティというのはよく知られています。ネパール側でもチベット側でも見たという人はかなりいるようです。日本で広く雪男の存在が知られたのは、もう数十年も前、朝日新聞に掲載されたマナスル登山隊による「足跡の写真」ではないかと思います。記事には、イェティが立ち去ったばかりの足跡があったが、写真を撮った記者だか登山隊員だかは、怖くて追いかけられなかったと書いてあったのを記憶しています。
しかしこんにちまで、その存在がゆるぎない証拠によって確認できたことはありません。最近ではシベリアで「発見された」というニュースがありました。これも突きつめてゆくとたいていはあいまいな話になります。
ヒマラヤやシベリアだけでなく、モンゴル高原でも雪男の話はずいぶん昔からあります。内モンゴル大学伝承文学のテクスバヤル先生の採集した話を要約して、ここに紹介します。それはヒマラヤのイェティよりもまじめで、念のいった話です。本文末尾に「図」があります
モンゴル語では「フン・グレース」といいます。フンは人、グレースはけだもの。つまり「人獣」です。「アルマス」ともいって、こちらの方が一般的です。アルは赤い、マスは妖怪の意味です。これはチュルク(トルコ)語でも同じです。1717年に作られたモンゴルの辞典には、「年を取ったみにくい女の妖怪」と書いてあります。もうひとつの名前は「フン・ハラ・グレース」、ハラは黒いという意味なので「人黒獣」とでもいえます。
またほとんど同じころのモンゴルのジャンバル・ドルジの医薬学に関する文献「美しい目の飾り」には肉が薬剤になると書いてあります。この肉は「アダ」という病気に効くと説明があります。「アダ」は気鬱のやまい、今でいう鬱症状です。
モンゴル人はよく皮肉をいう人のことを「アル・グレース」、すなわち「赤いけだもの」といいます。
テクスバヤル先生提供のスケッチを見ると、ヒマラヤのイェティ同様直立歩行をするように思えます。体は人間よりもやや大きく、全身毛が生えているようです。イェティそっくりなのは、立ち上がったヒグマから連想したのではないでしょうか。中国語ではヒグマは「羆・棕熊」のほか「人熊」ともいうのですが。
伝説のアルマスは足が大きく力持ちで、舌にとげがいっぱい生えています。なめられると人の肌はむけてしまうといいます。これはラクダの舌からの連想でしょう。ラクダの舌は硬いので皮なめしに使うという話を聞いたことがあります。
アルマスの女は乳房が長く、愛情に満ちているようで、かわいいけれどもたいへん危険です。人より少し頭が弱いように思います。
阿部治平 (もと高校教師)
ヒマラヤの雪男snowman、チベット語でイェティというのはよく知られています。ネパール側でもチベット側でも見たという人はかなりいるようです。日本で広く雪男の存在が知られたのは、もう数十年も前、朝日新聞に掲載されたマナスル登山隊による「足跡の写真」ではないかと思います。記事には、イェティが立ち去ったばかりの足跡があったが、写真を撮った記者だか登山隊員だかは、怖くて追いかけられなかったと書いてあったのを記憶しています。
しかしこんにちまで、その存在がゆるぎない証拠によって確認できたことはありません。最近ではシベリアで「発見された」というニュースがありました。これも突きつめてゆくとたいていはあいまいな話になります。
ヒマラヤやシベリアだけでなく、モンゴル高原でも雪男の話はずいぶん昔からあります。内モンゴル大学伝承文学のテクスバヤル先生の採集した話を要約して、ここに紹介します。それはヒマラヤのイェティよりもまじめで、念のいった話です。本文末尾に「図」があります
モンゴル語では「フン・グレース」といいます。フンは人、グレースはけだもの。つまり「人獣」です。「アルマス」ともいって、こちらの方が一般的です。アルは赤い、マスは妖怪の意味です。これはチュルク(トルコ)語でも同じです。1717年に作られたモンゴルの辞典には、「年を取ったみにくい女の妖怪」と書いてあります。もうひとつの名前は「フン・ハラ・グレース」、ハラは黒いという意味なので「人黒獣」とでもいえます。
またほとんど同じころのモンゴルのジャンバル・ドルジの医薬学に関する文献「美しい目の飾り」には肉が薬剤になると書いてあります。この肉は「アダ」という病気に効くと説明があります。「アダ」は気鬱のやまい、今でいう鬱症状です。
モンゴル人はよく皮肉をいう人のことを「アル・グレース」、すなわち「赤いけだもの」といいます。
テクスバヤル先生提供のスケッチを見ると、ヒマラヤのイェティ同様直立歩行をするように思えます。体は人間よりもやや大きく、全身毛が生えているようです。イェティそっくりなのは、立ち上がったヒグマから連想したのではないでしょうか。中国語ではヒグマは「羆・棕熊」のほか「人熊」ともいうのですが。
伝説のアルマスは足が大きく力持ちで、舌にとげがいっぱい生えています。なめられると人の肌はむけてしまうといいます。これはラクダの舌からの連想でしょう。ラクダの舌は硬いので皮なめしに使うという話を聞いたことがあります。
アルマスの女は乳房が長く、愛情に満ちているようで、かわいいけれどもたいへん危険です。人より少し頭が弱いように思います。