2013.09.30  懲りずに4度目―ピョンヤン管見記(1)
「一物三価!」経済が招くものは?

田畑光永 (ジャーナリスト)

 9月上旬、今年もまたピョンヤンを覗いてきた。そうとしか言いようのない訪れ方で、これが4年連続の4度目である。受け入れ機関の案内役とは勿論、毎日言葉を交わすし、ほかの人との会話もなかったわけではない。でも、なるほどこの国の人たちはそう考えているのかと、胸に落ちるような言葉をついぞ聞けなかったので、今回もまた細い管から覗いている以上の臨場感はえられなかった。
 なぜ行ってみたかったか。かつて中国の改革開放の始まりを北京で見ていたので、あの国もそろそろではないか、それなら1度は見ておかねばと思ったからである。しかし、行ってみてもなかなかそうした臨場感がえられなかったために、ついつい回を重ねてしまった。
 ただ今回は、毎回行くたびに経済についてレクチャーをお願いしている専門家(社会科学院上級研究士)から1つの方向性を持った変化を聞くことが出来たので、「そろそろ」が「いよいよ」になるかも、ということで報告させていただく。

小屋掛け商店の怪
 2、3年前からピョンヤンの街に、広さにすれば数平米の1戸建の小屋が目につくようになった。商店であることは間違いないのだが、それがなんだか変なのである。ピョンヤンでは表通りにも高層アパートが並んでいるが、その1階部分はおおむね商店である。初回の2010年の時、商店はほとんど開いていなかった。前年の末に行われた、外の世界では「デノミ」と呼ばれた通貨回収政策が大きな混乱を招いたための後遺症と説明され、中を見せてもらえなかった。
 商店や市場、あるいはデパートなどを見ることは、その国の生活ぶりを知る上での必須の作業であるが、あの国ではそれができない。われわれを受け入れた機関がとくに神経質なのかもしれないが、とにかく4度とも外国人観光客用のお土産店を除いては商店をゆっくり見せてもらったことがない。
 そこで小屋掛けの商店であるが、もとより案内役はわれわれがこういう店に近づくのを好まないので、目を盗んですばやくモノとネダンを1つ、2つ見て来て、それを交換し合った。とにかく値段が高い。アンパンのような菓子パンが1個1000ウォンから3000ウォン、揚げたり蒸したりした軽食が4000ウォンから7000ウォンといった具合である。最初は冗談ではないかとさえ思った。
 一般の職員・労働者の賃金がどのくらいか、これも確たる数字はないが、数千ウォンからせいぜい1万ウォンと言われている。その賃金レベルとこの数字はマッチしない。
 ところが今回はその理由、またビルの1階商店の前に小屋掛けの商店が存在する不思議を、専門家に聞くことが出来て、どうやらすこし分かったような気がしてきた。
 説明によれば、小屋掛けの小商店は個人商店などではなく、正規の商業機関が出したものである。現在、商品の価格は2種類ある。基礎的消費物資は地域の商業系統(これがビル内の商店)を通じて安価で住民に供給することになっているが、最近、それは需要を満たしていない。つまりモノがない。その理由は原材料の値段が上がり、中には輸入品もあるため、決められた価格ではコストに引き合わず、生産ができないからと言う説明であった。
 そこで供給を保障するために、今年の4月1日から独立採算制の企業には生産物の一部を公式に決められた低価格で出荷させる一方、一部は「市場」(注:この場合はヤミ市場)よりは安価だが、公式価格よりは高く売ることを認めたのだそうである。それを売るのが小屋掛け商店である。
 「一物二価」を政府が公認したのだ。小屋がけ商店は政府の決定があって始まったわけではないから、決定は現実を追認したものであろう。同一商品に違う値段をつけて同じ店に並べるのはさすがに具合が悪いので、非公式価格商品を売るために別の店が作られたのだ。
 それにしてもあの値段では誰も買えないのではないか、という質問への回答は、経営がうまくいっている企業に対しては成績に応じて給料を上げることも認めたから、今では月給3万~5万ウォン、中には15万ウォンというところもあるとのことであった。
 ともかくこうして計画経済に穴が開いたのである。専門家は社会主義の原則は守ると力説していたが、儲かる市場向け製品と儲からない社会保障的商品のどちらに企業が力を入れるかは明らかである。この穴が今後どう広がるかが注目点である。

為替レートの怪
 ところで北朝鮮にはじつは政府が決めたもう1つの物価がある。外貨の公式レートによる物価である。北朝鮮のウォンは実は公式レートではほぼ日本円と等価である。9月6日現在のレートでは日本円1円の買いが0.963、売りが0.981ウォンであった。したがって1米ドルは100ウォン内外、ユーロは約130ウォン、中国元は16ウォン強。われわれが泊まったホテルの部屋代は22800ウォン、食堂の冷麺588ウォン、牛肉スープ448ウォン、ライス42ウォン・・・そのまま日本円に置き換えてもそれほど違和感はない。小屋掛け商店のほうがずっと高い。
 ところが市場では1ドルが5000ウォン、6000ウォン、7000ウォンといった数字が時折報道される。昨年10月19日『毎日』の隅俊之記者の報告(「平壌紀行4」)では1円=74ウォンとある。つまり実勢は公式レートの数十分の1なのである。同記者はデパートの両替所で交換してもらったと書いているから、これはヤミでもなんでもない、もう1つの、いわば裏の公式レートである。実態は公式レートがヤミに近づいているということだろう。
 これでなぜ外国人が来ても、自国通貨に交換させないのか、その理由がはっきりした。外国人にはホテルや外貨ショップ、外貨レストランで(最近、こういう店が多く、先頃、金正恩第一書記が「現地指導」したと報じられたピョンヤン市内の焼肉レストランやコーヒーショップも外貨専用である)外貨のまま使わせる。そのレートは円と等価の表(おもて)の公式レートである。もし外国人に表のレートでウォンに交換させて、街に出したら、たちまちからくりがばれてしまう。だから外貨のままで消費させるのである。前記『毎日』の隅記者は中国の200元(当時、約2500円)を両替して「金日成主席の肖像画が描かれた5000ウォン札の束」を渡されたと書いているから、よほど物わかりのいい案内役に恵まれたものと見える。
 というわけで、通常は外国人には両替はさせないから、街中に中國元をはじめ各国通貨が勝手に流通する。それを吸い上げるために、今、当局は外貨を入手できる企業や個人に対して貿易銀行に外貨口座を開くよう行政指導しているようだ。そのレートは勿論、裏の公式レートであるはずだ。以前、タクシーの初乗りがなぜか外貨の1ドルと設定されていることを紹介したが、タクシー用には外貨のプリペイド・カードが出来ているという。需要が増えたせいかタクシー自体もずいぶん増えた。それもツートンカラーに塗り分けた、一目でそれとわかるタクシーが。
 最近、韓国との境界線に近い元山地区に馬息嶺という大規模スキー場が朝鮮人民軍の手によって突貫工事で建設が進められて話題になっているが、これも外貨獲得のためであることがはっきりした。このスキー場はその仕事ぶりの速さが「馬息嶺速度」という言葉まで生んでいるのだが、逆に言えば、今年の春のあの戦争騒ぎの時もここの「人民軍」は戦闘に備えずにもっぱらスキー場建設に励んでいたわけで、あの「緊張」の裏側をはしなくも露わにした。
 じつは北朝鮮は今年5月に経済開発区法を成立させ、主管官庁として国家経済開発総局を設置した。それは全国各道(行政区)に経済開発区を設置させ、工業、農業、観光、加工輸出、先端技術の各分野にわたって外国資本を受け入れるようというものであある。
 土地の貸与期間は50年(延長可)、企業所得税は14%(インフラ建設、ハイテクなど奨励項目では10%)、利潤を再投資する場合は5年間の所得税の半額を返還(インフラへの再投資なら全額を返還)する、などの優遇策が盛り込まれている。開城の工業団地でのトラブルを意識してか、投資側の「生命、財産、利潤は保護される」と、専門家は解説した。
 これまでも開城のほかに北の羅先市、鴨緑江河口に近い中洲の黄金坪などに開発区が設けられていたが、今後は全道に開発区となれば、これまで否定してきた「改革・開放」の開放に踏み切ろうとしているともみられる。そしてその前段階として現在は、やってくる外国人からはなるべく多額の外貨を吸いとろうとしているようである。
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