2013.11.30
ハイリスク型政治に賭ける安倍政権
高支持率を維持するが、基盤は脆弱
安倍晋三内閣が昨年12月26日に発足してから約1年経った。内閣支持率は60%台の高率を維持し(11月現在)、7月の参院選挙でも圧勝して衆参両院のねじれを解消した。順風満帆の勢いである。この内閣の最大の特徴はハイリスク・ハイリターン型の政治を指向している点だ。それだけに、国民の間には「もし、リスクが現実化したら」という一抹の不安が漂う。安倍政治は何処に向かうのであろうか。
安倍内閣が実践しているハイリスク・ハイリターン型政治の典型は、なんといってもアベノミクスである。金融政策や財政政策で産業を活性化することによって経済の再生を図るのではなく、過去に例のないような超金融緩和と思い切った公共事業によって国民のインフレ期待を高め、それをテコに20年間以上続いたデフレから脱却することを狙った経済政策である。構造的なデフレから抜け出すには「異次元の刺激的政策」が必要であることは確かであろうが、それが失敗した時の国民経済に与えるダメージは大きい。
アベノミクスは「3本の矢」、すなわち、異次元の超金融緩和、バラマキ型の公共事業、民間産業を主な対象とする成長戦略によって構成されている。外為市場で円安相場、株式市場では株高を演出している外資、とりわけ米欧のヘッジファンドは、超金融緩和と公共事業のバラマキは評価したが、成長戦略の中身には疑問の目を向け、積極的な行動を控えている。しかし、なぜか安倍首相はアベノミクスの成功に自信満々である。
2020年オリンピックの東京招致に向けての安倍首相のハイリスクの行動も国民を驚かせ、招致の成功は首相とアベノミクスの評価を高めた。東京招致が決定した9月中旬のブエノスアイレスにおける国際オリピック委員会(IOC)総会で、メルトダウン事故を起こした東電・福島第1原発について、「現在の状況はコントロールされている」といい切ったのである。この発言が事実に反していることは今日も続いている汚染水事故から見ても明らかである。だが、安倍首相は東京招致成功が安倍政権とアベノミクスの追い風になると確信し、“ギャンブル”に踏み切った。
外交面でも安倍首相のハイリスクの行動は際立っている。首相は就任以来、毎月のように外国を訪問し、首脳外交を展開している。訪問先は東南アジア、ロシア、北米、南米、欧州連合(EU)、中東、アフリカに及んでいる。精力的な首脳外交の主な狙いは、インフラなど日本産品と技術の売り込みと資源輸入とともに、安全保障面での連携を強化して、国際面で日本を「普通の国」に転換させることである。とりわけ、東南アジア、ロシア、大洋州諸国や北米との外交では、「中国包囲網」を指向しているのではないかとみられる動きもたびたび見られた。
首脳会談に応じない中国と韓国に対して、安倍首相は「私の方の扉は常に開かれている」と繰り返している。しかし、尖閣諸島と竹島の領土問題に加えて、靖国神社参拝、歴史観、慰安婦などの問題で両国に不信感を与えている限り、関係修復は不可能であろう。とりわけ、中国との関係が改善しないと日本のアジア外交は安定しない。中国に「日本は米国、オーストラリアや東南アジア諸国を扇動して中国包囲網をつくろうとしている」という疑念を抱かせるような「牽制外交」は日本にとってリスクが大きすぎる。この点については、米国も安倍政権に対して注意を喚起している。
安倍内閣が推進する経済政策の第1の柱はアベノミクスであるが、第2の柱は原発の再稼働、第3の柱は環太平洋経済連携協定(TPP)への参加である。これら3つの政策の共通点は大企業を中心とする経済界との緊密な協調である。自民党と財界の関係は安倍内閣の発足後、数か月にして、政権交代以前の状態に戻ったといえる。
アベノミクスの現在から来年前半にかけての焦点は、企業が正社員を含む従業員を解雇しやすくする新・労働法制を安倍内閣と自公両党が野党や労組の反対を押し切って成立させるかである。財界が新法制を熱望していることはいうまでもないが、米欧のヘッジファンドが新・労働法制の成否によって「第3の矢」の評価を決めようとしていることが明らかなため、経産省は新法制の実現に躍起となっている。ただ、厚労省は「従来の労働法制の流れに逆行することは労組だけでなく、国民の反発を買う」と抵抗しているため、安倍首相は新法制に傾きつつ、迷っている。
原発の再稼働について、安倍内閣は「原子力規制委員会が安全を確認した原発は再稼働する」という方針を明らかにしている。これは財界の要望と完全に一致している。だが、各種の世論調査によると、国民の過半数は現状での原発再稼働に反対している。福島事故の原因が未だ不明確であるだけでなく、高放射能汚染水による事故が今日も続発しているからである。安倍内閣は「日本の原発の安全技術は世界一だ」「原発を再稼働しないと、電力料金が高くなり、産業の競争力が弱まってしまう」との理屈で押し切ろうとしている。ところが、最近、「高放射性廃棄物の最終処理場もないままに原発を再稼働するのは無責任だ」(小泉純一郎・元首相)という声が強まったこともあって、国民の反対を抑える見通しは立っていない。
TPP交渉への参加については、農協や日本医師会などからの反対があったが、自民党内の農林族議員の弱体化もあって、安倍内閣は民主党の野田佳彦政権のTPP参加の方針を受け継いだ。先月上旬には、米作の減反政策の再検討の方針を打ち出して、本格的な農業改革に乗り出す姿勢を見せた。もし、これまでの米作システムを大転換する農業改革が実現すれば、安倍内閣は農業分野で第2次大戦直後の農地改革に次ぐ歴史的業績を挙げたことになる。とはいえ、多数の自民党国会議員は昨年末の衆院選と今年7月の参院選で旧来型の米作を守ることを約束して農民票を獲得しているだけに、小規模米作システムを崩壊させ、農協の利益基盤を揺るがすような改革が簡単に成就するとは思えない。(元農水官僚で、著名な農業専門家である山下仁一氏は「政府の減反見直し政策は全く減反廃止ではない。『減反廃止』の報道は大手マスコミの大誤報だ」と述べている)
早房長治 ((地球市民ジャーナリスト工房代表)
安倍晋三内閣が昨年12月26日に発足してから約1年経った。内閣支持率は60%台の高率を維持し(11月現在)、7月の参院選挙でも圧勝して衆参両院のねじれを解消した。順風満帆の勢いである。この内閣の最大の特徴はハイリスク・ハイリターン型の政治を指向している点だ。それだけに、国民の間には「もし、リスクが現実化したら」という一抹の不安が漂う。安倍政治は何処に向かうのであろうか。
安倍内閣が実践しているハイリスク・ハイリターン型政治の典型は、なんといってもアベノミクスである。金融政策や財政政策で産業を活性化することによって経済の再生を図るのではなく、過去に例のないような超金融緩和と思い切った公共事業によって国民のインフレ期待を高め、それをテコに20年間以上続いたデフレから脱却することを狙った経済政策である。構造的なデフレから抜け出すには「異次元の刺激的政策」が必要であることは確かであろうが、それが失敗した時の国民経済に与えるダメージは大きい。
アベノミクスは「3本の矢」、すなわち、異次元の超金融緩和、バラマキ型の公共事業、民間産業を主な対象とする成長戦略によって構成されている。外為市場で円安相場、株式市場では株高を演出している外資、とりわけ米欧のヘッジファンドは、超金融緩和と公共事業のバラマキは評価したが、成長戦略の中身には疑問の目を向け、積極的な行動を控えている。しかし、なぜか安倍首相はアベノミクスの成功に自信満々である。
2020年オリンピックの東京招致に向けての安倍首相のハイリスクの行動も国民を驚かせ、招致の成功は首相とアベノミクスの評価を高めた。東京招致が決定した9月中旬のブエノスアイレスにおける国際オリピック委員会(IOC)総会で、メルトダウン事故を起こした東電・福島第1原発について、「現在の状況はコントロールされている」といい切ったのである。この発言が事実に反していることは今日も続いている汚染水事故から見ても明らかである。だが、安倍首相は東京招致成功が安倍政権とアベノミクスの追い風になると確信し、“ギャンブル”に踏み切った。
外交面でも安倍首相のハイリスクの行動は際立っている。首相は就任以来、毎月のように外国を訪問し、首脳外交を展開している。訪問先は東南アジア、ロシア、北米、南米、欧州連合(EU)、中東、アフリカに及んでいる。精力的な首脳外交の主な狙いは、インフラなど日本産品と技術の売り込みと資源輸入とともに、安全保障面での連携を強化して、国際面で日本を「普通の国」に転換させることである。とりわけ、東南アジア、ロシア、大洋州諸国や北米との外交では、「中国包囲網」を指向しているのではないかとみられる動きもたびたび見られた。
首脳会談に応じない中国と韓国に対して、安倍首相は「私の方の扉は常に開かれている」と繰り返している。しかし、尖閣諸島と竹島の領土問題に加えて、靖国神社参拝、歴史観、慰安婦などの問題で両国に不信感を与えている限り、関係修復は不可能であろう。とりわけ、中国との関係が改善しないと日本のアジア外交は安定しない。中国に「日本は米国、オーストラリアや東南アジア諸国を扇動して中国包囲網をつくろうとしている」という疑念を抱かせるような「牽制外交」は日本にとってリスクが大きすぎる。この点については、米国も安倍政権に対して注意を喚起している。
安倍内閣が推進する経済政策の第1の柱はアベノミクスであるが、第2の柱は原発の再稼働、第3の柱は環太平洋経済連携協定(TPP)への参加である。これら3つの政策の共通点は大企業を中心とする経済界との緊密な協調である。自民党と財界の関係は安倍内閣の発足後、数か月にして、政権交代以前の状態に戻ったといえる。
アベノミクスの現在から来年前半にかけての焦点は、企業が正社員を含む従業員を解雇しやすくする新・労働法制を安倍内閣と自公両党が野党や労組の反対を押し切って成立させるかである。財界が新法制を熱望していることはいうまでもないが、米欧のヘッジファンドが新・労働法制の成否によって「第3の矢」の評価を決めようとしていることが明らかなため、経産省は新法制の実現に躍起となっている。ただ、厚労省は「従来の労働法制の流れに逆行することは労組だけでなく、国民の反発を買う」と抵抗しているため、安倍首相は新法制に傾きつつ、迷っている。
原発の再稼働について、安倍内閣は「原子力規制委員会が安全を確認した原発は再稼働する」という方針を明らかにしている。これは財界の要望と完全に一致している。だが、各種の世論調査によると、国民の過半数は現状での原発再稼働に反対している。福島事故の原因が未だ不明確であるだけでなく、高放射能汚染水による事故が今日も続発しているからである。安倍内閣は「日本の原発の安全技術は世界一だ」「原発を再稼働しないと、電力料金が高くなり、産業の競争力が弱まってしまう」との理屈で押し切ろうとしている。ところが、最近、「高放射性廃棄物の最終処理場もないままに原発を再稼働するのは無責任だ」(小泉純一郎・元首相)という声が強まったこともあって、国民の反対を抑える見通しは立っていない。
TPP交渉への参加については、農協や日本医師会などからの反対があったが、自民党内の農林族議員の弱体化もあって、安倍内閣は民主党の野田佳彦政権のTPP参加の方針を受け継いだ。先月上旬には、米作の減反政策の再検討の方針を打ち出して、本格的な農業改革に乗り出す姿勢を見せた。もし、これまでの米作システムを大転換する農業改革が実現すれば、安倍内閣は農業分野で第2次大戦直後の農地改革に次ぐ歴史的業績を挙げたことになる。とはいえ、多数の自民党国会議員は昨年末の衆院選と今年7月の参院選で旧来型の米作を守ることを約束して農民票を獲得しているだけに、小規模米作システムを崩壊させ、農協の利益基盤を揺るがすような改革が簡単に成就するとは思えない。(元農水官僚で、著名な農業専門家である山下仁一氏は「政府の減反見直し政策は全く減反廃止ではない。『減反廃止』の報道は大手マスコミの大誤報だ」と述べている)