2014.01.31
悲しみはそれに倍する憎しみを呼ぶ――新疆の泥沼化
――八ヶ岳山麓から(91)――
中国新疆ではテロと鎮圧の流血事件が頻発している。
中国政治週刊誌「瞭望」によれば、新疆では2009年以来、組織的暴力事件が毎年100件以上起きており、2012年は190件余りに急増した。「東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)」などのウイグル独立派組織は、カシュガル・アクスなどで重点的に浸透を図っている。2013年6月、トルファン地区ピチャン県で35人が死亡した事件の後、公安当局は「極端な宗教思想」を広めた139人と「デマを流した」256人を摘発したという(産経・共同2013.11.27)。
――ETIMはアメリカ、国連もテロ組織と認定したもので、非暴力で自治獲得を目指す在外ウイグル人組織「世界ウイグル会議」(ラビア・カーディル議長)とは異なる。だが中国政府は「世界ウイグル会議」も国家分裂の犯罪組織としている。
また昨年12月30日、カシュガル地区ヤルカンド県で、武装グループは公安局を襲撃した。当局は武装グループの8人を射殺、1人を拘束した(政府系ネット天山網による)。カシュガル地区では、11月中旬に起きた派出所襲撃事件で警察関係者2人が死亡、武装グループ全員が射殺された。12月15日にも、住民グループと警察当局が衝突し、警官2人を含む16人が死亡する事件が起きた(産経2014・12・14)。
今年1月16日、中国外交部報道官は、ウイグル人学者イリハム・トフティが犯罪の嫌疑により公安当局に拘束されたと述べた。彼は昨年10月の天安門前の車両突入事件後、海外メディアの取材に応じてウイグル族の権利を擁護する立場から発信していた(産経・共同2014.1.16 )。
――イリハム・トフティは中央民族大学副教授。新疆独立ではなく自治を主張し、テロリズムを拒否し、漢人との友好協力を主張する穏健派であるが、政府の民族政策には批判的だった。後述する2009年「七・五」事件の3日後にも拘束されている。
1月17日、新疆ウイグル自治区政府は今年、「テロとの戦い」のため治安関連予算の倍増を計画していると報じた。ヌル・ベクリ自治区主席(ウイグル人)は「暴力的なテロに絶えず打撃を加え、慈悲を見せない」として、「テロ」と徹底対決する考えを示した(China Daily,産経・共同2014.1.17 )
ここで横道。「新疆」とは新しい領土という意味です。1877年清国の将軍左宗棠がコーカンド汗国のヤクブ・ベクをやぶって、この地域を清国領土としたからです。地域名が中国の植民地であることを表しています。民族主義者は東トルキスタンと呼びます。漢人は天山山脈の南を南疆、北を北疆と略称します。ウルムチやトルファンは北疆、カシュガルやアクスは南疆の町です。
かつてチュルク(トルコ)系のムスリム(イスラム教徒)は、新疆の多数民族でしたが、1949年の革命後、「生産建設兵団」など移住してきた漢・回民族が半数近くを占めています。2010年センサスでは、新疆の全人口2182万人のうち、ウイグル人1000万人、漢人883万人、カザフ人142万人、回人(漢語系ムスリム)98万人、キルギス人18万人などです。
1949年を基準にすると漢人は30倍の増加、それにひきかえウイグル・カザフは3倍の増加にすぎません。新来の漢人は北疆に多く、新疆15の州・地区・市のうち12地域で20%以上となり、ウルムチをはじめユーラシア鉄道(蘭新線)沿線の都市では60%をこえます。南疆はウイグル人が多数を占め、漢人は少数です。
新疆は砂漠とオアシスの土地です。農耕地は全面積の3.4%にすぎません。大量の移民によってオアシスの人口密度は1平方キロあたり200人を越え飽和状態になりました。
閑話休題。中国では少数民族の「独立」だけでなく「民族自治」の要求も国家分裂主義とみなされ取締の対象である。だが過激な反抗は後を絶たない。なぜか。
先住チュルク系ムスリムのインテリは、イスラムに対する制限、漢語の優先と民族語の喪失などから民族漢化の危険を感じ取る。
農牧民の多くは、民族独立だの自治だのを主張しないが、ひそかに民族主義者を擁護する。日常的に圧迫と屈辱を味わっているからだ。第一、大量の漢人が新疆にきて、オアシスと草原を勝手に開墾し、放牧地と水とを奪い居座った。そのために生態系が破壊され、砂漠化が進んだ。第二、政府が信仰を管理して、集会・デモはもちろん、民営のコーラン学校(メドレセ)も、伝統的な儀式で結婚式をやるのも、ベールも、官制以外のメッカ巡礼もすべて禁止する。漢人との収入格差は開くばかりだ等々、怨みのタネはいろいろある。
漢人は新住民だとはいえ、強大な民族として先住民族に対し優位に立っている。政府は、民族運動の目的は漢人を新疆から追い出し、東トルキスタン共和国をつくることだと宣伝している。
これをうけて漢人は、ウイグル人は不当にも我々を攻撃対象としていると考える。自分たちは政府の政策に従って入植し、合法的に草原を開墾し、水を引き、農業をやってきたのである。ウイグル人は漢人より勤勉ではないし教養もない(漢語ができない)。漢人が彼らより金持になるのは当然だと考える。
漢人にはたいがい「大一統(統一国家)」を重んじる歴史観がある。そうした人にとっては、中国共産党中央の「中華民族の興隆」というスローガンは魅力あるものだ。ウイグル人やチベット人の民族的要求は、大中華民族国家を実現する夢を妨げるものである。まして彼らがテロに走るなら、ぶっつぶして何の差支えもない。
いま中国は、民族運動を弾圧するのにどんなやり方をとっても、国際世論に遠慮する必要はない。中国を含む上海機構、すなわち新疆に隣接する中央アジア(西トルキスタン)のイスラム諸国やロシアも、テロ対策という中国と同じ理由で民族問題を力で抑え込んでいる。9・11以後はアメリカもまた、中国政府の少数民族政策に対する批判のレベルを下げた。
阿部治平(もと高校教師)
中国新疆ではテロと鎮圧の流血事件が頻発している。
中国政治週刊誌「瞭望」によれば、新疆では2009年以来、組織的暴力事件が毎年100件以上起きており、2012年は190件余りに急増した。「東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)」などのウイグル独立派組織は、カシュガル・アクスなどで重点的に浸透を図っている。2013年6月、トルファン地区ピチャン県で35人が死亡した事件の後、公安当局は「極端な宗教思想」を広めた139人と「デマを流した」256人を摘発したという(産経・共同2013.11.27)。
――ETIMはアメリカ、国連もテロ組織と認定したもので、非暴力で自治獲得を目指す在外ウイグル人組織「世界ウイグル会議」(ラビア・カーディル議長)とは異なる。だが中国政府は「世界ウイグル会議」も国家分裂の犯罪組織としている。
また昨年12月30日、カシュガル地区ヤルカンド県で、武装グループは公安局を襲撃した。当局は武装グループの8人を射殺、1人を拘束した(政府系ネット天山網による)。カシュガル地区では、11月中旬に起きた派出所襲撃事件で警察関係者2人が死亡、武装グループ全員が射殺された。12月15日にも、住民グループと警察当局が衝突し、警官2人を含む16人が死亡する事件が起きた(産経2014・12・14)。
今年1月16日、中国外交部報道官は、ウイグル人学者イリハム・トフティが犯罪の嫌疑により公安当局に拘束されたと述べた。彼は昨年10月の天安門前の車両突入事件後、海外メディアの取材に応じてウイグル族の権利を擁護する立場から発信していた(産経・共同2014.1.16 )。
――イリハム・トフティは中央民族大学副教授。新疆独立ではなく自治を主張し、テロリズムを拒否し、漢人との友好協力を主張する穏健派であるが、政府の民族政策には批判的だった。後述する2009年「七・五」事件の3日後にも拘束されている。
1月17日、新疆ウイグル自治区政府は今年、「テロとの戦い」のため治安関連予算の倍増を計画していると報じた。ヌル・ベクリ自治区主席(ウイグル人)は「暴力的なテロに絶えず打撃を加え、慈悲を見せない」として、「テロ」と徹底対決する考えを示した(China Daily,産経・共同2014.1.17 )
ここで横道。「新疆」とは新しい領土という意味です。1877年清国の将軍左宗棠がコーカンド汗国のヤクブ・ベクをやぶって、この地域を清国領土としたからです。地域名が中国の植民地であることを表しています。民族主義者は東トルキスタンと呼びます。漢人は天山山脈の南を南疆、北を北疆と略称します。ウルムチやトルファンは北疆、カシュガルやアクスは南疆の町です。
かつてチュルク(トルコ)系のムスリム(イスラム教徒)は、新疆の多数民族でしたが、1949年の革命後、「生産建設兵団」など移住してきた漢・回民族が半数近くを占めています。2010年センサスでは、新疆の全人口2182万人のうち、ウイグル人1000万人、漢人883万人、カザフ人142万人、回人(漢語系ムスリム)98万人、キルギス人18万人などです。
1949年を基準にすると漢人は30倍の増加、それにひきかえウイグル・カザフは3倍の増加にすぎません。新来の漢人は北疆に多く、新疆15の州・地区・市のうち12地域で20%以上となり、ウルムチをはじめユーラシア鉄道(蘭新線)沿線の都市では60%をこえます。南疆はウイグル人が多数を占め、漢人は少数です。
新疆は砂漠とオアシスの土地です。農耕地は全面積の3.4%にすぎません。大量の移民によってオアシスの人口密度は1平方キロあたり200人を越え飽和状態になりました。
閑話休題。中国では少数民族の「独立」だけでなく「民族自治」の要求も国家分裂主義とみなされ取締の対象である。だが過激な反抗は後を絶たない。なぜか。
先住チュルク系ムスリムのインテリは、イスラムに対する制限、漢語の優先と民族語の喪失などから民族漢化の危険を感じ取る。
農牧民の多くは、民族独立だの自治だのを主張しないが、ひそかに民族主義者を擁護する。日常的に圧迫と屈辱を味わっているからだ。第一、大量の漢人が新疆にきて、オアシスと草原を勝手に開墾し、放牧地と水とを奪い居座った。そのために生態系が破壊され、砂漠化が進んだ。第二、政府が信仰を管理して、集会・デモはもちろん、民営のコーラン学校(メドレセ)も、伝統的な儀式で結婚式をやるのも、ベールも、官制以外のメッカ巡礼もすべて禁止する。漢人との収入格差は開くばかりだ等々、怨みのタネはいろいろある。
漢人は新住民だとはいえ、強大な民族として先住民族に対し優位に立っている。政府は、民族運動の目的は漢人を新疆から追い出し、東トルキスタン共和国をつくることだと宣伝している。
これをうけて漢人は、ウイグル人は不当にも我々を攻撃対象としていると考える。自分たちは政府の政策に従って入植し、合法的に草原を開墾し、水を引き、農業をやってきたのである。ウイグル人は漢人より勤勉ではないし教養もない(漢語ができない)。漢人が彼らより金持になるのは当然だと考える。
漢人にはたいがい「大一統(統一国家)」を重んじる歴史観がある。そうした人にとっては、中国共産党中央の「中華民族の興隆」というスローガンは魅力あるものだ。ウイグル人やチベット人の民族的要求は、大中華民族国家を実現する夢を妨げるものである。まして彼らがテロに走るなら、ぶっつぶして何の差支えもない。
いま中国は、民族運動を弾圧するのにどんなやり方をとっても、国際世論に遠慮する必要はない。中国を含む上海機構、すなわち新疆に隣接する中央アジア(西トルキスタン)のイスラム諸国やロシアも、テロ対策という中国と同じ理由で民族問題を力で抑え込んでいる。9・11以後はアメリカもまた、中国政府の少数民族政策に対する批判のレベルを下げた。