2016.04.30 ジェノサイド(集団殺害)条約違反としてISの国際的処罰へ
―主要国で日本だけが条約不参加

坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

3回にわたる前稿で紹介した、国際人権組織HRWの報告書でも具体的な被害者の証言で改めて裏付けられた、ISによるヤジディ教徒の女性、少女たちの性奴隷化、子供たちも含む男性集団殺害。ドイツのナチによるユダヤ人集団殺害(ホロコースト)を絶対に繰り返さない決意で、国連総会が全会一致採択(1948年)、発効(1951年)した国連ジェノサイド条約を踏みにじる蛮行だ。それ以外にもISは、イラクとシリア、リビアでイスラム教シーア派の人たち、キリスト教徒、エジプト人コプト教徒(キリスト教の一派)を集団殺害している。
IS壊滅へ米国とロシアの協調を背景に、国際社会は、国連安保理の決議、国際刑事裁判所の決定を得て、ISへの包囲網をさらに強化する方向へ動き出した。米英両国の政府、議会は「ジェノサイド条約違反」との用語でIS壊滅への決意を明確にしている。国連安保理がジェノサイドと判断する決議を行えば、条約加盟147か国はISへの制裁に参加する義務を負い、IS包囲網がさらに強化される。
▽米、英の議会、政府が推進
 米国では下院が3月15日、393対ゼロでISの行為をジェノサイドとして断罪する議決を行い、オバマ政権に国連安保理と国際刑事裁判所への行動を促した。また英国下院も同様の決議を満場一致で採択し、政府に行動を求めた。米英両国の政府、議会が協調して行動したことは明らかだ。米下院決議の後、ケリー国務長官は「ISは自らの宣言、思想、行動によって、ジェノサイドであることを明白にした」と断定、ISがシリアとイラクで行っている人道に対する罪、民族浄化の罪を犯しているとの結論は、米国務省、情報機関から提供された豊富な証拠によって裏付けられている、と述べた。
 また英国では、議会が政府に対して、ジェノサイド条約侵犯者として国際刑事裁判所によるISの訴追を求める立場から、国連安保理に即刻提起するよう要求。英外務省は議会との同調の立場を明確にした。
▽旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷でのジェノサイド訴追
 国際刑事裁判所(ICJ,本部ハーグ)が国連ジェノサイド条約に基づき、犯罪者を訴迫、加盟国の協力を得て犯罪者を逮捕、有罪判決を下して禁固刑に処した実例には、1992~95年の旧ユーゴスラビア内戦でのジェノサイド罪、人道に対する罪での国際戦犯法廷がある。10万人以上が死亡した内戦が最も過酷だったのはボスニア。セルビア人の過激な民族主義民兵勢力がイスラム教徒のボスニア人7千人以上を集団殺害したとして、その軍事指導者カラジッチ元スルブスカ共和国大統領が逮捕され、国際戦犯法廷でジェノサイドなど10件の罪で禁固40年の刑が確定、服役した(同法廷には死刑はない)。同内戦では、このほかミロシェヴィッチ元ユーゴスラビア大統領(獄中死亡)以下のセルビア人指導者たちが2011年までに逮捕され、戦犯法廷で裁かれた。
 ▽国連ジェノサイド条約に日本はなぜ参加しなかったか
 条約加盟国には、全安保理常任理事国はじめ、北朝鮮、イラン、イラク、シリアも含む世界主要147国が締約国になっている。主要国で参加していないのは日本だけ。
 ジェノサイド条約の要点は以下の通りだ(ウイキペディアから引用)
 第1条(締約国の義務)
 締約国は、集団殺害が平時に行われるか戦時に行われるかを問わず、国際法上の犯罪であることを確認し、これを防止し、処罰することを約束する。
第2条(ジェノサイドの定義)
この条約では、集団殺害とは、国民的、人種的、民族的または宗教的集団を全部または一部を破壊する意図をもって行われる次の行為のいずれをも意味する。
(a)集団構成員を殺すこと。
(b)集団構成員に対して重大な肉体的または精神的な危害を加えること。
(c)全部または一部に肉体の破壊をもたらすために、意図された生活条件を集団に対して故意に課すること。
(d)集団内における出生の防止を意図する措置を課すること。
(e)集団の児童を他の集団に強制的に移すこと。
第3条(処罰する行為)
次の行為は、処罰する。
(a)集団殺害(ジェノサイド)
(b)集団殺害を犯すための共同謀議
(c)集団殺害を犯すことの直接かつ公然の教唆
(d)集団殺害の共犯

日本がジェノサイド条約に不参加なことは、情けない限りだが、これまでの日本政府の説明は、ジェノサイド条約違反に対する制裁義務には武力行使が含まれるので、憲法9条との関係上問題がある、過去にさかのぼる適用など国内法との関係上問題があるなどだと、ウイキペディアは、説明している。確定的な公式説明があったかどうかは知らない。しかし、ナチスによるユダヤ人の集団殺害(ジェノサイド)を繰り返さないための条約であり、旧ナチの残党追及が今も続いていることから、ナチの最大の同盟国であった軍国日本を深く反省、否定したくない、自民党政権と外務省が条約参加をサボタージュしてきたのではないだろうか。安倍政権は最近実施した安保関連法で国際的軍事行動への道を広げたが、IS壊滅への国際社会の行動を拡大するために、ジェノサイド条約参加を求められたらどうするのか。(了)