2018.12.19 「敵進めば、われ退く」―中国、技術発展計画で対米譲歩を決意か?
新・管見中国(42)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 「米中新冷戦」は1日のアルゼンチン・ブエノスアイレスでのトランプ・習近平首脳会談と時を同じくして起こったカナダ・バンクーバーでの中国「華為技術(ファーウエイ)」副会長逮捕によって、戦線は米中間の貿易インバランスの是正のみならず、次世代通信技術(5G)での主導権争いという新領域の火も燃え広がっていることが明らかになった。
 確かに今より百倍以上も高速になると予想される通信技術の新世代の主導権の行方は、そのまま世界政治の主導権の行方をも左右するだろうから、現在の覇者、米にすれば、猛追してくる中国を蹴落としたい衝動に駆られていることは誰の目にも明らかである。
 とはいえ、正々堂々と追いつき追い越されるなら、米と言えども文句のつけようはないはずだが、現状では中国のしていることに米はあれこれ腹を立てているために、国際紛争の様相を呈しているわけである。
 米はなにに腹を立てているのか。一言で言えば「やり方が汚い」ということだろう。米の言い分を簡潔に言えば、中国は技術を「盗むな、ゆするな、過保護はやめろ」ということになる。
 「盗むな」はハッキングから技術者の買収までふくめて、外国企業の技術を盗み取ることであり、「ゆするな」は外国企業が中国の巨大市場をめあてに進出してくる場合や外国企業が中国と大型商談をまとめる際に、条件として技術を中国側に公開するよう求めること。「過保護はやめろ」は中国が2015年に決めた「中国製造2025」という中国の技術水準を急速に引き上げる計画で、その重点分野とされた業界や企業に政府が多額の補助金など優遇措置を講じていることを指す。
 このうち2番目の「ゆするな」は大げさに言えば、中国が改革・解放政策に踏み切って以来なかば公然と行われてきたことだが、「盗むな」はことの性質からか、米も声高に非難するわりには、個別例を具体的に明らかにしないし、中国も否定するばかりで具体的な反論をしないので、外部からはその真偽を判断しようがない。ただ、米中のやり取りを見ていれば、まるきり火のないところに煙が立っているわけではなさそうだ、とはな思える。
 問題は3番目の「過保護はやめろ」である。自国の遅れた分野を政府が保護、助成するのはどこの国でもやっていることであって、それを他国がとやかく言うのは筋が通らない。だから中国側は「中国は自らが発展する権利を犠牲にはできない」(10月1日『人民日報』)と反論する。その限りでは正論であろう。習近平も11月17日、ポートモレスビーでのAPECの場で「すべての国は平等に発展する権利がある」と米ペンス副大統領の前でその立場を強調した。
 それでは米は何故、この「中国製造2025」を目の仇にするのか。表向きはこの計画による補助金や外資規制が「市場の公平性をゆがめている」というものだ。確かに「華為」のように短期間で世界シェアを大きく伸ばした中国企業は民営とはいえ、政府の強力な後押しがあったであろうが、それを不公平とか、公正な競争が行われていないと非難したところで、所詮は他国のことである。
 それでも米がこの「中国製造2025」を毛嫌いするのは、これが今後数十年に及ぶ中国の発展目標を掲げているからではないかと考えられる。米にとっては想像したくないことをわざわざ目の前に突きつけられている感じがするのではないか。
 例えば計画によれば、中国は2025年から10年間で世界の製造強国の仲間入りをし、2035年には製造業の現代化を全面的に実現する。そして建国100年の2049年には世界でも先進的な技術体系と産業体系をつくり上げるというのである。
 なんでその程度のことで、という気もするが、なにしろ中国は14億人を擁する巨大マーケットである。巨大マーケットの持つ強みをこれまで十分味わいつくしてきた米としては、米の数倍の巨大マーケットが先進技術を身に着けることは想像するだにおぞましいのではなかろうか。
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 さて、ここからがこの一文の本題である。先進技術に関する米の対中非難のうちの「過保護はやめろ」は中国としてとても呑める要求ではないので、「新冷戦」はますます過熱かと思われている矢先に、中国がここはあえて譲歩するのではないか、という雲行きになってきたようなのである。
 発端はさる12日の米ウォール・ストリート・ジャーナル紙(電子版)の報道である。それは中国政府が米中貿易戦争の収束に向けて「中国製造2025」の見直しを検討していて、来年の初めには産業育成策の新しい計画を公表する、というのである。
 ただこの報道ではニュースソースが明らかにされていないので、これだけではただの観測でしかないが、この報道を受ける形で中国の新聞がそれを否定するのでなく、逆に肯定するような論評を掲げたので、それを紹介しておきたい。
 その新聞とは『環球時報』という人民日報系の国際問題専門紙である。最近では昔と違って国際的な動きに素早く反応するので、中国の動きについての重要な情報源となっている。そして問題の論評は同紙14日に載った「社評」(日本でいえば社説)で、タイトルは「どうすれば有利か、中国の産業政策はどうあるべきか」。その要点は―
 「米側が『中国製造2025』に反対したのは中国人には意外であった。われわれは米の態度を全く理解せず、自分たちだけでこれを決定した。しかし、中国は深くグローバル化の中に溶け込んでおり、中国の利益と米など西側の利益とを協調させる現実的な必要はますます大きくなっている。・・・これは中国にとって1つの重要な思考の角度である」
「今年になってからの中国を取り巻く環境の重大な変化を回避せず、主導的に応対すべきである。・・・今日、中国が外界に対応して動くことは、国の利益をよりよく実現するためであり、主権を圧迫されての屈辱的な譲歩ではない。強硬と対決は永遠に妥協より歓迎され、さらには『政治的に正しい』とされる。しかし、これは21世紀の中国のイデオロギーではない」
 「中国は世界と利益を共有(共赢)する。これはわれわれの平和発展の生命線であって、1つのスローガンではない。・・・なにが利益の共有か。1つの主張をのべて、それで終わりというわけにはいかない。外部世界の受け取り方もその中に取り入れなければならないし、それは各方面の態度と認識の最大公約数でなければならない」
 要するに自分のことは自分で決めるから、他国は口を出すなという態度はもう通用しない。自分のことでも世界の理解をえなければならない、というのである。へー、ずいぶん物わかりがよくなったものだと驚くし、具体的には「中国製造2025」を外国の批判を受けて縮小したり、改訂したりするのも、共通の利益のためならやむを得ない、ということになる。
 もし、この論調が中国を代表するのなら、米との協議の上での最大の難関は取り除かれたことになる。しかし、ことはそう簡単ではないような気がする。というのはこの新聞の今の編集長はなかなかに開明的な人物で、これまでも時に署名入りでその所論を紙面に載せてきた。したがって、こういう論説が出たからと言って、即それが中国政府の交渉態度に出るとは限らない。われわれは次の場面を待つしかない。
 とはいえ、考えてみれば、今度の「米中新冷戦」なるものは、すくなくとも中国側にしてみればかねて十分に予期していたとはいえないはずだ。今春以降、トランプの急襲に会って、一応、関税には関税で、と対抗はしているが、その間に国内経済は明らかに下降線をたどっていて、強がりだけで先の見通しは立っていないのが現状ではないか。
 そこで局面転換の契機を探り始めたことは十分考えられる。中国共産党は大きな危機に見舞われたときは、思い切った戦術転換に出た歴史を1度ならず持つ。記憶に新しいところでは1970年代、ソ連の攻勢に追い込まれた際には、それまで「米帝国主義は世界人類共通の敵」と言っていたのに、突如、キッシンジャーの隠密外交を受け入れ、対米関係を改善した。日中国交回復もその流れの続きであった。
 それより以前には抗日統一戦線を組むために宿敵、国民党の蒋介石とも手を結んだ。いずれも党内の混乱を恐れず、生き残りのための政策転換であった。この段階での米との対決には勝ち目なしと読み切れば、「妥協をいとわず」は中国共産党の伝統でもある。来年の米中関係はどう展開するか。予断をもつことはできない。
 毛沢東の遊撃戦「16字戦術」と伝えられるものがある。その第1句は「敵進我退」(敵進めば、われ退く)である。第2句以降は「敵駐我擾」(敵留まれば、われ攪乱す)、「敵疲我打」(敵疲れれば、われ打つ)、第4句「敵退我進」(敵退けば、われ進む)と続く。