2019.01.18  中東に、欧州に、アフガンに散ったIS支持者たち
  ―米軍の一方的撤退にBBCの厳しい総括(2)

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

 世界各国からシリア、イラクに渡航し、ISに加わった何ダースもの国の人たちのうち、5千600人以上が自分の国に戻った。米国の諜報グループによる2017年10月の調査によると、英国に425人、ドイツ、フランスにそれぞれ300人などがEUに戻った。
 一方、国連の専門家によると、リビアに3千~4千人、アフガニスタンに4千人のIS参加者が移った。東南アジア、西アフリカ、エジプトのシナイ半島、イエメン、ソマリア、サハラ砂漠一帯の諸国にもIS参加者が移った。
 ISの思想を植え付けられた人々が至る所でテロ攻撃を実行している。
▼国内の混乱、分裂を利用したIS
ISはイラクで国際テロ組織アルカイダから生まれ、育った。アルカイダは2003年、米国のイラク侵攻以後、イスラム教スンニ派の過激派が結成し、イラクの反政府勢力の有力組織になった。
2011年、「イラクのイスラム国」(ISI)として知られるようになり、シリアに侵攻してアサド大統領に反乱を起こした勢力に加わった。彼らにとって、シリアは安全な地で、武器の取得が容易だった。
それと同時にイラクでは、米軍撤退と、シーア派主導の政府の宗派的に偏った政策に対する、スンニ派国民に広がった怒りを利用できた。
2013年、ISIはシリアで占領地での支配権を握り始め、「イラクとレバントのイスラム国」(ISIS)と自ら改名した。
2014年、ISISはイラクに逆侵攻し、北部と西部の広い土地を占領、「イスラム国(IS)」として知られるようになる「首長国」の樹立を宣言した。
それに続いてISはイラクの少数民族クルド人の支配地域に侵攻、少数宗派ヤジディ教徒の町や村に侵攻、ヤジディ教徒数千人を殺害または奴隷化した。それに対して、同年8月から米軍主導の多国籍軍が、イラク国内のIS拠点の爆撃を開始した。
▼国際的な戦闘
イラクとシリアでのISに対する戦いは、血まみれの戦いになり、数千人の人々が命を失い、何百万人の住民が住家を失い、あるいは避難しなければならなかった。
シリアでは、アサド大統領に忠実な政府軍がロシア空軍の空爆支援とイラン支援の民兵部隊とともにISと戦った。一方、米軍主導の連合軍は、クルド人部隊とアラブ人部隊の同盟軍SDF、さらには南部砂漠地帯の反政府部隊が協力してISと戦った。
一方、イラクでは、米軍主導の連合軍とイランが支援する民兵部隊がISと戦った。
米軍主導の連合軍は、オーストラリア、バーレーン、フランス、ヨルダン、オランダ、サウジアラビア、トルコ、アラブ首長国連邦、英国の軍隊で構成され、ISに対する空爆は2014年8月から始まった。シリアでの爆撃は1か月遅れて始まった。
 空爆はISに対する国際的共同作戦の主要な一部。イラクで13,500回、シリアで17,100回の爆撃を行った。
 ロシアは連合軍に加わらなかったが、アサド大統領支援のため2015年9月からシリアの「テロリスト」を攻撃する空爆を行った。ロシア国防省は2018年8月、ロシア空軍は2015年以来、39,000回出動し、「テロリスト目標」12万1千を破壊し、ISメンバー5千2百人以上を殺したと発表している。(続く)