2020.01.31
            京都市長選始まる(3)
    選挙戦最中に前例のない謀略宣伝広告が突如掲載される
    京都新聞に「大切な京都に共産党の市長は『NO』」

 
広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)
 
京都市長選が中盤に差しかかった1月26日(日)、現職候補の選挙母体「未来の京都をつくる会」が京都新聞に全面広告を打った。その文面がまた凄い。まるで右翼団体やヘイト集団が街頭で撒くような「反共ビラ」そのものなのだ。
「大切な京都に共産党の市長は『NO』、京都はいま大きな岐路に立たされています。わたしたちの京都を共産党による独善的な市政に陥らせてはいけません。国や府との連携なしには京都の発展は望めません。いまこそONE TEAMで京都を創ろう! 『地下鉄延伸』『北陸新幹線延伸』『文化庁本格移転』 夢と希望に満ちた様々なプロジェクトも国や府との協力なしには実現できません! 市民のみなさまの多様な意見をしっかりと受け止めて国や府との強力な連と幅広い政党や団体との絆の下に確かな京都の未来を築いていけるのはただひとり。京都市長候補(現京都市長)かどかわ大作(顔写真)、期日前投票に行ってください! 手続きは簡単 手ぶらでも投票できます」

その下欄の「ONE TEAMで京都の未来を守りましょう」の横に並んでいる支持者と支持団体の顔ぶれもまた凄い。「立石義雄(未来の京都をつくる会会長)、西脇隆俊(京都府知事)、有馬頼底(臨済宗相国寺派管長)、堀場厚(堀場製作所CEO)、小山薫堂(放送作家)、千住博(前京都造形大学学長)、中島貞夫(映画監督)、夏木マリ(東京オリパラ組織委員会顧問)、榎木孝明(俳優)、自民党京都府連、公明党本部、国民民主党京都府連、立憲民主党京都府連、社民党京都府連、そのほか、商工業、農林業、建設・運輸、医療福祉衛生、労働、女性・青年、教育・子育て・文化・スポーツ関係等、幅広い団体が力を合わせています」というものだ。

中盤戦の選挙情勢については、読売新聞が1月24~26日、京都・毎日・共同通信が1月25~26日にそれぞれ世論調査を実施しており、いずれの調査結果も現職の門川氏が先行し、福山・村山氏がそれを追う展開となっている。この情勢を見れば、与野党オール5党と経済団体や業界団体が〝総ぐるみ〟で推薦している現職候補が順当に票を固めていると言えるが、それなのになぜ、このようなエゲツナイ選挙広告を打つ必要があるのか。聞けば、表向きは〝総ぐるみ〟だが、内情は必ずしも一枚岩ではないらしい。立憲支持層は、福山幹事長の奮闘にもかかわらずその多くが対立候補の福山陣営に流れているというし、国民支持層は前原府連代表の意向に反して村山陣営に傾いているという。その焦りが、このような時代錯誤の大掛かりな反共広告になったのかも知れない。

 公職選挙法には、「当選を得させない目的をもって公職の候補者に対し虚偽の事実を公にし、又は事実を歪めて公表した者は、4年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処する(第235条第2項、虚偽事項公表罪)」という条項がある。また刑法には、「公然と事実を適示し、人の名誉を棄損した者は、3年以下の懲役若しくは禁固又は50万円以下の罰金に処する(第230条第1項、名誉棄損罪)」とある。私は当該広告がこれらの条項に明らかに抵触するものと考える。

加えて、当該広告が京都市内では圧倒的な購読部数を誇る京都新聞に掲載されたことも、その影響の大きさからして無視できない。こんな誹謗中傷広告が「社会の公器」といわれる新聞に、しかも選挙期間中に掲載されることが果たして許されていいのか、激しい怒りを感じる。日本新聞協会には倫理規定があり、以下のような一節がある。
 ―新聞は公正な言論のために独立を確保する。あらゆる勢力からの干渉を排するとともに、利用されないよう自戒しなければならない。他方、新聞は、自らと異なる意見であっても、正確・公正で責任ある言論には、すすんで紙面を提供する。
―新聞は人間の尊厳に最高の敬意を払い、個人の名誉を重んじプライバシーに配慮する。報道を誤ったときはすみやかに訂正し、正当な理由もなく相手の名誉を傷つけたと判断したときは、反論の機会を提供するなど、適切な措置を講じる。
―公共的、文化的使命を果たすべき新聞は、いつでも、どこでも、だれもが、等しく読めるものでなければならない。記事、広告とも表現には品格を保つことが必要である。また、販売にあたっては節度と良識をもって人びとと接すべきである。

 これらの倫理規定からみても、京都新聞の当該広告はそれを真っ向から否定する「反社会的広告」であり、特定勢力に利用され、個人の名誉を棄損し、品格と節度を欠落させたヘイト広告そのものだ。さらに驚いたことには、当該広告は単なる反共広告ではなく、著名人の名を騙った〝謀略宣伝広告〟だったことである。その背後には、立憲・国民が自民・公明と手を組む京都ならではの政治構造が横たわっている。広告掲載の翌日、支持者リストに名前と顔写真が掲載された前京都造形芸術大学学長で同大教授の日本画家・千住博氏(62)が公式ブログで緊急声明を2回も出した。
「1月26日(日曜日)付の京都新聞の広告において、あたかも私が京都市長選に立候補している門川大作氏のワンチームと称する応援団のメンバーとして、ある政党に対してネガティブキャンペーンに加担しているかのごとくに受けとれる意見広告が載っていますが、これは門川大作氏の選挙事務所が全く私の了解を得ず勝手に掲載したもので、断じて私の本意ではなく、大変遺憾に思います。私はあらゆる政治団体とは距離を置くもので、特定の党の不利益に加担する事はありません」
「1月26日(日曜日)付の京都新聞の選挙広告について。千住博は京都造形芸術大学学長当時に候補者を応援してきた経緯から、今回も推薦者として名前を連ねてきておりました。ですが、千住はアーティストとして、意見の多様性や、議論の必要性を大切にしています。今回のような、ある特定の党を排他するようなネガティブキャンペーンには反対です。まるで千住博がこの様な活動に同意しているような意見広告に、千住の許可なく無断で掲載されたことを大変遺憾に思います」

続いて、放送作家の小山薫堂氏も秘書を通じて「了承もなく掲載され、支持してくださる皆様に不信感を抱かせ、大変心苦しく思います」とコメントした。市民の間でも門川陣営や京都新聞に対する批判が高まるなかで、毎日新聞(1月29日)は「京都市長選『共産党はNO』広告、現職側団体『無断』で著名人顔写真」と大きく報じた。同日、京都新聞にも(自らの責任はさておいて)他人事のような関係記事が掲載された。

京都新聞を読んで改めて驚いたのは、1月28日までの同紙の取材で「未来の京都をつくる会=門川陣営選挙母体」の反共広告の賛同人は、立石京都商工会議所会頭(未来の京都をつくる会会長)たった1人だったという事実である。名前と顔写真を並べた西脇知事や有馬臨済宗相国寺管長は「事前に知らなかった」、中島映画監督は「推薦人は了承していたが、広告の掲載や文言は聞いていない。共産党だからNOだとか排除するような考えは間違い。きちんと政策を訴えないと逆効果」、堀場製作所(経営管理部)は「広告を出すと聞いていたが、本人(堀場厚会長)も秘書も内容は全く知らなかった」とそれぞれ語ったという。

これに対して、門川陣営の吉井事務長(自民党京都府連幹事長)は、「あらゆる広告物に推薦人の名前と写真を使用することは事前に了承を得ている。個別の広告物についての掲載確認は以前からしていない。ただ、推薦人にご迷惑をおかけしたとするなら本意でない」と釈明した(謝罪はしてない)。また、広告は同会所属の全政党メンバーが出席する会議で決めたという。同会事務局は今回の広告の内容について、(1)著名人9名の方々は、各種広報物に門川候補の推薦人として掲載することを依頼し、承諾いただいている信頼関係にある、(2)個別の広報物の中身まで細かく承諾を得ることはしていない。こちらは広告内容を含めてさまざまな広報物に掲載させていただくことに承諾していただいたという認識でいた、(3)今回は踏み込んだ内容の選挙広告になったので、見解の違いがあったのかもしれない、(4)今回の広告はあくまで門川氏を支援している団体の政策広告、選挙期間中に政治団体が政治的主張をすることは認められておりその手法の1つである。「共産党の市長はNO」という文言は特定候補を名指ししたものではなく一般論として書いたもの―と補足している。


これら一連の発言は、今回の広告は著名人に門川候補を応援する広報に名前を使わせてもらうと持ち掛けて氏名掲載の了解を取り、その氏名を門川候補支援の一般的な広報物ではなく、「踏み込んだ内容の選挙広告」すなわち対立候補を中傷する意見広告に無断掲載したことを示している。これは個人の尊厳と思想信条を踏みにじった悪質極まりない行為であり、目的(当選)のためには手段(無断掲載)を選ばない〝謀略宣伝広告〟以外の何物でもない。また、「共産党の市長はNO」という文言は、特定候補を名指ししたものではなく一般論として書いたものだというが、一般論として特定政党に「NO」を突き付けるのであれば、この選挙広告は憲法第21条で保障された政治結社の自由を否定し、政党政治そのものを否定することになる。与野党オール5党から成る門川陣営は、共産党を憲法上の政党と認めず、市民支援団体も含めた対立候補の存在を抹殺しようというのであろうか。

一方、社民党京都府連は代表名で1月28日、「2020年1月26日付京都新聞朝刊の『未来の京都をつくる会』広告について」との声明をネットで発表した。私は、選挙前の門川陣営総決起大会で主催者が社民党を含む5党が結集していると報告していたので、これまで門川陣営は「与野党オール5党」で構成されていると理解していた。しかし、社民党が「未来の京都をつくる会」の構成団体ではないというのであれば、今後は「与野党オール4党」と改める。以下は声明の内容である。

1.2020年1月26日付京都新聞朝刊に掲載された「未来の京都をつくる会」の広告に、社会民主党京都府連合は一切関与していない。
2.社会民主党京都府連合は「未来の京都をつくる会」の構成団体ではなく、広告の賛同団体でもない。社会民主党京都府連合が広告に名を連ねているかのような記述は事実に反しており、断固抗議する。
3.<大切な京都に共産党の市長は「NO」>というフレーズは、政策を訴えるのではなく、レッテル貼りで自由な議論を封じ込める手法であり、社会民主党京都府連合が賛同することはあり得ない。
4.2020年2月2日投票の京都市長選挙において、社会民主党京都府連合は、門川大作市長と政策協定を結び、推薦を決定した。
5.今回の京都市長選挙における社会民主党京都府連合の態度は「門川大作候補に投票を」である。正々堂々の政策論争で京都市長が選ばれることを望む。以上                 

それにしても、顔写真付きで掲載されていた9人の「賛同者」のうち広告掲載に同意したのはたった1人(無断掲載6人、不明2人)だったことといい、構成団体ではない社民党京都府連の名前を平気で並べたことといい、このような傍若無人の振る舞いは、門川陣営が当初から独断で著名人や政党名を謀略宣伝活動に利用しようとしていたことを示すものだ。したがって、これだけ醜悪な事実が暴露されても門川陣営が事態に頬被りしたまま選挙戦を続けるとしたら、これら与野党オール4党はすべからく〝謀略政党〟だと言われても仕方がない。

一方、このような謀略宣伝広告を堂々と掲載した京都新聞の態度はどうか。1月29日の京都新聞記事は、広告掲載の張本人であるにもかかわらず、まるで他人事のように「無断掲載」に関する取材結果を報じているだけだ。本来であれば、事前に確かめなければならない確認作業を批判が集中してから今頃始めるというのでは、地元有力紙としては恥ずかしくないのだろうか。おまけに新聞社としての態度を「社説」で表明するのではなく、広報担当による一片のコメント、「広告主の政策広告と認識しており、掲載前に審査している。本紙広告掲載基準、公職選挙法などに沿った形式で掲載している」で済ませようとしているのもいただけない。要するに、紙面を提供しただけと言って責任を回避しているのである。

だが、憲法違反の「特定の党を排他する意見広告=ネガティブキャンペーン」を社会の公器である新聞に、しかも市長選の最中に掲載したことは極めて重大な問題であり、その責任を回避することはできない。京都新聞は、門川陣営の選挙活動に事実上加担したと見なされても仕方がないのであり、単なる公職選挙法の適用でもって「事前審査」したなどといった屁理屈は通らないのである。このままでは、門川陣営・京都市選挙管理委員会事務局・京都新聞3者がグルになって謀略宣伝広告を画策したことになってしまう。

毎日新聞(1月28日)によれば、京都市選挙管理委員会事務局は当該広告について次のように判断している。(1)公職選挙法は、政治団体による新聞広告で「当該選挙区の特定の候補者の氏名またはその氏名が類推されるような事項を記載する」政治活動は禁止、(2)「共産党は『NO』」などの表現については、候補者の氏名等はなく、党の政策に対する意見は許されているとして「公職選挙法違反には当たらない」。だが、これはおかしい。

考えても見たい。僅か候補者3人の市長選において「共産党の市長は『NO』」といえば、特定候補者の氏名が〝類推〟されることは自明の理ではないか。また、候補者の氏名さえ出さなければ党の政策に対する意見は許される―というのであれば、何を言っても構わないことになる。それに、京都市選挙管理委員会事務局の見解を金科玉条の如く扱うことも問題だ。問題なのは意見広告の内容であって、公職選挙法の形式的解釈や適用ではないのである。

特定政党を名指しして「NO」ということは、憲法第21条で保障された政治結社の自由を否定し、政党政治そのものを否定する行為だと言わなければならない。このことに関してはなによりも、門川陣営のトップ・立石京都商工会議所会頭が事前の了承なしに当該広告を出したことを謝罪している。立石氏は「会の事務局に任せていたが、本人の了承を事前に得ていないのであれば申し訳ない。会長としておわびをしなければならないと思う」(J-CASTニュース、1月28日)と述べたが、反共広告の作成に関わった各政党(自民・公明・国民民主・立憲民主)は依然として口をつぐんだままだ。会長自身が謝罪しているのに構成団体や政党、選挙事務長や掲載紙が横を向いていることは許されない。潔く関係者全員が謝罪して謀略宣伝広告を撤回すべきなのだ。果たして京都市選はどうなるのか。2月2日投開票日の市民の審判が待たれる。