2020.02.28  2人の子をもつ母が、全国初の化学物質過敏症患者が駆け込める「オーガニック宿&カフェ」をつくったわけ
シリーズ「香害」第12回

岡田幹治(ジャーナリスト)

 化学物質過敏症(CS)の人が滞在して養生につとめたり、訪れて安全な食事を楽しんだりできる「オーガニック宿&カフェ めぐまこの家」が昨年10月、本格的に動き出した。開業したのは、アレルギーとCSの二人の子を育てた看護師・保健師の小竹好美さんだ。いったいなぜ、小竹さんはこのような宿&カフェを開いたのだろうか。

◆人が本来もつ力を取り戻す「環境と食」を提供 
 ごく微量の有害化学物質を吸い込むだけで、めまい・発汗・頭 痛・思考力の低下・筋肉痛など多様な症状が出るCSは治らない、と考えている人が少なくないが、そんなことはない。
空気が清浄な空間で過ごし、無農薬・無添加の食事をとる生活を続け、化学物質を取り込まないようにすれば、体内にたまった有害物質が少しずつ排出され(「解毒=デトックス」が進み)、多くの人は日常生活ができる程度には回復する。
掃除・洗濯や畑・庭の手入れ、散歩などで体を動かしたり、入浴で発汗を活発にしたりすることも有効だ。
 このような「環境と食」を提供するのが、石川県宝達志水町(ほうだつしみずちょう)にある「めぐまこの家」だ。
築11年、広さ約200㎡の日本家屋を床下から全面的に改装した。床は杉の無垢材を使用し、壁の一部は石膏ボードに生石灰クリームを塗った塗り壁にし、天井の一部も無垢材にしてあるから、化学物質はほとんど出ない。
 寝具やパジャマは安全性の高いものにしてあり、電磁波被害を少なくするため、Wi-Fiは設置せず、すべてのコンセントにアース線をつけてある。
 客室2室(2人用と3人用)、食事や学習ができる広間2室、共用の浴室・トイレ、台所などがある。
 提供する食事は、3大アレルゲン(卵・乳・小麦)を使わず、無農薬の玄米や野菜、日本海でとれた天然の魚介、抗生物質不使用の肉などを素材にしている。
 こうした「環境と食」によって人は本来もつ力を取り戻していく。

◆きっかけは長男のアレルギー
 小竹さんが自然にそった生活を考えるようになったきっかけは、いま中2の長男・信(まこと)君のアレルギーだ。生まれて間もなく 乳児湿疹になり、離乳食が始まると卵アレルギーになり、保育園では問題行動が多く、広汎性発達障害と判定された。後にCSと診断され、多動などはCSのせいであることがわかった。
 彼のアレルギーやCSを治すにはどうしたらよいか。試行錯誤の末、食事を無農薬・無添加にし、化学物質の少ない住環境にしたところ、症状はみるみる改善した。
 いま小6の長女・恵(めぐみ)さんは、乳アレルギーでCSだ。小竹さん自身も、生理痛・肩こり・下痢などに苦しんでいた。しかし、長男と同じ食事をし、同じ環境で生活していたら、二人とも症状が出なくなった。
 子育てに苦労する中で出会ったのが、故・梁瀬義亮(やなせぎりょう)医師の著書『生命の医と生命の農をめざして』だ。涙をぽろぽろこぼしながら読んだ。
 奈良県五條市で診療所を開いていた梁瀬医師は、1962年に「農薬の害について」という小冊子を出版して農薬の危険性を警告した。アメリカのレイチェル・カーソンが農薬をはじめとする合成化学物質の危険性を警告した『沈黙の春』を出版したのと同じ年だ。
 梁瀬医師はまた、多くの病気の原因は「誤った生活」にあるとして、食生活の改善と有機農業に取り組み、仲間をつくって直営の農場と直営の販売所をつくり上げた。
 小竹さんは、無農薬・無肥料で有機肥料さえ使わない「自然栽培」に注目し、石川県羽咋市とJAはくいが開いた「木村秋則自然栽培実践塾」で学んだ。その後、自然栽培による野菜づくりを小さな畑で続けている。

◆町の補助金を受けて改装、民泊を開業
 以上のような体験を通じて小竹さんは、「食と環境」を整える方法によってCSやアレルギーの人たちを支援したいと考えるようになり、2015年、富山県小矢部市で借家の自宅を開放して体調不良の人にボランティアで支援を始めた。二人の子の名をとった「めぐまこの家」の始まりだ。
 18年、隣県の宝達志水町に格好の空き家を見つけて購入し、同町の企業・創業支援事業補助金を受けて改装。同年9月に石川県の許可を得て民泊(住宅宿泊施設)を開業し、昨年10月にカフェと学習支援・病児保育を始めた。
 めぐまこの家は、宝達志水町杉野屋ム35にあり、電話0767-35-0045。
 民泊は1室1名の場合、一泊2食で8500円(税別、以下同じ)。長期滞在などには割引がある。誰でも利用できるが、合成香料や抗菌消臭剤などを使っていず、喫煙もしていないことが条件だ。
 デトックスフルコースを選べば、筋肉を刺激する体操の指導を受け、発汗が多くなる「野草風呂」などを体験できる。一泊二食で1万2000円。
 カフェは10~18時(平日は要予約)、土曜定休。1500円の日替わりランチ(2種類)に加え、水出しコーヒー・チャイなどの飲み物、みそ蒸しケーキ・チョコかぼちゃケーキなどのスイーツも用意している。スイーツも卵・乳・小麦を使っていない。
 学習支援・病児保育は、体調の整わない小中学生と乳幼児に安全な居場所を提供し、学習などの手助けする(有料)。
 オーガニック食品(調味料・乾物・菓子・飲料)と安全な食器の割引販売を常時しているほか、無農薬・無肥料の農法や野草、育児などに関連する体験講座も開いている。
 宿の開業から1年半、CSで苦しむ人を何人も支援してきた。たとえば、昨年末に遠く福島県から軽自動車を飛ばして駆け込んできたCSの女性は、約2か月の養生で健康を回復し、新しい住まいも見つかり、2月末に退去する。
 だが。養生を開始するとしばらくは症状がさらに悪化する「離脱症状」に陥る人が多いが、それに耐えかね、養生をやめてしまった人もいる。めぐまこの家の周辺には農薬・除草剤・柔軟剤・洗剤などの成分がただよっていることが多いため、それを嫌って退去した人もいる。
 予想外の問題も起きた。CSの人が長期滞在すると、解毒作用で大量の有害物質が排出されて屋内に流出し、CSのスタッフと長女が体調を崩してしまうのだ。汚染された寝具は処分し、部屋は手入れをしなければならないから費用がかさむ。
 対策として、母屋とは別棟の60㎡ほどの離れを改装し、CSの長期滞在者専用の部屋にすることを検討している。