2007.03.30 北朝鮮に翻弄された米国
伊藤 力司

ネオコン路線の破綻

 3月19日から北京で開かれた6カ国協議は22日、尻切れとんぼで休会となった。米国が約束した金融制裁解除でマカオの銀行から返金されるはずの2500万㌦が届いていないといって、北朝鮮の金桂冠首席代表が挨拶なしに帰国してしまったからだ。
 今回の6カ国協議は2月の協議でまとまった共同文書に基づく初期段階の措置、つまり60日以内に寧辺の核施設を閉鎖するという約束を具体化するための話し合いが眼目だった。だが北朝鮮は金融制裁が解除されない限り、本題に入らないという強硬姿勢を貫いた。
 昨年秋以降、ブッシュ政権は北朝鮮に対する強硬路線を転換して譲歩を重ね、ようやく核施設閉鎖と国際査察再開の合意を取り付けたのだが、金融制裁解除の詰めが甘かったために、4月中旬までに核施設閉鎖という目標の実現が危なくなった。いわば世界唯一の超大国が「悪の枢軸」と嘲弄した北朝鮮に翻弄されている格好である。
 北朝鮮の核問題を外交的に解決することを目的に、2003年8月に中国を議長国として始まった6カ国協議は05年9月、朝鮮半島の非核化、北朝鮮への経済支援、米朝、日朝間の国交正常化などを目標とする共同声明の採択に漕ぎ着けた。
 これと同じ時期、米財務省はマカオの銀行バンコ・デルタ・アジア(BDA)の北朝鮮口座を凍結する措置を取った。BDAは北朝鮮が偽ドル、麻薬密輸、偽ブランドたばこなど国家関与の不法行為で得た汚いカネを洗浄するのを助けたという容疑である。北朝鮮はこれを米国の敵視政策に基づく金融制裁だとして、制裁が解除されるまでは6カ国協議に応じないとして、05年11月から昨年12月までボイコットを続けた。
 しかも北朝鮮は、この6カ国共同声明や2002年9月小泉前首相訪朝時に調印された日朝ピョンヤン宣言に違反して、2006年7月にミサイル実験を行い、さらに10月に小規模ながら地下核実験を強行した。米国の敵視政策に対抗するため、北朝鮮は抑止力を持つことに成功したという言い分である。
 この核実験を機に、これまで北朝鮮への制裁に加わらなかった中国は国連安保理の北朝鮮制裁決議に賛成した。北朝鮮への圧力を強めた中国の働きかけで昨年12月、6カ国協議が再開され、この機会に中国の斡旋により北京で米朝直接対話が開かれた。北朝鮮は一貫して米朝協議を開くよう要求し続けてきたが、ブッシュ政権は「悪の枢軸」を相手とする2国間対話には応じられないと突っぱねていたのだった。これが譲歩のスタート。
 今年1月中旬、ベルリンで米朝の首席代表ヒル国務次官補と金桂冠外務次官が会談した。これまで米国は米朝2国間の対話は6カ国協議の枠内でのみ行うと説明してきたのだが、6カ国協議の開かれないベルリンで米朝会談に応じたこと自体、追加的譲歩である。
 米国は、BDAを使った資金洗浄は不法行為であり、不法行為を禁じるた措置は核問題の外交交渉とは別問題だとして、金融制裁は交渉マターではないとの主張を続けてきた。しかし北朝鮮の核実験後、米国はBDAの北朝鮮口座のうち不法行為と直接関係のない預金の凍結を解除してもよいとほのめかすようになった。

 この部分解除論は、今年3月ニューヨークで開かれた米朝作業部会の後、米財務省が2500万㌦全額の凍結を解除するとした方針に発展した。米紙によると「ホワイトハウスの政治的決断」がこの大幅譲歩を導いたと、米当局者が語っている。
 「政治的決断」は昨年11月の中間選挙で、主としてイラク問題で敗れたブッシュ政権が余儀なくされた方針転換だ。イラク侵攻を主導した強硬派のネオコン・グループは北朝鮮政策でも強硬で、核問題を解決するには金正日政権を崩壊させる以外にないとの基本方針で、北朝鮮との取引を拒絶する立場を主張してきた。しかしラムズフェルト前国防長官の更迭、ボルトン前国連大使の解任、ジョゼフ前国務次官の辞任などに象徴されるネオコン勢力の退潮が、ブッシュ政権の北朝鮮政策の軟化をもたらした。
 米国のように世論や選挙の制約のない金正日政権は、国民多数が飢餓状態に苦しんでいても核実験をやれるし、国際的孤立を招くような強硬な外交姿勢を貫くこともできる。だから2500万㌦が実際に返るまでは、交渉の席を立つことくらい平気だ。実際にカネが戻れば、北朝鮮もいずれ6カ国協議に復帰するだろう。
 ブッシュ政権は2001年の政権発足以来、クリントン政権が1994年に北朝鮮と結んだ枠組み合意を「悪事を働いた者に褒美を与えたようなもの」と批判してきた。この枠組み合意では、北朝鮮の核施設を凍結する見返りに米国は年間50万㌧の重油を供給、将来的に軽水炉を提供することを取り決めていた。2002年秋、米国は北朝鮮が高濃縮ウランによる核開発を進めて枠組み合意に違反しているとして、重油提供をやめた。
 これを受けて北朝鮮も、凍結していた核施設を再開してプルトニウムを抽出するなど核兵器開発を進め、核保有宣言から核実験まで突き進んだ。北朝鮮は高濃縮ウラン開発を否定し続ける一方、米国も今は北朝鮮がウラン濃縮用の設備を輸入したことに確証はあるが、高濃縮ウランを製造したかどうかは確証がないという立場だ。ともあれ、枠組み合意が空転している間に北朝鮮は核実験を行い、核兵器レベルのプルトニウムを相当量持つに至ったという事実が残る。してみると、ブッシュ政権は北朝鮮に翻弄されっぱなしということになるではないか。

Comment
管理人にだけ表示を許可する
 
TrackBack