2009.12.16 「日中米平和同盟」を提案せよ
―鳩山窮鼠外交への期待―            

半澤健市 (元金融機関勤務)

《1月危機説の鳩山内閣》 
 週刊誌は早くも「鳩山内閣1月退陣説」を流している。
一寸待て。いくらか「マシ」な鳩山政権をもう少しみてやろうじゃないか。
今回の「政権交代」は革命でも何でもない。グローバル時代の日本資本主義の延命作戦だと私はみている。菅直人や岡田克也に代わっても同じである。ならば自公政権への逆戻りが良いのか。そんなことはない。「マシ」なものは「マシ」なのである。
どこが「マシ」なのか。「追い詰められた鳩山由紀夫」であることがマシなのである。
鳩山は「普天間基地移転問題で窮地に立っている」。その通りである。

しかし窮鼠猫を噛むという言葉もある。
戦後半世紀にわたり「対米従属」を続けてきた日本外交をヒョッとすると転換するかも知れぬ。そういうささやかな期待が人びとの中にある。現にこの数週間の「リベラル21」の記事を見て欲しい。それは海千山千のジャーナリストによるささやかな期待の表現のように私には見えるのである。されば鳩山由紀夫はどうすれば「窮地を脱する」のか。
道は二つある。

《やっぱり対米従属なのか》
 道の一つ目は、鳩山が「日米同盟」の堅持を理由にアメリカの要求を呑むことである。辺野古にV型滑走路を造って普天間基地を移転させることである。それは日米の既得権者を満足させるであろう。ブッシュ応援団のジャパンハンドラーは祝杯を挙げるに違いない。「日米合意」の粛々とした実行だと言って産経・読売も喜ぶことであろう。そういう鳩山外交の守旧路線を肯定しながら彼らは「鳩山改革」は一向に進んでいないという批判を続けるであろう。

この数週間、全国紙と地上波の報道をみて「彼らは〈どこの国〉のメディアなのか」と私は何度も思った。「どこの国」とは「そこの国」アメリカのことである。しかし「そこの国」のメディアにはは何事も起きていないようである。
米国在住30年の友人からメールがきた。「ニューヨーク・タイムズ」の読者である彼によれば、同紙が今回の日米基地問題を報道するところ極めて少ないという。アメリカが沖縄基地問題を「日米同盟」の死活的テーマと考えているとは思えない。こういうのである。日本の新聞が連日一面トップで報道しているのに比べ随分と「非対称」的な話である。日米関係の実態を「対照」的に表現しているのであろうか。

この選択は、「マシ」な外交を期待した日本国民を大いに失望させるだろうと思う。
その失望は何をもたらすのか。希望的観測をいえば、その結果は人々に戦後の日米関係への大いなる批判的反省をもたらす。アメリカ追随の日本外交への怒りを―やっと沖縄県民の水準に―爆発させるかも知れない。日米支配層はこの事態を恐れているのである。
一方で、悲観論をいえば、その決定は人々を再び深い諦念と政治不信へ閉じ込めるだろう。人々は近隣諸国を非難する偏狭なナショナリズムへ傾斜し始めるかも知れない。 

《抜本的見直しへの道》 
 道の二つ目は、普天間基地の米領土移転を含む日米安保体制の抜本的見直しをアメリカに対して提言することである。由紀夫の祖父鳩山一郎は東西冷戦さなかの56年秋、首相として病を押して訪ソした。モスクワで日ソ共同宣言に調印した。ソ連との戦争状態を終結したのである。しかし弱腰外交だという強い批判を浴びた。
名門スタンフォード大学の博士号をもつ鳩山由紀夫は、すでに十数年前に「米軍常駐不要論」を述べたという。そういうDNAからすれば、新首相が「道の二つ目」を選んでも論理的に一向に不思議はない。しかも50年代とは一変した世界情勢のもとで、鳩山新政権による日米関係の正常化は望ましい変化である。方針転換が―あるとしての話だが―行われることが日米関係に「死活的」なマイナスなどとは到底思えない。
最近、元外務官僚の孫崎享が書いた好著『日米同盟の正体』(講談社現代新書)を読んで、恥ずかしながら、カナダはアメリカの03年イラク侵攻に反対して一兵も出さなかったことを知った。同盟国の誤りに直言することは真の意味で「日米同盟」の精神に適合する。
 
《鳩山外交への期待は「マッチ売りの少女」か》 
 石橋湛山は61年に「日中米ソ平和同盟」を提唱した。
そのアイデアの起源は50年の朝鮮戦争時に遡るという。59年、中国の周恩来首相との会談で同盟の可能性を打診した湛山は周から肯定的な反応を引き出した。61年に安倍能成、加納久朗、西春彦、松永安左衛門らの識者に披露したところ「そんな夢みたいなことを言っても始まらないよ」といわれたという。(増田弘『石橋湛山』中公新書)
それから半世紀後の世界は、「日米同盟」(日米安保は経済安保でもある)、「日中経済協力」、「米中経済協力」の三つが離れがたく機能している世界である。アメリカ経済は日本と中国のカネが切れれば瞬時に崩壊する。日中両国も米国の崩壊を喜ぶわけにはいかない。我々は一蓮托生なのである。

鳩山由紀夫は石橋にならって期間100年の「日中米平和同盟」を提案すべきだと思う。
アヘン戦争後の170年間で、現在ほどこの構想を実現できそうな国際情勢は、存在しない。社民党、国民新党はこういう提案でこそ結束すべきである。共産党、日本新党、みんなの党、自民党リベラルにも声をかけたい。このアイデアの打ち上げだけでも「民主党には国家戦略も長期ビジョンもない」という野党の批判は吹っ飛ぶだろう。

さて、現実は欲望がせめぎ合う権力闘争の世界である。
鳩山由紀夫は二つのどちらを選択するであろうか。上記「マッチ売りの少女」の夢の如き期待は聖誕祭を迎える前に冷酷な現実に直面することになる。

Comment
私も「拍手」したいのですが、拍手すると「拍手済み」になってしまいます。
(URL) 2009/12/16 Wed 10:41 [ Edit ]
どの行も同感、同感、と思いながら拝読しました。日本人は概して議論ができない。そういう脳の回路になっているのかもしれませんが、議論をすることじたい罪深いと思ってしまうようで、なによりふがいないのがメディア。国民に見放された自民党のお先棒をまだかついでいる。NHKしかり。半澤さんが「どこの国のメディアか!」と嘆く気持ちを共有します。

私は強く「ひょっとしたら」、と期待しています。鳩山さんは三党連立で困った立場に置かれたふりをしながら、自分で言わずに福島さんに言わせているのかもしれない。鳩山さんは、たぶん無邪気にしたたかなのではないでしょうか。アメリカは軍人が何か言ってますが、それ以外は平静ですよね。(もともと沖縄の役割など知らないのですから)。湛山の日米中平和条約は、この時代にまさにぴったりだと思います。
脇山真木 (URL) 2009/12/16 Wed 13:48 [ Edit ]
ちきゅう座から来ました。
辺野古にはジュゴンが棲みます。2010年は国際ジュゴン年であり、秋には名古屋で生物多様性条約第10回締約国会議があります。
辺野古のジュゴンを守るべく国際世論が高まるでしょう。
鳩山さんの「決断をしないという決断」をジュゴンは喜んで聞いているでしょう。
ジュゴンを守るための辺野古新基地建設阻止は21世紀的チェンジの象徴となるでしょう。日米安保は日米平和友好条約に。そうすれば日露平和友好条約、日朝国交正常化へと進むでしょう。
宮坂亨 (URL) 2009/12/16 Wed 18:02 [ Edit ]
鳩山さんが「窮地を脱する」為の2つの選択肢は実に上手い情勢分析です。どこかの国のメディア報道に踊らされている日本人の多くが第1の選択肢を期待していることが世論調査の結果に表れているのは残念です。鳩山さんの本心は第2の選択肢だが、脇山様の観測のように「自分で言わずに福島さんに言わせている」としたら素晴らしい役者であり、沈没寸前の日本の救世主というべきか。
戸松孝夫 (URL) 2009/12/17 Thu 18:24 [ Edit ]
脇山様・宮坂様・戸松様

お三方からのコメント感謝します。
①石橋湛山のように洞察力、構想力に富んだ人物はもともと少数であること、多数派から無視または排除されること、がこの国の特色だと思います。
②識者は「日中米平和同盟」は今でも夢物語というでしょう。しかし私は宮坂さん同様、平和条約の連鎖への可能性を期待しています。
③鳩山由紀夫は第二の道を選んで歴史に残る名宰相になれるか。それは人々の支持にかかっています。しかし人々は半世紀間「観客民主主義」の観客として飼い慣らされました。やはり「ヒョっとすると」を期待するしかないようです。
希望の持てる良いお年をお迎え下さい。
半澤健市 (URL) 2009/12/28 Mon 13:51 [ Edit ]
「日中米平和同盟」と言わずに、ロシアと韓国も入れてあげたらいいのに。

>社民党、国民新党はこういう提案でこそ結束すべきである。共産党、日本新党、みんなの党、自民党リベラルにも声をかけたい。

何故か、一番こういうの好きそうな公○党だけ無視なんですね。

(URL) 2017/08/09 Wed 18:04 [ Edit ]
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