2010.02.09 「スーパー堤防」事業を中止せよ
  これこそムダな公共事業の典型だ

岡田幹治 (フリーライター)


 民主党政権の下でダムや道路など大型公共事業の見直しが進み始めたが、いまだにメスの入らない公共事業も残っている。その代表が、「究極のムダ」との指摘さえ出ている「スーパー堤防(高規格堤防)」である。
 スーパー堤防とは、大都市を流れる河川の両側で、堤防の市街地側200~300㍍(堤防の高さの約30倍)に幅広く土盛りをし、地域ぐるみで堤防にしてしまうものだ。市や区による土地区画整理や道路整備など「まちづくり事業」と一体的に実施されることが多い。
この事業は国土交通省が、「大洪水から大都市を守るとともに、用地買収なしで快適なまちづくりができる」という触れ込みで、1987年度から進めている。対象は利根川、荒川、淀川など首都圏と関西圏の6河川だ(表参照)。
しかしこの事業は、治水事業として不適切なうえ、途方もない資金を必要とする。おまけに、対象地域の居住者は事業の開始後いったん退去して仮住まいに4、5年住み、土盛りと宅地造成が終わってから新居を建てて戻るという苦痛を強いられる。このため、事業が始まって20年を超すが、反対は強まるばかりだ。

スーパー堤防の要整備区間
河川名  設置区間            延長(注)
利根川  小山川合流点~河口       362.5
江戸川  利根川分派点~河口       120.6
荒川   熊谷大橋~河口         174.1
多摩川  日野橋~河口          82.4
淀川   木津川・桂川合流点~河口    89.2
大和川  JR関西線第6大和川橋梁~河口  43.6
合計                   872.4

(注) 左右両岸の延べ延長で、単位はkm
(出所)会計検査院検査報告を基に筆者作成


東京・江戸川区では
現場はどんな様子なのか。スーパー堤防に熱心な東京都江戸川区へ行ってみた。都の東端、東京湾岸に位置する同区は、江戸川と荒川に挟まれ、区内の7割が海抜ゼロメートル地帯だ。災害に強いまちづくりを目指して同区は、すでに1地区で事業を終え、2地区で事業を準備している。
2004年に事業が終わった「平井七丁目北部地区」では、荒川の堤防110㍍に沿った1.2ヘクタールに、堤防までの高さの土が盛られた。整然とした宅地に、建築間もない住宅が並んでいる。本来なら堤防から200㍍ほど先まで階段状に宅地が造成されるはずだが、100㍍ほどで土盛りは終わっている。その先に、一時退去を求めにくい公務員住宅や工場がある関係らしい。いささか奇妙である。
準備中の「篠崎公園地区」は、江戸川の堤防に沿った同区上篠崎1、2丁目周辺だ。篠崎公園や700年もの歴史をもつ古刹がある静かな住宅地のここかしこに「スーパー堤防建設反対」の赤いのぼりが立つ(写真)。
 江戸川の堤防150㍍に接する8.2ヘクタールを対象に、スーパー堤防建設と一体化した土地区画整理や道路整備が計画されているのだが、住民の一人はこう憤る。
「江戸川区では過去100年、ただの一度も堤防が壊れたことはない。それなのになぜ、莫大な税金を使って、私たちの人生を脅かす事業をするのか」
篠崎公園地区から江戸川に沿って1㌔ほど北上すると「北小岩地区」だ。2.2㌔にわたってスーパー堤防が計画されているこの準備地区の対象は、同区北小岩1丁目から8丁目にかけての約55ヘクタール。事業が実施されれば約1800世帯、約5500人が移転を迫られる。たくさんの墓がある大きな寺も二つある。
ここでは、地区の南端、北小岩1丁目東部(18班)の1.8ヘクタールで土地の先行取得が進んでいた。約70世帯が住むこの一角では、くしの歯が抜けたように空き地が目につく。「ここはスーパー堤防の予定地。ぜひ承諾してほしい」と区の担当者に迫られ、2度の引越しという苦労をするくらいなら、と転居した跡だ。
「脅したりすかしたりで住民を追い出す区は許せない」と反対派住民の一人は怒りを隠さなかった。
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全体の完成までに400年?
このように各地で摩擦を起こしているスーパー堤防事業は、なぜが始まったのか。1980年代、日本は米国から黒字減らしのために内需拡大を求められていた。「絶対に壊れない堤防と整備された宅地を造り、高層マンション群を建てて住宅難を解消する」という構想が生まれ、「各地の土木事業で吐き出される残土の処分にも好都合」という思惑もあって、事業がスタートした。「バブルの時代が生んだ鬼っ子」の一つなのである。
しかし、こんな夢物語が簡単に実現するわけはない。
2003年度に会計検査院が行った検査報告によれば、同年度までに6河川合計で約5000億円の事業費がつぎ込まれたが、完成したのは4.1㌔。事業実施中の分を含めても総延長は46㌔で、整備が必要とされる870㌔の、たった5・4%にすぎない。仮に20年で5%が完成すると甘めにみても、事業完成までに400年もかかる計算になる。


治水効果なく、費用は莫大
改めてスーパー堤防事業の問題点を整理してみよう。
第1は治水対策として不適切であることだ。
洪水の氾濫を防ぐには堤防の強化が有効なのは事実だが、堤防強化にはスーパー堤防よりはるかにコストが安くすむ方法がいくつもある。たとえば国交省が試験的に実施している「フロンティア堤防」は、1堤防内に水が浸透しないよう堤防表面を遮水シートなどで覆う、2堤防の斜面を緩やかにする、などによって破堤を防ぐ手法だ。
現に江戸川の右岸(江戸川区側)では、昭和の大改修に加え、最近「緩斜面堤防工事」が実施され、堤防は再強化されている。
ここまで強化された堤防に加えてスーパー堤防が必要なのはなぜか。国交省は「地球温暖化が進む今後、これまで想定していた以上の大洪水がある可能性がある」と説明し、江戸川区は「大災害のときに住民が避難する高台としても使える」という。これに対して地元選出の初鹿昭博・衆院議員(民主党)は「まるで宇宙人の攻撃に備えて兵器を用意するようなものではないか」と批判している。
第2の問題点は、途方もない資金がかかることだ。
前出の平井7丁目北部地区の事業費は、盛土や地盤改良など「スーパー堤防分」が47億円、地権者の移転費用や造成工事費など「区画整理事業分」が35億円で、合計82億円だった。わずか110㍍のスーパー堤防化にこれだけの費用がかかったのだ。
仮に平井7丁目と同程度の費用がかかるとすると、北小岩地区の事業費は約3800億円にもなる。国レベルで考えると、会計検査院の検査で明らかになった「5000億円で5%完成」のペースで進むと仮定すれば、国交省が整備が必要としている870㌔の完成にはざっと10兆円が必要になる。
このような「カネ食い虫」にもかかわらず江戸川区がスーパー堤防に執心するのはなぜか。スーパー堤防と一体化したまちづくり事業だと国の補助が手厚くなるからだ。平井7丁目地区の場合、区の負担は3億8000万円、区画整理事業費35億円の10%強で済んだ。「国からカネが出るなら、やらなきゃ損」という精神がムダを生んでいく。
背後には、政治家と業界と役所が一体となった利権構造があるのだろうが、こんな事業に税金をつぎ込む余裕など、いまの日本にあるわけがない。

コミュニティーが崩壊する
スーパー堤防の第3の問題点は、コミュニティーの崩壊だ。
平井7丁目地区について、区画整理・再開発対策全国連絡会議の代表世話人である堀達雄さんが調べたところ、事業開始前に住んでいた72世帯のうち、戻ってきたと確認できたのは半数強の38世帯、約4割の30世帯は戻っていない(4世帯は確認できなかった)。
事業が計画された地区では「住みなれた地域を壊してほしくない」「数年もの仮住まいや二度の引越しには、とうてい耐えられない」と反対する人と、「補償費で、古くなった住まいを建替えたい」「補償費をもらって転居したい」という人に分かれ、口も利かなくなっていく。大規模な公共事業が実施されるときに必ずといっていいほど起きる悲劇が、ここでも見られる。
スーパー堤防をめぐっては昨年11月、江戸川区の北小岩地区と篠崎地区の住民が「構想の撤回を求める」請願を国会に提出した。これを受けて、超党派の国会議員で構成する「公共事業チェック議員の会」が12月に現地を視察し、実情を調査した。また11月に行われた行政刷新会議の事業仕分けでも「廃止すべき」との意見が出されている。これまでは対象地域での論議にとどまっていたこの事業に、国レベルでの関心が高まってきたといえる。
脱公共事業を掲げ、ダム事業などの見直しを進める前原誠司国交相は、この事業にも目を向け、でるだけ早く中止すべきだ。
(岡田幹治氏は元朝日新聞論説委員・前週刊金曜日編集長)




Comment
スーパー堤防について書いていただきありがとうございます。江戸川区は、現区長ななってから、土木、ハコモノに、力が、入っています。計画のある地域は、(危険度)よりも、都道の計画予定地ばかりで、減歩、賦課金、引越しなどによって、住民が、戻ってきにくいようにして、道路用地を,安く手にいれようと、しているのでは、ないか?と、疑っています。(財)リバーフロント整備センター、街づくり区画整理協会、などが、多く関わり、取材していただいた北小岩では、京成線の立体化事業も計画されています。建設リサイクル、廃棄物、建設と『利権』が、集まっていると、思われます。お忙しいとは、思いますが、ぜひ、忘れないで、戴きたいです。
U (URL) 2010/02/26 Fri 08:39 [ Edit ]
私は埼玉県吉川市の江戸川河川沿いに住んでいます。数年前からスーパー堤防の工事が着工しています。20年前からここに移り住んでからは、よく土手の上を走ったり、自生した湿原では野生のサンクチュアリーとなって数多くの鳥の生息場所にもなって自然の風情をも楽しんできました。河川沿いには新築の立派な家々も次々に取り壊され、今ではゴルフ場のクラブハウスだけが残っているだけです。どう見てもスーパー堤防の必要性などないのです。どなたかお時間とれましたら一度こちらの方へお越しいただけましたら幸いです。このままなし崩し的にこうした横暴がまかり通っていったら、この国はコンクリート事業のために滅んでしまうでしょう。
TEL:048-983-0853 ご連絡心よりお待ちしております。
N-KOMIYA (URL) 2010/03/19 Fri 15:01 [ Edit ]
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() 2010/12/17 Fri 12:15 [ Edit ]
>この国はコンクリート事業のために滅んでしまうでしょう。
津波で長い間人の住めない所に変わるよりはマシだと思う。名取川さかのぼってたでしょ。
(URL) 2011/03/17 Thu 21:15 [ Edit ]
>この国はコンクリート事業のために滅んでしまうでしょう。
津波で長い間人の住めない所に変わるよりはマシだと思う。名取川さかのぼってたでしょ。

同意します。
荒川や多摩川が名取川・北上川沿岸の様に
ならないなんて言う事は保証できないと思います。
atsushi kaneko (URL) 2011/04/08 Fri 21:52 [ Edit ]
コミュニティがこわれるとか、引っ越ししたくないとか過去100年洪水はないとか
もうメチャクチャですね。
歴史のうちの100年なんてほんの短期間です。
これから絶対ないとは間違いなく言い切れないと思います。
中川から見てぐんと低い地帯にある住宅地を目にするたびに、
スーパー堤防を作るべきだとつくづく思いますね。
(URL) 2011/05/27 Fri 17:55 [ Edit ]
北ではないが、小岩住人です。千葉方面へ行く時に、江戸川沿いの北小岩1丁目のスーパー堤防予定地域を通ります。
正直、あの一帯だけが、スーパー堤防化されても、無意味だとは言いませんが、国の税金を使い、反対する者がいるのに、強硬してまで進める事業ではないと思います。篠崎公園付近はなおさらです。

ただ、北小岩1丁目地区に関して言えば、防災の面で危険を感じている住民も間違いなくいるはずです。
あの場所は、江戸川、総武線橋梁、そして千葉街道に挟まれた地域で、実は車両通行困難地域です。
区画整理を望む住人も間違いなくいるはずです。そうなれば、スーパー堤防と一体で整理するという江戸川区の事業も合点は行きます。一概によその人が反対、反対というのも、無責任なのではと思います。
DeNAモバゲー勘弁 (URL) 2011/11/25 Fri 16:47 [ Edit ]
各地の堤防建設の話題と反対する住民達が居るという状況に意見を述べさせてください。
まず結論から言いますと、私も堤防建設には反対です。
理由は、全くの無意味であり津波はどの地域の計画されている堤防を越えてくる可能性が高いと推測するためで、税金の無駄だからです。
住民達が立ち退きを命じられていたり景観を損なうという理由で反対されていますが、私の意見は「観点が双方ずれている」というものです。
堤防と水面そして住居を含む陸地の断面を描いた図を度々見かけますが、騙されていないでしょうか?[津波]という言葉に惑わされていませんか。水面の上の瘤のように考えるべきではありません。
※堤防の高さに対して:岸から数十キロの水位の上昇、とお考え下さい。波打ち際だけに囚われず海の体積で考えると、堤防など1%にも満たない段差です。堤防が何キロにもわたって横に繋がれば後ろから押してくる水の力を分散する場所を失い、瘤に見える水の圧力が瘤山の低い部分の押す力を含めて一気に何倍もの瘤に膨れ上がるだけです。
コップの中の水の波紋の高くなった部分の様に堤防計画図は描かれていますが、1cmの堤防の対して大きな水槽の水を傾ける程の押し寄せる力と考えなくては意味がありません。
私が考える結論としては、高い壁を莫大な予算で作り景観まで失うよりも、
櫛状に陸地を掘り下げて波を切る形で波を吸収し何百メートルも先で方角を緩やかに換えて誘導するというものです。
掘り下げた部分には蓋をし、その上に道路を作る、あるいは本来の街を残すという考えです。
押してくるものを押し返す力で対抗すれば必要になるエネルギーが、相手(+α)対抗力=単純に足すよりもはるかに大きい力、となる。
押してくるものを引く力で分散すれば、相手-逃がす力=単純に引き算になるエネルギーに近い力で対抗できる。
同じ地球上の条件で合気道のような考えは、自然界の物理と同様です。

住民の移住や景観を損なうことなく津波対策を施す事の方が国民にとっても政府にとっても望む結果が得られるかと私は考え意見させていただきます。
匿名 (URL) 2014/07/22 Tue 09:37 [ Edit ]
やっぱりスーパー堤防は必要ですよ。
鬼怒川の被害を見て、強くそう思いました。
hiro (URL) 2015/09/11 Fri 13:17 [ Edit ]
スーパー堤防は必要でしたね。反対運動で堤防がない世田谷区玉川だけ2019年台風19号で氾濫しました。保坂区長に土下座して作ってもらいましょう。
(URL) 2019/10/12 Sat 23:26 [ Edit ]
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