2010.03.03 二つの演劇公演への誘い
―「久保田万太郎」と「日本近代短編100本」―

半澤健市 (元金融機関勤務)


ユニークな演劇集団の3月公演へ読者をいざないたい。
一つは久保田万太郎作品、一つは日本近代短編劇100本の連続公演である。

《「みつわ会」の久保田万太郎上演》 
一つ。久保田万太郎戯曲は「みつわ会」が上演する。
この会の前身は、1978年に文学座の演出家兼俳優の龍岡晋(たつおか・しん、故人)が劇団「円」を中心に結成した「久保田万太郎勉強会」である。97年に現在の名称で再出発し、以後年一回2本づつ万太郎作品を上演している。年一回の短期間公演だが、客席には常連客らしき人が多い。私は素人の外部観客だがこの数年通うようになった。万太郎の世界と丁寧な演出に惹かれたからである。
09年公演の『釣堀にて』(1935年作品、大場正昭演出)は、雑誌『テアトロ』(09年6月号)で評論家渡辺保が「今月選んだベストスリー」に選んだ。そのコメントで出演者梅野泰靖の演技を激賞している。
久保田万太郎(1889年~1963年)は、東京下町を舞台にした小説、戯曲の作家として、また俳人としても知られる。1937年には劇団「文学座」の創立者の一人にもなった。主要作品に小説『春泥』、『末枯』、戯曲『大寺学校』、句集『道芝』などがある。

第13回目の今年は、大場演出で『水のおもて』(1913年作)と『燈下』(1927年作)を上演する。伊和井康介、蔵一彦、冷泉公裕、菅野菜保之らの出演、期間は3月11日から18日まで、会場は東京品川の「六行会(りっこうかい)ホール」(京浜急行新馬場駅2分)である。

《一世紀前の下町商人と職人一家》 
今度の二作品を芝居を観る前に読んだ。
『水のおもて』は1913年、『三田文学』に発表された。
大正初期の鼈甲(べっこう)小間物を商う商店が舞台である。11月の晦日の物語だ。不景気のなか売掛金の回収、買掛金の支払に主人も店の者も苦労している。大手の同業者が破綻するという噂が拡がっている。業界紙の記者が様子を探りに来る。
実は他人事ではない。この店でも若い使用人が集金の300円を持ち逃げしたのである。明日は不渡りを出す危機に直面している。主人以下、店の人物たちはどう対処するのか。緊迫の一夜は静かに更けていく。
万太郎は伝統的な商品を扱う老舗に、市場経済がゆっくりと押し寄せるさまを描いている。これは今風にいえばビジネス戯曲であり下町の人情劇でもある。それを超えて結局は人間のはかなさを伝える芝居であると私は読んだ。

『燈下(とうか)』は1927年4月の『中央公論』に掲載された短編である。
舞台は浅草、時は「大正8~9年」頃。月は4月始めとある。左官の親方が2ヶ月ほど寝込んだのち回復に向かっている。今も近所まで外出したところである。病因は飲み過ぎが原因らしい。見舞いに来た仲間の左官と夫の帰宅を待つ女房とのやりとりから事態がわかってくる。病気で精神が昂ぶった拍子に親方は息子の秘密を本人に漏らしたのだった。小学生の息子は敏感に反応した。「独楽」(こま)を土産に父親は帰宅する。左官が帰ってから家族3人はしばらく沈黙する。彼らは傷ついた信頼をこれからどう取り戻すのか。

《ユニークな川和孝の100本選択》
 二つ。こちらは演出家川和孝(かわわ・たかし)の企画・演出による「日本近・現代秀作短編劇100本シリーズ」の第30回公演である。このシリーズは1994年に小山内薫の『息子』上演でスタートした。以来、年2回、1公演2作品を上演して現在に至る。すでに60作品が終わり、今度の演し物は、室生犀星作『茶の間』、田口竹男作『囲まれた女』の2本である。会場は東京両国の「シアターX(カイ)」、期間は3月9日から14日までだ。

過去の上演リストをみると作者の重複はない。1人1作の方針である。上演済みの作品で著名なものには、菊池寛『父帰る』、木下杢太郎『和泉屋染物店』、田中千禾夫『おふくろ』がある。
一方、作者名すら知らない―それはお前だけだといわれそうだが―作品もある。次の戯曲家とその作品を私は知らなかった。すなわち、岡田禎子『クラス会』、水木京太『殉死』、田郷虎雄『猪之吉』、鈴木泉三郎『火あぶり』、伊藤貞助『日本の河童』、田島淳『能祗』、三宅由岐子『母の席』、水守亀之助『救ひ』、木村富子『河豚』、小寺融吉『久米の仙人』、額田六福『月光の下に』、池田大伍『根岸の一夜』である。

私が川和公演を知って見始めたのは最近である。
その一本に09年2月上演の水上滝太郎作『地下室』がある。大手生保会社の経営者でもあった水上のビジネス感覚、庶民感覚、時代の風俗がよくわかって非常に面白かった。
川和孝は戦後の早い時期に米国イェール大学へ留学したことのあるベテラン演劇人である。100本上演の意図、作品選択の基準をよくは知らないがその演出をみれば、川和の業界先達への敬意と演劇史への傾倒がよくわかる。旧作はいかにも古風なものもある。しかし「正統的な」方法で日本戯曲を再発見するのが演出家の狙いであろう。私はこの地道な手法に希望を見出したい。

二つの公演にエールを贈る気持ちを理解いただけたであろうか。(敬称略)

▼照会先
 ■「みつわ会」  電話 03-5461-1518 
  「六行会ホール」電話 03-3471-3200
 ■「シアターX(カイ)」 電話 03-5624-1181
  HP www.theaterx.jp

Comment
◆川和孝演出の「日本近現代秀作短編100本シリーズ」の秋公演の日程は「シアターX(カイ)」のHP(http://www.theaterx.jp/10/100831-100905p.php)に出ています。
半澤健市 (URL) 2010/08/01 Sun 10:47 [ Edit ]
◆川和孝演出の「日本近現代秀作短編100本シリーズ」の2011年春公演の日程は「シアターX(カイ)」のサイトに出ていますhttp://www.theaterx.jp/11/110308-110313p.php
半澤健市 (URL) 2011/02/21 Mon 21:54 [ Edit ]
◆川和孝演出の「日本近現代秀作短編100本シリーズ」の2011年秋公演の日程は下記の「シアターX(カイ)」のサイトに出ています。http://www.theaterx.jp/11/110913-110918p.php
(URL) 2011/08/29 Mon 09:23 [ Edit ]
◆川和孝演出の「日本近現代秀作短編100本シリーズ」の2012年春公演の日程は下記の「シアターX(カイ)」のサイトにでています。http://www.theaterx.jp/12/120313-120318p.php
半澤健市 (URL) 2012/01/12 Thu 20:39 [ Edit ]
◆川和孝演出の「日本近現代秀作短編100本シリーズ」の2012年秋公演の日程は下記の「シアターX(カイ)」のサイトにでています。http://www.theaterx.jp/12/121002-121007p.php
半澤健市 (URL) 2012/08/08 Wed 13:32 [ Edit ]
◆川和孝氏の「日本近現代秀作短編100本シリーズ」についての詳しい記事が、『東京新聞』2012年9月27日の「メトロポリタン」面に載っています。
半澤健市 (URL) 2012/09/27 Thu 08:38 [ Edit ]
◆川和孝演出の「日本近現代秀作短編100本シリーズ」の2013年秋公演の日程は下記の「シアターX(カイ)」のサイトにでています。
http://www.theaterx.jp/13/131002-131006t.php
半澤健市 (URL) 2013/09/02 Mon 20:21 [ Edit ]
◆川和孝演出の「日本近現代秀作短編100本シリーズ」の2014年春公演の日程は下記の「シアターX(カイ)」のサイトにでています。
http://www.theaterx.jp/14/140304-140309t.php
半澤健市 (URL) 2014/03/02 Sun 09:14 [ Edit ]
■2014年春の久保田万太郎作品の新派公演は下記のサイトにでています。
http://www.shochiku.co.jp/shinpa/news/140220.html
半澤健市 (URL) 2014/03/13 Thu 18:49 [ Edit ]
■第十七回「みつわ会」公演の久保田万太郎作品二作を観てきました。地味ですが内の濃い素晴らしい舞台でした。23日までやっています。
半澤健市 (URL) 2014/03/19 Wed 21:25 [ Edit ]
◆川和孝演出の「日本近代秀作短編100本シリーズ」2014年秋公演の日程は下記の「シアターX(カイ)」のサイトにでています。
http://www.theaterx.jp/14/141028-141101t.php
半澤 健市 (URL) 2014/09/27 Sat 13:46 [ Edit ]
半澤健市 (URL) 2014/11/28 Fri 21:53 [ Edit ]
◆川和孝演出の「日本近代秀作短編100本シリーズ」2015年春公演の日程は下記の「シアターX(カイ)」のサイトにでています。
http://www.theaterx.jp/15/150317-150321t.php

半澤健市 (URL) 2015/02/09 Mon 10:35 [ Edit ]
◆川和孝演出の「日本近代秀作短編100本シリーズ」2015年秋公演の日程は下記の「シアターX(カイ)」のサイトにでています。
http://www.theaterx.jp/15/151027-151031t.php
半澤健市 (URL) 2015/09/22 Tue 19:17 [ Edit ]
■第19回「みつわ会」の久保田万太郎作品公演は「くさまくら」、「三の酉」です。2015年11月11日~11月16日で六行会ホール。サイトはないようなので、詳細は「みつわ会」(tel&fax03-5461-1518)へ問い合わせて下さい。
半澤健市 (URL) 2015/10/03 Sat 09:18 [ Edit ]
◆川和孝演出の「日本近代秀作短編100本シリーズ」2016年春公演の日程は下記の「シアターX(カイ)」のサイトにでています。
http://www.theaterx.jp/16/160315-160319t.php
半澤健市 (URL) 2016/03/03 Thu 23:03 [ Edit ]
■川和孝演出の「日本近代秀作短編100本シリーズ」2017年春公演の紹介は下記の「シアターX(カイ)」のサイトに出ています。http://www.theaterx.jp/17/170315-170319t.php
半澤健市 (URL) 2017/01/29 Sun 09:34 [ Edit ]
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