2010.04.22 「中国脅威論」の正体を探る(2)
「管見中国」(30)  

田畑光永 (ジャーナリスト)


――世界における中国の軍事費は?――
 
前回は「中国の脅威」なるものがもっぱらその急速な軍事力の膨張をとらえてのものであることから、その拡大ぶりを検証した。確かに国防費は1989年から2009年まで経済全体の高度成長に見合う形で、毎年2桁%の伸びを続け、その間に規模は20倍弱に増大し、2010年は伸び率こそ前年比7.5%と低下したが、予算規模は5321億元(現在のレートでは約780億ドル)に達している。
 それでは他国と比べてどうか。じつはこの比較はなかなか厄介である。というのは、中国の軍事費は「研究開発費や武器購入費(の一部)が国防予算には含まれておらず、実質は予算額を(大きく)上回る」というのが、外部世界での定説となっているからである。この点については中国も完全には否定していない。そうしたかくれた軍事費には「隠性軍事開支」という術語もある。すこし古くなるが07年3月6日の『人民日報』海外版で、『世界軍事』誌・陳虎編集長は次のように述べている。
「どこの国も財政支出の分類についてはそれぞれの国の事情と慣例がある。米国にしたところで、すべての核弾頭の研究、生産、維持の費用は全部エネルギー省の支出とされ、軍事費の範疇には入っていない。アフガン、イラクでの軍事行動の費用も軍事費には入らない。想像だけで中国のいわゆる『隠性軍事開支』の額を無限に拡大するのは、『下心がある』と言わざるを得ない」

 ではその隔たりはどのくらいか。前回、引用した長島防衛政務官の雑誌論文は「実質的な防衛費はその(注・・国防予算額の)二倍から三倍ともいわれ」とあっさり根拠も示さずに書いている。しかし、これは政治家らしい無責任なはったりで、一応、客観的と思われているストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が2008年の主要各国の軍事費について、09年6月に発表した数字を以下に掲げる。単位は億ドル。

  1、米国     6070     6、ドイツ     468 
  2、中国      849     7、日本      463
  3、フランス    657     8、イタリア    406
  4、イギリス    653     9、サウジアラビア 382
  5、ロシア     586    10、インド     300

 08年の中国の国防予算は前回の表にあるように4177.69億元で、08年から為替レートは現在まで1ドル≒6.83元だから、654億ドルである。したがって849億ドルというのは予算額の約1.3倍である。つまり中国のかくれた軍事費は予算の3割程度と見ているわけで、そんなものかもしれない。
 さてこれをどう見るか。前年までイギリスが2位、中国は3位だったのが、この年、中国が2位に上がったために、この数字を伝えた新聞は「中国の軍事費 世界2位」という見出しを掲げた。それは間違いないが、この表の特徴はなんと言っても米国の突出ぶりであろう。それは毎年のことだから見出しにならないと言われれば、それまでだが、米国のこの数字は中国を含めて2位から10位までの9カ国の数字を足し合わせた4764億ドルより3割近くも多い。この年の米国一国の軍事費は世界全体の1兆4640億ドルの41.5%を占めている。

中国は2位とはいえ、国土面積の広さ、人口の大きさを考えれば、軍事費は「その他大勢なみ」と見るのが、常識的というものではなかろうか。国土面積にして中国の25分の1、人口10分の1の日本の軍事費(防衛費)が中国の55%もあることの方が過大と言えなくもないのではないか。中国と日本の間に位置する西欧の3カ国こそ相対的には立派な軍事大国である。かつての東西冷戦時代の一方の雄、ロシアは今でも核大国ではあるが、経常的な軍事費は意外に地味である。
以上はSIPRIが推計した08年の各国の軍事費の比較であるが、その後、米国の軍事予算は09年度が6510億ドル、10年度が6800億ドルと中国に負けないテンポで拡大している。しかもこれにはイラク、アフガンでの戦費は含まれていない。両国への大量派兵によって10年度の戦費は1300億ドル、11年度は1593億ドルが投じられるという。(『朝日』10・2・2)

――軍事力のレベルは?最新兵器は?――
軍事費の多寡は軍事力を測る際の重要な目安ではあるが、それでどういう陣立てをしているか、具体的にはどういう装備をしているかも見ておかなければならない。
中国は建国60年を迎えた昨09年10月1日の国慶節に北京の天安門広場で10年ぶりに軍事パレードをくり広げた。当時の報道を拾っておこう。

この日は50種類を超える最新兵器が披露されたが、目玉は最後に登場した大陸間弾道ミサイル「東風31A」であった。全長13メートルの巨大なミサイルで、前回1999年のパレードに登場した「東風31」の改良型で射程は1万キロを超え米本土に届くとされる。
それから低空で1500~2000キロを飛ぶ巡航ミサイル「長剣10」、これは日本の一部を射程に入れることができる。
そのほか最新型の「99式戦車」が行進し、ロシアのスホイ27を元にした戦闘機「殲-11」が編隊飛行を見せ、米のAWACSにそっくりの空中警戒管制機、空中給油機、無人偵察機も姿を見せた。総じて防衛ラインを本土周辺からさらに外側に設けようという意図が現われたパレードであったとされる。

 軍事パレードは華やかに行われたが、中国の軍事力については国防費の内訳を含めて透明性の低さが他国と比べての大きな特徴である。「国防費の内訳の詳細などについては、基本的に人員生活費、活動維持費、装備費に三分類し、それぞれの総額と概括的な使途を公表しているのみ」(防衛省「防衛白書」09年版)であるため、軍事的な意図についてさまざまな憶測を呼ぶことになり、それは決して中国にとって得策ではないはずなので、いずれは他国並みに透明性を高めることが期待される。
 
 そこで先述のSIPRIや英のシンクタンク「国際戦略研究所」(IISS)の報告書「ミリタリー・バランス」などがさまざまなデータから推計している中国の軍事力について、日本の09年版「防衛白書」が掲載している主な内容は以下の通りである。
◎総兵力  230万人(梁光烈国防部長・090921)  内 陸上兵力  約160万人
◎戦車   99型など  約6600両
◎艦艇   約890隻(132万トン) 
駆逐艦・フリゲート艦 約75隻  潜水艦 約60隻
◎航空戦力 作戦機 約1980機 
  内近代的戦闘機 「殲-10」84機 「スホイ27」166機 「同30」97機    
  核兵器搭載可能な中距離爆撃機 百数十機  (「殲-11」は配備がはじまったばかり)
◎核兵器 (報道から)  
   戦略核弾頭数  186(SIPRI) ~ 約240(全米科学者連盟の推測)
      運搬手段は「東風31A」 「長剣10」その他

 このほか中国の軍事力について近年大きな話題となっているのが航空母艦である。かつて中国は「航空母艦は覇権国家の道具である」から、自ら保有することはないとしていた時期もあったが、近年はその保有に強い関心を示し、2008年12月に梁光烈・国防部長が「大国のうち空母を持たないのは中国だけである。中国も永遠に空母を持たないというわけにはいかない」と発言してから、にわかに保有が現実味を帯びてきた。

 米国研究者の文章をネットの「東方網」が掲載し、それを「新華網」(10年4月15日)がキャリーした文章によれば、空母保有への中国の歩みは次の経過を辿ったとされる。
 1992年に空母の研究開始、計画のスタートは2000年。04年に上海で「建造中の空母」の写真がネットに載る。06年、「江南造船所で空母建造中」との北京からのニュース報道。09年12月、台湾が「中国、空母の建造開始」と報道。その空母第1号はおそらく上海の長興島造船所で建造中で、10年末にキール(竜骨)が完成し、その後1年以内に船体が完成する、とされている。
 一方、その間、中国はロシアから70%程度完成した空母「ワリヤーク」号を買い取り、14年に国産空母が服役するまで、訓練用に使われるという。いずれにしろここ数年のうちに中国も空母を持つ「世界の大国」の仲間入りをすることになる。

 ところで、台湾海峡をはさむ大陸と台湾の関係はこのところ緊張緩和が大幅に進んで、ともすると両者が内戦を戦ったままの状態で停戦協定も結ばれていないことを忘れるほどであるが、双方の軍隊は建前としてはなお対立関係にあることを見逃すわけにはいかない。
 日本の防衛白書には中国と並べて台湾の軍事力のデータも掲載してあるので、以下にそれを抜書きする。
◎総兵力  約29万人  内陸上兵力  約20万人
◎戦車   M-60、M-48A/H など約1830両
◎艦艇   約330隻 (21万トン)
      駆逐艦・フリゲート艦 約30隻  潜水艦 4隻
◎航空戦力 作戦機 約530機
  内近代的戦闘機 「ミラージュ2000」57機 「F-16」146機 「経国」128機
 
一見して台湾の劣勢は明らかである。台湾の国防部は09年10月に発表した「国防報告書」で、「両岸の軍事力の優位はすでに明らかに中共に傾いている」と初めて中国軍の優位を認めた。(『日経』09・10・21)
 台湾の国防部によれば、中国は1500基超の保有ミサイルのうち、1300基超を台湾対岸に配備し、命中精度を大幅に改善しながら量産しているという。これに対して台湾側は米国からの武器購入が滞って、劣勢を拡大したが、10年1月末、米政権が台湾向けにパトリオットミサイル、ヘリコプターなど、総額約65億ドルの売却を許可したのは、両岸のアンバランスをこれ以上拡大しないための措置であったろう。ただ、米側は台湾が強く購入を希望した「F-16」戦闘機の改良型などは認めなかった。
 
 以上、中国の軍事費の国際的比較と軍事力の中味を概観してきたが、問題は中国の政権と国民が現在の国際情勢をどのようにとらえ、自己の軍事力をどのように使おうと考えているかである。次回はそれを検討する。   
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