2010.08.13 ミツバチの警告―「新農薬」は生態系と人の健康を脅かす
その3 ネオニコ系新農薬の特徴とその影響(上)

岡田幹治(フリーライター)


「その3」では、ネオニコチノイド系(ネオニコ系)の農薬(殺虫剤)とはどのようなもので、それは生態系と人の健康にどのような影響を与えているかを述べ、本稿の締めくくりとしたい。

ニコチンと似た構造
ネオニコチノイドとは、ニコチン様の(ニコチノイド)構造をもつ、新しい(ネオ)農薬という意味だ。ニコチンはタバコの葉などに含まれる有害物質で、人の神経系に作用して興奮させたり、マヒさせたりする。
ネオニコ系農薬が1990年代に開発されるまで、世界の農薬の主流はパラチオン、DEP(トリクロルホン)、ダイアジノンなどの「有機リン系」だった。ところが、これらに耐性をもつ害虫が増え、効き目が薄れてきた。また人への急性毒性が強いことが分かり、欧米諸国などで使用が禁止され始めた。そこで、「病害虫の駆除には効力を発揮しながら、人畜への毒性は少ない殺虫剤」として開発されたのがネオニコ系の殺虫剤である。いま世界の農薬市場で有機リン系に取って代わりつつある。
日本では表1に示した8種類の成分が登録され、広く使われている。国内出荷量(有効成分)は過去10年で3倍近くになり、08年度には426トンに達した。国産農薬のアセタミプリドは同年度に168トン、クロチアニジンは94トンも輸出されている。もっとも、同年度の有機リン系農薬の国内出荷量は3703トンで、国内ではまだこちらが圧倒的に多い。

家庭用殺虫剤にも建材にも使われる
ネオニコ系農薬の用途としては、まず農作物の殺虫剤が挙げられる。ネオニコ系農薬の最大の特徴は、「その1」で述べたように、成分が作物の根などから浸透して茎や葉に移行し、長期間効果をもつことだ。したがって農家にとっては人手が省けて都合がよく、稲作から野菜、果樹などに幅広く使われている。
「減農薬」がうたい文句の「特別栽培農産物」にも使われているようだ。効果が長持ちするから使用回数を減らすことができ、「特別栽培農産物(化学合成農薬:当地比5割減)」などの表示が簡単にできるという(『食品と暮らしの安全』09年5月号)。
ネオニコ系農薬はまた、身の回りにも溢れている。たとえば、園芸用、家庭用のスプレー式殺虫剤。「花や野菜はもちろん、果樹や庭木など幅広い植物の害虫退治に使えます」「ジェットタイプで4mも撒布液が飛びます。高所や庭木のケムシ退治などに」といった宣伝で売られている。シロアリ駆除剤も多い。
あまり知られていないのが住宅建築での利用だ。この問題に詳しい井上雅雄さん(東京地裁調停委員)によれば、ネオニコ系農薬は近年、防腐・防蟻剤として建材や断熱材に多用されるようになった。ネオニコ系農薬は沸点が摂氏240度前後で、有機リン系より低い。このため、床暖房で建材の表面温度が60度になった場合や、真夏の暑さで壁内・天井が70~80度になった場合には、ネオニコ系薬剤が劣化し、揮発して居住者に健康被害を与える可能性が高いという(ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議『ニュース・レター』vol63=10年6月)。
もちろん同じネオニコ系といっても、すべてが同じではない。農薬によって構造も殺虫力も異なっている。一例として「ミツバチに対する急性経皮毒性試験で得られた半数致死量(LD50=エルディー50)」を末尾の表1に示した(注1)。
この数値が小さいほどミツバチには有害であることを意味しており、数値からみると、ミツバチに対する有害度はイミダクロプリドが最大で、クロチアニジンとチアメトキサムはそれより少なく、ジノテフランは4分の1ほどになっている。アセタミプリドの有害度はイミダクロプリドの約400分の1、チアクロプリドは約800分の1である。
この点に関連して、養蜂家の佐藤和一郎さん(岩手県奥州市)は次のような観察を公表している――。
岩手県では05年夏からクロチアニジンの散布が始まり、同年と翌年に大量死が発生した。その後、有害度が少ないとされるジノテフランへの切り替えが進んだ。そこで佐藤さんは二つの農薬の影響を比較したところ、クロチアニジンの場合はミツバチが即効的・継続的に死ぬのに対し、ジノテフランの場合は、散布直後の死亡率は10%程度だが、散布20日後ごろから急激な減少が始まり、1カ月後には半減してしまうことが分かった。後者では、死骸は巣箱付近にはほとんどなく、行く先は分からない。汚染された花粉が巣内に運び込まれ、それを食べたミツバチが脳障害を起こして方向感覚を失い、帰巣できなくなったのではないかと佐藤さんは推定し、両農薬ともミツバチとは共存できないと結論づけている。有機リン系のMEP(フェニトロチオン、商品名スミチオン)が散布されていたころのミツバチの死亡率は10~20%だったという。

『沈黙の春』の再現?
ネオニコ系農薬には、幅広い昆虫(その一部を人間が勝手に「害虫」と呼んでいる)に強力な殺虫効果があるという特徴もある。このため、ミツバチだけでなく、その他の昆虫も根こそぎ殺してしまう可能性が大きい。その影響だろう。農村での生態系の異変が各地から報告されている。ここでは、三つの証言を紹介しよう。
◆まず、「その1」で紹介したニホンミツバチ研究家・久志冨士男さん(長崎県佐世保市)の証言
09年夏にニホンミツバチが大量死するのと前後して、長崎県北部の農村からスズメやツバメが急減した。例年、9月になると、水田からは「パーン、パーン」という爆音機(ガス鉄砲)の音が聞かれる。ところが昨年はそれが聞こえなかった。農家に尋ねると「農薬を散布してからスズメがいなくなったので、脅す必要がなくなった」とのことだった。長崎県の本土側と対照的なのは、ネオニコ系農薬がまだほとんど使われていない離島だ。たとえば五島列島の福江島(五島市)では、ニホンミツバチが死滅するどころか、どんどん繁殖している。チョウもホタルも舞い、スズメもツバメも飛び回っている。
◆次に、田んぼを耕さず、肥料も農薬も使わないコメづくりを実践している岩澤信夫・日本不耕起栽培普及会会長(千葉県成田市)の発言
稲刈り寸前の田んぼには何十万匹という赤トンボが群がって産卵行動を繰り返すものだが、09年はそうした赤トンボの集団が見られない田んぼが全国で続出した(岩澤信夫『究極の田んぼ』日本経済新聞出版社)。
◆最後に、田んぼから150mほどの住宅地に住む工学博士、津谷裕子さん(茨城県土浦市)の証言
08年から異変に気づいた。ノシメトンボをはじめ様々な種類のトンボが一匹も来なくなり、オオヨシキリのさえずりも聞こえなくなった。09年はもっとひどくなり、4月末まではアシナガバチ、ミツバチ、ハナアブなどのハチ類も、チョウやガ類や蚊も草取りが怖いほどいたが、田植えシーズンのゴールデンウィークが過ぎたら一斉にいなくなった。例年なら佃煮にしたいくらいいた大小のカタツムリもいなくなり、夜でも網戸なしに過ごせるようになった。虫を餌にするヒバリやツバメ、オオヨシキリ、アマガエルの声も聞こえず、クモやアリさえも激減した。天敵が減ったので秋にはバラケムシが爆発的に増えて、ツツジの葉を食べつくしたのも初めてのことだった。今年は春先からハチ類やチョウ、トンボの姿をほとんど見ない。ウメやスモモ、ニワザクラの花は満開だったのに、昆虫による受粉ができず、一つも実らなかった。
まるで、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』の再現ではないか。彼女が「鳥たちの鳴かない春」を通して、DDT(有機塩素系農薬)などの危険性を訴えてから半世紀近く経って、いま日本の農村から昆虫も野鳥も消えようとしている。
ミツバチ研究が40年になる大谷剛・兵庫県立大学自然・環境科学研究所教授は「ミツバチは生態系の異変を示す『環境指標生物』だ」と言う。行動が複雑で神経が非常に発達した昆虫であるハチは、わずかな環境変化で影響を受ける。しかも必ず巣に戻る性質をもち、増減が確認できる。
大谷教授は「ネオニコ系農薬は幅広い昆虫に効くということで使用が増えているが、昆虫を殺し尽くすことは生態系を壊し、将来、人間に大変な結果をもたらす」と警告している。(「その3・下」に続く)

注1=半数致死量 薬剤の毒性を表す単位。実験に使った動物の50%を殺す薬剤の量。普通はその動物の体重1kg当たりで表すが、ミツバチは1匹当たり(単位はμg=マイクログラム=100万分の1グラム)で表す。

表1 ネオニコチノイド系農薬
有効成分      商品名       主な用途など      開発企業    半数致死量(注2)
(出荷量=(注1))                                                                            
・アセタミプリド   モスピラン、マツ   イネ、野菜、松枯れ防   日本曹達    7.07
(75.1)       グリ―ン        止、シロアリ防除
・イミダクロプリド* アドマイヤー、ハ  イネ、野菜、果樹、花   バイエル     0.0179
(74.6)       チクサン        卉、シロアリ防除
・クロチアニジン*  ダントツ、フルス   イネ、野菜、果樹、芝、  住友化学、    0.0218
(50.9)       ウィング        シロアリ防除
・ジノテフラン*   スタークル、ミケ   イネ、野菜、果樹、花   三井化学    0.0750
(153.3)      ブロック         卉、シロアリ防除
・チアクロプリド   バリアード、エコ   果樹、メロン、茶、松    バイエル   14.6
(23.6)       ワン           枯れ防止
・チアメトキサム   アクタラ、アトラ   野菜、果樹、茶など    ノバルティス  0.0299
(34.3)       ック 
・ニテンピラム*   ベストガード       イネ、野菜、果樹、茶、  住友化学   0.138
(8.2)                     動物用医薬品
・フロニカミド     ウララ         果樹、野菜、茶       石原産業
(6.5)
・フィプロニル*   プリンス、フロン   イネ、シロアリ防除、ペ    BASF
(41.1)(注3)    トライン       ットのノミとり

*製品にミツバチなどへの注意事項あり。
(注1)出荷量は国立環境研究所のDBによる2008年分、単位トン。
(注2)ミツバチに対する急性経皮毒性試験で得られた半数致死量(LD50)、単位μg・匹
(注3)ネオニコ系ではないが、浸透性農薬で、フランスなどでは使用が規制されている。
(出所)『てんとう虫情報』09年8月号所載の資料を基に筆者作成
Comment
建材利用や特別栽培農産物のネオニコ利用、知りませんでした。ショックですが、ミツバチや昆虫、鳥、沈黙の春…記事を読み進めていくと合点がいくことばかり…無知はいけないと思いました。こどもたちのためにも知り正しく選んでいきたいと思いました。ありがとうございました。
千葉の専業主婦、二児の母
ドラえもんのママ (URL) 2010/11/10 Wed 07:28 [ Edit ]
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2010/10/04 Mon 21:21