2010.09.23 互いに弱点をさらけ出す議論をすべし――尖閣列島問題
暴論珍説メモ(92)  

田畑光永 (ジャーナリスト)


 さる7日、尖閣水域に入った中国漁船の船長が公務執行妨害で日本の海上保安庁の巡視船に逮捕された問題は、あれよあれよという間に日中関係を危機と言っていいところにまで追い込んでしまった。いつかこういうことになるのではないかと怖れていたが、ついにその時が来たという思いである。こうなった原因は両国政府の怠慢にあると私は言いたい。
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 ことは領土問題である。おいそれと解決するはずがない。だからもともと解決困難なのであって、怠慢という次元の話ではないという反論もあるかもしれない。しかし、私は「早く問題を解決しておけばよかったのに」などと無理難題を言うつもりはない。解決は難しくても、両国がどういう立場に立っているか、そしてその食い違いを明らかにしておけば、今度のようなことにはならなかったはずだと言いたいのである。

 結論から言えば、日中両国政府は正面から尖閣諸島(中国名「釣魚島」)の領有権について討議すべし、ということになる。
 なぜか。奇妙なことに両国はあの島々をそれぞれ自分のものだとは言い合ってきたが、正面から領有権問題を交渉のテーブルに載せたことは(私の知る限り)ないからだ。唯一の例外が1972年9月27日の田中角栄・周恩来会談である。日中国交回復交渉での第3回首脳会談である。

 日本側の交渉記録によれば、次のようなやり取りがおこなわれた。
 田中「尖閣諸島についてどう思うか? 私のところにいろいろ言ってくる人がいる」
 周 「尖閣諸島問題については、今回は話したくない。今、これを話すのはよくない。石油が出るからこれが問題になった。石油が出なければ、台湾も米国も問題にしない」

 周恩来はこれだけ言うと、「国交正常化後、何ヶ月で大使(館)を交換するか」と別の話題を持ち出してしまった。(『記録と考証 日中関係正常化・日中平和友好条約締結交渉』2003年、岩波書店刊 68頁)
 もとよりあくまで日本側の記録である。周恩来が「尖閣列島」と日本側の呼称を使うことは考えられないから、一字一句正確とは言えないだろうが、周恩来が話を避けたことは間違いないだろう。ちなみに中国側は会談記録を公表していない。

 なぜ周恩来は話を避けたか。これだけの言葉から真意を探ることは不可能だが、「石油、台湾、米国」に言及していることから、尖閣の話が広がって抜き差しならない対立が生まれ、国交正常化そのものが頓挫することを心配したのかもしれない。あくまで推測である。ただ折角、田中が水を向けたのに周がそれを避けた事実は残った。
 こうして尖閣問題を避けて通る形で国交正常化は実現した。次に中国首脳がこの問題に言及したのは1978年10月25日である。日中平和友好条約の批准書交換のために来日した小平副首相(当時)が日本記者クラブでの会見で次のように述べた(当時の新聞報道による)。

 「尖閣列島は、われわれは釣魚島という。名前、呼び方がちがうのだから、たしかにこの点については双方に食い違った見方がある。こういう問題は一時タナ上げしてかまわない(この部分の中国語は「這様的問題放一下不要緊、等十年也没有関係」。直訳すれば「こういう問題は放っておいていい、十年経とうがかまわない」)。われわれのこの話合いはまとまらないが、次の世代はわれわれよりもっと智慧があろう」

 有名なタナ上げ論であるが、国交交渉時の周発言に通ずるものである。ただ注意しなければならない点が二つある。一つは記者会見での発言であるから、一義的に日本国民向けではあるが、直接、日本政府へむけてのものではないこと。それから二つ目は内容に関わるのだが、「食い違った見方がある」の後、中国で報道された記事には「中日国交正常化を実現する時、われわれ双方はこの問題に言及しないことを約束した。この問題で挑発して中日関係の発展を妨害しようとする連中がいるので、両国政府はこの問題を避けることが利口なやり方だとわれわれは考えたのだ」という一文が入っていること、である。

 本当に小平は会見でここまで言ったのか、それとも中国側で記事にするときに挿入したのか、今となっては分からない。常識的にはこんな重要な内容を日本の記事が落とすとは考えられないが、それを言っても仕方がない。これが政府間の話合いであったら、そういう「約束」があったかなかったかについては、日本側の反応によってわかるのだが、記者会見だからこれについて日本政府は反応しなかった。
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 この二つの発言から導き出される両国政府の尖閣問題についての立場は次のようになる。
 まず日本政府。国交回復時に周恩来が発言を避けたことは、日本のあの島々に対する実効支配の継続を認めたことになる。したがって「日中間には領土の領有権問題は存在しない」。小平のタナ上げ発言は記者会見でのものだから、日本政府は関知しない。
 次に中国政府。両国政府は釣魚島の領有権問題をタナ上げすることを約束した。タナ上げということは問題の存在を双方が認めたことになる。中国は日本があの島々を支配することを認めたわけではない。
 
つまり領有権で対立していることは勿論だが、その扱い方でも双方の立場は違っているのである。
中国側にすれば「タナ上げ約束」がある以上、100%日本の主権が及んでいるわけではないのだから、「国内法で粛々と処理」という日本政府の態度は傲慢そのものということになる。2004年に中国人7人が魚釣島に強硬上陸した際、日本政府は不法侵入などで立件せず国外退去処分とした。そういう措置を今度も期待していたであろう。

事実、中国側はこれまでも今回も、「保釣運動」が過激な行為に走ることは抑えてきた節がある。その点では釣魚島は中国領と言いつつも、無用な摩擦は避けようとしているとも言えるし、同時に政府の海上監視船が尖閣周辺の日本の「領海内」に長時間留まるなど、主権主張が時効になるのを中断するような行為を行ったりしてもいる。したがって日本政府が今回の問題を100%国内問題として扱うことは断固として認められないということであろう。
そこで現在、中国政府の南沙群島、西沙群島などの問題に対する態度などから見て、尖閣問題については現状を改善する第一歩として、「係争地域」であることを日本に認めさせようとしている如くに見える。そのための強硬策ではあるまいか。

 これに対して日本政府は前述のようにあくまで「領有権問題存在せず」で突っぱねる態度である。その根拠は田中・周会談であろうが、しかしそれは果たして金科玉条たりうるものか。「領有権問題存在せず」に100%自信があるなら、なにも田中・周会談で尖閣を持ち出す必要はなかったことになる。それをいったんは持ち出した以上、今さら頑なに「存在せず」と突っ張ることはないではないか。

 大事なのは最終解決こそはるか遠い先にしても、一触即発の危険な状態を放置しないことである。それにはどうすればよいか。問題を交渉のテーブルに載せて、正面から主張をぶつけ合うのである。その際、双方が相手の主張を包み隠さず自国の国民に知らせることが重要である。ここでは双方の領有根拠を吟味することはしないが、私の見るところ勝負はいいところ五分五分である。

 ところが現在は、日中両国民とも自国政府が「尖閣は(釣魚島は)固有の領土」と言うのだけを聞いて、そう思い込んでいる。そして相手を理不尽な奴らと思っている。だから政府も自縄自縛で、身動きが取れない。この手詰まりを抜け出すには自国民に相手の言分を聞かせて、問題の難しさを理解させることが不可欠である。
 その上で、それではどうするかを双方で考えることである。議論を先回りするのはよくないが、どちらかが100%満足する形ではこの問題は決着しない。その中間に着地点を見出さなければならない。小平の言う「智慧」とはそういうことであろう。

 しかし、これは言うは易いが、実行は困難であろう。政府が自分の弱点を国民の前にさらしつつ、妥協の道を探るには、よほど国民の信頼を得ていなければならない。残念ながら現在の両国政府はそういう状況ではなさそうである。とはいえ、事態がここまで来てしまった以上、もはやそれ以外に道はない。両国政府が問題を正面から討議するよう求めたい。

Comment
賛成。対象領域自体が『係争』の対象であるのに、「国内法に基づき粛々とーー」というのは、無策・怠慢・政治的感覚の欠如以外の何物でもありません。
佐藤経明 (URL) 2010/09/23 Thu 10:49 [ Edit ]
田畑さん、初めまして。

貴方の仰りたいことはわからなくもない。
問題解決の困難さに対する貴方の認識もまぁ妥当だと思います。

しかし、一つ質問があります。

>ここでは双方の領有根拠を吟味することはしないが、私の見るところ勝負はいいところ五分五分である。

どうして上記のように判断できるのか?
「五分五分」とする、その根拠をお伺いしたい。

貴方は喧嘩両成敗のような形を取るよう進言していますが、その前提として「五分五分」という根拠があるはずです。

その根拠を明示していただきたい

それを提示できなければ、貴方の進言は、中立を装った”利敵行為”と見なされても仕方ないのではないでしょうか。
一知半解 (URL) 2010/09/23 Thu 13:00 [ Edit ]
田畑先生、はじめまして。日本人が拘束されたり、レアアースを止めたり、中国の対応を見てますと、なんと未成熟な国なんだろう、というのが素人の正直な感想です。おごれる者久しからず。日本はもう1次元上がった視点で見渡せる国であらまほしい。
宇多れいこ (URL) 2010/09/25 Sat 00:02 [ Edit ]
一知半解さんの意見に、まったく同感です。
藤井 (URL) 2010/09/25 Sat 19:08 [ Edit ]
前略貴下のご意見は正に中庸を説かれているように思われます。そうした「智慧」があるのなら今回の様な事態は発生しなかったようにも思われます。要は日本政府否日本国民の「ことなかれ主義」の一つの帰結としての事態だと思料します。中ロの対日戦勝65周年共同声明にも見られますように彼らは外堀を埋めて来ているのです。国内的にも反日デモのマッチポンプも思いの儘でしょう。それに比べ日本では「反中デモ」などの欠片さえ見当たりません。「核」を持たない日本が核保有国に対峙するには強力な国民の支持しかありません。デモ一つ起こらない日本の民意を中国は既に見透かしているのではないでしょうか。かかる中で五分五分の解決を果して図れるのでありましょうか。先ずは12800万の日本人が中国の理不尽さに本気で抗議することから始めるしかないのではないでしょうか。
kogoro2 (URL) 2010/09/28 Tue 11:24 [ Edit ]
尖閣諸島問題を日中の二国間の問題として捉えているけれど、中国は南沙、西沙、台湾、チベット、ウイグルなど様々な国々とトラブルを抱えている。その根本は中国の領土拡張主義である。つまり、この尖閣諸島問題は中国が売ってきた喧嘩である。例え日本が尖閣諸島を中国に差し出したにしても、次は沖縄を盗りにくる。よって、日本は中国の事を敵だと認識する所から話は始まると思う。
BUSH (URL) 2013/06/08 Sat 09:52 [ Edit ]
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2010/09/27 Mon 11:28