2007.11.11 スー・チーさんと軍政の対話動き出す
伊藤力司 (ジャーナリスト)

 軍の僧侶弾圧がミャンマー社会に深い傷跡

  ミャンマー民主化運動の主役で軍事政権に軟禁されているアウン・サン・スー・チーさんは8日、「(軍政との)対話プロセスを成功させるために、政府と協力する用意がある」との声明を発表、さらに9日は自ら書記長を務める国民民主連盟(NLD)の幹部4人と3年半ぶりに会談し、軍政との和解に向けた国連の仲介による「対話のプロセスを非常に楽観している」と述べた。
  過去17年のうち12年を軟禁され自由を拘束されながら「非暴力・不服従」の闘いを貫いてきた人の発言だけに、今度こそ国民的和解に向けての一歩が始まるものと期待していいだろう。これは、ミャンマー問題に関する国連事務総長特別顧問という肩書きを持つガンバリ国連特使(元ナイジェリア外相)が6日間同国を訪問、軍政側とスー・チーさんの双方と話し合ってまとめた「対話プロセス」の始動を意味する。
  さる8月から9月にかけて、民衆の尊敬を集める僧侶たちが始めた物価高騰抗議デモが、民衆を巻き込んで最大10万人もの反政府デモに発展。軍政側は9月末武力行使に踏み切ってデモを抑え込んだが、平和的に行進する人々に兵士が殴りかかり、銃弾を撃ち込む映像は世界中に伝わり、野蛮で残酷なミャンマー軍政のイメージが焼き付いた。ミャンマーのような上座部仏教国では、特別の社会階層として尊敬される僧侶を暴力で迫害したことは、軍人たちに大きな汚点を残し、社会的にも深い傷跡を残した。軍政がガンバリ特使の調停を受け入れて対話に応じたのは、こうした背景からだろう。
  日本や中国、東南アジア諸国など、ミャンマーに関心を寄せる諸国を訪問、意見交換をした後11月3日ミャンマー入りしたガンバリ特使は、まずニャン・ウィン外相や軍政の国連担当チョウ・サン情報相と会談、軍政トップのタン・シュエ議長との会談を申し込んだ。前回10月初め同特使と会見した議長は、スー・チーさんが国際的なミャンマー制裁の呼びかけをやめ、軍政に対する敵対的態度を改めるならスー・チーさんと会談してもよいとの条件付き対話路線を示した。しかし今回議長は特使との会談に応じなかった。
  ガンバリ特使は8日に政府迎賓館でスー・チーさんと1時間余り会談、この席で軍政がNLD幹部とスー・チーさんとの面会を許したこと、政府がNLDとの対話プロセスに応じたことを告げたとみられる。同特使は同日ニューヨークに向かう途次シンガポールで、スー・チーさんから預かった「対話のため政府と協力する用意がある」との声明を発表した。
  翌日ヤンゴンの政府迎賓館でスー・チーさんとNLD幹部4人の会談が開かれ、この後幹部たちから「私は、軍当局も国民的和解を実現しようとの意志を持っていると信じており、対話プロセスを非常に楽観している」とのスー・チーさんの談話が発表された。この会談とは別にスー・チーさんは同日、彼女と軍政の窓口役の交渉担当相に任命されたアウン・チー将軍とも会談した。
  こうした経過から、タン・シュエ議長が10月初めに示した条件付きではない「対話プロセス」、つまりガンバリ特使がNLD側も同意できると見込んだプロセスを軍政に示し、双方の了解を取り付けたと解釈できる。とすれば、軍政側がここで一定の譲歩をしたことになる。
 その背景としては、僧侶を虐待した軍政に対する国民的反感である。その反感の中で軍人も後ろめたさを感じていたようだ。逮捕された僧侶に拷問を加えた軍人が「命令だから仕方なく殴る」とことわったという話が、民衆の間に伝わっている。またインドネシアの新聞は、将軍5人が鎮圧部隊の展開を拒否、マンダレーに近い軍管区の兵士400人が僧侶の前で武器を置いて許しを請うたとの情報を伝えた(ジャカルタ・ポスト10月10日付)。
  軍政機関紙「ミャンマーの新しい灯」はこれまで「スー・チー」と呼び捨てにしていたが、最近は「アウン・サン・スー・チーさん」と敬称付きで書くようになった。スー・チーさんの父アウン・サン将軍は「ビルマ独立の父」と呼ばれる英雄であり、同時にビルマ国軍の生みの親である。軍内部では今でもアウン・サン将軍に対する敬意は絶対である。若者たちにスー・チーさんがアウン・サン将軍の娘であることを悟られまいとした、姑息な編集方針だったのだが。
 
  しかし対話の前途は平坦ではあるまい。軍政トップの代替わりはあったとはいえ、43年間も軍政を続けてきた軍人たちである。野党との対話を通じて国民的和解を目指すという目標はともかく、軍政首脳の考え方は軍人による国家支配の根幹を変えないまま、内外の圧力を緩和する方策として形式的な民主化措置を一部採用しようかという程度だ。1993年から14年間断続的に続いた大政翼賛会的な「国民会議」が、さる7月にようやくまとめた民政移管のための新憲法基本原則は、国会議員の4分の1を軍人とする規定を入れるなど、軍人の権力維持を意図したことが見え見えである。
  ともあれガンバリ特使の調停による「対話プロセス」合意という形で、国連つまり国際社会の働きかけがミャンマー軍政に通じたことだけは間違いない。この対話が今後どう続いていくか、関心を持って見守りたい。

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