2007.11.20
高度成長がレトロになるとき
―映画『ALWAYS・続三丁目の夕日』を観る―
続編が良い映画は滅多にない。
山崎貴監督作品『ALWAYS続・三丁目の夕日』はその例外の一つである。第1作『ALWAYS・三丁目の夕日』は2005年11月に公開され大ヒットとなった。日本アカデミー賞など多数の賞を獲得した。
この連作の舞台は東京タワーを近くに見る都内の小さな商店街である。西鉄が稲尾の六連投で日本一となった昭和33年から翌年の「皇太子御成婚」までのころの話である。
小さな自動車修理店を営む夫婦(堤真一と薬師丸ひろ子)には一人の息子がおり集団就職の少女(堀北真希)が住み込んでいる。夫は復員兵である。そこへ転がり込む友人の娘。作家の卵、茶川竜之介(吉岡秀隆)は駄菓子屋をしながら芥川賞を狙う。その恋人ヒロミ(小雪)は踊り子だ。親を嫌って茶川と同居している少年と連れ戻したい父親。向う三軒両隣の人々。『ALWAYS・三丁目の夕日』正続は彼らの織りなす人情喜劇である。CG(コンピュターグラフィック)を多用した当時の町並み再現も魅力である。今回は高速道路に覆われる以前の日本橋、羽田空港、東京駅の再現が売り物である。
世間はこの作品を昭和レトロブームの表現と見ている。近頃は昭和が「回想」(retrospect)の対象になるのである。いまや昭和30年代ですら回想の対象になるのである。
西岸良平原作のコミック「三丁目の夕日」は30年以上の歴史をもつという。発行部数は累計1800万部を越え現在も小学館発行の雑誌『ビッグコミックオリジナル』に連載中である。私は原作を知らないが、これらのレトロブームにおける「回想」は過去を批判的に振りかえるのではない。もっぱら懐旧の心情による回想であるらしい。
半澤健市 (元金融機関勤務)
続編が良い映画は滅多にない。
山崎貴監督作品『ALWAYS続・三丁目の夕日』はその例外の一つである。第1作『ALWAYS・三丁目の夕日』は2005年11月に公開され大ヒットとなった。日本アカデミー賞など多数の賞を獲得した。
この連作の舞台は東京タワーを近くに見る都内の小さな商店街である。西鉄が稲尾の六連投で日本一となった昭和33年から翌年の「皇太子御成婚」までのころの話である。
小さな自動車修理店を営む夫婦(堤真一と薬師丸ひろ子)には一人の息子がおり集団就職の少女(堀北真希)が住み込んでいる。夫は復員兵である。そこへ転がり込む友人の娘。作家の卵、茶川竜之介(吉岡秀隆)は駄菓子屋をしながら芥川賞を狙う。その恋人ヒロミ(小雪)は踊り子だ。親を嫌って茶川と同居している少年と連れ戻したい父親。向う三軒両隣の人々。『ALWAYS・三丁目の夕日』正続は彼らの織りなす人情喜劇である。CG(コンピュターグラフィック)を多用した当時の町並み再現も魅力である。今回は高速道路に覆われる以前の日本橋、羽田空港、東京駅の再現が売り物である。
世間はこの作品を昭和レトロブームの表現と見ている。近頃は昭和が「回想」(retrospect)の対象になるのである。いまや昭和30年代ですら回想の対象になるのである。
西岸良平原作のコミック「三丁目の夕日」は30年以上の歴史をもつという。発行部数は累計1800万部を越え現在も小学館発行の雑誌『ビッグコミックオリジナル』に連載中である。私は原作を知らないが、これらのレトロブームにおける「回想」は過去を批判的に振りかえるのではない。もっぱら懐旧の心情による回想であるらしい。
私にも身近な経験がある。私は最近まで「歴史民俗資料学研究科」の大学院生であった。社会人大学院生は漸増しているが、院生の大半は30歳前後の男女である。民俗学の修士論文に昭和レトロを取り上げた若い院生がいた。論文作成の中間報告で映画『ALWAYS・三丁目の夕日』も資料になった。その回想の方法に私の感性は違和感を感じた。それは映画二作への批判にも関わるものである。
映画の舞台である昭和33(1958)年はどんな年だったのか。
昭和31年と昭和35年の中間に当たるこの年は高度成長の助走が始まった年であった。
昭和31年の「経済白書」は「もはや戦後ではない」と書いた。その含意は戦災復旧の時期は終わり日本経済の更なる成長には近代化投資が必要であるということだった。日本資本主義の再建に当たっての危機感の表明である。
昭和35年は安保と三池の年であった。それはこの国の支配層が、国会を連日連夜取り巻いた「10万人のデモ」と「総資本と総労働の対決」とを秤にかけて、「政治の季節」から「経済の季節」へ大きくカジを切った年であった。高度成長の象徴である池田勇人内閣が発足し所得倍増計画が決定された年である。その2年前の昭和33年に社会人になった私個人も高度成長の助走を始めた。したがってこの年は私にとってレトロの対象ではない。
この映画にも助走の風景は至るところに現れている。修理工場へ住みこんだ少女は農村人口の都市人口化への象徴である。洗濯板は電気洗濯機に代わり、氷屋は電気冷蔵庫に追われてアイスキャンデー屋になった。一杯飲み屋はトリスバーに変わった。観音開きドアのトヨペットクラウンが登場している。やもめの医師(三浦友和)が子犬を拾った廃車置き場はトラクターで整地が始まっている。
昭和33年をノスタルジックな空間とみれば映画は実にウェルメイドな作品に仕上がっている。登場人物は全てが善人であるか準善人である。リアリストぶった人物も結局は善意の人々にうたれて物語はハッピーエンドに終わるのだ。
たしかに「夕日町三丁目」という仮想共同体がここに見事に描かれているのである。
しかし本当はこの共同体も幻想ではなかったのか。そうであったかも知れない。しかし人はそれを幻想とは考えたくないのであろう。
高度成長の過程で、「経済大国」の建国と「夕日町三丁目」的なるものの破壊が同時に進行した。成長が終わったいま、人々は希望を失ない閉塞感に打ちひしがれている。そのとき人々は、破壊された現実をみるよりノスタルジーに浸りたいのであろう。
『ALWAYS・三丁目の夕日』、『ALWAYS・続三丁目の夕日』の連作はノスタルジーへ傾斜しすぎているというのが私の結論である。しかし私には、その結論は理屈だけの批判だという声も聞こえる。読者諸兄姉はどうご覧になるのであろうか。
映画の舞台である昭和33(1958)年はどんな年だったのか。
昭和31年と昭和35年の中間に当たるこの年は高度成長の助走が始まった年であった。
昭和31年の「経済白書」は「もはや戦後ではない」と書いた。その含意は戦災復旧の時期は終わり日本経済の更なる成長には近代化投資が必要であるということだった。日本資本主義の再建に当たっての危機感の表明である。
昭和35年は安保と三池の年であった。それはこの国の支配層が、国会を連日連夜取り巻いた「10万人のデモ」と「総資本と総労働の対決」とを秤にかけて、「政治の季節」から「経済の季節」へ大きくカジを切った年であった。高度成長の象徴である池田勇人内閣が発足し所得倍増計画が決定された年である。その2年前の昭和33年に社会人になった私個人も高度成長の助走を始めた。したがってこの年は私にとってレトロの対象ではない。
この映画にも助走の風景は至るところに現れている。修理工場へ住みこんだ少女は農村人口の都市人口化への象徴である。洗濯板は電気洗濯機に代わり、氷屋は電気冷蔵庫に追われてアイスキャンデー屋になった。一杯飲み屋はトリスバーに変わった。観音開きドアのトヨペットクラウンが登場している。やもめの医師(三浦友和)が子犬を拾った廃車置き場はトラクターで整地が始まっている。
昭和33年をノスタルジックな空間とみれば映画は実にウェルメイドな作品に仕上がっている。登場人物は全てが善人であるか準善人である。リアリストぶった人物も結局は善意の人々にうたれて物語はハッピーエンドに終わるのだ。
たしかに「夕日町三丁目」という仮想共同体がここに見事に描かれているのである。
しかし本当はこの共同体も幻想ではなかったのか。そうであったかも知れない。しかし人はそれを幻想とは考えたくないのであろう。
高度成長の過程で、「経済大国」の建国と「夕日町三丁目」的なるものの破壊が同時に進行した。成長が終わったいま、人々は希望を失ない閉塞感に打ちひしがれている。そのとき人々は、破壊された現実をみるよりノスタルジーに浸りたいのであろう。
『ALWAYS・三丁目の夕日』、『ALWAYS・続三丁目の夕日』の連作はノスタルジーへ傾斜しすぎているというのが私の結論である。しかし私には、その結論は理屈だけの批判だという声も聞こえる。読者諸兄姉はどうご覧になるのであろうか。
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