2007.12.12 韓国光州でアリランを歌う
近藤日佐子(ソプラノ歌手)

 11月25日、金浦空港に降り立ち、初めて韓国の地に足を踏み入れた。
 光州への乗り継ぎの時間を利用して、地下鉄で光化門まで行き、母の生まれ故郷であるソウル(植民地時代の京城)の中心部を時計と睨めっこをしながら駆け足で通り抜けた。
 今回の初めての韓国訪問は、光州の全南大学の民主・人権・平和センター主催による「平和音楽会」とシンポジウム「韓国人と日本人作曲家による韓国抵抗音楽」に出演のためであった。

 実のところ、出発前から緊張の連続であった。
 音楽会での演奏曲目を「パンダル」(半月、韓国童謡)、「アリラン」(韓国民謡)、そして、日本国憲法第9条の精神を表現した「地球星」に決め、主催者側に連絡した。
 それに対し、「地球星」は良いが、韓国の童謡と民謡は今回の催しの趣旨にそぐわないので変更して欲しい、とのメールが届いた。
 さぁ困った。私は何としても「パンダル」「アリラン」も歌いたい、と先方に伝えた。

 韓国での平和音楽会になぜ韓国の童謡と民謡を選んだのかを、何としても納得してもらいたかった。そこで、私の母は植民地時代のソウルで生まれ育ち、小学校の教師をしていたこと、私が小学校に入学する頃に母が私に「今日から日本語でお話しをしてはダメ! 全部英語でお話しをしなさい。近藤日佐子という名前もダメ! これと同じことを日本は朝鮮にしてきたのよ」と言ったことを、先方に伝えた。
 そして、過去にこうした体験があったので、日本人である自分としては、韓国にあっては韓国の言葉で韓国の童謡と民謡を歌いたい、そうすることが韓国の人々との真の連帯につながるのではないかと信じている旨を伝えた。すると、すぐさま「あなたの説明はよく分かった」という返事が届き、こちらの希望通りの曲目に決定した。

 このことを一番喜んでくれたのは、今は亡き伊藤智恵子さんであろうと思う。伊藤智恵子さんは今年8月、87歳で旅立たれた。彼女の心の故郷はソウルで、私の母の4年先輩。偶然にも母の恩師の義妹だということが分かった。在日朝鮮人の人権問題、日朝国交正常化問題に力を注ぎ、私に「あなたは私たちの代弁者よ」「アリランを歌って!」と言ってくださったことがあった。その言葉が頭から離れない。
 26日、光州トゥメンアートホール。
 さぁ、いよいよ本番。
 母のことを話してから「パンダル」を歌った。歌詞は、もちろん原語。涙ぐんでいる人がいる。気持ちが通じたのだろうか。ホッとする。
 次は戦争で多くの人々の生命を奪い、その反省から生まれた日本の平和憲法第9条の精神をうたった「地球星」。日本語で歌いますと言ってから、歌った。客席の間では、何かを感じてくれている空気が流れていた。
 プログラムには伴奏はピアノとなっているが、伴奏MD(ミニディスク)を使うことにした。それは「パンダル」「アリラン」はピョンヤンの音楽団、「地球星」は在日韓国人による演奏だからと伝え、最後に「アリラン」を歌った。
 会場の人々は、私の心を受け入れてくれたと思う。
 温かい拍手に包まれ、これで伊藤智恵子さんの“代弁者”としての責任を少しは果たせたかもしれないと感じた。そう思うと、気持ちが軽くなった。

 27日のシンポジウムの会場は全南大学である。始まる前に、民主・人権・平和センターを訪ねた。建物の正面には「5・18記念館」と書かれた大きな看板がかかり、1980年5月18日から28日まで続いた光州事件を伝える生々しいビデオが上映され、資料が残されていた。
 交響曲「光州よ、永遠に」の作曲で知られる尹伊桑氏は、1967年ベルリンの自宅からKCIAにより韓国へ拉致される。拷問を受け死刑判決を受けるが、音楽家や文化人による国際的な運動と西ドイツ政府の働きかけにより釈放され、再びドイツに渡り、音楽活動を続けた。軍事政権に対し民主化を要求して闘った光州の民衆に連帯した彼の精神を、光州は確実に受け継いでいると私は思った。

 植民地時代の韓国に住み引揚げた日本人の子ども(私)を受け入れ、私の歌う童謡に涙してくれた光州の人びと。
 韓国の人々の心の中では「民主・人権・平和」への思いが強い。それは、日本人よりも強いのではと私には思えた。羨ましかった。

 金浦空港から羽田へ向かう飛行機は韓流ブームの影響からか、お土産を一杯もった人で満席。複雑な思いでの帰国となった。

<プロフィール>
 富山県生まれ。大阪音楽大学大学院音楽研究科オペラ専攻修了。1曲の朝鮮歌曲「早春」との出合いにより「人権」「非暴力による平和」を考えるようになる。最近ではコンサート活動の他に講演、エッセイの執筆等でも活躍。

Comment
お元気ですか?
横浜の関東大震災追悼の会で皆さんが「半月」を歌うので、知っているけれども、確認の為に、パソコンをいじっていたら懐かしいお名前を拝見しました。
町田在住の頃が懐かしいです。お世話になりました。
朴貞花 (URL) 2015/08/09 Sun 17:07 [ Edit ]
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