2012.05.14  野田首相の「日米同盟深化」に大きな疑問
党内論議なしの譲歩は鳩山外交と大差なし

早房長治 (地球市民ジャーナリスト工房代表)


野田佳彦首相は4月30日、米国ワシントンでオバマ大統領と首脳会談を行ったが、会談終了後の記者会見で、野田首相は「日米同盟は新たな高みに達した」と、高揚感を漂わせながら語った。アジア・太平洋地域において米軍と自衛隊の一体化の促進に合意したことを指しているようである。しかし、米国との軍事的一体化についての議論は国会の中はもちろん、民主党内でもほとんど行われていず、関係者の間で大きな疑問が生じている。

軍事的一体化の目玉は、米領であるグアムと北マリアナ諸島に日米両国が費用を出し合って訓練場をつくり、共同訓練を頻繁に行うという点にある。このことは自民党などが強く主張している日米の集団安全保障とは性格を異にするが、自衛隊と米軍の実質的な共同作戦に道を開く可能性がある。

軍事的一体化を補うのは、日本の開発途上国援助(ODA)を使ってフィリピンなどに巡視艇を供与する措置である。巡視艇は「武器」に分類されるが、平和貢献・国際協力目的で例外扱いするという。昨年の武器三原則の緩和で事務手続きだけで輸出できるようになった。この措置が米国の軍事協力予算の節約に役立つことはいうまでもない。

日米は同盟関係にあるが、米軍と自衛隊は性格も役割もまったく異なる。米軍は第2次大戦後、「世界の警官」として、世界で資本主義国家群の利害に反する紛争があれば出動し、強大な戦力を生かして問題を解決してきた。オバマ政権の下で、財政難に対応して作戦規模を縮小しているが、米軍の性格が「世界の警官」であることは変わりない。

一方、自衛隊には憲法上、「専守防衛」の枠がはめられている。最近、中国や北朝鮮の軍事的な動きに対抗するため、米軍と協力する必要性が増していることは確かだが、現憲法が存在する限り、「専守防衛」の枠組みは厳重に守らなくてはならない。とはいえ、米軍との関係が密接になるほど、作戦上、どこで一線を画するか、判断が難しくなる。

政府や防衛省は「共同訓練はあくまでも訓練であって、共同作戦ではない」と弁明するかもしれない。しかし、共同訓練は共同作戦に備えて行うものである。共同作戦と無関係の共同訓練は自己矛盾であって、ありえない。

武器三原則は自公政権当時から数次にわたって緩和されてきた。これまでは防衛関係技術の解禁が主であったが、今後は武器類の供与や輸出が一般化する可能性がある。06年、インドネシアに巡視艇を供与した際は、マラッカ海峡の海賊対策という名分があったが、今回は軍事目的以外、何の名分も存在しない。これは明らかに軍事目的を避けるというODA大綱に背くものである。

現憲法と武器三原則が平和国家としての日本の背骨であることはいうまでもない。「第2次大戦をアジアで起こしたことを反省し、平和国家に徹して生きる」という意志を国民が持つ限り、憲法と武器三原則は順守されなくてはならない。将来、これらの国家運営の基軸を変更することもありうるが、それは徹底した国民的論議が前提となる。

今回の首脳会談で野田首相が安全保障分野で米側に大幅に譲歩したのは、鳩山由紀夫内閣以来ぎくしゃくしていた民主党政権とオバマ政権との関係を安定的なものに変えたいという願望からであった。だからといって、国家の存立にかかわる憲法や武器三原則に関係する原則を国民的論議を経ずに、なし崩し的に変更することが許されるわけではない。

鳩山首相は「より平等な日米関係の実現」を熱望するあまり、沖縄の基地問題などで「独走」し、米国の不信を買った。鳩山首相が国内的論議を経た上で、慎重な対米外交を展開していれば、日米関係の不幸な混乱は避けられたに違いない。

野田首相は日米協調を図ろうとしている点において鳩山首相と正反対なのだが、重要案件についての国民的論議を省略し、「独走」的手法で対米外交を展開している点では鳩山首相と大差ない。今回のような「独走」が続けば、野田首相も遠からず対米外交でつまずくであろう。

民主党は遅まきにでも外交についての党内論議を行い、意見集約を図るべきである。また、野党各党も野田内閣の「なし崩し外交」に強い疑問を提起し、徹底した国会論議を求めるべきである。野田首相は日米同盟関係の深化を自画自賛している時ではない。
                            (5月8日記す)
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