2012.08.03 日米開戦前夜から真珠湾攻撃へ、歴史小説としての迫真性高く描く
〔書評〕船戸与一著『満州国演義 7 雷の波濤』(新潮社、¥2000+税)

雨宮由希夫 (書評家)


 敗戦後67年の夏である。昭和24年(1949)生まれ、団塊の世代の一人である私は、戦争そのものを直接に体験した世代ではなく、過去の戦争に対する記憶はないが、感傷が全くないわけではない。
 昭和15年(1940)の皇紀2600年を20歳で迎えた母は今年92歳である。皇紀2600年の11月10日から5日間にわたり、多彩に行われた提灯行列、神輿渡御などの皇紀2600年祝賀行事を母はみずからの青春の中に懐かしそうに思い出して語ってくれたことがある。

 戦時中、戦場にあった兵士(父もその一人である)のほとんどが鬼籍に入っているだろう。忌むべきことだが、やがて戦争体験者のすべてがこの世から逝ってしまう日が来る。彼らの記憶がことごとく消えてしまうのである。そうした現実を踏まえて、「あの戦争とはなんであったか」と問うことは、過去をひたすら懺悔することでも、逆に正義の戦争だったと居直ることでもない。

 満州事変に始まり、日中戦争から太平洋戦争へ、日本はなぜ国際社会の批判を浴びながらも、戦争への道を歩んだのか? 戦前史への最大の疑問は、「なぜ無謀な英米戦へ突入したか?」である。戦争回避に取り組みながらも、突入を余儀なくされた太平洋戦争は「自衛戦争」であったのか、「侵略戦争」であったのかの議論もある。そもそも太平洋戦争という呼称が適切かという問題もある。

 過去の侵略行為や植民地支配が多くのアジアの人々に耐えがたい苦しみと悲しみをもたらしたことは事実であるが、さる年の終戦記念日に村山富市総理の談話が発表された時、当時、存命していた父の言うに言えない表情を思い出す。生涯、近衛兵としての誇りを持ち続け、昭和天皇に同志的連帯感のようなものを抱いていた父は、戦前の昭和日本の対外政策をすべて罪悪とみなすがごとき極東軍事裁判史観に与したものとして「村山談話」を聴き、甘受はするが、とうてい同意するわけにはいかないと思ったに違いない。

「昭和の一連の戦争を継承するときに、記憶を父とし、記録を母として、教訓という子を産んでそれを伝えるべきだ」とはノンフィクション作家・保阪正康の言である。至難なことではあるが、私は、せめて「わが家の語り継ぐ昭和」のレベルだけでも、〝教訓〞に〝父母の歴史を背負う重み〞を加えて、後に続く世代に語り継ぎたいと思っている。

 船戸与一の『満州国演義』と銘打たれた本シリーズは第一巻の「風の払暁」で昭和3年(1928)の張作霖爆殺事件を描くことに始まり、本書でついに第7巻となった。小説になりにくい題材に挑み、実に複眼的な視点で、昭和という時代空間の中に、ありきたりな編年史的視点では捉えきれない歴史の真実を追っている。この傑作の第一巻が発表されたのが平成19年4月であり、5年の歳月を費やして『満州国演義』は今なお未完である。

 前作の第6巻では、昭和13年から14年までを背景に、泥沼化した日中戦争が主に描かれたが、待望の最新刊である本書は、陸相・東条英機、外相・松岡洋右とする第2次近衛内閣が成立して、『基本国策要綱』の決定を見、大政翼賛体制に一直線に向かう過程を軸に、日独伊三国同盟、独ソ開戦を経て、東条内閣による日米開戦、そしてマレー進攻にいたる皇紀2600年の昭和15年から16年までが描かれる。
 『満州国演義』の主人公は幕末維新の戊辰戦争時に奇兵隊として活躍した長州出身の祖父をもつ東京府零南坂の敷島家の四兄弟である。
長男・太郎は東京帝大法学部卒の外交官で、満洲国国務院外務局政務処長。 次郎は19歳で日本を飛び出した元馬賊だが、今は放浪の身。三郎は陸軍士官学校卒の軍人で、関東憲兵隊太尉。四郎は無政府主義に傾倒する元早大生で、満映娯民映画企画課脚本班に勤務している。敷島家の内情に通じ陰に陽に四兄弟とかかわりを持って出没する関東軍特務の間垣徳蔵は陰の主人公である。

 作家は四兄弟の役柄造形について、「波」2007年5月号で次のように語っている。
「太郎は、当時の一般市民が知る術もないような情報を官であるがゆえに知っているという立場として。次郎は、シナ人だろうが日本人だろうが関係なく、もともと国家意識を持っていない連中の末端として。三郎は軍人、それも憲兵将校レベルでしか知り得ない情報を伝えるために設定した。四郎は、基本的に左に対するシンパシーを持っていて、歴史の大きなうねりからは見えないところに生きていて、しかしうねりによって翻弄されるという役割を付与した」。
また、作家は「当時の人間がどう考えていたかをこの小説では書いていきたいから、新しい資料を使おうとは考えなかった」と言い切っている。この発言の持つ意味はきわめて重要である。

 作家は、戦争の始まりから終わりまでを克明にたどることのできる通史として、この歴史小説の完遂を意図している。
あの時代を、あの戦争を、現在の尺度で批判することは容易であろう。
後世の人間たる私たち読者は、満洲国と日中戦争そして太平洋戦争への歴史を知っている、と思っている。しかし、そもそも「歴史を知る」とはいかなることであろうか。後世の人が過去の歴史を知るということは単に知識の集積として知るにすぎないのであって、本来の意味での「歴史を知る」とはほど遠いのではないか。

 当時の人々がその時代のうねりやその時代の世間の感情を実感しながら生き、同時代をどのように見ていたかを描き出すことによって、「歴史を知る」ことに近づける。歴史を史実のみで見るのではなく、心底に眠っている民族心理で分析することの重さを、作家は問うている。

 本巻のメイン・シーンは英米との開戦前夜である。英米との戦争を回避するためには中国からの撤兵が必須であった。日露戦争であれだけ出費して、十万の兵を失ったのに満州を手放す、というのは国民感情としてあり得ず、官民一致したものであった。軍部と政府の一筋縄ではいかない関係においても、この1点だけは暗に合意されたものであった。
我彼の国力が隔絶している現実を踏まえて、アメリカの要求をのみ、和平を決断すべきであったというがごときは、当時の国民感情を無視した現代人の賢しらな歴史知識とみなさなければならないということであろう。

 立場と生き方を異にする兄弟たちが異国の地で出会い、別れ、人生が交叉するたびに満州をめぐる情勢が刻々と変わっていく。
 5巻、6巻においては、敷島四兄弟が泥沼化する日中戦争に特徴的な時代の流れに押し流され、傍観者然としている感は否めなかったが、開戦前夜から、真珠湾攻撃、マレー沖海戦の本巻の後半部は歴史小説としてのストーリーの迫真性をいやが上にも高め、説得力十分な筆致は読者に充実感と高揚感をもたらすこと請け合いである。

 それにしても、破局の構図はすでに見えている。敗戦の昭和20年まであと4年。続巻以降を作家はいかに構想しているのであろうか。二人の〈官〉、外交官の太郎と軍人の三郎がどのような形で敗戦を迎えるかは予想がつくが、〈民〉の次郎、四郎の運命はいかに。四兄弟が破顔一笑し一堂に会す日は果たして来るのか。
読者は、ミッドウェイの海戦にはじまる、その後の展開、因果の詳細がいかに酷いことになるか分かっているから、読みすすめることが限りなくやりきれない。

 人は生きる時代を選べない以上、父の世代の残酷さは私たちにもありえた。
明治・大正から昭和という激動の時代を生きた実在の人物群像をも登場させ、あの時代の政治・外交・戦争の実際をあますところなく活写することによって、国家と個人、組織と人間、日本とは何か、日本人とは何かに踏み込んだ大胆な歴史小説である『満州国演義』は船戸与一、畢生の大作である。

 信じたくないことであるが、船戸与一はガンで余命1年の宣告をうけたと仄聞した。未完の大作とならないことを心より祈りたい。
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