2008.01.10
歴史認識の欠落はここにも
いまなお残る差別語
新聞記者をやっていた関係で、記者を辞めたいまでも様々な団体や個人から機関紙・誌や会報、個人で出している通信の類をいただく。私にとっては貴重な情報源だが、暮れに西日本の牧師から送られてきた個人通信を読んでいて、目を見張った。「北鮮」という文字があったからである。こうした差別語がいまだにまかり通っていることに改めて日本人の歴史認識の希薄さを痛感した。
牧師の個人通信で、私の目をひいたのは次のような表現だった。
「ところで、今は朝鮮と言えば北鮮。南の朝鮮は韓国と呼ぶ」
ここで使われている「北鮮」が、朝鮮民主主義人民共和国を指していることは間違いない。
そればかりでない。私はいまでも大学時代の同級生とたまに会って雑談を交わすが、話が朝鮮民主主義人民共和国のことに及ぶと、彼は盛んに「北鮮が」「北鮮は」と口にする。彼もまた朝鮮民主主義人民共和国を「北鮮」と呼んではばからない。
しかし、朝鮮民主主義人民共和国は朝鮮民主主義人民共和国であって、決して「北鮮」ではない。そればかりか、「北鮮」とか「南鮮」とかいう呼称は、かつて日本が大韓帝国を植民地として支配していたことと結びついた差別語なのである。朝鮮半島の人々にとっては、植民地時代のいまわしい記憶につながる呼称であって、独立国家の国民としては絶対に認められない呼称なのだ。
内海愛子、梶村秀樹、鈴木啓介編『朝鮮人差別とことば』(1986年、明石書店)に収録されている内海、梶村両氏の『「北鮮」「南鮮」ということば』には、次のように書かれている。
岩垂 弘 (ジャーナリスト)
新聞記者をやっていた関係で、記者を辞めたいまでも様々な団体や個人から機関紙・誌や会報、個人で出している通信の類をいただく。私にとっては貴重な情報源だが、暮れに西日本の牧師から送られてきた個人通信を読んでいて、目を見張った。「北鮮」という文字があったからである。こうした差別語がいまだにまかり通っていることに改めて日本人の歴史認識の希薄さを痛感した。
牧師の個人通信で、私の目をひいたのは次のような表現だった。
「ところで、今は朝鮮と言えば北鮮。南の朝鮮は韓国と呼ぶ」
ここで使われている「北鮮」が、朝鮮民主主義人民共和国を指していることは間違いない。
そればかりでない。私はいまでも大学時代の同級生とたまに会って雑談を交わすが、話が朝鮮民主主義人民共和国のことに及ぶと、彼は盛んに「北鮮が」「北鮮は」と口にする。彼もまた朝鮮民主主義人民共和国を「北鮮」と呼んではばからない。
しかし、朝鮮民主主義人民共和国は朝鮮民主主義人民共和国であって、決して「北鮮」ではない。そればかりか、「北鮮」とか「南鮮」とかいう呼称は、かつて日本が大韓帝国を植民地として支配していたことと結びついた差別語なのである。朝鮮半島の人々にとっては、植民地時代のいまわしい記憶につながる呼称であって、独立国家の国民としては絶対に認められない呼称なのだ。
内海愛子、梶村秀樹、鈴木啓介編『朝鮮人差別とことば』(1986年、明石書店)に収録されている内海、梶村両氏の『「北鮮」「南鮮」ということば』には、次のように書かれている。
<私たちは、先に、朝鮮人をさす呼称「鮮人」という言葉が、一九一〇年の日本の朝鮮植民地化とともに生まれ、「大日本帝国の植民地支配下にあり、民族国家として独立できない気の毒なだめな人々」という語感をもつ、帝国主義的な侮蔑の言葉として使われてきたことを明らかにした。そこでくわしくのべたが、「鮮人」という言葉の発生について、もう一度要約すれば、次の通りである。
一九一〇年以前には、「鮮人」という言葉はまったくなく、韓国人・韓人・韓民という言葉を中心に、朝鮮人という言葉も併用されていた。それが、一九一〇年八月の「日韓併合」とともに、朝鮮が独立国家であることを否定する意図から、従来の「韓国人」「韓人」の使用が禁止された。そして一旦は、「朝鮮人」が多く用いられていたが、一九一〇年一〇月頃、急に「鮮人」という言葉が新聞紙上に見えはじめ、短期間内に急激に一般化していった。「朝鮮」が国家であることを否定して「大日本帝国の植民地朝鮮」という意味で用い、しかもわざわざ下の文字だけをとって単に「鮮」と呼ぶ造語法は、「鮮人」だけではない。ごくひんぱんに使われた言葉だけをあげても、「日鮮」「内鮮」「満鮮」「在鮮」「渡鮮」「北鮮」「南鮮」などがあり、そのいずれもが、「鮮人」とあい前後して同じ理由から生まれた帝国主義言語である>
さらに、内海、梶村両氏は「朝鮮民主主義人民共和国をさして『北鮮』と呼び、共和国を支持する在日朝鮮人をさして『在日北鮮人』と呼ぶような言葉の使い方は……戦後に付け加わったものである」として、次のように記述している。
<とりわけ、日本の体制側は分断された一方の韓国の政権にのみ正統性を認めようとする政治的意図から、「南鮮」という言葉の方はしだいに「韓国」におきかえながら、一方の「北鮮」をそのまま使い続け、そこに共和国を国家として認めまいとする意図を露骨に示した。このような政治的影響のもとで、とりわけ日韓条約前後から「韓国」「北鮮」をセットにして使う言葉の使い分けが拡がってゆき、「北鮮」が、最もひんぱんに用いられる現代差別語の典型となっているのである>
こうした状況に、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)が一九五九年に「北鮮」の使用の誤りを指摘して「朝鮮民主主義人民共和国」を、略称を使うときには「朝鮮」を使うよう各方面に要望し、その後も「北鮮」が出版物に登場するたびに在日朝鮮人団体などが抗議を続けたことから、マスメディアでは次第に使われなくなるが、社会的には大いに広まったまま推移してきたといってよい。いまだに牧師の個人通信に登場したり、友人が口にするのはそのためだろう。
もちろん、牧師や友人が朝鮮民主主義人民共和国に対する差別意識からこの呼称を使ったとは思えない。むしろ、「つい、なんとなく、無意識に」使ってしまった、あるいは口から出たということだろう。だが、「つい、なんとなく、無意識に」というのが曲者なのだ。私には、そうしたこと自体が、日本が大韓帝国から国権を奪って植民地として支配していたころの日本人の意識がいまなお日本人の中に根強く残っていることの表れ、と思えてならない。あるいはまた、それは近代以降の日本と近隣諸国の関係、とりわけ日本が隣国を植民地支配していたという過去の歴史や、戦後の日本と南北朝鮮との関係に対する無知、無関心からきているのではないかと思えてならない。
かくいう私も「つい、なんとなく、無意識に」差別語を使っていたことを思い知らされることがあった。昨年九月二十一日付の朝日新聞「私の視点」に載った二木博史・東京外国語大教授(モンゴル学)の「無神経に『蒙古』と呼ばないで」である。そこには、こうあった。
<モンゴル出身力士の活躍や最近の「朝青龍問題」でモンゴルが話題にのぼる機会がふえた。だが、まれにではあるが「蒙古相撲」など「蒙古」という表現が、メディアなどで使われているのが、気になる。その無神経な使われ方に苦言をていしたい。「蒙古」はもともと、漢民族が周辺の民族を未開で野蛮なイメージの漢字で表記したことに起源をもつ蔑称(べっしょう)だ>
<日本語では、モンゴル国についてはもちろん、中国の「内モンゴル」についても民族名など固有名詞を「蒙古」と表記するのことは避けるべきだ>
私は、自分自身がこれまで「無神経に」蒙古という表現を使ってきたことを恥じた。
なお、朝鮮民主主義人民共和国の呼称問題だが、朝鮮総連からの要望があった以降、マスメディアでは「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」と表記し、同一記事では二度目からは単に「北朝鮮」と略記するようになった。ところが、同国の核問題や日本人拉致問題がクローズアップされてからは、単に「北朝鮮」と表記するようになった。これに対し、朝鮮民主主義人民共和国政府は抗議の声をあげているが、日本のマスメディアはこれに応えていない。
一九一〇年以前には、「鮮人」という言葉はまったくなく、韓国人・韓人・韓民という言葉を中心に、朝鮮人という言葉も併用されていた。それが、一九一〇年八月の「日韓併合」とともに、朝鮮が独立国家であることを否定する意図から、従来の「韓国人」「韓人」の使用が禁止された。そして一旦は、「朝鮮人」が多く用いられていたが、一九一〇年一〇月頃、急に「鮮人」という言葉が新聞紙上に見えはじめ、短期間内に急激に一般化していった。「朝鮮」が国家であることを否定して「大日本帝国の植民地朝鮮」という意味で用い、しかもわざわざ下の文字だけをとって単に「鮮」と呼ぶ造語法は、「鮮人」だけではない。ごくひんぱんに使われた言葉だけをあげても、「日鮮」「内鮮」「満鮮」「在鮮」「渡鮮」「北鮮」「南鮮」などがあり、そのいずれもが、「鮮人」とあい前後して同じ理由から生まれた帝国主義言語である>
さらに、内海、梶村両氏は「朝鮮民主主義人民共和国をさして『北鮮』と呼び、共和国を支持する在日朝鮮人をさして『在日北鮮人』と呼ぶような言葉の使い方は……戦後に付け加わったものである」として、次のように記述している。
<とりわけ、日本の体制側は分断された一方の韓国の政権にのみ正統性を認めようとする政治的意図から、「南鮮」という言葉の方はしだいに「韓国」におきかえながら、一方の「北鮮」をそのまま使い続け、そこに共和国を国家として認めまいとする意図を露骨に示した。このような政治的影響のもとで、とりわけ日韓条約前後から「韓国」「北鮮」をセットにして使う言葉の使い分けが拡がってゆき、「北鮮」が、最もひんぱんに用いられる現代差別語の典型となっているのである>
こうした状況に、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)が一九五九年に「北鮮」の使用の誤りを指摘して「朝鮮民主主義人民共和国」を、略称を使うときには「朝鮮」を使うよう各方面に要望し、その後も「北鮮」が出版物に登場するたびに在日朝鮮人団体などが抗議を続けたことから、マスメディアでは次第に使われなくなるが、社会的には大いに広まったまま推移してきたといってよい。いまだに牧師の個人通信に登場したり、友人が口にするのはそのためだろう。
もちろん、牧師や友人が朝鮮民主主義人民共和国に対する差別意識からこの呼称を使ったとは思えない。むしろ、「つい、なんとなく、無意識に」使ってしまった、あるいは口から出たということだろう。だが、「つい、なんとなく、無意識に」というのが曲者なのだ。私には、そうしたこと自体が、日本が大韓帝国から国権を奪って植民地として支配していたころの日本人の意識がいまなお日本人の中に根強く残っていることの表れ、と思えてならない。あるいはまた、それは近代以降の日本と近隣諸国の関係、とりわけ日本が隣国を植民地支配していたという過去の歴史や、戦後の日本と南北朝鮮との関係に対する無知、無関心からきているのではないかと思えてならない。
かくいう私も「つい、なんとなく、無意識に」差別語を使っていたことを思い知らされることがあった。昨年九月二十一日付の朝日新聞「私の視点」に載った二木博史・東京外国語大教授(モンゴル学)の「無神経に『蒙古』と呼ばないで」である。そこには、こうあった。
<モンゴル出身力士の活躍や最近の「朝青龍問題」でモンゴルが話題にのぼる機会がふえた。だが、まれにではあるが「蒙古相撲」など「蒙古」という表現が、メディアなどで使われているのが、気になる。その無神経な使われ方に苦言をていしたい。「蒙古」はもともと、漢民族が周辺の民族を未開で野蛮なイメージの漢字で表記したことに起源をもつ蔑称(べっしょう)だ>
<日本語では、モンゴル国についてはもちろん、中国の「内モンゴル」についても民族名など固有名詞を「蒙古」と表記するのことは避けるべきだ>
私は、自分自身がこれまで「無神経に」蒙古という表現を使ってきたことを恥じた。
なお、朝鮮民主主義人民共和国の呼称問題だが、朝鮮総連からの要望があった以降、マスメディアでは「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」と表記し、同一記事では二度目からは単に「北朝鮮」と略記するようになった。ところが、同国の核問題や日本人拉致問題がクローズアップされてからは、単に「北朝鮮」と表記するようになった。これに対し、朝鮮民主主義人民共和国政府は抗議の声をあげているが、日本のマスメディアはこれに応えていない。
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