2008.01.19
民族語を話せない若者たち
チベット高原の一隅にて (9)
漢文学者の高島俊男さんは、中国で圧倒的多数の漢人が使っている言語を「中国語」と呼ぶのは不適切で「漢語」と呼ぶべきだといわれる。中国には多くの民族語があり「漢語」だけが中国の言語ではないからだ。わたしもそのとおりだとおもう。
ところが、少数民族自治地域では「双語(バイリンガル)教育」が強調されるが、実際にはそこにいる漢人とりわけ官僚は少数民族語を学習する機会もないしその気もない。だから少数民族が「漢語」を学習するのが「双語教育」である。
わたしが会ったモンゴル人教師は自分が小学校で母語を教える立場にありながら、わが子は「漢語」による教育をする「普通小学」に入れていた。理由は、「もし、わが子の世代のものが『漢語』ができなかったら、われわれ社会の高い地位にはよその人が来てすわってしまい、わが子の世代は支配されるだけの存在になる」
チベット高原でも「漢語」ができなかったらものの売買ではかなり不便だし、ときには決定的損害を受ける。少数民族自治地域でも商取引の請求領収書の類はもちろん、役所の書類はすべて「漢語」で書かれているからである。民族語・「漢語」併記がたてまえであるが、街頭から民族語が消えても、多くの人は不思議におもわない現実がある。
チベット人社会ではラマ(高僧)であっても、ラマが「漢語」を知らなかったら、漢人は裏では「ものを知らない」(「没有文化」)と見るだろう。
新疆のウルムチでは民族学校出身者は「漢語」による教育を受けたひとから「八チャンネル」と呼ばれるという。新疆テレビのこのチャンネルがウイグル語放送だからだが、これは人をバカにしたいいかたではないか。「漢語」で教育を受けた人は「三チャンネル」である(王柯『新トルキスタン共和国研究』東京大学出版会 1996年p296)。
以上のような事実だけみても、いまや「漢語」はいやおうなしに中国に住むすべての民族を支配する言語になったとみなしてよいとおもう。この意味で中国語ということばをつかうことにする。
わたしの勤務する大学の外国語学部は圧倒的に漢人学生が多い。第二外国語として日本語を学ぶ英語学科の80人だけをみても、少数民族はチベット人3人、回人(漢人系ムスリム)2、トゥ人(「土族」=ツァハンモンゴル)1人しかいない。日本語専攻の40人の中にはモンゴル人が1人いるだけだ。学生は全国から集まっているが地元青海省が断然多い。
青海省は43%が少数民族だから、これでは少数民族の学生がすくなすぎる。回人は漢人と同じ中国語だから別にしなければならないが、これは少数民族が大学の一般的な学部に進学しにくい制度のためである。参考までにあげると、1997年末で青海省全人口は495.6万人、うち少数民族は212万人をしめる。内訳はチベット人102万、回人71万、トゥ人18万、サラ人8.5万、モンゴル人8万である。
いうまでもなく中国語と英語は入学必須科目で、試験問題は中国語で書かれる。民族中学出身者は教育課程の関係で従来英語が少なかったから少数民族向けの学部やカレッジ――中央民族大学・民族学院・民族医学院・教員養成課程つまり民族師範学院など――には入れるが、中国語と英語が弱い分だけ一般的な学部に入学することは容易ではない。少数民族の子どもが一般大学に進学しようとすると、民族語をつかって教える学校ではなく、「普通中学」すなわち中国語による教育をおこなう中学高校に進学するのが有利だということになる。「普通中学」に入るには「普通小学」に入るほうがいい。わたしの学生は少数民族も含めてみなこうした「普通学校」の出身者である。
阿部治平 (中国青海省在住、日本語教師)
漢文学者の高島俊男さんは、中国で圧倒的多数の漢人が使っている言語を「中国語」と呼ぶのは不適切で「漢語」と呼ぶべきだといわれる。中国には多くの民族語があり「漢語」だけが中国の言語ではないからだ。わたしもそのとおりだとおもう。
ところが、少数民族自治地域では「双語(バイリンガル)教育」が強調されるが、実際にはそこにいる漢人とりわけ官僚は少数民族語を学習する機会もないしその気もない。だから少数民族が「漢語」を学習するのが「双語教育」である。
わたしが会ったモンゴル人教師は自分が小学校で母語を教える立場にありながら、わが子は「漢語」による教育をする「普通小学」に入れていた。理由は、「もし、わが子の世代のものが『漢語』ができなかったら、われわれ社会の高い地位にはよその人が来てすわってしまい、わが子の世代は支配されるだけの存在になる」
チベット高原でも「漢語」ができなかったらものの売買ではかなり不便だし、ときには決定的損害を受ける。少数民族自治地域でも商取引の請求領収書の類はもちろん、役所の書類はすべて「漢語」で書かれているからである。民族語・「漢語」併記がたてまえであるが、街頭から民族語が消えても、多くの人は不思議におもわない現実がある。
チベット人社会ではラマ(高僧)であっても、ラマが「漢語」を知らなかったら、漢人は裏では「ものを知らない」(「没有文化」)と見るだろう。
新疆のウルムチでは民族学校出身者は「漢語」による教育を受けたひとから「八チャンネル」と呼ばれるという。新疆テレビのこのチャンネルがウイグル語放送だからだが、これは人をバカにしたいいかたではないか。「漢語」で教育を受けた人は「三チャンネル」である(王柯『新トルキスタン共和国研究』東京大学出版会 1996年p296)。
以上のような事実だけみても、いまや「漢語」はいやおうなしに中国に住むすべての民族を支配する言語になったとみなしてよいとおもう。この意味で中国語ということばをつかうことにする。
わたしの勤務する大学の外国語学部は圧倒的に漢人学生が多い。第二外国語として日本語を学ぶ英語学科の80人だけをみても、少数民族はチベット人3人、回人(漢人系ムスリム)2、トゥ人(「土族」=ツァハンモンゴル)1人しかいない。日本語専攻の40人の中にはモンゴル人が1人いるだけだ。学生は全国から集まっているが地元青海省が断然多い。
青海省は43%が少数民族だから、これでは少数民族の学生がすくなすぎる。回人は漢人と同じ中国語だから別にしなければならないが、これは少数民族が大学の一般的な学部に進学しにくい制度のためである。参考までにあげると、1997年末で青海省全人口は495.6万人、うち少数民族は212万人をしめる。内訳はチベット人102万、回人71万、トゥ人18万、サラ人8.5万、モンゴル人8万である。
いうまでもなく中国語と英語は入学必須科目で、試験問題は中国語で書かれる。民族中学出身者は教育課程の関係で従来英語が少なかったから少数民族向けの学部やカレッジ――中央民族大学・民族学院・民族医学院・教員養成課程つまり民族師範学院など――には入れるが、中国語と英語が弱い分だけ一般的な学部に入学することは容易ではない。少数民族の子どもが一般大学に進学しようとすると、民族語をつかって教える学校ではなく、「普通中学」すなわち中国語による教育をおこなう中学高校に進学するのが有利だということになる。「普通中学」に入るには「普通小学」に入るほうがいい。わたしの学生は少数民族も含めてみなこうした「普通学校」の出身者である。
ところが、「普通学校」のコースをたどると、こどもが民族語を使う場は家庭内にかぎられる。友だちも中国語を話すものを選ぶ傾向がある。先にあげた回人以外の少数民族学生4人は母語の読書きができないばかりか、民族語は聴くことができても話すことができない。モンゴル人学生はそもそも両親がモンゴル語ができない。
わたしのモンゴル人の友人は日本留学中ににわかに民族意識に目覚めたのか、帰国後「普通学校」に通う子どもたちにモンゴル語を話し、文字を教えようとした。モンゴル語表記はたとえていえば「ちょうちょ」を「てふてふ」と書くようなもので、話しことばと文字とのあいだに距離がある。息子はしばらくはかれに従ったが文字学習があまりに負担が大きいというので拒否し、娘のほうは学年が進むにつれて中国語を話すよう両親に要求した。そのため息子のほうは両親のことばを聴いてわかる程度、娘は全然わからない。
大学では講義はもっぱら中国語でおこなわれるから、少数民族学生にとって母語を専攻しないかぎり母語の向上は期待できない。日本でも在日朝鮮人・韓国人らがおかれた状況はこれと似たところがある。ロシアでは革命の父レーニンがあっさり大学の教育言語はロシア語であるべきだといったことがある。いずれの国でも少数民族にとって母語はたかだか18歳までの言語でしかない。
民族学院を卒業してから日本へ留学したことのあるチベット人同僚は、日本人はだしの高いレベルの日本語を話す。ところがはじめて日本語教室に出たとき、漢人学生に媒介言語として中国語の青海方言を使って学生らを驚かした。おそらくかれの学校時代、中国語「普通話」(標準語)の学習時間が少なかったのだろう。青海方言は語順はチベット語と同じで語彙は中国語というものである。
チベット人青年ゴンチョ=ドジェの場合は中高校は「普通中学」にかよった。そのあと民族師範学院に入学した。中国語は青海方言だけでなく「普通話」も漢人なみによくできる。寺の僧侶から教えてもらったのでチベット語の読書きもできるが中国語のほうが達者である。ところが民族師範学院に入ってから自分の母語の程度が低いと気づいたらしい。友人たちは中世チベット文学や仏教哲学を読みこなすのに自分にはそれができない。これじゃチベット人ではないという。かれは卒業後も強い危機感をもちつづけて、勤務地の牧野の学校が休みになるとチベット語の特別講座に通ったり寺院の僧侶に教えを請うたりする。ことしも春節の休みに入ると早速草原の町から西寧のわたしのところにやってきた。ここから短期のチベット語学校に通うというのである。
いっぽう教育以外の条件によって母語を失うことも多い。青海省東部の大通河や湟水など黄河上流の盆地・河谷は半農半牧のチベット人・トゥ人などの故郷だったが、漢人や回人農民の進出がいちじるしく、清帝国時代にすでに「内地」のあつかいだった。いま青海全省の四分の三の耕地が集中する純農耕地帯で、西寧・大通・平安・楽都などの都市がある。漢回の増加とともに多くのチベット人が西に移動した。クンブム寺(塔爾寺)がある煌中は人口40万のうちチベット人は現在3万にすぎない。残ったチベット人は十五世ダライ=ラマ(故郷は平安)の幼年時代くらいまでチベット語のアムド方言が維持できたようだが、その後は多数派漢人に同化し青海方言をしゃべるようになった(それとは逆に周囲をチベット人に囲まれているために民族語を失ってチベット語に変った民族集団もある)。
ちなみに、中国国内のチベット人は1990年第4次センサスによると460万という。うちチベット語だけを話す人316万で70%近く、中国語とのバイリンガル53万8000で14%。チベット語以外の言語―たいがい中国語だけ――を話す人は17万4000人もいる。今日ではバイリンガルと「中国語だけ」という人の合計は100万を数えるだろう。母語を聞くことはできても発語ができない人たちは、統計上中国語とのバイリンガルに入るのだろうか、「中国語だけ」にはいるのだろうか。
さて、中国憲法第119条には「民族自治地方の自治機関は自主的に当地方の教育・科学・文化・衛生・体育事業を管理し、民族の文化遺産を保護しまた整理して民族文化を発展繁栄させる」と書いてある。現状から見ると、これは将来目標として記載されたものであろう。
わたしのモンゴル人の友人は日本留学中ににわかに民族意識に目覚めたのか、帰国後「普通学校」に通う子どもたちにモンゴル語を話し、文字を教えようとした。モンゴル語表記はたとえていえば「ちょうちょ」を「てふてふ」と書くようなもので、話しことばと文字とのあいだに距離がある。息子はしばらくはかれに従ったが文字学習があまりに負担が大きいというので拒否し、娘のほうは学年が進むにつれて中国語を話すよう両親に要求した。そのため息子のほうは両親のことばを聴いてわかる程度、娘は全然わからない。
大学では講義はもっぱら中国語でおこなわれるから、少数民族学生にとって母語を専攻しないかぎり母語の向上は期待できない。日本でも在日朝鮮人・韓国人らがおかれた状況はこれと似たところがある。ロシアでは革命の父レーニンがあっさり大学の教育言語はロシア語であるべきだといったことがある。いずれの国でも少数民族にとって母語はたかだか18歳までの言語でしかない。
民族学院を卒業してから日本へ留学したことのあるチベット人同僚は、日本人はだしの高いレベルの日本語を話す。ところがはじめて日本語教室に出たとき、漢人学生に媒介言語として中国語の青海方言を使って学生らを驚かした。おそらくかれの学校時代、中国語「普通話」(標準語)の学習時間が少なかったのだろう。青海方言は語順はチベット語と同じで語彙は中国語というものである。
チベット人青年ゴンチョ=ドジェの場合は中高校は「普通中学」にかよった。そのあと民族師範学院に入学した。中国語は青海方言だけでなく「普通話」も漢人なみによくできる。寺の僧侶から教えてもらったのでチベット語の読書きもできるが中国語のほうが達者である。ところが民族師範学院に入ってから自分の母語の程度が低いと気づいたらしい。友人たちは中世チベット文学や仏教哲学を読みこなすのに自分にはそれができない。これじゃチベット人ではないという。かれは卒業後も強い危機感をもちつづけて、勤務地の牧野の学校が休みになるとチベット語の特別講座に通ったり寺院の僧侶に教えを請うたりする。ことしも春節の休みに入ると早速草原の町から西寧のわたしのところにやってきた。ここから短期のチベット語学校に通うというのである。
いっぽう教育以外の条件によって母語を失うことも多い。青海省東部の大通河や湟水など黄河上流の盆地・河谷は半農半牧のチベット人・トゥ人などの故郷だったが、漢人や回人農民の進出がいちじるしく、清帝国時代にすでに「内地」のあつかいだった。いま青海全省の四分の三の耕地が集中する純農耕地帯で、西寧・大通・平安・楽都などの都市がある。漢回の増加とともに多くのチベット人が西に移動した。クンブム寺(塔爾寺)がある煌中は人口40万のうちチベット人は現在3万にすぎない。残ったチベット人は十五世ダライ=ラマ(故郷は平安)の幼年時代くらいまでチベット語のアムド方言が維持できたようだが、その後は多数派漢人に同化し青海方言をしゃべるようになった(それとは逆に周囲をチベット人に囲まれているために民族語を失ってチベット語に変った民族集団もある)。
ちなみに、中国国内のチベット人は1990年第4次センサスによると460万という。うちチベット語だけを話す人316万で70%近く、中国語とのバイリンガル53万8000で14%。チベット語以外の言語―たいがい中国語だけ――を話す人は17万4000人もいる。今日ではバイリンガルと「中国語だけ」という人の合計は100万を数えるだろう。母語を聞くことはできても発語ができない人たちは、統計上中国語とのバイリンガルに入るのだろうか、「中国語だけ」にはいるのだろうか。
さて、中国憲法第119条には「民族自治地方の自治機関は自主的に当地方の教育・科学・文化・衛生・体育事業を管理し、民族の文化遺産を保護しまた整理して民族文化を発展繁栄させる」と書いてある。現状から見ると、これは将来目標として記載されたものであろう。
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