2013.05.24 明治憲法との比較
日本国憲法について (4)

松野町夫 (翻訳家)


自民党の憲法改正案は明治憲法への志向性が強い。その傾向は随所にみられる。たとえば改正案前文の「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴(いただ)く国家であって」とか、第1条の「天皇は、日本国の元首であり」とか、第4条の「元号」とか、第13条の「公益及び公の秩序」など。こうした文言は、明治憲法の中核をなす思想、すなわち天皇を中心にした政治体制をめざす国家主義的な発想に由来する。

明治憲法は日本最初の近代的成文憲法。正式名称は大日本帝国憲法。伊藤博文らがドイツ・プロシアの立憲君主制をモデルにして策定したが、天皇が制定し国民に与えた欽定憲法という形で1889(明治22)年2月 11日に公布、翌年11月29日に施行、1947(昭和22)年5月3日の新憲法施行まで存続した。この間、一度も改正されていない。

明治憲法をなぜいまさら取り上げるのか?理由は2つある。ひとつは、自民党の憲法改正案は明治憲法への志向性が強く、改憲派の真意を理解するには明治憲法の理念や構造を理解することが欠かせないと思ったこと。もうひとつは、明治憲法と日本国憲法、新旧ふたつの憲法を比較することで、将来の憲法のあるべき姿が浮き彫りになるにちがいないと考えたからである。

明治憲法と日本国憲法との比較
meiji

明治憲法(1889-1947)を概観する前に、制定当時の世界情勢を簡単に確認しておこう。

1880年から第一次世界大戦(1914-1918)にいたる期間は世界史では帝国主義の時代。帝国とは皇帝の統治する国のこと。帝国主義とは軍事的に経済的に他国または後進の民族を征服して大国家を建設しようとする領土拡張主義を意味する。明治憲法下での日本の正式な国号は大日本帝国(the Great Empire of Japan)。帝国主義の時代はまた、欧米による植民地支配の時代でもあった。欧米列強は自国の勢力や領土を拡大するため植民地獲得に躍起になっていた。実際1914年には、イギリスは世界陸地面積の4分の1を支配し、さらに帝政ロシアは6分の1、フランスは 12分の1を支配した。こうして20世紀初頭、アジア、アフリカの大部分が植民地、半植民地として列強によってほぼ支配されていた。

明治政府は、このままでは日本も欧米の植民地にされかねないと、欧米の進んだ技術・文明・制度を積極的に取り入れるなど日本の近代化を急ぎ、同時に、富国強兵という軍事方針を掲げて軍事力の強化に努めた。日本は西欧による植民地化を免れたアジアで唯一の国であったが、その後、日本は近代化と並行して周辺諸国への侵略と膨張を試み、やがて台湾、朝鮮、満州などを植民地化していった。

明治憲法は君主権の強いドイツ型立憲君主制を規範にし、天皇を君主にみたて絶大な権力を天皇に集中させている。臣民の権利の規定、君主に対する大臣助言制、司法権の独立など、表面的には近代的立憲制の体裁をとりながら、実質的には貴族院を衆議院に対立させて立法権や予算審議権を大幅に制限するなど、欠陥の多い憲法であった。特に軍部は、天皇の軍隊として政府や議会が関与できない独立した地位を与えられた。ここが明治憲法の最大の欠陥といえる。軍部が暴走したとき、議会はそれを止める権限がなく、逆に陸・海軍大臣は武官という制度があり、軍は公然と政治に口をはさめるだけでなく内閣の進退をも左右できた。
明治憲法は7章 76条という簡潔な構成だ。しかも各条文とも短く歯切れがいい。内容はともかく、文体はリズミカルで品格がある。漢字・カタカナ表記でありながら読みやすく意味もわかりやすい。

第1章 天皇
第1条 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス
第2条 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス
第3条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス

第1条で主権が天皇にあること(天皇主権)を定めている。万世一系(ばんせい いっけい)とは永久に同一系統が続くこと。天皇家の血統が有史以来続いていることが記紀神話を基に主張され、明治以降、天皇制の一典拠とされた。ただし、ほんとうに万世一系だったのか真偽のほどは定かでない。「之ヲ」は「これを」とよむ。第2条で皇位が男子の世襲制であること、第3条で天皇の神格化、絶対性を定めている。

第4条 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ
第5条 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ
第6条 天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス
第7条 天皇ハ帝国議会ヲ召集シ其ノ開会閉会停会及衆議院ノ解散ヲ命ス
第11条 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス

第4条で天皇が元首として統治権(とうちけん)を総轄(そうかつ)し、憲法の条規に基づいて実行する(立憲主義)としている。ちなみに統治権とは立法・行政・司法の三権のこと。総攬(そうらん)とは政治を一手ににぎることで現代語の総轄(そうかつ)に近いと思う。第5条で帝国議会は法案や予算案を成立させるために天皇に協力して、必要な意思表示をすべきことを定めている。「以テ」は「もって」、「及」は「および」とよむ。第11条で軍の統帥権が天皇にあることを定めている。

第2章 臣民権利義務
第18条 日本臣民タルノ要件ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
第20条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ兵役ノ義務ヲ有ス
第21条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ納税ノ義務ヲ有ス
第22条 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ居住及移転ノ自由ヲ有ス
第23条 日本臣民ハ法律ニ依ルニ非スシテ逮捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナシ

臣民とは君主国の臣下をさす。天皇・皇公族以外の普通の日本国民のこと。臣民は「しんみん」とよむ。臣民はいわば天皇の家来にあたるので、臣民の権利は天皇から恩恵的に与えられた「恩恵的権利」となる。しかも臣民の権利は、制度上、法律によって自由に制限できるので非常に限定的なものとならざるをえない。人権の抑圧、ここが集団主義(天皇制国家、国家主義、全体主義)の恐ろしいところだ。個人主義や民主主義では基本的人権(人間ならだれでも生まれながらにもっていて、なにものにも侵されない権利)という概念があるが、集団主義は集団の利益を優先するので個人の権利は抑圧されてしまう。

明治憲法は帝国主義時代の憲法である。制定当時は、食うか食われるか、力の論理が世界を支配した時代だっただけに、当時としては、仕方のない憲法だったという側面はある。しかし、あきらかにもうひとつ別の選択肢があった。それは福沢諭吉の世界観である。17編のシリーズで刊行された『学問のすゝめ』(1872‐1876)のなかで、彼は「天賦の個人の独立・自由・平等を基礎に下から国民国家を形成し、そのような国民国家が〈天理人道〉と〈万国公法〉の下に独立と平等の関係で交わる国際社会」という構想を示している。この構想はまさに現代の平和憲法や国連憲章の理念と一致する。明治初期にすでにこのような先進的な考えをもった知識人が日本にいたことを誇りに思う。自由・平等・民主主義を賛美する私たち現代人にとって、将来の憲法のあるべき姿も日本国憲法の延長線上にあるのは明白だ。明治憲法への志向性の強い自民党の改正案を許してはいけない。

Comment
天皇制廃止を核にした日本国憲法の進化版でも作ってみたら?まあ通らないだろうけども、96条の改正阻止には約に立つw
目黒駅は品川区 (URL) 2013/05/24 Fri 12:08 [ Edit ]
目黒駅は品川区さん:
天皇制を廃止して、靖国神社を取り潰して、あそこに神道+仏教+キリスト教+イスラム教+ユダヤ教+創価学会+幸福の科学+ブードゥ教のわけのわからないユニバーサルな宗教施設を立てるわけ。
神仏集合は日本の伝統文化なんだからさ。金日成菩薩の像とかマルクス大明神の像とかもたててさ、世界のあらゆる人がお参りできるようにするわけ。

なるほど…いいねえ。おもしろい。やおよろずの神ってわけだ。共生の理念とも一致するしね。(町夫)
松野町夫 (URL) 2013/05/24 Fri 22:34 [ Edit ]
大日本帝国憲法を明治憲法というけど日本国憲法を昭和憲法とは言わないのはなぜ?
宮坂亨 (URL) 2013/05/24 Fri 23:41 [ Edit ]
宮坂さん:
明治憲法が昭和22年まで存続したからでしょう。「昭和憲法」はふつう辞書・事典には出てきませんが、でも実際には明治憲法(大日本帝国憲法)との対比でよく使われています。「昭和憲法」でグーグルすると約5,840,000件ヒットしますよ。(松野)
松野町夫 (URL) 2013/05/25 Sat 01:37 [ Edit ]
恐ろしいことが起こっていますね。
96条が改正されたらいろいろな条例が過半数で変えられてゆく可能性があり下手したら近隣の国ともめている事柄を武力で解決しようとする議員も少なくないと思います。
9条も改正したらこうゆう好戦的な人達の思う壺ですネ。
国の意向に従わない連中は強制連行収監もあるかも。
近代日本から過去へ逆戻り?
tora (URL) 2013/05/26 Sun 00:29 [ Edit ]
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