2008.02.01
非凡なる凡人のブッシュ批判
追悼・須田中夫さん
ブッシュ米大統領の一般教書演説が1月28日にあった。任期中最後の一般教書演説だったが、30日付の朝日新聞ワシントン特派員電は「イラク問題では米軍増派戦略で自賛を繰り返したものの、新機軸を打ち出すことはできなかった。残り任期は1年を切り、ブッシュ外交に手詰まり感が際立っている」と伝えていた。ブッシュ大統領の対イラク政策が誤りであったことは、いまやだれの目にも明らかだが、こうした報道を読みながら、私は1月6日に亡くなった新潟県佐渡の農民、須田中夫さんを思い出していた。
「新年早々でしたが、悲しいお知らせです。昨年末に入院加療中だった須田中夫さんが、本日午前8時に永眠されました。享年84」というメールが、高校の先輩の林尚孝・茨城大学名誉教授(農業機械専攻)から届いたのは1月6日だった。須田さんとは、林教授の紹介で知り合った。
林教授から、「佐渡の農民発明家が本を出したいといっているので出版社を紹介してくれないか」と話があったのは2004年の5月のことだ。
その農民発明家が須田中夫さんだった。林教授によれば、須田さんは1923年(大正12年)、新潟県新穂村(現佐渡市)の農家の長男として生まれた。小学校高等科を出て、両親とともに農業に従事していたが、手作業による厳しい農作業をつづけるうちに、何とか農作業を楽にできないものかと思い立ち、作業を軽減するための装置の発明に心砕くようになる。
試行錯誤の結果、苦労の多い水稲への農薬散布の能率を飛躍的に向上させる「多口ホース噴頭」を発明した。林教授によれば、これは日本独自に開発された農業機械における3大発明の一つ。が、このことは、専門家以外にはあまり知られていないという。日本では実用新案であったが、フランス、イギリス、イタリア、アメリカ、ドイツでは特許を得た。こうして「多口ホース噴頭」の製造が、須田さんの本業となった。
林教授がこの業績を学会誌で紹介しようと、佐渡に須田さんを訪ねたことから、林教授と須田さんの付き合いがはじまった。17年前のことという。その須田さんから林教授に「自分が言いたいことを本にして世に訴えたい」との相談があり、その熱意にほだされて、出版社さがしに一肌ぬごうと思い立ったのだという。
岩垂 弘 (ジャーナリスト)
ブッシュ米大統領の一般教書演説が1月28日にあった。任期中最後の一般教書演説だったが、30日付の朝日新聞ワシントン特派員電は「イラク問題では米軍増派戦略で自賛を繰り返したものの、新機軸を打ち出すことはできなかった。残り任期は1年を切り、ブッシュ外交に手詰まり感が際立っている」と伝えていた。ブッシュ大統領の対イラク政策が誤りであったことは、いまやだれの目にも明らかだが、こうした報道を読みながら、私は1月6日に亡くなった新潟県佐渡の農民、須田中夫さんを思い出していた。
「新年早々でしたが、悲しいお知らせです。昨年末に入院加療中だった須田中夫さんが、本日午前8時に永眠されました。享年84」というメールが、高校の先輩の林尚孝・茨城大学名誉教授(農業機械専攻)から届いたのは1月6日だった。須田さんとは、林教授の紹介で知り合った。
林教授から、「佐渡の農民発明家が本を出したいといっているので出版社を紹介してくれないか」と話があったのは2004年の5月のことだ。
その農民発明家が須田中夫さんだった。林教授によれば、須田さんは1923年(大正12年)、新潟県新穂村(現佐渡市)の農家の長男として生まれた。小学校高等科を出て、両親とともに農業に従事していたが、手作業による厳しい農作業をつづけるうちに、何とか農作業を楽にできないものかと思い立ち、作業を軽減するための装置の発明に心砕くようになる。
試行錯誤の結果、苦労の多い水稲への農薬散布の能率を飛躍的に向上させる「多口ホース噴頭」を発明した。林教授によれば、これは日本独自に開発された農業機械における3大発明の一つ。が、このことは、専門家以外にはあまり知られていないという。日本では実用新案であったが、フランス、イギリス、イタリア、アメリカ、ドイツでは特許を得た。こうして「多口ホース噴頭」の製造が、須田さんの本業となった。
林教授がこの業績を学会誌で紹介しようと、佐渡に須田さんを訪ねたことから、林教授と須田さんの付き合いがはじまった。17年前のことという。その須田さんから林教授に「自分が言いたいことを本にして世に訴えたい」との相談があり、その熱意にほだされて、出版社さがしに一肌ぬごうと思い立ったのだという。
須田さんが私に送ってきた原稿は400字詰め原稿用紙にして100枚くらい。『言いたい放題』というタイトルがついていた。農民発明家が書いた原稿というからテーマは農業に関することかと思っていたら、なんと「対テロ戦争」に突っ走るブッシュ米大統領を痛烈に批判したものだった。
2001年9月1日に米国で起きた「同時多発テロ」を機にブッシュ大統領は「テロ撲滅」をスローガンに、まずアフガニスタンを攻撃、次いでイラクに進攻した。須田さんがこの原稿を脱稿したのは04年の3月というから、イラク戦争が始まってからちょうど1年の時期。この間、米国による戦闘終結宣言があったものの、反米武装勢力と米軍の戦闘が始まり、04年に入ると、戦闘はいっそう激しさを増していた。
『言いたい放題』はこう述べていた。
「そもそも中東問題の発端は、イスラエルがパレスチナ占領地に、不法に居座っている事からである。……国連において、イスラエルが不法にパレスチナ占領地に居座っている事が、議題になった。そして、イスラエルはテロの脅威を主張し、それに対し国連軍を駐留させる案が提出された。パレスチナは受け入れる態勢であったが、イスラエルは不都合と云う事で、アメリカが拒否権を行使してそれをつぶした経緯があった。それは、国連軍が駐留すると、不法にパレスチナ領に入植しているイスラエルの住民が、不当にあつかわれるのではないかという懸念であった。だがこの侵略入植を強行に推し進めたのが、現イスラエルの首相シャロンであった。そしてその障害になる派遣案を、つぶす手助けにアメリカは拒否権を行使したという訳である」
「ここで疑問に思う事は、一方のイラクのフセインには、国連違反だ大量破壊兵器を保有していると迫り、あげくの果てにはイラクの主権を侵して、めちゃめちゃに破壊したブッシュである。それが、もう一方のイスラエルのシャロンには、その国連違反を正すどころか支援をして暴挙も黙認するという。この矛盾する行為をブッシュはどう説明するのであろうか。そしてアメリカはイスラエルに、年間一八億ドルもの武器の無償援助をしているという。その武器がパレスチナにおける、テロと報復の連鎖に使われているのである。
これがブッシュの民主主義と云うものであるようだが、これがアメリカ本来の、自由主義・民主主義と云うものであるのだろうか。私の認識している自由主義・民主主義とは、全てに公平平等である事だと思っている。……勝手気ままな民主主義などは、許されない事である。ブッシュの不公平な依怙贔屓の民主主義こそ、テロの火種になっている事を、自覚すべきではないだろうか」
ブッシュ批判ばかりではない。日本の近現代史にも言及していた。明治維新後の歴史をたどりながら、「総じていえることは、問題の起きる根本は、ほとんど一国を預かるリーダーの自己中心的考えの狭い視野での行動からである、というのが私の結論である」「もう一度ここに検証するならば、日本の昭和初期における軍国主義は、狭い国土を欧米の植民地にならって広げたい、そして農村不況打開の一助にしたい、という考えにとらわれて、誤った国策を計画してしまった。およそ一八〜九世紀半ば頃までの、植民地時代ならいざしらず、二〇世紀も三分の一過ぎた時代に、そんな野望をもったのである。今世紀にはいった今でも、また同じような野望を持つ不法者がいる」と書いていた。
須田さんは、知人らの意見をいれて原稿を手直ししたうえ、それをもって東京にきた。この年(04年)6月のことだ。私は水道橋駅で須田さんと林教授と落ち合い、2人を近くの出版社、同時代社に案内した。
初めて会った須田さんは、やや小柄な体躯だが、背筋はぴんと伸び、足早に歩いた。鳥打ち帽をかぶっていた。いかにも実直な農民という印象で、とても81歳の高齢者とは思えなかった。同時代社ではあまりしゃべらず、相手の話をもらすまいと真剣な眼差しで聴き入っていた。それでも、「パレスチナ問題を考えると、いたたまれない気持ちになる。やむにやまれず原稿にまとめた」と語った。
須田さんはいわゆる著名人でない。そういう意味では凡人の1人といってもいいかもしれない。が、私は書かれている内容、その表現力に驚いた。それは、決して凡庸ではなかった。名もなき庶民の中には敬服すべき叡智の人がいるのだ、と教えられたように思った。その時、私の脳裏に浮かんできたのは「“非凡なる凡人”須田中夫」という言葉だった。
ともあれ、出版の話はすぐまとまり、同社の特別の計らいで、7月30日、緊急出版された。『昭和の軍国主義とブッシュのテロ戦争――ある農民発明家の警告』のタイトルで。
訃報がもたらされた時、私は心の中でつぶやいた。「須田さんの警告は決してムダではなかったと思いますよ。ブッシュ大統領の外交政策は失敗だったというのが今や世界世論となったのですから」。訃報の翌日(1月7日)に東京新聞社説を読んだ時、一層そうした思いを強くした。そこには、こうあったからである。
「一国の政治を西部劇になぞらえるのはやや気が引けますが、米中枢同時テロ以降、『敵か味方か』の善玉悪玉論、『やられる前にやる』力の誇示を繰り返したブッシュ政権を振り返る限り、素朴な勧善懲悪劇が続いた印象は拭えません」「次期大統領は、自国による一極構造が崩れて多極化する国際社会にあって多様な民族国家を一つにまとめる、という離れ業を見せなければなりません」
『昭和の軍国主義とブッシュのテロ戦争――ある農民発明家の警告』は119ページ、1200円+税。同時代社は03-3261-3149
2001年9月1日に米国で起きた「同時多発テロ」を機にブッシュ大統領は「テロ撲滅」をスローガンに、まずアフガニスタンを攻撃、次いでイラクに進攻した。須田さんがこの原稿を脱稿したのは04年の3月というから、イラク戦争が始まってからちょうど1年の時期。この間、米国による戦闘終結宣言があったものの、反米武装勢力と米軍の戦闘が始まり、04年に入ると、戦闘はいっそう激しさを増していた。
『言いたい放題』はこう述べていた。
「そもそも中東問題の発端は、イスラエルがパレスチナ占領地に、不法に居座っている事からである。……国連において、イスラエルが不法にパレスチナ占領地に居座っている事が、議題になった。そして、イスラエルはテロの脅威を主張し、それに対し国連軍を駐留させる案が提出された。パレスチナは受け入れる態勢であったが、イスラエルは不都合と云う事で、アメリカが拒否権を行使してそれをつぶした経緯があった。それは、国連軍が駐留すると、不法にパレスチナ領に入植しているイスラエルの住民が、不当にあつかわれるのではないかという懸念であった。だがこの侵略入植を強行に推し進めたのが、現イスラエルの首相シャロンであった。そしてその障害になる派遣案を、つぶす手助けにアメリカは拒否権を行使したという訳である」
「ここで疑問に思う事は、一方のイラクのフセインには、国連違反だ大量破壊兵器を保有していると迫り、あげくの果てにはイラクの主権を侵して、めちゃめちゃに破壊したブッシュである。それが、もう一方のイスラエルのシャロンには、その国連違反を正すどころか支援をして暴挙も黙認するという。この矛盾する行為をブッシュはどう説明するのであろうか。そしてアメリカはイスラエルに、年間一八億ドルもの武器の無償援助をしているという。その武器がパレスチナにおける、テロと報復の連鎖に使われているのである。
これがブッシュの民主主義と云うものであるようだが、これがアメリカ本来の、自由主義・民主主義と云うものであるのだろうか。私の認識している自由主義・民主主義とは、全てに公平平等である事だと思っている。……勝手気ままな民主主義などは、許されない事である。ブッシュの不公平な依怙贔屓の民主主義こそ、テロの火種になっている事を、自覚すべきではないだろうか」
ブッシュ批判ばかりではない。日本の近現代史にも言及していた。明治維新後の歴史をたどりながら、「総じていえることは、問題の起きる根本は、ほとんど一国を預かるリーダーの自己中心的考えの狭い視野での行動からである、というのが私の結論である」「もう一度ここに検証するならば、日本の昭和初期における軍国主義は、狭い国土を欧米の植民地にならって広げたい、そして農村不況打開の一助にしたい、という考えにとらわれて、誤った国策を計画してしまった。およそ一八〜九世紀半ば頃までの、植民地時代ならいざしらず、二〇世紀も三分の一過ぎた時代に、そんな野望をもったのである。今世紀にはいった今でも、また同じような野望を持つ不法者がいる」と書いていた。
須田さんは、知人らの意見をいれて原稿を手直ししたうえ、それをもって東京にきた。この年(04年)6月のことだ。私は水道橋駅で須田さんと林教授と落ち合い、2人を近くの出版社、同時代社に案内した。
初めて会った須田さんは、やや小柄な体躯だが、背筋はぴんと伸び、足早に歩いた。鳥打ち帽をかぶっていた。いかにも実直な農民という印象で、とても81歳の高齢者とは思えなかった。同時代社ではあまりしゃべらず、相手の話をもらすまいと真剣な眼差しで聴き入っていた。それでも、「パレスチナ問題を考えると、いたたまれない気持ちになる。やむにやまれず原稿にまとめた」と語った。
須田さんはいわゆる著名人でない。そういう意味では凡人の1人といってもいいかもしれない。が、私は書かれている内容、その表現力に驚いた。それは、決して凡庸ではなかった。名もなき庶民の中には敬服すべき叡智の人がいるのだ、と教えられたように思った。その時、私の脳裏に浮かんできたのは「“非凡なる凡人”須田中夫」という言葉だった。
ともあれ、出版の話はすぐまとまり、同社の特別の計らいで、7月30日、緊急出版された。『昭和の軍国主義とブッシュのテロ戦争――ある農民発明家の警告』のタイトルで。
訃報がもたらされた時、私は心の中でつぶやいた。「須田さんの警告は決してムダではなかったと思いますよ。ブッシュ大統領の外交政策は失敗だったというのが今や世界世論となったのですから」。訃報の翌日(1月7日)に東京新聞社説を読んだ時、一層そうした思いを強くした。そこには、こうあったからである。
「一国の政治を西部劇になぞらえるのはやや気が引けますが、米中枢同時テロ以降、『敵か味方か』の善玉悪玉論、『やられる前にやる』力の誇示を繰り返したブッシュ政権を振り返る限り、素朴な勧善懲悪劇が続いた印象は拭えません」「次期大統領は、自国による一極構造が崩れて多極化する国際社会にあって多様な民族国家を一つにまとめる、という離れ業を見せなければなりません」
『昭和の軍国主義とブッシュのテロ戦争――ある農民発明家の警告』は119ページ、1200円+税。同時代社は03-3261-3149
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