2013.08.22 堺市長選で自民と対決しながら、橋下維新が首相官邸にすり寄る不思議、堺市長選は“天下分け目の大決戦”になる(その2)
~関西から(113)~

広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)


 橋下維新の動きには不可解なことが多い。その極めつきが今回の堺市長選をめぐる対自民の政治姿勢だろう。8月10日の日経新聞によれば、「日本維新の会は秋の臨時国会をにらみ、憲法改正のための国民投票法の改正や道州制の導入などで、自民党に協議を要請する方針を固めた」というのである。その背景には、「衆参両院で主導権を握る自民党と連携して改革の実績を重ね、党勢の立て直しにつなげたい考えだ」ということがあるらしい。また「橋下徹共同代表(大阪市長)は首相官邸との連携に期待する」との態度表明を(抜け抜けと)したそうだ。堺市長選では表向き自民と激突しながら、その裏では首相官邸にすり寄って自民との国会協議を持ちかける、こんな複雑怪奇な維新の行動をどう読み解けばいいのか。

 日経新聞は、こうした橋下維新の官邸寄りの動きを野党勢力の結集を目指す姿勢との「矛盾」としてとらえている。だが、この見方は明らかな(意図的な)間違いだ。維新が目指す野党結集はもともと「野党再編」が目的なのではなく、「政界再編」の手段としての野党結集なのだ。つまり橋下維新の野党結集の狙いは、自民に加担するための政界再編の推進なのであり、それも改憲や道州制を断行する「ネオコン(新保守)型専制政治」(極右+新自由主義)を旗印とする政界再編なのである。

 そう言う視点からすれば、現在の野党再編の流れはおよそ3つにわけることができる。第1は、橋下維新が目指す「ネオコン路線」の野党結集である。この流れは、安倍政権と基本政策を共有し、みんな(江田派)及び民主(前原氏など改憲派)と連携して「専制政治」を実現しようとする最も危険な潮流であり、かつ現在の最も有力な潮流でもある。第2は、民主(海江田氏など非改憲派)が中心となって保守2大政党制を復活し、「保守補完型政治」を再建しようとする中道右派の流れである。第3は、自民と対決して「革新政治」を実現しようとする左派(共産)あるいは中道左派(社民など)の流れである。だが第1の流れが急速な展開を見せているのに対して、第2、第3の流れはまだ影も形も見えない。

 橋下維新は大阪自民を分断して生まれたために、表面的には「反自民」であるかのように見える。しかし、この表現は必ずしも正確だとは言えない。「オール与党」体制のなかの保守政治に基盤を置く自民に満足できない急進分子が、「ネオコン(新保守)=維新」として自民から分裂したといった方が正しい。したがって維新が抜けた後の大阪自民は「旧保守」となり、それが「大阪都構想」など急進的市政改革に反対して「新保守=維新」と対決する構図が生まれているのである。

 こう考えてくると、橋下維新が大阪では「反自民」を掲げて旧保守と対決しながら、国会では「ネオコン型専制政治」(極右+新自由主義)を推進する安倍政権にすり寄っても何らおかしくない。政治路線としては、堺市長選で橋下維新と安倍政権が互いに連携して大阪自民(旧保守)に対抗しない方がむしろおかしいといわなければならない。たださすがに、このような性急な行動は自民全体の分裂を引き起こしかねず、また安倍政権の政治基盤を揺るがしかねない危険性を孕んでいる。そこで考え出された一手が維新顧問の堺屋太一氏の内閣官房参与への起用であり、そのことを誰よりも喜んだのが橋下氏だった。堺屋氏の参与就任の感想を求められた橋下氏は、「心強い。維新と官邸が直結する重要な役割を担ってもらえる」(日経8月10日)と大歓迎し、安倍政権との親密な関係を追求する態度を明らかにしたのである。

 それでは、安倍政権が堺屋太一氏をわざわざ内閣官房参与に起用した狙いは何か。ひとつは、連立政権を組みながらも改憲に消極的な公明を牽制するため、橋下維新を「改憲別働隊」として起用し、民主・みんなの改憲派を糾合する役割に当たらせるためであろう。堺屋氏は、安倍政権と維新・民主・みんなの改憲勢力との間の連絡調整に当たり、安倍政権が(公明を切り捨ててでも)改憲を断行する際の“軍師”の役割を与えられたのではないか。

 もうひとつは、橋下維新が堺市長選で敗北したときの「救命ブイ」の役割だ。堺市ではかって「オール与党」体制を担った自民・民主を中心に「旧保守・中道右派連合」が形成されている。これに完全野党の共産が「敵の敵は味方」として(勝手連として)加わったのだから、戦線は「ネオコン VS その他連合軍」に二分され、文字通り“天下分け目”の決戦の様相を呈している。しかし維新候補の堺市議は橋下氏の単なる「ロボット」にすぎず、堺市長選は事実上の「橋下代理選挙」として展開されるわけであるから、堺市長選の敗北はすなわち「橋下氏の敗北」として彼の政治責任に直結することになる。
 加えて、橋下維新の敗北は「大阪都構想」の破綻を意味し、それ以外に政策らしい政策がない維新にとっては政党としての存立基盤が無くなるという致命的打撃を与える。維新が「大阪都構想」の全国版として道州制を提唱しては見たものの、自治体首長など自民党内の旧保守勢力の抵抗に遭って実現の見通しは立っていないので、このままでは「改憲別働隊」としての役割以外に橋下維新の存在意義が無くなってしまう。しかし、改憲のための「捨て駒」として橋下維新の利用を考えている安倍政権にとっては、このまま維新が消えてしまう事態だけは避けなければならない。そこで民主・みんなの改憲派を糾合して政界再編を推進し、そのなかに橋下維新を巻き込んで救済するというシナリオが浮上する。堺屋氏はその場合、維新の「救命ブイ」としての役割を期待されているのである。(つづく)

Comment
いつも情報分析有難うございます。参考にさせていただきます。
津田賢三 (URL) 2013/08/22 Thu 07:39 [ Edit ]
堺屋がブイであるか否か以前に、堺市長選で仮に橋下側が敗北して[慎太郎風に言えば]維新のレゾンデートルがなくなったとしても、国政レベルでの損得勘定には大差はない。
ご指摘の通り「別動隊」であり、そもそもその出自からしても自民党の二軍たちである。
落選組、元自民党、地方のあぶれ者…そんな人達の寄せ集めに過ぎないのだが、これが大衆一般的には「安心して」投票できるという利点になっているのだ。
維新の会の強みは、単に橋下や石原のキャラ力だけではないと思う。
もちろん、まるでテレビゲームの「大ボスを倒せば皆消える」みたいな政党だという点には変わりはない!極右政党を一日も早く族滅させたい私としては、広原先生の掲げられる「天下分け目」という看板には大賛成。
ただ、そのまんま東をはじめとする維新どもが、政党解体と共に政治家として即デリートされることはなく、少なくとも三年は国会議員として棲息し続ける現実には変わりはない。
天下分け目に勝利しても、極右ウィルスが自民党に吸収されるだけであろう。現実的には維新は与党になりたがるだろう。言い訳論としても「大阪都の実現」には、与党の方が言いやすいはず。だいたい、維新を強く支持する層とは、これまた言い続けていることだが、保守層のみならず「とりあえず何かしてくれそうな者に投票する」タイプだ。江田憲司などのしたり顔右翼と新たな補完勢力になって野党第一党を気取るよりかは与党化する道を望むのが自然であろう。
より詰めて言えば、市長選で敗北、石原側が与党に復党。残骸の橋下側が江田たちと合流するというパターンか。
国会レベルでは堺市がどうなろうが痛くも痒くもない話だろうが、それでも維新を敗北させねばならない。維新敗北がオール右翼をよりクリアーに知らしめさせるきっかけになるからだ。
「何をいまさら」と思うなかれ!
世の中、橋下や石原個人の乱暴ぶりはそれなりに認識してはいても、だからといって「維新候補=極右系」とまでは認識できていないものであると、あえて指摘しておきたい。
別に今、私が取材や統計を駆使して書き込みをしているわけではないし、極めて個人レベルの些細な体験などとはいえ、案外、そこまでの認識はなされていないと言いたいのだ。
「えっ、維新ってそんな奴らなの?」みたいな意外な反応が…それまでの会話では「言い過ぎもあるけど、改革にはありかな」とポジティブ的な言い方をしていた人達のトーンががらりと変わる(笑)ということを…街の理髪店などひとつでも体験したことあり。
要するに、極めていや~な物言いだが、論理的に判断まではしていない人ってのは少なくない。
面倒くさいし、こちらから政治なんか語ることもないが、話し好きな彼らは、よくニュース等を見て橋下発言などはよくないようだとは認識している。ただ、その先とまでは考えていない。だから自民党がイマイチだから、批判票で「改革派=とりあえず何かしてくれそう」「あ、基本、保守系か」と安心して維新やみんなの党に入れてしまう。
「床屋政談」とはよく言ったもの。自民党にまとまってもらった方が、有権者のバランス感覚を過敏にさせる効果すらあるのではないか?
もちろん、本日だったかの毎日新聞での若手論者の指摘も真実だと痛感するが…だからと言って墓穴を掘る選択肢をあまたの有権者が平然を行うのは、やはり変。
とにかく三年は国政はない。
そして三年後が、リベラルデモクラシーなるものの土俵際になるだろう。
広原さんは三つに野党を分けておられたが、二つ目まででは三年後「日本版ファシズム」を完成させるためにしかならないと、薄々は感じられておられるのではないか?
三つ目の勢力には、伊東光晴さんの「都市問題六月号」での指摘、かなり平易な内容ながら是非勉強してほしいものであった。
三年選挙がないなら、ラストチャンスならば、巷間、認知されていることを逆手にとって、税金で社会を救う路線なり[その為に極右と軋みがある公明党の複数税率提言等に揺さぶりをかける等、手練手管はやるべき!]、Ⅰ%の富裕層、何するものぞと冨の再分配や超少子高齢化社会にこそ、強くて「合理的な」公共サービスをと、新自由主義とガチンコをやるアピールを振りかざす時ではないか。居酒屋ママで極右に大声を張り上げるネタよりかは、そっちに舵を切れよなあ!
社会不安を整備し、福祉リベラル[社民なる言葉が大衆に拒絶反応があるのは仕方ないので(笑)]で勝負する充電期。
第二勢力には、それがためにも一刻も早く消滅して欲しい!
村山富一の「あぁ~、よく聞いて頂きたい」演説を活かし(笑)、専守防衛と伝統の国防論で多数派形勢を計れば、そっち系での批判が右翼どもには寧ろやりづらくなるのは、かの96条の一件でも明白である。
かつて学生時代、お世話になった方に「社会党は知識人に納得される党になるべき」と手厳しい指摘をなさったジャーナリストがいた。「いや~、社民主義?そんなもの、根付かんねえ」とその方が淋しげに飯田橋への道すがら、苦笑いしていたことを今でも私は覚えている。
しかし、現代は本物思考の店等が生き残る世の中でもある。
税金は減税バンザイ、サービスは守ります等に胡散臭さを感じている層もまた、少なからずいる。
そして基本、保守層が好まれる風土なのだ。
ナベツネ新聞の経済系のオピニオンを逆手にとって福祉[社民]リベラルを確かなものにすることしか、ファシズムを打倒する道はないとみる。
旅マン (URL) 2013/08/22 Thu 20:52 [ Edit ]
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