2008.02.19 人類の未来
情報化社会の日本

松野町夫 (翻訳家)

ひょっとしたら人類の未来はすでに決まっているのかも知れない。

太陽系の惑星や衛星はすべて、一定の法則で動いている。地球だって例外ではない。たぶん、地球に存在するすべてのものも、生物、無生物を問わず、一定の法則のもとに存在しているにちがいない。人類の未来も、また個々の人間の運命も当然この延長線上にあると思う。ただ、その法則はあまりにも複雑すぎて、現代の科学レベルでは、しょせん人間レベルでは、到底解明などできはしない。だから、未来は私たちにはわからない。しかし、手をこまねいているわけにはいかない。自分の信ずる明るい明日に向けて生きてゆくしかない。それに、近未来はある程度予測できるのではないだろうか。

私は団塊の世代。終戦後、鹿児島県肝属郡吾平町(あいらちょう)の持田部落に生まれた。 祖父母、両親、兄弟、総勢11人の大家族。5歳のころ、夕方になると、毎日、ランプのほやを磨いていた覚えがある。当時、電灯の代わりにランプ、水道の代わりに井戸、ガスの代わりに薪を使用していた。当時でも、汽車やバス、角ハンドルの三輪自動車、オートバイなどは、鹿児島の郡部にもすでにあったはずだが、幼いころの記憶はおぼろげで、鮮明に覚えているのは牛車と荷馬車。ものを運搬したり遠くの山へ出かけるときには、うちでは牛車を利用した。馬の方が足早で、たまに荷馬車を見かけると子供心にも羨ましかった。「だけどね、馬は飼育が大変だよ、神経質だし、それに毎日外へ連れ出して運動させなければいけない」と大人に説得された思い出がある。万事、のんびりしていた。日は長く、正月はなかなかやってこない。しかし、不便だとか不幸だとか感じたことなど、もちろん一度もない。それは当たり前のことだった。1950年前後、吾平町は自給自足の平穏な農業社会だった。
しかし、戦後日本の経済復興はめざましかった。6つ年下の妹は、電気のない時代をまったく知らない。私が小学校に入学したころには、持田部落にも電気や有線ラジオ網が整備されていた。NHKラジオ放送の『笛吹童子』、「ヒャラリ ヒャラリコ ヒャリコ ヒャリレロ だれが吹くのか、ふしぎな笛だ…」もなつかしい。中学生のころにはテレビが一般家庭に普及し始める。高校生のときには、6つ年上の姉のオートバイ (50cc) を借用してたまに通学した。同級生の田代君の将来の夢は「乗用車を持つこと」だった。しかしその数年後、車社会は意外と簡単に、またたくまに全国に定着する。高度経済成長時代はおおきなうねりとなって日本全土を一変させた。変化は産業や社会構造にとどまらず、日本人の生活様式や価値観までもすっかり変えてしまった。1968年、日本の国民総生産 (GNP) は米国に次いで世界第2位となり、「東洋の奇跡」と世界は絶賛した。公害問題など負の遺産を抱えながらも、日本の産業社会は絶頂期を享受する。

1980年、私はNHKテレビ特集で、米国の未来社会学者 アルビン・トフラー (Alvin Toffler) の「第三の波」を見て深く感動した。早速、世界中でミリオンセラーとなった原書The Third Wave (第三の波)を取寄せ、熟読しすっかり感化された。人類の進むべき道はこれしかない。私はもともと根が単純。長年の友人、李さん夫妻にもトフラーの説く近未来について、当時、熱く語った覚えがある。大量生産・大量消費に代わって、価値の多様化による多品種少量生産へ、重厚長大に代わって軽薄短小へ、特定地域に依存する化石燃料やウランに代わって、どこにでもある再生可能で地球に優しい自然エネルギーへ。通信革命(テレックスから、ファックス、電子メール)が起こり、パソコンが一般家庭へ普及し、情報が簡単に入手できるネットワークの時代に入る。個性を活かせる社会・情報化社会は近い将来に必ず日本にも到来すると。私のパソコンへの傾倒もアルビン・トフラーの影響が大きい。この興奮はいまだに続いている。

アルビン・トフラーによると、人類の文明は、農業革命による「第一の波」、産業革命による「第二の波」を経て、情報革命による「第三の波」の時代に進むという。どの文明(波)も人類の生活(文化)を激変させるもの。2008年現在、日本は、まさに「第三の波」の情報化社会に入っていると私は思う。まだあちこちに、「第二の波」の遺産をひきずっており、司法、行政、立法、いずれにも古い体制が温存されたままではあるが。

日本がゆれている。国の財政は破産寸前の状態だ。川柳作家の乱鬼龍氏は年末に、「この国の崩壊 偽偽偽と音をたて」と詠んだ。私の視点は少し違う。崩壊ではなく、新築前の解体工事なのではないか。今日噴出している様々な問題は、過渡期ゆえの摩擦であり、新文明に移行するための、いわば産みの苦しみなのではないか。政府も政党も企業も一般も新文明にどのように適応するのか、模索している段階なのではないか。

世界は、1997年以降を概観しただけでも、アジア通貨危機、日本の金融危機、米国ITバブル崩壊、ロシア財政危機、ブラジル危機などに直面した。そうした危機をようやく乗り越えたところに、今また米国発のサブプライム問題で揺れている。行過ぎた金融の自由化は世界経済を崩壊させかねない勢いだ。国際間の新たなルール作りが必要だ。今後も、旧文明と新文明のせめぎあいは継続し、古い法制度に起因するさまざまな矛盾や問題が、あらゆる分野で噴出してくるだろう。しかし、それもこれもみな、産みの苦しみではないのか。

時代はグローバル化に向けて動き出している。この流れは、おそらく誰も止めることはできない。インターネットや電子メールの普及はこの流れをさらに加速する。変革は、大きな犠牲や痛みを伴うが避けて通れるものではない。ここは皆で一致団結し知恵を出し合って、「共生」の精神でこの過渡期を乗り切るしかない。今はまさに変革のとき。米国の大統領候補・民主党のバラク・オバマ氏のいうように。

アルビン・トフラーは若いころ、マルクス主義に傾倒していた時機がある。文明や文化に対する広範な視点で人類を論じ、その方法論までも網羅する彼の思想は、マルクスやエンゲルスに通じるものを私は感じている。不勉強のせいかもしれないが、今でもアルビン・トフラーが当代ナンバーワンの思想家だと信じている。彼を超える思想家を知らない。彼の哲学は、リベラル21の護憲・軍縮・共生の理念を促進し実現するのに有効だと思う。
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