2008.02.27
22日譲座日 毎月22日は座席を譲る日
こんな「言葉」が!(24)中国で
オリンピックまで半年足らずになった中国の首都・北京で、この2月22日からまた中国らしい乗り物マナー向上のキャンペーンが始まった。
標題に掲げた「譲座日」がそれで、文字通り、バスや地下鉄などで「老人などに座席を譲りましょう」というものだ。
「中国らしい」と形容したわけはこうである。
まず、北京市交通委員会やその下で交通事業を担当する市運輸局など、北京市の交通関係機関が合同してこのマナー向上キャンペーンを組織したこと。
第二は、「毎月22日」を実行日と指定したこと。これには昨年始まった先例がある。毎月11日を「行列日」ときめ、バスや地下鉄などに整列して乗ろうと呼びかけたことである。
その理由も「行列日」の先例通りである。11日が行列日になったのは、数字の「11」は1が並行して行列のように見えるからだ。
同じように、22日が指定されたのは、(イ)「2」の形が座席の形に似ていること(ロ)スローガンにある「譲」のローマ字書き発音が「R」で始まり、「R」は「2」の発音と近いことーなどによるものだ。
いまやなにごとも「オリンピックまでに」と号令のかかる中国だが、悪名高い混雑状況がそれほど緩和されないままで、「行列日」に続いて設定された「譲座日」がきちんと実施されるのかどうか。
丹藤佳紀 (早大講師)
オリンピックまで半年足らずになった中国の首都・北京で、この2月22日からまた中国らしい乗り物マナー向上のキャンペーンが始まった。
標題に掲げた「譲座日」がそれで、文字通り、バスや地下鉄などで「老人などに座席を譲りましょう」というものだ。
「中国らしい」と形容したわけはこうである。
まず、北京市交通委員会やその下で交通事業を担当する市運輸局など、北京市の交通関係機関が合同してこのマナー向上キャンペーンを組織したこと。
第二は、「毎月22日」を実行日と指定したこと。これには昨年始まった先例がある。毎月11日を「行列日」ときめ、バスや地下鉄などに整列して乗ろうと呼びかけたことである。
その理由も「行列日」の先例通りである。11日が行列日になったのは、数字の「11」は1が並行して行列のように見えるからだ。
同じように、22日が指定されたのは、(イ)「2」の形が座席の形に似ていること(ロ)スローガンにある「譲」のローマ字書き発音が「R」で始まり、「R」は「2」の発音と近いことーなどによるものだ。
いまやなにごとも「オリンピックまでに」と号令のかかる中国だが、悪名高い混雑状況がそれほど緩和されないままで、「行列日」に続いて設定された「譲座日」がきちんと実施されるのかどうか。
東京の場合、東京メトロの車両には「優先席」の表示があり、イラストで示された身障者・妊産婦などに「座席を譲りましょう」と呼びかけている。しかし、そうした対象者を無視して若者が居眠りを決め込んだりする例が多く、座席を譲る・譲らないはなお問題として残されている。
中国でも最近の事情はほぼ同じで、よくネットでも意見が交わされている。そこに出てきた意見の一つは「譲ったら道徳に恥じないが、自分には不満が残る。譲らなかったらその逆だ」というものだった。
また、最近出た新書のタイトルにあるような「暴走老人」やキレやすい人が中国でもふえているのか、23日までサッカー東アジア選手権大会の開催された重慶でかつてこんな<事件>があったという。
バスの中、若い女性二人が座るかたわらに老人が立っていた。見かねた乗客が座席を譲るよう二度にわたって二人に注意したが知らん振り。そこでその乗客は携帯電話で二人の写真を撮り、「席を譲らないこの二人を軽蔑しよう」と題して「写メール」でサイトに公表したという。
この<事件>についても賛否両論、さまざまな意見が交わされた。
『当代生活報』紙に掲載された投書は次のように批判した。
座席を譲る・譲らないは道徳の問題であり、譲らないからといって罰を加えていいという法規はない。写真を公表するようなことこそ二人の肖像権、名誉権を侵害したものであり、席を譲らないことよりおそろしいことである。
中国でも最近の事情はほぼ同じで、よくネットでも意見が交わされている。そこに出てきた意見の一つは「譲ったら道徳に恥じないが、自分には不満が残る。譲らなかったらその逆だ」というものだった。
また、最近出た新書のタイトルにあるような「暴走老人」やキレやすい人が中国でもふえているのか、23日までサッカー東アジア選手権大会の開催された重慶でかつてこんな<事件>があったという。
バスの中、若い女性二人が座るかたわらに老人が立っていた。見かねた乗客が座席を譲るよう二度にわたって二人に注意したが知らん振り。そこでその乗客は携帯電話で二人の写真を撮り、「席を譲らないこの二人を軽蔑しよう」と題して「写メール」でサイトに公表したという。
この<事件>についても賛否両論、さまざまな意見が交わされた。
『当代生活報』紙に掲載された投書は次のように批判した。
座席を譲る・譲らないは道徳の問題であり、譲らないからといって罰を加えていいという法規はない。写真を公表するようなことこそ二人の肖像権、名誉権を侵害したものであり、席を譲らないことよりおそろしいことである。
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