2008.03.14 ことば (11) 時制
過去、現在、未来 (past, now, future)

松野町夫 (翻訳家)

時は流れる。過去から現在・未来へと。ある事柄がいつ起こったか、または起こるかを表すのに、言語によりそれぞれ表現方法(文法)が異なる。英語などヨーロッパ語族では、動詞を過去形、現在形などと変化させて表現する、つまり時制 (tense) を使用して表現する。中国語には時制はなく動詞は変化しない。日本語では、動詞は活用はするが時制はない。時制がないからといって別に悲観することはない。単に、表現方法がちがうだけの話。

しかし、日本語には時制があると誤解している人は多い。私も昔、そう思っていた。日本語の動詞には過去形や現在形、未来形があると信じていた。たとえば、「私は~する」は現在形、「私は~した」は過去形、「私は~するでしょう」は未来形と。中学校の英語の時間にそのように教えられたような気がする。確かに単文だけで考えるとそのように見えないこともない。しかし、次のような複文にすると、日本語には時制がないことは一目瞭然だ。

I'll phone her after I go out. (未来形)
外出してから(=外出した後で)私は彼女に電話します。
注: まだ外出していないので英語の時制は非過去だが、日本語では「外出した後で」と表現する。

I phoned her before I went out. (過去形)
外出する前に私は彼女に電話した。
注: すでに外出したので英語の時制は過去だが、日本語では「外出する前に」と表現する。以前、「外出した前に」にと訳した友人に、日本語では「外出する前に」と表現しますよね、と言ったところ、「だって、英文が過去形だから、日本語も過去形にして忠実に訳したつもりだ」と言われたことがある。しかし、これはもちろんまちがい。「外出した前に」というような表現は日本語にはない。
実際のビジネスの現場でも、「シンガポールに行ってからマレーシアを訪問します」を
I'm going to visit Malaysia after I go to Singapore. と表現すべきところを
I'm going to visit Malaysia after I went to Singapore. と誤って言う日本人は多い。これも、日本語の「シンガポールに行ってから」という表現に惑わされたものと言えよう。

また、出勤時、私が家を出るとき
妻: 定期券、持った? (= Do you have your train pass? またはHave you got ~)
これを「持った」にひきずられて、 Did you have your train pass? と言えば、それはまちがい。

英語の時制を考えるとき、日本語で理解しようとすると、かえってややこしくなる。日本語に時制はない。過去の話は、英語ではすべて過去形で表現するが、日本語では「~した」ばかりが続くと文章がどうしても単調になってしまうので「~する」を適当に挿入して表現にメリハリをつける場合が多い。たとえば、芥川龍之介の『鼻』の冒頭の部分を引用する。

 禅智内供(ぜんちないぐ)の鼻と云えば、池の尾で知らない者はない。長さは五六寸あって上唇(うわくちびる)の上から顋(あご)の下まで下っている。形は元も先も同じように太い。云わば細長い腸詰(ちょうづ)めのような物が、ぶらりと顔のまん中からぶら下っているのである。
 五十歳を越えた内供は、沙弥(しゃみ)の昔から、内道場供奉(ないどうじょうぐぶ)の職に陞(のぼ)った今日(こんにち)まで、内心では始終この鼻を苦に病んで来た。勿論(もちろん)表面では、今でもさほど気にならないような顔をしてすましている。これは専念に当来(とうらい)の浄土(じょうど)を渇仰(かつぎょう)すべき僧侶(そうりょ)の身で、鼻の心配をするのが悪いと思ったからばかりではない。それよりむしろ、自分で鼻を気にしていると云う事を、人に知られるのが嫌だったからである。内供は日常の談話の中に、鼻と云う語が出て来るのを何よりも惧(おそ)れていた。

文末に注目すると、「知らない者はない」、「下っている」、「太い」、「いるのである」、「病んで来た」、「すましている」、「ばかりではない」、「嫌だったからである」、「惧(おそ)れていた」など、バラエティに富んでいる。日本語ではこれは普通のこと。文末をすべて「~した」に統一して、「知らない者はいなかった」、「下っていた」、「太かった」、「いたのであった」、「病んで来た」、「すましていた」、「ばかりではなかった」、「嫌だったからであった」、「惧(おそ)れていた」などにすると、おそろしく単調な文の連続となり、読む気も失せる。過去の話であっても日本語で書く場合、「~する」を使用するか、「~した」を使用するかは書き手の美意識、任意性に依存する。

しかし、英語では上述の文は過去の話なので、すべて過去形で表現する必要がある。必然性があるのだ。ここには、現在形で表現する箇所はない。英語の時制は、「時間軸」という単純明快な概念に基づいた、きわめて論理的な仕組みなので、一度、時制の仕組みを理解したら大丈夫、もう、時制で悩むことはなくなる。

英語には以下のように12種類の時制がある。

1. I do something. 現在形
2. I am doing something. 現在進行形
3. I have done something. 現在完了形
4. I have been doing something. 現在完了進行形

5. I did something. 過去形
6. I was doing something. 過去進行形
7. I had done something. 過去完了形
8. I had been doing something. 過去完了進行形

9. I will do something. 未来形
10. I will be doing something. 未来進行形
11. I will have done something. 未来完了形
12. I will have been doing something. 未来完了進行形

英語の時制は、今現在、つまり話者の発話の時点 (at the time of speaking) を基準に、実に単純明快に構成されている。以下のような時間軸を利用するとわかりやすい。Now (現在)の左側に過去、右側に未来が来る。上記12種類の時制は、いずれも、この時間軸の特定の地点、または領域に位置することになる。英米人は時制の説明には通常、この時間軸を使用する。

注: 12種類の時制の説明には、12の時間軸を使用して個別に説明した方が誤解がなくてよいのだが、ここでは紙面の都合上、6種類の時制(1, 3, 5, 7, 9, 11)を例として一度に取り上げ、ひとつの時間軸に表示した。したがって、5と7、あるいは11と9の位置関係は、それぞれお互いに無関係。
時間軸

英語の時制を考えるときは、いつも、この時間軸を利用して考えることをお奨めしたい。日本語の動詞の活用から類推するのは危険、袋小路に入り込む場合もあるので。だいぶ以前、日本語の文法(国文法)を英文法の概念を転用して再構築する試みが日本の文法学者の間で流行したこともあったが、残念ながら注目に値する成果は得られていない。日本語はやはり日本語から、英語はやはり英語から類推した方が近道なのではないか、と思う。
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