2008.03.20 イラク開戦5年後の真実
無責任の極み、ブッシュ大統領

伊藤力司 (ジャーナリスト)

5年前の3月20日、ブッシュ大統領は米軍にイラク侵攻を命令した。ペルシャ湾の米空母からの戦闘爆撃機が首都バグダッドはじめイラクの要地を空爆、地上部隊は戦車を連ねてクウェートからバグダッドに進撃した。それからわずか3週間後の4月9日にバグダッドは陥落、サダム・フセイン政権は崩壊した。イラク軍は抵抗を諦め、米軍は4月中にイラク全土を難なく制圧した。ブッシュ大統領は5月1日「任務は達成された(Mission completed)」の横断幕が掲げられた空母艦上に戦闘機で乗り付けるという派手な演出で「大規模戦闘は終結した」と高らかに宣言した。

ブッシュ大統領の思惑では、これで戦争は勝利のうちに終わるはずだった。ところが実際は米軍のイラク占領体制は欠陥だらけ、無数の武装勢力がテロ戦術を展開して米軍を苦しめ、泥沼戦争に引き込まれることになった。さらにフセイン政権を倒した結果、独裁体制下で封じ込められていたイスラム教シーア派対スンニ派の対立が表面化、宗派抗争の殺し合いがイラク社会を壊滅させた。これまで報道されたデータを集計すると、5年間で4,000人を超える米軍兵士と7万数千人のイラク民間人が命を落とした。戦争はいつ終わるとも分からないまま米軍機の爆撃が続き、自爆テロが爆発し、死傷者が増え続けている。

ブッシュ政権は開戦の大義として、イラクのフセイン政権が(1)大量破壊兵器を開発していること(2)国際テロ組織アルカイダと関係を持っていること−の2点を挙げ、イラクの政権交代(regime change)を実現することが正義だと宣伝した。しかし周知のように、この2点の主張は事実でないことが判明している。米軍は占領下のイラク関係施設をくまなく探索したが、核兵器も化学兵器も生物兵器も発見できなかった。またフセイン政権はもともと世俗主義者で、アルカイダのイスラム原理主義とは敵対していた。アルカイダとつながりがあるとされていたクルド人グループ「アンサール・イスラム」は、むしろフセイン政権から弾圧されていたのが実相だ。

米国のあるNGOが調べ上げたたところ、ブッシュ大統領と7人のブッシュ政権要人は、イラク戦争への支持を取り付けるために公開の席で、計935回のウソをついていた。虚偽発言の回数は大統領が260回で最高だったという。
このような虚偽宣伝にもかかわらず、当時イラクの大量破壊兵器の存在を疑問視する発言は国際的に存在していた。イラク現地で査察を続けていた国連の査察団は開戦より2週間前、「大量破壊兵器の存在について黒白をつけるために、あと数カ月待って欲しい」と国連安保理に要請していた。これより先、フランスのシラク大統領(当時)は「イラク攻撃を認める国連安保理決議の採択にフランスは拒否権を行使する」と公言、このため米国は安保理決議なしの、国連憲章に違反する武力行使に踏み切ったのだった。民間でも世界中で反戦運動が繰り広げられ、特にこの年の3月8日(国際女性デー)には米英を含む全世界1000以上の都市で、総勢1000万人を超える人々がイラク開戦反対を訴えてデモ行進をした。日本でも30カ所以上で反戦デモが行われた。

戦当時のブッシュ政権の安保・外交政策は、チェイニー副大統領とラムズフェルド国防長官のタカ派コンビを先頭に、ネオコン=新保守派(neo-conservative)と呼ばれる特殊イデオロギー集団に牛耳られていた。ネオコンの多くはユダヤ系で、その主張は米国が徹頭徹尾イスラエルを擁護すべきであること、さらに冷戦後唯一の超大国となった米国は国益のための軍事力行使をためらうべきでなく、先制攻撃も辞すべきでないという乱暴かつ横暴なものだった。ネオコンの有力メンバーである当時のウォルフォビッツ国防副長官(その後世界銀行総裁になったがスキャンダルで不名誉辞職)などは、2001年9月の「9・11同時テロ」直後からイラク攻撃を主張していた。

アラブ・イスラム諸国に包囲されたイスラエルの安全保障にとって、最大の脅威はフセイン政権下のイラクの軍事力と見なされていた。危険なフセイン政権を打倒すべきだという考え方は、1991年の湾岸戦争当時から、ネオコンの胸中にあった。湾岸戦争当時のチェイニー国防長官(現副大統領)は湾岸戦争でイラク軍をクウェートから追い出した後、米軍を主体とする多国籍軍はバグダッドまで進撃すべきだと主張したことが知られている。
現大統領の父親である当時のブッシュ大統領は、国連安保理決議に盛られた多国籍軍の権能はクウェートの回復であってイラク侵攻ではないとの立場から、これを退けた。

ネオコンのイラク征服の野心は、世界第3位の埋蔵量を誇るイラクの石油にも向けられている。イラクの石油権益の大きさだけではない。イラクは大産油国イランと国境を接し、さらにサウジアラビアなどペルシャ湾岸の大油田地帯をにらむ地政学的戦略要地である。
しかももうひとつの大油田地帯であるカスピ海とは、ジェット機でひとっ飛びの距離にある。「石油を制する者が世界を制する」時代が続く限り、中東の覇権を握ることはアメリカの国益、言い換えればアメリカの軍産複合体(militaro-industrial complex)の利益にかなうことだ。中東の覇権を握るのにイラクは必須の地である。

アメリカは既にトルコ、クウェートに恒常的な空軍基地、バーレーンに海軍基地を置いているが、イラクに恒常的な地上軍基地を置くことができれば、中東の覇権を握る万全の態勢が整うことになる。イスラエルに対するイスラム諸国、アラブ諸国、イスラム過激派からの潜在的脅威を牽制するためにも、イラクを制圧して米地上軍の基地を設け、バグダッドの政権を恒常的親米政権(傀儡政権)に置き換えたい。大量破壊兵器は単なる口実であって、イラクを制圧することがアメリカの戦略目標であったのだ。換言すれば「イスラエル」と「石油」がイラク戦争の真相をうがつキーワードである。

フセイン政権を倒し、フセイン大統領を捜し出して処刑するまでは良かったが、イラクを統治することの困難さをブッシュ政権は全く理解していなかった。当初は、第2次世界大戦後日本を占領したマッカーサー司令部が、日本の親米政権持続の基礎を築いたことをモデルにすればイラクの占領もうまくゆくという楽観論さえ流された。だがマッカーサー司令部はドナルド・キーン氏、サイデンステッカー氏に代表されるような語学将校を多数抱えていたのに、イラク駐留米軍にはアラビア語のできる将校は数えるほどしかいなかった。
言葉が通じないことが多くの誤解と敵意を生んだ。

しかも占領当局はイラク事情に無知で、かつてのイギリス植民地政策に激しく抵抗したアラブ民族主義を理解していなかった。ブッシュ大統領に至っては、イラクのイスラム教にシー派とスンニ派の違いがあることさえ知らなかったという。フセイン政権を倒した米軍を歓迎したのはクルド人自治区ぐらいで、フセイン政権に弾圧されたシーア派でさえ米軍占領に反発、ましてフセイン政権の与党勢力だったスンニ派は米軍を敵視した。こうした環境下、部族集団にかくまわれた反米武装勢力があちこちでテロ作戦を展開、毎日のように米軍兵士が襲撃される「泥沼」に陥ったのである。

さて開戦当初、戦後の復興特需に期待したり、対米関係を考慮して「有志連合」という名の多国籍軍に加わった国は、自衛隊を送り込んだ日本を含め39カ国に上った。しかし戦況が悪化してゆく中で、2004年からは総選挙で政権が交代したスペインが全派遣兵力1400人を撤退させたのをはじめ、8カ国が全面撤退。05年にはオランダ(1345人)、ウクライナ(2000人)など5カ国が続き、06年はイタリア(3200人)など2カ国が、07年にはリトアニアなど3カ国が撤退した。この結果米国に付き合って駐留を続けているのは、英国など21カ国だけになった。残留している国も英国が当初の9000人を4500人に半減させるなど、各国とも駐留兵力をどんどん減らしている。有志連合は事実上総崩れとなり、米国の国際的威信は地に落ちた。

一方イラクでは米国の公約通り民主的な選挙が行われ、2006年5月にはシーア派、スンニ派、クルド人の3派連立政権が誕生した。しかし多数派のシーア派が主導権を握るマリキ内閣には、少数派のスンニ派の抵抗が根強く、安定した政権運営は難しい。しかも2006年2月に起きたシーア派重要モスクのアスカリ聖廟爆破事件をきっかけに宗派抗争は急速に激化、2007年8月には主として宗派抗争の犠牲者であるイラク民間人の死者は1809人を数えた。かつて隣人として暮らしていたシーア派とスンニ派の住民たちは高い壁に守られたそれぞれの居住区に住み、お互いを敵視する関係になっている。

イラク戦争の失敗は誰の目にも明らかになり、米国民のブッシュ大統領のイラク政策への支持率は3割そこそこに低下し続けている。2006年の中間選挙で与党共和党が敗北、米議会は上下両院とも野党民主党が過半数を占めるに至った。それでも大統領は「イラクでの勝利は可能だ」だと言い続け、2007年にはイラクに3万人の戦闘部隊を増派した。
2007年9月以降イラクの治安はそれまでに比べて小康状態を保っており、ブッシュ政権は部隊増派の効果だと主張している。しかしシーア派の反米指導者ムクタダ・サドル師が、自ら率いる民兵集団マハディ軍約6万人に同じ9月から“停戦”を命令していることも、小康状態に資していることは間違いない。

ブッシュ大統領の任期は来年1月までだが、任期中にイラク戦争を終わらせることができないことは明らかだ。今年11月の大統領選挙で選ばれる次期大統領に重い任務が課せられるわけだ。ブッシュ大統領の失政があまりにも明白なので、今度は民主党大統領が選ばれる可能性が高いとみられている。バラク・オバマ上院議員とヒラリー・クリントン上院議員が民主党候補の指名争いでデッドヒートを演じているが、「次期大統領の任期が終わる2013年1月までに米軍はイラクから撤退していると思うか」との設問にオバマ氏、ヒラリー氏とも回答を避けている。昨年までは米軍の早期撤退を主張してきた両氏だが、米国の大統領として実際に米軍撤退を命ずるのは恐ろしく難しいことだろう。このまま推すれば米軍の早期撤退はおそらく敗北の撤退になるだろう。大統領として敗北の責任は取りたくないはずだ。

このように見てくると、ブッシュ大統領は実に無責任だ。ブッシュ政権はこれまでにアフガン戦争とイラク戦争に6,500億ドル(65兆円)もの軍事費を使った。しかしこの金額は正式な軍事費目に計上されたものだけで、実際に使われた金額は1兆ドル(100兆円)近いとの試算もある。戦費を低く見せるために、イラクで武装警備を請け負っている民間軍事会社(事実上の雇い兵部隊で最高時3万人)の保険料とか、イラク軍に支給する糧食の代金などを国防総省以外の省庁予算に潜り込ませる手口が使われているという。

近では、将来的に米国民が負担しなければならない戦費は3兆ドル(300兆円)を超えるという試算を、ノーベル経済学賞受賞の経済学者ジョセフ・スティグリッツ氏が発表した。同氏は2017年まで戦争が続くと仮定し、その作戦費9,130億ドル、延べ160万人の帰還兵への障害手当や生活保障費7,170億ドル、軍需品の更新費用4,040億ドルなどと試算、総額は3兆4,960億ドルに達するとしている。これだけの負担を国民に強いて、対テロ戦争の成否がつかないまま退陣するというのだから、ブッシュ氏は「史上最低の大統領」(カーター元大統領の評価)と言われても仕方あるまい。
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