2008.04.24
「制度化された貧しさ」が与える衝撃
書評 堤未果著『ルポ貧困大国アメリカ』
《女性ジャーナリストによるアメリカ虫瞰図》
08年4月18日付の書評で紹介した中尾武彦著『アメリカの経済政策―強さは維持できるのか』はエリート官僚によるアメリカ経済の鳥瞰図であった。それに対して本書は気鋭の女性ジャーナリストによるアメリカ社会の虫瞰図である。「虫瞰」すなわち虫の目で見るとは、『何でも見てやろう』の小田実が使つた言葉だと思う。地べたからの視線で世界を見る立場である。本書では、中尾の鳥瞰図では顔の見えなかった人々が―その多くは辛い立場にあるのだが―生き生きと息づいている。彼らは自分の声で嘆き、自分の言葉で訴えている。著者の堤未果(つつみみか)は参議院議員川田龍平との結婚で話題の人だが、衛星放送「朝日ニュースター」の好番組「ニュースの深層」のアシスタントとしては口数が少なくさほど印象的ではないと感じていた。ところが著作は違うのである。アメリカ庶民の間を「虫瞰」して凄いルポルタージュを作ってくれたのである。
《プロローグからエピローグまで》
◆プロローグ
サブプライムの犠牲者取材から始めて、市場原理による「貧困ビジネス」批判を最初から展開する。
◆第1章 貧困が生み出す肥満文化
米国貧困層に対する政府の「無料・割引給食プログラム」の制度と運営の現状を伝える。米人の肥満は「過食」の結果ではなかった。「貧困」救済プログラムのメニューが、安くてカロリーだけ豊富なジャンクフードに偏るための結果だったのである。米国では肥満は貧困の象徴なのである。貧困とは世帯年収が4人家族で2万ドル以下の家族を指しその家庭の子どもを「貧困児童」とする。2005年、全米の貧困率は12.6%、18歳以下の貧困児童率は17.6%であった。ニューヨーク市では、190万人の児童の4分の1が「貧困児童」で、その3分の2が学校の「無料・割引給食プログラム」に登録している。この「貧困ビジネス」を求めて、マクドナルドやピザハットなどのファースト・フード産業が殺到する。「肥満」すなわち「貧困」が再生産される。
半澤健市 (元金融機関勤務)
《女性ジャーナリストによるアメリカ虫瞰図》
08年4月18日付の書評で紹介した中尾武彦著『アメリカの経済政策―強さは維持できるのか』はエリート官僚によるアメリカ経済の鳥瞰図であった。それに対して本書は気鋭の女性ジャーナリストによるアメリカ社会の虫瞰図である。「虫瞰」すなわち虫の目で見るとは、『何でも見てやろう』の小田実が使つた言葉だと思う。地べたからの視線で世界を見る立場である。本書では、中尾の鳥瞰図では顔の見えなかった人々が―その多くは辛い立場にあるのだが―生き生きと息づいている。彼らは自分の声で嘆き、自分の言葉で訴えている。著者の堤未果(つつみみか)は参議院議員川田龍平との結婚で話題の人だが、衛星放送「朝日ニュースター」の好番組「ニュースの深層」のアシスタントとしては口数が少なくさほど印象的ではないと感じていた。ところが著作は違うのである。アメリカ庶民の間を「虫瞰」して凄いルポルタージュを作ってくれたのである。
《プロローグからエピローグまで》
◆プロローグ
サブプライムの犠牲者取材から始めて、市場原理による「貧困ビジネス」批判を最初から展開する。
◆第1章 貧困が生み出す肥満文化
米国貧困層に対する政府の「無料・割引給食プログラム」の制度と運営の現状を伝える。米人の肥満は「過食」の結果ではなかった。「貧困」救済プログラムのメニューが、安くてカロリーだけ豊富なジャンクフードに偏るための結果だったのである。米国では肥満は貧困の象徴なのである。貧困とは世帯年収が4人家族で2万ドル以下の家族を指しその家庭の子どもを「貧困児童」とする。2005年、全米の貧困率は12.6%、18歳以下の貧困児童率は17.6%であった。ニューヨーク市では、190万人の児童の4分の1が「貧困児童」で、その3分の2が学校の「無料・割引給食プログラム」に登録している。この「貧困ビジネス」を求めて、マクドナルドやピザハットなどのファースト・フード産業が殺到する。「肥満」すなわち「貧困」が再生産される。
◆第2章 民営化による国内難民と自由化による経済難民
05年8月のハリケーン・カトリーナの被害を人災だったと断ずる。「連邦緊急事態管理庁(FEMA)」の災害救援活動の遅延の原因は、災害対策という「公共事業」を民営化したブッシュ大統領の政策だというのである。そして民営化政策によって利益を得る実名の企業責任を論ずる。2007年時点でニューオーリンズ市民の60%はまだ電氣が使えない。
◆第3章 一度の病気で貧困層に転落する人々
米国の公的医療制度が、大企業負担の保険料増加忌避によって縮小され、「自己責任」の名の下に国民負担の増大、そこに起因する家計への圧迫が生じていることが述べられる。一方、この動きは保険会社に有利な利益機会を提供し、保険外診療の増大によって製薬会社、医療機器会社には増益要因として機能する。
盲腸手術で1日入院の費用がニユーヨークでは平均243万円である。2005年の全米の破産件数は208万件であり、企業が4万件、個人204万件であった。個人破産のうち半数以上は「高額な医療費負担のため」という政府統計が出ている。保険会社は難癖をつけて保険金支払いを渋る。出産でも入院せず日帰りで済ませる妊婦が増加しているという。入院出産費用の相場は1万5千ドル。本書に出てくる主婦は2泊3日で2万ドルをを請求された。高齢者や低所得者を対象とする公的医療制度「メデイケア」と「メデイケイド」の深刻な問題点、全米で350の病院を経営する年商2兆円・従業員28万人のHCA社の非情な経営実態の報告がある。米国医療サービス産業は年商1.7兆ドル、GDPの15%、米国民の医薬品購入額は年1人当たり728ドルと世界一である。ところがWHOの医療水準ランキングでは37位と低い(日本は10位)。不思議な欠陥である。著者は、医療という公共サービスの民営化を欠陥の最大の原因としている。この章は重要な分析や問題提起があるが紙数の都合でやむなく省略する。
◆第4章 出口をふさがれた若者たち
政府と民間による学資ローンの実態と民営化への動き、カード地獄の実情、返済免除をエサにした米軍入隊リクルート、「アメリカズ・アーミー」というリクルート用のコンピュータ・ゲームのこと。米国大学の学費、学資ローンについて基本的なデータを本書から転記しておく。政府の学資ローン平均残高は公立大学が1万2千ドル、私立が1万4千ドルである。民間学資ローンは政府保証がつくので金融機関には「ドル箱」という。米教育省によれば学資ローンを利用した卒業時の債務残高は、学部学生で2万7600ドル、大学院生で11万6000ドルだ(いずれも時点の明示なし)。2004年時点で米国内の学費は公立で年68万円、私立では260万円という。
◆第5章 世界中のワーキングプアが支える「民営化された戦争」
民間企業への「戦争の外注」とそれに対応した企業による「戦力調達」の実態が報告されている。国内、海外の貧困層を対象にして、大学入学や高給支払いで誘い込み、イラク戦争へ兵士や運転手として彼らを送り込む様子が生々しく語られる。死者も出るし誘い通りの約束が果たされないこともある。白血病の発生(イラクでの放射性物質被爆)、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の発生もある。マンハッタンで寿司屋のアルバイトをするより実入りがよいと考えて応募した日本青年はイラク戦争を戦った。戦争請負会社のハリバートン社で95年から00年までCEO(最高経営責任者)を勤めたのは現米国副大統領ディック・チェイニーであった。
◆エピローグ
逆転はとても不可能であるような「アメリカ帝国」の貧困造出と戦争システムに対して立ち上がる人々の活動が紹介される。
《本書の核心と著者の立場》
次の記述は、著者の姿勢がキッパリと出た本書のエッセンスである。
「個人情報」を握る国と「民営化された戦争ビジネス」に着手する企業との間で、人間は情報として売り買いされ、「安い労働力」として消費される商品になる。戦死しても名前が出ず数字にすらならない、この顔のない人間たちの「仕入れ先」は社会保障削減政策により拡大した貧困層、二極化した社会の下層部だ。たとえ一国内であれ地球全体であれ、格差は拡大すればするほど戦争ビジネスを活性化させ、そこから出る利益を増大してくれる。(198頁)
そして堤未果は「あとがき」で次のようにいう。
この世界を動かす大資本の力はあまりにも大きく、私たちの想像を越えている。だがその力を理解することで、目に映る世界は今までとまったく違う姿を現すはずだ。戦うべき敵がわかれば戦略も立てられる、とエピローグで紹介したビリー牧師(ニョーヨークで不買運動を推進するバプティスト教会牧師ビル・タレン)は言う。大切なのはその敵を決して間違えないことだと。無知や無関心は「変えられないのでは」という恐怖を生み、いつしか無力感となって私たちから力を奪う。(略)現状が辛いほど私たちは試される。だが、取材を通じて得た沢山の人との出会いが、私の中にある「民衆の力」を信じる気持ちを強くし、気づかせる。あきらめさえしなければ、次世代に手渡せるものは限りなく貴いといことに。
私は本書を読んで感動した。新しいジャーナリストの誕生である。70代前半の老人である評者は、49%の絶望と51%の希望をこの本から貰った。(敬称略)
■堤未果著『ルポ貧困大国アメリカ』、岩波新書1112、岩波書店、
2008年1月刊、207頁、700円+税
05年8月のハリケーン・カトリーナの被害を人災だったと断ずる。「連邦緊急事態管理庁(FEMA)」の災害救援活動の遅延の原因は、災害対策という「公共事業」を民営化したブッシュ大統領の政策だというのである。そして民営化政策によって利益を得る実名の企業責任を論ずる。2007年時点でニューオーリンズ市民の60%はまだ電氣が使えない。
◆第3章 一度の病気で貧困層に転落する人々
米国の公的医療制度が、大企業負担の保険料増加忌避によって縮小され、「自己責任」の名の下に国民負担の増大、そこに起因する家計への圧迫が生じていることが述べられる。一方、この動きは保険会社に有利な利益機会を提供し、保険外診療の増大によって製薬会社、医療機器会社には増益要因として機能する。
盲腸手術で1日入院の費用がニユーヨークでは平均243万円である。2005年の全米の破産件数は208万件であり、企業が4万件、個人204万件であった。個人破産のうち半数以上は「高額な医療費負担のため」という政府統計が出ている。保険会社は難癖をつけて保険金支払いを渋る。出産でも入院せず日帰りで済ませる妊婦が増加しているという。入院出産費用の相場は1万5千ドル。本書に出てくる主婦は2泊3日で2万ドルをを請求された。高齢者や低所得者を対象とする公的医療制度「メデイケア」と「メデイケイド」の深刻な問題点、全米で350の病院を経営する年商2兆円・従業員28万人のHCA社の非情な経営実態の報告がある。米国医療サービス産業は年商1.7兆ドル、GDPの15%、米国民の医薬品購入額は年1人当たり728ドルと世界一である。ところがWHOの医療水準ランキングでは37位と低い(日本は10位)。不思議な欠陥である。著者は、医療という公共サービスの民営化を欠陥の最大の原因としている。この章は重要な分析や問題提起があるが紙数の都合でやむなく省略する。
◆第4章 出口をふさがれた若者たち
政府と民間による学資ローンの実態と民営化への動き、カード地獄の実情、返済免除をエサにした米軍入隊リクルート、「アメリカズ・アーミー」というリクルート用のコンピュータ・ゲームのこと。米国大学の学費、学資ローンについて基本的なデータを本書から転記しておく。政府の学資ローン平均残高は公立大学が1万2千ドル、私立が1万4千ドルである。民間学資ローンは政府保証がつくので金融機関には「ドル箱」という。米教育省によれば学資ローンを利用した卒業時の債務残高は、学部学生で2万7600ドル、大学院生で11万6000ドルだ(いずれも時点の明示なし)。2004年時点で米国内の学費は公立で年68万円、私立では260万円という。
◆第5章 世界中のワーキングプアが支える「民営化された戦争」
民間企業への「戦争の外注」とそれに対応した企業による「戦力調達」の実態が報告されている。国内、海外の貧困層を対象にして、大学入学や高給支払いで誘い込み、イラク戦争へ兵士や運転手として彼らを送り込む様子が生々しく語られる。死者も出るし誘い通りの約束が果たされないこともある。白血病の発生(イラクでの放射性物質被爆)、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の発生もある。マンハッタンで寿司屋のアルバイトをするより実入りがよいと考えて応募した日本青年はイラク戦争を戦った。戦争請負会社のハリバートン社で95年から00年までCEO(最高経営責任者)を勤めたのは現米国副大統領ディック・チェイニーであった。
◆エピローグ
逆転はとても不可能であるような「アメリカ帝国」の貧困造出と戦争システムに対して立ち上がる人々の活動が紹介される。
《本書の核心と著者の立場》
次の記述は、著者の姿勢がキッパリと出た本書のエッセンスである。
「個人情報」を握る国と「民営化された戦争ビジネス」に着手する企業との間で、人間は情報として売り買いされ、「安い労働力」として消費される商品になる。戦死しても名前が出ず数字にすらならない、この顔のない人間たちの「仕入れ先」は社会保障削減政策により拡大した貧困層、二極化した社会の下層部だ。たとえ一国内であれ地球全体であれ、格差は拡大すればするほど戦争ビジネスを活性化させ、そこから出る利益を増大してくれる。(198頁)
そして堤未果は「あとがき」で次のようにいう。
この世界を動かす大資本の力はあまりにも大きく、私たちの想像を越えている。だがその力を理解することで、目に映る世界は今までとまったく違う姿を現すはずだ。戦うべき敵がわかれば戦略も立てられる、とエピローグで紹介したビリー牧師(ニョーヨークで不買運動を推進するバプティスト教会牧師ビル・タレン)は言う。大切なのはその敵を決して間違えないことだと。無知や無関心は「変えられないのでは」という恐怖を生み、いつしか無力感となって私たちから力を奪う。(略)現状が辛いほど私たちは試される。だが、取材を通じて得た沢山の人との出会いが、私の中にある「民衆の力」を信じる気持ちを強くし、気づかせる。あきらめさえしなければ、次世代に手渡せるものは限りなく貴いといことに。
私は本書を読んで感動した。新しいジャーナリストの誕生である。70代前半の老人である評者は、49%の絶望と51%の希望をこの本から貰った。(敬称略)
■堤未果著『ルポ貧困大国アメリカ』、岩波新書1112、岩波書店、
2008年1月刊、207頁、700円+税
| Home |




