2015.07.21 安倍強権政治の一角が崩れ始めた、安保法案を強行採決しながら新国立競技場建設を「白紙撤回」したのはなぜか
~関西から(169)~

広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

 安倍首相は7月17日、総工費が当初予算1300億円の2倍近い2520億円に膨らみ、国民から「総スカン」を食っている新国立競技場の建設計画を白紙に見直すことを正式表明した。「国民の皆様の声に耳を傾け、現在の計画を白紙に戻し、ゼロベースで計画を見直す、そう決断いたしました」というわけだ。費用が膨らんだ最大の原因は、国際デザインコンペで選定されたイラク出身の建築家、ザハ・ハディド氏による「キールアーチ」と呼ばれる巨大なアーチ構造である。

安倍首相は当初、2020年東京オリンピック・パラリンピックを誘致する国際オリンピック委員会の総会において、この「キールアーチ」を取り込んだ新スタジアム案を誇らしげにプレゼンテーションし、「2020年の東京大会では、誰も見たことのないような新しいスタジアムをお見せするだけでなく、財源まで確保できるとお約束できます」と胸を張って説明していた。そしてつい先週までは、「安易にデザインを変更することは我が国の国際的信用を失墜しかねない」(菅官房長官)、「国際コンペをやって、新たに新しいデザインを決めて、基本設計を作っていくということでは時間が間に合わない」(安倍首相)などと、計画案の変更に慎重な姿勢を示していたのである。

 もともと新国立競技場は森元首相の肝煎りのプロジェクトだ。新国立競技場のような巨大な国家プロジェクトは俗に「政治銘柄」とも呼ばれ、事業内容や建設規模は建築家が決めるのでもなければ担当官僚が決めるのでもなく、最終的には政治家(それも大物)が采配を振るうことになっている。つまり表にはなかなか出てこないが、そこには政治家とゼネコンとの間で工事を巡っての巨大な利権の政治取引があり、そこでの政治決着を通して建設計画が決定されるという仕組みになっているのである。

しかし「随意契約」や「指名入札」は利権に結びつくとして禁じられているので、設計計画案は一応「公募」されて「公開審査」にかけられ、1等当選案が事業計画案として決定されることになるが、この場合に決定的に重要なのは「公募条件」(設計条件)の内容と審査委員長の人選だといわれる。新国立競技場の公募条件は、東京五輪・パラリンピック組織委員会委員長の森元首相の持論、「経済大国日本での2度目の夏季五輪にはふさわしいものが必要。国立競技場は、スポーツを大事にする日本という国を象徴する建物である必要がある。3、4千億円かかっても立派なものを造る。それだけのプライドが日本にあっていい」(朝日新聞、6月9日)という線で方向付けられ、その意を受けて建築家・安藤忠雄氏が審査委員長に選ばれた。つまりこの段階で、新国立競技場は「とてつもなく金のかかるスタジアム」になることが政治的に決定され、建築デザインもその方向で選定されることが予定されていたのである。

安藤氏はこれまで「スター建築家」として持て囃され、とりわけ関西では「独学の建築家」として「今太閤」ばりの人気を博してきた。しかし、新国立競技場問題がこれだけの政治問題、社会問題になっても、彼はこれまで一切の取材を拒否し、槙文彦氏ら著名な建築家の真摯な計画変更提案についてもなんら反応を示さなかった。また建設計画(工事費)を決定した事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)の7月7日の有識者会議にも欠席した。

しかし世論追求に耐えかねたのか、あるいは責任を回避するためか、下村文科相が今頃になってデザインの採用を決めた安藤忠雄氏を名指しし、「デザインを選ぶ責任者だった。堂々と自信を持ってなぜザハ・ハディド氏の案を選んだのか発言してもらいたい」(7月9日)と発言するに及んで、もはや逃げられなくなったのだろう。7月16日、安藤氏はこれまでの「長い沈黙」を破って初めて記者会見に応じた。

しかし安藤氏は席上、審査委員会が頼まれたのはデザインの選定までで、徹底したコストの議論にはなっていなかったとして、「コスト増」についてはあくまで責任を負う立場にないことを強調した。また質疑応答では、「選んだ責任は感じるが、とりまとめはここまで。私は総理大臣ではない」、「国際デザイン競技はアイデアのコンペであり、こんな形でいいなというデザインを決める。徹底的なコストの議論にはなっていないと思いますよ。それほど図面がきっちりあるわけではない」、「どこかで誤解が生じている。私たちが頼まれた国際デザイン競技はデザイン案の選定まで。基本設計の段階で日建設計、日本設計、梓設計、アラップが基本設計をします。我々はここ(フリップボードを使って基本設計の前段階を指して)で終わりなんです」などと、荒唐無稽な弁明を繰り返した。

 だが、安藤氏が会見に先立って報道各社に配布した審査経緯に関する説明資料には、「1300億円の予算」、「神宮外苑の敷地」、「8万人の収容規模」、「可動屋根」(文化イベントなども可能にするため)などの設計条件が明示されており、「アイデアコンペ」であろうとなかろうと応募作品は設計条件に合致することが厳しく求められることになっている。設計条件を無視した応募案が最初から外されることは、デザイン審査の「いろは」の「い」であり、なかでも工事費の枠は基本中の基本条件であって、工事費を考慮しないデザインは「エスエフ作品」や「アニメ作品」の世界のことであって、建築世界では到底通用しない。

 安藤氏が言うように、もし「デザイン選定」と「基本設計」の間には大きな切れ目があり、「コスト計算」が「デザイン選定」の仕事ではないと言うことになれば、「デザインコンペ」の意味はなくなり、それは「ファッションショー」の世界になる。基本設計の前段階(前提条件)にならない「デザイン選定」などは「単なるお遊び」にすぎず、工事費を考慮しない「デザイン」などは空想の世界の代物でしかない。だが、毎日新聞電子版(2015年7月16日)によれば、イラク出身で英国在住の建築家、ザハ・ハディド氏の作品が選ばれた経緯をたどると、審査の過程で安藤氏が強く推していたことが浮かび上がってくる。

 安藤氏はおそらく、ザハ・ハディド氏の案が1300億円の予算をはるかに超える「途方もない巨額」になることを十分承知した上で、審査委員長の立場を利用して強く推薦したのだろう。それは安藤氏を審査委員長に据えた「黒幕」の意を体しての行動であり、巨額の工事費がどのような政治的意味を持つかを十分に理解しての決断だったに違いない。ただ、安藤氏にとって想定外だったのは、その審査過程が今頃になって暴露され、安倍首相の強行政治への批判の嵐と共鳴作用を引き起こしたことだ。また、森元首相が「スポーツ界のドン」であり、新国立競技場建設の「黒幕」であることが分かったことも痛かった。

安倍首相は「政界のドン」である森元首相の意を体してこれまで行動をともにしてきたが 安保関連法案の採決強行への国民の激しい批判が新国立競技場建設問題と連動するなかで、この問題を放置すれば支持率の低下も加速しかねないという危機的状況に直面した。安保法制案の強行採決は「千万人といえども我行かん」の決意で臨んだ安倍首相がここにきて「国民の皆様の声に耳を傾ける」のは、「この問題は安保と違って分かりやすい。支持率が下がる原因になる」(自民党幹部)と危惧するからだ。だが、国民はもはやそんな姑息な手段には見向きもしない。新国立競技場の「白紙撤回」は、これから参院で始まる安保法案の審議にとって「向かい風」になることはあっても「追い風」になることはない。

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