2015.09.22  イデオロギーで難民問題を解決できない(その2)
傍観者から当事者へ
大見得を張った非難が、今度は我が身に跳ね返ってくる


盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

セルビア国境での出来事
 ハンガリーがセルビアとの国境にフェンスを張ったことを、セルビアもクロアチアも暗黒時代への逆戻りだと非難していた。旧ユーゴスラビアとハンガリーの国境地帯は、小高い丘と農業小作地になっている。だから、フェンスがなければ、難民は自由に国境をこえることができ、入国管理は無政府状態になる。ハンガリーに入国さえすれば、後はEU内を自由に移動できるから、難民たちは是が非でも、シェンゲン条約国であるハンガリーに入ろうとする。そして、いったん入国に成功した難民たちはキャンプに収容されるのを嫌い、登録手続きを経ずにドイツに渡ろうとして、あらゆる抵抗をおこなう。すでにシェンゲン国内に入った後、逃走した難民が数多くいる。
 ハンガリー南部の国境検問所であるリュスケが9月16日に閉鎖され、難民の多くはクロアチアを目指して移動し始めたが、一部の難民集団が覆面姿で投石を交えて検問所フェンスを破壊し始めた。これにたいして、ハンガリー側は放水車と催涙弾で応戦した。この様子は、「ハンガリーが難民に催涙弾を発射」と大々的に報じられ、セルビア政府は非人道的で、セルビア領にたいする攻撃だと非難することになった。アメリカ訪問中のセルビア首相も、記者会見で、ハンガリーの「暴挙」を国際的に非難し、国連事務総長も遺憾の意を表明するまでに至っている。しかし、こういう上滑りの報道や批判は事態を正確に伝えていない。

セルビアにとって難民輸送はビジネス
 ここで不思議なのは、セルビアの難民対応である。セルビアはEUに加盟していないので、ダブリン条約に縛られることなく、難民を入国管理することなく、自由通行させている。マケドニア国境にバスを配置し、そこから一挙にハンガリー国境に難民を輸送している。しかも、これは無償の人道的輸送ではない。難民1人当たり、40ユーロ前後の料金で運ぶ有料輸送である。この料金は現在のセルビアの1ヶ月の年金にあたる。1台のバスに70名あるいはすし詰めにして100名運べば、それなりの収入になる。もちろん、この輸送は政府公認だが、セルビア社会の状況を考えれば、バス代金を誰がどのように分配するのかきわめて不明朗だ。マフィアが運行している個人輸送もある。いずれにしても、セルビアにとって、難民は人道支援などではなく、難民ビジネスなのである。口では人道支援のように高尚なことを言っているが、実態は正反対である。セルビアには難民に国家として対応しようという意思はまったくない。

クロアチアは2日でギヴアップ
 ハンガリーが難民流入で苦しんでいるのを他人事のように批評していたのがクロアチアだ。ハンガリーが国境閉鎖した時に、クロアチア首相は1930年代のヨーロッパの暗黒時代への逆戻りだとハンガリーを非難した。ところが、16日から難民がクロアチアを目指したところから、様相が一変した。
 当初、クロアチアはセルビアと同様に、難民を自由通行させ、オーストリアへ出国させればよいと考えていた節がある。だから、難民の自由通行に何の問題もないと豪語していた。ところがである。クロアチアはEU加盟国でも、シェンゲン条約外にある。シェンゲン条約に加わりたいクロアチアにとって、今回の難民処理はその適正能力を試されるケースになった。
ブリュッセルからの指示で、ダブリン条約にもとづく難民登録をおこなうように指示があったようで、当初の自由通行から難民キャンプへの一時収容・登録をおこなわざるを得なくなった。しかし、クロアチアには大量の難民を受け入れる用意はなく、難民移動が始まって2日しかたたない9月17日にギヴアップを宣言し、軍隊を動員してクロアチアとセルビアの国境を閉鎖する事態に追い込まれた。
 このクロアチアの状況にたいして、ハンガリー外相は、「ハンガリー政府にあらゆる非難を投げかけていたクロアチアは、わずか2日で難民に対処できなくなった。ハンガリーはシェンゲン条約国として国境を守り、8ヶ月にわたって難民に対処しているのにである。このことは、クロアチアがシェンゲン条約国になるには、まだまだ準備が必要なことを教えている」と皮肉っている。
 傍観者であれば何でも言えるが、いざ当事者になると、問題の難しさが身にしみることだろう。

オーストリアとドイツの状況
 オーストリア首相は9月初め、ハンガリーが東駅から列車に乗せた難民を途中で止め、そこからバスで難民をキャンプに移動させたことを、ナチスドイツの収容所連行と同じ偽りの行為だと、オルバン首相を名指しで非難した。ところが、難民が大量に押し寄せてみれば、自分たちも同じ事をしなければならない羽目に陥っている。
大量の難民がオーストリアに滞留するに至って、オーストリアも同じ苦しさを味わうことになった。オーストリアはハンガリー国境とドイツ国境の2カ所で、大量の難民の滞留という事態に見舞われ、キャンプへの難民誘導に苦労している。難民はキャンプに入ることを拒むので、嘘の行き先を告げ、難民をキャンプ行きのバスに乗り込ませている。ハンガリーは民族主義的右派のファシスト政権で、オーストリアは社会民主党政権だから、同じことをしても許されるという論法は成り立たない。
 ここでも、傍観者から当事者になって、問題の難しさが身にしみていることだろう。
 ドイツがオーストリア国境を閉鎖し、少人数ずつ入国させているために、両国の国境地帯は大量の難民で溢れている。民間の援助団体はトイレや食料が足りないと批判しているが、ハンガリーの難民扱いを最大限に非難してきた国際メディアは、だんまりを決め込んでいる。とても、公平な扱いとは思えない。
 あまりの大量の難民流入のために、ドイツ内務省移民・難民局長が9月17日、辞任することになった。メルケル首相の無責任な宣言の犠牲者である。

難民の実態
シェンゲン条約境界に位置するハンガリーは、EUから入国管理を厳密にすることを要請されており、国境を自由通過させることは条約離脱を意味する。ハンガリーは今年に入って、20万人を超える難民登録をおこなっている。国籍は多様で、シリア人と自称している難民はおよそ3割に過ぎないと言われている。アフリカからの難民を含めて、100ヵ国近い国から難民が押し寄せているという。
難民移送の途中で逃げた難民もそれなりの数でいるようだ。当初は自分の子供のように同伴していた幼児を、ハンガリーに残したまま移動した難民もいる。他人から預かった子供を置いていくようだ。子供はそれなりの保護を受けるから、残しても大丈夫だという算段だろう。
セルビア国境で、投石を繰り返し、検問所を破壊したグループは、シリア人ではなく、アフガン人だとも言われている。とにかく、難民の実態は非常に多様で、本当のところは誰にも分からない。ヨーロッパが新たな火種を抱えたことは間違いない。メルケルの軽率な宣言が、ヨーロッパに大きな試練を与えている。

平常に戻りつつあるハンガリー
 ブダペスト東駅周辺が難民で埋まり、身動きできなかった状態は、南部セルビア国境の閉鎖によって解消され、現在は清掃が行われ、再び元の状態に戻った。国際列車も再び運行を始めている。高速道路も前のようにスムーズに動いているが、国境は検問で長蛇の列になっている。列車でも道路でも全国的に検問が続いている。
 他方、クロアチアへ回った難民の一部が、オーストリアやスロヴェニアに向かわずに、再びハンガリー領に向かっているようだ。この国境は40km程度の長さで、丘陵とトウモロコシ畑がある地帯である。ここにはフェンスがないので自由にハンガリー領に入ってこられる。ただ、途中のクロアチア領の森林地帯には、旧ユーゴスラビア内戦時に敷設された地雷を多く埋まっており、地雷を踏む恐れがある。すでに9月18日に、このルートからハンガリーに入った難民が数百人いると報道され、地雷で片足を失っている者もいると報道されている。
 クロアチア政府はセルビアやマケドニアにたいして、難民をただ他国の国境まで運ぶのではなく、国内で一定程度留め置きするように要請している。次から次へとバスで運んで来られたのでは対処できない。
 とりあえず、難民を一手に引き受けていたハンガリーには、一休みが与えられた形だが、これでハンガリーが難民問題から解放されたわけではない。今後、クロアチアやルーアニアを経由する難民の到来が予想される。
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