2015.10.09 「1億総活躍社会」は意味不明のスローガンではない、ファッショ的国民総動員を目論む安倍改憲内閣の政治目標なのだ
~関西から(174)~

広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

安倍第3次改造内閣が10月7日発足した。全19閣僚のうち菅官房長官、麻生財務相、岸田外相、甘利経済担当相、中谷防衛相ら約半数の主要閣僚が続投し、自民党役員では谷垣幹事長ら党四役と高村副総裁がそのまま再任された。内閣改造は通常、支持率低下や政策の行き詰まりなど当面する政局打開のために行われる。中身は大して変わらなくても見た目には陣容を一新する必要があり、そのことが新内閣のイメージ向上につながり、支持率が上昇すると期待されているからである。

 ところが意外なことに、第3次安倍改造内閣は主要閣僚、党人事とも第2次内閣とあまり変わらない陣容で臨むことになった。各紙では「安全重視」だとか「守りの姿勢」とか論評しているが、実のところは人事を変えたくても変えられないというのが真相ではないか。理由は、安倍内閣が直面する政治課題がどれもこれも国民世論に逆らう難題ばかりであり、これを強行するには経験不足の新人では危険だからだ。中谷防衛相のように安保法制国会では毎回答弁に行き詰まり、答弁の訂正も一度や二度ではない人物でさえ交代させることが出来ない。それほど自民党議員の劣化が著しく、もはや「代替品」を調達できない事態に陥っているのである。

 閣僚人事ばかりではない。安倍首相を支える官邸スタッフの政策能力も地に堕ちている。それを象徴するのが改造内閣の政策を発表した9月24日の「1億総活躍社会」と「新3本の矢」を骨子とする安倍首相の表記者会見だった。「1億総活躍社会」とは一人ひとりが職場や地域でもっと活躍できる社会であり、それを目指して「1億総活躍プラン」を作成し、「1億総活躍担当相」を置くのだそうだ。また「1億総活躍社会」を実現するため、アベノミクスの「3本の矢」(大胆な金融緩和、機動的な財政出動、成長戦略)は取り下げ、第2ステージの「新3本の矢」を用意するのだという。これが「希望を見出す強い経済」(国内総生産を600兆円に拡大)、「夢をつむぐ子育て支援」(希望出生率1.8の実現)、「安心につながる社会保障」(介護離職者ゼロ)の新しい3本の矢とされる。

 しかし、記者会見の結果は散々だった。翌日の各紙は、「安倍晋三首相(自民党総裁)は24日、経済政策アベノミクスの新たな3本の矢を発表した。2016年夏の参院選をにらみ、安全保障から経済に政策運営の軸足を移した。ただ現時点では、新3本の矢の政策は必ずしも実効性をともなっていない」(日経)、「首相、参院選へ経済前面、新味・具体策なし」「『新3本の矢』未知数、GDP600兆円目標 各施策に不足感、『介護離職ゼロ』壁高く」(毎日)など酷評しきりの記事が相次いだ。また社説も、朝日は「新3本の矢、言葉が踊るむなしさ」(9月26日)と題して「国民が聞きたいのは言葉ではない。実現可能な具体策と、財源などその裏付けである」と批判し、毎日は「新三本の矢、従来策の総括はどこへ」(9月30日)とのタイトルで、「安全保障関連法の成立強行で政権は世論の反発を招いた。来夏の参院選をにらみ、国民の関心が高い経済や社会保障に取り組む姿勢をアピールしている。だが、政策の検証を欠いた総花的なフレーズを示されても、国民は戸惑うだけだ」と指摘した。

 この論調は組閣後も変化せず、ますます疑問が膨らんできている。組閣翌日の各紙は、「安倍晋三政権の経済政策『アベノミクス』が第2段階に入る。経済に子育て支援や社会保障を加えた『新3本の矢』だが、いちばん問われるのは首相が目標に掲げた600兆円の名目国民総生産(GDP)の達成と財政健全化を両立する具体策だ」(日経、10月8日)、「新3本の矢 見えぬ道筋、『現実離れの目標』疑問の声』(朝日)、「新三本の矢 高い的」(毎日)など新政策を疑問視する声が相次いでいる。いずれも具体的なデータを示しての説得感のある記事だけに、安倍政権が今後どんな具体的な回答を示すか注目しきりだが、私が最も関心を持ったのは「1億総活躍社会」という一見意味不明のスローガンだった。

 マスメディアの間でもこのスローガンをどう解釈するか戸惑っているらしく、「改造内閣では一億総活躍相という新ポストができた。どんな役割を担うのかイメージがわかない。政権奪還後の安倍政権は『地方創生』など次々のキャッチフレーズを打ち出してきた。言葉遊びとみられては元も子もない。『一億総活躍社会』の具体像を早めに示すべきだ」(日経社説、10月8日)、「改造人事の目玉として新設した『1億総活躍』担当相が機能するかどうかも疑問がある。首相は腹心の加藤勝信官房副長官を起用し、官庁の縦割り排除を掲げ、成長重視のシンボルにしたいようだ。だが、「1億総活躍社会』のスローガンの下、加藤氏が実際にどんな政策の領域を対象とし、何に取り組むかはっきりしていない」(毎日社説、同)など、まだ明確に論評していない。「よくわからないので早く示せ」と言っているだけだ。

 しかし私が気になるのは、「1億総活躍社会」という聞きなれないコピ―がいったいどこから出てきたのかということだ。私など戦前世代はこのような言葉を聞くと、すぐに「一億玉砕」に国民を追い込んだ「国家総動員法」を思い出す。この法律は1938年(昭和13年)に近衛内閣によって制定されたもので、国民全てを巻き込む「総力戦」遂行のためには、国家のすべての人的・物的資源を国家が「総動員」できる権限を与えた稀代の悪法である。国民生活の全てを犠牲にして戦争に駆り立てる「一億総動員」を可能にしたのが、国家総動員法の制定だったのである。

この点で印象的なのが、組閣前日の毎日新聞の特集ワイド、「この国はどこへ行こうとしているのか、『平和』の名の下に」の最終回、10月6日のノンフィクション作家の保阪正康氏に対するロングインタビューの一節だ。保阪氏は、「安倍首相が、野党議員に向かって『早く質問しろよ!』とヤジを飛ばしたのを見て、1938年の国家総動員法の審議中、陸軍幕僚が議員の抗議を『黙れ!』と一喝したのを思い出しました。安倍内閣は、元最高裁長官が法案の違憲性を指摘しても歯牙にもかけない。安倍首相は内閣、つまり行政に、司法や立法を従属させようとしている。これをファシズムと言わずして、何と言うのですか」と断言している。

朝日の天声人語も、「『総』は『個』の対極にある。総活躍は、個々の国民を一くくりにして上から号令をかけているかのようにも聞こえる。『総動員』の語は連想したくないけれど」(10月1日)と違和感(懸念)を表明している。私も、安保法を強行成立させた安倍政権が「1億総活躍社会」を掲げることに底知れない不気味さと恐怖を感じている。安保法が成立しても「徴兵制」を採ることは絶対ないと繰り返したその口から、「1億総活躍」という言葉が平気で出てくる無神経さに心底恐怖覚えるのである。

毎日は旧三本の矢と新三本の矢を比較して、旧三本の矢は「デフレ脱却、経済再生」という目標達成のための「政策手段」。新三本の矢は目標であり、矢でなく的で、これら目標達成の政策手段は今後の検討課題だとするわかりやすい図解を示している(10月8日)。優れた分析だと思うが、しかし私は、新三本の矢は目標であっても、実はそれらを束ねる大目標があると思う。それが「1億総活躍社会」なのである。つまり国民を安倍内閣が掲げる改憲・軍事国家へ総動員するために号令をかけ、大政翼賛会のような総動員体制を作るために新三本の矢を政策手段に掲げたと考えるのである。

「1億総活躍社会」は意味不明のスローガンではない、ファッショ的国民総動員を目論む安倍改憲内閣の明確な政治目標なのだ。「1億総活躍社会」は政治(イデオロギー)目標だから、政策手段としての「新三本の矢」は別にリアリティがなくても構わなく、期待を持たせるだけでよいのであり、「それらしく」見せかけるだけでよいのである。今回の組閣によって「1億総活躍内閣」がスタートし、「1億総活躍担当相」が任命された。私たちは「1億総活躍社会」が安倍内閣の「1億総動員社会」に他ならないことを暴露し、1日も早く安倍内閣を打倒しなければならない。

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