2015.10.21 大阪ダブル選挙のために維新の党を分裂させた橋下・松井氏の大誤算、分裂泥仕合が新党「おおさか維新の会」の行方を阻む
~関西から(175)~

広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

 新党「おおさか維新の会」を結成する橋下徹大阪市長は10月17日、同市内で街頭演説を行い、「維新の党は早くつぶさないといけない」と訴え、橋下氏に近い国会議員や地方議員ら165人を除籍処分とした維新の党への敵対心をあらわにした。橋下氏は「(維新の党から)追い出された。全部何から何までとられた。もう1回ゼロからおおさか維新の会をやる」とも述べたという(産経新聞10月18日)。私はこの言葉の中に、現在の橋下氏らが置かれている状況(苦境)がすべて凝縮されていると思う。

 大阪ダブル選挙は11月5日告示、22日投開票だ。告示日まであと僅か2週間余りのこの時期に、「追い出された」「なにからなにまでとられた」「ゼロからやる」などと街頭で訴えることが、どれだけ新党「おおさか維新の会」のイメージを傷つけているか、本人はわかっていないらしい。どうやら苦境を訴えれば訴えるほど、以前のように「橋下ガンバレ!」のコールが起こると信じているかのようだ。

 この手法は過去にも何回か試されてきた。2014年暮れの総選挙では「維新候補が負ければ自分は政治家を辞める」などと言って浮動票を集め、今年5月の大阪都構想住民投票では「これがラストチャンスだ」と言って市民の賛成票を動員した。それでも勝てなかった夜の記者会見では「政界から引退する」と表明し、「橋下さん、辞めないで!」(読売テレビ記者など)のコールを引き出して今日につなげた。苦境に立ったとき、それを訴えて情勢を逆転させる―、これが橋下氏らの常用する謀略宣伝手段なのだ。

 今回の新党「おおさか維新の会」の結成表明も一時は功を奏したかと思われた。大阪枚方市長選の投開票日8月30日の直前、街頭演説で橋下氏が突然打ち上げた新党結成表明が話題を呼び、劣勢だった維新候補が僅差で現職候補を打ち破った。また9月27日投開票の東大阪市議選では、議席ゼロだった維新会派が新人候補8人(定員38人)を全員当選させるという離れ業を演じた。いずれも予想を大きく覆しての勝利だっただけに、橋下氏らが自信を深めたのも無理はない。これで「大阪ダブル選挙」は勝ったのも同然と思ったのではないか。

だが、その後の展開がいけない。松野代表ら維新の党執行部と政党交付金の「山分け」をめぐって話がこじれにこじれ、遂には大阪系党員の大量除籍処分という抜き差しならぬ泥仕合に発展した。それでも橋下氏ら大阪系党員は10月24日に維新の党の臨時党大会を開き、新執行部の下で「分党」を決定すべきだと主張している。5月に辞任した江田代表の任期は9月末までで、松野代表がそれを超えて党代表に居座るのは正当性がなく、臨時党大会で新執行部を選出すべきだというのである。党大会が開かれれば地方議員も参加するので大阪系が多数になり、大阪系主導の新執行部の下で「分党」を決定し、政党交付金を「山分け」することができるからだ。

 この間、橋下氏は例のツイッター攻撃を全開し、維新の党を「偽物維新」「守銭奴」「朝鮮労働党日本支部」などと口を極めて罵っている。これが各紙(関西版)や夕刊紙で日々報道されるのだから、最初は面白いとみていた人たちもだんだん嫌気がさしてきている。橋下氏らは、新党「おおさか維新の会」結成のご祝儀相場で大阪ダブル選挙に勝とうと思っていた思惑が外れ、苦境を前面に出しての「捨て身の勝負」に追い込まれてきているのである。

もともと維新の党の分裂は予想されていなかった。橋下氏らは大阪系で執行部を握るべく、10月1日告示、11月1日投票の党代表選の準備を進めていた。党代表選は、国会議員・地方議員・一般党員が同じ「1人1票」の方式で代表選に参加できるのが売りだった。ところが一方で大々的に党員を募りながら(新規党員は1万人以上に達したという)、その裏で橋下・松井両氏が8月27日に突如離党し、28、29日には新党結成を表明するという恥知らずの行為に出たのである。

おそらくこれら一連の分裂劇は、首相官邸のシナリオに沿って動かされているのだろう。今回の維新の党の分裂のきっかけになったのは、安保国会中の橋下・松井両氏の突然の離党と新党結成の表明だった。安保国会では「トロイの馬」よろしく野党分断の役割を果たすと期待されていた維新の党(松野代表)が、首相官邸の思惑から外れて民主党との連携を強めるという方向に舵を切ったことから、橋下・松井両氏が離党・新党結成表明という強硬手段に打って出たのである。しかし、残る大阪系国会議員は執行部を反大阪系に握られて身動きができなくなり、安保法案の賛成も安倍内閣不信任決議案の反対もできなかった。安保法案に賛成し、安倍内閣不信任案に反対すれば、直ちに除名されて「分党」ができなくなり、政党交付金の「分け前」を受け取れなくなることを恐れたからだ。言い換えれば、「金欲しさ」に思うような行動がとれず、水面下で交渉を続けたものの、結局は分裂するほかなかったのである。
 
今回の離党・分裂劇すなわち「橋下新党騒動」は、橋下氏らが新党結成を自らの権謀術数の手段にしていることを赤裸々に示した。維新の党代表選のさなかに(それも自分が難癖をつけて投票規定を変えさせた挙句)、代表選を足蹴にして自分たちだけでさっさと離党したのもそうだった。また大阪ダブル選挙に勝利するためには「新党結成」がニュースとなると見るや、枚方市長選や東大阪市議選で早速その宣伝効果を試して分裂に踏み切った。いずれも並みの人間にはできることではないが、橋下氏が「政党とはつくっては壊し、壊してはつくる繰り返し」と嘯いているのだから、これが彼の持前なのだろう。

かっては自民・民主の2大政党制の弊害を打破するとしてマスメディアの脚光を浴びた「橋下維新=第3局の旗手」は、この間の分裂の繰り返しでもはや自らの野望のためには手段を選ばない「変節政党」でしかないことが有権者の間に広く行き渡った。関西では「関西維新の会」の設立準備が進められてきたが、今回の分裂劇で一切の議論がストップした。京都では維新の党府総支部が10月13日に会議を開き、分裂が決定的な党に残留するか、「おおさか維新の会」に参加するかどうかを協議したが、結果は党本部に対して一連の分裂騒動を地方組織に説明する臨時党大会開催を求めながら、大阪系、反大阪系の動きを見守ることに決めた。出席者の一人は「党本部も橋下氏側も地方議員に状況説明をするべきで、どちらもどちらだ。最終的には11月の(大阪府知事、市長の)ダブル選の結果次第だ」と語ったという(毎日新聞10月15日)。

要するに、大阪以外の維新地方議員はすべて「様子見」なのであり、「おおさか維新の会」に付いていくとは誰も言っていない。「大阪ダブル選挙」の勝利のために急きょ結成する「おおさか維新の会」が国政政党ではなく地域政党であり、有体に言えば「橋下私党」であることが誰からも見透かされているからだ。大阪ダブル選挙は「維新の党」の分裂で始まり、「おおさか維新の会」の不発で終わるだろう。「橋下流」攪乱政治はいよいよ終焉の時を迎えたのである。

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2015/10/22 Thu 14:24