2015.10.29 危ない大学を自治体は引き受けてはならない
――八ヶ岳山麓から(162)――

阿部治平(もと高校教師)

私立大学の定員割れ
10月12日信濃毎日新聞(信毎)は、「県内の大学大競争時代、公立化模索や学部改組……、少子化 学生確保に懸命」という大きい見出しで長野県内の大学の危機状況を報じた。大学は公立私立に関係なく、限られた受験生をめぐって生き残りに懸命の努力をしているという。そのなかで非常に目立ち、しかも私の村にも直接関係してくるのは私立大学の公立化である。
去年に私立長野大学は公立移管の要望書を上田市に提出し、市側は若者の地元定着を期待して移行を検討した。だが市議会が財政負担を理由にして決定を先延しにした。諏訪東京理科大もこの夏所在地の茅野市に公立化を要請した。2006年から定員割れが続き、2015年度は300人定員のところ214人しか入学しなかった。
この二つの大学はいずれも長年入学定員を満たすことができず、授業料収入などが減少して経営困難に陥ったものである。

大学新設と年少人口減少の傾向
1990年前後の数年間、第二次ベビーブームによって進学者が増加し、全国的に激しい受験競争が生まれた。1991年文部省は既存の大学に対して施設・設備の拡大不要という条件で大幅な臨時的定員増を認め、さらに大学の新設について抑制策から規制緩和へ方針を転換した。また2004年度からは学部・学科の新設や改変も、申請・認可の手続きを要さない届出制に変えた。これによって大学の自由度が高まり、大学間の競争が激しくなった。

全国レベルで見ると、18歳人口は1992年がピークで、200万人余りだったが、22年後の2014年には40%強減少し118万人となった。2018 年度以後は6年間で105万人程度まで一気に減少する。いわゆる「2018年問題」である。長野県の年少人口(14歳以下)は280万前後で年々5000人ずつ減少する。高校卒業者数もすでに2万人をかなり割っている。この時期人口統計を見れば、いわゆる「2018年問題」が迫っていたのは明白であった。
長野大学は1966年に発足したものだが、東京理科大は長野県から55億円の支援を得て1990年に茅野市に短大を開き、2002年から4年制大学に変った。1990年代すでに短大の危機は広範なものになっていた。にもかかわらず4年制大学新増設が進んだのは、文部省や大学関係者に人口現象を見る目がなかったからである。私には、小学生の減少を知って、やがて来る高校の統廃合を仲間たちと話合った記憶がある。そして、いま新設の4年制大学に軒並み深刻な危機が現れたのである。

公立化への動き
学校法人東京理科大の本山和夫理事長は、10月1日諏訪地方6市町村の諏訪広域連合の諏訪市長(連合長)にも公立化への協議参加を求めた。なんでも、公立大学法人になると、文部科学省からの私学助成金に代わり、法人の設置自治体に地方交付税交付金が配分される。公立化された大学は私学助成金よりもよりも多額の運営費交付金が得られると説得したとのことだ(信毎2015・10・12)。
また、東京理科大の姉妹校山口東京理科大は、昨年山陽小野田市の公立への意向を表明したところ、今年は定員200人に対する志願者数が4.2倍に急増して3年ぶりに定員を満たしたそうだ(信毎2015.10.14)。これも自治体に対する説得のタネになったことだろう。
公立化すれば志願者が増えるという現象は、山口東京理科大だけではない。公設民営化でスタートした沖縄名護市の名桜大学は2005年に公立化した途端、志願者が激増し入学成績が向上、しかもその半数近くが県外からの入学者であった。
この現象が生まれた経過は以下の通り。
共通一次試験の導入以来、全国の国公立大学は徹底的に偏差値序列の中に位置づけられ、受験生は共通一次(センター)試験の点数から合格可能性の高い大学を全国に求めて移動するようになった。医学部などは当然としても、地域性の高い教員養成学部でも、偏差値の輪切りによって全国から受験者が応募する傾向が顕著である。国立信州大学教育学部すら県外からの入学者が40%を越えている。
さらに日本経済の20年に及ぶ低迷から、受験生の多くに学費の安い国公立志向が強まったうえに、大都市圏を除けば、いまでも高校教員や保護者のなかには国公立優先傾向がある。そこで高校や予備校では、合格可能な国公立大学・学部への進学を徹底的に指導する。その結果、地方国公立大学は地元出身者の比率が減り「全国区」化したのである。
公立に移行した元私立大学が定員を充足できるのは、この「幸福な」地方国公立の仲間に入ったからである。だが柳の下に泥鰌がいつまでもいるとは限らない。かりに公立化で競争に勝利しても、破局を一時先延ばしにしたものにすぎない。数年、どんなに遅くても10年後には、年少人口の減少からくる入学定員不足と経営危機がやってくる。

あぶない大学運営を引受けるとすれば
その後茅野市と諏訪市の市長は諏訪東京理科大の県立大学化を阿部長野県知事に要請した。知事はこの話をあっさり断ったという。断らなかったらどうかしている。いま長野県は2018年に県立短大を4年制にするという、見通しの暗い事業に手を付けている。かりに新設県立大学の入学定員が満たされるとしても、その設備施設費が97億円、年間運営費は15億から18億円である(これがむちゃな計画であることは以前述べた)。
県知事にソデにされた諏訪広域連合は事務組合の設立を模索しているというから、理科大を引受ける気らしい。茅野市長の柳平氏は「市町村には大学運営のノウハウがない」からと県の支援を期待しているという。だが県当局にも、短大はともかく4年制大学運営の経験はない。
現在の大学運営には、学生募集、教育研究体制の整備と調節、進路指導、財政運営などを含めて専門性が強く求められる。必ず専門的知識と手腕のある集団が当らなければならない。この人材確保はなまやさしいことではない。
むろん財政上の問題がある。新設県立大学すら年間経費15億から18億円が見込まれている。理系はもっとカネがかかる。諏訪地方6市町村が諏訪東京理科大を引受けたとき、多額の費用をまかない続けることができるだろうか。
さらに深刻なのは学生の低学力問題である。定員を充足すればそれで万々歳ということはない。いま大学ということばからは想像できないような、学習意欲の低い質の悪い学生がかなりの大学にいる。定員確保のために推薦入学枠を拡大したり、やむを得ず希望者全入などをやるからだ。そうすると大学で学力補充授業をやらざるを得ない。ところがそれを担当するのは大学の教員ではなく、たいてい臨時の講師か事務職員である。
県立大学を新設する長野県当局、諏訪東京理科大を引受けようという諏訪広域連合の6自治体、長野大学を引受けるかもしれない上田市などは、大学を運営しようとすれば、こうした課題を解決しなければならないが、その準備があるだろうか。

地方自治体の仕事
だいたい、若年人口の急速な減少が推測できたにもかかわらず、安易な経営拡大をしたあげく、「定員割れだから自治体が引受けてくれ」というのは筋の通らない、あつかましい要求である。どこの世間に「赤字続きだから私の会社を救ってくれ」と、県や市町村に泣きつく経営者がいるだろうか。数年連続で入学定員を充足できない大学は、傷が大きくならないうちに廃校にすべきである。すでに長野経済短大は09年に廃校とした。
地方自治体が、若年人口の流出をいささかでも減らすためとか、あるいは地方文化の水準を維持するためとか、技術者確保のためとかという理由で、破局必至の私大を引受けようとするなら、それは問題解決の方向が間違っている。ましてや、公立大学にすることによって自治体幹部の天下り先が増えるという思惑があるとすれば、これは論外である。
長野県高校生の県外進学志向が強固なのは、伝統であって今に始まったことではない。長野県の大学進学率は48%前後だが、大学進学者の8割が伝統的に東京圏と愛知・京都そのほかの隣県に進学する。東京の大学への進学は2400人で、県内の大学にとどまるのは1500人程度にすぎない。この傾向を地元に公立大学をおくことで変えようとするのは、ひしゃくで諏訪湖の水を汲出そうとするのと同じである。
むしろ若者たちが県外に出て世間を広く見、知識を蓄積することはよいことである。高等教育をうけたのち、彼らのかなりの部分が喜んで帰郷するようなら何の問題も起きない。そのためには、彼らを受入れる魅力ある場所と仕事があることが必須の条件となる。地方自治体が努力すべき仕事は、私学の公立化ではなく、この条件作りである。

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